「本当に、本当?」
「だから言ってるじゃねぇか。茜とは何もねぇよ。転校する予定だから無理矢理あんな事してきたっていう話なだけだ」
「・・・・でも」
「でもも何も本当の事だ。これでも一応彼女がいるから嫌だったんだぜ? まぁ茜の場合少しボディタッチが激しいから
勘違いしたのかもしれないけどな」
「・・・・それだけで普通はキスしないわ」
「だから言ったろ? 転校する予定で――――」
「じゃあ私も転校しそうになったらキスしてくれるの?」
「揚げ足を取るな。茜とは何も無い。オレは美夏が一番大事―――話はそれでお終いだ」
「あ―――」
ベットに再び背中を預けてオレは再び目を瞑る。起き抜けに一気に喋りまくった所為で少し疲れてしまった。あーしんどいわ・・・・。
でもまさかエリカに茜との会話を聞かれていたとは思わなかった。空き部屋でのキスとかほっぺにチューも全部知られてたと聞いて少し焦ってしまった。
まさに気分は浮気現場を見られた夫といった具合。その面子の中に自分の彼女が居ないというのは・・・・なかなか業が深いと思う。
まず起きて目に入ったのはエリカの涙でくしゃくしゃになった顔だった。ずっと泣き腫らしていた様な顔をしていてオレと視線が合うと更に泣いてしまった。
なんとか根気よく頭を撫でたり慰めの言葉を掛けたりして一応落ち着かせたが、その後は質問責めだった。茜とは浮気しているのか? 美夏が彼女ではいのか?
オレがちゃんと答えを返しても何度もしつこく聞いてきたのでオレは話を強制的に終わらせる。実際に本当にオレは疲れていた。
「あら、私に何のお礼も無くまた寝るつもりなのね。死ねばよかったのに」
「・・・・・」
酷い言葉を投げかけてきたのは水越先生。つまらなそうにベット脇にある簡素な椅子の上に座っていた。恐らくここは禁煙なんだろうが構わず煙草を吸っている。
オレが今眠ってる場所は水越病院で空いた病室を使わせてもらっている。日付時計を確認するろあれからもう三日が経っていた。長い事オレは眠っていたみたいだ。
そして今の時刻は夜中の十二時。また変な時間に目を覚ましてしまったようだ。眠気なんか襲ってこないし横になってもそれは同じだった。
エリカに聞いた話だとあの後たまたま通りがかった水越先生が泣きじゃくってるエリカと血だらけのオレを発見したらしい。そして下手に普通の病院に行く
より水越先生の融通が効くこの病院の方が何かと便利という事で搬送された。一時的だが―――何度か心臓が止まったらしい。
「それにしても貴方って本当にしぶといのね。絶対助かりっこない程出血してたというのにこうして生きてるなんて」
「オレもそれは思います。まぁまだ生きてやりたい事がいっぱいあったんで・・・・死ぬに死ねないですよ。美夏を残したままなら尚更です」
「よく言うわ。痴情のもつれで刺された癖に。あと・・・ムラサキさんだっけ? だめじゃない、ちゃんとトドメを刺さなきゃ」
「え、あの、その・・・・」
「あんまり変な事そそのかさないでください。エリカは普通に常識人なんですから」
「常識人が美夏にあんな真似をするとは思えないけどね。聞いてるわよ。貴方でしょ、美夏を襲ったのって」
「え――――」
「一応私は美夏の保護者みたいな者なんだけどさ、困るんだよねそういう事されちゃ。やっと義之君のおかげで人間嫌いが治ってきたというのに台無し
になる所だったじゃない。まぁ―――怒ってる理由は勿論それだけじゃないけどね。意味、分かるでしょ?」
「・・・・はい」
まぁ・・・最もな話だ。自分が娘みたいに可愛がってた子が男達に乱暴された。そしてその首謀者が目の前にいる。心中は察する事が出来る。
もしここで水越先生がエリカをぶっ叩いても仕方が無いと思う。それで済むならまだいい。それ以上の事をしでかす可能性があるのでオレは背中を起こした。
シンと静かになり緊張感が流れ出す。しかし水越先生は特に何をするつもりは無いのか、煙草の灰を灰皿に捨て顎に手をついて目を瞑った。
「まぁ―――過ぎた事をガタガタ言うのは好きじゃないから何も言わないわ。美夏も無事だったみたいだし不問にしておく。だけど、もしもう一回そんな事を
したら・・・・殴るだけじゃ済まないわよ」
「・・・・心得ておきます」
「よろしい。ならこの話は終わりね。とりあえず今日の所は帰りなさいな。夜も遅いしあんまり眠って無いんだし家に帰って――――」
「あ、でも・・・・」
呟いてオレの事をチラチラ見てくる。視線の意味―――オレとまだ一緒に居たいという感じに見て取れた。多分間違ってはいない。
どうしたもんか。パッと見で結構疲れているのだから本当はその何倍も疲れているに違いない。オレとしてもあまりこれ以上エリカには負担を掛けたくなかった。
そんな様子を見て水越先生はため息を付く。顔はいかにも面倒臭そうな顔。
「いいから帰りなさい。もう義之君は無事だって分かったんだし、喋りたい気分も分かるけどまだ完全に容体は安定してる訳じゃないの。
ここでまた悪化したなんて事になったらどうするの?」
「・・・・・・」
「はぁ、参ったわね。ただでさえ無理言ってこの時間まで居させてるのに。もう夜中の十二時なのよ? 送って行くから、ホラ」
「・・・・いいです。今夜は義之と一緒に居ます。隣に空きベットがあるのでよろしければそちらを使わせてもらいたいのですが・・・・」
「・・・・・・」
「なんでオレの方を見るんですか」
「なんで貴方はこんなにモテるんだろうなぁ~って思ったのよ。女の子にはだらしないし何気に優柔不断な所はあるしその他色々あるのにね。
美夏も本当に入れ込んでるし・・・・理解不能だわ」
随分な言われようだ。オレだってこんなにきゃーきゃー言われるような人間だと思っていなかったので時々戸惑う事はある。
人の事を平気で殴るし口も悪いし人付き合いも決して上手くない。なのにエリカを始め色々な女性にアプローチを掛けられるというのは摩訶不思議だ。
