「グスッ・・・ッグ・・・うう・・」
「・・・」
兄さんが家を出た後、私は居間に戻った。お姉ちゃんはさっきの事がショックで泣き崩れていた。私も泣きたくなった。
しばらくは私も茫然としていたがとりあえず凍り付いた頭を解すために先程起こった事を思い出した。
さっきの兄さんはいつもの兄さんじゃないように感じた。怒ってるならまだいい。土下座してもいいから謝る、そうすれば大体の人は怒りを治め許してくれる。
だがさっきの様子を見ると怒ってる様には感じられなかった。普段からああいう態度を取ってるかのように自然に感じられた。それが信じられなかった。
「ほら、お姉ちゃん、学校へ行こう?遅刻しちゃうよ」
とりあえず私はそういってお姉ちゃんを促した。兄さんに何があったかは知らないがこのまま家にいてもしょうがない。
時間はもう7時30分、いつもの登校時間より遅い。正直私は先程のショックから立ち直ったわけではない。
学校なんか行かないで部屋に籠りたい気分だ。兄さんともちゃんと話をしたいが、話しだすと泣いてしまう可能性があった。
今は兄さんの顔は見たくなかった。ただただ許してほしいという気持ちでいっぱいだ。だけど――
「・・・・・・私、弟君に、嫌われたのかなぁ・・・」
そう泣き腫らした顔でそういった。いつものお姉ちゃんの面影はなかった。不安で押しつぶされそうな顔になっていた。
そうだ――とりあえず今は私だけがなんとか冷静でいられた。普段私がお姉ちゃんに頼りっぱなしな分、ここは私がこの場を動かさないと。
「そんな訳ないじゃないですか、ありえないですよ。たまたま虫の居所が悪かったんですよ。兄さんももうすぐ本校の生徒になるお年頃です
し・・・色々恥ずかしかったんですよ」
「・・・そうかなぁ」
「そうですよ。ほら、顔を洗ってきてください。そんな顔で学校へ行ったらまゆき先輩に何言われるか分かりませんよ?」
「・・・うん」
頼り気ない足取りで洗面所へ向かっていく姉の背中を見ながらため息をついた。
気分が重い。あんな事があった後だ、無理はなかった。そしてだんだん冷静になってくると途方もない寂しさが募る。
「あれ?」
気がだいぶ落ち着いてきたのだろう。その場に座り込んでしまった私。頬に一粒涙が流れた――――
「あー・・・」
朝コンビニで適当にハンバーガーとジュースを買い店を出た。来る途中誰にも声を掛けられなかったのは運がよかった。
しかし参ったことがある。オレの席だ。クラスは生徒手帳が入っていたので間違わずに済んだし、下駄箱も出席番号の順で並んでいたから迷わなくて良かった。
クラスに入ってオレの席を見ると先客がいた。鞄から教科書を取りだして机の中に入れていた。その机はオレの席じゃなかった。
どうやらここでのオレの席はまた別な場所らしい。オレはため息をついた。
「どうしようなぁ」
「あら、どうしたの義之」
「ん?」
振り返るとちっこい背の女子生徒がいた。見覚えがあった。確か2年の時1度だけ一緒のクラスになった雪村杏という名前の女だった。
3年になったらまた別のクラスになり特別な交友関係はなかったので喋った記憶がない。というか大体杉並としか喋った記憶しかなかったが。
「――ああ、ここ最近幸せすぎてどうやら記憶喪失になっちまって自分の席忘れちまったんだよ、ウケるだろ?」
と笑って言ってやった。それに対して雪村はやはり当時と変わらない無表情――いや、違っていた。明らかに表情が出ていた。笑っていた。初めてみる表情だった。
「そ、私の隣の席だからあまりにも幸せでボケちゃったのね・・・かわいそうに」
と言いオレの頭を撫でようとして手を伸ばした。オレは手を払った。
「あら、つれないわね」
「生憎公衆の面前でいちゃつく気はないよ。オレは慎ましい性格なんでな・・・よく腕とか組んで歩くカップルがいるが、頭がフッ飛んでる
ようにしか感じられない」
「そうかしら、人の愛情の表現はそれぞれよ。まだまだ勉強し足りないわね」
