「少し自重しないと、駄目かな・・・。でも・・・・」
思わず怖い声を出してしまった自分に、少しだけ自己嫌悪。義之君が戸惑う様子が電話口から伝わってきた。
今まで難なく義之君を元の状態に戻すことが上手く行っていただけに、今回みたいに約束をすっぽかされると
焦ってしまう自分が居た。
人間なんだから物忘れとか気が変わるというのは、仕方の無い事だとは理解しているつもりだ。しかしその一方で
ふざけるなという怒りが湧いてくるのも事実。
自分は・・・・こんな感情的だったか。むしろちゃんと自分の感情を律するのは得意な筈だ。今までそうやって
生きてきたし、今回みたいにヒステリックになる事は無い筈。
「・・・・・にゃはは、今更な話、か」
しかし、そう考えて―――笑った。じゃあ表の世界であれだけの騒ぎを起こした自分はなんなんだ。
義之君を始め、エリカちゃん、アイシア、その他大勢を巻き込んでヒステリックに叫んでいた自分は本当に
感情的にはならない人間なのか。むしろ逆なんじゃないのか。
ああ、本当におかしい。まるで自分が自分じゃないみたいだ。思ったままに行動して、思ったままに言葉を吐き散らして。
そんなのは子供がする事だ。よく外見が子供っぽいとか言われるが、本当に子供になったつもりはないのに。
「でもそうでもしないと、義之君またフラフラどこかへ行っちゃうしなぁ。人生ままならないよね、はりまお?」
くぅんと鳴くはりまおの喉を撫でてやる。そう、人生は本当にままならない。自分の場合それが如実に表れている。
年齢が一ケタの本当の子供の時からボクの時間は止まっている。なんとか動かそうとした事もある。だが、無駄だった。
結局数十年もこうやって生きてしまっている。なにをするでもなく、ただ生きているだけ。時々魔法の事を憎たらしく思う。
だから少しぐらい我儘を言っても仕方の無い事だ。別にボクは聖人様でも何でもない、普通の女の子。恋ぐらいしていいじゃないか。
お兄ちゃんに恋慕して、可能性が無いと知って諦めてからの久しぶりの恋。義之君の傍に居るだけで幸福に満ちたりた気分になる。
今まで何の実りも無い人生だった。だから一つぐらい――――報われたっていいと思う。
「義之君遅いなぁ。もうそろそろ帰って来てもいい頃なんだけど・・・・うにゃ」
もしかして事故にでも合ったのだろうか。この世界でそうなる確率は殆どない筈だけど絶対無いとは言い切れない。
この間、義之君は倒れた例があるがあれは仕方無い。折角元の世界の記憶を上塗りしていったのに、急に思いだそうとするんだもの。
だから桜の木の力があんな荒治療を施してしまった。こういう細かい所の力はまだまだだなと思う。力が大きい分、少し大雑把な
力の行使をしてしまうのは後々改良が必要なのかもしれない。
義之君の意志が強すぎるというのもあるんだけどね。あんなに自我が強い人間も中々居ない。普通だったらもっと早くこっちの世界に
馴染んでいいはずなのにな。ボクの遺伝子を継いでるだけあってそういう所は中々だと思う。
しかし、それだけが原因じゃない様な気もするが・・・・まぁいい。どっちみちこの世界に居れば遅かれ早かれ溶け込む事になる。
「うーん、一応迎えに行った方がいいかなぁ。はりまおも来る?」
「・・・くぅー・・・・・」
「ありゃりゃ、寝ちゃったか。しょうがない。ボク一人で迎えに行くかな」
立ち上がり上着を着る。なんだか夫を迎えにいく妻みたいで何だか気恥ずかしい様な、嬉しい気持ちになる。
こういう感覚をずっと欲しかった。付き合った男女が普通に感じるこの感情。もう離したくない。
まるで麻薬の様に絶え間なく心の奥底から溢れる幸福感は、一度味わってしまったらもう止められそうになかった。
まぁ、止めるつもりはないんだけどね。今までロクな恋愛をしてこれなかったんだし、皆がしている事をしている
のだから他人にとやかく言われるつもりもない。
「おー今日も晴天だなぁー。やっぱりこういう日はお散歩するに限ると思うよ、義之君」
外に出て上を見上げるとそこには雲ひとつない真っ青な空模様。今日も約束された幸せな日が待っているだろう。
だって『此処』はそういう世界。雑音なんか全く入らない世界だ。表の世界は色々気に触る事が多すぎてカリカリしていたが
此処にはそれが無い。うーんと、背伸びをして新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
さて、今日のお散歩コースはどこにしようか。別にどこだっていいのだが、その場所にまつわる想い出は沢山あった方がいい。
そうすればその場所に行く度に、義之君との楽しい想い出を思いだせる。今までは味気の無い思い出が多かったがもうそんな事は無くなる。
「しっあわせは~あーるいてこない、だからあーるいてゆくんだねぇ~」
待ってても幸せは来なかった。だからがむしゃらに動いてこの幸せを掴んだ。
何処か心の奥底でそれは間違っているという声が聞こえはしたが、何も間違ってはいない。
そう――――間違って・・・・・無い、筈だ。
「ぎゃあぁぁぁぁああああーーッ!」
「両足折れたぐらいでそんなに騒ぐなよ。それじゃ彼女なんて出来ないぞ?」
まず身近に居た男の足を折りに掛かった。真っ正面から膝下に蹴りをくれてやったらポッキーみたいに簡単に折れた。
たまらず倒れる男。悲鳴を上げてるだけで逃げようとしないから、ついでに残りの片方を踏み砕いてやった。
耳を突け抜ける様な声に若干顔をしかめたが、気を取り直して左腕も踏み砕く。人間の間接なんて本当に脆いモノだと実感した。
少し足を捻れば捻挫をするし、ほんの拍子がずれただけで間接が抜ける事もある。丈夫に出来ているようで丈夫に出来ていないもんだな、本当。
「て、てめぇ桜内っ!」
「なんだよ、先輩」
「こんな騒ぎ起こしていいのかよっ? お前警察に捕まるぞ、それでもいいのかっ!?」
「強姦魔がよく言う。お前らを例え殺したとしてもオレは助かる。なんてたって――――この世界の中心はオレなんだからな」
「ば、お、お前薬でもキメてんのかよ・・・?」
「マリファナだっけか。一回興味本位で吸ってみたけど糞不味くて吐き出したな。それ以来薬なんて吸わない様に決めたよ」
あれは最悪だった。前の世界で知り合いに勧められて一回吸った事がある。ただの好奇心でオレは自我が強いから中毒には
ならないと思って鼻から吸ってみた。
その瞬間、オレは吐いた。もう二度と吸わないと誓った。多分乾燥させる段階で失敗してそのまま流失したモンなんだろうが
麻薬中毒者の気持ちなんざ今でも分からない。だったら煙草でも吸ってた方がまだマシだ。
「・・・・・ガ・・・ひ・・・ィ・・・」
「ん? おお、両足と片手折られたのによく失神してないな。お前、意外と強いんだな」