その中でもエリカは本当にオレの事が好きなのは伝わってくる。お姫様で美人でかなり人気がある筈なのに他の男には見向きもしない。
エリカ程の女なら引く手多数なのにな・・・。エリカはオレの事をかなり過大評価している節があった。
「――――お言葉ですが義之程の出来た人間はいないと思います。少し手が早いというのは確かにありますが、それを差し引いても魅力は色々あります。
頭はいいし行動力はあるしカリスマもある。そして何より、眼に芯が通っています。最近の男性でこういった人はなかなか居ません」
「おいおい、それは過大評価のしすぎだ。前から思っていたんだがお前はオレの事を少し持ち上げ過ぎなんじゃねぇか?」
「そうねぇ、それは確かにあるかもしれないわね。義之君は貴方が思っているより立派な人間じゃないわよ? 結構ろくでなしだし」
「・・・・いや、そこまで言わなくてもいいじゃないですか。一応自覚はしていますがハッキリ言われると少しだけ傷付きますって」
「だったらあんまり美夏の事を泣かせないでくれる? 貴方は貴方なりに頑張っているんでしょうけど私から言わせてもらえばまだまだだわ。
もっと精進しなさい」
「・・・・・うーす」
「過大評価なんかではありません。相手が義之だからって事で少し眼を眩ませてるとお思いになると思いますが、私は本気でそう思っています。
今も昔も、そしてこれからもその考えは変わらないです。それに――――」
「ん、それに?」
「義之はとても優しい所がありますから・・・・そこが一番大好きです」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
病室に流れる微妙な雰囲気。エリカはどうやら本気でそう思っているらしく少し照れながら俯いてしまった。
そんなエリカを信じられないような目で見ている水越先生。まぁ、その気持ちも分からなくも無い。オレだって同じ気分だ。
今までエリカにしたてきた酷い事は数えきれない程ある。気絶するほど顔面だって殴った。なのにそこまでハッキリ言い切るとは信じられない。
「エリカ、本気で言ってるのか? オレは散々お前に酷い事をしてきたんだぜ? お前に気があるような発言と行動をしておいて美夏と付き合ってるし
殴りもした。何回も夜を一緒に過ごしたり体を重ねた事もあるのにオレはお前を裏切ったんだぞ」
「・・・・なんですって?」
「なのにお前がオレを優しいなんて言うのはおかしい。だってそうだろ? 大嫌いになるもんだと思っていた。そうなるような行動もオレはしていたんだ」
「ちょっと、義之君。さっきの話は本当なの?」
「・・・・殴られたのは私の所為よ。義之があれだけ大事にしている子を襲ったんだし、卑劣な手を使って。それに大体は私が無理矢理誘ったのだから
義之は何も悪い事はしていないわ」
「だがそれを承諾したのはオレだ。本当に優しいならそれを突っぱねる事が出来た筈なんだ。なのにオレはそうしなかった。結局オレは優柔不断でどっち
つかずの最低野郎だったわけだ」
「そう、私の事を無視するのね。今度の給料半分カットだから」
「すいません。それだけは勘弁してください」
「・・・・だから優しいのよ。第三者の目から見れば優柔不断に映るかもしれない。でも義之は私が悲しむ所を見たくなかったからそういう行動を
取ったのでしょう? 私は今でもそうしてくれてよかったと思っている。確かにそれのせいで色々嫌な事があったし酷い事もしたし、されましたわ。
でも義之にもし完全に突っぱねられていたら・・・・また手首を切っていたかもね、一人で」
「・・・・・・」
確かに、そうかもしれない。エリカと過ごしてきた中の色々な局面で断れる選択肢は多くあった。だがオレは断れなかった。
最初の夜のあの日――――オレがエリカの家に初めて泊まった時の事だ。オレが唯一エリカを離す事が出来るチャンスがあったあの日。オレは断れなかった。
エリカと決別する機会はあの場面しかなかった気がする。その日を境にエリカはオレにべったりするようになった。まるで小さな子供が親から離れないように。
もしその状態のエリカを突き離したらどうなっていただろうか。親に見捨てられた子供はどうなるのか。一人で生きていく―――難しい事だと思う。
エリカはそれほどまでに弱かった。だからオレは美夏と付き合ってからもエリカと一緒に居たんだと思う。どうしても一人にはさせたくなかった。
一度友達になるという選択肢があったがエリカはそれを拒否した。友達では嫌だ、恋人になりなたい。そういう思いがエリカには強くあった。
じゃあ・・・今はどうなのだろうか。今のオレ達の立ち位置、微妙だと思う。ハッキリさせたかった。またグダグダになって誰かが傷つくのあってはいけない。
「恋人なんかなれなくていい」
「え・・・・」
「エリカは確かにそう言っていた。けどお前は友達になる事を拒否したよな。この先、どうするんだ?」
「・・・・・」
「オレはこのまま一緒に居るのは辛いだけだと思う。美夏と別れる気なんて毛頭ないしな。オレとしてはこのままオレから離れた方が――――」
「気が変わりましたわ」
「は・・・?」
「友達でも何でもいいから義之と一緒に居たい。これが私の率直な気持ちですわ。前はその約束を破ってしまったけれど今度は絶対に守るつもり」
「・・・・本当にそれでいいのか?」
「ええ、勿論。了承してくれまして?」
「はは、なんでお前偉そうなんだよ・・・・ったく。久しぶりに見たぞその態度」
ああ、こんなエリカは本当に久しぶりだ。最初に会って以来かもしれねぇ。あの時はツンツンしてて面白い奴だとしか認識していなかった。
それがいつの間にか切羽詰まった顔と悲しい顔しかしなくなった。オレがそうさせてしまった。だが今のエリカはあの時みたいにハツラツとしている。
