空が青く、そよ風が吹く今日この頃。季節はもう春で花や木、生物たちが活発に動き出そうとしていた。
そんな中オレは一人森の中を歩いている。せっかくの靴が土で台無しになっちまうなこりゃあ。
こんな時まで迷惑を掛けやがるアイツにはほとほと参っちまう。
「まぁ、あいつが掛ける迷惑は可愛いもんだし許してやるか。杉並だったらしこたま殴ってやる」
呟いて驚いた。こんなにもストレートにあいつの名前が出てくるとはな・・・・・もう何年も会ってねぇのによ。
最後に会ったのは――――三年前だったけか。確か街で偶然会ったんだよなぁ。ぴっちりスーツなんて着やがって。お前がリーマンて柄かよ
と笑い飛ばしたのを思い出した。その時のムスッとした顔は今でも忘れない。
その後は軽く呑みに行ってそれっきりだ。元々何回も連絡を取り合う柄でもねぇしいつも一緒に居る間柄という関係では無い。
縁があれば会うだろう、そういう関係だオレ達は。その距離感で今まで友達をやっていたしこれから先もそうだろう。
「にしても熱いなちきしょう・・・・これだから日本みたいな湿気が多い国は大嫌いなんだ。服がすぐ蒸れて嫌になる」
大体今何時だよ。こんな朝早いっつーのに全然涼しくないんだけど。そう思い袖を捲り時計を見る―――6時30分、額の汗を拭った。
そして片手に桶を持ちながら再び歩き出す。あいつが居る場所は結構遠いからなぁ。もっと近くで待ち合わせ出来るような場所にすればよかったぜ。
ま、しょうがねぇっちゃしょうがねぇんだけどな。
そう思い眉を寄せながら空を見上げた。
美夏が殺されてから三年。それでもこの世の中は何も変わりはしない。
その日もこんな季節だった。待ち合わせに来なかった美夏、あいつが遅刻するのなんてそもそもおかしい話だった。
いつだって規律に厳しくて、その癖結構ズボラな所があるロボット。未だにアイツがロボットなんてオレは信じてはいない。
面白い事があれば笑うし、悲しい事があれば泣く。そして自分が許せないと思った事には本気で怒り―――――愛すれば一直線に突き進む。
そんな奴にオレは参っちまった。よく時間が経てばそいつの悪い所も見え恋人関係が冷めるというがオレと美夏には関係の無い話だ。
美夏と過ごせば過ごす程オレはあいつの事が好きなっていった。いつも暇があればオレは美夏に会いに行っていたし美夏もオレに会いに来ていた。
そんなオレ達を周りの連中は苦笑いしながらも温かく見守っていてくれた。そんな優しい奴らにオレと美夏は心から感謝していた。
だが気付いていた。世界はこんなに優しくないと。偶々本当に数少ない心優しい連中がオレ達の周りに居たっていう話なだけで一歩外に出れば全然そんな
事はない。だがオレと美夏は少し浮かれていたのかもしれない。あまりの幸せに目が曇っていた。すぐそこに落とし穴があるのに天気のいい青空ばかりを見
ている。そして手を繋いで歩いていたオレ達は一緒に仲良く其処に落ちてしまった。
オレが現場に行った時には美夏なんてものは居なかった。そこにはバラバラに散らばったパーツとトレードマークのキャップ。
そして――――『血』に染まったオレがあげたストラップ。涙なんて出て来なかった。出ればよかった。そしたらこんなにも苦しい思いをしなくて済んだのに。
由夢が泣いて、唯一友達だったアイツも居て、音姉達も泣いていた。さくらさんも涙自体はしていなかったがきつく握られた拳は今にも印象深い。
その中で唯一泣いていないオレをみんなどう思ったろうか。薄情な奴だと思っただろうか。だがそうかもしれない、だって、涙が出て来ないんだから。
殺した犯人はすぐに見つかった。犯人はロボットに反対している団体の中でも過激派に属するグループ。そう、グループだ。単独犯でもなんでもなく、
集団で美夏をバラしにかかった。また殺したその理由が笑える。
『人、人間の存在を侮辱したその存在自体が許せなかった』
何様のつもりだ。お前らは神様かよ。人間を語る程立派な事をしてきたのかお前たちは。やってる事はただの人殺しじゃねぇか。
しかし法廷で課せられた罪は器物破損罪。それを聞いてオレは大笑いした。何もかもが狂ってやがる。怒りは不思議と出て来ない。ただ笑いしか出て来なかった。
そしてオレは立たされている奴らに向かって言った。殺してやると。美夏と同じ―――いや、それ以上に残酷な方法で殺してやりたかった。
そんないきり立つオレに向かってしたり顔で裁判官が言った。丁寧な声質で「そんな事をしても何にもなりませんよ」と。
「じゃあ、アンタの息子と妻の内臓と目を引き摺り出して物干し竿に飾ってやろうか。そして死体はそこら辺の犬にでも喰わしてやるよ。それでも
あんたはそんな台詞が吐けるのか?」
押し黙る裁判官。赤の他人が喋る綺麗事程イラつくものはない。自分はそうやって関係ない位置で『正しい事』を言えばいい仕事だもんな、くそったれ。
オレは思った。この世の中で正しい事なんて何一つ無い。皆、見て見ぬフリをして日常を生きている。いつだって現実は曲解しているものだ。
募金のCMの後にすぐパチスロのCMが流れる。森林伐採の中止を訴えかけながらも交通の為にコンクリを山に流す。飢饉が発生している国の肥えた大統領。
この世の中は矛盾で出来ている。勿論そんな事はガキじゃないんだから知ってるし平等を訴える程オレは出来た人間じゃない。理解していたつもりだ。
しかしどうしても感情が納得してくれない。美夏を殺した連中がなんで数ヵ月で釈放されるのか。なんで美夏みたいなロボットが居る事実の方を大きく
メディアは取り上げるのか。
オレは決意した。もう、良い人をやるのは辞めよう。意味が無い。隣に美夏が居ないんじゃ話にならない。
そしてはオレは――――――
「よいしょっと」
そしてオレは美夏の前に立つ。うむ、相変わらず立派な墓石だ。100万ちょっと出しただけあってなかなか良い面構えしてやがる。
けど全国の墓石の平均購入値段は170万だっけ。やっぱり日本人はお金持ちだよな。死んだ人にもそれだけお金を掛けられるんだから。
だが美夏、当時オレは学生だったんだ、許してくれ。借金までして作ったんだ。そして愛もある。それでなんとかまかなっているからよ。
「そういえば水越先生も結構頑張ったんだぜ? 部品を研究するためにあっちこちから来た研究者を追っ払ってくれたんだからよ。オレ一人じゃ
どうしようもできねぇ事をたくさんしてくれたよ、あの人は」
メディア連中も追い払ってくれたしな。もしあの人が居なかったらオレはあいつらを殴っていた。そして益々大きく取り上げられるロボット問題。
そんな事になったらいくらオレでも精神的に参ってたかもしれねぇ。本当、あの人には頭があがらねぇよなー、後で久しぶりに会いに行くか。
久しぶりに来た初音島―――ゆっくり滞在するのもいいかもしれない。やっぱりここの空気は最高だ。
「ほら、水ぶっかけてやるよ。こんなに熱い日はいくらお前が死人でも参るだろうからな」
桶から水を柄杓で掬って墓石の上から派手に掛けてやる。ちまちまやってたんじゃお前も怒るだろう? 例えるなら砂漠で水を少しづつ飲まされる行為に
近い。きっとそんな事されたらオレはキレるね。今の若者らしく。
そして最後に美夏が好きだったバナナを置いてやる。勿論ニセモノだ。よく店舗のサンプル品に置かれてるアレ。名前は知らんがそれを置いた。
もし本物なんか置いてちゃすぐに蠅が寄ってくる。美夏も目の前に置かれたバナナを蠅なんかに喰われちゃムカつくだろう。だから気持ちを置いといてやった。
