「ほら、弟君。久しぶりにマカロニなんて作ってみたの! 美味しい?」
「・・・・まぁ、美味しいけど」
「ふふ、よかった。エリカちゃんもよかったら摘まんでね? 料理には自信があるから!」
「え、ええ・・・・」
「・・・・もぐもぐ」
なんでこんな事に・・・・と思わずには居られない。私と義之は本来なら二人っきりで幸せな食事をする筈だったのにそうはならなかった。
横で澄ました顔でマカロニを食べている由夢さんを見て、少し心が波立つのが分かる。この子が来なければこんな事にはならなかったのに・・・・。
話を聞くと、お昼を一緒に食べようと義之を探したところ私と一緒に歩いている姿を発見した。お昼を食べずに後校舎内に入っていく私達。
そして気になって後をつけてみたら――――とまぁ、そんな感じらしい。まるでデバガメみたいだ。下らな過ぎて逆に呆れてしまう。
「それにしても駄目だよ、弟君。いくらエリカちゃんが多く作り過ぎたからって御厄介になっちゃ。お弁当忘れたならお姉ちゃんに言えば
お裾分けぐらいしてあげたのに」
「音姉はとても忙しそうでお昼は生徒会のヤツらと食うと思ったからな。声を掛けるのに躊躇っちまったんだよ」
「もうっ、そんな事気にしなくていいのに。私達知らない仲じゃないんだから、そういう時はどんどん頼っていいんだよ?」
「来年の体育祭の時に弁当を忘れたらそうするさ。その時はよろしく頼むよ、音姉」
「相変わらず素直じゃないんだから・・・・。エリカちゃんもごめんなさいね? 弟君がご迷惑掛けちゃって」
「あ、いえ、別に迷惑だなんて・・・・。桜内先輩には日頃から色々御世話になっていますし、本当に作り過ぎただけですから・・・・」
「そう? でも、弟君がお世話ねぇ・・・変な事をエリカちゃんに教えないでね、弟君」
「教えねぇって。それにお世話っても大した事をしていないよ。生真面目なエリカはそうは受け取らなかったみたいだけどな」
「もう、ホントに弟君は・・・」
「あ、あはは、別に気にしてませんから。はい」
「・・・・・もぐもぐ」
お世話になっている――――それは本当の事だった。世間知らずで気が弱い私を、義之はいつもエスコートしてくれていた。
殆ど私が誘う形になってはいるけど、決していい加減な案内はしない。決まっていつも私が面白がる場所に連れて行ってくれた。
それは海だったり、山だったり、服屋だったり・・・・様々な場所があるが、いつも嫌な顔せず付き合ってくれる。
まぁ、それは置いといて。それにしても――――――だ。
「ねぇ、由夢さん」
「・・・・・もぐもぐ」
「たまには空気を読んでくれてもいいんじゃないかしらね。私と義之がやっと二人きりになれたというのに邪魔しちゃって」
「・・・・・・・・もぐもぐ」
「大体あの時そのまま踵を返して帰ればよかったのよ。それなのに貴方ときたら無理矢理に義之と私の腕を掴んでココに来させるなんて。
そんなに私と義之を二人っきりにさせたくなかったのかしら」
「・・・・・・・・・もぐもぐ」
「――――――そんな餓えた犬じゃあるまいに、弁当をがっつくなんて粗野でお下品ですわ。義之とはまるで大違いね」
「・・・・」
食べる箸を止め、私の方を睨みつけてくる。対する私も睨み返した。義之と音姫先輩は話に夢中で私達に気付いていない。
朝倉由夢、音姫先輩の妹であり義之にとって妹同然の女の子。二人は小さい頃から一緒に育った仲らしい。どうでもいいが。
そしてその女の子は何故か私を嫌っている。理由は分からない。だが私も嫌いだった。義之との仲を邪魔するのもそうだし、そもそも
自分を嫌いな人間に好意を持てという方が無理がある。
義之の今の微妙な人間関係の事はどうやら知っているみたいだが・・・・だったら尚更だ。知ってるなら余計に邪魔して欲しくない。
さっき聞いて分かった事だが、義之はまだ私の事を好きらしい。可能性がある。だからさっきのはチャンスだった筈なのだ。
なのにこの子は邪魔ばっかりして・・・・・。考えれば考える程に腹が立ってきた。今回だけじゃなく、いつもこの子は邪魔をしてきた。
商店街でデートをしてる時も声を掛けてきたし、義之が私の家に泊りそうな時も電話をしきて結局お泊まりはお流れとなった事もある。
大体、学園長が寂しがってるから帰った方がいいと言われて帰る義之も義之だ。マザコンでもあるまいに放って置けばいいのに・・・・。
「・・・何を言ってるんですか。兄さんはずぼらで面倒臭がりなどうしようもない人です。いったい誰の事を言ってるんですか?」
「あら、妹と言っても大した事ないのね。義之の事をまるで知らないのだから。あそこまでしっかりしてる男性は他にいないわよ?
不良染みた事はするけど頭は悪くないし、逆に良い方。礼儀作法もやらないだけで知識としてちゃんとあるんですから。そこら辺
の上っ面だけの男より断然上ですわね。そして勇気もあるし何より―――――」
「ぷっ」
「・・・・失礼。今の話に何か笑う所がありまして?」
「いえいえ、とんでもない。エリカさんて本当に兄さんの事を何も知らないんだと思いまして・・・・おほほほ」
「な、なんですってっ?」
「話だけ聞いてると兄さんまだエリカさんに気を遣って本当の自分を見せてないんですね。ああ、でも、気になさらない方がいいですよ?
エリカさんみたいなお姫様で、とても可愛らしい女性に気を遣ってしまうのはしょうがない事なんですから」
「このっ・・・・!」
皮肉気に笑うその顔に思わず激昂しかけるが、音姫先輩の手前だと言う事もありなんとか手を握り抑える。ここで騒いでも何の得にもならない。
私が義之の事をしらない? ハッ、冗談も休み休み言って欲しいものだ。確かに義之の事は義之本人しか分からないし、そもそも性別さえ違う。
全部は確かに分からないだろう。だが・・・・精々妹ごときの貴方よりは分かってるつもりだ。なのにその余裕な笑み――――気に喰わない。
まるで自分の方が義之の事を知ってると言いたげな顔だ。なんなんだ、この子は。まるで義之の事を・・・・・。
「・・・・まさかとは思いますけど、貴方もしかして義之の事を・・・・・」
「あ、兄さん」
「ん? なんだよ由夢」
「来週の日曜日、どこか遊びに連れて行って下さいよ。天枷研究所でバイトしてるんですよね? だったらお金に余裕がある筈です」
「なんでオレがそんな面倒な事をしなくちゃいけないんだよ。一人で行け、一人で」
「あー由夢ちゃんたらずっるいんだー。ね、弟君。その時は私も連れて行ってよぉ」
「だから行かねーっつーの! 姉妹揃って人の話聞かねぇ野郎共だな、まったく」
「―――――――ふぅん」
「あ? なんだよ」
「ね、兄さん。耳貸して」
私の問い掛けを無視し、義之に話し掛ける。内容はデートの誘い――――の様に聞こえた。もしかして私に張り合おうとしているのか。
笑える話。生憎だが来週は私と買い物に出掛ける用事が入っている。天枷さんや花咲先輩が言うならまだしも由夢さんが誘った所で義之は
動かないだろう。いくら妹とはいえその扱いの差には雲泥の差がある。
何やら耳打ちをしているが、恐らくは甘い戯言でも吐いているに違いない。無意味な行為だ。思わず鼻で笑い飛ばしたい気分だ。
「まったく。何を無意味な行動を・・・・」
「―――――――で、一緒に行ってくれるよね、兄さん」
「・・・・あ、ああ」
「はぁっ!?」
「え、い、いきなりどうしたのエリカちゃん。素っ頓狂な声上げて」
「あ、え、べ、別になんでもありません。ちょっと膝の上に虫が居たものですから・・・・」
「あー最近暖かいもんねぇ。虫達も出始めてきたのかなぁ。この間なんか毛虫踏みつぶそうとしちゃってぞわっとしてね、もう怖かったよぉ」
「は、はぁ・・・・そうなんですか」
由夢さんの方にチラッと視線を送る。目と目が合い、フッと笑う様な笑み。箸が軋む音がした。
「私襲おうとした事、全員にバラしますよ」
「な、お前――――――」