まぁ、今度こそ大丈夫だろう。文字通りオレの命を掛けていい子になるって言ったんだからな。
「まぁ、別にいいよ。友達になるか・・・オレ達」
「よかったわ。断られたらどうしようかと思ってましたの」
「断る筈が無い。恋愛感情抜きでもお前の事は気に入っている。これからよろしくな」
「ええ。こちらこそ」
そう言って手を握り合う。今まで幾度なく手は握り合ってきたが今度のは意味合いが違う。再スタートの握手だ。
色々あっただけに感傷深いモノがある。友達なんていう関係には絶対になれないと思っていたが、なんとかいい形で収まったか。
そしてエリカは椅子から立ち水越先生に話し掛ける。
「私、帰りますわ。義之も疲れているだろうしこれ以上迷惑を掛けたくありません。素直に今日は引き上げます」
「私が横にいるのによくそんな青春出来るわね・・・・。見ていてなんか、こう、ムズ痒かったわ」
「昔のよき日を思い出しのではないのですか? お歳を召されるとなかなか来るものがお有りになると存じます」
「――――言ってくれるじゃない? 色男の義之君に振られた癖に」
「友達になれたから別にいいんです。それに私は思った事を素直に言っただけですから。さあ、早く帰りましょう。送ってくれるんですわよね?」
「・・・・このお姫様は本当に」
ブツブツ文句を言って立ち上がる水越先生。なんだかんだ言って送ってくれるというのは大人なんだろう。もしくは今のがこの二人の距離の取り方か。
下手にエリカが気を使ってペコペコするのも水越先生は気に入らないだろうしあれはあれでいいのかもしれない。オレはそう思いながらその背中を見詰めた。
そして二人して病室から出ていく―――前にエリカが言葉を投げかけてきた。
「ああ、それと義之?」
「ん、なんだ」
「天枷さんと仲良く・・・・というのは時間が掛かるかもしれないわ。私も色々思う所あるしあっちもそうに違いないでしょう」
「・・・・かもな」
「それ以外は義之との約束は守る。それでいいかしら?」
「別にいいよ。ていうか無理に仲良くならなくていいぜ。人それぞれ合う合わないがあるわけだしな、無理に仲良くしようとして変に亀裂が入ったら
元も子も無い。自然体でいいよ」
「・・・・ありがとう。それじゃあ、お休みなさい。また明日ね義之」
「お礼なんか別にいいのに・・・・またな、お休みエリカ」
微笑の顔を浮かべエリカは今度こそ出ていく。水越先生も去る間際に「お休みぃ、色男」と言って出ていく。あの人はなんだか最近オレに冷たいな。
まぁいいやと呟いて目を瞑る。明日は多分さくらさんとか音姉達も来るだろうし、茜達も来るだろう。勿論オレが一番会いたい美夏にも。
とりあえず今は寝て体力を養わなければいけない。オレはそう考え、無理矢理眠りに着いた。
「それにしても交通事故に会うなんて・・・・やっぱり普段の行いの所為かしらぁ」
「なんだとテメー・・・・言ってくれるじゃねぇか、ああ?」
「あ、茜・・・・そんな事言ったら失礼だよ」
「小恋なんか失神そうな程ショック受けてたものね。口は半開きで舌なんか出して顔は虚ろで―――まるでゾンビだったわ」
「そ、そんな顔してないでしょっ! まったく~」
ふくれっ面をする小恋。そんな小恋を茜と雪村は弄り出す。そこにはいつも見る風景が病室で展開されていた。
まずオレの病室にお見舞いにしにきてくれたのが茜達一向だった。菓子やら何やらを盛り沢山を持ってきてくれたのでキャスターの上から溢れそうになっている。
どうやら水越先生がオレの近しい人物達に意識が回復したと伝えてくれたようでまだ他にも見舞い客が来るらしい。まったく騒がしい事だ。
「でも無事で本当に何よりだわぁ。意識が全然戻らないから本当に死んじゃうかもって思ったしぃ・・・・」
「まぁ、心配を掛けたな。オレもうっかりしていたよ。ボーッとして道を歩いてたら車が突っ込んでくるんだからよぉ、マジで焦ったね」
「美夏と付き合って幸せの絶頂だったものね。神様はやっぱり見てるのよ、人間は平等に扱わなければいけないって」
「神様なんて数えきれないほどいるからどの神様か知りたいね。殴り倒したい気分だぜ」
「もう、義之はそんな事ばかり言って・・・・また事故にでもあったらどうするの?」
「その時はその時だ。またこうやってしぶとく生き返るよ。それにオレは考えを変えるつもりはない、どうせ神様なんてロクでもない奴ばっかりだ」
「まったくぅ、そんな事言ってると本当に今度こそ罰が当たるかもしれないわよぉ? でもまさか私と別れた直後に事故に会うなんて・・・・」
「・・・・気にするな、茜」
交通事故―――どうやら周りにはそう伝えてあるらしい。夜道を一人歩いてきた所に乗用車が突っ込んできて瀕死寸前になった。そういう事になっている。
まぁ女子生徒に背中から刺され重体ですなんて言えないもんなぁ。事故っていう嘘も大概情け無い様に思えるが本当の事を言ったらもっと情けない。手回し
をしてくれた水越先生に本当に感謝だな。何だかんだ言ってオレの良い様に取り計らってくれた。
それに本当の事を言ったら茜が何をするか分からない。茜は結構義に厚い奴なのでエリカに報復しに行くかもしれないしな。
茜―――本当に心配を掛けてしまった。今ではなんて事ない普通の態度をしているが病室に入ってきた茜の顔を見た途端オレは少し驚いてしまった。
涙をポロポロ流し、体を震わせながら抱きついてきた。さすがの雪村も小恋もそんな様子の茜をからかう事は無く見守っていた。
色々言葉を掛けてついさっき普段の茜に戻した所というのが今の現状。オレの事が好きというのもあるのだろうが茜と別れた直後の事故だからコイツ
も何か思う所があったに違いない。何気に責任感みたいなのが強いから余計な心配をしていた可能性があった。
「気にするなって言うけど、それは無理だわ。もしあの時私が義之君に余計な事をしなければ事故に会わなかったって事じゃない?
