「――――桜内、ちょっといいかしら?」
「ん? なんだよ」
「・・・・・ちょっと話したい事があるんだけれど」
「ここじゃ、出来ない話か?」
「・・・・・ええ」
そう言って委員長はどこか顔を曇らせた。それにしてもあの委員長がオレに話とは――――予想がつかない。クラスメイトの中ではまぁ喋る方に入るが。
勇斗の件があってからはそれなりにオレは委員長と喋る機会が多くなった。一緒に遊んだ仲でもあるし、オレの人嫌いもまぁまぁ治ってきた事もある。
オレと委員長という組み合わせに最初はみんな驚いていた。それはそうだ、水と油みたいにお互い正反対の性格だし一触即発してもおかしくない性格の持ち主だ。
だが時間も経てばある程度は慣れてきたのか、最近はクラスがおかしい雰囲気に包まれることも少なくなってきた。それでもオレに話しかけてくる奴はいないが。
「とりあえず・・・何処へ行く? 校舎裏か――――それとも屋上かって選択肢になるが」
「・・・校舎裏にしましょう」
「あいよ」
そう言ってオレ達は歩き出した。二人してどこかへ行くという出で立ちにどこかクラスの雰囲気が変わった。今までは一言二言喋る事はあっても二人一緒にどこかに行く
という事は無かったからな。
それにしても委員長がオレにクラスでは喋れないような話を持ちかけて来るとは―――まさか告白とかじゃねぇだろうな。委員長は彼氏いないみたいだし考えられる。
ダンマリなまま移動するのは少しアレかなと思ったので移動しながら話しかけてみた。まぁ共通の話題なんて数える程しかねぇけどな。それも相手は女だ。
「最近あのガキはどうしてるよ?」
「え、ああ、勇斗の事? 相変わらず元気よ」
「そうか」
「また桜内と遊びたいって駄々こねてるわ。本当に貴方は好かれてるのね・・・あんまり喜ばしい事ではないけど」
「あ? なんでだよ」
「だって桜内って・・・その・・・不良でしょ? あんまり、その、ね」
「――――まぁ姉貴なら普通はそう思うわな。可愛い弟が不良と付き合いがあるなんて・・・いい気分ではないだろうな」
「ま、まぁでも確かに桜内は素行が悪いけど、お、思ったより悪人じゃないから少しは安心してるのよ? 勇斗に玩具も買ってくれたし」
「勇斗にもいい人だとかなんとか言われたが――――オレは悪人だよ、チンピラだ。少しばかり優しくしたからってすぐ勘違いするのはいただけないな」
「――――ふふっ、本当に悪い人はそんな事言わないわよ。むしろ自分は善人だって平気で嘘をつくもの。今の発言で分かったわ、桜内は思ったよりいい人だって」
「・・・・・」
「それにこの間は色々謝ってくれたし・・・。さっき桜内の悪口を言った私こそ本当はいい人間なんかじゃないわ。ダメね、私って」
そう言って委員長はため息を吐いた。委員長がダメな人間だとすればオレはどうなるんだよ、ダ二かっていう話だ。それぐらいオレと委員長には差がある。
そしてオレは―――思わず頭を掻いた。まいったな・・・オレの周りはなぜか知らないがいい奴が多いようだ。前にもこんなセリフを吐かれたような気がする。
そのオレの様子を見て委員長が微笑む。くそったれ・・・そんな母親みたいな顔でオレを見るんじゃねぇよ。大体お前とオレは同い年だろうに。
女子の精神年齢は男子より高いというのもあるが、委員長の場合は長女という責任感みたいなものもあるのだろう。男手なんかいないようだし。
聞いた話では母子家庭らしく、母親も病気がちで床に伏せているらしい。そりゃあんなに大人びたガキが育つ訳だ、オレは思わず納得した。
なのにオレは色々気に障る発言をしてしまっていた。なんの確証もないのに、勝手に裕福な家庭だと決めつけて委員長に酷い事を言ってしまっていた。
この間委員長と喋る機会があったので、その件についてオレは詫びた。勝手な発言をしたオレを許してくれと。素直に頭まで下げてオレは謝った。
委員長はその様子をなぜかあたふたした様子で見て、そんなことはないと言ってくれた。しかしそれではオレの気は収まらないので今度何か奢る約束をした。