「だから何処か連れて行って下さいよ。あ、行き先は兄さんに任せますから。まぁ、そういう事で一緒に行ってくれるよね、兄さん」
「・・・・あ、ああ」
「はぁっ!?」
その素っ頓狂な声を聞いて、溜飲が下がる。フッと笑い掛けると目に見えて怒りが噴き出すのが分かった。性格が悪いと思うがその様子を見て
更に胸の内がスッとした様な気分になる。
エリカ・ムラサキ、兄さんの事が好きな人達の一人でお姫様という漫画の中みたいな人。最近更に美しさに磨きが掛かってきた。どうでもいいけど。
そして私はこの人が嫌いだ。時々兄さんの気持ちを考えないで気持ちを押し付けようとするところも、自由奔放に自分のやりたい事をやっている所も。
天枷さんに聞いて今の兄さんの人間関係の事は知っている。だから尚更こんな人に近づいて欲しくなかった。兄さんがどうのこうのではなく、私が
それに納得がいかない。当り前だ。こんな仮面を被っていい子の振りして、周りにイイ人という印象を与えようとする女なんかロクな人間じゃない。
同族嫌悪―――――エリカさんと自分は似ている部分が多かった。もしかしたらその所為かもしれない。生理的に受け付けない部分があった。
さっき話を聞いたがどうやら兄さんはまだこの人の事を好きらしい。それを聞いて思わず茫然としてしまう。そして鉢合わせしてしまったのは
まずかったが、もう過ぎた事だ。気にしない事にした。
「由夢ちゃんいいなぁ。私も一緒にお出掛けしたいよぉ」
「お姉ちゃんはまだ引き継ぎとか残ってて忙しいですから無理だと思いますよ? また時間が空いた時にお願いしてみたらどうですか?」
「うぅ・・・秋までにそれが終わればいいんだけどね。まゆきと一緒に頑張ってはいるけど・・・・はぁ」
「大体お姉ちゃん一人で何でもやってしまうからいけないんですよ。結構ワンマンな所あったじゃないですか、先の生徒会って」
「・・・・まぁね。その所為で下が育ってないとか先生とかにも言われたし。でもこればっかりは私達もどうしようもないし・・・・」
そう言ってまたため息をつき、眉を寄せご飯を摘まんで口の中に入れる。お姉ちゃんとまゆき先輩は色んな意味でも目立つ存在なのでその悩みは
当然と言えるだろう。なにせその二人の後を引き継ぐなんて本当に大変な事だ。
何をしても前生徒会長と比べられるし、お姉ちゃんとまゆき先輩以上に上手く仕事をこなせる人なんて想像がつかない。確かに今の生徒会長も
頑張ってはいるが・・・・あまり著しく無かった。
でもまぁ、何か問題を起こしたという訳ではないのだからその内時間が解決してくれるものだと思う。今の生徒会のやり方に慣れてしまえば前の
事なんて普通の生徒はすぐに忘れるだろう。縁の下の力持ちだしね、生徒会って。
「ちょ、ちょっと義之っ」
「・・・・なんだよ」
「私との約束はどうしたのよ、いきなりそんな事言って気は確かかしら?」
「悪いと思ってるが・・・・まぁ、また今度でいいか? そしたら絶対行けるからよ」
「な、なにそれっ? 義之は私よりこんな妹のほうを選ぶというの? 信じられない!」
「ば、ばかお前声大きいってっ」
聞こえてますよ。お姉ちゃんは生徒会の事で頭一杯で聞こえてないみたいだけどさ。大体こんな近くでこそこそ話をされても普通に聞こえるって。
それしても―――――エリカさんと出掛ける約束をしていたのか。ならよかった。今の状態のエリカさんに兄さんを連れて行かれたらどうなるか
分かったものじゃない。今のエリカさんはとても自信に溢れていた。まったく、兄さんが好きと言わなければこんな風にならなかったのに。
そんな二人を見ながら、私はあの時の事をぼんやり思い出した。私も兄さんに『好き』と言われた時の事を・・・・・。
その日、兄さんは酔っていた。さくらさんが出張で本島に行っている時に、いつの間にか買っていたブランデーやらウィスキーを沢山飲んでいた。
脇に転がる空瓶。私がたまたま様子が気になって行ってみれば目も当てられない惨状がそこには広がっていた。思わず顔が青褪める。
明らかに普通の量じゃ無い。酒が強い人でもアルコール中毒になる程の酒の量。兄さんは居間の机の上でだらしなく腕を投げていた。
「な、な、なにやってるんですか、兄さんっ!」
「・・・・んー・・・・・なんだよ、由夢ちゃんかよ・・・・」
「い、今水持ってきますからねっ!」
「・・・・なんでも、いいよー・・・・」
よかった、意識があった。手をパタパタ振る兄さんを尻目に台所に行ってコップを水で満たす。
なんでそんなになるまで飲んでいたのかその時は分からなかった。なんでもいいからとりあえず兄さんに水を飲ませなくては。
それだけ私は必死だったのだ。最近は自己管理は出来ていた様に思えたのだが、今の様子からじゃそれは微塵にも感じられない。
「ほら兄さん、早く水を飲んで下さいっ!」
「えぇ・・・もう飲みたくねぇって。勘弁してくれよぉ・・・・」
「いいからっ!」
「・・・・ん!? ぐ・・・・」
構わず無理矢理コップに口をつけさせ飲ませる。水が飲みきれず滴り落ちているが気にしていられない。喉が波打って水を飲み干していった。
これですぐに酔いが醒めるという訳ではないが、幾分かマシだ。そして飲み終わった後に咽るように咳をした。目はまだ酔っている。
とりあえず何か体に巻ける物を持ってこないと―――――そう思い腰を上げかけた所で、腕を掴まれる。加減が出来ていないのか、痛さで
少し顔を歪めてしまった。
「い、イタいってばっ!」
「どこにいくんだよぉ、少しはお兄ちゃんに構ってもいいんじゃねぇのかー」
「・・・最初オレに近づくなって言ったの、兄さんじゃないですか。何を今更」
「あー・・・・そうだったなぁ、昔のように思えるよ。なんか色々あったなぁマジで」
そう言って笑い、顔に手をやる。結構本気でヤバイかもしれない。話が噛み合ってる様で何処かズレた感覚がする。酔っ払いの典型だ。
はぁ、とため息をついて私も隣に座る。腕を掴まれたままじゃ動けないし、離してくれそうにもないからだ。まったく、なんでこんな事に。
そんな私に何処か面白い様に笑う兄さんを見て、少しドキリとした。最近兄さんは笑顔を見せてくれない。いつも眉間に皺を寄せてた記憶しかない。
人間関係。兄さんのそれはとても複雑なものだった。色々な女性が兄さんの事を好きで兄さんも悪く思っていないと言うこれまた複雑な話だ。
それだけ聞くと、なんとも良い御身分だなと思えてしまうが事実は違う。私も最初はなんて欲望に忠実な人なんだろうと軽蔑した事があった。
けれどふとその人間関係を見回して、ふと気付いた事がある。誰も心から笑っていない。幸せそうどころか皆辛そうに俯いてばかりだった。
もしかしたら今私が来たのだって、たまたまじゃないのかもしれない。心の何処かで兄さんが一人きりという状況に危機感を感じたのかも。
そしたら案の定、だ。いつも兄さんは誰かと一緒に居た。きっと気が休まる暇が無かったのかもしれない。脇にいる兄さんを見てそう思う。
好きな人と一緒に居るのに心から喜べない。それはどんな気持ちなんだろうか。気持ちがすぐそこにあるのに一緒になれない。もどかして辛いだろう。
「ヤケ酒ですか。色々な女の子に色目を遣うからですよ」
「なんだ、お前知ってたのかよ。いやー本当に女たらしですいませんねぇ、まったく」
「天枷さんから相談は受けていましたから。義之は一人に好きな人絞ってくれないって」
「美夏かー。アイツは本当に可愛いよなぁ・・・・こんなオレを頼ってくれるなんてよぉ。思わず構いたくなっちまう」
「・・・・花咲先輩は?」
「茜はあれだな、本当に気遣いが出来て可愛い女だよ。こんな駄目男の事を支えてくれるなんてなぁ。それにスタイルもいいしエロいし性格も
いいし最高かなぁ。いつも引っ付かれるけどその度に胸が当たってたまったもんじゃねぇよ、まったく」
「ゴホン・・・・で、エリカさんは?」
「エリカも本当に可愛いよ。気が弱い癖に虚勢張ったりして、でも芯はしっかりしてて、色気も最近出てきたし。ただ時々オレを追い詰めるように