「・・・・た、助け・・・・て」
「安心しろ。片腕は残してやる。その代わり実験させてもらっていいかな?」
「な、なにを・・・・・」
うつ伏せに倒れてる男の髪を引っ掴み顔を上げさせる。この辺にあるかな・・・っと・・・・お、見つけた。
そうして懐からライターを取り出す。別に煙草を吸う為に取り出した訳じゃない。確かに一服はしたいが、この状況で吸うほど
オレは馬鹿じゃないつもりだ。
ライターを手に取ったオレを困惑した目で見てくる茶髪の先輩。そういえばコイツにも殴られったけな。ちょうどいいや。
「人間の眼球って殆ど水分で出来てるんだよな」
「・・・い、いきなり、何言って・・・・」
「よくグロ映画で焼いたりしてるけどさ、本当に焼けるもんなのかね。なぁ、先輩――――どう思う?」
「ま、まさか・・・・っ!」
頭が足りなさそうな顔して意外と察しがいいな。人は外見で判断しちゃいけないというが、その通りだと思う。
必死に逃げようとしてるがオレが髪を掴んでるんで中々上手く移動出来ていない。そもそも両足折られてるんだから無理な話だ。
端目に奥で突っ立ってる男達の様子を窺う。あまりの事態に茫然として逃げようともしていない。馬鹿丸出しな先輩達だよ、ほんと。
「じゃあ、バーベキュー開始」
「や、やめ――――――」
火を目に当てた――――瞬間、絶叫が路地裏に響き渡った。まるで獣染みたような悲鳴。慣れた悲鳴だった。
一生懸命顔を背けようとしてるがオレの手がそれを許さない。目を閉じようとしても構わず瞼の上から火で熱され、意味は無かった。
喉をブッ壊しかねない悲鳴を何分でも聞かされそうだったので、とりあえず離してやる。野郎の悲鳴なんて聞いても嬉しくねぇーって。
「お前、本当にうるせーな。そんなんでオレよりも年上なのかよ、まったく」
「・・・・ヒ・・・ァァ・・・ああァ・・・・」
「ハハハ、女みたいな裏声出してんじゃねぇよ。お前、そんなにウケさせたいのかよオレを」
「・・・・こ、このイカれた糞ガキが・・・・」
「あ? 何か言いたいなら掛かってこいよ。カカシみてぇに突っ立ってないでよ。それとも少しびびっちゃいました?」
「ふ、ふざけるなよっ! 誰がテメ―なんかに――――オイ!」
「あ、ああっ!」
こちらに突っ込んで来そうな様子を見せてくる。オレもいつまでも遊んでる場合じゃねぇか。色々焼きたい場所があったんだけど
これが終わったら後でまた試そう。こんな時でも好奇心旺盛な自分にほとほと呆れかえる。
そして、その男から離れて歩きだそうとして――――残った右腕を完全に踏み砕いた。また反響する悲鳴。
オレは思わず腹を抱えて笑いそうになった。まさか、本当に右腕は残して貰えると思ったのだろうかコイツは。今の声質はまるで予想
していなかった時に出るモノだ。あまりの能天気さに、本当に腹を抱えそうだった。
両足、両腕を折られてイモ虫みたいにピクピクしている姿は一種の大道芸に近い。おひねり代わりに頭をサッカーボールを蹴るみたいに
吹っ飛ばしてやる。そうすると意識を失ったのか体全体を痙攣させながら黙ってしまった。
そんな男の様子に一瞬怯む様に立ち止まる二人のクズ。どうやら本当に馬鹿らしい。やる事やる事何もかも半端だ。走ってくるなら
走ってくるで突っ込めばいいのに。こんな状況でそんな行動するって事は――――死にたいって事だ。
「ガァッ!?」
「何、ぼけっとしてんだよ。舐めてんのかオレを」
棒立ちしている男の一人にさっきのガラス片を股間目掛けて投げてやると、ちょうどよく真ん中に当たった。
小便を漏らしたみたいに赤い色が滲み出てくる。もう使いモノにならねぇな、ありゃ。オレからしたらどうでもいい事だけど。
まるで支えを失った様に股間を押さえながら座り込む男に、まだ無事な男は顔面を蒼白にした。確かに痛そうだもんなぁ。
「て、てめ―――――」
「臭ぇ息吐いてんじゃねぇよ、タコ」
残ったピアス男には少々因縁があるので、オレはその男に向かって弾ける様に駆けた。そんな状況でもどうしたらいいのか分からず
あたふたしている男、滑稽だった。だからその勢いのままに思いっきり鼻っ柱を殴ってやる。
変な高い悲鳴を上げて顔を手で覆う相手。脇の股間から血を流しているヤツは放って置くか、しばらく何も出来そうにねぇし。
とりあえずこのピアス男を処理しよう。こいつに喰らった膝蹴りは中々に痛かった。だからオレも同じように腹に膝をくれてやった。
「グ・・・ァ、や、やめろ」
「なぁ、膝蹴りって痛いだろ? それはそうだ、骨の密集体だしな。これでやられる人の気持ちが分かったか、ああ?」
「く、くそ野郎・・・・」
「はは、元気がいいな。じゃあもう数発あげるよ」
「ヒ――――――」
多分最初の膝で骨にヒビが入ってるだろうが、気にしないで勢いをつけてまた膝蹴りを喰らわせる。
乾いた音がして耳に響く悲鳴。二発で折れたか。全く鍛えて無いな、コイツ。そんなんでよく喧嘩をしようと思ったな。
半ば呆れる気持ちでまた膝蹴りを骨が折れた場所に喰らわせてやった。子猫が出しそうな声を吐き出す男に、オレは吹きそうになる。
「・・・・・・ァ」
「そういえば人間の体で一番硬い場所って何処か知ってるか? 意外と膝とか肘じゃねぇんだよな、これが」
「も・・・・もう、許―――――」
「答えは、ここだよ」
目の前にある男の耳に、思いっきり噛り付いてやった。ブチブチと肉が裂ける音。言いようの無い悲鳴を出して逃げ出そうとする
のでまた膝蹴りを喰らわせて黙らせる。
歯はエナメルで覆われているのでかなり硬い。歯医者行って歯を削る時なんかダイアモンドで削るしな。そんな硬さのモンで耳
なんて柔らかい所噛んだらそれは裂けるに決まっている。
ペッとぐちゃぐちゃになった耳の肉と、ピアスを地に吐き出す。男の耳からは絶え間なく血がボトボトと垂れていた。
「何泣いてるんだよ。男の子だろ?」
「ヒ・・・グゥ・・・グ、スッ・・・・・」
「おい、気持ちわりぃから泣くなっつってんだろ」
「そ、そんな・・・・こと・・・いわれて、も、」
「さっきまでお前ら平気で無抵抗な女襲った癖に、こういう時だけ涙見せれば助かると思ってやがる。
そういう所が、癇に障んだよ、カス」
他人を平気で殴ってあざけ笑ったり、集団で女を強姦する癖にいざ自分が酷い目に合わされると許しを乞う姿、オレの神経を更に逆なでさせる。
だから、男の髪を掴み思いっきり下に向けさせてやった。強制的に地面を見る体制になる男。その無防備な顔に勢いを付けて膝で蹴り上げた。
ボキッと鼻が折れる音。親しんだ感触と音だ。悲鳴を出す前にもう一回膝で蹴り上げる。そしてもう一回、更にもう一回と・・・・。
「顔面ぐちゃってるな。接骨院に行ってももう治らない怪我だ。よかったな、無駄な金払う事が無くなって」