座り込んで合掌もする。美夏は別に仏教でもなんでもなかったがこれが一番気持ちが伝わる気がした。オレもやっぱり日本人って所か。
母親のさくらさんも見た目外人丸出しだが日本人よりも日本人らしいし。オレにもそんな所があったっておかしくないだろうな。
「さて、オレはそろそろ行くよ。美――――」
「久しぶり、義之君」
「・・・・・茜か」
「やっぱりここにいたんだ」
そう言ってオレの隣に並び先程オレがしていたように手を揃える。その様子をオレは後ろから見詰めていた。
こうやってオレ以外にも美夏の墓参りをしてくれる人が居る。それはオレにとって嬉しい事だった。美夏が生きている時は辛い事の方が
多かったからな。こういう救いが一つでもあれば嬉しい。
しばらくの間無言の時間が続いた。久しぶりに見た茜は前より美しくなっていた。どこかガキっぽさが抜けて誰もが羨む美人になっている。
婚約指輪は・・・・無いか。お前もさっさと結婚しねぇと行き遅れになるぞ。水越博士みたいにな。
「・・・・どこへ行ってたの?」
「あ?」
「ここ何年か姿を見なかった。電話も通じないし実家にも居ない。芳野さん泣いてたよ、義之君が帰ってこないって」
「そうか」
「そうかって・・・・貴方ね―――――ッ!」
「それで、なんでここが分かったんだ茜は。誰にも見つからない様にここに来たんだがな」
「・・・・偶然ここに居るって思ったのよ。本当に、なんとなくね・・・・」
「嘘を付くのが下手になったなお前。中学の時はもっとさらって嘘をつけてたぞ」
左手で茜の頬を撫でる様に擦り上げて――――耳のイヤホンを外してやる。ハッとした顔で茜はオレから離れた。
イヤホン越しから複数の声が聞こえてくる。オレは茜に微笑を向けてやり、それを踏みつぶした。
「探偵ゴッコならオレ以外でやれよな、茜。もうオレはガキっていう歳じゃねぇ。今じゃすっかり堂々と煙草を吸える歳だ」
「―――――桜内義之、貴方を殺人罪の罪で逮捕します。膝を地に付け、両手を頭の後ろに組んで下さい」
「おいおい、次は警察ごっこかよ。勘弁してくれ、久しぶりに初音島に来たからオレも童心に戻りたい気持ちはあるが・・・・少し恥ずかしいわ」
頭をポリポリ掻いてしまう。確かにオレは小学生時代は友達居なかったしそういう事をしたい気持ちはあった。だがそれはもう10年も前の話だ。
どうせ遊ぶなら大人の遊びをしたい。茜もそんなに色っぽくなったんだからそういう遊びを選択すればいいのに―――案外子供っぽい所あるのな。
そして今度は拳銃を抜きオレに照準を合わせてくる。おーなかなか本物っぽいな、一回でいいから触らせてくれよ。
「そんなモデルガンまで持ち出してくるとは中々堂に入ってるな。しかしもしお前が本当の警察官なら始末書もんだぞソレ。銃の所持なんて――――」
「銃の所持は許可されています。そしてこれが貴方には偽モノに見えるのね」
「あたりめーじゃねぇか。つーか偽モンでもそんな物を人に向ける―――――」
撃鉄が落ち強烈な音が響く。銃を向けた先の枝が落ちる音を遅れて聞いた。キ―ンと響く耳鳴り。オレは思わず口笛を吹いた。
硝煙が上る銃先を下ろしながらオレと再び見詰め会う形となった茜。目は先程みたいに慣れ親しんだ目ではなくなっていた。
「やっぱり度胸が凄くあるわね、貴方って。瞬き一つしないなんて――――おかしいわ」
「何言ってるんだよ。心臓がばくばくいってるつーの」
「嘘ね。あれだけ人を派手に殺しておいてそれだけは無いわ。はじめその現場を見た時―――私吐いちゃったもの。よくあんな殺し方出来るわね・・・・」
「うーん・・・そっか?」
確かに派手といえば派手だが吐く様なモノではないだろ。実際オレは吐かなかった。美夏と同じ様にしてやっただけなんだし一回美夏の時にその風景
を見たオレにとっちゃ大した事は無かった。
それとも茜はロボットと人間では訳が違うとでも言うのだろうか。それは残念だ、茜の事は結構買っていたからそんな人間ではないと思っていたんだがな。
まぁ、どうでもいい事か。人間なんて環境次第でカンタンに人が変われるし気が付いたら銃を撃つような女になっている事もあるだろう。
「もう一度言うわ、おとなしく伏せて――――」
「分かったよ」
「え・・・・」
言われた通り伏せる。茜は驚いた顔をしていた。なんだよ、伏せろって言ったじゃねぇか。お前が驚いてどうすんだよ。
茜は戸惑いながらも拳銃をオレに向けながら手錠を取りだし―――両腕を繋ぎ合わせた。
結構ヒンヤリしていいなコレ。こんな暑場では身に染みて気持ちいい。
「なぁ、茜」
「――――何かしら?」
「お前、すげぇ美人になったな。中学の時もすげぇ美人だったが・・・・輪をかけて美しくなった」
「・・・・ありがと」
「今、彼氏とかいるのか? 居たらそいつが羨ましい。オレもお前みたいな美人を引き連れて街とか歩いてみたいよ。みんなオレを羨ましがるだろうなぁ」
「ば、馬鹿な事言わないでよ。昔から義之君はそうやって人をからかうんだから・・・・」
「本気で言ってるんだ」
「え・・・・」
オレは顔を上げ茜の顔を至近距離で見詰めた。サッと顔を朱色に染めて顔を背ける。なんだ、変わらない所もあるじゃねぇか。
昔からお前は押されると弱い女だったよ。あれだけ胸とか押しつけてくるのにオレが少しでもすり寄ると猫みたいに逃げちまうんだからな。
まぁそんな所も含めてお前の事は可愛いんだけどな、茜。
「美夏じゃなくてお前と付き合えばよかったかもな。あいつもあいつで可愛いんだが――――今の茜を見てるとそう思うよ」
「・・・・う、嘘ばっかり言って。そんな気無い癖に・・・・」
「なんだよ、信じてねぇのか。それほど魅力的だっつー事なんだよ、お前の場合・・・・・・なぁ、一つ聞きたい事がある」
「なに?」
「今でもオレの事を好きか?」
「え?」
「好きかと聞いてるんだ。で、どうなんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・好き」
「そうか」
「あ―――――」
手錠で繋がれたままの手を茜の両頬に添えてキスをしてやる。とても愛おしく、包むように軽くキスをしてやった。
そして顔を離し、茜の顔を見詰める。茜はどこか夢見心地な目でオレを見詰めていた。
「オレもそろそろ美夏の事は振っ切ろうと思うんだ。いつまでも過去に捕われてちゃあいつも浮かばれない」
「そう・・・・」
「だから、茜。オレが出所したら付き合ってくれるか?」
「―――――え?」
「嫌なら嫌って言ってくれればいい。こんな犯罪者と付き合うなんて誰もが嫌がる事だ。茜には無理して欲しくない」
「・・・・・・」
相手は警察官。対してオレは残虐な人殺しをした殺人犯だ。そしていつ出所出来るか分かったもんじゃない。復讐は確かに法律で明確には禁止
されていないがやった事は殺人だ。一生刑務所に入ってもおかしくない。
そんなオレを待つなんて――――夢物語にも程がある。やっぱり茜には今の発言は無かった事にしてもらおうと口を開いた。
「わりぃ、困らせたな。やっぱりさっきの言葉は――――――」
「いいわ」
「あ?」
「待つ、待ってあげる。義之君が出てくるまで私は待ってるわ。だって――――ずっと好きだったんだから」
「・・・・まじかよ」
おいおい、マジかよこの女。確かに中学の頃はオレの事を大好きだったかもしれない。だがあれから何年間も経ってるんだぞ?
