「結局元の鞘に戻ったのね、貴方達」
「ええ、お騒がせしてすみませんでした」
「別に謝る事じゃないわよ。けど、新しい監視役の人を探す面倒が省けて助かったわ」
そう言ってデスクの上にあるコーヒーを飲む水越先生。オレはその水越先生に背を向け作業を再開する。
美夏と別れている間も研究所に来たオレだったが、その間水越先生はどこかオレに冷たかった気がした。
今はそんな感じがしないので恐らくというか絶対美夏関連の事で怒っていたに違いない。
「桜内様、コーヒーをどうぞ」
「おう、ありがとう」
イベールからコーヒーを受け取りオレもテーブルについて休憩する事にした。まだまだ終わらなそうな感じだが息抜きしても構わないだろう。
やっている事は相変わらず物資の員数チェックのみだったが今日は量が多い。首をコキコキ鳴らしてイスに寄っかかる。
しかし黙っているのも何なので隣で一緒にコーヒーを飲んでいるイベールに話し掛けてみた。
「お、相変わらずイベールが淹れたコーヒーは美味いな」
「ありがとうございます、桜内様」
「しかし相変わらず綺麗だな、イベールは。そして日を追うごとにコーヒーを入れる技術が上がっている。どうだ、今度オレの家で
コーヒーでも淹れてくれ――――」
「美夏様に言い付けますよ、桜内様」
「・・・・・あいよ、オレが悪かった」
にべもなくデートのお誘いを断られたオレはおとなしくコーヒーを飲む事にした。最近のイベールは耐性をつけてきたのか少しドライな感じがする。
最初はあんなに顔を朱色に染めて照れていた頃が懐かしい。今じゃオレが何言っても澄ました顔をしているからつまらない。まぁ元々が機械だしなぁ。
隣に座っている位だから嫌われてはいないんだろうけど・・・・なんとかして感情を出させる事は出来ないものか。
「なんだか悪意のある雰囲気を感じます」
「気のせいだろ。前も言ったがμにだって感情はある。そんな雰囲気をたまたま感じてしまう事もあるだろう。人間にもよくある事だ」
「では何故、桜内様は私の手に手を差し伸べようとしているのですか?」
「人恋しいんだよ。春って言ったら出会いと別れがある季節だ。感傷的になってこうやって手が伸びてしまうのは仕方がない事だと思わないか?」
「―――――そうですか」
「あ・・・・」
イベールは若干こちらに向き直るとオレの手を片手でギュっと握ってきた。顔は勿論いつもの澄まし顔で特に変わった様子は無い。
何を考えているのか―――――怪訝に思ったがとりあえず握らせておく。しかしこう何の反応無しに手を握られても全然嬉しくない。
なんの心情の変化か知らないが少しは女の子らしい反応をしてほしいものだ。そうすればオレも仕事に対してもっと真面目に打ちこめるのに。
「・・・・・・そろそろですね」
「あ? なにがだ―――――」
「おいーす! 遊びに来たぞォー!」
暇にしていたのだろう、美夏が研究室の扉を元気に開けてきた。最近の美夏はご機嫌が絶好調でオレもなかなか幸せな生活を送れていた。
しかし今の状況、イベールと仲良く手を繋いでいる状態だ。こんな所を見られればそのご機嫌も奈落の底に落ちてしまう。非常にマズイ。
そう思い手を離そうとするが――――万力に挟まれたみたいにビクともしない。イベールの澄まし顔を思わず睨むがのれんに腕押しだ。
「あーっ! 義之またお前・・・・!」
「ちげーよっ! おい、イベール! 離せよ!」
「桜内様から握ってきたのにそれはないでしょう。イベールの手は美夏よりもスベスベしてて最高だ、とか言ってたじゃありませんか」
「な―――――」
「な、な、なんだと~っ!!」
「お、おい、美夏・・・・嘘に決まって―――――」
「うがぁー!」
叫んで飛びかかってくる美夏。オレは椅子に座っていたので避ける事も出来ず美夏に首を絞められてしまう。
力は貧弱なので全然苦しくないのだが、問題は美夏が怒ってしまった事だ。多分機嫌を直すのに丸一日は掛かってしまうだろう。
イベールを睨んでもまた澄まし顔だ。それに一向に手を離す気配が無い。オレは美夏に首を絞められながらも、頑張ってその手を剥がそうとした。
「いつか犯してやるからな・・・・この野郎・・・・」
「何かおっしゃいましたか、桜内様?」
「・・・・・・別に」
「がるるる・・・・・」
隣で唸っている美夏をいなしながらオレは作業を再開した。しかしこういう風に同じ事を何回もうやっていると飽きてくるな。
まぁオレが出来る事といえばコレぐらいしかない。あったとしてもガキのオレにどこまでやらせてくれるか疑問だが・・・・しょうがないだろう。
相変わらず水越先生が何をやっているか分からないぐらいだし。まぁ、地道にオレに出来る事をやっていくしかねぇのかね。
「おい義之。私も手伝ってやるぞ」
「あ? 別にいいよ。のんびり座っててくれ」