もっと言えば事故の原因の一角は私が担っていたって言っても過言じゃないもの・・・・」
「それが余計な気遣いって言うんだ。そんな事言ったらキリがねぇだろ? そもそもその日学校に来なければ事故に会わなかったって言ってるようなもんだ。
色々偶然が重なってこういうもんは起きているもんだとオレは感じている。何もお前が余計なモン背負う必要は無い」
「・・・・それは、そうかもしれないけどさぁ・・・・」
シンとした空気になる。雪村達もどうしたもんかといった表情をしていた。
そんな時小恋がおもむろに立ちあがり花瓶を手に取った。
「あ、わ、私、花瓶の水を取り替えてくるね」
「――――貴方、ちゃんと水汲み場の場所覚えてるの?」
「あ・・・そういえば。ど、どこだっけ・・・・? あ、あはは」
「はぁー、そそっかしいんだから。着いてきなさい。さっきこの病院の見取り図を見て場所はもう把握しているわ」
「う、うん。ありがとうね杏」
「礼はいらないわ。行くなら早く行きましょう」
そう言って病室から連れだっていなくなる雪村と小恋。そしてこの病室に取り残されたのはオレと茜だけになった。
その時―――茜がうーんと言って背伸びをした。その様子はさっきまでの暗い雰囲気とは打って変わって普段通りの明るい雰囲気といった具合。
オレが怪訝に思っていると、茜が目を合わせないで独り言のように喋り出した。
「それで―――どうなのよ?」
「・・・・どうなのよ、とは?」
「とぼけないでよぉ。本当は事故なんかじゃないんでしょ?」
「なんで分かるんだよ」
「なんでもなにも・・・・顔とか無傷なのに意識が昏倒する程の怪我ってありえないでしょう? それは確かに見事に頭だけ打ってそうなった可能性もあるわ。
でも違うんでしょう? 本当は別な事が原因なんだよねぇ?」
「何言ってるかわからねぇよ。お前の言う通り頭だけ見事に打っちまってさ、意識がしばらく戻らなかったんだよ。それ以上でもそれ以下でも――――」
「背中から大量出血したっていう話をさっきお医者さんに聞いたわ。なのに義之君は頭だけ打ったって今言った。どういう事なのかしら?」
「・・・・・」
引っ掛けかよ。さっきの暗い雰囲気も演技だったって事だ。こいつ、やっぱりしたたかな所があるわ。
さて、どうしたもんか。別に言わなくたっていい。オレがだんまりを決めればそれ以上追及はしてこないだろう。茜もそれが分かっている筈。
茜は少し椅子の居心地が悪いのか少し尻のあたりを気にしていた。まぁ、安い椅子だし座り心地はよくないだろう。
「ああんもう・・・・なんだかお尻が落ち着かないわねぇ。これだからこういう所の椅子は嫌なのよぉ」
「地べたに座るよりはマシだろ。まぁオレはこうして快適なベットの上にいるから関係ねぇけどな」
「よく言うわ。どうせ―――エリカちゃん辺りにでも刺されてそこに居る癖にぃ」
「・・・・・・」
「義之くんの第一発見者ってエリカちゃんなんですってね。ずっと泊まり込みみたいな感じでずっとこの病室に居たわ。何かに責任を感じるようにね。
みんなもいい加減帰った方が良いって言ってるのに頑として首を振らなかった。それとも私の考え過ぎかしら?」
「・・・・そうだな。映画やドラマの見過ぎなんじゃねぇか? エリカがそんな事をする訳ねぇだろ」
「私は刺しても別におかしく思っているわ。あの娘ってそういう子だもの。義之君の事が好きな余りに憎さも相当なモノになると思うしね」
「あんまりオレのダチを悪く言わないでくれ。オレまで嫌な気分になっちまう」
「・・・・ダチ?」
「ああ、ダチだ」
何も間違ってはいない。昨日約束したばかりだしエリカもその約束を守ると言ってくれた。
茜はオレの発言に少し考えるように頭を少し俯かせて考え始める。まぁ、答えをだしてるようなもんだしすぐに気付くだろう。
そしてすぐに茜は顔を上げオレの顔を見詰めた。口に人差し指を当ていつものポーズ。顔は笑っていた。
「なるほどねぇ、そういう形に貴方達は結局収まったのね。また裏切られるような事が無い様に気を付けてね義之くん」
「だから、何の事を言ってるか分からねぇよ。茜」
「昨日あたりに話でもしたんでしょう、エリカちゃんと。彼女の姿が見えない所を見ると本当に納得して帰ったみたいね」
「どういう事だ?」
「納得してなかったら多分今でもここに居ると思うもの。義之くんと居たがる為にそう言って嘘をつく可能性も否定出来なくは無いわ。
事実前はそんな感じだったんでしょ? 杉並くんから聞いたわよぉ、一時的だけどそうやって騙されたって」
「騙されたっていうのは聞こえが悪いな。信用していたって言ってくれ」
「どちらにしても裏切られたのには変わりは無いわ。まぁ、貴方の事だからもう終わった事だしっていう考えなんでしょうけど」
「そうだな、その通りだ。大事なのはこれからどうするかって事だが・・・・上手くやっていけると思うぜ」
「・・・・そう。ならまたゴタゴタしないようにしなきゃね」
「もうそんな事は起きやしねぇよ。今度こそもう全部終わった。もう何も気にする事はねぇ」
起こしていた背中をべットに倒す。少し喋り過ぎたかも知れない。軽い気だるさがオレを襲った。
そんな様子のオレを見て茜が帰り支度を始める。そろそろ日が遅いし確かにもう帰った方がいいのかもしれない。
そしてちょうどいいタイミングで雪村達が帰ってくる。茜の様子を見て少し驚いた顔をした。
「え、もう帰る準備をしてるの?」
「まぁねぇ~。義之君も少し疲れているようだし今日は帰ろうかなぁと思って。小恋ちゃん達もそれでいいかなぁ?」
「うーん、まぁしょうがないよね。義之も病み上がりなんだししょうがないよ」
「残念ね、小恋。義之と色々喋れる機会があったっていうのに」
「べ、別に私は・・・・」
「出来る事なら二人っきりにしてもよかったのよ。ねぇ、茜」
「だねぇー。まぁでも義之くんには彼女さんが居る事だし・・・・行く道は修羅の道って感じ?」
「も、もうっ! いい加減にしてよぉ・・・・」
また騒がしくなり始める病室。そして二人もいそいそと支度を始めた。オレは寝っ転がりながらそんな様子をボケっと見詰める。
それにしても茜はともかく雪村や小恋までもオレの見舞いにくるとは思っていなかった。最近やっと喋れるようになってきてはいたがまだ距離を
感じていらからな。オレがこの世界に来て初めて取った態度が態度だからしょうがない部分もあるが。
