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No.13098の一覧
[0] D.C.Ⅱ from road to road (ダ・カーポⅡSS、ブラック風味)  完結[「」](2012/07/13 21:01)
[1] 1話[「」](2009/11/16 18:38)
[2] 2話[「」](2009/12/09 15:32)
[4] 3話[「」](2010/02/11 02:32)
[5] 4話[「」](2011/01/23 01:32)
[6] 5話[「」](2011/01/06 22:41)
[7] 6話[「」](2009/11/16 18:39)
[8] 7話[「」](2009/11/16 18:40)
[9] 8話(前編)[「」](2009/12/15 23:25)
[10] 8話(後編)[「」](2009/11/16 18:40)
[11] 9話(前編)[「」](2010/10/25 19:21)
[12] 9話(後編)[「」](2010/02/06 04:03)
[13] 10話[「」](2010/09/26 02:08)
[14] 11話(前編)[「」](2010/02/06 04:06)
[16] 11話(後編)[「」](2009/11/16 18:41)
[17] 12話(前編) 暴力描写注意[「」](2009/12/06 03:17)
[18] 12話(後編)[「」](2009/11/19 00:23)
[19] 13話(前編)[「」](2009/11/18 02:03)
[20] 13話(中編)[「」](2009/11/18 21:09)
[21] 13話(後編)[「」](2009/11/20 15:36)
[22] 14話(前編)[「」](2009/11/22 03:43)
[23] 14話(後編)[「」](2010/10/26 02:40)
[24] 15話(前編)[「」](2009/11/26 02:48)
[25] 15話(後編)[「」](2009/11/28 17:12)
[26] 16話(前編)[「」](2012/03/30 23:48)
[27] 16話(後編)[「」](2009/12/01 17:13)
[28] 17話(前編)[「」](2009/12/02 16:41)
[31] 17話(後編)[「」](2009/12/04 00:38)
[32] 18話(前編) 暴力描写注意[「」](2009/12/06 03:16)
[33] 18話(後編)[「」](2011/01/06 23:00)
[34] 19話[「」](2009/12/11 03:06)
[35] 20話(前編)[「」](2009/12/16 15:06)
[37] 20話(中編)[「」](2009/12/17 13:13)
[38] 20話(後編)[「」](2010/10/24 00:17)
[39] 21話(前編)[「」](2009/12/22 16:44)
[40] 21話(中編) [「」](2010/10/24 02:12)
[41] 21話(後編) 暴力描写注意[「」](2010/10/26 23:38)
[42] 22話(前編)[「」](2010/01/01 03:13)
[43] 22話(中編)[「」](2010/02/11 17:16)
[44] 22話(後編)[「」](2010/01/09 09:45)
[45] 23話(前編)[「」](2010/01/13 03:19)
[46] 23話(中編)[「」](2010/01/20 01:53)
[47] 23話(後編)[「」](2010/02/03 17:12)
[48] 最終話(前編)[「」](2010/02/07 08:24)
[49] 最終話(後編) end[「」](2010/02/15 22:54)
[50] 外伝 ー桜ー 1話[「」](2010/09/14 18:16)
[51] 外伝 -桜― 2話[「」](2010/02/18 07:43)
[52] 外伝 -桜― 3話[「」](2010/02/19 03:44)
[53] 外伝 -桜― 4話[「」](2010/02/21 12:13)
[54] 外伝 -桜― 5話[「」](2010/10/26 23:42)
[55] 外伝 -桜― 6話[「」](2010/09/18 00:21)
[56] 外伝 -桜― 7話[「」](2010/10/05 01:46)
[57] 外伝 -桜― 8話[「」](2010/09/25 23:16)
[58] 外伝 -桜― 9話 暴力描写注意[「」](2010/09/29 02:54)
[59] 外伝 -桜― 最終話 end[「」](2010/10/07 16:40)
[60] そんな日々(前編)[「」](2010/10/08 03:02)
[61] そんな日々(中編)[「」](2011/01/08 17:03)
[62] そんな日々(後編) end[「」](2011/01/10 18:37)
[63] クリスマスDays 1話[「」](2011/01/25 23:56)
[64] クリスマスDays 2話[「」](2011/01/26 01:09)
[65] クリスマスDays 3話[「」](2011/01/29 20:48)
[66] クリスマスDays 4話[「」](2011/02/05 12:12)
[67] クリスマスDays 5話 暴力描写注意[「」](2011/02/12 19:49)
[68] クリスマスDays 6話[「」](2011/02/27 17:51)
[69] クリスマスDays 7話[「」](2011/03/07 00:08)
[70] クリスマスDays 8話[「」](2011/04/24 00:12)
[71] クリスマスDays 9話[「」](2011/06/02 02:21)
[72] クリスマスDays 10話[「」](2011/06/28 20:01)
[73] クリスマスDays 11話[「」](2011/06/17 00:39)
[74] クリスマスDays 12話[「」](2011/06/29 01:37)
[75] クリスマスDays 13話[「」](2011/07/18 20:34)
[77] クリスマスDays 14話[「」](2011/07/24 14:22)
[78] クリスマスDays 15話 (前編)[「」](2011/08/23 02:38)
[79] クリスマスDays 15話 (後編)[「」](2011/08/24 01:57)
[80] クリスマスDays 最終話(前編)[「」](2011/09/26 21:26)
[81] クリスマスDays 最終話(後編) 完結[「」](2012/04/14 16:53)
[82] turn around 1話[「」](2012/05/03 16:47)
[83] turn around 2話[「」](2012/05/04 03:50)
[84] turn around 3話[「」](2012/05/12 22:21)
[85] turn around 4話[「」](2012/05/20 21:42)
[86] turn around 5話[「」](2012/05/30 23:30)
[88] turn around 6話[「」](2012/06/16 17:18)
[89] turn around 7話[「」](2012/07/13 21:00)
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[13098] 20話(後編)
Name: 「」◆2d188cb2 ID:ca9a3abf 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/10/24 00:17






