オレは最初さくらさんが大っ嫌いだった。
あの人懐っこそうな笑顔も嫌いだったし、やたらとオレに構ってくるのも嫌いだった。小さい頃のオレはもう既に捻くれていて物事を斜めに
構えていて可愛くないガキだったと思う。さくらさんはいつも悲しい様な困ったような笑みを浮かべてオレを見ていた。
だが子供のオレはそんなさくらさんを見て見ぬ振りをしていつも一人で居たがっていた。基本的に人嫌いだからさくらさんに限った話では無いの
だがさくらさんが当時で一番オレにひっ付いてきていたのでウザかったのを覚えている。
なぜオレに構うのか。本人が嫌がっているのだから放っておいてくれ。一人で生きていく力も無いのにオレはいつもそんな事を思いに秘めていた。
ある時、犬を拾った。大して可愛くも無く血統書でもなんでもないタダの雑種。オレが見つけた時には近所のガキ達に苛められていた。
土の中に半分体を埋められ小石を投げられるという子供ながらの残酷な攻撃。後で知った事だがイスラムでは同様の処刑方法があると知った。
許せられない罪を犯した者に対する見せしめの断罪。だがその犬はそんな事はしていない、ただ日々を一生懸命に生きようとしてるだけだった。
石を投げながら残酷な笑みを浮かべている子供達―――オレは全員を血が出るまで殴り続けた。理由は無い、ただムカついたから殴ってやった。
「くぅん」
「うぜーから近づくなよ。汚れが移るだろ、キタねぇ」
「くぅん・・・・」
「――――チッ」
オレの後ろをくっ付いてくるノラ犬。石を投げられ顔は血で濡れており、栄養をロクに取っていないガリガリの体。なんとも可哀想な姿だった。
だから適当に鶏肉をくれてやった。晩御飯のオカズで余りモノだが犬からしたら御馳走だ。ガツガツと貪るように食う姿にオレはため息をつく。
「そんなに元気ならあんな奴らぐらいやっつけろよなお前。鼠だって追いつめられれば猫を噛むんだぞ? ノラ犬なんだから強く生きなきゃ
いけないのにそんなに弱くてどうするんだよ、このアホ犬」
「わんっ!」
「うわっ、だから近付くなよ! 買った貰ったばかりの服なんだぞコレっ! あーあ、泥がついちまったよ・・・・」
「わんっ!」
「・・・・はぁ」
だが何故か悪い気はしなかった。オレは確かに人嫌いだが孤独を感じない訳じゃない。オレはもしかしたらこの犬と寂しさを分かち合いたかったのかも
しれない。子供ながらにオレはそう考えていた。
そして飼う時にさくらさんにオレは許可を取らなかった。何故だか知らないが怒られると思ったからだ。まぁガキなんざ皆同じ事を考えた事がある
だろうな、オレも多分に漏れずそんな内の一人だったって事だ。
それから毎日学校から帰ると家の倉庫裏で離し飼いにしてるそのアホ犬に餌をあげに行っていた。餌をあげてしばらくその犬と戯れる、そんな日々を
結構な日数で過ごしていたのを覚えている。
今思えばさくらさんにはすぐバレてたんだろうなぁ、ダチのいないオレが夕方遅くまで家に居ないし犬の毛を体中にくっ付けて帰って来てるのだから。
だがオレはバカだから気付いてないと思っていた。いつの間にか倉庫裏が整理され、犬が過ごし易いように糞尿をする場所まで出来ていたのに
さくらさんは気付いていないと思っていた。その事実に気付いたのはオレが中学に上がった頃、たまたま純一さんがポロっとその事を話したから
気付いただけだった。
オレの気付かない所でそういう事をたくさんしてくれたさくらさん、後になって感謝する事が多くある。その度にオレは何やら気恥ずかしい思いに
駆られ顔を伏せていた。
「貴方のお子さん、どういう教育をしてらっしゃるのかしら? 人を殴るなんて野蛮な事を平気でするなんてロクな子供じゃありませんわね」
オレに殴られたガキの内の一人の親が家にやってきた。顔は怒りでピクピクしており化粧の厚い女だったと覚えてる。よく居る陰口を広める
ようなババァだった。学校から帰ってきたらそいつが客間でさくらさんと対峙していた。
ふすまから覗き見しているオレ。さくらさんは申し訳なさそうに小さな体を更に小さくしながらペコペコ頭を下げていた。それにオレは苛つい
てしまう、何も悪い事をしてねぇのになんで謝るんだよと。自分の犯した事に責任を持ち合わせていないのにオレはそう思っていた。
だがババァは当時のPTAの会長だった。もしここで話を拗らせたらただでさえ学校で浮いているオレがさらに学校に溶け込めなくなってしまう。
そんな事をさくらさんはその時考えてひたすら謝っていたらしい。オレは腹を立たせながらその事の成り行きを見守っていた。
「本当に申し訳ありません・・・・」
「まったく。おかげで余計な出費まで出てきちゃったじゃない。どう責任取ってくれる気かしら?」
「・・・・といいますと?」
「貴方って確か有名人でしたわよね? 雑誌か何かで貴方の記事を読んだ記憶があります。たくさん賞を取られてお金も随分余裕が
ありそうですわね。そこに飾られてる壷も随分年季が入っていますしお高いんでしょう? 私なんか息子の治療費で今月分のお金が
随分持ってられてスッカラカンだというのに・・・・羨ましい限りですわ」
「・・・・・・・」
「言いたい事、分からない程子供じゃありませんわよね。まさかその体と同じで頭まで子供なのかしら?」
「・・・・・・分かりました」
懐から財布を取り出し数十万はありそうな束の札を机の上に置く。ババァの口が喜悦で綻ぶ。さっきまでの怒り顔がどこかへ吹っ飛んでいた。
確かあのお金は今度の研究で使う実験器具の購入費だった筈・・・・なんだよ、ただの腰抜けじゃねぇか。そんなババァにいいように丸め
込まれて黙って金を差し出すなんて。人が良いというよりただの馬鹿丸出しの女だ。
まぁ―――所詮こんなものだろう。いつも偉そうにあっちこち駆け回ってるが少し脅された程度でこのザマだ。どうやらただの頭でっかち
な女だったらしい。くだらねぇ。
「今回はこれでお納めください」
「あらやだ・・・・そんなつもりではなかったのですけれど。まぁくれるというなら貰いましょうか、それで貴方の気持ちが楽になれると
いうのなら受け取ってあげます。感謝してくださいな」
「・・・・はい」
「そして最後に御忠告しておきます。貴方のお子さん――――とんでもない性根の腐った子供ですわね、子供から聞いたんですけれども
友達と犬を可愛がってたらいきなり殴りかかってきたらしいじゃないですか? 大方友達がいないらしいから悔しかったんでしょうね」
「・・・・・」
「せっかくですから施設かどこかへ預けたらどうですか? 集団の中に入らせ規律と柔和な心を育てる、素晴らしい事だと思いますが?
