「ちょっとショック状態で眠ってるだけよ。安心しなさいな」
「・・・・・そうですか。よかった」
「それにしても私の可愛い美夏をこんな状態にするなんて――――許せないわね、そいつら」
「ああ、それなら大丈夫です。少し痛い目を見てもらったんで」
「・・・・・・やりすぎよ、バカ」
椅子の上に座りコーヒーに口を付ける水越先生。というか馬鹿とはなんだ馬鹿とは。彼女を守ってやったというのにこの扱いはいかがなもんか。
まぁ、少しやりすぎた感はあるが後悔はしていない。あのままではオレの怒りは収まらなかったし殺さないだけでも情がまだ残っているというものだ。
オレは美夏が眠っているベットに腰掛けながらそう考える。しかし殺さなくてよかった。いくらオレでもまだ刑務所なんて行きたくはない。
美夏―――あの事がショック状態で目をなかなか覚まさない。エリカを殴った後おもむろに美夏の方を向いたらグッタリとした姿が目に入った。
無理もない、強姦されそうになりあまつさえオレの暴れた所を見たのだから。意識がブッ飛んでしまうのは仕方のない事だと思えた。
美夏の髪を掻き上げる。オレと付き合ってからは美夏は大変な思いばかりしている。申し訳無さで心がいっぱいになった。
「さっきから俺の事を無視してるのはもしかして愛情の裏返しなのか、桜内よ」
「うるせー。もうお前が来た時にはすべて事が収まってたじゃねぇか」
「それは仕方の無い事だ。これだけの広い学園スペースでお前らの事を見つけるのはどれだけ至難の事か。ぶっちゃけ結構早く着いたと思ったんだがね」
「まぁ美夏を保健室まで運んでくれるの助けてくれたし匿名で救急車を呼んでくれたのもお前だ。程々感謝しているよ」
「あれもこれも全ては非公式新聞部の為・・・・。桜内に恩を売っておけば何かと役に立つと思ってな」
「は、言ってろよ」
オレ一人で全部を処理したとなると色々時間が掛かっていただろう。しかし杉並が面倒な事をほとんどやってくれた。
あのままあいつらを放りっぱなしにしていたら本当に死んじまってたからな。殺人罪で捕まるのはオレとしてもあまりうまくない。
美夏の事で頭が一杯だったしその辺の事をやってくれた杉並には感謝していた。
「で、義之君? これからどうするの?」
「どうする・・・・とは?」
「貴方が傷付けた生徒達の事よ。話を聞いてれば間違いなくその子達は後遺症か何か残っている筈。あなた、捕まるわよ」
「んー・・・・正直その辺の事は心配していないんですよね」
「どうして?」
「強姦未遂の奴らがわざわざ事情を正直に話しますか? 自分達が女の子をレイプしようとしたら彼氏にボコられましたと。それも見た感じ
小物っぽい奴らでしたし怖気づいて本当の事を話さないと思いますよ。噂が広まって学校に居られないとか心配しそうな顔してましたし」
「・・・・そりゃあ一理あるかもしれないけど」
「だから本当の事は話すとは思いませんね。大方変質者が乱入してきていきなり殴られたとかしょうもない理由でっち上げると思いますよ」
あいつ等は特にぶっ飛んだ感じには見えなかった。頭のネジが外れてる程頭の悪い奴だったら正直に言うだろう。強姦しようと思ったら殴られましたと。
それはそれでいい。多少面倒な事だが裁判沙汰になっても構いやしなかった。そうなってもオレは折れない自信があるし何年もやり続ける気力があった。
ただそうなった場合クリアすべき問題が残っている。その問題は――――
「そうはいかないと思うけどね。言いたくないけど・・・・美夏はロボットだし」
「ふむ。先の事件でロボットを殺した―――いや、壊した事件があったのだが・・・・その時はただの器物破損の罪だけで済んでいた」
「・・・・・」
そう、問題はそこだ。頭に来る話だが美夏はロボット―――大した罪にならないのが世間様の見解だ。今のロボットに対する下馬評は低い。
はっきり言って裁判になればオレの方が有罪になる確率の方が大きかった。器物破損に対してオレは相手に障害を残すであろう障害を与えた。
しかし考えが無い訳では無い。オレには心強い味方がいるからな。
「だからもし訴えでもされたら義之君は―――――」
「大丈夫ですよ。もし何かあったらさくらさんに頼りますから」
「え――――」
「さくらさんは凄く人脈があるのでなんとかしてもらえるでしょう。警察とかに知り合いとかいるし、なんとかなりますよ」
「ふむ。なかなか悪党的なやり口だが悪くは無いな。権力でもみ消す、か」
「ああ。この島で一番金を持っているのもさくらさんだし長よりも権力があるのもさくらさんだ。それぐらいどうでもなる」
「美夏にはあまり聞かせたく話ね。せっかく人間嫌いも治ってきたと思っていたのに」
「安心して下さい。聞かせるつもりはありませんから」
「――――ならいいわ。別に正義感ぶりたい訳ではないし」
さくらさんの影響力はデカイ。さすがは歳の功・・・・と言っては怒られるがそういうものがあった。今までも散々御世話になっていたのでその力
