「あー寒いわ・・・マジでだるいし・・・今日はサボってどっか行こうぜ、美夏」
「何言ってるんだ義之。どうせいつも授業なんかまともに受けてないんだろ? だったらせめて席に着くぐらいしろ」
「馬鹿にすんなよテメェ。こんな品行方正なオレを捕まえてなんて口の聞き方だ。積極的に手を挙げて質問するタイプなんだぜ、オレ」
「だからなんでお前はそういう嘘をクスリともせず言えるんだ・・・・」
とうとう愛おしかった冬休みも終わり、オレ達は学校へ向かって歩いていた。一昨日に始業式が無事終わり、もう授業もいつも通り始まっている。
また退屈な学校生活が始まると思うとやや憂鬱な気分になる―――まだ研究所でバイトしていた方がマシってもんだ。あれはあれで楽しいし。
機械関係に囲まれて仕事するというのは嫌いではないし、見た事や触った事がないものを多く弄れたり出来たのでいい経験になったと思う。
何事も知識が増えるというのは邪魔になりはしない。それを水越先生に話したところ研究者に向いていると言われた。
「大体お前はそんなにのらりくらりしていて―――将来の事を考えているのか?」
「当り前だ。美夏と結婚出来たらいいと思う」
「い、い、いきなり何を言うんだ、お前はっ!?」
「別にお前が聞いてきたから答えたまでだ」
「ふ、ふんっ! お前の言っている事は大きくなったらお嫁さんになりたいと言っている子供と変わらんぞっ! 少しは真面目に――――」
「嫌なのか?」
「えっ!? あ。いや、べ、別に嫌というわけじゃなくてだな・・・その・・・」
「んだよ? だったら別にいいじゃねぇか。少なくともオレはそう思っている」
「うー・・・・」
将来―――自分でも予想がつかなかった。恐らくだがそこらの普通の会社や工場で働く事になるんだろう、そうおぼろげに思っていた。
一流企業と呼ばれている所なんかには入れないだろう。頭の良し悪しではなく、問題はこの性格だ―――コミュニケーション能力が欠如
していたんじゃ話にならない。
どの仕事にも言える事だが絶対に『お客』という相手がいる。需要と供給を満たすのが『仕事』であり、それをこなして初めて金が貰えるとオレは思っている。
別に自分の心の内を外に出す様な真似はしない。そういうのは小さい時から出さないのは得意にしているし、相手の求めている態度を出すことも出来る。
ただそういうのがオレにとってかなりストレスが溜まる行為だ。絶対に長続きするとは思えないし、大きな会社ほどそのストレスは大きくなると思う。
たださっき言っていた研究者―――悪くない職業だと思った。課せられた研究をこなすのに自分の世界に入り込んで黙々と実験を繰り返す日々は悪くないと思う。
天枷のところの研究員も大体はそんな感じだ。一つの目標を達成して、更なる高みを目指してまた実験を繰り返す――そんな日々を送っていた。
なにより美夏の事がある。もし何か美夏の身に起きて対処出来なければオレは一生後悔するだろう。そういった意味も込めて研究員も悪くはないと思う。
「そういうお前は何になりたいんだよ?」
「―――へ、わ、私か?」
「そうだよ。人の事聞いておいて自分の事を言わないのはフェアじゃないぜ?」
「む、むぅ・・・そうだな・・・・」
「なんだ、てめぇも考えてねーんじゃねぇか。よくそれで人の夢を笑えたもんだ」
「ば、ばかいうなっ! あんなもの夢と言えるかっ! は、恥ずかしいったらありゃしない!」
「じゃあお前の夢―――言ってみろよ」
「だ、だから・・・その・・・だな・・・え~と・・・あ、あははっ! お、お嫁さ―――」
「お嫁さんて言ったらお前をもしかしたら蹴り飛ばすかもしれないな、オレ」
「う、うがーっ!」
隣で顔を真っ赤にしながら怒る美夏を端目にオレは呆れていた。お前こそ子供と変わらねぇじゃん、ちっこいしな。すぐに感情出す所なんかまさにそうだし。
だがまあ―――悪い気分ではない。そう思ってオレは美夏の手を握った。そしてまだ怒りが収まらない様子ながらも―――手を握り返してきた。
この瞬間をオレは気に入っていた。人と人が手を繋ぐだけでこんないい気分になるから不思議だ。これからもその思いは変わらないだろう。