「・・・・・・ッ、ァ・・・・・」
「もう声も出ないか。じゃあ喉なんていらないよな」
掴んでいた髪を更に後ろに反りかえる様にグイッと引っ張る。無防備にさらけ出される喉。今度はそこに膝を入れてやった。
ヒュっと空気が漏れる音。喉という呼吸をするのに大事な場所、それでありながらとんでもなく柔らかい場所に蹴りを入れられた男は
悶絶するように暴れた。
恐らくいきなり呼吸が出来なくなって焦っているのだろう。このまま放っておけばもしかしたら窒息死するかもしれない。
だがそんな事は知った事ではないので、もう一度念入りに数回に分けて膝をくれてやった。そうするとさっきまで痙攣していた男の
姿がみるみる大人しくなっていった。
気絶したか、もしくはショック死か、どっちでもよかった。離すと糸の切れた人形みたいに崩れ落ちたので、トドメと言わんばかりに
喉を革靴で踏み抜いた。
もし万が一、生きてたとしても一生流動食だ。なんの感情も湧かない。アイシアがされた事に比べればむしろお釣りがきそうだ。
「もっと痛めつければよかったかな。こんなあっさり終わっちゃアイシアに怒られちまう」
「・・・・・う、うわぁぁぁあああああッ!」
「あ?」
さっきまで股間を押さえながら悶絶していた男がいきなり出口に向かい走り出した。あまりの異常事態に本能が勝手にそうさせたのかも
しれない。喉の奥から絞り出す様な悲鳴を上げながら逃げようとしていた。
馬鹿が――――逃がすわけねぇだろ。あらかじめ拾って置いた石をそのドンくさそうな足に向けて振りかぶって投げつけてやる。
そしてちょうど渉達の前に転がるように顔面から這いつくばった。あまりの事態に渉達は動けないでいる。
「お、おい・・・・よしゆ――――」
「最初に言ったけど、お前らを逃がすつもりなんてねぇよ。それにお友達置いて逃げるなんて薄情にも程がある」
「・・・・う・・・くぅ・・・」
渉が何か言った様な気がするが気にしていられない。とりあえずオレはその男の髪を掴んで、さてどうしたもんかと考える。
小恋と杏は渉の後ろに隠れており、どうやら邪魔はする気は無いみたいだ。だったら思う存分やりたい事やれるな。
オレは辺りを見回して何かないかなと探し――――見つけた。そこにはショーウィンドウになっている小物屋が開かれていた。
「お店の人には悪いが、しょうがない。文句を言うんだったらこいつらに言って欲しいなぁ。今のオレ金持ってねぇし」
「な、なにを―――――」
「ほら、いくぞ」
「えっ・・・・」
そう言って、思いっきりガラス張りになっている窓に顔から突っ込ませてやった。ガラスが弾ける音、小恋達の悲鳴が耳をついた。
周りの通行人も何事かと見てくるが無視する。そうして引き上げて男の顔を見ると顔面が血まみれになっていた。まるで映画の特殊
メイクだなと感じる。多分あっちよりもこっちの方がリアル志向だけどな。
持っていた後ろ襟を離してやると、男はたまらず倒れ込んで顔面を押さえて悲鳴を上げた。細かいガラス片が刺さってる所に手が触れて
痛かったのか。アホみてぇ。傷口には触らないでねと医者に教わらなかったのだろうか。
散らばるガラス片を適当に掻き集めて、男の髪を掴み視線を合わせた。もう勘弁してくれ――――目はそう言っていた。
「なぁ、アンタ。アイシアの具合はどうだった? 最高だったか? 外国の女と犯れて最高だったか?」
「な、なに・・・を」
「多分いい思いをしたんだろうな。あれだけの上玉だ、お前らなんかが一生掛かっても相手にされなさそうな女と
犯れたんだ。さぞかし気分がよかっただろう」
「わ、悪かった・・・・だから・・・・」
「だから許せ、か。お前――――本当に糞カスだな」
「ヒッ・・・・!」
「表の世界でもこういう世界でもやっぱり屑は屑なんだって再認識したよ。オレもお前と同じ人間な筈なんだけど
何を考えて生きてるか分からねぇ。まぁ、何にも考えないで生きてる獣だからそれは仕方ないか」
人は獣に在らずとは誰が言った言葉だったか。オレはそんな言葉を信じはしない。思うまま動いて思うまま喋り、そして
思うまま他人に縋って生きているコイツらを見ると吐き気がする。
こいつらには親がいるだろう。そして毎日暴言を吐いて、学費を払って貰って、女をレイプしている。笑える話だ。
その女がどうでもいい奴だったら別に構わなかったんだが、生憎その女はオレにとって大事な『友達』だった。
いや、友達なんて言葉じゃ表わられない。恩人、愛すべき人、尊敬すべき人。色んな感情が渦巻き表現のしようが無かった。
そんな人間をボロ雑巾のゴミみたいに捨てやがったコイツらをオレは許せない。例え幻影だろうが報いは与えてやる。
「ま、オレの自己満足に付き合ってくれよ。なぁ?」
「ふっ、―――――ぐ」
集めたガラス片を男の口の中に入れて、蹴り上げた。目から溢れんばかりに涙を垂れ流してくぐもった声で喚く。
裂傷って中々治らない上に、口の中の裂傷って言ったらもう想像を絶する痛みらしい。あまりにも人がすぐ発狂するから
拷問じゃ禁じられた程だ。
だから二回、三回、四回、五回と丁寧に踏み砕いて口の中全体に行き渡る様にしてやった。ガラス代がもったいないしこれぐら
いしてやらないと店の人が可哀想だ。
「・・・・あれ、おーい?」
「・・・・・・・・」
見ると股間からはとめどなく血が溢れてきてるし、口からは何か血に混ざって泡を吹きだしている男の姿。
もしかしたら発狂してショック死したのかもしれない。ただ分かった事は、もうこれ以上何をやっても反応をしないという事だった。
そういえばまだ五体満足な奴が居たっけ。最初に耳をブッ壊した男だ。あいつにも色々してやらないとな。一人除け者じゃ寂しいだろう。
「よ、義之・・・・」
「ん、なんだ?」
「なんで・・・・」
「なんでここまでするのか、か? 決まってるじゃねぇか。オレの気が収まらないからだよ。それ以外無い」
よくこんな状況で話し掛けられたもんだと思う。もしかすると杏は意外にも精神的にタフなのかもしれない。
まぁ、あの茜とつるんでるぐらいだ。そこそこ出来るヤツなのかもな。倒れてる茜を見る限りじゃ偽者っぽいけど根本的に
あるものは変わらないのかもしれない。
しかしそう考えて、本当に胸糞わりぃ事しやがって・・・・と思う。親友―――茜の姿を借りてあんな戯言吐かすなんて、枯れない
桜の木ってのは本当に悪趣味だな。
大方オレから危険を遠ざける為にあんな事しやがったんだろうが、逆効果だ。結果、オレはこうして自分を取り戻した。
「ここまでの騒ぎを起こしたら、貴方は・・・・」
「さぁ、どうなるかな。さくらさんがなんとかするかもしれないし、もしかしたら刑務所行きになってこの世界で一生過ごすかもな」
「・・・・何を言って、るの?」
