「もうすぐで付属も卒業か。案外あっけないもんだな」
「ちゃんと本校行っても真面目にしてるんだぞ。お前はやれば出来るんだから」
「まぁな。オレは褒めたら伸びるタイプだし」
「――――どこがだ。そのまま調子に乗って人を見下すタイプだろうに・・・・」
「なんだ、分かってるじゃねぇか。だったら思ってもいない事を言うのはよしたほうがいい。お世辞なんてのは世渡りが上手いヤツか
悪どい事を考えてる奴がするもんだ」
「むぅ・・・・」
考え込むように呻く美夏。あんまり好きじゃねぇんだよなお世辞って。下手な奴の場合、無理してる感がバンバン伝わるので好きじゃない。
そう考えながらオレと美夏は学校へと続く道を歩いていた。しかし最近は暖かくなってきていい感じだな、久しぶりに今週の末にでも美夏と出かける事にしよう。
最近はバイトが忙しいもんでなかなかそういう機会があったもんじゃない。水越先生もイベールも頑張っているので弱音は吐いていないが・・・・。
「・・・・・」
「ん、どうしたよ美夏」
「あ、いや・・・・・なんだか視線が突き刺さるなぁって」
「ん~?」
オレが周りを見回すと登校中の皆が顔を背ける。バレバレだっての。てめぇら本当に隠す気あるのかよと問いかけたくなる。
注目の的はオレ―――では無く美夏の方に視線が集まっていた。思わずため息をつきたくなる。ロボットという噂、確実に広まっているみたいだ。
「どうせみんな彼氏・彼女いない奴らばかりなんだろうよ。まったく、僻みって嫌だねぇ」
「む、そうなのか?」
「ああ。そうだ。こんな季節に女と歩いていないヤツはとても虚しいと思うね。その点オレは完璧だ。こんな可愛い彼女がいるんだから」
「か、可愛いか・・・・よくお前はそんな事を言っているが―――慣れないな・・・・」
「慣れなくていい。恥ずかしそうに俯く可愛いお前が見れなくなる。オレの為に慣れる事はねぇよ」
「お前の為、か。いつだってお前はオレ様気取りで敵わん。少しは相手の事を思いやる気持ちが必要だと美夏は思うぞ」
「少なくともオレの近しい連中には愛想はよくしているよ。それだけで十分だ」
「・・・・主に女に、だろ」
「男の友達がいねぇんだよ。なんでか知らんがオレの周りは全員女ばっかだ。たまに窮屈になる。お前も周り男ばっかだったら嬉しいよりも
窮屈だろ?」
「まぁ・・・・そうかもしれんが・・・・」
「要はそういう事だ。前までは人なんか近づけたくなかったが今は馬鹿な奴が欲しいな。杉並もアレはアレで馬鹿だがどこか合理的な考えを
している時がある。何も考えてないでその場のノリを大事にするヤツ、そして芯が有りそうなヤツ、そんな野郎が欲しい」
「その野郎に選ばれた男子は可哀想に・・・・」
そう言ってほくそ笑む美夏。失礼な奴だ。オレといればもれなく周りの女子を紹介するプレゼント付きだぞ。それもみんな美人か可愛いヤツばっか。
オレだったら乗るね。オレぐらいの歳頃だったらそう思うだろう。しかし―――茜を選んだ場合、オレのチェックを通らない限り手は出させない。
一応親友的な立ち位置にいるヤツだし、いい加減な態度を取るようだったら殺してやる。由夢の場合は―――なんでもいい。早く良い彼氏を兄貴に紹介
させてくれ。金持ちだったら尚更大歓迎だ。
「何を考えてるんだ、お前は」
「ん、なんの事だよ?」
「お前がそういう顔をしている時はロクでもない事を考えてる時だ。あんな騒ぎを起こしたばかりだというのに・・・・少しは自重しろ」
「なんだロクでもない事とは。茜や由夢にも良い彼氏が出来ないか心配してたんだよ。付けくわえると金持ちだな」
「なんで金持ちなんだ?」
「親友の彼氏や妹の彼氏っていうとオレとも友好関係が出来上がる訳だ。その場合何か奢ってもらえる可能性がある。特に由夢の場合は
お義兄さんと呼ばれ何かとオレが得する場合があるからな。オレもタカれるきっかけが作りやすい」
「・・・・やっぱりろくでもない事を考えてたんじゃないか。そんな事ばかりしていると由夢に嫌われるぞ」
「それぐらいでちょうどいいんだよ。アイツはオレの事が好き過ぎるからな。少しはマトモな恋愛を――――あ?」
肩を叩かれ振り返る。目に入ったのは笑顔。だがそれは偽りの笑顔であるとすぐ分かった。だってこめかみに青筋立ててるしな。
怒り度75度って所か。なかなか迫力のある顔がすぐそこにある。面倒だな。さくらさんの次くらいにコイツをいなすのは難しい。
「何の話をしていたんですか、兄さん?」
「妹も歪んだ恋愛観について。昨今は不景気でどうも人の心が貧しくなる。これはいけない事だと思い、美夏と早急に会議をしている所だ」
「だれが、歪んだ、恋愛観ですかぁぁぁぁ~!」
「てめぇだよ。あのキスマーク中々消えなかったんだぞ。まったく、しょうもねぇ跡を――――」
「あわわわっ! ちょ、ちょっと兄さん! いきなりなんて事を言いだすんですかっ!?」
「事実だろ? あと美夏の事は気にしなくていい。もう知ってるから」
「え――――」
そう言うと由夢の体が銅像のように硬直する。無理も無い。友達の彼氏に唾を掛けた形になってしまったのだから。
由夢が美夏の顔を窺う。そしてゆっくりと美夏はその視線に目を合わせ―――ため息を吐いた。別に怒っている様子などは見受けられない。
少しばかり由夢は混乱するように「え、え、アレ?」と言っている。多分怒鳴られると思ったんだろうな。このビビりめ。
「はぁー・・・・」
「て、天枷さん?」
「別に怒ってはいない。義之のモテっぷりというかタラシぶりというかなんというか・・・・それに慣れている。別に慣れたくないはないいんだが
慣れてしまった」
「・・・・と言いますと?」
「その度に私は不安に心がいっぱいになった。もしかしたら義之は他の女の所に行ってしまうのかもしれない、そう考えていた。
由夢は知らないだろうがもう一人義之の事を好きな女が居た。私以上に好きなのではないかと思わせる程義之にアプローチを
掛けていた女が居た」
「・・・・・続けて下さい」
「うむ。そしてあろうことか義之もそんな女の事を好きときたもんだ。これには参ってしまった。これじゃあ美夏の負けではないかと。
そいつは見た目綺麗だし金持ちだし器量もよさそうだった。万が一にも勝ち目はなかった」
「そんな事は――――」
「あったんだよ。でも義之は私の所に戻ってきてくれた。あのままその女と幸せになる事も出来たしそうなるような流れだった。しかし義之は
全部切り捨てて私の所に来てくれた。その時に思ったんだが・・・・やっぱり義之は私の事を愛してくれると感じた。はは、美夏は単純だか
らなぁ。もう諦めかけてたのにやっぱりとか思ってしまったのだ」
「それほど美夏に愛情を注いできたって訳だ。まぁ、その戻る最中にも色々葛藤はしていたんだが・・・・心の底は美夏の事でいっぱいだった」
「口ばっかり上手い奴だ。まぁ、それを信じる美夏も美夏なんだがな。結局あの大きな騒ぎが美夏の繋ぎを強くしたのだろうな。雨振って地固まる
というわけだ。だから今更キスの一つや何やらされたぐらいでは動じん」
「いい彼女だろ、由夢? 寛容深くて心が広くて最高だ」
「だがその行為を認めた訳ではないぞ! お前の場合砂場に磁石を落とした様に次から次へと女が集まってくる。なんなんだアレは!?