の大きさはよく知っているつもりでいる。
利用するのみたいで気が引けるが美夏の為だ。オレが精一杯懇願すれば引き受けてくれるという思惑がある。少し良心が痛むがこの際は無視だ。
もし駄目だったら―――桜の木の力を利用する。さくらさんが渋ったら音姉に頼む。それでも駄目ったらオレがやる。オレも一応血筋だしなんとか
なるだろう。さくらさんの息子、みたいなものだしな。
「桜内よ、なかなか悪い顔をしているな。そんなお前も魅力的だがな」
「オレは元々悪人だ。最近は行儀よくしてるから勘違いする奴も多そうだけどな」
「そうだったな。忘れていたよ、桜内が外道で美夏嬢の為だったら親だろうが子供だろうが笑って殺す人物だという事を、な」
「・・・・そこまで言う事ねぇだろ」
「まったく。美夏もこんな子のどこに惚れたのか・・・・」
ブツブツ言いながら書類に向き直る水越先生。なんだよ、いい彼氏じゃねぇか。美夏の為にここまで体を張ったんだからよ。
正直鼻の骨が折れてるのかと思うぐらい痛てぇし体だってギスギスしてるんだぞ。まぁ鼻以外は単に動き過ぎて痛いだけだけど。日頃から運動してないしね。
「・・・・・うぅ」
「お、やっと起きたか。もう夕方だぞ」
「・・・・義之?」
「ああ義之だ。まぁもうちょっと寝ておけ。何だったらここに泊まってもいいい」
「何を勝手に言ってるのよ・・・・。そんな訳にもいかないでしょ」
「あ、やっぱりですか」
「もちろんよ。私が車で送っていくわ。それなら別にいいでしょ?」
最もな話だ。正直このまま美夏を歩いて帰らせるのには少し抵抗があった。途中でまたブッ倒れたら目も当てられない。
水越先生の腕の程は知らないが・・・・無理な運転はしないだろう。多分。
「――――って、なんで美夏がこんな所にっ!」
「あ、何やってんだよ。いきなり起きたら体にわりぃだろ」
「そんな事は問題じゃないっ! いったいどうなったのだっ!? あの胸糞悪い不良とかムラサキとか――――」
「全部片付けた。お前も見てたろ? オレがあいつらブッ倒す所を」
「あ・・・・ああ、見てた。うっぷ、思い出したらなんだか気持ちが悪くなってきた・・・・」
「刺激が強かったからな。あの光景を見て平然としてるヤツなんか隣のベットでくつろいでる男ぐらいだ」
「ん――――おおっ!? 杉並、いつからそこに・・・・」
「ずっと居たぞ、美夏嬢。いやぁしかし案外寝心地いいものだな。是非とも非公式新聞部のアジトにしたいものだ」
「ちょっと、そんな訳の分からないモノの住処にしないでよ。ただでさえ貴方とか桜内君は目を付けられているのに・・・・」
まぁごもっともな話だ。もしオレが水越先生の立場でもそう言うだろう。厄介事に巻き込むな、と。杉並もオレとは違った意味で目を付けられてるからなぁ。
そんなこんなで美夏が少し回復するまで談笑していた。話の内容はほとんどオレの事。やれあの時の義之は怖かったやれ義之は酷い暴力者などどいった
具合だ。誰の為にあそこまで怒ったんだっつーの。マジで泣くぞ。
しかしこいつもオレに似て肝が据わってきたな。あの状況で男の唇噛み切りやがって。なかなか出来る事では無い。さすがはオレの彼女といったところか。
「さて、私達はそろそろ帰るわよ。美夏も準備しなさいな」
「ああ、分かった。今日は色々迷惑を掛けてしまったな、義之」
「別に構わない。元々の原因はオレだ。むしろ謝るならオレの方だ、すまなかった」
「あ、そんな頭下げなくても――――」
「いいのよ。下げさせときなさいな。この子の女たらしが原因なんだから」
「・・・・まぁ、そりゃあそうなんだが・・・・・」
「まぁ恋愛事なんか元々ストレートに行かないように出来ていないからとやかく言わないけど・・・・もう二度と他の子にちょっかい出しちゃ駄目よ?」
「・・・・はい」
普段から言われている女たらしという言葉。言い訳が出来ないと思った。運よくオレが美夏を見つけたからいいものをもし見つけていなかったら
想像したくない展開になっていっただろう。
エリカが企てた先の一件。ちょっかいという言葉は引っ掛かる物があったが他人から見ればそう見えるのだろう。だから言い訳しない。オレがエリカ
を突き離さなかったのが原因だし体も重ねてしまった。ちょっかい掛けたという言葉もそんなに間違いではないだろう。
ていうか女が周りに居過ぎなんだよ。オレの仲の良い男子なんか杉並ぐらいしかいねぇぞ。板橋とは仲がよかったみたいだがそんなに話してねぇしなぁ。
彼女も作った事だし機会があったら話してみるか。意外と面白いヤツっぽいし。
「じゃあ、行くわよ美夏」
「了解だ。じゃあな義之。なんにしてもこのお礼は――――」
「あ、ちょっと待て」
「ん? なんだ」
「ちょっとお前の口直し、な」
「それってどういう――――」
