「学校休んでも別にいいですよ。別に単位が危ないって訳でもないですし」
「にゃはは・・・大丈夫だって、心配性だなぁ~義之君は・・・・」
床で辛そうに返事をするさくらさん。どこが大丈夫だよ。顔なんか真っ青じゃねぇか。
背を起こそうとしたので慌てて手で制す。何か言いたそうな顔をしていたが不承不承ながらもちゃんと布団の中に戻った。
その様子を見て気付いた。恐らくだが、オレが学校へ行ったらこの人は無理をして動き回るだろう。何かしら仕事をしないとっていう心の声が聞こえてきそうだ。
「そんなに無理をするなら今日は学校を休みます」
「だ、だから別に大丈夫―――」
「無理して行動されて倒られたら堪りませんから。はっきり言ってそういうのは迷惑です。だから今日はオレも学校休みますんで」
そう言って制服を脱ぎ始める。さくらさんが慌てたように制止の言葉を掛けてくるが無視だ。病人は病人らしく寝てりゃいい。
病人―――と言うのは語弊があるかもしれない。実際には病気などではなかった。どうやら魔法の使い過ぎで参っちまったらしい。
本人は大丈夫だと言い張っているが朝に倒れそうになって現在に至る。というかオレが無理矢理寝かした。責任感が強いのも考えモノである。
「だ、だめだってっ! せっかく昨日退院出来て久しぶりの学校だっていうのに・・・・」
「お昼御飯まで時間があるから久しぶりに掃除でもしておくか。まずは廊下からやるかなぁ」
「ボ、ボクの話を聞いて―――」
「あ、買い出しにも行かねぇとな。やる事いっぱいで忙しいわ」
「・・・・・」
後ろでさくらさんが何か言ってるが聞こえない振りをする。だったらあんまり心配を掛けないで欲しい。ただでさえ無理をするのだから。
まぁオレも人の事は言えない気はする。入院期間が二週間程で済んだのは僥倖かもしれない。魔法パワーでなんとかそれぐらいで済んだが
本当ならリハビリ期間も含めて数ヵ月ぐらいは掛かる筈だ。それが数十分の一の期間で済んだのだから医者も驚いていた。
あまりの治りの早さに病院の医者たちは首を傾げていたが、さすがに魔法の力のおかげとは言えないのでなんとか苦笑いで誤魔化した。
「さて、どれから手をつけ―――」
「分かったよ」
「ん・・・・?」
さくらさんが何か諦めた様なため息をつきながらこちらに振り返る。表情―――観念したといった感じだ。
オレは部屋から出ていきそうになる足を止めさくらさんの方に向き直った。
「何が、分かったんですか?」
「義之君の言うとおり無理しないで休む。今日は何もしないよ。だから義之君は今日は学校に行って、ね?」
「・・・・どうだかなぁ」
「もうっ! ボク本当に大人しくしてるって。義之君が学校に行かないほうが余計な気苦労をしちゃうよ。だからさ・・・・」
「・・・・・」
まぁ・・・・ある意味ブラフというか行かない振りをしたというか、そんな感じだ。こうでもしないとこの人は理解はしても納得はしないだろう。
オレはその言葉にしょうがねぇなといった感じで肩を竦めるポーズを取る。それにちょっとムッとした顔を作るさくらさんだがオレは気付かない振りをした。
脱ぎ捨てた制服の上着をもう一回き直して扉の前に立つ。
「さくらさんの言葉を信じて学校、行く事にしますよ。くどいようですがもう一回言います。無理しないで下さいね」
「分かったって言ってるのに・・・・。そんなに心配しなくても大丈夫だって言ってるのにさ」
「さくらさんの大丈夫は当てになりませんから。それじゃあ行ってきますね」
「・・・・いってらっしゃい~」
少し不機嫌なさくらさんの声によって送りだされる。これぐらいキツく言わないと駄目な事は知っているので悪いと思うがオレも言い方が若干きつくした。
その声に片手を上げて玄関へ向かう。靴を履いて玄関の戸を開けると―――美夏が居た。顔はいかにも不機嫌ですといった表情。
時計を見る。約束の時間を大幅に超えてしまっていた。
「おはよう、美夏」
「・・・・おはよう」
「さて、じゃあ行くか」
「待て」
ガシッと肩を掴まれた。歩きかけた足が強制的に止まらされる。なんだよ、早く行かねぇと遅刻しちまうじゃねぇか。オレは遅刻するとその日のテンションが
下がるんだよ。そうなると学校に行かないで商店街をブラブラしたくなる。前の世界ではほとんどそうしていた。
オレはため息をついて美夏に振り返る。そんなオレに少しカチンと来たのか美夏はぶっきらぼうに言い放った。
「さすが義之だな。約束の時間になっても来ないから心配して家に来てみても何の詫びの言葉も無い」
「よく分かってるじゃねぇか。さすがオレの彼女だな。嬉し過ぎて思わずお前の事を抱きしめてしまいたい」
「わっ、ば、ばか! 止めろ!」
取り繕うのも面倒なので思い切り抱きしめてやった。ジタバタ暴れる美夏を無理矢理抑え込む。
最初はなんとか押しの退けようと抵抗をしていた。だがその内無駄な体力を使うだけだと気付いたのだろう。すぐにオレの腕の中で静かになる。
久しぶりの美夏の感触を確かめた。入院してた時は他人の目があるので余り大それた事が出来なかった。なので、その分ここで堪能しようと更に力を込める。
「久しぶりだな。こうして抱き合うのは」
「・・・・ああ、そうだな。お前が事故なんかに会った所為だぞ。まったく、心配を掛けおって」
「だから言ったじゃねぇか。好きで事故に会った訳じゃねぇと。オレもずっとこういう風に抱き会いたかった」
「いつもながらよく回る口だな。こういう風に抱いて煙に巻いて逃げようとしてる癖に」
「さくらさんが急に体調を崩してな、その処理に時間が掛かった。遅れてすまない。美夏」
「―――――だったら最初からそういう風に言え、馬鹿者」
そう言って美夏の手にも力が籠る。ああ、本当に久しぶりだ。たった一週間、されど一週間だ。美夏とまたこうして抱き合えるのは本当に幸せだった。
だがいつまでも玄関先で抱き合ってはいられない。名残惜しいがここまでだ。渋々美夏の体から手を離す。美夏の顔。少し残念そうだった。そんなイジらしい
姿が可愛くて頭を撫でてやる。美夏は照れ笑いを浮かべながらオレの手を取り歩き出した。そしてようやく学校へ向かい足並み揃えて登校し始める。
通学路の道中、話題になるのはやはりさくらさんの事。美夏もウチに来る度にさくらさんと仲良くなったのでやはり心配そうだった。
「長引きそうではないのか?」
「多分な。だが軽い眩暈だと本人は言っていたがあまり無理はさせられない。いつも頑張り過ぎて疲れても何も言わない人だ、さくらさんは」
「そうなのか?」
「オレが小学生の頃に授業参観日があったんだよ。みんな自分の親が来るっていうんでウキウキしてたがオレは別だった。理由は、まぁ、分かるだろう?