「・・・・遠慮する事は無い。暇なもんでな、何か仕事をくれ」
「うーん・・・・って言ってもなぁ」
オレのやってる事は本当に単純だ。研究室に届けられた機材や何やらの数をチェックするだけ。確かに凄く細かい部品何百本とあるが別に一人だけ
で事足りてしまう。まぁ、いつもダブルチェックはイベールに軽くしてもらってるしぶっちゃけ美夏が手伝う必要がないんだが・・・・。
しかし当の美夏本人は俄然ヤル気の様子だ。あんまり無下にしたくもない。とりあえずオレは周囲を見回してみた。何かないかなぁーっと。
「・・・・・んじゃ美夏、あそこに大きな箱があるだろ?」
「うん? あの箱の中にある部品をチェックすればいいのか」
「まぁそういうこった。最後にチェックしようと思ってたんだがこっちがなかなか終わらないんで参ってたんだ。頼まれてくれるか?」
「うむっ! 任せておけっ!」
元気に返事をして箱の前に行く美夏。まぁあまり細かい部品もないし無くす心配もないだろう。オレはそう思い作業に戻る。
しかしなんで今日はこんなに多いかなぁ。いつもだったらこの半分くらいで済むのにおかしい量だ。おもわずため息も出てしまうと言うもの。
気になったオレは隣で黙って佇んでいたイベールに聞く事にした。何か事情を知っているかもしれないしな。
「なぁ、イベール。一つ聞いていいか?」
「なんでしょう、桜内様?」
「なんで今日はこんなにも機材が多いんだ? いつもはこの半分ぐらいだろ。なのに今日はそのざっと二倍だ。今月は何か特別な実験スケジュール
とか組まれているのか?」
「はい。今月はμの次世代機の実験モニターがあります。所長以上の役職に就いている方々も来るので万全な状況で実験を行う為、このような
最新機材を多く購入しました」
「へぇ、どおりで見たこと無い機会がたくさんあると思ったよ。お偉いさんが来るんじゃ失敗できねぇもんなぁ」
「その通りです。ですからここ数日は慌ただしくなると思いますが頑張って下さい」
「・・・・あいよ」
今日だけじゃないのか。思わず天を仰ぎそうになるが・・・・仕方ないか。オレに出来る事と言えばこれくらいだしな。小間使いだろうがなんだろう
がやってやろうじゃねぇか。元々そんな契約だし。
水越先生も水越先生で忙しいみたいでオレに構ってる時間はないみたいだ。黙々と作業をこなす。その様子は普段と違い真剣な目つきだ。
なんとか今日中に終わらせたいものだ。次回に引き続いきなんて事になったら目も当てられない。次もこれくらいの荷物が来るっていう話だしな。
「ちょっと早いけどしょうあねぇか。なぁ、イベール」
「はい、なんでしょう?」
「ちょっと早いけどこっちの―――――」
少し早いがイベールにダブルチェックを頼もうと振り返り――――派手な音が研究室の中に響き渡った。オレ達も水越先生も驚いてその音のした
方向に首を向ける。
音の発信源は美夏が作業していた場所。見れば箱の中身が派手にぶちまけられていた。傍には茫然とした顔をしている美夏の姿。
慌ててオレは美夏の傍に駆けよる。他の二人も一足遅れてその場所に走ってきた。とりあえずオレは今一番大事な事を聞いた。
「怪我はないか、美夏」
「――――あ、ああ・・・・別に怪我はしていないが・・・・」
「いったい何があったの、美夏?」
「・・・・・」
別に水越先生は責める口調で喋っていない。ただ単に疑問に思っているから口に出しただけだ。少なくともオレにはそう聞こえた。
だが美夏にはそうは聞こえなかったみたいだ。顔を俯かせて肩を僅かに震わせている。恐らく責められていると思ったのだろう。
水越先生はそんな美夏の様子を見て黙って屈みこむ。散らばった機材や部品を拾っていた。オレもそれに習って拾うのを手伝う。
「割れているモノもあるから怪我をしないようにね。イベール、箒とチリトリ持ってきて」
「はい、水越博士」
そう言って駈け出すイベール。しかし派手にやったな。この望遠レンズみたいなヤツなんか使い物にならないだろう。レンズが細かくヒビ割れている。
無事な物もあるがそうでない物の方が多いように思う。まぁやってしまったのもは仕方無い。時間は戻らないのだから。大事なのはその後どうするかだ。
水越先生も同じ考えみたいで別に怒っている様子は無い。自分の事ではないにしてもホッとした。今のショック状態の美夏が怒られている所なんか見たく
ないからな。
「義之くん、ちょっといいかな?」
「なんですか?」
「ここはいいから美夏のフォローお願い出来るかな?」
「・・・・・ですが」
「彼氏でしょ? こんな事やってるより彼女慰めなさいな」
「あ――――」
肩を押される。水越先生はそれ以上話す気はないようで作業に没頭している。まぁ先生の言う事も尤もか。オレは美夏に振り返った。
