「大丈夫板橋くん?」
「ああ・・・別にどうってことねーよ」
そう言い少しよろけながらも立ちあがった渉くん。傾いてグラつく身体。。すかさず私が肩に手を回し支える。
「っと・・・悪いな、茜」
「別にいいわよ、これくらい」
「・・・あーあ、喧嘩には少し自信があったんだが一発でノサレちまったわ、たはは」
そう言い無理に笑顔をみせた。この悪くなった場の空気を取りつくろうように、腰に手を当てて。
「にしても・・・義之の奴、一体なんだってーんだ」
「・・・・グスッ・・」
「あ、おい月島、大丈夫か?」
一転して少し怒りの感情を表し、渉くんは義之くんに文句を言い始める横でまた小恋ちゃんが泣き始めた。無理もない、好意を寄せている
相手にあんな事されたんだ。それでなくても小さい頃からの幼馴染だ。ショックはでかいだろう。
「ねぇ、杏ちゃん」
「・・・何?」
小恋ちゃんはとりあえず渉くんに任せるとして私は杏ちゃんに問いかけた。さっき起こった事についてだ。あんな温厚な義之君が暴力を
振るった、信じられなかった。
「義之君、何かあったの?」
「分からないわ、今日初めて会ったときから、様子がおかしかった気はするけど・・・」
「何があったかは知らないと」
「そういうこと・・・それを聞き出そうとしたら今の状況よ」
そういい少し顔を伏せてしまった。こんな状況に持って行ったのは自分だと責任を感じているのだろう。だが、それを責められる者
はいないだろう。いつも私たちはあんな風にじゃれあうのが日常だ。それがいきなり歯車が落ちたかのように噛み合わなくなった。
途方に暮れる私達。
「こうなったら杉並でも聞こうと思ったけど、いないみたいだしね」
「あれぇ?杉並くんどうしたの?姿見えないけどぉ」
「また調査とか言って抜け出してるんでしょう、こんな時にしかみんなの為に役に立たないのに・・・全く」
そう言いながらもため息をつく杏ちゃん。でもどこかで期待はしていたのだろう、落胆した思いがひしひし伝わってきた。
杉並くんの情報収集能力はすごい頼りになる。普段はくだらない事にしか使わないが、時々度肝を抜く事を教えてくれる事があった。
そして私達よりも知識と経験が豊富でなんだかんだいって頼りになる相手。その人物がここにいない。気持ちは下がる一方だ。
「はいはい、みんな静かに!」
そう手をパンパン叩き、みんなをまとめる委員長。時計を見てみたらもうすぐ先生が来る時間だ。このままの状況ではどうしようもないと
思ったのだろう、委員長は小恋ちゃんに声をかけた。
「月島さん、あなたはとりあえず保健室にでもいきなさい。先生には私から話はつけておくから」
「え、でも――一」
「いいから行きなさい。そんな涙の跡がいっぱいあるひどい顔で授業を受ける気?」
呆れた顔で言った。一見冷たそうだが目は反対に心配してるような目だった。麻耶――委員長とは短い付き合いではないのでこれが
彼女なりの優しさだという事はすぐ分かった。
「ほら、委員長の言うとおりにしなさい」
「あ、杏――」
「渉、貴方が保健室まで送って行きなさい」
「わーってるての。あ、オレも保健室で休んでいいか?さっき義之の野郎に蹴られた腹が痛くてさぁ」
「だめよ、もう痛みは引いてるでしょ?そのまま授業さぼってラブラブコースなんかに行かせないわよ」
「ほ、本当に痛いんだってば!」
「さっき蹴られた所が痛いんであればそんな立ち方はしてないわ。上体が少し右斜めに傾いて右足に重心が掛かっていなきゃ
いけないはずよ。貴方、元気に直立不動してるじゃない」
「あーはいはい分かりましたよ、オレは元気ですよーっと。全く杏は冷てーなぁ。月島、送ってくよ」
「う、うん。ありがとう。」
「ういうい」
そういい渉くんと小恋ちゃんはクラスから出て行った。渉君は分かりやすい。彼は本当に痛いなら、その事は絶対言わない性格の持ち主だ。
みんなに心配をかけたくないから、と平気な顔をして痩せ我慢する人間。伊達に長い付き合いではない。
まぁ、そんな事をしでかしたら杏ちゃんと私が首に縄を付けてでも保健室に連れ行くところだけど。
「じゃあ、とりあえず席につきましょうか、茜」
「・・・うん」