まぁ、元々が犯罪者になりそうな性格っぽいですしね。いっその事少年院にでも入れて――――ぎゃっ!」
喋りかけた口が苦痛に歪む。鋭く吐き出された悲鳴、お金を受け取ろうとした指があらぬ方向に掴み捻じ曲げられている。
泣きそうになりながらさくらさんを睨む子供の母親。さくらさんはその指を捻じり掴みながら口を開いた。
「御心配にはおよびません。あの子は根は優しい子ですから。それに頭もよく、集団というものをよく理解しています。貴方のお子さんの
ように一人では何も出来なくても数人同じ人が集まればロクでもない事をやらかすという事をね」
「・・・く・・・ぐぅ、な、なんで私の子供がそんな事をやったと知って――――」
「貴方をよく見るとよぉく分かりますから。多分性根の腐った子供なんでしょうね。いっその事少年院にでも入れた方がいいんじゃないですか?
きっと同じ同類の方がいっぱいいますよ? いや、待って下さい・・・・確か少年院はおおむね12歳以上からじゃないと入れないんでしたよ
ね確か。うーん―――失礼ですが訂正します、お寺にでも行って清い心を養った方がいいんじゃありませんか? 確か最近はそういうサービス
を行っていると聞いた事があります」
「ぐぅ・・・・」
「ではお金を持ってとっとと帰って下さい。この家には想い出がさくさんありますから貴方のような人間に長く居て貰っては困りますので。
ああ、でもお見送りはしてさしあげましょう。結構お年を召されてるように見えますから一人で帰るにはご不安ですよね?」
「――――け、結構ですっ!」
さくらさんが指を離すと慌ててお金を持ち立ちあがった。ばばぁが射殺さんばかりの視線を叩きつけてくるが、片眉を上げて詰まらなそうに
茶を飲んでいるさくらさん。手を蠅を追っ払う様に数回振った。
顔を引き攣らせ怒りを顔に出すが先程やられた事が効いたのだろう、足をドスドス踏み鳴らしながら玄関の戸を開け、勢いよく締めて帰って
いった。そしてやっと息抜きが出来たのか「んー」と肩を伸ばしている。先ほどの情けない姿が嘘みたいだった。
なんだよ―――度胸あるじゃねぇか。余裕そうに足を崩してほわほわしてる様子を見てさっきの情けない姿は演技だと分かった。金も面倒だ
からくれてやったのだろう。さくらさんは別に金に執着してないし、吐いて捨てる程の金持ちなのだから。ただ使わないだけでたくさんのお金を
銀行に預けていた。さくらさんの実験を援助してくれる団体なんて数えきれない程ある。数十万で面倒な相手が納得してくれるなら安いものだった
んだろう。今思い返してみるとそういう事だったのかなと考えたりもした。おそらく間違ってはいないとオレは確信している。
「怒らないんですか?」
襖を開け中に入りさくらさんに聞く。さくらさんはオレが居るのに気付いていたみたいで特に驚くといった様子を見せなかった。
人を殴るなんて行為はさくらさんの嫌いな事だしそれは子供同士の喧嘩であっても変わらない。人を傷付ける事自体さくらさんは許せない性格だった。
でもオレの顔を見て優しく微笑むばかり。困惑するオレにさくらさんは静かな声で言った。
「何か、怒られる様な事をしたの?」
「・・・・していない・・・・と思う」
「そう、だったら怒らないよ。さて、夕飯でも作ろうか」
「・・・・はい」
「ああ、あとね・・・・」
「―――――?」
「困った事があったらすぐに言いなさい、義之くんはボクの大事な家族なんだよ? 何かあったら絶対さくらさんが助けてあげる、守ってあげるから」
「は、はいっ!」
この日からオレはさくらさんについて調べる様になっていった。この人は一体どういう人なんだと、なんであんなにも格好いいんだろうと気になり
始めてきた。あんな風に啖呵を切れる女性なんて周りには居なかったしその姿に子供ながら憧れを抱いてしまった。
優しいし、頼もしいし、格好いいし――――当時のオレはそれが衝撃的な事であったから今でも昨日の様に思いだせる。
そして倉庫を漁ると出てくるわ出てくるわ賞状やらトロフィーやらオレが聞いたことも無い資格の証明書やらの物々。オレとその場にいたアホ犬は
驚いてしまった。いや、その犬は別に驚いて無かったな。だからその賞状を丸めて頭をポンポン殴ってやった。自分だけ驚いてるのがなんだか癪だった
からだ。まぁ、きゃんきゃん泣いて喜んでいたからその場は良しとした。
さくらさんの話にもよく耳を傾けるようになったと思う。今までは外国の話やら研究の話などの難しいなので聞き流してはいたが真面目に聞くように
なった。さくらさんからしたらオレは小難しいガキで、子供が好むような遊びに興味無い子供らしくない子供だったのでそんな話しか出来ないのだと今
の歳になってようやく分かった。一生懸命に話を噛み砕いて説明するさくらさん。本当、可愛くないガキだったと思うぜ。
日本の風土、外国の文化、それぞれの地域の住民性、外国人差別、宗教、戦争、はたまた専門的な科学の話までしてくれた。意味は分からなかったが
絶対大きくなったら必要になるものだと思い一生懸命聞いた。聞けば聞く程オレはさくらさんを尊敬していき、気が付いたら何処へ行くにでもさくらさ
んの後をちょろちょろ追いかけ回すようになった。さくらさんもそれを笑顔で嬉しがっていたし、オレもさくらさんと居れて幸せだった。
オレとはまるで正反対の存在。知り合いは多いし、みんなに期待される様な稀有な才能をもった人間。そして人の心を和ませる包容力もあるさくらさん。
こういう人になれたらいいな。いつしかオレはそんな思いを強く抱くようになる。オレは有名人になるよりもさくらさんになりたかった。
こうしてオレは一生懸命に本を読み漁る事になる、一㎝でもいいからさくらさんに近づく為に。
だからだろう、アホ犬の異変に気付かなかったのは。オレは今でも後悔している。『友達』を救えなかった事に。
「おい、アホ犬。散歩に行くぞ」
「わんっ!」
「相変わらず間抜けそうな顔だぜ。オレに相応しいのはもっとゴツイ犬なのになんでこんな犬を飼ってるんだか・・・・時々考えるよ」
「くぅん・・・・」
「そんな悲しい顔するなよ。とりあえずオレが飽きるまで飼い続けてやる。だから今のウチは安心しとけ」
「わんわんっ!」
「本当に分かってるのかよ、まったく」
相変わらずのアホ面の犬だ。だからあんなクソ餓鬼共に舐められるんだよ。犬って言ったら大昔は狩りとかしてた生き物じゃねぇか、しっかりしろよ。
まぁ、力は無いが頭は良いのだろう。芸を教えたらすぐに覚えるしオレの言っている事も分かる。最近はようやく筋肉も付いてきたしやっと番犬らしく
なってきたって所か。オレのおかげだぞ、まったく。
しかしそろそろ名前を決めてやらねぇといけないな。こいつもいつまでもアホ犬呼ばわりされたんじゃ怒りもするだろう。
「おい、そろそろお前の名前を決めてやる。カッコイイいい名前だ、喜べよな」
「わんっ!」
「はは、じゃれつくなよ。さて、どうしようかな。ジョンじゃ有り触れてるしレオって名前もお前には似合わなそうだしなぁ・・・・」
