そろそろ夕日が出てくる時間か。夏も陽が落ちる時間が遅くなってきたとはいえ、15時以降は日によってすぐ暗くなったりまだ明るかったりする。
夏、この世界に来て初めての夏だ。この時期には毎年バイトをやっていた。それは居酒屋だったりパチンコ屋のホールだったり、色々やってみた。
所詮バイトだから詳しい所までは身分を調べない。保険証も適当に誤魔化していた。わざわざ住民票まで調べる店なんか無いし問題無くやれた。
そして今年の夏はどうしようかと考える。バイトも天枷研究所の所で済んでるしこれ以上増やすつもりもない。どこか遠くへ行くかな・・・・。
「だからって義之君を責めるのはお門違いだと思うのっ! 彼の気持ちだって分かるでしょっ?」
「関係ない人は黙っててくれるしかしら? これは私達と義之の問題なの。部外者が口出ししていい話じゃない。お分かり? 白河先輩」
「関係なく無いもん! 皆が義之君の事を困らせているから見ていられなかったんだよっ。こんな風に寄ってたかってさ!」
「――――誰も困らせようとかんかしてないわよぉ、白河さん。ただそこで関係無いような顔して立っている男の人にすこーしばかり
文句を言いたくてねぇ。なにやってんのこのヘタレっ!・・・てな具合でー」
「それが困らせてるって言ってるのよ、花咲さん。義之君がそうした理由知ってるんでしょ? だったらあれこれ言うのはどうかと思うんだ」
「あれこれも言いたくなるぞ、白河とやら。どうやら事情は知ってるみたいだが・・・・なおさら美夏達が文句を言いたい気持ちも分かる筈だ。
確かに義之なりに考えてお前を連れていったのは分かる。分かる―――――が、気持ちは別問題だ」
「そうですよねぇー。大体こんなに多くの女の子にアプローチを掛けられて全然別な女の子を連れて行くなんて有り得ないですよ。そこはビシッと
決めて欲しいですよね。男らしく」
「そうね、由夢さんの言うとおりですわ。せっかく決断するチャンスを不意にして尚且つ、全く関係ない女性の手を握るだなんて・・・・少しばかり
見損ないましたわ。義之の性格からしてそんな逃げる様な真似はしない筈だと思いましたのに」
「だ、だからっ! そんな事急に出来る訳無いじゃないってっ! そんな簡単に決められたら今まで苦労しないよ!」
「まるで義之くんの全てを知ってるって言い方ねぇー、白河さん。本当に友達だけの関係なのかにゃー?」
「・・・・・友達、だよ」
「いま間があったな」
「べ、別に私と義之くんは普通の友達だってば・・・・。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「ホントかぁ? 今までの義之を見てるとそうは思えないが。気が付いたら女が増えてるという感じだったぞ。今まで」
「そうですわね。気が付いたら天枷さんとか意味の分からない女性も増えてましたし。全く、女性なら誰でもいいという訳じゃあるまいのに」
「・・・ほぉー。喧嘩を売ってるのか、ムラサキ。なんなら買ってやってもいいんだぞ? そろそろ白黒決着を着けたかったところだ」
「あらあら、相変わらず野蛮人なのね貴方は。生憎ですけど私はそういうのは遠慮していますの。やるなら一人で遊んでいて下さいまし」
「なんだと・・・・・」
前の世界じゃ殆ど学生らしい遊びなんてした事が無い。適当に夜中を出歩いて酒とか飲んでたなぁ。誰もオレを学生だと思わなくて、言う度に
笑いものにされて冗談だと済まされてた。
そういえばこの世界に来てからいつも行っていたバーに行ってねー。あそこのマスターまだ生きてるかな。いや、死んでるかもしれねぇ。
ヤクザに金借りて毎日死にそうな顔してたしもう自殺してるかそれとも内蔵売られてる可能性がある。それにしたってまだ良い方だ。
「なんだか修羅場ってるな、桜内よ」
「奥さんが子供連れて行ったし、死んでも悔いはないだろうな。きっと」
「なんの話だ?」
「この間観たドラマの話だよ。さくらさんと一緒に見た。今度また一緒に見る予定なんだ」
「そんな映像より、目の前の光景のほうが余程見応えがあると思うのだがな」
「なんでもそうだが他人のこういう光景は見ていた方がよっぽど楽しいしな。映画や漫画でこうやって女の子に嫉妬されていちゃいちゃ
している場面がよくあるが、その渦中の真っ只中に居る本人は堪ったものじゃない。杉並、お前代わってみるか?」
「冗談。メリットが見つからない。それに、そういう境遇になる男というのは決まって優柔不断な男だ。俺は自分で自分の事を優柔不断
とは思っていない。当てにしてもらって悪いが他の男に代役を頼んだ方が良いな」
「そうかよ。まぁ、なんにしても止めるか。白河が可哀想になってきた。こんな濃い連中に責め立てられてんじゃ心が持たない」
「最初から桜内が前面に立って集中砲火を浴びればよかったろうに。白河嬢が気の毒だな」
「うるせー。オレがなんか言う前に目の前に立っておっ始めたから、あれこれ言うのがかったるくなったんだよ。まったく・・・・」
校舎の裏側に連れて来られたもんだからリンチでもされるのかと思ったんだがそうはならなかった。最低でも罵声は浴びる覚悟だった。
そして体制を整えてオレに何か言おうとする彼女達。その正面に、白河が立ちはだかり彼女達に鋭く強い言葉を投げかける。オレは呆気に取られた。
彼女達も最初はオレと同じように呆気に取られていたようだが、すぐさま応戦した。段々熱くなる両者。なんだか置いてけぼりにされた感覚になる。
なんにしてもこれはオレの問題だ。友達思いの白河には悪いが少し余計なお世話に感じる。ありがたいっちゃありがたいような気もしなくはないが。
「おい、白河」
「な、なによっ!? 義之君別に謝る必要無いんだからね、こんな何も義之君の気持ちを分かっていない人達に!」
「分かって無いって何よっ! さっきから白河さんねぇ、自分の話ばっかりして私達の話を聞いていないじゃないっ! 義之くんの気持ちは
分かるけど、私達の気持ちが納得いかないって何度も言ってるじゃないの。この、あんぽんたん!」
「あ、あんぽんたんじゃないもんっ。ただ、私は義之くんが可哀想だと思って・・・・」
「じゃあ私達は可哀想じゃないって事ですか、白河先輩。本当に何も分かっていらっしゃらないのね。だから未だにアイドルなんて大昔の
呼び方をされるんですのよ」
「そ、それとこれとでは話が違うでしょ! もういいよ、行こう、義之くんっ」
「あ?」
いきなり振り返ったと思ったら、手を握られた。そしてそのまま引き摺る様に歩き出す白河。
急な行動に面を喰らってしまい、たたらを踏んでオレも釣られるように足を進めてしまう。
茜達もいきなり立ち去るように踵を返すオレ達に開いた口が塞がらないようだ。
「っておいっ! なんでこんな逃げる様な真似しなくちゃいけねぇんだよっ」
「逃げるんじゃないもん。もう話をしても意味が無いじゃない。だから戻るの」
「戻るって・・・。余計話がこじれるだろうが。いいから離せって、ちゃんと話を着けてくるよ。元々オレがチキンな行動
したのが悪いんだし」
「でもそれって彼女達を傷付けない為にそうしたんだよね。だったら別に謝らなくていいと思うんだ、私」
「人の話を聞けって」
「あ・・・・」
握られた手を振りほどいて立ち止まる。小さな呟き声を出して、白河も進めていた足を止めた。無言になるオレ達。
何か言おうと口を開こうとしたのを手で制して、黙らせる。俯き指を手持ち無沙汰に絡ませる彼女を見て少しため息が漏れた。
結局あの場ではオレは一言も喋らせてもらっていない。ただ後ろで突っ立てただけだ。謝罪の言葉だって一言も言っていない。
白河の言い分も分からない訳じゃない。あの場の選択ではあれが正しいと思ったし、もう一度ああいう機会があったら同じ事をすると思う。
そして彼女達の言い分も分かる。ふざけるなという気持ちがあるのも理解出来る。オレが彼女達の立場だったら一発ブン殴りたい気持ちになる
に違いない。いつまでそうやってウジウジ悩んでんだよという気持ちに。
「白河なりに考えてああいう事言ったんだろうがよ、正直余計なお世話だった。あくまであれはオレの問題だ。友達・・・とはいえ
とやかく言われたく無かったな」
「・・・・余計なお世話ってのは自覚してるよ。誰だって恋路に余計なちょっかい入れられて欲しくないもんね。ごめん」
「あ、いや、別に謝る程の事じゃねぇよ。そもそもオレが最初からケリ着けとけばあんな事にはならなかったっつー話だし・・・・」
「――――着けれたの? あんな雁字搦めの関係の中で? 最初から誰か特定の人を選ぶ事が出来たの?」
「・・・・手厳しいな。まぁ、白河の言う通り誰かを選ぶって事は出来ないかもしれないけどさ。でもだったら尚更オレがあの場面
では何か言っておくべきだったと思う。違うか?」
「そう、だね」
「なんにしても後でもう一度話してみる事にするよ。この大会が終わったならな。だからこの話はとりあえず置いといて、だ。何か身のある
話をしようぜ。せっかく小休憩が取れたんだからな」
時刻は三時。ここで一息付けれる時間が30分ぐらい取れる。あとはクラス対抗リレーだけがオレの出る種目か。まぁ、幾分か気が休まるな。
中庭を歩いていたら適当に空いているベンチがあったので座る事にした。他のベンチにも何名かオレ達と同じように休憩を取っている奴らがいる。
煙草を吸おうと懐をまさぐるが空を切る。ジャージを着ていた事に気付き舌打ち一つ。もう癖になっている動作だ。腕を頭の後ろに組んで目を瞑る。
「隣の女の子座ってるのにその態度はないかな、と思ってみたり」
「女に気遣うとロクな目に合わないって最近気付いたからな。相手が白河みたいに美人で器量もいい女なら尚更だ」
「誰にでもそういう言葉掛けてるんでしょ? 前の義之くんはそんな軟派な言葉言わなかったけどなぁ」
「前のオレ、か。話だけ聞いてると絵に描いた様なお人好しらしいな。皆の話を聞いててそれが分かった。きっとそいつもロクな人間じゃ
ねぇんだろうよ」
「どうして?」
「簡単だ。女の知り合いばっか多くて男の知り合いが極端に少ない。そういう奴は誰にでも優しい、女にだけな。そして男からは疎まれて
その結果友達が少ない。杉並とか板橋はよくそんな男に近づこうと思ったな。尊敬するよ」
「・・・前の世界じゃどうだったの?」
「オレも少なかったよ。少ないっていうか杉並一人ぐらいだな。何故かウマが合った。よく二人で行動してたよ」
「寂しいとかは思わなかったの―――――って、ごめん・・・そういえば義之くんは人嫌いだったんだね。忘れてたよ」
「最近のオレはとてもじゃないがそうは見えないだろうから、仕方が無い。オレもびっくりだよ。まさかこんなに周りに女をはべらす様に
なるなんてな。ていうか物好きな女が多すぎる」
しかしオレも変わり物だが、あちらも変わり者が多い。身も蓋も無い言い方をすれば濃い。そんな両者がこういう関係になるものもしかしたら
必然だったのかもしれないな。
でも、だからといってこんなに人数はいらねぇ。一人でいいのに何人も居やがって。それも美人か可愛いと来ている。性格も悪く無い。
前の世界じゃこんなにも好意を持たれた事なんか無い。そもそも人と関わりを持った事さえない。適当な距離感ってものが分からなかった。
「モテる男の子は大変だね。段々このまま人数増えていったりして」