お前の前世はなんなのだ!? あれか、アラブでハーレムを作っている石油王か!」
「だったら金が回ってきても良さそうだな。オレには結婚を考えている相手がいるし愛人も作る気は無い。愛してるよ、美夏」
「だ、だからそんな事を平気で言うなというに・・・・」
「・・・・・・」
照れている美夏の頭を撫でる。由夢はそんなどこか嬉しがっている美夏の様子をぼんやり見ていた。
どこか遠い眼をしている由夢。友達が自分の考えと全然違う事に少しショックを受けているのだろう。こいつの場合なんか嫉妬深そうだし
独占欲もありそうだ。とてもじゃないが理解できないだろう。
そして美夏は口を開いて由夢に話し掛ける
「だから由夢。そんな事を気にしないで美夏と仲良くしてほしい」
「・・・・・・」
「あ、嫌ならいいんだぞ? 美夏はどこか世間とズレている所があるからな。そんな奴と居たって楽しくないだろうし・・・・」
「・・・・・・」
「ゆ、由夢?」
美夏が由夢の顔を窺う。そして目が驚きの感情に彩られる。由夢は、涙を流していた。オレも少しばかり動揺してしまった。
今の流れでどこか泣く場面があったか? もしかしてまだオレの事を諦めきれなくて―――違う、まだ心にわだかまりは残っているかも
しれないが由夢は諦めてくれた筈だ。最後に見た顔は晴れ晴れしていたし、しょうがないっかという風だった。
オレ達が怪訝に思っていると、ある程度気を落ち着かせた由夢が言葉を紡ぎ出す。
「わ、私・・・・天枷さんを裏切るような事をしたのに・・・グス、そんな言葉を掛けて貰えると思って無くて・・・・」
「あ、いや、そんな事はないぞ! そもそも義之がちゃんとしてればこんな事になんなかったんだっ!」
「・・・・事実だけど言われるとキツイわー」
「う、うるさい! だから何も由夢はそんな悲しい思いをしなくていいんだ。義之の事を本当に好きだったんだろ?」
「・・・・・・・はい」
「だったらそれはしょうがない。だからこの話はもう終わりだ。義之から聞いてるが由夢は私の事を色々気に掛けているのだろう?
最近昼食を一緒に出来ないから心配していたんだが、私の為に色々生徒会の手伝いをしているらしいじゃないか。こんなろくでも
ないロボットの為にしてくれる事なんて無いのに」
「そ、そんなことは・・・・無いです。兄さんの言ってた通り・・・・本当にいい『人』です・・・・グス・・・」
「そう思ってくれる人は貴重だ。だから由夢、これから私とも仲良くしてほしい」
「・・・・・はい、是非」
そう言ってお互い微笑み合う。みんなロボットだからと言って遠ざけるような態度を取っているが、オレの妹だけあって中々の人格者だと思う。
普通は関わらない。そんな奴と絡んだら自分まで除け者になってしまう。人間誰しもそんな恐怖感にも似た感情を抱くだろう。別にそれは普通だと思う。
だがこんな二人を見ているとそんな事は間違いだと思わせられる。だってこんな風に仲良く出来るのに皆しないだけだ。こんなにも美夏は良いヤツなのに
知ろうともしない。少し歯痒い気持ちになる。
「ほら、レズってねぇで早くいくぞ。かったりぃ」
「だ、だれがレズだ! じゃあお前と杉並の事もホモと呼ぶぞっ!」
「勘弁しろよ・・・・ただでさえなんか出来てると噂されてんだからよ・・・・」
「あ、私のクラスもそんな話をしてる子居ましたよ。なんでもあの怖い桜内先輩が気を許している友人が杉並さんだけというのは、なんだか怪しいと」
「女子はすぐにそんな妄想を働かせるな。いい加減にしてほしいぜ、まったく」
「これに懲りたらそんな軽々しい事を言うもんじゃない。なぁ、由夢」
「ねぇ、天枷さん」
「・・・・かったりぃ」
「あ、こらっ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ、兄さん!」
オレは一人で歩きだす。その後ろを美夏達が追いかけてきた。そして聞こえてくる含み笑いの声。むかつく。
弄られんのは好きじゃねぇんだよ。キャラじゃねぇし―――勘弁してほしい所だ。茜と違ってMっ気ある訳じゃあるめぇし。
でもまぁ、後ろから聞こえてくる美夏と由夢の会話を聞いてると少しホッとした。心許せる友人が増えていってる。
みんなが美夏を弾きだそうとしているそんな中、逆に美夏を守ろうとしている人達が増えてきていた。
ギュっと拳を握る。絶対美夏を傍に居させてやる。そんな連中なんかオレが弾き飛ばしてやる。そう決心を再びオレは固くした。
「・・・・ちっ」
「ん~? どぉしたの義之くん~?