「・・・・けふっ」
「ん―――?」
「・・・けふっ、が・・・ふ、くぅ」
「お、おいどうしたんだよこら! おいっ!」
いきなり痙攣をしだし短く息を早く出す呼吸。普通じゃないと思った。急いでさくらさんを呼び病院まで行った。
もうこの時オレは茫然としていた。あんなに―――あんなに元気だったじゃねぇか。なのに急になんでこんな・・・・・。
祈るように手を固く握りしめるオレ。もう何でもいいから助かって欲しかった。オレの唯一のダチ、死なせたくなかった。
そして医者に許可を貰い、次に会った時には・・・・もう冷たくなっていた。死因は細菌による敗血症でのショック死。オレは医者を殴り付けた。
さくらさんや周りの人に押さえられ動けなくなるオレ。もう自分でも何をしているのか分からない。ただただやるせない思いを誰かにぶつけたかった。
次に気が付くとオレは家の倉庫前に居た。おそらくショックで家までの帰り道を覚えていなかったのだろう。眼の前ではさくらさんが穴を掘っている。
あのアホ犬を埋める為だ。その様子を黙ってオレは見ていた。何も考えられないし考えたくない。ザクッ、ザクッという穴を掘る音だけが響いていた。
なんだよ。まだ名前も決めていなかったんだぞ。これからウチの番犬として役に立って貰おうと思ってたのによ・・・・マジでアホ犬だぜ。
手をギュウっと固く握りしめる。涙は出て来なかった。悲しい時に泣けないのが一番辛い。泣いて涙を出さないと狭い心に涙が溜まり重くなる。
だがオレはそれに耐えようと思った。男なんだし泣いてはいけない。周りの環境が女性中心だったせいかそんな思いを抱いていた。
更に手を握り締め耐える―――と手に何かの感触を感じた。さくらさんがオレの手を握っていた。オレは怪訝そうな顔をしてさくらさんの顔を見詰める。
「泣いてあげて」
「え・・・?」
「この子、義之くんに拾ってもらって感謝してるんだと思う。普通だったらとっくに前症状が表れていた筈なのに全然そんな様子を見せなかった
じゃない? 多分義之くんにそんな弱い所見せたくなかったんじゃないかな。オレは弱くない、強くなったんだぞ、だから心配するなって風に」
「・・・・・・だとしたら本当にアホだ。弱い奴は弱音を吐いていいのに。最初会った時みたいに黙ってオレに弱い所を見せてればよかったのに」
「だから余計にそう思ったんだよ。犬は主人と認めた者に対しては弱い所は見せたくない動物だしね。最初会った時がそれなら尚更そう思うかもし
れない。義之くんの高いプライドが移っちゃったのかな? にゃはは」
「違う」
「え?」
「友達・・・・だったんだ。オレの初めて出来た友達。いつもうざそうにしてたけど、本当は嬉しかったんだ。こんなオレに懐いてくれるとは思わ
なかったから。離し飼いにしても遠くに行かないでずっとここに居てくれたから・・・・嬉しかったんだ」
「―――――そう。だったら尚更泣いてあげなきゃダメだよ。自分が死んだらやっぱり友達に泣いて欲しいしね」
頭にさくらさんの柔らかい手が置かれた。よしよしという風に撫でてくる温かい手。この時の感触は一生忘れる事は出来ない。
そして視界が霞む。汗なんて掻いていないのに勝手に眼から水が零れ落ちてきた。ぽとっと地面にしみ込む水―――涙。
「辛かったら―――泣いていいんだよ」
「・・・・う・・・ぐぅ・・・ひっく・・・・な、泣かない。泣いたら絶対こいつが心配する・・・・だから、泣かない」
「義之くん・・・・」
「ぐ・・・うああぁぁぁっ!」
言った次の瞬間には崩れ落ちてしまうオレの体。ああ、本当に悲しい。この日、オレは初めて泣いた。今まで泣かなかった分を吐き出すように。
いつまでもさくらさんはオレの体を抱いてくれていた。優しく包み込むように、悲しさ・辛さを全部引き受けようとするように抱いてくれた。
『何かあったら絶対さくらさんが助けてあげる、守ってあげるから』
その言葉は嘘でない事が分かる。さくらさんはこの時オレを助けようとしてくれた。必死にオレを抱きながら大丈夫と囁き続けてくれた。
オレの小さい頃の記憶。ああ、これでオレは益々さくらさんをすげぇ好きになったんだよな。そしてフェードアウトしていくその風景。夢が終わる。
「辛かったら泣いていいよ―――か。泣けねぇよ、さくらさん」
さくらさんと体を重ねたオレ。美夏という愛する人が居ながらさくらさんという存在に引き寄せられてしまった。
もう、後戻り出来なくなってしまった。逃げる事も出来ない。美夏かさくらさんかどっちを選ぶ―――選択肢なんて与えられていないオレには
ただたださくらさんに従うしかないだろう。
美夏と別れるのは嫌だ、さくらさんへの愛が異性のそれに段々変わっていくのが恐ろしい。さくらさんを家族としてじゃなく、異性として意識
してしまう自分が怖くてたまらない。
家族、ただ家族でいたかったんだ。いつまでもオレの母親であってほしかった。泣く―――そんな事をして立ち止まる猶予なんてない、なんとか
この一本道から抜け出さなければいけない。でも・・・・それはさくらさんを拒絶する事を意味する。泣くさくらさんなんか絶対に見たくないし優
しく微笑んであげたい。オレが小さい頃にしてもらったみたいに。
ああ―――マジで辛いよ、さくらさん。泣きたいけど、泣けねぇよ。
「で、本当に泊まるんですの?」
「別にいいじゃねぇか。お前オレの事好きだったんだからよ」
「愛を囁いてくれない・エッチな事もしてくれない・私と付き合ってくれない。この三拍子が決定したのに居られても困りますわ。大体あれだけハッキリ
『ごめん、やっぱりお前はオレのタイプじゃないわ』と言って私を完璧に突き離した癖に次の瞬間には『あと今日は泊まらせろコラ』って言うし今日の義
之なんだかおかしいですわよ? 一体何が目的ですの?」
「教えねぇ。だが礼はする。今だってオレの作った美味しいカレー食ってるじゃねぇか、許せ」
「・・・・・まぁ、確かに美味しいですけど」
カレーを仏頂面で食っているエリカ。確かにオレの言い分は酷いモノがある。ていうか散々オレの事を殴ったんだからもうイーブンだろうが。
最初エリカに別れ話―――じゃないがもう完璧にお前に興味を無くしたみたいな発言をした時それはもう大変だった。むせび泣くわ髪が逆立つ
程怒るわ手首を切りそうになるわで人生で一番集中力と体力を使った。
そして何回もエリカはあの眼を使ってオレをどうにか引き留めようとした。演技なんかじゃなく、本気で。さすがにオレの心もぐらついてしまった。
だがぐらつく程度で済んだ。酷い話だが美夏とさくらさんの件で頭がいっぱいになってしまったオレにはその眼が通じなかった。おそらくもの凄い
ストレスとさくらさんを抱いた件でショックを受けてエリカに対する何かが欠けてしまったらしい。
確か心療治療か何かの本でそういうストレス性の病気を読んだ事があるがまさか自分がそういう事になってしまうとは夢にも思わなかった。だがそれ
程さくらさんの件はオレにとってもの凄く衝撃的な事だった。あのさくらさんを抱いてしまった、母親みたいな人を、今でも信じられない事である。