「だったら100人まで増やしてみるよ。中途半端なのは好きじゃないし。どんな気持ちなんだろうな、100人ぐらいの女を周りに
置くって。今の気苦労が何十倍に増えるようなら勘弁だけどな」
「あはは。きっと刺されちゃうね。みんな嫉妬深い女の子みたいだしさ。特にエリカちゃんとか刺しそうだけど」
「想像しやすくて困る。なら刺されない為にもエリカを選ぶかな。家はお金持ちだし美人で可愛いし浮気しなさそうだし」
「本当はそんな気無い癖に。間違っても本人にそんな事言っちゃ駄目だよ。本気にするから」
「・・・・ちょっとは思ってるっつーの。ばぁか」
目を開けて白河を見据える。そんなオレを半目にして見返してきた。かったるくなったので、再び目を瞑り欠伸をする。なんだか疲れてきたな。
このままサボってもいいんだが金が掛かっている以上それはしたくない。せっかくここまでやってきたのに寸前で止めるというのも癪に障る。
次にで三位以内に入らなきゃキツイか。細工をしてもいいんだがまた雪村に何かされるのは勘弁だ。正々堂々の勝負、性に合わないけど頑張るか。
「前の義之くんは優しいと思うけど、今の義之くんも優しいと思うよ。そうじゃなかったら私、一緒に居られないし」
「それはオレの怖い部分を見て無いからだ。平気でヒドイ事もするしされるような事をしでかす。事実として白河はそれを
知っているが過程を見ていない。見たらオレから離れてくよ」
「・・・どうだろうね。彼女達の様子を見る限りそれは無いと思うなぁ。エリカちゃんだってそれを間近に見てもあんなに好き好き光線
出してくるしね。他の人も同じ感じだと思う」
「変わり者ばっかりで参るよ。そんなに優しい事した覚えは無いのにオレの事を好きな女が多すぎる。なんでか分かるか? 白河」
「さぁ? 私も優しくされて義之くんの隣に居るから分からないなぁ。きっと皆にも知らない内に優しくしてたんだよ。義之くんだし」
「オレは特別白河にも優しい事した覚えは無いけどな。強いて言えば悩み相談に乗ったぐらいか。それぐらいしか思いつかねぇ」
「―――――自覚が無いのは性質が悪いと思うな。義之くんからしてみればちっぽけな事でも、された本人にとってはこれ以上無い位
救いになるんだから」
「自覚なんかねぇよ。そんなのは結局本人にしか分からない事だ。もし分かっててやってるなら打算的な行動を取った事になる。オレは
そんな困ってる人を助ける程お人好しじゃねぇよ。悪人だしな」
どうも最近その事を忘れてる奴らが多い。ぬるま湯に浸かってるって訳じゃないが、今年に入ってから喧嘩なんてしていない。珍しいことだ。
別に好きで喧嘩をしてる訳じゃないからそれはいい。ただ、少しいつも感じていた苛立ちが収まって来ている様に感じた。声を張り上げる事も
少なくなってきている。
大体こうやってあの白河と話をしている事だって信じられない。オレとは正反対の位置に属する人間だと思っていた。周りから煙たがられるオレ
とは違いチヤホヤされる白河。交わる事なんて無いと思ってたのにな。
「自分の事を悪人だ善人だ言う人は信用出来ないよ。今まで色々な人の心を見てきたしそれは分かるつもり。義之くんは優しい人だと思うなぁ」
「・・・やめてくれ。オレは本当にそんな人じゃねーってのに。お前も物分かりの悪い人間だな。そんなんじゃ好きな男出来ても付き合えないぞ」
「好きな人? もういるもんねー。最近好きになったんだけど、とても良い人なんだ。こんなに本気で好きになったのってはじめてかも」
「――――あ? 誰だよ、そいつ。あの白河ななかに惚れられる男ってのもどんな奴か見てみてぇな。きっと底なしのお優しい男でツラが
良いスポーツも得意の漫画みたいな奴なんだろうけど」
「本当は気付いてるんでしょ? とぼけた振りはよくないなぁ~、義之くん。私に嘘はつけないんだよ」
薄笑いを浮かべる白河。チラッと視線を自分の指に向ける。そこには白河の可愛らしい細い指が重ねられていた。
ため息を吐いてベンチからずり落ちるように腰を落とす。やるせない思いとかったるい思いがごちゃ混ぜになった。
「そりゃあねぇよ。心なんて読まれちゃどんな小細工も通用しない。無駄な事に才能使いやがって・・・・この女は」
「心なんて読まなくても分かったと思う。最近の義之くんは前より分かりやすくなったしね。自分じゃ気付かないと思うけど」
「そうかよ」
「もう一つ分かった事がある。今、猛烈にかったるいと思ってるでしょ? ヒドイ話だよねぇ~、うぅ・・・・」
「泣いた振りしてもらっても困る。ていうかあれだけオレの捻じれ曲がった人間関係見てよくそう思えるよな。どこを気に入って
こんな男を好むんだか。ハッキリ言って理解に苦しむね」
「うーん・・・・。やっぱり優しい所かなぁ」
「頭が腐ってるんじゃねぇのか? 優しさを求めるなら他の男にした方がいい。その方が白河の為だ」
「わぁ、やっぱり優しいね。うざがられても仕方無いと思ってたのに心配してくれるなんてさ。そんな所が好きなんだ、私ってば」
「・・・・マジで勘弁してくれ」
顔に手を乗せて空を見上げる。薄々勘付いてはたがこうもハッキリ言われるとは思わなかった。なぁなぁになって流れると思っていた。
白河はオレの全部を知っているし、今の人間関係も把握している。そこに顔を突っ込むなんて普通じゃない。だから白河は諦めるものだと考えていた。
しかし、事実としてこうして白河はオレに告白染みた事を言ってきた。訳が分からない。きっと泣く思いをするだけだというのに・・・・。
「ちょっと優しくされたから勘違いしただけだよ。よく考えて、結論を出した方が良い」
「今までなんか距離を感じるなって事が度々あっておかしいと思ってたんだ。義之くん、ちょっとだけ私のこと意識してたでしょ?
だから必要以上に距離を置きたがってた場面も今まで何回かあったし。可愛いなとか守ってやりたいなとか、ほんの少しだけ思っ
てたでしょ? でもそれは出来ないと自分の中で決めちゃった。また他の人を好きになったら立つ瀬が無いもんね。義之くん」
「サッカー部のキャプテンなんかどうだ? 顔も良いしスポーツも出来る。あと優しいって評判だ。白河の隣によく似合う」
「結局私も義之くんの事を困らせてるって事は自覚してる。はは、花咲さん達の事あれこれ言えないよね。なんだかんだ言って
こうして義之くんと二人っきりになれる所まで連れてきちゃったんだからさ。でも義之くんともっと話がしたいんだ、私」
「あともう一つの候補はバスケ部のあいつか。少しばかり女癖が悪いみたいだが、まぁ、白河以上に可愛いヤツなんて数える程
しか居ないしその点は大丈夫だろう。噂だがあいつも白河の事を好きみたいだしな」
「あの人達に負けたくないと思ってる。皆義之くんの事は自分が一番知ってるっていう感じだけど、私が一番義之くんの事分かってるつもり。
当然だよね。心読める能力なんてインチキみたいなモノ持ってるし。でもよかったかなって思ってる。こうして義之くんと繋がりを持つ事
が出来たんだから。ちょっとは感謝してみたりして」
「大体の男子は白河に告られたらOK出すだろうな。いやぁ、人気者は辛いね、白河さんよ」
「ここで突っぱねなきゃもしかしたら本気で好きになる可能性がある。ふざけた話だ、そんな真似なんか出来やしない・・・・か。
本気になってもいいんだよ? 私は本気で義之くんの事が好きだし。私を一番理解してくれている人も義之くんだと思っている。
さっき名前が挙がってきた人の心を読んだ事があるけど最低だったね。自分が一番で女の子をアクセサリーだとしか思っていない
そんな人より私は義之くんがいいな」
「・・・・・・はぁ」
握られた手に力が加わる。全部オレの考えが筒抜けになっている。振りほどけばいいんだが、何故かそれは出来ない。理由は分からない。
ただ、白河は弱い女だった。いつも大勢に囲まれていても一人ぼっちになったガキみたいにおどおどしていた。笑顔を顔に張り付けてるが
その仮面の裏側は泣き顔を浮かべていたと感じた。
その姿を見て、さっきの白河の言った通り守ってやりたい気持ちがほんの少しだけ湧き出た。身の程を知らずオレはそう感じてしまった。
そしてあの屋上の一件以来、なんとかその能力に頼らず必死に周りの生活に溶け込もうとしている彼女を見ていじらしいとも思ってしまう。
元々顔も性格も良い女だ。そう思ってしまうのは仕方がない事だと思う。が、そんな気持ちは無視する事にした。そんな事を思っていられる程
オレには余裕が無い。美夏、エリカ、茜の件でもう限界なんだ。別に女狂いになったつもりはない。だから無視する事に決めた。
なのによ――――こうもアピールされちまうとその気持ちが崩れそうになっちまう。だからその握られた手を無理矢理に振りほどいた。
「あ・・・・」
「ふぅ・・・・・」
一息付いて白河の目を見る。別にショックを受けた様子は無い。むしろされて当然だといった顔だ。こういう顔は何回か見た事がある。
茜達がよく見せる顔だ。何を言われても諦めない顔。覚悟を決めている。今から言う言葉を投げかけても絶対折れないだろう。
なんだってオレは――――いつもこういう上物の女に好かれるかな。苛立ちにも似た気分を抱きながらオレは言葉を吐き出す。
「わりぃが白河に気持ちが移る事はないよ。さっきの告白だが、断る。別な良い相手を見つけてくれ」
「また思ってもいない事を言うんだから。本当は移りそうなのが怖いんじゃないかな。だからそんなにも距離を取りたがってる。
それに、別な相手だっけ? そんなのなんか欲しくないよ。私は義之くんが欲しいんだからさ」
「・・・・オレは断るって言ったんだぜ、白河。諦めの悪い女は嫌いだな。腹が立つ。思いっきり殴ればそんな勘違い吹っ飛ぶかな?」
「それも嘘だね。だったら花咲さん達の事なんか好きになって無いし、私を殴ろうだなんて微塵も考えていない。好きだよ、義之くん」
詰められる距離。空けようとしてズリ落ちそうになる。もうベンチの端まで来ていた。押しても引いても白河は考えを改めなかった。
なら、どうするか。白河を押し飛ばして立ち上がれば済む話。そうすればいくらなんでも諦めるだろう。はっきり行動に示せれば分かってくれる。
そう思い両腕を上げようとした――――が、所在無さ気に宙に浮かしたままの状態になって止まってしまう。動かそうとしても動いてくれない。
白河を拒絶する。一人ぼっちのまま泣かせてしまう。彼女はオレとは違い一人では生きていけない人間だ。そんな子を突き離せというのか。
いや、オレには関係の無い話だ。白河が一人になろうが二人になろうがどうだっていい。そう思い込もうとするが、体が言う事を聞いてくれない。
目の前に意識を戻すとアップに迫っている白河の整った顔。宙ぶらりんになっている両手をギュっと握られる。
そして、オレは・・・・オレ達は・・・・・・・。
「胃がいてぇ・・・・」
「ふむ。胃薬が必要か、桜内よ」
「そんなもん飲んだって効きやしねぇよ。くそっ」
女性恐怖所になりそうだな。あの後クラスの待機場所に戻ると茜がぶすーっとした顔でオレを出迎えてくれた。
話し掛けてもツンとしたままオレに付き合ってくれない。しかし椅子に座ると後ろからヒシヒシと視線は感じる。更に胃が痛くなった。
なんでこんな思いをしなくちゃいけねぇんだよ、くそったれ。前の世界といいこの世界といい、両極端過ぎるんだよ、オレの人間関係は。