 「エリカ、今日はなんかご機嫌だよね?」

 「え?」


  休み時間の合い間に前に座っている子が話し掛てきた。イスを反転させ私の机の上に肘掛けて来る。

  最近はよくクラスの子と話すようになったと思う。前まではどこか壁みたいなものを感じていた。それは私が貴族だから仕方ないと思っていたが・・・・。

  みんなが言うにはここ最近の私は雰囲気が軟かくなったお陰で話せるようになった、という事らしい。自覚は無かったが確かに親しくなった友人は増えた。

  思い当たる節―――義之のおかげか。今の私にとって貴族云々の誇りよりも恋愛を重視している。きっとその影響だろうと私は考えていた。


 「なになに~? 何かいい事でもあったのぉ?」

 「え、い、いや別にそんな事は――――」

 「うっそだぁ~。なんか朝からニタニタしてたもんね、エリカ」

 「う、うそっ!?」

 「ええー! 気づいて無いのっ!? もう頬なんか緩みっぱなしでほくほくした顔なんかしちゃってたよぉ~!」

 「・・・・・・気付かなかったですわ」


  その原因―――義之の事だろう。昨日義之と結ばれた事は私にとってとても幸せな出来事だった。多分人生でこれ以上ないぐらいに。

  いや、もし結婚なんかしたらこれ以上の幸せが待っているに違いない。これ以上の幸福、考えただけでも脳がとろけそうだった。

  私の国に帰り二人で家庭を築き上げる。今の部屋で義之とダラダラ過ごすのも悪くは無いが、義之は上に行く人間―――ここで腐らせる訳にはいかない。


 「ほらぁ、またニタニタしてるぅ~」

 「あ、ご、ごめんなさいっ!」 

 「い、いや、別に謝らなくていいよ・・・・はは。エリカって本当礼儀正しいよねぇ」

 「べ、別にそんな事は・・・・・」

 「いやいや、謙遜しなくていいよ。なんたってお姫様だからねぇ、エリカは。最近は少し態度が柔らかくなったけどさ」

 「は、はぁ・・・・」

 「・・・・・・もしかして好きな人が出来た、とか?」

 「―――――――ッ!」

 「ええっ! うそっ!?」

 「それマジでっ!?」


  聞き耳を立てていたのだろう、その子の友人二人が私の席の方に駆け寄ってきた。私はいきなりの事態に硬直してしまった。

  こんな風に同世代とわいわい騒ぐ経験なんか無かったし恋愛話をした経験も無い。そんな私を置き去りに三人は勝手に盛り上がっている。

  きっとクラスのあの男の子がそうだとか、やっぱり先輩のあの人だとか好き放題に言っている。失礼な話だ。私は義之一筋だというのに。


 「で、エリカどうなのよ?」

 「・・・・え?」

 「だーかーら! 好きな人、いるんでしょう?」

 「・・・・・・・・・ま、まぁ」

 「えぇーやっぱり! で、で? 誰なのよその人は!?」


  何故か自分の事のように興奮して聞いてくる女の子。周りもそれに同調するかのようにどこか期待した目で見詰めてきた。

  私はそんな様子にため息を吐きたい気持ちを我慢しながらも迷っていた。義之の事を話してもいいのかと・・・・。

  私としては問題ない。義之が好きなのを公言してほぼ付き合っている状態だと言えば悪い虫がつくのを防ぐ事が出来るからだ。

  義之本人は自覚が無いようだが――――義之はモテる。それはもう人気ブランド店のバッグみたいにだ。最近はそれに拍車がかかっている。

  
  確かに義之は暴力者だ。男女関係なく手をあげ、そして徹底的に潰してしまう。この間の生徒会の一件でそれはみんなが知る事になった。

  しかし私達みたいな年頃は不良に憧れるものだ。そんな普通なら恐怖を感じて避けてしまうような人物印象が、女子の目にかかればフィルターが
 かけられてカッコよく見えてしまう。

  自分がその手に掛かるまで本当はそうでない事が分からない。義之の嫌いな人種の奴らだ。事実を受け止めないであれこれ勝手に自分の好きなように
 解釈してしまう。まぁ私達の歳はそういうものだ。クラスの女子を見てればそれが分かる。

  オマケにあのやぼったい態度がクールに見えるらしい。まったく、人を見た目で判断して好きだの何だの好き勝手言ってる様は見ていて気に喰わない。

    
  私が義之を好きだと言わない理由。簡単だ、義之がそれを嫌がるかもしれないからだ。今は大分マシになったとは言え本来は人嫌いの義之だ、あれこれ
 好奇の目に晒されるのは嫌がるだろう。

  好奇の元となるのは私。自分で言うのもなんだが私はとても目立つ存在だ。外国から来たっていうだけでも目立つのに『お姫様』という肩書き、そんな
 人物が恋焦れている対象となるとみんなの注目の的だろう。


 「ほーら、早く言っちゃいなさいよぉ~」

 「あ、あのですね・・・・その・・・・・」

 「ああっ! もしかして・・・・桜内先輩とかぁ~?」

 「――――――ッ!」

 「えぇ~何それっ!?」

 「友達がこの間エリカと桜内先輩が一緒に帰ってる所見たって言ってたの。エリカとあの不良の桜内先輩がなんて思っていたけれど・・・・今の反応
  見る限りじゃビンゴみたいね」

 「ええっ! ソレって凄くない!? あの桜内先輩と一緒に帰れるなんて!」

 「そうそう! ここ最近人が変わったみたいになって一人で帰ってたみたいだけど・・・・あの桜内先輩とねぇ~」

 「ああ・・・・羨ましいなぁ。密かに私も狙ってたけど・・・・エリカが相手じゃあしょうがないかぁ」

 「あ、あのっ、そ、それはですね――――」    

 「でもさ、よく考えれば結構納得いく組み合わせじゃない? どっちも顔はイケてるしぃ。それにお姫様と不良の人が惹かれ合う
  なんて・・・・ロマンチックだよねぇ」

 「ねーだよねー」

 「・・・・・・」


  何だか盛り上がってしまった。私はただ顔を赤くさせて俯いている事しか出来ない。だが恥ずかしい気持ちと共に、私はとうとう決心した。

  義之と私の仲をみんなに広めるチャンスだ。こうなったら義之には悪いがもっと広ませよう。幸いこの子達は私の味方のようだ、快くその手伝い
 を了承してくれるに違いない。

  義之は私と恋人になる事にまだ本気ではない。こうやって全校にでも広がれば否応なしに私と恋人になるしかないだろう。
 
  もちろん義之は他人の目線なんか気にならない。ある意味唯我独尊みたいな性格だ。そんな人達など一睨みして追い払うだろう。

  問題は―――天枷さんだ。私が思うにまだ義之の事を好きなんだと思っている。そんな人物には早々に義之の視界から消えてもらいたい。

  天枷さんはどうやら人見知りが少し激しいみたいだ。最初会った時にそんな印象を私は感じた。だからそんな噂の中、義之の事を好きだと言う度胸は
 無いだろう。ただでさえロボットという噂が広まってるぐらいだ。人目につきたくないに違いない。


 「・・・・そうですわ。私は義之の事が好きです」

 「やっぱり―――って、えぇ!? もう名前呼び捨てなのっ!?」

 「―――もちろん。義之も私の事をエリカって呼びますし・・・・この間も私の家に来て一緒に料理を食べましたの」

 「そ、そ、それってもう恋人じゃないのっ!? 彼氏彼女の関係じゃんっ!」

 「いえ・・・・それがまだなんですのよ。意外と義之は恥ずかしがり屋で中々付き合おうとする素振りを見せないの。あともう少しなんだけれど・・・・」

 「な、なんだか意外ね・・・・あの桜内先輩が恥ずかしがり屋なんて」

 「でもさぁ、ああいう風に悪ぶってる人って案外そういう所あるかもしれないよ? 人を遠ざけてるからそういうのに免疫がないとか」

 「なぁるほどね。恥ずかしがって中々告白出来ないと。エリカからは告白とかしないの?」

 「・・・・しました。けれどなんか今の関係が心地いいとか何とか言ってはぐらかされましたわ」

 「うっわぁ、それって要はキープみたいなもんじゃん。男としてはそれってどうかと思うよねぇ」

 「うんうん。好きなら好きで付き合えばいいのに。こんな可愛い彼女なら文句ないじゃない」

 「――――よし! 私達が手伝ってあげるよ、エリカ!」


  笑うぐらいに上手くいった。ここまでくればもう上手くいったも同然という感じだ。余計なお節介を焼きたがる人というのはどこにでもいるというもの。

  いつもなら煩わしいだけだが今は頼もしく見える。それから私は色々と義之との事を話した。間違って義之に「ちゃんとしなさいよ!」って言ったら目も
 当てられないからだ。顔を見事なまでに変形させて帰ってくるのがオチだ。

  義之は今悩んでいてかなり心がデリケートになっていると思う。ここはただ噂を広げるだけでいい。そうすればおのずと義之は私のモノになる。

  だから私は噂を広げてくれと頼んだ。本人達は少し納得がいかないようだった。もっと色んな事が出来ると言っていた。ばかな、そんな余計な事をされちゃ
 たまらない。せっかくここまでの仲に辿りつけたのにつまらない小細工のせいで義之が私から離れたらどうするつもりだ。

  顔には出さないでただそれだけでいいととにかく伝えた。最後には快く了承してくれて席に戻っていった。


 「どっちみち義之にはそれしか道がないんですもの。ただそれが早まっただけ―――ああ、早くちゃんと私の隣に来てくれないかしら」         

  ちゃんと恋人という関係になれば義之は絶対離れない。なんたって私がずっと隣にいるんですから。天枷さんみたいにスッと離れるなんて絶対しない。

  何言われたって義之の隣から離れない自信がある。だって―――義之は私の全てだから。貴族を捨てろと言われたら喜んで捨てるし、何言われたって
 苦痛じゃない。義之が望む事ならなんだってしてあげたい。

