「――――お前ら全員殺してやる」
「あ? ばかじゃねぇのお前。一人で勝てる訳ねぇだろォ!」
その言葉と共に繰り出される拳で顔面を殴られるオレ。羽交締めされているので躱す事が出来ない。衝撃をそのままに黙って殴られる。
鈍い音と共に感じる生温かい感触。血が流れている。美夏の悲鳴が聞こえる。オレはどうする事も出来ずにまた殴られた。
いい加減にして欲しいものだ。こうも何回も殴られるとせっかくの男前が台無しになっちまう。
「早くそんな奴やっちまって続きやろうぜぇ~。ロボットだかなんだか知らないけど挿れる事は出来るんだろ?」
「それが出来ないにしても口があるからな。結構可愛い顔してるし――――オレもう止まんないと思うぜ」
「あはは。お前彼女なかなか出来ないもんな。すぐ暴力振るうから女が出来ねぇんだよ」
「うっせー! とりあえず今はヤレればいいんだよ、彼女なんて面倒なもんは後でいいんだっつーの」
「それは一理あるな。金掛かるしロクなもんじゃない。まぁそんな事よりもうおっ始めようぜ」
「さ、触るなっ!」
そう言って抵抗するが男達は止まらない。無理矢理その服を脱がそうとする。必死に抵抗するが無駄な事だ。すぐにその全部をさらけ出すだろう。
オレも必死で体を動かすがなかなか離してくれない。上級生という事でガタイも力も違う。そう考えているとまた顔面を殴られた。一瞬意識が飛ぶ。
必死に首を前に向けると男がニヤニヤして笑っていた。その表情に怒りがまた燃え上がる。あまりに怒り過ぎて目の前が真っ白になりそうだ。
「お前も変な男だよなぁ。ロボットを彼女にするなんて。ていうかセックス目的だったんだろう? この変態め」
「・・・・・な、訳あるかよ。童貞じゃあるまいし。お前らみたいに女に餓えてるのとは、違うんだよ」
「よく言うぜ。なぁ具合はどうだったんだ? オレもロボットとヤリ合った事はないから分からねぇんだよなぁ」
「・・・・・るなよ」
「あ? なんだって? よく聞こえねぇよ、このタコ」
今度は腹に拳を貰う。瞬間的に腹に力を込めて耐えるが焼け石に水だ。羽交締めされている状態では力が入る筈がない。
ああ、マジで痛ぇよ。こんなにやられたのはケンカし始めて最初の頃以来だ。あの時はよく感情的になったから無意味に突っ込んでいったんだよなぁ。
今だって無闇に突っ込んだからこうなっている。元々体の細いオレだ、こうなるのはしかるべきだった事だと思う。まったく情けねぇ。
「ほぅら、もう一回言えよ。なんて言ったんだよ?」
「・・・・・が・・・から・・・せるなよ」
「あ?」
「息が・・・・臭ぇから、嗅がせるなよ。この、口臭野郎が。マジで、吐きそうだよ」
「―――――――ッ!」
どうやら本人は結構気にしていたらしい。今度はさっきより重めの拳をまた顔面に貰った。口に異物感。歯が折れたらしい。この歳で差し歯になるのか。
目を開けて前を見ると怒り狂った男の顔。というか気にしてんならちゃんとスプレーとかやれよな。口臭はマジで公害だっつーのによ・・・。
「てめぇ、このまま顔面ぐちゃぐちゃにしてやるよ」
「おい、さっさと終わらせろよ。オレも早くあっちと混ざりてぇんだけどさ」
「分かってるって。おら、顔を上げろよ。このまま思いっきりブン殴って――――」
「な、何やってるの貴方達っ!」
「あ?」
聞き覚えのある声。オレが今一番この世でこいつらの次に殺したい女の声。とても好きで愛した事のある女の声。まさかこの場で聞こうとなるとはな。
一瞬男がオレを締める力を弱める。ずっとこの時を待っていた。反撃する時を。多分オレは今まで暴れた事のない規模で暴れるだろう。冷静な頭を持ってして。
感情的にはもうならない。とうにそんなものを通り越して氷みたいに頭が冴えきっていた。そしてどんな事をしでかしても美夏を守る決意が胸に宿っている。
エリカ――――もうお前ともこれで決着だ。もういい加減飽きたよ、オレは。
お昼を一緒に採ろうと思って美夏のクラスに行くとちょうど友達と話している所だった。オレに気が付くと慌てるように駆けよってくる。可愛い奴め。
すぐに行くと言う返事をして机から弁当を持ってきてさぁ行こうとなった時、その喋っていた友達が目についた。せっかくなので一緒に昼飯を食ってやろうか
という気分になる。なんか寂しそうな眼を一瞬したしな。
多分美夏が言っていたお世話になっている友人とはコイツの事だろう。美夏と二人きりで食べられないと言うのは惜しい気もするがせっかくの友人を無下に
するのは個人的にいただけなかった。
オレがそう思って声を掛けると顔を真っ赤にして快く了承してくれた。美夏は何か文句を言いたそうな顔をしていたが結局何も言わない。
まぁ気恥ずかしい気持ちがあるのだろ勝手に解釈した。そんなこんなで今日は昼食を三人食堂で採ることに相なった訳だ。
「さて、あんたが美夏の友達か。いつも美夏が世話になっているな。ありがとう」
「い、いえっ! そんな事は無いですっ! こ、こ、こちらこそ天枷さんにはお世話になっています!」
「なぁにがお世話だ。そんなこと思ってもいない癖に。よくもまぁ回る口だ。それにそんなにしおらしくしおって・・・・」
「うっさいっ! バカッ! しねっ! 黙れよ、このアホっ!」
「・・・・・・・・」
「あ・・・・こ、これは違うんですよっ! あ、あはは・・・・」
苦笑いで誤魔化す女子生徒。美夏の顔を窺うがいつも通りの普段顔。おそらくいつもこんな感じなんだろう。
まぁ確かに口は悪いがなんだかんだ言ってこれだけ感情表現がストレートなんだ。美夏の事が嫌いなら近づきさえしないだろう。
言っては悪いが頭も良さそうではない。美夏をダシにしてオレと接点を持つような狡猾さは見えなかった。
「しかしまさか天枷さんが桜内先輩と付き合っている時は驚きました。だって桜内先輩ってモテそうですし・・・・わざわざ美夏なんかと
付き合う事は無かったんじゃありませんか?」
「なんかとはなんだ、なんかとは」
「別にモテはしない。少し前までのオレだったらどうだったかは知らないが、少なくとも今のオレはそんなこと無いよ。好き放題暴れたし
色んな人に怪我もさせた。みんな怖がってるよ。あの人は異常者だって」
「そうですかぁ~? 結構天枷さんの事を大事にしていらっしゃるみたいなので酷い人には見えませんよ?」
「こいつは別だ。オレが惚れて初めて付き合う女だし大事にするのは責務だと思っている。まぁ、色々あったけどな」
「はは・・・色々話は耳にしています。大変でしたね、桜内先輩」
「ん? 話ってなんだ?」
「そ、それは・・・・ですね」
「こ、こらっ!」
「む、むぐっ!?」
何か言いだそうとした口を塞ぐ美夏。その顔は必死で絶対喋らせまいとするといった感じだ。そんな事をしたら余計にバレバレだっていうのに・・・ったく。
大方友達という事で相談でもしたんだろう。その事は別に責めたりしない。オレだって杉並や茜に相談していたからな。美夏がしたところで何の問題も無い。
でもまぁ――――それほどの友達がいるという事実は純粋に嬉しい。こいつに今必要なのはダチだからな。