「杏には関係無ぇ話だよ。じゃあオレは続きに行くからな」
「あ・・・・」
杏を振り切って最初の男の所に向かう。所在無さ気に手を空に浮かべたままだが、止める勇気はさすがに無いみたいだ。
さくらさん――――そろそろ来る頃だと思うが何から話してやろうか。色々言いたい事がある、聞き出したい事がある。
なんにせよ、一発ブン殴って目を覚まさせたい所だ。そう考え、オレは歩き出した。
「な、なにこれ・・・・・」
「ん、おお、さくらさんじゃないですか。どうしたんです? 今日はお散歩に行くから家で待ってるんじゃなかったんですか?」
「・・・・・ウゥ・・・ッ」
「ど、どうしたって――――――うっ」
カランと音を立てて鉄パイプを投げ捨てる義之君。脇で呻いて倒れている男の子の顔を、ボクは思わず見ようとして――――目を背けた。
一瞬見ただけだが、顔がぐちゃぐちゃになっていて、とてもじゃないが見れたものじゃない。思わず吐き気がする程その様は酷かった。
「ん――――ああ、これですか。カスがオレの知り合いに手出してたんで躾けてやってたんですよ」
「し、躾って・・・・」
「だってそうでしょう? 自分の思いたいままに女の子をレイプして、何の罪悪感を感じないなんて獣じゃないですか。
だからこうして分からせてやったんです。ね、別に変な事言ってませんよね?」
そう言いながら目を横に動かしたので、ボクも釣られて目を動かして―――――吐いた。
男三人がそこに倒れてるがどれもこれも酷い。目は何回も焙られたように焼け爛れてるし、両腕両足が壊れた人形みたいに
変な方向に曲がっている男もいる。耳が殆ど食い破られたかのように出血してる男の様もこれまた酷い。
ボクはなんとか気を落ち着かせようと呼吸を整えた。ひゅーひゅーと掠れたような音が喉から出る。こんな光景は初めてだった。
ここまでする暴力性――――あの義之君しかいない。その考えに至ったボクは改めて義之君と向き直った。
「はぁ、はぁ、・・・・・そう、元の状態に戻ったんだね」
「オレ一人の力じゃないですけどね。オレなんかのために犠牲になった人が居た。だからこうしてオレは今さくらさんと話が出来る」
「・・・・犠牲・・・・・?」
そう呟くと、義之君はポケットからあるモノを取り出した。お世辞にも上手いとは言えない不格好な人形。見覚えのあるものだった。
そうか、あれはアイシアの作った人形だ。彼女が初音島を出る前に数回見せて貰った事がある。恐らくボクと対峙する前にアイシアから
受け取ったものだろう。
「これを見た時に全部元通りになりましたよ。いやぁ、さすが何十年も生きてないですよね彼女。こういう人形作るなんて」
「・・・・それは魔法の力で作られているからね。もしかしたらこの世界での抗体剤みたいな役割を果たしたのかも・・・・」
「へぇー」
どうでもよさそうに人形をポケットの中に入れて、ボクを見詰める。
さっきまで発揮していただろう暴力性は秘め、何か話をし始めるといった風だ。
話、か。何を言いたいのか見当が付かない。
「オレが何を言いたいのか分からないって目してるな」
「分からないよ。もうアイシアに操られていない義之君がなんでこんな事してるか分からないし・・・。犠牲ってアイシアの事だよね?
もしかして死んだのかな?」
「・・・さて、どうだっけかな。まぁ、過ぎた事はどうでもいいよ。大事なのはこれからって誰かも言ってたしな」
「やけに淡白な反応だね。これだけ暴れたんだから、もっと怒っててもいいかなって思って―――――」
「そんな事言わないでくれよ、思わず・・・その可愛い面殴り飛ばしてボコボコにしたくなるじゃねぇか・・・・」
口の端を歪めて息を吐く。今にでも駈け出さないばりに感情が体を支配しているのだろう。なのに押し留めてる精神力は大したものだと思う。
ここまで徹底的にやったのだから、そうなってもおかしくはない。あまり軽口は叩けそうに無かった。
なんだ。過ぎた事って言って置きながら気にしてるじゃないか。相変わらず素直じゃないんだから。
「悲しいな・・・・。全部義之君の為を思って行動してるのに・・・・」
「オレの為? ハッ、ばっかじゃねぇのかアンタ。エリカを殺そうとし、アイシアが犠牲になったこの世界にオレを放り込んで
よくそんな事言えたもんだ。とうとう歳で頭がもうろくしたんじゃねぇだろうな?」
「だって義之君はボクの事好きなんでしょ? そしてボクも義之君が好き。確かに犠牲になった人が居た。でもそれは
ボクと義之君が幸せになる為なんだから割り切らないと」
「そういう究極の人愛理論は嫌いじゃないが・・・・そこにオレの意志は無ぇよな、ああ? 勝手に好き勝手暴れて人の事を
拉致して置いて、『これが貴方の幸せなんです』って――――一まるで独裁者気取りだな、さくらさん」
「独占欲って言って欲しいな、義之君はそういうの嫌い?」
「嫌いじゃない。ただアンタが言っている独占欲とオレの言っている独占欲はまるで別モンだとは理解している」
「価値観の違いってヤツか、虚しいね。そういうの」
「まったくもって同意だな。そしてもっと虚しいのがそうして分かり合おうとしない所、だがな」
「人嫌いの癖によく言うよ。もしかしてアイシアの馬鹿みたいな人の良さが移ったのかな?」
「・・・・アンタも人が良かったんだけどな。すっかり変わっちまったみたいだ」
そう言って義之君は懐から一本の煙草を吸いだし、フゥーっと紫煙を吐いた。恐らく脇で倒れている男の物か。義之君が好きな柄じゃない。
そしてボクはその煙草を吸う動作に、酷く苛ついてしまう。知らずしらずの内に拳がギュっと握られ、義之君を睨んでしまう。
アイシアに操られていない元の優しい義之君に戻そうと頑張った。煙草はもとより暴力も知恵も奪った。なのにそんなの関係無いとばかりに
煙草を吸いだした義之君を、許容出来ない気持ちになる。
なんでボクの言う通りにしてくれないんだ。言う通りにしてくれたらきっと幸せになれるのに・・・・。
「煙草、止めて欲しいな」
「あ? なんでよ。一応趣味の一つだし辞めるつもりなんてサラサラ無ぇって」
「前の優しい義之君にボクは戻って欲しいんだよ。優しくて、温かくて、笑顔を向けてくる義之君に」
「・・・・・そういう一面も確かにオレにはある。特にさくらさんの事は結構好きだったし、懐いてた部分もあったな」
「だったら、元に戻ってよ・・・・。元々ボクの世界に居た義之君にならなくていい・・・! せめて、せめてボクに優しく
してくれた義之君に戻ってよっ!」
「――――――なんだ、知ってたのかよ。アンタ」
「・・・・一応は、ね。桜の木に触った時に色々義之君の事を知ったよ。随分波乱万丈な人生を送ってるみたいだね」
「継続中だけどな。オレもまさかこんな事態に巻き込まれるなんて夢にも思わなかったよ。女心は難しいというが