別に寂しいとかそういう感情があったんじゃない。オレが一番心配してたのはさくらさんが自分の用事を押し退けてまで来る事だった。当時オレの父親
代わりをしてた人は海外に行ってたし音姉達の母親も死んでいた。だからオレ達はそういう日はさくらさんに来てもらっていた。勿論オレはそういうのが
あるとは言わなかったがな」
「それで結局バレてしまい学園長は来たという訳か」
「ああ。大事な会議があったにも関わらず息を切らせて来たよ。どうやら忘れ物をして家に帰ってきて授業参観のプリントに気付いたらしい。
結構な注目を浴びたぜ? 外見が金髪で子供っぽい子がいきなりクラスに来るんだもんな。いらない視線を浴びちまったよ、ホント」
「そんな事を言うものではないぞ。でもまぁ・・・・お前の場合はそうだろうな。元々お前は他人なんか大嫌いな性格だし」
「ちょうどその時には完璧に立派な人嫌いになっていたからな。正直煩わしい気持ちがあったよ。だけど、まぁ――――」
「嬉しい気持ちも少しはあった、だろ?」
「・・・・・・」
「はは、何恥ずかしがってるんだ。むしろ子供ならそう思って当然だと美夏は思うぞ。いくら人嫌いだと言っても寂しいとい
う感情が無い訳ではないんだし」
最もらしい事を言ってくれる。確かに美夏の言うとおり嬉しい気持ちも若干あった。今でもその時の様子を鮮明に思い出せる。
皆の親御さん達は来ているのに自分の親は来ない。当り前だ、小さい時から両親の顔さえ知らないのだから。まぁ結果的に自分の親は来ていた
事になるのだが、当時はそんな事は知らない。ついこの間知ったのだから。
そういう孤独感に似たモノは僅かながらもあったので、自分の為に息を切らせて来てくれた人が居るという事実は嬉しいモノがあった。
だが――――
「・・・・お前に言われるとなんかムカつくな」
「な、なんだとぉっ!」
「美夏の癖に人の事を見透かしたような発言しやがって。お前には十年早いっつーの」
「ひ、人が珍しくフォローしたというのにお前という奴は・・・・」
「はいはい、ありがとうさん。早く学校に行こうぜ。ただでさえ遅刻寸前なのに無駄話してたら完璧に一時限目に出れねぇ」
「お前から話を振ってきた癖に・・・・」
ぶつくさ文句を垂れている美夏の手を引いて歩く足を美夏が付いて来れるぐらいに若干早める。周りに生徒は居ないのでかなりヤバイ時間なのだ。
時計はあえて見ない。もし見て間に合わないという事実を知ったら恐らくオレは学校をサボってしまうだろう。隣に美夏がいるのだから尚更だ。
そしてオレはデートと洒落こんでしまう。久しぶりに美夏とこうして一緒に入れるのだ。とても魅惑的な考えではあった。
だがオレはさくらさんとの約束も守りたい。辛い板挟みだ、どちらかを選べなければいけないなんてな。
まぁ、そんな事は考えるだけで終わらせた方がいいのかもしれない。美夏はサボってオレとデートしても喜ばない性格。まったく、堅物なんだからよ。
そうして玄関まで来た時にちょうどチャイムが鳴った。もう少しで一時限目が始まる。オレ達は急いで別れてそれぞれの教室に向かった。
「あーあ、マジでかったるいわ。知ってたらこんなに急いで来なかったっつーの」
どうやら一時限目は自習だったみたいで走って損をした。慌てて教室に掛け込んだせいで茜に色々冷やかされて赤っ恥を掻いてしまった。
そうなるとオレは面白くない。だから教室から逃げるようにオレは屋上に向かっていた。どうせあのまま居てもくだらねぇ話しかしてこないのは予想出来た。
それだったら一服しながらゴロゴロしていた方が良い。杉並は当然の様に居なかったのでオレ一人だ。あいつの面白い話を摘みに寝ようと思ってたのによ。
「あ・・・・」
「ん?」
そして屋上の扉を開けた時、既にそこに居た先客が声を上げた。長いストレートな髪、二重のクリクリっとした目、白河だった。
なぜか表情は沈んでいる様に思えた。いや、実際そうなのだろう。いつもの活発な雰囲気はなりを潜めいかにも私は悲しい事があったんですといった
様子が見て取れる。珍しい様だった。
一瞬ここに居ない方がいいと思ったが無視して柵の方に足を向ける。わざわざ自分が気を効かせてどこかに行くという格好はふざけてると思えたからだ。
「あ、義之く――――」
「悩みごと相談なら受け付けねぇぞ、かったりぃ。オレがここに来たのは煙草が吸いたいからだ。それにわざわざ引き返す柄でもねぇしな」
「・・・・まだ何も言ってないんだけどなぁ」
「そうか。それは悪かった。それじゃ気ままに日光浴でもしてくれ。今日は天気もいいし最高だろう」
「・・・・」
幾分か棘のある視線を送ってるが無視をする。自分でも随分挑発的な事を言ってたのは自覚している。だがこれはもう癖だ。治す気もあまり無い。
大体生温いオレなんてオレじゃねぇよ。最近自分が変わりつつある事に違和感を覚える。あまり刺々しい態度を取る事が無くなった。
心もなんだか落ち着いてるし雪村や小恋達とも良好な関係を築きつつある。だが根本まで変わっちまうのは頂けない。優しいオレ―――馬鹿げてると思えた。
適当に柵に寄っ掛り懐から煙草を取り出して煙草に火を付けた。途端に周りに広がる紫煙と臭い。白河は顔をしかめた。
「煙草なんてあんまり吸うモノじゃないよ、義之くん。ガンになっちゃうし」
「もう何度言われたか分からねぇ台詞だ。耳にタコが出来そうだよ。喫煙者じゃねぇとどれだけ無理な話か分からないだろうな」
「少なくとも体にはよくない事ぐらい分かってるつもり。彼女さんは何も言わないんだ?」
「もう諦めてるよ。でもまぁ出来るだけ隣で吸わないようにはしている。あんまり美夏に嫌な思いはさせたくないからな」
「ラブラブなんだね。ていうか隣に私居るんだけどなぁ~、あんまり気に掛けてくれないの?」
「気に掛ける必要が無くなったからな。今は美夏以外の女は結構どうでもいいと考えてたりする。相手が白河みたいな美人でもな」
「ふ~ん・・・・余裕がある人は言う事が違うね」
「おかげ様でな。そういう白河は余裕が無さそうに見える。何かあったのか?」
「・・・・話、聞いてくれるんだ?」
「暇つぶしだ。嫌なら話さなくてもいい」
そう言ってその場に座り込んで柵に寄りかかる。別に白河が話そうが話さないだろうがオレはどっちでもよかった。暇つぶし、だからな。
白河は若干どうしようかと考える素振りを一瞬見せたが、どうやら話そうと決意したのかオレの隣に同じく寄り掛かる。考える素振り、ポーズだと思った。
本当は話したくてしょうがないのだろう。人は何か不安な事が起きると誰かに喋りたくなる。その不安を共有したいからな。
「で、どんな面白い事が起きたんだ?」
「・・・・悪趣味だね。人の悩みごとを楽しもうなんて」