「・・・・なんでもねぇよ。それよりも茜、一つお願いがあるんだが・・・・いいか?」
「はいはぁ~い! 義之君の頼み事なら何でもオッケーだよぉ~ん!」
「はは、別に大した事じゃねぇよ。シャーペンと消しゴム貸してくれねぇかな?」
「あれれ~? 忘れてきちゃったのぉ?」
「ああ。昨日珍しく教科書開いて勉強してたらそのまま筆箱忘れちまってよ。やっぱり慣れない事をするもんじゃないな」
「あはは、義之君らしいったら義之君らしいけどねぇ。はい、どうぞ」
「サンキューな、茜」
シャーペンと消しゴムを受け取る。本当は忘れてきた訳じゃない。鞄なんかいつも学校に置きっぱなしだし忘れる以前の問題だった。
ならどうしてオレの筆箱が無いのか。荒らされたように鞄の中が乱雑していたのか。ため息をついて鞄の中に入っていた紙を見やる。
『ロボットなんかと仲良くしてんじゃねぇよクズ』と書かれた紙。まるで小学生の悪戯書きだ。いや、それ以下かもしれない。
「最近の小学生の悪戯も凝ってるからなぁ。鞄の中を墨汁で滅茶苦茶にしたりコンドームをたくさん入れたりしてるし」
「何を一人ブツブツ言っているの、義之」
「なんでもねぇよ。雪村はいつも見ても可愛いなぁって言ってただけだ」
「あら、ありがとう。でも彼女持ちの男の人にそう言われても微妙ね」
「褒めてるんだからありがたく受け取れよ。最近の若いヤツは捻くれている。もっと人の好意は素直に受けとった方が可愛気があるぜ?」
「そっくりそのままその言葉を貴方に返すわ。美夏や杉並、茜以外ともう少し仲良くした方がいいわよ。例えば・・・・小恋とか、ね」
「ひゃっ! あ、あたし?」
斜め前に座っていた小恋が挙動不審気味に振り返る。ていうか聞いてたのかよ。オレは少し呆れたため息をつく。
おそらく会話に入るチャンスを窺っていたのだろう。別に気なんか使わなくていいのに、難儀な性格だ。
「あ、あはは・・・・よ、義之?」
「なんだよ」
「さ、最近は暖かい日が続いてるけど・・・・風邪とか引いてない?」
「なんでお前と縁側に座ってる爺さんと婆さんの会話しなくちゃいけないんだ・・・・もっと実のある会話をしろよ」
「ご、ごめんなさい・・・・」
「そんなに小恋ちゃんを苛めちゃだめよぉ、義之君。そんなんじゃあ友達出来ないぞぉ~?」
「それは困るな。最近男友達が少ない事に気がついてよぉ、たまには馬鹿やれる奴が欲しいんだわ」
「義之の周りって女しか居ないものね。いいじゃない、ハーレムで」
「女ばかりだと色々窮屈なんだよ。別にラブコメしたい訳じゃねぇんだから数はいらねぇって。いや、マジで」
「義之君とラブコメねぇ。それもいいんじゃない。何時までも尖ってるの飽きたでしょ~? この機会に路線変更でもしてみたら~?」
「勘弁してくれ・・・・」
オレがみんなとバタバタしながら日常生活する。バカみたいな妄想だ。とてもじゃないがエリカ、茜、由夢の件があったせいでそんな事は考え付かない。
この短期間ながら恋愛に関する色々な問題に直面した。彼女以外を好きになってしまった事、彼女以外の女がオレを好きになってしまった事。
もうそんなのは懲り懲りだ。せっかく手に入れた幸せ。それをむざむざ離したくない。
「もういいから前を向けよ」
「何よぉ、冷たいわね。私も義之君とラブコメしてみたいのにぃ」
「マジで言ってるのか? オレはもうそんな事をする元気が残っていないんだよ。本当に疲れちまった」
「あ、茜・・・・なんだか義之も本当に疲れてるみたいだしさ。そろそろ先生も来る頃だし・・・・もうその辺にしといた方がいいよ」
「・・・・はぁい。まったくもう、小恋ちゃんはいつも真面目なフリをするんだから・・・・エロエロの癖に」
「え、エロエロじゃないもんっ!」
「ふふ、今更否定しても遅いわよ。もう小恋がエロエロなのは周知の事実なんだから。義之もそう思うわよね?」
「・・・・まぁ、一人前に胸は大きいけどな」
「―――――ッ!」
オレがそう言うと咄嗟に胸を隠す小恋。顔は朱色に染まり一丁前に恥ずかしがっている。いつまでもガキじゃねぇんだからこれぐらいで恥ずかしがるなよな。
しかし―――本当に胸が大きいな。あの茜に負けずと劣らずのボリューム。なかなか見事なもんだ。何気に美夏には無いその大きさには惹かれるものがあった。
別に体目的で付き合ってる訳ではないので胸が全てだとは言わないが、それでも無いよりはあったほうがいい、と思う。
「ふふ、義之もそんなに餓えるような目線で見なくていいのに」
「も、もう義之っ! えっちなのは駄目なんだからねっ!」
「・・・・うっせ」
「ふっふっふ。なんだかラブコメみたいな展開になってきたわねぇ。どう、義之君? 私の胸も好きなだけ見ていいのよぉ?」
「こ、こらっ! 茜!」
「――――触らせてくれるってなら話は別だけどな。ガキじゃねぇんだし見てるだけで満足はしねぇよ、そんな胸」
「あら、言うわね。なんだったら・・・・触ってもいいのよぉ?」
「あ、茜っ!」
「オレが触れないって思って言ってるんだろうが・・・・舐めんなよ。別に好きなだけ揉みしだいてもいいんだぜ? そのでかパイ」
「まぁ触ったら、天枷さんに言いつけてやるもんね」
「・・・・かったりぃ。もう触る気なんて無くなっちまったよ」
「相変わらず天枷さんの話題になると弱腰になるんだから、もう」
呆れた様なため息をつく茜。最初からそんな事をいうなら触ってみるとか言うんじゃねぇよ。オレも本気では無かったし茜も本当に思って言った訳ではない。
小恋もあっけなく終わった終わったオレ達の会話にきょとんとしていた。雪村は最初から分かっていたのだろう、もう次の授業の準備が終わっている。
そして次の瞬間には先生が入ってきた。茜と小恋は慌てて前を向いて教科書等を急いで出す。オレもなんとか無事であった教科書を出した。
「それでは出席を取るぞー。出席番号一番――――」
それにしても、と思う。まさかオレにまでこんな嫌がらせが来るとは思わなかった。これじゃ同じクラスの美夏の友達とか由夢にも同じ嫌がらせがくるだろう。
どうやらオレが思っていた以上にロボットに対する確執は大きいようだ。マジでかったりぃ。そんな事をする暇があるならオレみたいに青春を送れよな、まったく。
後で美夏の教室に行ってみるか。色々悪さをされてないか心配だし。オレはそう決めて先生の授業をいつも通りどうてもいい態度で聞いていた。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「なんで葬式ムードかねぇ」