「・・・・ぷはぁっ! て、てめぇ何すんだよコラッ!」
「あまり余計な事を喋るなっ! 口が軽いぞお前はっ!」
「うるせぇよっ! 何も喋ろうとしてねぇって! 早とちりするなよ、このアホ!」
「アホとはなんだアホとはっ! そんな事を言うんだったらもう義之と会わせてやらないぞ。お前が義之の事を好きだから彼女の美夏がこうして無理して
連れてきたのに――――」
「ば、ばかっ! ちげーしっ!」
わいわい騒ぐ二人組。まぁオレの事が気になっているのは前食事に誘われていた事から知っていたから別になんとも思っていない。
確かに顔は可愛いし外見も悪くは無い。ただオレには美夏っていう彼女がいるからどうのこうのしようとは思っていない。彼女もそれは知っているだろう。
ただ仲良くなりたいとは思っていた。美夏の友達だから悪い奴では無いだろう。別にロボットだからという理由で無闇に差別しているわけでもなさそうだ。
「まぁ、なんだ。今知っての通りオレには彼女がいる。君とどうのこうのしようとは思っていないよ。ごめんね」
「あ――――――そ、そうですよねっ! 知っていますともっ! あ、あはは・・・・」
「ただ仲良くやっていきたいとは思っている。そっちがよければでいいんだが・・・・俺とも仲良くしてもらえないかな?」
「え・・・・・」
「おい、義之。お前・・・・・」
「勘違いするなよ。お前の友達だからオレも親しくしたいと思っているだけだ。変な下心は無いよ」
「・・・・・そうです、か」
「ふん。お前にしては珍しい言葉だな。あの人嫌いが」
「・・・・・言うなよ」
確かに珍しい事だが―――別に悪くは無いと思っている。変な打算抜きでそういう事を考えてしまっていた。最近のオレはいつもこういう感じだ。
無闇に人を遠ざけたりしないで普通に話してしまっている。前まではとてもじゃないがそんな真似出来なかった。それ程までに嫌悪感を持っていた。
だが今はそんな感情はあまり抱かない。前のオレの影響だろうけど悪い気分ではないし、構わないと思っていた。
「だから、どうかな?」
「・・・・分かりました。私でよければ・・・・」
「そうか。よかった」
「むぅ~・・・・」
相手は多少不満気な顔をしていたが了承してくれた。当り前か、想っている相手に気はなくただ彼女の友達だから仲良くして欲しいと言っているのだから。
少し酷な事をしてしまったかもしれない。だがこのまま知らぬ顔をして引き下がるのは気が引けた。そして彼女はオレが差し出した手を握ってくれた。
「まぁ、改めてよろしくな」
「は、はい。こちらこそ改めてよろしくお願いします・・・・」
「ああ・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「おい、いつまで手握ってるんだ?」
「あ・・・・」
「そう言われてもなぁ・・・・」
手を離すタイミングを見失ってしまった。あっちも離さないしこっちも離さない。なんだか微妙な間が出来上がってしまっている。
うーんどうしたもんかと思わず考え込んでしまう。ふと手を握る。ビクッとする相手。手は軟らかいし女特有の柔らかさが少し心地いい。
ふにふにと触ってしまう。美夏とはまた違った感触で気持ちいい。多分ずっと握ってても飽きないだろう。そんな感じがした。
「お、おい義之っ! もういいだろう!」
「あ・・・・わりぃ」
「い、いいえ・・・・」
相手を見てみると顔を真っ赤にしてしまっていた。今の行動は確かに失礼だ。初対面に近い人間にする事ではない。慌ててその手を離した。
「あ・・・」と呟き声が聞こえたがあえて無視する。白河じゃねぇのにボディタッチが過ぎた。横に彼女がいるっていうのに何やってんだオレは。
横では例の如く怒った顔をしていた。そりゃそうだ。彼氏が他の女の手をにぎにぎしているんだか。それも相手はオレの事を好きな女ときている。
「まったく・・・・最近のお前は確かに丸くなってきている気がするが、反比例して軟派な男になってきているな」
「うーん、そうかもしれねぇな。前までは絶対こんな事をしなかったんだが・・・・確かに最近のオレは少しエロくなっているな。気を付けるよ」
「お前の気を付けるよはアテにならない。せいぜいまた他の女に誘惑されて落ちるなよ。前みたいな・・・・思いはもう十分だ」
「美夏・・・・」
そう言って暗い顔をしてしまっている美夏。また不安にさせちまった。ああ、まったくオレってやつは本当にもう・・・・・。
隣に座っている美夏の手を掴む。驚きでビクッとする美夏。オレはその美夏の手を握り締めたまま言葉を発した。
「悪かった。またお前を不安にさせる行動取っちまったな。だがオレが本気で愛しているのはお前だけだ。これだけは信じて欲しい」
「――――それは知っている。だから義之はまた美夏の所に戻ってきたのだからな。ただ、な・・・・・。そういう行為がお前のコミュニケーション
だって知っているのだが納得はしていないぞ」
「分かったよ。じゃあそれ以上に美夏を愛でる事にする」
「あ、おい――――」
隣に座っている美夏の肩を抱く。いきなりのオレの行為に黙ってオレの胸に収まる事しか出来ない美夏。その頬にキスをしてやった。
バッと離れる美夏。顔はゆでタコのように真っ赤だ。一応回りを見回してみたが運よくだれも見ていない。少しばかりホッとしている自分がいた。
いくらオレでもこんな現場を見られたら気恥ずかしいからな。美夏はどこか怒ったような照れたような顔をしていた。
「ば、ばかっ! いきなりなんて事を――――」
「だから言ったじゃねぇか。オレの行動に不安を覚えないように美夏を愛でる事にするって。これならお前も安心だろ?」
「そ、そういう事を言ったんじゃなくてだな・・・・」
「なんだよ。もっと愛でろと言うのならするぜ? こういう風に」
「ち、近づくなっ!」
オレが唇にキスしようと近づくが美夏は猫のように逃げてしまう。まぁそういう行動すると分かっていてやってるんだけどな。頷かれたらどうしようかと
思ったぞ。生憎そこまでの勇気はないからな。
なんにせよ――――美夏以外の女になびく事は無いだろう。美夏もそう信じていた。それだけ表面上では無く、心で繋がっていると思っていた。
柄じゃねぇ・・・・そう思えるような言葉だが本当にそういう風に感じていた。将来の事なんてまだ分かりはしないが結婚まで考えているオレ。
ロボットと結婚。他人が聞いたら笑い話になるだろうという絵空事。だがオレはそれを実行しようとずっと思っている。
「あ、あはは・・・・本当に仲がいいんですね・・・・」
「あ――――」
しまった、彼女の存在を忘れてしまっていた。居心地悪そうに頭を掻いている。オレも少しばかり調子に乗ってしまった事を悔いた。
なんとも情けない姿を見られたもんだ。美夏は横で必死に言い訳をしているが苦笑いしている彼女。全く信じていないようだ。
せっかく食事に誘ったのに嫌な思いをさせてしまったな。オレは謝る事にした。
「ごめんな、変なところ見せちゃって。少し調子に乗っていたようだ」
「あ、いいんですよ。ただ――――私思いました」
「ん? 何をだ?」