そんな事を思い出しているとあっという間にお馴染の校舎裏に着いてしまった。しかしここも寒いんだよなぁー・・・屋上ほどではないけど。
そしてオレは適当にそこら辺に座り込み、煙草を取り出して火を付けた。そんなオレを見て委員長は何か言いたそうな顔をしていたが、黙ってオレの隣に座り込む。
最初は何か言いにくそうに口をもごもごさせていた委員長だが――――腹を決めたのか少しずつ、ポツリポツリと喋りはじめた。
「――――話というのは天枷さんの事」
「ん? 美夏がどうしたっていうんだ?」
「・・・噂で聞いたのよ、天枷さんがロボットだという事」
「・・・・・・・」
「桜内なら本当か嘘か知ってると思って・・・・」
「――――もし」
「え?」
「もし・・・本当だったとしたら、どうするんだ?」
「――――先生に言いつけるわ。ロボットが学校に通ってますって。退学処分という形を取ってもらう事にするわ」
「なぜ?」
「それが普通だからよ。ロボットが学校に通ってるなんて・・・・・・私は認めたくない」
「・・・・・・」
「だっておかしいでしょっ!? そんな話聞いたことも無いわっ! 大体ロボットなんて危険なものをよりによって学校に通わせているなんて・・・」
「そうだな、聞いたことが無い」
「そうよね、常識外れもいいところだわ・・・。きっと学園もグルになって隠蔽してるのよ、きっと。こんな事って許される事じゃないわ」
「そうだな、許される事じゃないな」
「大体ロボットなんて無くなればいいのよ・・・見ているだけで不愉快になってくるわ。もちろん――――天枷さんも例外じゃないわ」
「――――そうか」
「天枷さんには悪い事になると思うけど――――――廃棄処分ね。あそこまで精巧なロボットなんか人権屋が許さないもの」
「・・・・・・」
そう言って黙ってしまう委員長。オレは煙草をぷかぷか吹かしながら黙って空を見ていた。まだ冬の気分が抜けていないのか、空は今にも雪が降りそうだった。
委員長はオレが何か言うのを待っているのか、黙ってしまっている。オレと美夏が仲いいのは知っているので言いづからかったんだろうなぁとオレは考えていた。
そして数秒、数十秒・・・どれくらい時間が流れたのかは知らないが、あまりにもオレが黙っているので委員長がオレに話しかけようとして――――
「オレさ、美夏と付き合ってるんだよ」
「――――――――えっ?」
「もうオレが美夏の事を好きで好きでたまらなくてさ・・・色々あって美夏のほうから告らせちまったけど・・・去年の年末から付き合ってる」
「・・・・・・そうなの」
「最初会った時はなんだコイツと思ったよ。自分は最新鋭のロボットだ、お前ら人間に事が嫌いだとか言ってたくせに頭から煙あげてオーバ―ヒート
してやんの。お前のどこが最新鋭だよって、思わずケツ蹴り上げそうになっちまった」
「・・・・・」
「しかしあいつはポンコツロボットの癖に人間らしかった。いや、そこら辺にいる人間よりも人間らしいとオレは思っている。少なくともオレはそう思った。
平気で人を殴れるヤツ、ムカついたから親を殺した、ヤリたくてしょうがなかったから強姦した―――今の時代そんな人間ばっかりだ」
「あ、貴方だってっ! どうせそういう事したくて天枷さんと――――」
「美夏さ、ああみえてすげー優しいんだよ。お人好しというべきか―――ん? ロボットだからそうは言わねぇのか? まぁどっちだっていいや。
とにかく喜怒哀楽の激しい女なんだよ、アイツ。人の為に泣けるし、怒れるし、喜ぶし・・・そんなヤツなんだ。そんな所がオレは気に入っち
まった。まぁこんな事言ってるんだが、ほとんどは一目惚れに近いんだけどな」
「あ――――」
「委員長の過去に何があったかはしらねぇよ。口ぶりから察するによっぽど酷い事があったみたいだし――――別に聞くつもりもねぇ。
それに今の時代はロボットが生きづらい。委員長みたいな考えをしてる人間なんてゴマンといるしな。まぁ・・・とてもじゃないが
賛同は出来ないけどな」
「・・・・・どうして?」
「あまりにも身勝手な発想だからだ。さんざん利用するだけ利用して、危険性が出てきたからって手のひらを返してるんだぜ、あいつら?
