「ねぇ茜ぇ、どこ行ってたのよぉ・・・それも義之と・・・」
「なぁんでもないわよ。小恋ちゃんが心配する事は何もないってぇ~」
「えー・・・でもぉ・・・・」
「茜、なんだか・・・吹っ切れた感じがするわね」
「そう? 気のせいじゃないかしらぁ。それよりさ――――」
そして茜達は今流行りのテレビドラマの話をし始めた。さっきの話題はどこへら―――もう別の話題で盛り上がっている。
女のその切り替えの早さと言うかなんというか・・・ある意味見習いたいものだとオレは思った。最近気付いたがどうやらオレはそういうのは苦手らしい。
男で得意な奴もあまりいるような気はしないが・・・。強いて言えば板橋ぐらいしかオレは知らない、まぁアイツの場合は単細胞だからな。
茜には随分感謝していた。もしあのままエリカに手を引かれて美夏の教室へ行っていたと想像すると――――ゾッとしない気分になる。
それぐらいオレはエリカに参ってしまっていた。あんな美人で可愛くて気品のある女に責め寄られて落ちない男はいないと思う。
オレがまったくの赤の他人にこういう想いを・・・一目惚れをしてしまったんだ、ある意味美夏よりも魅力的な存在なのかもしれない。
だがオレは美夏の方を愛していた。ポンコツロボットな癖にあそこまで人間らしい機械――――人間には出せない純真さが美夏にはあった。
あの日の帰り道、桜道の出来事がきっかけだった。まるで感情を爆発させているかのような姿をオレは美しいと思ってしまった。
茜が言っていたが――――もしかしてオレは本当に惚れっぽいのかもしれないな。普段から人との付き合いが希薄な分、こんな形で出るのかもしれない。
美夏との件も一目惚れみたいなもんだし・・・・・、まったく、自分ながら節操がない男だと思う。挙句の果てには今の現状だ、笑えやしない。
「ねぇ、義之」
「ん? なんだよ雪村」
「――――あのね、いい加減その他人行儀な呼び方どうにかならない?」
「あ?」
「前みたいに杏でいいわよ」
「そうか――――んで雪村、何の用事だ?」
「・・・まぁいいけどね・・・・。話は茜の事よ」
「茜?」
「そう。彼女最近悩んでたみたいなのよ、私達が聞いても大丈夫の一点張りだったし」
「・・・そうなのか」
「ええ。でもさっき見たらなんだが吹っ切れた顔をしていたから――――義之なら何か知っていると思って・・・」
「・・・・・・」
そう言われて茜の顔を見やる。至っていつも通りに見えた。しかしこいつらみたいな友達にしか見せない一面も確かにあるのだろう。
吹っ切れた原因―――おそらく校舎裏で話した事だろうと思う。オレを押してくれた茜・・・あれでもしかしたら完全に吹っ切れたのかもしれない。
一人で誰の力も借りずに解決出来る茜のことを正直尊敬していた―――オレと違って歩くのを止めてウジウジ悩む事もしないで・・・走り出していた。
そう考えていると茜と目線が合い―――ニッコリ笑った。オレは慌てて目の前の雪村に視線を戻した。相変わらず笑顔が可愛いな・・・あんちくしょうは。
まぁ友達にそんなやましい気持ちを抱く訳にはいかない、せっかく問題が片付きそうだというのに・・・。そんなオレ達を雪村は怪訝な顔で見ていた。
「・・・オレは別に何もしてない。だってあいつは自分で解決出来る力を持っているんだからな」
「えっ?」
「なんだ、違うのか?」
「・・・まぁ、茜は昔からそういう所はあったけど・・・・」
「だろ? だから誰が何したっていうわけじゃねぇよ、自分で解決したんじゃねぇか?」
「――――そう」
「まぁそういうこった」
「あ――――」
そう言ってオレは立ち上がる。ていうかさっきから便所行きたかったんだよな。変な話持ちかけて来るから行くタイミング無くなったじゃねぇか。
