「いやぁ~あのエリカとかいう女子は本当に礼儀正しいなぁ。今時珍しいぞ」
「・・・そうでもねぇよ」
「いやいや、そんな事あるぞ。聞けば貴族らしいじゃないか、オマケに美人だし―――なんでそんなヤツとお前が知り合いなんだ?」
「あいつは生徒会の人間でオレが杉並のバカの一味だと思っている。それで追いかけ回されて以来の付き合いだ」
「ははは、そうか。てっきりお前がたぶらかした女の一人かと思ったぞ、美夏は」
「・・・・・」
今、オレ達は研究所に向かって帰っている途中だった。少し話し込んでしまったせいかもう大分日も落ちてきていた。風も段々厳しさを増してきている。
公園での会話は特に何も問題が起こる事なく終わった。オレと美夏が研究所でバイトをしている事を話し、今はその買い物帰りだと告げ―――オレは早々に
話を切り上げた。
茜が少し残念そうな顔をしていたが、お仕事ならしょうがないねと言って手を振って帰って行った。思ったよりサッパリしている性格なのか、オレ達の事を
からかいはしたが嫌味一つ言わなかった。オレは少しばかり強い女だと感じた。
そして残ったのはエリカとオレ達。オレ達はエリカに別れを告げて歩こうとして――――呼び止められた。オレは少しばかり心臓が跳ねあがった。
なんだと聞くと、エリカは美夏と少し話がしたいと言いだした。内容を聞いても女性同士の話だから教えられないと言って、美夏に向かって手を招くエリカ。
美夏は不思議そうな顔をしながらも、とりあえず義之は席を外してくれと美夏は言った。少しばかり心配であったが何か起きたらすぐ駆けつける準備だけはしておいた。
内容は聞こえなかったが二人の表情を見る限り、楽しく談笑している様子しか見て取れなかった。時間にすると一分ぐらいだろう―――美夏はすぐ戻ってきた。
「なぁ美夏、エリカとなんの話をしていたんだ?」
「え、あ、べ、別に特になんでもない話だぞっ! うんっ!」
「んだよ、気になるじゃねぇか。変な話でもしてたのか?」
「ん~別に変な話ではないが・・・まぁ女には女の話があるんだ。男にもあるだろう?」
「・・・確かにあるっちゃあるけどよ・・・・」
「ほ、ほら、そんな事より早く戻ろうっ! さすがに三時間もほっつき歩いていては水越博士もさすがに怒るぞ!」
「あ――――」
そう言って美夏はオレの手を引いて歩き出した。その様子を見ていると、どうやらあまり触れて欲しくない話題らしいということが分かった。
ハッキリ言って内容が気になるところだが―――あまり悪い話ではなさそうなと感じたので追及はしなかった。あまり深く突っ込むと勘ぐられるし。
しかし・・・エリカが美夏に対して普通の態度な訳が無い。無理矢理にでもやっぱり聞こうと思って―――――少し深呼吸をした。
妙にナーバスになっているな、オレ―――少し神経質になってなっていたのかもしれない。少し頭を冷やす必要があると思った。
「なぁ、美夏」
「うん? なんだ?」
「悪いが少し用事を思い出しちまった、このまま一緒に帰れそうにもない。水越先生にもすいませんが今日は早めに切り上げさせて下さいって伝えてくれ」
「――――あ、そうなのか・・・」
「ごめんな、美夏」
「・・・むぅ、まぁ用事があるという人間を無理に引き留められはせん―――少し寂しい気がするが・・・また会えるしな」
「ああ、もちろんだ。またすぐに会えるからそんな悲しい顔をしないでくれ」
「・・・・・ふん」
そう言ってる内に早くもバス亭の所まで着いてしまった。楽しい出来事があると時間はあっという間に過ぎると言われているが、それを改めて実感した。
脇の美夏の顔を窺うと―――やはり少し寂しい顔をしていた。オレとしてもそんな美夏を置いて帰るのも忍びないが・・・今は一人になりたかった。
しばらくはバスが来るまで話をしてやろうと思っていたが、すぐにバスのエンジン音が響いてきた。そして相変わらず人が乗っていないバスが目の前に停車する。
「じゃあ―――またな、義之」
「ああ、またな」
「――――あ」
そう言ってオレは美夏の頬に軽いキスをしてやった。美夏は少し驚いた顔をしたが―――すぐに表情が柔らかくなった。どうやら少しは元気が出たみたいだ。
そしてまたすぐに会う約束をして、美夏はバスに乗り込んだ。そしていつもの見慣れた運転手がそれを確認して扉を閉め、バスのアクセルを踏み込んだ。