言い終える前にその口を塞いでやった。ビクッと震える美夏の体。だが抵抗はしない、オレを受け入れてくれた。
どうせ杉並と先生ぐらいしかいないから構わないだろう。そりゃ茜とか由夢が居たら少しばかり気になってしまうがこの場にはいない。
聞こえるのは美夏の鼻息と水越先生のため息だけだ。杉並は―――想像しなくても分かる。どうせ普通にオレ達のキスを見ているに違いない。
「・・・・ぷはぁっ!」
「口直し完了だな。ほら、さっさと帰ってゆっくり休んでおけ」
「い、言いたい事が山ほどあるのだが・・・・」
「いずれ聞くよ。じゃあ水越先生、鍵はオレが返しておくので美夏を無事に送り届けてください」
「分かってるわよ。じゃあまたね、桜内君と杉並君」
「うす」
「ふふ、いずれまた・・・・」
杉並の不敵な笑みを無視しつつ水越先生と美夏は出て行った。さて、オレ達もさっさと帰るか。もう日も落ちてきた頃だし。
ていうかまたサボっちまったな。仕方が無い事とは言えサボりなのには変わりは無い。停学になったばかりだから行儀良い所見せないと駄目なのになぁ。
「じゃあ、オレ達も帰るべ」
「なんだ、オレにはキスは無しなのか」
「・・・・アホか。お前がゲイだとは思わなかったぜ。確かにお前はその気がありそうだもんな」
「そんなに怒るな、義之」
「それは美夏の真似か? はっきり言って似てねぇよ。じゃあな、オレは一人で帰るわ」
そう言って職員室に鍵を返しに行く。後ろからはいつもの笑い声で杉並が着いてくる。まぁ、結局コイツと帰る事になるんだが。
色々くだらねぇ話とかしたい気分だったし美夏の礼もある。帰りに何か奢ってやるとでもするか。適当にコロッケあたりでいいだろう。
そんなこんなでオレと杉並は下校した。どうでもいいことだがコイツはどうやらコロッケは嫌いらしい。代わりにケーキを奢るハメになった。
そして一緒にケーキを選んでいると――――何やら女子がオレ達の事を見て噂していた。もうこのケーキ屋にはニ度と近付かねぇ・・・・。
「だから、そんなこんなでお詫びのケーキを買ってきました」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
突き刺さるの三者の視線。いくらオレでもキツイものがある。表情にはおくびにも出さないが思わず顔を背けたくなる様な視線だ。
楽しい食事をしている時に由夢が目ざとくオレの隣に置いてあるケーキを見つけた。由夢は聞いた。「これ、どうしたの?」、と。
だからオレは素直に答えを返した。「今日の騒ぎを丸く収めてくれるだろうさくらさん達にお礼をしたいから買った」といった感じで。
「て、えぇぇぇぇっ!? 今日の騒ぎって弟君が起こしたのっ!?」
「あんな残虐ファイト出来る奴がオレ以外に出来る奴がいたら怖いね」
「な、なんでまた兄さんがあんなに暴れたの? 話を聞く限りじゃとても酷い怪我してるって聞いたよ。全員入院しなくちゃいけないって・・・・」
「簡単だ。オレの彼女をレイプしようとした。だから全員ボコボコにした。それだけの話だ」
「れ、れいぷ・・・・」
その言葉に何か衝撃を覚えたらしく瞳をせわしなく動かしている音姉。まぁまさか自分の学校でそんな事が起きたのがショックなんだろう。
由夢も同じようで少し挙動不振だ。自分の友達がそんな事態になっていたのだから当然だろう。人当たりの良い由夢なら尚更だと思った。
さくらさんは・・・・何か考えている様だった。表情を窺っても何を考えてるか分からない。いつもさくらさんが考え事をしている時の顔だった。
「でも・・・・それって正当防衛みたいなものですよね? 今回は御咎め無しで済むんです・・・・よね? 前みたく停学にならないですよね?」
「さぁな。美夏はロボットだし旗色はハッキリ言って悪いだろう。過剰防衛の可能性も十分にある」
「え? 美夏ちゃんてロボットだったの?」
「ええ。さくらさんには言っていませんでしたが最新鋭のロボットらしいですよ。まぁロボットというには人間より人間らしいですが」
「・・・・・だから天枷って――――」
ブツブツ何かを呟きながらまた考え事を始めるさくらさん。オレとしてはもっと驚くもんだと思っていただけにその反応は意外だ。
科学者のさくらさんならば尚更そう思う。未だかつてあんな精巧なロボットは見たことも無い筈だ。事実、水越先生もそういう事を言っていた。
しばらくシーンとした雰囲気が流れる。誰もが何を言っていいか分からないと言った具合だ。そして、さくらさんが口を開いた。
「・・・・要は義之君は私に圧力かけろ、と言いたい訳?」
「ええ、頼まれてくれますか?」
「お、弟くんっ!?」
「兄さんっ!?」
これだから頭のいい人は話が分かりやすくていい。無駄が無い。まぁ話の流れからいってそう言ってるようなものだしな。
自分がもしかしたら刑務所に行くかもしれないというのにこの余裕な態度。そしてお礼と称してケーキなんかを買ってきている。
