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幸せってなんだと思う、ですか? さてね。現実的な事を言えば金じゃないですか。金が無ければ好き物喰えないどころか生活が出来やしない。
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オレは息子でさくらさんは母親役の保護者だ。さくらさんにはオレを養う義務と責任があるんですよ。嫌だったらまた桜の木の前に捨ててきて貰って結構。
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おい、はりまお。てめぇ何欠伸してんだこの野郎。ちょっとこっち来い。お前は少しさくらさんに甘やかれ過ぎだっつーの。
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この間の話? ああ、さくらさんの資料にエロ本混ぜた事ですか。いやね。オレは一人身のさくらさんが寂しくない様に良かれと思いまして――――。
頭を引っ叩いて少し教育をする。この子は私をなんだと思ってるんだ。本当に私と『あの人』の可能性とは思えないくらい外道だ。
そして少し話をする。まぁ、なんだかんだ言ってこの子と話すのは楽しい。思春期になっても親を遠ざけたりしなかったのは少しだけ嬉しかった。
そもそも義之くんに思春期があるかどうか自体怪しいが・・・・。昨日も飲んでたみたいだし。桜の木の前で拾った時は本当に可愛かったのになぁ。
幸せの定義を聞いたのはホンの興味本位。ただ漠然に気になって聞いただけだ。さて、この人嫌いの男の子の幸せはいつ訪れるのかな?
「ああ、幸せの話なんだけどさ。私はもう見つけたよ。義之くんはいつ見つけられるかな?」
「・・・・ん、ああ・・・オレの幸せ、ね。もう決まってますよそんなもんは。多分これから先、性格が変わる事があっても―――それだけは変わりません」
「ん? 何かなそれって」
「別に教えてもいいんですが―――――んん、そうですね」
眠そうに瞼を擦りながら勿体ぶった言い方をする。もう半分寝ている状態だ。というかその歳で朝帰りするとはどういう事だ。
それにしても気になる。この捻くれのドラ息子がどういう定義を持ち合わせているか興味が湧く。気にならない方がどうかしている。
ま、大体分かってるんだけどねぇ。伊達に長い間一つ屋根の下で暮らしてはいない。かれこれ十数年か。
「―――――――――――――」
その答えを聞いてやっぱり、と思う。これから先・・・きっと猛烈に苦労するだろうその台詞を吐いた息子。
何十年も生きてきた私が言うんだ。絶対に苦労する。20を越えた歳の辺りで物凄く苦労する。その台詞を実行するのは。
だから・・・・・・。
「じゃあ約束をしよう。もし本当に、どうしようもなく全く手に負えない事があったら・・・私に助けて貰う事。分かった?」
「・・・・んぐ」
「って、寝てるし」
ガヤガヤと喧騒にまみれている記憶と少し違う学校の廊下。何かのパーティの準備なのか。慌ただしく脇を生徒達が走り過ぎ去っていく。
少し周囲を確認するように視線を走らせると、立て看板が置かれていた。それでやっとこの騒ぎの正体が分かった。
「風見学園創立七年・・・・クリスマスパーテイ・・・」
「え、何が?」
「そこの立て看板に書かれた文字の事よ。そう書かれているわ」
「創立七年って・・・・。確かウチの学校って建てられて――――」
「六一年経ってるわ。それにさっきから気になってるけど、何だか建物がとても新しく感じられる。ソコなんかは地震でヒビが入ってた筈よ」
小恋の言葉に即座に返答した。周囲の面々も何かおかしいのに気付いているのか視線をあちこちに送っている。
扉を潜った先には学校があった。通い慣れた風見学園。私達の母校で在学中の学び舎。だが―――全く異質な雰囲気を放っていた。
さっきから廊下を過ぎ去っていく生徒達の顔に見覚えは無いし、それに―――建物自体は同じなのだが細かい所では『全く』違うと言ってもいい。
「え、そうなの雪村さん? 私からみれば別に・・・って感じなんだけど。確かに何かおかしい気はするけど」
「まず備品の位置が大体は私の知っている場所から移動してるわ。それにさっきから見る人の顔に全く見覚えは無い。おまけに言えば制服の外見も
一昔前のデザイン」
「・・・・それってどういう――――」
「ねぇ、そこの人」
「ん? なんだ」
「ちょ、ちょっと雪村さんっ」
委員長の焦る様な制止の声。やはり心の何処かでこの状況に怖気づいていた部分があったのだろう。ココは何かがおかしい、と。
私達の大半はそういう気持ちに駆られている様に思える。物怖じしていないのは茜に・・・・会長の音姫先輩ぐらいか。さすがというかなんというか。
私が声を掛けた生徒の顔―――やはり見覚えが無い顔だ。全生徒の顔は頭が覚えている。雪村流暗記術。私の特技といってもいいものだ。
「今日って何日だったかしら?」
「は? おいおい。今日は12月22日だろう」
「ああ、そうじゃなくてね」
「・・・?」
「西暦を聞いてるのよ。よくあるでしょ、何かの書類を記入する時とかバイトの履歴書を書く時にド忘れする時って」
「・・・ああ」
その言葉に納得がいったのか、持っていた荷物を持ち直して改めて話をする体制を取り繕った。後ろで緊張するように彼女らが身を強張らせるが伝わってきた。
そんな様子の彼女達をちらっと見て怪訝な顔付きをする男子生徒。あちからかみれば、私達の顔こそが見覚えない無いに違いない。顔がそう言っていた。
まぁ、目立つ様な女性ばかりだしね。余計にそんな気持ちになるのは分からなくも無い。最も―――私も負けずと劣らずの可愛さだと自覚している。
場違いな事を考えている私を余所に、その男の子が年号を言う。
後ろでどよめく様に驚きの声をあげる彼女達。
私も半信半疑だっただけに、思わず少し驚きの声を漏らしてしまった。
ああ―――こんな時に杉並がいればと思う。こういう時こそが彼が一番輝ける舞台だというのに。
その男子生徒にお礼の言葉を述べると、彼はまた忙しそうに喧騒の中に飛び込んで行った。
そしてポツリと言葉を漏らした。誰に言うでもなく、ただの独り言。まるで愚痴みたいな言い方で。
「『過去の世界』・・・・ね。SFは専門外なのよ。全く」
「ざっと私が考えたところ、ここは54年前の世界ね」
「・・・・雪村さん。気は確か?」
「私の気がおかしい事でこの状況に納得出来るのなら、別にいいわよ」
「・・・・・・」
杏の言葉に閉口する委員長。しかしそうも言いたくなるのは確か。まるで漫画や小説に出てくるような設定だもんねぇー。驚くのも仕方が無いか。
私はどちらかというと物事を結構楽観的に見る節がある。それに付け加えて私の中に居る死んだはずの妹の藍という存在。そういう不思議な事を体験
している所為かこの状況にも怖さというより、なんだかワクワクした気分になる。
小恋ちゃんなんかは少し不気味がっているのか、表情が強張っているのが見て取れた。そんなに怖がらなくてもいいのにね。
「創立七年という看板にチラシ。見た事が無い生徒。配置が全く違う細かい備品。まぁ、大掛かりなドッキリならそれはそれでいいけれど」
「それにしても54年前の世界かぁ。なんか武士とか殿様とかいそうなイメージなんだけど、まったくもって現代風なんだねぇ~。ちょびっと意外」
「そういうのが見たければ200年前まで行かなければ駄目よ。残念だったわね、茜」
「うーん。ま、ね」
「ちょ、ちょっと雪村先輩っ? 過去ってどういう――――」
早速エリカちゃんが突っかかっていくのを端目に窓の外を見てみる。校庭もクリスマスパーティ・・・クリパの準備に追われているのが見て取れた。
ぼぉーっと見ていると目の前をひらひらと落ちていく一枚の花弁。桜の花弁。54年前の世界でも枯れない桜の木は健在らしい。見渡す限り咲き誇っている。
そんな私に並ぶように美夏ちゃんも隣に来る。表情は別段取り乱していないようだった。何かを観察するでもなしに二人で校庭をしばらく見る。
「過去の世界か。頭がパンクしそうになったよ」
ふと、そんな言葉を美夏ちゃんが呟く。パンクという言葉を聞いて、そういえば美夏ちゃんはロボットだったなと思い出した。
あまりにも普段から子供らしく、女の子らしい行動を取っていたからついその事を忘れてしまっていた。
だって好きな人の為に料理を作ろうとするんだもの。そんな子をロボットという目でどうして見られようか。
「んー?」
「美夏のデータベースにアクセスしてみた。過去の世界についてな。そしたら出るわ出るわの情報量。相対性理論から果ては妄想に過ぎない仮説
まで一気に頭中を駆け巡った。花咲に分かやすく言えば、そうだな。眠いところを何十回と起こされた気分だ」
「うっわぁ~。最悪な気分ねぇー。もしかして美夏ちゃん、ご機嫌斜め45度?」
「一瞬だけそういう気分になったがもう大丈夫だ。しかし、まさか美夏がこんな体験をするとはな。他に行きたい科学者や、やり直したい事があっ
て過去に行きたがるヤツは大勢いるのによりによって美夏達が・・・・とは」
「・・・・やり直したい事」
藍。私が小さい時に死んでしまった妹。死因は水難事故だった。今でも鮮明に思い出せるあの時の感情、泣いていた両親、泣く事さえ出来なかった自分。
小さい頃の私はどちらかというと、大人しい性格をしており反対に藍は活発な子だった。姉の私が妹に引っ張られる姿によく母親は笑っていたそうだ。
しかし藍は死んでしまった。そんな光景はニ度と見られない。今ではなんとかみんな気持ちの整理がついたのか、穏やかに過ごせてはいるが・・・・。