「んで次は・・・障害物競争か。確かオレが係員で出るんだっけ」
「そうだ。そこで桜内は俺の用意したある仕掛けを起動させてもらいたい。良い働きを期待している」
「まったく。なんでもかんでもオレに面倒事を押しつけやがって。ガキの使いじゃねぇんだぞ、てめぇ」
少しは休めると思ったが、それが甘い考えだと教えられた。戻ってきたオレに対して杉並は係員をやれと言ってきた。それももう決まった後で、だ。
一発ブン殴ってやろうと思ったがその気力さえ湧いて来なかった。先の白河との一件はオレを疲れさせるのにこれ以上無いくらいの出来事だ。
そっと唇をなぞる。甘い匂いと味がなかなか離れてくれない。出来るだけ意識したくないのにどうしても意識してしまう。ため息が漏れた。
「そんなに嫌なら俺が代わるが? なぁに、ちょっと賄賂を持たせてやれば交代させてくれる」
「素直に頼み込むという言葉を知らない男だな。まぁ、別にいいよ。やってやる。どうせ突っ立ってトラップ起動させりゃいいんだろ」
手の上で渡されたボタンを弄ぶ。いかにもってボタンだが、これ杉並が作ったのか。無駄に出来がいいなオイ。
無線式のボタンなんて資格が無けりゃ作れない。それ程の知識を要する。仕組みは簡単だと言ってもそれと作れるのとでは話は別だ。
かったるい仕事だが・・・・このまま座って射殺されるよりはマシだろうな。立ち上がり首を回す。まぁ、やるだけやってみるか。
「時に桜内よ」
「あ? なんだよ」
「白河嬢がさっきから俺達・・・というより桜内の事をジッと見詰めてるのだが、何かあったのか?」
「んー?」
言われて白河が居るであろうクラスに目を向けると、あっさりその姿を捉える事が出来た。目立つからなぁ、白河は。さすがアイドルって所か。
目と目が合い、ハッとした顔で逸らされる。しかしすぐにチラチラとこちらを見るその様子が何だか微笑ましい。さっき強引に迫ってきた女とは
思えない。なんだか少し安らいだ気がした。
だから軽く手を振ってやった。すると顔を驚きから満面の笑みに変えて、手を振り返してくる。そんな様子に苦笑いをしながら体制を戻した。
思い返すとオレを好きな女って全員押しが強いよなぁ。それでもって普段は普通ときてる。その時その時で両極端過ぎるんだよ、あいつらは。
「まったく。かったるいな」
「私もなんだかかったるくなってきたにゃー。ねぇ、義之くん?」
「・・・・・オッケー分かったよ。だからその首に掛かってる綺麗な指をどけてくれないか、茜」
背筋がぞわっとした。端目に横を窺うと杉並の姿はもう無い。あの野郎、逃げやがったな・・・・。一声掛けてから逃げろよあの野郎。
首から圧迫感が無くなっていく感触に安緒のため息が漏れた。久しぶりにぞっとしたな。こんな怖い思いはさくらさんにマジギレされた時以来だ。
首だけ後ろに向けると茜が笑顔でそこに立っていた。思わず顔が引き攣りそうなのを我慢して、咳払いをする。いつからそこに居たのやら・・・・。
「また女の子増やしたんだぁ、義之くん」
「・・・何の事だか、な。猫の子供じゃあるまいしそんなにポンポン増えねぇだろ」
「――――ふぅん。それにしてもあの白河さんがねぇー・・・・。まぁ、なんとなくそんな気はしてたけどさ」
「だから何の事言ってるか分からねぇよ、茜」
「ねぇ、もうキスは済ませちゃったのかな? 口の横に淡い口紅が付いてるけど」
そんな馬鹿な。反射的に唇の辺りを触る――――瞬間、しまったと思った。茜に視線を戻すとつまらなそうにこちらを見据えている。
オレは一つ息を吐いてポケットに両手を突っ込んだ。ホント、平和ボケしちまったな。気が抜けている証拠だ。普段のオレならやらないミスだ。
「うん、引っ掛け。それにしても・・・・そうかぁ、そうなんだぁ。二人でどこかへ消えちゃったから怪しいと思ってたけど、まさかねぇ~」
「もうバレたもんは仕方が無いな。言い訳はしねぇよ。オレもまさかあんな事になるとは思わなかった。白河がオレなんかの事を好きに
なるなんてな。近頃の女は何考えてるか分からない」
「・・・・謝らないんだね」
「それは出来ないな。それじゃ白河の気持ちを全否定する事になる。それに――――謝るならとっくに謝ってるよ、去年の冬に」
「傲慢だね。ここまでやきもきさせてて謝りもしないなんて。ビンタの一つや二つくれてやりたいわ」
謝る。何に対してだ? 白河にキスをされてごめん? 違う子をまた意識しちゃってごめん? そんな事を言ったら本当にビンタが飛んでくる。
だって今更な話だ。それで謝っているようなら、茜達はもうとっくに激怒しているだろう。謝るぐらいなら最初からやるな・・・・と。
それにもし謝るって事は白河をも侮辱している行為だ。思いきって告白してきたその気持ちを蔑にする行為。オレには出来なかった。
そして付け加えて言うならば、白河は何も悪く無い。オレもなんだかんだ言って拒否しなかったし、白河はオレを取り巻く人間関係については知って
いるがそれはこの際別問題だろう。事実としてオレは誰とも付き合っていないし告白しても何も問題は無い。
しかし、だ。理屈ではそうなるが・・・・感情面じゃ納得いかねぇだろうな。結果的にはまた茜達に要らない気苦労を背負わせる事になるんだし。
「もう嫌いになったろ、オレの事なんか。殴ってもいいんだぜ? 思いっきりグ―でな」
「・・・・殴っても仕方ないでしょ。それで全部解決出来るなら殴るけど。それに――――義之くんの事を嫌いになれる訳なんてない。
この件で嫌いになってるようなら、もうとっくに愛想を尽かしてるわ。あとさっきの話を聞いて分かった事だけれど、義之くんも白河
さんの事を悪く思っていないでしょ。興味無い子だったらそんな事言わないものね」
「まぁ・・・・ホンの少しだけ気にはなっていたかな。でもそれだけだよ。茜達の事もあるし無視していた。けど――――」
「けど白河さんにキスをされて悩んじゃった、って事ね。貴方っていう人は本当に押しに弱いんだから。まったく」
「・・・・オレからキスしたっていう選択肢はないのかよ。あんなアイドルって持て囃されてるぐらいのべっぴんさんだ。何か間違って
オレから迫ったっておかしくないぜ」
「そんな男の子だったらとっくに肩の荷が下りてるわね。それだったら最初にあの中で一番初めにキスをした私が義之くんと付き合ってるもの。違う?」
「そうだけどよ・・・」
「でもまぁ、もう過ぎた事はいいわよ。今更一人二人増えたって構いやしないわ。確立でいえば分母の数は増えるけど結局選ぶのは義之くんなんだし」
「――――お前には一番負担を掛けてるかもな。悪い」
「あら、謝る事は出来ないんじゃなかったのー? 傲慢で我儘な義之くんらしくないわねぇ。一度言った事を撤回するなんて」
「それとさっきの話は別にだよ。本当に色々と悪い思いをさせちまってる。あと、ありがとう」
「・・・・・ふんだ」
顔を逸らして髪の先を弄る茜を見て、思わず苦笑いをしてしまう。本当にオレは茜に甘えっぱなしだな。前のオレがこの光景を見たら張り倒してる
かもしれない。それほどまでにオレは甘えていると感じている。
自分の事を好きな女に対して他の女が気になっていると言っている。どれ程傷付けているか分からない。しかしオレはそんな状況になっても動け
ないでいた。早く決着を着ければこんな事にはならなかったのに。そう思ってももう遅い。ここまできてしまったのだから。
いつまでもこんな硬直状態は続かないと思うが・・・・どうなるやら。そう考えていると何やら視線を感じた。さっき見ていた方向、白河からだ。
顔を向けると何やら心配そうな顔をしてこちらを見ている。白河にも少し気を遣わせちまったか。大丈夫だよという意味も込めて手を振ってやった。
「でもね、義之くん」
「ん、なんだよ」
「私って義之くんが思ってる程さ、聞き分けのいい女の子じゃないの。ごめんなさいね」
「あ? 何を言って―――――」
白河から視線を戻し、茜の方向に向き直る――――と、顔を両手で挟まれる。何を、と思う間もなく口を塞がれた。
一瞬混乱状態になりかけ、突き放そうとするが思った以上に顔を掴んでいる手に力が入っておりそれが叶わない。ヌルっとした感触と共に
水気のある粘った音が耳に入ってきた。
こいつ、舌を入れてやがる・・・・! それもこんな公衆の面前で、この女はっ! いくらオレでも羞恥心に駆られた。
当り前だ。こんな周りに人が沢山いる状況でディープかますイカれた真似なんかして、平気でいられるわけが無い。
満足したのか―――茜は満面の笑みで口を離す。周りから聞こえるざわめき声が胃を更に痛くした。唾の橋が掛かっているので、ゴシゴシと
拭いてそれを急いで掻き消し、睨みつけるようにして言葉を叩きつけた。
「い、いきなり何するんだよこの野郎っ! 頭に蛆でも湧いてんじゃねぇか、ああっ!?」
「やぁん。そんなに怒らないでよ。顔赤くして照れちゃって・・・・可愛い」
「照れてねぇよっ、赤っ恥を掻いてるんだよっ! お前はオレを何にしたいんだ、変態にしたいのか、どうなんだよ茜っ?」
結構本気で茜を睨みつけるが本人はへらへら笑って全然堪えて無いみたいだ。言葉を吐き出そうとしても、頭が熱くなって上手く出て来ない。
こんな真似をする茜なんて最初の時以来だ。最近は色々まとめ役を買ってくれていたし、あのメンバーの中では比較的窘める役割を担っていた。
思わずオレと茜が深く付き合う事になった最初の一件を思い出す。この野郎・・・・また悪い病気でも出たのか・・・・・。
「べっつにぃ~。私は元々こういう女だしねぇ。最近は少し良い子ちゃんやってみようかなと思って大人しくしてたけどさぁ、飽きちゃった。
義之くんも私とキス出来て嬉しかったでしょー?」
「だからって場所を選べよ、場所をよっ! 別に特別ここでやる意味はねぇだろうが! おかげで現在進行形で恥掻いてるんでぞ、オレはっ」
「もしかして嬉しくないのかなぁ~? 私は久しぶりに義之くんとキスして嬉しかったんだけどなぁ、にゃはは」
「あ・・・くっ、し、しらねぇよっ、そんな事」
茜の照れている笑顔。久しぶりに見た気がする。その笑顔に、出かかった文句の台詞が喉の所で止まってしまう。何も言えなくなってしまう。
思わずその破天荒な行動でも許してしまうような笑顔だった。思えば最初の頃は茜のそんな笑顔を何回か見た気がするが最近は見ていない。
オレも思わず照れる様に俯いてしまう。柄じゃない。拳を思いっきり握り締めてもその照れ臭さはどうしようもなかった。
「あ、そろそろ私の競技の番が回ってくるわねー。行かなくちゃ。義之くんの照れてる所なんか滅多に見られないからもっと見ていたんだけどなぁ」
「・・・・うるせぇっ、さっさと行けよ」
「あーん。もう、乱暴なんだからぁ」
背中を無理矢理押して足を急がせる。早くこんな状況とはおさらばしたかった。まだ周りでオレ達は見てひそひそ話をしている奴らが居るからな。
睨みつける気力も何も無い。そのまま無視してオレは係員の待機場所まで歩いて行く。行く気があんまり無かったがあのままあそこに居るよりはいい。
確かにオレは面の皮は厚い方だが、それにしたって辛すぎる状況だ。クラスのど真ん中でディープ・・・もう思い出すのはよそう。
ふと、白河の事が気になり、クラスの待機場所の方を覗くが姿が見えない。もしかして白河もこの競技に出るのか。
