「イベール、あそこにある資料持ってきて」
「はい、かしこまりました」
「桜内くん、その資料のチェック終わった?」
「あと五分ぐらいで終わりますよ」
「そう――――ってはやっ! さっき渡したばかりでしょ!?」
「普通ですよ。やってる事はただの物資の員数チェックですし」
「もしかして・・・嫌味?」
「・・・なんでそうなるんですか?」
そうため息をついて水越先生を見返す。オレに睨まれた水越先生は苦笑いをして、さっきまで目を通していた資料に目を戻した。
元旦も過ぎてもうかなりの日数が経った。オレは久しぶりにバイトに来ていた。ズルで休んでいたのではなく、冬休みの間はバイトに
来なくていいと言われていたからである。
しかしオレの金銭状況ははっきりいって思わしくなく、オレから研究所に電話して頼み込んでバイトに来させてもらっているといった感じだ。
金について水越先生に聞いたところ、金は別に頼んだ日さえ来てくれれば払うという話だった。しかし金額が金額だ、あまりにも学生には多すぎる。
自分自身もなんだかそれでは居心地が悪く、まだこうして仕事をしてた方が金を貰う時にすっきりするもんだとオレは思った。
「それにしても貴方は生真面目な人間ね、自分から扱き使ってくれなんて」
「別に・・・ただあまりにも多い金額だったのでこうして仕事してた方が気が楽でいいんですよ」
「おおー殊勝な態度だこと、最近の学生にしては珍しいわね。最近の子供は面倒くさがりというかなんというか――――」
「昔も今も変わらないと思いますよ。みんな楽して稼ぎたいですからね、子供に限らず大人も」
「・・・まぁ、態度は可愛くないけど。そういえば聞きたい事あるんだけどいい?」
「なんです?」
「美夏と交際してるでしょ? あなた」
「――――いいえ。なぜそう思ったんですか?」
「またそうやって平気な顔でウソつくんだから・・・。美夏本人が嬉しそうに話ししてたわよ」
「・・・なんの事言ってるか―――サッパリですよ、水越先生」
美夏の性格を考えた――――言う筈がないと思った。美夏は極度の恥ずかしがり屋だ、極度は言いすぎにしても自分から言いふらす性格で無い事ぐらい分かる。
どうせ水越先生はからかう為にそういう発言をしたんだろうが・・・そんな事に構ってやる道理はない。からかわれるのは嫌いだしな、オレ。
オレがとぼけているのを見て水越先生は顔をニヤニヤさせていた。オレはその顔を見て、黙ってチェック作業の続きに取り掛かった。
「まーたまた照れちゃってっ! 別にロボットと付き合おうがキスしようが私は何も思わないよ、物や道具とは思っていないし」
「それは素晴らしい考えだと思います。オレもそれには同感ですが――――美夏とは付き合ってませんよ、さっきの話もウソなんでしょう?」
「ん~・・・否定はされたよ。『よ、よ、義之とは付き合っていないぞ! き、き、キスなんかもしていないっ!』ってどもりながらね」
「・・・・・・・」
「大体顔とか様子見れば一発だっての。ロボットとはいえ同じ女性なんだからね。しかしあの美夏と桜内くんがねぇ~・・・」
「――――色々あったんですよ」
「ありゃ、もう白状しちゃうの? つまんない子ね~」
「からかわれるのは嫌いなんですよ。美夏とは去年の年末から付き合っています、まぁまぁうまくいってると思いますよ」
「あ~ん、もうっ! もうちょっとは美夏みたいに可愛らしい反応しなさいな!」
「いいんですか? オレが頬を赤く染めてモジモジしてる姿を見たいっていうのなら・・・やりますよ?」
「――――やっぱりいいわ。気味悪くて仕方ないわよ」
「先生から言い出したのに――――はい、チェック終わりましたよ。あとはイベールか先生のほうでダブルチェックでもしといて下さい」
「だから早いって・・・まぁ、いいわ。イベール、ちょっと再確認頼んでいい?」
「はい、かしこまりました」
そう言ってイベールじゃオレがチェックした資料に目を通した。というか最初からイベールがチェックすればよかったんじゃないか、ロボットだし。
まぁ、さっきまで水越先生の手伝いでかなりドタバタしてたからしょうがないっていうのもあるが――――何よりオレに出来る事がこれぐらいしかない。
とりあえず手が空いたオレは次の指示を水越先生に聞いたが、やることないから休んでてと言われてしまった。そしてまた資料と睨めっこする水越先生。