藍が何をしたというんだ。いい子だったじゃないか。いつも元気に走り回って何事にも楽しそうに興味を示した彼女が、何故。
神様が居るというのなら全てを否定してやりたい。藍はしょうがない事故だったというが、なにがしょうがないのか。何に納得しろというのか。
54年前の世界。そこに私達は今、いる。そんな大昔に行けるんだ。ちょっと10年前の世界にだってもしかしたら――――。
「色々な仮説があるらしい」
「え―――――」
隣を見る。視線は校庭などではなく私の顔を見ていた。もしかしたらさっきまで暗い感情に支配されていた私の顔を、ずっと見られていたのかもしれない。
途端に反射的にぎこちない笑顔を浮かべてしまう。見られたくない私の感情だった。誰だって自分の暗い所は見られたくない。普段が明るい私なら尚更。
そんな私を美夏ちゃんはどう思うだろう。情けなく思うだろうか。そんな事を思っている間に美夏ちゃんの話は続いた。
「もし過去をやり直したら美夏達は居なくなる可能性。もし些細な事でも変えたり起こしたりしたらバタフライ効果のように予測出来ない事態が引き起こさ
れるかもしれない。水に波紋が起きたかのようにな」
「へぇー」
「もしくはパラレルワールドのように枝分かれした別な世界が生まれるかもしれない。だから現代に帰っても何も変わっていない、なんていう可能性もある
らしいな。だからそれはやり直しに含むかどうか、さてさて」
「・・・・・・」
「もしくはどうあってもやり直せない可能性。もしやり直したら矛盾が発生する。その矛盾というのは世界という概念が最も嫌いなモノだ。だからどうあっ
てもその行為が阻害され、目的を達成出来なという仮説もある」
「似たようなのだと親殺しのパラドックスね」
「・・・・杏ちゃん」
いつから私達の話を聞いていたのか、杏ちゃんが後ろに立っていた。いや、杏ちゃんだけではない。後ろの小恋ちゃん達まで私達の後ろに立っていた。
随分と私は美夏ちゃんとの話に熱中していたのかと少し驚いてしまった。思った以上に話にのめり込んでいたらしい。私らしくないミスといえばミスだ。
いつだって周りの空気には敏感でいる私。やはり妹の話になると少しばかり調子が違うみたいだった。
「もし過去に戻って自分の祖父を祖母と結婚する前に殺してしまうとどうなるか。そういう仮定の話があるのよ」
「なんだか物騒な話ねぇ~・・・・。それで?」
「祖父を殺してしまうと父親、母親のいずれかが生まれて来ない。結果、殺した本人は生まれて来ない事になり消える可能性がある」
「あー・・・・そうなるわよね。確かに」
「けれどね、茜」
「うん?」
「そうすると存在しない者が時間を遡るなんて出来ないんだから、祖父は死なずに祖母と出会う。そしてやはり孫は生まれて祖父を殺そうと時間を遡る」
「・・・・・・んん?」
「となると祖父を殺した孫はやはり存在した事になる。けどさっき言った通り祖父を殺すと自分は生まれない。じゃあ、何が矛盾しているのか」
「―――――頭がズキ―ンとしてきたかも・・・」
いや、本当に痛くなってきた。私も藍も頭の方はそんなに強くないので、そういう謎掛けみたいな事をされると思わずのた打ち回ってしまいそうだ。
周りの皆も一様に頭を痛そうにしている。あの音姫先輩でさえ眉を寄せてしまっているのだから。杏ちゃんぐらいよ、平気な顔をしてるの。
そんな私達を面白くて仕方無い様に唇の端を歪めている。本当に小悪魔っ娘だ。心なしか黒いしっぽが生えている様だ・・・・うぅ。
「ま、決まった答えなんてないんだからそんなに堂々周りするんでしょうね。実際体験した人も居ないんだし。考えても仕方が無いわ」
「うぅ・・・・頭痛薬欲しいよぉ~」
「さっき美夏が言った通りそもそも行為が阻害されて殺せないかもしれないし。所詮、暇な作家達があれこれ考えた妄想よ。案外なんでもないかもしれないわ」
「だ、だったらそんな難しい事言わないでよ、杏っ」
「たまには頭を痛めるのも良い運動よ、小恋。それより探索してみましょうよ、探索」
「た、探索?」
「こんな経験なんて滅多に無いわ。だったら探索してみたいというのが素直な気持ち。みんな、どうかしら?」
どこかウキウキした様子でそう言ってみんなを試すかのように視線を配った。杏ちゃんは頭が良い以上に好奇心旺盛な女の子だ。
だから生徒会に目を付けられるほど悪戯もする。伊達にあの杉並くんと並ばされる程までにブラックリスト入れされていない。物怖じしていなかった。
まぁ、私も漏れなく好奇心旺盛な女の子だ。そう提案されては否定出来る筈もない。だからいの一番に手を上げて立候補した。当り前じゃない。
「はいは~い! 私と小恋ちゃんはそれに賛成でーすっ!」
「わ、私もっ!?」
「ちょ、そ、そんな歩き回っちゃっていいのっ、雪村さん? 万が一何かあったらどうするのよ」
「別に個人行動じゃなくてあくまでグループ分けして行動するから平気よ委員長。そして集合場所は扉があるここにする。他に何か質問は?」
「・・・・・何分後に集合するのかしら、雪村さん」
意外な声―――他の人はどうだか知らないが私はそう思った。杏ちゃんと対するかのように前に出た音姫先輩。そういえばさっきから黙っていた
様な気がする。こういう時は率先してまとめにかかると思っていた私にとっては、その黙っていたと思われるまでに静かだったのも意外だ。
そしてまさか賛成ともいえる言葉を吐くとは―――。由夢ちゃんも驚いた様な顔をして姉を見ている。杏ちゃんもぽかんとしていた。すぐさま私達を
出た扉から帰して、後は自分達で調査すると言ってもおかしくない性格の持ち主の生徒会長。
顔付きは真剣味を帯びている。決して私達みたいに愉快さ気分で探索するような感じでは無い。だというのにいち早く歩きまわりたいと言わんばかりの
口調と気勢。杏ちゃんはやや怪訝な顔をしながら答えを返した。
「・・・そうね。50分後でいいんじゃないかしら? 50分経って一回ここに戻って来て念のため私達の世界に帰る。どうかしら?」
「いいと思うよ。じゃあ、早速行こうか」
「あ、ま、待ってよ姉さんっ!」
「グループで行動しようと言ったのに・・・・」
集合時間を聞いてすぐさま踵を返した音姫先輩。呆れる様に杏ちゃんはため息を吐いた。これもまた意外な行動。集団行動から自ら離れるなんて。
いや―――何かを確認したくて焦っている様に思える。その『何か』は分からないが、足取りは決まっている様に躊躇が無かった。
いくら過去の世界とはいえ見知らぬ土地と言っても過言ではないというのに・・・・。
「なんだかこっちにきてから音姫先輩の様子、おかしいわねぇ」
「普通なら率先して前を歩きそうなものだけれど・・・まぁ、いいわ。さっそくメンバー分けしましょう。その後、散策がてら義之の姿を見つける事」
「ほえ? 義之くんこっちに来てるの?」
「分からないわ。ただ学園長室に呼ばれた義之がこっちの世界に来ていないというのは少し不自然じゃないかしら。彼なら開けるでしょ、こんな不思議な扉」
そう言って私達が出てきた扉に視線を送る。確かにそうかもしれない。あの部屋に一番行っているのは義之くんだ。そんな彼が見た事も無い扉が急に
現れれば驚き不思議な思いになり、開けるのは確実だ。
彼もまた私達以上に好奇心旺盛な男の子。一人でこちらを探索していてもおかしくはない。怖さなんて感じる性格ではないし、きっとこちら側にもう来ている
可能性は高い様に思えた。
そういえば放送が流れる前にちらっと教室から抜け出す所を見たけど・・・あれは何処に向かってたんだろう。鞄は置いてあるからサボって家に帰ったって
訳でもないだろうし。まったく。相変わらずフラフラしている男の子だ。
「じゃあメンバー分けするわね。組み合わせは―――――」
校門を出て周りを見渡す。目に見える風景の殆どは私の記憶と同じだ。しかし、やはり細かい所では違うので常に違和感が付き纏っている。
ある筈の物が無く、無い物がある状態。右に見える道なんかは私の世界より大幅に狭いのなんて特に分かりやすい。そこには狭そうに歩く猫が歩いていた。
過去の世界なんてまさか、ね。そう思うが否定し切れない。扉があった部屋の持ち主――――さくらさんは魔法使いだ。それも追随を寄せ付けない程までの
圧倒的な力を持った私の師匠とも言える存在。
そんなさくらさんなら、こういった現象を起こせると思う。さくらさんの所為だとまだ決まった訳ではないが私の中ではもう既にさくらさんが関わっている
と確信的に近い思いがある。思えばあの扉を潜る前に微かに魔法が使われた余韻みたいなのがあった。
「どこにいるんだろう。さくらさんは」
とにかくさくらさんの姿を見つける事。もしここに居ないというのなら、それはそれで構わない。帰ってから聞けばいいだけなのだから。
しかし、居ないという可能性は少ないと考える。例の放送は間違いなくさくらさんの声。生憎来たのは弟くんじゃなくて私達だが呼び出したという事は
こちら側に来ていると考えた方が妥当だろう。
一緒に来た子達は少し楽観的に考えている様だが、魔法が関わっていると知っている私にとってはとてもそんな気分にはなれやしない。それにあの切羽詰ま
ったような弱々しい声。
それを思い出し、ふと考える。あれはもしかして呼び出したんじゃなく、予想外の事が起きて巻き込まれて――――――――。
「なぁ~」
「うん? ああ、さっきの猫ちゃ―――――」
そう言いかけて、思わず口を窄めてしまう。猫・・・・なのだろうか、この子。なんだか妙に体が小さいし目は何処を見ているのか分からない。
体系的に言えばはりまおに近い体系をしている。しかしあれはまだ犬か猫かかろうじて判別がつく。この子はその判断さえつかない。いや、可愛いんだけれどね?