そのまま突っ立っている雪村を無視してオレは教室の入り口を出た。しかしオレも人が良くなったもんだ、質問されて答えるなんてな。
そう思って廊下を歩いていると珍しい光景を見た。杉並と――――エリカが一緒に歩いていた。エリカは顔を俯いたまま下を見て、杉並が少し困り
果てているというこれまた貴重な図だ。
エリカの隣に別な男がいる・・・そう思うと少し――――いや、かなり腹が立つ光景だった。少しばかり頭にカチンときていた。
だけど――――この気持ちは押さえなければならない。オレは美夏の事しか考えなければいけないし・・・これからはエリカにひどい態度を取るんだから。
そうしている内にあちらもオレに気付いたのか杉並がオレに声を掛けてきた。エリカはハッとした顔になり、視線を上げてこちらを見やる。
「おお、桜内。ちょうどいいところにきたな」
「んだよ?」
「いやな、どうやらエリカ嬢の元気が無いようなのだ。途中までエリカ嬢はオレの事を追いかけていたのだが、すぐに追いかけるを止めてしまった。
怪我でもしたのか・・・それとも罠に嵌めるつもりなのか、そう思ったのだがどうやらそういう事でもないらしい。とりあえず話し掛けてみたもの
ダンマリだったんだが――――」
「よ、義之っ!」
「おっとぉ、いきなり元気になったな、エリカ嬢。それも桜内を名前呼ばわり――――」
「さ、さっきはごめんね? 私、少し、どうかしてたみたい。あんな風に怒鳴っちゃったりしてさ・・・あ、あはは」
「・・・・・・・」
「それも花咲先輩に酷い事言っちゃったみたいだし・・・あ、謝らくちゃいけないわね。少しばかり腹も立ったりはしましたけど・・・」
「・・・・・・・」
「で、でもね、それぐらい必死だって事も義之には分かって欲しいのよ。い、今は天枷さんしか見ていないじゃない? 何かの間違いで天枷さん
がずっと義之の隣にいたら、ね」
「・・・・・・・」
「だ、だってそうでしょ? おかしいでしょ? 本来なら天枷さんがいる所には私がいるはずだものね、義之もその内気付いて――――」
「・・・・・・・」
「――――義之?」
「なぁ、杉並」
「うん? なんだ?」
「何で空はこんなにも青いんだろうなぁ」
「ちょ、ちょっと義之――――」
「ふむ、なかなかポエマーみたいな事を聞くな。まず俺達が物を見れているのは光の反射のおかげだ、要は太陽光の事だな。太陽光は地球の
周りにある大気や塵に反射しながら地面に届いている。そしてとりわけ青い色の光というのは振動数―――つまり反射しやすくて拡散しや
すい傾向にある。だから空は青いのだ」
「夕方の空は赤いぞ」
「それも原理は同じだ。ただ太陽が一定の位置にくると空気の層も違ってくる。青色の光は宇宙に逃げやすくなり、逆に赤色などの光が通りやすく
なり赤く見える。まぁ水が青色に見えるのはまた別な理由なのだが・・・」
「なるほど、あんまりロマンチックじゃない話なんだな」
「だからこそロマンを求めて宇宙飛行士という職業になりたがる奴が多い。だがなんでもそうだがなれるのは一部の人間だ。知識が山ほど必要だからな。
なんだ桜内、宇宙にでも興味持ったのか」
「わりぃが興味なんてねぇよ。わざわざ宇宙まで行って見たいものなんてないし」
「ふむ、そうか」
「ちょ、ちょっとっ! 私の話を聞いて――――」
「こんな日は男同士、少し語らいたい気分にならねぇか?」
「・・・悪くない話だが――――さっきからエリカ嬢が涙目になっている。放っておいていいのか?」
「何の事だ?」
「え――――」
「・・・・ふむ?」
「そういうわけでさっさと行こうぜ」
「あ――――」