その通りだな。ま、女に限った話じゃないが」
煙草の灰を男の上に落とし、また肺に煙を入れて吐き出すその仕草にはどこか余裕が感じられた。
余裕――――そんなモノは無い、本人だってそれは分かってる筈だ。ここはボクが管理している世界と言ってもいい。
義之君以外になら何だって干渉できるし、今の渉君達みたいに棒立ちにさせたまま喋らせない事だって出来ている。
それなのに、なんでそんな平気でいられるか分からない。そこまで愚かな人間だとは思っていないが・・・・。
「あとなんで優しくしてくれないの、だっけか。当り前な話だよ。アンタ最初にした事覚えてるか?」
「最初にした事って・・・・」
「まず薬剤とかハーブを使って無理矢理その気にさせた事、脅迫染みた言葉、魔法による縛り付け。色々ある。
そんな事しでかすヤツにどうやって優しく出来る? 頭に蛆でも湧いてんじゃねぇか、この野郎」
「そ、それは・・・・」
「付け加えるとオレは優しくない。人の優しく出来る程オレは生きるのに余裕を持っていないし、生まれつき心が病気な
人間だ。そりゃ、限られた数人だけだが自分が気に入った相手には親しもうとするぐらいの感情は少しは出てきた。け
どそれくらいだよ。さくらさんはまた特別だったけど、もうそんな気は無いな」
「でも義之君は本当は優しい人だよ! 自分で気付かないだけでボクには本当に優しくしてくれた、だからこうやって
ボクは好きになったんだし義之君の為なら―――――」
「オレは平気で人を殴れるし、それに罪悪感も何も感じない。脇で転がってる奴らの中には死んでる奴もいるだろうな。
優しい人がここまでするか? 捕まれば一躍テレビで大騒ぎする程の事件だぞ? オレはここが桜の中だろうが現実
の世界だろうが同じ事をした。いい加減目を覚ませよ。アンタが言ってる優しい桜内義之はこんな事するか? 人の
体をボロ人形みたいに遊ぶか? ええ、どうなんだよ?」
「で、でも・・・・」
「さくらさんが言っている都合の良い『優しい義之君』なんて何処にも存在してねぇよ。オレはオレにしかなれない。
けど――――これがオレなんだよ。もし認められないって言うなら・・・・・他を当たってくれ。その方がアンタの
言う『幸せ』になるだろうしな。達者でな」
「―――――違う」
「一応聞いておくけど、何が違うんだよ?」
「―――――ッ! 違うッ! 義之君はまだ操られてるんだよ! だからそんなボクを傷付ける事ばっかり言うんだッ!」
「・・・・・帰ったらブルド―ザーで桜の木刈り取ってやらねぇと駄目だな、こりゃ」
違う、違う、違うッ! 義之君はこんな事言わない、だって桜の木の前でボクに幸せを誓ってくれたんだ!
なのにこの義之君はまだ訳の分からない言葉を言っている。きっとまだアイシアの魔法が残ってるんだ。
腹わたが煮くり返りそうだが、今は無視する。そうだ―――きっとボクの力がまだ足りて無かったんだ。
もっと力を出せばアイシアの魔法なんか・・・・・・そう思い、手を義之君にかざした。
「なんだ、魔法でまたゴリ押しか。芸が無いな」
「・・・・なんとでも言えばいいよ。だって義之君の為なん――――――キャッ!?」
「お、意外と早かったな」
「な、なに・・・・!?」
突然周りの風景が歪み始めてきた。まるで絵具が混ざり合って最終的には茶色から白に向かうみたいに段々空白の空間が生まれていく。
有り得ない。だってここはボクが管理している世界なんだ、ボク以外にこういう事を出来る人物なんか何か居ない。
思い当たる人物はアイシアのみだが・・・・それも有り得ない。もし生きていたとしても彼女一人じゃ何も出来ないのは分かっている。
じゃあ―――――なんで今にもこの世界は壊れそうなのか。
「ま、まさか義之君っ!?」
「アホか。オレにそんな力があるならとっくにやってるよ。桜の木に操られて大分頭の回転鈍ってるな、アンタ」
「それじゃ・・・・」
「まぁ、オレの力じゃないが・・・・皆の力ではあるけど」
「それってどういう―――――」
煙草を投げ捨て義之君は口端を歪めて、笑った。まるで自嘲するみたいに。
そしてポケットに手を入れて、再確認する様にその言葉を発した。
「やっぱりオレは、優しくないって事ですよ―――――さくらさん」
「だ、だから由夢ちゃん。そこはもうちょっと息をスパーンて吐き出すように力を加えて・・・」
「そんな野球監督みたいに言われても分かりませんてばっ、もう!」
「純一っ! もっと腰を入れて下さい腰をっ!」
「・・・お前と違ってワシは年寄りなんだぞ。少しは加減してくれ・・・・」
「気合いですよ、気合いっ!」
「まったくいきなり現れたと思ったらこれか。さくらといい、お前といい、少しは老人を労われ・・・・」
ぶつくさ文句を言いながら桜の木に手を当てる純一。音姫ちゃんは一生懸命由夢ちゃんに魔法の制御の仕方を教えている。
確かに由夢ちゃんは魔法の才がある。しかし何の修行も無しにいきなりぶっつけ本番で桜の木の制御を行うのは些か厳しいものがあった。
だが――――それでもやってもらうしかない。でないと私達はここで消えてしまう可能性があるのだから。
「・・・さて、私もやるとしますか」
「え、だ、駄目ですよっ! アイシアさんは今かなり力を消費して危ない状態なんですし・・・!」
「でも全員の力を調整して桜の木を御ろせるのは私にしか出来ない。そんな事言ってる場合じゃないんですよ、音姫ちゃん」
「で、でも・・・・」
「私の心配は無用です。四人全員力を合わせてもギリギリ力が足りるかどうか怪しいんですから、そんな事言ってられないですよ。
音姫ちゃんは引き続き由夢ちゃんに、魔法の力の制御を教えてください。時間がないので」
「・・・・・・」
「・・・・お願い、します」
分かりました――――そう言って納得いかない様子で由夢ちゃんの所に向かう。少し厳しい物言いだったが状況が状況だ、仕方ない。
それにしても優しい女の子だ。こんな得体の知れない女を心配してくれるなんて。気を取り直して私は再び集中する。
確かに今の私は危うい状態だ。力の大体は義之を助ける為に使ってしまった。少しでも気を抜けば座り込んでしまうほどに・・・・。
だがこの状況がそれを許してくれない。今にも桜の木は弾けんばかりに力を溜めているのだから。
おかげで事情を説明するのにかなり手間取った。隠せる部分は隠したつもりだが、どうだろう。私って嘘バレやすいしなぁ。
それにしても、と思う。この状況を作った義之は本当に行動に躊躇が無いと思い、呆れるやら、感心するやらだ。
公園に向かう最中、いきなり携帯を取り出し誰かに電話をしたと思ったら・・・・とんでもない事を言うんだから。
『今桜の木が危ないから魔法を使える奴が欲しい。純一さんと、確か由夢も使えるんだったな。30分後に桜前に集合してくれ』