いくら好きだとは言え――――ありえない。そんなオレの様子を見て茜はクスっと笑いながらオレに喋りかけた。
「何驚いてるのよぉ、そっちから言い出した癖に」
「あ、ああ。そうだな」
「中学の時から私の想いは変わって無いわ。だって―――本気で好きなんだから。当然でしょ?」
「そうか、そうだよな。お前はオレの本当に好きだったもんな」
「現在形でね。天枷さんの存在の事があって一時的に諦めてたけど・・・・やっぱり私の気持ちは消えなかったわ。好きよ、義之君。だから待ってあげる」
「ああ、オレもお前の事を―――――」
好きだ――――そう言おうとした瞬間、茜の口から血が流れ、オレの顔に吹き出された。
驚くオレをよそに茜は力が入らなくなったのか地にペタンと座り込んで荒く呼吸をしている。良く見てみると肺がある位置に―――ナイフが突き刺さっていた。
オレは目線を上げ、その刺した人物を見て――――微笑んだ。
「遅いぞ、エリカ。助けてくれるのをずっと待ってたんだが中々出て来ないから少し慌てたぜ」
「本当は放ったらかしにしようと思ってましたわ。私の見てる前で堂々とナンパするんですもの」
「だがお前は助けに来てくれた。やっぱり頼りになるよお前は」
「む・・・・」
睨みつけてくるが大して怒っていないのは分かる。こいつは本当にオレの事が好きだからなぁ。本気で怒れる事が無いぐらい知っている。
茜のポケットをがさがさと漁り、鍵を見つけて手錠を外す。しかし21世紀になってもまだ手錠はこんなアナログなのか。少しだけショックだ。
もう息絶え絶えになっている茜の顔を上げてオレは優しく囁くように話しかけた。
「悪い、もう相手は居るんだ。騙して悪かったな」
「そ、そういう、事・・・・・ムラサキさんに手引・・・・きしてもらってたのね」
「金持ちだしな、逃げるのは簡単だったよ。まぁそれ目的で付き合ってる訳じゃねぇ。本気で好きなんだよ、エリカの事」
「も、もう義之ったら・・・・こんな所でそんな事言うなんて・・・・」
「こら、引っつくなよ。まったく、いつまでたってもお前は変わらねぇな」
「ふふ、私は私ですもの。そう簡単に変わりませんわ」
そう言って朗らかに笑う。それに釣られてオレも思わず笑ってしまった。本当にこいつには助けられる。美夏が死んだ時もずっと親身になって
近くに居てくれたしな。
美夏が死んで一時オレは荒れてエリカに色々酷い事を言ったし行動もした。思いっきり殴った事もあったっけ、でもこいつはオレの傍を離れなかった。
そんなエリカにオレ徐々に惹かれていき―――今ではオレの新しい彼女だ。今度は上手くやりたいもんだよ。
「そういう事だ、茜。オレはエリカと幸せになる。だから捕まってやれねぇよ。何度も言うが悪いな」
「・・・・・・こ、この・・・・ばか・・・・男」
「何とでも言ってくれ、じゃあな」
オレはエリカと手を繋ぎ歩き出す。もう初音島には居れないなぁ、多分すぐに警察もすぐに来るだろうし滞在は出来ない。
さて―――次はどこへ行こうかな? アメリカとカナダは飽きたからフランスにでも行こうか。本場のフランス料理をエリカと二人で
楽しむにはいいかもしれない。
美夏、また来年も墓参りには来るから待っててくれよな。そうしてオレはその場所を離れ近くに置いてある車に乗り込み急発進させた。
「って――――なんなのだこれはぁああああああああああああああっ!」
美夏は思いっきりその紙を破った。その声の大きさに驚いたのか周りの演劇部の人達と花咲達が驚いている。だが知った事では無い。
時間は放課後、前までの美夏だったらとうに帰っている時間だが最近はずっとこの部室に寄り道りっぱなしだった。
そして息を荒く立てている美夏の肩にそっと手を置かれる。振り返るとそこには杏先輩、やれやれといった感じでため息をついていた。
「少しは落ち着きなさい、美夏」
「し、しかしだなっ! 納得いかんぞ、とゆうかなんで美夏は死んでおるのだ? そして美夏の出番は無いじゃないかこれでは・・・・」
「文句があるならあそこで知らんぷりしているお姫様に言ってちょうだいな」
「む・・・・」
遠く皆から離れて煙草を吸っているムラサキ。いつもの感じで近寄りがたいオーラを放っている。が、美夏には関係ない。トコトコそこまで歩いて行く。
そして美夏の接近に気付いたのか整った眉毛を綺麗に歪ませる。その態度にまた美夏はカチンと来た。こいつ・・・・全然悪いと思っていない。
美夏はエリカの傍まで行き、指を思いっきり指しながら怒鳴るように口を開いた。
「なんなのだあの台本はっ!」
「はぁ? 雪村部長に『皆で演劇をやるんだからそれぞれ台本を書いてきてちょうだい。それを参考にしたいから』って言われたから書いてきたまでですが?」
「馬鹿かお前はっ! あんなのを全校生徒の前で出来るわけないだろう!? それもあんな狂った話を」
「別にいいじゃない。皆がやってるような演劇をやって面白い訳? どうせなら違う事をやってみたいと思わないの? これだから既定の行動しか出来ない
ロボットは・・・・死ねばいいのに」
「な、なんだと・・・・!」
こ、こいつ・・・・段々口が悪くなってきている。前までは少なからずお嬢様言葉を使っていたのに今じゃそれをおくびにも出さない。美夏限定だが。
ムラサキは正論ぶって話しているがどうせ義之絡みだからこんな設定にしたに違いない。天枷さんが死ねば義之は私のものになる。そんな設定を。
後ろではそれぞれが違った反応を皆返していた。怒る者、きゃーきゃー騒ぐ者、悲しむ者。そんな感じでなんだか盛り上がっていた。
「な、なんで私エリカちゃんに刺されてるのよおぉぉぉぉおっ! それも間抜けっぽいしぃ!」
「で、でもこれってなんだか面白い展開だよね・・・・。杏はどう思う?」
「小恋、こんなリアル設定使える訳ないじゃない。これってあのお姫様が多分本気でこうなればいいって思って書いたものよ。演劇にはね、多少
なりともフィクションさが欲しいの。こんなんじゃ余計な感情が入って演技出来ないわ。ある意味熱が入りそうな人もいるけど、ね」
「うう、オレは惨殺に殺される役か・・・・オレが何したってんだよ、ちきしょうー!」
「わ、私なんて一番酷く殺されてる役ですよ・・・・・あの女――――ッ!」
「にゃはは、まぁまぁ落ち着いて由夢ちゃん。私は結構重要な役割だから結構嬉しいかも」
花咲、お前は多分美夏の次に恨まれているぞ。そして月島、お前も義之の幼馴染みってだけで結構な役割(夜の道に立つ娼婦)貰ってる事を忘れるな。
板橋は多分偶然だ。というかあんまり男子部員が居ないせいかどっちみちそういう役割をもらう事になっている。由夢は特別だがな・・・・・。
芳野学園長には結構お世話になっているせいか物語のキーとなる役割。というかこんな私情絡みの台本なんて見たこと無いぞ。
「まぁ、却下ね。こんな血みどろの物も嫌いじゃないけど、今回はもっと華やかな物を仕上げたいの」
「あら、残念」
杏先輩の言葉にそう呟くムラサキ。杏先輩は思わず睨む様な目でムラサキを見据えるがどこ吹く風といった感じで受け流している。
だから美夏はこいつを演劇のメンバーに入れる事を反対したのだ。どうせロクな事をやらないのは分かっていたしな。皆人がいいからこうなってしまった。
どうしてこうなったのか――――きっかけは些細な偶然だった。色々あって堂々と学校を歩けるようになった美夏。その日は偶には杏先輩と
一緒にお話しがしたいと思って部室を訪ねたのが原因だった。
どうやら杏先輩は次の学園祭にみんなで演劇をやりたいと考えていた様で美夏もやらないかと誘われて演劇部に仮入部した。皆も大体そんな感じだ。
そして美夏がやるということで義之も参加しないかと誘われて、義之も渋々ながらそれを了承した。そう、そこまではいい。問題はそこからだ。
義之の周りを常にうろちょろしている遠くの国から来たお姫様―――なんとそいつも借り入部してきたのだ。それもごく当然の様にお茶を飲んでいたのが
今でも忘れられない。
その時美夏は失念していた。ムラサキは義之の傍を片時も離れたくない異常なストーカーだった事を。寄りにもよってそんな事を失念していたとはと後悔
しても時既に遅しだった。
しかし、今回ばかりは一言いってやる。そう思い口を開きかけて―――ガラッと扉が開いた。
「わりぃな、遅れた」
「あ、よしゆ―――――」
「義之っ!」
「あ、こら、待てっ!」
美夏の制止の言葉を聞かずまるで忠犬のように義之に抱きつくムラサキ。それをうんざりしそうな顔をしながらも抱きとめる義之。
くそ、いつもこうだ・・・・。いつも美夏が義之を見つけても一番最初に抱きつくのはムラサキだ。というか彼女の目の前でそんなことをやるなっ!