迫るのは止して欲しいなぁ。アイツってばオレの弱い所ばっかり突いてくるから少し苦手だよ。大好きだけど」
「・・・・・・」
なんだろう、殴りたくなってきた。まるでのろけ話を聞かされた気分。実質そうなのだろう。ていうか全員可愛いって言うな。この女たらし。
しかし、それらは本音なんだろう。酔ってるから思ってる事を吐き出している。机に顔を押しつけながら呟く兄さんを見てそう思った。
じゃあ・・・・私はどうなのだろうか。どう思っているのだろうか。酔ってる今ならもしかしたら本音が聞けるかもしれない。
兄さんの事を好きな女性が沢山いたから半ば諦めかけていたが―――――聞くだけならいいだろう。そう自分に言い聞かせ、優しく聞いてみた。
「じゃあ・・・朝倉由夢さんは?」
「あー、ゆめぇ? 由夢はなぁ、うーん・・・・・」
「・・・・由夢は?」
「料理が、クソ不味い」
「殴っていいですか?」
「勘弁してくれよぉ、今頭が回ってないし喧嘩なんて出来ねぇってー。オレ本当は喧嘩強くないんだからよぉ」
目を瞑って嫌そうに顔をフルフルさせる。思わず握り締めた拳を、なんとか抑えさせた。自分の精神の強さに感服してしまう。
そりゃ確かに私の料理はあまり褒められたものじゃない。兄さんとお姉ちゃんと比べたら雲泥の差だろう。しかし、最近は腕が上がってきたのだ。
今度無理矢理家に連れてきてやる。うーんと唸っている兄さんを見ながら私はそう決心した。はぁ・・・・なんだか拍子抜けしちゃった。
「んでもってさぁ・・・・」
「はい? 何かまた朝倉由夢さんに対して何か文句でもお有りなのですか?」
「由夢ってさぁ・・・何か変な色気があるよなぁ・・・・」
「・・・・・は?」
「本人は気付いてないつもりなんだろうけどよぉ、時々艶っぽい視線を感じるんだよ。あいつから。あれ喰らった男は一目で落ちちまうんじゃねぇ
のかなぁ。まさに魔性の女って感じだな。この間テレビで見たよ、そういう女の特集」
「え、あ、そ、そんなつもりじゃ・・・・!」
「それにさぁ、時々無防備過な格好してる時があるんだよ。パンツとか平気で見えるし、いやぁ、勘弁してほしいよ」
「そ、それはジャージ姿の時とかでしょっ! だって穿いてるとズリ落ちてくるし、しょうがないじゃない!」
「なんでもいいけど本当に勘弁して欲しいよ。最近色々あって溜まってるしさぁ、この間寝る前に思い出しちまって・・・大変だったよ」
「・・・・・た、たた、大変って・・・・何が・・・・?」
「・・・・・・言いたくねぇ」
ゴロンと顔を背けてまた苦しそうに唸り始める。手は変わらず握られたまま。もしかしたら誰かに話を聞いて欲しかっただけなのかもしれない。
しかし―――――あの兄さんがそんな風に感じていたなんで、ね。いつも子供扱いばかりしていたからそうは感じなかったけど・・・・。
けどよく考えればそうだ。私達は年齢が近いし、体も成長している。そういう目で見られたって不思議ではないのだ。顔が火照るのが分かる。
そして次に感じたのは、喜悦感。まさか女の人として意識されてたのは意外だっただけに、嬉しさが込み上げてくる。口がにやけるのが分かった。
さて、もうこの辺でいいだろう。兄さんが私をどう思ってるか分かった。さっきは聞くだけと言ったが・・・・撤回しよう。うん。
もしかしたら私も辛い思いをするかもしれない。天枷さんに裏切り者とか言われるのかもしれない。だが、自分の気持ちを押し黙って居られる
程私は物分かりのいい子じゃない。兄さんの言う通り子供のままだ。
悪いが兄さんにはもっと苦しんで貰う事になる。心痛さは感じるが・・・・ずっと宙ぶらりんな事をしてる兄さんが悪いのだ、兄さんさえとっとと
特定の人を決めてしまえばこのまま引っ込んでだものを。もう自分の気持ちを抑えられそうに無かった。
エリカさん達と違って私は小さい頃から兄さんが好きだった。今までひた隠しにした気持ちが裸になる。絶対に負けるものか。
「兄さん。今から兄さんにアタックを仕掛ける女のが増えますけど、いいですよね?」
「・・・・うーん・・・・もう、無理だって・・・・・」
「最近の兄さんならいけますって。色気があって可愛い女の子ですよ? それに料理も上手くて癒し系です」
「あー・・・・いいねぇ。癒し系かぁ・・・・・癒し欲しいなぁ・・・・」
「じゃあもう決まりです。明日から三人から四人に増えますね。この女泣かせ」
「皆で仲良く、やってくれるならいいよ・・・・別に。何故か知らねぇけどアイツら仲悪いんだもんなぁ。特にエリカと美夏とか」
「勿論みんな仲良くできますよ。そりゃもう仲のいい子猫達みたいに」
「・・・・なら、いいや。オレはどうでもいいから仲良くして欲しいよ、ほんと」
子猫――――冗談、そんな可愛いものじゃない。それに仲良く出来る訳が無い。特にエリカさんとか御免被る。自分と似てる人となんか
仲良く出来ない。生理的に受け付けないのだからしょうがないだろう。
まぁ、とりあえず許可は貰った。後は動くだけ。天枷さんには勿論話を通して置く。それが筋というものだろうから。苦しそうに唸っている
兄さんを見ながらそう考えた。
さて、そろそろ毛布か何かを持ってこないと兄さんが風邪を引いてしまう。そう思い、手を離そうとした所で―――――何故か体重を掛けられた。
「きゃっ!?」
「んー・・・? なんだ由夢じゃねぇか、何時から居たんだよ・・・・」
「な、さ、さっきから居ましたってばっ!」
「あー? そうだっけか・・・・。まぁ、いいや。一発やらせろよ」
「はぁっ!?」
「最近欲求不満でさぁ、もう。まさか茜達とヤル訳にはいかねぇしもう参ってんのよ、オレ」
「な、なんで私なんですかっ!? 理由を言って下さいよ!」
「そりゃ、お前――――顔と体が良いに決まってるからじゃねぇか」
「な―――――――」
「まぁ、ここは一つお兄ちゃんを助けると思って・・・・」
「こ、この――――――」
「あ?」
「スケベェェエエエエーーーーーーッ!」
「おごっ・・・・・」
思いっきり腹に膝を決めて体を引き離した。確かに私は兄さんの事が好きだが―――――酔った勢いでとかは絶対嫌だった。
するならやはり夜景が見えるホテルがいい。一泊数万するホテルだ。どうやら私は顔と体は良いらしいから兄さんも痛い出費では無いだろう。
お腹を押さえて悶絶している兄さんを尻目に私はニ階へ足を進める。確か余りの毛布があった筈だ。適当に二枚ぐらい持ってこよう。
そして翌日、兄さんは私に平謝りしてきた。どうやら後半の記憶しか覚えて無いようで少しガックリきたが弱点は握れたので良しとする。
エリカさん。この人に渡すぐらいなら私が貰い受ける。脇でエリカさんに平謝りしている兄さんを見ながら、私は食事を再開した。
「・・・・全然休んだ気がしねぇ」
途中からエリカが怒ってその場からは抜け出すわ、由夢に脅しを掛けられるわ散々だった。頭を掻いて嘆息する。
確かに酒で酔って頭が吹っ飛んでいたとはいえ、無理矢理襲ったのはどうかと思うが何も脅かさなくていいじゃねぇか。
何もやってねぇし本気でやろうとした訳じゃねぇのにあの生意気な妹は・・・・。もう昼休みが終わったので集合場所にまで戻る。
その前の記憶は何もないので変な事言って無いか多少心配していた部分があったが、どうやら何も言って無いみたいだ。由夢の様子から
それが分かって一安心する。あんなに酒飲んだのは久しぶりかもしれない。
ストレスというか悩み事が多かったせいで思わず酒に逃げてしまったがもうあんな真似はしねぇ。また何かあってからじゃ遅いからな。
とりあえず集合場所に戻り椅子に座って落ち着く。次の競技まで時間がないが、一息付けたかった。
「あ、よっしぃー!」
「ん?」
「もう、どこに行ってたのぉ? お昼誘おうと思ったら居ないんだもの!」
「あー・・・音姉達と食べてたよ。無理矢理誘われてな、まったく」
「ふーん。てっきり美夏ちゃんとかエリカちゃんと食べてるものだと思ってたわぁ」