「なんか・・・・二人の仲の良さを見ているともう離れないんだってなぁって。本当に仲良さそうですもんね、御二方」
「そう見られているのは嬉しい事だ。事実仲がいいし、愛し合っていると思ってるしな」
「あはは、ストレートですね。そういう人好きです。少しばかり桜内先輩が女性にだらしないと思っていましたけど・・・・これなら大丈夫そうですね」
「耳が痛い話だが・・・・そうだな。なんだかんだいってコイツ以外の女とどうしようと思っていない。一回別れた時は結構自暴自棄になってしまったが
もうそんな事は起きない。ずっと傍に居させてやるしな」
「お、おい・・・・あんまり恥ずかしい事を言うなよ」
「なんでだよ。本当の事じゃねぇか」
「うー・・・・・」
「あはは。照れちゃってまぁ・・・・いつもこうなら可愛いものですけどね」
「・・・・・うるさい。ノータリン女」
「――――ああっ!? だれがノータリンだこのポンコツっ! いい加減にしねぇとスクラップ掛けるぞコラっ!」
「ふん。やってみるがいい」
そしてまた騒ぎだす二人。まぁ・・・・仲が良い事はいい事だ。美夏もオレと喋ってる時より更に地を出している気がする本当にいい事だと思う。
少しばかり寂しい気もするが無視する。オレだって杉並と話す時はもっとくだけた言い方になるしそれと同じ事だと思う。やっぱり同性の方が気を許せるしな。
美夏とはこれから付き合いが長くなる。多分死ぬまでこの付き合いは切れないだろう。結婚もするし家庭だって築くつもりだからな。
ガキが出来るかどうかは分からないがそれだって構いやしない。美夏と二人でいれるならそれだけでよかった。勿論子供が居た事に越した事はないがそう思える。
エリカとの件も一段落したしとりあえず胸の中の不安要素が消えていたオレはそう考える程少し安心していたのかもしれない。今までのオレの不安としては美夏が
ロボットという事がバレているという事よりも、その事の方が遥かに不安はデカかったからだ。
もう問題はない―――そう馬鹿げた事を考えていた。失念していた。オレが美夏の事を好きなように、オレの事もそれぐらい好きだという女性の想いの強さを。
呪いに近いと言ってもいいその思いの強さ。侮っていた。気付いていなかった。気付かなかった振りをした。だからその事が起きた時には猛烈に後悔
してしまっていた。本当の愚か者とは自分の事を言うのだと思えるぐらいに・・・・。
「あーあ・・・それにしても義之君に彼女さんいるなんてなぁ。残念だね、小恋」
「ま、またその話? だから別にそんなんじゃ・・・・」
「なーにを今更。でもまさか天枷さんとなんてねぇ・・・・ロボットだっていう噂があるのって・・・・あの子の事なんでしょ?」
「うーん・・・・そういう噂はよく聞くけど――――義之の場合は、あまり関係ないんじゃないかな?」
「そっか・・・・そうだよね、うん」
義之君は元々優しい人間だ。今じゃあんなオレ様みたいになってるけどそれは変わらないだろう。天枷さんとの様子を見てる限りではそう思えてくる。
まさに熱々カップルといった所だ。義之君も義之君で周囲の目なんて気にしないでストレートな感情表現してるし、見てるこちら側が困ってしまう。
小恋もそういう気持ちだろう。確かに義之君の事は好きであったがそれは別に恋愛感情抜きでもそうだった。少し困り顔をしながらも二人の中を応援
していたのが印象的だ。それを見て「ああ、本当に義之君の事好きだったんだなぁ」と私は感じていた。
「ていうか、ななかも結構義之の事を気に掛けてたじゃない」
「――――ん? そうだっけ?」
「そうだよぉ~。義之だけに対してはなんか態度が違って見えたし・・・・好きだったんでしょ? 義之の事」
「さーてどうだったけなぁ。とゆうか今更そんな事言っても可能性が出てくる訳じゃないし――――実の無い話は止めにしようよ、うん」
「んー・・・・・・・それもそうかな。でさ、今度商店街に出来たお店なんだけど――――」
小恋はいい人だ。素直に空気を読んでくれて助かる。過去系の話であったとしても私と小恋が同じ人物を気にしていたなんてなったら友情が壊れる
かもしれない。恋愛は実は怖いのだ。
そして話はアイスクリーム屋の話になる。さっきお弁当を済ませたばかりなのによく甘い物の話になるものだ。ゲップが出そうでたまらなくなる。
まぁ小恋の場合は全部栄養が胸に行くからいいんだけどさぁ。私なんか最近やばくてなってきたってーのにこの子ってば・・・・。
「キャっ! な、ななかっ! いきなり胸揉まないでよぉ~~!」
「別にいいでしょ~? ほりゃーウリウリー」
「や、止めてってば~!」
少し恨めしいので胸を揉んでやった。小恋は私の手から逃れようとするが無駄な事だ。大体小恋はこういう風にイジられると抵抗出来なくなる。
気が優しいのだろう。だからといって止める気は無いが。それにしても、本当に胸が大きい。こりゃあ渉クンが夢中になって見るだけの事はある。
だがあんまりやりすぎると怒るので止めておこう。怒った小恋は怖いからなぁ。そんな事をしていたので私は曲がり角から人が出てきたのに気付かなかった。
「あ――――」
「キャッ!」
「わわっ!」
ドンと肩がぶつかる。幸い私はたたらを踏む程度で助かった。だが相手は勢いに負けて尻もちをついてしまう。廊下に痛そうな鈍い音が響き渡った。
相手は―――ムラサキさん。喋った事も無いし会った回数もほとんどない。何故知っているかというと義之君の記憶を読んだから。だから知識として知っていた。
義之君と壮絶な恋愛模様を展開した相手。思わず心臓がドキっとしてまう。映画俳優と会ったらこんな感じがするのだろう。記憶を見た後だとそう感じる。
「ご、ごめんなさいっ! 大丈夫ですかっ!?」
「いたた・・・・もう、ちゃんと前を見て歩いていますの!?」
「わわっ! ほ、本当にごめんさいっ!」
「まったくもう・・・・・」
さすが貴族のお嬢様。怒られただけでこの迫力。思わず頭をペコペコ何回も下げてしまう。それほど怖かった。なまじ綺麗だから余計にその迫力は増している。
ぶつぶつ文句を言っている彼女に手を慌てて差し出す。思わず腰が引けたままの体制になってしまうが誰もそれを責める事は出来ないだろう。
彼女はブスッとしたままその手を握った。私はその手を引き上げようとして――――手の力を弱めてしまった。
「あ――――――」
「あっ、と・・・・・・あ、危ないじゃない、貴方ッ!」
「――――ッ!」
「ご、ごめんなさいっ! もう何やってるのよ、ななかっ!」
隣で小恋が代わりに謝っている。私は茫然としたままその場に立ち尽くしていた。そんな様子の私を怪訝な様子で見ていたが、もう用はないとばかりに
立ち去るムラサキさん。隣では小恋が彼女の背中に謝罪の言葉を律儀に投げかけていた。
私はというと・・・・・それどころじゃなかった。なんて事を考えているんだあの女性は。そこまで――――そこまで義之君の事を好きだったというのか。
あまりにも非人間的な考え方。何が貴族の娘だ。やろうとしている事はそこら辺の犯罪者と変わらない考えでは無いか。