たらーっと汗を流しながらぎこちない笑顔を浮かべる自分。今の鳴き声、私に鳴いてきたのだからとりあえず返事をしないと。
「こ、こんにちわ子猫ちゃん。もしかして子犬ちゃんかな? あ、あはは」
「うにゃ?」
「・・・一応首輪は着いているから飼われてるのね。それにしても初めて見る種類のペット・・・・私の世界でこんな生き物なんていないし・・・」
「にゃ」
「え、あ、ちょ――――」
私をじーっと見ていたかと思うと、たっと駈け出して向こうの道に行ってしまう。もしかしたら怖がらせたのかもしれない。うぅ、悪い事したなぁ。
しかしその猫は角を曲がる直前、立ち止まりこちらを振り返って来た。そしてまたじーっと見られる。警戒されているのかと思ったが、そんな感じはしない。
これってもしかして――――誘われている? 止まっていた足を歩めるとその猫もまたゆっくり歩き出して行く。等間隔の距離。だがそれを空けようとしない。
「・・・元々こっちには何の情報も無いしね。とりあえず着いて行こうかな」
さくらさんを追うにも手掛かりなんて無い状態。本当にさくらさんがこの件に関わっているかさえ分からない現状。頼れるものは何でも頼ってしまう事に
しようと考え、段々歩く速度を上げていく。
ちらっと携帯を出して見てみる。圏外の表示マーク。過去の世界で携帯なんて使えるとは思っていなかったが、これじゃ私が何処にいるかを由夢ちゃんなり
誰になり連絡する事が出来ない。
待ち合わせ時間は50分後だったか。学校を出てもう10分くらい経っている気はするから、あと40分経ってさくらさんが見つけられないなら一度戻る
事にしてみよう。遭難したなんて騒がれて迷惑を掛ける訳にもいかないしね。
携帯をポケットに仕舞い前に向き直る。相変わらずあの猫は私を先導するかのように時々後ろを振り返っている。知能は高い様だ。周りの景色を覚えながら
その猫の後を追っていく。
通る道は全部見覚えのある道だった。いつもの通学路を渡り、歩道を越え、並木道を歩く。通い慣れた道が次々に視界を過ぎ去っていく。
そして車両通行止めの看板が立てられている脇を通り、着いたのは――――公園だった。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・ここって・・・・」
思った以上に息を切らせてしまい、その猫が止まると同時に膝に手をついた。汗を拭きながら改めて辿り着いた場所を見渡す。
ここは馴染みの深い朝倉家に近い公園だった。私の知る公園よりもやや小規模だけれど間違いなくあの公園―――枯れない桜の大本の木がある公園だ。
乱れた髪を整えながら猫を見ると、視線はその大本の木に方に向いている。この頃通い慣れた小さな獣道も存在しておりその木の元に行くのは可能と思えた。
「・・・・・・よし」
魔法が関係しているであろうこの騒ぎ。あの枯れない桜の木が無関係ということもあるまい。この時代に来てから観察していて分かったが、この時代にも
枯れない桜の木は存在していた。髪についている桜の花弁を落としながら乱れた呼吸を落ちつける。
冬真っ只中の12月だというのに満開に咲き誇っている桜の花。もしさくらさんが居るというのならここに居る可能性は大だ。つい先月も私とさくらさんは
この場所に来て桜の木の制御を行っていた。
馴染みの深い場所。行ってみる価値はある。猫の姿はもう見えない。きっとあの猫はさくらさんと縁の深い動物かもしれないな。だから私をここまで案内して
くれたと思っている。お礼を言い損ねたが、また今度会う機会があったら煮干しでもあげてみよう。
「お姉ちゃーんっ!!」
「え?」
「はぁ・・・はぁ・・・。もう、一人で何処かに行くのは危ないから駄目だって話しだったじゃないですかっ。急いで追い掛けて来たから間に合ったものを」
「あ、あはは・・・。ごめんね、由夢ちゃん。ちょっと確認したい事があって・・・・」
「―――――はぁ」
呆れた顔付きでため息をつく。確かに不用心でみんなに迷惑を掛けてしまった。こんな状況だというのに身勝手に単独行動を取った自分。帰ったら責められる
のは確実だ。生徒会長なのに下級生の子達に怒られる私を想像すると、情けなく思える。
一言でも声を掛ければまた違ったかもしれないが・・・・もう後の祭りだ。平身低頭に謝らなくてはいけないだろう。許してくれるかなぁ。特に雪村さんとか
笑顔でコメカミぴくぴくしてそうで怖いかもしれない。
「それで、どこに行こうとしてたんですか?」
「ちょっとそこの奥の枯れない桜の木の前まで、ね」
「奥の桜の木?」
「うん。だからちょっとそこで待っててくれないかな、由夢ちゃ――――」
そう言い聞かせて上げかけた足を・・・戻した。視線は変わらず奥の枯れない桜の木の方向に向いている。そこに向かう為には足をその方向に伸ばさなくては
いけない。分かっている。それは理解している。
なのに足は言う事を・・・聞いてくれない。当り前だ――――別に行きたくもないんだから。さっきまでの焦燥感が急に冷めてくる。なんで私は、そんなに必死
になっていたのだろうか。こんなに汗臭くなってまで走る意味はあったのか。
なんか、バカみたい。ため息をついて改めて由夢ちゃんと向き直る。きょとんとした顔をしていた。当り前か、みんなに迷惑を掛けてまでここまで走ってきたの
に急に足を止めたのだから。
あーあ、本当に何やってるんだろ私。みんなが羨む生徒会長が聞いて呆れる。さて、元の場所に戻ろうかな。
「帰ろうか。由夢ちゃん」
「・・・・・・は?」
「ほら、行こう。こんな所にいたって何も面白い物なんてないんだから」
「ちょ、ちょっと。奥の枯れない桜の木まで行くんじゃ―――――」
「んー。何か面倒になっちゃったのよ。わざわざあんな獣道通って服とか汚したくないし」
「え? え??」
「だから、帰ろう? 由夢ちゃん」
「う・・・・うん・・・」
強く言い聞かせるように瞳を覗くと、驚いた顔をしながら頷いてくれる由夢ちゃん。相変わらず素直な子で大変よろしいかな。いつまでもそういう由夢ちゃんで
あってほしいと思うのは、少し私の我儘なのかもしれない。
しかし、なんで私は走ってたんだろうなぁ。別にそこにさくらさんが居るって確実な事じゃないし、無駄足になる可能性もあるのに。急な状況に相当テンパって
いたのかもしれない。はたまた最近の忙しさで疲れていたとか、十分な理由はある。
そうして私達はその場所を後にした。心の片隅に、違和感を感じない違和感を抱えながら―――――。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・んんっ」
喉を鳴らし取り繕う様に眼鏡の位置を直す。別にズレてはいなかったが癖みたいなモノだ。多分もう直り様が無いし、直す必要性もないだろう。
ちらっと視線を脇に送ると、白河さんの仏頂面、花咲さんの澄まし顔。その光景にため息をつきたくなるが、つけるような空気ではなかった。
花咲茜、白河ななか、そしてわたし、沢井麻耶。探索チームはこの三人と残りの四人で別れる事となったのだが、今すぐにメンバーチェンジして欲しい・・・。
(空気、重ッ! なんでこの仲の悪い恋敵二人を一緒に組ませるのよ雪村さんっ! そしてその中に私を入れないでよっ!)