オレは完全に除け者になってしまったわけだ。ふと隣を見るといつもの無表情で資料をめくるイベールの姿――――暇だから絡む事にした。
「どうだ、調子のほうは?」
「はい、今のところミスはありません」
「かなり集中してチェックしたからな。間違えたらイベールに呆れられそうでな」
「いえ、ミスというのは人間誰でもあります。もし間違いがあったとしてもお気になさらずに」
「まぁそうなんだけどな。あ、一つ聞きたい事があるんだがいいか?」
「はい、なんでしょう?」
「オレが美夏と付き合ってるって事、どう思ってる?」
「どう、とは?」
「美夏はロボット、オレは人間だ。恋愛関係――――――成立すると思うか?」
「・・・・・・・・」
そしてイベールは資料をめくる手を休め――――少し考える動作をした。どうやらオレの助言を忠実に実行しているらしい。
オレから振った話題だが、オレは成立すると思う。他のヤツはどうかしらないがオレは美夏が物とは思っていないし、美夏には美夏の人格といったものがある。
決してAIなどによる人間を模倣するためのシステムではなく、心――――と呼べばいいのだろうか・・・それがあるようにオレは感じている。
将来の事は分からない。もしかしたら美夏は何かの原因で機能停止・・・死んでしまうかもしれない。だが出会いもあれば別れもある、悲しい事だが
それはそれで受け止めようとオレは思っていた。
「・・・正直分かりません」
「――――そうか」
「はい、論理的観点からも考えましたし――――桜内様は人間で美夏様はロボットです、共に過ごすとなれば障害は多いでしょう」
「・・・ああ、その通りだな。普通の人達の普通の家庭みたいなのを築くっていうのは、かなりしんどいとオレも思う。」
「ですが・・・前例が無いだけで不可能な事では無いと思います。桜内様ならその障害を乗り越えられると、私は思います。」
「当然だ、それを覚悟で選んだ道だからな。まぁオレは面の皮が厚いしなんとかなるって気楽に思ってる所もあるけどな」
「それに――――」
「それに?」
「私は恋愛経験がありません。なので先程は講釈を垂れましたが全部推測です」
「・・・はは、恋愛初心者か」
「はい。そういったお相手もいませんし、どういうモノなのかは知識では知っていますが経験不足ですので確証的なモノではなく推論になってしまいます」
「なるほどね、そりゃそうだな。んでだ・・・気になる男とかいるのか?」
「――――はい?」
「イベールの想い焦がれている相手だよ。気になる人でもいい、誰かしらいないのか?」
「いえ、あの・・・」
興味本位でオレは聞いてみた。美夏だって現在進行形で恋愛をしているし、いくら美夏程高性能では無くても感情はある。気になるヤツがいたっておかしくはない。
それもあのイベールの気になるやつだ、俄然興味が湧くに決まっている。別にテレビで見た芸能人だっていいし何でもいい。本当に興味本位だからな。
多少ウザい行動だとは自覚しているのであまり深く突っ込もうとは思っていない。試しにテレビとかでカッコイイ芸能人はいないかと聞いてみた。
しかしイベールは興味がないのかどうか知らないが、特にそういった人物はいないと言った。まぁテレビとか見なさそうだもんなイベールは。
じゃあ気が許せる相手はいるかという妥協案で聞いてみた。イベールは特にいないと言おうとして――――口を止めた。なんだ、いるじゃないか。
「なんだ、いるのか。ソイツってオレの知ってる人物か?」
「はい。その人物は――――桜内様です」
「・・・は?」
「興味がある男性と聞かれれば・・・桜内様以外に存じ上げません」
「・・・・・・」
言われて考える。イベールはあまり外に出る事はしないし、研究所の男性社員は毎日研究に追われているので話す機会なんてないだろう。
そして消去法でいくとだ・・・オレしかいない事になる。イベールとは仕事上よく話すし関係も良好といえると思う。まぁ気になると言えばオレぐらいなもんか。
聞いといて言うのもなんだがそれはごく自然な流れだと考える。他に話す男がいれば感情が刺激されてまた別な感情が生まれるかもしれないが、生憎男はオレだけだ。
「まぁ・・・他に男がいればまた別なんだろうがな」
「そうかもしれませんね。しかし現在気になってるのは桜内様一人だけです」