さっきの思いっきり見られたろうな。短時間で二人の女と口付けをした。その事実にまた胃が痛くなりそうだ。
胃の辺りを擦りながら歩いて行くと、白河と茜が何か話をしているのが遠くに見えた。なんか・・・・嫌な予感がするな、おい。
「あらぁ、白河さんも障害物競争に出るんだぁ~。頑張りましょうねぇ」
「・・・・・・・」
笑顔で話し掛けてくる花咲さんを無視して、靴紐がちゃんと結ばれているか確認をする。途中で転んだりしたら恥ずかしいものね。
あともう少しで競技がスタートする。屈んだ状態からすくっと立ち上がり、深呼吸。トントンと跳んで自分の状態を確認した。うん、問題無しっと。
手を握って、開く。少しさっきまで荒れていた心が段々静まっていくのが分かった。なるほど、これは結構私に合ってるみたい。
「それって義之くんの真似でしょ~? ホントに白河さんは義之くんの事が好きなのねぇ。妬けちゃいそうだわぁ」
「・・・・・」
「もしかして私、無視されてるのかなぁ? 仲良くしようと思ったんだけど・・・・残念だなぁ」
「―――――――ッ! よくそんな事が・・・・っ!」
「あ、やっと反応してくれた。やっほぉ、白河さん?」
にこやかに話し掛けてくる花咲さんを見て、しまったと思う。徹底的に無視を決めようとしたのに思わず挑発に乗ってしまった。
挑発。それ以外に呼び名を私は知らない。さっきの言葉は明らかに挑発だ。仲良くなりたいなんて思っていない。昼に話した時からそれは
明らかに分かっていた。
あの中でも一番私に喰って掛かって来ていたし、何より目が気に喰わないと言っていた。私もあまり花咲さんの事は好きじゃない。
なんだろう。なんとなく好きになれない感じがした。一言言葉を交わせた時からそれは感じている。恐らく相手もそれは感じている筈だ。
「あ、また無視してる~。何かしたかなぁ、私」
「花咲さんは私の事嫌いじゃないの? そう私は感じてたんだけどな」
「え、ええっ!? そんなこと無いよぉ、嫌だなぁ~白河さんてば。勘違いだってば、勘違い」
「そのぶりっ子は素なのかな。少し頭が悪そうに見えるから止めておいた方がいいと思うよ。義之くん、そういうの嫌いだし」
「あらら? もう義之くんの彼女気取り? キスの一つや二つしたぐらいでそう思われちゃ困るにゃ~」
「・・・・・別にそういう訳じゃないよ」
「ふぅん?」
・・・・バレていたのか。少し窮屈な思いに駆られる。昼間あれだけ啖呵をきったのにやってる事はまるで正反対の事なのだから、そういう思い
に駆られても仕方が無い。自覚があって義之くんに迫ったのだから当然だ。
義之くんをあまり困らせるなと言いながら、いざ二人になった途端にさっきまでの態度を忘れたかの様に振舞う自分。嫌な人間だとは自覚していた。
しかし、もう止められなかったのも事実だ。一度ぽろっと想いを吐き出したら止まらなくなった。今まで我慢していたがとうとう耐えきれなくなった。
屋上の一件から義之くんには結構お世話になっていた。私のつまらない話をちゃんと聞いてくれてるし、私だからって遠慮もすることがなかった。
普通の人だったら多少なりともおべっかを使う場面でも、義之くんは他の人と同じように気を使う事は無かったと思う。いつも自然体で私に
接していた様に感じた。まぁ、彼の性格の場合おべっかを使うなんて事は有り得ないと思うが・・・・。
そんな彼に私も段々自然体で居られるようになり、気付いたら好きになっていた。彼の脇に居るとなんだかホッとするし安らぐ。今までに無い感情。
もっと傍に居たい、安らぎたいという思いが強くなり、とうとう告白した。もう後には戻れない。悪いが私もこの争奪戦には参加させてもらう。
それに、さっきのキス――――あれは宣戦布告なのだろう。そう簡単にはいかないよという花咲さんからのメッセージだったのかもしれない。
私の方を見ながら義之くんにキスをしていた花咲さん。思い出すだけで知らずの内に手がギュっと握られる。この人だけには負けたくなかった。
「それにしても意外と花咲さんて底意地が悪いんだね。あんな風に見せつけちゃってくれて。よくやるよ、ほんと」
「あ~見られちゃってたんだねぇ。それでさっきから怒ってたんだぁ。でも別にいいでしょう? 白河さんもしてたんだし、おあいこじゃない」
「あおいこ? そんな風な口付けには見えなかったけどね。まるで奪い取るようなキスに私には見えたんだけど?」
「奪い取るだなんてそんなぁ~。義之くんは誰の物でもないんだからそんな考えは無いわよ白河さん? あ、でもなんだか口の周りが汚かった
から少し綺麗にするのに熱心にはなっちゃったかも!」
「・・・・よぉく、分かったよ。花咲さんの気持ち」
「ほえ? 何の事かなぁ?」
「絶対に貴方だけには負けないから」
係員からの号令が聞こえてきたので、そちらの方向に花咲さんを置いて歩き出した。端目に見たその顔はまだ笑顔でこちらを見ている。
その余裕にまた頭が熱くなりそうになりながらも、なんとかその熱を抑えてスタートラインに着く。その横に花咲さんも鼻歌を歌いながら横に着いた。
負けないと言ったからにはこの競技も負けるつもりはなかった。スッと短く息を吐き出しゴールに目を向ける。そして、ピストル音が辺りに響いた。
「お、始まったか」
指定された場所からスタート地点のピストル音を聞き、その場所に目を向けた。皆気合いが入った様に一斉に走り出す。
最初の障害物は・・・跳び箱か。まぁ、これは難なく全員クリアしているな。たかが五段ぐらいだし余裕で皆クリアした。
足の速さもあまり関係無い競技だし全員の位置取りはほぼ同一。やや白河がリードしてるぐらいか。次点で茜。しかし僅差しかない。
「しかし、やっぱり白河は運動神経いいな。初印象じゃトロイと思ったのてたのに早速トップをキープか・・・・それにしても・・・・」
なんか、必死になってねぇか白河のヤツ。思いっきり眉間に皺を寄せて走ってるし動き方に無理を感じる。失礼な言い方になるかもしれないが
あまりにも白河らしくないと思った。
いつも爽やかさと可愛さを全面に出しているので、違和感を感じる。茜もさっきまでの笑顔はナリを潜め、無表情といった具合だ。しかし額に
汗を掻いて息を切らしながらも走っている。まるで競い合っているかのように・・・・。
なんだか――――二人ともムキになって様な気がする。 もしかして昼間の件が関係しているのか。それにしたって何か様子がおかしい。そこまで
確執が起きるような感じには見えなかったんだが。
「・・・・さっき何か話してたようだけど、それ関係してんのかなぁ? 茜と白河に限ってそれは無い様に思えるけど・・・・」
茜はあまり争い事を好む性格じゃないし、白河もそんな性格だ。手と手を取り合うなんて真似はしないでもそんなに険悪になるような事を
しでかす奴らじゃないと思っていた。
まぁ――――後になってそれはオレのふざけた勘違いだと思い知る事になるのだが・・・・。茜も白河もオレと同じくらい負けん気が強く
情熱的な女だったが、この時のオレには知る由も無い。
二人ともそれを表に見せる事が無いだけで、その時になれば脇目も振らず一直線な女達だった。言ってしまえばエリカよりその傾向が強い
と知った時はかなり茫然としてしまった。その時のオレは余程マヌケ顔をしていた事だろう。
そうして二人は競い合うかのようにワンツーを独占し、平均台もクリアして今度は麻袋に入ってカエル跳びをしながら次の障害物を目指す。
「って・・・すげぇ光景だな。さすが茜といった所か・・・・・」
周りの男子連中も歓喜の声を上げている。麻袋を履いてぴょんぴょんジャンプすりゃ茜みたいな巨乳な女はああなるよな。
まるで胸にボールでも入れているかのように体操服の中で揺れているし、男子にとっちゃ眼福ものだ。おもわずムービーに収めても仕方ないだろう。
オレも携帯を持っていたら思わず撮っていたかもしれない。まぁ、さすがにモラルはあるのでやりはしないが。男子連中も同じ考えだろう。
――――――脇で平然とビデオカメラを回している男を覗けば、だが。
「お前、それ犯罪な」
「何を言う桜内。オレは学生が健康的に体育祭をエンジョイしている姿を映像に収めてるだけだ。何も問題は無い筈だが?」
「見たところ胸を重点的に撮っているのは何故なんだろうな。まるでAVでやってる運動会の撮影みたいだぜ、杉並さんよ」
「それは桜内がよこしまな考えを持っているからそう感じるだけだ。オレは坊主みたいに清らかな精神で撮影をしている」
「とりあえず没収だこの野郎。他のヤツならともかく茜とか写してんじゃねぇっつーの」
「おや? 案外嫉妬深いのだな桜内は。とてもじゃないがそんな男が女性を囲むなんて真似はしないと思うが―――――ほら」
「あ?」
ポンと小柄なビデオカメラを渡してくる。なんだ、嫌に素直じゃねぇか。絶対屁理屈とか言ってごねると思ったのに。
そうして「じゃあ俺はやる事があるので」と言って立ち去っていく。訳が分からない。何しにきたんだ、アイツ。余程暇だったのか。
手の上でビデオカメラを弄ぶ杉並の立ち去った方向を見てると、肩を叩かれる感触。後ろを振り向くとそこには音姉の笑顔があった。
「今、杉並君から何を渡されたの? 弟君」
「あ? 別に普通のビデオカメラだけど。なんだ、これが貯金箱か何かに見えるのか、音姉には」
「それ、私に渡してくれないかなぁ? 杉並君と一緒になって何か企んでるなら話は別だけど。勿論ちがうよね~?」
「―――――ふぅん。そういう事ね」
「だからそれを私達生徒会に―――――」
「さて、どうしようかな」
「え・・・・?」
このまま渡してもいいんだが、それだと何か癪に障る。元々素直じゃないオレの性格だ。面白く無いに決まっていた。
まだ白河達も来ていないし時間に余裕はある。どれ、ちょっとばっかしどれ程高性能か確かめてみるか。
「音姉、ちょっとそこに立ってろよ」
「え、え? な、なんで?」
「ちょっとした撮影会だよ。暇なら付き合ってもいいだろう? ホラ、映すぞ」
「あ、あわわっ!」
電源ボタンを押して起動させる。感度良好といった具合か。レンズ越しに見るが大してブレは無いみたいだし、安物じゃないみたいだ。
カメラ窓を向けると音姉は何か慌てた様に髪を整える。なんだ、やる気満々じゃねぇか。倍率調整をしながらその行動を端目に見る。
やっぱこういう機会弄るのはなんだかワクワクするな。子供染みた感情が湧き出る。オレも買おうっかな、デジカメでもいいから。
「じゃあ、まずはお名前からどうぞ」
「えっ? なんで?」
「撮影会つったろ? 音姉はちゃんとモデルらしく綺麗に撮ってやるから安心しろって。ま、元々綺麗だからそんな気構える必要もないけどな」
「そ、そうかな・・・・? えへへ」
「お、その笑顔いいねぇ。じゃあまずはお名前を教えて貰っていいですか?」
「あ、はい。名前は朝倉音姫って言います。誕生日は六月十七日で、血液型はO型です!」
「元気でいいですねぇ。じゃあ次の質問ですが、好きな体位は・・・・って」
少し怪しげな雰囲気を醸し出して撮影ゴッコを楽しもうと思いながらふと視線を競技に移すと、もう白河と茜はもうネットくぐりの所まで来ていた。
どうやら二人の異常な頑張りが障害物競争のスピードを速めているようだ。確か罠の発動場所はネットの所・・・・やべぇ、遊んでる場合じゃない!