「・・・・さてな。茜は誰と食べてたんだ?」
「んー? 杏ちゃん達とよ。誰かさんが相手してくれない所為でね~」
「悪かったよ。ホラ、脇座れ」
「ん」
空いてる席に座らせる。杉並の席だからどうでもいいだろう。足をぷらんぷらんさせて座る茜。何が楽しいのかにこにこ笑っていた。
そんな茜の顔を見てオレも少し笑う。そんなオレに茜はきょとんとした顔をつくるが、また笑い始めた。横目に笑う姿がいじらしい。
茜の笑顔はいつ見ても人を楽しくさせるような安心感があった。漏れなくオレもそんな内の一人。なんだか気が抜ける様な気分がした。
「ふふ。義之くんが笑うなんて久しぶりに見た気がする」
「・・・・そうだな。色々悩みごとが増えちまったからな。余裕が無かったのかもしれない」
「頭良い義之くんでも悩む事があるんだねぇー。茜さんびっくり」
「頭じゃなくて本質的な部分の問題だな。前だったら絶対有り得ない事だったよ、人を好きになるなんて」
「良い事よぉ、人を好きになるのは。毎日その人の顔を見たくて学校行くのにだって気合いが入るし、心臓がドキドキして楽しく
もなるしねぇ。まぁ、少し辛い部分もあったりするけどさ」
「・・・・何も言えないな。悪い」
「しょうがない事よこればっかりは。理屈で人を好きになるんじゃないもの。確かに一番は誰も傷付かないで好き会うのが一番だけどね。
現実はそうもいかない事ばかり・・・・まぁ、それはそれで燃えるからいいけど」
「そうか?」
「うん。うぉおおおって感じで背中に炎なんか纏っちゃったりしてね。もうこの恋は止まらないっ!って感じかにゃあー」
「はは、意外と熱血漢なんだな、茜は。驚いたよ」
「茜さんの秘密その三よ。一応十個まであるからその内に全部知って欲しいなぁ~」
「どうせならその一と二が知りたいな。まぁ、お前の事だからロクでもねぇ事に違いないけど」
「違うもん。ロクでもない事じゃないもんねー」
「どうだか」
くくっと含み笑いをして腕を組む。むーっとして頬を膨らましている茜を端目に開始時間を見た。もうすぐ出番か。
本当に休まる暇が無い。ちょっとほんわかした気分に浸かってたから立ち上がり首を回し、深呼吸。肺に溜まった空気を押し出した。
次は借り物競走か。変な物でも借りなきゃいいけど・・・・かったるい。そう考えていると、何やら視線を感じた。脇に目をやり聞き出す。
「なんだ、じっと見て。オレの顔はそんなに面白いか?」
「ううん。格好いいよ」
「・・・・・・」
「あー、もしかして照れちゃったのかなぁ~? くふふ」
「うるせーよ」
「あいたっ」
額にデコピンをかましてやる。痛そうに額を擦っている茜を端目にオレは背伸びをした。こいつはストレート過ぎるんだよ、言う事が。
いつも茜は不意打ち気味にこういう言葉を吐くから油断出来ない。今までも何回か恥ずかしい目に合っている、その度にオレはデコピンを
かましていた。大体誰が照れるかよ。男が照れてもキモいだけだっつーの。
全員に言える事だが最近オレを舐め過ぎなんじゃねぇのか。ていうか――――そもそもよくこんな男に近づこうと思ったもんだ。感心するね。
「で、何で人の顔にガンつけてたんだよ、てめぇ」
「やん。照れて口調が乱暴になる所とかよっしぃーは可愛いんだから・・・・ふふ」
「・・・・・・」
「わ、分かったから手をデコピンの形に作るの止めてよぉー! 時々本気で痛いんだからねぇー!」
「だったら人をおちょくらないで素直に言えっての。まったく」
「別にぃ・・・・ただやる気があるんだなーって、びっくりしただけよ」
「あ?」
「深呼吸したり手を何回も握ったりしてるじゃん。もしかして癖?」
「癖だな。喧嘩する時なんかこうやって自分を落ち着けてるよ。腕っ節は強い方じゃないからな」
「えぇー。うっそだー。義之くんケンカ強いじゃん」
「そう見えるように動いてるからな。別に褒めらるほど大した事はしてないよ。ただどうやったら相手は倒れてくれるのかなって考えて
行動してる。その為には熱くならないで頭を冷やす必要があった。怒ってキレて力任せに暴れて勝つ、そんなにオレは力は無いよ」
「ふぅん、意外だなぁ。でもまぁ、あなたって頭でっかちっぽいし・・・・・義之くんらしいっちゃ義之くんらしいけどね」
「・・・・・・」
「だ、だーかーらっ! デコピンするの止めてよぉ~っ!」
茜がオレの握った手に泣きながら縋りついてくる。誰が頭でっかちだよ。もう少し違う言い方あるだろうが。今度言ったらその胸揉むぞてめぇ。
そんな事をやってる間にも時間は差し迫っていて、なんだかんだで時間ギリギリに着くことになってしまった。もう皆走れる体制を作っている。
まぁ、借り物競走なんてものはあんまり力を必要としないから少しは心に余裕がある。皆の様子を尻目に軽くオレは体全体を回して位置につく。
「杉並がなんかしでかしてくれると思うけど・・・どうなるかな。楽させて欲しい所だが――――――あ?」
視界の脇で揺れているモノが移っている。何だと思って見てみると昼にオレを誘った二年の女子共が手を振っていた。
かったるい。そう思いながらも軽く手を振り返してやるとキャーキャー騒いで更に手を振ってきた。すげぇかったるいなオイ。
程々に手を振りなんとなくその横を向く―――――――と、エリカがこちらをじっと見詰めていた。思わずまた咽そうになるがなんとか堪える。
「・・・・あの野郎。もしかしてずっとああやって見てたのかよ」
エリカならやりかねない。とりあえずエリカにも軽く手を振ってみるがガン無視。肩を怒らせながら奥に引っ込んでしまった。面倒臭ぇ。
ベタベタくっ付いてきたと思ったら離れるし、本当に感情の起伏が激しいなアイツは。別に色目使った訳じゃないんだから気にしなくていいのに。
もしエリカが他の男連中に手を振ってもオレは――――――んん、そうだな、うん。少し自重すべきだったかもしれない。思わず握り締めた拳を
開いてまた軽く足を回す。こういう所が空気読まないって言われるんだろうな。気を付けよう・・・・・。
「じゃあ、みなさんスタートラインに着いて下さい」
「・・・・うし」
準備は万端だ。いつでも行ける。スタートラインに着き、合図を待った。一種の緊張が身を包む。オレの周りは一瞬静寂に包まれた。
そして――――――空に破裂音が響く。周りより一瞬だけ反応が早く駈け出したオレはあっという間に一位に踊り込んだ。だがまだ安心は出来ない。
これは早さを競う競技じゃない。問題はあの紙の中身だ。あれに全てが掛かっている。オレは大金の為に思いっきり脚を動かし、一番乗りで到着
出来た。乱れる呼吸をなんとか制しながら並んでいる紙を見詰めた。
「えぇと。並んでる紙は松・竹・梅と・・・・杉? 杉ってなん――――――ああ、なるほど」
どうりでさっきから姿が見えないと思ったらこんな事仕組んでたのか。思わず口の端が歪むのが分かる。係員が引いてるが気にしねぇ。
今回もどうやら楽をさせてもらえそうだ。紙は二枚あるが保険の為だろう。オレが一番先に到着するって限らないしな。ま、結局要らぬ心遣い
になったけど。適当に右を選び封筒から紙を取り出した。
時間には余裕がある。内容もきっと楽なもんに違いないし、この勝負は貰ったな。これで一歩大金に近付ける。
「さて、肝心の内容だが―――――――あれ?」
内容を読む。あれ? と何回も言いながら何回も見なおす。表裏が間違っていないかを確認する。
うん、この文字しか書かれていない。どうやらこれを借りて来いとのお達しらしい。
さすが杉並さんだな。やる事が違う。オレの長年のダチをやってるだけあって中々の文章だ。
そしてオレは、その紙を、思いっきり机に叩きつけた。腕を思いっきり振りかぶって、勢いを付けて。
「あ、あの野郎はぁぁああああーーーーーーッ!」
「ひぃ」
オレの形相に係員のお兄ちゃんの顔が恐怖に染まる。だが気にしてる暇は無い。あの野郎、やりやがったな・・・・・・ッ!