「あーあ、多分まだ怒ってるよあの子。本当にどうしたの、ななか?」
「・・・・・・!」
「あ、ななかっ! どこに行く――――」
小恋の言葉を無視して私は走り出す。目指すは義之くんのクラス。お昼休みはもう終わる時間だったが関係ない。早くこの事を義之君に話さなくちゃ。
教室が目の前に見える。速度を落として少し私は歩いてしまった。ぜいぜいと息をついてしまう。あまりの体力の無さに少し悲観してしまった。
クラスを見回すが・・・・義之君の姿が見えない。思わず苛々してしまう。こんな時にどこをほつき歩いて―――――――
「あ? 白河何やってんだよ」
「――――ッ!」
義之君の声。振りかえるといつも通り無愛想な顔をしてそこに立っていた。
思い掛けずガシっと腕を掴んで走り出した。内容が内容だ、こんな所で話して誰かに聞かれたらマズイだろう。
義之君が制止の言葉を荒っぽく投げかけてくるが無視だ。本当に今はそれどころではないのだから。
そして人通りの少ない場所まで来た。ここなら話をしても大丈夫だろう。とりあえず私は息を落ち着かせた。
「はぁはぁ・・・・ここなら大丈夫よね・・・・・」
「おい、何慌ててるんだよ。大丈夫かよテメェ」
「もうっ! どこに行ってたのよ義之君!」
「どこって・・・・トイレだよ。一応人間だからな。排泄行為をしなくちゃ生きていけない」
そう言ってジト目で睨んでくる。その視線に多少うろたえてしまうが心を奮い立たせる。
時間がもうあまり無い。だから手短に話す事にした。私は息を落ち着かせて叫ぶように言葉を発した。
「天枷さんがこれから大変な事になるのっ! だから今から助けに行ってあげてっ!」
「・・・・・・・・どういう事だ?」
「さっきムラサキさんとぶつかって心を読んだのっ! そしたら、天枷さんに酷い事するって考えが流れてきて・・・・それも男子数人使って・・・」
思わず涙ぐんでしまう。恐怖かおぞましさか――――あまりにもその感情が何か分からなくて勝手に出てきてしまう。あそこまでの感情は感じたことが無い。
あまりにも大きい感情の奔流。それを私は感じてしまった。あそこまで人を愛せるのか、あそこまで人を欲っせるのか、あそこまで人を憎めるのか。
そんな思いでいっぱいだった。私の話を聞いた義之君は舌打ちして呟くように言葉を吐き出した。
「・・・・っち! エリカの野郎またロクでもねぇ事を・・・・!」
「時間があんまりないの! だから天枷さんの事を――――」
「分かってるよっ! ありがとうな、白河っ!」
「あ・・・・」
そう言って義之君は駈け出して行く。私はというとその背中を見送る事しか出来なかった。私が行っても足手まといになるだけだし、何より怖かった。
超能力みたいなモノを持っているが私だって普通の女の子だ。そんな現場に行くなんて出来やしない。今だって体が少し小刻みに揺れているぐらいだ。
こんな調子で行ったって精々遠くから見る事しか出来ない。何か、何か他に出来ないだろうか。
「・・・・そうだ、杉並君がいた」
パッと思い付いた人物は杉並君だ。私の知っている中で頼りにそうな人は杉並君ぐらいしか居ない。渉クンでは少し頼り無いし、内部事情も知らない。
大体の事情を掴んでいるのは花咲さん、杉並君ぐらいだ。義之君の記憶が正しければそうなる。だから私は杉並君を呼ぶ為にもうひと走りした。
何故こんなにも私は必死になっているのか――――簡単だ、義之君の事が好きだからだ。それだけの理由だが、それだけで十分だろう。
別に恋愛感情抜きにしても義之君は好ましいと思える。大分性格は変わってしまったが天枷さんに対する態度を見ていると本当は心優しい人物だと分かる。
見ていてとても幸せになれるカップル――――それが義之君と天枷さんだ。そんな人物達が酷い目に合うなんて想像したくない。あってはいけない話だ。
だから私はこんなにも走っている。息を切らせている。昼休み終了の鐘が鳴った。関係ない。私はとにかくひたすらに杉並君の所に走った。
「くそっ! どこにいるんだよ美夏は」
とりあえず美夏のクラスに行ってみたが美夏は居なかった。例の友達に聞いた所どうやらトイレに行ってから戻っていないらしい。
オレは何かあったのかと聞いてくる友達を無視してまた走りだした。その時昼休み終了の鐘が鳴った。しかし関係ない。オレは更に足を速めた。
はっきりいってこの学園は広い。見つけるのは困難だと思っている。こうなったらしらみ潰しに・・・・駄目だ、時間が掛かり過ぎる。
「――――よく考えろ・・・・この時間で人が来ない場所って言ったら限りがある・・・・」
少なくとも校舎内は無いだろう。移動教室とかで空き部屋はそんなに空いていないし、空いてたとしても使わない。
その隣が音楽室だったりオーラルコミュニケーションで使う教室だったりする。学年ごとに設けられていたりするのでその周辺の可能性は無い。
そんな所で悶着を起こしたらすぐ他の生徒にバレてしまうからな。となると美夏がいる可能性のある場所というと・・・・・。
「やっぱり校舎裏しかねぇな。屋上だと校庭で体育してる奴らに見つかる可能性がある」
校庭からは案外屋上が丸見えだ。フェンス越しまで美夏が来てしまえばその存在は目立つ。元々屋上に生徒は立ち入り禁止になっているからな。
やはり美夏が居る場所は校舎裏しか考えられない。もしかしたらそれらのどこにも居ないかもしれない。本校のオレの知らない教室にだって居る
可能性はある。
しかしそんな場所を探している時間は無い。白河は言っていた、時間は無いと。だから一番可能性のある場所を探すことにした。
「それにしてもエリカの野郎・・・・あいつまだくだらねぇ事考えてやがったのか・・・・」
もうオレ達に関わらないと思っていた。甘かった。あいつはオレの事が好きだったんだ。オレが考えている以上にその想いは強かったんだ。
過去を振り返るとその事が容易に分かる。依存していると言ってもいい。オレが離れると分かった途端手首を躊躇なく切る、そういう女だ。
決して忘れていた訳じゃないが考えが浅かった。美夏を潰してまでもまだオレの事を手に入れようとしているとは思わなかった。
「いや、もしかしたらタダの腹いせかもしれねぇな・・・・くそ、マズったぜ本当にっ!」
ぼやいても仕方が無い。オレに出来る事は一刻も早く美夏を救う事だ。エリカの件はこの際後回しだ。どちらにせよ落とし前はきっちりつけてもらう。
そう考えて校舎裏に近づくと男数人の声と―――美夏の声が聞こえてきた。ビンゴだ。どうやら運よく見つける事が出来たらしい。
「や、やめろっ! 離せっ!」
「おいおい、暴れんなって。ちょっとは先輩の言う事を大人しく聞くもんだぜ?」
「痛いのは最初だけだからさ。その後すんっげぇー気持ちよくなるから安心しろよ」
「あはははっ! なーにが気持ち良くなるだよ、童貞の癖によぉ~」
「うるせーよっ! まぁロボットが初めての相手になるとは思わなかったけどさ。なんつーか風俗で初体験する気持ちだぜ」
「しっかしロボットには見えないよなぁ、マジで。まぁヤレるなら構わないけど」
