なぜそんな事を言うんだ――――お前に愛想が尽きた
どうしてだ――――浮気するような男は嫌いだ
だれが――――噂で聞いたがいい感じの女がいるらしいじゃないか
ちがう――――聞けば綺麗な女だという、不満なんてないだろう
オレが好きなのは――――なんにしてもお前の事は嫌いになった
じゃあなんで泣いているんだ――――・・・・・・・・・・
「・・・・・・・」
美夏に三下り半を渡されてから一日が経った。オレがこんなに死にたいという思いに捕われても太陽は昇ってくる。憎たらしかった。
学校には行く気分で無かった。しかし家に籠りっぱなしでいても何も解決にはならない。オレは学校に行くことにした。
学校に行けば気分も幾分かは中和されるだろうと思った。本当はそんな事なんて思ってもいなかった。ただ人が多い所に居たかった。
いつもは煩わしい集団の中が今は恋しかった。オレは朝食を済ませ、家を出た。そしてタイミングが良かったのか悪かったのか音姉も
ちょうど家から出る出る時だった
なぜか音姉はオレに気付くと気まずい顔をしていた。理由―――思い当たらなかった。最近は特に派手な行動をした覚えは無い。
「うっす」
「・・・あ、おはよう弟君」
「久しぶりに会った気がするよ」
「・・・最近の弟君、家を出るのが早いからね」
「まぁな―――だけどこれからはゆっくり起きれそうだ。早起きする理由が無くなったからな」
「そう・・・じゃあ、私行くね」
「あ――――」
そう言って音姉はそそくさとオレの方を見ないで歩いてしまった。いつもなら精々する行動だが――――少しばかり気に喰わなかった。
どいつもこいつもオレとそんなに付き合いたくないのかよ、まったく。ついてない時って本当についてないんだな。嫌な事ばっかりでたまったもんじゃねぇ。
子供の我儘にも似た考えが頭をよぎった。いつもの音姉ならしつこいぐらい構ってくる筈なんだが・・・今日はどうやらそんな気分ではないらしい。
「ああ、かったるいぞ、マジで」
そう呟いてオレは歩き出す。呟くだけでオレの足は学校へ向けて歩いて行った。なんにしてもこの世界に来た時から真面目に学校へ行くと誓ったからな。
その誓った相手はこの世界に居ないが元気にやっているだろうか。オレが小さい時から天真爛漫で衰える様子がまったく見られないからおそらくは元気なんだろうが。
別に戻りたいとは思わなかった。こんな状態だからあの世界のさくらさんが少し恋しいとは思っていたが、生憎帰る手段なんて分からないし帰るつもりもなかった。
「まだ美夏の事を好きなんだよなぁー・・・。ていうか誰がチクったんだよ、マジ殺しても飽きたらねぇぞ」
自分の事を棚に上げて発言した。あれだけ美夏に隠れて好き放題した自分―――自業自得かもしれない。美夏の事を裏切り続けてきた代償だと思う。
茜とキスなんてしてしまったし、エリカとなんてもう数えきれない程している。あまつさえ家に泊まったりもしたし言い訳の余地なんてものはなかった。
いくらその全てに決着を付けたとはいえ許されることではない。美夏と付き合っている時でさえエリカとはディープキスなんてかましてたりしてたしな。
「あーマジ未練残ってるぞ。失恋して自殺する女の事なんか笑えやしねぇ。自殺すっかなぁ」
冗談っぽく言っているが少しばかり本気だった。ただ自殺しないのは美夏への想いだけ。それさえ無くなりすれば喜んで自殺したと思っている。
隣に誰もいないのがとても虚しい。いつもは握られている小さな手の感触が無いのがとても寂しかった。ひまわりのような笑顔をもう見られないのが悲しかった。
しかしもう遅い、オレは振られてしまったんだ。オレは死ぬほどの憂鬱にまみれながら歩く。オレは今――――初めての孤独感に悩まされていた。
「フリーになっちまった」
「――――え?」
「美夏に振られちまったんだよ。愛想尽いたんだってよ、オレに」
学校へ行く途中に委員長と会った。委員長はオレの顔見るなりツカツカと近づいてこう言ってきた―――天枷さんの件、もう少し考えてみるわ。
あれから考えてみたのよ私。