私達も別にショックから立ち直ってるわけではない。それどころか人生でもトップクラスに入るぐらい最悪な気分だ。でもそのまま立ち
竦んでもいられない。私たちは席についた。
そうしてすぐ先生が入ってきて出席を取り始めた。小恋ちゃんについてはうまく委員長が説明をした。先生は特に何も追及はしなかった。
「はぁ・・・」
そうため息をついて、私は窓の外をみた。雲一つない真っ青な空。朝はそれが気分よかったが、今は憎たらしかった。
「あーマジ腹へったわぁ、何食うべ」
廊下のやり取りがあったせいで無駄に時間はくったが食堂はまだ開いていた。時計を見ると12時40分、なんとかギリギリの時間だ。
「どれにすっかなぁ・・・朝あんだけしか食ってないかカツ丼でも食うか」
人もまばらで今日は並ばずに済みそうだ、そう思いながら券売機に近づいて行った。
「ん?」
券売機の前には一人の金髪の女子生徒がいた。髪と横顔から察するに外国人のようだ。何を迷ってるのかウンウン唸っていた。
横の券売機を見ると故障中の張り紙。無事な券売機はその女の目の前。オレはため息をついた。
「おい、あんた」
「う~ん・・・確かこの間はこのボタンを押してましたわよね・・・でもこっちだったような気も・・・・」
「おい」
声を掛けるも耳に入ってないのか。無視をされてしまった。かったるいながらもオレは肩に手をかけた。余程集中していたのか
すごく驚いた顔をした。
「きゃ、な、なに――あ、桜内!」
「悩みごとをしてる時に話しかけるのは無粋だと思うが、オレは今腹が減り過ぎて死にそうなんだ。早くしてくれないか」
どうやら知り合いだったらしく、オレの名前を呼んだ。だが今はそんなことを気にするよりも今は腹に物をいれて落ち着きたかった。
女子生徒はキッと睨んで言葉を返してきた。
「わ、分かってますわよ!まったく・・・野蛮人の癖に・・・」
そうぶつぶつ言いまた券売機と睨めっこをし始めた。早くしろよと思いながらその様子を見ていた。そしてオレはその様子を数秒見て
気付いてしまった。
もしかしてこいつ――――――
「その縦穴が金入れるところ、あんたはあんまり食べなさそうだからこっちのAランチでいいだろ」
「あっ」
券売機が使えない外国人は多い。主にヨーロッパの人間、そこまで普及はしている物ではなかった。オレは自分の財布から金を入れて
ボタンを押す。食券が出てきてそいつに無理矢理持たした。今度は自分の分の金を入れてボタンを押して食券を取り、受け取り口まで
歩いた。
「ちょ、ちょっと!」
「なんだよ」
「よ、余計な事しないでくださる!?」
「気に入らなかったのか?」
「そ――そういうわけでは」
「だったら食え。ぐずぐずしてたお前が悪い」
「ふ、ふん!黙りなさい!」
そう言い合いながら食事を取り、空いてる席まで歩き出した。なぜか女子生徒もついてきた。
まったく――モテモテだな、オレは。そう思ったが気分はすぐれなかった。当り前だった。煩わしくてしょうがない。
女はオレの席の前に座る。好きにさせた。さっきの生徒会との一件でおれはクタクタだった。
今日は二度も騒ぎを起こしてる。クラスと廊下とで。いくらオレでも疲れていた。席に座り飯を食いはじめる。
「まったく・・・!何も言わず勝手にスタスタ歩き出さないでくださる?」
「勝手についてきたんだろ」
「黙りなさい!お金返しそびれたじゃない・・・借りにしたままじゃ気持ち悪いのよ」
「別にいい、大した額じゃない」
「私が気にしますの!ほら、脇に置いておきますわよ」
そう言いオレの食器の目の前に金を置いた。面倒臭いやつだな、そう思いながらそのお金を財布にしまった。再び箸に手を付け食事を再開した。
女はまだぶつぶついいながら食事を取っている。それを見てオレはちょっとばかし感心した。姿勢がきれいだった。
ピンとした背中つきは今時にしては珍しく、箸を持つのも様になっている。そういえばよくは見ていなかったが歩く姿勢も正しかった
ように思えた。
背中の正中線がまっすぐになっているし、見た感じ金持ちのオーラが出ている。どっかのお嬢様ってところだろう、気品が出ていた。