だがそんな最悪の環境からこうやって笑い合える関係にまで持ってこれたのはオレが変わったせいか、それともこの世界のオレ自信の人徳によるもの
なのかは分からない。まぁ、どっちでもいいけどな。こうやって今、談笑出来ているのだから。
「じゃあ、またねぇ~義之君」
「ちゃお、義之」
「またねー、義之」
「あー・・・・あいよ。またな」
別れの挨拶を済ませて病室から出ていく女性陣。うーん・・・、やっぱりオレの知り合いは女ばっかだな。それもみんな可愛いか美人と来ている。
確かに目の保養にはなるがやっぱり少し窮屈だわ。こう、思いっきり下ネタが出来るような奴いねぇかなぁ、そういうノリもオレは好きだし欲しいと思う。
「まぁ、探して見つかるもんじゃねぇしゆっくり―――ん?」
窓の外にひらりと舞う桃色の桜の葉。少し身を起して外の様子を見てオレは少し驚きの感情を露にする。
桜が―――枯れている。それも枯れ始めなどでは無く、だいぶ外の景色が変わり果てていた。恐らくオレが眠っている時に枯れ始めたのだろう。
しばらくの間外の様子を見ていたが、身をベットに沈ませる。そうか、さくらさん達がとうとう枯らしたのか。
「―――これでもう奇跡は起きないって訳か。しかしずっと慣れ親しんだ桜の木が枯れるっていうのは・・・・少し寂しいな」
オレが小さい頃から当然の様にあった桜の木。そしてオレの原点でもある桜の木が枯れると言うのはなかなかどうして寂しいモノがある。
ずっと桜の木には身近に感じる何かがあったし因縁もある。そもそもオレがこの世界に来たり生き返ったのも全部桜の木が関係していた。
小さな奇跡どころじゃねぇ、宝クジに当たるよりも凄い奇跡の体験の数々。感傷深いものがそこにはあった。そして心配事が一つ。
「藍の野郎大丈夫かよ。あいつ多分桜の木のおかげでいられるんだろうに・・・・消えちまうじゃねぇか」
オレがエリカに刺されなければその事を相談しにいく予定だった。藍とは短いながらも濃い付き合いだしなんとか助けてやりたい気持ちはある。
だがこうなってしまったらもうオレに出来る事は無い。せいぜい良い思い出を作ってあげるぐらいしか出来ねぇか。何もしないよりはいいだろう。
そう考えまた目を瞑る。体は元気になったもんだと感じていたが、思った以上に疲労感はあったらしい。オレはすぐまた浅い眠りに着いた。
「はい義之、あーん」
「・・・・あーん」
「どう、味は?」
「・・・・リンゴの味がする」
「もう。美味しいかどうか聞いてるのに・・・・」
「・・・・まぁまぁだ。程いい感じに甘い」
「ふふ、よかったわ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
楽しそうにオレにリンゴを食わせてくれるエリカ。そんなオレ達を厳しい視線で見つめてくる三者の視線、音姉達だ。
生徒会関係で遅くなってしまったのか少し遅い時間に四人はやって来た。その時の反応は予想通りのモノであった。
音姉は泣きだすし由夢も泣きそうな顔になるし、さくらさんは無事でよかったとホッとした顔付きになっていた。
エリカそんな場の空気に当てられたのかしばらく落ち着きなくキョロキョロしていたがキャスターの上に乗っている果物に目を光らせた。
適当に一つリンゴを持って剥くかと聞いてきたのでオレは快く了承した。でもまさか、それを食べさせようとするとは予想だにしていなかった。
周りの目もあるので一回は断って見たものの―――あんなに悲しい顔をされては首を縦に振らざる負えなかった。演技という訳でもなかったというのもある。
「ね、ねぇエリカちゃん? 少しベタベタしすぎなんじゃ・・・・ないかしら?」
「え、そうですか? 別に普通ですけど」
「・・・・・」
「何故オレを睨んでるんだ、由夢」
「や、別に・・・・」
確かに睨む気持ちも分かる。由夢にはエリカとの顛末は話した事があるしどういう事をエリカはしてきたのかも知っている。
由夢はきっとオレを軽蔑しているだろう。あれほど美夏の事を好きだと言っていたのにエリカとこうしてベタベタしているのを見てそう思っているに違いない。
ていうかエリカ、お前ベタつき過ぎ。貴族という立場だったから友達という距離感が分からないのかもしれないが、少なくともあーんは友達ならしない。
「あの、ムラサキさん」
「はい、なんでしょう?」
「兄さんには彼女さんが居る事は、知っていますよね?」
「ええ、天枷さんと付き合っているんですわよね? それが何か?」
「それが何かって・・・・」
「まぁ、由夢。そんなに突っ掛かるなって」
「―――――ッ!」
おー怖ぇ。めっさ睨んできてるよ。今にも怒鳴り散らさんばかりの勢いだ。
音姉はそんな妹の姿を見てオロオロするばかり。さくらさんはとりあえず様子見といった感じだ。
「だ、だったらなんであーんなんかしてるんですかっ! 恋人同士じゃあるまいし・・・・」
「友達同士でもやっていいのではないですか? 別に減るものでも無いですし」
「や、友達同士はそんな事しませんよっ! そんな人をムラサキさんは見た事あるんですか?」
「う~ん・・・・」
「ほ、ほら! 居ないじゃないですか、だからもうそんな事は――――」
「まぁまぁ由夢ちゃん。いいじゃない、あーんの一つや二つ」
「さ、さくらさんまで――――」
信じられないといった目付きでさくらさんを見詰める由夢。まさかそんな事を言われるとは夢にも思わなかったのだろう。
音姉もさっきから何か言いたそうにはしているが、由夢が少しヒートアップしているので口が出せないでいる。まぁ音姉だし騒いでも何とかなるだろう。
問題は由夢だ。今にも髪が逆立ちしそうな雰囲気を発している。これはどうにか沈めないと煩くて敵わねぇ。
「もういいだろう、由夢。別にエリカは変な事をしてる訳じゃねぇんだし」
「に、兄さん本気で言ってるんですかっ!? 兄さんには天枷さんがいるんでしょ? それなのにこんな浮気みたいな真似・・・・」
「だから別に浮気とかそんなんじゃねぇって。そりゃあ少しベタ付き過ぎかとは思うけど・・・・友達なんだし変な気が無いならいいじゃねぇか」
「だったら杉並さんとあーん出来るんですか?」
「何を言ってるんだお前は。出来る訳ねぇだろこのタコ娘」
「た、たこ・・・・」
「まぁこの話は終わりだ。これでも結構疲れてる身なんだしあんまり騒がないでくれ」
「・・・・・」
オレがそういうと頬を可愛らしく膨らませて露骨に不機嫌な事をアピールする由夢。こいつは子供か、まったく。