恐らく緩和剤として私を入れたのだろうが、ハッキリ言って何も緩和できない。もし板挟みとなって緩和しようとするならペッシャンコになってしまうのは
確実な事・・・・。自殺行為と同意だ。
二人から視線を外し、改めて歩いている商店街を見回してみる。50数年前と言っても別に変わり様はなかった。確かに細かい部分は違ってはいるが精々
本屋さんやスーパーなどが大きくなっているか小さくなっているかの差しかない。
元々初音島は時の流れが遅い島だ。時代に取り残されているとも言えるが、私はそんな島が結構気に入っている。だからこの街並みを見ているとどこか
ホッとするような気分になれた。
「狭い道だね」
「え?」
「今歩いている場所の話だよ、委員長さん。私達の世界じゃもっと道幅が広かった様な気がするもん」
『もん』の辺りで花咲さんの片眉がぴくっと動いたような気がする。前に花咲さんの嫌いな人間像を聞いた事があるが、それは語尾に『もん』をつける
ぶりっ子タイプだという。
花咲さんもそういったタイプに見られがちだが、付き合ってみるとお姉さんタイプだというのがよく分かる。案外に面倒見がいいのだ、彼女は。人嫌い
の天枷さんが一番に仲良く慣れた女性が花咲さんだというのも頷ける。
「情緒がないのね。白河さんは」
「・・・どういう意味かな?」
「もっと周りを見なさいって事よ。空気も美味しいし、空もなんだか蒼く済み渡っている気がするわ。なんだか懐かしい気分に浸れるし」
「・・・・・」
「郷愁。それに似た気分に浸れてなんだか気持ちいいわぁ~。あそこにある焼きイモ屋なんて今じゃ滅多に――――」
「ババ臭いね。花咲さんは」
「・・・・・・」
「んんっ! んっ」
また大きく喉を動かして場を取り繕う。さっきより重くなった雰囲気にまた眼鏡がズリ落ちて気がした。眼鏡拭きでテンプル部分を拭き、掛け直す。
花咲さんは変わらず笑顔を保っているが、目が笑っていない。指の関節なんかポキポキ鳴らしているし。スタイルがいいからまた様になるのが怖い。
白河さんは反対的に敵意を剥き出しにしている感じだ。顔は笑っていないし手をぎゅっと握りしめている。まったくこの二人は本当に・・・・。
「イヤねぇ。これでもまだ白河さんと同い年の女の子よ。そりゃ、白河さんみたいにすこーしだけ頭の足りない脳天気な女の子から見ればそう
見えるかもしれないけどねぇ~」
「・・・・なんでそんなにケンカ腰なのかな、花咲さんは」
「そっちが最初に売ってきたから買ったまでよぉ? 私はケンカとか争い事は嫌いだから売るなんて真似はしないけど――――売られたら買うまでには
腰抜けじゃないわ」
「最初に売って来たのは花咲さんの方からでしょ。私はただ単に道が狭いねって言っただけじゃない」
「私はそれに対して感想を漏らしただけよ。ああ、なんでこんな素晴らしくて懐かしい気分になれる風景を分かってくれないんだろう・・・ってね」
「よくそんな事がヌケヌケと言えるね。私の事、嫌いな癖に」
「―――――それはお互いさまに、と言えばいいのかしら」
仰々しく手を広げて頭を垂れる花咲さん。まったくもって譲り合わない二人に頭の奥が痛くなってしまう。桜内は毎日こんな思いをしているのか・・・・。
とは言っても、元々はあの男がどの女性も選んでいないからこうなってしまうから同情は出来ない。誰かに手を出してればいいものを、誰にも手を出していない
のだから皆お互いに牽制しまくっているのが現状だった。
彼の性格ならばスッパリ自分の彼女を選ぶと最初は思っていたのだが――――気が付けば誰とも付き合わずに、女性を囲っている環境になってしまっている。
何がしたいのか。もしかしてハーレムを作って酒池肉林を楽しみたいのか。いや、だったら誰か一人にでも手を出している筈。全く訳が分からない。
「・・・・意外と恋愛に関して優柔不断なのよね、桜内って」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「ん? なんだか静かに―――――ひっ」
急にさっきまでの喧騒が静かになったのを怪訝に思い、脇を見て―――情けない悲鳴を上げてしまった。白河さんと花咲さんが二人して私の事をジ―ッと
見ていた。思わず飛び跳ねるのを我慢出来たのは奇跡に近いと思う。
え、なに? なんなのよ。ずっと空気に徹していたというのに、今更私の事なんて気にかけなくていいのに・・・・っ!
「そういえば委員長さんて、最近義之くんと喋るよね」
「この間だってよっしぃと図書室に行ったりしてたし~。ねぇ、何してたのかなぁ?」
「な、何してたって・・・・」
「私と天枷さんが着いて行くって言ったら義之くん、『邪魔だから来るな』って言うんだもの。酷い話よねぇ」
「え、そんな事言われんだ?」
「そうそう。委員長はOKなのに私達はNGって、ねぇ?」
いや、だって花咲さんと天枷さんて結構おしゃべり好きだから図書室に来たら迷惑になるし。なんて事は言えず、思わずあたふたとしてしまう。
二人はさっきまでのケンカが嘘のように「えーやだぁ、何してたのかな」「義之くんが女の子と二人になってする事といったら」と仲良く話をしている。
何をしていたって――――別に普通の勉強だ。と言っても内容は機械工学に関する座学。桜内は将来はそっち系の道に行きたいみたいで一緒に勉強していた。
『委員長も工業系に進むのか。てことは行くべき道は同じ、か』
『桜内もそっちの道に行くのよね? 確かロボットに関する工学――――分類としては先端技術分野に入るわ。勉強、難しいわよ?』
『簡単だったらやりがいが無くて困るよ。そういえば図書室にそれに関する資料とか教材があったな。うし、行くか。委員長』
『え?』
いきなり席を立ち私の手を引っ張って図書室に足を向ける桜内。その急な行動に半ば放心してしまった私はそのまま図書室にまで連行されてしまった。
それからはよく桜内と一緒に居る事が多くなったと思う。お昼を食べながらあれこれ言い合う私達。そういえば花咲さん達が来なかったのは彼がストップ
を掛けていたからなのか。
男の人とずっと一緒に居るという機会があまり無かった私は、最初の内は戸惑う事が多かった。だが、話しているうちに楽しくなり気にならなくなった。
桜内は雑学とかボキャブラリーに豊富な知識を持っており、話術が上手いというのもあるのだろうが・・・・。
「いいなぁ、委員長さんはー。私も義之くんと一緒にお昼食べたいのにぃ」
「最近お昼は麻耶っちに取られっぱなしだもんねぇ~。もしかして麻耶っちも義之くんの事―――――」
「ば、ばか言わないでよっ! なんで私があのロクでも無し男とっ!」
「あらら、怒っちゃった。もしかして図星だったかにゃ~?」
弄る対象を見つけて嬉しいのか、にまーっとした笑顔を携えて絡んでくる花咲さん。白河さんも似た様な性格なのでにたにたしている。
この二人は仲が良いのか悪いのか時々分からなくなることが多々ある。共通の話題や意識を持つとここぞとばかりにシンクロするから絡まれる方に
とってはたまったものではない。
肩を大きく揺らしながらズンズン商店街の道を戻る私を、二人が笑いながら追いかけてきた。もしかしたらこんな事を想定して雪村さんは私をこの
メンバーに捻じり込んだのかもしれない。
「あ~ん。待ってよぉ、まやまや~」
「あはは。ごめんごめんなさい、委員長」
「・・・まったく。なんで私がこんな面倒な事を・・・・」
損な役回りだ。いつも私は雪村さんに良い様に使われてしまう。腹立たしい気持ちと、毎回騙される自分に呆れた気持ちが湧き立つ。
いつか桜内に言われた事だがどうやら私は『純粋』らしい。悪い男に騙される典型的な女と笑いながら言われた。悪い男―――ぱっと浮かんだのは彼だ。
複数の女性をたぶらかしているのもそうだし、何より人を殴るのに躊躇をしない。他人様の弟をあちこち引き摺り回しているのも良い証拠だ。
『しかし、アレだな』
『え?』
『もしかしたら将来オレと一緒に仕事をする機会があるかもしれないな。目指す場所は一緒なんだ。同じ釜の飯を食ってもおかしくない』
『・・・ふふっ。そうかもしれないわね』
『義之・麻耶コンビか。なんだか火星にでも行けそうな凸凹コンビだな』
顔を手で覆い、皮肉そうに笑いかける彼。私もそれに笑みを返す。そうなると彼とは長い付き合いになるかもしれない。これも腐れ縁というやつか。
悪い男に引っ掛かる――――ね。もしかしたらもう引っ掛かっているのかもしれない。彼と二人で喋っていると時々妙な安心感に囚われる時がある。
変な所で頼りになりそうな感じだしね。きっと彼はそうやって色々な女性を弄んでいるのだろう。なんだ、やっぱり悪い男じゃないか。
「桜内・・・・か」
お母さんにも挨拶したし、弟とも仲は良好だ。おそらく家族の印象は悪くないだろう。
あんな爛れて面倒くさい女性達のしがらみに首を突っ込む真似はしないが――――そうやってずっと争っていたら、もしかしたら『職場の女の人』
と結婚するかもしれないわね。そういうケースってよくあるらしいし。
まぁ、いい。その時はその時だ。悪い男に引っ掛かる女というのを実践してやろう。そういえば桜内はお昼をコンビニ弁当で済ませる事が多かった
筈だ。作れるのに面倒という理由でお弁当は持参してこない。
今度お昼が一緒になったら少しおかずを分けてやろう。二人きりの空間だし邪魔は入らない。そんな考えに自分で苦笑いしながら私は、後ろの二人に
追い着かれるよう歩く足の幅を狭めた。
相変わらずクリスマスパーティの準備で忙しいのか、喧騒は止むどころかあちこちに飛び火しているみたいに更に熱気が渦巻いていく。
雪村先輩の判断の元、私・天枷さん・月島先輩・雪村先輩の布陣となった。とりあえず学校内を歩きたいと雪村先輩が言ったので、その後ろを私と
月島先輩は歩いている。
天枷さんは雪村先輩の隣だ。さすがに私と組ませるのは良しとしなかったのだろう。そんな訳で滅多に喋る事の無い月島先輩と談笑を楽しむ事にしていた。
「へぇ、音楽をやっていらっしゃるの?」
「うん。メンバーは板橋くんとななかと・・・義之も時々来てたんだけど、最近は三人でよく集まって演奏してるよ」
「え、義之が?」
「・・・うん。ここ一年間は顔を出さないんだけどね。あ、あはは」
「ふぅん。義之が、ねぇ」
しょんぼりとした顔を隠す様に笑みを浮かべる月島先輩。信じられない話だが、『あの』義之がほんの一年前までは人当たりのいい爽やかな少年
だと聞いた時は思わず唖然としてしまった。
途中入学した私からすればかなり驚きだ。桜内義之といえば傍若無人で人当たりは悪く、爽やかさなんてものは一番縁が遠い場所に居る男性だ。