「なるほど。イベールに気になってると言われれば――――ちっとは意識しちゃうな」
「しかし桜内様は美夏様に御熱心なお様子・・・関係の発展はないと考えます」
「御熱心って・・・まぁそうだけどよ・・・」
しかしそう言い切られると――――なんだか癪ではある。元々捻くれ者のオレだ、はいそうなんですよねと言って引きさがるのもなんだが心が落ち着かない。
だから―――オレはイベールに近づいて頭を撫でた。イベールは少し驚いた顔をしたが別にこれが初めてではない、黙ってその行為を受け入れた。
だがこれだけでは終わらない。撫でていた手をそっと離して――――手を握った。顔はもう今後しないであろう爽やかな笑顔でイベールに言う。
「――――残念だな」
「はい?」
「オレはイベールの事が・・・前からかなり気になってたんだ」
「―――――――は?」
「容姿端麗な顔にクールな性格、ただのロボットだなんてオレには思えない。自分で考え自分で行動出来るというのはもうロボットとは呼べない」
「で、では私は一体何だと――――」
「それは決まってるじゃないか、立派な女性だよ。別に君のアイデンティティを否定してる訳じゃない、君を女性と見てしまっている
オレが問題なんだ。気を悪くしたかもしれないな、許してくれ」
「そ、そんな事はありません・・・し、しかし、桜内様には美夏様が――――」
「そうだな、美夏の事は好きだ。だが・・・君の事も同様に気になってしまっている。悪い事だと思うが――――事実だ」
「あ、あの、そのですね・・・どう答えればいいか・・・」
「いきなりこんな事を言われて驚くのもしょうがないか、すまなかった。じゃあ・・・ん~そうだな・・・まずはデートでもしようか」
「で、でーとですか?」
「確かコピー用紙が切れかかっていたな、予備も無かった筈。午後になったら買いだしに行く予定だったんだが――――お付き合い願えますか?」
「え、その、あの・・・」
そう言ってイベールの手を両手で握り締める。さっきまでの無機質な表情などではなく、戸惑いといった感情がイベールの顔に見え隠れしていた。
別に本気で口説いてる訳ではないしイベールも多分勘付いてるはいるんだろうが・・・あまりにもそういった経験は不足しているんだろう。顔を
若干赤らめていた
オレが握りしめてる手を離し、イベールの髪を掻きあげる。サラサラと心地のいい髪の質感が手を刺激した。それが気持ちよくて何回もすくいあげる。
その行為で更に恥ずかしがったのかまた顔を赤らめて俯くイベール。その可愛らしい反応に思わずオレは自分の胸に彼女を抱いてしまう。もうそれで
参ってしまったのか完全に下に俯いてしまった。
しかし暴れたりもせず黙って受け入れてくれるって事は嫌がってはいない筈だ。ここまでやるつもりはなかったが――――少々調子に乗ってしまった。
さて――――そろそろ止めにするか。さっきから水越先生の殺さんばかりの視線が突き刺さってるし・・・何より獣の唸り声が聞こえているからな。
「ちょっと・・・人のロボットを勝手に口説かないでくれる?」
「すいません、反省しています。少し調子に乗ってしまいました」
「・・・・・・・・・」
「がるるるるる・・・・」
そうしてやっとイベールを解放する。解放されたイベールはすぐにそそくさと慌てたように水越先生の元に戻っていってしまった。まったく、猫みたいなやつだな。
そうしてオレは後ろを向く――――そこには美夏が唸り声を立ててこちらを睨んでいた。対してオレは涼しい顔をする。さっきから気付いてたしな。
そんなオレの顔を見て最初は顔を真っ赤にして睨んでいたが、オレの性格を分かっている美夏――――無駄な行為と分かって今度は呆れ顔をした。
「義之・・・お前はその内に刺されるぞ・・・美夏にな」
「お前が刺すのかよ」
「当り前だ、昔から女たらしは刺されると決まっている。しかしお前の場合は首だけになっても相手の首筋に噛み付いてきそうだ」
「オレは吸血鬼か」
「女をたらしこむという意味では同義だな。まったく・・・どうしてお前と言う奴は――――」
「ところでちょうどいいトコに来たな、美夏。これからお前と少し買い出しに行こうと思ってたんだ、付き合え」
「え――――」
「お前は本当に調子いいやつだな・・・まぁお前の性格は分かっているしさっきのは本気ではないのは分かっていたが・・・」