そんな様子の由夢を苦笑いしながら見詰めるさくらさんと音姉。傍から見れば兄が取られそうになるのに嫉妬している妹という図にしか見えないだろう。
エリカもエリカでオレのくっつき過ぎという発言に不満気の様だ。はぁ、マジで女の機嫌はコロコロ変わるから疲れる。
「別にいいじゃない。ちょっとぐらいくっついたって」
「あんまり目立つのは好きじゃねぇんだよ。お前みたいな可愛い可愛い金髪の姉ちゃんにベタベタされたら目立ち過ぎてしょうがねぇ」
「か、可愛い・・・・」
「そういう風に恥ずかしがる所なんか特にな。確かに嬉し恥ずかしでハッピーなんだがオレは一般常識を持ち合わせた男だ。彼女がいるのに
他の女とベタベタなんて出来ねぇよ」
「・・・・そう」
「あ―――えぇとだな・・・・別にベタ付くなって訳じゃねぇ。多少の節度は守ってくれって言ってるんだ。それさえ守ったら別にいい」
「・・・・ふふ、よかったわ。じゃあこれからも遠慮なくそうさせてもらうわ、義之」
「あ、ああ・・・・」
「兄さんカッコ悪い」
「弟君のスケベ」
「あ、えぇと・・・・女たらし」
三者とも酷い事を言う。ていうかさくらさんまで乗らなくていいのによ・・・・。しょうがねぇじゃねぇか、なんかショック受けてる顔してたんだから。
それにしてもエリカ―――前とあんまし態度が変わって無い様な気がする。さっきから違和感を覚えないのはいつもこうしてエリカが甘えていたからだ。
元々寂しがり屋な性格もあるので恋人という関係にならなくてもこうして甘えてくる。それが悪い事じゃねぇんだけど・・・・美夏は面白くねぇだろうな。
「あんまり好き勝手言うなよ、ったく。ところで―――美夏はどうしたんだ?」
「そんな事をしておいてよく彼女の名前が出せるわね、兄さん」
「うっせ。いの一番に来てもおかしくないんだが今日は来てないんだよ。お前達が来る前は茜達が来ていたけど美夏の姿は無かった。由夢、お前
知らないか?」
「うーん・・・・学校には来ていたけどね。あ、そういえば帰る間際何か忙しそうに帰って行くのを見たよ。私は生徒会のお手伝いがあったから
見送る事しか出来なかったけど。てっきり兄さんのお見舞いにいくものだと思ってた」
「そうか。まあ、あっちはあっちで何か用事でもあったんだろうな」
「―――もしかして寂しいとか思っちゃってる?」
「多少は、だな。いつでも会えるっちゃー会えるけどこんな時には余計にそう思える。オレが反対の立場だったらすぐにでも駆けつけるだろうし」
「そんなに拗ねないの、弟君。弟君が寝てる間は毎日病院に来てたんだから」
「そうなのか・・・・」
「当然だよ、美夏ちゃんは義之君の事が大好きなんだから。泣きそうな顔しながら義之君の顔を見詰めてたよ。エリカちゃんとも少し小競り合いも
してたし大変だったんだから」
「美夏とエリカが?」
「一喝して静かにさせたけどね。義之君が寝てるのに何やってるのっ! てな具合で」
「そうだったんですか・・・・」
エリカの顔を見るとどこか少し気まずい顔。オレとの約束を破るような真似をしたから怒られるとでも思っているのだろう。
そこまで考えなしって思われてるのだろうか・・・・。いきなり美夏とエリカが仲良くし出したらそれはそれで怖いけどな、オレ。
一応その節の事を言っておいた方がいいだろう。言わなきゃ伝わらない時があるのは身を持って実感しているしな。
「あのね、義之。天枷さんとの事なんだけど・・・・」
「別に喧嘩しようが何しようが構わねぇよ。元々仲良く手を取り合うなんて考えちゃいねぇ。多少は言い合いしても仕方ないと思うぜ」
「・・・・うん」
「結構凄かったんだよ? 『なんでお前が此処にいるんだっ!?』って言葉に『私がどこにいようが貴方に関係ないでしょ?』って感じ
で今にも取っ組み合いしそうな雰囲気だったし」
「その時はどうもしみませんでした、学園長・・・・」
「んにゃ、別にいいけどさ。まぁ義之君がどれだけ外で悪さしていたか分かったからいいよー」
いや、そうやってジト目で見られても非常に困る。確かに悪さといえば悪さだが好きでやった訳じゃない。半分の責任はオレにある様なもんだが。
そんな微妙な雰囲気が流れる中時間は過ぎていった。その後必死に音姉が盛り上げようとするもダダ滑りをしてしまい、なかなか雰囲気は回復しなかった。
由夢はずっとツーンとしたままだし、エリカは相変わらずのベタ付き様。さくらさんはその様子を呆れた様に見ていた。
「ああ、さくらさん。ちょっといいですか?」
「んにゃ、何かな?」
そろそろいい時間なのでさくらさん達が帰ろうとした時、オレはさくらさんを呼び止めた。
オレには聞きたい事があり、それは勿論桜の木の事についてだ。今更何を言っても遅いが一応確認だけしておきたかった。
さくらさんに耳を近付けるようにしてオレは話す。
「桜の木の事ですが、さくらさんが枯らせたんですか?」
「あ、うん・・・・そうだけど――――何かまずかった?」
「いえ、そういう訳ではないんですが。少し聞きたい事がありまして・・・・」
「うん?」
そう切り出してオレは茜の話をした。勿論名前は出せないので伏せて説明する。あまり時間もないのでオレは手短に経緯を話した。
オレが喋り終えると何やら難しい顔をするさくらさん。まぁ、いきなりこんな話をされても困るだろう。大体オレが桜の木を枯らしてもいいと言ったのだから。
少し考える仕草をした後さくらさんは答えを出してくれた。
「・・・・少しボクの力じゃあ無理かな。そういうのって桜の木の力が叶えてくれたモノであって、ボク単体の力じゃどうしようもないよ」
「音姉も魔法とかそういう類の物を使えるんですよね? それ込みで考えても駄目ですか? どうしても?」
「焦る気持ちは分かるよ。話から察するに義之君の親しい人物なんだしね。でも音姫ちゃんは魔法使いと言ってもまだまだ未熟な所があるんだ。
もう一人ボクぐらいの力がある娘がいれば別だけどね」
「――――仲間、みたいなのはいないんですか?」
「・・・・いるよ。いるけど多分見つからないと思う。前も言ったけど世界中旅してる子だから捕まらないし連絡先も分からない。勿論見つけたら
いの一番に義之君にしらせるけど、今のところは何とも言えないかな・・・・」
「・・・・そうですか」
「んにゃ、ごめんね。義之君」
「あ、いや、いいんです。返って困らせる事を言ってすみませんでした」
「ううん、そんな事ないよ。さっきも言ったけどその子を見つけ次第なんとか協力してもらえるよう頼んでみるからさ。まぁ、だいぶ気を長く