初対面で事故で胸を揉んできた事からそれは分かる。あの時は思わずビンタしてしまったが――――よく殴り返されないもんだと、今になって思う。
あの男の人はやられたらやり返すタイプだ。まるで蛇のようにしつこく付き纏い、何倍にして返すタイプ。約一年の付き合いだが、それがよく分かる。
よく私が近付けたものだ。あまつさえ恋愛の感情を持つようになるだなんて。この星に来た時には考えられなかった。
「義之の口から音楽に関する話はあまり聞いた事がありませんわね。テレビでクラシックの話題が出た時はそれなりに喋りましたが」
「うーん・・・クラシックかぁ」
「交響曲より協奏曲の方が好みらしいですわね。まぁ、あの性格で交響曲が好きというのは無いと思いますが」
あくまで自分が主導権を握りたいタイプの彼からすれば尤もな話か。義之は元々人嫌いの人間。他人に合わせるのが苦手な人種だった。
調べてみたところ人嫌いというのは別に珍しくないという。それもここ最近の症例などではなく、昔からそういった心の病を持ち合わせた人はいたみたいだ。
よくうつ病と勘違いされるようだが全くの別物のメンタル的な病気。治す方法は無く自然的な改善ぐらいしか手は無いみたいだ。カウンセリングも難しい。
だが、何故か知らないがここ最近の義之はそんな素振りは見せない。もしかしたら治ったのかもしれないわね。気に入らない人には相変わらず徹底してるけど。
「ほう。昔の携帯はあんなに大きいものだったのか」
「小型されたのはつい最近の話よ、美夏。最初は普通の鞄ぐらいの大きさだったんだから」
「うへぇー・・・。持ち歩くの大変そうだな。美夏は力が無いから無理だ」
楽しそうに携帯でおしゃべりをしている女子生徒を見てそんな事を呟く天枷さん。確かに私達がいた世界と違って幾分か大きい携帯だった。
確か資料ではこの時代から急激に携帯電話の技術が上がった筈だ。私の故郷の星より地球は技術的には遅れているものの、その進歩の早さには舌を巻く。
「でもこうやってエリカちゃんと会話をする機会って無かったから、なんだか新鮮かも」
「私も同様にそう感じています。花咲先輩やら義之とは結構お話しますが。もしかして月島先輩とマトモに会話をしたのってこれが初めてかしら?」
「そうかもしれないね。いつも真っ先に茜がエリカちゃんに絡んでいって、後ろで私は杏と一緒に見てるだけだから」
「最低限の挨拶はしていたつもりだったのですが・・・・失礼な態度を取っていましたわね。申し訳ありません。以後気を付けます」
「えっ、あ、そ、そんな畏まらないでいいってっ!」
手を顔の前であたふた振る彼女を見て、軽く下げていた頭を上げる。どうやらかえって困らせてしまったようだ。周りに居ない人種なだけに距離が
上手く掴めない。私の周りの人達は良い意味でも悪い意味でもアクが強い人達ばかりだ。
その人達にと比べると、この月島小恋さんという人物は『普通』だ。日本人の資料通りに慎ましく大人しめで、可愛らしい女の子。喋ってみた感じ
嫌な部分を持ち合わせていないように思える。まぁ、そんな人間なんでいないのだが。
聞けば義之の幼馴染という話。だが、これといって特別に話をしているシーンは見掛けたことが無い。気の弱そうな女の子だ。あんな義之に話し掛け
ようとすればかなり勇気が居る筈。
「なんだムラサキ。月島の事を早速苛めてるのか。しょうがないヤツだな」
「・・・なんですって」
「ち、違うから美夏ちゃん! エリカちゃんとはただ話をしていただけで・・・」
「そうなのか? 月島は人がいいからムラサキに絡まれると思ったぞ美夏は」
「それは――――どういう意味を含んでいるのかしらね。天枷さん」
髪を梳きながら首を傾げて唇の端を歪める。びくっと隣の月島先輩の体が震えた様な気がしたが―――このロボットに文句を言って欲しい。
いったい天枷さんには私がどういういった人物像で見られているのか。こんな無害で気の良い女性に絡む程までに性根が曲がっているとでも言いたいのか。
そうか、きっとそう言いたいのだろう。自分で言うのも自惚れが過ぎると思うが、私は品行方正で誠実な女性だ。そこまで言われる所以は無い。
「まぁまぁ、ケンカなんて止しなさいな。私達はここの住人ではないのだから、目立っちゃ駄目じゃない」
「杏先輩・・・」
「それに私達は一人の男を好きな女達。喧嘩をしても仕方が無いけれど、こういう時は手を取り合うのも悪くないんじゃないかしら」
「好きな女達って―――――え?」
「ひゃうっ!」
隣の月島先輩を見ると、驚いたように体を強張らせた。というか、え、月島先輩も義之の事を好きだったのっ!?
雪村先輩が義之の事を好きなのは知っていた。義之のクラスに行った時にそう告げられたから。髪が逆立つ程までに熱くなった私に冷静に対処する雪村先輩。
あの時は上手く丸め込まれてしまって歯痒い思いをした。それ以来何だか苦手意識を持っている。まるで布を相手にしているみたいで全然手応えが無かった。
「何を今更驚いているの、ムラサキさん。小恋が昔から義之を好きなのなんて誰でも知っている事じゃない」
「初めて知りましたわよっ。月島先輩が義之のことを好きだなんて・・・・」
「別に今更一人や二人増えたっていいでしょ? 減るモノじゃないんだし」
「減りますわっ! 確率がっ!」
「確かに分母が増えて相変わらず分子は一のままね。でも、だからってそのまま数値化するとは限らないわ」
「どういう事なのだ、杏先輩」
「要は個人の頑張りでいくらでも確率は変わるって事よ。競争相手が増えたならその分に頑張ればいい話。ほら、立ち止まっていないで歩きましょう」
それで話は終わったとばかりに歩みを再開した。天枷さんも特にそれに反論は無い様でまた隣を歩きだす。なんだか、私だけ熱くなっていたみたいだ。
後を追う様に私も止まっていた足を動かせる。隣に並ぶ月島先輩。どことなく気まずそうな呈をなしている。おそらくはさっきの私の姿を見た所為か。
そんなに怖がらなくてもいいのに―――そう思うが、無理もないか。さすがにさっきのは少しヒステリック気味に騒ぎ過ぎたかも知れない。
「ごめんさいね。月島先輩」
「え?」
「別に月島先輩が憎くて言った訳じゃないの。みっともなく騒いで・・・・失礼しました」
「べ、別にいいんだよっ、うん。ちょっと驚いちゃったんだから仕方無いよ。あ、あはは・・・・」
本当に人が良い女の子だ。私の知っている義之の周りに居る女性ならケンカになっているところ。頬を掻いて、窓の外を見てみる。桜の花弁が舞っていた。
今までだったら怒鳴っていたと思う。実際に大体の女性と私は言い合いをしてきた。それはそうだ、敵とも言える存在なのだから。例外は花咲先輩ぐらいか。
しかし何故か、月島先輩に怒鳴る気になれないでいる。人柄の所為だろう。こんな大人しくて一途っぽそうな女の子をどうしても私は憎めないでいる。
「――――――けど」
「え?」
「義之を好きな割にはアタックを掛けれていないみたいですね、月島先輩。失礼ですがあの面子を相手に大人しくしているのは愚行だと思うのですが?」
「う、う~ん・・・・。それは月島も思っている事なんだけれど、ね。中々あの中に切り込んでいく勇気が無いというかなんというか・・・・」
「昔から好きという事は初恋ですわよね。私も初恋なんですよ、月島先輩」
「え、ああ・・・。そうなんだ」
「よく初恋は実らないと言いますけれど――――私は絶対に実らせる気でいます。何があっても、絶対に。月島先輩みたいに半ば諦めたりしません」
「・・・・・・」
遠い星からこの地に来て、一人の男性を好きになった。よく創作物でそういう環境だと最後はハッピーエンドになる事が多い。なんとも希望溢れる話だろうか。
これは私の直感なのだが、恐らくもうこんなに狂おしいぐらいまでに恋は出来ないと思う。王族なら尚更な話。生憎だがお見合い結婚なんてする気は毛頭無い。
義之と恋仲になり、結婚して、幸せになる。これがまず何よりも大事な事だ。覆る事は無いだろうし、覆す気も無い。もう決定事項なのだから。
「小恋、ですか。良い響きの名前ですね」
「・・・・何が言いたいのかな、エリカちゃん」
「その名の通り小さい恋で終わる事なく、無事に結ばれるといいですわね。『小恋』先輩?」
「――――――ッ!」
手をぎゅっと握りしめ、黙って私の目を見詰めてくる小恋先輩。なんだ、勇気あるじゃないか。どうやらただの腰抜けな女の子では無かったらしい。
これがきっかけで義之に迫るかもしれないが、構わない。そうやってウジウジして何もしなくて終わる恋に価値なんて無いのだから。少なくとも私は
そういう考えでいる。やるだけやって、それでも諦めきれなくて、失恋する。そっちの方がまだ何倍か納得がいく。
「・・・・負けないもん」
「言うだけなら誰にでも出来ますわね。行動に移さなくては何も結果は起こりはしない。ああ、見ているだけで満足する恋だったらそれでいいと思いますが」
「こ、行動するもんっ!」
「そう。なら―――頑張って下さいね」
「え・・・」
何をやってるんだろうか、私は。こんな余裕を見せつけ見下すような真似をしているなんて。余裕、そんなものはない。義之の周りにいる女性たちは
中々に魅力あふれる女性達ばかりだ。
こんな偉そうな態度を取れるほど私は自分にそこまでの自信を持ち合わせていない。けれど持っている振りをしなくてはいけなかった。そうじゃないと
本来の私の性格か出て尻込みをしてしまう。
いつだって強気で、攻めていかないといかないといけない。それは恋愛に限った話では無い。王族という立場からか、昔からそんな風な生き方になって
しまっている。そして絶対にいつも成功を納めてきた。
だから自信が無くても、いつものように行動してこの恋は実らせる。もし失敗したらその時はその時だ。自分が納得するような理由を考えればいい。
(まぁ、自信が無いと言っても天枷さんに劣っているとは思えませんけどね。まったく、なんであの子が私の恋敵なのかしら)
「・・・・・あの。エリカちゃん?」
「え、あ、はい? なんでしょうか、月島先輩」
「もしかして背中、押してくれたのかな?」
「は―――――」
「やっぱりそうなんだ。ごめんね、ちょっと一瞬エリカちゃんの事勘違いしてたよ。ありがとうね。エリカちゃん」
「ちょ、ちょっと――――」
「よぉし。月島も頑張るよ、エリカちゃん! 一応ライバルってことになるけど・・・これからも仲良くしようね!」
そう言いながら朗らかに笑う月島先輩。いや、違うのよ月島先輩? 私はただ単に貴方の姿勢が気に入らないから罵声を浴びせただけなんですのよ?