「大概そういう話ってのは聞かされる身にとっては退屈な事が多い。なら少しは面白おかしく脚色したほうが聞く方も楽しめる」
「―――やっぱり冷たいんだ、義之君て」
「なら優しくしてやるよ」
「え・・・・」
無造作に白河の頭を撫でてやる。白河は驚いた顔で体を硬直させた。だがオレは構わず撫で続ける。
少し意地悪しすぎたかな。あまりにも自分が変わりたくないと思うばかりに冷たくしてしまった。少し後悔の念に駆られる。
白河はさしたる抵抗も見せずなされるがままといった具合だ。これでよかったかなと思うが・・・・まぁ嫌で無いらしいからいいだろう。
「・・・・いつも他の子にもしてるよね、こういう事」
「嫌なら止める。頭を撫でられるのが生理的に嫌な奴も多いからな」
「嫌じゃないよ、うん。なんだか落ち着くって感じかな・・・・」
そう言って少し朗らかに笑う白河。まぁ悪くないならいい。サラサラとした髪をオレは更に撫ででやる。
しかし他の子にもしてるよね、か。心を読まれた時に色々知られたのだろう、少なくともオレは白河の前でそういう行為をした事が無い。
だからオレは皮肉めいた言葉を言ってやった。
「しかしアレだな。こうやってまた接触してるとまた心読まれちまうな。まぁ、読まれて困る事なんてもうねぇけど」
「・・・・」
「前の世界でも白河は心読めたのかなぁーとか思ってみたり。そんなに話した事も無いし興味もなかったからな」
「そうなんだ・・・・」
「ああ。他人に興味なんて無かったからな。精々周りの奴らが白河を囃し立ててたぐらいしか知らない。だから今の光景をそいつらが見たら
きっと驚くぜ? あの桜内義之が白河ななかの頭を撫でているって知ったらな」
「あはは、大袈裟だよ。私はそんなに大した女の子じゃないから」
「よく言うよ。あれだけ取り巻き引き連れて歩いたら嫌でも目立つ。ていうかアイツらもアイツらで情けねぇよな。同年代の女の子を追っかけ
してるだけで満足なんだからよ。自分の女にしたいとか思わないのか不思議だ」
「そんなに悪く言っちゃ駄目だよ。優しい人ばっかりなんだから」
「本当に優しい奴ならこうして白河を一人にしない、悲しませない。なんとか力になってやりたいと思って行動してる筈だからな」
「・・・・・」
「だからまぁ―――最近心優しくなったオレが白河の話を聞いてやるよ。ありがたく思えよ? 二度はないかもしれねぇんだから」
「・・・・あはは、そうか、うん。そうだよね」
「あ?」
「何でも無い。やっぱり義之君は義之君なんだなぁと思って」
「・・・・訳分からねぇよ」
「別に分からなくていいよ。もし分かっててやってるなら何か違うなぁと思うし。まぁいいや、それじゃあ私の悩み事を言うね。面白おかしく
ないかもしれないけど聞いてくれる?」
その言葉にオレが頷くと白河はポツリポツリと喋り始めた。その間もオレは頭を撫で続けた。そうしていた方が白河もなんだか喋りやすいと思ったからだ。
そして白河の悩み話を聞いて思った。ああ、やっぱりなと。思わずオレは外の桜が咲いていた木を見詰める。そこには桜の花なんて無い普通の木があった。
「で、白河はどうしたいんだ?」
「え?」
「心が読めなくなって幸先が不安、今まで他人の心を読んで生きてきたのにもう読めない。どうするんだよこれから」
「・・・・分からない」
「分からないか」
「うん・・・・分からない」
さっき吸い終えたばかりだがもう一個箱から煙草を取り出す。シュボっと音が鳴り紫煙が周りに広がる。もう白河は何も言わなかった。
白河の話―――もう心が読めないという話だった。ついこの間、桜の花弁が散り始めた日を境に読めなくなったという事だった。
それから毎日が不安でたまらないと言う話。毎日笑い合ってた友達が何を考えてるか分からない。いつもは近く感じた距離が遠くなるように感じていた。
「それは白河にとっては辛いよな。今までそうして生きてきてんだからよ」
「私さ、もうこれからどうすればいいか分からないんだ。皆何考えてるか分からないしどう感じているのか分からない」
「そうだよなぁ」
「・・・・義之くんはどうすればいいと思う?」
「オレの意見なんて聞いても為になるとは思わないけどな。そういうのは茜か雪村にでも聞いた方がいい。けど小恋は駄目だ。泣いて共感して一緒に
オロオロするのがオチだからな」
「私は義之君の気持ちが知りたいんだ」
「だから意味がねぇって。オレはずっと他人と距離を置きたくて離れて生きてきた人間だ。ある意味白河と対極の位置に居る。まるで参考にならんと
思うけどな」
「だから知りたいんだよ。そういうまるで正反対の人の意見って意外と感じる所があると思うんだ。だから、知りたい」
「・・・・ふぅー」
煙草を思いっきり吸って肺から吐き出す。心地いい気だるさがオレを襲った。やっぱり煙草なんて止められねぇな。
オレの意見、ねぇ。白河が何を思って聞いたのかは知らない。白河みたいに人の心なんて読めないしな。大体もっとちゃんとした人間に聞けよ、まったく。
オレはロクでもない人間の一種で白河とはまるで正反対の人間。だから意見というより聞きたい事があったので聞いてみる事にした。
「なぁ、白河。一つ聞きたい事があったんだ。いいかな?」
「え、何かな?」
「いつまでそうやって生きてくんだ?」
「・・・・・え?」
今日もお天気日和でいい風が吹いた。たまにこういう風を感じるから屋上での一服はいい。
携帯灰皿に灰を落としまた口に咥える。しかし美夏とキスする時にヤニ臭いと言われるのはやっぱり傷付くよなぁ。今度からは昼も歯磨きすっかな。
横を見ると視線が合う。オレの言った言葉の意味を計りかねている感じだ。しょうがねぇ、分かりやすく言ってやるか。
「一生懸命他人の顔色窺ってよぉ、常に笑顔を絶やさず、無闇に体に触れて人の心を読んで、そしていつも男に勘違いされて振るの繰り返し。疲れねぇか?」
「そ、そうは言われても・・・・」
「どうすればいいか、だっけ? さっきも言ったがそんな事は知らねぇって。人それぞれ人との接し方なんて違うんだからよ。オレはオレなりの人との
距離の取り方ってもんがあるし、みんなも同じだ。小さい頃から色々失敗してそれを学んでいくんだと思うぜ、多分。白河の場合そういうのが全く無
かったんだろうなぁ。ま、当然か」
「距離の取り方・・・・、かぁ」
「ああ。大体いつも人間関係が上手くいってたら気味悪くて仕方ねぇ。少しも考え方とか行動がすれ違わなかったらまっるきりソイツと同じ人間じゃ
ねぇか。臭い台詞に聞こえるかもしれないが自分は自分だろ? 少しは白河ななかって人物を押し出してみたらどうだ」
「でも、もしそれで嫌われて―――」