そして曲がり角を曲がった時――――綺麗な金髪が目についた。背筋なんか針金が入れてあるのかと思うぐらいピンとしていて近寄り固いオーラが出ている、
前を歩いている女はオレの視線に気付いたのだろう、後ろを振り返って―――目が合った。そして朗らかに笑いながらオレ達に話しかけてきた。
「おはようございます、桜内先輩と天枷先輩」
「・・・うっす」
「ああ、おはよう。今日は奇遇だな、ムラサキはいつもこんなに早いのか?」
「いいえ、今日は偶々ですわ。なぜかこんな寒いはゆっくり歩きたくて・・・早起きしてしまいましたの。ふふっ、恥ずかしい話ですわね」
「いやいや、そんな事はないぞっ! 義之なんかいつも寝坊しそうになるから本当に困るっ!」
「あら、そうなんですの? そういえば桜内先輩はとても朝に強そうには見えませんが―――なぜこんな時間から登校を?」
「どういう意味だよ、てめぇ」
「ふふっ」
「まぁ義之もそんなに睨むな。理由か・・・まぁ私達もムラサキと同じ理由だ。照れる話だがこうやって二人でゆっくり登校した方が・・・なんというか
だな・・・・少し幸せな気分に浸かれるんだ」
「・・・よくもまぁそんな恥ずかしいセリフを言えたもんだ。オレなら恥ずかしくて死ぬね」
「う、うるさいっ!」
「いえいえ、そんな事ありませんわ。幸せそうで何よりですわ。もしかして―――お邪魔してしまったかしら?」
「―――へ? あ、いやいや、そんな事ないぞっ! あ、あははっ!」
「そうですか? あんまりお邪魔虫になるようでしたら退散しようかなと思っていましたの。それで―――桜内先輩は私の事、お邪魔ではないのかしら?」
「――――――別に」
「あ・・・・」
「ならよかったですわ。桜内先輩はあまり思っている事を顔に出しませんから不安でしたの・・・ふふっ」
「・・・・・」
美夏の呟き声―――オレに否定して欲しかったんだろう・・・邪魔だと。オレの性格を考えれば自然にストレートにそういう事を言うから期待していたのが分かる。
オレ達は学年も違うからあまり一緒に居る事が出来ない。こういったささやかな時間もオレ達には貴重な事だった。だが招かれざる人間がそれに入り込んで来た。
美夏はさっきまでの元気な様子はどこへ行ったのやら―――顔に少し陰りが出てきた。対するエリカの顔は相変わらず笑顔のまま・・・少しばかり憎たらしかった。
美夏の性格だと罵倒や悪口といった言葉は苦手だ。生意気な発言も多いが、ほとんどは照れ隠しによるものだし―――ロボットの癖に人がいい性格だった。
だから代わりに手を強く握りこんだ。美夏はハッとした顔になったが、すぐに少しばかり元気が戻ってきたのが見て取れた。そしてそれを見ていたエリカが言った。
「―――でも羨ましいですわ・・・そんなに手を強く握りしめて・・・まさに幸せの絶頂という感じですわね」
「え、あ、そ、それは――――」
「ああ、幸せだね。幸せすぎて脳がパンクしそうだよ、本当にな」
「ば、ばか・・・」
「んだよ、お前もそう思ってるんだろ? ちっとは素直になれよな」
「うー・・・・」
「いいですわね、好きな人と結ばれるというのは。私にも好きな人がいますけど―――なかなか報われなくて困っていますわ」
「・・・・・」
「お、そうなのか? ムラサキみたいな美人を相手にしない男なんか早々いないと思うのだが・・・こう言っては失礼だが見る目が
無いのではないか? その男は」
「ふふっ、ありがとうございます。でもそうですわね・・・確かに天枷さんの言うとおりかもしれません。少しばかり見る目が無いと私も
思っていたところですわ、ふふっ」
そう言ってまた笑顔になる。だが視線はずっと美夏に注がれていた。オレはこの間エリカが言っていた事を思い出す。美夏はオレに相応しくないと言っていた。
その視線は言外に美夏ではオレの隣に居るのは合わないと言っているのがオレには見て取れた。それぐらい不躾な視線を当てているが美夏は気が付いていない。
良し悪しにも関わらず美夏は人がいい性格だ。普通の人になら警戒心丸出しにするのだがオレの知り合いっていうことで気を許していた。