そうやって呆けているエリカの前を通過した。オレの服に手を伸ばそうとしたが――――振り払った。ビクッとした感じで縮こまり、また下を向くエリカ。
そんなやり取りを見ていた杉並だが――――とりあえずエリカに何か一言二言喋りかけてオレの後をついてきた。たぶん慰めの言葉だろうな、優男っぽいし。
とりあえずまた校舎裏にでも行こうとしたのだが・・・その前にトイレに寄っていこう。また茜の時みたいにコイツに色々話すつもりだし、そうなると長話になる。
こうして次の授業をサボらせて、オレのその場凌ぎの戯言にも付き合ってくれているお礼という意味もホンの少しあるが・・・何より他の人の意見が聞きたかった。
今までは自分一人でなんとかしようとして来たが、茜の言っていた言葉が心に引っかかっている――――美夏も不幸になるかもしれないと。
それには薄々勘付いてはいたし、茜に話した事で色々な意見も聞けた。だからもう一人ばかり他のヤツの意見もオレは聞きたかった。
茜の事を信用していない訳じゃないが、また違った意見も聞ける可能性がある。もうなりふり構っていられなかった、美夏の為ならしょうがない。
だが信用して話せる人物はオレには限られている。そこで杉並の登場と言うわけだ。まぁ普通の奴ならとんでもないと思うだろうな、きっと。
だが杉並はある意味バカだが頭は回るし知識もあって―――信頼も出来ていた。だから茜の時程ではないにしろ少しくだらない話でもしてやろうかと思った。
何よりコイツ――――さっきから聞きたそうにうずうずしているからなぁ、かったりぃ。そしてニコニコしている杉並を連れてオレは廊下を歩いた。
「ホラ、桜内」
「おっと、悪いな・・・・・・・・ふぅ~、落ち着くな。あ、お前にも付けてやるよ」
「うむ、すまない」
そう言って杉並の煙草にも火を付けてやる。杉並は慣れた動作で煙を肺に入れて吐いた。まったく―――カッコイイ男は何やっても様になるねぇ。
オレが煙草を吸おうとした時に、おもむろに杉並が懐からライターを取りだしてオレの煙草に火を付けてくれた返しの礼だ。
というか付け方がホストっぽいなこいつ、手首を返して小指で火付けるなんてよ。このキザ野郎が・・・・似合ってるから余計腹立つ。
「というかお前、煙草吸うんだな」
「たまには、だな。苛々した時とかその場の気分で吸う。十日で一箱程度だ」
「・・・お前が苛々、ね」
「俺にだってそういう時はある。まぁ、俺も所詮は人の子・・・という訳だな」
「そうかよ。それにしても十日で一箱ね・・・その頻度は将来ヘビースモーカーになる前兆だ。せいぜい肺ガンには気を付けろよ」
「科学的根拠はあるのか、桜内よ」
「無い。ただし――――オレの実体験だ」
「・・・くっく、そうか。実体験ほど説得力がある言葉はないな。まぁ今から辞めようとも思わないがな」
「そうか――――それで、だ。お前はどこまで知ってるんだよ?」
「どこまで、とは?」
「てめぇの事だから大概の事は知ってるんじゃねぇのかよ? さっきだってオレとエリカが喋ってる内容を聞いてたろ?」
「ふむ・・・・そうだな。オレの知ってる事と言えば――――お前が三人とキスしたぐらいか」
「・・・・・・おおう」
相変わらず得体の知れない男だ。どこでそういう情報を拾ってくるんだか・・・。杉並は相変わらずの表情で煙草を吹かして煙で輪っかを作っている。
オレもやってみるが上手くいかない。時々上手くいくから出来はするんだが・・・、そう思っていると隣の杉並がオレを見て皮肉った笑みを浮かべた。
それで少しカチンときたオレは一生懸命輪っかを作るが、一向に満足できるものが作れない。対して余裕の表情で輪っかをつくる杉並。