「嫌われるかもしれねぇな。でも好かれるかもしれない。みんなに好かれようと思って行動してるとその内どっちからも相手にされなくなるぞ、白河。
白河みたいに心が読めるならそうはいかねぇんだろうけどさ、今までみたいに必死にご機嫌取りやってたらその内扱いやすい存在で終わるぞ。要は
パシリみたいな感じだ。顎先で使われる人間になりたくないだろ?」
「・・・・うん」
「だったらもっと我儘でいいから自分をガツンと出してみろよ、ガツンと。そうやっていつまでも芋引っ張ってると―――一生その不安抱え
込む事になるぜ」
「・・・・・」
なんだかんだでオレの言いたい事を言っただけな様も気がするが、まぁいいか。意見とも言えなくは無いしな。
それにしても―――オレが説教か。よく言えたもんだと思う。散々人様に迷惑を掛けてきた癖にな。他人が見たら笑い転がる風景だと思う。
多分小さい頃からその能力はあったんだろう。言わば白河にとっては空気と同じくらいあって当り前の存在だったモノが無くなった。
その不安は計りしれないものだと思う。オレは別に「そんな能力は無くなった方がちゃんとした人間として生きていける!」とか綺麗事を言うつもりはない。
その能力が白河の人とのコミュニケ―ションだから。否定する気はまったく無かった。
「だからと言って今までの生き方を否定するとか偉そうなことは思ってねぇよ。それは分かって欲しいね」
「・・・・うん、分かってる。色々ありがとうね」
「別に好き放題オレが勝手に喋りまくっただけだ。別に礼とか言われてもなぁ」
「それでもありがとう、かな。こういうのってあんまり人に相談した事無いからさ」
「能力の事か? それとも、こういう風な相談事の類の事か?」
「・・・・両方」
白河はそう言って軽く伸びをした。表情を見る。さっきまでの顔と比べて見ると幾分かはよくなった気がした。
まぁ、人に話しただけで不安が消えるという話もあるしそういう感じなのだろう。オレはあんまり人に相談しないタチだから気持ちはあんまり分からねぇが。
「でも義之くんて案外ちゃんと人の話を聞いてくれるよねぇ。前の義之くんも優しかったけど、今の義之くんもいい感じだよ?」
「前のオレは人格者だったらしいな。みんなの態度を見れば分かる。さぞ驚いたろうな、いきなりこんなロクデナシになったんだからよ」
「でも変わらない事もあるよ。女の子にモテル所とかね。いやぁ~、男子達からすれば羨ましい限りですなぁ~」
笑顔を浮かべてオレを小突いてくる。多少無理してる感はあったが白河なりにいつもの日常に戻ろうとしているのだろう。
だったらオレもそれに合わせるとするか。ここまで付き合ったんだし別にいいだろう。
「別に嬉しくは無いな。女の子に好かれてウキウキした気分よりも気苦労が多かった。本当に精神的に参っちまいそうだったよ。相手はオレ以上に
参っていたっていうのにな」
「・・・・ムラサキさんの事?」
「それ以外にもだ。別に知ってるからあえて言う必要はないかもしれねぇけど茜、由夢もそうだな。よく振った後にもこうしてオレなんかに付き合って
くれるよ、本当に」
「モテル男っていうのも大変なんだね。もしかして入院とかしてたのもその所為だったりするのかな?」
「みんなには交通事故とか言っているが―――刺されたんだよ、エリカにな。こう、背中からズドンと」
「うわぁー・・・・・」
少し白河の背中の部分を押してやる。若干引き気味に顔を歪ませる白河。きっとその様子を想像したのだろう。
あんまり思い出したくない感触だ。体中から力が抜け落ちて倒れる行為しか出来なくなる状態。もう体験したくない出来事の一つとなった。
「だけどなんとか和解したよ。今ではいい友人関係にこぎ着ける事が出来た。決着が上手くつけられてホッとしているよ」
「あ、あはは。さすが、だね。よくそういう状態からそういう関系に持っていけるなんて」
「まぁ、色々なモンが重なって上手く行ったとしか言いようがないけどな。ほんとに、よかったと思ってる」
「私も恋愛してみたいなぁ。義之くんみたいな派手な恋に憧れてたけど―――傍で見てると体験するものじゃないって分かった事だし、普通の
恋愛がしてみたいよ」
「どういう意味だよ、白河」
「い、いや、そのね・・・・」
言い淀み困った顔になる白河。気持ちは分からなくねぇけど本人が目の前に居るのにあえて言う必要はないだろう、まったくよ。
さて、もう話す事は済んだしそろそろ教室に戻らないとな。退院してから初の授業に遅刻したんじゃ茜の野郎にまたグチグチ言われちまう。
オレが柵から腰を起こすと白河もそろそろこの時間が終わりに近いと悟ったのか習うように腰を起こした。
「さっきも言ったけど―――色々ありがとうね、義之くん。結局面白おかしくない話しちゃって」
「別に構わねぇよ。今度会う時に面白い話を聞かせてくれればな。オレが寛容な男である事に感謝しろよ?」
「あはは、うん、感謝してるよ。普通の人にはこんな話なんか聞かせられないからね」
「超能力みたいなもんだしな。余程理解がある人で無いと信じてはくれないだろう。杉並なんかはあっさり信じそうだけどな」
「・・・・ねぇ、義之くん?」
「ん、なんだ?」
「やっぱり桜の花が散ったのと私の能力って、何か関系あるのかな?」
「興味本位か?」
「うん、興味本位」
とりあえず気になってみたから聞いた、という感じか。真剣な様子は見受けられない。恐らく本当に興味本位なのだろう。
別に言ったって構いやしないと思うが・・・・さて、どうしようか。もし深く突っ込んできたらややこしくなる可能性がある。
オレとしては取り立てそういう事態に別に発展して欲しくないが――――――
「関係あるな。白河の心を読める能力と桜の木―――願いでも叶えてくれたんじゃねぇか、白河がそういう能力が欲しいって願いをな」
「―――そうなんだ。義之くんがこうやっていられる原因を作ったものだしね。当然といえば、当然なのかな」
「聞きたい事ってそれだけか?」
「うん、ありがとう」
そうしてオレ達は一緒に屋上から下の階に繋がる階段に足を進めた。白河は気になっていた事が分かって満足なのか、清々した顔になっている。
まぁ、そうなんだよな。オレの秘密とか女の事とか色々白河には知られちまってるから別に今更隠す必要は無いと思った。
もし恨み事とか言われても受け止める気でいた。確かにややこしい事態は避けたいが、変な責任感があった。白河の生き方を変える様な出来事を
起こした責任感が。
だが白河は特にそういった感情を持ち合わせていないようで何も言ってこない。まぁ根が素直っぽいしそういう暗い感情にはならないのだろう。
「なぁ、白河」
「ん~?」
「お前ならそんな能力無くても友達がいっぱい出来るよ。安心しとけ」
「え、な、なにいきなり・・・・」