そう言い雪村は自分の席についた。その隣がオレの席と雪村は言った。前は一番左端の一番後ろだったが今度ここで座る席は、やや真ん中に近い席だった。
憂鬱になるような席だ、まぁ一番前じゃないだけマシかと思い席に座った。オレは朝買ってきたものを机の上に出し、食べはじめた。
「コンビニ弁当なの?義之にしては珍しいわね」
多分雪村とここにいたオレは仲がよかったのだろう。空気、態度、オレに対して表す仕草、それですべて分かった。
よく見れば顔にはまだ笑みが浮かんでる。あの無表情の雪村がここまで態度に出す仲のよさげな雰囲気。またもオレは憂鬱になった。
「たまにはいいと思ったんだよ。毎日健康な食事ばっかりじゃ頭が腐っちまうからな。たまにはこういったジャンクフード気味のが食べたくなる」
「知ってた?アメリカじゃあそういった食べ物は減りつつあるって。ようやく自分たちの食生活が間違ってるって事に気付いたのよ。昔から続いてる習慣
だからってろくに調べなかったツケね。そして今じゃ日本の方がジャンクフード帝国になりつつあるのよ」
「そうかよ」
「この間、日本人はリンゴに含まれるポリフェノールをもっと採るべきだとアメリカ人が怒ってたわよ、テレビで」
そう笑ってオレに話した。欧米人の食生活、多人種のせいで更に滅茶苦茶な食生活になっていた。そんなやつらが健康を謡っている。笑えなかった。
「奴らはそういってアップルパイまるかじりする人種だろ。節度を守ればいいって話なだけだ。なんでもかんでも極端なんだよ」
そうしてオレはさっさと食事を終わらした。さてと、と言いつつオレは腰を上げた。そろそろ話すのもかったるくなってきた。
友達オーラがひしひしと身体に伝わって気が滅入ってきた。席を教えてもらうだけの予定だったが、少し話しこんでしまった。
途中からいつ話切りあげようかと思っていたが終わりそうにない。強制的に話を終わらす意味も込めて席を立った。
「ん?どこにいくの?」
「トイレだよ。なんならトイレにまで付いてくるか?」
「・・・そう」
そう言って多少納得がいかなそうな顔をしながらも雪村は鞄を漁り本を取りだした。題名から察するに恋愛小説のようだ。
読んでいる途中なのだろう、しおりが挟んでおりそのページを開いて読み始めた。
「ねぇ、義之」
「あ?」
そういってオレは振り返った。雪村は読んでいる本から顔をあげてこちらをみている。どこか挑むような目つきをしながら。
「少し感じ悪いわよ、今日」
「そうでもない」
そうそっけなく返すと、今度は心配してますよな目でオレに話しかける。あの無表情、無感情的な雪村・・・がとオレは思ったがここは別な世界。
些細な違いがあるのは分かっている。だが、ここまで感情は露にするのは初めてみた。オレはまたもや憂鬱になった。
そういったものは他の奴とやってくれと心底思う。
「そうでもあるの。何かあったの?」
「なにもねーって」
「嘘ね」
「・・・」
オレは相手するのもかったるくなって歩き出した。雪村はまだ話を続けようとしたが放っておいた。オレは扉に手をかけた。
すると勝手に扉が開き女子生徒が入ってきた。恐らく同じタイミングで扉を開けてしまったのだろう。向こうは驚いた顔をした。
「っとーびっくりした・・・。もう気をつけてよね、義之」
そう言い顔を膨らます相手。その人物は月島小恋。オレの幼馴染であった人間だ。であったというのはそれほど付き合いがあった人物ではなかったからだ。
小さい頃はよく遊んだりもしたが由夢と同じで成長するにつれ喋らなくなった。元々引っ込み思案な彼女だったがオレが無視するにつれ、絡むことはなかった。
涙目で周りをうろちょろしてた事もあったが、オレが完全に相手にしないと分かったのか気付いたらオレから離れて行った。それ以来かもしれない、こうやって
言葉を掛けられたのは。
「小恋、捕まえて」
「えっ?えっ?」
「いいから早く捕まえなさい」
「え――と、え、えいっ!」
雪村は小恋にそう言った。小恋は最初は何が何だか分からないという風ではあったが、場の勢いでオレの腕を掴んできた。