「わかったわかった、もうしないよ。だから行こうぜ」
「わっ! て、手を引っ張るなっ! こらっ!」
イベールの驚いた呟き声が聞こえたが―――なぜ驚いたのだろうか、分からない。さっきの行為だってからかわれているだけって知ってる筈なのにな。
まぁ確かに可愛かったのは認めるが・・・イベール自信言った通りオレは美夏に御熱心中だ。他の女に鞍替えとかはありえないと自信を持って言える。
いつまた忙しくなるか分からないし、早い内に買いだしに行ったほうがいいだろう。そう思って美夏の手を引っ張り――――イベールに呼び止められた。
「桜内様」
「うん? どうしたイベール」
「買い出しに行かれるのであればこちらのお金をお使いください」
「おっと、忘れてたわ。あんがとな」
「いえ、どういたしまして」
そう言って――――イベールは笑顔を浮かべた。初めて見るイベールの笑顔に、オレは少しだけ見惚れてしまった。もちろん顔には出しはしない。
隣には美夏もいるし、その事がばれて今以上に機嫌が悪くなると後々面倒だからな。こいつの機嫌を直すにはかなりの根性が必要になる。
そうしてイベールはオレの手を―――握った。そして残った片手でオレの手を開き、手の平にお札を置いた。まるで子供にお金を渡すかのように。
オレはなんだか上手く言えない違和感に駆られイベールの顔を見る。顔は相変わらず笑顔―――何を考えているか見当がつかなかった。
オレの手の平にお札が収まった事を確認したイベールはそっと静かにそのお金を包みこむように、オレのお金を持っている手を握り――――潰した。
「―――――――って、いてぇぇっ!! お、おい! イベールっ!」
「『美夏様との』デート・・・楽しんでいってくださいね」
「お、おまえ・・・まさか・・・さっきの事を本当に信じ・・・ってマジいてぇ! つ、潰れるってっ! マジでっ!」
「お金を落とさないように、しっかり握っておいて下さいね――――桜内様?」
「こ、この・・・っ! か、かわいい面してこんな馬鹿力が・・・って、お、おいっ! 更に力込めんなっ! わ、悪かったよっ! ごめんなっ!」
「何も桜内様が謝る事は何もありません、ですが誠に厚手かましい事ですが御忠告をいたします。先程美夏様が言いましたように桜内様は刺される危険性
がありますので、これからは気を付けて言動を慎んだ方がよろしいかと」
「て、てめぇ・・・あんまり調子にのる――――ってうぉおお・・・わ、わかったよっ! 気を付ける、気をつければいいんだろコラッ!」
「はい。その通りです」
イベールにどこにそんな力があるのかは分からないが、プレス機のような握力でオレの手を握ってきた。どうやらさっきの事で腹を立てているらしい。
オレも力には自信があったのが――――相手はロボットだ、すぐに圧倒的な力で膝が着きそうになった。男の意地でそれはなんとか耐えたが・・・・。
水越先生と美夏は最初ポカーンと眺めていたが、すぐに現状に気付き――――大笑いした。ちくしょう・・・こういう状況はオレは嫌いなんだよ・・・。
「あっはっはっ! いい気味だ、義之っ!」
「ひゃっひゃっひゃっ! こ、これは見モノだわっ! い、イベールに色目使って痛い目みる色男なんて・・・っ!」
「・・・くそったれ」
散々オレが大笑いされて気が済んだのか、イベールはやっと手を離した。すぐそこから離れてイベールの顔を睨む――――変わらずの笑顔だった。
それを見て背中に何か冷たいモノが流れた気がする。オレは視線を外し、まだ笑っている水越先生と笑顔のイベールから逃げるように部屋から出た。
後から笑い涙を流している美夏が着いてくる。くそが・・・なんでオレがこんな思いをしなくちゃいけないんだ・・・・晒しもんだよ、まったく。
そう心の中で呟いてオレは商店街に向かい歩き出した。脇にはまだ笑っている美夏――――今日は厄日かもしれないな・・・、そう思い美夏の手を握った。
「そうだよねぇ~! 天枷さんもそう思うよねぇ~!」
「ああっ! まったく義之ときたら・・・」
「・・・・」
商店街で目当てのモノを見つけ、いざ帰ろうとした時に茜と会ってしまった。最初は無視しようと思ったが声を掛けられてしまいそうはいかなくなってしまう。
美夏は茜を見てムッとした顔になり、茜はオレと美夏が繋いでいる手を見て何か気付いたらしく――――黙ってしまう。微妙な雰囲気がオレ達の間に流れる。