美夏は相変わらず肩がガクンと下がって悲しげな雰囲気を醸し出している。オレはとりあえずその肩を押して一緒にテーブルに向かう。
テーブルに着かせて温かいコーヒーを淹れてきた。イベールよりは美味くないだろうが、マズイって事はないだろう。
「ホラ、味は保証出来ないがな」
「・・・・・・ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
「・・・・・・」
そして黙り込む美夏。オレから色々話仕掛けてもいいんだがこの場合は美夏から何か言い出すのを待った方が良いのかもしれない。
今の美夏では何言われても責められていると勘違いしてしまうかもしれないからだ。自分用に淹れてきたコーヒーに口を付ける。
やはりと言うかイベールの淹れてきたコーヒーよりは少し味が劣った。この間はまではオレと変わらなかったというのに、少し悔しさを感じる。
「また発注し直しますか? 水越博士」
「う~んそうするしかないわよねぇ。予算的にはまだ余裕がある時で助かったわ」
「分かりました。では再度発注を掛け直します」
「お願いね、イベール」
「はい」
ほとんどの物資はオシャカになってしまい使い物にならなくなった。オレもまさか箱ごと倒してしまうとは思ってもいなかったのでどうしたもんか
と頭を思わず掻いてしまう。
ワザとやったじゃないにしてもかなりの痛手だろう。こういう機材は思っている以上に高い。専門機械というなら尚更そうだろう。専門店でもなけ
れば置いていないだろうという物ばかりだからだ。
水越先生もその辺は十分に分かっているが何も美夏に追及しない。追及してもしょうがないと分かっているからだ。美夏の事が可愛いと言うのもあるの
だろうけど・・・・。
「ほら、とりあえずコーヒーでも飲めよ。イベール程の味じゃないがコーヒーはコーヒーだ。一応飲める」
「・・・・・・・」
「しかしアレだな。コーヒーを淹れるにしてもアマとプロの違いっていうのはあるらしい。同じ方法でも素人が淹れたのと玄人が淹れたモノでは
天と地ぐらいの差があるっていう話だ。オレの場合面倒臭いから一気に沸騰するまで温めちまうが、美味いコーヒーを淹れるには沸騰直前に弱
火でじっくり温めるんだそうな。よく見つけたよな、そんな方法」
「・・・・・・私は何も取り得が無い」
「あ?」
「イベールみたいに上手くコーヒーを入れられないし、お前みたいに何かと器用にはなれない。そして――――ムラサキみたいに美人でも無い」
「・・・・・・・・」
「さっきもよかれと思って行動したのだが・・・・あのザマだ。なんとも情けない」
コンプレックス。前々から美夏はこういう所があった。別に今に始まった事では無い。いつも美夏は何かしらに劣等感に悩まされる事がある。
なまじロボットな故にそういう思いはあるのだろう。同じ機械のμは仕事を完璧にこなすのに自分は・・・・と。卑屈になるのは仕方ないと思う。
オレだって美夏の立場に立ったらそう思ってしまうに違いない。なぜオレはこんなにも他と同じように出来ないのかと。
「――――別にゆっくりやればいいさ」
「え・・・・」
「今の美夏には酷な事かもしれないが焦ったって何もいい結果は生まない。さっきだって焦らなければ起きない事故だ。気張るのはいい事だが
気負い過ぎるとまた同じ事をやらかすぞ」
「・・・・まぁ、そうだとは思うんだが・・・・なかなか、な」
「こういうのは時間が解決するもんだと思っている。美夏は起動して一年も経っていないんだぞ? 社会でいえば入社一年未満の新人だ。
新人は必ず失敗する、そして怒られる。そういうのを何回も繰り返して覚えて行くもんだとオレは思っている。だからゆっくりでいい」
「・・・・・・・」
前までは別に気にしなくていいと言っていたオレだが――――それじゃ何の解決にもなっていない事に最近気が付いた。これじゃあ彼氏失格だな。
美夏はそういう事を言って欲しいのではなく、これからの道しるべみたいなモノを教わりたかったのだろう。オレはソレに気付けないでいた。
まだ起動して一年未満―――失念していた事だがまだそれぐらいしか経っていない。色々美夏は美夏なりに思う所があるのだと思う。
「だからいいんだよ。さっきみたいに何やらかしちまっても。普段失敗しない奴が失敗すると見ていられなくなる。まるでドミノ倒しみたいに
連鎖反応して次々とやらかしちまう。失敗した時の対処方、感情の操作、考え方の機転が出来ていないからな。逆に今の内から色々失敗した
方が良い。尚更お前は寝てた時間の方が長い。やれることをゆっくりやれ」
「・・・・・・ああ、分かった」
「まぁ色々説教臭い事を言っちまったがオレもまだまだな事がたくさんある。目標はさくらさんみたいな人物だが・・・・どうなるやら、だ」
「――――そうか。本当に色々ありがとうな。慰めてくれたのだろう、義之は」