  短い授業間の休み時間も終わり先生が入ってくる。ああ、早く学校終わらないかしら。そうすればまたあの胸に飛び込めるのに。


























 「天枷さん、大丈夫?」

 「ああ・・・・うん、大丈夫だ」

 「それにしても最近元気ないよ、何かあったら言いなさないよね?」

 「・・・・分かっている、ありがとうな」


  そうして美夏は昼食のラーメンを啜る。沢井も多少は納得いかない顔をしていたものの弁当を再度つっつき始めた。

  こうして沢井と昼食を取るのは初めてじゃない。義之と別れて以来、こうして沢井は美夏の世話を焼いている。

  初めはいきなり美夏の所に来て義之の文句を言い始めた時は何事かと思っていたが、それから前にも増してよく話すようになった。


 「にしてもさぁ、アンタも勿体ない事したよね。あの桜内先輩を振るなんてさぁ」

 「・・・・む、うるさいぞ。黙ってこれでも食ってろ」

 「な、なにご飯の中にメンマ突っ込んでんだよっ! 私はメンマ喰えねぇっつーの!」


  そうして美夏の隣で騒いでいる外見の派手なヤツは前に義之が説教を垂れた例の女子だ。こいつとも義之と別れて以来の付き合いだ。

  義之の説教にどこか思う所があったらしく、美夏に結構話し掛けてくれる気のいいやつだ。まぁ、口が悪いのが玉に傷だが。

  大体は昼食をこのメンツで採っている。義之が傍にいない今昼休みをどう過ごそうかと思っていたのでこういう風に一緒に昼を過ごせるのは
 ありがたかった。


 「その話なんだけど・・・・天枷さん? もう一度桜内と付き合うきはないの? まだ好きなんでしょう?」

 「そうそう。そんな未練タラタラな顔してさぁ、ウザいんだけど」

 「・・・・・もう、終わった事だ。過ぎた事をあれこれ言ってもしょうがない」

 
  そう言ってラーメンをまた啜る。義之とやり直す―――考えただけでも悲しくなる。だってそれはあり得ない事だからだ。

  ムラサキの言っていた言葉は今だに美夏の心に突き刺さっている。傍にいても何も出来ない、確かにムラサキの言った通りだ。

  家事も出来ないし、これといった財力も無い。明らかにムラサキの方が何もかも上だった。悔しいが認めざるを得ない。

  好きという感情は負ける気がしないが・・・・全ては終わった事だ。ムラサキの傍に居た方が義之も幸せだろう。


 「大体さぁ、アンタが桜内先輩を振ったのってあのエリカ・ムラサキっていう金髪女が原因なんでしょ? 女の腐った野郎だな」

 「・・・・そうね。いくら桜内の事が好きとはいえもう少しやりようがあったと思うけれど」

 「いや、アイツの言っていた事は本当だ。私じゃ義之の傍にいても――――」

 「んなもん関係ないだろっつーの! 商社マンの取引先じゃねぇんだから損得なんか気にするなよ!」

 「しかし・・・・」

 「せっかくロボなんだからさぁ、ロケットパンチを打ちこんじゃえばよかったんだよ。戦闘用のロボットなんだから」

 「・・・・・美夏は普通のロボットだ。ロケットパンチなんか出来ないし空を飛ぶことも出来ないぞ。前に言ったろ」

 「あ? そうだっけ? どうでもいいから忘れちまったよ、あははは!」

 「・・・・・はぁー」


  最初にコイツが話し掛けてきた言葉を思い出す。いきなり美夏の席に来て「ロケットパンチ見せてくれない?」は衝撃を覚えた。

  それからは色々ロボットについて聞きだして、気が付いたら仲良くなっていた。親しくなった途端口調が悪くなったのはさすがに驚いたが。

  どうやら義之の前では猫を被っていたらしい。とんでもない女がいたもんだ。あの時は普通の可愛いお嬢様風に見えていたのに。


  義之と美夏が付き合っているのを知ったのは放課後に沢井が私のクラスに来た時だ。ちょうどコイツと雑談していた時に沢井がきたもんで
 成り行きで聞かせてやった。

  あっちこっちに吹いて回るタイプでは無かったし、義之の事で美夏を怨む様な性格でもない。まぁ・・・・友達だからいいかなと思えたからな。

  そしてその話を聞いて、コイツが問いかけてきた。なぜ別れたんだと。だから美夏は言ってやった、義之の事は大嫌いになったから別れたんだと。


  だがそれを聞いてもコイツ納得しなかった。しつこいぐらいに本当はそうじゃないんだろと言ってきた。まぁ、それほど美夏の思っている事が
 顔に出ていたのだろう。本当は違う、という表情が。

  そしてコイツは何を思ったのか美夏の携帯を取り上げた。茫然とする美夏。そして携帯からあのストラップを外して―――窓の外に投げようとしていた。

  それを見て咄嗟にコイツの手から美夏はひったくり返した。義之との唯一の繋がりを捨てられそうになった美夏。思わずコイツのことを睨んだ。

  コイツは睨まれて―――笑った。あざとい女だ。美夏が持っているストラップが義之から貰った物だとすぐに感づいたのだろう。


 「なんだ、まだ好きなんじゃん。案外面倒臭い女だったんだな、お前」


  それを聞いて思わずボディーブローをくらわせてしまった。「おふぅ!?」と悲鳴を上げて屈むコイツ。だけど顔はまだ笑っていた。

  そして洗いざらい喋ってしまった美夏。いや、本当は誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。二人は熱心に聞いてくれた。

  美夏が全部を喋ると―――二人は怒った。なんだそりゃあと。コイツなんかムラサキのクラスに行こうとしたので慌てて止めた思い出がある。  

  まぁ一応コイツには感謝している。コイツおかげでクラスからは浮いていなくて助かっている。クラスのリーダー格というのが地味に効いているらしい。

  クラスのリーダーが仲良くしているんだから私達も―――という空気は好きじゃないが・・・・まぁ別に困る事では放っておいた。



 「でも―――天枷さんに、その気が本当に無いなら・・・・無理にとは言わないけど」

 「何言ってるんですか先輩。明らかにまだ好きで諦めてないんですよ、美夏は・・・・なぁっ!」

 「――――――ッ!」


  そう言って私から携帯を取り上げる―――瞬間、私はソイツの手から慌ててひったくり返した。そしてストラップが大丈夫な事に安諸した。

  ハッとして前を見ると沢井と何やらこっちをみながらゴニョゴニョ話をしていた。思わず顔が真っ赤になってしまい俯いてしまう。

  なんで美夏がこんな仕打ちを受けなければいけないんだ。少し暗い感情が湧き上がってしまうのは当然の事だった。


 「まだこんなにも好きなんですから・・・・近いうちに金髪の所にでも特攻でも仕掛けるんじゃないですかね、美夏は」

 「そ、そうなの? 天枷さん」

 「い、いや美夏はそんな事しないぞっ! さっきも言った通り美夏は――――」

 「何言おうとまだ好きなんだよ、お前は。そしてそのムラサキって女もまだそのへんの事を疑っていると思うぞ」

 「な、なぜ分かるんだ・・・?」

 「金髪女は桜内先輩にかなり熱心になってるんだ、お前――彼女を別れさせようとするほどな。お前にその気が無くても・・・・またあっちから
  来る思うな、トドメを刺しに。聞いてるとそういう女っぽいしなぁ」

 「・・・・・・」

 「ちょ、ちょっと。あんまり天枷さんを不安がらせないでよ」

 「・・・・・はは、ごめんなさいね」


  そう言ってまた食事を再開する。空気を読んだのかもう別な話題で盛り上がっている。つくづく器用な奴だと思う。
    
  それしても――――ムラサキがまた来る、か。美夏にとってはもう顔も見たくない人物だ。なにせ義之を奪った人物、憎いに決まっている。

  もう一度あの顔を見たら・・・・何をするか分からない。確かに美夏が振ったのは事実だ。そしてその原因を作ったのがムラサキというのも
 事実。あのまま何も言わなければ美夏は義之と幸せになっていたに違いない。