散々ダッチワイフ代わりにしたり奴隷みたいな扱いをしてきたのにもかかわらずに、だ。委員長も知っての通りロボットにだって感情は
ある。そして考える事も出来る。だが今の時代みんなそんな事なんて考えてやしない、ロボットは『物』としか認識していない」
「だってそう――――」
「オレは思わず外国の人種差別を思い出したよ。平気でアフリカとか南米周辺の黒人を奴隷や娼婦として人さらいの如く連れてきた事をな。
年中一日15時間働かされて食事は一日二食のパンとスープ、肉なんて食わせて貰えない。もちろん体の抵抗は弱まるから病気に掛かってしまう。
だがそれで休もうものならムチなんかが飛んでくる。知ってるか? ムチで思いっきり数十回叩かれると人間は発狂して死ぬらしいな。
それを何百回と繰り返して、何万人ものヤツが死んでいった――――故郷に帰りたいって言ってな」
当時は酷かったらしい。テレビや本などでしかみていないが、その壮絶さは知っているつもりだ。あまりにも人間ではない行動を取っていたのでかなり印象深い。
戦争でならある意味しょうがないと思う部分はある。仲間の兵士が死に、親も死に、友人も死に、自分の手足も平気で爆弾で吹っ飛んでしまう異常な空間。
そんな場所で平静を保てというのが無理な相談だとは思う。大体人間なんかちょっとしたストレスでも気がおかしくなる生き物だ、とてもじゃないが耐えれるとは思わない。
だが奴隷の話は別だ。利益の為に同じ人間をモノ扱いして平気でこき使う、同じ人間なのにだ。恐らく反対した者もいるのだろうが狂気というのは伝染してしまうものだ。
そしてそれ(奴隷)を欲しがる人や売る人が出てきてしまい――――結果、市場が出来てしまった。人間が人間を売り飛ばすシステム・・・イカれてると思った。
「そして娼婦として連れて来させられた女は男の相手をする。年齢など一切関係ない、親子でも離れ離れになって違う男に連れて行かれるんだ。
ある母親は娘だけは助けて下さいと言ったらしいが――――殴って黙らせたらしいよ。当り前だ、『物』が『人間』に対して逆らうんだからな。
そんなことはあってはいけない。物は従順じゃなくちゃダメだからな」
「・・・た、確かに酷い話だと思うわ、け、けどその話題と今話してる話題は関係無――――」
「本当に酷い話だと思っているのか? 委員長は」
「え?」
「オレからみたら委員長とかロボットについて騒いでる連中はその白人達と変わらない。平気で壊そうとしたり、感情があるのに物扱いする行為なんか特にな。
ロボットを持っているヤツラは大体そうだが感情を好きなように弄って反抗出来ないようにしている。もちろん中にはそうでない人もいるんだろうがそんな
人の話は聞いたことが無い。そして少しでもその『物』が危険性を持っているというだけで『殺そう』としている人権屋――――イカれてるな。
感情があるという事実を無視して、自分達にとって都合のいい所を持ち上げて声高らかにロボットなんか殺しましょうなんて言ってやがる、反吐が出るね。
人間が勝手に作って人間が勝手に壊そうとする行為、感情があるのにだ――――神様気取りかよと言いたくなる」
「ち、違うわっ! 私はそんなつもりじゃ――――」
「さっきも言ったがオレは委員長の過去なんて知らない。委員長の場合、ただそういう風に嫌っているようにはオレには見えない。だが言っている事は