(今日はやけにボディタッチが多いな、オレ)
そう思いため息をついた。雪村はにやにやしながらオレに近づいてきた。小恋は小恋でオレの腕を掴んでなぜか離さない。気が更に重くなった。
「ふふ、捕まえたわ義之」
「あ、杏、なにがあったの?」
「それを今から洗いざらい話してもらうのよ、さ、義之、席に戻るわよ」
「待て――」
言い掛けた瞬間に、次々にクラスメイトが入ってきた。時間も時間だからそろそろみんなが集まり始める頃なのだろう。
みんなかったるそうにクラスに入ってきて席に座り始めた。
「おーっす、朝っぱらからなにやってんだよ」
「おっはよーみんなぁ!な~に、朝からもしかして修羅場ぁ?」
そう言い近づいてくる人物が二人。板橋と花咲だ。喋ったことはなかったが目立つ人物達だ。名前と顔ぐらいは知っていた。ニコニコしながら話かけてきた。
「っか~なんで義之ばっかりぃ~!うらやましすぎんぞぉ~このやろー!」
「板橋くんはしょうがないよぉ~そういうキャラだしぃ~」
「そういうキャラってどういうこと!?もしかして友達以上でもなくて恋人未満以前の問題で友達でいようねとか言われるタイプの事!?」
「分かってるじゃない~」
「うわーん!おれって、おれって・・・・・!」
だんだん周りがワイワイ騒ぎ始めた。慣れない感覚。このざわざわする身体の疼き。明らかにオレの身体が拒否反応を示してる。要はじんましんみたいなものだ。
慣れないこと、嫌悪感に反応するオレの身体。オレは参った。
「それでぇ~、何があったの~?」
花咲がそう問いかけてきた。じゃれあいが終わったのか板橋もオレの方に身体を向けてきた。目はどんなおもしろい事があるんだよと期待していた。オレは無視した。
「離してくれないか?」
「えっ、で、でも」
「離しちゃだめよ小恋、また逃げられるわ」
「え~?なにがあったのよぉ、あ、また何かやらかしたんでしょう~義之君」
「え?なになに?オレなにも知らされてないんですけど?」
「渉はきっと仲間外れにされたのね、かわいそうに」
ふふと笑い雪村は板橋をみた。板橋は過剰反応するかのように腕を振って応えた。
「な、まじかよ!マジ親友のオレを差し置いてそんなことするわけねぇよなっ!義之!」
「そう思ってるのは貴方だけかもね」
「そ、そ、そ、そんなはずはねぇー!」
「どもるってことは、自分でもうすうす感づいていたのね」
「分かりやすいなぁ~板橋君は~」
「くっそ~みんなしてオレのこといじめやがってぇ~」
ああ、本当にいい友好関係だったんだな、オレって、と心底思う。人生経験でこんな雰囲気は幼稚園以来だ。なつかしくて涙が出てきそうだ。
だがそろそろ終わりにしたほうがいい。楽しい時間が続くと不安になるからなぁ、これから先、もしかしたら起きるかもしれない楽しい時間を使いきっちゃいそうで。
そんなことはあっては駄目だ。やっぱり楽しい時間は後にも先にもなくちゃいけないから。そう思い――――掴まれてる腕を思い切り振って板橋の方に放り投げる。
「――キャッ!?」
「っと!!」
「ちょ―――」
「――――ッ!」
みんなそれぞれの反応を返した。板橋はというといきなりの事で、すこしたたらを踏むがなんとか小恋を受け止めた。雪村と花咲はいきなりのことで面くらっていた。
板橋はブン投げられショックだったのか、涙目になった小恋の安否を気遣った。なんの怪我がないと分かってホッとすると――――オレを睨みつけた。
「おい、義之」
目には怒りが籠っていた。許さない、殴りたい、なんでという気持ちが織り混ざってるのが見て取れた。
「なんでこんな真似しやがった・・・」
「オレは離してくれと言ったんだがな、そいつが離してくれなかった。乱暴だったかもしれないがオレは特に悪いことをしたと思っていない」
「ざけんなっ!怪我でもしたらどーすんだよてめぇ!」
「そうだな、慰謝料でも払うか。でもオレは悲しいよ、オレは腕を捕まえられて嫌がったんだ。だけどお前らはそれを無視した。友人だと思っていた奴らに