オレは負けず嫌いなので何回もトライする・・・が、まだ一回も作れていない。ああ、畜生が――――そう思って何回もやっていると話しかけられた。
「桜内、お前――――」
「・・・・・・・・・違うからな。いつもは上手く出来るだぜ? なんでか知らないけど今日は・・・」
「違う、輪っかの事ではない。お前の奇妙な女性関係での事だ」
「――――そっちか。それで杉並は何から聞きたいんだ」
「・・・・・・驚いたな。まさか桜内からそう言いだすなんてな」
「さっきの出来事をお前に見られたし、オレの戯言にも付き合ってくれている。お前も聞きたそうにしていたし、何より――――お前の意見が聞きたい」
「意見、とは?」
「オレが原因で起こってる女性関係での揉め事についてだ。悔しい事だがお前は誰よりも頭の回転は速いし、信頼も置ける。だから聞きたい」
「ふむ?」
とりあえ事のあらましを話した。美夏を好きになった事、エリカを路地裏で助けた事、そしてエリカの好きになっちまった事。
本当は美夏の事だけ愛したいのにエリカに対するオレの気持ちが邪魔している事、そして美夏と付き合った事、幸せなに感じた事。
でもエリカに対する気持ちは変わらず、むしろ大きくなっている事、そしてついさっき茜とは完全に決着を付けた事、結局オレは全部を話した。
杉並は煙草をプカプカ吹かしながら聞いてくれた。そしてオレも話し終えて新しい煙草に火を付ける。若干沈黙の時間が流れた。
「正直――――俺は驚いている」
「あ?」
「いつからか・・・お前は他人との関わりを捨てるようになった。そして暴力的にもなり色々な人を行動や言葉で傷付けていた」
「・・・・・・」
「俺は正直戸惑った。あんなに優しかった桜内がまるで正反対の性格になってしまったんだからな――――人が変わったみたいに」
「・・・・・・」
「まぁ色々理由があるんだろうし、桜内が喋らないのら別に無理矢理に聞いたりなどしない。ただ・・・・・少しばかりそんなお前を残念に思っていた」
「残念・・・ね」
「ああそうだ。桜内ほど頼りになる人間はいなかったからな、みんな口には出していないが同じ気持ちだろう。優しくて頼り甲斐がある人間がある時
別人みたいになり、攻撃してくるんだからな」
「・・・・・・」
「そんな桜内がだ、人を好きなったという事実に俺は驚いている。話を聞いてると美夏嬢を例え命を賭け事になっても守ってやるという気持ちが伝わってくる。
それほど他の者に慈愛を向けているとは思わなかった。まぁ、その何分の一でもいから雪村達に分けてやってもいいんじゃないかとは思うがね」
「・・・いずれな」
「――――まぁいい。最近のお前は少しずつ尖った部分が無くなってきているように感じる。それでも前の桜内程では無いにしろな・・・・」
「・・・・・・」
それはあると思う。前から常々思っている事だが・・・最近のオレは昔程の暴力性は収まってきている気がする。さっきの雪村に対してもそうだ。
以前ならうざったくて感じて、話しかけようものならオレはすぐ席を立ってどこかへ行っちまってたからな。それが普通に会話をしていた。
しかい―――杉並の言ってる事には一つ間違いがある。それは棘が無くなった・・・という所だ。確かに他のヤツからみればそう見えるんだろう。
しかし残念な話だが無くなったわけではなく、ただ引っ込んだだけの話だ。また何かのきっかけで出るかもしれない、いい例が路地裏の件だ。
あそこまで女をボコボコにした事はなかった。せいぜい腕を捻る程度しかなかった。だというのにあの惨状―――自分でも少し信じられなかった。
引っ込められた分勢いを増して出て来る棘・・・・またその時みたいに突発的に暴力を振るうと思うとあまりいい気持ちはしない。