「別に。ただそう思ったから言っただけだ」
「・・・・そう」
チャイムの音が鳴り響く。どうやら一時限目の時間が終わったみたいだ。次の時間も自習にならねぇかなぁ、面倒なんだよ体育の授業って。
その時背中に言葉を掛けられる。やや緊張したような声。不安に満ちていた。
「―――私達って、友達かな?」
「・・・・・」
「あ、ごめんねいきなり変な事言って―――」
「ダチなんじゃねぇかな」
「え?」
「オレは白河に色々な事を知られてるしオレも白河の事を色々知っている。例えば―――今日のパンツの色は黒とかな」
「―――――ッ!」
バッとスカートを押さえる。だがもう遅い。さっき屋上で見たからな、今更隠したって意味ねぇよ。
少し恨めしい眼付きで見てくるが適当に受け流す。別に盗撮とかそういう目的で見た訳じゃねぇし・・・・だったらスカートを短くしなけりゃいいって話だ。
本当は見せたいんじゃないかと思う様なスカートの短さ。小恋みたいな大人しい奴だって短くしてるし、女子は制服にまでファッションを気にしなくちゃいけ
ないから大変なこった。冬とか見てるだけで寒くなる。
「綺麗なレースがついていたな。白河っていつでもマジモードなのかよ、そんな黒の下着履いてよ」
「べ、別にそんなつもりじゃ――――」
「ああ、また話が脱線する所だった。オレ達は友達か、だっけ? 少なくともそういう意識はオレは持ってるけどな。こうやって秘密を共有するのは
恋人かダチぐらいだよ。もしくは企業のお偉いさんぐらいだ」
「・・・・・・・・・・・恋人の方がよかったかな」
「ん? わりぃ、今聞こえなかった。なんて言ったんだ?」
ちょうど廊下が休み時間で少し騒がしかったので聞こえなかったので聞き直す。あえて小さい声で言ったのか分からないがあまり声量が大きくなかった。
しかし白河は首を横に振って否定する。表情は―――自然な笑顔。無理やり作ったモノでは無い。本当に大した事では無いのだろう。
「ううん。なんでもない―――でもそうかぁ、私達友達だったんだね。義之君いつも私に冷たいからそんな事感じた事ないなぁ」
「いつもオレはあんな感じだ。特例は美夏ぐらいだよ。あいつの場合は何故か必要以上に優しくなっちまう」
「うわぁ~、ノロケっすか。いいっすねぇ、恋人がいる人は幸せそうで」
「白河の場合はもっと対人関係を上手くこなしてからだな。そうすればすぐ彼氏が出来ると思うぜ。面と体はいいんだからよ」
「えぇー、そういうのって普通女の子に言うかなぁ? 義之くん、やっぱりデリカシーないよ」
「そうだな。今度暇な時よかったら教えてくれ」
棘がある視線を躱してオレは自分の教室に入り込む。白河も一緒に何故か入ろうとした時、白河が呼びとめられた。
おそらく同じクラスの友達か何かだろう。最初は戸惑い気味に対応していたが―――頑張って必死に会話をしようと試みていた。
「まぁ、頑張れよ」
その背中に言葉を投げかけてオレは自分の席に向かう。
今までの生き方がガラリと変わってしまった白河。素直に応援したい気持ちがあった。
オレの席の周りには相変わらず雪村達がたむろしている。視線が合うと軽く手を上げてくる雪村、少しぎこちない笑顔をする小恋、いつも通りの茜。
かったるい気持ちになりながらも少しは相手してやろうかと思い、軽く肩をすくめながら席に着いた。
「でもやっぱり兄さんに相談した方が・・・・」
「構わんと言っている。これは美夏個人の問題だ。義之がどうのこうの関わる問題ではない。それに―――迷惑が掛かる」
「そ、そんな事は無いと思います。兄さんならきっと自分の事の様に考えてくれる筈ですよ!」
「だったら尚更だ。これ以上巻き込みたくないんだ、美夏は・・・・」
そう言って天枷さんは椅子を揺らすように背中を掛ける。目を瞑り腕を組んでいる。もうこの話は終わったと言わんばかりのポーズだ、
私達は昼を学食で済まそうと食堂に集まっていた。と言っても集まってるのは私と天枷さんだけ。天枷さんの友達の方はどうやら呼び出しを
喰らったようで後で合流する予定だ。テストが赤点で本人は呻いていたのを思い出す。
兄さんもその内来る筈なのだが授業が遅れているみたいで中々来ない。知らずしらずの内にため息が漏れた。
「はぁ・・・・兄さん遅いなぁ」
「もう美夏達だけで食べてるか? 義之は別に先に食べてても何も言わないし、むしろ自分の所為で昼飯を食いそびれたと知れ
内心気にしてしまうだろう」
「う~ん・・・・じゃあ、そうしますか?」
「うむ」
席を立ち券売機のコーナーに向かう。最近脂っこいモノが続いたからあっさり系がいいなぁ。よし、A定食にしよう。
天枷さんはどうやら太らない体質らしく今日も変わらずB定食だ。ロボットに太るという原理があるのか知らないが素直に羨ましいと思う。
うう、最近腰回りがやばくなってきたから心配だ。兄さんに「よぉ、デブ」と言われたら死ぬしかない。絶対に兄さん殺して私も死ぬとしよう。
「なんだ、由夢。それだけで足りるのか? もっと食べて肉を付けた方がいいぞ」
「これ以上付けたらお相撲さんになってしまいますよ・・・・。天枷さんはいいですよね、太らない体質で」
「あはは、まぁな。美夏の場合普通の人間と違うからそうなのかもしれない。そこだけは感謝しなければいいけないな」
券を払うと即座に目当ての物が出てきた。それを天枷さんと二人で持って席に戻ろうと踵を返す。
さっきまでの暗い雰囲気と打って代わって明るい雰囲気になる。話題になるのはダイエットの事。私達の年代にとっては死活問題なのだ。
もう少しで席に辿りつこうとした、その時―――人にぶつかった。
「あっ!」
「わわっ!」
「きゃっ!」
ドンとぶつかり派手に散らばる天枷さんの定食。ガシャンという音が食堂内に響き渡った。さっきまで煩かった喧騒が一瞬にして止む。
天枷さんにぶつかった女生徒は尻餅をついて倒れてしまう。しかしそれだけでは終わらなかった。その服にも汁やサラダ、様々なモノが振りかかり
目にも当てられない様になってしまう。
一瞬天枷さんは呆けた様な表情をしていたが、慌ててその女生徒に手を伸ばした。
「いたた・・・・って、あーっ! 私の制服がっ!?」
「だ、大丈夫かお前っ!?」
「だ、大丈夫に見え――――――」
その子は天枷さんを怒鳴ろうと顔を挙げ、驚いた顔をした。そして次の瞬間には憎たらしい顔つきになる。
いきなり様子が豹変したのを見て戸惑う天枷さん。それはそうだろう。ぶつかって服が汚れて怒っている顔じゃない。
その表情―――いかにも格下に泥を塗られたと言っているような顔だった。
「ど、どうしたのだ? 服の件はすまないと思って―――――」
「ワザとでしょ」
「え・・・・」
「あんたってロボットなんでしょ? だからワザとぶつかって決まってる」