嫌がらせを受けたんだ。精神科にでも行かない限りこの傷は治りそうにない」
「なっ!で、でも嫌だからって、何も振り飛ばすこたぁねーだろ!」
「そ、そうよぉ義之君!大丈夫小恋ちゃん?」
「グスッ・・・うう」
「・・・」
まわりは騒然となった。板橋はオレを睨み付け、花咲は泣いている小恋を慰めている。雪村はこの状況をどうにかしようとせわしく目を動かしていた。
「かったりぃわ」
「なにっ!?」
「じゃあな」
気分は転校デビューを失敗したかのような気分だった。転校などはしたことないがオレからしてみればそれと同じ感覚だ。些細な違いどころではなく全く違う環境。
慣れるとは思わなかった。オレは踵を返して屋上に向かい歩きはじめた。もう授業など知ったこっちゃない。おれはまたため息を一つ吐いた。
「まてよ!」
そういい肩を掴まれた。そうとう怒りが籠っているんだろう。ギリギリと掴まれた肩が痛い。オレは少し顔を歪めた。
「話はまだ終わって――」
「手を離せよ」
「あ!?なに――」
「離せって言ったんだ」
そう言って膝を叩きこむ。うめき声をあげて倒れる相手、さらにざわめく教室。花咲と雪村は驚きで固まり、その状況についていけないのか泣きやんで呆然とする小恋。
いいところに入ったのだろう、板橋は立ちあがる様子はなかった。
「な!?ちょっと大丈夫板橋君!?」
「グ・・・ァ・・」
「大丈夫だろ、単にいいとこに入っただけだ。折れる感触もなかったし意識もある。大したことない」
キッと板橋を介抱しながらオレを睨みつける花咲。特になにも感じなかった。
「じゃあな」
「ちょ、ちょっと桜内!?」
眼鏡をかけた真面目そうな女が叫んだが無視した。オレは再度の別れの挨拶をしてクラスを出た。小恋は再度泣きだし、雪村はずっとオレを見据えていた。
「ふぁ~あっと、今何時だ?」
あの教室の出来事の後、屋上に来たオレは昼寝をしていた。冬だというのに暖かい天気で雲ひとつなかった。体感温度で22度ぐらいの気温、風は無く、眠るには絶好の日和だ。
目が覚めたオレは身体をコキコキ鳴らしつつ立ちあがった。時計は無く、携帯で時間を調べた。12時20分、お昼時だった。未読メールが4件あったが無視した。
眠る前に見たメールの2通は小恋からのメールで「どこにいるの」とか「ごめんね」とかそういった類のものだった。
謝るなら最初から腕なんか掴むなよと思いつつ素直に睡眠欲に負け、横に転がったのだった。
「腹へったなぁ・・・食堂にでもいくか」
腹の虫が鳴った。オレは何を食うか考えつつ食堂に向かって歩きはじめた。階段を一つ飛ばしで降りて行き、廊下に躍り出た。
もう食べ終わった者、やっとの思いで購買からパンを買ってきた者。様々な人で溢れかえっていた。オレはぶつからないように早足で歩いて行った。
するとあるところで人だかりが出来ていた。腕に腕章を付けた者、お堅そうな人物達、生徒会役員とおそらく委員会のやつらだろう。オレには縁の無い相手。
脇を通り過ぎようとその人だかりの横を通る途中、その中心にいた人物と目がった。驚きに染まり、すこし怯えの入った眼。
―――ああ、そういえばいつもこんなごった返しになって歩ってたっけ、この人、と思い返した。おそるおそるといった感じで音姉がオレに近づいてきた。
「お、おつかれ弟くん」
「・・・」
「あ、もしかして今からお昼なの、かな?だったらお弁当――」
オレは最後まで聞かず歩き出した。構うのもかったるかったし、それにオレは腹が空いてる。早く食堂に向かって腹の虫を治めなきゃいけない。
「あ、待って!」
音姉はオレの腕をつかんだ。どうやらみんなオレの腕が好きらしい。今日で3回目だ。オレは無造作に腕を取っ払った。
「あ――」
そうしてオレはまた歩き始めようとしたが、そうはいかなかった。目の前にある人物が立ちはだかったからだ。本校の制服に生徒会の腕章――確か名前は・・・
「ちょっと弟くん!何今の態度は!」