なんとも嬉しい発言だ。あれだけロボットを毛嫌いしていた委員長が意見を変えるとは思わなかった。少ししかその話題については話をしてい
ないが、委員長が死ぬほどロボットを嫌いなのは伝わってきたからな。言葉の端々、態度、雰囲気、眼の力などからそれは分かった。
美夏とは別れちまったがそれでも好きな気持ちは変わらない。今でも美夏の事は好きだし何かあったらいの一番に駆けつける気持ちはあった。
少し女々しいかなとは思うが。
そして委員長はいつもオレの隣にいるはずの存在がいない事に気付いた。そしてオレは「ああ・・・」と呟いて美夏と別れた事を委員長に話した。
信じられないという顔をしていた。
まぁ昨日はあれだけ啖呵をきった訳だし、オレは物凄く美夏の事を愛しているとアピールしてたからな。その翌日に振られてたんじゃ世話ねぇよな、まったく。
「ど、どうしてなの? あれだけ貴方は愛しているって言ってたじゃない」
「オレが愛していてもダメだよ。美夏の気持ちは変わっちまった。オレの事が嫌いになっちまった」
そう言ってオレは冗談っぽく肩を竦ませた。まるで気にしてないと言わんばかりにだ。本当はボロボロの癖に。それを聞いた委員長は呟くように言葉を吐き出した。
「・・・信じられないわ。あれだけ貴方に懐いてたじゃない、天枷さん。もしかして桜内が何かしたの?」
「――――浮気」
「・・・・・・・・は?」
「したのがバレたと言ったら、どうする?」
「・・・・・・」
そう言うと委員長は最初は呆けた顔をしていたが―――みるみる顔付きが鬼のように変わっていた。初めて見る委員長の顔だ、なかなか感慨深いものがある。
確かにいつも怒っている風ではあったがここまで露骨に感情を出す委員長は初めてだ。まぁ、恐らくそれほど本気で怒っているのだろう。拳なんか握り締めてるし。
「冗談、よね?」
「さぁどうだっけかな。したような気もするし、してないような気もする」
「――――――ッ! さ、桜内っ! サイテーよ貴方! 女の子をなんだと思っているのよっ!」
「んだよ、昨日は廃棄処分されればいいのにとか言ってたじゃねぇか。ロボットなんかいなくなればいい――――だっけか?」
「そ、それとこれとは別問題よっ! 今はロボットがどうのこうのじゃなくて女の子としての話をしてるのよ!」
顔に怒気を含ませながらそう言う委員長。というか昨日と言ってる事が違うぞこの眼鏡。そして委員長は喋るのを止めないで続けて叫ぶように言う。
「浮気はね、男としてもんの凄く最低な行為よっ! そこんとこちゃんと分かってるの!?」
「分かってたんだけどなぁ――――ていうか例えばの話だぞ、そんなにムキになるなよ」
そうやってオレは冗談っぽく言う。委員長にはまるで効果が無かった。逆にそれが癪に障ったのか更に声を張り上げる委員長。オレは耳を塞ぎたくなった。
「桜内の事だからどうせそれが原因なんでしょっ! 貴方って女性の事なんか平気でたぶらかしそうだものねっ!」
「なんだよ。委員長にもそんな風に見られていたのかオレは。みんな口を揃えて同じ事を言いやがる」
「そんな風に見られる行動ばかりしてるってことでしょ! まったく――――」
そう言ってオレに説教を始める委員長。朝の早い時間でよかった。こんな通学路の往来でこんな現場見られた日にはたまったもんじゃねぇ。いい晒しモノだ。
委員長も熱が収まるどころか段々ヒートアップしてきている。オレはそんな委員長の話を受け流して聞いていた。反力する気力なんかとうに無くなっている。
大声で話をしたものだから肩で息をついてしまっている委員長。それでも喋り足りないのか肺の空気を出し切るように小声で喋っている。
「だ、だいたい、貴方っていう人、わね・・・はあ、はあ・・・・」
「大丈夫かよ」
「う、うるさい、わね・・・浮気最低男なんかに心配される筋合いなんて、ない、わよ」
肩で息をつきながらもオレの事を睨む委員長。よほどムカついているんだろう、こめかみには青筋を立てている。ていうか切れんじゃねぇのか血管。
「そ、それで、相手は、だれなの?」
「なんでそんな事言わなくちゃいけねぇんだよ」