「そしてその男性の方は恋多き人なので・・・少し女性の方にだらしないんですの。もう困ってしまいますわ」
「むぅ、女にだらしないのはあまり好かんな」
「ええ。だから私だけを見てくれるように頑張ってはいるんですが・・・この頃は自信が無くなってきましたわ」
「なぁに、大丈夫だっ! ムラサキ程の器量の持ち主ならすぐに相手の男は落ちるっ! 案外もうひと踏ん張り頑張ればイケるんじゃないか?」
「――――――天枷さんにそう言われると本当にその気になってきますわね、ありがとうございます。私、自信が出てきましたわ」
「なぁに大した事はないっ! 悩める後輩の為だしなっ! あ、少し気になる事があったんで聞いていいか?」
「はい、なんでしょう?」
「義之とはどういう経緯でこんなに仲良くなったのだ? 前に義之に聞いた時はムラサキに追いかけ回されて以来の付き合いだと聞いたが・・・知って
の通り義之はこんな性格だ、余程の事が無ければ人をこんなに近づけさせないと思うんだが」
「・・・そうですわね、私も不思議に思っていましたけれど―――きっと一目で気に入られたんではないでしょうか?」
「へっ?」
「だって桜内先輩の性格ですとそうでしょう? 気に入らない人は男女関わらず煙たがるんですから。まぁ、悪い気分ではないですわ」
「あー・・・そうなのか・・・」
「ふふっ、そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫ですわ。桜内先輩は天枷さんに夢中ですから――――――本当に」
「そ、そうか?」
「ええ、見ていてこっちが恥ずかしくなるくらい甘い雰囲気を出していますもの。それもあの桜内先輩が・・・自信を持っていいと思いますよ?」
「あ、あはは・・・な、なんだか照れるな・・・」
そう言って照れた笑みを浮かべる美夏。オレはというと――――少し苛ついていた。オレからみればさっきからエリカは罵声を吐いている様にしか見えない。
オレは軽く睨んだが相変わらず涼しい顔をしている。オレは睨んでも効果がないと分かりすぐに視線を前に戻した。こいつ・・・性格少し変わったな。
その要因は―――きっとオレだ。オレと会わなければ嫌な方向に性格が変わる事もなかったろう。些細な変化だがそれがオレには悲しかった。
「――――ん?」
「うん? どうした義之?」
「いや、なんでもねぇよ。さっさと行くべ」
「・・・?」
「・・・・・」
ふと袖を掴まれる感触がした。見ればエリカがオレの袖を掴んでいた。隣には美夏がいるし見られたらたまったもんじゃない。オレは振り払おうとして、止めた。
エリカの顔がどこか不安そうな顔をしていたからだ。おそらく振り払われる事を恐れているんだろう。その顔を見ていたら――――少し心が動いてしまった。
そして気が付いたらエリカの手の指先を反対に掴んでいた。よくカップルがやる指先で手を繋ぐ行為・・・それをしていた。エリカは驚いた顔をしていた。
まさか手を繋いでくるとは思わなかったんだろう、だが次の瞬間にはとても嬉しそうな顔をしていた。そしてエリカも美夏に負けないぐらいオレの指先に力を込めた。
別にあの目はしていなかった、ただただ不安そうな顔をしていただけだ。結局のところ――――惚れたオレにとってはそういった行為が全部弱点になっていた。
美夏と付き合っていると言うのにエリカへの気持ちは変わらない――――寧ろ益々大きくなってきていた。それを恐れて早めに決着をつけたかったというのに・・・。
前は弱点はあの目だけだった。それさえ振りきればなんとかなる自信があった。だが日々を重ねるごとに弱点は増えていき――――今の有様だ。
そうして美夏とエリカの手を繋ぐ行為は校門前まで続けられた。二人の手に込められたオレへの想い――――それが返ってオレを苦しませていた。
「ねぇねぇ、義之きゅん! 早く移動しようよぉ!」
「纏わりついてくるなよ、茜」
「えー別にいいじゃん~。それとも何? 彼女には他の女と喋っちゃいけないって言われてるのぉ? なっさけな~い」
「・・・・・・」