「そういうわけじゃねぇよ。一般論を言ったまでだ。オレはそこまで優しくねぇ」
「・・・・・ふふ、そうか。そうだったな」
さっきよりは幾分か明るくなる表情。あのまましょぼくれていたらどうしようと思ったが、まぁ元気が出てなによりだ。やっぱり彼氏だし彼女が元気に
なるとオレも元気になる。
とりあえず役目は果たしたと思ったオレは席を離れて水越博士を手伝う事にした。さすがに女性では重い機材もあるからな。一応彼女の不始末は
彼氏の不始末っつー事になる。誰が言った訳ではないがオレがそう決めた。
美夏は嫌がるだろうがオレの自己満足の問題だ。駄目親っぽいがあまり美夏には悲しい思いをさせたくない。本当ならここは美夏にやらせるのが筋
なんだろうがオレは座ってろと言った。物を片付けている内に多分またアンニュイな気分になっちまうだろうからな。
「いや、しかしだな・・・・」
「またモノを壊されちゃたまらねぇ。お前はここで待機だ」
「・・・・・・優しいのか酷いヤツなのかお前の事は時々分からなくなる」
「言ったろ? オレは酷いヤツなんだよ」
手をひらひらさせて片づけに参加する。まぁほとんどイベールの力のお陰で片づけられてるがな。さすがイベール、怪力娘だけある。
その節の言葉をイベールに投げかけた所、スネを蹴られてしまった。痛みに悶絶するオレ―――水越先生と美夏はそんな様子を見て笑った。
なんだか日に増してイベールのオレに対する態度が酷くなっているような気がする。気を許してくれている証拠だと思うが・・・・痛てぇ。
「次の議題はイベールのオレに対する態度です。きっとこれは好意の裏返しだと思うのですが・・・・イベールさん、どう思いますか?」
「それは気のせいだと思います。私は桜内様に対しては何の感情も持ち合わせておりません。そろそろ自意識過剰な所を治した方がいいと思います」
「・・・・つめてぇな、オイ」
「桜内様は少し女性にだらしないと思います。ロボット、人間と分け隔てなく接するのは素晴らしい事だと思いますが度が過ぎていると感じます」
「みんなオレに同じ事を言う。少しは自重してると思うんだが・・・・」
「それでは手を離して下さいませ。美夏様に言いつけますよ?」
「・・・・・・」
それは怖いのでイベールの手を離した。イベールの場合本当に美夏に言い付けかねないからなぁ。それはオレとしても勘弁してほしい所だ。
翌日オレ達は商店街まで来ていた。どうやら業者に発注するよりもこの商店街で買った方が幾分か安い機材があるらしい。今日はそれを買いに来た。
本当は美夏と来たかったのだが軽いメンテナンスがあるらしく、その代わりに今日はイベールについて貰って来ている状態だった。
「私は何とも思いませんが、その行動を取る事によって勘違いしてしまう女性が出て来ると思います。以後気を付けた方がいいかと」
「分かってるよ。あまりにもイベールが可愛過ぎてこんな事をしてしまうんだ、許してくれ」
「・・・・・・・本当は美夏様の事しか頭にないのでしょう?」
「ああ。もちろんだ。オレが不甲斐ないばかりに色々苦労かけちまったが・・・・もうニ度と離す気はない。前も言ったが当然一生連れ添うつもり
でいるよオレは。それに――――っておい、何睨んでるんだよ」
「・・・・いえ。仲が良いのはよろしい事と思いまして」
そう言ってオレを置いて歩き出してしまう。ああ、ちょっとばっかしデリカシーが足りなかったな。あんな事やった後に今の言葉はないな、確かに。
本格的に自重した方がいいのだろうが―――どうしてもイベールの事を構いたくなる。もっとイベールの心の内をさらけ出して欲しかった。
美夏を見ていると本当にそう思う。もっと感情を爆発させてただ無機質に生きて欲しくなかった。まぁ最近は前より感情が出てきたと思うが・・・・。
「おーい、悪かったって。今の態度は無かったな。ごめん」
「・・・・別に謝る事はありません。桜内様は何か謝る事をしでかしたのですか?」
「ああ。イベールに対してあんまりな態度を取った。これは由々しき問題だ。という事でアイスでも奢ってやろう、詫びを込めてな」
「え・・・・」
近くにアイスクリームを売っている店があったのでそこに駆け寄る。季節的には肌寒いのだが今日は偶然にも暖かかった。アイスを食うのには
ちょうどいい気温だ。ロボットでもそういうのは感じるし、いらぬお世話にはならないだろう。
種類は何にしようかと一瞬迷ったがバナナにした。イベールというかμの原動力は全然違うのだが、美夏を見ていると全くの無関係ではないような
気がしてならない。まぁあくまでオレの気分だけど。
そしてオレは適当にスタンダードなソフトクリームを購入してイベールの元に戻った。イベールは呆けた顔をしていたが、オレがアイスを渡すと
おずおず手を差し出して受け取ってくれた。やっぱり素直なのが一番だ。