そうだよな、いつだってアイツは面白おかしさ優先で動いてる男だ。今回だってそうするに決まっていた筈なのに思わず気を抜いてしまっていた。
だが、後悔しても遅い。オレは封筒の中身を開けた。これを借りてくるしかない。段々後ろから他の走者が来てるしモタモタしてるとあっという間に
最下位だ。三人四脚で一度最下位になってるからそれは避けなければならない。
「どうする、どうする。考えろ、考えに考えれば上手い抜け道がある筈なんだ。一体どうしたら・・・・」
考える。この危機を脱出出来る方法を。ある筈なんだ、その方法が。背中にヒヤリとしたものが走る。
こんなに考えたのは生まれて初めてかもしれない。呼吸が乱れてきたし頭もテンパりそうだ。思いっきり眉間に皺を寄せて考える。
脇に人の居る感覚。どうやら走者の一人に追いつかれたらしい。考えに没頭してて気付かなかった。もう考える時間は残されていない。
「・・・・・くそっ! 誰だ、誰を――――――」
そうして皆が居る方向に目を配る・・・・・と、居た。そいつがオレと目が合いきょとんとしている。
思わぬ僥倖。居るじゃねぇか、適任者が。オレはそいつ目掛けてダッシュした。脚が攣りそうになるが構わない。
はぁ、はぁ、とため息を着き、やっとそいつの元に辿り着く。わりぃな、ちょっと手を貸してもらうぜ。
「ど、どうしたの義之くん?」
「悪いが借り物競争に手伝ってくれねぇかな―――――白河」
「えっ、え?」
「話は後だよ。とりあえず着いて来いっ!」
「あ、ちょ、ちょっとぉ~!」
無理矢理手を引っ張り駈け出す。白河が文句を言いたそうに騒いでいるが構いやしない。最低限躓かない様にオレはゴールを目指した。
後ろから何やらハッとした様子が感じ取れる。オレの心を読んだのか。だから白河を連れてきたんだ、コイツなら適任だからな。
走りながら後ろに視線を送るとぷくーっと膨らんだ顔。怒っているぞのポーズ。その可愛らしさに思わず吹いてしまった。
「はは、そんなにに怒るなよ。な、白河なら適任だろ?」
「義之くんてやっぱり最低だ、こんな事に私を誘いだすなんて。とっても失礼しちゃうよ」
「白河ならオレの事情諸々全部知ってるだろ? 心読めっからな。悪いな、付き合わせてちまってよ」
「ふーんだ。知らない」
「おいおい拗ねないでくれ。白河に嫌われたらオレショックで寝込んじまうよ」
「そんな事思っていない癖に。ばーか」
「最近気付いたよ。馬鹿だって事は。だからもう少し必死に走ってくれ。オレと愛の逃避行する気持ちで」
「・・・・・ばか」
握られた手に力が加わる。その女の子らしい感触に少し心が動揺するが無視する。ちょっとでも変な事考えるとこのエスパーに筒抜けだからな。
息を切らせてゴールに近づく。後ろからさっきの走者が近づいてきたので必死に走った。ゴール前、誰も居ない。このままいけばトップだ。
白河は運動神経は良い方なので、更に速度が上がり―――――そのままオレ達はゴールを駆け抜けた。湧き上がる歓声。心地良い感覚が身を
包んだ。なんだかんだいって一位ってのは気持ちいいな。上に誰も居ないって事だから清々しい気持ちになれる。
「な、なんて悪い笑顔なの・・・・」
「うし、よくやったな白河。褒めてやるぜ」
「・・・・うぅ・・・なんだか複雑な気分だよぉ」
「悪い悪い、今度何かあったら助けてやるよ。それだけの事をしてもらったんだ」
「―――――じゃあ、約束ね」
「おう」
差し出してきた拳に拳を当てる。そうするとやっと機嫌が直ったのか、笑顔になる白河。さすがマドンナ的存在なだけあって絵になるな、おい。
なんにしても白河には助けられた。出来る事があったら本当に助けにいくつもりだ。まぁ、オレに出来る事なんてたがが知れてるけどな。
そうして次々に他の走者のヤツらが流れ込んでくる。間一髪だったな。もう少し遅かったらどうなっていたか分からない。思わずため息をつく。
「あっとぉ、弟くん。チョイ待ち」
「ん? 何スか、まゆき先輩?」
「そのカードちょっと見せて貰える? 一応不正防止の為に皆の見せて貰う事になってるんだ」
「ああ、別に不正してませんから大丈夫ですよ。それじゃ」
「・・・・・待ちなさい」
「なんですか? 早くクラスの所に戻ってこの喜びを分かち合いたいんですけどね」
「ちょ、ちょっと・・・。義之くん」
「・・・・私は別に特別どうしても見たいって訳じゃないんだよ。でもまぁ、それだったら不正と見なして失格にするけどね」
薄目でオレを睨む。隣にいる白河が不穏な空気を察して手を引っ張るのを感じ、少しガキっぽっかったかなと反省した。
つい条件反射みたいなものだ。まゆきとは性格が真逆だし、空気が合わない。向こうもそれを感じ取ってるだろうな。冬に色々あったし。
それで、なんだっけ。このカードを見せろと言ったんだよな。あー・・・・まぁ、いいや。白河なら納得するだろう。
「分かった分かりました。見せればいいんですよね。はい」
「まったく。最初からそう言えばいいの―――――って・・・・」
「なんですか。もしかして書いてある題目と違う人連れてきちゃいましたか?」
「い、いや・・・・なんというか・・・、意外というかセオリー通りというか」
頭を掻いて困った風に半笑いになるまゆき。別に意外でもなんでもないと思うがな。
オレ以外の奴がもしそのカードを引いたとしても、恐らく白河を選ぶだろう。まゆきの言うとおりセオリーだしな。
言われた本人は脇で頬を掻いて苦笑いしている。そういう目で皆に見られているというのはどんな気分だろうと、ふと思った。
「まぁ、いいや。とりあえずオッケーって事でいいよ。一位おめでとさん、白河」
「え、あ、あはは・・・どうも」
「あんたも災難だねぇ、こんな男に連れて来られて。ちゃんと嫌な時は嫌って言わないと駄目だよ? 不良でおっかないと
思うけど・・・もし、弟君がなにかしようとしたら・・・・」
「い、嫌じゃありませんからっ!」
強い否定の言葉に、少しまゆきは怯んだ。まさかこの反応は意外だったのだろう。オレも少しそう感じた。
オレと白河は友達という関係だ。屋上で彼女と色々腹を割って話した以来の友達。ある意味オレの全てを知っている人間とも言えた。
人の心を読める事への不安、人間不信に近い感情。オレという常識という物差しで計れない存在、オレという人間の考え。
オレが白河の不思議な超能力―――魔法に気付いたのが始まりだった。だからなるべく距離を取ろうと思ったが彼女はオレの全てを
知ってしまった。義之くんじゃないんだけど義之くんなんだよねという問いかけ。だから腹を割って話した。
最初は驚いた様子だったが、『そういう事もあるんだね』と言って納得した白河。自身の能力も普通では無いことからある程度耐性は
あるのかもしれない。まぁ、ただ単に白河がそういう性格なだけかもしれないが・・・・。
そしてオレは何故かそこで白河の悩みを聞くハメになってしまう。それで煙草を吹かして適当に答えたら物凄く感謝された。
『私達、友達・・・・かな』
その問いにオレは頷く。友達っていうか夫婦だな、お互いの事全部知ってて。そう言うと白河は照れて、笑った。
そこからオレ達は仲良くするようになったが・・・・もしかしてそれを否定された気分だったのか?