「あんまりじゃれつくなよ、うぜ――――」
「別にいいじゃない。私ってどうやらただの犬みたいだしね」
「・・・・・・」
「犬がじゃれついてきてるんだからちゃんと愛しなさいな、ほら」
「・・・・・・」
「ほぉらっ!」
「・・・・・ち、分かったよ。おら」
ムラサキの頭に手を置き乱暴に撫でる義之。しかしムラサキはそれで満足なのかニコニコしている。
あの研修室での話はきっちり聞かれていたみたいでそれから更にウザく義之にムラサキはアタックを掛けていた。
さすがにキスを迫った時は張り倒したが・・・・それでも効果は薄く、いつもこんな様子だ。
しかし義之も義之だ。ムラサキの事は犬とか言っていた癖に何だかんだ言って突き離したりなんかしない。きっと今でも気があるに違いなかった。
それを証拠に今ムラサキの頭を撫でている目が段々と優しくなってきている。そして流れる何か甘ったるい雰囲気。何が犬だ、このたらし男が。
思わず美夏は盛大なため息を出してしまう・・・・・・鬱だ、死のう。
「ほらほらエリカちゃん? 美夏ちゃんが今にも死にそうな顔してるよ。だからその辺にしときなさい」
「でも・・・・」
「エリカちゃん?」
「・・・・・・・はぁい」
「そうそう、やっぱりみんな仲良く―――――ごほ、ごほ・・・・・っ!」
「さくらさんっ!?」
義之が急いで学園長に駆け寄り急いで介抱した。美夏も慌てて其処に駆け寄る。
芳野学園長――――何が原因か分からないが少し体が弱ってしまったらしく、あまり前みたいにはしゃぐ事が出来なくなってしまっていた。
「大丈夫ですか? あんまり無理しないでくださいよ・・・・」
「・・・・にゃはは、心配性だなぁ義之君は。大丈夫だって、またちょっと休めば元気になるから」
「義之、お水」
「ああ、ありがとう杏。悪いけどテーブルの上に置いといてくれ。じゃあ、さくらさん? ちょっとソファーまで運びますよ」
「運ぶって・・・・わわっ!」
芳野学園長を抱きあげた義之は部室に置いてあるソファーまで歩き始める。美夏を抱く時とはまた違った優しい手つきで学園長を抱いている姿
を見ると義之は本当に学園長の事が好きなんだと分かる。
学園長も学園長でそれが嬉しいのか顔を緩ませて微笑んでいる。なんだか――――いい風景だな。ああいう絆というか繋がりというか。見ていて
気持ちが良い。義之のそういう所も美夏は大好きだった。
久しぶりに温かくなる美夏の心。なんだかありがとうとお礼を言いたい気持ちになる。そう、隣から歯軋りの音を聞くまではそう思えていた。
「・・・・羨ましいわ、義之の抱っこ」
「おい」
「絶対今度抱っこしてもらうんだからね・・・・義之。断ったら・・・・家族にあの晩の事・・・・・・・・バラして・・・・・・・」
「外は天気がいいなぁ。桜の葉が舞って綺麗だ」
ムラサキが何かブツブツ言っているが無視する。そして美夏は窓の外に目を向け心を癒した。うむ、やはり醜い物をみた後の綺麗な物は絶品だ。
しかしもう春か。今までの事を思い返すと長かったようなあっという間だったような気がする。楽しい事も辛い事もあったからなぁ・・・・・。
だがハッキリ言えると言う事――――それは今が幸せだと言う事だ。この幸せ、絶対に壊したくない。
「お?」
ひらひらと桜の葉が美夏の鼻に止まる。見れば外には桜吹雪が舞い、絶景を作り出していた。そんな風景を見ると義之との思い出が蘇る。
美夏に義之が惚れてくれたあの雪の日の事。あそこから美夏達は始まった気がする。そしてそれは終わる事は無いだろう。一生続かしてやる。
鼻についたその桜の花ビラを摘み上げ、美夏はふぅっと息を叩きつけて窓の外に帰してやった。
「お前も一人じゃ寂しいだろ。みんなと舞ってこい」
そう桜の花ビラに話し掛け、みんなの輪の中に戻る美夏。みんな――――その言葉も今では美夏の大事な物となっていた。
そしてさくらさんの容態が安定して安心したオレは杏によって買い物係を押しつけられた。ていうか全部菓子じゃねぇかあのロリが・・・・。
まぁ助手の渉がいるからいいか。こいつはドラムをやってるせいか腕の筋肉がオレより太く、力持ちだった。だから何十キロの菓子だろうが
こいつ一人でなら持てるだろう。
そう思って買い物を済ませ全部持たそうと思った所、泣かれてしまった。その薄気味悪さにオレはしょうがなく半分持ってやる事にした。
渉―――というか杏達には結構世話になっていたりもした。美夏が学校で合っている迫害みたいなイジメ。それを見かねた杏と花咲が小恋
と渉を誘って生徒会に協力を申し出た。
まぁ、あまりいい結果は出せなかったがそれでもその行動にオレは深く感謝した。そういった行動自体が美夏の心の支えになるし勇気にもなる。
だから雪村の事を杏と呼んでやる事にしたし小恋にも少しは優しくしてやろうと思った。茜は変に勘ぐっていたので適当にはぐらかしといたが。
そして渉。こいつ程馬鹿でガキで真っ直ぐな奴はいないだろう。美夏の境遇を聞いただけで怒りもしたし涙なんて流しやがって本当今時の奴
にしては馬鹿だ。思わず美夏も苦笑いした程にな。
しかし馬鹿は馬鹿でもこいつはいい馬鹿だ。一緒にふざけた事をするのには最高だし、最近は二人で下ネタ話で盛り上がってる。いいよな、下ネタ。
さっき二人と言ったが杉並はどうしたのか? それが驚いたというか当り前というか・・・・あのいけ好かないまゆきと良い感じらしいのだ。
杉並自体は結構たんぱくな所があるのであまり浮つく様子が無いのだが、まゆきは初めての恋愛なのか結構ご熱心でなかなか離してくれないらしい。
だから自動的にオレは渉の奴と行動する事が多くなった。杉並は今度三人で面白い事をやろうって言っていたが・・・・もう四月だぞてめぇ。
「しっかし義之はいいよなぁ、あんなにモテて・・・・俺もあんな風にモテたいよ」
「前も言ったがいらねぇ気苦労が多いんだよ。茜とか由夢は諦めてるからいいんだけどよ・・・・問題はエリカだ。あんなに
人の話を聞かない女は初めてだぜ」
「それはお前が突き離さないからだろっ! この間だって遊園地に行ったらしいじゃねぇかっ! それも二人っきりっ!