「あ・・・・ありがとうございます・・・・」
「別にいい。さっきも言ったが侘びも込めている。あんまり気を使わないで食ってくれ」
「・・・・はい」
そして二人して商店街をアイスを食いながら歩く。イベールの横顔を窺うがどうやら満足してくれているらしい。あんまり感情の起伏が無いので分かり
づらいが若干微笑みを浮かべているのが分かる。本当に若干だが。
そんなイベールを見ているとオレも嬉しくなる。イベールは確かにロボットだが生きている。ただの歩行ロボットなんかではない。そこに存在している。
最近の世の中の風潮としてはロボットは物扱いだ。しょうがないかという気持ちも無い訳ではない。あまりにも一般普及されていないので知識がみんな
乏しいからな。結局は想像の域を出ていなかった。どうせロボットだからラジコンみたいな感じなんだろう、と。
だがイベール・美夏だけに限らず今のμには感情がある。自分で考える事も出来るし、それを実行に移す事が出来る。ロボットとはどうしてもオレは言い
切れないでいた。
「さて、次の店はどこなんだ?」
「ここの角を曲がってすぐの所です。μの専門販売店でもあり、機材も一通り揃っていますね」
「おおーあそこか。そういえば行くの久しぶりだわ」
「何回か足を運んだ事があるんですか?」
「いや、正確に言うと店に入った事は無い。ただその店の売り子をしているμと仲良くなっちまってな。商店街に行くたびに会う約束とかもしてる」
「・・・・・・・なるほど、桜内様のお気入りの女の子がいるお店ですか」
「おいおい。キャバクラじゃねぇんだからその言い方は――――」
「では早く行きましょう」
「ああ、だからオレを置いてくなってっ!」
また一足先に歩いて行くイベール。またどうやら機嫌を損ねてしまったらしい。なんとも気難しい女性だ。普段が普段だけに行動が読めない。
もうちょと美夏みたいに分かりやすくてもいいと思うんだがなぁ。とても本人には言えない事を心の中で呟く。子供扱いをされると美夏は怒るからだ。
そうしてイベールの背中を追いかけ――――止まった。イベールが何かに注目しているようでその場に留まってしまった。オレは怪訝に思いながらも
声を掛けてみた。何か珍しい事でもあったんだろうか。
「どうしたよ、イベール?」
「・・・・・・・」
「あ?」
イベールが黙って指を指している。そちらに顔を向けると何やら騒がしい声が聞こえてきた。騒ぎの発信源は店の前。
見てみると何やら例の売り子と――――知らないオッサン連中が揉めていた。正確には揉めてるのではない。一方的に売り子のμが絡まれていた。
恐らくだが、人権屋の連中だろう。あいつらは初音島にμのショップがあることを前々から疎んじていたからなぁ。とうとう実力行使という訳かな。
「もういいっ! お前では話にならない! 責任者を出してくれ!」
「で、ですから今は店長は不在なのでお取り次ぎ出来ません。また日を改めて起こしになって――――」
「だったら店長以上の役職の者を呼べっ! どうせ暇にして胡坐でも搔いているんだろう? 電話でもなんでもして呼び出せ」
「そ、そんな・・・・」
「なんだ、出来ないのか? 本当は店長が不在というのも嘘なんだろう? ふざけやがって・・・・」
「・・・・・・・・」
怒鳴り立てているリーダー格の男のそんな様子を見て困り顔でオロオロしている売り子ちゃん。かくも接客業というのは大変だなと思う。
どんな理不尽な事でも事を荒たてずに対処する。どんなに相手が悪かろうが怒らせた方が悪い。問題を起こして困るのは相手ではなく店側の方なのだ。
そしてμの専門店となると更に分が悪くなる。ただでさえ世間体の悪いμが売られている店だ、ここは上手く対処しないと本当に島から退却する事になる。
「ああいうの見てると接客業というのは大変だな。オレなら思わず殴っちまうなぁ」
「・・・・・・・私も桜内様には向いていないと思います。ああいう状況では絶対に事を大きくしてはいけませんから・・・・」
「だが相手は大きくしたいらしい。まったくいい歳こいたおっさんが左翼気取りか。最近のあいつらだって場所とか時間は弁えてるのにねぇ」
「・・・・助けるのですか?」
「――――面倒だからパスだ」
「は・・・・・?」
「最近オレは停学喰らったばかりだっつーのに騒ぎなんて起こせねぇよ。怒鳴りたいだけ怒鳴ったら引っ込むだろう?」
「それはそうかもしれませんが・・・・」
「普通にブツ買って店を出る。それが一番だよ。変に正義感燃やす性格でもないしな。さっさと行くべ」
「あ・・・・・」
イベールの手を握ってオレは歩き出す。売り子ちゃんの事は可哀想だなぁと思うがそういう商売だから仕方ない。関わってやる義理もないしな。