せっかくの昼だというのになぜか暗い雰囲気で飯を食ってるオレ達。まぁ理由は分からんでもない。というかさっきの話が原因だろう。
どうやら由夢にも同じ内容が書かれた紙が来ていたらしい。そしてあろうことかその紙を美夏とその親友に発見されてしまったという。
なんでもお弁当を出す時にうっかりポロっと美夏の前に落としてしまったそうな。こんな時にドジ踏むなってぇの、まったく。
「でも桜内先輩、さすがにまさかこんな事までやられるとは思っていませんでしたよ」
「そうですね・・・・こんな卑屈な嫌がらせは初めて受けました。思い出した胸がむかむかしてきましたよ・・・」
どうやら由夢はショックは受けていないみたいだ。さすがあの音姉の妹という所か。
ショックよりも正義感の感情の方が上回っている。目も落ち込んだ様子は無い。ギラギラとした目をしていた。
決して許さない。絶対犯人をふん捕まえてやる。そんな所だろう。さすが血が繋がっていないとはいえオレの妹ってとこだな。
「すまない皆。美夏なんかと仲良くしているせいでこんな―――――」
「そんな事ねぇってっ! 気にすんなよ、どうせこんな真似をする連中は腰抜けの阿呆共だ。その内私達生徒会が捕まえてきてやるから、な?」
「そうですよ天枷さん。こんな卑屈な真似をする相手に負けてはいけません。いつもみたいな強気な態度を保ってなくちゃ・・・・」
「・・・・はは、そうだな」
そして苦笑いする美夏。恐らくなんの慰めにもなっていない。美夏的にはそんな事よりも自分の友人達が被害に合っている事の方が堪えているみたいだ。
まぁこいつは元々人に気を遣う性格だ。自分なら大丈夫だが他の人が自分のせいで嫌な思いをしているのが我慢ならないのだろう。そういう奴だ。
オレはとりあえず話の話題を変える為に少し気になった事を聞いてみた。
「それにしても――――まさかお前が生徒会に入っているとはなぁ。意外だよ」
「え、そうですか?」
「ああ。人の為に頑張るとかそんなタイプでは無い様な気がするしな」
「はは、ですよねぇ。まぁぶっちゃけ私そんな頭が良いタイプでは無いので、生徒会に入れば内申点上がると思って入りました。
由夢ともそれ以来の付き合いですね」
「ふぅん、そっか。実はオレも内申点のが欲しい所なんだよ。本校行ったら特にそういうものが必要になってくる。生徒会、入ろうかな」
「え?」
「えー・・・・」
「・・・・・・」
みんな様々な表情でオレの事を見る。本気で驚いた顔、呆れた表情の顔、また始まったよコイツはの顔。
なんだよ、失礼な奴らだ。こう見えたってオレは品行方正がモットーな男なんだぜ。少なくとも委員会連中の奴らよりはマシだ。
聞こえてくるため息。由夢が呆れた声でオレに話し掛けてくる。
「兄さんが生徒会に入ったらヤクザの組みたくなりますよ。そんな所誰も入りたくありません」
「少なくとも絶対逆らう奴が出なくなるぞ。みんな忠実で生徒会長の言う事を聞き、風紀が乱れない。素晴らしいじゃないか」
「そりゃあ生徒会長になるであろう兄さんが絶対の暴君だからですよ。少なくとも私はそんなの嫌です。まだ学生らしい活動を行いたいん
です。何が悲しくてそんなヤクザみたいな雰囲気なんかにさせなきゃいけないんですか・・・・」
「あ、あはは・・・・」
「義之はたまに本気か嘘か分からない事を言うな。そういうのはよせ。みんなの誤解を招く」
「オレはいつだって本気で物事を言ってるじゃねぇか。皆オレのキャラを誤解してるみたいだが本当は温厚な性格なんだぜ。何時も争いに
巻き込まれてるせいかオレを鬼か悪魔かなんかと勘違いしてやがる。これは由々しき問題だ。人間関係を円滑にする事が出来ない。だか
らせめてお前達だけでも分かってくれればと思っていたんだが・・・・どうやらそうではないみたいだ」
「そんな悲しげに顔を伏せても駄目だぞ、義之。お前の場合は平気で嘘をつくからな。普通の一般人だったら騙されてる所だぞ」
「それにすごい女たらしですもんねぇ。怖い顔してちょっと優しくすれば相手の子は騙されちゃうんだから。それにそうやって嘘をつくのも
上手いし。将来詐欺師なんかにならないでくださいね。妹の私としては世間様に顔向け出来ない行為はしてほしくないですから」
「・・・・はは。桜内先輩って本当にポーカーフェイスですよねぇ。私、すぐ感情が顔に出るんで羨ましいです」
「・・・・・・」
なんだよ。みんなオレの事を嘘つき野郎だと思っているのか。オレが嘘なんかついた事――――まぁ、過去は振り向くもんじゃない。将来の糧にするものだ。
しかしこうやってみんなに信用されていないというのは傷付くな。美夏まで最近はオレの事を本当に嘘つき男と思っている。こんなにも好きなのにな。
面白くねぇ。オレは学食をガツガツ食って席を立つ。
「ごっそうさん。じゃあ、オレはもういくぜ」
「ああっ! そ、そんなに怒る事は無いだろう! ちょっと待て!」
「に、兄さんっ! ちょっと待って下さい!」
「わ、私まだ食いかけなのに・・・・ええいっ! ダイエットだと思えば・・・・!」
オレが立ちあがって行こうとすると美夏達も慌てて追いかけてきた。ていうか別にゆっくり食っててもいいのに。どうせ昼休みはいっぱいあるのだから。
どっか人がいないところで煙草でも吸おうかなと思っていたがどうやらそれは叶わないようだ。あー飯食った後は本当に煙草が吸いたくなる。
「なんだよ。別にゆっくりしててもよかったんだぞ」
「そんな事出来る訳ないだろう。拗ねたお前を放って置くと後で面倒臭そうだからな」
「別に拗ねちゃいねぇよ。オレはいつだって冷静だし素直だ。勘違いは止した方がいいぜ、美夏」
「ほーら、そんなに怒らないの。どこかゆっくり出来る所でジュースでも飲みましょう?」
「それならいい場所知ってますよ! この間生徒会の見周りで偶然見つけたんですが人が来ない、いい場所です」
「んあ? どこだよそこ。校舎裏とかか?」
「フフ、違いますよ。もう誰も使っていない部屋が付属校には一つあるんです。誰かが溜まり場にしてる様子も無いし部屋の日当たりもいい部屋なんですよ
そこ。今度機会があったらそこでダベるのもいいかなと思ってたんでちょうどよかったです」
「へぇ、そんな場所があったんだな」
「ええ。興味、出てきました?」
「・・・・まぁな。よし、んじゃ早速行ってみようぜ。あ、煙草とか吸っても見つからないよな?」