  言いようのない感情が湧きあがる。確かに美夏は何も出来ないポンコツロボットだが―――それでも義之の傍にいたいとまだ思っていた。

  言葉をもっと交わしたいし笑顔も見せてもらいたい。そして、もっとキスをしてもらいたい。美夏は今だにそう思っている。

  なんにせよ、その時にならないと分からないな。まだ好きだと言ってしまうかもしれないし、また完全に言い説き伏せられるかもしれない。

  ただ言える事は――――義之の事は嫌いにならないという事だ。もし嫌いになれって言ってきたらブン殴ってやる。

  少しずつ元気が出てきたかもしれない。もしもうムラサキと義之が付き合っているなら諦めるしかない。凄く悔しいが・・・・諦めるしかないだろう。

  だが付き合っていなかった場合―――皮肉を言ってやるつもりだ。まだ付き合えてないのかと。義之に相手にされてないんじゃないかと。

  そして義之を返させてもらう。随分長いこと貸していたがそろそろいいだろう。美夏は優しいので返却日は過ぎたが追加料金は取らないでやる。


 「それ、喰わないならもらうぞ」

 「・・・・ってああぁ! なんでよりによってチャーシューを取るんだお前は!?」

 「だって嫌いなんだろ? 子供じゃあるまいし好きなものを最後に取っておくなんて言わないよなぁ?」

 「・・・っくっ! だ、だからお前はこれでも食ってろと言ったではないかっ!」

 「あーっ!? だからメンマは喰えねって言ってるじゃんかよっ! そんなに乗せるんじゃねぇよ、このタコ!」

 「ちょ、ちょっと! 静かにしなさい貴方達!」


  元気が出た要因、二人のお陰だ。もし一人のままならこのまま引いてしまっていただろう。ムラサキと義之が付き合うのを指咥えて見ていたに違いない。

  だがそうはならず、美夏は指なんか咥えなかった。咥えさせてもらうほど落ちぶれてもいなかった。ここまでコケにされたんだ、なんだかムカついてきた。

  何も出来ない―――確かにそうだろう。ムラサキと違って何も持っていない。裕福な暮らしを約束出来なければ将来の保障なんても出来ない。

  だが義之は美夏の事を選んでくれた。ムラサキからのアプローチもあったろうに私を選んでくれた。それが今になって大いなる自信となっている。

  ズズーッとスープを飲み干す。今度かかってきたらその綺麗な顔を泣き顔に変わらせてやる。今度はお前が泣く番だ。
















 「こらぁ! 待ちなさい杉並ィ!」

 「だ、・・・・だから・・・走るの速・・・」

 「はーはっはっ! そんなお荷物背負っては上手く走れまいっ! じゃあな、ま・ゆ・きっ!」

 「・・・・くっ! エリカ、もっとシャンとしなさいっ!」

 「む、無理・・・・で、す」


  そう言って私は走るのを止めた。そんな私になんか意にも介さずまゆき先輩と杉並はドンドン先に行ってしまい―――見えなくなってしまった。

  その場に留まり深呼吸する私。まったく、絶対あの二人はおかしい。私は別に運動が不得意って訳ではない。むしろ平均より上だと思っている。

  それにもかかわらず、あの二人は私がこんなにも息が切れているのに汗一つかいていない。もう別な世界の住人に違いない。


 「・・・・・・別な世界の住人、それは私か」


  この星では無い遠くの星から来た私。最初ここに来た時は留学する意味はあるのかと自身に問いかけた。

  確かに資源は豊富そうだし、文明もまぁまぁ発達している。だが前例があるとはいえここに来て何をすればいいかなど分からなかった。

  そして私は何を知恵や経験などにして祖国に持ち帰ろうかと考えた。国民の税で来てる以上そうしなくてはいけなかった。タダでは帰れない。

  
  だが私が見つけたのは知恵や経験すべきモノではなく―――愛する人だった。この身分や命を投げ出してもいいと思えるぐらい愛する男性だった。

  最初はなんだこの野蛮人はと思った。それはそうだ、いきなり人の胸を触ったのだから。いくら事故とはいえ許されるべきではない。

  そう考えていたが―――考えなくなくなった。考えられなくなってしまった。考える事はどうやったらあの人と幸せになれるかという事ばかりだ。

  ぶっきらぼうで粗暴で手が早くて女に少しだらしない人。けれど本当は人の事を思いやれて礼儀正しい所もあり思慮深くて・・・・私の事を好きな人。


 「・・・・絶対義之はここにいるべきでな無いわ。私と一緒の星に来て、私と一緒に暮らす。それが絶対義之の為になるわ」


  いっぱい勉強する事があると思うけれど義之ならすぐに学習するでしょう。要領なんか私よりもいいし何より―――カリスマがあると思う。

  小さな小粒みたいなダイヤだけど・・・・そこらへんの政治家の銀メッキに比べれば雲泥の差だ。そのダイヤを私の国で大きくする。

  そして私と義之は愛し合い、国きっての夫婦になる。気が早いだろうけど、どの道結婚するつもりでいる私。そこまで考えていなくては話にならない。

  兄もきっと気に入ってくれる。あの人自身したたかな所があるからいいライバルになりそうだ。


 「とりあえず今はまゆき先輩の事を追いかけなくちゃ・・・・」


  なんにせよ今は与えられた仕事をこなさなければいけない。これも立派な仕事なのだから。まぁ、まゆき先輩の足を引っ張っている感は否めないが・・・・。

  そう思ってまた駈け出した。なんだかまゆき先輩と一緒にいるだけで体力が増える気がする。事実増えたのだろう、だんだん走れる時間が短くなっていた。

  まぁ義之と本格的に付き合いだしたらこんな事は辞め―――――

  
 「うわぁっ!」

 「きゃっ!」


  と考え事をして曲がり角を曲がったら人にぶつかった。なんて事だ、この私が生徒に怪我させるなんて・・・・。

  すぐに安否を確かめようとして―――差し出した手を引っ込めた。手を出す必要なんてない。だってロボットなんだから多少の怪我は大丈夫だろう。

  そしてその女の子―――天枷さんは私を睨むように立ち上がる。


 「・・・・危ないな。廊下は走るもんじゃないぞ」

 「ええ、知ってますとも。でもよかったですわ、人にぶつからなくて」

 「どういう意味だ?」

 「ロボットでよかった、という意味ですわ。というかまだ学校にいたんですの? てっきり退学になってるもんだとばかり―――――」

 「じゃあな、ムラサキ」


  そう言って脇を通り過ぎる天枷さん。正直イラっときた。きっと義之を奪われている事を根に持っているのだろう、そうに違いない。

  だから通り過ぎる前に腕を掴んでやる。聞きたい事は山ほどある。まだ義之の事が好きなのか? まだ諦めていないのか? まだ学校にいるのか?