「―――――あ、その・・・すいません。いきなり大声出しちゃって・・・・」
「う、ううん別に気にしてないって。あはは・・・・」
「ごめんな白河。相変わらず空気が読めない女で。詫びるから許してやってくれないかな?」
「な、なんで弟君にそんな事言われなきゃならないのよっ! 誰が空気読めないって!?」
「まゆき先輩が、ですよ。姐御肌気取るのはいいですがちゃんと相手の事を理解してから喋って下さい。頭悪く見えますよ」
「ぐぬぬ・・・・・」
歯軋りをしながら悔しそうに顔を歪める。対してオレは涼しい顔付きだ。もう慣れたものである。
さて、そろそろ帰るか。いつまでもここに居ても仕方ない。まゆきの相手をするのも段々飽きてきた。
白河にはちょっと貧乏くじ引かせちまったかな。そう思い、脇に顔を向けようとして――――――
「きゃっ!」
「わっ!」
「・・・っと」
顔を背ける。いきなりの突風にまゆきと白河は小さい悲鳴を上げて顔を腕で庇った。
オレも一瞬目を瞑ってしまったが、風は一瞬で収まりすぐに開ける事が出来た。そして白河と視線が合い、お互い苦笑いする。
これだから島国は嫌なんだよ。時々思い出したかのように寒い突風が吹くんだからよ。うぜぇ。
「あはは、びっくりしちゃったな」
「まったくだな。卒業して早く本島に行きたいよ。田舎暮らしはもう懲り懲りだよ」
「でも懐かしくなって結局この島に戻ってきそうだな、私は。都会暮らしもいいけど・・・・疲れそうだし」
「白河の場合はそうだろうな。同情するよ、ほんと」
「うぅー・・・いきなり肌寒くなってきたなぁ――――――って、あら?」
「どうしたんですか、まゆき先輩・・・・・って」
「・・・・あれ?」
まゆきの手がまるで空気を掴んでる様ににぎにぎしている。いや、本来そこにあった筈の物を掴もうとして空を切る様な動作だ。
そこにあったもの。それはオレが借り物競走で手にしたカードで・・・・・。
「ってこの野郎っ! 今の風で飛ばしやがったなっ!? ちゃんと持ってろよっ!」
「ひゃうっ!」
「よ、義之くん! あれ!」
「あ――――――ッ!」
白河が指さした方向を慌ててみると、その例のカードがひらりはらりと飛んでいた。思った以上に風は強かったみたいで高さがあり
流れも早い。クラスの待機場所の方へ勢いよく飛んでいく。
オレの大声にたじろいだまゆきを放って置いて、白河に一瞬目配せする。心が読める白河は一瞬でオレの考えを読み頷いた。
追いかけるぞという意志表示。もし美夏とか茜達にあの内容を知られたらまったもんじゃねぇ! 特にエリカだったら死ねる。
そう戦慄にも似た思いを抱きながら、オレと白河は全力でそのカードが落ちるであろう場所に駈け出した。全力で。
「おお、今度も義之が走るのか。あいつにしては張り切ってるな」
「でしょう? まぁ、私が義之くんを推薦してあげたからこんな風に汗水垂らして頑張ってるんだけどねぇ」
「そうなのか。しかしこれもあいつの為だな。まともな真人間になるために」
「うわぁ。案外スパルタなのね、美夏ちゃんて」
「その台詞、そのままそっくり返すぞ。花咲」
ニヤッと笑い視線を前に戻す。私もそれにならって前に視線を義之くんが居る待機場所に向けると、真剣な目でスタートラインに着いていた。
もしあれが真剣で純粋な気持ちでああいう目をしているのなら惚れ直すところなんだけど・・・お金の為だからなぁ。らしいと言えばらしいけど。
美夏ちゃんは美夏ちゃんでそんな事を知らないからどこか熱ぼったい目で義之くんを見ている。ホントに恋する女の子で感じだなぁ。
暇だからという理由で私の所にきた美夏ちゃん。私達は恋敵だけど、こうして仲が良いのは僥倖だろう。やっぱり喧嘩なんてしたくないしね。
「お疲れ様です。花咲先輩」
「あらぁ、エリカちゃん? どうしたのこんな所に。義之くんは今競技に出てるわよ?」
「ええ、知っています。さっきチラッと見掛けましたから」
「ああ、そうなんだ? じゃあ――――――」
「これ、作ったスポーツドリンクなんですけど・・・・作り過ぎたから是非、花咲先輩にも飲んで欲しくて持ってきましたわ」
「・・・・毒でも入ってるんじゃーないでしょうねぇ」
「まさか。この間料理を教えてもらったお礼です。さすがに借りを作りっぱなしというのは気が引けるので・・・」
「そんなに気を遣う事無いのにぃ。相変わらず変な所で義理固いのねぇ、エリカちゃんって」
「花咲先輩にとっては変な所かもしれないですけど、私にとっては普通の所ですから。だからもしよかったらなんですけど・・・」
「まぁ、そういう事なら飲まして頂くわね。ありがとう、エリカちゃん」
「いえ」
エリカちゃんから貰ったドリンクを貰い、口を通す。これは・・・蜂蜜だろうか。甘くて口に残る独特の感触がした。確かに疲れが取れそうだ。
美味しいわよと言うと顔を綻ばさせて笑う彼女。その顔を見ると根は良い子なんだと度々思う。最近になってようやくこの顔を見れたからなんだか
感慨深いものを感じた。最初は上っ面の笑顔か嫉妬している顔しか見れなかったもんねぇ。
美夏ちゃんと違い、エリカちゃんと和解をするのは大変だった。義之くん以外どうだっていいというその考えを変える事は今だって出来ていない。
だが方向性はズレてきたと思う。相変わらず義之くんが一番という考えはそのままだが、それ以外にも目を向け始めていた。
きっかけは本当に些細な事だった。最初は仲良くしようとして彼女に近づいても怒るばかり。睨まれて罵声を吐かれるのなんて数えきれない程だ。
あの時期の彼女はいつも疲れていたように見て取れた。目の下には隈が出来ていてため息も多かったし、ぼーっとしている所を何回か見掛けた。
このままじゃいつか潰れてしまう。確かに私達は恋敵だけれど何も憎み合っている訳じゃない。それ以外の所ではせめて普通の関係を築きたかった。
そしてある時、下校時間になって帰ろうと靴を履いて玄関口を見るとエリカちゃんがそこに立っていた。視線はずっと外の方向を見ている。
私も釣られて見ると外は暗くなっていて雨が降っていた。天気予報では確か晴れの筈だったがどうやら外れらしい。空の果てまで雲に覆われていた。
カバンの中には一応折り畳み傘が常備してあるので私は大丈夫なのだが・・・エリカちゃんは違うだろう。傘があったらとっくに帰ってる筈だしね。
「エリカちゃん」
「あ、花咲先輩――――ってなんです? この傘は」
「貸してあげるわよ。傘、持ってないんでしょ」
「・・・・別にいりません。お気遣いは結構ですから」
差し出した傘を一蹴してまた前を向く。そんな事をしても雨は止まないというのに。何もそこまで意地を張らなくてもと思ってしまう。
だが私にも意地があった。一度貸すと言ったら貸す。前言撤回なんて出来ないという変な意地があった。だから無理矢理その傘を手に持たす。
怪訝な顔をして私の顔を見詰める彼女――――と、次の瞬間にはあの底意地の悪い笑みを浮かべた。私達だけに見せるあの顔だ。
「もしかしてそうやって余裕を見せて、いい気になりたいんですか? 最低ですね花咲先輩って」
「・・・違うわよ。別に余裕を見せたい訳でも良い人ぶりたい訳でもないわ。ただ私がそうしたいからそうしたいだけ」
「どうかしら。どうせ裏がお有りなんでしょう? 義之を体とか使って雁字搦めにしている花咲先輩ですもの。そうに決まってますわ」