気取っている様子はなく――根っからの貴族みたいだなと感想を抱いた。まぁどうでもよかったが。
「ん?何ジロジロ見てますの?」
「ああ、悪いな。あまりにも姿勢が綺麗で惚れてた」
「な――」
「気を害したなら謝るよ、すまない」
オレは素直に謝った。確かに人の食ってる所をジロジロみられたら感じが悪いだろう。この場はオレが悪い。人と絡むのはよしとしない
オレだったが、一応クズなりの最低限の礼節はあるつもりだった。
まぁこんな煩い女と絡んでるのはやはり身体に悪いが。
「あ、謝って当然ですわ!貴方には女性の扱いを一から教える必要がありますわね!?」
「あんまりキャンキャン吠えるなよ、うるせえ」
そう言って箸を進める。女は文句を言おうとして口が開きかけたので、オレがその前に口を挟む。
「それとお前、意味分かって言ってるのか?」
「え?」
「女性の扱いが・・・って所だよ。お前を抱かさしてもらえるのか?」
そう言いわざとらしくいやらしい目をして胸に視線をやった。女の顔はカァっと赤くなり胸を手で隠した。オレは笑った。
さっきのは訂正だ、オレは人と絡んでいるんじゃない―――――――こいつは犬だ。
それも血統書付きの高級犬。オレは犬は買った事はないがそう思えた。まるで犬と遊んでいる気分だ。チョロチョロと後ろを付いて歩いて
キャンキャン吠えるうるさい犬。だが恥ずかしがりやで構ってやると、照れ隠しで攻撃してくる。
「あ、あ、あ、貴方ね・・・ッ!」
「クッ・・・、お前、おもしれーな」
「さ、最低ですわよ、あ――」
「少し黙れ」
「っ!・・・・・」
少し煩かったのでそう言い、少し睨みを効かせて黙らせた。もちろん顔は納得いかないって顔をしたが、口を出すことはなかった。
睨まれたり凄まれた事がないのだろう、目が泳いでた。しかし――本当犬みたいなやつだ。少しうるさいから黙れと言ったら黙るしな。
あまり言うこと聞かなそうな所が特にオレのツボだ―――気に入った。従順な犬も悪くはないがすぐ飽きる。
「お前が言ってるのはエスコートの事だろうが、具体的にどういったことだ?」
「え、あ、そ、それはもちろん男性の方は女性に優しくするべきだという事ですわ!確か欧米でしたっけ?レディーファーストという
言葉があるのは。素晴らしい言葉だと思いましたわ」
本当にそう思っているのだろう、言葉に弾みがある。素晴らしいねぇ――確かに女性にとってはいい言葉だろう。男のオレからすれば都合のいい言葉にしか聞こえないが。
確かに欧米ではその言葉は深く馴染みがある。いい例が大統領夫人なんかだ。あそこまで待遇よく男を膝屈ませる女は見たことはない。
しかしもう大分昔の話だ、その言葉はだんだん意味の無いものになってきていた。すぐ愛人に走る男、嫉妬で感情を爆発させる女。
当り前の話だ、要は女は自分が絶対の存在と思いきってロクに愛情を育てようとしなかった。呆れる男。どこにでもある話だった。
「確か、起源はフランスだったか――当時の騎士道だかなんだかで女性、女王に尽くすために出来たっていう作法だっけな」
「そうなんですの?驚きましたわ、貴方みたいな野蛮人がそんな事を知ってるなんて」
「お褒めに預かり光栄だが――本で読み流しただけだ。大した事じゃねーよ」
当時毎日が退屈でしょうがなかったオレは図書室にいることが多かった。漫画ばっかり読んででも飽き、図書室で本を読みふけった。
様々な世界の話、宗教、人種、日本にはない話が書かれておりオレはものすごく興味が湧いて読みふけった。今ではロクに本さえよんで
いないが。
「そう謙遜することはないわ。知識があるというのは何かの役に立つものだわ」
「使わない知識ほど無駄なものはねーよ。今では後悔してる、もっと金が稼げる方法を勉強しとけばよかったってな」
「そんなこと――」
そう女が言いかけた時にチャイムが鳴った。予想以上に話しこんでしまったらしい。女は最初茫然としていたが、状況に気付いたのか
慌てた様子で椅子から立ち上がり叫んだ。
「も、もうこんな時間!?急いで――ってなにゆっくりしてるのよ貴方は」
「そう急かすな、食後に身体を動かすと吐きそうになる。お前はもうちょっと落ち着け」