それに変に助けたりでもしたら益々騒ぎは大きくなりあのμは責任問題に問われるかもしれない。熱血漢がいつでも誰かの助けるというわけではない。
要はオレにまったく問題ないという事だ。むしろ関わりたくない人種である。何が悲しくてこんなオッサン連中と一戦やらなくちゃいけねぇんだ。
「おい、お前」
「・・・・・・・・はぁー・・・、何ですか?」
店に入ろうとした直前そのオッサンに声を掛けられてしまった。思わずため息が漏れてしまう。そんな様子のオレにおっさんは顔を引き攣らせた。
オレの方が最悪な気分だっつーの。大体初対面の相手にお前呼ばわりはないだろう。まともな社会人なら君とか貴方とかの呼び名で呼ぶだろうに。
オレは露骨に面倒臭そうな態度で向き直った。おっさんの視線はオレ達の繋がれた目に注がれている。もしかしたら羨ましいのかもしれない。
「お前もμ所有者なのか。そんな歳でロボットを自分の女にするなんてな・・・・親の顔が見てみたいよ」
「・・・・・・オレもアンタの親の顔が見てみたいよ。ロボットとは言え女の子を泣かす男に育てた親の顔がな」
「な――――ッ! お前、大人に向かってその口の聞き方はなんだっ!?」
「大人ならもうちょっとちゃんとしろよ。こんな場所でせせこましく声を張り上げちまってさ。それによくそんなみすぼらしい格好でこんな真似を
しようと思ったな。普通ならスーツとかでこういう場所に立つもんだが――――まるで農民の一揆みたいだぜ」
「貴様ッ! 今すぐ謝れっ! でないと――――」
――――でないと
「でないと何だって言うんだ」
「う・・・・・」
「さ、桜内様・・・・」
こういう連中には舐められたらお終いだ。自分が正しいと信じて疑っていないからこんな真似をしでかしている。悪い大人の見本と言っていい。
大体さくらさんの事を言われてオレは頭にきている。その脂ぎった顔面に拳を叩きこみたくてうずうずしている。こいつ、本当にブン殴ってやろうか。
だがそうは出来ない。これ以上問題を起こせないというのもあるし・・・・μの子の面子もある。それを潰したくなかった。
横ではイベールが珍しくあたふたしている。今にもオレが殴りかかりそうな雰囲気を出しているからだろう。心配しなくても殴らねぇって。
「大体なんでこのμに文句言ってるんだ、アンタ。本当に文句を言いたいなら役所にでも行けばいい。一応名ばかりだが責任者が出て来ると思うぜ?」
「ふ、ふんっ! 私達はこの島にμの専門ショップがあるのは前々から問題だと言っているが奴らは聞きもしないっ! だから店長に掛け合って――――」
「そして無抵抗なロボットを苛めていたと。大体店長になんか文句言ってどうするんだよ? この店の経営者ってだけだし許可しているのはこの島の
役所だ。さっきも言ったが・・・・本当に文句があるなら役所に掛け合った方がいい。なぜそうしないんだ? 一度断られてももう一回行けばいい
だろう。それぐらいの熱意はあるんだからよ」
「そ、それは・・・・・」
「それは門前払いが良い所だからだろうな。人権屋といっても所詮寄せ集まりの民間の組織だ。都内にでも行けば少しはマシなもんがあるんだろうが少な
くともアンタらはそうではないだろう。大体μは国が厳しく検査した上で許可している。役所は国のモノだしそれにアンタら以外にもこういう手合いはよぉ
うるさい程いる。道路交通に関する文句、電力会社に対する文句、隣の家の騒音の文句など様々文句を言う奴らがな。結局おざなりな事言われてすごす
ご帰るのがオチだろうよ」
「・・・・くそ、お前もどうせμの体目的でそんな事を言っているだけだろうに」
「逆にそんな事を言うアンタらの方の脳みそ疑うぜ。そんな事ばかりしか考えてねぇんだろうなってな。まぁ、確かに綺麗だし女性型だし劣情を催す
かもしれねぇが――――結局はアンタらがそう感じているからそう言ってるんだろ? オレ的にはこういう奴らを取り締まった方が風俗的に安全に
なると思うんだがなぁ」
「こ、この――――」
「大人だって言うのならもう少しビシッとしてくれよ。傍から見れば大勢の大人が抵抗出来ないμを苛めてるだけにしか見えない。大体怒鳴り立てたいだけ
なんだろう? とてもじゃないが話し合いをする雰囲気には見えなかった。今にも掴み掛かりそうだったしな。それもいい歳をしたオッサン連中が女の子
に詰め寄るなんて構図気味悪くて仕方がねぇ」
「そ、それは関係ないだろうっ! それにμはロボットだっ! 性別なんて関係ないだろう!?」
「ロボットでもなんでもそう見えるもんは仕方ねぇよ。ていうか商売の邪魔をしてるんだぜアンタら。警察、呼ぼうか?」
「――――ッ! く、くそっ!」
そう捨て台詞を吐いて立ち去る男。後ろで突っ立っている連中もそれに習って立ち去る。その内の一人がこちらにお辞儀してきたのでオレもお辞儀し返す。