「ああ~ん、待ってよぉ~」
そう言ってオレの腕に絡みつく茜。オレはため息を吐いて茜を見やるがどこ吹く風といった表情――――好きにさせておいた。
今オレ達は移動教室の授業の為に音楽室へ歩いていた。あまり気乗りはしないが少しは真面目に受けようと言いだしたのはオレだ。
腕に変なモノを必要以上にくっ付かせて歩いているオレに色んな視線が飛んでくる。まぁほとんどが嫉妬や憎悪といった感情的なものだ。
だが話しかけて来る者はいない。オレはもう腫れ物を扱われるような存在となっていた。まぁ気楽でいい事だが・・・。
「大体振った男に纏わりついてくるお前の思考が分からねぇ。それも相手は彼女持ち――――諦めの悪い女だな、てめぇも」
「べっつにいいでしょぉ~? あれだけの事をしてあげたのにまだ対価を貰っていないんですもの。これぐらいはねぇ~?」
「たかがキスぐらいで何を――――」
「美夏ちゃんに言うわよ、キスの事」
「・・・好きなだけくっついていいぞ」
「へっへぇ~、やっぱり優しいな義之くんは~。 どう? 私に乗り換えてみない? こんないい女は他にいないわよ?」
非常にうざったい事だがこいつにも弱点は握られている。まぁキスといってもオレからはしていないので知った事ではない。
だがオレの彼女はそうは思わないだろう。きっと怒り狂ってオレをボコボコにして――――悲しむ。それはオレの望むところではなかった。
しかしこいつもすげぇ女だ。二回も振られた上に彼女持ちの男にここまでベタベタしてくる女――――頭がイカれてんじゃねぇか?
「でもまぁ・・・確かにいい女だよ、お前は」
「へっ?」
「美夏とオレが付き合っている事を知ったお前は悲しんだろう。あれほど愛情表現をされたし本当にお前に愛されてたと思っている。それなのに
お前は嫌味一つ言わなかった。普通なら恨み辛みを美夏にぶつけているところだ。オレはお前にどっちつかずの行動をしていたし、ある意味
お前の事を裏切った訳でもある。だが、お前は公園で美夏に本当によくしてくれていた。ありがとうな」
「えっ!? いやいや、そんなこ――――」
「美夏があれだけ同性に対して楽しそうに絡んでいたのは初めて見た。美夏はあれでも初めて喋る人間にはすごい警戒心を持つ。ましてや
お前の事を恋敵だと思っていたのにな。それだけお前に人徳があるってことだ。男女関わらずそういうのを持っているヤツは少ない」
「ちょ、ちょっと――――」
「おまけにスタイルも顔もいい、はっきりいって美人だ。頭の回転の速さも悪そうに見えない――――引く手多数だな、お前」
「ううー・・・」
オレがそう言って照れてしまったのか、絡みついてる腕を離そうとする茜。自分から腕を組んできてそれはねーだろ、おい。
そういう行動をするとオレの悪戯心が反応するって分かってるだろうに・・・。そう思いながら今度は逆にオレから腕を組んでやった。
途端に顔を赤らめて逃げようとする茜――――ああ、だめだ・・・こういう風にからかい易いヤツはとことん苛めたくなる。
「なんだよ、離れるなよ」
「ちょ、ちょっと、やだ、離してよぉ~」
「お前の腕って改めて思うけどやっぱり柔らかいな。女の子の腕って感じだ。指もこんな滑らかだし・・・」
「ヒャッ! そ、そんないやらしい手つきで触らないでよぉ~」
「なんだよ。オレの事好きだったんだろ? だったらいいだろ」
「さ、サイテ―よ義之なんかぁ~! こ、このドS男!」
「ああオレは最低だ、彼女がいるっていうのに何だか変な気分になってるしな。このままどっかへ行って――――二人だけの時間を過ごそうか?」
「そ、そんな事言ってその気ないくせに~!」
まぁその通りなんだけどな。さすがにオレとの付き合いも長いしその辺の事は分かっているんだろう・・・生意気な女だ。
そして指を擦るとビクっと体を震わす茜。指にも性感帯があるというが――――多分この辺だろう、そう思って指のある部分を
擦ると更に顔を赤らめた
呼吸も荒々しくなってきているし、目も潤んできている。キッとオレを睨むがオレはヘラヘラした表情を浮かべた。