さくらさん達が騒ぎを収めてくれるだろうと言った。その意味、ストレートに伝わったらしい。
「駄目って言ったら、どうするの?」
「断る理由が分かりません」
「もしかして本気で言ってる? 義之君の事は大事に思っているし助けてあげたいけど、何でもかんでも手を貸すっていうのは違うと思うんだよね。
義之君は罪になるような事をしたし事実、後遺症に残る傷を負った生徒もいる。その子達の親御さんの気持ちを押し潰せて言ってるようなモノな
んだよ?」
「ええ、知ってます。正直そんな屑の親の気持ちなんかどうでもいいと思ってますし何も感じません。だから押さえつけてくれませんか?」
「・・・・・・・・やっぱり駄目だよ。少し反省しなさい」
「さくらさん・・・・・」
音姉が視線を送るも目を合わせようとしない。どうやら本気らしい。まぁここで「うん、任せてよ!」と言ったら常識を疑う所だったけどな。
さくらさんの対応は正しい。オレが親であっても首根っこ掴んででも土下座させるなり停学何ヵ月でもして留年させるぐらいの勢いだったろう。
それほどの事をオレはしでかしている。だが―――そんな気持ちはさらさら無かった。罪の自覚なんてものは無いし美夏をあの学園に一人にさせる
訳にはいかなかった。ロボットという噂が広がった今、オレが居なければ駄目だと思っている。
「そこをなんとかしてもらえませんか?」
「さ、さくらさん? 圧力じゃなくても少し手助けぐらい――――」
「音姫ちゃんは黙ってて」
「・・・・・あう」
「さくらさんの力を持ってすれば出来る筈です。色々な力を持っていますし。どうかこの通りです」
「頭を下げても駄目だよ。残念だけど―――少し早い長い夏休みに入ってもらう事にするね」
「兄さん・・・・」
少し、甘くみていた部分があった。正直音姉も加わればそれなりに強引に押せると思っていた。さくらさんは音姉にも甘いしオレと攻めればイケると思っていた。
しかしにべもなく断られてしまった音姉。取り付く間もない感じだ。どうしようか、オレは考えた。さくらさんを上手く説き伏せる手―――思い付いた。
「どうしても、駄目ですか?」
「駄目だよ。少し反省する事。聞けば授業も最近サボり気味らしいし・・・・少しはもうちょっと真面目に――――」
「お願いします――――」
母さん。
言葉には出さず口の動きだけで言った。途端にさくらさんの体がビクッと震えて落ち着きを無くす。さっきまでの勢いはどこへやらだ。
卑怯な手。十分に理解している。さくらさんが一人身で寂しい思いをしていたのも知っている。魔法を使ってまでも家族を欲していた気持ちも理解している。
それを知っていてこの手を使った。さくらさんには悪いけど、これが一番効果があると思った。関係が捻じれるかもしれない。構わなかった。
美夏を一人ぼっちにさせるのと比べたら――軽いものだ。そう思った。思い込もうとした。
「・・・・それは、卑怯なんじゃ、ないかな?」
「知っています。それを承知で言います。なんとか出来ませんか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「あ、さくらさん!?」
立ちあがるさくらさん。顔は俯き加減でその表情は窺う事が出来なかった。音姉も由夢もしどろもどろで言葉を掛けようとしているが結局何も
言えないでいる。
そんなさくらさんを見ていると辛い気分になるが今更だ。ここで変に言葉を掛けては元も子も無い。中途半端が一番いけないのだ。
そして今を出て行こうとするさくらさん。扉に手を掛け―――こちらを見ないで言葉を発した。
「・・・・・悪いようにはしないよ」
「・・・はい、ありがとうございます」
「さくら――――」
扉が締められる。所在無さ気に挙げかけた手を下す由夢。またシーンとした雰囲気が流れた。オレは黙って食事を再開した。
音姉達もオレに言葉を掛けようとしたが、自分達も食事を再開する。言葉を掛けないでくれという雰囲気を出しているから当り前だ。
しばらく黙って食事をしていた―――が、重さに耐えきれなくなったのか由夢が喋り始めた。
「そ、それにしてもこうやって三人で食事をするのも久しぶりだね、あ、あはは」
「そ、そうだね~、弟君なかなか私達と食事してくれないし・・・・」
「あんまり多人数で食事のは苦手なんだよ。昔から一人かさくらさんと二人で食事していたからな。もう習慣になってるんだよ」
「え、昔はよく三人で食事――――」
「ああっ! この唐揚げ美味しいわよ由夢ちゃん! ほら、食べてみてっ!」
「ちょ、こんなに多く食べれませんてば!」
相変わらず誤魔化すの下手クソだよなぁ音姉は。根がオレと違って正直モノなんだろう。昔からそうだしこれからもこんな性格なんだろうなと思う。
音姫のおかげで若干明るくなった食卓の雰囲気。どこかオレも安心した様な気分になる。どうやら知らずしらずの内に緊張していたらしい。