  そして振りかえった天枷さんの顔、皮肉気に笑っていた。どうやら私がこんな真似をすると分かっていたらしい。かなり――――頭にくる笑みだ。


 「・・・・一緒に来てくれませんこと?」

 「どこへ? そろそろ昼休みも終わりなんだが・・・・」

 「―――――いいから」


  だから腕を引っ張って校舎裏を目指す。別に屋上だっていいがあそこには昼休みを満喫している学生が居るかもしれない。だから校舎裏にした。

  天枷さんの事については対策してある。学校中に私と義之の噂を流して天枷さんが出て来れるような状況を作らない。そうすれば私は義之と付き合える。

  そう考えていたが――――天枷さんの様子を見る限りじゃそうは思えなくなっていた。あの屋上で目にしたような負け犬のような目をしていなかった。

  それはおかしい。義之と離れ離れになりロボットという噂が広まり孤独になっていた筈。事実、結構浮いている存在になっているという話を聞いた事がある。

  それなのに―――なぜか初めて会った時みたいに元気な天枷さん。分からない、なぜこんなにも普通なのだろうか。


 「ん? おーい美夏。そんな金髪お姉ちゃんとどこに行くんだ?」

 「お? おお、お前か。ちょっと訳ありでな。すまないが先生には少し遅れると伝えてくれ」

 「―――――なるほどね。まぁ気張ってきてくれ。ほどほどに」

 「・・・・・ああ、それじゃまた後でな」

 「ういうい」

 「・・・・・・」


  どうやら友達はいたらしい。まぁ、そんな事は些細な問題だ。重要なのは義之との事だけ。天枷さんが義之の前からいなくなるかどうかだけだ。

  もう悠長な事は言っていられない。幸いにも私は生徒会役員だ。いざとなれば強引にでも天枷さんを学校から追い出そうと思っている。

  義之の目の届く範囲に置いていては駄目だ。そうでないと・・・・そうでないと駄目だ。私はとにかくそう感じていた。


  そして幾分か歩いて校舎裏に着いた。もう昼休みも終わりという時間だけあって人っ子一人いない。話をするのには絶好の機会と言う訳だ。

  天枷さんの腕を離して正面に構える。天枷さんは腕を痛そうに擦すりながらも私の目を見据えた。なんて生意気な目だろう、よく義之の彼女になれたものだ。

  とりあえず私は天枷さんに問いかける。勿論義之の事をどう思っているかについてだ。


 「天枷さん、お聞きしたい事があるんですけれど」

 「なんだ?」

 「義之の事、まだ好きなのかしら? まぁ冗談にしてもそうとは言えないわよね。なにせ義之の事を振ったのだから」

 「・・・・・・・」

 「それに今は私が傍についているし義之もそれに満足している。ゆくゆくはちゃんとした―――――」

 「寒いな」

 「・・・・・・・・なんですって?」


  私は怪訝な顔で天枷さんの顔を見やる。そんな私の視線を意に介していないのか周りをキョロキョロ見回している。

  何をやっているんだこの子は。ちゃんと私の話を聞いていなかったのか。そんな思いが私の胸をよぎる。

  
 「今の気温が、だよ。ムラサキは寒くないのか? 美夏なんか寒くて今にもAIチップが凍結しそうだ。出来るだけ話は早く終わらせてくれ」

 「―――――ッ! ふ、ふんっ! ええ、そのつもりですわよ。天枷さんが凍結して故障しちゃいくら私でも困りますものね」

 「・・・・はぁはぁ」


  本当に寒いのか―――手に息を吹きかけている天枷さん。多分だが、私は舐められているのだろう。言葉に出さなくても分かった。
  
  だがそんな余裕もこれまでだ。もう私は決めた。もう徹底的に押しつぶしてやる。泣いても許さない。自分から学校を出て行くように差し向ける。

  この決定は覆らない。当り前だ、ここまでコケにされて黙るような私では無い。私はあの事を話す事に決めた。


 「まだ義之の事を好きなら諦めた方がいいわよ。少しの期間でも義之と付き合えたのだから満足でしょう? いいえ、満足に違いないわ」

 「・・・・・・」
 
 「――――ねぇ、天枷さん? いい事を教えてあげましょうか?」

 「・・・・・?」

 「私ね、昨日・・・・義之に抱いてもらいましたの」

 「―――――――ッ!」


















  



 
 「私ね、昨日義之に抱いてもらいましたの」


  その信じられないような言葉に私達は驚いてしまった。


 「ってえええええっ! ま、ま、マジでっ!?」

 「こら、まゆき。静かにせんか」

 「そうですよまゆき先輩。静かに――――ってえええええっ! あ、あのバカっ! 何やってるのよっ!」

 「・・・・俺一人で来た方がよかったのかもしれないな」 

 
  そう言ってため息を吐く杉並君。なによ、そっちから誘ってきた癖に。「なにやら不穏な動きがあるからついてこい」って言ったからついてきたのに。

  それにしてもあのバカ義之君はエリカちゃんの事を抱いてしまったらしい。確かに雰囲気に流される所はあったが――――何やってるのよ、義之君は。

  そんなんじゃ救われるモノも救われないってぇのに・・・・! 自分から可能性潰しちゃってどうするのよぉ!


 「花咲よ、爪を立てて腕を掴まないでくれるか? 正直痛いのだが」

 「す、す、杉並っ!」

 「・・・・なんだ、まゆきよ」

 「え、えらい修羅場に来ちゃったじゃないっ! ってか何っ!? 弟君てそんなに裏で女遊びしてたのっ!? それもあのエリカをだ、抱いたって・・・・!」

 「来ちゃったも何もお前が勝手についてきたのではないか。『アンタ達どこへ行く訳? 私が着いていっちゃマズイ所? ふふ』ってな」

 「こ、こんな所見たくて来たわけじゃないのよっ! まるでデバガメみたいなもんじゃない私達っ!」


  そう言って喰い入るようになりゆきを見ているまゆき先輩。まゆき先輩も結局女の子という事だろう。他人の恋路は見ていて楽しいもんなぁ。

  私はここにまゆき先輩が居る事に関してはあまり肯定的ではない。何はともあれここにいるのは色々な諸事情を知っている人物でなければいけないと
 思っているからだ。あまり部外者にここに居て欲しくない。

  だが杉並君の言いたい事は私には分かっている。もしあそこで連れて行かなければ色々面倒な事になっただろう。

  それを避ける為にあえてこっち側に連れ込んだ杉並君。まぁ判断は間違っていないと思うが・・・・あまりいい気持ちはしない。

  杉並君とは前に一回義之君の事について話し合った事はある。話といっても大したことはなく、これから義之君はどうするんだろうなぁという話だ。

  何だかんだ言って杉並君も多少は心配になっているらしく、義之君や天枷さんの事を監視―――もとい見守っていた。


 「だったら帰ればいい。まゆきは部外者だ。別にここに居なくてもいいのだぞ?」

 「あ、あんた達だってそうじゃない・・・・!」

 「俺達はもう巻き込まれている。だから事の成り行きを見守る義務があるのだ。そうだろ、花咲?」

 「――――そうね。なによりあの二人が一緒にいて無事じゃ済まないもの。絶対何かあるに決まっているわ」


  そう、無事で済む筈がない。天枷さんにその気は無くても、どうやらエリカちゃんにはその気があるらしい。随分ケンカ腰の目をしている。

  もうドップリ義之君にハマっているようだ。少しでも自分の恋路に危険のある人は容赦しないって感じ。前に見た時より随分悪化していた。

  しょうがない、か。好きな人に抱かれたんだから。それはもう有頂天になる気持ちも分からんでもない。もし私が義之君に抱かれたかと思うと―――

   
 「・・・・・・花咲よ。お前は俺の腕に何かしらの恨みがあるようだな。更に腕に力が籠っているのだが・・・・」

 「・・・・・・・・」

 「え、なに。どうしたの花咲?」

 「ふむ。花咲も見ていて何か思う所があったらしい。なにせ花咲も――――ぐぉっ!?」

 「友達です」

 「え・・・・」

 「友達だから心配してるんです。私は義之君の友達だからその好きな人が危ない目にあわないか心配なんです。ねぇ、杉並くぅん?」

 「そ、そうだな・・・・あ、あーっはっはっは」

 「・・・・・?」


  何か余計な事を言おうとしたので杉並君の腕を潰した。まったく、いつも杉並君は変な事を言いだすんだからぁ。参っちゃうわぁ。
 
  私は義之君の友達だ。向こうもそう思ってかなりの信用を私に置いているのは分かる。その信用を裏切ってはいけない。何せ―――親友なのだから。

  間違っても求めてはいけない。義之君にはもう好きな人がいるんだからそれを邪魔してはいけない。それはもう私の中で既に決着がついている事だ。

  だから・・・・私の分まで天枷さんには頑張って欲しい。そんな女の子になんか負けないで欲しい。義之君の横には貴方がきっとふさわしいのだから・・・。
































 「だから天枷さん? 義之を求めた所で所詮無理な話ですわ。だってもう体を重ねた関係なのですから、ね」

 「―――――――そう、か」

 「ええ。だからもう義之にはつき纏わないで頂戴ね。義之、とても優しい人物だから要らぬ情を貴方にかけてしまうわ。それはとても残酷な事よね」

 「・・・・・・・・」


  もう、一安心だ。天枷さんは下を俯いて黙ってしまっている。おそらくあんまりな事実に茫然となっているに違いない。

  それはそうだ、好きな人が別な女性と体を重ねている。天枷さんからしたら死刑宣告を受けた様なものだろう。

  だから一安心だ。もう天枷さんは私達の邪魔となるような危険人物では無くなった。ただのそこいらの一学生でしかなくなった。

  残る危険は義之が何かの間違いで天枷さんにアプローチする事だけだが―――それは無理だろう。だって私がずっと傍にいて見ているのだから。

  そんな真似をしでかしたらもう許さない。本当に死ぬまで自分を傷付けてやる。義之には自身が傷付くよりさぞや堪える事だろう。

  だが許しはしない。そうしていっぱい心が傷付いて私しか見れない状況にしてやる。そうすればもうそんな気は起きなくなるだろう。


 「話はここまで。でも天枷さん? 私は応援していますわ・・・・貴方に新しい恋が訪れること――――――」

 「ゆくゆくは・・・・・・・」

 「・・・・はい?」

 「ゆくゆくは・・・・何と言おうとしたのだ?」

 「何をつまらない事を。ゆくゆくはちゃんとした恋人になる、と言おうとしたのですわ。義之はとても優しい人物でね、まだ貴方が傷心中か
  どうか気にしてまだ付き合う気はないらしいの。でも安心してくださいな。義之の事は私が責任もって――――――」