とりあえずオレが公園に移動しようと言った。このままでは埒が明かないし、これを期に茜に美夏と付き合っている事を教えようと思ったからだ。
公園に着いて空いているベンチにオレ達は座り、オレは話し始めた。説明と言っても大した事は無く、ただ美夏の事が好きで付き合っているとだけ言った。
それを聞いた茜は一瞬悲しそうな顔をしたが――――またいつもの顔に戻った。そしていつも以上の元気な声でオレ達を祝福すると言ってくれた。
美夏は最初驚いていた。まさか嫌味の一つや二つ言われるもんだと思っていたんだろう、少しばかり臨戦態勢を醸し出していたからな、コイツは。
そして変な緊張感は無くなり、少し砕けた雰囲気になる。そして今度は茜が美夏に対して色々質問をし始めた。嫌な予感はしていたがオレは黙る事にした。
色々茜には酷な事をした自覚があるし、質問ぐらいはいいだろうと思った――――だが甘かった、段々内容はオレの女性に対する態度の話になっていた。
思わせぶりな行動をする、普段そっけない癖になんだかんだ言って突き離さない、女たらし――――色々酷い言われようだった。
「大体義之くんはさぁ~、なんで気があるような言葉とか行動をとるわけぇ~?」
「――――身に覚えのない話だ。てめぇの勘違いじゃねぇか?」
「そんな事はないぞ、義之。お前は普段他のヤツと距離縮めようとしないんだろ? そんな奴が優しくしてくれたら勘違いしてしまうんだぞ?」
「そうだよそうだよぉ~! なんか特別扱いって感じでさぁ~! 頭とか撫でてくれるしぃ~、変に優しくしてさぁ」
「そもそもお前の事は一回振ったんだがな。なのにお前は諦めないとか言ってすがりつくから――――」
「義之くんの性格だと話したくないと思ったらニ度と話さないでしょ~? なのに次あったら全然普通に構ってくれるんだもん」
「むぅ・・・そうだな。お前の性格だと目も合わさないだろうしな・・・おい義之、なんだかんだ言って悪い気はしてなかったんじゃないか?」
「・・・んな事はねぇよ」
「おい、今の間はなんだ。まったく・・・硬派な男と思えばあっちこっちに目移りするんだからな、お前は」
「意外と義之くんてすぐ恋しちゃうタイプ~? だめよぉ、そういうのはぁ。女の子を恋愛で泣かせちゃ駄目よぉ?」
「――――うるせぇ、変態女」
「あー、そーいう事言うんだぁ~。へー・・・ほー・・・・」
「んだよ?」
「ねぇ、天枷さん? 義之くんが他の女の子とキスしてたら―――どう思う?」
「な、なにぃ!? そ、そうなのかっ!?」
「た・と・え・ば・・・の話よぉ~。それでそれで、どう思う?」
「む、むぅ・・・そうだな――――」
「あのねぇ、実はねぇ・・・」
「お、おい茜っ! てめぇ・・・・っ!」
「きゃ~! ふ、服引っ張らないでよぉ~! 伸びちゃう~!」
「お、おいっ! なんだなんだっ! 一体何の話なのだっ!?」
この変態女がっ! 美夏に何チクろうとしてんだよ! 大体てめぇからキスしてきたんじゃねぇか! オレからは一度もしてねぇぞ!
オレが服を引っ張ると目を回す茜とテンパる美夏を筆頭に騒がしくなる公園。こんな公共の場で女二人と男一人がギャーギャー騒ぐ
なんて赤っ恥もいいとこだ。
オレは周囲を見回した。人がいたんじゃたまったもんじゃねぇ・・・そう思いながら見回してみたが、誰もいないようで安心――――
「あれ? 義之?」
できなかった。ベンチの横にある散歩道からよりによって――――エリカが出てきた。そういえばここはコイツの散歩コース、忘れていた。
オレはエリカに会った瞬間―――さっきまでの気分が吹っ飛んでしまった。いや、吹っ飛ばないほうがおかしい―――当り前の話だ、隣に
美夏が座っているんだからな。
茜はまだ会って二度目なのにもかかわらず気軽に挨拶をした。エリカはそれに苦笑いをしながらも律儀に挨拶を返した。しかし目はまだ茜の
事を警戒していた。オレと茜が手を繋いでいるところを見たエリカ―――茜の事を敵だと思っている節があった。
しばらく茜と会話をしていたが、ふと美夏を見て―――少し困り顔になってしまった。おそらく初めて会う人物なのでどういう反応をすれば
いいのか分からないのだろう。
しかしさすがは貴族といったところか――――丁寧にお辞儀をして美夏に挨拶をした。それに慌てて美夏もなぜか畏まった様子で応じた。