「わ、私が気になるからよ」
「意外と耳年増だな委員長は。あんまりそういうのは好まれないぜ? 特に男からは」
「い、いいから。言いなさいな」
そして委員長は息を整えた。なんで喋らなくちゃいけねぇんだよ、わざわざ自分の浮気相手の事なんか。それも気になるという理由だけで・・・冗談じゃねぇ。
「オレもう行くわ」
「あ、ちょっと待ちなさいっ!」
「なんでオレの浮気相手を委員長に喋らなくちゃいけねぇんだよ」
そう言って逆にオレは委員長の事を見返す。その視線に少したじろぐ委員長―――だが追及をやめるつもりはないらしい。小走りでオレの脇に並んだ。
「大体だれの事を言っているか見当つかねぇんだよ」
「そうよね。貴方の場合心当たりが多すぎて――――――」
「キスしたのは二人だからどっちかだと思うんだが」
「―――は」
やばい。思わず口を滑らせてしまった。委員長の顔がみるみる奇妙な顔になっていく。そして持っている鞄でオレに殴り掛かってきた。
「ばっ、おま――――」
「こんの~~~~~~っ!」
「い、いてぇよ、こらっ! この・・・・!」
「この、アホ、男は~!」
ボカスカとオレの体を滅多打ちにする委員長。よくドラマでヒステリーを起こした女の如く殴ってくる。かったるいなんて言っている暇なんて無い。
しかし委員長の事を殴る訳にもいかない。オレはその攻撃をすり抜けるように駈け出す。そしてキーキー怒鳴りながら追いかけてくる委員長。
このヒス女が―――絶対彼女にしたくねぇ。だが少しばかり元気が戻ったような気がする。そう思いこもうとしただけで本当は元気なんか一片も無い。
いつこの失恋がの傷が治るのかは分からない。いや、そもそも美夏の事を諦めるなんてとてもじゃないが出来ない。しようともオレは考えていない。
時間が解決してくれるというが・・・解決なんてしてほしくない。この気持ちを忘れたくない。ようはオレは美夏にまだ惚れているという事だ。
なるようになるしかないのか―――オレはまだ悩み付続けながらも、とりあえず委員長を撒きながら教室へ向かった。ていうかしつけぇよ堅物眼鏡女。
「あ・・・」
「よっ」
「・・・・」
昼の食事は食堂で一人で採った。またこれから微妙な学食の日々が始まると思うと虚しくなる。だが一緒に食える仲のヤツはオレにはいない。
茜は雪村とか小恋と一緒に採るだろうし杉並はそもそもそんな仲で無い。近すぎず遠すぎずがオレ達の距離だった。いくら仲良くなってもこの関係は変わらない。
そして侘びしく一人の食事を終えたオレは昼休みを屋上で潰そうと思い―――美夏とバッタリ会ってしまった。若干の居心地の悪さを覚えるオレ。しょうもなかった。
「昼、どうしたんだ?」
「・・・こ、購買のパンで済ませた」
「そうか」
美夏の顔を見ると泣き腫らした跡がある。おそらく一晩中泣いたのだろう。その跡を見るだけでオレは悲しくなった。美夏を泣かせたオレに腹が立った。
美夏は何も悪くない、悪いのはオレだ。そう思っている。だが思っているだけでは何も解決にはならない。オレは美夏ともう一回話し合いたかった。
「美夏――――」
「み、美夏はもう行かなければならない・・・じゃ、じゃあな、『桜内』」
他人行儀な呼び方―――心にズドンときた。思わず怒鳴りたい衝動に駆られる。今まで築いてきた絆が無かったような発言。
走り去ろうとした美夏の手を思わず反射的に掴んでしまった。ビクッと震える美夏の体。オレは美夏が止まったのを確認してから手を離し話しかける。
「なんで逃げようとするんだよ」
「べ、別にそういうつもりじゃ・・・ない」
「じゃあどういうつもりだったんだよ」
「う・・・」
知らずの内に責める口調になっていた。美夏は何も悪くないのに偉そうな態度を取ってしまった。浮気した最低野郎の癖に上から目線を取っている。
オレは一回深呼吸した。肺に新鮮な空気を取り入れる。少しばかり気が高くなってしまったようだ。無理矢理押さえつける。
「すまない。美夏は何も悪くないのにな」
「そんな事は・・・・」
