「ねぇ、そっちの方はどうだった?」
「ダメねっ、見つからないわ」
「ていうかこれだけ広いんだから、扉一つ見つけるのなんて無理よぉ~・・・」
「も、もっとよく探そう、みんなっ」
「・・・・・」
お姉ちゃんがそう言って発破をかけるが、反応は芳しくない。島中をバラバラに探しても仕方が無いという事で、私達は商店街を重点的に探索していた。
ちゃんと道があり、扉があっても違和感の無い場所だからだ。
最初は帰る為に気合いを入れて歩きまわっていたが――――そんな気力も萎えかけている。それはそうだ、小さいといっても商店街というを所を隈
なく歩いているのだから。
過去の初音島の光景に胸を躍らせたのも本当に束の間。今では代って疲労感が身を包んでいるのが分かる。きっと他のみんなもそうだろう。いつも
見ている光景がやや違う事も、知らない内に目の疲れを蓄積させていた。
「ねぇ、ちょっと休憩を取ろうよー・・・。少し疲れちゃった」
「あら、もう泣き事? まだ再集合の時間まで40分もあるのに。もうちょっと頑張れないのかしらぁ?」
「なんとでも言ってよ、もうっ。花咲さんも本当は疲れているんでしょ? さっきからずっと歩きっ放しだもんね」
「・・・・そうね、疲れているわ」
「だったら――――――」
「でも疲れてるのは皆同じよ。私一人だけじゃ無い。こんな状況だもの、泣き事なんて言ってられないわ」
「・・・・いい子ぶっちゃって」
「だって私、いい子だもの。ほら、白河さんも歩いた歩いた」
「うー・・・・はいはい、分かった分かりましたよ」
むずかる白河先輩の手を取って、座り込んでいた状態から立ち上がらせる花咲先輩。危うくケンカになりそうな雰囲気を醸し出していたが、そこは花咲先輩
の手腕か―――ケンカにはならずに、再度二人は歩き出して行く。
もしくはただのじゃれあいだったか。この二人は私の前でもよく言い争いをしていたので、ケンカになるものだとばかり思っていた。しかし、そうはならず
何事も無かったかのようにお喋りをしている二人。
よく分からない人達だ。もしかしたら仲が悪いだけに、押し時も引き際も分かっているのかも知れなかった。そこら辺が私とエリカさんの違いだろう。引き
際なんて分からないし引く気もない私達。少しは見習うべき所があるのかもしれない。
「それにしても肌寒くない? 由夢ちゃん」
「そりゃ12月の後半ですからね。いくら過去の世界だからって、やっぱりこの時期は寒いですよ」
「いいよねぇ、由夢ちゃんは。それ、弟くんの学生服でしょ? 最近の弟くんは由夢ちゃんに甘いからねぇ」
「や、そんな事はないですよ。相変わらず会うたびに弄られますし・・・・まったく」
「前の弟くんだったらそれさえしなかったじゃない。仲、良くなってるんでしょ?」
「う~ん・・・・」
実際の所、確かに仲は良くなっていると思う。常に周りをうろちょろしていたが、ウザがられる事もなく普通に接していてくれる。それに時々優しくして
くれる事が増えたのも確かだ。今着ている上着がその証拠である。
しかし――――私が目指しているのは恋人という関係だ。兄さんと仲良く喋れるのは嬉しいし、優しくしてくれる時なんかは舞い上がる程に嬉しく思って
しまうのも確かだが・・・・それじゃ私が納得できない。
みんなが揃いもそろって同じ人を好きになっているこの状況。いかんともしがたい。前の兄さんは鈍感だったからそんな気持ちに気付く事は無かったが、今
の兄さんは鈍感とは対極の位置にいる。みんなが自分に好意を持っていると気付いた時、どんな事を思っただろうか。
「お姉ちゃんだって、この間兄さんと一緒に買い物しに行ったじゃないですか。私を置いて」
「た、たまには私だって弟くんと買い物ぐらいには行くよ! 由夢ちゃんなんかここ最近ずっとじゃないっ」
「いやいや、私は自重してる方ですよ。一番ヒドイのはエリカさんです」
「え、エリカちゃんかー・・・。最初会った頃はすごく真面目だったのになぁ・・・・はぁ」
「もしかして、生徒会を結構サボったりしてる?」
「普段はそんな事ないんだけれどね。ただ、弟くんの件が絡むと・・・・すこーしばかりはっちゃけるかなぁ・・・・はは」
姉の乾いた笑みを見て確信する。あの人、頻繁にサボってると。大体兄さんに絡む事柄が無くても、絡むきっかけを作る様な女の子だ。
お姉ちゃんも人が良いから強くは言えないのだろう。まゆき先輩あたりはその辺の所は言うと思うのだが―――きっと気にしていないに違いない。
あそこまで異常に兄さんに執着しているのを見ると、ぶっちゃけた話、ドン引きする時が多々あった。節度を守れ節度を。まったく、あのお姫様は・・・。