 「一週間」

 「・・・・・・・・はい?」

 「私と義之が別れてからもうそれくらい経った。長かかったような気もするし短かったような気もする。てっきりお前の事だから付き合っている
  もんだとばかり思っていたが・・・・なんだ、結局いわゆるエッチ友達程度に収まっただけか」  

 「・・・・・いくら天枷さんでも言っていい事と悪い事が――――」

 「ちなみに美夏が告白した時は側OKだったぞ。その場でのキス付きでな。いやぁ、こいつはとんでもない色男に引っ掛かったもんだと思ったが
  悪くは無かった。なぁムラサキ――――しつこい女だと誰かに言われた事ないか?」

 「だ、黙りなさいっ! あ、アンタなんか絶対に義之と合わないんだからっ! 義之もたまたまその場の雰囲気に流されただけよっ!」

 「そういう所は否定できないな。あいつ、案外流されやすい所がある。頭が痛くなる問題だ。それよりいいのか? 口調が少し乱れてきたぞ?」

 「だ、黙りなさいって言ってるのが聞こえないのっ!?」


  そう言って私は天枷さんの頬をビンタした。大体ロボットの癖に生意気なのだこの子は。この私に意見するなんてもっての他だ。

  私は王族で最も権力を持った立場にいる人間だ。そんな私と居る事が義之の幸せなんだ。それに間違いはないと思っている。

  愛し合った挙句それが手に入る。義之にしてみれば何も問題はない。こんな出来そこないのロボットにいるよりは全然いい筈なのだ。

  なのにこいつはまるで義之の彼女の様に喋ってくる。気に喰わない。義之の彼女になるのはこの私だというのに。


 「・・・・何を不安がっているんだ、ムラサキ」

 「だ、だれが不安がっているというのよっ!? い、いい加減な事を言わないで頂戴っ!」

 「――――そうか、焦っているのか。こんなにもアプローチしてくれているのに振り向いてくれない。体は貰ってくれたけど肝心の心は
  貰ってくれない。なぜだろう? あげれるものはあげたのになぜ振り向いてくれないのだろう? なんで私をちゃんと見てくれないの
  だろう? まぁそんな所か、お前の場合」

 「だ、黙れって言ってるでしょっ!? こ、このポンコツロボット!」

 「段々言う事が幼稚になってきたな、ムラサキ。もう冷静に悪口言えない程テンパっているんだろう。本当の事を言われて段々頭の回転が
  遅くなってきているのが分かる。おまけに今度は私がいい事を教えてやろう。義之は女たらしの様に見えて軸はちゃんとしている。
  お前は『好き』とは言われても『愛している』とは言われた事がないだろう?」

 「―――――――ッ!」

 「それはそうだ。本当にかけがえのない人にしかその言葉を使わない筈だ、アイツならな。もちろん美夏は言われた事があるぞ。
  さて、ムラサキは言われた事があるのか? 愛していると。そして将来の夢をアイツの口から聞いた事があるか? 無い筈だ。
  だってその夢は美夏がいなければ成立しない夢なんだからな。お前は好きな男の将来を奪ったも同然、という訳だ」

 「だ、黙れぇぇっ!!」


  今度は平手じゃなく拳を握りしめて殴りつける。思わず吹っ飛んで壁に体を叩きつけられる敵。ざまあない、いい加減な事ばかり言うからだ。

  そして更に追い詰めようとして、何かを踏んだ。足元を見ると相手の携帯がある。そしてソレにはなんとも高そうなシルバーアクセが――――

  明らかに相手の趣味のモノじゃない。こんなモノを送る相手――――あの人しかいない。そんな物をまだ大事に持っていたのかこの女は。


 「いっ・・・・・たたた」

 「・・・・・・随分いいストラップね。センスも中々素晴らしいモノだわ」

 「ん・・・・あっ!」

 「こんなモノがあるから。義之の事をまだ諦めきれないのね。かわいそうに・・・・」

 「や、やめろぉ!!」


  ブチっとチェーンを引き千切る。シルバーだから中々手こずると思ったが案外あっけなく引き千切れた。さすがにトップはどうも出来ないが別にいいだろう。

  鎖がバラバラと引き千切れた。まるで義之と天枷さんの線が切れたみたいに。それがとても愉快で私は思わず笑ってしまう。笑わずにはいられない。

  また引き千切られたチェーンを慌てて集める相手の女の姿が更に笑いを誘う。もうそこまで見事なまでにバラバラになったんだから何しようと無理だというのに。

  その眼前で、極めつけに手に残ったトップを落として――――踏みつけた。捻りも加えてやる。そんな私の姿を天枷さんは茫然とした目で見ていた。


 「あはは、どうしたの天枷さん? ぷっ・・・・そんな茫然としちゃって、まるでロボットみたいね」

 「・・・・・・・」

 「ああ、失礼。天枷さんはロボットでしたわね。まぁ、かくあるべき姿に戻ったという所かしら?」

 「・・・・・・・」

 「そんなストラップをあげる義之も義之ですわ、まったく。そんなものをくれるなら私に一つぐらいプレゼンをくれてもいいのに」

 「・・・・・・・」

 「まぁ、私は義之のくれるものだったら何でも――――――」


  ゴンッという鈍い音と共に私の顔面は弾き飛んだ。その勢いに負けて派手に後ろに倒れ込む私。一瞬何がなんだか分からなかった。

  そして鼻先に感じる生温かい感触。手で触ってみる。生まれて数えるぐらいしか見たことが無い赤色。血が流れていた。

  少し身を起して前を見る。天枷さんが拳を振り抜いた状態で立っていた。そしてそこで初めて私は気づいた。ああ、殴られたんだと。


 「痛いですわよ、天枷さん」

 「・・・・・・・・・・こ、この」

 「これはもうれっきとした暴力事件。ますます学校に居られなく――――」

 「この、このぉ――――うわぁぁあぁぁああっ!」


  馬乗りになって何回も私の顔を殴る天枷さん。ああ、顔は止めてほしいものだ。義之が綺麗と言ってくれたこの顔に傷は付けたくない。

  腕で防御してもあまり意味がなかった。まぁ、当然ですわよね。こんな素人がいくら防御したってたかがしれてますもの。でも何回も鼻を狙うのは
 ちょっとした恨みを感じますわね。折れたらどう責任とってくれるのでしょうか、まったく。

  そしていつの間にか杉並と花咲先輩、まゆき先輩が駆けつけて来ていた。おそらく私達のやり取りを見ていたのだろう。悪趣味にも程がある。

  杉並と花咲先輩が天枷さんを押さえつけてまゆき先輩が私の体を起してくれる。正直助かった。あのままでいたらやり返す暇がなかった。


 「美夏嬢っ! 落ち着けっ!!」

 「天枷さんっ! お、落ち着いてっ! お願いだからっ!」

 「は、離せえぇぇっ! あ、あ、あの女殺してやるっ! よ、よくも義之からもらったストラップをっ!」

 「だ、大丈夫エリカっ!?」

 「・・・・・・・・・・・」

 「・・・・え、エリカ?」

 「・・・・・・ストラップぐらいでガタガタ騒いじゃってまぁ」

 「な――――」

 「そんな物・・・・後でいくらでも買えるでしょうがぁぁっ!」    

    
  私は駈け出して頭から突進した。もちろん狙うは顔面。私の顔を傷付けた罰だ。どうしてくれるんだ、これでは義之に綺麗な顔を見せられないではないか。

  だから思いっきり倒れた天枷さんの顔を踏みつける。別に顔のどこだっていい。要は顔に当たるかどうかが重要なのだ。出来れば鼻っ柱に当たって欲しい
 ものだが。そうすれば私の綺麗な鼻を傷付けた代償としては成り立つ。