そしてオレはエリカに言った。謝って済む問題じゃない、だから好きなだけ殴ってくれと。そのオレの言葉を本気だと知ったんだろう。茫然とするエ
リカ、そして顔を伏せ手をブランとしたまま微動だにしなかった。怪訝に思うオレ、そうしてエリカに近づくと―――思いっきり腰の入ったパンチが
飛んできた。愛が重いとはこの事を言うのだろうとオレはその時に知った。それも一発じゃない、何発もそんなのを喰らった。今までの喧嘩の非じゃ
ないぐらい殴られて歯は折れるわ血は出るわでもう涙が出てきた。まぁ、エリカも泣きながら殴ってきてたし我慢したが。
気が済んだのか息を荒げて膝まづき、涙を流しているエリカ。オレはよろめきながら立ち上がり今度はこう言った。
「お前には興味がないがお前の家には興味がある。今日は家にかえりたくない日でお前は一人暮らしだ。寂しいだろ? だから泊まらせろコラ」
下から拳が飛んできた。そして眼を覚ましたのはついさっきの事。もう晩飯の時間だったのでオレはのそのそ立ちあがりカレーを作った。
目の前のエリカを見てるとこっちをなんだかジーッと見ている。おそらくオレが何をたくらんでるか知ろうとしてるんだろうが、こんなお嬢様に
見抜かれる程感情をオレは表に出さない。まぁ、何か企んでると思うのも無理はないかもな。
今までオレは出来るだけエリカの家に近づかなかった。もし間違いを起こしたら更に状況が悪くなり、美夏と別れる事がもしかしたらあるかもしれない
と思ったからだ。でも今日のオレは泊まらせろと言った、振った直後にそう言ったオレをエリカはとても胡散臭そうに見ていた。今まで近付きさえもしな
かったオレがいきなりこんな事を言いだしたのだから無理はない。
で、オレが土下座して頼み込むとエリカは渋々了承してくれた。髪を手で乱暴に掻き乱しながらOKを出してくれたエリカは本当に人が良いのだろうと
思う。いくらはっきり別れを告げる為といえどあんな酷い言葉を言ってしまったオレをなんだか困ってるから放って置けないという感じで引き受けてくれ
たのだから。
「あー・・・・で、何があったのよ。目に隈なんて出来てるし寝ていないでしょ? それぐらい教えてくれてもいいんじゃない、せっかく
泊めてあげるんだし」
「少しだけ寝た、三時間ぐらいな。それとさっき言った通り理由は教えられない。だけど何かちゃんとしたお礼はしたいと思ってるぞ。何か
欲しいモノはあるか?」
「義之が欲しい」
「はぁ、だからな――――」
「冗談よ。あんな酷い振り方をされたんだからもうそんな気は無くしましたわ。ただ・・・・」
「ただ?」
「・・・・友達になってくれませんこと? 異性への愛抜きに考えても私は義之の事が好きですの。だから・・・・」
「それぐらいオッケーだ。こっちこそ、ごめんな。すげぇ身勝手な男でよ」
「あ・・・・」
手を差し出すとエリカはそれをジッと見て―――オレの差し出した手を握ってくれた。握手、こんな形でオレ達の間に決着が付くとは思わなかった。
その原因がさくらさんというのは引っ掛かる物があるが・・・・今は考えないでおく。少し胸のつっかえが消えた様な気がした。
手を離し浮かせた腰を椅子に戻す。エリカはオレの握った手をじっと見詰めていた。色々思う事があるのだろうか。
「さて、そろそろ眠りますか。確かベットって一つしかないんだっけか」
「え、あ、う、うーん、寝袋なら一応ありますわよ? 誰かが泊まってもいいようにね。使うアテが無くて放置しておいたのですが・・・・使う?」
「ああ。悪いがそれを使わせてもらう。ていうか寝れれば何でもいいんだけどな、はは」
「・・・・・本当にただ泊まるだけなのね」
「ん? 何か言ったか」
「――――別に。ああ、そこのティッシュ取って下さらない?」
「ん、ほら」
「ありがとう」
手でも拭くのだろうか―――そう思ってボケっと見ていたら、エリカが勢いよく鼻をかんだ。かんだ後「あぁー」と言いながらそれをゴミ箱へポイッと
投げ捨てる。オレはその一連の動作を見て、固まってしまった。
あのエリカが鼻をかんで、その上親父みたいに息を吐いてゴミ箱に捨てた。人の子なんだから当り前の行動なのだが―――オレは少しショックを受けた。
いつでもお嬢様らしく気品を失わせないような上品な行動、食事を食べ終わったら必ずナプキンで口を拭く様な奴なのに今の行動はただの今時の女子
の行動パターンだ。そんなオレの視線に気付いたのか、恥ずかしそうに顔を赤らめながら文句を言い始めた。
「な、なによ、私が鼻をかんじゃいけないの? 私だって人間なんですから鼻ぐらいかみますわ!」
「い、いや、だってオレってお前が鼻なんてかんだ所見た事無いし・・・・それにお前がそんな行動するなんて思わなかったからよ」
「・・・・まぁ、今まで義之に出来るだけそういう所を見せなかったというのもあるかもしれないわね。でももう義之と付き合える可能性が
0になってしまいましたから関係ありませんの。おかげで少し気が楽になりましたわ」
そう言って首をポキポキ鳴らし始めるエリカ。更に愕然としてしまう。今まではやっぱりどこか心の隅でお姫様を意識していたから気を抜いた
エリカを見てると違和感が出てきてしまう。
おいおい、オレってどんだけエリカに夢見てたんだよ。昔のアイドルじゃねぇんだからトイレに行ったら出るもんは出るしあくびをしたい時は
あくびをするじゃねぇか。あまりの自分の考えのガキっぽさに頭を抱えてしまう。
でも仕方のない事かもしれない。オレがエリカに惚れたきっかけというのはあの誰にも屈さないお姫様然としてたエリカなのだから。そんな風に
葛藤してるオレに向かってエリカが言葉を掛けてきた。
「義之」
「あーマジでオレって―――――ん、なんだよ」
「何があったかは聞きませんし、義之が話すまで待つつもりではあるけど――――本当に何か困ったら手を貸すわ。部屋も好きなだけ使っていいし」
「お、おう」
「じゃあ私お風呂に入ってきますから。後片付けお願いね」
「・・・・ああ」
当然のように飛び出た言葉にオレは少し心が揺れ動いてしまった。こんな酷い振り方をしたオレに『友達』っぽい言葉を投げかけてくる
なんて・・・・ちきしょう、やっぱりすげぇなエリカお嬢様は。今更ながらにこんなオレに惚れてくれたのが夢みたいだ。感謝してもしき
れない。今まで情けない姿のエリカを多く見て来たから余計にそう思った。
オレがエリカの背中に「ありがとうな、エリカ」と言葉を掛けてやると照れたように顔を赤くしながら脱衣所に入って行ってしまった。そして
オレは食器を持って台所まで行く。こんな雑用ぐらいいくらでもやってやる。
お湯を出して次々に気合いを入れて皿を洗っていった。確かにエリカとは恋が関係する仲では無くなったけど、別な意味で心が温かくなった。
「それにしてもお泊まりか・・・・これで少しは考える時間が出来たな」
先程指摘されたがオレはあんまり寝ていない。さくらさんに抱かれた後、今夜はゆっくり休んでねと言われて部屋に戻ったが寝る事が出来なかった。