『お、弟くんっ!? いきなりどうした―――――』
『説明している時間が無い。もう一度言うけど音姉は純一さん、由夢を連れて枯れない桜の木の前に来てくれ。そこにさくらさん
と同じくらい力を持った可愛い外国の女の子がいるから。その子と協力して桜の木を枯らす。簡単だろ? じゃあ切るぞ』
『え、弟―――――』
『色々言いたい事があるのは分かるがとりあえず30分後に来てくれ。オレの考えてる作戦が失敗したとしたら大体その時間が
ベストだ。由夢の力がどれくらあるか知らないが、多分頼りになる筈だ。予知夢見れるぐらいだしな。じゃあ今度こそ切るぞ』
そう言って一方的に捲し立て、電話を切る義之に私は唖然としてしまう。いくらなんでも状況を説明しなさすぎと頭が痛くなった。
いくら時間が無いとは言えもうちょっとやりようはあっただろうに。本当にこの人はいつも周りの人の気持ちを知らないんだから。
それにしても、どういうつもりなんだろう。関係無い人を巻き込むなんて。確かに魔法を使える人は多い方がいいが・・・・。
「なんだか納得いかないって顔をしてるな、アイシアさんよ」
「当り前です。無関係な人を巻き込んでるんですから。そりゃ、義之の言いたい事も分かりはしますけど・・・」
「本当ならこの島全員の奴を巻き込みたい所なんだぜ? 自分のケツに火が付いてる状況なんだからよ。来ても大して使えない
奴が大半だから呼ばないだけであって、別にオレは巻き込んでも構わないと思ってる」
「・・・・義之は、それでいいんですか?」
「それで、とは?」
「さくらとの関係、バレるかもしれないんですよ。今呼んだ知り合いに」
「そん時はそん時だ。オレはさくらさんを助けたい。プライドがどうのこうの言っていられるほど余裕なんて無いとオレは
思ってるからな。やれる事はやっておきたい」
「もしかしたら魔法の制御を失敗してその人達が犠牲になっても、ですか? その確率の方が大きいと私は思います。
義之も分かってますよね? あのさくらが制御に失敗してるんですよ? もう一回その人達に電話して取りやめる
なら今のうちですが・・・・」
「――――悪いが、それは出来ない」
「・・・・えっ」
「オレの中での優先順位度って決まってるんだよ。アンタには酷い言葉に聞こえるかもしれないが・・・」
そう言葉を切り、私の方を見詰める。
そして次に発したその言葉に、私は義之の本質をみた様な気がした。
「さくらさん以外がどうなろうとオレは別にどうなったっていいと思ってる。音姉達には悪いが、もし彼女達が犠牲に
なってさくらさんを助けられるといのなら、オレは喜んで差し出している。勿論自分も含めての話だ」
「そうですか・・・・」
「もし呆れたんならここで引き返してもいいんだぜ? こんな奴の為にわざわざ危険を冒す事なんてないんだからな」
よく言う、帰す気なんて無い癖に。さっきの言葉は恐らく本当の事なのだろう。なのにわざわざそんな事言うなんて、嫌味だろうか。
もしかして店の前で言っていた『甘さに付け込む』というヤツなのだろうか。分からない。この人の考えてる事なんてさっきから読めた試しが無い。
それとも優先順位というのに私は組み込まれていて―――――いや、無駄な考えだったか。がぶりを振って義之に向かい合う。
「さっきも言いましたけど、覚悟は決めています。どうぞ私なんか好きにして下さいな」
「・・・・怒るなよ。こういう考えでしかオレは行動出来ないんだからよ」
「それはもうさっきからの行動で分かってますから・・・・もういいですよ・・・・はぁ~」
「そんな諦める様なため息吐かないでくれ。アイシアに嫌われたらオレは生きていけないよ」
「さっきの今でよくもヌケヌケとそんな言葉吐き出せますよね・・・・まったく」
「なんでかな。妙に冷たいアイシアを見てると構いたくなるんだよ、これが。もしかしてこれは恋だったりして」
「よく分かりました。さくらに今言った事全部伝えておきます」
「言ったらお前の売っている人形全部プロレスラーの人形に変えるからなこの野郎」
「あ、や、スカーフ伸ばさないでくださいよっ! 解けますってばっ!」
「はは、本当によわっちぃなアイシアは。手首なんか子供ぐらいしかないし。肉、食ってんのかよ?」
「よ、余計なお世話ですっ!」
スカーフをグイグイ引っ張る義之をなんとか引き離そうと、腕を叩くがまたもや何の効果も無し。
うぅ、自分の体の貧弱さが恨めしいです・・・・。なんでこんな協力的な私がこんな目にと思わずには居られない。
そしてそんな感じで桜の木に向かう途中に、何となく、ふと思った。
ああ――――そういえばさっきから彼女の名前が出てきていない。さくらの名前しか出てきていないなと。
「もしかしたら別れるかもしれないなぁ、義之とその彼女」
「ん、何か言ったかアイシア?」
「あ、いえ、別になんでも」
「ふむ・・・・?」
そう言って私は純一と並んで桜の木の制御を行う。そういえば状況が状況だから気付かなかったが純一とこういう風に話すのは
本当に久しぶりだ。大体数十年ぶりぐらい、か。
もうお爺ちゃんになって眼鏡も掛けている。皺も増えて随分変わったなと思った。それは当り前の事なのだけど・・・少し感慨深くなる。
音夢と結婚してどうやら幸せな家庭を築いているみたいでよかった。あのお孫さん達を見てると本当にそう思う。
「お前に会うのも本当に何年ぶりの事かな・・・・。相変わらず若いままで羨ましいやらなにやら」
「そういう純一は老けましたね。昔は色んな女の子を家に招待していた元気はどこに行ったんですか?」
「・・・・随分昔の事で、そんな事忘れたなぁ」
「今だから言いますけど、皆さん純一の事好きでしたよ。ちなみにライクじゃなくてラブですからね」
「その事に気付いたのはいい歳になった大人の時だよ。皆には悪いが鈍感なワシでよかったと思っている。
とてもじゃないがあの時はそんな事気にしてられなかったからね」
「そうですよね。ことりとも色々あって純一にとっては本当に『そんな事』気にしてる場合じゃなかったですもんね」
「・・・・・ゴホッ、ゴホ」
わざとらしく咽る純一に私も無言になる。少し嫌味っぽかった様な気がするがいいだろう。
昔から純一と私はこんな感じだし、変に気を使ってもお互い気まずい思いをするだけだと思ったからだ。
ならば、あの時のままに同じテンポで会話をした方がいいだろう。更に桜の木に力を加えながらそう思う。
「しかしお前と義之君が知り合いだったとはね。音姫から来る途中に話は聞いていたが、まさかその女の子がアイシア
だとは思わなんだ」
「いきなり私のお店にやってきて『無理にでも手伝わせる』でしたからね。全く、あんな男の子見た事ありませんよ」