急いで音姉にビデオカメラを預けて、見えない様にポケットの中のスイッチを漁る。ここでヘマをやらかしたら一位なんてまた夢のまた夢だ。
「え、な、なに? 撮影会は?」
「悪いが撮影会は延期だ。あとは音姉が将来モデルになって水着を着るなりナース服を着るなりして頑張ってくれ。応援してるよ、影ながら」
「お、応援してもらっても困るんだけど・・・・」
後ろで困惑している音姉を放って置いて、スイッチを押した。するとネットを回収するマシンが起動を始めて、どんどん網を吸い取っていく。
なるほど、こういうスイッチだったのか。確かにこんな事やられちゃネットの中に居るヤツは堪ったもんじゃねぇ。蜘蛛の糸に絡まった虫みたいに
もがくしかないわな。
――――って、あれ? これって白河と一緒に居る茜までも一緒に取り込まれるんじゃ・・・・・。
「・・・・やべぇ、ミスった。これって茜まで巻き込まれちゃ意味ねぇじゃねーか・・・・」
「お、弟くんっ!」
「杉並の野郎、ちゃんと詳細を教えろよな――――って、なんだよ音姉。そんなにテンパって」
「前っ! 前を向いてっ!」
「あ?」
ミスを杉並の所為にしようと考えてると何やら音姉が焦った様な声を出して、オレに話掛けてくる。つい、と言われた通りに前に視線を向けた。
すると回収されている網がオレ達の前まで迫ってきていて、あっという間に飲み込まれてしまった。あまりにも瞬間的な事だったので反応する事が
出来なかった。天地が引っくり返る様な衝撃がオレを襲う。
くそ、位置取りを間違えた。どんな仕掛けが分かったなら即座にあんな直線上に居るべきでは無かった。余りの間抜けさに腹も立ちやしない。
「・・・・いってぇな、くそっ! オレとした事がマズった――――――あ」
「あ・・・・」
「あいたた、何よぉ、もうっ!」
「うぅー・・・・な、何が起きたのぉ~?」
オレの視界のド真ん中には白河のアップにされた顔。目と目が合い、お互いに固まってしまう。すぐ近くでは茜と音姉の困惑してきた声が聞こえてきた。
しかし、それを気にするでもなく白河はオレの顔をじっと見詰めている。首に流れる汗が妙に艶っぽく見えた。疲労の所為だろう、生温かい甘い吐息
がオレの顔に吹き掛けられる。だが、嫌な気分じゃなかった。反対に何か妙な気分にさせられる魔力を秘めていた。思わず茫然としてしまう。
一瞬、周りから音も絵も消えた―――――と思った瞬間、白河がオレの両頬を掴み、口付けをしてきた。まるで頭突きをするが如く勢いよく
顔を近付けてきてのキスだった。急に息が出来なくなり、目を白黒させてしまう。
「ん・・・んぅ・・・んん・・・・」
「・・・・んぐっ!? ん、んんーーーーっ!」
「へっ―――――って、何やってんのアンタ達はぁーーーっ!!」
「こ、こら―ー! え、え、エッチなのは駄目なんだからねっ!」
茜と音姉が白河の後ろ襟を掴んで引き離す。こんな狭い網中で大して離れなかったが、それでもなんとか呼吸をする事が出来た。
普通だったら甘い雰囲気に浸かるのだろうが、いきなりの事だったので余韻もクソもない。正直困惑した気持ちの方が大きかった。
そして睨み合う様に視線を交える茜と白河。一触即発の状況だ。訳が分からない。音姉もそんな二人を見て困惑したように目を忙しなく動かしている。
「何やってるのって・・・・別に。何だか義之くんの口の周りが汚れてたから掃除しただけだけど、何か文句でもあるのかな?」
「もしかしてさっき私が言ってた事気にしてるんだ。ふん、案外器量狭いのね。白河さんって。アイドルって言われて周りからチヤホヤ
されて、いつもヘラヘラ笑っているから気にしないと思ったんだけどなぁ。案外性格が捻くれてるのね」
「花咲さんこそいつも天然みたいに装って妙に体を義之くんにくっ付けたりしてヘラヘラ笑ってる癖に。大体なんでそんなに喧嘩腰なの?
私が何かした? ねぇ、どうなの花咲さん」
「はぁっ? 何かしたって・・・・本気で言ってるの貴方? 昼間あれだけ正論ぶって説教した癖にやってる事はただの火事場泥棒みたいな
ものじゃないっ! 本当は義之くんと二人っきりになりたいからあんな嘘吐いたんでしょっ? 本当、いやらしい事する女の子ね」
「別にあの時言った言葉は嘘じゃないよっ、でも、そういう流れになっちゃんだからしょうがないじゃない! 確かにそういう事をしたって
いう自覚はあるつもりだよ。火事場泥棒みたいな真似をしたっていう自覚がね。けれど、義之くんの事を好きっていう気持ちは嘘じゃない
し困らせてるって事は重々承知だけど、言わずにはいられなかったんだよ・・・・っ!」
「それじゃ自覚あるなら何してもいいって聞こえるわね。大したタマよ、本当に。大体さ、私達に遠慮したのかビビっちゃたのか知らないけど
裏でコソコソしてるのが気に喰わないわ。なに、理解力のある女を気取ってるつもり? 私は別に迷惑を掛けて言い寄ってませんよーって?
腹が立つわね・・・・」
「そ、そんなつもりじゃないもんっ! 私はただ・・・・」
「もん、ってそっちの方こそぶりっ子ぶってるじゃない。別に白河さんの場合どうしても義之くんが良いって訳じゃ無いんでしょ?
いつも他の男子にボディタッチして胡散臭い笑顔振りまいてるんだからさ。適当に見繕って彼氏でも作ればいいんじゃない?」
「て、適当にって・・・・花咲さん! 私の事バカにしてるでしょっ!? そっちこそ、その無駄に大きな胸で他の男子に言い寄ればいいじゃない!
きっと光に群がる虫みたいにフラフラ集まってくると思うよ? ねぇ、その方がいいんじゃない?」
「こ、この子は・・・・・・!」
「何よ・・・・・!」
「は、はわわ・・・・・」
あまりの剣幕の言い合いに音姉がドン引きしてオレの方に擦り寄ってくる。そりゃおっかねーだろうな。オレだって少しビビる。
茜と白河――――まさかここまで仲が険悪だと思わなかった。今までそんなに接点もなかったし仲が良いとは言えないが、悪くもないと思っていた。
なのにまるで親の仇を罵るかのように罵声を浴びせ合っている。原因は・・・・またオレなんだけどよ。また胃が痛くなり始めた。
なんにしてもこの騒ぎは一時的にでもいいから収めないと。向こうから生徒役員共が救助に駆けつけてくるのが見えた。
その中には勿論エリカの姿もある・・・・・。これ以上に状況を悪化させたくない。腕に少し痺れを感じながらオレは二人に話し掛けた。
「お、弟くんて結構モテるんだね・・・・はは」
「必要以上にな。おかげで胃がさっきから痛いよ。ついでに腕も何か痛いし・・・・・おい、茜と白河。とりあえず落ち着けって」
「お、落ち着けって言われて落ち着ける訳ないでしょっ!? 義之くんもこのなんちゃってアイドルに一言何か言ってよっ!」
「な、なんちゃって・・・・私だってねぇ、好きでそんな呼び方をされた訳じゃ無いもん! 義之くん、花咲さんはこんな酷い事を言うんだよ?
きっと意地が悪いに決まってる。だから、花咲さんとだけは付き合わない方がいいよ? きっと不幸になる」
「不幸になるとか勝手に決めないでよね! そうやって見下しちゃってさ、ほんっとーーーーに腹が立つ子ねっ! 義之くん、今決めなさい。
私を選ぶか、ぽっと出てきた白河さんを選ぶか」
「なっ、おい―――――」
「花咲さんにしては良い考えだね、私もそれに賛成だな。義之くん、今決めて。どっちの方がより好きかを。そうしないと気が済まないよ」
そう言って両者は黙り、オレをじっと見つめてくる。というか、え? 今決めるのかよ。それも二択。しかし二人とも目は真剣だ。
どうにも今までみたいに逃げれる雰囲気じゃない。今決断をしないと絶対に気が収まらないと目が物語っていた。もし決断をしなければ
取っ組み合いが始まってもおかしくない。いや、絶対にやるだろう。
しかし――――逆に考えればこれはチャンスなのかもしれない。今までオレはずっと皆と宙ぶらりんな関係を続けてきた。何度か決める
チャンスはあったものの、いつも逃げていた様に感じる。
適当な言葉を吐き、行動してとうとう夏が来ようとしていた。ここいらで決めないともっと酷い事が起きてもおかしくない。白河と茜を
見ててその思いは更に強まった。
二人だけじゃない、皆同じ気持ちだろう。早く誰かを選んでくれという気持ち。辛いのはオレじゃ無く彼女達の方なんだ。もし目の前の
二人を選ばなくてもとりあえず両者の溜飲は下がるだろう。納得はいかないかもしればいが、理解はしてくれる筈だ。
ずっと悩み続けてきたこの問題に決着を着ける。腹をくくるしかない。結局誰かを選んで他の子を泣かせるのは決定してる事なんだ。みんな
泣かないでハッピーになるなんて事はあり得ない。
よし――――息を吸って呼吸を落ちつける。こんな場でだなんて少し癪だが言ってやる。そう思い、口を開けて――――――
「お、弟くん・・・・」
「ってなんだよっ!? 人がせっかく覚悟決めてたのによ・・・・!」
「う、腕・・・・腕が・・・・・」
「あ? 腕?」
何故か驚いた顔をしながら音姉がオレの左腕に指を差す。それに釣られて目線を送ると―――――気が遠くなった。
腕の角度。これがまずおかしい。明後日の方向を向いてブランと垂れ下がっている。まるでこの間観たゾンビ映画のゾンビみたいだ。
多分網の中に引き込まれた時にやってしまったのだろう。茜と白河の言い争いのインパクトが強すぎて全然気付かなかった。
「きゃ、きゃぁぁあああーーーーーーっ!?」
「い、いやぁぁあああーーーーーっ!」
「きゃーとかいやーじゃねぇよっ! ああ、くそっ! 何か自覚し始めてきたら段々痛くなってきやがった・・・・! やべぇ、いてぇ・・・・!」
「と、とりあえず今、生徒会の人達が回収機操作してるからもうすぐに出られると思うから、少しだけ我慢出来る? ね、大丈夫だから!」
さっきまで罵り合ってた癖に白河と茜は、仲良くお互いの体を抱きしめ合ってオレから離れている。お前らの好感度ダダ下がりだぜ、この野郎。
それに比べて音姉は必死にオレの腕をあまり動かさない様に肩を抑えて、ネットに触れないようスペースを作ってくれている。ああ、もう音姉
にしようかな。面は良いし料理出来るし癒し系だし、言う事が無い。
少しお節介焼きな所があるが、それは言い聞かせればいい。そうした方がいいな、うん。音姉もきっと嫌じゃないだろう。多分。
「音姉、オレと付き合おう」
「―――――へっ?」
「ちょ、ちょっと義之くんっ! それは無いんじゃないかなっ!?」
「そ、そうよっ! そんなの卑怯よ、よっしぃー!」
「うるせぇっ! そんなにビビって奥の方に逃げる女達より何倍もましだねっ! お前ら、本当にオレの事好きなのかよ・・・」
「だ、だって・・・・なんか不気味だし・・・・・」
「そうねぇ・・・・まるで玩具みたいに腕が捻じれてるし・・・・怖いわぁ」
「お、お前らってヤツはマジで・・・・・!」
「わ、私っ!」
「うぉっ!?」
音姉が顔を上げて、声を張り上げた。いきなりの音姉のテンションの上がり様に、思わずオレも驚いた声を出してしまった。
茜も白河もオレと同じなのか茫然と音姉を見ている。なんだ、まさか人が事故ってる所見てテンション上がっちまったのか。勘弁してくれよ・・・・。
そう考えていると、キッと音姉がオレの方に目を向けてくる。なんだか知らないが・・・・少しおっかねぇな。なんでそんなマジ顔になってんだよ。
「私、弟くんと付き合う事にするっ!」
「え、えぇーーーーーーっ!」
「そ、そんな馬鹿な事が・・・・・・!」
「白河さんも花咲さんも安心して。弟くんは私が幸せにして真っ当な人間にしてあげるから。ね、弟くん?」
「いや、そういうのいいから。もしかして本気にしてる?」
「思えば小さい頃から目は付けていたのに最近放ったらかしだったもんね。でも弟くんが私の事好きだったなんて驚きだな・・・・絶対嫌われてる
と思ってたのに。もしかして素直になれたかったのかな・・・・男の子だもんね。ふふ」
「・・・・目付けられてたのか、オレ」