ご近所付き合いも大変だなぁおっちゃん連中も。大方無理矢理誘われた奴らがほとんどだろう。こんな閉鎖的な島だから余計そういう物が大切になってくる。
オレも社会に出ればああいうのに付き合わなくちゃいけねぇのかなぁ。嫌だなぁ、オレはのんびり過ごしたいんだよ。老後とか特に。
「よ、義之様っ!」
「ん?」
「あ、ありがとうございますっ!」
「お、おいおい・・・・」
「・・・・・」
そう言ってオレの手をギュッと握り締めてくる売り子のμ。緊張していたのだろう、手が少し汗ばんていた。オレはどうしたもんかと天を仰いでしまう。
そして反対側の手から掛かる圧力。多分またオレがタラシ込んでいると思っているのだろう。いい加減血管が潰れそうなので止めてほしいものだ。
それにしてもまた一段と感情が出るようになったなこの子。前も幾分か感情を出していたがここまでじゃなかった。本当に御礼の気持ちが伝わってきていた。
あんまり感情を出し過ぎると回収されるのがオチなんだが・・・・今のこの子の様子を見ているとそれが間違いでしかない気がしてならなかった。
「しかしいいのか? こんなにオマケしてもらって・・・・」
「はい。今は私が代行という形になっているので構いません。なんにしても助けてもらったのですから」
「そうか、悪いな」
「いえ、本当に構いませんから・・・・・所で、そちらのμは義之様の?」
「いや、オレのじゃなくて――――」
「初めまして。イベールと申します。今回、私は桜内様が働いている研究所のμで、今日は購入する部材があったので一緒に来たという次第です」
「あ、あぁ、そうなんですか。ど、どうりで賢そうなμだと思いました」
「お褒め頂きありがとうございます」
「・・・・あんまり怖い顔をするなよ、イベール」
「なんの事でしょうか?」
「はぁー・・・・」
何故だか知らないがイベールは対抗心を燃やしているみたいだ。普段は無感情無機質なイベールが珍しい事だ。売り子も少し圧倒されてるじゃねぇか。
だからオレが間に入ってやったんだが今度はオレが睨まれてしまう。なんだか美夏を思い出すなぁ。まぁ性格とか容姿は全然違うのだが。
とりあえず買い物は済んだ事だしそろそろ買えるか。助けたお礼に物も安く買えたしたまには人助けもいいものだ。
「でも重ね重ねお礼をいいます。本当にありがとうございました、義之様」
「ああ、だからいいって。別にたまたまケンカ売られたから対抗しただけで、別に助けるつもりなんて――――」
「桜内様は最初から助けるつもりでした。だからこれ見よがしに私と手を繋ぎ、わざわざ見せつける形であの方々の傍を通ったのです。素直に
助ければいいものを」
「――――なんの事言ってるかわからねぇよ、イベール。オレを持ち上げたってなんの得にもならないぞ?」
「はい、知っています。だから私は事実しか話していません」
「・・・・・ちっ」
「ほ、本当にありがとうございますっ! 店長が帰ってきましたら義之様達の事をお伝えして、ちゃんとしたお礼を――――」
「べ、別にいいって・・・・。あ、そろそろ帰らないと行けないから行くよ。んじゃあ、またな」
「あ・・・・・」
そう言ってオレはその場から立ち去る。あのままあの場に居たんじゃたまったものではない。ああいう事をされるとすげぇ反応に困っちまう。
背中に「また来てくださいねー!」という言葉が投げかけられる。本当に変わったなぁ、あの子。やっぱりμでも成長はするんだと思った。
普段はリミッターをつけているから感情の促進は無いと言うがどこまで本当やら・・・・。確かに抑制にはなっているんだけどイベール達を見ると
とてもじゃないが信じがたい。
一説では強い感情が膨れ上がると人間みたいな行動をするというのを聞いた事があるが、イベール達にもそんなのがあるんだろうか。分からねぇ。
「あんまり余計な事を言うなよ、イベール」
「何故ですか? 私は本当の事を言ったまでですが」
「ああいう態度を取られるとこっちが参るんだよ。何言っていいか分からねぇからな」
「・・・・・もしかして照れておられるのですか?」
「――――アホくさ。そんな訳あるかよ」
オレが照れる。なんとも不気味な構図だ。オレを知っている人物が聞いたら笑い転げるだろう。少なくともオレはそうする。
そう言って歩き出そうとして――――手を繋がれる。横を見た。イベールが無表情ながらもどこか照れたような顔をしていた。
そんな顔をするならしなくていいのに。まぁ何の心情の変化か分からないが別に放って置く事にした。役得とでも考えておこう。
「・・・・桜内様みたいにロボット関係なく平等な態度を取る方は貴重です」
「あ?」
「普通はそうはいきません。私達に理解を示してくれる方々は利権や使用性を認めてくれた人達ばかりです。でもそれは当然です。『物』なのですから」
「・・・・そうだな」