「まぁ、一応人に見つかりにくい場所ではありますが・・・・」
「よかった。早く煙草吸いたくてたまんねぇんだよ。さっさと行くぞ」
「もう、兄さんてば・・・・」
どうやら由夢もその他もオレの喫煙を咎めるヤツはいないようだ。三人の内二人は生徒会の人間だから何か言われるもんだとばかり思っていたが大丈夫らしい。
もちろん何を言われたって禁煙するつもりなんてない。オレの唯一の楽しみだからな。禁煙なんてしても間違いなく二日と持たないだろう。自信がある。
そして自動販売機の前に着くと格々が財布を取り出す。と、美夏がオレの肩を叩いてきた。
「おい義之。なんかポケットから落ちたぞ」
「ん?」
そして美夏の手に握られているのは―――あの悪戯書きされている紙。
オレはそれを引っ手繰るように奪う。唖然としている美夏。今これを見られる訳にはいかなかった。
「中身、見たか?」
「―――――いや、見ていないが。どうせお前の事だから保護者呼び出しの紙かなんだろう?」
「ああ、そうだ。どうやらオレの素行の悪さが先生方に伝わったらしい。参っちまうよマジで」
「ちゃんと先生に謝って下さいね。でないと妹である私が恥を掻くんですから」
「分かった分かった、まったくうるせぇな。そんな事だと彼氏に嫌がられるぞ」
「大丈夫です。兄さんと違ってちゃんとした人を彼氏にしますから」
「オレと違って、か。あのお兄ちゃん大好きの由夢ちゃんの台詞とはとても思えないね。せいぜい真面目な七三分けの男でも連れて来てくれ」
「・・・・い、嫌味ですか?」
「別に。まぁだったら早く料理の一つでも上手くなれ。嫁の貰い手がいなくなるのは兄としても寂しい」
「―――――ッ! 大きなお世話ですっ!」
肩を震わせて叫ぶ由夢。オレは肩を竦めて美夏達の肩を抱きながら先に歩き出す。由夢は怒りながらもオレ達の後を付いてきた。
手紙、捨てようとポケットの中に入れておいたのを忘れていた。自分の迂闊さに腹を立てる。運よく美夏がその内容を見なかったからいいものを
見られたら美夏は自分を責めるだろう。そんなつまらない思いはさせたくなかった。
いつかは気付くかもしれない。いつまでも隠し通せるとは思っていない。だが―――それでもオレは最後まで美夏に隠し通して行きたいと思っていた。
「・・・・」
「ん、何を呆けておるのだ義之?」
「わりぃ美夏。そういえば今日は美夏と帰れないんだったわ」
「え・・・・」
悲しげな目をする美夏。そんな表情を見せられたらオレまで悲しくなっちまう。オレは美夏の頭をポンポンと撫でてやる。
くすぐったそうに目をふにゃふにゃさせている。オレはそんな美夏に笑いながら話し掛ける。
「今日はさくらさんのお説教があるんだった。忘れてたよ。どうやら日頃の行いが悪いせいか目に留まったらしい。多分長くなる」
「そ、それだったら美夏は待っているぞ。別に今日は大した用事も無いし・・・・」
「いつ終わるかも分からないし、そこまで待つ必要も無い。それに多分帰りはさくらさんと食っていく事になるかもしれない」
「・・・・むぅ」
「そんなにむくれないでくれ。今度埋め合わせは絶対にするからさ。なぁ、美夏」
「・・・・分かった。絶対だぞ、義之」
「ああ、絶対だ」
納得いかなそうな顔をしていたがどうやら折れてくれたみたいだ。さすがに親子水入らずの邪魔はしたくなかったらしい。渋々といった感じではあるが。
玄関先まで歩いて行きオレの方に振り返る。オレはそれに対してにこやかに手を振ってやった。美夏は苦笑いしながらも手を振り返してくる。
そして姿が見えなくなるまでその背中を見詰め、改めて自分の下駄箱に振りかえった。
「こりゃあ個人的な恨みも入ってそうだな。ここまでやるとはな」
自分がいつも履いている革靴。それがどこにも無かった。入っているのは一枚の紙。手にとって見る。内容はまたしても先程と同じような紙。
はぁとため息をついてしまう。こんな真似をした相手―――数えきれない。適当にボコった奴もいるし、オレが知らないだけで傷付けた相手かもしれない。
まぁ、どちらにしても面倒な事だ。こう言う風に姑息な手段を使うほど面倒な相手はいない。
「あー・・・・どうすっかなぁ。家に帰れねぇじゃねぇか」
そう呟きながら校舎内を歩く。探す気力なんてなかった。大体どこにあるかさえ見当がつかない。探すだけ無駄なように思えた。
だからといって校舎内をうろついてもしょうがないのだが・・・・。マジでどうしよう、このままオレは一生この学校から出れないのか。
「ん、あれぇ、義之くんじゃない」
「んあ―――ああ、茜か。どうしたんだこんな時間に」
「ちょっと調べ物をしてて遅くなっちゃんだ。義之君は今帰り?」
「そう思っていた。楽しく美夏といちゃつきながら帰ろうと思っていた。だけどそんな至福の時間を邪魔したい奴がいるらしい」
「え? それって、どういう意味?」
「だからオレは靴探しの真っ最中なんだ。邪魔しないでくれ」
「ちょ、ちょっと。靴探しって・・・・もしかして隠されたのっ!?」
「こーんな紙まで添えてあったぜ。まったく、靴を隠されるなんて小学生以来だぜ」
そう言ってオレはその場を立ち去る。早い所帰る方法を見つけないとマジでこのまま学校に居残りだ。
購買をどうにか開けられないかなぁ。体育シューズは家に持ち帰ったままだし・・・・杉並に頼んで開け貰うか。
そう考えていると肩をガシッと掴まれる。振りかえると茜がどこか怒ったような顔をして立っていた。
「なんだよ」
「なんだよ、じゃないでしょ~!? なんで義之君が靴を隠されなくちゃいけないのよぉ?」
「だから紙の書いてある通り―――」
「それは知ってるのっ! だからなんで義之君がこういう嫌がらせを受けなくちゃいけないのよ!」
「美夏のクラスには親友がいる。そいつはそのクラスのリーダー格だから誰も美夏に上手い具合に嫌がらせをする事が出来ない。じゃあ誰に
嫌がらせをすればいいのか? それはオレだ。学校きっての問題児だし仲間もあまりいなさそう。だから吐け口をオレにしたんだろうな」
「そんな・・・・最低だわ」
「ああ、オレも同感だ。オレみたいに立派な悪党はともかく、そういう小物みたいなやり口はオレの嫌いな所だ」
「もちろん犯人を捜すんでしょ?」
「・・・・・はぁー」
「何よ?」
オレの呆れたため息に茜が少し頬を膨らませてジト目で睨んでくる。
犯人を捜す、か。もし見つけたらどうすればいいのだろうか。殴ればいいのか? もうするなよと注意するのか? 美夏に懺悔でもさせればいいのか?