「まぁ、エリカさんの話は置いておくとして」
「由夢ちゃん、エリカちゃんと仲悪いもんね。私としては少しばかり仲良くして貰えるといいかな、と思ったりするんだけど」
「あっちが私に絡む事が無ければそうしますよ。そろそろ商店街一周しちゃいますね。どうしようか、姉さん」
「あ、もうそんなに歩いちゃったか・・・」
話している間も視線をあちこちに送らせていたが、扉の影や形さえ見つからない。念の為ショップの中や外周りも見ていたが、収穫は無しだ。
花咲先輩達も疲れ果てた様な顔で商店街の入り口を見詰めている。若干、無気力感が体を包み込んだ。ここでないとすると後は――――見当がありすぎる。
住宅街や海辺、森や海、高台、もしくは島の外・・・日本中。考えれば考える程、一つの扉を見つける事は困難に思えてくる。
「はぁー・・・どうする、委員長、小恋ちゃん」
「そんな事、私に聞かれてもどうしようもないわよ白河さん。探す場所なんていくらでもあるんだから。まったく、どこに消えたんだか」
「つ、月島もどうしたらいいか考えてたんだけど・・・うーん・・・ごめんね、良い案浮かばなくて」
「むぅー・・・・・。しょうがない、ダメ元で他の人に聞いてみる事にするよ」
「他の人って―――――」
「すいませーん、ちょっといいですかー?」
沢井先輩との会話を切り上げて、たまたまそこを歩いていた女子生徒を捕まえる白河先輩。こういう時の行動力はさすがだと思う。
他の面々も、それに頼るしかないかという面持ちで白河先輩の後ろを着いて歩く。実際その方法が手っ取り早いとみんな思っている様だ。
そうしてその女子生徒に近付いて――――白河先輩の歩みが止まった。私達も釣られる様に止まり。何事かと背中から覗くように顔を出す。
あれ、この人・・・・もしかして、歩きながら寝てる・・・・・?
「くー・・・・」
「え、あ、あの・・・・」
「すぅー・・・・」
「あのっ、つかぬ事をお聞きしますが」
「・・・んー? あれぇ、白河さんじゃないですか」
「え―――――」
「どうしたんですかぁ、何かご用件でも・・・・ふぁ~」
眠たそうに欠伸をし、そして手に持っている木琴を――――木琴? え、なんでこの人商店街の真ん中で木琴を叩き始めてるの?
彼女の顔を見ると瞼は閉じられている。微かに聞こえる空気の漏れる様な音。どうやらまた眠り始めたようだ。その姿に困惑する白河先輩。
私達も二の句を告げられないほど茫然としてしまっている。今まで出会った事の無いタイプの女性だった。
「ちょ、ちょっと花咲さんっ」
「な、なによ」
「私じゃちょっと相手出来ないよっ! 見た感じ花咲さんと同じタイプだから話してみてよ、ねっ?」
「ど、どこが同じなのよぉ~! 似てるの体の体系ぐらいじゃない! 白河さんこそ名前を呼ばれたんだから相手しなさいよっ」
「わ、わたしこの人知らないもんっ!」
「くぅー・・・・・」
二人が言い争う様に声を大きくしているのにも関わらず、その女性は立ったまま寝てしまっていた。お姉ちゃんも沢井先輩も困り果てている顔をしている。
ただ、分かった事は――――この人からは有力な情報は得られ無さそうだという事だ。悪い人ではないのだが自分の世界を作り過ぎている。
にっちもさっちもいかなくなった、この状況。どうしたものかと考えている――――と、一人の女性がその後ろから現れた。
「あ、こんな所にいたのねっ、お姉ちゃん!」
「・・・あれぇ、眞子ちゃんじゃないですか。どうしたんですかぁ~?」
「どうしたって―――お姉ちゃんがいつまで経っても登校して来ないから、心配して来たんじゃないっ」
「あー。どうもありがとうねぇ」
「クラスの人から言われちゃったわよ。萌もしかして事故に合ったんじゃないかって」
腰に手をついてため息交じりに話し掛ける女性。名前は眞子というらしい。そしてこのやや天然気味の女性は萌。二人は姉妹らしく、妹が愚痴を言いながら
怒っているが仲は良さそうに見えた。仲が悪いならそもそも迎えには来ないだろう。
妹の眞子さんがちらっとこちらに視線を送ってきたので、慌ててお辞儀をして礼を返す。この二人は風見学園の制服を着ている。私達も風見学園の制服を着
ているが、もちろんこの時代の生徒では無い。怪しまれない必要があった。
「誰なの、お姉ちゃん。この怪しい人達」
・・・・そうだよね、怪しいよね私達。見た覚えの無い女性達が風見学園の制服を着てるんだもんね。そりゃ怪しいに決まってるよね。
分かっていた事とはいえ少しへこんでしまう。そもそも同じ風見学園の生徒である萌さんに話を掛けたのが不味かった。