「く・・・・・! 怪我してる人が居るから助けてくれなんて嘘などつきおって・・・・」
「そんな小学生でも騙されない嘘に引っ掛かる美夏ちゃんが悪いんだよん。さぁ、脱ぎ脱ぎしましょうか~」
「ば、ばかっ! やめろっ!」
下卑た笑い声が聞こえてくる。もうその時点で頭の怒りが最高潮に達する。もう頭の中はあいつらをブチのめす事しか考えられなくなっていた。
あまりの怒りですぐ近くにあった窓ガラスを肘で割ってしまう。鳴り響く派手な音。男達はその音にビクッと体を震わせてこちらを振り向いた。
そんな男達の前にオレはゆっくり歩き出す。男たちは最初戸惑う顔をしていたが、オレが一人だと分かると途端に顔を歪ませた。
「ああ? なんだよ、お前」
「よ、義之っ!」
「義之? ああ・・・・・あの最近派手に暴れているガキか」
「なんだよ、お前も混ざりたいのか?」
「あはははっ! なんだよ、それなら最初から言えっての。でもまぁ、残念だけどもう人数は足りているからお断り――――」
ヘラヘラした顔で近づいてくる男。あまりにも無防備だ。オレの話を聞いていてそんな行動を取っているんだとしたら、バカとしか言いようが無い。
思いっきり男の前に駈け出す。驚きで一瞬硬直する。襟元を掴んで体制を崩して思いっきりその顔面を吹っ飛ばしてやった。たまらず背中から派手に
ぶっ倒れる男。
弛緩していた空気が一瞬で引き締まったのを感じた。男達は詰まらなそうにオレに体を向き直る。いつもの慣れしたんだ空気。オレはその男達を見据えた、
「んだテメェはよっ!」
「このクソガキが・・・・調子に乗りやがって」
「まったく、面倒を起こさせるんじゃねぇよ」
「美夏ちゃーん、ちょっと待ってってねぇ、すぐ終わらせるから~」
「ぐ・・・・くそが・・・」
「・・・・・・」
五人。相手の数は五人だ。いつもなら冷静に立ち向かう。当り前だ、俺よりガタイのいい奴が五人もいる。感情的になっては一方的にボコボコになるだけだ。
さっき殴れたのは油断している相手だったからだ。もうこいつらは油断なんてしないだろう。だから冷静に落ち着いて対処する。そうしなければいいけない。
なのに――――とてもじゃないがそんな気にはなれないでいる。彼女を強姦されそうになっているんだ。冷静な対処・・・・出来る訳がねぇ。
「オラァっ!」
「がッ・・・!」
「こ、この野郎っ! おい、囲んじまえっ!」
「分かってるっつーのっ! お前はそっち回れっ!」
「ざけやがってこの・・・・!」
気合い一閃で殴りかかる。体のどの部分を狙うなんて頭は持っていなかった。ただガムシャラに突っ込んだだけ。運よく首筋に拳が当たったがそれだけだ。
あっという間に囲まれて捕まってしまう。そりゃあ相手のど真ん中に突っ込めばこうなるだろう。人数は相手の方が圧倒的に多いのだしこうなるのは当り前。
そんな事さえ考え付かなくて殴り掛かり呆気なく捕まってしまう。愚行としか言いようが無い。羽交締めにされたオレに男が話仕掛けてくる。
「なんだ、弱ぇじゃねぇか。まったく、活きがいいと思ったがとんだザコだぜ」
「くっ・・・・・」
「おい、このクソガキ・・・・さっきはよくもやってくれたな。舐めやがって・・・・よっ!」
「が――――」
さっき殴った男がオレの顔面に拳を打ちつける。そして今度は腹に蹴りを入れる。オレはその攻撃に耐える事しかできなかった。
今すぐこいつらをブン殴りたい気持ちでいっぱいだというのに動けないでいる。そんな歯痒さが益々オレの頭を熱くさせた。
「こ・・・この野郎・・・!」
「あー? 何吠えてるんだよ、このクソ野郎。大体ケンカ弱っちーのに向かってくるなっつーの」
「言えてる言えてる。居るんだよねぇ、こう言う風に弱いのに立ち向かってくる奴って。バカだよなぁ」
「あーもしかして最近暴れて自信付けちゃったとか? それで勘違いしちゃったと」
「これだからケンカした事の無いヤツは困るよなぁ。ちょっと人殴った事あるからって変に活きがるからよ」
好き放題言ってくれる。オレが本気を出したらこんな奴ら――――いや、今の状況を返り見るにそれは当たっているかもしれない。
多数の相手に何の策も無しで突っ込んだオレ、素人以下だ。オレが逆の立場だったらそんな考えをするだろう。こいつは素人だと。
結局こうやって惨めな姿を晒してしまっている。なんとも情けない話だ。彼女を助けるどころか返り打ちに合ってしまっている。
「大体なんでコイツここに来た訳? 偶然発見してすごい正義感に燃えちゃったとか?」
「あ、オレ聞いた事があるぜ。今思い出したけどコイツと美夏ちゃんて確か付き合ってるって噂があるって」
「マジかよ。ロボットと付き合うなんて正気じゃねぇな。どうせヤリたかっただけだろ?」
「あー、かもしれねぇな。ロボットでロクな知識もないから手取り足とり教えてやるよーみたいな?」
「なにそれ、最悪じゃん。オレさ、結構正義感強いからそういうの許せないんだよねぇ・・・・」
「はは、よく言うぜ。一番初めに美夏ちゃんに飛びかかった癖によ」
「オレはいいんだよ。常識があるからさ。ただコイツだけは許せないね。まったく、美夏ちゃんを喰い物にしやがって」
また拳が飛んでくる。躱せない。また頭が揺さぶられた。射殺さんばかりの視線を打ちつけるがそんなのは無意味だ。鎖に繋がれた犬に何を恐れるのだろうか。
ニヤニヤしてオレを痛ぶる男達。美夏と視線が合う。とても心配そうな眼をしていた。思わず視線を逸らしてしまう。こんな情けない姿を見られたくなかった。
その時オレ達の様子に気付いたのか、男が言葉を発した。
「なーに見詰め合ってるんだよ。こんな状況だってーのに、まったくお盛んだぜ」
「あ、オレ面白い事考えた」
「え、なになに?」
「オレと美夏ちゃんのキスシーンをこいつに見せつけてやるってのはどう?」
「な――――」
「えーー・・・・だったらその役オレがやりてぇんだけどさ。あの柔らかそうな唇に、こう、ブチューっとさ」
「ダーメ。オレが先に言いだしたんだからオレだろ? こういうのは早い者勝ちなんだよ」
そう言って美夏の元に歩き出す男。オレは必死に体を動かすがビクともしない。男数人に体を押させつけられているのだ、当り前だろう。
しかしそんな事は関係ない。絶対そんな事はさせない。美夏の体にこいつらの指が触れただけでも許せねぇのにそんな事させてたまるか。
美夏にもその話は聞こえている。逃げだすチャンスはあったがオレの事を気にしてか逃げないでいた。バカが、今の内に逃げてればいいものを・・・・。
「はーい、美夏ちゃん。ちゅっちゅしましょうね~」
「ふ、ふざけるなっ! 誰がお前なんかとっ!」
「はいはい抵抗しない。さぁ、いきまちゅよぉ~」
「やめ――――」
美夏の抵抗虚しく――――キスをされてしまう。美夏の目が驚きに満ちて、次には涙を流してしまっていた。おぞましさと恐怖と、悔しさを織り交ぜながら。
それだけでも許せない行為なのに男は次に信じられない行動を取った。手で顎を上げさせ両頬を指で押し出す。自然に開く口。それに舌を入れた。
美夏も慌てたように男を引き剥がそうとするが子供と大人ぐらいの力の差がある。その願いは敵わないまま美夏はなされるがままになってしまった。