「何もかもオレが悪いのに―――本当に最低だよオレ。お前だけを愛すると言っていた癖に他の女にうつつを抜かしていた」
「・・・・・」
「お前ともう一度話したい。ちゃんと腹を割ってな。今さらこんな事を言っても信じて貰えないかもしれないが―――まだお前の事が好きなんだ」
「――――――――ッ!」
「調子のいい発言だと自分でも思う。口ばっかりの男と思われても仕方が無い。けど・・・もう一度オレにチャンスをくれないか?」
そう言ってオレは美夏の眼を見る。視線が合うと美夏は眼を逸らしてしまった。そして顔を下に俯き黙ってしまう。
オレは美夏が答えるのを待つ。いくら時間が掛かっても構わない。何日だって待ってやる気分だった。ちゃんとした美夏の答えが聞けるなら・・・。
少し緊張しているのか―――手が少し汗ばんできた。服で拭い取ろうと手を上げ描けた時―――美夏はポツリと言葉を漏らした。
「もう・・・終わったんだ、私達」
「・・・・・・・・・・・そう、か」
「・・・じゃあな」
「・・・ああ」
そして今度は本当に走り去ってしまった。もう手を掴む気力さえ無い。終わった事・・・そう言われれば何も言えなくなってしまう。
本当は追いかけたい。抱きしめたい。もう離したくない。そんな気持ちがあるにも関わらず体は思い通り動いてくれなかった。
自分が想像した以上にショックを受けているようだ。そりゃそうか、あれだけ好きだと言っていたのに浮気なんかしちゃもう信じてくれないか。
「自業自得・・・か、クソッ!」
そして思わず壁を殴り付ける。手に鈍い痛みが痺れ渡る。だがこんな痛みでは苛立ちは収まらない。オレはそんな痛みに構わずガンガンと壁を殴り付ける。
今まで優柔不断な態度を取っていた自分に本当に腹が立つ。何もエリカの事ばかりじゃない、茜の件だってそうだ。もう少し美夏の事だけに集中出来なかったのか。
「・・・はは。もう終わった事か・・・チクショウ」
まだ終わりたくなかった。これからもっと―――もっと楽しい事がある筈だったのに・・・無くなってしまった。オレが無くしてしまった。
自分で自分の首を絞めてしまったオレ。どうしようも無かった。ただただ後悔するばかりであった。今後悔しても遅いというのに―――後悔の念は消えない。
「・・・あんまり壁を叩き続けてたらさくらさんに悪いか。この学校はさくらさんの物だしな・・・」
呟いて壁を殴る行為を止める。手を見ると少しばかり血が滲んでいた。自傷行為―――何の慰めにもならなかった。柄ではない自分の姿に思わず苦笑いする。
こんな情けない男になっちまったのか、オレ。自分で自分を傷付ける行為なんて自己満足に過ぎない。本当は美夏の方が傷付いているというのに・・・。
そしてオレは歩き出した。こんな所にいてもしょうがない。もう午後の授業なんて受ける気がしなかった。サボろう―――そう思い屋上へ歩く。
午後の半日だけ、そう半日だけだ。半日ぐらいならさくらさんも許してくれるだろう。そう自分に言い聞かせた。思春期だしそんな事は誰にでもあるしな。
なんの慰めにもならない事を考えながら歩いていると前から騒がしい集団が歩いてきた。生徒会、まゆき。今は絡む気分ではない。無視することにした。
「ん? 弟君じゃん」
「・・・・」
「ありゃりゃ、無視?」
空気読めよバカ女。そう思い脇を抜けようとして腕を掴まれた。思った以上の力で掴まれた。オレには反撃する気力があまりにも無い。立ち止まった。
オレは顔をしかめながらまゆきの方に振り向く。そこにはいつもの小憎たらしいまゆきの顔があった。もう一度殴ってやろうか、この女。
「どーこへ行くのかにゃ~?」
「図書室に行くんですよ。もう少しで本校の生徒ですからね。勉強のし過ぎって事はないでしょう」
「残念ながら風見学園はほぼエスカレーター式よ。そんな嘘付くならちょっとは私と会話しなさいよ」
「エスカレーター式で上がる学校でも落ちるヤツは居ますよ。一割ぐらいね。そんな中に入ったらオレの母親代わりの人に合わせる顔が無い」
腕を振りほどいた。多少その行動に驚いた顔をするまゆき―――演技だと分かった。すぐヘラヘラした顔になる。オレは思わずため息をついた。