その告白に少し引いてしまう。確かに音姉はオレにしつこい程構ってきたし、小学校高学年になっても一緒にお風呂に入ろうとしていた。
思い返せばいつも音姉の視線は感じていた様な気がした。マジかよ、ガキの頃からオレは姉みたいな人に狙われてたのか。全然気付かなかった。
白河と茜が茫然としているように、オレも茫然としてしまう。いや、別に音姉が嫌いって訳じゃないが・・・・・なぁ。
「だから――――――これからもよろしくね、弟くんっ!」
「あ・・・・・」
「あ・・・・・」
「あ・・・・・」
そう宣言して、オレの『折れている腕』にひしっと抱きついてきた。
思わず茫然として―――――今までに無いくらいオレは絶叫した。多分人生で一番痛い思いをしたに違いない。
結局オレは生徒会のヤツらが運んでくれるまで悶絶していた。勿論音姉と付き合う件も帳消しだ。誰がこんな天然バカ姉と付き合うかよ、ちきしょう。
そうしてオレは後半の対抗レースに間に合わず、保健室で過ごす事になってしまう事になる。
窓から見える夕日を見て、ため息を付く。絶対来年から体育祭に出ねぇぞ。そう決心して、固い枕に頭を落とした。
グイっとコップの中にある液体を喉に通す。独特の苦みと浮遊感が身を包んだ。アルコール特有の感覚。慣れた味であった。
ギブスで固定してある腕に窮屈な思いをしながら周りを見渡すと、皆同じように酔って笑っていた。潰れてる奴もいるがまだまだ元気な様子が
窺える。どうやらこの宴はまだ終わりそうに無い。ビールを再び飲みながらそんな事を考えた。
そりゃ簡単には終わらねぇよな。せっかくあそこまで頑張ったというのに大会は二位で終わってしまった。オレのクラスにしては健闘したと言え
なくもないが、一位以外に意味は無い。まるで鬱憤を晴らすかのように騒ぎまくって飲みまくっている。
「よしゆきぃ~、よしゆきぃ~・・・・」
「いい感じに出来あがってるな、美夏。で、何の用だよ」
「ちゅーしろ、ちゅー。最近してくれてないだろ~?」
「はいはい、分かったよ。ちゅーね。はい、ちゅー」
「ん・・・・・」
軽く頬に口付けをすると、「えへへ」と笑いながらまた何処かへフラフラと歩いて行く。典型的な酔っ払いだ。こんな場所じゃ珍しくも無い。
つーか誰だよ、美夏誘った奴。大方雪村あたりが引き込んだんだろうが・・・ちゃんと面倒見ておけよな。その雪村は茜と何か話をしてるみたいだし。
グイっとまたビールを飲む。オレだって飲まなきゃやっていられない。あんだけ辛い思いをして、骨折をしてまで頑張ったのに何一つ報われない。
更にグレそうだぜ。腕を擦りながらそう思う。綺麗にぽっきり逝ったから治るのは早いそうだが・・・・煩わしくて仕方が無いったらありゃしない。
「ねぇ、板橋聞いてるー? 最後の対抗リレーもうちょっと頑張れ無かったのぉ~? あともう少しだったのにぃ~」
「うぅ・・・すいません。オレの責任です・・・・だからそんなに言わないでくれよ~。滅茶苦茶頑張ったんだぜぇ、オレだってよぉ~」
「結果が付いて来なきゃ一緒じゃないのよっ、このっ、この!」
「あぁ、蹴らないでくれよぉー・・・・」
ゲシゲシと板橋を蹴る委員長。どうやら委員長も漏れなく結構飲んでいるらしく、顔が真っ赤だ。板橋が泣きに入ってるのに蹴りを止めない。
普段から色々ストレス溜まってるみたいな感じだから、一度糸が切れると暴れ出すタイプなのかもしれない。一番厄介な酔っ払いだ。
しかし・・・・そんなに板橋を苛めなくてもいいのに。オレが対抗リレーに出れなかった所為で、メンバーを急遽入れ替える事になったオレのクラス。
アンカーを板橋に置き換えての布陣だったが、あともう少しという所で惜しくも破れ去ってしまった。そんな板橋に皆は冷やかな態度を取っている。
オレも少しは文句を言いたいが・・・・そもそもオレが骨折しなきゃよかった話だ。あまり責める気にもなれなかった。
「飲んでるみたいだな、桜内よ」
「おかげ様でな。しかしよくこんな店予約出来たな。当日予約で、それも団体様なんてよ」
「なぁに。ある所にはあるものだよ。そんなに難しい事ではない。まぁ、コネが無かったとは言わんがな」
「まぁ、なんだっていい。お前のおかげでこうやって酒が飲める。脇、座れよ」
「うむ。それでは失礼する」
そう言って隣を空かし、座らせた。こいつとこうやって飲むのも初めてかもしれないな。しかし悪い気はしない。元々ダチといったらこいつぐらい
しか居ないしな。少しテンションが上がるのを感じる。
大会のトトカルチョに敗れ去ったオレ達は確かに無一文になった。こんな居酒屋で飲める程は金は勿論持っていない。本来なら敗者らしく家に引き
籠って不貞寝するのが精々だったオレ達だったが、そこを杉並が素晴らしくフォローしてくれた。
どうやら杉並は杉並で、一応保険の為に他のクラスにも賭けて置いたと言う。そしてその儲けで今夜の宴の段取りをしてくれたらしい。いつもは
厄介な事しかしないというのに、偶にこういう粋な事をしてくれるからこいつの事は好きだ。
こいつの隠れた人望ってのはもしかしたらここ一番でこういう事をしてくれる所かもしれない。オレにはないものだ。まぁ、無いモノねだりを
しても仕方が無い。ここはこいつのご厚意にあやかって美味しく酒を飲むか。
「ところで最近調子はどうだ、桜内よ」
「喧嘩売ってるのかよ。見ての通り骨が折れちまって大変だ。もしかしたらこの機会を狙って復讐しに来るヤツがいるかもな。かったりぃ」
「その時は微力ながら手を貸してやるさ。責任の一端はオレにもある。言葉通り桜内は骨を折ってまで頑張ってくれたみたいだしな」
「お前に喧嘩が出来るとは思えないが、まぁ、アテにさせてもらうよ。ほら、お前も飲めよ」
「うむ、かたじけない」
コップにビールを注いでやる。こいつの場合ビールというよりブランデーかワインっぽいが気にしてられねぇ。
居酒屋にある安いヤツ頼んでも仕方が無いし、そもそもそんなモノがあるのかさえ怪しい。酔えればいいだろう、この場は。
そうしてお互い少し無言になって飲む。悪く無い静けさだ。喧騒が少し遠ざかった様な気がした。
「時に、桜内」
「んあ?」
「結局お前は誰を選ぶんだ。少しばかりそれが前から気になっててな、是非聞かせて貰いたい」
「お前にしては随分下種の勘繰りをするな。なんだ、お前もそういうのが気になるのか」
「言ったろう、少しとな。オレも一人の健康な男子で人間だ。そういうスキャンダル的な事も気になるさ」
「そうかよ。それで、誰を選ぶか、だっけか。しょうもない。この場ですぐ答えられた苦労しねぇよ。アホ」
「そうか。しかし早い所決めないとまた白河嬢と花咲の喧嘩みたいな事がすぐ起きるぞ。そろそろ見た感じ、彼女達は限界だぞ」
「・・・・・んだよ、見てたのか。覗きとは悪趣味だな」
「あれだけ騒いでれば嫌でも目にするさ。まぁ、俺に言われるまでも無く、本人がそれを一番理解してると思っているが、な」
「知ってるよ。だから尚更よく考えなくちゃいけねぇ。適当に決められる問題でもないしな」
「そうか。なら、余計なお世話だったかもしれない。すまんな」
「別にいいよ。そう言ってくれるヤツがオレには少ない。心配してくれるヤツがな。結構ありがたいと思ってるんだぜ? オレは」
「・・・・・・少し酔ってるのか?」
「うるせぇ。おら、注いでやるよ。たまにはオレの言葉を素直に受け止めろよな、お前」
「ふっ、素直になれないのは果たしてどちらなのだろうな」
コップを差し出してきたのでまた注いでやる。グイッと飲み干す姿は杉並らしくなく男っぽい飲み方だった。
もしかしてオレに付き合ってくれるのだろうか。本当に偶に心意気が良い男だな、こいつは。オレなんかの酒に付き合ってくれるなんて。
きっと愚痴ぐらいしかオレは言わないってのに。こんな愚痴言えるのって杉並ぐらいだしなぁ。たまに訳が分からない男だがこういう気遣いは嬉しい。
「よしゆきぃー、飲んでる~?」
「ん・・・って、エリカっ? なんでお前ココに居るんだよ、一応オレのクラスのパーティなんだぜコレ」
名前を呼ばれて振り返ると何故かエリカが居た。それも結構飲んでるらしく顔は真っ赤だ。
しなを作ってオレの腕にもたれ掛かっている。甘い臭いと酒の臭いが鼻孔をくすぐる。かなり酔っぱらってるな、こりゃ。
「よしゆきがぁ、居る所には私も居て当然でしょ~? 何をいまさらこの私に向かって言ってるのかしらねぇ」
「答えになってねぇよ・・・。こら、無駄に寄っ掛かるんじゃねぇ。酒が飲めねぇだろう、このやろう」
「何よぉ、私よりそんな安い酒の方が大事なのぉ? 信じられない! これだけ私がアピールしてるというのに義之は本当にまったくっ!」
「耳元で騒ぐなっつーの。今は男同士で飲んでるんだ。悪いがあまり構ってやれねぇよ。脇に居てもいいけど、その代わり静かにしてろよな」
「なぁにそれ。女の私には分からないって事かしらっ? 男はいつもそうよね、女には分からない、女が出る幕じゃないとか威張って言うの。
私だって一応お姫様だし高貴な身分なのよ? だから私も混ぜなさい。そして結婚しなさい」
支離滅裂だ。外人の癖に酒弱過ぎだろ、こいつ。思わずため息をついてしまった。酔っ払いに構ってやる程かったるい事は無い。
どうするか――――そう考えていると、急にエリカはまるで糸の切れた人形のようにオレの膝元で丸くなってしまった。辛そうな声も聞こえる。
どうやら随分無理をしてオレに話し掛けたらしい。まったく、そんなになるまで酒を飲むなっつ―の。このお姫様は・・・・。
「大丈夫かよ、エリカ。ほら、水ちょっとでもいいから飲め」
「・・・・みずぅー?・・・・嫌ぁ・・・・」
「悲しいな、オレの事が好きなら水ぐらい飲める筈だ。それなのにエリカは飲めないって言っている。こりゃ少しエリカに対して少し考えを
改めないといけなくなるな」
「・・・・みずぅ、飲むー・・・・・」
「意外と酷いな、桜内は」
「昔からオレは酷いヤツだよ。喧嘩はしまくるし女をたくさんはべらせてる。今更な話だ」
「違いない」
くくっと笑いながらオレとエリカのやり取りを見て苦笑いを浮かべる杉並。なんだか気恥ずかしい気分になりながらもエリカに水を飲ませてやった。
大方茜あたりに誘われてこいつも来たクチか。最近茜とエリカは仲が良いみたいだしあり得なくは無い。つうか貴族のコイツをこんな所に呼ぶなよ。
水を飲み終わっても、まだオレに熱い視線を送ってくるエリカ。確かに少し可愛がりたい気持ちが出てくるが、今は杉並と飲みたいしなぁ。
「なぁにやってるんですか、エリカさん」
「いやぁ、鬼が来たわよしゆきぃ。助けてぇ」
「だ、誰が鬼ですかぁっ! ほら、あっちに座布団で作ったお布団がありますからそこで休んで下さい」
「・・・・嫌よぉ、そんな安っぽいお布団なんか。いらなーい」
「―――――ッ! わ、私だって本当はあんなもの作る為にココに来た訳じゃないですからねっ! 天枷さんもそこで寝てますから
早く来て下さい!」
「お前まで来てたのかよ、由夢。美夏の付き添いか何かか?」
「ええ、そうです。天枷さん一人じゃ何だか心細かったみたいなんで私も一応参加してみました。あと、兄さんがまた悪さをしないか
心配だったので監視も兼ねてますけど」
「あっそ。まぁ、お前も来たからには飲んでけ。エリカを置いた後でな」
「分かってますとも。じゃあ私達はこれで・・・・」
「いやぁ、義之と一緒に飲みたいー」
「はいはい、また今度にしましょうね。まったく、私だって兄さんと一緒に居たいのに・・・・」
ブツブツ文句を言いながらエリカを引き摺っていく由夢。部屋の端の方を見ると確かに美夏が布団の上でぐったりしているのが見えた。
やっぱりくたばったか・・・・怪しいと思ってたけど長くは持たなかったらしい。そこにエリカをぽいっと投げ捨てる由夢。ばたっと音を
立ててエリカは打ち捨てられた。中々憎しみが籠ってる投げ方だな、おい。