  慌てて杉並達が取り押させてくるがもうどちらも止まらない。あたりまえだ、両者とも今までに溜まった鬱憤を爆発させているのだから。


 「は、花咲っ! 桜内を呼べっ!」

 「え、なんで――――」

 「桜内を呼ばない事にはこの騒動は収まりはせんっ! いいから早く呼べっ!!」

 「――――ッ! わ、分かったわっ!」


  何やら周りが騒がしいが関係ない。もうお互いの事しか目に入っていないのだから。思う存分相手を殴りたい一心でいっぱいだった。

  ああ、なんで周りはこう必死になって止めるのだろうか。おそらく天枷さんも同じ風に思っているに違いない。はっきりいって煩わしくてしょうがない。

  手が届かないのならせめて足をと伸ばすが中々上手くいかない。ケンカ慣れしていないからこんな風に簡単に止められてしまう。

  義之ならこんな時どうするのだろう。案外人を倒すのは難しいものだ。すぐにこうやって止められてしまうから結局は決着がつかない。

  なのに義之は生徒会の一件の時あれほど暴れまわった。もしかしてケンカは結構頭を使うのかもしれない。なんだ、義之ってやっぱり頭がよかったんだ。

  そんな場違いな事を思いながら天枷さんを殴りつけようとするが、まゆき先輩に止められる。何回も肘を頭に当ててるのに強情な先輩だ。離してくれない。

  天枷さんも同じようでなかなかこちらに来れないでいた。初めてこんなに意気投合しているのになかなか思い通りにいかないものだ。

  
  そんなやりとりはしばらく続いた。そんな収まらない騒動が収まったのはその約十分後だった。その場に聞こえた私と天枷さんの好きな人の声。
 それが私達を冷静な感情に戻した。


  

    



















 「なにやってんだお前らっ!」

 「―――――――ッ!」

 「よ、義之・・・・」

 「・・・・桜内よ、少し遅いぞ」 

 「いたたた、お、遅いよっ! 弟君っ!」


  校門前で待ってくれていた茜に連れてこられた現場は壮絶なものだった。美夏とエリカは顔を真っ赤に染め上げていた。

  おそらく顔面を殴り合うなりしたのだろう。拳が切れていて血が流れている。押さえてくれていた杉並とまゆきも顔に痣を作っていた。

  なんでこんな真似をこいつらが・・・・。だがいつまでも呆けていられない。オレは――――美夏の所に駈け出した。


 「よ、義之っ! 私は――――」

 「大丈夫か、美夏っ!?」

 「私は別になんとも・・・・・・・って、あれ?」

 「・・・・別になんともない」

 「いいから顔を貸してみろ」

 「・・・・・・あれ? よ、義之?」

   
  エリカが何か言った様な気がするが気にしていられない。今は美夏の治療の方が先決だった。ティッシュで美夏の顔を拭いてやる。

  思った以上に出血が酷いだけで外傷はそんなんでもない。オレは少しばかり一安心した。失明でもされてたらたまったもんじゃない。


 「鼻を動かすぞ。どうだ痛くないか?」

 「・・・・少し痛いぞ」

 「だが折れていないようだ。まったく無茶しやがって」

 「うっ・・・・」


  そう言ってデコピンをする。なんとも恨めしい視線を送ってくるが元気な証拠だ。久しぶりにみた美夏の顔が血で染まっていて驚いたが、まぁよかった。

  そして後ろを向く。そこにはまたしても顔が真っ赤なエリカの姿がある。どっちも無茶しすぎだ。女でここまで殴り合うのなんて見た事が無い。

  なんにしても――――エリカを放っておくわけにはいかねぇな。いくら別れを決別すると決心したとはいえ・・・・まぁオレを想ってくれている女性だ。

  大方ケンカを仕掛けたのはエリカなんだろうが、なぜか怒れないでいた。原因がオレだからだ。オレさえいないければこんなケンカなんかそもそも無かった。


 「・・・・・よし、ゆき・・・・?」

 「まったく・・・お前も無茶をし過ぎだ。ほら、顔を貸してみろ。鼻が折れて無いかチェックする」

 「あ――――はは、よ、よかったわ。まるで私の事に気付いて無いみたいに無視するんですもの・・・・ちょっと驚きましたわ・・・」


  どこかホッとした様に笑みを浮かべるエリカ。オレはそんな彼女に近づこうとして――――止まった。止まらざるを得なかった。

  なんだってそこに・・・・踏みつけられたような感じでストラップが落ちているんだ。それはオレが美夏に最初にくれたプレゼントの筈。

  そんなオレの視線に気付いたのか、慌てて弁明をし始めるエリカ。オレはとりあえずその言葉に黙って耳を傾けた。


  まぁ・・・・大体は想像は付いているけどな。


 「あ、え、ち、違うのこれはっ!」

 「・・・・・・・・」

 「こ、これはね、たまたまというかなんというか――――そうっ! たまたま天枷さんともつれ合った時に切れちゃって・・・・」

 「もつれて切れているようには見えないな。明らかに誰かが作為的にブチ切ったんだろう。なぁ、エリカ」

 「な、なんでそんな事が分かるのよ・・・・・」

 「見ればあちこちにチェーンが飛び散っている。両手で左右に引っ張ったんだろうな、これは。それで勢い余ってチェーンが飛び散るように散らばった。
  そしてエリカの足元に落ちているトップは明らかに踏みつけられた跡がある。これはもう、悪意が見え隠れするやり方だな、おい」

 「・・・・・・・・」

 「エリカ、正直に――――」

 「よ、義之は私より天枷さんの方が大事だというのっ!?」

 「・・・・いきなり何を――――」

 「わ、私の事が好きなのよねっ!? だって体を重ねたじゃないっ!? も、もちろん私を選ぶわよねっ!?」

    
  ・・・・・もう支離滅裂だ。話がまるで通じていない。おそらくエリカの頭の中はもうそれしか考えられないのだろう。

  まるで子供が叱られて必死に言い訳する様に見える。そんなエリカを見て――――オレは迷っている。

  次会った時は別れを言おうと思っていた。心に決めた事だし、別れるのはもう変えられない決定事項だ。


  だが・・・・このタイミングで言っていいものか。エリカが落ち着いてから話した方がいいのではないのか? そう思ってしまった。

  けれどそうした場合、結局言えず仕舞いになるのは分かりきっている。今までがそんな感じだった。おそらく次もそうなるだろう。

  そうやってずっと痛い目を見てきたオレ達。そして今、情けない事に別れの言葉を言えない自分。くそっ、今言わないで何時言うんだよっ!