そういう事だ。今じゃ人種差別も少しずつだが無くなってきている、そういった人たちを本当に守ろうと思っている人間が現れたからだ。オレは思う
よ、ロボットにもそういう人間が現れてくれればいいな――――ってな」
「・・・・・・」
「まぁ、委員長の思う通り行動すればいいよ。でもオレは絶対に反対だね、自分の女が退学させられそうになってるのに指咥えてたら情けなくてしょうがない」
「・・・・結局はそれじゃない」
「当然だ。オレが初めて愛した女だし、守って当り前だ。だいたい女は男に守ってもらうのが義務で、男が女を守るのも義務だとオレは思っている」
「・・・・・・ふふ、いつの時代の人間よ」
「まぁこれは美夏の受け売りなんだけどな。あいつポンコツロボットの癖に妙にそういう考えを持っているんだ。少しはしおらしくしたら可愛いのにねぇ」
「・・・だめよ、自分の彼女にそんな事言っちゃ」
「自分の女だから好き勝手言えるんだよ。じゃあそろそろ――――その女の事迎えにいってくるよ、じゃあな、ゆっくり考えていてくれ」
「あ――――」
そうしてオレは委員長を残して歩き出した。あんまり待たせて怒らすと怖いからなぁ、オレの彼女は。そう思いながら待ち合わせ場所の校門前に急ぐ。
まぁ、委員長には委員長なりの考えがあるのだろう、それは別に否定するつもりはない。人それぞれ考え方が違うってもんだし強要はしない。
ただもし、美夏に悲しい思いをさせると言うなら徹底的に潰すまでだ。それが例え委員長だとしてもその答えは変わらない。変えようとも思わない。
なぜか―――もちろん美夏の事を愛しているからだ。この気持ちは一生変わらないだろう・・・そうオレは確信している。
「お、どこ行ってたんだよ、美夏。随分待っちまったぜ」
「――――はは、ちょっとな・・・・」
「んだよ、何かあったのか?」
「いや、別に・・・・・」
「・・・・? まぁいいや、さっさと帰るべ」
「・・・・・ああ」
そう言ってオレは美夏の手を握って――――美夏の手が震えた。オレは怪訝な顔で思わず美夏の顔を見るが、美夏の表情は至って普通だった。
なんだか元気がないような気をするが・・・オレの気のせいか。そうしてオレは美夏の手を引いて歩き出した。いつもどおり歩幅を合わせながら。
エリカとの件もすっきりしたし、これからは美夏だけに集中出来る。前までは頭の片隅にいつもエリカがいたような気がしていたからな・・・。
「――――――義之」
「んあ?」
「・・・公園かどこかへ寄っていかないか?」
「お、珍しいな。お前からそんな事言いだすなんて」
「はは、いつもはお前から言い出すもんな。でも――――たまにはいいだろう?」
「ああ、もちろんだ」
そう言ってオレは美夏と一緒にとりあえず公園へ向かった。しかしこういう事を美夏が言いだしたのは結構意外な事だった。いつもはオレが勝手に決めていたからな。
何をオレに遠慮しているんだか知らないが、美夏はあまりこういう事は言いださない。ゲーセンの時とかみたいに余程の目当ての物がなければオレに任せていた。
だから美夏がそういう事を言ってくれるのはオレとしては嬉しい。どこへだって連れて行ってやる気分になる。まぁそれが公園でもだ。
「それにしてもなんで公園なんだよ。もっと遊べる場所があるっていうのに」
「・・・少しゆっくり義之と話したい気分なんだ」