ああ、マジでう・ら・や・ま・し・いっ!」
「・・・・だって行った事ねぇって言うんだ。小さい頃から英才教育ばっか受けてるからそういう所行った事ないんだってよ。
だから記念にだな――――」
「だからって普通抱きあってのプリクラとか撮るかぁ~? 美夏ちゃんに見つかって大変だったみたいじゃん」
「あれは勝手にあいつから抱きついてきたんだぜ? それも見つかったというよりもあの女よりによって美夏に見せつけやがって・・・・くそ」
いつも通りオレに纏わりつくエリカ。まぁそれは日常茶飯事で美夏もある程度なら見ない事にしていたがその日のエリカは物凄くご機嫌だった。
原因は一緒に遊園地に行った事。余程それが嬉しかったのかやけにボディタッチが激しく、さすがのオレも対応に困っていた。
それを見かねた美夏が一喝したところ、エリカは勝ち誇ったようにそのプリクラを見せた。
そして始まる大ゲンカ。オレの為に女二人が争う―――話だけ聞けば羨ましい話だろう。男なら誰もが体験したい事だ。
だがその喧嘩を見てオレはドン引きした。容赦なく眼球を狙うわ、首筋に噛み付こうとするわ、周りにある物を利用するわで見ていられなかった。
ていうか美夏も脇固めなんて使うなよ、それ冗談じゃ済まない技なんだぞ。そしてエリカ、髪を引っ張って膝蹴りなんてどこで覚えたんだお前は。
そしてさくらさんが来るまでソレは続いた。オレの言う事は聞かないのにさくらさんの言う事は聞くんだよなぁ・・・・まぁオレのしてきた事を
思えば当然かもしれねぇけどさ。
「まぁ、あんまり他人の恋路だから口出しできねーけどさ、もうちょっと自重した方がよいんでない? この間の一件があってから美夏ちゃんの
ファンが増えたからさぁ、刺されちまうぞ?」
「―――――ふん、散々美夏の事を苛めてた癖にな。手の返り様はマジで早いぜ。思いっきり面ブン殴ってやりたい気持ちに駆られるよ」
「まぁ、気持ちは分からんでもないけどさ―――あ、わりぃ、ちょっとトイレ」
「ん? じゃあオレはそこのベンチで煙草でも吸ってっから早くしろよ」
「ういうい」
適当に商店街に備えてあるベンチに座り込んで煙草を吸う。学生服だが―――構わない。初音島の人達はいい人達ばかりだ。喫煙ぐらい許してくれる。
それにしてもこの間の一件――――ね、あの時はマジで肝が冷えたわ。美夏も美夏であいつも馬鹿の分類に入る。お人好し過ぎて無鉄砲な馬鹿、それが
天枷美夏だとその時に改めて実感した。
普通は子供を助ける為にトラックに轢かれようとはしない。そういう場面になったら普通の人だったら何も出来ずそれをただ眺める事しか出来ない筈だ。
オレだってそうする。ボールを追いかけて轢かれそうになるガキなんかに興味は無いし自業自得だ。そんな奴を助けようなんざ筋金入りのお人好しか
イカレ野郎の仕業だと思う。まったく、本当に気が知れない。
しかしその行動のおかげか・・・・美夏は一躍学校の有名人になった。前はとてつもなく悪い意味での有名人だったがそのガキを助けた事によって今度は
勇者扱い。奴隷から聖人へのレベルアップを果たした訳になる。
最初オレは怒りまくった。てめぇら昨日言ってた事と今言っている事が違うじゃねぇかと。どれだけ美夏で遊べば気が済むんだと思った。今でもその気持
ちは根深くオレの心に住みついている。
しかしそんなオレを冷静に落ち着かせてくれたのがさくらさん。オレの目を見てこう言った。
『悔しいかもしれない、ふざけるなと言いたいかもしれない、ブン殴りたいかもしれない。でも―――ここは我慢して私に任せてくれないかな?』
ジッと見詰められそう言われたオレは渋々引き下がる事にした。確かにこの事件のおかげと言ってはなんだが美夏はこの事により皆の見方を変えてくれ
たのは確かな事だ。これは―――チャンスなのかもしれない。美夏が安全で楽しい学園生活を送る為には・・・・チャンスなのかもしれなかった。
だからオレは引いた。でも、もしそのさくらさんのやる事が少しでも納得いかなかった場合、オレは全員に喧嘩をふっ掛ける気持ちでいた。
そんな屑みたいな連中に好かれても嬉しくなかったしどうせまた何かあったらすぐに手の平を返すんだ。そんな連中なんか美夏の傍に寄って欲しくなんかない。
そう思っていたオレ―――だがさくらさんは予想以上の事をやってくれた。
知り合いの権力者達にこの事件によるロボットの活躍、誰かの命令ではなく自分の意思で行動した事の重要性を認めさせ、大々的にメディアに発表まで
推し進めたさくらさん。もちろん名前は伏せられたが、初音島の連中なら誰もが知っている存在となった。水越先生も協力してくれたのがでかかった。
結果―――世界が変わった。あれだけ声が大きかったロボット反対派の声は小さくなり、今ではちゃんとしたロボットの為の法律まで出来た。
もうすげぇの言葉しか出て来ない。去年まであれだけロボットに対する目が冷たかったのに今では暑苦しい程までにロボットに対して過保護過ぎる
世界が出来てしまった。
そして物事がトントン拍子に進んでぽかんとしているオレに向かってさくらさんが一言―――――――
『どう? もう魔法はあんまり使えなくなっちゃったけど、私ってそれ無しでも結構出来る女でしょ?』
もう抱きしめるしかなかった。やっぱさくらさんすげぇしか言えないオレ。オレなんかよりも遥かすげぇ位置にいるわこの人と思ったものだ。
桜の木の制御で魔法の力を多く行使しすぎたさくらさんは確かに魔法はあんまり使えなくなった。しかしそれだってさくらさんのハンディになる事は
有り得ない。いや、むしろ燃え上がることになった。何しろこの人は限界まで自分を高めるのが好きだから。魔法が使えない事が逆に火に油を注ぐ事
になり、今でも何かの資格を取る為に勉強中だという。
まぁ、後釜には音姉がいることだし大丈夫だろう。来年には時計塔に行く事が決まってるみたいだしオレも夢に向かって頑張っていかねぇとなー。
「義之様ー!」
「ん?」
そう言って駆け寄ってくるのは―――あのμ販売店の売り子のロボットだった。なんか久しぶりに会う気がするなぁ、最近忙しかったし。
オレの横まで元気に駆け寄って来る。ていうかもう普通の女の子と変わらないな。最初会った時はどこをどうみてもロボットだったが今じゃ
パッと見ただの可愛い女の子に過ぎない。
確か感情のプロテクターの規制が少し緩くなったっていう話を聞いた事があるが・・・・この子の場合それが如実に出ているのかもしれないな。
「よぉ、どうしたんだ? そんなおめかしして誰かとデートか?」
「あ、あわわ、違いますよっ! これから私の買い取り先の家に向かうんです」
「買い取り先?」
「はい、あの人の家に今度からお世話になるんですよ。ほら、あの人です!」
そう言って指を差し示す売り子ちゃん。ていうかあんまり指を差さない方がいいよ、うん。差されているじっちゃんも苦笑いしてるじゃねぇか。
しかし―――普通のじっちゃんだなぁ。今まではほとんど金持ちの親父共しか買っていく姿しか見た事無かったし何か新鮮だな。
そのじっちゃんはお世辞にも金持ちには見えなく、あまりにも普通だった。オレのそんな視線の意味に気付いたのか、売り子ちゃんは何故か自慢そう
に説明をし始める。
「あの人はよくお店に来て頂いていたのですが、ほら、μのお値段って高いじゃないですか? だから買えず仕舞いだったんです」
「まぁ何百万するしな。今は大分値段が下がったみてぇだが――――それでも車一つは余裕で買えるな」
「ですが少しでも安くなったのは事実じゃないですか? それで今回意を決して私を買ってくれたという次第です。もう昨日から楽しみで
私しょうがなかったんですよ」
「ふーん。でもなんであんなじっちゃんがμを欲しがるかね? あの世代の爺さん婆さんはロボットに対して偏見を持ってると思うんだが」
「・・・・どうやら娘さんを事故で亡くしたみたいなんです。それでよくショップに来てあのおじいさんのお話相手をしていたんですが・・・・どうやら
それで私は気に入られてしまった様なんです」
「あー確かにそういう話はよく聞くな」
息子を交通事故で亡くした、生まれてくる筈の赤ん坊を流産で亡くした、そういった理由で動物を飼い始める家族というのはよく聞く話だった。
恐らくあのじっちゃんも同じ理由だろう。例え娘の夫が居たとしてもその夫には人生をやり直すチャンスがある。だからきっとその家には老夫婦しか
いないに違いない。
そしてその時偶々会ったμに心惹かれて新たな家族になって欲しかった。理由としてはそんなもんだろう。