「そんな時間なんてないわ!ああ――早くしないとっ!」
「大体なんであの時間に並んでたんだよ、普通に来てれば周りの奴らが見かねて助けてくれたろうに」
「生徒会の手伝いだったのよ!あんなに時間が押すなんて・・・ほら、貴方も早くしなさいな!」
「うるせーなー、はいはい、分かったよ」
そう言って返し口まで女は走っていき、オレは歩いて行った。食器を返し出口の方を向くと、律儀にも女は出口の所で待っていた。
「別に待ってる事ねーよ」
「う、うるさいわね!ほら、行くわよ!」
「あ、ちょっと待て」
「なに!?」
「お前の名前なんだっけ、忘れた」
「・・・は?」
そう言うと女は最初茫然としていたが、言ってる意味を理解したのかプルプルと震えだした。顔は赤く染まっている。目に怒りが見えた。
「ほ、ほ、ほ本気で言ってるの貴方!?」
「ああ、だから教えろよ、お前の名前」
「~~~~~~!!」
怒りが頂点に達したのかしらないがツカツカオレに寄ってきて――――オレを指さした。
「付属1年2組のエリカ・ムラサキよ!この間会ったばっかりで何度か話してるのに忘れるってどーいう事なの!?」
自分のアイデンティティーを否定された気分だったのだろうか、指先が震えてた。
「そうか、エリカね――」
「―――キャッ!」
そう呟いてオレの事を指さしている腕を捕まえてオレの方に引き寄せた。オレの胸に飛び込む形になった女――エリカ、そいつの
耳に口を寄せて呟いた。
「また今度話しようぜ、エリカ。構ってやるからよ」
そう言ってエリカを離した。顔は混乱して訳がわからないといった風だったがさっきの状況、オレの言葉を理解したのかさっきとは
違う意味で顔を赤くした。
「ななななんて事――」
「じゃあな」
オレはまた屋上で一眠りしようと歩き出した。後ろからはこの野蛮人とか聞こえたが無視した。
気分がよかった。きっと子供が家に帰ってきたら、欲しがっていたペットがいたという喜びに近いだろう。退屈しない物が出来た。
欲しがっていた玩具が手に入った充実感があった。人と絡むのはご免だが、ペットを手に置くのは悪くない。
オレは笑みが浮くのを感じた。退屈はしないで済む、そう思った。
―――しかし
「てかあいつ一年かよ。外国人は年より上に見えるというが――実際みてみると本当にそうだな」
実際に外国人を見た事は数度あるが、それにしたって大人びていると感想を漏らした。だが分からない所がある。
国籍はどこなんだあいつ。欧米ではないことは話していて分かった、だがヨーロッパ系でもないように感じた。
流暢な日本語、しかしこちらの知識はあまり無さそうに思えた気がする。まぁやっぱり実際に実物を見てないからそう
思うだけかもしれない。
「ま、どうでもいいか」
結局そんなところで落ち着いた。別に興味は湧かなかったし機会があれば知るだろう。そう思い屋上に足を運んだ。
その途中、怪しい男を見つけた。いかにも自分は悪い事しようとしてますよといわんばかりの男。杉並だった。
「なにやってんだよお前」
杉並はビクッと身体を震わせておそるおそるといった感じで振り返った。声の主がオレだと気付くとため息をついた。
「なんだ、桜内ではないか。あまり驚かすな」
「普通に声掛けただけだ。また悪さか」
「人聞きがわるいな。悪さではなく調査だ。ここらへんの地理をちょっと詳しく・・・な」
「なんで」
「ん?ある事の為にちょっと爆発させようと思ってな。ああもちろん備品などは壊さないから不安にならなくてもいい。
その為の調査だ」
おれはため息をついた。オレは自分がクズで素行不良者なのは知っているが――こいつは規格外の男だ。
オレは学校の中で爆発騒ぎなんか起こさないし、年がら年中そんなことを考えながら過ごしていない。
そもそもこいつの考えている事なんて分かった試しなんてなかった。
「どうだ桜内、おまえも手伝わないか?」
そう言ってオレに近づいてきた。そして――オレは少し距離を取った。
「・・・?」
それを不思議がる杉並。オレとしてはただ単に癖みたいなものだった。いつもこの距離感でオレと杉並は話していた。
大体の奴はオレには近づいてすらこないし、これがオレの人と接する時の距離のだ。こちらに来ても変えるつもりはないし