オレから言いだし癖に情けねぇ。心のどこかではさくらさんには嫌われたくないと思っていた。ガキかよ、オレは。
「あんまり食い過ぎるなよ。お前の場合いくら胸に栄養が行くと言っても限度があるからな。太るなよ」
「な、なんてこと言うんですか! セクハラですよっ!?」
「てめぇ相手にガキもクソもあるか。そういう言葉使えるのは茜ぐらいなもんだ。よく覚えておけ」
「あーっ!! そうやって他の女の子と比べるなんて最低ですよ兄さんっ!」
「も、もう由夢ちゃんっ! 落ち着いて!」
まぁ、少し騒ぎ過ぎかな? 少しうざったいがたまにはいいだろう。そんな感じで夜の帳は段々下りていった。
「じゃあねー弟くん」
「ああ、またな」
「ちゃんとさくらさんに謝るんだよ、兄さん?」
「さくらさんに謝るという事はさっきの発言を撤回する事になる。生憎だが撤回するつもりはないよ」
「・・・・う~ん」
「お前がいくら頭を回しても無駄だよ。オレより頭悪そうだし」
「な、なんですってっ!?」
「ほーら、もう夜も遅いんだし騒がない。なんだかんだで弟君の事だからなんとかすると思うよ。ねぇ、弟君?」
「さて、な」
「またそんな事言って・・・・。じゃあお休み、弟君」
「・・・・お休み、兄さん」
「ああ、お休み」
そう言って隣の家に戻る音姉達。やれやれ、オレに何を期待してるんだか。ろくでもない人間だと知っているのに期待されても困っちまう。
まぁ、色々話し合いするつもりではいるけどよ。このまま放ったらかしにする訳にもいかない。オレはそう思って家に踵を返した。
寒いし早く家の中に戻ろうとして、止まった。何やら視線を感じる。首を捻ってそちらの方向を見やる。音姉がこっちを見ていた。
「・・・・・・」
「――――わーってるっての。何回も言うんじゃねぇよ」
オレのそんな言葉が聞こえたのかはしらないが少し安諸の表情になり今度こそ家に戻る音姉。バタンという扉を閉める音を聞いてオレも家に戻る。
さくらさんの事頼んだよ、か。音姉にとっても大事な存在な事には変わりは無い。少しうざったい気もするがその気持ちは受け取って置く。
「にしてもどーっすかなぁ。慰める訳でもないし・・・・まぁ部屋に行ったら何かしらのアクションはあるだろう」
オレはそう身勝手な言葉を吐いてまず台所に向かいお茶の準備をする。少し話が長くなりそうだし喉を潤すモノが必要だと思った。
そして御茶菓子も加えて盆に乗せさくらさんの部屋に向かう。感じる変な緊張感。さくらさんが話の途中で部屋に戻る事なんて今まで無かった。
オレがさくらさんを利用する。初めての事だった。さくらさんにも十分それは伝わっていた。さくらさんは今どんな気持ちなのだろうか。
怒っている、悲しんでいる、呆れている――――どれかの様な気もするがどれでも無い様な気がする。そんな事を考えながらオレは部屋をノックした。
「さくらさーん、オレですけど・・・・」
「・・・・・・」
「入ってもいいですか?」
「・・・・・・」
「・・・・入りますよ」
ふすまを開けて中に入る。さくらさんが好んでいる和風テイストの部屋が目に入ってきた。そういえばここにくるのも久しぶりだな。
小さい頃はよく遊びに来ていうたような気はしていたが最近は滅多に来ていない。前の世界でもさくらさんが寝坊している時しか寄らなかった。
さくらさん―――布団の上でちょこんと座っている。オレは少し迷ったが結局布団の脇に座りお茶菓子などを置いた。
「さくらさ―――」
「私ね、思うんだ。私利私欲の為に力を使っちゃいけないって」
「・・・・ええ、そうですね」
「なのに私は使った事があるんだ。力を」
「・・・・・」
「一度は枯れない木を使ってみんなに迷惑を掛けた事。今と同じように願わなくていい事が願っちゃってすごく大変だったんだ。
まぁ、その件はなんとかなったんだけどね。でも結局は自分の為に力を使っちゃった事に変わりは無い。しばらくへこんじゃった
なぁ・・・・にゃはは」
「・・・・そんな事があったんですか」
「義之君の生まれてくる前の話だからね。知らなくてもしょうがないよ。でね、そんな痛い目に合ったのにも関わらずにまた私は力を
使っちゃったんだよね。義之君、もう知ってるよね?」
「・・・・・はい」
オレの存在、だろう。身寄りのいないさくらさんはオレを魔法の力で誕生させた。さくらさんが望んだ可能性の一つ、それがオレだった。
自分だけが年老いていかないで周りに置いてけぼりにされる形になったさくらさん。家族が欲しいと思うのは仕方が無い事のように思える。
少なくともオレなら平気でやる。論理なんてものは元々気にしない人間だ。だがさくらさんは少し悔いるような表情をしていた。
「もちろん義之君を生んだのは後悔はしていない。家族の温かみさをすごく感じたし幸せだったように思う。ただ私は前にある子に言ったんだ。