「や・・・やめろよ・・・・クソ野郎・・・」
「おー激しいねぇ。もうあいつ夢中でディープかましてるぜ」
「いやらしいなぁ~。もう美夏ちゃんもメロメロになって足腰立たなくなるんじゃね?」
「あはは、そうかもしれないなぁ。μとかのロボットってそういう機能もあるんだよな? 性行為の機能。今頃愛液でびしょびしょなんじゃねぇか?」
「てことはあの子も本当は悦んでいるって事か。おい、クソガキ。お前の彼女とんだ淫乱だな。本当は他の男とやりまくってんじゃねぇか?」
ふざけるな。美夏はそんな女じゃねぇ。その口にコンクリ詰まらせて内蔵バラバラにしてやろうか。そんな気持ちが湧き上がる。
と、その時。男が弾かれたように美夏から離れる。怪訝に思いながらその男を見詰めた。顔は噴怒の表情。口からは血が流れていた。
「あーあ、ばっかでやんでの。舌噛まれたんだな、ありゃあ」
「あはははっ! マジでウケるんだけどー」
「くっ・・・・この女っ!」
「ぐぅっ!」
鈍い音を立てブン殴られる美夏。男の小さいなプライドに傷を付けてしまったのだろう。顔にはよくも恥を掻かせてくれたなと言わんばかり
の表情が貼りついていた。息も荒く少し興奮状態になっている。
美夏が殴られた。こんな人間の屑みたいな奴らに強姦されそうになり、殴られた。頭が一気におかしくなった。おかしくなり過ぎて逆に冷静になった。
男数人がその場にヘラヘラしながら近寄っていく。これから美夏を犯すのだろう。そんな事はさせやしねぇ。オレは息苦しくなりながらも言葉を吐いた。
「――――お前ら全員殺してやる」
それは決意の表わしで確定事項だ。こいつら全員ここから帰さない。生き地獄を味わせやる。
「な、何やってるの貴方達っ!」
私は思わず叫んでしまった。確かに天枷さんを襲えとは確かに言った。だが義之を傷付けていい等とは決して言っていない。
キッとあの男を睨みつける。男は慌てたように義之を離した。つかつかと男に歩み寄って私は睨みつける。どうなっているか気になって
授業を抜けだしたら案の定コレだ。
男は私に睨みつけられて恐縮そうに身を縮こませる。まったくこのグズは。役に立つどころか余計な事をしてうなんて。どう義之に詫びればいいのだ。
「何をやってらっしゃるのかしら、貴方は?」
「な、なんだよ。言われた通りの事をやってるだろ・・・・」
「ええ。やってますわね。でも義之に手を出せなんて何時言いました?」
「そ、そんな・・・・・コイツが邪魔しにきたから少し痛い目みてもらってるだけで・・・・」
「・・・・・はぁー」
義之も困ったものですわ。こんな時に何もヒーローみたいな事をしなくても。まぁそれが義之の良い所でもあるんですけど、この場合は厄介でしかない。
さてどうしたものか。このまま義之が黙って帰ってくれそうもない。迂闊にも私の姿まで見られてしまった。まったく、困った事になったものだ。
とりあえず義之を押さえつけてもらってこのまま事を運ぶしかないだろう。そしてそのまま天枷さんが犯される所を見てもらう。少し可哀想だけど
これも義之の為だ。
義之は心に傷を負うだろう。もう立ち直れないぐらいに。そこで私が登場してずっと義之を慰める。なんて完璧な作戦だ。自分の頭の良さが怖くなる。
憎さで私しか見えなくなる。それでいい。義之は私の事が大好きなのだからいずれ目が覚めて私の行動を認めてくれるだろう。よくやってくれたと。
「まぁ、いいでしょう。とりあえず義之をまた――――」
そう男に言おうとした―――瞬間、頭が弾け飛んだ。驚きで硬直する私。私が来た事によって成り行きを見守っていた男達も驚く。
義之が男のコメカミを思いっきり蹴り飛ばしたのだ。綺麗な蹴りだった。私は場違いな事にもそう思ってしまった。
「オレさぁ、結構格闘技の試合とか見るんだよね。こんな歳頃のせいかそれを見た後は蹴りの練習とかしてんの。はは、小学生みたいだろ?」
男にそう言葉を投げかけるが返事は無い。どうやらさっきの蹴りで意識を失ってしまったようだ。
義之はつまらなそうな顔をしながらも男を仰向けにして、顔面を踏みつけた。
「な、てめぇコラっ! 何やってんだよっ!」
「人の頭ってさ、結構固いんだよな。骨の集合体だし踏み壊すのは結構手間が掛かる。面倒だよな」
一撃。意識は無いのにその攻撃から逃れようと顔を背ける。だが義之は面倒臭そうに足でまた元の位置に戻す。
「おい、止めろって言って――――」
「こういう風にやる度に思うよ。人って案外頑丈なんだなって」
二撃。男の鼻の骨が折れたのだろう。鼻血が盛大に吹き出す。義之は足に血がついたのを見て嫌そうな顔をした。
「止めねぇとこの女を――――」
「よく失血死と出血死を混同する奴がいるが馬鹿だよな。血が流れ過ぎて死ぬのが出血死で内蔵等に血が流れて行かなくなって死ぬのが失血死だ。
こいつの場合鼻血による出血死って所か? 案外馬鹿に出来ないんだぜ。鼻ってのは呼吸する所だからな。ん? それだと死因は呼吸困難か?」
三撃。今度は盛大に唇が切れて血が流れ出す。歯が折れて口の中に刺さったのだろう。口からもゴボゴボと泡を吹く。
「お、おい――――」
「オレも何回か顔を踏みつけられた事があるが、あれは痛いね。一瞬何も考えられなくなる。次からは絶対にやられねえって思ったよ」
四撃。もう顔なんて見られたものじゃない。目の所は腫れ上がっているし口周りなんか真っ赤だ。それはそうだ、革靴で思いっきり踏み抜けているんだから。
「そ、それぐらいに――――」
「昔はケンカが弱い癖に無闇に突っ込んではボロボロになっていた。頭が悪かったんだよな。弱いヤツは弱いヤツなりに工夫するしかないってのに」
五撃。何かが折れる音がした。おそらく頬骨だろう。見た目でもう見事に陥没している。私は少し吐き気を催してしまった。あまりにも、酷い。
「ば、ばかっ! 死んで――――」
「どうすれば強くなるか考えた。答えは経験を積むしかなかった。元々頭でっかちのオレだ。実際に経験を積むしかなかった」
六撃。もう交通事故にでも会ったような顔だ。それ程までに義之は思いっきり顔をさっきから踏み抜けている。おそらく慣れているのだろう。動作が流暢だった。
「な、もう止め――――」
「負けず嫌いだしすぐに強くなった。それからはもう飽きちまってケンカはあんまり売らない事にした。ケンカでいちいち痛い目見るなんて、バカだろ?」
七撃。もう死んでいる、誰もが思っていた。男の体は痙攣しているしさっきから悲鳴の一つも挙げない。顔は赤で何も見えなくなっていた。
「――――」
「だけどお前らみたいに何も考えないでケンカしたがるヤツは多い。だから絡まれてはケンカするの繰り返しだった。オレって目を付けられやすいタイプだからさ。
でも・・・・今思えば多分こういう時の為にオレは強くなったのかもしれないな。お前らみたいなやつらを殺す為に」
義之は向き直って男達を見た。その横顔、とても怖い顔をしていた。別に怒っている表情はしていない。無表情だ。まるでロボットみたいな目をしていた。