だが――――美夏が横にいる限りそれはないと思っていた、確信していた。美夏ならそのストッパーにもなってくれると思うし、棘の穴を
塞いでくれるかもしれない。傍に居続けてさえくれれば・・・。
「そしてお前が聞きたがっていた件――――エリカ嬢を無視し続ける・・・その事かな?」
「ああ。茜の意見でもあるし、オレとしても苦しい事だが・・・賛成した。オレの気持ちを抑える為でもあるしエリカの為でもあると思った」
「ふむ」
「無視するというのは残酷な行為だが・・・そこまでしないとエリカは諦めてくれないだろうし、オレも諦めがつかない」
「そうだな、確かにそうだと思う。だが――――少し遅すぎたのではないか、桜内よ」
「・・・どういう事だ?」
「俺は当人ではないし、その場にいたのは先の一回だけだ。しかし俺が思うに・・・エリカ嬢の心はかなり追いつめられている」
「――――知っている、つもりだ」
「つもりではだめだ。先程のエリカ嬢を見ただろ、もう桜内の事しか目に入っていない。俺の事なんか居ないみたいに桜内と話をしていた」
「・・・・・・・・」
「例えるなら・・・周りは真っ暗闇、辺りを照らす松明を持っているのは桜内だけ―――そんな状況だ。その状況で松明を持っているお前が
ポンと連れ去られてしまった。さて、その時人間が取る行動は?」
「―――――――絶対に考えたくない想像が浮かんだよ、杉並さん」
「おそらくそうなるだろうな。だから一回釘を刺すために軽く話でもなんでもすればいい。それだけでも大分違う」
「話、か」
「ああ話だ。何も言わないで居なくなるのと、前置きして居なくなるとでは心構えが全然違う。今のままその行動を続けてると――――後は分かるな?」
「・・・ああ」
松明を持っている人間を取り返すために、その奪い去った人物を倒す。エリカが美夏を――――そういう話だった。それだけは避けなくてはいけない。
美夏は何も知らないし、知る必要も無い。オレが勝手に撒いた種だ・・・自分の落とし前は自分でつける。美夏は全くの無関係だ、傷付く必要は無い。
だが相手はそうは思ってくれないだろう。エリカの事は信用している。本当に誇りが高くて心優しい女だ、絶対にそんな真似は出来ない。
けど―――今のエリカを見ていると不安になる。誇りも何もかも捨てて美夏を傷付けるかもしれない。それほどの愛情を感じていた。
「さて、そろそろ戻るか桜内よ。ある程度は美夏嬢の事を気に掛けておいてやる。元々は俺も美夏嬢の事を頼まれていたしな」
「そうだったな。ていうかお前サボるなよ。さっきも話したが二回もオーバーヒート起こして大変だったんだぞ?」
「それはすまない事をしたな。桜内に任せておけば後は万事解決と思っていたからな。だが、まさか恋仲になるとはな?」
「好きになったもんはしょうがねぇよ。それを考えればお前がいなくてよかったのかもしんねぇな? お前と美夏が一緒に歩いてる所を想像すると
ブン殴りたくなるぜ」
「それはそうかもしれないな。いやはや、ある意味キューピッドといったところかな? ハッハッハッ!」
「てめぇみたいなキューピッドがいるかよ。いたらオレが教会に行ってお祓い頼んでやるよ、異端児が召喚した世にも恐ろしい悪魔だってな」
「ふふふ――――照れる事はないぞ、桜内よ?」
「うっせーよ。お前も早く彼女見つけろよな、引く手多数なんだから。案外まゆきとか上手く行くんじゃねぇか? トムとジェリーみたいな感じで」
「・・・むぅ、俺とまゆきか・・・・」
「性格はキツイが体は最高だ、陸上やっているし。器量も姉御肌を気取ってるから悪くは無いと思う。付き合ってみたら案外尽くしてくれるかもな?