オレは別にどれも望んではいなかった。確かにムカつくし腹も立つ。だが見つけた所でどうする事も出来ない。何をすればいいか分からなかった。
「まぁ色々理由はあるが・・・・探さない」
「な、なんでよぉ!」
「この学校に生徒が何人いると思ってんだよ。それに美夏がロボットだって事は学全体に広まっている。付属の生徒か、それとも本校の生徒かも分からない。
そんな状況で見つけられると思うか?」
「そ、それは・・・・確かにそうかもしれないけど」
「だから別に探す事はしない。見つけて何をすればいいか分からないしな。さて、オレはそろそろ行くよ」
「・・・・どこに?」
「とりあえず購買に侵入してみる。余った靴を少し拝借して―――」
「――――――探すわよ」
「あ?」
オレは多少怪訝な顔をして茜の顔を見やる。
茜の顔、怒りに燃えていた。多分オレよりも怒っているだろう。
そして茜がオレの手を引っ張り出して歩き出す。
「お、おい。どこにいくつもりなんだよ?」
「とりあえず学校中をシラミ潰してその靴を探し出すのよ」
「はぁ~!? 学校中って・・・・マジで言ってるのかよ、お前は」
「マジもマジ、大マジよっ! このまま大人しく引き下がれるもんですかっ!」
何故かオレよりも怒っている茜。オレのその手に引っ張られるまま歩きだした、ていうか案外力強いなこいつ。
グイグイ引っ張られていくオレ。抵抗するのも面倒なので成り行きに身を任せてみる事にした。勿論見つかる可能性などほとんどないだろう。
茜はとりあえず玄関から身近にある空き部屋に入った。まぁ、確かに靴を持ったままどこかに移動するのは目立つのであるならこういう所だろうな。
「ほら、義之君も探して」
「・・・・へーい」
「何よ、そのヤル気の無い返事は。絶対見つけるんだからね、絶対に!」
「・・・・・・・」
「返事はっ!?」
「・・・・うーす」
そう言ってもさもさ動くオレ。まるで死ぬ寸前の犬がここ掘れワンワンしてる様な動作だ。まるで探す気が無い様な様子に茜がため息をつく。
そして二人して探す事になったのだが―――もちろん見つかる訳も無く、作業は難航した。なまじ倉庫代わりにも活用されているので荷物は多い。
一つ一つ段ボールを開ける作業は結構面倒臭い。そのうちお互いあんまり喋らないで作業をするようになった。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「ねぇ、よっちー」
「なんだ、アッカーネ」
「ぷっ、どこのフランス人よ」
「だったらよっちーなんて言うなよ。で、なんか見つけたのか?」
「ううん、まだ見つかって無い。けど、少し聞きたい事があって・・・・」
「なんだ?」
「魔法って、信じる?」
「・・・・・・・」
オレは茜に向き直る。茜の表情、いたって真面目な表情。どうやらフザケて言ったみたいでは無いらしい。
魔法ねぇ。なんでそんな事を聞くんだかオレには見当が付かなかった。杉並ならまだしも茜はリアリストだと思っていた。
そんな馬鹿げた話にオレはどう対応すべきか少し考えた―――が、結局思ってる事を言っちまえばいいかなと思った。別に深く考える必要も無いだろう。
「あ、あはは。いきなり何を言ってるんだろうね私ったら。ごめんね義之君、何か変な質問して―――」
「信じる」
「・・・・え?」
「聞きたい事はそれだけか? だったら作業に戻ろうぜ。早い所見つけて帰ってコタツに入りたいんだよオレは」
「ちょ、ちょっと待って!」
「・・・・んだよ?」
「もしかして・・・・ふざけてる?」
「聞いておいてそれかよ。答えて損したぜ、まったく」
「・・・・だって義之君信じて無いと思ったんだもの。魔法なんて言葉一番嫌いそうだし、もちろん信じてもいなさそうと思った。だから驚いちゃって・・・・
ねぇ、なんで信じてるの? 根拠とかある?」
「ああ、なんてったって―――オレが魔法使いだからな」
「は―――」
呆けたような顔をする茜。だが次の瞬間、大笑いした。もうこれでもかというぐらいに笑う茜。どうやらツボにハマったらしい。
腹を抱えてる茜。勿論そんな様子を見てオレが面白い筈が無い。なんだよ、たまには嘘なんかつかないで本当の事を言ったのによ、腹立つわ~。
どうやってこの茜を黙らせようかと考えて―――思い付いた。別にコイツなら構わないだろう。どうせ誰かに言いふらしても信じないだろうし。
「・・・・・よ、義之、くんが・・・魔法使いって・・・ぷぷ・・・・」
「おい、茜」
「な、なに義之君・・・・ぷっ」
「この手をよぉく見ててごらん」
「・・・・・・ん?」
「はい、餡子たっぷりの御饅頭でございます」
「は―――」
ポカーンと口を開けてオレの手を見詰めている茜。視線の先にはオレが今作った饅頭がある。まぁ、我ながら中々の出来栄えだ。
オレはそれを口に入れて作業に戻った。背中からは茜の視線が突き刺さっている。ていうか早く作業に戻れよお前は。このままじゃ一生終わらないっての。
何個目の段ボールか分からない包み箱を開ける。ちっ、これも外れかよ。入ってるとは思わねぇけどよ、少しばかり希望は入っていないのかよ。パンドラみたいな。
「よ、よ、よ、義之君っ!?」
「・・・・・・」
「義之君ってばぁっ!」
「――――――だぁーっ! うっせーぞテメェっ! 早く作業に戻れっつーの!」
「今のどうやったのっ!? 袖捲りなんかしてたし手品には全然見えなかった!」
「手品じゃねぇよ。れっきとした魔法だ。まぁこれぐらいしか出来ないけどな。世の中にはこれより凄い技出来る奴はいるんだろうが・・・・オレは知らない」
「・・・・・・・嘘でしょ?」
「本当だっつーの。一つ疑問が解決してよかったじゃねぇか。だから早くオレの靴を探してくれ」
「・・・・・・」
これ以上の凄い技を使えるとなると・・・・さくらさんぐらいか。いや、音姉もなんか魔法使えるみたいだし・・・・少なくとも二人は居る事になる。
だがそこまで教える必要はないだろう。そう思ってオレは言わないで置く事にした。しかし、なんで茜はそんな事をいきなり言いだしたのだろうか。
少しばかり疑問を持った。もしかして今流行ってる漫画を見て興味が出てきたのか。だったら悪い事をしたな。別にメルヘンでもカッコ良くもないし。
「・・・・なんでそんな事を聞いてきたんだ?」
「え?」
「え、じゃねぇよ。なんの脈絡も無しにそんな質問されたら誰だって興味を持つ。で、なんでそんな事を聞いてきたんだ?」
「―――――義之君になら話してもいいかなぁ・・・・・と思ってさ。だから聞いてみたんだ」
「あ? 何をだよ」
「もしね、もし―――私が茜っていう人物で無かったらどうする?」
「・・・・・・どういう意味だ?」
「んー・・・・せっかく義之君の秘密を教えてもらっちゃったんだし・・・・別にいいかなぁ。あのね―――」
そして茜の口から紡ぎだされる真実。 妹が居た事、とても仲が良く茜とは違いとても活発な性格であった事、そして―――水難事故で死んでしまった事。
ここまでは別に普通によく聞く話だ。確かに可哀想な話ではあるがよくテレビなどで耳にする話。だが、話はそれで終わらなかった。
その死んだ妹、藍という名前だそうだがそいつが茜の体の中に入ってしまったらしい。要は二重人格みたいなものだった。ただ二重人格と違う点は片方が