「そんな風に見えてたんだ。ちょっとショックかなぁ。私としては素直に好意を表わしているのだけどねぇ」
「やりすぎなんですよ・・・・。いつもそういういかがわしいお店で働いている人みたいにベタベタして、大体――――」
いつものパターン。何をしてもエリカちゃんはこうやって私達を拒絶してくる。小言を吐くエリカちゃんを見てため息を吐きたい衝動に
駆られるが我慢だ。そんなことをしでかしたらまた話がややこしくなってしまう。
だから、私は早くこの場を切り上げる事にした。やる物はやったし後は帰るだけ。せっかく整えた髪が台無しになるけど・・・・しょうがない。
一人で空を見上げていたら放って置けなくなってしまったのだから。もしかして義之くんはああいった顔にやられちゃったのかな? 保護欲
掻きたてられるものねぇ、あの切ない顔って。
「ああ、そういえば今日は塾の日なんだぁ。じゃあ、そういう事で。ちゃお、エリカちゃん」
「なっ、またそんな嘘を――――――って、傘はどうしたんですか」
「残念ながらぁ、エリカちゃんにあげたやつが最後の傘なのよねぇ。このまま茜さんは濡れて帰らなきゃいけないの。しくしく」
「だ、だったら返しますわっ! そんなに嫌味っぽく言われてまで傘を使いたい訳じゃないんですもの、だから・・・・」
「んー・・・・だったら二人で入ってく? その方が建設的じゃない?」
「は?」
「いいから、ホラ、こっちに寄りなさいなぁ」
「ちょ、私はまだそう決めた訳では・・・・って胸が当たってますわっ、胸がっ」
「女の子同士だから別にいいじゃなーい。じゃあ、まずはエリカちゃんの家にれっつごぉー」
多少強引だったかもしれないが雨の中、二人は相合傘をして帰った。この組み合わせというのは中々珍しいものがあるが悪い気はしなかった。
帰る途中では色々な話をした。義之くんの事、私の事、美夏ちゃんの事、自分の事。思った以上に口を開く彼女を見て思う事が一つ。
誰かに聞いて欲しかったのだろう。本人には言えないし、かといって事情を話せる人もいない。だから私は黙って全部を聞いてあげた。
それからよくエリカちゃんとは喋るようになった。悩み相談から他愛の無い世間話まで。友達、とはいえない不思議な関係だと思う。
所属している料理部にも顔を出す様になり一緒に料理の研究もしている。その時のエリカちゃんは嬉しそうに生地を捏ねまわしていたのが
とても印象的だった。好きな人の為に料理の腕を上げるという行為自体に喜びを感じていただけかもしれないが・・・・それだけじゃないと
思いたい。案外寂しががり屋なのだ、私は。
「さて、用が済んだのなら帰るんだな、ムラサキ」
「あら、居ましたの天枷さん。ちみっこいから見えませんでしたわ」
「――――――ッ! ふ、ふんッ! デカければいいというもんじゃないっ!」
「おまけにお洒落センスもゼロだし―――――こんな時にまでニットを着けてるなんて見てるだけでも暑苦しいですわね」
「ちょ、や、止めないか、ムラサキっ!」
美夏ちゃんの帽子をクイクイと引っ張るエリカちゃん。焦ったように美夏ちゃんがそれを阻止しようと踏ん張り抑えるが段々脱げてきた。
もう少しで完全に脱げてしまう――――そう思った時、エリカちゃんの足にキックを喰らわせた。重たさは無いようだが結構鋭い蹴りだった。
悶絶するように足を抑える。悲鳴を出さなかったのは根性だろう。ぷるぷると震えながら歯を噛み締めて美夏ちゃんを睨む。結構、怖い。
「ふぅ・・・。全く最近のお前は暴力的で敵わん。少しは慎みを持たないと義之に嫌われてしまうぞ?」
「もうっ、あんまり喧嘩しないの。貴方達二人の喧嘩って見ていてとてもハラハラするんだからぁ」
「む、いや違うぞ花咲。これはこいつが売ってきた喧嘩だ。こいつが売らなければ美夏も買う事は無かった」
「それでも、よ。二人が喧嘩してると胃を痛ませる男の子が一人いるんだから。その人の為にも争っちゃイヤよ?」
「義之の事か。ならまぁ、美夏も子供じゃない。こんな幼稚な事はもうしない―――――」
「このポンコツロボットの癖に・・・・!」
「ふ、ふがぁっ!?」
エリカちゃんがすくっと立ち上がり美夏ちゃんの両頬を抓る。喉の奥から悲鳴を出してぱたぱたと手を振って抵抗するが離してくれない。
そんな二人の様子を見てると、呆れたため息が漏れそうになるが・・・安緒した気持ちにもなれる。これが二人のコミュニケーションなんだろう。
前みたいに上っ面だけ笑顔で心では何を考えているか分からないよりはいい。こうやってお互いストレートにぶつかり合えた方が何倍もマシだ。
「ほらほらぁ、もう義之くんスタートするわよ」
「ふが?」
「あら、もうそんな時間なのですね」
とりあえず義之くんがスタートするという事で収まる二人。仲が良いのか悪いのか分からない。もしくはどっちもなのか。
義之くんの顔はいつもの余裕顔だ。あの余裕というか自信はいつもどこから来るのだろう。結構な付き合いになるが時々分からなくなる時がある。
そしてスターターのピストルが鳴り響き――――独走した。速い。そのままカードが置かれている机まで誰も寄せ付けず到着した。
「おおー速いなぁ。さすが義之」
「義之なら当然ですわね。結構身体能力高い方だと思いますし」
「それを活用出来る機会が殆ど無いから意味が無いけどねぇー。運動部に入ればいいのに」
「あ、天枷さんっ! こんな所に居たんですかっ!?」
「ん――――おお、由夢じゃないか。どうしたんだ、そんなに息を切らせて」
「どうしたんじゃありませんよっ、いきなり居なくなっちゃうから心配で追いかけてきたんです、もうっ!」
「むぅ、それは悪い事をしたな。まぁ、こうして無事だ。なんなら脇で義之の活躍でも一緒に見ようか、由夢」
「・・・・はぁ。心配して損しました。じゃあ、失礼しますね」
私に目配せで礼をして席に座ったので、手をヒラヒラさせて返答した。相変わらず礼儀正しい子だ。あの義之くんの妹分とは思えない。
美夏ちゃんが心配だったのはきっとロボットという件もあるからだろう。前に義之くんに聞いた話だ。この話は一部の人しか知らない。
オーバーヒートを起こす危険があるというので、もしかしたら次の瞬間には煙を上げているかもしれない。だから気に掛けといてくれと言われた。
なんだかんだ言ってエリカちゃんも含め、みんな美夏ちゃんがロボットだという事を気にしていない。一個人として接せたのは根が良い人達ばかり
だろう。ロボットだからって差別するような思考を一ミリも持ってないしね。
「あ、義之くんカード叩きつけた」
「何が書かれてたんだろうな。女性物の下着とかか?」
「だったら私に言えば貸して差し上げてもいいのに」
「その下着、皆に見られるんですよ。それでもいいんですか。エリカさん」
「・・・・ただの冗談よ。由夢さん」
「まぁ、なんにしても物凄く考えてる顔してるわねぇ、義之くん。顔を手で覆ってるって事はかーなーりヤバイかもしれないわぁ~」
「本当に何が書かれてるんだ、あの紙には」
「あ、兄さん走り出した」
弾かれたように走り出す義之くん。ニヤついた笑みから察するに良い考えが思いついた様だが・・・あの笑みはどうにかならないのか。
周りのクラスの人達も皆安心したようにホッとした空気を感じる。結構悩んでたから危ないと思っていたのだろう。せっかく一番最初に