そして気が付いたら朝、結局何も考える事が出来なくてずっとぼーっとしていたのを朝日を見て気が付いた。途端に湧き出てくる罪悪感、さくらさん
の柔らかい体の感触と淫らな表情、そしてそれに興奮してる自分を思い出す。その時初めて自分が何をやったか気付いてしまった。
そしてビクつきながらも居間に向かうオレ、さくらさんの姿を見た時思わず心臓が止まると思った。風呂場での情事を思い起こさせる金髪に青い眼、華奢
な体に人懐っこい笑顔、オレは固まってしまった。
「おっはよーっ! 今日も元気に行こうねーっ!」
そんな風に元気に挨拶をしてるさくらさんを見てオレは昨日のは夢だったんじゃないかと思った。出来の悪い悪夢、そんな風に思えた。
その――――首筋に見えるキスマークを見つけるまでは。ハッとして洗面所の鏡に行って確かめるとオレの首筋にも同じ跡、夢じゃ無かった。
学校に行っても授業なんて聞いてないし美夏の話もロクに聞いていなかったような気がする。心配そうに掛けられる声にもオレは反応出来なかった。
廊下を歩く度にさくらさんに会うかもしれないと怖くなったオレはひたすら学園長室前を通らないで遠回りしていた。会って何を話せばいいか分から
ないし心の整理も付いていない。そんな状態でさくらさんに会ったらどうなるか――――考えたくなかった。
唯一救いだったのが午後を屋上でのんびり過ごせて少しだけ寝れた事。これで少しは精神状態が落ち着き余裕が少しばかり生まれた。
屋上で午後を過ごしそして迎えた下校時間、オレは考えた。今日はあの家に帰りたくない、少し考えて気持ちを落ち着かせたいと。じゃあどうすれば
いいのかとオレは考えた。
そして視界の隅に映ったエリカを見てオレは思い付いた。美夏、エリカ、さくらさん―――この三人の問題を同時に処理出来る程オレは頭も腕もよくない。
だからまずエリカの問題を解決してそれから考えようとオレは思った。エリカには悪いがこの中でエリカの問題が一番解決しやすい、そう考えたオレは
一番初めにエリカとの決着をつけるためエリカの家にお邪魔した。まぁ、いっぱい殴られたし今でも鼻の奥がツンとするけどこれで済むなら構わない。
最後にダメ元で泊まってもいいかと聞いてOKを貰った時は本当にエリカが神様に見えた。
「その神様にずいぶんバチ当たりな事しちまったけどな・・・・、さて洗い物も済んだしコーヒーでも淹れててやるか」
とりあえず寝る所は確保出来たしまずは寝よう。寝れば体力も気力も回復する。そうすれば何か解決の糸口が見えるかもしれない。
この時はそう考えていた。だがこの考えが甘かったとすぐに思い知らされた。首に掛かった鎖、その鎖の先を誰が持っているのか、オレは
その事を知らないでいた。
「義之」
「ん・・・んぅ・・・・」
「義之、ねぇ、義之ったら」
「・・・・・・・・ん?」
頭が泥のように重たい。意識が覚醒するのがいつもより遅く感じる。オレは重たい瞼を上げその声に反応した。
少し顔を上げて目の前にエリカが居るのを確認し、少し首を捻って周りを確認する。そんなオレの様子にエリカは心配そうにこちらを見ていた。
眠って、いたのか。テーブルの上には用意された二つのカップとお湯、そしてコーヒー豆が入っている瓶。どうやらオレはコーヒーを淹れる準備が
終わって少し落ちていたみたいだ。瞼を擦り背伸びをした。
「ふぁぁぁ・・・・・っと、んー・・・・」
「大丈夫? なんだかすごく疲れてたようには確かに見えてたけど・・・・私が何回も呼びかけても反応しないから少し焦ったわよ?」
「・・・・疲れてたからな。あとオレは何分ぐらい眠ってたか教えてくれ」
「20分くらいかしら、私がお風呂に入ったのってちょうど9時だったし。あんまり辛いようなら明日の朝に軽くシャワーを浴びる事にして
今夜は眠る事にする? そんな状態じゃ億劫でしょうから」
「いや、きっと朝は時間ぎりぎりにしか起きれそうにないから今のうちに入る事にするよ。あ、そういえばコーヒー準備してたんだな。エリカも
飲むだろう? 今から淹れてやるよ」
「いいわよ、後で一緒に飲みましょう。義之はまた眠くならないうちにお風呂に入っておきなさい。コーヒー飲んでる時にまたカクンと逝かれては
困りますわ。せっかくカーペットを新調したばかりですのに」
「心配するのはそこかよ」
オレが笑いながら突っ込むとエリカもおどけた表情をする。冗談か半ば本気か―――両方だろうな。そう思ったオレは立ちあがる。
風呂に入って早くコーヒーでも飲むか。首を軽く鳴らし脱衣所まで移動しようとそこに歩き出す。ああ、体がだりぃな。結構精神的ストレスは
体に与える害も多いって聞くしそんな状態なんだろう。
ストレス―――か、そうなんだろうな。あまりにも変わった状況に心が痛みを感じているのだろう。脱衣所へ繋がる扉を開けた。
「あー面倒だなぁ、風呂に入るのっ―――――」
「お帰りー、義之くん」
「・・・・・・」
さくらさんが居た。
「随分遅かったみたいだけど――――って顔すごい怪我じゃないかっ! どうしたの!?」
『廊下』を走りぬけこちらに駆け寄ってくる。オレの顔をペタペタ触り心配そうな顔で見詰めてきた。ああ、そんなに触らないでくれ、いてぇ。
とりあえず――――周囲を見回した。見覚えのある風景、芳乃家だ。ここは芳乃家、うん、間違いない。さくらさんの家でもありオレの家だ。
まだオレの顔を触っているさくらさんを余所に足元を見る。靴を履いていた。右手にはカバンを持ち首にはマフラーが巻き付けられている。
「義之くんっ! 誰にやられたの、教えなさいっ!」
「・・・・ああ、エリカにやられた。あいつのパンチはきっと世界を狙えるな。おかげで歯も折れたし鼻もつんとする」
「エリカちゃんに!? あの子・・・・私の義之くんになんて事を――――」
「そんなに怒らないで下さい。オレは色々あいつには酷い事をしたし言ったりもした。オレから頼んだんですよ、殴ってくれって。だからこの痛みは
受けるべくして受け取ったものなんです。オレはその結果に納得している」
「・・・・そう」
「――――ただいまです、さくらさん」
「うん、お帰り・・・・」
オレの言った言葉に満足していないのか、顔を顰めながらオレから離れる。やれやれ、やっと離れてくれたか。あんまりにも傷口を撫でてくるから
痛みがぶり返してきやがった。まぁ、相手はさくらさんだし許してやるか。
さくらさんはオレに「お茶準備してるから、はやくあがりなさい」と優しく声を掛けて居間に戻って行く。オレはそれに頷きながらマフラーを取り
始めた。首を巻かれるこの感覚ってあんまり好きじゃないんだよなぁ、なんだか首を絞められてる感じで好きじゃない。
そう思いながらそれを手に持ち、チラッと後ろを向いて―――玄関の扉を開けた。
「・・・・・」
数歩歩き地面を見据える。そこにはぬるかるんだ革靴の足跡。今日の二時限目あたりに小雨が降っていた、だからこの足跡は今朝に出来た物では無く