「――――何かあったのか?」
「いや、そういうわけではない。ただ・・・話をするならそこが静かでいいかなと思っただけだ」
「・・・・・」
そうして黙ってしまう美夏。オレは何故かそれ以上深く追求するのは躊躇われたので視線を前に投げかける。なんだが美夏の雰囲気が重いように感じた。
なにか隠しているような――――そんな気がした。確証なんてものはないが美夏とは短い付き合いではない、ましてや彼女だしそれぐらいは分かった。
しかし美夏が言いださない事には始まらない。そのままお互い黙り込んで公園へ足を向けた。お互いの歩幅を合わせながら・・・・。
そして何分かあるいて公園へついた。こんな寒空の中公園で遊ぶ人影は無く、静かなもんだった。そして二人手を繋ぎベンチに座る。
オレは美夏が何か言いだすのを待った。あんまり無駄話をする気分ではないし、そういう雰囲気でもない。オレはベンチに座りながら空を見上げた。
相変わらず空は曇り空で、今にも雪が降って来そうな天気だった。早く暖かくなって欲しいものだ。美夏は寒いのが苦手らしいからな、ロボの癖に。
そして暖かくさえなりすればいっぱい楽しそうな所へ行ける。遊園地だって海だってどこだって・・・美夏と一緒だったらどこへでも――――――――
「別れよう、私達」
「てっとり早く言うと天枷さんと義之に別れて欲しいのよ、私」
「――――はは、義之はしょうがないなぁ、本当に」
「義之は私の事を一目惚れしたと言ってましたわ。そして何回もキスをしました」
「女癖が悪いとは常々思ってはいたが、まさかなぁ」
「そして何回も私に優しくしてくれた。いつも私の事を求める視線で見ていましたわ。そんな視線で見つめられるたび嬉しくてしょうがなかった」
「帰りに色々問い詰めてやらないとなぁ・・・どうしてお前はそうなんだって」
「義之は本当はとても優しい人間と知ってまして? よほど貴方の事を可哀想だと思って付き合ったんでしょうね」
「美夏の事をあんなに好きだとか言っておいて・・・他の女にキスするやつがいるか」
「もちろんそんな優しい部分も義之の魅力だと私は思っていますわ。でも人が良過ぎるのも考えものね、お情けでこんな子と付き合うなんて」
「まさか浮気をしているなんてなぁ、思いもしなかったし考えもしなかった」
「まぁ義之が私の事を好きなのは一目瞭然ですし、私も義之の事を愛してますわ。将来結婚でもしようかなと考えているぐらい」
「あいつの女癖の悪さにはホトホト呆れ返ってるぞ、美夏は」
「可哀想な義之、あれだけ情熱的にキスしてあれだけ私の事を愛しているという態度をとっていたのに・・・人がいいばっかりに・・・まったく」
「もう土下座しても許さないぞ美夏は。まったく・・・今度という今度は」
「だから天枷さん? 貴方が義之と付き合っているのはそもそもの間違いなのよ――――もちろん別れてくれるわよね?」
「嫌に決まってるだろ、このバカ女」
そう言って美夏はムラサキを睨んだ。対してムラサキは少し眉を動かしたが変わらず笑顔のままだ。小憎たらしいったらありゃしない。
確かにキスした事は許せない。浮気なんて男がする行為で一番情けない行動だと思っているし、するヤツはバカとしか言いようが無いと思っている。
だからといって――――美夏が義之の事を離す事なんてありえないあってたまるか。一度手に入れた温もり、大切な人・・・そう簡単に手放すわけがない。