「はい。ですから今度からはあのおじいさんの家が私の居場所になります。頑張ってお役に立とうと思っているんで義之様も応援してくださいね」
「・・・・それはちょっと違うかもしれねぇ」
「え?」
「お前がそこに行くって事は新たな家族になるって事だ。きっとじっちゃんもそれを望んでいる、さっきの理由を聞けばそれぐらい分かるぜ。だから
無理に頑張る必要はねぇよ。お前はお前らしく自然に振舞えばいい。そうすればきっと楽しい毎日が始まるかもしれないな」
「・・・・はい!」
柄じゃねぇ。でもそこだけは勘違いしてほしくない所だ。お前自身を気に入って購入したのに無理にメイドしてたらじっちゃんも困惑しちまうだろうよ。
いつも通りに接すればその内ちゃんとした絆も出来るだろう。血の繋がりだけが家族とはオレは思わない。その環境次第で絆は生まれてくる物だと
オレは考えていた。
そしてあまり時間を掛けて話すのはじっちゃんに悪いと思い、とりあえずこの場はさよならをする事にした。
「じゃあ、またな。元気でやれよ」
「はい、ではまた今―――――ああ、そうだ」
「あ?」
駈け出した足を止め、オレの方に戻ってくる売り子ちゃん。表情は何故か赤らめてもじもじしている。うん、可愛い。
しばらく何か困ったような何か言いたげな様子だったが、懐から紙を出しペンを走らせた。何を書いてるんだろうか。
「こ、これ、私の新しい住所です」
「おう?」
「・・・・よ、よかったら今度遊びに来て下さいっ! それじゃあ!」
ダッと駈け出していく売り子ちゃん。ていうか今度からはそう呼べないな、今度会う時どう呼べばいいか聞いてみるか。
そしてじっちゃんと合流した売り子ちゃんはオレに手を振って別れを告げてきた。オレはそれに片手を上げてじっちゃんに軽く頭を下げ、元の
ベンチの場所に戻る。
そこには何故かいじけた様子で渉が暗い雰囲気を醸し出していた。なんとなくウザい。
「どうしたんだ、渉」
「いいよなぁ・・・・義之は。あんな可愛い子とも知り合いで」
「あ?」
「オレなんか自分でも結構いい方だと思ってたんだけど・・・・お前見てるとその自信が崩れそうだよ、うう」
「確かにビジュアル的なものはいいよお前。パッと見た感じ年下なんかにモテそうだし悪くは無いと思う」
「だ、だろ? なら――――」
「でも無理だ」
「なんで?」
「馬鹿じゃん、お前」
「うわああぁああああんっ!」
泣き叫びながら渉は走って行く。ていうかきめぇ、男の泣き叫ぶ姿なんか誰が見て得するんだよ。オレはベッドの上でしか涙は見たくない性格なのに。
はぁ、とため息をついてベンチを見て、思わず口が引き攣った。そこにあるのは買い出した大量のお菓子、ごちゃごちゃに置かれていた。
渉でさえ持てなかったこのお菓子をオレ一人で持っていく――――そう考えてオレはベンチを思いっきり蹴りあげた。
「あ、の野郎は・・・・死ぬ。オレが殺す」
ぜぇぜぇ言いながらオレは大量のお菓子を運ぶ。なんたってオレがこんな思いをしなきゃいけねぇんだよ、くそったれ・・・・。
つーかこんなに菓子喰うなんてどんな胃袋してやがるんだ。その内豚みたいになってブヒブヒ鳴くようになるぞ。
そうなったら絶対豚って呼んでやる。特に杏なんかはその栄養が胸に行ったらいいのによぉ、あの胸無し女が。
オレはとりあえず罵詈雑言を頭の中でぼやきながら学校への帰り道を歩く。普通ならゆっくり桜の花を見ながら帰れる筈だったのに渉め・・・・。
しかし絶対一人じゃ持てないと思っていた荷物なんだが、案外人間が本気出せば出来ない事は少ないという事実を思い知らされる事になった。
だが絶対こんな事は二度としないと誓う。指なんか血が溜まって紫色になってるし血管が今にも切れそうだ。そしてオレの頭の血管もな。
「じゃあ行くよ、お姉ちゃーん」
「いいよー、ドーンとこぉい!」
「ん?」
その帰り道の途中の通路で遊んでるガキが二人いる。どうやら姉弟の様で仲良さそうにボールを蹴りながら遊んでいた。
オレは小さい頃から既に人嫌いだったからあんな風に遊んだ事なんて無かったなぁ。不良じゃなくて人嫌いだからヤンチャなグループにも
属さなかったし、もちろん音姉なんて以ての外だった。
思い出して少し後悔。音姉はしつこいぐらいにオレに構ってきてはいたが毎回オレは冷たい態度を取っていた。だって当時は本当にウザく感じていたのだから。
「今でも多少はうぜぇけどなぁ。まぁ、たまには構ってやるか。来年には外国に行っちまうし」
あんなブラコンなうざい姉でも居ないなら居ないで少しは寂しく感じる。あっちに行ったら慣れない環境でしばらくはこちらに帰って来れないだろう。
だからたまに孝行してもいいだろう。やりすぎると調子に乗るから程々といった感じで。最近中々朝倉姉妹と絡んでいないしその考えはいいかもしれない。
由夢なんか会う度に小言だしよぉ、お前は姑かっつーの。
「あ・・・・」
「もう、どこにボール蹴ってるのよ!」
「ご、ごめんお姉ちゃん。すぐに取ってくる」
どうやら弟くんが見当違いの方向にボールを蹴ってしまったみたいでコロコロ道路の方に向かって転がっていってしまっている。
にしても気が弱い弟だなぁ、オレとはまるで正反対だ。オレなんか絶対そんな事言われたらそのまま帰ってる、間違いなく。
女なんて調子に乗らせるとずっと調子に乗るからあんまり何でもハイハイ言わない方がいいのによ。まぁ、ガキだから仕方ないか。
そんな二人のやり取りを見て先を急ごうとして――――向こうの道路からトラックが走ってくるのが見えた。
瞬間、オレは駆け出した。ガキの方はそのボールの方に視線を集中しているせいかそのトラックが見えていない。姉貴の方も同じだ。
「・・・・ハァ、ハァ・・・・・!」
思い返すのはこの世界に来た最初のきっかけ。オレはクソガキを庇って死んだ。もう二度とやらねぇと心に誓ったあの日。
体が引き裂かれるような痛みと喪失感と―――五感が無くなるあの絶望感。思い出すだけで恐怖で心が支配された。
しかしオレはこうして今走っている。ガキを助ける為に。なぜだ、あんな身内でもなんでもねぇガキを助けて何になる。
そう走りながらもオレは自分に問いかけ――――唐突に理解する。ああ、そういう事か。くそったれ。
オレは家族が好きなんだと思う。身寄りの無いオレにとってはさくらさんがオレの絶対的な味方だった。いつも嫌われる様な行動ばかり取っていた
オレに対してさくらさんはいつも包み込む様な優しさで接していてくれた。
思えば美夏に対してもそんな気持ちがあったのかもしれない。誰も味方してくれないロボットという在り方、オレにはそれが許容出来なかった。
だから美夏を守ってやりたくもなるし可愛がってやりたくもなる。まぁ、結果的に恋しちまったから今となってはどうでもいい事だ。
そして、今まさにオレはそれを守ってやるためにこうしてまた息を荒げながら走っている。本当―――柄じゃねぇ。
「・・・・ハァ、ハァ、ち、ちく・・・・しょ・・・・間に合わな―――――っ!」
駄目だ、間に合わない。距離があり過ぎた。これ以上速くは走れねぇ・・・・!
前は助けてやれたのに今回は無理だってか? ふざけるなよ、だったらこんな光景なんかオレに見せつけるんじゃねぇよっ!
心臓がばくばく言っている。くそったれ、諦めたくねぇのにそのトラックは段々距離を縮めていきそして――――
「危ないっ!」
「わっ!」
そこに現れた茜によって助けられた――――瞬間、目の前をトラックが通り過ぎる。あともうちょっと踏みだしていたらと思うと・・・・想像したくねぇ。
オレは駆けていた足をゆっくり止め深く息をついた。こういう時に喫煙者は不利だ。すぐに息があがっちまう。ぜいぜいと息の調子を整えた。
そんなオレに気付いたのか、茜は驚いた顔でこちらを見ていた。
「へっへ~、いいもの見ちゃったにゃあ」
「・・・・うるせぇよ。きりきり歩きやがれ」
「やぁん、もう照れちゃって。まさか義之君にあんな所があるなんて・・・・ねぇ?」
「だから知らねぇって」
どうやら渉は先に学校に行ってしまったらしく、オレを置いて行った事に気付いてなかったと言っていたらしい。後でブン殴ってやる。
それを聞いた茜が心配でオレを迎えに来てあの現場に居合わせた。そういう話だったみたいだ。エリカの時といい、こいつはここぞって場面に居るな。
普通なら美夏かエリカが来そうな場面だと思うがその二人はどうやらまた喧嘩をし始めたらしく、どこかへ行ってしまったという。
「それにしてもあの子はいい子だったわね。私の事を綺麗な彼女だって勘違いしてたし、助けた甲斐があったってもんよ」