「な、なんで美夏がそんな事を・・・・」
「何をワザとらしそうに――――みんなから陰口を叩かれて頭に来てやったのでしょ? だからこういう嫌がらせをしたに決まってるわ」
「そんな・・・・」
あまりにも滅茶苦茶な論理展開。天枷さんもいきなりそう言われてしまい面喰らってるようだ。
どう風に対応していいか迷う顔をしている。相手の女子はそんな天枷さんを見下ろすように睨みつけている。
さすがの私も頭にきてしまい言い返すように口を開いてしまった。
「そんな滅茶苦茶な話はないじゃないですかっ! そっちも前後不確認でぶつかってきたのにあまりにも一方的過ぎますっ!」
「由夢・・・・」
「何よ、あなた。あなたもこのロボットの仲間なの?」
「そんな言い方って・・・・・!」
「ふぅん。珍しいわね、ロボットに味方する人って。もしかして――――あなたもロボットなのかしら?」
「なっ―――――ッ!」
「だったら味方する理由も分かるわ。同族が貶されたらそりゃあ庇うものね」
あざけ嗤う様な表情をする。頭に来た。そういった勘違い甚だしい思考もそうだが私達を嗤うその態度が一番勘に触った。怒りの余り顔が赤くなる。
周りの人達も恐らく似たような思考なのだろう。決して助けに入って来ようとしてこない。当然の話かもしれない。さっきまで私達を遠目に話のタネに
していたのだから。自分の迂闊さにも腹が立つ。弁当を忘れたから学食にしようとしたのがそもそもの間違いだった。
そんな場所で食べる御飯が美味い訳が無い。私は怒りと同時に自分にも腹が立った。
「あれ、これって―――――」
「あ・・・・」
「―――へぇ。ロボットでも携帯って必要とするんだ。なんか意外~。それも中々オシャレな物付けてるじゃん」
そう言って手の平で弄ぶ。オシャレな物―――兄さんが天枷さんにあげたものだった。以前使っていたストラップは壊れてしまい使い物にならなくなった
と聞くが、また兄さんが買ってあげたという話を聞いた。
今度こそは大事に使わないとなと意気込んでいた天枷さんの真剣な顔を思い出す。天枷さんにとってはもうニ度と亡くしたくない代物だった。
天枷さんはさっきまでのしょんぼりとした様子とは打って変わり、必死にそれを奪い返そうと手を伸ばした。
「くっ―――――」
「おっと、危ないわね。いきなり飛びかかって来るから驚いたじゃない」
「それを返してくれないか。大事な物なんだ」
「――――嫌よ。そもそもあなたがぶつかって来たからこうなった訳じゃない。まるで誠意の欠片もないわね」
「・・・・何をすればいいのだ? そういう風に言うからには何かして欲しいのだろう?」
「そうね、土下座して『人間様に迷惑を掛けてすみません』と言えば許す、かもね」
「何を馬鹿な・・・・!」
「分かった、やるよ」
「天枷さんっ!?」
そう言って両膝を付ける天枷さん。その様子に相手は多少は驚く顔をしたが次の瞬間にはニヤニヤとした顔に変わった。
恐らく、というか絶対に許す事なんて考えていないのだろう。ただ天枷さんを苛めたいだけのだ。そう、ただの腹いせに。
普通の人だったここまでの事はしないだろう。弁償で済む話だ。だがここまでやる理由――――天枷さんがロボットだからだと思う。
その証拠に周囲のギャラリーも別に何とも思って無さそうに見てるだけ。いや、楽しんでいる者もいるだろう。そういう空気を感じた。
これでは呈のいい見世物だ。私は天枷さんを起こそうと手を伸ばしたが振り払われてしまう。邪魔をしないでくれ、そういう目をされた。
思わずどうしようかと考えてしまう。普通に考えるなら無理に引き起こすべきだろう。確かにぶつかってしまったのは事実だがここまでやる
必要は感じられない。
相手の手の片方には自分の物であろう携帯が握られている。大方メールでも打ちながら歩いていたのだろう。だからあんな所で衝突してしまった。
どっちも悪い。それで済む話なのに、こうして懺悔でもするように膝まづいているのは天枷さん。私はやっぱり納得がいかないと思い―――――
「すいませんでした」
「あ―――――」
「さっき教えた台詞をもう忘れたの? ロボットって案外馬鹿なのね」
「・・・・人間様に迷惑を掛けてすみませんでした」
「そうそう、やればできるじゃないの。まったくロボットの癖に素直じゃないんだから」
天枷さんに伸ばそうとした手が力なく垂れ落ちる。謝ってしまった。何も天枷さんだけが悪いという訳じゃないのに土下座してしまった。
目頭が熱くなってしまう。なにも、なにもここまでの仕打ちをする事はないだろう。まるで天枷さんが罪人みたいではないか。いつもの元気な
姿はそこには無く頭を垂れて許しを乞うような姿。あまりにも、酷過ぎる。
もうこれは本当にタダの苛めだ。道理なんてものは何もない。ただ弱者を苛めたいだけの人の汚い姿しかそこにはなかった。
「じゃあ、約束だ、携帯を返して―――――」
「分かったわ。じゃあ慰謝料としてこのストラップは貰うわね」
「なっ―――――」
「結構いいシルバーじゃない。こんな高そうな物、あなたには必要ないでしょ? だから私が貰ってあげるわね」
「ふ、ふざけるなっ! 返せ、このっ!」
そう言って飛びかかるように携帯を取り戻そうとする天枷さん。だが背の大きさのハンデがあるのかなかなか手の平から携帯を奪えないでいる。
手を上に掲げられてしまい、まるで子供が親から玩具を奪い返す様な姿。周りもそれを見て嗤っている。思わずそんな人達を殴りたくなった。
あれは天枷さんにとって本当に大事な物なのだ。宝物と言っても差し支えない。それをただの興味本位で奪おうとしている。
「あははは。ほぉら、もっとジャンプすれば届くわよ?」
「くっ、そ―――――」
「ロボットなんだからもっと動ける筈でしょ? いつまで人間ぶってるのよ、ばーか」
もう我慢が出来ない。そのニヤついた顔を引っぱたいてやる。そう思いその距離を詰めようとして――――派手な音がまた響き渡る。
相手側の女子生徒がそこを通りすがった相手にぶつかっってしまったのだ。ぶつかった相手、その人も服に派手に食べ物がぶちまけられてしまった。
そしてまた静まってしまう食堂。さっきまで騒いでた人達も思わず黙ってしまう。もう廊下なんて見られたモノじゃなくなっていた。
水浸し、無様に撒かれたチキンやサラダで掃除するのを放棄したくなるような有様になってしまっていた。
「わっ、と――――危ないわねぇ」
「ちょっと失礼」
「え・・・」
――――瞬間、パァンと乾いた音が響き渡った。
今日何度目になるか分からない派手な音。ぶつかられた相手が思いっきりその女をビンタしたのだと理解するのに時間が掛かってしまった。