「どうも初めまして。桜内先輩のご友人ですわねよ? 私は付属一年のエリカ・ムラサキといいます。以後お見知りおきを」
「ど、どうもご丁寧にっ! わ、わ、わたくしは付属二年の、あ、天枷美夏といいますっ! い、以後よろしく・・・」
「――――なにテンパってんだよ、お前」
「う、うるさいっ!」
「や~ん、美夏ちゃんかわいい~!」
「お、おい花咲っ! あ、頭を撫でるなっ!」
「・・・ふふっ」
そう言って朗らかに笑うエリカ。それを見て美夏はまた顔を赤くしてしまった。オレはというと――――早くここから立ち去りたかった。
確かに美夏との事についてはエリカに話そうと思っていた。いつまでもズルズルと言わないでおくとオレが流されてしまう危険があったからだ。
それ程エリカの存在は段々オレの中で大きくなってきている。早くこの思いを捨て去って堂々と美夏と付き合いという気持ちが大きかった。
だが――――それには順序というものがある。最近のエリカの様子、とても危ういとオレは感じていた。もし美夏との事を知ったら何をするかハッキリ
言って予想がつかない。
泣くか、怒るか、また別な感情か―――分からないが普通の反応ではない事は確かだ。この問題はおいそれと簡単に言っていい事ではないと考えていた。
だから、まずはゆっくりと二人だけで話をする。泣くかもしれないがそれを前提で話をして、謝罪もする。今まで美夏の事を黙っていてエリカにとても酷い事をしていたと。
その後は出来るだけフォローをして、エリカの心に出来るだけ傷を少なくする。全部オレの責任だしそこまでやらなければいけないとオレは考えていた。
しかし美夏達はそんな事を知るはずもなく、普通にエリカと談笑を楽しんでいた。オレはここを立ち去るのに自然な口実を考えていると――――
「義之は本当に女の知り合い多いな・・・まったくこいつは・・・」
「だよね~、エリカちゃんといい私といい・・・気が休む暇がないね、天枷さん?」
「まったくだ。こいつには自分の女がいるという自覚をまったく持っておらんっ! 腹ただしく思うぞ、美夏は」
「――――――――失礼、天枷先輩。それはどういう意味なのかしら?」
「うん? どういう意味も何も・・・・」
「あ、おい美夏――――」
「美夏と義之は付き合っているのだっ! 去年の年末からな。とりあえず関係は良好といった所だが、義之の女たらしぶりには本当に参ってしまうぞ!」
そう言って少し怒り気味の顔でオレを小突く美夏。隣では茜がホントよねぇ~と言っている。オレは珍しく少しパニックになってしまっていた。
顔や動きには出していない。だがオレの頭の中は真っ白になってしまっていた。いきなり順序をすっ飛ばして結果だけ言ってしまった。
しかし言ってしまったものはしょうがない、ここからオレはどうフォローするかを考えて――――エリカの顔を覗きこんだ。
エリカの顔―――普通だった。まったくもって普通・・・取り乱したりもしなければ怒鳴りもしない、普通だった。全然予想していた事と違う反応をしていた。
「――――――――へぇ、そうなんですの?」
「うむっ! でもまぁ・・・義之は美夏の事だけを愛していると言ってくれたし信用もしている。だから特に不安になる、ということはないな」
「あれあれ~? もしかしてノロケ~? いやぁ、参っちゃいますにゃぁ~」
「なっ!? ち、ちがうぞ花咲っ! み、美夏はそういうつもりで言ったのではなく――――」
「あーはいはい、みんなそうやって同じ事をいうのよねぇ。まったくぅ、聞かされる身にもなってみてよぉ~、ねぇエリカちゃん?」
「ふふ・・・そうですわね、でも幸せそうでなによりです。言葉の端々から嬉しくてたまらないという心情がでていますわ」
「だ、だから――――」
「うう・・・・・・憎いぞぉ~この~」
「や、やめろ花咲っ! だ、抱きつくなっ!」
「――――ふふっ」
そうやって楽しく談笑に混ざるエリカにオレは違和感を持たずにはいられない。オレはエリカの心情がまってくもって理解できないでいた。
呆けているオレに助けを呼ぶ美夏の声に反応して、頭の底から戻ってオレ――――とりあえずいつも通りの振る舞いをした。そして茜を美夏から引き剥がす。
文句を言う茜にホッとする美夏、そして朗らかに笑うエリカ。それらと共に、オレ達はしばらくの間公園で談笑を楽しんでいた。