「あんまり責めないでやってくれ。さくらを助けたい一心で行動してる故の言葉だ。なりふり構っていられなかったんだろう」
「思わず苛立って肩のツボを殴っちゃいましたよ。あのクマが倒れる強烈なツボです。残念ですが、効きませんでした」
「・・・・ほぅ。あのツボが効かないとは義之君も強くなったもんだ。それが本当の話なら虎にでも勝てるな、くくっ」
「もしかしてなんですが・・・・私の事騙してませんか、純一」
「何を言うか。お前に嘘をついても仕方ないだろう。いつからそんな疑り深い子になったんだ、お前さんは」
「義之に会ってからですね。よくからかわれます」
ぶすっとしながら言う私に純一は苦笑いした。だって本当の事だ。よく私の事弄るし悪戯するし罵声を吐くし。
確かに時々優しい時も確かにあるが・・・・そして男らしい所もあるが・・・・・まぁ、悪くはないと思ってるが・・・・。
あの男はなんだろうか、本当に。ああいう風に私にからんでくる男の子なんてさすがに居なかった。純一だってあそこまで
私にあんな態度を取らない。
けど――――助けに来てくれたんですよねぇ。桜の木の中での話だけど。颯爽と来てくれた義之君を見て、少し格好いいかなと
思ってしまった。まぁ、普通はガラス片で突き差したりしないけどさ・・・・。
いくら桜の木の力が凄いとはいえ人間の本質まで変えてしまう事は出来ない。慌てふためいてコンビニ行ってパンとかコーヒー
買って来てくれた義之も義之なのだろう。本来はもしかしたらああいう人なのかもしれない。見た感じ見る影も無いが。
しかし本当に、考えれば考える程よく分からない男の子だ。義之に会ってから暇が出来ると彼の事を考えている。
「・・・・はぁ、絶対に見向きされないのになぁ」
「義之君のことかい?」
「え――――あ、べ、別にそんなんじゃないんですからねっ! ただあの男の子は何考えてるのかなって・・・」
「好きな人が居る女の子は皆大体同じ事を言うよ。まぁ、いいんじゃないかな」
「むぅ・・・・純一の癖にもっともらしい事を。あんなに鈍かった癖に」
「伊達に長生きしていないからね。ホラ、もう少しで桜の木が収まりそうだよ。イチかバチかの賭けだったが・・・運が良い」
「・・・・まあ、いいです。後でその話はキッチリと片を付けますからね」
「はいはい」
というか今更義之のあんな歪んでいる人間関係の中に入りたく無いし。どれだけ彼の事を好きな子が居るか分かったもんじゃない。
せっかくここまで生きてきたのに修羅場なんかに巻き込まれて死ぬのは御免だ。死ぬ時は穏やかに死んでいくのが夢なのだ私は。
どうでも良さそうに桜の木に集中する純一に何か言ってやりたかったが、とりあえず私も桜の木に集中する。
どうやら由夢ちゃんの力が結構あったみたいで順調だ。かなり苦しそうな顔をしていて少し可哀想だと思うが、あともう
ちょっとだけ頑張って欲しい。
なんにせよ―――――あと少しでこの騒動は全部終わるのだから。
「さて、どうすっかな」
真っ暗闇の中に月の光で照らされる桜の木。いつもの場所。慣れ親しみたくない場所ではあるが、また来てしまった。
膝にさくらさんの頭を乗せてこれからどうするか考える。いきなり気を失ったのには多少驚いたが、これで普通のさくらさんが
戻ってくるのかと思うと安緒した気持ちが体を包むのが分かった。ここなら余計な桜の木の力なんか及ばないだろう。根拠は無い
がそんな気がした。
外の頑張ってるだろうアイシア達に感謝してもしきれない。あいつらのお蔭でこうして此処に居られる。クッキーどころじゃねぇな、こりゃ。
思えばこの一連の出来事はそんなに長い期間起きていなかったように思える。日数で表わすと一週間弱か、随分濃い一週間だなオイ。
そうモノ思いに耽っていると、膝下からさくらさんの瞼がピクピク動いたのを確認した。そろそろ目覚めるか。
「・・・・ん」
「起きましたか、さくらさん」
「・・・・おはよぉ、義之君・・・・」
「おはようございます」
「・・・・んにゃ・・・・」
どこかぼーっとした様子で起き上がるさくらさんを見ながらオレは一安心した。どうやら元のさくらさんに戻ったらしい。
もし戻らなかったら、思いっきりブン殴ってでも目を覚まさせる覚悟だったのがどうやらその必要は無いみたいだ。
そしてお互いに座り込んだまま、目を見合わせる。久しぶりに見る正気のさくらさんの目だった。
「・・・・ごめんなさい」
「その言葉はエリカ辺りにでも言って下さい。あとはアイシア達にも」
「アイシア生きてたんだね・・・・よかった。ボクの所為で死なれたら本当に顔向け出来ない所だったよ」
「来る道中にしつこく言い聞かせましたからね。絶対に死ぬような行動起こすな、余計な事するなって」
「今アイシアと音姫ちゃん、あと純一に・・・・由夢ちゃんが桜の木の制御してるのか。ちょっと驚いたな、由夢ちゃんに
そんな力があったなんて」
「前の世界のさくらさんに会った時があるんですが、別れ際に教えてもらったんですよ。魔法使える人って誰が居るんだって。
ま、結局そのリストに挙がった人全員に来て貰ったんですが・・・・おかげで家に帰れそうだ」
消える直前だったからタイミング的にはギリギリだった。一応聞いておいた方がいいなと思って慌てて聞いたんだっけ。
由夢にそんな力があるとは驚いたが、純一さんの孫なんで可能性はあったっておかしくない。使えるかどうかまでは賭けだったが・・・。
音姉に関しては大して驚きもしなかった。よくさくらさんとコソコソしていたのを何度か見掛けた事があったのでなるほどと納得した
ぐらいだ。
「・・・・一つ疑問があるんだけど」
「ん、何すか?」
「桜の木の前で義之君の心を読んだ時、そんな事を考えていた記憶なんてどこにも無かった。それはどうして?」
「ああ、簡単ですよ。アイシアに頼んでその時の記憶を一時的に消してもらったんです。さくらさんすげぇ魔法使い
だから心読まれるかもって思って。思い出すタイミングはアイシア任せにしていたんですが・・・・よくやってく
れましたよ、彼女は」
ちょうどさくらさんと話してる時に思い出したからな。タイミングとしてはよかったと思う。
煙草を吸いだしたのだってある程度余裕が出来たからだ。思い出させたって事は間に合ったって事だしな。
しばらく禁煙していたので久しぶりに吸った煙草は美味かった。多分止められそうにないなぁ、煙草。
「・・・・・はぁ」
「今のため息の意味は?」
「義之君って将来、大悪党になるかスゴイ大人物になるかどっちかだと思うよ。それかイカサマ師」
「酷い言い草だ。全部さくらさんの為を思って行動したつもりなのに」
「それは分かってるよ。こんなボクなんかの為にここまでやってくれたんだ――――本当に、本当にありがとう」