いきなりそんな事態に急速に発展するとは全く予想がつかなかったから当り前の話だ。まるで息を吸うが如く、自然に平手打ちをかましていた。
ぶった相手、綺麗なブロンド色の髪を手で掻きあげて腕を組むポーズ。今度は相手側の女性が土下座するように這いつくばってしまっていた。
余程思いっきり打たれたのか立てないでいる。しかし、ハッとした様子で顔を上げると捲し立てるように声を張り上げた。
「―――――ってぇなオイっ! 何するんだよっ!?」
「失礼と言ったでしょう、ちゃんと耳は付いていまして?」
「ああっ!? いきなりビンタしておいて何偉そうな事を―――――」
「最近、私はとてもツイてると思ってましたの」
「は・・・・?」
いきなり勝手に独り言の様に話を始めるブロンド色の髪の女性―――ムラサキさん。相手の話なんかどうだっていいという風だった。
それにしても結構な騒ぎで皆して食事そっちのけで私達の様子を窺っていたと言うのに・・・・我関せずと食事を採ろうとしていたのか、この子は。
食器を持って近くを通ったとはそういう事なのだろう。特に嗤うでもなく、普段通りに食事をしようとするその姿勢、誰かさんを思い起こさせた。
「義之が恋人じゃなくても甘えさせてくれるし、優しくしてくれる。昨日だって私と今日の放課後一緒に買い物をする約束もしてくれましたわ。
友達、という関係も案外悪くないかもしれませんわね。恋人という関係が一番ですけど――――彼女がいるから無理ですわね」
「な、なにをいきなり・・・・」
「だから今日はとても気合いを入れてきましたの。見て下さいな、今着てるシャツを。いい服でしょう? まず素材からしてそこら辺の安物と違いますわ。
初めて義之に送られたプレゼントですし、ここぞという時にしか着ないと決めておりましたので着てきたのですが―――御覧の有様」
そう言ってシャツに手を掛けて見せるように引っ張るムラサキさん。確かに高級感があり散りばめられたスワロフスキーが更にその感じを醸し出している。
だが、全部台無しだ。シャツは汁っ気を含んで変色しているし、何より掛かったソースが問題だ。クリーニング屋でも中々落とせ無さそうな染み具合を呈している。
女性は一瞬怯んだが言い返すように口を開いた。開こうとした。だがその前にムラサキさんが捲し立てる。
「一応数万円するものなのですが―――弁償してくれませんこと? クリーニングに出しても落とせなさそうだから勿論買った料金を支払って貰いますわ」
「だ、だからって何も殴ることはないだろーがっ! だ、大体責めるならそこのロボットにしろよな」
「ロボット?」
「そうなのよ、元はと言えばそこのロボットが全部悪いのよ?ソイツが私にぶつかってアンタみたいに汁まみれにしなければこんな事にはならなかっのに」
「あ、あなたって人は・・・・・」
「くっ・・・・・」
私はもう言葉が出て来ない。恐らく払えないと思ったのであろう。少し媚びへつらう様に天枷さんに方向転換してきた。そして目線を合わせる天枷さんとムラサキさん。
マズイ事態になった。ムラサキさんは天枷さんを庇うような真似は絶対しない。両者の確執はとても大きなもので直し様が無いぐらい溝がある。
ムラサキさんからすれば大好きな兄さんを奪った女だ、庇う理由が無い。詰まらなさそうに天枷さんを見ながらムラサキさんは口を開いた。
「ああ、天枷さんの事ですか。そうなの、天枷さんとぶつかってしまって食事をぶち撒けられたのね、貴方は」
「そ、そうなのよ、だから―――――」
「で?」
「で、でって・・・・」
「貴方がぶつかって来て汚れてしまったこの服。どうしてくれるの?」
「だ、だからそれはこのロボットが・・・・」
「貴方が莫迦みたいに踊らなければ、私はこんなにも腹わたが煮くり返る思いはしないで済んだ事ですのよ? そこのロボットがどうのこうのでは無くて
私は、貴方に、今、とても、殺したいぐらい、殺意を覚えてますの。今現在の心境として。お分かり?」
言葉を区切って強調して、まるで本当に殺さんばかりの視線を叩きつける。小さな悲鳴を上げて視線をきょときょろ忙しなく動かす女性。
恐怖に駆られて何も言えないでいる。しかしそんな様子を意に介さないのか襟を持ち上げて無理矢理に視線を合わすムラサキさん。
そんな様子を見て分かってしまった。ああ、本当にこの人は兄さんの事しか頭に入っていないのだろう、と。
恐らく天枷さんが絡んでる騒ぎという事実よりも、兄さんがくれた服を汚されたという事実の方が重いに違いない。
「それでどうしてくれるのかしら? ちゃんと弁償してくれますの?」
「あ、あの、その・・・・」
「黙ってちゃ―――分からないでしょうがっ! こんな汚れた服でどういう顔で義之と顔を会わせればいいのよっ!? まさかこんな服で
義之の隣を歩けと言うのっ!? 馬鹿にするのもいい加減にしなさいっ!」
「あ―――――」
そしてあろうことか―――その女性の顔に頭突きをした。たまらず鼻を押さえて逃げようとするも襟を捕まえられて動けないでいる。
周りもその様子に唖然として動けない。さっきまでの雰囲気なんか吹っ飛んでしまった。私もその光景に目が釘付けられて固まってしまっている。
荒い息を吐き、眼を充血させているムラサキさん。本気でキレているのだろう。相手の女性はその剣幕にもう涙をボロボロ零してしまっている。
「う・・・・グスッ・・・えぐ」
「泣けば済むと思ってるのかしら貴方は。そんなのが通用するのは小学生までよ。ほら、なんとか言いなさいな」
「ゆ、許して・・・・」
「許す? 貴方は何か許されない事をしたのよね? だったら当然それと釣り合うぐらいの事をしてもらわないと困るわ」
「べ、弁償しますから・・・・だから・・・・」
「お金で解決する、ですって? いい加減舐めるのはよしなさい。そんな事で義之から貰った服が返って来る筈がないじゃないの」
「そ、そんな・・・・・滅茶苦茶・・・・」
「お、おいムラサキっ! もうその辺でいいだろうっ!」
ムラサキさんの腕に飛び付く天枷さん。その衝撃で襟から手が外れ解放されてしまう女生徒。軽くそれに舌打ちをしながらムラサキさんは天枷さんをキツく睨んだ。
逃げるようにその場から立ち去るその女子生徒には目もくれずまたは今にも始まりそうな雰囲気を醸し出す二人。もうこんな状況手なんか付けられない。
周りも同じ気分なのだろう。固唾を飲んで成り行きを見守っている。
「いきなり飛び付かないでくださいな、天枷さん。お猿さんじゃありませんのに」
「今のはやり過ぎだぞ。相手はもう泣いて許しを乞いてたじゃないか」
「だから言ったでしょう。義之から貰った服をこんなに酷くされたのよ? それ相応の報いがあって当然ですわね」
「お、おまえ・・・・」