しなきゃいけなんだけど・・・・にゃはは」
「そんな時間なんて――――っ!」
「あ・・・・」
「ちょ、ちょっと。何々?」
思わず怒鳴るように声を荒げてしまった。少し気まずそうに顔を俯かせるさくらさん。
ドアの方では音姉達が何事かとこちらの様子を窺っている。ちっ、人に当たるなんて。それもよりによってさくらさんにだ。
オレは少し咳払いをして体制を繕う。とりあえずちゃんと謝らないとな。
「すみません。いきなり大声を出してしまって・・・・」
「・・・・にゃ、私の方こそごめんね。少し無神経だったかも。義之君の友達が消えそうだっていうのに・・・・」
「そんな事ないです。誰の所為でもないのにさくらさんに当たったオレの方こそ謝らないと駄目です。そもそも桜の木を枯らせていいって言ったの
オレですし。本当に、すみません」
「そんな事言ったらそもそも不完全な木を放って置いたボクにも責任はあるよ。もっと最初の段階で気付いていれば、もしかしたらなんとか
なったかもしれないのに」
「・・・・言いだしたオレが言うのもなんですけど、もうこの話は終わりにしましょう。本当に怒鳴ってすみませんでした。せっかくさくらさんが
相談に乗ってくれたのにオレって奴は」
「――――こんな事を言うのは不謹慎だけど、相談してくれてボクは嬉しいよ。義之君てあんまり相談してくれないからさ。何でも一人でやっちゃうし」
「それは違いますよ。オレほど他人に迷惑を掛けて生きてる男はいません。いつも誰かに助けられてどうしようもない人間です。いつもありがとうござい
ますね、さくらさん」
「・・・・そんな事ないけど――――ありがとうね、義之君」
そう言って照れたように笑うさくらさん。オレは本当の事を言ったまでなのにお礼なんか言われると、何かムズ痒くなる。
だがここでまたなんか言ったら押し問答みたいになる様な気がするので素直にその言葉を受け取った。
後ろでは音姉達が一体何事かと言うような顔をしているので話は終わったと言う意味で軽く片手を上げる。
「それじゃ、気を付けて。さくらさん」
「うん。義之君もあんまり無理しないようにね、病み上がりなんだから」
「はは、無理な事をするような事が無ければいいんですがね。音姉達も気を付けてな」
「う、うん。分かった」
「・・・・・」
「由夢も機嫌直せよ。可愛い顔が台無しだぞ?」
「・・・・・そうやってみんなに言ってる癖に」
「オレの周りは何故か美人か可愛い奴らばっかだしな。不細工にはちゃんと不細工って言うぞオレは、そういう性格なんだし。つまりお前は本当に
可愛いって事だ。素直に受け取ってくれ」
「はいはい、分かってますよ。私が可愛いのはよく知っていますから。そんなに持ち上げ無くても結構です」
「――――そんな風に心の中で照れてるお前が好きだぜ、由夢」
「・・・・・!」
「あ、由夢ちゃんっ!?」
顔を真っ赤にして出ていく由夢。思わず笑ってしまう。生意気に反抗してきたから良い気味だ。
走り去る由夢の後を追いかける音姉。そして場にはエリカとジト目で見てくるさくらさん。オレとしてはいつもの事なので平然とした表情を作った。
エリカはオレのこういう態度を知っているので、あまり興味無さそうに髪をクルクル弄っている。そして由夢が走り去った方向から視線をオレに合わせてきた。
「私には可愛いって言ってくれないの? 義之」
「ん、ああ。お前も可愛いよ。お前ほどの美人なら男にモテそうなんだが、どうなんだ? 声を掛けてくる男はいないのか?」
「いるにはいるという感じですが・・・・ロクな男共では無いですわね。下心丸出しで正直嫌悪感を覚えますわ。やっぱり義之が
一番ですけれど・・・・売れ切れちゃっているので仕方ありませんわね」
「補充も効かないしな。まぁ、気長にオレより良い男を探してくれ」
「・・・・もし、もしもの話ですけれど。天枷さんと別れたら私の所に来てもいいんですわよ? 私の想いは一生変わる事がないんですから」
「・・・・おいおい」
「――――ふふ、冗談よ。私達友達だものね。それじゃあね、御機嫌よう」
エリカも病室を出ていく。何だかんだ言ってみんなさくらさんを置いて出ていってしまった。案外薄情な奴らだ。
オレとエリカのやり取りを見ていたさくらさんは呆れ声を挙げた。ていうか最近さくらさんに呆られてばかりだな。
まぁ、そういう行動ばかりしているから言い訳はしないが、な。
「結局エリカちゃんとはそういう形に収まったんだね。また何かあったら崩れそうな立ち位置だけど」
「もうそんな事は起きませんよ。オレもエリカも痛い目をかなり見ましたからね。それで繰り返すようならアホですよ、アホ」
「・・・・ねぇ、義之君が入院したのってもしかして――――」
その時廊下から音姉の声が聞こえてきた。どうやら由夢を捕まえたらしい。必死に振りほどこうとする由夢の声も聞こえてくる。
おおかた気まずくなったので一人で帰ろうとした所を捕まったって所か。相変わらずガキなまんまだな。体は生意気に一丁前な癖してよ。
「さくらさーん! 由夢ちゃん捕まえたんでもう帰りますよー」
「わ、私は一人で帰りますからいいですよっ!」
「おーい由夢っ! 聞こえるかー! 愛してるぞー由夢ー!」
「――――ッ! か、帰りますっ!」
「あ、ああん、もうっ! 弟君もあんまり由夢ちゃんに構わないでよー!」
「はぁ・・・・相変わらず義之君ってば意地悪だね。私もそろそろ帰らないと置いてかれちゃうなぁ・・・・・それじゃあまたね、義之君」
「はい、それではまた」
「うん」
今度こそさくらさんも出ていき部屋にはオレ一人にある。廊下からは「待ってよー」という声。確かにこの周りの病室は空いてるからいいかもしれないが
少しは自重してもらいたい。大声出したオレが言うのもなんだけどな。
そして少し寂しさが残る病室で一人考える。美夏――とうとう来なかったな。由夢の言葉を気にした訳じゃないが、やっぱり少し気になってしまう。
背中をベットに横たわらせて考える。何か用事があったのには違いない筈だが連絡ぐらいくれてもいいのに。アイツの事だから律儀に連絡の一つぐらいしても
おかしくはない。そういう性格なのだから。
オレはそう思い目を瞑る。今日の所は寝ようとしたがすっかり目が覚めてしまったので寝れずにいた。まったく、みんなして騒ぎ過ぎなんだよ。
「はい、天枷研究所です」
「もしもし、イベールか? 桜内だけど」