引っ込んでももう片方の意識はちゃんとあるとの事。普通の二重人格だとこうはいかない。
オレがよく耳にする二重人格は片方の性格が出るともう片方の性格の方は完全に意識を無くしてしまうものだった。当り前だ。元々二重人格は何らかの精神
的ショックにより出来上がる性格だ。心の逃亡と言ってもいい。だから片方の意識が出ると記憶などを無くしてしまう。
だから茜のは二重人格というよりも本当に体の中に二つの人格が完璧には言っているという事だった。
「今の話、嘘だと思う?」
「―――いいや、信じてるさ」
「嘘ね。こんな話をした私を不気味がってるに違いないわ。普通ならそう思うわよ」
「じゃあオレのさっきの出来そこないの魔法もお前は不気味がってるのか? 『なに魔法とか言っちゃってんの、頭おかしいんじゃない?』という風にな」
「べ、別にそんな事は思って無いわよっ! あんなに見事に見せられたら・・・・信じちゃうもん」
「だったらお前の言う事も信じるよ。お前には言っていないがオレも似たような経験がある。だから信じるさ」
「え、それって・・・・」
「・・・・・・・」
「―――ダンマリって事は言いたくないって、事?」
「ああ。悪いが話す気はない。茜だけじゃなく誰にもだ」
「まぁ、うん、だったら聞かないどいてあげる。誰でも秘密の一つや二つあるだろうしね。私もそういうのあるしぃ」
「ああ、ありがとうな」
「別に良いわよぉ。私の話を信じてくれるってだけでもむしろありがたいわぁ」
そう言って手をひらひらさせる茜。ああ、物分かりのいい女で助かった。変にしつこく聞かないで話の見切りをつけるのは茜のいいところだと思う。
話さない理由―――混乱させたくないからだ。いきなり貴方の知っている義之君は死んで私は違う世界から来た義之です、なんて言える筈も無い。
茜の話より荒唐無稽な話だ。まだ茜の話の方が信憑性はある。この事は美夏は勿論、他の誰にも話す気は無かった。
「それにしても・・・・」
「うん? なぁに?」
「まるで悪霊に取りつかれたみたいだな。おっかねぇでやんの」
「―――――ッ!」
目を剥いてオレの事を睨む茜、いや藍か。やっぱり悪霊じゃねぇか。多分オレを呪い殺す気なのだろう。そういう目をしている。
オレは距離を取った。霊に距離を取って意味があるのかは知らないがいつでも対応出来る姿勢を作っておく。茜はそれを見て更に怒ったような顔になった。
そして―――オレに飛びかかってきた。まさかあの茜が飛びかかるような真似をしてくるとは思わなかったのでオレは茜もろとも雪崩込むようにドスンと
音を立てながら地面に背中を打ちつけた。
「あ・・・い・・てぇな、おい」
「ふん。私を悪霊呼ばわりした罰よ。これでも他人様には迷惑を掛けていないんだからねぇ」
「オレは今背中を打ちつけて確実に不幸な目にあってるぞこの野郎。慰謝料払えよ」
「そんな事で怪我するようなタマじゃないでしょうに。大袈裟なんだからよっちーはぁ」
「てめぇ・・・・・」
「―――なぁに?」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
オレの上に乗りかかったまま視線を外そうとしない茜。いや、藍か・・・・面倒だから藍でいい。オレの目を見詰めたまま何も言わないでいる。
顔に掛かった髪がくすぐったい。オレのそんな様子を微笑みながら藍は見詰めている。なんか、嫌な雰囲気だな。こういう雰囲気になっていい思い
などしたことない。オレはそこから脱出するように体を動かした。
だが藍はそんなオレの体を押さえつけてきた。思わず睨んでしまう。だが藍はそんな事を気にした様子が無い様に話し掛けてきた。
「義之くんの事を好きになったのって・・・・茜と藍、どっちだと思う?」
「・・・・知るか。いい加減どけてくれないか? オレには美夏がいるんでね。こんなところ見られたら―――」
「怒るかもね。エリカちゃんの時といい今度は許さないかもしれない。もしかしたら別れちゃうかも」
「二度は言わない。さっさとどけてくれ」
「さっきの答えは―――両方なんだよ、義之君。姉妹して同じ人を好きになっちゃった。でも茜ちゃんは美夏ちゃんが彼女になったから諦めちゃった。
良い子だよねぇ、好きな人の為に身を引くなんてさぁ。まぁ、だから私も渋々身を引いたんだけどねぇ」
「何が、言いたいんだ?」
「ちょっと報いがあってもいいんじゃないのかなぁってさ。ねぇ、キスしてよ」
「・・・・お前はオレ達の事を応援してくれてるんじゃないのか? 応援してくれてるのは茜だけなのか」
「応援してるよ。美夏ちゃんも可愛いし、義之君とはなんだかベストカップルみたいで見ていて気持ちいいし。けどあれだけ尽くしたんだからキス
の一つぐらいないとねぇ?」
「・・・・・・」
「ねぇ、いいでしょう~?」
そう言ってオレの胸板に胸を押しつけてくる茜。ていうかお前とキスした事あるじゃねぇか。ディープの奴をよ。それで満足しとけよ。
だが当の御本人はそれで満足していなかったみたいでキスをせがんでくる。目を閉じてオレの顔に迫ってくる藍の綺麗な顔。思わずピンク色の唇に
釘付けになってしまう。
藍としたあの深い繋がりのキス。あれを思わず思い出してしまった。そしてオレの頭をガシっと掴み――――
「・・・・・・ん」
「・・・・・・・」
キスをしてきた。初めてキスしてきたような激しさは無く、静かなキスだった。
時間にすれば一瞬だ。そっと離れて茜はオレの上からやっと退いてくれた。
「いやぁ、やっぱりキスっていいわねぇ~。ちょっと煙草臭いけど」
「・・・・・この野郎」
「べっつにいいでしょう~? 素直に身を引いたんだからキスの一つぐらいさぁ」
「アホかっつーの。オレに美夏っていう立派な彼女がいるし裏切りもいいところだ。ああ、オレってば本当に懲りねぇやつだな、ちくしょうっ!」
「あははは。大丈夫だよ、犬に噛まれたと思えばいいじゃない。どうせこうやって喋るのも最後になるかもしれないんだからさぁ」
最後。オレは藍の顔を見る。別段いつも通りの表情だ。
しかし、どこか、寂しそうな雰囲気を醸し出している。オレもこいつとは短いが濃い付き合いをしてきた。それぐらい分かるようになっていた。
オレはぼやくように喋りかける。
「・・・・なんだ、成仏でもすんのかよ」
「うーんとねぇ、最近なんか表に出てきにくくなっちゃってるんだよねぇ。もしかしたらこのままあっさり消える事になっちゃうかもって思ったから
記念に義之君とキスしたくなったっちゃったんだ」
「―――もっとやりようがあったろ」
「そんなもの無いよぉ。だって義之くん美夏ちゃんと本当に仲が良いし、私がキスしてって言ったらしてくれた?」
「そりゃあ、まぁ、そうだけどよ・・・・」
「だからあんな強引な手に出ちゃったのよ。ごめんねぇ、義之くん?」
「はぁー・・・・・」
なんだろう。怒るに、怒れない。消え去る間際にオレとしたい事がキス、か。なんつーか・・・・ため息しか出てこない。
美夏がこれを聞いたらそう思うだろうか。確かに怒るだろう、悲しむだろう。だがキスしなかった場合、美夏はもっと怒るだろう。
目を背けながら最後ぐらいロマンチックに送ってやれと言いそうだ。まぁ、茜というか藍は美夏の事を凄く可愛がってたので藍レベル限定だけだと思うが。