「それにしても―――相変わらず義之から愛されてるみたいね。これ、新しいプレゼントでしょ? いいですわよねぇ、義之と恋人同士で」
「あ・・・・」
下に落ちていた天枷さんの携帯を手に持つ。その様子を見て天枷さんの顔がサッと青くなった。当然の話、そのまま無事にその携帯を返すとは思えない。
ジロジロとそのストラップを見詰めるムラサキさん。天枷さんも迂闊に動けないのかその様子を黙って見ている事しか出来ないでいる。
どうするつもりか、そう思った次の瞬間―――――
「・・・・・ふん」
「あ、わわっ・・・・と」
ポイっと投げ捨てるように天枷さんに返した。それを慌てるようになんとかキャッチする天枷さん。その行動、意外だと思った。
天枷さんを嵌めて、集団で暴行しようした事があるのは以前聞いた事がある。そこまでする程天枷さんを憎く思っていた筈なのにどういう心境の変化か。
天枷さんもその行動は意外だと思ったのか、どういう風に対処しようかと困っている表情をしていた。その時、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「おいおい、何があったんだよこりゃあ」
「あ、兄さん・・・・」
「よ、よしゆ―――――」
「ああ、義之っ!」
「おっと・・・」
「な―――――」
兄さんの胸に飛び込むムラサキさん。まるで豹変したみたいに態度がコロっと変わった。さっきの剣呑な雰囲気なんか嘘みたいな変わり様だ。
私と天枷さんがその様子を見て驚き動けないでいる。そしてムラサキさんは言葉を続けた。
「本当にごめんなさい、義之」
「あ? 何がだよ」
「義之から貰ったこの服、汚れてしまいましたの。さっき通りすがった生徒にぶつかってしまって・・・こんなにも」
「うわぁ、ひでぇなこりゃ。これ絶対落ちないぞ。クリーニング屋に行っても難しいな。完全に染み込んじまってやがる」
「・・・・・・・ごめんなさい」
「あ、べ、別に謝る事じゃねぇよ。とりあえず怪我はしなかったみたいだし・・・・それだけでもよかったぜ」
「――――ふふっ、相変わらず優しいのね、義之は」
微笑みの顔を作り兄さんに向ける。向けられた本人は困ったように頭を掻いているが――――嬉しくないわけがない。
美人にあんなにも露骨に胸を押しつけられているのだから当然だ。一度抱いた事があるのだから尚更何か感じるモノがあるに違いない。
そして改めてこちらに向き直る兄さん。どうでもいいがその腕にぶら下がっている女をどうにかしてもらいたい。
「で、美夏もなんだか服が少し汚れているな。お前もその被害者か?」
「―――――まぁ、似たようなもんだ」
「天枷さん・・・・」
「いいんだ、由夢」
「あ? まぁ、そんなんじゃ食事どころじゃないな。ていうか今日はもう帰って早めにその制服をクリーニングに出した方が良い。染みになるぞ」
「放課後はムラサキに付き合うからそう言ってるんだろ? 相変わらず仲のよろしい事だ」
「・・・・何言ったんだよ、お前は」
「ふふ、なんでもありませんわ。ただ義之に買い物に付き合ってもらうと言っただけ。友達としてね」
友達がそんな風に胸を押しつけるか。言っている事とやってる事が正反対にも程がある。彼女が目の前に居るのによくもまぁそんな事が出来たものだ。
兄さんからムラサキさんとはちゃんとした友達関係になったと聞いた。恋人関係を諦め、天枷さんに対しても酷い事はしないと誓ったと言う。
それは分かっているのだが――――どうもこうも面白くない。天枷さんも同じような話を聞かされているらしいが同じ気持ちだろう。
「まぁ義之が帰れとい言うのなら帰るさ。じゃあな」
「あ、お、おい。ちょっと待てって!」
「ちょっと義之――――もうっ!」
天枷さんを追いかけて走りだす兄さん。ていうか私の事はスル―ですか、そうですか。そしてその場に残されたのはムラサキさんと私。途方に暮れてしまう。
周囲のギャラリーも騒ぎが収まったのが分かるとまた各々が食事に戻った。思わずため息をついてしまう。皆勝手に囃し立てたりして置いていざ騒ぎが
収まると知らんぷりの顔だ。この後始末、私がするのかなぁ。
元来生真面目な性格をしているから確かにこの汚れた床は見過ごせないけど・・・・もう少し報いがあってもいいのではないだろうか。
「あら、由夢さん。別に無理して掃除する事はないのよ? どうせ食堂の管理者が掃除するのだから。レストランで水を零してもウェイターが全部
やってくれるでしょう? それと同じ事よ。由夢さんは騒ぎに巻き込まれただけなのだから」
「おほほ、御心配ありがとうございます。でも私の事はどうか御気になさらずに・・・・。私が気になって掃除するだけなのですから」
「はぁ、生真面目な性格ですこと。損な性分ですわね」
「私もそう思います。結構難儀な性格である事は知っているのですが、いやはや。ムラサキさんはどうなされるんですか?」
「そうね、とりあえず購買で食事を済ませようと考えています。もう食堂で採る気分では無くなりましたので」
「そうですよね。こんな汚れた床がある場所では食事なんか採れませんものね。お姫様でお嬢様のムラサキさんには拷問にも等しい、ですから」
「――――なんですって?」
「では私はこれで」
食堂に備え付けてあるロッカーに向かいモップを取り出す。昼休みに掃除をする事になるとは罰ゲームに似たものを感じるが、まぁしょうがない。
やや萎えた気分になりながらも掃除を開始しようと視線を床に移し――――違和感を感じた。手元のモップに何か引っ張られる感触。ムラサキさんが
微笑みを携えながら私のモップを握っていた。
それに対して私も微笑みで返す。この女性はそんなにも私の気に触る事をしたいのか。少し暗い感情が頭を覗かせた。
「手伝いますわよ、由夢さん」
「ああ、無理しなくて結構ですよ、ムラサキさん。とてもじゃありませんがこんな使用人みたいな真似をムラサキさんにやらせられません」
「―――――いいから貸してくれません事? 由夢さんはどうか楽しい食事を再開してくださいまし」
「いえいえ、そんなお気遣いはいりませんよ。ムラサキさんこそ御食事を楽しんで下さいな」
そう言ってモップを取り返そうとする。しかしムラサキさんも後に引けないのか無理矢理そのモップを引っ張ろうとした。そして左右から引っ張られて少し
軋む木製のモップ。早く離してくれないと学校の備品が壊れてしまうではないか。いい加減にして欲しい。
どちらにも譲る気は無いので自然と力を込め合う両者。しかし決して顔には出さない。雰囲気的に感情的になったら負けみたいな空気が漂っていた。
結局私達はチャイムが鳴るまでその一つのモップを取り合っていた。そして改めて感じたムラサキさんの印象。やっぱりこの女性は私とは相容れない
存在だという事だった。