まぁ本当に嫌いだったらエリカの事は放って置くし気は遣っているのかもしれない。そう考え、またオレはグラスに口を付ける。
なんかオレも段々酔っぱらってきたな。いい気分になってきた。こうなったらトコトン飲んでやるか。腕まで折ったんだ、そうしなきゃ気が済まない。
まだテーブル上にある瓶を取ってグラスに注ぐ。まだ時間は有り余っている。懐にある煙草を弄りながら、オレは天井を見上げた。
時刻もいい感じに差し迫って来ている。あと30分くらいで今日の宴会はお開きといのが今回の宴会の予定だ。そう考えながら、すっと立ち上がる。
そろそろいいだろう。義之の姿を探す様に視線を巡らせ―――――見つけた。どうやらかなり酔っているらしく、小恋ちゃんに絡んでいるのが見えた。
そこまで足を進めるように動かす。中々話すタイミングが見つけられなかったが、ようやくそのチャンスが巡ってきたらしい。
「で、オレは言ってやったんだよ。そんなに言うなら保証書見せてみろって。そしたら顔紅くして怒るんだもんなぁ。笑えるぜ、本当」
「・・・・ふみぃー・・・・・」
「それでさ――――って何寝てるんだよ、小恋。せっかく人がウケる話をしてるっつーのに。それはちょっと失礼なんじゃねぇの?」
「その辺で勘弁して上げて。小恋ちゃんはそんなにお酒強くないんだから。本来なら一口飲んだたけでもべろんべろんになるのに」
「お、雪村じゃねぇか。なんだよ、今度はお前がオレに付き合ってくれるのか?」
「ええ、付き合ってあげるわ」
「あ?」
怪訝な顔をして私を見詰める義之。構わず小恋ちゃんを脇に追いやってその席に座った。とりあえず店の人から借りたシーツを掛けて置いたから
風邪は引かないだろう。多分。
とりあえず私もグラスを持ちお酒を注ぐ。ワインぐらいなら寝る前に飲んでいたが私もお酒が強い方じゃ無い。だから言うべき事は早めみ言って
おかないと考えた。今から言う事はとても大事な事なのだから・・・・。
「・・・んだよ。やけに素直じゃねぇか。ふつう酔っ払いの相手をするなんて面倒臭いと思うんだけどな」
「あら、その自覚はあったようね。意識が飛んでる小恋に絡んでいたからもう頭が吹っ飛んでるものだと思っていたわ」
「なわけねぇじゃん。前に思いっきり泥酔して痛い目合ってるっていうのに。また同じバカをやる程愚かじゃねぇよ」
「じゃあ、どうして絡んでたのかしら?」
「・・・・ちょっと軽く酔いたかったんだよ。色々あってな。せめて気分だけでも出そうと絡んでみたが上手くいかないもんだな。
ビールだけじゃ上手く酔えなくて参る。コニャック辺りでも飲まないと酔えそうにないよ」
「そう。けれど脇にこんな可愛い子が居てお酌をしてあげるんだから、酔えるかもしれないわね。ほら、グラスを貸しなさい」
「・・・ん」
空になったグラスを受け取り、ビールを注ぐ。チラっとテーブルの上を見ると空きビンが何個か転がっていた。随分飲んでいたらしい。
義之の顔を盗み窺うが特に赤くなったりもしていない。前に一緒に飲んだ時はそれ程お酒に強くないと思っていたが・・・・。
「はい、どうぞ」
「おう、あんがとさん」
「・・・・もしかして、何か悩み事でもあるの?」
「何故そう思うんだ? 理由が聞きたいね」
「逆に悩んでいなかったとしたらとても酷い男だと思うもの。茜達をたぶらかして何も思って無いのかって。遊びなのかって」
「―――――茜に聞いたのか。その話」
「ええ、友達同士だしね。友達と恋愛話くらいするわよ。悪いかしら?」
「別に・・・・。ただその調子で皆に言い触らされたくないと思っただけだよ。気持ちのいいモンじゃないからな」
少し棘のある声。自分が居ない所でそういう話をされて機嫌を悪くしたのかもしれない。まぁ、大体の人は皆そうよね。
知らない所でああだこうだ言われたら誰だって面白く無い。ましてや恋愛沙汰なんて最もたるものだ。特に私達みたいな年代はそうだろう。
しかし―――、だ。私がそんな友達の恋愛話を他の人に話すほど頭が緩いと思われたのは面白く無い。私も声に少し強みが出るのが分かった。
「へぇ、そう。私が友達の恋愛話を言い触らす様な人間だと思っているのね、義之は。心外だわ」
「ただ言ってみただけだよ。気を悪くしたなら謝る、雪村」
「別になんて事ないわ。それにしても―――――いったい誰が本命なのしかしらね、義之は」
「いい加減聞き飽きた質問だよ。それが言えるのならこんなに苦労してねぇ」
そう言ってまた酒を煽った。なるほど、かなり参ってるみたいだ。目に少し険が宿るのが分かる。
だから、グラスを持っている手に私の手を重ねる。眉を寄せてまるで奇怪な行動を見るように私を見詰めた。
「ごめんなさい。そんなに怒るとは思わなかったの。許してね?」
「・・・そんな事で怒るほど安っぽい男じゃないつもりだ。だけど今は酒の所為か、かなり感傷的になりやすくなっているな」
「誰かが言ってたわ。何かを酒の所為にする男っていうのはロクでもないって。義之はそうじゃないわよね? ふふ」
「きっとソイツは酒も飲まない聖人様なんだろうな。何か悩み事とかロクでもない事が起きたら全部酒の所為にする、それが昔から
伝わる伝統ともいえる行為だ。女の雪村さんには分からないだろうがねぇ」
「そうなの。やっぱり男の人って野蛮人ね。理性も何もあったものじゃないわ。スマートじゃないし、好きになれない伝統ね」
「はは、そうかよ。オレの事が嫌いになったか、ええ? そりゃそうか、オレは――――――」
「いえ、変わらず好きよ、義之の事は。昔も・・・・・今も」
「・・・・・・・」
そっと重ねている手で義之の手を擦り上げる。反応は――――やっぱり芳しく無い。まぁ予想できた事だ。特にショックは受けなかった。
多くの女性に言い寄られ、今日新たに白河さんに告白された事は茜に聞いている。さっき茜には私が義之の事が好きだという話はして置いた。
その時の彼女は別段怒るでもなく黙って聞いていた。ただ一言・・・・苦労するわよというありがたい台詞を貰っただけ。
茜が義之の事を好きと分かったのは去年の事。放課後に私と小恋、茜で偶々おしゃべりをしている時にそういう話になった。
いや、話す機会はずっと窺っていたのだろう。あの時期の茜はいつも何かを言いたそうに口を開いては閉じる一連の動作を何回もしていた。
小恋と二人でいつもそんな茜を心配していたのは記憶に新しい。だから告白してくれた時は、少しホッとした気分になった事を思い出した。
小恋が義之の事を好きなのはもう随分前から知っていたし、言いにくかったのはあるだろう。実際その話を聞いた小恋は暫し茫然としていた。
だが、すぐにハッとした顔付きになり茜の肩を掴んだ。きっとぶつのだろう。茜もそれが分かったのか、静かに目を閉じその時を待っていた。
『なんでそんな――――――なんでもない事、早く言ってくれなかったの?』
『・・・・えっ』
『別に私は付き合ってる訳でもないんだし・・・気にしなくていいのに。むしろ言えなかったていう方が少しショックかな』
『でも、私、小恋ちゃんが義之くんの事を好きだって知ってて・・・・』
『しょうがないよ。だって、義之って最近なんか格好良くなったし好きになるのも分かるんだ。これからはライバルだね』
そう言いながら微笑む彼女を見て、ああ、本当にそう思っているんだなと感じる。何も憤りは感じていない。ただ、本当に『そんな事』として
捉えているのだと分かった。
それでその話は済んだのだが――――まさか私まで同じ人を好きになるとは思わなかった。前々から微々たる恋心は抱いていたものの、そこまで
本格的なモノではなかった。
精々近い男子だから気になってるといった淡いモノに近い。私達の歳頃にはよくある事だと冷静にそう判断していた。そう、判断していたつもり
だったのだが・・・・どうやら私も一人の人間で、女の子だったみたいだ。勿論この事は小恋に先程もう話は着けて置いた。
それで少ない負けん気に火が付いたのか、義之の隣に座る事に成功したらしい小恋だが――――恨むなら自分の酒の弱さを怨んで欲しい。
「せっかく告白したというのにダンマリなのね。悲しいわ」
「・・・・オレをからかってるのか? だとしたら悪趣味にも程がある。一発や二発ブン殴ってもいいよな、おい」
「本気よ。貴方を彼氏に、私を彼女にして欲しい。ただそれだけの事よ。難しく考える必要はないわ」
「それだけって・・・・正気かよ。オレの人間関係を知ってるなら尚更正気を疑う。大体オレのどこを好きに――――」
「全部」
「・・・・は?」
「全部よ。暴力的な所も、理知的な所も、かったるそうな仕草も、服のセンスも、目も、口も、全部。全部がとても気に入ってるわ」
「―――――ちっ。そうかよ」
口を手で覆い、視線を明後日の方向に向けて何やら考える仕草。これは照れている時に出る仕草だ。ずっと席の隣で観察していたから分かる。
去年の暮れ辺りから私は本格的に義之の事を好きになった。三人四脚の時に事故でキスした事は告白のきっかけに過ぎない。
なにもかも変わってしまった様に変貌した義之。そうなった理由を私は知らない。別に知らなくてもいい。特別知りたくもないのだから。
大事なのは今の義之の事を私は好きだということだ。変わる前は前でよかったのだが、今の方が私にとってとても理想的な男性に映っていた。
何か芯が通った様な強さを感じるし、頭の回転がとても早い。それ以外にも、何か、人を惹き付ける何かを持っていた。それに私もフラフラと
花に集る蝶の様に吸い寄せられてしまったようだ。
彼の隣に居たい。ずっと一人で暮らしてきた家に彼を迎え入れたい気持ちが日々強くなってきている。義之とならあの家で二人一緒にずっと
住んでも構わないと思っている。いや、むしろ暮らしたい。傍に居たいと願っている。。
だが――――きっと返事はNOだろう。私の一方的な片思いだ。彼は私に特別な感情を抱いていない。ただの女友達としてしか見てないだろう。
まぁ・・・・それだったら意識させるまでだ。肩をリラックスさせて冷静に段取りを組み立てる。義之の視線をこっちに向けるように。
「雪村。悪いがオレはお前の事をなんとも思っていない。そりゃ可愛いらしい外見だし、オレ好みに頭も素晴らしく良い。良いだけじゃ無くて
回転も速そうだ。そして芯も張りがありそうだし中々上等な女の子だと思う・・・・・が、それだけだ。恋愛感情も何も抱いていない」
「・・・・・そう」
「ああ、そうだ。お前から見たらオレは女を取っ換え引っ換えしてるように見えると思う。けど女だったら誰でも良いなんて考えちゃいねぇ。
沢山の女に気は確かに持っているが、オレはその中からちゃんと選ぼうと思っている。よく考えて、自分の気持ち通りにな。その中に雪村
は入っていない。だから・・・・悪いな」
「・・・・・・」
「まぁ、慰めにもなってないがお前は可愛いし器量もある。杉並に聞いた事があるんだけど結構モテるらしいな、雪村は。だからオレなんか
よりちゃんとした男を選べばいい。影ながら応援して―――――」
「ねぇ、義之」
「あ? なんだ・・・・よ」
見上げるように、潤んだ目で見詰めた。途端に、さっきまで頑に変えなかったポーカーフェイスに亀裂が走った様に見えた。
視線なんか外さなかったのに目を逸らしテーブルの上を見ている。だから、そっと顔に手を添えてこちらに顔を向けさせる。
何処か最近の義之らしくない焦りと心の動揺が感じられた。さっきまでは鉄壁だった壁が穴だらけに見える。
そのまま顔を固定し―――――軽く口付けをしてやった。反抗は無かった。ずれるように頬にキスをしても何も御咎めが無い。
なるほど、これはいい。皆が義之とキスをしたがるのも分かる。だってこんなに幸せな気持ちになれるんだもの。
「ふふ、どうしたの義之。好きでもない人とキスをする程貴方は軟派な男の人だとは思わなかったけれど?」
「・・・・・お前、なんで・・・・・」
「私って一度覚えた事を忘れない特技があるでしょ? いつだったか・・・エリカって娘が貴方にこういう目をした時、義之は