辿り着いても借り物しなければ意味が無いのだから。
そうして隣のクラスからある女性の手を引いて走り出す。あれは・・・白河さん? 彼女がその借り物の対象人物なのだろうか。
それにしても―――――ふぅん。仲良さそうに手なんか繋いじゃってまぁ。見せつけてくれるじゃないの。
「・・・・花咲先輩。誰ですか、あの女の人」
「え、あ、ああ、白河さんの事?」
「白河ななかさんって方ですよ。学園のアイドルって言われるぐらい人気のある方です。最近は兄さんとも仲が良いみたいですけどね。
時々廊下で話している所を何回か見掛けたことがあります」
「―――――へぇ、そうなんですの。それにしてもアイドルなんて前時代的な呼ばれ方をしてますのね。そんな方と義之が気が合うなんて
とてもじゃないですけれど信じられませんわ」
「まぁまぁ、落ち着けムラサキ。前にも美夏がその事を聞いた時はただの友達だと言っていたぞ?」
「どうだか。義之が言う友達っていうのはどこまでを指しているか分かったものじゃないわ。相手が女性なら尚更ね」
「むぅ。確かにそうだが・・・・」
「どうどう、落ち着いてエリカちゃん。美夏ちゃんもよ。別に何したとかナニしたとかじゃないんだし、心配し過ぎよぉ~」
「――――ッ! も、もうっ、相変わらず貴方って人は・・・・」
あらあら、顔を赤くしちゃって。こういう所はまだウブなんだから。とてもあの義之くんに積極的に責まる女の子には見えないわねぇ。
でも面白くない気持ちも分からない訳じゃない。まだ私達の誰かと手を繋いでいたのなら納得も出来るものだが。思わず眉間に皺を寄せてしまう。
私達の気持ちに気付いていないのならまだしも気付いててあれだから参ってしまう。時々空気を読めないんだよねぇ、義之くんは。
「一応トップでゴールか。なんだか納得いきませんわね」
「だから落ち着いて下さいよエリカさん。あんまりカリカリしてると兄さんに嫌われますよ」
「・・・・言ってくれますわね、由夢さん」
「だーかーらっ! 喧嘩しないの二人ともぉー!」
「ん? なんか揉めてるみたいだぞ。まさかズルしたのか義之は」
「えっ」
美夏ちゃんに言われてゴール付近を見てみると、確かにまゆき先輩と義之くんが言い合っているのが見て取れた。いや、言い合っているという
よりもまゆき先輩だけが熱くなっており、対して義之くんは涼しい顔をしている。いつも見る光景だった。
そして義之くんがカードの中身を見せると今度は驚いた様な顔になり、意外そうな顔付きに変わる。どうやら失格ではないようだが・・・・。
一体どんな内容が書かれているのか気になる。あとで義之くんが帰ってきたら聞いてみる事にしてみよう。そうすればこの胸の変なモヤモヤ
が取れそうな気がする。
大体白河さんを連れて行かなければこんな気持ちにはならなかったのだ。ゴールした後でも手を繋いでるのがそれに拍車を掛ける。
帰ってきたらどんな小言を喰らわせてやろうか―――――と、その瞬間突風が吹いた。反応的に一瞬目を瞑ってしまう。
「きゃっ!」
だがすぐに風は収まった。よく初音島はこういう突発的な風が吹く事があるので慣れたものだが、だからといって驚かない訳ではない。
周りを見渡すと皆も驚いていたようだが、すぐに体制を立て直して憮然な顔付きになる。それはそうか、髪が乱れるものね。せっかくセットして
もこういう風のせいでグチャグチャになるのはハッキリ言って癇に障る。
ぶつぶつ文句を言いながら髪を手で直すエリカちゃんなんて最もだろう。美夏ちゃんは・・・・まぁ帽子だからさほど被害は無いか。
由夢ちゃんはお団子結びだからいいよねぇ。私も昔みたいにポニーテールにしてみようかしら。少し若返った気分になるかも。
「気分転換にそうしてみるのもいいかもしれないわね・・・・・って」
「んー? どうしたんだ花咲・・・・・は?」
「何をおとぼけた顔になってるのかしら天枷さん・・・・・・んん?」
「み、皆さん何を見てるんですか―――――なっ」
ヒラヒラと私達の前に降ってきたカード。さっきの借り物競争に使われたカードだろう。それはいい。きっとさっきの風で飛ばされたに違いない。
皆呆気に取られた顔でそのカードを見詰める。書かれている内容がこれまた過激というか子供染みていると言うか・・・・・・。
少なくとも私達の年代でこれを借りて来いというのは些か難しいモノがある内容だ。これを引き当てた人物とは一体誰なのだろうか。
「も、もしかしてこのカードを引き当てたのって―――――」
「天枷さん。それ以上言うのは止めなさいな。思わず貴方の首を絞めたくなりますから」
美夏ちゃんの言う事は分かる。たまにこういう間の悪い事をしでかすのも彼の特徴だ。間が悪い――――その言葉で片付けられそうにないけどね。
段々周りの女性が怒りに染まってくるのを肌で感じた。私も少しばかり腹に重たいモノが溜まっていくのが分かる。眉間に指をやりなんとか落ち着か
せようとするが止まらない。茜さん、久しぶりにちょっとキレそうかも。
でも・・・・・もしかしたら彼のじゃないのかもしれない。早とちりかもしれない。そうに決まっている。そうでないとこの感情は・・・・・・・。
「こっちに落ちたみたいだよ、義之くんっ!」
「マジかよっ! そっちの方向って・・・・・・、あ」
――――――でも、なんだかんだ言ってそうだと思ってたわよ、義之くん。
私達と目が合い固まるように動きを止める義之くん。ここまできてまだ白河さんと手を繋いでるなんて、本当に見せつけてくれるわね。
皆穏やかな顔で彼に労いの言葉を掛ける。その様子を見て怒りが一周してしまったのだろう。あまりにも怒ると返って穏やかになると言うが
当たっているのかもしれない。だって、それを今実際に体験しているのだから。
「お疲れ様、義之くん」
「お疲れ、義之」
「一等でよかったですわね、義之」
「兄さん、おめでとう」
「・・・は、はは・・・」
白河さんが引き攣った笑みをあげているが気にしていられない。
私はそっとそのカードを拾い、彼の目の前でプラプラさせる。顔に手をやって天を仰いでいるが構わない。
後悔するぐらいならちゃんと管理しときなさいよね。こんな地雷カードなんて。
「で、よっしぃー?」
「・・・・・何かな、茜?」
「ちょーっと説明してほしんだけどなぁ、このカードについて。それとなんで白河さんを連れて行ったのかも」
「・・・・・・」
「こ、これには訳があってねっ!?」
「白河さんは黙ってて欲しいなぁ。ごめんね?」
「うっ・・・・・・・・はい」
ちょっと脇から横入りが入ったが引っ込んでもらう。白河さんが素直な性格でよかった。さすがアイドルって感じかにゃー。
ここじゃなんだから場所を移動した方がよさそうだろう。私がこれだけ怒ってるって事は周りの子はそれ以上に感情が高ぶっているに違いない。
いくらなんでも暴力沙汰にはならないだろうけど・・・・・いや、もしかしたらビンタするかもしれない。最低限罵声は浴びせられるだろう。
『貴方が一番愛おしいと思っている女の子』
そう書かれたカードを懐に仕舞い、少し場所を移動するために私達は歩き出す。白河さんも着いてきたのは予想外だったが、まぁいいだろう。
一応念の為に義之くんの周りの人間関係を教えるのもいいかなと思ったからだ。 友達――――らしいしね。