睨んでも無駄だと悟り更に涙目になる茜。腕もガッチリ組んでいるので逃げられない状況だ。大体受け身になると弱すぎるんだよな、コイツは。
そういう風に茜をからかっていると前から人が走ってくる音が聞こえた、それも複数だ。まぁ見る前から大体想像はついていた。
前に顔を向けると予想通りというかなんというか――――杉並が生徒会役員に追われていた。その中には見覚えのある金髪もある。
「こらぁ~待ちなさいっ! 杉並っ!」
「はっはっはー! 冬休み中怠け過ぎたのではないか、まゆきよっ! 走りが遅くなっている、それに脂肪もたくさん付いた様だしなっ!」
「――――――ッ! こ、このっ!」
「ま、まゆき先輩・・・はぁはぁ・・・は、走るの早いです・・・」
そう言って走りながらこちらに向かってくる杉並一向。相変わらず騒がしいやつらだ、冬休みも明けたばかりだというのに・・・。
とりあえずオレ達は壁側に避けた。あまりにも絡みたくない相手達だ。そして杉並はオレの前を通り過ぎ――――なかった。
ガッチリ腕を組まれ。ターンポールを回るかのように綺麗にオレの背に隠れた。っていうかこの図は前にも見たぞ、オレ。
そしてオレの前に立ちはだかるまゆきと息を切らしているエリカ。オレは知らずしらずの内にため息を吐いた。
「やぁ、弟君。明けましておめでとう」
「おめでとうございます、まゆき先輩」
「冬休みは充実した生活を送れたかな?」
「ええ。とても有意義に過ごせました。学校はとてもうるさい人がいてなかなか落ち着けなかったので」
「へぇー・・・そんな人がいるんだ? 私が取っちめてやろうか?」
「え? 自分の事を自分で捕まえるんですか? 愉快な人だとは思っていましたけどそこまでとは・・・サーカス団に入ったらどうです?」
「―――――なんでかな?」
「ピエロに向いてそうだからですよ。あ、でも待って下さい。確かピエロはその団の中でも一番演技が上手い人がやるんでしたっけ?
じゃあまゆき先輩には無理そうですね。見るからに大根っぽいですし」
「――――ッ! こ、このっ!」
「ああ、あんまり絡まないでください。そういうの苦手なんで、僕」
「~~~~~~っ!」
そしてすぐ顔を赤らめて怒りを露にする。それにしてもからかい易い人だ。普段から姉御肌ぶっているから弄られるのには慣れていないんだろう。
ここまで弄りやすいと返って冷めるな、ハッキリ言って。エリカや茜みたいにもう少し可愛らしい反応をしてみて欲しいものだ。まぁそういう反応
をされても冷ややかに笑うだけだが。
それにしても――――興奮しているせいか気付いてないんだろうか、この人は。だから杉並にいつも逃げられるんだよ、ったく。
「それで、いいんですか? 杉並はもういなくなってますよ?」
「――――へ? あ、あれ!? 本当だっ!? い、いつの間に・・・・」
「早く追いかけっこの続きでもしたらどうですか? 暇なんでしょう?」
「―――――ッ! ふ、ふんっ!」
そう言ってオレの前から立ち去るまゆき。てか早く気付けよな、愛しの彼が逃げた事ぐらい。もう逃げられないように付き合えばいいのに。
まゆきと杉並―――案外合っていると思った。あの男の奇行に付き合えるのはオレの知っている中であの女ぐらいしか知らねぇからな。
エリカも慌てて追いかけようとして―――足を止めた。エリカの視線はまだ繋がられているオレ達の手に向けられている。
「ねぇ、花咲先輩?」
「ほえっ? なにかなぁ?」
「桜内先輩に彼女がいる事は知っていますわよね? 少しベタベタしすぎなんじゃありませんこと?」
「え~? 別にいいじゃ~ん。別に天枷さんから奪おうっとわけじゃないんだしさぁ~」
「花咲先輩がそうは思わなくても周りにはそう見えるんじゃないですか? 少なくとも私にはそう見えますわ」
「う~ん、そうかなぁ・・・そういうつもりはないんだけど・・・あはは、困ったにゃ~」
「少なくとも――――まだ未練が残っていて執拗にアプローチを掛ける元彼女、みたいに見えますわ。情けないお姿なので
お止めになったほうがいいと思いますが?」
「――――――へぇ、ふ~ん・・・・・エリカちゃんて小姑みたいだねぇ~、おっかないわぁ~」