背中を丸めてじーっと見ているその恋愛に対する姿勢。それに腹が立ったからっていう理由なのに・・・・。思わず頬を掻いてしまう。いや、本当に。
人が良いのにも程があるだろう。普通はビンタでも貰ってもおかしくない場面だ。そういう覚悟も半ばしていたし、されてもおかしくないと思っていた。
「な、仲良くですか・・・」
「うん。駄目かな? 月島的にはあんまり争い事とか好きじゃないんだ」
手を差し出した体制ではにかんだ笑顔を見せてくる小恋先輩。思わずたじろぐ様に身を仰け反った私に構わず、更にぐいっと手を差し出してきた。
甘い。甘過ぎる。まるでこの間購入したタルト並みの甘さだ。義之と二人で食べてゲンナリした。もう二度とあのお店には行かない事にしよう。
あの面子を相手に、仲良く手を取り合って正々堂々と言うのかこの子は。いやいやいや! それは無理な話だ。小恋先輩が一番それは知っている筈だ。
雪村先輩に花咲先輩。この二人とお友達をやっているぐらいなのだから、それは知っている筈だ。理解不能だ。訳が分からない。
手を見る。綺麗な手だ。音楽をやっている手とは思えなかった。そんな手をずっと見て――――知らずの内にその手を握ってしまっていた。
「・・・・あら?」
「ありがとう、エリカちゃん。さ、行こう? 杏達ずっと私達の事待ってるからさ」
「・・・・・・・あらら?」
笑みを深くして雪村先輩の方に歩き出す。そんな彼女を茫然と見詰め、自分の手をにぎにぎと開いては閉じてを繰り返す。
あれ? 今、私握手しちゃった? この私が、義之を巡っての『敵』ともいえる女性と? 有り得ない。有り得無さ過ぎる。
しかし、事実として私は彼女と手を取り合ってしまった。何故か分からない。きっと今回も新たに敵を作っていがみ合うと思ったのに――――。
「調子が悪いのかしら。私」
きっと疲れているのだろう。急に過去の世界に来るなどという意味不明な現象に巻き込まれた所為だ。そうに決まっている。
それに彼女みたいな周りには居ないタイプと喋って気付かない内に、いつもの調子を崩されたのも要因かもしれない。勝手が違うのだから当り前だ。
まぁ―――――悪い気はしませんでしたけれども。何だか釈然としない気持ちになりながらも、とりあえず雪村先輩たちの所に合流した。
「毒気を抜かれた、といったところかしら」
先程からその様子を見ていて、そう結論付ける。隣で美夏はぽかんとしていた。気持ちは分からないでもない。ムラサキさんは周りの女性は全員敵だと
思っている節があったし、多分そう思っていたに違いない。
アクが強い面々。その中には小恋みたいな『普通』の女の子は居なかった。みんな一癖二癖持ちの女の子達。いつもそういう面々とやりあっていたムラサキ
さんからすれば、小恋みたいなタイプは初めてだったろう。
争いを好まず、こんな苛烈な恋愛競争の中でみんな頑張ろうと言える女の子。まるで全く動じないウサギを目の前に置かれた虎といった感じね。思わず
こちらが及び腰になってしまう程までに普通に振舞っている。
「な、なんなのだ今のは。あのムラサキが月島みたいなタイプと握手するなんて・・・」
「ケンカ、すると思った?」
「それは当然だろう、杏先輩。月島とムラサキでは全く性格が違う。ハッキリ言って美夏は止めに行こうと少し気を張ってたんだぞ?」
「まぁ、アレよね。虎達の群れの真ん中に毅然として立っているウサギの方が怖いっていう話よね。私も気を付けないと」
「ん? 何の話だ?」
「なんでもない話よ。美夏」
再び歩き出して周囲を観察し直す。54年前といっても特にここが古臭いというのはない。精々がさっき話に出てきた携帯の話ぐらいか。
懐から携帯を取り出し画面を見ると、やはり圏外になっている。私達が居た世界とここでは電波の通信方式が違っているのだから当り前か。
チャンネル数も違ければ周波数も違う。そもそも契約さえしてないから使えやしない。つまりただの薄い箱でしかないという訳だ。
「最近貴方の方はどうなの。美夏」
「なんの話だ?」
「義之との話よ。私から見た限りじゃ貴方が一番可愛がられてると思うのだけれど」
「う、う~む・・・・」
帽子の位置を直しながら頬を赤くする美夏。そんな所も彼から見れば可愛くて良いのだろう。別に狙ってやっている訳じゃないのなら尚更。
義之と美夏は相性が絶望的なまでに悪いと私は考えていた。美夏の最も嫌いな人間のタイプは義之みたいな人だろうし、義之も誰構わず人を毛嫌い
する美夏が煩わしくて仕方が無い。そう、考えていた。
なのに実際は私達の中でもこの二人は仲がすごいよかった。友達みたいにフランクに話す時もあれば、甘い雰囲気を撒き散らして見てるこっちがダレ
る時もあった。
「とは言ってもだな、杏先輩。現実的な話として義之と美夏は付き合っていない。よく美夏は可愛がられている聞くが・・・実際はどうだろうな」
「私の見立てでは貴方が一番可能性があると思うのだけれどね。二番はムラサキさんで三番は茜。よく一軍メンバーと私は呼んでいるわ」
「むぅ・・・。あまりそういった呼び方で人を分けるのはどうかと思うが。そんな言葉を聞いて面白くないヤツもいると思うぞ」
「あら。人嫌いの貴方が人の心配をするなんてね。一昔前の事を思い出すと考えられないわ」
「な、み、美夏はだな――――」
焦る様に言い訳をし始める美夏。実際の話、随分性格が変わったと思う。前までは人は全員が自分の敵だと思っていた。本人からもその様な話を幾度なく
私は聞いていたので、少し感慨深くなる。
きっかけは・・・多分義之かしら。普通ならもっと人嫌いになりそうなものを。そして茜といった穏やかな性格の持ち主と出会った事も大きいに違いない。
茜は初対面の人を和やかにさせる雰囲気がある。自分には無いモノだ。少し羨ましくもある。
美夏がロボットだとバレた時、一番親身にしていた女性は茜だった。私は美夏がロボットだという情報を手に入れるのが一足遅かったため、ロクにフォロー
出来なかったのは今でも悔やんでいる。
なんにせよ―――良い傾向だ。無闇に人に噛みつく様な真似をしていては敵を増やすばかりだ。美夏は結構精神的に脆いところがある。そんな真似をして
いては自分の首を絞めるだけだったろう。
まぁ、義之みたいな異常な人間はその限りではないだろう。というか噛みつき過ぎだ、彼は。少し牙を引っ込ませればいいのに・・・全く。
「別に恥ずかしがる事ではないと思うけれどね。良い事よ」
「そ、そうかな・・・」
「ええ。義之みたいな人間だったらいざ知らず――――ってあら。どうやら皆戻ってきたようね」
「おお。もうそんな時間だったか」
向こうの方から茜達が戻ってくる。雰囲気―――別に殺伐はしてはいない。恐らくは委員長が上手くやってくれたのだろう。
なんだか疲労困憊な顔をしているが、よくやってくれたと思う。私じゃきっとその二人は止められなかったでしょうしね。
「恨むわよ。雪村さん」
「あらやだ怖い。人の怨念って結構バカに出来ないのよね。丑の刻参りの成功率は確か統計的に二割だった筈。その中の一割は偶然だとしても
残りの一割は必然的だっていう話を聞いた事があるわ。恐ろしい話よね」
「そうなりたくなかったら今度からは後ろの二人の引率をお願いするわ。帰る道中もあれこれ言われてまいったわよ、まったく・・・」
「冗談。呪いなんてものよりそっちの方が嫌だわ。直接被害を被るもの」
ひくひく頬を引き攣らせている委員長はさておき、足の行く先をとりあえず扉があった場所に向ける。何か言いたげな様子の委員長も渋々それに従った。
会長さん達の姿は見えないけれど、きっと扉の所にいるだろう。少し様子がおかしかったようだが基本的に時間は守るタイプだと思うし、心配はないか。
ぞろぞろと移動する私達。まぁ、なんだかんだいって結構観察出来たし満足だ。もし、また気になるようだったらこっそり来よう。