軽口で返したつもりだが真面目に受け取られて、感謝されてしまった。頭を思わず掻いてしまう。
さくらさん、というか人に褒められる事ってあんまり無いからな。居心地が悪いというか何と言うか・・・・。
オレの傍に居る奴らは大体オレの事馬鹿とかアホとか女たらしとか言わないからな。アイシアなんか特にそうだし。
「にゃ? もしかして照れてる?」
「・・・・さてね。そろそろ外に出れるみたいだから準備しましょうか」
「あーやっぱり照れてるんだー」
「だから照れてねぇーって!」
久しぶりの言い合いに少しムキになってしまった。けど、実感した。全部終わったのかと。
外に出てさくらさんが謝らなければいけない人は多い。しかしこの一連の騒ぎが終わったかと思うと本当にホッとした。
さて、外に出たらまずアイシアにお礼を言わなきゃならねぇ。アイツの好きそうなモノってなんだろうな・・・やっぱり外見
がお子様だからクッキーとかプリンとかその辺りか。
「あ、義之君。そういえば言って置きたい事があるんだ、いい?」
「ん、何ですか。謝罪だったら別にいいですよ。ずっとさくらさんを一人で放置していたし、責はオレにも―――――」
「好きです」
シン、と桜の木のざわめきが止まった様な気がした。
さくらさんの目を見てるみると真摯な表情。操られている訳でもなく、冗談を言っている目じゃ無い。
更にさくらさんは言葉を続けた。
「今更言えた義理じゃ無いのは知っています。親子でこんな事を言うのは異常だと重々承知しています。義之君に
ちゃんとした彼女が居るのは知っています。でも、好きなんです。桜の木云々関係無く、好きなんです」
「・・・・・さくらさん」
「そして、もし―――――ボクを好きだという気持ちが義之くんにもあるなら、どうかボクと付き合って下さい。お願いします」
この事件の発端、それはさくらさんがオレに対する好意から始まった。頭を下げているさくらさんを見ながら思い出す。
一連の騒ぎを収めると言うのならこの告白は予想できた事かも知れない。だがオレの頭の中は真っ白になってしまった。
思えば真っ正面からさくらさんにこういう言葉を吐かれたのは初めてかもしれない。そのストレートな言葉はオレの心を揺さぶった。
さくらさんとは色々あった。例えば、一緒に寝た事もある。その度にオレは嘔吐感に苛まれて苦しい思いをした。
しかし確かに幸せな記憶もあった。一緒に鍋をつついたり、テレビを見たり、下らない話で盛り上がったりもした。
さくらさんを一人の女として意識する――――その気持ちが完全に無かった訳じゃない。ここまで魅力的な女性なのだから当り前だ。
しかし・・・・・・
「結構残酷な事言いますね、さくらさん」
「義之君・・・・」
「オレはアンタをかなり尊敬しているし、大事な人だと思っている。さっきはその気は無いと言ったけれどそれでも
アンタはオレにとってかけがえのない人だ。もちろん、美夏も」
「・・・・うん」
「さくらさんがどういう人生を歩んでるか全部知ってしまったんですよ、オレ。そしてあれだけ求愛もされたし
オレが居なくなったらさくらさんがどういう気持ちになるかぐらい想像つきます。そんなオレにアンタは自分
と美夏を天秤に掛けろと言っている」
「卑怯なのは承知している、から」
「だったら尚更タチが悪い。オレはさくらさんをもう一人きりにさせる事は出来ない。それを知ってていうんだからよ」
「・・・・ごめん」
「知ってますか? オレはアンタと寝る度にトイレに駆け込んでゲロ吐いてたんだぜ? もう心なんかズタズタで
苦しんで、それでもなんとか普通の生活に戻ろうとして――――そういう気持ちで毎日を送っていたんですよ」
「・・・・ごめ、ん」
「もう本当に裏切られた気分ですよ。いつも微笑み掛けてくれる人がそんな事をしてくるんだから。オマケに逃げられない
様にさせられ、エリカを意識不明の重体にして、あんなクソみたいな世界にオレを放り込んだ」
「・・・・ひっぐ・・・・ごめ・・・ん」
「桜の木の所為だと言ってしまえばそれまでだ。しかし、実際にアンタ自身がそういう行動を起こしたのには違いない。
そして極めつけにオレとさくらさんは血のつながった親子だ。それでもアンタはオレの事を好きと言うのか?」
「・・・・・・・・・・・・・う、ん」
顔を伏せたまま涙を零し、それでもオレを好きだと言うさくらさん。
その様子に―――――オレは何も言えないでいた。
「ああ、ちくしょうッ!」
「・・・・ひぐ・・・ぅ・・・ご、めん、なさい」
言ってしまえばいい。美夏という彼女が居るんだからアンタの告白を受け取れないと。大体親子で付き合うとか馬鹿なんじゃねぇの
と突き離してしまえばいい。そうした方がお互いの為でもある。
お互いの為――――自分で言っててこれほど虚しいものはないと、自嘲しそうになった。明らかにオレの為だ。別にさくらさんは
オレとくっ付いても何も問題は無い。戸籍上は何の繋がりも無いのだし、オレとさくらさんの関係を知ってるのだって一部だけだ。
この問題から目を背けようとそんな事を考えていた自分に腹が立つ。一息吐き、自身を落ち着かせて空にある月を見上げた。
結局、悩んでる時点でさくらさんに希望を持たせているのだ。今までだったらすぐ美夏と答えられたのに・・・答えられない。
アイシアには偉そうに優先順位と言ったが、オレは決められないでいる。美夏の事は変わらず好きだし愛してるがさくらさんを放って
置いてまで付き合えるのかと聞かれたら・・・・分からない。
さくらさんの傍に居ながら美夏と付き合うなんて以ての外だ。さくらさんの気持ちを知った以上それは出来ない。どっちかを取るしかない。
悩んだ――――今までの事、これからの事、自分の事、周りの事。今までに無い以上考えに考えて、答えを・・・・・出した。
「――――――よし、さくらさん」
「・・・・・・ッ!」
顔を伏せたまま肩を震わせるさくらさん。答えを聞くのが怖いのだろう。オレの答えはYESかNOしか無いわけだからだ当然か。
オレがそういう人間だって知ってるし、中途半端な答えは出せないと知っている。だってオレはさくらさんの全部を知ったのだから。
今までみたいな生活には戻れない。進むか捨てるしかない。皆仲良くとはいかない。だからオレはそれを覚悟して、言ってやった。
「さっきの告白・・・・返事を出そうと思う。オレは―――――ー――」
言葉を吐き出しながら脳裏に浮かんだのはこの答えを出した時の皆の反応だった。
エリカはどう思うだろう、ここまでオレなんかの為に頑張ってくれたアイシアはどう思うだろう。
そして―――――美夏はどう思うのだろうか、と。
桜の木々が揺れ、花が舞う。もう恐らくここに来る事も無くなるだろう。
意識がハッキリと覚醒し、段々周りの風景が明るくなり、そしてオレ達は現実の世界に戻った。