もちろん夜の営みも――――――ってお前ってそういう話は嫌いだったか、性欲も無さそうだし。悪い、下ネタなんか振っちまって」
「・・・別にいい。それに性欲ぐらいはある」
「・・・・・・・・・・・・・マジかよ」
「桜内は、俺を何だと思っているのだ?」
「いや、お前ってそういうのにまるっきし興味ないもんだと思っててよ・・・」
「生憎だがそんなに枯れ果ててはいない。いつしか釣り合うような女性が現れるのを待つさ」
「・・・そうか。まぁ色々悪かったな、変な所も見らちまったし変な話もしてな」
「なぁに気にする事は無い。我が同士が悩んでいたのだ。これくらいなんでもない」
「・・・そうかよ」
「だがっ!どうしてもお礼がしたいというのなら考えがあるっ! どうだ桜内、非公式新聞部に入らないか? 今なら安くするぞ?」
「金取るのかよ」
「無論だ。公式ではないし金はあって困るもんでもない。でもそうだな・・・桜内ほどのスケコマシが入るとなればかなりの戦力だし、タダでも・・・」
「だれがスケコマシだよ、てめぇ」
「桜内に決まっておろう? 美夏嬢・花咲・エリカ嬢を落とした男だ。これをスケコマシと言わずなんという?」
「・・・まぁ否定はしねぇけどよ。非公式新聞部だったか? 考えておいてやるよ。どうせ暇だし」
「お、お、おおーーーーっ!! そうかそうかっ! やっと腹を決めたかっ! ではまず活動内容だが――――」
それから教室に行くまで延々と内容を聞かされた。うざったくくっ付いて話しかけるもんだから蹴りを何発も入れた。だがそれでもしつこくくっ付いてくる杉並。
だからてめぇとオレの噂が出来るんだよ、ったく。まぁなんにしても――――心強い奴が味方についてくれた。コイツが居ればかなりの安心感がある。
それにあんな態度を取っていたオレに対して、ある意味親身に相談に乗ってくれた杉並――――揺らいでいた心に少しの安定感をもたらしてくれた。
オレが腹の内を明かしたおかげだかなんだか知らないが、少し杉並の態度が柔らかくなった気がする。今度何かあったら恩返しでもしてやるか・・・気は乗らないが。
しかしコイツだけには恩は作りたくなかった。理由―――気持ち悪いからだ。恩を返せるチャンスとか言って平気でサメが泳いでいる海に飛び込めとか言う奴だからな。
まぁなんにしても・・・今日二度目のサボりか、オレってやつは本当に進歩がない野郎だ。もうサボらないって決めたのにこれだ、さくらさんに怒られちまう。
そう思いながら熱心に非公式新聞部の魅力をアピールする杉並を連れて廊下を歩く。この時オレは気付いていなかったが、二人の距離は前より縮まっていた。
「このクラスか・・・」
オレは通りすがりの下級生に金髪のお姫様がどのクラスにいるかを聞いた。その下級生は快く震えながら教えてくれた。ていうか何もしてねぇだろうが・・・。
そしてオレはそう呟いは中を見やる。時刻はとっくに下校時間だがまだ教室にはお喋りしている男子や女子などがいた。だが構わずオレはその教室へ入った。
みんな何事かとオレを見ていたがその視線を無視した。そしてオレは見覚えるのある金髪を探す、あれだけ目立つ金髪だ、すぐに見つかった。
オレはソイツの前の空いている席に座った。相手はいきなり目の前に現れたオレに対してキョトンとした顔を見せた。そういえばこいつの素の顔って初めて見たな。
ソイツがみていた教科書を奪って中身を見る。ご丁寧にマーカーで線引きがされているのを見るに、ソイツの几帳面な性格が窺えた。
「オレは授業なんかマトモに受けた事なんかないからマーカーで線引きなんてした事が無い。こういうの見るとちゃんと勉強してるなって思えるよ」
「・・・・よ、義之?」