「・・・・・・・」
「あら、音姫先輩に由夢ちゃん」
「あ、雪村先輩っ!」
なるほど。もう来ていたのか。しかしなんだか様子がおかしい。音姫先輩はこちらの様子に気付いてはいるのだろうが、ある一点を茫然と見詰めたまま動かない。
由夢ちゃんもあたふたしながら右往左往していたみたいだし・・・・何か起きたのだろうか。後ろから着いてきた茜や美夏達も怪訝な顔をしている。
とりあえず私は落ち着くように話し掛けた。それで少し落ち着いたのか、息をふぅっと吐き出す。佇まいを直し、改めて向き直った。
「出入り口が、消えてるんです」
「え・・・・」
「――――ッ! だ、だからっ、私達が入ってきた出入口が消えてるんです!」
少しヒステリックに上ずった声を上げる彼女。つい、と音姫先輩が見ていた視線を追うとそこにあった『筈』の扉が消えている。
その事に気付いた各面々に動揺が走ったのが分かった。少なからず私も動揺してしまっている。この世界と私達の世界との接点が無くなったのだから。
一瞬、思考が停止してしまう。何をすれば・・・何を言えばいいのか分からなくなった。私らしくもない。そう思っても無意味に視線をあちこちに彷徨
わせてしまう。視線をどこに向けても状況は変わらないと言うのに・・・。
「ど、どういう事なのだっ?」
「か、帰れないって事っ!?」
「ちょ、ちょっとっ! 冗談じゃありませんわっ!」
軽くパニックになりかける私達。最年長の音姫先輩も動揺しているみたいで、何も発言出来ないでいる。冷や汗が出るのが自分で分かった。
少し調子に乗り過ぎていたのかもしれない。元々過去に来れる事自体が異常な事なのだ。何があってもおかしくなかった。楽観的に構え過ぎていた。
私も皆に触発されたかのように声を上げそうになり――――喉のところで何とかソレを抑えた。目を軽く閉じて、大きく息を吸う。そして吐いた。
手を思いっきり握り締め、開く。軽く跳躍して強張った体をほぐす。『彼』が頻繁にやる行為。さっきまで止まっていた頭の回転が動き出すのを感じた。
「騒いでも何もならないわよ。落ち着きなさい」
大声はあげなくてもいい。ただ力強さを入れれば人は耳を傾ける。私の声にみんながさわめきの声を止めた。
彼ほど影響力はないだろうが、これで十分だ。義之も居なければ杉並も居ない。この中で一番頭が働くのは恐らく自分。自惚れではない。
お前はオレより頭が良いから時々羨ましくなるよ―――義之の言葉。ならそれをこういった場面で活用しなければいけない。
「探すわよ」
「え・・・・」
「私達が入ってきた扉の事よ、茜。いきなり学園長室に現れて、そして消えた扉。もしかしたら何らかの条件で消えたり現れたりするのかもしれない」
「そ、そうなのか? 杏先輩」
「あくまで仮説。けど可能性は大いにあると私は思っている。もしくは決まった時間に現れては消えての繰り返しか。はたまた現れた扉はそこに
あったのだけれど、別な場所に移動したのかもしれない」
「ちょ、ちょっとそれって・・・正確な事は分からないって事じゃ・・・・・」
「まだ分からないからいいのよ。全部試す価値があるって事じゃない。なら次の行動は・・・班分けね。しばらく扉が再出現するかを確認する組と
扉の探索組。分け方はさっきのメンバーで行く事にするわ。あ、音姫先輩と由夢ちゃん、小恋は探索組に入って貰うわ。構わないわね?」
「え、ええ・・・私はそれで構いませんけど・・・」
「つ、月島も別に大丈夫だけど・・・」
「ならすぐ行動するわ。私のメンバーはここで待機組。何かあったらまたここに戻ってくる事。時間は――――二時間後に再集合ということで」
「う、うむ・・・」
「勝手に決めてリーダー面してますけど・・・・これでいいですか、音姫先輩」
「え、あ、う、うん・・・。いいと思うよ」
まくし立てる私に面を喰らった様な顔をする。私みたいな人に舵取りを任せて面白くないと思っている人は、幸いにしてここにはいなかった。
本来ならこういう役目は義之か杉並みたいな人物。何かを喋れば思わず耳を傾けてしまうモノを持っている人。そういった人物が本当は最適なのだ。
だが、無いモノねだりをしても仕方が無い。ねだろうとしても元の世界に戻れない。誰かがやらなくてはいけない役目、こなしてやろうじゃないか。
「・・・・ふぅ。何処にいるか分からないけど早く来て欲しいものだわ。ねぇ、義之?」
「へぇ、ここが過去の世界か」
「・・・・・」
オレの皮肉った言葉に無言のアイシア。視線は真っ直ぐを向いているが、額には冷や汗が滲んでいるのが見て取れた。
確かに魔法は発動した。学園長室にあった扉が青白い光に包まれ、向こう側から光が漏れだした時には思わず感嘆の声を上げてしまった。
まともに魔法が発動した瞬間を見たのはこれが初めて。ガキじゃないのに少し興奮した自分がやや情けなく感じたが、それ程までに神秘的な雰囲気だった。
「確かアイツらが行った過去ってのは54年前の世界だっけか。お前から事前に聞いた話だと」
「・・・・・」
「この時代の学園長も余程の和風好きなのな。畳にお茶請けに掛け軸。まるでさくらさんの部屋みたいだぜ」
「・・・・・」
「ていうかさくらさんの学園長室か、ここ。ファイルに『芳乃さくら』と書いてある。おまけに年月日は数ヶ月前。確かに過去だよ―――ここは」
「・・・・うぅ」
「―――――てめぇ。魔法失敗しやがったなっ!?」
「はうっ!」
スカーフをむんずと掴み引っ張り上げると悲痛な叫び声を上げる。確かに過去の世界らしいが・・・・全然違う場所じゃねぇか!
54年前に行かなくちゃいけないのに何で数ヶ月前に来てんだよ。明らかにアイシアの魔法は失敗していた。さっきまで感動していた自分がアホみたいだ。
「しょ、しょうがじゃないですかっ! これでも頑張った方なんですよっ!?」
「ああっ!? 逆切れかよっ、てめぇ。確かにオレは何も出来ない足手まといだし魔法を使えるのはお前だけだ。そして何より、そんなお前をオレは頼りに
してるし信用もしていた。だから―――もうちょっと頑張ってくれよ・・・」
「うっ・・・・」
少し最後の方は声が小さくなってしまう。少し言い過ぎたと思ったからだ。若干気まずい雰囲気がオレ達を包み込む。
オレは焦っていた。魔法の力で過去に行く。なんともメルヘンな響きでファンタジー溢れる言葉だが、同時に現実的な危険を伴っていた。
現代へ帰れないという重たい代償。もしかしたら一生そこから抜け出せないかもしれない。彼女達はそんな危険をいま現在味わっていた。
「悪いな・・・。オレは時々酷く感情的になっちまう。そもそもお前がいなければこの事態に気付く事さえ出来なかった間抜けだ。本当は感謝している」
乱したスカーフを整えてやった。少しくすぐったそうにしながらも、抵抗はしない。ちらっとこちらを窺う様に目を向けてきたので頭を撫でてやった。
えへへと笑うアイシア。その姿に、オレも少しばかり冷静さを取り戻す。そうだよな。こういう時だからこそ冷静にならなくちゃいけない。喚いても何もならない。
息を吐き、吸うを何度か繰り返す。熱掛かった頭が冷めていくのが分かった。焦る事は重要な事だが・・・この局面じゃない。もっと違う別なところだ。
「さて。じゃあ戻ろうか」
「え・・・」
「いつまでもこんな所に居たって仕方が無い。早く戻って仕切り直しだ」
「・・・・それが、ですね」
「ん? なんだよ。そんな気まずそうな顔して」
「実はパワーを使い切っちゃって――――しばらく戻れないんですよ。一日くらいですけど」
「・・・・・」
「それも正確には此処は過去じゃなくて、並行世界―――みたいなところです、はい」
「・・・・・」
「そ、それにしても結構私って凄くないですかっ!? 過去に行くのも凄い事ですがこうして別な世界に来れたってのも歴史に残るぐらいスーパーな事です!