それ以降に出来た事になる。右足に履いている靴を脱いで足裏の様子を確認すると泥の跡、オレがこの足跡を作ったという証拠だった。足跡はさくら
さんの分とオレの分しかない。
つまり何が言いたいかというと――――オレは『自分の足でこの家に帰ってきた』という事だ。あれだけ家に帰りたくなく、エリカに土下座して
まで泊まろうとしていたのに結局何故かココに帰ってきていた。
時計を見てみると9時40分を指している。エリカは言っていた、『9時に入ったから20分くらい眠っていたわね』と。だからオレが起きた時の
時間は9時20分そこら。じゃあなんだよこの差の20分は、この差の20分はどこへ消えた? オレは確か風呂に入ろうとしてたんじゃないのか。
「・・・・・なんだよ、これ」
背中にツララを入れられたように冷たくなった。まるで記憶にないこの20分間、だが確かにオレはその20分間を使ってこの家に歩いて帰ってきた。
自分の体が自分のじゃない物に思えてくる。首筋に感じる違和感、マフラーを脱いだ後でもまだそれは残っていた。手でなぞり感触を確かめてみても
そこには何も無い。ただオレの首があるだけだ。
体が震えてくる。無理矢理その震えを抑え込んだ。怯えは全てを見えなくする、この状況で目隠しする行為なんて自殺行為だ。顔に手をやり呼吸を
整える。外の新鮮な空気を入れて気を落ち着かせた。
「魔法ってさ――――」
腰に抱きつかれる感触、小さい手がオレの腰に巻かれた。その感触にオレは何故か安らぎを感じた。それはそうかもしれない、小さい頃からこうやって
さくらさんに抱かれる度にオレは幸せを感じていたのだから。
さっきまでの怯えた感情が消えて無くなる。笑える話だ、その感情を生み出した張本人に抱かれてオレは安心感を覚えている。本当なら危ない兆候
だと思う、本当ならここでさくらさんを引き離し罵声を浴びせて距離を取るのが一番だと思う。そうしないとどんどんオレはさくらさんにのめりこん
で行く事になるだろう。さくらんさに罵声を浴びせる―――出来ないと思った。
「よく呪いに似てるって言われるよね、それはあながち間違いじゃないと思うんだよボクは。昔の魔女は好きな男に媚薬を飲ませて無理矢理
愛の言葉を囁かせ虜にしたっていうし。酷い話だよね」
「・・・・・・・」
「もしかして義之くん、今日は帰らないつもりだったでしょ? だからそんなに驚いた顔をしてる。でも無理なんだよ、義之くんがボクから離
れようと近付かない様にしようとする度にボクの所に戻ってくるんだ。伸ばしに伸ばしたゴムを離すと手元に戻ってくるみたいに」
「・・・・・魔法なんて卑怯ですよ。こんな事をされちゃオレはさくらさんを引き離せない。それにこんな事をしてくるさくらさんを
殴りたくなってくる」
「もう全部覚悟してやってる事だよ。義之くんに殴られようが罵倒されようが止めるつもりはない。前も言ったけど必死なんだよボクは。
どうあろうが最後にボクを心の底から愛せるまでこの魔法は解ける事が無い、家族ではなく異性としてね」
「拷問だ。オレはさくらさんを本当の家族だと思っていたんだ、母親だと思っていたんだ。それなのにこんな事を――――」
「本当に拷問かな?」
「え?」
「ボクの事を本当に完璧に母親だと思っていた? 少しでも異性として意識してなかった? 違う、本当は異性としても意識してたんだ。
それにボクはね、義之くんの感情まで弄って無いよ。最終的に義之くんに心の底から愛されるのが目的なんだから。確かに強引な態度
で責めたかもしれない。でも昨日ボクを抱いたのは義之君の意思――――だからあんなに気持ちよさそうな顔をしてボクを求めて・・・・」
「ち、違うっ!」
思わず否定の言葉を口に出した。だが心ではそう思っていない、言われて思い当たる節は多々あった。
一番身近で強く憧れを抱いた女性、確かに母親だと思っていたが同時に性の対象としても見ていた。風呂あがりのさくらさんや事故で着替え中
のさくらさんを見て胸の鼓動が高まった事が何回かあるし抱きしめられて感じる胸の感触を思い出しては興奮した事もある。
だがそういう感情を覚えるオレは下種だと思った、人間として最低の部類に入ると思った。だから大きくになるつれその感情を無理矢理押さえ込んだ。
さくらさんにそういう感情を覚えるのは忌まわしい事だと思うようにした自分。だからかもしれない、そう言われてこんなにも取り乱した態度を
取ってしまうのは。事実を言われてオレは頭が混乱していた。さくらさんにその事を知られていたんだと。前の世界とか今の世界とか関係ない、オレ
がさくらさんに対してそういう目を向けていた事を知られていた事実、頭を鈍器で叩かれたみたいにショックだった。
昨日だってそうだ、母親だと敬っていた人を抱くという禁忌の行為に興奮を覚え劣情が溢れ出てしまった。見たくなかった、こんなオレを。
「時々義之くんから感じる熱い視線を感じる度に、ああー男の子だもんなーってちょっと困っちゃってたけど・・・・もう困る事は無いから
安心してね? むしろそういうのを今ボクはいっぱい欲しいんだ。今までは話でしか聞いてこなかった事をこれからたくさん経験出来るっ
て考えるともう嬉しくて仕方がない―――だからとりあえずおウチに入ろう、ね?」
「違うんだ・・・・さくらさん、聞いてくれ、オレは―――――」
「義之くん」
「あ――――」
「ボク達のおウチに、入ろう?」
「・・・・・はい」
一睨みされてオレは封殺されてしまった。さくらさんがオレの手を引き家の中に引き入れる。オレは黙ってさくらさんの後を歩いた。
居間に着くと温かいお茶が用意されていた。いつもの席に着くとオレの隣にさくらさんが座っていつもと同じく色々な事を喋り始めた。
学校経営の事とか最近表彰された科学者の事、テレビで流れている紛争の個人的な意見とか特にジャンルは決めず話してくれる。
オレはそれに適当な相槌を打ちながらお茶を飲んだ。しかしそんなオレが気に喰わなかったのか頬を膨らませながら抗議してくる。
「むぅー、義之くん聞いてるー?」
「・・・・大体聞いてます」
「大体って・・・・もう、義之くんはボクのお喋りしてる時っていつも目を輝かせて聞いてるのに今日はノリ悪いぞー」
「誰の所為だと――――」
「ボクの所為だね」
「・・・・すいません、言い過ぎました」
「にゃはは、別にいいんだよ。ボクが無理矢理義之くんを引っ張りこんだんだから」
そう言って顔を俯かせてしまうさくらさん。罪の意識は確かに感じているんだろう。だがさっき言っていた『覚悟』―――それをしてしまってる
から止めるつもりは無いと言っていた。
覚悟を決めたさくらさん―――厄介だ。オレが何を言ってもこの人は聞かないだろう。昔からそうだが自分が決めた事にはとことん忠実だった。
ただでさえそれなのにもっと強固な意志を持って行動してくる、オレにそれを―――気持ちを止める事が出来るだろうか。自信が無い。
顎に手をやりオレがそうやって自問してると横から視線を感じた。横を向いてさくらさんと目が合うとなぜかあたふたし始める。なんだ?