何も出来なかったわよね? これは使えるなと思って覚えておいたのよ。角度とか、雰囲気の出し方とかね」
「この野郎・・・・ふざけるなよっ! そんな事してまで―――――」
「手に入れたいわね。卑怯だろうがなんだろうと言われても別に構わないわ。だって中々落ちない男の子を落とすんだもの。
これくらいしないと話にならないわ。私の場合途中参加だし余計にね。何か間違ってるかしら?」
「・・・・・いや、別に間違ってはいねぇけど・・・・だからって・・・・」
そう、義之は特に私のやり方に反論は無い筈だ。目的の為ならなんだってやる、その考えは私と義之が共通して持っている思考回路。
義之がどういう人間かはずっと見てきたので知っている。癖も、考えも、言葉遊びの返し方も、どういう女性に弱いかも。ある意味研究に
近いかもしれない。夏休みの自由研究で昆虫を見るみたいな感じだ。最も、そんな簡単な人間ではないのだが・・・・。
なんにせよ義之の弱い部分は知っている。それに付け込んでも何も罪悪感は感じない。だって、付け込まれる方が悪いのだから。
これも義之も同じ考え。だから怒りたくても怒れない。
逃げ道なんてない。逃げさせない。私の取り柄と言えばこの頭の回転の早さ。義之もそう言っていた。
だからそれをフル活用する。義之から見ればさぞうっとおしい事だろう。自分よりも頭が回る人間を相手にしているのだから。
「――――それにしても・・・・なぁ、雪村」
「なぁに、義之?」
「・・・・・・い、いや、なんでもねぇ」
「そう? ふふ――――変な義之ね」
美夏がよく浮かべる無邪気な笑顔を顔に出した。恐らくそれとなく話題をズラそうと思って話し掛けたのだろう。全部お見通しだ。
だから義之が大好きな美夏の笑顔を見せて黙らせる。私だって演劇部の部長をやっている。これぐらいはお手のモノだ。
まぁ、私以外に出来る人間なんて居ないだろう。その本人のパターンを一から十まで再現出来るのなんて私ぐらいしかいない。
「ねぇ義之、よく聞いて。さっき貴方は言ったわよね? 一人の女の子を選ぶって。勿論その選んだ女の子以外は泣く事になるわ、理解
してると思うけど。私なら貴方を好きな女の子を全員最小限に傷付けて離れさせる事が出来るわ。嘘じゃ無い。私にはそれを可能にす
る頭脳も機転の良さもあるわ。だから任せてみなさい、この私に」
「頭に来るぐらいよく回る口だな、雪村。さっきからねちっこく責めやがって・・・・。そんな電気店の安売り文句みたいな言葉に
オレが引っ掛かると思ってんのか? ハッ、ばかじゃねーの」
「そう言いながらも私の言葉に揺れ動いてるわね。目が少し下を向いたわ。貴方が考えてる時って手を顔で覆うか目が下に向くのよ。
自分じゃ中々気付かない癖ね」
「偶々だよ。心理学でそういう項目があるがあれは嘘っぱちだね。目の疲れが出た時にも人間は下を向くし、ふとした拍子に視線を
下げる事だってある。目は寝てる時も常に動いている筋肉だし、そうやって一方の見方で断言する人間は好きじゃないね、オレは」
「今、ちらっと出口の方を見たわね。早くこの状況が終わらないかと考えている。このままいくと雪村に良い様に言われて、どうしよう
もない事になってしまう。普段の義之ならそんな事が分かる様な仕草はしない筈だけれど・・・・一体どうしたのかしらね?」
「今日は早く家に帰って眠りたい気分なんだよ。あまりにもかったるい事が多すぎたんでな。まったく、金は手に入らないわ骨は
折れるわ雪村にこうやって苛められるは・・・・散々だぜ。本当にな」
「合計三回―――私の唇を見たわね。さっきのキス、もしかして意識しちゃってるの? それにさっきから意図的にキスした唇や頬に
触っていないみたいだけど、それじゃ返って意識してるって教えてる様なものよ。気を付けた方がいいかもね、ふふ」
「あーあ、茜の事をマジで恨みたい気分だよ。こんなつまらねぇ大会に勝手にエントリーさせやがって。おまけに白河と茜は喧嘩するし
美夏には笑われるし。踏んだり蹴ったりってこういう事を言うんだろうな。かったりぃ」
「無理矢理違う女の子の名前、それも複数出して私の事を意識の中から外そうとしなくてもいいのに。とても寂しいわ。ねぇ、義之?」
「・・・・くそっ」
やる事なす事が全部裏目に出ている。いつも通りに相手を撒けない。募る苛立ちで更に墓穴を掘ってしまう行動。
次にどうするか必死で考えてる様だが、何をやっても無駄だと思う。もう私を一人の女の子として意識してしまっているのだから。
それを突っ撥ねようとしたって更に意識してしまうだけだ。それが分かってても、無理矢理突っ撥ねようとする義之。
私だってそんな苦しい思いを義之に長続きさせたくない。だから・・・・そろそろ終わりにしよう。
「そんなに私が嫌なら嫌ってハッキリ言ってちょうだい。そうすれば二度と義之には言い寄らないわ。どう?」
茜がいつもするように義之の腕に自分の腕を絡める。やや強めに抱くのがコツだ。無理矢理に振り解こうとすれば相手を跳ね除ける様に
しなければならない腕の強さ。今の義之にはそんな事は出来ないだろう。
更に目を伏せるように見詰める。義之には演技だとバレているだろうが、それでも彼はそれに抗う事は出来やしない。エリカという娘が
見つけた義之の弱点。十分利用させてもらう。
口を開き掛けては、閉じる動作を義之は数回繰り返した。嫌とは言えないだろう。義之が言えないと分かってて言った。そして嫌と言え
ないという事は悪く思っていないという事になる。
キスを三回もして、腕に組みつかれても悪く思って無いという事。それの意味するところは――――まぁそういう事だ。
無理矢理な方法だったがひとまず私という存在を意識させた事は大きい。私は掴んでいた腕を少し緩めて一つ息を吐いた。
今日のところはこの辺にしておくか。あまり追い詰めても仕方が無い。やりすぎると返って本当に嫌われてしまうだろうから。
「義之の今の気持ち、確かに受け取ったわ。苛める様な事をしてごめんなさいね。でも、こうでもしないと義之は私の事を女の子
として見てくれないだろうし。仕方の無い事だと思ってるわ。酷い女でしょ?」
「・・・・オレの考えなんざ分かってる癖に。別に、そういう女は嫌いじゃないよ。何がなんでも相手を射止めるって気概は結構
好きだしな。まぁ、ちょっと腹は立つけどよ」
「ちょっと、ね。正直な事を言うと――――殴られるかもしれないって覚悟してたわ。私のやってる事は狡猾だし相手に不信感を
抱かせる行為そのものだもの。殴られ無くてよかったと、心底ホッとしてるわ」
「それだけの覚悟を持ってるなんて知らなかったな。全然表情を変えないわ吐き出す言葉の裏は読めないわ、正直やり辛かったぜ」
「そう。貴方にそう言われるとなんだか誇らしい気分ね。最近の義之は随分口も頭も回る様になったから、言い負かされないか少し
心配だったのよ。これでも」
「よく言うよ。負ける気してない癖に」
「当り前じゃ無い。義之の事を絶対手に入れようと思ったのならそんな弱気じゃ話にならないわ。本気で好きなんだもの」
「・・・・はは、そうか。しかし、アレだな。更に悩みのタネが増えて随分かったるくなるよ。面倒事増やしやがって、まったく」
「男名利に尽きていいじゃない。まぁ、明日から精々私の魅力を堪能して悶絶する事になるから今日はゆっくり休みなさい。疲れたでしょ」
「どの口が言うんだか・・・・おら、酒がグラスに無いぞ。注げよ、『杏』」
「―――――はいはい、分かったわよ。さっきのお返しに注いであげるわ。感謝しなさい」
「絶対にしねぇよ、アホ」
思わず笑みがこぼれてしまう。疎まれる可能性があった。心底嫌われる可能性もあった。だが、今回は私の作戦勝ちみたいだ。
グラスにお酒を注ぎ終わり、それを飲み干す義之の横顔を見る。一縄筋ではいかない男だ。それに周りの女性陣も一癖二癖もあるような人達ばかり。
確かにこれは苦労するかもしれない。次からは今回みたいに上手くいかないだろう。だからこの掴んでいる腕は離さない様にしておく必要がある。
そう、絶対に離したりしない。この男の事だ。きっと離したりしたらきっとロクでもない事を――――――――
「コラァァアアア―ッ! 皆その場で動くのを止めなさいっ! 生徒会よっ!」
「この部屋は完全に包囲されています! だから大人しく、縄につきなさいっ!」
「なっ――――――」
ドタドタと宴会部屋に乱入してくる生徒会の面々。いきなりの事で私は茫然としてしまう。皆も同じようで何が起きたのか理解出来ていないみたいだ。
どこからか情報が漏れたのか・・・・とにかくなんとか逃げないと、そう思い立とうとするが上手く立てない。思っていた以上に酔いが回っていた
みたいだ。義之を口説くのに集中していた所為で自身の体の状態を把握していなかった自分自身に腹が立った。
私とした事がなんて迂闊。とりあえず脇にいる義之を見ようとして――――――固まる様に動きを止めてしまった。
「・・・・・・やってくれるわね、義之。ふふっ・・・・・」
彼の姿は何処にも無かった。あまつさえ私の腕と、デーブルの足の間にタオルをきつく巻き付けている始末。これじゃすぐに逃げられない。
おまけに私は酔っている状態だ。もう逃げる事は絶望的な状況。私は諦める様にテーブルに顔を落とす。逃げる気なんてすぐに失せてしまった。
甘く見ていた。あの男は絶対に仕返しをする男だ。追い込む様な真似をした私をタダで帰す訳が無い。そういう所はキチっとした人間だ。
今思えば、さっきチラっと出口を見たのも伏線だったのか。てっきり心が揺れ動いたから見ただけだと勝手に勘違いしてしまった。悔しい。
「次会ったらお返しをしてあげるわ。ねぇ、義之・・・・ふふっ」
「ひっ・・・・」
私の腕を掴む役員が私の顔を見て悲鳴を上げる。失礼な、この可愛らしい顔を見て悲鳴を上げるなんて。美的センスがないのだろうか。
桜内義之――――確かに彼を捕まえ続けるのは至難かもしれない。これからも、こうやってしてやられる事もあるだろう。それは間違いない。
だが、負けない。私の頭脳をフル活用しても絶対に捕まえてみせる。ここまで人を好きになった事なんて無い。だから引っ捕まえて縛り付けてやる。
そう固く決心する私。とりあえず―――――小恋ちゃん、そろそろ起きないとまずいわよ。さっきからまゆき先輩がコメカミをヒクヒクさせてるわ。
なんとかキツく縛り付けられたタオルを解きながらため息を吐く。しょうがない、起こしてやるとするか。皆がしょっぴかれていく様子を端目に
私は小恋の肩を少し強めに叩いた。
終劇
ある路上にて。
「おー、人形売りかー。これまた珍しいな」
「お目が高いですね、お兄さん。この人形達は私が精魂込めて作った傑作品なんですよ。どうです、一つ買っていきませんか?」
「すごいな。全部手作りと思えない精巧さだ。この人形なんか腕が取れる仕組みになってるし」
「そうなんですよ。その人形は――――って、ああーーーーーーーーーっ! 何やってるんですかっ! 壊れちゃいましたよその人形っ!?」
「うわっ、気持ち悪っ! もしかしてここはオカルトショップか何かかよ。まずい所に来ちまったな・・・・」
「なんでそんなしまったみたいな顔をするんですかっ! ここは普通のお店です! 貴方がそういうお店にしようしてるんじゃないですか!」
「うるせ」
「あいたっ! な、なんでデコピンするんですかっ!? 一応私は貴方より年上なんですよ、敬意が足りません、敬意がっ!」
「いや、なんとなくだよ。つーかアンタが年上って柄かよ。そんな魔法使いみたいな格好して。背も小さいし、オレより年下に見えるね。ぷぷっ」
「――――ッ! う、うーうー!」
「いてっ! こら、叩くなよてめぇ! この野郎、やるってなら相手してやるよ! このっ、このっ」
「いたっ! ま、またデコピンしましたね! それも二回も! このっ!」
「うるせぇ、このハゲがっ! このっ」
「このっ! このぉーーーーー!」