「オレははっきり違うって言ったんだがな。なのにお前が彼女って言い張るからあいつら混乱してたじゃねぇか」
「えー別にいいでしょぉ? どうせ義之くんはもう私にはあんまり興味無いんだしぃ」
「おい、ひっつくなよこのタコ」
オレの右腕に絡んでくる茜。八対二の割合でオレの方が多く荷物持ってるんだから辛いのに。バランス取れねーからあぶねーっつーの。
オレが嫌がる素振りを見せても茜は引く気は無いらしい。まったく、エリカとようやく離れたと思ったら今度はお前かよ。
久しぶりに感じる茜の感触はどこか懐かしい感じがする。そういえば彼女出来る前はこうやっていつもくっつかれていた事を思い出した。
あの時は変態痴女だと思っていたが――――いや、今でもあんまりそのイメージは変わらないかもしれない。
「べっつにいいじゃん。最近はエリカちゃんにこのポジション奪われちゃったし・・・・たまには私にいいことしてもよくない?」
「勘弁してくれ、茜。最近美夏の機嫌が悪くなる時が多くて参ってるんだ。このままだとオレはまた刺されるかもしれない」
「それは義之君の今までの行いの所為ね。あっちに手だしてこっちに手だしてだったからツケが回ってくるのよ。まぁ、いい気味ね」
「・・・・うっせ」
「それに今は私、茜じゃないよ。ちゃんとした名前で呼んでくれないと嫌なんだから、義之君?」
「なんだ、てめぇまだこの世に居たのか。さっさと成仏しろよな」
「あ、ひっどいんだ~!」
これも結構驚いた事なんだが―――藍はまだ茜の中に巣食っているらしい。多分悪霊か何かの類に違いない。未練か何かを残しているから
あの世でも拒否されていることは分かり切っていた。
前に本人に聞いた事がある。どうして消えないんだと。桜の木が完全に散ったということは魔法の力なんて無いという事だ、おかげでオレも
饅頭がうまく出せない。思いっきり集中すれば出るがかったるいからあんまり好んで使用はしなくなった。
元居た世界から切り離されこっちの世界に居た桜内義之が居なくなった今、完全にオレは桜の木から生まれたというファンシーな存在では無く
一人の人間として存在していた。だからオレの場合は分かる、しかし藍の場合は何故だか分からない。
だから気になって藍に聞いたところ―――
『え、気合いだけど?』
そういうふざけた返事が返ってきた。そうか、気合いで何とかなるのは知らなかった。まぁ結局いい学校に行くとか運動で勝つのも案外気合い
で何とかなるのものだし似た様な感じなのかもしれない。それが霊に通じる論理かどうかは知らないが。
話を聞けば小さい頃に水難事故で死んだみたいだしこの世を謳歌するのも悪くないだろう。こんなどうしようもない世界だが楽しい事を見つけよう
とすればいくらでもそれはある。茜にはたまったもんじゃないがオレにはどうでもいい事だ。
「大体最初は私が義之くんとえっちする筈だったんだけどなぁ。いつの間にかエリカちゃんに先を越されてるし意味わかんない」
「そんな約束してねーよ。お前が勝手に言い出しただけじゃねぇか」
「私のファーストキスを奪った癖に・・・・つれない返事ね」
「それもお前が勝手にしてきただけだ。いきなりディープなんてかましやがって・・・・」
「――――勃ったでしょ? ていうか今現在進行形でそういう状況になってるでしょ、んん?」
「ぶっ」
吹きだしてしまう。その体通りなんていやらしい女なんだろうか。オレは美夏みたいな純情な女が好きだというのに・・・・・まぁこういう
タイプも嫌いではないけど時と場所は考えてほしいものだ。腕なんか胸に埋もれてるし。
だからさっきから腕に当たってくる胸に反応して不埒な欲望が少しだけ出てしまうのは仕方のない事、男だったら正常な反応だと思う。美夏も
エリカも茜の領域に突入してねぇからなぁ、その反動か知らないが組まれた腕を振り払わずその感触を楽しみたくなる、ちくしょう。
「まぁこういう現場を美夏ちゃんとかエリカちゃんに見られるのはイヤだからそろそろ離れるわぁ。特にエリカちゃん最近怖いしぃ」
「あ――――」
「ん~? なになに~? 少し寂しいと思ってくれたの~? まったく義之きゅんは寂しがり屋でえっちなんだからぁ」
「ああ、もっとそのでかパイを楽しみたい。触らせろ」
「・・・・・・」
「ぐぉおおお・・・・・」
スネを蹴られた。オレとしては素直な感想を言ったまでなんだが藍には不評だった様子。だってお前の胸ってマジででかいんだもん。
藍はプリプリとした感じで先に行ってしまった。まったく、洒落の通じない女だ。エロ担当なんだから面白い返しぐらいしてくれればいいのに・・・・。
まぁ―――なんだかんだいってまだまだこの世界に居る様だし、また今度絡んでやるとするか。
「あーそこ違うでしょー? そこの論法はそうじゃなくてこうあるべきなのよ」
「あ? それじゃ万人に伝わらねぇだろ? 凝った文章も嫌いじゃないがパッと見で分かった方がいいべ?」
「向こうは私達の論文みたいなのを飽きるほど見て来てるわ。だから子供だからって舐められない様にしなきゃ」
「それは一理あるかもしれない。だがそういう方法を採るとなると完璧にその文を完璧に仕上げなきゃならねぇ。そんな知識と
腕は悪いがオレ達は持ってないだろ? だったら無理して背伸びなんかしたら足元が絶対に滑る」
「そ、それはそうかもしれないけど・・・・・」
カキカキカキカキカキ。
「ムラサキ様、コーヒーです」
「あら、ありがとうイベール――――うん、相変わらず美味しいわ。その調子で精進なさい」
「お褒め頂きありがとうございます」
「ってなんでムラサキが此処にいるのだ!? お前が気軽に入っていい場所じゃないんだぞ此処はっ!」
「相変わらずうるさいお猿さんだこと。ほら、このプラカードが見えない? 正式に私は見学者としてここに寄らせてもらっていますの。だから
いちロボットにあれこれ指図される覚えはないんですのよ、このエテ公」
「な、なんだと――――――っ!」
「美夏様、落ち着いて下さい。研究室であんまり騒がれるとまた水越博士がお怒りになりますよ」
「い、イベールまで・・・・・」
「それに比べてイベールは大したものね。私の宮廷でもここまで礼節が出来て味に深みのあるコーヒーを出せるものはまずいないわ。大したものよ」
「重ね重ねお褒め頂きありがとうございます」
「な、なんで美夏がこんなにアウェーなのだ・・・・」
カキカキカキカキカキカキ。
「勇斗、お前飽きないか? こんな場所に居て」
「いえ、全然平気です。見た事ない物がいっぱいあって退屈しません。しかし逆にボクなんかが此処にいてもいいのでしょうか・・・・」
「別に気にする事はない。ちゃんとプラカードが首から下がっているっていうことはお許しが出ているって言う証拠だ。堂々としてりゃいいんだよ」
「は、はぁ・・・・」
ピクッ。
「大体お前は義之の傍に居過ぎだ! こんな所まで着いてきおって・・・・いい加減にしろっ!」
「なんでアンタに命令されなきゃいけないのよ。私が居て迷惑なんかした事あったかしら? 義之からはそういう話を聞かされた事はないですけど?」
「美夏が大・迷・惑なのだ! 何が悲しくて昔の女みたいな奴が彼氏の周りをうろちょろしているのを許容しなければいけないのだ!」
「・・・・ふぅ、心の狭いロボットさんだこと。これじゃ義之が可哀想だわ。いくらお情けとはいえこんな女を脇に置いておくなんて・・・・報われないわね」
「そ、それはお前の事だーっ!」
・・・・カキカキカキカキカキ。
「しかし委員長は眼鏡していないと印象変わるなぁ」
「ん? ああ、たまにはコンタクトもいいかもってね。こっちのほうが色々楽だし」
「・・・・可愛いぜ、委員長の素顔」
「な・・・・・!」
「なんか仕事の出来る女って感じでいい。おまけに勇斗と絡むと本当に母性的な女性って事が一目で分かる。案外多いんだぜ? 子供好きな
女の子がタイプな男って」
「な、な、な・・・・・!」
「お兄さん、お姉ちゃんの彼氏になってくれるんですか!?」
「あ? オレにはもう彼女居るからそれは無理だ。あくまで一般論、しかし本気で言っている」
「も、もうっ! すぐにそうやって私を弄るんだから!」
カキカキカキカキ。
「私の事? はっ! それは無いわね。何かの間違いで貴方が義之の傍に居る事は明白・・・・ありえない事だわ。だからその間違いに気付かせて
あげようと思って私は義之の傍に居るの。一生ね」
「そこまで妄想が出来るとはさすがお姫様、世間知らずで自分には都合の悪い所を見ないだけある。というか何時国に帰るんだお前は?