ああ、思い出した。たしかまゆきとか言った名前だ。結構有名だったのですぐ思い出した。音姉と同じ生徒会員で陸上のエースだったか。
そういえば1回杉並に嵌められた時に追いかけられた事があるような気もする。その時は適当に捲いて事なき得たんだったな。どうでもいいことだから忘れてた。
「なにがですか?」
「なにがじゃないでしょ!?あんな態度とって!今日半日、音姫すごい元気なかったんだよ!たぶん弟くんが関係してるんでしょ!?」
「知りませんよ。生理かなんかじゃないんですか?」
「な――」
「じゃぁオレはこれで」
「おい待てよ!!」
怒鳴り声でオレに叫ぶ声。後ろを振り返るオレ、その先には委員会のやつがいた。どこにでもいそうな顔つきのやつだ。
だが目はオレを射殺さんばかりの視線で睨みつけていた――――。
「なんですか?」
応えて失敗したと思った。どうみても面倒な相手、無視をすればよかった。相手はツカツカ寄ってきてオレの襟元を持ち上げた。慣れた感覚。慣れたくなかった感覚。
「おまえなんて事言うんだっ!それにさっきの態度!音姫さんに謝れよっ!」
「誰ですか、アンタ」
「誰でもいいだろ!さっさと謝れよ!」
「なんで?」
「お前ふざけてんのか!?」
ふざけてんのはお前の頭だろ。なにしゃりしゃり出てきてるんだ、こいつ。当の本人が掴みかかってくるのなら話は分かるが、こいつはまったく関係ない。
ああ――とオレは思い出す。たしか音姉はすごい人気でファンクラブなんてものもあったなと。前の世界でもそれは存在し、よくそいつらから敵視されていた。
オレの噂を知っていたようで手を出される事はなかったが睨みつけられてたのは1度や2度ではない。
逆に睨み付けると視線をそらし、どこかへ行くので特に意識はしなかったが・・・・。
「なんとか言えよ!」
しかしこういった人種はめんどくさい。ヒーローにでもなったつもりなのか、自分は正しいというオーラ全開で向かってくるからだ。オレが嫌いなタイプそのものだ。
だからその手を掴み、逆に返した。
「がっ――」
「いきなり暴力で解決するのはよくないですよ。とてもじゃないが生徒会に携わる者の行動として正しくないと思います」
授業の時間で習った合気道の技、逆小手。素人技にも程がある――ちょっと強い奴にやったら簡単に振りほどかれる程度の技・・・だが効き目はあるらしい。
相手はオレに手を掴まれたまま動けないでいた。
「ちょ、ちょっと弟くん!」
まゆきという奴が叫んだ。無視した。
「なんでも暴力で解決するのはよくないと思いますよ。この間ニュースでやってたじゃないですか、刺殺事件。自分の女が取られて相手をリンチしようと家にまで
押しかけたアレです。結局相手側が逆に頭に血が上って近くにあった包丁で滅多刺しにしちゃったんですよね。素直に裁判にかければウン十万とれたのに」
そう言い更に手に力を込める。周りには手を出させないようにした。ヤクザみたいな態度、場の空気のコントロール、みんな竦んでいた。もう慣れた行為だ。
「だから今度からは何かあったら話し合いで解決しましょう。そうすればお互い痛い目に合わずに済む」
「う・・・くぅ・・・」
「分かりました?」
怯えた目。もう許してくれと訴えていた。オレは手首の固めていた手をほどいた。そして今度は逆に襟を掴んで目と目を合わせる形に持ってくる。
「オレは、分かったかって―――聞いてんだよこの野郎ォ!!」
「わ、分かりました、すいませんでした」
そういって涙目になる男。オレは襟を離した。あまりの恐怖に怖気ついて座る男。周りはその様子を凍ったかのように動かないで見ていた。
「さて・・・と」
そう言い周りを見回す。途端にビクつく周囲。生徒会役員なんてやつはそこにはいなかった。ただの怯えた子供ばかりがいた
「お騒がせしてすいませんでした。もうこんなことはしません」
笑って心にもないことを言ってその場を後にした。もう早く食堂に行かないと閉まっちまう。また駆け足気味に急いだ。
その場が動いたのはそれから数十秒後だった。