いやあ、私も魔法使いとして成長していたんですねっ。嬉しい限りです」
「・・・・・」
「――――あ、あはは・・・・」
黙ってチョップを喰らわす。ひうっ、と変な悲鳴を上げて頭を抑えるアイシアと同じようにオレも頭を手で包み込む。少しばかり頭痛がした。
もう怒る気にもなれない。オレが何か出来る力を持っていたらその限りではないが、アイシアに頼りっぱなしなこの状況ではもうそんな気になれなかった。
けどよ――――はぁ。一刻を争う事態だってのに思わぬハプニングで足止めを喰らってしまうのは、少しばかり疲れが身を包み込む様な気がした。
「ご、ごめんなさい。義之」
「別にいい。元々無茶な事を頼んだんだ。オレが責めるのはお門違いだよな」
「そ、そうですかね・・・」
「それよりお前。さっきから体がふらついてるけど大丈夫なのかよ。少し休んだ方がいいんじゃないか?」
「・・・実は少しばかり無茶しました。しょうがないですよ」
「確か奥の襖の中に軽く仮眠出来るスペースがある。さくらさんも滅多に使わない場所だ。少し休んでろ」
「休んでろって・・・・義之はその間どうするんですか?」
「ん。探索でもしようかと思っている。」
「・・・・は?」
並行世界――――過去のSF作家たちがここぞと論議を繰り広げて、結果何も分からなかったとされる世界。よく物理学で出てくる量子力学や超弦理論
などを用いて解明しようとした世界。興味を持つなという方が無理がある。
オレがあの世界に飛ばされたのも、もしかしたらこういったモノの原理で飛ばされた可能性がある。魔法なんて言っているが結局は何かが作用して結果が
生まれたとオレは思っている。最近会った元の世界のさくらさんもソレについて少し言及してたな。そういえば。
「だ、大丈夫なんですかね。そんな無闇に出歩いちゃって」
「過去の世界とか未来の世界ならやってはいけないタブーとかはある。けど並行世界の話ではそんなルールは無かった筈だ」
「確証なんて無いじゃないですか」
「それもそうだ。だけどな、アイシア。元々オレは好奇心旺盛な性格だ。ここがどういった世界か知りたい。興味がある。オレも賢い行いだとは思えないけど
そう考えている。だが、確かに危険もあるだろうから出来るだけ派手な真似は控える事にしよう。これじゃ駄目か?」
「・・・言ったら聞かないんですから。もうっ」
「悪いな、こんな性格で。何かあっても無くてもここに戻ってくるから安心してくれ」
「むぅ。約束ですよ?」
「ああ、約束だ」
そう言ってオレは学園長室の扉を開け、外に出た。空気はあまり変わらない。いたって元の世界のまんまだ。後ろで心配そうな顔をしているアイシアに
手を振ってドアを閉める。ガチャンという無機質な音が響いた。
視線を周りに巡らせるとシャツ姿や上着の黒い学生服を着た男子生徒達が歩いている。肌で感じる気温を考えると・・・秋に入ったばかりか。これなら
オレのシャツ姿も不自然じゃない。オレの上着は全部女共に持って行かれたからな。
ポケットに手を捻じ込み、とりあえず歩いてみる。壁に掛けられている時計を見るとちょうど二時間目後の小休憩時間。どうりで生徒達が結構歩いている訳だ。
首をコキコキ鳴らしながら周囲を観察していると、見知った女と目が合う。表情が驚きの色で染められた。
「よ、義之くんっ?」
「よぉ、茜」
第一村人発見、てか。茜はトイレから出てきたばかりでハンカチで手を拭いていた。ていうか何で驚くんだよ。
逆に怪訝に思うオレのそんな気持ちを知らずに、心配そうな顔をしながらこちらに歩み寄ってくる。なんだよ。
「風邪引いて休みって聞いたんだけど、大丈夫なのぉ?」
「風邪――――ああ、いたって平気だ。だから遅れながら登校してきたって訳だ。まったく、勤勉なオレらしいな」
「あはは。確かに義之くんって真面目な所あるわよねぇ。杉並くんと渉くんで組むと悪さしかしないのにさぁ~」
「さて。どうだっけかな」
・・・・なるほど。この世界のオレはどうやらマトモらしい。もしこの世界のオレも『自分』だったらこんな反応は返さない。しらーっとした目で見られる
だけだしな。思い出すと何だかムカついてきたな、おい。今度茜に会ったら苛めてやろう。
そしてついっ、と茜を観察していると段々彼女の表情が怪訝な顔つきに変わってくる。眉を寄せて段々面白い顔になってきた。見定められるような視線を
送ってくる茜。それに毅然とした態度を返した。
「んだよ。茜」
「な、なんだか義之くん・・・少し雰囲気違わない?」
「というと?」
「何だかこの間より垢抜けてる様な気がするし・・・前はそんなアクセサリ―なんて付けて無かったわよねぇ? それに髪型もなんだか弄ってるような・・・」
「イメチェンだよ。なんだ、オレに惚れたのか。茜」
「――――――ッ!」
瞬間、顔を真っ赤にさせる。上手く言葉が出て来ないようで『な、な、なに言って・・・』としどろもどろ。珍しいモンが見れたな。コイツがこれくらの言葉
で恥ずかしがるなんて有り得ない。むしろこっちが恥ずかしがる様な事ばかり言う癖に・・・・ホント、違う世界なんだな。此処は。
これはこれで楽しいかもしれない。顔付きが同じなのにここまで反応が違うとはな。事故でここに来ちまったが悪くないかもしれない。アイツらの安否の是非が
無ければもっとゆっくりしていきたいところだ。
少し落ち着いたのか。茜はふぅっと息を吐き、まだ赤みが掛かった顔に手をやって睨むように眼を向けてきた。そんな茜にオレはニタリ顔を返す。落ち着いた
表情がまた崩れ始めていく様子を存分に楽しんだ。
「そ、そんな軟派な台詞っ、義之くんには似合わないよぉーだ!」
「そうかな。こういう台詞は似合う似合わない以前に気持ちの問題だと思っている。好きな女には男は誰だって軟派な台詞を吐くさ」
「す、好きな、お、女って・・・・」
「なんだよ。本当は分かっている癖に。もしかしてオレを焦らしているのか? なるほど。結構ヤリ手なんだな、茜は」
頬に手を添えると、ビクッと電撃が走ったかのように飛び跳ねて距離を取った。そして忙しい様子で周囲の確認をした。んだよ、人の目が気になるのかよ。
一応その点はオレも注意して、事前に人が居るかどうかを確認してやった。運よく人の波が切れていたからこんな真似をしたに過ぎない、常識人だからな、オレ。
そして、周囲に人が居ないかどうかを確認し終えた茜は、猫の様にふぅーっと威嚇してきた。随分難儀な性格をしていらっしゃる事で。
「はは、なんだよ茜。もしかして猫のつもりか? 撫でてやるからこっちに来いよ」
「だ、だれが・・・っ!」
「お前が、だよ。本当は構って欲しい癖に素直になれないんだろ。そういう女には少なからず心覚えがある。来いよ」
「あ、あなたっ、本当に義之くん? 少しどころか全然性格が違うわよっ」
「イメチェンしたって言ったろ? それに―――たまにはこんな日もある。訳も分からない事に巻き込まれたり、頼りにしていたヤツがポカやったりする日がな」
そう言うとまた困惑顔を作る。別に分からなくていいし、分かってもらっても困る。そういえばアイシアちゃんと寝てるだろうな。結構無理する性格だし
少しだけ心配だ。後でジュースを持って行ってやろう。
指をちょいちょい動かし、こっちに来いよという風に目で合図をしてやった。そして顔をまた真っ赤に染める。ああ、なんて面白い反応をするんだろうか。
オレの世界の茜には無い反応だ。もし、こんな行動を間違ってオレの知ってる茜にやったらえらい事が起きる。最後まで行きそうだ。
いや、行ってもいいんだけど・・・さ。なんでオレはこういう事にはすぐ腰抜けになるんだろうか。自分じゃ優柔不断じゃないと思っていたのに・・・・はぁ。
そんな風に自分の情けない弱点について思慮に耽っている―――――と、茜は声高らかに叫んだ。涙目になり声を震わせながら大きい声で。
「え―――――えぇ~~~んっ! 義之くんが意地悪さんになっちゃったよぉーっ!」
「おいおい。泣くなよ」
「こ、この事はっ、彼女の――――小恋ちゃんに報告してやるんだからねぇ~っ!」
「・・・・・・は?」
「うわぁ~~~~んっ!」
泣き叫びながらドタドタ廊下を走っていく茜。そして曲が角を曲がり・・・消えてしまった。ポツンと取り残されるオレ。
というか・・・え・・・? 今の発言ってマジかよ。彼女が居るって。それも・・・・・。
「・・・小恋かよ。意外と言うかなんというか」
小恋がオレの事を好きだとは知っていた。というよりも感じていた。あれだけいつも視線を感じてれば誰だって気付く。例外的に、余程鈍いヤツは別だろうが。
しかしオレは小恋とあまりしゃべろうとは思わなかった。あちからから話し掛けて来れば普通に返す気ではいたが、いつもモジモジしていたので相手にして
やった回数はあまり無い。というか杏と茜という強烈に濃い二人に存在感を掻き消されてるからな。
それを考えるとこの世界の小恋は結構な勇気を出したんだろうな。もしくはこの世界のオレが告ったのか。まぁ、どちらでもいい。オレには関係の無い話だ。
「関係無い・・・筈だよな?」
急に不安になってくる。オレという人物に『普通』なんてありえない。いつも何かしらに巻き込まれ、かったるい事が多く起こる。この世界のオレも同じだと思う。
トラブルメーカーだよね、義之くんは。さくらさんは確かオレの事をそう評していた。なら――――学園長室にずっと隠れていた方がよかったのかもしれない。
この世界の『自分』が引き起こしたいざこざが、偶然ここにきた『オレ』に振りかかる可能性は十分にあった。頭の後ろを掻いて目を瞑る。
アイシアの力が回復するのは一日という期日。それまで何も無ければいい。もしかしたらこうやって出歩くのはマズイ気がしてきたが今更だった。また首を
コキッと鳴らし、廊下を歩き出した。
とりあえず、アレだな。茜――――余計な事言いやがったら張っ倒してやる。心にそう誓いながら、オレはまた一つため息を吐いた。
義之、アニメ版ダ・カーポⅡの世界へ―――――