「そんなにため息つかないでよぉ」
「誰の所為だ、誰の」
「まぁまぁいいじゃない。過ぎた事をいくら言っても――――――あ」
「ん? あ―――」
茜の視線の先。見覚えるのある革靴があった。オレは手にとってみた。見覚えのあるデザイン、メーカー、サイズ、自分の探していた靴だった。
中身はどうやら悪戯されていないようで無事なままだった。思わず安諸のため息をつく。なんだかんだあったが、どうやらこの部屋にあったらしい。
茜の顔を見る。茜の顔、挑発的だった。『私の言うとおりあったでしょ? だからキスぐらいしてもよかったわよねぇ?』とでも言いたげな表情だ。
「私の言うとおりあったでしょ? だからキスぐらいしてもよかったわよねぇ、義之くん?」
「・・・・・・」
「あ~ん、どこに行くのよぉ~?」
「帰るんだよ。一緒に靴を探してくれてありがとうな、藍。それじゃあな」
「私も帰りますぅ~! 待ってよぉ~」
声を荒らしく上げながらオレの脇に並ぶ藍。藍の表情はとてもニコニコしていた。とてもじゃないがこれから消える奴の表情ではない。
オレは特にコイツの為に泣こうとか喚こうとは思っていない。そういう事をしたら多分コイツは気にして成仏するどころの話では無くなってしまう。
だから―――オレはコイツの尻を叩き上げて少し早めに走った。後ろから怒ったような声で追いかけてくる音が聞こえてくる。オレはいつも通り茜を、藍を
からかいながら下校した。
「いってぇな、マジでよぉ・・・・・」
ぼやきばがら腰を押さえる。あの後追い付かれた茜に鞄で腰を打ちつけられ悶絶してしまった。
大体茜と藍の見分け方が分かってきた。大人しめの方が茜で派手にかます方が藍だ。おそらく最初のキスもあいつがしたのだろう。
茜もいい迷惑だぜ。あんな奴と一緒の体を共有してるなんてな。ストレスで胃に穴が空かないか心配だ。
「さて、早く家に帰ってコタツにでも入るか。まだ夜になると大分冷え込むし」
オレの体を容赦なく風が叩きつけてくる。オレはそれに身震いしながらも急いで脚を動かす。随分暗くなったが今夜の夕飯の準備出来なかったなぁ。
最近は音姉や由夢が一緒の食卓に付く事が多い。別に仲良しになった訳ではないがオレの態度にも慣れてきたのか、少し図々しくなってきたようにも思える。
オレがこの世界に来て二ヵ月ちょっと。色々な事が起きたがまだ二ヵ月しか経っていない。感覚的にはもう一年が過ぎたようにも思える。
「なんかこっちに来てから濃くなったよなぁ、オレの生活。なんだか彩られたような感じだ」
前居た世界では毎日が無機質だった。その時は何も感じ無かったが今の生活を返り見るにそう思える。とてもじゃないが前の生活には戻りたくなかった。
こっちには大切な友人、家族、そして―――彼女の美夏が居る。こいつら無しに今の生活は考えられないようになってしまった。随分甘くなったものだ。
甘くはなった。だが、悪くは無い。最近はそう思うようになってきた。
「友達、か。そういえば茜の話も少し気になるな」
最近表に出にくくなったと言っていた。思い当たる節、桜の木だ。なんでも願い事を叶えるという最高で最低の桜の木を思い出す。
良いことも悪いことも叶えてしまう。ろくでもないものだ。大体人間は叶えたい事があるから努力をするし挫けない気持ちを養う。自然の摂理に反していた。
おそらくだが茜も願ったのだろう。妹ともう一度会いたいと。そして叶えてしまった。自分の体に魂を入れさせるという行為を持って。
それだけ聞けばなんといい話だ。本当に好き合っていた姉妹との再会。そして再び始まる日常の生活。思わず―――舌打ちしてしまう。
それじゃあその妹が居なくなったらどうする。せっかく再会したというのにまた別れるハメになってしまったらどうする。決まっている、また
妹を失う辛さを叩きつけられるのだ。
なんていい加減な木だ。さくらさんはあの木に特別な感情を抱いているようだがオレはなんとも思わない。強力すぎるんだ、あの木の力は。
本来人はあんな力に頼ってはいけないと思っている。本当に、ささやかな願いを叶えてくれるのら話は別なんだが・・・・そんな都合のいいモノはないだろう。
「とりあえず帰ってさくらさんに相談してみるか。なんとか藍を助けてやりた――――――」
呟きかけた―――瞬間、腰に熱を感じた。思わず姿勢を崩してしまう。どうやら藍の攻撃が結構効いたらしい。
あのジャジャ馬娘め、マジで慰謝料請求してやろうかあの野郎。オレは顔を歪めながら腰に手を当てる。
そして感じる違和感。オレは怪訝に思いながらも自分の手を見直してみた。
「あ、―――」
赤色。赤色の液体が自分の手にくっ付いている。そして口を半開きにしたのが悪かったのだろう、唾が垂れてきてしまった。
きったねぇ、オレは結構紳士な部分があるからこういうのは我慢ならない。ハンカチで拭こうと思ったのだが、少し体がダルイ。
しょうがなく手の甲で拭き取る。そして驚く事に唾の色も赤色だった。
「は、はは・・・・なんだよこれ―――ごふっ」
膝に力が入らない。崩れ落ちる、なんだか気持わりぃな、おい。咳き込むと口の中がぬちゅぬちゅして気持ち悪い。
唾を吐き捨てる。それはまたもや赤色だった。え、オレなんかの病気なの。思い当たる節っていうと煙草ぐらいしかねぇんだけど。
もし煙草だとすると、なぜ背中の腰辺りからも血が噴き出すのだろうか。
「はぁはぁ・・・・マジでなんだよ。洒落になんね―――」
人の気配を感じる。
だるい思いをしながらも首を捻る。
綺麗な金色の髪、スタイルの良いからだ、顔はやつれたように疲れ切っていた。
そして手には―――ナイフ。それにも赤色が付着していた。
ようやくオレは思い至った。なんだ、結構鈍いなオレは。由夢の事とか馬鹿に出来ねぇし。
「・・・・・マジかー・・・・刺されたのかよ、オレ」
「・・・・・・・・」
「まぁ・・・・なんだ。よくドラマとかで見る光景だが・・・・いつもオレは思っていた事がある・・・・ごほっ」
「・・・・・・・・」
「なんで刺される男は、いつもマヌケなんだろうってな。だが、もうバカにできねぇ・・・・こんな有様じゃあな、はは」
「・・・・・・・・」
「何泣きそうな顔、してんだよ・・・・・エリカ」
そこに居たのはエリカ。いつもみんなに刺される刺される言われたけど・・・・本当に刺されちまったか。こりゃあ恥ずかしいわ。
オレは路上にごろんと転がって空を見上げる。おお、今日は晴天だなぁ。星がすげぇ綺麗だ。なんとなくエリカを彷彿させるような光を放っている。
そしてまた咳き込む。もう、やばいな。なんだか眠たくなってきた。とりあえずオレが眠る前に―――――
「最後に・・・・本当に腹割って話そうか、エリカ」
これがオレの落とし前なのだろう。散々エリカに対して酷い事をした罰。その報いがこうやってきたのだ。
何故だか知らないが、この時オレはエリカと楽しくダベっていた時の感情に戻っていた。なぜだろうと考える。
ああ、アレか。死ぬ前は人間は優しくなるっていう言葉がある。恐らくそうだろう。元々一目惚れしてたしなぁ。
恐らく最後になる会話。オレは咳き込むのを我慢しながら壁に寄りかかり喋る体制を整える。さて、何から話そうかなぁ。