魔法を自分の欲ためだけに使っちゃいけないってね。でも私は自分でそんな事を言って置きながら正反対の事をしている。」
「その子も、魔法使いなんですか?」
「北欧のね。今は世界中旅をしているらしいけど・・・・どこにいるのやらって感じだね。まぁその話は今度ゆっくりしてあげるよ。
それで話に戻るけど―――今回の件だってそれと同じ事だよね? 魔法じゃないけど権力という力。それを使うって事はさ」
「かもしれないですね」
「今の言葉を聞いて分かったよ。義之君は別に何とも思っていないって事を。そんなに美夏ちゃんの事を放っておきたくない?」
バレていたか。まぁここまで必死になるのって案外少ないしなオレは。停学の時だって文句一つ言わなかったしいつだってオレはそうだった。
ただ今回の場合は違う。今の状況で美夏を一人にはしたくない。ロボットという噂が広まった美夏は確実に怖い目に合わされるだろう。
それはイジメだったりもする。今の時代は美夏が心地よく過ごせる風には出来ていない。悔しい事だが事実だった。
「そうですね。さくらさんは知らないかもしれませんが美夏に対するみんなの態度が少しずつおかしくなってきています。世間にロボットが
どう思われているかはさくらさんもご存じだと思いますが・・・・・」
「・・・・いつの時代もみんなと違う存在は受け居られにくいって事だよね。イジメにあってるとか?」
「あっていません。美夏にはどうやら頼もしい友人がいるそうなのでまだそういう事態にはなっていませんね」
「まだ、か。確かにいまの世間体からすれば確実に弾かれるだろうね。もどかしい話かもしれないけど・・・・」
「だからオレが傍に居てやらないと駄目なんです。だからさくらさん、お願いします」
「・・・・・」
再びオレはさくらさんに頭を下げた。答えは分かっている。さくらさんならイエスと言ううだろう。そうなるように仕向けたのだから。
だからこの頭はオレなりの誠意の表れだ。無茶な事を言っている自覚はある。わざとさくらさんの情を誘っている。それに対しての土下座だった。
さくらさんはしばらくオレのそんな様子を見ていたが、少しため息をついて口を開いた。
「まぁ、途中から答えは決まっているんだけどね―――いいよ、なんとかしてあげる」
「・・・・ありがとうございます」
「ただし今回だけだからね。次にこんな騒ぎを起こした日には・・・・最悪勘当するかも」
「承知しています」
嘘だと分かる。オレがさくらさんから離れないように、さくらさんもオレから離れないだろう。確信があった。ただ一人の家族なのだから。
ただそれだけ怒るという事はオレとしても勘弁してもらいたい所だ。さくらさんを好きで怒らせたくないし困らせたくも無い。世界は違えど
母親なのだから。母親を利用する息子、か。やっぱりオレはろくでなしらしい。
とりあえず話も一件落着し雰囲気が多少軟らくなる。そしてさくらさんはオレの横に置かれたお茶菓子に視線を送った。
「あれ? お茶菓子持って来たんだ?」
「え、ああ、話が長くなると思ったのでつい・・・・」
「にゃはは、相変わらず用意がいいね。じゃあちょっとだけもらおうかな」
「ええ、どうぞ」
そう言ってお茶菓子に手をつけるさくらさん。オレは急須にお湯を注ぎお茶をついてあげた。そして二人してさっきご飯を食べたばかりだというのに
バリバリと煎餅を齧る。
しかし―――なんとかいい雰囲気になれたな。さくらさんとあのままの状態でいたくなんかなかったし取りあえずオレはホッと一安心した。
二人談笑しながら世間話をする。そういえば二人でゆっくり話をする機会なんか無かったな様な気がする。最後にゆっくりしたのは夢の中だしなぁ。
「義之君さ、やっぱり気にしてる?」
「はい? 何をですか?」
「息子なのに母ちゃんを利用しちゃったー・・・・なんてさ」
「―――していないと言ったら嘘になります。けど、どの道ここまでやる予定でしたから後に引き返すなんて最初から考えてませんでしたよ」
「・・・・・にゃはは。義之君はいつでもハッキリしてるね。意思がぶれないっていうかさぁ」
「ブレまくりですよ。そのせいで美夏も泣かせてきましたし・・・・エリカにも酷い事をしました」
「・・・・・病院にはエリカちゃんも行ったそうだけど、やっぱり関係あるんだ?」
「ええ、そうですね・・・・元を正せばオレが原因なんですが、本当に許せない事をしたんで殴りました」
「・・・・・そっか」
少しシーンとなる部屋。大方さくらさんには色々勘付かれてはいたのだろう。エリカの家に泊まった事もオレの心が揺れていた事も何もかも。
大概はエリカの家に泊まる時は友達の家に泊まると言っていた。笑える話だ、オレが友達の家に泊まる事なんて今まで無かったのにな。
オレが友人の家に泊まる人物では無い事ぐらいさくらさんも知っている。美夏の家に行くというのなら素直に言うオレが名前も言わないのが決定的
だろう。やましい事がありますよと言っているようなもんだ。