「何が目的なんです?」
「だーかーら、会話よ会話。こういったちっちゃな会話は重要なのよ? 人間関係を円滑にこなすにはね」
「生憎そこまで円滑な関係を築こうと思っていません。会話なら―――脇のアホ面をした連中としてください。媚びた発言をするでしょうから。
オレと話しているより気分が良くなりますよ」
「な、なにっ!?」
「こ、この・・・・!」
そう言うといきり立つ委員会の連中。しかしいきり立つだけで何もしてこない。精々身を乗り出すぐらいだ。オレは思わず笑ってしまった。
よくさくらさんが見ている時代劇の連中と同じだ。威を借る狐そのものだ。誰も言葉で反論してこないし行動にも移らない。ただ怒鳴り声を上げるだけ。
そんな連中と関わり合っても疲れるだけだ。オレは踵を返しそいつらに呆れた目を配りながらまゆきに話し掛けた。
「あんまり使え無さそうな連中ですね。これじゃあまだそこら辺のガキの方が使える。物怖いしないだけね」
「い、いわせておけば・・・!」
「―――――弟君? この人達はね、毎日風見学園の為に頑張っている人達よ。貴方と違ってね。力を惜しまないで生徒会に協力してくれているわ」
「当然でしょう。そういう事するために委員会に入ったんだから。オレが言ったのは使える使えないという話です。まだボケるのは早いですよ?」
「・・・相変わらず口は一人前ね。なんなら貴方が手伝ってみる? 少しは私達の苦しさや苦労を味わってもいいと思うんだけど、どうせ暇なんでしょ?」
「そうするとまゆき先輩の部下になるって事ですよね―――お断りしますよ。貴方の下に着いても何も得られる物が無さそうだ。バカそうだし」
オレは手を広げておどけたポーズをしながらそう言った。まゆきはオレのストレートな言葉に若干眉を寄せるがすぐに平静な顔に戻った。
さすがオレと何回もやりあってるだけあって挑発には乗らない。まぁみんなの手前カッコ悪い所は見せられないといったところか。果てしなくどうでもいいが。
しかしこの問答も飽きてきた。オレは踵を返し歩こうとして―――殴られた。たたらを踏む程度であまり威力はない。オレは面倒な顔をしながら振り向いた。
「何するんですか、アンタ」
「う、うるさいっ! 挑発してきたお前が悪いんだ!」
「ちょ、ちょっと貴方っ! 止めなさい!」
まゆきはそう言ってその男の腕を掴むが、余程興奮しているのか目を此方に向けたままビクともしない。オレは呆れた目でソイツを見た。
どんだけ興奮してるんだよ、こいつ。こめかみには血管が浮き出ている。もう周りなんか見えないと言った風だ。オレは手をブラリと下げて体の力を抜く。
「別に掛かってきても構わないですよ」
「こ、このや――――――」
「止めなさいって、言ってるでしょうっ!!」
「――――――ッ!」
「今のは手を出したアンタが悪いわよっ! それに、弟くんも挑発しないでっ!」
おいおい、殴られたのはオレだぜ? 慰謝料取ってもいいんだぞこの野郎。まぁ面倒だからそんな事はしない。警察沙汰になっても逆に困るしな。
男は「でもまゆき先輩がバカにされてオレは」とか抜かしてやがる。男らしいところを見せようとしたってのか? くだらねぇ、そんな芝居に付き合わせるなよ。
しかし随分まゆきに御熱心な様子だな・・・もしかして―――そう思ったオレはからかう事にした。殴られ損てのも性に合わない。
「なんだよアンタ。まゆきの事が好きなのか?」
「なっ―――」
「な、なにいきなり言いだすのよっ! それも私の事を呼び捨てに―――」
まゆきがギャーギャー騒いでいるが無視する。今はそんなことよりこの男の事だ。オレに言葉を投げかけられた男は絶句していたが―――すぐに顔を赤くした。
おいマジかよ。この男が、まゆきに? よくそんな不細工な顔でそんな事考えるな。月とスッポンとどころじゃねぇぞ、オイ。何勘違いしてるんだこいつ。
外見なんていかにも根暗そうだしファッションセンスも悪そうだ。オマケに眼鏡がその陰気な雰囲気に拍車を掛けている。どう考えても釣り合うような
組み合わせでな無い。