だが、怖い。何を考えているか分からない。この状況下で無表情はあり得ない。自分の彼女がレイプされようとしているのになんの感情も露にしていない。
男たちはそんな義之の視線にビクっとしたが、心を奮い立たせるように叫んだ。
「ざ・・・さけんなよっ! おい、また囲んで今度こそボコるぞっ!」
「あ、ああっ!」
「調子に乗りやがって・・・・!」
そう言って義之に挑むように走り寄ってくる。対して義之は詰まらなそうにそれらを見詰め―――腕を振るった。
何も見えなかった。何だろうと思っていると、いきなり耳を劈く様な叫び声が聞こえてきた。
「あ、あぁぁあぁあああ!!」
「なっ! おい、どうしたっ!?」
「・・・・・ッ・・・・! ・・・・・・・ァ・・!」
「お、おいコレ・・・・」
前屈みになり、呼吸が出来ないのかカスリ声を上げている。そして男の股の辺りから血がじわじわと漏れてきて地面に赤い染みを作り始めた。
よく見るとガラスの破片のようなモノが刺さっていた。それがさっき義之が投げたモノなのだろう。あまりにも透明なので気付かなかった。
そして男は泡を吹いて―――気絶してしまった。この倒れている男もそうだろうがすぐに病院に行かなければいけない程の怪我だろう。
「すげぇ頭に血が上って気付かなかったけど、さっきガラス割った時思わず破片をポケットに入れてたらしい。いやー嫌だね、なんか癖みたいで
あれこれ凶器になりそうなものをすぐポケットに仕舞っちまう。物騒な性格だよ、本当に」
「て、てめぇ!」
「外国じゃレイプしたヤツはペニスを引き抜かれるらしいな。可哀想な事だがそいつもそんな目に合った訳だ。血の量からしてもう勃たないだろうなぁ」
「こいつ、ぶっ殺してやるっ!」
「やってみろよ・・・・この屑が」
そう言って義之は駈け出した。だが、あまりにも前の男達に集中していたので蹲っていた男の体に足を掛けてしまい転びそうになる。
手を地面について転倒は免れたがそんな好機を見逃す程相手は馬鹿じゃないらしい。その勢いのまま相手の一人が義之にタックルをして押し倒した。
そのまま義之の襟首を締めようとして―――飛び跳ねる。男は悲鳴を上げてそこら辺をもんどり打って苦しんでいた。あまりの状況に皆茫然としてしまう。
「な、なにをしたんだ、お前っ!」
「あ? 別に砂利を目に捻じ込んだだけだよ。さっき転ぶフリして拾ったんだが・・・・すげぇ効果だな。まぁ仕方ないか、失明する程捻じ込んでやった
からな。もうニ度とその眼は開けなくなっちまったが・・・・別に支障はないだろ。片目残ってるし」
「な、なんて事を――――」
「本当は殺しちまってもいいんだが・・・・それじゃあ美夏と一緒に暮らせなくなっちまう。そんなつまらない事でそれが叶わなくなるなんて馬鹿げている
と思わないか? 感謝しろよ。」
「何が感謝だ・・・・このイカレ野郎が・・・・」
「強姦野郎に言われたくねぇよ、このタコ」
そしてすぐさま喋っていた男に義之は飛び付いた。その勢いのまま倒れ込む二人。残った男の一人はどうしたらいいのか分からないのかその場に立ち尽くして
しまっている。逃げる事もせず、助勢することもせず、泣きそうな顔でその場に佇んでいた。
男は義之の姿を睨むように眼を向けるが、次の瞬間には恐怖と驚きで眼をいっぱいに広げる。義之の手にはあのガラスの破片が握られていた。
義之はそんな男の姿を見て―――笑った。あまりにもおかしいといった風に。そんな義之を見て、更に私は怖くなってしまった。
いつも義之は笑う時は本当に心の底から笑う様な笑顔だった。今でもそれに変わりはないだろう。ただあまりにもそのベクトルが違っていた。
「やっぱりオレの性格だから二個ぐらいポケットに入れてたか。無意識でそこまでやるとは流石オレだな。さーて、どうしよっかなぁ~。
このまま喉に突き刺していいかな?」
「なっ!? こ、殺さないじゃ無かったのかよっ!?」
「そんなもん嘘に決まってるだろ。うーん・・・・どうしよう」
そう言って男の顔をガラス片で何回もなぞった。赤く引かれる線。出血する男の顔。その度に男の顔は恐怖で歪んだ。それを見て義之は更に笑う。
その行為を何回もやっていると男がいきなり黙ってしまう。よく見ると白目を剥き、泡を吹いている。あまりの恐怖で失神してしまったのだろう。
「あ? おい、寝るなよ。おいコラ」
「・・・・・・・」
「おーい、もしもーし?」
「・・・・・・・」
「起きろって――――言ってんだろコラァ!」
「ガッ――――」
叫んでガラス片を肩に突き刺す義之。男は弾かれたように眼を開いた。
そしてまた義之を視認するとまた恐怖で顔が歪む。
「よぉし、やっと起きたか。まったく手間かけさせやがって・・・・」
「ヒッ・・・・・」
「お前の処罰が決まったから言おうと思ってよ。聞きたいか?」
「や、やめてくださいっ! お願いしますっ!」
「そうか、聞きたいか。そんなに聞きたいか。じゃあ教えてやるよ。お前に対する処罰―――串刺しの刑ってのはどうだ?」
「え・・・・」
そう言って義之はおもむろに腕を振りあげ、ぞんざいな動作で体の左肩を刺した。悲鳴を上げる男。逃げようとするが上に乗っかられて逃げられないでいる。
そして何回も何回も体の適当な場所にガラス片を刺した。じわじわ垂れる血の赤。失神する度に義之は思いっきりガラス片を刺すので気絶する事が出来ない。
命の危機を本能で感じたのだろう。男は無理矢理義之の体を押してそこから逃げようと這い出た。だが腰が抜けたせいか芋虫みたいに這いずり回る事しか出来
ないでいる。その後ろを義之は楽しそうに歩いている。
「おーい、逃げるなって。もうちょっと付き合えよ。ノリ悪いなぁー」
「・・・ヒッ・・・・ア・・・・くぅ・・・・」
「早く逃げないとまた刺されるぞー。ほらほら、早く頑張れよ」
「・・・・ち・・・・ちく・・・しょう」
「あー駄目。時間切れ。もっと必死感だせよなぁ、まったく」
「や、やめ――――」
逃げようとした男の背中に乗りかかり――――また無造作に突き刺す。もう男は悲鳴を上げる気力もないのか口をパクパクさせているだけだ。
背中にもまた無数の刺し跡が残される。ザクッ、ザクッっと規則的にその音は流れている。無事な男と私はその光景から眼を離せないでいた。
恐怖でがんじ絡めになってしまった私達。もう逃げだそうなんては考えていなかった。ただ、そこに立っている事しか出来ないでいる。
「ん? おーい」
「・・・・・・」
「――――なんだよつまんねぇな。もう失神しやがった。もう飽きたからいいや。そのまま寝ておけ」
最後に思いっきり男の左肩にガラス片を刺して立ちあがる。そして義之の視線の先には残りの男。ニヤニヤしながら男に近寄っていく。
恐怖に顔は歪み、今にも泣きそうな眼をしていた。しかしそんな事は義之には関係無いらしく無造作に相手の髪を掴んだ。
そして男の髪を思いっきり下に引き下げて、顔面に膝を叩きこむ。前にも見た義之の得意な膝蹴り。ただし威力は前より遥かに高そうな音を出していた。
「今ので鼻の骨は折れたな。さて、次は――――」