一緒に歩いて行くと決めた、美夏の事を一生守ってくれると言ってくれた。その言葉は今でも信じているし、覆せない真実だと美夏は思っている。
しかしムラサキは余裕なのか――――微笑みの表情を崩していない。思わずその顔面を殴りたい衝動に駆られた。
「あらあら、そんなに怖い顔しないでくださるかしら? 思わず泣いてしまいそうだわ」
「泣けばいいだろう。そうやって笑ってるより、泣き崩れて膝をついてる姿の方が似合っているぞ、お前」
「――――――――へぇ、随分言ってくれるじゃないかしら・・・・・・・・・・・・・・・ロボットの癖に」
「・・・・・ッ!」
「聞きましたわよ、貴方の噂。ロボットなんですってね? ロボットの癖に義之の隣にいるなんて・・・壊したくなるわね」
「そ、そんなの関係ないだろっ! 美夏がロボットだろうとなんだろうとっ!」
「貴方、本気で言ってるの?」
「え?」
そう言ってムラサキは微笑みの顔を辞め―――怒りの表情を露にした。今にも掴み掛かってくると言わんばかりの鬼気迫る顔だ。
思わず美夏は後ずさりしてしまった。なぜこんなにも・・・怒っているのか美夏には分からない。そうしてムラサキは口を開いた。
「ここまで貴方の噂が広がればどうなるか・・・分かるわよね?」
「そ、そんなの――――」
「そう、大問題になるわ。ロボットが学校に通っている――――ただでさえこの国はロボットに対してアレルギー反応みたいな所があるし・・・。
よくて退学、悪くて廃棄処分かしら?」
「そ、それはそうかもしれないっ! けど今話している話題は――――――――」
「義之も大変な事になるわね」
「え・・・・」
「だってそうでしょ? ロボットと付き合っているなんて噂もたちまち広まるわ。貴方達っていつも一緒にいるじゃない? ばれて当然よね、こんな小さい島じゃ余計に。
もちろん学校に通っているロボットなんて世間でも大騒ぎになる事間違い無しだし、そんな事になったら色々後ろ指を指されるでしょうねぇ・・・ロボットなんかと
付き合う人間――――いい週刊誌の題目を飾りそうね?」
「で、でも義之はそれでも美夏と一緒に居てくれると言ってくれたんだっ!」
「・・・だから貴方はロボットなのよ。 いい? 義之はこれからがある人間なのよ? 貴方も分かる通り義之はとても優秀な人間よ。頭がよくて運動も出来て
カリスマ性もある。素行が少し悪いようだけれど最近はそれも影を収めつつある。このままいけばきっと輝かしい道が待っているわ。それとね・・・私は義之を
貴族に入らせようと思っているのよ」
「・・・・・な、なんで」
「さっきも言ったけど結婚を考えているのよ、私達。義之は本当に可能かどうなのか疑っていたけれど・・・可能にするわ、私が。そうしたらもう義之の
将来なんて安定したも同然よ。少なくとも――――ロボットなんかと付き合うよりはね」
「そ、そんなこと・・・・・ない」
「そんな事あるわよ。貴方と付き合って義之にいい所なんてないわ。もしずっと一緒に居たいっていうんであれば余計にね・・・。まだ学生の内はいいかもしれないわ、
世界が学校の中なんですもの。でもね、大きくなって社会に出ようとした時に貴方の存在は義之の重荷にしかならないの。分かる? 義之の為に貴方は何かしてやれる?