「・・・何ですって?」
「やぁん、そんなに睨まないでよぉ・・・よっしー助けてぇ~」
「――――――な」
そう言ってオレに抱きついてくる茜。それを見てエリカの綺麗に整えられた眉毛はピクリと動く。顔には苛ついた表情は出していないが無駄だ。
雰囲気で不機嫌な感じがバリバリ出ている。それに無表情を装っているが、返ってそれが怒っている様子に拍車をかける。
大して茜は余裕といったかんじだ。こいつの事だからそういった言葉ものらりくらり躱しそうだし、なにより度胸のある女だ。早々折れたりしないだろう。
なんにしても――――かったるい状況だ。とりあえずオレは茜を引き剥がした。茜は残念そうな顔をしたが・・・状況が状況だ、離れればエリカも落ち着くだろう。
それを見たエリカは胸の内がスッとしたのか―――茜に対して小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。茜もそれに気付き、ムッとした顔で再度オレの腕に組みついてきた。
また表情が険しくなるエリカ。突っ掛かる勢いで喋ろうとしたのでオレは慌てて止めた。どうしちまったんだよ、エリカ。お前らしくもねぇ・・・。
「そこまでだエリカ、もういいだろう。茜も取りあえず離れてくれ」
「――――――ッ! よ、義之は私の味方じゃないのっ!? どうしてその人の事を庇うのっ!?」
「なっ、お、おい――――」
「な、なんでいつもいつも、義之は、私ばかりに冷たいのよっ! ま、前々からずっと言おうと思ってたんだけど、なんでっ!? どうしてっ!?」
「ちょっと待て、エリカ。少し落ち着け、な?」
「だっていつもそうじゃないっ!? ねぇ、私の事、好きなんでしょう? 惚れているんでしょう? 私何かした? ねぇ、どうなの?」
「・・・・何もしてないよ、エリカは」
「嘘よ。だって天枷さんと付き合ってるじゃない。天秤に掛けたって言ったけど――――なんで私の方に傾かなかったの? ねぇ」
「・・・・お前と過ごした時間より美夏との時間の方が濃かった。ただそれだけだ」
「――――あ、あはは、そう、そんな理由・・・何よそれ? もしかしてふざけてるの、義之?」
「お前がどう感じてはいるかは知らないが――――それが理由だ」
「・・・はは。じょ、冗談じゃないわ・・・天枷さんより私の方が義之の事を知っているのよ? 私の方が好きなのよ? それに私の方が得られる物は
たくさんあるわ、そして義之は私の事が好き、ホラ、問題は無いじゃない」
「・・・言ったろ、時間が――――」
「だ、だったらもっと私と一緒の時間を過ごしましょうよ? ね? とてもいい考えじゃない、今から天枷さんの所に行ってそう言いましょうよ? ホラ、早く」
「あ――――」
そう言ってオレの手を握り締める。しかしここでハッキリ言わなければ駄目だ、エリカに望みはないと。そう思って手を振り払おうとして――――固まってしまった。
あの目を見てしまったからだ。オレに一番効果のある目―――悲しみに染まった目だ。さっきまでの勢いが急に萎んでいくのが自分でも分かる。
エリカはわざとやっている、わざとこの目を作っている、それは明らかだ。オレの弱いところを突いて、無理やりにでもオレを美夏の所に行かせる気だ。
しかし・・・どうやってもそれに逆らう事が出来ないでいた。自分が情けなくなる・・・・。そんな事を考えている内に、オレはエリカに手を引かれて――――――
「あぁん、だめよぉ~、人の恋路は邪魔しちゃ~」
オレ達の繋がれた手がスパーンと小気味のいい音を立てて弾かれた。手に鋭い痛みが走る。茜の振りかぶった手を見て初めて気付いた。思いっきり叩かれたのだと。
「――――――――な」
「だめよぉ、まったくもってダメダメよぉ、エリカちゃん? エリカちゃんは振られちゃったんだから諦めないとぉ~」
「――――――ッ! あ、貴方に関係ない事ですわっ! く、口を挟まないでくださるっ!?」
「だ~め。だって・・・・まるで『まだ未練が残っていて執拗にアプローチを掛ける元彼女』に見えて仕方ないんだもん。見てるほうが
情けなく思えてきちゃって見てられないわぁ~」