「物に優しくしてどうなるというのでしょうか? 何か利益になる事が発生するのでしょうか? そういう考え方が大半を占めています」
そうだろうなと思う。今の世の中のμに対する扱いはそんなもんだ。体のいい厄介払いみたいな仕事を押しつけられて文句一つ言わないでその事をこなす。
いや、言えないように設定されているのだから仕方がないのか。オレみたいにもっと感情を出して欲しいと思っているヤツは稀有だろう。普通は感情なんか
出されたら困ってしまう。それはそうだ。テレビが勝手に自分の意思でチャンネルや電源を切ってしまう行為に近い。
別に人それぞれ考え方があるから否定する気は無い。ただオレはそういう奴らが嫌いだ。思わず頭を壁に押し付けて蹴りを入れたい位にな
「なのに桜内様は本当にお優しくしてくれます。何故だか分からないのですが・・・・嬉しい、とでも言えばいいのでしょうか?」
「そうか・・・・・・んーーとよ、オレはさ、ロボットが物なんかに見えねぇんだよ」
「・・・・はい」
「まず外見が人の形をしている。そして自立行動をして、言葉を発する。この時点でオレは物なんかに見えなくなっている。オレは単純だからよ、理屈
抜きにしてそれは人間だと思ってしまっている。そして喜怒哀楽の感情を僅かにでも出しているんだったら・・・・それはもう人間だと思うね」
「・・・・はい」
「世間の奴らの言い分も分かる。きっとあいつらには人間に近い『物』にしか見えないんだろうな。別にその言い分は分かっているし理解もしている。
だた納得はしていない。イベールとかをよく見れば分かるんだが、最近考える事を覚えたろ? イベールが出来るって事は他のμにもそれが出来る
可能性があるって事だ。そんなμ達を道具として扱うのはちょっと違うんじゃねぇのと思わずにはいらねぇよ」
「・・・・はい」
「美夏に惚れる以前からそう思ってたし惚れてから余計にそう思える。μだってただの機械じゃねぇ。ましてや便利な道具でもねぇ。人間という存在
がいるようにμはμという存在なんだと思う。全部が全部を守ってやるなんておこがましい事は言えないけど――――オレはイベールや美夏とか
さっきの子みたいに身近な人物は守っていきたいと思っている」
「・・・・・・・・・・はい」
とりあえずオレの言いたい事はこれぐらいだ。随分かっこつけている台詞をまぁ言ったもんだと思うがこれがオレの素直な気持ちだ。
撤回しようと思わないしする気も無い。試しに想像してみる。美夏達がぞんざいの扱われどうでもいいように処分された時の事を。
殺したくなる。そんな奴らなんか生きている価値がない。泥水よりいたってしょうがない奴らだ。絶対許して――――
「・・・・・あれ?」
「どうしましたか? 桜内様」
「いや、別になんでもねぇよ。うん、何でも無い」
「・・・・・・?」
いつからそんな熱血漢になったんだ。オレはそんな人間じゃねぇだろ。自分以外は基本的にどうでも良かった筈なのにこんなにも他人を心配している。
前の自分の影響だかなんだか知らないが随分人が良くなってきたな、オイ。自分が自分じゃねぇみたいだ。悪い気はしないが違和感ありまくりだ。
「まぁ、別に悪影響がないならいいけど・・・・」
「何かおっしゃいましたか?」
「いや、ただの独り言だ。さっさと戻ろうぜ」
「あ、お待ちください」
「ん、なんだ?」
そう言って歩き出そうとした足を止める。イベールは何か言いたい事があるらしくこちらを見据えていた。オレはとりあえず言いだすまで待つ。
どういう言葉にして表現しようか迷っているみたいな感じだ。まぁ日本語って難しいからな。自分の思っている事を口に出すのは意外に難しい。
たしか世界でも最高難易度な語源だと思い出す。イベールはそんなの関係ないだろうが、自分の言葉にして言うなら格段に難しいだろうなぁ。
「上手く伝わるかどうか分かりませんが・・・・私の思っている事を言います」
「・・・・ああ」
「桜内様のその考え―――いずれは私達にとても影響を与える考え方です。具体的にはまだ言えませんが・・・・どうかその考え、気持ちを忘れないで
下さい。貴方はとても影響力のある人物です。将来私達の存在を今とは違うモノにしてしまうでしょう。だから――――忘れないでください」
「・・・・・」
「いきなり変な事を言いだしてすみません。さぁ行きましょう」
オレの手を取り歩き出すイベール。もう言いたい事は言ったと言わんばかりの表情で歩いている。言われたオレとしては多少怪訝に思ってしまう。
前にもエリカに言われたがオレは決してそんな人物ではない。何を期待してんだか知らないが妙なプレッシャーを与えるのは止めて欲しいものだ。
それにイベールに言われると余計にそれは増す。まぁ、とりあえず頭の片隅にでも置いておくか。オレはイベールの手を軽く握りしめながら帰途についた。