遠ざかっていくバスの窓から美夏の手を振る姿が見える。オレはそんな美夏にいつもどおり手を振って応じた。もう日常的な行為となっている。
オレは踵を返し―――公園に向かった。本当に一人になりたかったので家には真っ直ぐに帰りたくなかった。今はさくらさんの明るい声も多分耳障りだろう。
「どうっすかな・・・オレも男だし――――いつまでもグチグチしてもしょうがねぇよなぁ」
ある意味あの形でエリカに伝わってよかったのかもしれない。今まで言おうとして言えなかったというのもあるし、情けない事だが少しホッとしている部分もある。
エリカの前に行くと固まってしまう自分自身が非常に情けなかった。女の腐った野郎みたいにウジウジしてしまう自分を殴りとばしたかった。
だが―――もう腹を括ってオレから改めて言うしかない。この間エリカが来た時にそう決めた。とりあえずオレは公園に向かい、もう暗くなってしまった道を歩いた。
「はぁ~・・・それにしてもどうしたもんか」
オレは煙草を吹かしながらベンチに座り考えていた。もちろんエリカの事についてである。オレと美夏が付き合っている事を知ったエリカ―――普通だった。
あまりにも頭にくるとかえって冷静になるというが・・・本当にそうなんだろうか。なんにしてもオレが見た限りでは信じられない事だが平然としていた。
今までの様子、言動からみて何かしらのリアクションを起こすと思っていたオレからしてみればある意味拍子抜けといったところだ。
「何考えてるんだ・・・アイツ」
オレはエリカの事を分かっているつもりだった。人の事を分かったというヤツは大してその人の事を分かっていないとはよく言うが、エリカの性格は理解
しているつもりだ。
感情の起伏が激しい女で口やかましい所もある。けど極度の照れ屋で素直になれない所もあり、気品と気高さを持ち合わせてて―――オレの事を好きな女。
大体そんなところだがそれで十分だろう。元々エリカは隠し事が出来ない女だ、貴族でそれはどうかと思うが・・・それもエリカのいい所なんだと思う。
しかし―――今は彼女を理解出来ないでいた。表情から何も読み取れなかったし、挙動も至って普通だった。エリカの性格を考えれば無い話だ。
オレの事をあんなに好きだと言い、たくさん涙を流し、オレと結婚まで考えてくれている女―――そんな女が好きな男に彼女が出来ていると聞いて普通に
していられる訳がない。
エリカに限った話では無く、ほとんどの男女は激しくうろたえて信じられないといった顔をするだろう・・・。今のオレならそんな気持ちが少し理解できる。
美夏がオレ以外の男と付き合う―――考えられない話だ、腹の中が煮くり返っちまう。オレでさえそんな感情が支配する有様だ。別に情けないとは思わない。
まぁ・・・そこまでエリカに酷い仕打ちをしたという訳だが―――何も感情を表さなければオレは何をしたらいいか分からない、何もしようがなかった。
「少しでも感情を出してくれたら対応の仕方はあるんだが・・・」
そういう事だ。喜怒哀楽のどれでもいい―――どれか一つでも出してくれれば話す取っ掛かりは掴める。あんな本当に何でもないという顔をされたんでは少し
考えてしまう。
だが―――そうやっていつまでもウジウジ悩んでもしょうがねぇ、素直に今までの事を詫びるのが筋なんじゃねぇか―――そう思ったオレはエリカの家に
行こうとした。
あまり言い訳を一生懸命考えるのもカッコ悪いし、オレらしくもない。そして何より誠意を見せるのが一番だと思った。綺麗事かもしれないがエリカには
一番通用する方法だと思う。
だが後の事もちゃんと考えておく。後先を考えないで特攻する―――少年漫画でよく聞く言葉だが、もうそんな単純な問題では無くなっていた。
そしてオレはベンチから立ち上がりエリカの家がある方向に向かい直った時―――見知った顔がそこにはあった。綺麗な金髪、いつも通りの格好、エリカだった。
「あら? 義之じゃない。こんな所で何をしているの?」
「・・・・・・・涼んでるんだよ」
「―――ふふ、今は冬なのに?」
「冬だからだよ。風情―――ゆっくり味わった事なんてなかったからな、最近」
「そうですわね。文明が発達したせいか、みんな冬は家に引き込もってしまっていますものね―――こんな事だって出来ますのに」