「よく『書いて覚える』って言うヤツがいるが・・・実際には効果は無いんだってな。書けば集中力が増して覚えられるという寸法なんだろうが
単純作業の繰り返しで脳が麻痺するらしい。おまけにそれしか刷り込みされていないから他の事が覚えにくくなる。結果赤点とか取っちまうヤツ
の話を聞いたことがある」
「な、なんでここに?」
「その点マーカーで重要部分を塗るというのは効果があるらしい。人間は物を色で見ているからな。すぅーっと勝手に色とその文字を脳が勝手に覚えて
くれるらしい。まぁやろうとは思わないが」
「――――――――ッ! ま、また私の話を聞いて――――」
「ちょっとエリカと話をしたい事があってな。さっきの態度は謝るよ、いきなりあんな事されても困るよな」
「・・・・・え」
「悪いが、今から付き合えるか?」
「・・・・え、ええ」
「なら行こう」
そう言ってオレは歩き出した。その後を慌ててエリカが追ってくる。教室に残ってた奴らは何事かと見てきたがその視線も無視して教室を出た。
そして目指すは――――屋上か、冷たい風を浴びて頭を冷やしながら喋る方がいいのかもしれない。その途中、黙りながらもちゃんとエリカは後をついてきた。
階段をエリカの歩幅に合わせてゆっくり上がり、扉を開ける。毎度ながらいい景色だと思う。寒いせいか人はいない、話をするのには絶好の場所だ。
「相変わらずいい景色だ」
「・・・・・・」
「オレの家が小さく見えるな。初音島の観光スポットはいくつもあるが、ここが一番かも知れない」
「・・・・義之、話というのは―――――」
「オレな、お前の事無視しようとしたんだよ。オレの事諦めて貰う為にな」
「――――――――ッ!」
「で、だ。それじゃあまりにも酷いって思っちまった。あれだけ愛情表現向けてくれる相手にそれはないんじゃ・・・とオレは思ってしまった。
まぁこうして話しかけた理由はそれだけじゃないんだが」
「・・・・・・・・・・」
そう、オレはそう思っていた。確かに茜の意見には賛成だったが・・・あまりにも酷いんじゃないか・・・・そう心に小さく思っていた。
オレみたいなヤツなんかに対してあれほど好意を抱いてくれる人間なんて他にいないと思う。オレは嫌われ者だし、嫌われる行動をしている。
こんなオレと一緒になりたいという人間―――適当な扱いのまま放置しておきたくなかった。前から言っているが決着をつけたかった。
茜にばれたら怒られてしまうな――――だがこれで最後だ。ここで決着をつける、つけなければいけない。
「オレは美夏の事が好きだ。ずっと一緒になって添い遂げたいと思っている」
「・・・・・・そう」
「ああ。だからオレの事は諦めた方がいい。このまま続けてもお前は泣くだけだ」
「・・・・・・・そうかも、ね・・・・・」
「本当にエリカにはすまないと思っている、本当にオレがちゃんとしていないから、こんな事になってしまった」
「・・・・・そんなこと無いわよ」
「あるよ。なんだかんだいってこの微妙な関係を引っかき回したのはオレだ。最初から今の言葉を言えばよかったんだ、美夏の事を愛しているって」
「・・・・・・・・・・」
「だから――――」
「分かったわ」
「お前と・・・・・・って・・・」
「私、諦めるわ―――義之の事」
オレは驚きの余りエリカの顔を凝視してしまった。エリカの顔は少し泣きそうな顔だったが・・・・ちゃんとオレの目を見ていた、力強く。
オレが呆けているのが珍しかったのか――――エリカは少し微笑んだ。そしてさっきまでの緊張感が解れて行くのが分かった。
「そうよね・・・あまり義之には迷惑掛けたくありませんものね・・・・」
「・・・自分から言っておいてこんなセリフを吐くのは馬鹿にしてると思われるかもしれないが――――本気か?」
「・・・・・・・ええ。ここまでハッキリ愛してると言われては、ね」