お前みたいな没落貴族なんかでも向こうに帰れば外面的にだがチヤホヤされるぞ? お前の大好きのな」
「・・・・言ってくれるじゃない、出来そこないのロボットの癖して。あなたこそよかったわね? こんなにも都合のいい世界が出来ちゃって。
テレビショ―かなんかに出た方がよろしくなくて? きっとピエロみたいにお茶の間を賑やかしてくれる事でしょうに」
「・・・・言ってくれるな」
「いえいえ、貴方のどこの生まれだかしれない稚拙な言葉使いには遠く及びませんわ」
「・・・ふふふ」
「うふふ」
・・・・・カキカキカキ。
「義之様、お茶です」
「ん、ありがとうイベール・・・・・ふぅ、ちょっと目が疲れたかな」
「少し頑張り過ぎなのでは? 確か提出期限はまだ一ヵ月先程だったような気がしたのですが・・・・」
「誰かさんが言ってくれた事をもうさくらさんがやっちまったからな。少しでも焦って頑張ってさくらさんに追いついて『ロボットの存在をも変
えてしまう』立派な人物にオレはならなきゃいけねぇ。だからこうして少しでも密度の濃い文章を頭を捻って考えている。なぁ、イベール?」
「・・・・うふふ、覚えてくれていましたか」
「ああ、しっかりとな。だから休日返上してここで勉強って訳だが・・・・前途は多難だ」
「無理せず頑張って下さい。沢井様も」
「うん、ありがとうね。イベール」
・・・・カキカキ。
「って、また私の義之がまた他の女とイチャついてるわっ! 許せな――――」
「だから美夏の彼氏と言ってるだろうが! いい加減自分の国に帰れっ!」
「貴方こそ早く元の場所に帰りなさいっ! 機械屑の中にねっ!」
「な、こ、このなんちゃって外人がーっ!」
「誰がなんちゃってよ、また泣かしてやろうかしら!?」
・・・・カキ。
「またお兄ちゃんを巡って争ってるね、お姉ちゃん達」
「放っておけばいいんだよ。あれがアイツらの距離感の取り方だ。お前も頑張って女作れよ?」
「ちょっと、勇斗に変な事教えないでくれる? この子はちゃんとした大人になってもらうんだから」
「おーそういえばブラコンの姑が居たか。勇斗、たまにはちゃんとビシって言った方がいい。でないといつまで経っても弟離れ出来なくて
中学生になってもホック締めてくる女になるぞ。嫌だろ、そんな姉」
「はは・・・・」
「ちょ、ちょっと私はブラコンなんかじゃ・・・・!」
・・・・・
「な、泣いた事なんて無いぞ美夏はっ! お前の勘違いじゃいのか!」
「何を今更――――子供みたいに鼻水垂らして泣いてじゃない。とてもじゃないですが見苦しくて見ていられませんでしたわ」
「こ、この女・・・・っ! 表に出ろっ! その顔面をボコボコにしてやる!」
「いいでしょうっ! こんな狭っくるしい場所じゃなくてもっと広い所へ行きましょうか? ここじゃ貴方の得意なお猿さんみたいな動きは
出来ないでしょうから」
「ふん、確かにここは狭っくるしいな。よし隣に移動するぞ!」
「ええ」
――――バキィッ!
「あ、あ、あ、アンタ達うるさぁぁーーーーーーーーーーーーーいっ!」
「ん?」
「え?」
「む?」
何故かいきなり怒りだした水越先生。オレと委員長は目を合わせて怪訝な顔付きになる。いきなりどうしたのだろうか。
シャーペンなんかも根本から折れちまってるし顔なんか鬼のようだ。
「ここは託児所じゃないっつーのっ! なのにあんたらときたら騒いで騒いで騒ぎまくってっ! いい加減にしてちょうだいな!」
「す、すいませんでした!」
「え」
「と、とりあずここから出ていきます。本当にすいませんでした!」
「あ、ち、ちょっと待ちなさいっ!」
謝りながら部屋を出ていく勇斗。あいつは責任感がオレらよりも人一倍大きいから何か感じる所でもあったのだろう。
慌てながらそれを引き留める水越先生。ていうか勇斗もあんまり気にしなくていいのなぁ、一番小さいんだし少しぐらいはしゃいでもいいだろうに。
まぁ、確かに騒ぎ過ぎたかもしれねぇ。いくら今日が日曜日とはいえ少しはっちゃけ過ぎた感はあった。
「あ、水越先生。少し聞きたい所が――――」
「はぁ、なんでこの研究室に義之くんのカキタレみたいな人達が集まるのよ。冗談じゃないっての」
「わ、私はカキタレなんかじゃありませんからねっ!」
「はいはい。で、何、どうしたの?」
「少しここの意味が分からなくて。空気制御機関の所なんですが・・・・」
「ん~? どれどれ」
こうやって何時もオレと委員長は水越先生に勉強を見て貰っている。餅は餅屋、その専門の人に教えてもらった方が効率がいいという結論にオレと
委員長は達した。水越先生もなんだかんだで忙しいのによく引き受けてくれたもんだ。
きっかけは放課後オレが珍しくも一人で機械工学の本を読んでる時に委員長と会った時だった。その時に委員長が将来はそういう道に進みたい事が
分かり夢は道連れという事で一緒に勉強する事になった。
まぁ、そんなこんなで勇斗は仕方ないにしてもエリカまで来たのは予想外―――では無かったが気付いたら研究室にまで着いてきており、イベールと
意気投合したのかよく二人で話す所を見掛ける。そして段々美夏の居場所が狭くなってきて本人はそれを嘆いていた。すまねぇ、オレが不甲斐ない彼氏
なばっかりに・・・。だってアイツ意外にもオレの言う事あんまり聞かねぇんだよ。最近のエリカのオレ様ぶりには参る。
マジで誰に似たのか・・・・今でもエリカは出身国も含めて色々疑問が尽きない女だった。
「あーあ、義之が構ってくれないからつまらないわね。天枷さん、何か芸をしなさい」
「自分の顔を鏡で見ればいいだろう」
「・・・・ふざけてるのかしら?」
「あー、もうっ! また騒ぐようなら出ていってもらうからね!」
「むぅ・・・・」
「はぁい」
ヤル気の無い二人の返事にため息をつきながらも委員長の質問に答えていく水越博士。優等生タイプの委員長には教えやすいだろうなぁ、オレと違って。
水越先生が言うにはどうやらオレには偏屈な所があるらしく、教えにくいだそうだ。そんな気はないんだが事実そう言われてしまった。まぁ元から捻くれ
ている性格だし今更だろう。諦めてもらうしかない。
「あ、オレも分からない所があるんですが・・・・」
「えー・・・・」
「なんで嫌そうな顔するんですか? 教えて下さいよ」
「だって貴方妙に変な所で切り返してくるから苦手なのよ・・・・。確かに学者タイプではあるわよ? だから余計に教えにくいの。学者は学者に
物を教えられないってそういう事よね」
「ただ単にオレに教えるのが嫌なだけじゃないんですか?」
「・・・・・」
「え、なんで黙るの?」
「うーん・・・・」
何故か悩むように腕を組む水越先生。オレってもしかして嫌われてるのだろうか。まさか前からそういう節はあったが―――本気だったとは。
確かに今まで情けないシーンしか見られていない気がする。あちこちの女に目移ろいしたり刺されたり刺した女を傍に置いておいたり・・・・あまり
良いイメージは確かに持っていない気がする。
少しショックを受けてしまうオレ。そんなオレにパンと手の平を打ち合わせながら名案とばかりに水越先生が喋り出した。
「そうだわ、何か面白い話をして」
「・・・・は?」
「滑らない話、笑える話、信じられない様な話、何でもいいわ。最近そういう話がめっきりなくてねぇ、義之くんなら何かあるでしょ?」
「なんでオレがそんな――――」
「別にいいでしょ、これだけ私の研究室で騒いでるんだから。もし私がウケるような話をしてくれたらちゃんと勉強の面倒を見るわ」
「あ、私も聞きたいな。なんか桜内ってそういう話持ってそう」
「おいおい、委員長まで・・・・・」
「お、なんだなんだ。また義之が面白い話をしてくれるのか?」
「義之ってそういう話いっぱい持ってるものね。是非私も聞きたいですわ」
外野がガヤガヤと騒ぎ出す。なんつー薄情な連中だ。一人ひとりに話すのと集団に話すのでは訳が違うんだぞ、皆に受けるような内容を話す
というのは頭を使わなきゃいけないしそれぞれの個性を分かっていなければいけない。
大体オレの体験談で面白い話なんかねぇよ。ケンカの話か美夏とのいちゃいちゃ話しか無い。ケンカの話が好きっていう女子供なんか居ないし
他人の彼女の惚れ話を聞くほど詰まらない話はない。
さて、どうしたものかと考え――――一つ思い当たる話があった。
信じられない様な話、だが事実。そんな話がオレにはあるじゃねぇか。そしてちょっとメルヘンホラーっぽいしきっとウケるだろう。
オレがこの話をした時の反応を想像すると楽しいな、おい。
そしてオレは話し出す、とっておきのその面白い話を。
「実はオレってさ―――別の世界から来た人間なんだよ。そう、例えるなら道から道へひょいって飛び移る感じでオレはここに来た」
終劇