そんなことは考えてもいないかった。
「ふむ」
そう呟いて杉並は背を向けた。どうやら調査とやらの続きをするらしい。
「で、答えは?桜内」
「かったるい、パスだ。オレを巻き込むんじゃねーよ」
「その答えは意外だな」
こちらに背を向けたままそう言う杉並。消火栓が入っている扉を開けようとしているのだが思ったより立て付けが悪いのだろう。
苦戦していた。
「あん?」
「生徒会と対立しているんじゃないのか、桜内は。生徒会長の朝倉姉とまゆきの見てる前で恐喝をやったと聞いたぞ」
「躾(しつけ)ただけだ」
「―――躾、か」
「躾だ」
場が一瞬静まった。すると消火栓の扉が勢いよく開いた。思ったより力を掛けていたのだろう、杉並の上体が泳いだ。慌てて状態を持ち直す。
「っと、危ない。全く怪我するところだった。これは生徒会に文句を言わなければ」
「生徒会に目つけられてる分祭でよく言う」
「おいおい桜内、おれは善良な一般生徒だぞ」
「善良な奴が爆発なんてテロ企ててんのか?」
「なにを言う桜内、イスラムでは勇者の行動だぞ。圧迫された政治を跳ね除けるために戦う、立派な戦士だ」
「その勇者様が起こした聖なる爆発のせいで、罪もない人間が何人も死んでいる。年間何百人だったけか?イカレてるな」
「時には犠牲が必要なのだよ」
「生贄の間違いだろ?」
「ふむ、そうだな。間違っていない」
特に反論せず杉並は作業を続けた。杉並の目の前にあるのは消火栓。おいおい、まさか消火栓爆発なんて企ててなんかいねーだろうな。
普通に死人がでるやり方だぞ。そう思っていると杉並はホースの方が目的だったのかジッとホースを調べていた。どうせロクな事考えて
ないんだろう。にやにやしていた。オレは踵を返した。
「オレもう行くわ」
「教室に戻るのか」
「屋上。かったるいから眠る」
「ふむ、確かに今日は温かいからな」
「そうだ、普段の行いが良いせいかな?運がいい」
「普段の行いというのは、板橋に蹴りをいれる事も含んでいるのかな、桜内?」
棘のある言葉。ピタッと足を止めた。振り返る。杉並はホースを調べたままの体制だ。
「知ってたのか」
「あれだけの騒ぎだったら、な」
「それもそうか」
「なぜ蹴りを入れたんだ。板橋が桜内に何かしたのか?雪村達も怖がっていた。記憶違いでなければ俺達は気のいい友人付き合いだったはずだが――」
「ウザかったから」
「――――それだけでか」
「それだけでだ」
杏グループと杉並は仲がよかったのだろう。前の世界じゃあまり絡みがなかったはずだが・・・どうやら違うらしい。
そしてその中にオレも入っており順風満帆な学園生活だった。だが、オレが壊した。杉並の言葉にまた少し棘が含まれたように感じた。
また静まる場。流れる微妙な緊張感。シーンとして教室から先生がしゃべる言葉だけが聞こえてきた。お互い何もしゃべらない。
何分、何十分そこにいたのだろうか。実際は一分も経ってなかった思う。しかしそれだけの体感時間がした。
オレはなぜかそこに立ち止まったままだが、もうオレは痺れを切らして歩こうとして―――すると杉並がいきなり声をあげた。
「おおー!やはりだ!やはりあそこの給水場からはここに水は流れ来ていない!するとここの水は――――――」
「おい杉並。オレ、もう行くわ」
「ああ、すまんな桜内。引きとめる形になってしまって」
「気にするな――」
屋上へ歩こうとした背中に声をかけられた。オレはそう言って振り返り―――
「ダチだろ?俺達」
そう言って今度こそ屋上に向かった。
「ふむ」
桜内が屋上に行くのを見届けた後、オレは作業を終え廊下を歩いていた。
「まるで人が変わったようだな」
言動、態度、そして特に――目。もはや別人だ、昨日今日であれほど人が変わるはずはない。過酷な状況ではストレスで黒髪が白髪に
なるというがさてはて。
「ミステリーだな、面白くなりそうだ」
そう呟いて二ヤッと笑みを浮かんだ。あれほどの変わりよう、ミステリーな他ない。そう思い非公式の部室へ向かう。
しかし、心の奥底ではどこか信じられないのだろう。いや、信じたくないのか。杉並の左手は固く握られていた。