「・・・おい」
「ふふっ」
そう言ってベンチのオレの隣に座り、いつもの感じでオレの腕に絡みついてきた。そう―――いつもの感じでだ。昼間あんな事あったっていうのに
平然とそんな事をやってのけた。
オレはエリカの顔を思わず覗きこんでしまった。エリカはいつもの嬉しそうな笑顔でオレの腕の感触を楽しんでいた。信じられなかった。
もしかしたら―――オレは何か重要な事を見落としているのかもしれない。直感だがそう思ってしまった。
「大体なんでお前がここにいるんだ?」
「散歩よ。暇な時はこうやって外を気ままに歩いてますの。なかなかの気分転換になりますのよ?」
「・・・また絡まれたらどうすんだよ。この間みたいに」
「そうなったら―――義之が助けてくれるんでしょう? この間みたいに」
「・・・・・・・・」
「ふふっ」
もう―――限界だ。オレは組まれている腕を振り払った。少し驚いた声を出して腕を離すエリカ、オレはエリカの方に向き直った。
なんだっていうんだコイツは。何を考えてるか分かりやしねぇ―――イラついた気持ちにも似た感情を抱く。少しばかりきつめに睨んでしまったかもしれない。
エリカの顔―――腕を振り払われて少し不満気な表情だった。またその表情がオレのささくれたった心を刺激する。オレはエリカに問い詰めた。
「オレには分からねぇ。エリカが何を考えているか」
「何って・・・何よ? 私はいつも通りですわ」
「昼間も言ったが―――オレは美夏と付き合っている」
「・・・・・」
「今までエリカに伝えなかったのは本当に申し訳ないと思っている。ここでお前に何をされても文句は言えない。
土下座をしろっていうならするし―――――何でもする」
「う~ん・・・そうですわね・・・じゃあ―――――天枷さんと別れてくれるかしら?」
「それは出来ない」
「ふふっ、ずるいですわよ、義之? 何でもすると言ったじゃない」
「・・・・ふざけてるのか―――てめぇ」
「そんな顔をしないでくださる? 義之の怒った顔って本当に怖いんだから」
そう言ってまた笑うエリカ。なぜだか知らないがエリカには余裕があるように見受けられる。余裕―――あるはずがないと思っていた。
オレが困惑しているとエリカは軽い口調で喋り始めた。いつもの感じ―――まるで世間話をするみたいに・・・オレは嫌な予感がした。
「天枷さんが義之と付き合っていると聞いて私は―――妙に納得してしまいましたの」
「・・・納得?」
「ええ。だって義之は―――私に惚れている筈なのに首を縦に振らないんですもの。前に冗談っぽく一目惚れしたとおっしゃっていましたが・・・本当なんでしょう?
それなのにおかしい・・・前から常々そう思っていましたが、まさか他にも好きな子がいてその子を彼女にしているなんて・・・夢にも思いませんでしたわ」
「・・・・いや、オレは別にお前に惚れてなんか・・・」
「――――ウソ言わないでくださる? 義之は隠そうと躍起になっていたみたいでしたけど・・・貴方の私を見る目・・・とても心地もいいものでしたわ。
ああ、義之は私に本当に惚れているんだなって分かりましたもの。もう嬉しくてたまりませんでしたわ」
「・・・・・・・・」
「大方、私と天枷さんの両方を好きになってしまったってところかしら? 義之って恋愛漫画の主人公みたいね」
そう言ってまた朗らかに笑うエリカ。そうか・・・エリカにはバレていたのか。気付かれていないと思っていたオレが馬鹿みたいだ。
よく考えれば気付かない方がおかしいのかもしいれない。興味がないと言いながらも何かと話をしたり家に入れたり・・・オレの性格を
考えるとあり得ない話だ。
だが―――それなら話は早い。美夏と付き合っているという事実、それがどういう意味か分かっている筈だ。残酷なようだがこれから
エリカを突き離さなければいけない。
「――――ああ、その通りだ。オレはお前に惚れていた」
「・・・なんで過去形ですの?」
「知っての通り、オレは美夏と付き合っている。美夏とお前――――両方を天秤にかけて美夏を選んだ」
「・・・・・・」
「だからその事は忘れるんだ。そして、オレの事は諦めて新しい恋愛でも――――」
「ねぇ、義之」
「なんだよ、エリ、カ――――――――」
オレはエリカの方を向いて固まってしまった。エリカはまたあの悲しい目をしていた。途端にさっきまでの強気の姿勢は何処かへ行ってしまった。