「ん、なんですか?」
「あーいや、んとね・・・・はは」
「――――?」
「・・・・よ、義之くんてやっぱり格好いいなぁって思ってさ、にゃはは、なんか照れちゃうな・・・・」
「な――――」
照れたように赤くなるさくらさん。オレもそんな事を言われて思わず顔に熱を感じてしまう。思わずそっぽを向いてわざとらしく咳払いをした。
あのさくらさんに格好いいと言われる、それは子供からの夢であったしそう言われたい気持ちが常にあった。ある意味オレを認めてくれた発言に
思わず嬉しさが湧きあがってしまう、少し胸の鼓動が早くなった気がした。
結局、こんな状況になってもオレはさくらさんを嫌いになれないでいた。むしろ段々異性への愛に変わっていくこの気持ちにオレは戸惑いを覚えて
いる状態、やばい兆候だ。なんとかしなければいけいない。
「お、オレ、風呂入ってきます」
「あ、ちょっと待って」
「はい?」
「・・・・・また、ボクと一緒にお風呂に入ろうか?」
「――――え?」
「大丈夫、今日は何もしないよ。少し体が痛いもんで無理出来ないんだ」
「あ・・・・」
お腹の下辺りを擦りあげているさくらさん。たしか昨日の話では初めてと言っていた。初めて感じる痛みにあまり慣れていないらしい。
何もしない―――あまり信用出来なかった。少しでも熱が入ればすぐに昨日みたいな事になるだろう。さくらさんの今の状態を考えても
そう考えている。
オレが口を開きかけ断ろうとする―――前に、手を引っ張り上げ立たせてくるさくらさん。楽しそうに笑っていた。
「ほら、早く行こう?」
「き、今日は一人で入りたい気分なんですよ。さくらさんも疲れているようですしその方がいいんじゃないですか? それに、ほら、オレって
案外風呂入る時間が長いからさくらさん湯あたりしちゃいますよ。さくらさん体の状態よくないのにもしそんな風になったら・・・・」
「義之くんのお風呂入ってる時間て大体16分ぐらいだよね、別に長くないと思うよ。さぁ行こうか」
「あ、ちょっと、さくらさん――――」
「大きくなって一人でお風呂に入れる様になっちゃったから少し寂しかったんだぁ、でもこれからは毎日一緒に入ろうね。昔は何をするにも一緒
だったんだしいいよね? 体もお互い洗いっこなんかしたりして楽しいと思うよ?」
「・・・・・・・」
「にゃはは、凄く楽しくなってきたなぁ」
結局また流されてしまう。断りきれないでまたさくらさんに手を引かれどんどん泥沼に嵌って行く。このままいったらオレはどうなるんだろうか
と手を引かれながらぼんやり考える。半ば諦めに似た感情が体を駆け巡っていた。
考えて、自問して、答えをだしても結局全部さくらさんの言う通りになってしまっている今までの現状。もう考えるだけ無駄なように思えてきた。
それに言葉では嫌だと言って置きながら心の奥ではさくらさんに愛される事に喜びを感じるちぐはぐなオレの心。さくらさんに求められる度に
この喜びは大きくなっていくだろう。大きく大きくなって――――オレはもうさくらさんしか見れなくなるかもしれない。
それもいいかもしれない―――一瞬そう思った気持ちを無理矢理心の底に閉じ込める。さくらさんが微笑んでこちらを見てきた。オレはそれに
対して、曖昧ながらも笑みを返した。
「・・・・・・」
テーブルの上に置かれたカップを見る。一つは私が飲んでいるカップ、中にはインスタントらしい無難な気品もない飲料水が入れられている。
そしてもう一つ、何も入れられてない空きカップが置かれている。そのコップを使用する筈だった者は今はこの場に居ない。
お風呂に入ろうとした時に急に家に帰らければいけないと言って態度を急変して上着とカバンとマフラーを持ち、急いだ様子で家から出ていった。
あれだけ家に帰りたくないと言っていたのに、いきなり踵を返し家に帰る義之。普通じゃなかった。異常だったと思う。
「ふぅ・・・・」
少し冷めてしまったコーヒーを一口飲み、考える。今日は色々な事が起きる日だ。義之に振られたり義之を殴ったり・・・・義之が何か
思い詰めているのが見え隠れしてるのが分かったり。
私という邪魔者が居なくなったんだからもっと楽そうにしてもいいのにと思った。邪魔者、どうやら自覚はあったようだ。一人苦笑いしてみる。
義之はあまり困った事があっても他人に相談したりはしなさそうだ。他人が関わるべきじゃないとか思ってそうだしプライドもあるのだろう。
だから私が問い訪ねても教えてくれなかった。友達、という関係になったのだからそれぐらいは教えてくれてもいいのにと思う。
「うーん・・・・気になりますわね。何を隠してるのかしら」
椅子に背を掛けてグラグラ揺らす。行儀の悪い事だが案外気持ちい。せっかく王宮から離れたのだしこれぐらいはいいだろう。
別れを突きつけられても私は義之が好きだ。一生纏わりついてやると考えていたが、その纏わりつく人物が悩んでいたらオチオチ纏わり
つけない。由々しき事態だ、私はいつでも義之にくっついていたいのに。
それに、と思い出す。私を路地裏で助けてくれた時の事を。あの時の出来事は私にとって衝撃的だった。あんなにも躊躇なく人を殴れる
人なんか見たこと無いし怖くもあった。手なんか震えていたし涙もぽろぽろ出てきてしまった。
しかしそれ以上に―――格好いいと思ってしまった。随分野蛮人な王子様だが気高さがあった。そして会話をする度に私は義之の隠された
魅力にたくさん気付き始めて、もう目が離せなくなってしまった。
恋、敗れはしたが残った物は多くある。そのお礼と路地裏での件の借りを返したい。義之の助けになりたかった。
「まぁ、色々引っ付いて迷惑を掛けてしまったようですし・・・・明日の放課後でも義之の家に遊びに行きましょうか」
そうすれば何か分かるかもしれない。そう思った私はとりあえず寝室に行き眠る事にした。これ以上何を考えてもしょうがないし行動ある
のみだ。いつまでもお姫様してたんじゃ義之の事を助けてやれない。
ああ、せっかくだから芳之学園長にも何かおみやげを買っていく事にしよう。私からのプレゼント―――気に入ってくれるといいな。
「・・・・・はぁ、はぁ」
「―――にゃはは、結構出したね、義之くん。こんなにいっぱい・・・・んっ」
膣から流れ出てくる精液をティッシュで拭きゴミ箱に捨てる。義之くんの方を見ると随分疲れた様で荒く息をしていた。かくいうボクも結構
疲れているし無理したから体が痛いのだが弱い所は見せられない。だってボクは義之くんの母親なんだから。
あのあと結局お風呂ではやらなかったがこうしてボクの部屋で抱き合ったボク達。まぁ仕方ないけどね。お風呂場であれだけ密着したりキス
したり口でしてあげたりしたからもう抑えが効かなくなったのだろう。その後散々焦らしたりもしたからボクが「部屋に行こうか」て言ったら
黙って着いてきてくれた。義之くん攻略もあともう少しかな?