「あー諦めた方がいいよ、アンタ」
「――――ッ! な、なんだとっ!」
「まゆきな、杉並に夢中だからな。もう結婚してくださいと言わんばかりに」
「な、な、な・・・・何いってんのよっ! アンタはっ!」
「傍から見ればそう思うんですよ。本当になんなら付き合ってみてはどうですか? アイツなら器量もいいしカッコイイし意外と頼れますよ」
「そ、そんな事は分かっ―――――いや、違う違うっ! なんでアンタなんかにそんな事・・・!」
そう言って顔を赤くするまゆき。なんだ、やっぱり好きなんじゃねぇか。好きじゃないにしても嫌ってはいない様子だ。態度から丸分かりだしな。
それを聞いた男はどこかオドオドした様子を見せ始める―――いい気味だ。
「あいつにも同じ様な事を聞いたんですが―――なんて言ったと思います?」
「―――――な、な、な、なんて言ったの?」
「やっぱり気になりますか」
「・・・・・・・! そ、そんな訳ないじゃ――――」
「好きだと言ってましたよ。とても好ましく思っている女性だと・・・杉並は確かにそう言ってました」
「ば、ばかなっ! そんな言う筈・・・」
「~~~~~~っ!」
オレがそう言った瞬間、男は信じられないという顔をして、まゆきは顔を真っ赤にして顔を完全に俯かせてしまった。やっぱり気があるんじゃねぇかこの女。
まぁ嘘なんだけどな。今から嘘ですなんて言うのも面白くないし誤解させたままにしておく。やったな杉並、お前彼女出来そうだぞ。
しかしもし結婚のスピーチを任されたらどうしよう。最初はライバル関係だったんですがライバル故に意識してしまってそして―――とか言うのか、オレ。
「い、いい加減な事を言うなっ!」
「あ?」
「す、杉並は生徒会の敵なんだぞっ!」
「まぁね」
「まぁねって・・・だ、だからっ! そんな奴の事なんか好きになる訳ないっ!」
「――――なぁ、アンタ。資格っていくつ持ってる?」
「な、なに?」
こいつも諦めが悪いな。お前なんか風俗に行って脱童貞するのが関の山っていう顔をしてるのにおこがましいぞ、まったく。
まゆきはオレの一番嫌いなタイプだが顔と体は認めている。ぶっちゃけ男にモテそうな女って事だ。おそらくまゆきの性格だから
こんなヤツにでも優しく平等に扱ったのだろう。そして勘違いしてしまったって訳だ。
「アイツはいっぱい持ってるぞ。簿記、英検、漢検、計算実務能力、計算・思考能力検定、コミュニケーション能力検定
医事コンピューター技能検定・・・確か全部で14個だっけかな? それも全部二級以上だ」
「うそっ!? そ、そんなに・・・・・・」
「だ、だからどうしたっていうんだっ!?」
「わからねぇか? 要は出来る男って事だ。杉並の場合それが雰囲気に出ているし運動もバリバリ出来る。イケメンだし女の扱いも
分かってそうな感じだ。さて? アンタはどうかな?」
「ぐっ・・・!」
「まぁその代わり結構な奇人だが―――少なくともアンタよりはいい男っぽいな。大体そんな顔と体系でよく女にアプローチ掛けれるな」
「うっ・・・・」
何かパンチラ盗撮なんかしそうな野郎だし卑屈そうだしロクな男ではないだろう。オレとはまた別ベクトルなろくでなしだな、こりゃあ。
男は顔を怒りで顔を真っ赤にさせている。おいおい、ここまで挑発したんだ――――する事は一つだろう。なんの為にオレがお前に構ってやってるんだ。
「う・・ぁああっ!」
「ちょ、ちょっとっ!」
「―――――――やっと来たか」
男は余程プッツン切れたんだろう。やや目の焦点が合い過ぎている。周りなんか見えてないといった風だ。まぁ周りが見えていないのもオレも同じだ。
実はさっきからオレも切れてんだよ。冷静なフリをしていたがもう我慢が出来なかった。殴りかかられた時点でもうオレはこいつを半殺しにすると決めていた。
おそらく停学になるほどの騒ぎになる――――知った事では無い。半日だけ休むとさっきは言っていたが取り消しだ。もうこんな学校になんか居たくねぇ。
美夏が脇にいなきゃ詰まらないし、面白くもなんともない。そこまでして学業に励むなんて真面目でもないしいい子でもない。ぶっちゃけ・・・自暴自棄ってヤツだ。