そんなオレの様子など気にしないと言わんばかりに、エリカはオレの両頬を掴み――――キスをした。この間みたいに何回も、何回も優しくキスをしてきた。
そして気が済んだのだろう――――時間の感覚は分からないが大分長い時間キスをしていたと思う、エリカはオレの事を解放した。
「・・・やっぱり義之とのキスはすごくいいわ。もちろんこれからも何回もキスしますけど――――飽きる事はないでしょうね」
「・・・オレの話を、聞いてなかったのか? てめぇは」
「ふふっ、義之は絶対に私の所に戻ってきますわ。絶対にね・・・」
「なんの根拠があって――――」
「一目惚れってすごいですわね。義之みたいな人でも逆らえなくする――――まぁ私もそれ以上に義之の事愛していますけど」
「―――――――まさか」
「・・・だからそんなに怖い顔しないで、悲しくなってしまいますわ」
またあの悲しい色合を帯びた目でオレの目を見つめるエリカ――――瞬間、オレは確信した。何時からは分からないがエリカは意図的にこの目を作っているのだと。
オレにとっての唯一の弱点・・・それをエリカには知られてしまっている。オレは思わずエリカの顔を凝視した。エリカの顔――――笑顔に戻っていた。
そうしてオレもやっと謎が解けたような気がする。エリカに見え隠れする余裕――――オレを制御する操り人形の糸、それをエリカは持っていた。
「私ね――――天枷さんに聞いてみたのよ、義之の何処に惚れたのかって。やっぱり彼女をやっているぐらいだし気になるじゃない?」
「・・・・・・」
「私がいつも泣いてたのってあの子が原因なんですわよね? ここまで私を泣かせるんだからどんな女性だと思っていたんですけど、とんだ期待はずれでしたわ」
「――――なに?」
「何処に惚れたのと聞いて返ってきた言葉が・・・カッコイイところ、ですって。義之の事何も知らないのね、天枷さんは」
「・・・・・おい」
「私は義之の事は大体分かるわ。本当は優しくて、自分の味方を絶対に裏切らない、そして何気にプライドが人一倍高い・・・他にもいっぱい義之の事を
知ってますわ。見たところあの子は義之の外見だけを気に入って付き合ってるのね。本当に情けない事だわ」
「やめろよ、エリカ」
「それに義之は本来もっと高みにいる人間の筈よ。あの子と付き合っても何も得られるものは――――」
「やめろって言ってるのが――――聞こえねぇのか? おい」
「・・・・・・ねぇ、義之?」
そう呟いてオレの手を握るエリカ。目―――またあの目をしていた。そしてオレの手を持ったままベンチから立ち上がる。そして言いにくそうに話し出した。
言いにくそう――――演技だと直感で気付いた。そんな事を思っている筈が無い。その目をして言うって事はオレに拒否権は無いと言っている事と同義だ。
「私の部屋に・・・来ない?」
「・・・・・」
「ここのところ義之が構ってくれなくて寂しかったのよ・・・。ねぇ、いいでしょ?」
「いや――――」
「ほら、早く行きましょう。 私、新しい料理を覚えましたのよ? きっと義之の好みにも合いますわ」
「あ、おい――――」
そう言ってエリカはオレの手を引いて歩き出した。オレはその手に引っ張られるようにエリカの脇をついて歩いていった。
手を振りほどこうとするが、その度にエリカはオレの目を見た。そしてオレは何も言えなくなってしまいエリカはまた笑顔になる。
あの夜――――断っていればこんな事にはならなかった。あの悲しそうな目を振り切っていれば惑わされずに済んだ・・・。
だがいくら後悔しても遅い。オレは振りきれなかった、それが現実だ。オレは後悔の念を胸にエリカの家に向かい歩き始めた。
「こうやって義之と眠るのって―――あの夜以来かしら」
「・・・ああ、そうだな」
あの後エリカの家に招待され、晩御飯を頂いた。最初は少し不安だったが――――出てきた料理は予想以上に美味しく、満足できるものだった。
その事をエリカに話すとどこか照れたような笑みを浮かべた。さっき公園で話しているときは別人かと思うほどの雰囲気だったが今ではその影さえ
無かった。
オレが思うに、あれもエリカという人間の顔の一部なんだろう。照れて笑うエリカも、強引な手段に出てしまうエリカも――――全部エリカという人間の一部だ。