「ああ、桜内様。お久しぶりです。生きてらしたんですか?」
「お生憎様だがな。ところで美夏はいるか? 電話しても出ねぇんだよ、アイツ」
イベールなりの皮肉を言ったつもりだろうがオレが素で返してきたので少し戸惑う雰囲気が伝わってくる。慣れない事をするからだ。
そんなオレの反応に少し面白くないのか、多少不機嫌な声で返してきた。
「・・・・今日は前から計画を立てていた新型のμの実験日です。その実験に一応立会人と言う事で美夏様にも参加して頂きました」
「あ? 美夏の正体は隠してる筈じゃなかったのか? なんでそんな実験に参加してるんだ」
「御心配にならずとも一般試験人という形での参加です。水越先生が折角の機会だし是非美夏様も見た方が良いとの判断で参加していただきました」
「そうか・・・・。ああ、そういえば手伝い出来なくて悪かったな。大した事は出来ないかもしれないが、忙しかったろ?」
「ええ、それは勿論。いわゆる猫の手も借りたい状況というのはあの事を言うのでしょう。でも御心配無く、大丈夫でしたから」
「・・・・・悪かったよ。そんな怖い声を出さないでくれ。今度キスでもしてやっからよ」
「――――分かりました」
「あ・・・・?」
「美夏様に御用事でしたよね? ちょうど今実験が終わった所なのでお取り次ぎいたします」
「あ、おい・・・・」
瞬間、待ちの音楽が流れる。オレは思わず頭をポリポリ掻いてしまう。冗談って事はむこうも気付いてると思うが・・・・まぁ、イベールなりの皮肉なのだろう。
そしてしばらくの間待つ。さて、四日ぶりに話すなぁ、少し柄にもなく緊張してしまう。最後に会ったのは玄関で別れた時以来か。あの時はそっけ無くしてしまった。
音楽が止んだと思ったら聞こえてきたのは美夏の元気な声――――なのではなく、少し上ずった声だった。
「よ、よぉ、久しぶりだな義之」
「ああ、久しぶりだ。色々心配掛けてすまなかったな、美夏」
「・・・・・本当に心配したんだぞ。お前が事故で病院に担ぎ込まれたと聞いて美夏のAIチップが止まるかと思った」
「オレもまさか跳ねられるとは思わなかったよ。見つけたら一発ブン殴ってやる」
「――――一はは、一発か。お前にしては随分安く済むな」
「最近のオレはとても人格者だからよ。その程度で済ませてやるんだ。ところで実験の方はどうだったんだ? 随分遅い時間までやってるようだったが」
時計を見ると夜の11時。もう寝ていてもおかしくない時間だ。美夏の場合はきっとそれに当てはまっている。
美夏は少し疲れた声を出して愚痴を言うように喋る。
「こういう実験というのは延長が付き物だ。絶対時間通りに終わらないと思ったら―――予想通りそうだったよ。もうみんな疲れた顔をしている」
「んだよ、失敗だったのか?」
「ああ、それは問題ない。お偉いさん方もストレートに終わるとは思っていないのでそこら辺は大丈夫だ。問題はちゃんと結果を残せたかどうかだからな。
上手く起動したのを確認したら歳甲斐もなく喜んでいたぞ」
「はは、それは何よりだ。オレも研究所を手伝えればよかったんだけどな。そうもいかなくて参ったよ、マジで」
「事故に会ったのならしょうがない。お前が無事なのが確認出来てそれだけでよかった。もう心配を掛けるなよ」
「大丈夫だって、分かってる。ああ、それと退院出来る日なんだが――――」
それからしばらく長電話をした。最初は美夏が何故か固くなっていたのでぎこちない会話だったが、次第に緊張が解けてきていつも通りの会話になる。
オレが学校に来ていないのにも関わらず昼には三年の教室に来たり、帰りの時間に校門前でオレの事を待っていたり等のポカをやらかした事を恥ずかしそう
に話をしていた。その度にあの同じクラスの親友に声を掛けられやっと気付くの繰り返しだったそうな。
その話を聞いて思わず二ヤけてしまう。美夏にとってオレがそういう存在というのが改めて分かって嬉しくなった。勿論オレが逆の立場でもそうしたろう。
もうしばらく美夏と話をしていたかったが時間も時間だ。明日も学校があるし美夏もなんだか眠たい声を出している。
そろそろ電話を切ろうと思い別れの言葉を口にした。
「ふぁぁ~・・・・・」
「眠たいだろ? また今度話をしようぜ」
「むぅ・・・・すまない。せっかく義之と久しぶりに話せたというのに」
「またいつでも話せるさ。じゃあまたな、美夏」
「うむ、ではまた――――」
「あ、ちょっと待った」
「ん、なんだ?」
「――――愛してるよ、美夏」
「・・・・ふふ、美夏も愛してるぞ、義之」
「あいよ、ありがとうな。じゃあ、お休みだ。お疲れさん」
「ああ、お休み。義之」
そして携帯の電源ボタンを押す。本当は電話しちゃいけないんだが恋人の為なら許されるだろう。神様も大目に見てくれるに違いない。
ベットにゴロンと転がり天井を見上げる。なんだか、本当に色々終わったんだなぁと今更ながら感慨深く思う。少し背伸びをして筋肉をほぐした。
エリカとの件も完璧に決着が付いたし、オレも死なずに済んだ。あと残っている問題は・・・・美夏のあの件か。
「ロボットだろうがなんだろうが別にいいのにねぇ、そんな親の仇を取るみたいな態度を取らなくたっていいのに」
それ程ロボットに対する世間の評価が厳しいのだろう。こればっかりはオレの力ではどうしようもない。歯痒さは確かにあるが事実そうだった。
オレに出来る事―――美夏の傍に居て一生懸命フォローする事、それぐらいだった。美夏はそういうのは嫌がるかもしれない。いつか言っていたが
いつまでもオレの世話になりたくないと言っていた。
オレはそんな事なんか全然気にしてねぇのにアイツはいつでもそう考えていた。恋人の負担はオレの負担という考えをしているオレにとっては少し
ばかり寂しい様な気もする。
しかしオレが美夏の立場だったらそういう考えになるだろうし―――なかなか難しいところだと思った。
「落とし所が見つからねぇよなぁ。今すぐ答えを出さなきゃいけねぇって事でもねぇし、ゆっくり確実に考えるか・・・・」
少し瞼が重くなる。いっぱい寝たって言うのに体は正直だ。体が睡眠を欲していた。
素直に瞼を閉じ眠りの体制になる。美夏の事はそれでも早めに対処法を考えるべきだ。いつまでもあんな胸糞悪い雰囲気の中に置いときたくない。
とりあえずまた明日にでも考えてみるか。一晩過ごしたらいい考えも浮かぶだろう。オレはそう思い眠りに着く。
その晩――――夢を見る事は無かった。