「・・・・・ッ! こ、このっ! よ、義之は私の事を好きなんですのよっ!? ひ、一目惚れしたんですってっ、この私に! 何も問題はないわっ!」
「あぁ~、一目惚れって実らないらしいわねぇ~。それに義之くんは彼女いるじゃない? あんまりしつこいと嫌われちゃうぞぉ~?」
「う、うるさいですわよっ! ど、どうせ貴方も義之の事好きなんでしょ!? だったらなんで今の状況に満足していらっしゃるのっ!?」
「確かによっしぃの事は好きだしぃ~、ちょっとムッとしちゃう所もあるけどぉ~―――――義之が幸せそうなんだからいじゃん」
「・・・は?」
「なんていうかなぁ~やっぱり好きな人には好きな人とくっついて欲しいじゃん? 分っかるかなぁ~この気持ちぃ」
「わ、分かりませんわっ! それを言うんでしたら義之の本当に好きな人はこの私ですのよっ!? 大体今の現状がおかしいんですわっ!」
「―――――あー・・・そろそろ疲れてきたわぁ・・・義之くん、早く音楽室へ行きましょう? もう遅刻だけどねぇ~」
「あ、おい―――――」
「ちょ、ちょっとお待ちなさいっ!」
「ホラ早く行くわよぉ。じゃあエリカちゃん、ちゃお」
そう言って茜はオレの手を掴んで走り出した。エリカはその行動に呆気にとられて追いかけて来る事はなかった。そうしている間にもオレ達は階段を駆け上った。
にしても――――こいつ本当に度胸あるな。そこらへんのチンピラが束になってもこの度胸は無い。あのエリカと真っ正面にぶつかって逆に言い返すなんて。
オレはある意味、尊敬の念にも似たのを茜に抱いた。そして茜と視線が合い―――――オレは思わず目を逸らした。茜はオレの事を滅茶苦茶睨んでいた。
「さて、義之くん? きっちり色々話してもらいましょうか?」
「・・・・何をだよ」
「決まってるでしょ? エリカちゃんの事よぉ。あの子、義之君と色々あったみたいじゃない」
「・・・・・・・」
「あら? だんまり?」
「別に話す事は―――――」
「年末の時、また構ってくれるって言ったでしょ? その代償でいいわよ」
「・・・代償かよ」
「このままだと貴方だけじゃなくて天枷さんまで不幸になるわよ」
「・・・・・・」
「ほら、ちょっとずつでいいから話してみて・・・」
オレ達は校舎裏に来ていた。茜が少し話したい事があると言って音楽室に行く足を止めて、途中の階段を駆け下りた。話―――大体の想像はついていた。
オレは茜を巻き込みたくなかったし、これは自分自身の問題だ。しかし茜にそう言っても聞き入れて貰えず、結局ここまで来てしまった。
あまりこの事については話したくなかったが美夏の為、そう言われると話さずを得なかった。自分だけならともかく、美夏に嫌な思いはさせたくなかった。
最初は話すと言ってもあまり言わないでおくつもりだった。ただエリカがオレの事を好きになっている――――それぐらいしか喋ろうと思っていなかった。
しかし茜はとても話上手で聞き上手だった―――――気が付けばほとんどの事を喋ってしまっていた。もしかしたらオレは誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
この性格だから人に悩み相談なんかした事は無かった、さくらさんにもだ。だが茜になら言ってもいいかなと思い始めて、全部を話した。
話し終えると茜はオレの前に手を持ってきて――――デコピンをした。鈍い痛みがオレの額に駆け巡り、思わず手で押さえてしまった。
「・・・・いてぇし」
「エリカちゃんとか天枷さんが味わうかもしれない痛みに比べたら、マシなもんでしょう?」
「・・・・・・」
「それにしても義之くんって本当に―――――女たらしだったのね」
「・・・・返す言葉がねぇな」
「それで返してきたらパンチよ、パンチ」
「――――どれくらいのだ?」
「ベアーぐらいね」
「そりゃあ・・・おっかねーな」
「でも結構複雑な問題ね。義之くんの腹の中は決まっているのに・・・一目惚れなんかしちゃったばっかりにねぇ・・・・」
「好きでなったわけじゃねぇよ」