「あ、・・・・ぐ・・・・もう、・・・やめてくれ・・・・」
「何言ってるんだよ。美夏が止めてって言ってお前らは止めようとしたか? 都合のいい事ばっかり言ってんじゃねぇよ」
「ご・・・ごめん・・・なさい」
「謝罪はいらねぇよ。次は・・・・肩かなぁ」
「え・・・・あ・・・・」
肩に腕を回してぎちぎちに固める。更に恐怖に歪む顔。これから何をされるかおぼろげに感じ取ったのだろう。いやいやするように体を捻る。
だが肩を完璧に固められているので動けないでいる。義之はにやにや笑いながら―――そのまま地面に自分の体ごと押し付けた。
ボギッという音。今日何度目になるか分からない悲鳴を私は聞いた。
「ぎゃぁああぁああーーーーっ!!」
「あー毎回の事ながらうるせぇな。肩外れたぐらいでいちいち騒ぐなよ」
「うぅ・・・・ひっく・・・ぐぅ・・・・」
「あーあ、泣いちゃった。オレの先輩なんだからもっとビシッとしてくれよな。まぁ先輩だなんて思ってねぇけど・・・・ほら、次行くぞ」
「あ・・・・・」
そして今度は反対の腕に手を回し、また無造作にその腕を捻りこんだ。再度響く骨が外れる音。また男の口から悲鳴が響き渡り、義之の笑い声が聞こえてきた。
もう両腕は使い物にならないだろう。壊れた人形の腕みたいにぷらんぷらんしている。男は泣くも両腕が使えないのでその場で留まる事しか出来ないでいる。
「ご、ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・」
「だから謝るなって言って――――」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・」
「・・・・・・・・」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・」
「・・・・・・・・」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
「・・・・・・・ちっ」
舌打ちして義之はスクっと立ち上がる。男の謝罪が効いたのだろう。それ以上構う事は諦めたらしい。男の顔にも少し安諸の表情が宿る。
義之は男の脇を通り過ぎようとして――――思いっきり膝を踏みつける。骨がまた外れる音。男は思いがけない痛みに悲鳴をあげた。
「あぁああぁあああぁーーーっ!」
「さっきから謝罪はいらねぇって、言ってんだろコラァ! 何回も何回も気持ちわりぃ声聞かせやがってっ! 舐めてんのかてめぇは!? ああ!?」
「ひ、ひぃぃぃぃい!」
「美夏と無理矢理キスしたお前の事をなんでオレが許すんだっ!? 頭沸いてるんじゃねぇかこの野郎っ!!」
そう叫んで折った骨ををグリグリ捻る。泡を吹いて白目を剥く男。もうあの足は治らないだろう。骨が折れて神経が傷付いている所に更に追い打ちをかけた。
義之はその男が気絶した後も折った場所を入念に何回も踏みつけた。右腕、左腕、右足をしつこいと思える程に何回も。その度に男の口から泡が噴き出る。
「さて、次は――――だ」
「ひっ・・・・・!」
義之は呟いて私の方を見る。特に私だからと言って義之は手加減しないだろう。眼を見れば分かる。多分倒れている男達に対するように私を攻撃するだろう。
怖い。私は元々気が強い方では無い。今にも泣き出しそうで何もかも夢だと思いたくなる。だけどこれは現実。夢では無かった。
「――――なぁ、エリカ。一つ聞きたい事があるんだが、いいかな?」
「な・・・・何かしら?」
「なんでこんな真似をしでかした? お前がこんな事を企てた理由。一応聞いておいてやる」
「理由・・・・そう、理由よっ! 私がこんな事をした理由はね、全部義之の為なのよっ!」
「・・・・・・・・・はい?」
「義之は私と付き合うべきなのに、なんだか知らないけどロボットと付き合ってるのなんて・・・・信じられる!? そんな馬鹿な事っ!?」
そうだ。私はこんなにも義之の為にやっているのに全然義之は分かってくれない。恐怖が段々無くなり、代わりに苛立ちが噴き出してきた。
今の義之は変だ。あんなロボットなんかに盲目的になっている。きっといいように騙されているんだ。私は前からそう思っていた。
あの冷静で知的な義之が騙されるなんてありえない事だが・・・・義之だって人間だ。そういう事もあるのだろう。だが私の苛立ちは収まらない。
「なんでっ!? なんで分かってくれないのっ!? ここまで、ここまで私は義之の為に頑張っているっていうのに・・・・・!」
「・・・・・もういい。喋るな」
「何よっ! 今の義之は絶対変よ! あんなガラクタにうつつを抜かすなんて――――」
「――――――ッ!」
「あ・・・・・」
私がそう言うと義之は私の襟を掴んで持ち上げる。顔はさっきまでの無表情と違い怒りに満ちている。私は悲しくなってしまった。
義之は分かってくれない。ここまで私が想っているのにその気持ちを汲んでくれようともしてくれない。それがただただ悲しかった。
「・・・・・何よ、殴るの?」
「ああ。思いっきりブン殴るから覚悟しろよ」
「――――ねぇ、義之」
「あ・・・・・・」
「今なら間に合うわよ。私の所に戻って来なさいな」
「・・・・・・」
私はあの義之が弱い眼をした。振り上げた拳がピタリと止まる。良かった、まだ効くんだコレ。
まぁ当然の事。義之は私の言う事はなんだかんだで聞いてくれる。私の事が大事だから私の望みを何だって叶えようとしてくれる。
そう考えて義之の顔を見る。あれ、なんだかおかしい。なんで笑ってるんだろう義之は。
「ぷっ・・・・くく・・・・やっぱりその眼をしたか、エリカ」
「・・・・え? え?」
「お前はいつだってその眼をしてきた。その度にオレは惑わされ美夏を傷付けてきた。だからこの状況、お前がその眼をするのを待っていた。
その眼で見られたら今のオレはどうなるか試したくなった。お前の事をちゃんと振っ切れているか試したくなった」
「ちょ、ちょっと義之―――――」
「そしたら笑うぐらいに何とも思わなかった。あれだけオレが弱かったあの眼が全然クソみたく思えてきた。ああ、なんであんなに振り回されたんだろうなぁ。
まぁどうでもいいか。じゃあな、エリカ。もう話す事さえ無いだろう」
「え・・・・待っ―――――」
制止の言葉を投げかけようとして――――頭が弾け飛んだ。天枷さんの時とは比べ物にならないぐらいの一撃。
そして分かってしまった。義之はもう私にニ度と振り向かないと。言葉を交わす事さえないだろうと。もう・・・・一緒になれないと。
もう、義之を奪い去る方法なんて無くなってしまった。あの義之が弱い眼も通じない。そして天枷さんにしたこの行為が決定打になってしまった。
ああ、なんだかんだで最初から理解していたのかもしれない。
義之は私に振り向かない事を。私の傍に居てくれない事を。私と連れ添う事が出来ない事を。
だから私はあんなに必死になっていたんだ。これだけ足掻けば義之は私の傍に居てくれる。私だけを見てくれる、と。
だがそうは結局ならなかった。私はどこか諦めにも似た気持ちを抱きながら―――――意識を飛ばした。