「それにしても義之くん激し過ぎだよぉ、体壊れるかと思ったじゃないか。ボクあんまり体が丈夫じゃないんだから無理しないでね?」
「す、すいません・・・・つい・・・・・」
「うそうそ、冗談だって! 義之くんに求められるの大好きだし、別にその所為で体なんか壊れちゃってもいいんだから。むしろ
本望って感じかなぁ、あはは」
「――――冗談でもそんな事言わないでください。体なんてものは結局一つしかないんですから」
「・・・・そうだね、ごめん」
義之くんの胸に頭を擦りつけて甘えてみる。義之くんは腕を上げて若干迷った動作をしたが、結局頭を撫でてくれた。うにゅ、気持ちいい。
小さい頃はボクが撫でる側だったんだけどなぁ、いつの間にかボクより背なんか大きくなっちゃって・・・・年月が経つのは早いと思う。
この子を育てようと思って頑張ってきたのにまさかこんな関係になるなんて夢にも思わなかった。源氏計画の逆バージョンになっちゃったけど
これはこれでボクは満足している。こうやって甘えていると昔より今この瞬間が大事な様に思えた。
「うにゃぁ、もっと撫でてよぉ」
「・・・・まるで猫みたいっすね」
「そんなつもりはないんだけどなぁ。でも義之くんだけだよこんな風に甘えるのは。だから勘違いしないでね」
「・・・・そうっすか」
そう言って脇に置いてある服から煙草を取り出し咥えて火を付けようとライターを取り出した。だがボクはそれを奪い取る。少し虚を突かれて
茫然とする義之くんにボクは微笑みかけた。
そうしてライターを煙草に近づけて万が一にでも火傷しないように周りを空いた手でかざし、火を着けてやる。こういうの憧れてたんだよねぇ。
「なんだか大人の女って感じがするでしょ?」
「あ、ありがとうございます。まさかさくらさんにこんな事をして貰えるなんて夢にも思わなかった」
「こういう関係になってなかったらありえなかったもんね。役得、役得」
「・・・・・はは」
どこか乾いた笑みを浮かべる義之くん。まだ踏ん切りがついていないらしい。でももうすぐで義之くんがボクの虜になるのは分かっている。
確かにボクは必死ではあるがこういう時は焦ってはいけない、だってもう結果が分かっているのだから焦って失敗したら元も子もない。
ゆっくり、バターを溶かすように、着実に、じっくり・・・・そうしていけば確実にその結果は覆せない。
「段々ボクが良い女に見えてきたでしょー? だからもっと頭を撫でてよぉ」
「・・・・まぁ、これぐらいならいつでも。けどさくらさんがこんな風に甘えてくる姿なんか想像出来なかったな。いつでも甘えさせて
くれる人だったし周りの人達もみんなそんな感じだった。それに対してさくらさんは嫌な顔をせず対応してて凄いと思ってました」
「甘えさせてくれる人いなかったしねー。それにボクは年長者だからそれは仕方無いよ、何十年も生きてるおばあちゃんなんだから」
「・・・・甘えさせてくれる人がいない、か。そうですよね。いつでもオレ達は甘えて守ってもらってばかりだった」
「でも今はそんな事ないよ? こうして義之くんに好きなだけ甘える事が出来るし幸せなんだぁ。それに義之くんはいつでも傍に
居るって言ってくれたしこれからも好きなだけ甘えさせてね」
「・・・・はい、オレはさくらさんの傍に―――――」
それ以上言葉は続かなかった。ボクが軽く一瞥したからだ。今ボクの顔は怒りの表情を作っているかもしれない。だって嘘をつかれたんだから。
本当はそう思っていない。この場を切り抜けようと出まかせを言っているのが分かる。怒りの感情が込み上げ―――少し悲しかった。
「じゃあなんで今日は学園長室の前を通りさえもしなかったの。嘘をつかないで」
「・・・・・・うっ」
義之くんのモノを握り締めて耳元で囁く。義之くんに嘘をつかれて少しショックだった。いつでもこの子はボクに正直だった筈なのに。
大人になると良いことも増えるが悪いことも増える。例えばこの場合義之くんが嘘をついた事だ。嘘は相手を騙すという事、欺くという事だ。
手を離し「痛くしてごめんね」と呟いてペニスの先に口づけをする。行為の跡が残っており少し苦いが義之くんの物だと思えば気にならない。
「ずっとお茶菓子を用意して待ってたのに来ないんだもんなぁー。まぁ義之くん自身色々考えたかったこともあるだろうし別にいいんだけどね。
でも明日は来てね、待ってるからさ」
「・・・・・・」
「嫌、なのかなぁ・・・・ぐすっ」
「あ・・・」
少し涙が零れてくる、もちろん演技。義之くんはボクの涙に弱かった。慌てて再び頭に手を置き撫でてくる感触に安らぎを感じる。
こうした搦め手を使うのは少し気が引けるが手段を選んではいられない。物事を進めるのにはそれが大事だと思う。円滑な進行には
そうした事に戸惑いを覚えてはダメなのだ。大胆にいかなければならない。
義之くんは何かを言いたげに口を開くが、閉ざしてしまう。だから義之くんのモノを再び擦り上げながらボクは義之くんの眼を見て言った。
「来てね、義之くん」
「・・・・分かりましたよ、行けばいいんすよね、行けば」
「もう、そんなに怒らないでよ。好きなお茶菓子いーっぱい用意しちゃうしお話もたくさんしちゃうし・・・・こんな事もいっぱい、しよ?」
「・・・・くっ」
「もう元気になってきちゃったね。休憩は済んだしまたやろうか? 義之くんもまだまだ若いんだしいけるでしょ?」
「・・・・で、でも明日も学校が――――」
「んー遅刻してもいいよ。休んでもいいし。学園長公認の遅刻・休みなんて滅多にないから感謝するようにね、義之くん?」
「・・・・変わったな、さくらさん」
「恋をすれば女の子は変わるものなんだよ。美夏ちゃんだってエリカちゃんだってそう、義之くんなら分かるでしょ?
それが良い事か悪いことかは、まぁ、人それぞれで一概には言えないけどね」
「・・・・・・」
「だから、しよ?」
義之くんの前に顔を突きだし目を瞑る。額と額がくっついてるこの状況、唇に温かい感触、義之くんがキスをしてくれた。
初めて義之くんからしてきてくれたキスにボクは胸が震えた。ああ、夢にまで見た義之くんからのキス。夢心地とはこの事を言うのだろう。
体を重ねるのもいいかもしれないがボクだって女の子だ、こういうのに憧れもするし求めたりもする。
そして感じる確かな感触。義之くんはボクに傾きつつある。こうしてキスをしてくれたのがその証拠だ。すごく、嬉しい。
でも心の中ではまだ不安があった。美夏ちゃん、あの子は危険だ。こんな風に体を重ねてもその不安は消えやしない。それほどまでに義之くんは
美夏ちゃんの事を好きだとは分かっていた。もしそうでなかったらもうとっくにボクに堕ちている筈なのだから・・・・。
とりあえず今はその事を考えないでおく。せっかく義之くんと抱き合ってるのに不毛だ、とりあえず今はこの感触を楽しまなければいけない。男の子
らしい柔らかい様な、それでいて固い手がボクの秘部をなぞり上げる。艶めかしい声が漏れてしまった。
義之くん、ボク、いっぱい頑張るからもっと愛してね。もっともっと好きな事をさせてあげるから、離れないでね。