「――――へぐぅ」
「お、おとうと――――」
「おらぁ、立てよテメェっ! ぶっ殺してやるからよっ!」
殴ってきた拳を掻い潜って頭突きを入れる。変な声を出してもんどりうって倒れる相手。だがそれだけではもちろん終わらない。無理矢理立たせて再度頭突き。
それで鼻の骨が折れたのだろう、血が勢いよく飛び散る。その光景を見てヒッと小さな悲鳴を上げる役員達。なんだよ、お前らだってオレの事が嫌いなんだろう。
だったらそんなトコにいないで来いよ。そう思いながら男の顔面に肘を入れる。血で濡れる服。それが更にオレを苛立たせた。
「ちょ、ちょっとやめなさいっ! もういいでしょうっ!?」
「も、もう勘弁し――――がァ」
「何が勘弁だよっ! 舐めるのも大概にしとけよテメェッ! ああっ!?」
そして更に脇固めを掛ける。形もクソもあったもんじゃない。あの路地裏の時よりも不格好だ。とてもじゃないが教えてくれたヤツには見せられない。
形が崩れている理由――――引っ込んでいた棘が飛び出した、ただそれだけだ。前のオレより抑えが利かなくなっている。誰でもいいから殴りたい。
「ぎゃ・・・ぁぁあああああああっ!!」
「汚ねぇ声出すんじゃねぇよっ! この屑がっ!」
「――――ハ」
脇固めで喰らわせて体を痙攣している男の顔面を蹴りあげる。そして意識を無くしたのか泡を吹いている男。脇で誰かが座り込む音がした。まゆきだった。
顔には男の飛び血がへばり付いている。そして生徒会のトップの役員という生徒を守る立場なのにその光景を呆けた目で見ている。なんだよ、だらしねぇ。
まぁアンタは杉並の彼女になるっぽいし何もしねぇよ。オレは友人思いの良いヤツだからな。オレの事止めようとしたらブン殴るのは決定事項だが。
「さて――――と」
「・・・え」
そして偶々オレと目が合った女子生徒がいた。運が悪いなぁ、こいつも。さっさと逃げてれば痛い思いしないで済んだのにな。
とりあえず思いっきり裏拳を顔面に叩きこんだ。そしてまた鼻の骨が折れる小気味のいい音がした。悲鳴を上げながら俯く女子生徒
「あーうるせぇよ、てめぇ」
「オ、オイっ! やめろぉ!」
「は――――」
女子生徒の髪を掴んで下に引きずり込む。ちょうどいいところに来たな、オイ。そして顔に膝を叩きこむ。髪を掴んでいるので倒れる事も出来ない女。
三回ぐらい蹴りを入れたのでもう意識なんか無くなったのだろう。人形みたいに脱力してしまった。髪を離すとドサッと音を立てて倒れてしまった。
うわぁ、マジでつまんねぇぞ。もうちょっと手応えある所を見せてくれよ。生徒を守るんだからよ。宗道臣が言ってたじゃん、力無き正義は無力なりってな。
辺りは思ったより血の海っぽくなってしまった。そりゃそうだ、みんな思いっきり血を流しているし。オレは掃除が大変だなと場違いな事を思っていた。
そして騒ぎを駆けつけたのだろう――――音姉と由夢がこちらに向かって慌てながら走ってきた。オレが起こした騒ぎを見ると顔をサァーっと青くした。
「な、なにしてるのよ・・・弟君」
「・・・・・・に、兄さん」
「あ」
「え?」
偶然――――由夢と目が合ってしまった。ああ、マズイなこりゃあ。体が勝手に動いちまう。オレは今とても冷静な顔をしているんだろう。
だがもう頭の中には殴ることしか頭に入っていない。今まではこんな事は無かった。絶対に頭のどこかでは冷静な部分が残っていた。残していた。
「ああ、由夢」
「な、なに?」
「ごめんな」
「・・・は?」
一応謝っておいたほうがいいのかもと思った。全然悪い気なんてしていないのにおかしい話だ。こうやって由夢の襟を掴んでいるっていうのにな。
由夢は何が起こっているのか分からないのかキョトンとした顔をしている。こいつやっぱり顔可愛いな、ぐちゃぐちゃにしちゃうけど。
そして足払いを仕掛ける。もちろん由夢は素直に倒れてくれた。昔から由夢は何気に素直だからな。さて、とりあえず腹に一発か。次に顔だな。
「・・・グッ!」
「ゆ、由夢ちゃんっ!?」