「当り前よぉ、だから一目惚れって言うんじゃない。大体もう相手にしなきゃいいのよ、エリカちゃんの事」
「・・・分かってるよ」
「分かっていないからエリカちゃんがあんな風に取り乱したりするんでしょ? 多分ずっと不安に思っていたのね」
「・・・・・・」
正直――――エリカがあそこまで取り乱れたのは驚いた。この間会った時はもう余裕だらけといった感じに見て取れたからだ。
そんな風に思っていた自分を殴りたくなってくる。元々エリカは気の弱い性格・・・それをオレは知っていたというのに・・・。
それに歳もオレと二つも離れている、その分精神が未熟なのは分かり切っていた筈だ。なのにそれを考慮しなかったオレに腹が立つ。
「可哀想だけど・・・エリカちゃんの事はもう相手にしない方がいいわ。このままズルズル行ったら天枷さんとエリカちゃん、両方泣くわよ?」
「・・・・・・」
「ちょこっとした会話もダメ、すれ違ってもダメ・・・とことん無視するのよ」
「んな事したら―――――」
「泣くわね。でも今の関係を続けていたらもっとエリカちゃんは心に深い傷を負って泣くのよ? だって義之くんは天枷さんの事しか見ていないんだもん」
「・・・・そうか」
「そうよ。エリカちゃんの事を想うんであれば―――――徹底的に無視ね。もし義之君とエリカちゃんが喋っていたら・・・私がまた叩きに来るわ」
「―――――ああ、頼むよ」
「うん」
結局オレはエリカを泣かすのか。そういう後悔にも似た想いが胸に溢れだす。オレが上手くやれないばかりにエリカを傷付けるのは心苦しかった。
でもあの夜の出来事――――エリカと初めて一晩過ごした日からソレは決定付けられていたのかもしれない、エリカを泣かす事を。
だったら早い方がいい。傷がこれ以上大きくならない内にエリカの事を絶ち切ろう。その方が多分みんなにとっていいのかもしれない。
オレの初めての一目惚れの相手―――――こんな形で傷付けるとは思わなかった。
オレの事をあんなにも好きな女性―――――こんな形で傷付けられるなんて思っていなかっただろう。
全てはオレのせいだ。ろくでなしのオレのせいでエリカは悲しむ事になる。でも本当にエリカの事を想うんであればこの選択が正しい。
いや、そう信じたいのかもしれない。エリカを傷付る事を前提に選んだ選択だ。間違いな事があってたまるか。そうオレは考えていた。
それにしても――――そう思い隣の女を見る。ただの天然変態お嬢様かと思ったが・・・・まさかこんなヤツに背中を押して貰うなんてな。
「あ、チャイム鳴っちゃったねぇ。そろそろ戻ろう――――って何よぉ、その目は?」
「・・・お前、本当にいい女だったんだな」
振られたに相手に恋の相談事を引き受けるなんて出来たもんじゃない。多分心の整理が出来てたとはいえ――――茜も悲しい筈なのにだ。
本当ならエリカみたいな態度を取ってもいい筈なのに、背中を押してくれた。多分、これからは茜には頭が上がらなくなるだろう、そう思った。
そしてオレは茜の頭をガシガシと乱暴に撫でてやった。少し驚いた顔をしたが、すぐふにゃっとした顔になりその行為を受け入れてくれた。
「へっへぇー、今頃気付いた?」
「ああ」
「―――――今なら私に乗り換えてもいいのよぉ? エリカちゃんに天枷さん・・・私なら上手く今の関係を出来るだけ壊さないでおくこともできるしぃ」
「はは、お前なら本当に出来そうな気がするよ。けど――――オレは売約済みだ。すまないが他をあたってくれ」
「・・・まぁ、言ってみただけよ。貴方達見てるととてもじゃないけど入り込めない感じだしねぇ。初々しいカップルって感じ?」
「うっせーよ。ホラ、行くぞ」
「・・・うんっ!」
そう言ってオレの脇に並ぶ茜。もう腕を組んでくるような事はしてこなかった。少し寂しい気もしたが――――今更な話だ、オレは美夏を選んだんだからな。
こいつとはもう恋愛関係の仲ではなくなったが・・・その代わりオレの大事な友人になった。その友人の背中に張り手を入れてオレは先に校舎へ走った。
呆けた顔をした茜だが、すぐムッとした顔になりオレの後を追いかけた。そしていつの間にか競うように走り、教室へ向かっていった。