義之がいい生活を送るのに何か手助けしてやれる?」
「そ、それは・・・・・・」
「これで分かったでしょ。貴方は義之にとって邪魔な存在でしかならないの。だから私と付き合った方が義之にとっては幸せ―――何より本気で好き合ってる訳だし」
「――――――――ッ!」
「だから義之と恋人ごっこなんか辞めて――――――」
「い、嫌だっ!」
「・・・はぁ~、あなたねぇ」
「・・・グスッ・・・ひぐ・・・い、いやなもんはいやなんだ・・・・グスッ」
情けない話――――美夏は泣いてしまった。こんな憎たらしい女の目の前で泣くなんて恥だが・・・勝手に目から涙が零れて来る。悔しくてしょうがなかった。
反論出来ない自分が、この女の言っている事が、義之が他の女とキスした事が・・・いろんな感情が混ざり合って、悔しくて、泣いてしまっている。
もっと冷静に考えればいい返せる所はあったと思う。なければ無理矢理にでも言葉遊びに持ちこんで話をさせなければいい、そういう事が出来る所も確かにあった。
でも――――何も言い返せなかった。美夏は確かに義之の為にしてやれる事なんてない、いつもいつも義之に迷惑をかけているのは自覚があった。
すぐにオーバーヒートしてしまう自分、ロボットの癖に何一つμみたいな機能はついていない自分、コンプレックスみたいな物を美夏は持っていた。
でも義之はそんな自分を選んでくれたんだ、好きだと言ってくれたんだ、一生傍に居てくれると言ってくれたんだ。
「泣いても仕方ありませんことよ? ホラ、どうするのよ。もちろん別れるという選択肢しかありませんけど」
「――――ッ! い、いやだっ! 絶対に嫌だっ! わ、別れたりするもんかっ!」
「子供の駄々じゃないんですからいい加減に――――――」
「い、嫌なもんは嫌なんだぁっ! お、お前なんか絶対に義之とは似合わないっ! せ、精々こんな真似をしてるぐらいなんだから義之に振られたんだろうっ!」
「――――――――――ッ! こ、このっ!」
「あ・・・」
頬に熱い痛みが走った。振り抜かれているムラサキの手――――平手打ちをされたんだと気付くのに少しばかり時間が掛かってしまった。
思わず座り込んでしまう美夏。思わず自嘲したくなる、涙を流しながら這いつくばっているのは美夏の方なんだからな。笑うに――――笑えない
そしてムラサキは美夏の方に歩み寄り――――襟を掴んできた。軽く持ち上げられる美夏・・・自分で立つ気力は無くなっていた。
「あなた・・・義之の事が好き?」
「グスッ・・・えぐ・・・・あ、当り前だ・・・・」
「だったら義之の幸せを願うわよね、もちろん貴方ではその幸せ作れない――――違う?」
「・・・・で、でも・・・グスッ・・・いや、・・・だ」
「――――義之は言ってたわよ。美夏は何も出来ないから腹が立ってしょうがないって」
「・・・・・・・っ!」
「美夏は何一つ満足に出来ないって・・・・そう言ってたわ」
「あ・・・・」
そう言われて――――心が折れてしまった。頭では理解している、義之はそんな事言う筈がない。義之はなんでもオレに任せろと常に言っていた。
お前は何もしなくていいよとも言ってくれた義之。だから美夏はそれが悔しくてたくさん努力してきたんだ。何か一つ義之の為に出来たらいいな、と。
でもこの状況下でその言葉は――――心にきた、折れてしまった、砕けてしまった。もう直そうとは思えなうぐらいバラバラになってしまった。
そんな美夏を見て、ムラサキは襟を離した。崩れ落ちるように座る美夏。ムラサキが優しい声質で美夏に問いかけた。
「義之と、別れてくれるわね?」
「・・・・・・・・・・・・」
「義之の事が好きなら――――本当に好きなら別れられる筈よ」
「・・・・・・・・・・・・」
「大丈夫。義之なら私が幸せにしてあげるわ。天枷さんの分もね」
「・・・・・・・・・・・・」
「義之が幸せになる姿見たいでしょう? 裕福な暮らしをしている義之が見たいでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・」
「全ては――――――――義之の為なの」
美夏は思い返していた。僅か三ヶ月余りだが楽しかった日々を。人間なんかいなくなればいいと思っていた、そうは思えなくなってしまってた。
オーバーヒートを起こした美夏、助けてくれた義之、クリスマスに高いストラップを買ってくれた義之、ゲーセンで美夏が欲しい人形を取ってくれた義之。
そして年末にまたオーバーヒートを起こした美夏、告白して美夏の事を好きだと言ってくれた義之、そして一緒に進んでいこうと言ってくれた義之。
全部―――全部美夏のデータに入っている。かけがえのない『思い出』。本当に好きだった人間・・・男の子。これからはずっと一緒だと思っていた。
――――――――短い交際期間だったが幸せだった日々。この日、美夏と義之は別れた。恋人ではなくなってしまった。ただただ泣くしかなかった。