  自分を再度叱咤して檄を入れようとした、その時――――手をギュっと握られる。見れば美夏がオレの手を握っていた。思わずオレは美夏の目を見詰める。


 「な、なにこんな時に手なんか握っているのっ!?」

 「義之」

 「・・・・なんだ」

 「義之の思った通りにすれば、いいと思う」

 「・・・・・・・・・」


  ため息を吐く。少しばかり鈍っていた決心が再度固まる。美夏は別に自分を選んでくれとは言わなかった。

  ただオレの好きな通りにすればいいと言った。オレの好きなように・・・・オレが好き・・・・オレが本当に好きな子、それは――――


 「き、聞いてらっしゃるのっ!? その手を――――」

 「なぁ、エリカ」

 「な、なにかしら義之? あ、もしかしてやっぱり私を――――――――」










 「今までありがとうな、こんなオレに付き合ってくれて。そしてさようならだ。もうお前とマトモに話す事はないだろう」










 「・・・・・・・・・・・・・・・・は?」


  あまりにも身勝手な話だ。好き勝手にエリカを振り回して最後にこの仕打ち。多分オレは天国なんかに行けないだろう、行くべきではない。

  だってエリカに別れを言ったオレ――――後悔の気持ちなんかまるでない。握られた手がエリカよりも・・・・とても幸福に感じるのだから。

  完璧な別れ。もう話す事は無いだろう。茜みたいに友達としてやっていける訳でもない。エリカがそれを否定したからその道はもう無い。

  だからもう話す事は無い。友達でもなければ恋人でもなんでもない。ただの顔見知りだ。会ったら挨拶はするだろうがその程度。

  情が交わる事は今後ない。他人とは言えないが親しい人の距離でも無くなる。そんな間柄になるだろう。


 「・・・・・・・は、はは」

 「顔を貸せ。なんにしても怪我はないか見ておく」

 「あはは・・・・ね、ねぇ義之? 冗談よね? そんな冗談ばかり言ってるとね、嫌われちゃうわよ?」

 「本当だ。やっぱりオレは美夏の事を愛している。今更だと思うかもしれないが」

 「う、嘘よそんなの・・・・だってついさっきまで私達は何もかも上手くいってたじゃない・・・・・」

 「元はと言えばオレのどっちつかずの態度が原因だ。許してくれなんておこがましい事は言えない。ただ―――憎むならオレだけにしてくれ」

 「な、なんで私が義之の事を憎むのよ・・・・。ほ、ほら、義之、帰りましょう、私の家に。そしてまた続きでも――――」

 「悪いが浮気はもう出来ないよ。今度したら本当に美夏に殺されちまう」

 「浮気って・・・・何を言ってるの、義之は? 義之は私と一緒になるんでしょう? そして私の国に来て、私と結婚して・・・・」

 「前にも言ったが、その隣はオレでは無い。オレよりもお前に相応しい相手が現れる」

 「・・・・義之よりも相応しいって何よ。私は義之がいいのよ・・・・義之じゃなくちゃ駄目なの・・・・義之が傍にいなければ駄目だというのに」

 「ごめんな、エリカ」

 「――――――駄目よ。認めないわ」


  そう言ってオレから距離を取るエリカ。そしておもむろに――――手首の包帯を取った。露わになる惨い傷跡。まだ完治なんかしていない。

  息を呑む周りの奴ら。そしてすぐ気付いただろう、その傷跡がリストカットによるモノだと。オレに見せつけるようにその傷跡を見せるエリカ。

  エリカはその手で―――傷口を抉った。途端に血がポタポタ流れ出す手首。あの時ほどでは無いが十分オレに見せつける形になっただろう。


 「え、エリカっ! あんた――――」

 「まゆき先輩は黙っていて下さいな。ねぇ、義之? 前にも言ったけど・・・・私から離れるというのなら死ぬわよ」

 「ば、ばかぁ! な、何やってるのよエリカちゃんっ!?」

 「何って・・・・義之を引き留めてるんですのよ。義之は昨日私が手首を切った時、それはもう必死になって私を助けてくれましたわ。
  それだけ私の事を好きという事。今こうやって抉っているのはそれを思い出させる為。何かの間違いで気が違っている義之の目を覚ま
  させなくちゃいけないの・・・・」

 「・・・・眼の前で手首を切られれば誰だって必死になってその人物を助ける。それが分からないエリカ嬢ではあるまい」

 「ふふっ、何も分かっていないのですわね杉並は。それはあくまでも一般論でしょう? 義之と私の場合は違いますのよ?」

 「・・・・・・・・・」

 「義之、黙っていないで――――」

 「・・・・・・あ、悪い。話を聞いて無かった」

 「な、なんですって!?」

  
  多分だが・・・・エリカは忘れているのだろう。本来オレがどういった人物か。よく聞く話だが身近に居過ぎてその人物の本質を見失う事があるという。

  エリカはまさにそれだ。ましてや相手は好きな人物、そしてその相手も自分の事を好きだったという事実があるし、体も重ねた事がある。これ以上無い位に近かった。

  しかし――――今の状態のオレからしてみれば、もうどうでもいい事だった。血を出そうが破裂しようが知った事ではない。本当にどうでもよかった。


 「なぁ、エリカ。お前忘れている事があるぞ」

 「い、いきなり・・・・なんですの・・・・・」

 「一つはオレが酷い人間だという事だ。ぶったちゃけお前が死んでもなんとも思わない。でもどうせなら派手に―――いやまて、それだと自殺幇助
  になっちまうな。悪いが今の発言は無かった事にしてくれ。まぁ、生きようが死のうが好きなようにしていいよ」

 「なっ!? お、弟君っ!」

 「そ・・・・そんな・・・・」

 「そして最後に――――オレは言ったよな? 自分を傷付けるような事があれば殺してやるって。まぁ殺すのは嘘だとしても・・・・それほど頭に
  きて怒ったのは確かだ。それはお前にも伝わった筈。それにもかかわらずそんな真似をするお前・・・・オレはほとほと呆れ返っちまった」

 「―――――――ッ!」


  オレは確かに怒った。それはもう人生でトップに入るぐらいの怒り方だ。もう本当に殺してやろうかと怒り狂ったぐらいだ。

  そして今の行動を見てオレは悟った。ああ、怒っても何も伝わらなかったんだなと。瞬間、今までの感情が嘘みたいに冷めてしまった。

  エリカはオレを引き留める為にそんな手を使ったのだろうが―――逆効果だ。はっきりいってもう関わりたくないレベルまで下がってしまった。


 「まぁ、オレが何で怒ったのか伝わらなかったみたいだし・・・・しょうがないか。うん、しょうがない」

 「ま、待って義之っ!」

 「美夏っち行こうぜ。久しぶりにデートと洒落こもう」

 「・・・・・え、あ――――」


  そう言ってオレはその場から立ち去る。しかし杉並や茜、まゆきを見て立ち止まる。それらの目を見据えて――――深々お辞儀をした。

  他人の事なのにここまで体を張ってくれたんだ。感謝してもしきれない。ましてや原因がオレとくれば頭を下げずにはいられない。

  近々ちゃんとお礼はするつもりだ。金はあまりないが・・・・仕方ないだろう。ここで出し渋るような人間では大きくなれないからな。

  なんにせよ今はちゃんとお礼が出来ない。なんたって停学中の身だ。見つかったらタダじゃ済まない。ここから早く立ち去りたかった。


 「・・・・よし、じゃあ行くか」

 「あ、ああ――――」

 「お、お願いだから待って義之っ!」


  そしてエリカはオレの腕を掴もうとして――――スパンと乾いた音を立てて弾かれた。オレが弾いたのだ。普段通り変わらないオレの行動。

  エリカは茫然とした顔で弾かれた手を見詰め・・・・座り込んでしまった。慌ててまゆきが掛けよるが茫然としたままその場を動かない。

  オレは別に興味も湧かないのでそのまま美夏と一緒に歩き出した。さて、自然に美夏を拉致する事に成功した。どこ行こうかなぁ。


 「い、いいのかムラサキの事は?」

 「・・・・本当にお前は人が良いな。だからアイツ如きに出し抜かれるんだよ」

 「――――ほう言ってくれるな。お前には色々聞きたい事があるんだが」

 「エリカとの件は否定できねぇよ。事実だからな」

 「・・・・・・・・・そうか」

 「だが」

 「あ――――」


  繋いだ手を振りあげる。この手はもう離さない。今まではオレが情けないばかりにややこしい事態になっちまった。

  だがもうこんな事態は起こらないだろう。いい加減オレも学習した。絶対に今後美夏以外の女とは親しくならねぇ。


 「もうオレにはお前しか見えていないよ。安心していい。随分世話かけちまったな、悪い事をした」

 「・・・・・そう思うなら、本当にそう思うなら・・・・・もう離れるなよ」

 「ああ、もちろんだ。さて、公園にでも行ってお互いの近況報告といこうか」

 「クレープはお前の奢りだからな」

 「あいよ。じゃあ積もる話もあるしたくさん買うべ。お前も一個だけ喰って満足しねぇだろ?」

 「――――ッ! うむっ!」


  そう言ってオレ達は歩き出した。短いようで長い一週間の出来事。積もる話はいっぱいだった。まず何から話したものか・・・・。

  そしてオレはちらっと後ろを覗いてエリカを見やる。あいつとも色々あった。本当に世話になったし、一瞬だけだが―――一緒になってもいいとも考えた。

  だがそうはならなかった。あまりにも、あまりにも変わり過ぎてしまったエリカ。オレのせいとはいえ、それが少し悲しい。もう面影なんて見えない。


 「・・・・なんでオレがお前に惚れたのか、よく思い出してくれ」

 「うん? 何か言ったか?」

 「――――なんでもねぇよ。さぁ、さっさと行こうぜ!」

 「わわ、引っ張るな義之」


  そうしてオレ達は走って公園へ向かった。オレの早い走りに躓きそうになりながらも着いてくる美夏。手は離される事はなかった。

  それはそうだ。やっと再び捕まえる事が出来た好きな人の手。お互いに外す事など考えもしなかった。もう絶対に離さない。

  美夏の顔を見る。笑顔だった。もうこの笑顔を見ているだけで幸せになれた。桜の花びら舞う中、オレ達はお互いに笑い合い歩いた。



















   
  
 




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