「に、・・・兄さん・・・やめ――――」
「大丈夫、一瞬だから」
そして顔を思いっきり蹴り上げようとして――――オレは後ろに転んでしまった。音姉がオレに体当たりを仕掛けてきたからだ。もんどりうって倒れる二人。
まぁこんなもんだ。冷静さを無くしたオレなんて。いくら年上とはいえこんなちっこい女に転がされるんだからな。情けないったらありゃしねぇ。
そして必死にオレの上に覆いかぶさっている音姉のコメカミに拳をめり込ませる。すぐに意識を飛ばす音姉。あんまり恥掻かすんじゃねぇよ、まったく。
しかしこの図はあんまり頂けない。男子生徒の上に覆いかぶさっている女子生徒という図だ。あんまり周囲に誤解されるのはアレなんで下から膝を突き上げてどかす。
「・・・グッ・・・ケホ、ケホ」
「・・・ね、姉さん・・・」
「生徒会長なのにそういう行動取っちゃダメでしょ」
そう言って腹を蹴り飛ばすと更にむせて咳をする音姉。しかしなんだな・・・もしかしてこれは家庭内暴力という奴か、一応。
確か野外でも通用するんだっけかこの法律。まぁ知ったこっちゃないけどな。そんな事覚えている頭なんてふっとんじまった。
「・・・くそっ!」
「あ?」
やけくそ気味にタックルしてくる男。というか逃げればいいのに・・・頭わりぃな。普通こんな状況みたら逃げるぞ。オレだったら見て見ぬフリをするね。
とりあえず頭を脇に挟んで思いっきり捻りあげる。そして一瞬で落ちる相手。は? 弱ぇ。つーか音姉以下ってどうよ? 転ばせるぐらいしてみろよ。
「・・・・・・義之くん」
「――――今度は、茜か」
「何してるのか・・・・・・な」
「う~ん――――失恋のショック?」
「・・・え?」
あぁ、茜が来ちまったか。よく見れば後ろには雪村や小恋もいる。このメンツで一番度胸がある茜が話しかけてきたってわけか。とりあえずオレは男の首を離した。
ストンと倒れる男の体。茜の所に行こうと足を歩かせるが男の体に足が引っ掛かってしまい転びそうになる。あっぶねぇな~、オレの親友の前で恥を掻かせるなよ。
そして思いっきり男の腹を蹴っ飛ばす。壁の方に転がってようやく止まる。そしてたまらず男の口からは嘔吐物が吐き出される。うわ、マジで汚ねぇよオイ。
後ろの二人は小さい声を上げて思わず後ずさりしていた。対してそれを見て多少顔を歪ませるが・・・一歩も動かない茜。さすがオレの親友だ。
「茜、オレ達親友だよな?」
「―――――――そうよ」
「すまないが止めて貰ってくれないか? なんか体があんまり言う事聞かないんだ。ぶっちゃけキレちまってるんだ」
「・・・・・・」
そう言いながらもオレは茜に歩み寄っていく。茜はさっきまで動揺していた――――筈なのにオレの目を見据えて毅然とした態度を取っている。
ああ、やっぱりコイツはいい女だ。
これだけの惨状を見ながら逃げない。由夢と音姉が後ろで苦しそうに膝まづいている光景からして知人でも容赦しないって分かっているのだろうに。
一歩、二歩――――駈け出した。オレは茜の方に向かって走っていく。もちろん蹴り飛ばす為だ。なのに茜は避けようとしない。おいおい、避けろって。
そして当然の如く茜の腹に助走の付いた膝が決まり―――――――オレは倒れこんでしまった。
あれ? なんで倒れてるのオレ? 立とうとしたが体が言う事を聞かない。まるで自分の体じゃないみたいに感覚が掴めない。
やっと手をついて頭を上げようとして・・・茜に頭を踏みつけられる。なんでオレがM役なんだよ。お前の専売特許だろソレ。
「反省しなさい」
「あ――――」
首筋にヒンヤリした感触がした。そして何か弾ける音がしてオレは気を失った。そうか、そうだよな・・・今の世の中物騒だもんな。護身武器ぐらい持ち歩くよな。
にしてもスタンガンかよ、初めて食らったぞオレ。まぁ何事も経験だ、これで耐性が付いたかもしれないし次からは食らっても一撃で倒れる事はないだろう。
何にしても―――――――起きた時、大変だわコレ。まずさくらさんに謝って・・・・・死ぬほど・・謝って・・・音姉・・と由夢にも・・・謝・・・・・・・・