「そうか・・・・すまない」
「別に義之は悪くないわ。ただ・・・・少し出るタイミングが遅かったのかなって・・・天枷さんより」
「・・・・・・・・・」
オレは美夏に会う前よりエリカと会っていた。だがわざわざ言う必要はないだろう――――どのタイミングでもエリカを選ぶ事は無かったと。
そしてエリカはため息を吐いた。顔はどこか吹っ切れたように感じる。そしてエリカは喋りはじめた。
「――――あのね、最後にお願い聞いてくれる?」
「・・・オレに出来る事であれば」
「そんなに難しい事ではないわ・・・。私と――――お友達になってくださる?」
「友達?」
「ええ、前に言ったでしょう? 貴方みたいな人は中々いないと。だから・・・せめて」
「――――別に構わない」
「・・・・・ありがとう、義之」
そしてエリカは手を差し出した―――目に少し涙を溜めながら。友達・・・・か、そういえばコイツは貴族だから友達があまりいないのだろう。
クラスでもどこか敬遠されている感があるのかもしれない。だって相手はお姫様だ、思わず躊躇してしまうのが普通だ。茜とかは例外だが・・・。
オレも友達と呼べる者のは限られてるし――――友達になりたいと言うのなら大歓迎だ。好き嫌い関係なくコイツの性格は気に入ってるしな。
そう思い、オレも手を出して―――エリカの手を握った。もう恋心が絡まない・・・正真正銘の友達としての握手だ。そしてお互い見つめ合い、微笑みあった。
「これからは友達ね、私達」
「ああ、そうだな。まぁ・・・仲良くやろうぜ――――エリカ」
「・・・・・・ふふっ、そうですわね。でもいつも通りな態度でお願いしますわ。急に他人行儀な態度は勘弁でしてよ?」
「・・・・ああ、そうだな。いつも通り構ってやるよ、エリカ」
「ええ、ありがとう」
「よしっ! じゃあ早く校舎に戻るか。いつまでもこんな寒い所に――――」
「あ、ちょっと待って義之」
「ん? なんだ?」
「・・・・少し、一人になりたいの。だから・・・・」
「――――――そうか。じゃあオレは一足先に戻るよ」
「ええ、分かりましたわ」
そう言ってオレは先に校舎の中に入る。そしてすぐに暖かい空気がオレの体を包みこんだ。やっぱり寒いのは苦手だな、オレ。
それにしてもエリカの反応は意外だった。てっきり泣くか怒り狂うかどっちかだと思っていたが・・・あっけなく決着がついてしまった。
元々オレがちゃんとエリカに美夏の事を好きだという意思表示をしていればこんな事にはならなかった。そう、あの夜の出来事の時に。
しかしこれでちゃんと決着はつけた。茜や杉並には本当に助けられた。そして――――美夏にやっと少しは顔向け出来る。まぁ浮気紛いの事はしたが・・・。
その分美夏の喜ぶ事をしよう。なんの償いにもなりはしないがオレの気持ちのケジメでもある。そう思いながら階段を下りようとして――――――――
「ん?」
今確かに声が聞こえてきた気がする。後ろを振り返り屋上の扉を見ると、扉が風で煽られて半開きになっていて――――すぐに閉じられた。
多分風の音か何かだろう。よく怪談とかで人の声が聞こえるとかよく聞くが、そういうのは大抵が風切り音だ。人間はすぐ臆病風に吹かれて人間の声に聞こえるらしい。
まったく、オレらしくもない。そう思いまた階段を下りはじめた。もう心配する事は何もない、そういう安諸の気持ちでその時のオレの心はいっぱいだった。
だからかもしれない。とても苦しく、激しく、冷たく、静かに聞こえて来たその言葉を聞き間違いだと思ったのは・・・おそらくは、否定したかっただけなのかもしれない。
だが、確かにオレには聞こえていた。まるでエリカみたいな声で・・・『絶対に、死んでも諦めない』と発した風切り音を――――――――