「ごめんね、義之君。母親らしい事を何もしてやれないで・・・・」
「それは関係ありません。恋愛事なんて結局当人達の問題です。オレがしっかりしてればこんな事件も起こらないで済んだ話ですし」
「・・・・そうやって自分を責めるのはよくないなぁと思ったりするんだけど」
「別に責めてはいません。正直に言っているだけです。もうちょっとうまくやれればよかったんですがね」
「・・・・・・」
「―――――ええと、さくらさん? 何をしてるんですか?」
「うん? 頭を撫でてるの」
「何故ですか?」
「うーーーん・・・・なんとなく。義之君ちょっと最近色々気張りすぎなんじゃない? 目に隈も出来てるし・・・・自分を責めるのは分かるけど」
「別に責めてなんか――――」
「あ、ほら動かないで。せっかく久しぶりに撫でてるんだから・・・・」
「・・・・・・」
さくらさんの小さな手がオレの頭を撫でる。なんだか―――懐かしい感触に包まれた気がする。確かに小さい頃はこうやって撫でられた記憶もあるが。
それだってオレが幼稚園に通っている時の事だ。もうそんな歳でもないし子供でもない。しかしさくらさんは一向にオレを撫でるのを止めないようだ。
オレは視線を逸らし明後日の方向を向いた。さくらさんの少し笑った様な声がする。気恥ずかしい気持ち、見抜かれていた。
「こうやって義之君を撫でるのも久しぶりかぁ・・・・。前の義之君もなかなかさせてくれなかったし今の義之君なんて絶対させてくれないよね。
いつも尖っちゃってカッコつけちゃったりしてさぁ」
「いや、別にカッコつけたりしてなんか・・・・」
「私にはそういう風に見えるの! まったく素直じゃないんだからねぇ」
「・・・・・すいませんね。捻くれていて」
「にゃははは、そんなにスネないの。あ、そうだ義之君? ちょっといいかな?」
「はい、なんでしょうか?」
「ちょっと抱っこしてもらっていい?」
「えっ?」
「別にいいでしょ~。そういう気分なんだからさぁ。義之君の無理なお願い聞いてあげるんだからこれぐらいいいでしょ~?」
「・・・・分かりましたよ。じゃあちょっと失礼して」
「うん!」
そう言われては断れる筈も無い。オレはさくらさんの背中に回り込んだ。いつも見てる背中がそこにはある。小さい頃からずっと見ていたあの背中が。
こんな小さい背中で今まで頑張ってきたのか、そう思う。一人でずっと生きてきて苦しい事もあったのだろう。それでもずっとこの人は頑張ってきた。
そんな人が我慢出来なくて桜の木に願ったのはオレの存在―――少し申し訳なく思った。前のオレの存在を消した事を。
少しは気にしていた。みんなが求めていたオレはいなくなり、代わりに最低のオレがこの世界に来ちまった事を。だがもう過ぎた事で―――――
「んにゃ? どうしたの義之くん?」
「え?」
「ボケっとしちゃってさぁー。それとも恥ずかしくなっちゃったとか?」
「そういう訳じゃないんですが・・・・さくらさんの背中って結構小さいんだなぁと思っちゃいました」
「ううー・・・・。案外気にしてるんだよ、背が小さい事を」
「あ、すいません・・・・それもそんなつもりで言ったんじゃ―――」
「・・・・ふふ、冗談だよ。早く抱っこしてちょうだいよぉ」
「わ、分かりましたよ。じゃあいきますよ」
「―――うん」
おそるおそるさくらさんの背中に手を回し、抱いた。鼻孔に感じるさくらさんの甘い香り。柔らかい体。それらが全て何か愛おしく思えた。
さくらさんは、なされるがままといった感じだ。オレも何も言われないのでその体制を維持する。離れようとは特に思わなかった。
乳離れの出来ないガキじゃあるまいし。そんな事を思いながらも体はさくらさんから離れなかった。
「なんかこうしてもらってると・・・・落ち着くねぇ」
「はは、こんなオレでよければこれぐらいお安い御用ですよ」
「そんな事ないって。すごく心地いいよ。美夏ちゃんはいいなぁ、毎日こんな事をしてもらってるんでしょう?」
「・・・・あいつの場合、気恥ずかしい性格なのでなかなかさせてもらえないですけどね」
「あーそうなのかぁ。別に恥ずかしがらなくていいのにねぇ・・・・恋人同士なんだし」
「恋人同士だからどこか気恥ずかしいのでしょう。照れ屋なんですよ、アイツ」
「いいなぁー初々しいカップルって感じで。私も義之君みたいな男性が欲しいなぁ」
「止めておいたほうがいいですよ、こんなロクでもない男。さくらさんならもっとちゃんとした――――」
「あ・・・・」
「ん? どうかしたんですか?」
「あ、あはは。なんでもないよ、うん」
「・・・・そうっすか」
オレが話しているとビクッと体を震わせるさくらさん。どうかしたのかと聞いても何でも無いと言う、オレは少しばかり怪訝な顔をした。
見れば耳が真っ赤になっていて―――ああ、そうか。どうやらオレの息が耳を刺激したらしい。これだけ近い距離だ。事故みたいなもんだ。