そしてオレは食事を終えて家に帰ろうとした時――――またあの目で引き留められてしまい、結局またこの部屋で一晩過ごす事になってしまった。
美夏との事は出来るだけ考えないようにしていた。そんな事を考えていると――――罪悪感で死んでしまうかと思ったからだ。
「おい、寝るっていう時にまで絡みついてくるなよ。うざってぇ」
「ふふっ、本当はそんな事思っていない癖に・・・」
「アホか、てめぇは。オレにはな――――」
「彼女がいる――――そう言いたいんでしょ?」
「・・・・・・・」
「そういう人のこと、なんて言うか知っていて?」
「・・・なんて言うんだよ」
「――――浮気者、そう呼ぶのよ」
「・・・・・・」
「・・・・・ん」
そう言ってまたキスをしてきた。最初は公園でしたみたいに優しいキスをしていたが・・・すぐこの間のキスみたいに激しくなった。
急がしそうにオレの舌を絡め取るエリカの舌、それに思わず反応してしまいオレは強く舌を動かしてしまった。それにエリカの体がビクッと震えて
オレの服を掴むエリカの手がギュっと握られた、まるで快感を我慢するかのように。
そして負けていられないとばかりにそれ以上にエリカは舌をもっと激しく動かした――――今以上に深くつながるようにオレの頭を抱え込みながら・・・。
エリカの部屋に響き渡るオレとエリカの唾が混ざり合う音。エリカはオレとのキスは飽きないと言っていたが・・・それを裏付けるようなキスだった。
「ぷはぁ・・・・はぁ・・・はぁ・・・・・ふふっ、今までで一番激しいキスでしたわね・・・気持ちよかったですわ」
「・・・そうか」
「もう冷めてるんだから・・・でもそんな所も好きですわよ? ふふっ」
「・・・・・・・」
「・・・・・ねぇ」
「・・・なんだ」
「――――――この後の続き、してみない?」
「・・・・・・」
言わんとしている事――――要は抱いてほしいという事だった。潤んだ瞳、赤らんだ顔・・・言葉にしなくてもそれは伝わってきていた。
エリカもオレがその気になっている事に気付いているのだろう。さっきからエリカの太腿にオレのモノが当たっており、チラチラとエリカは気にして
いる感じだった。
だが――――それだけは出来ない。今ここでエリカを抱いてしまったら、性欲なんてものに負けたら、本当に――――本当に後戻りが出来なくなる。
「・・・かったるい」
「――――へ?」
「ぶっちゃけ眠いんだわ、オレ。性欲よりもオレは睡眠欲のほうが強くてな。よく杉並とかに呆れられるよ」
「ちょ、ちょっとっ! こ、ここまできてそれはないんじゃないかしらっ!?」
「あーうっせうっせ、やかましい女だな、お前は。美夏だってもう少しはお淑やかだぞ」
「――――――――ッ! こ、この男はデリカシーというものが・・・・っ!」
「じゃあ寝るよ。おやすみ」
「あ、こ、こらっ! 待ちなさないってばっ!」
そう言ってオレは背中を向けて寝る準備に入った。後ろでエリカがぶつぶつ文句を言っていたがオレが本気だと分かったのだろう、すぐおとなしくなった。
そして抱きつかれる感覚――――エリカがオレの背中に手を回していた。それに安心したのかすぐ寝息を立てるエリカ。小学生か、こいつは。
今の現状・・・とてもじゃないが美夏には見せられない。オレは美夏を裏切っているんだから当り前だ。別に開き直っている訳じゃないが・・・。
正直――――オレは少し自棄になってしまっていた。あれだけ・・・あれだけ何回も決心したのに・・・すぐ状況に流されてしまった。
もう疲れてしまった。元々人付き合いが不得意なオレだ、こんな現状を円滑に回すなんて出来やしねぇ。もうなるようになれといった感じだ。
そう思いながらもエリカと最後の一線は越え無かった。結局のところ――――実に中途半端な関係で安心しているオレがいた。
オレは美夏・・・エリカをどうしたいんだ・・・・そんな自分でも分からない悩みを一晩中考えてしまった。ふとその時カレンダーを見て思い出す。
「もうすぐ三学期か・・・・」
学校が始まったらまたこの関係の形は変わるのだろうか。いや、また心配しても裏目に出るだけだ。だったら何もしない方がまだいい――――。
オレはそう思い、朝日が昇ってくるのを黙って眺めていた。将来―――誰とこういう朝日を眺める事になるんだろうかと考えながら・・・・・。