しかしそんなさくらさんの様子を見ていると、こう、なんというか、もっとイジめてみたいという衝動に―――――
「義之君、何か変な事を考えてない?」
「・・・・・・・・・別にそんな事無いっすよ」
「はぁぁ・・・・。義之君は誰かさんに似ていじめっ子っぽい性格をしているんだから」
「誰ですか?」
「―――ふっふっふ、秘密だよ。強いて言えば私の気になってた男性かなぁ?」
「・・・・・・・」
「あ、ヤキモチ焼いちゃったぁ? なんだ、案外かわいい所―――」
思わず、抱きしめる手に力を入れてしまう。あ、と声を漏らすさくらさん。少し戸惑う様子が見て取れた。
さくらさんの気になる男性。気にならない筈が無い。駄々っ子にも似た思いが心に溢れた。失笑したくなるような情けない心。
本当に乳離れ出来ていないのかよ、オレは。
「よ、義之くん? ちょっと力が強いんじゃない、かな?」
「・・・・でもさくらさん、気持ちよくないですか?」
「そ、そりゃあ・・・・ちょっとはね」
「ならいいじゃないですか。減るモンじゃないですし」
「で、でもちょっと恥ずかしい様な気がす―――んんっ!」
言い終える前に耳に息を吹きかけてやる。甘い声を漏らして呻くさくらさん。オレとしては止めるつもりはなかった。
さくらさんの気になってた人物か。さぞやとても人格者なんだろうな。オレよりしっかりしてて頭もよくて要領もいいのだろう。
なんか―――面白くねぇな。
「誰なんですか? その気になってた相手って」
「こ、こんな意地悪する義之君には教えてあげないよっ! もう離して―――って、ひゃあ!」
「教えて下さいよ。気になるじゃないですか」
「う、うみゅー・・・・」
また息を吹きかける。少しさくらさんの体がクテッとする。そんな姿がまたイジらしく感じてしまい強く抱いたまま頭を撫でる。
別にさっきの意趣返しなどでは無く純粋に撫でたいから撫でた。さくらさんも気持ちよさそうに体を預けてきてるし嫌がってはいない。
オレの胸にすっぽり収まっているさくらさん。美夏と変わらないサイズだった。
「・・・・なんだか慣れてるね、義之くん」
「え、そうですかね?」
「うん。なんだか抱き慣れてるって感じかな。すこーーし複雑な気分だよ、自分の息子が女慣れしてるってね」
「・・・・さくらさんも抱かれ慣れてるって感じがしますけどね」
「あ、あわわっ! うそ、そんな感じする?」
「はは、嘘ですよ。でも抱き心地はいいです。もっと抱きしめたいぐらいに」
「そ、そう?」
「はい」
そう返事してさらに力を入れ直す為に手を緩める。そして再び手を脇に入れ直して―――腕に軟かい感触がした。
今までで一番大きく体を震わせるさくらさん。甘いため息が漏れる。ハッとした感じで顔を俯かせた。
やべぇ、胸触っちゃったよ。母とはいえ少し悪戯が過ぎた。殺されるかもしんねぇ。
「あ、すいませんっ!」
「・・・・・・」
「決してワザとじゃないんで・・・・ええ、ワザとではないです。だからここは穏便に・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・さくらさん?」
黙っているさくらさん。少し怪訝に思ってると―――後ろ向きに頭突きをされた。思わず手を離してしまう。
その隙にオレの胸から脱出して立ちあがるさくらさん。オレを見降ろす目、羞恥と怒りに満ちていた。
「そ、そ、そういう事をするから勘違いしちゃう女性も出てくるんでしょうっ!?」
「・・・・いてぇ」
「頭突きをしたんだから当たり前っ! ほら、もう出ていってよ」
「・・・・・少し感じてた癖に」
「な――――――」
更に羞恥と怒りで顔を朱色にする。そして忙しい様子で枕を持った。ああ、大体予想が着いた。
手に持った枕を天高く振りあげ―――オレに振りおろしてきた、何回も。
「い、いてててっ! マジいてぇってっ! ちょ、さくらさんっ!」
「うにゃああーーーー!」
「あ、頭を集中的に殴らないでくださいっ!」
「ふぅ、ふぅ、も、もう出ていきなさいっ!」
「あ―――」
背中を押しだされて廊下に追いやられた。オレはさくらさんに弁解しようとして振り返り―――ふすまがピシャンと締められる。
その場に立ち尽くすオレ。これはもう何言っても無駄だろう。頭を掻きながらオレはその場を後にした。
最後の最後で怒らせちまった。何やってんだか・・・・。
「一応話の決着はつけたけど・・・・こりゃあ機嫌直るのは相当かかりそうだ」
怒ったさくらさんの怒りは中々収まらない。常に食事はさくらさんの好きな物を用意するのは当り前だし、風呂、掃除、洗濯も当り前だ。
しばらくはそういう生活が続くだろう。意外と全部こなすのは大変な作業だ。知らず知らずの内にため息が漏れるのは仕方のない事だと思う。
まぁ―――頼み込んだ件のお礼と考えればいいか。そう前向きに考えたオレは早速台所に向かう。材料、これで足りるかなぁ。