つい風見学園の生徒という事で話し掛け易かったのかもしれないが、商店街の大人の人達に聞けば一番無難だったかもしれない。
「え、私達ですか?」
「同じ制服を着てるみたいだけど、私はアンタ達のことを見た事がないわ」
「――――あぁ、それはそうよねぇ~。うんうん。見た事が無いのは仕方が無いわぁ」
「は?」
腕を組んでしきりに頷く花咲先輩。眞子さんはいぶかしむ様な顔付きで、その様子をジロジロ見る。だが花咲先輩はそんな視線にたじろぐ事無く
白河先輩の前に堂々と出て、逆にその視線を見返した。
そのあまりのふてぶてしさに、眞子さんのほうがしどろもどろになってしまう。何を言うつもりなのだろうか。どうやら何かしらの策を持ち合わ
せている様に見えるが・・・・。ちなみに萌さんはさっきから立ったまま眠っている。器用な人だ。
「私達は初音島の風見学園の生徒じゃなくて、本島の姉妹校の生徒なのよ」
「え・・・」
「まだ正式に稼働はしていないんだけれど、近々開校する予定なのよねぇ~。だから下見を兼ねてこの初音島に来たって訳。お分かりかしら?」
「で、でもそんな話・・・私は聞いた事が無いわよっ」
「今、言ったじゃない。それとも何、貴方は学校の教職員かなにかでそんな話は聞いた事がないと? そういう風に解釈するわよぉ?」
「違うけど・・・」
「そう、違うのね。なら近々正式にパンフなり連絡票なり行くと思うわ。仲良くしましょうね。確か、眞子さんでしったっけ? 貴方とはとても
仲良く出来ると思うのよ私。フィーリングが合うと言えばいいのかしら。ふふっ」
「ぐっ・・・・・・・」
「ま、よろしくねぇー。姉共々」
一方的に捲し立て会話を終了させてしまう。全部嘘っぱちの内容で少し調べられればバレてしまうような嘘。でも、今この場ではそれは敵わない。
お姉ちゃんが何か言いたそうに手を上げかけるが、下ろしてしまう。おそらく嘘を言ったのが心苦しかったのだろう。しかし他に良い説明は無かった。
眞子さんは言い丸められたと思ったのか、眉を寄せて拳を握っている。あからさまな嘘なのに反論出来る要素がないのが悔しいに違いなかった。
「それでぇ、ここで会ったのも縁だし聞きたい事があるんだけれど――――いいかしら?」
「・・・何よ」
「木造の扉をここら辺で見なかった? あからさまに胡散臭くて、人が横二人分入れるスペースがある扉なんだけれど」
「――――胡散臭い人なら見たわね。今ここで。目の前に居る人なんだけれどさ」
「なるほど・・・よく知らない、と。分かったわ。ありがとねん」
そう言って背中を向けて手をヒラヒラする。まるで嫌味を気にしていないその様に、また眞子さんの眉が跳ね上がったのが見て取れたが、もう何も言う
気は無い様に思えた。
そして私が花咲先輩と目が合うと、おどけたように片目を閉じてくる。多分胡散臭いとか怪しいとか言われて頭に来ていたに違いない。この先輩も多分
に漏れず結構根に持つタイプだ。白河先輩も呆れたといった顔でため息をつくが何も言わない。
唯一、常識人である沢井先輩が窘める様に花咲先輩に話掛けるが・・・まぁ、聞いていないだろう。はいはいと言って受け流している。それにしてもここ
に無いとなると本格的に困ってしまう。それこそやはり、島中を探さなくてはいけいなくなる。
「んー・・・あらぁ?」
「まったく腹が立つわねっ・・・。ん、どうしたのよ。お姉ちゃん」
「あの髪の長い女の子の物でしょうか、この生徒手帳」
「え・・・・」
その会話に花咲先輩がパッと体中に手を滑らせる。そしてしまったとばかりに、その動きが止まった。私達も予想外の出来事に動きを止めてしまう。
生徒手帳――――未来の風見学園の手帳を眞子さんと萌さんがジッと見詰めている。私達はお互いに視線を彷徨わせるが、何も誤魔化せる策は浮かば無い。
ふぅーっ、と長く息が漏れる音が聞こえた。眞子さんのものだ。萌さんも少し困った様に顔を歪ませている。また胡散臭そうな目が向けられた。
「2056年4月3日発行。本校一年三組、花咲茜――――なにこれ?」
「あらー・・・本島からじゃなくて、ずいぶん未来から来たんですねぇー」
聞いてたのっ!? ずっと眠ってたと思っていたのに。もしかしたら油断ならない人なのかもしれない・・・いや、そんな場合じゃなくてっ。
花咲先輩は頬を掻いてどうしたものかと思案しているが、良い手が思い付いて無いみたいだ。白河先輩と沢井先輩はあちゃーといった風に顔に手を置いている。
お姉ちゃんと私も変わらない様子で、乾いた笑みしか浮かべられない。そんな私達に焦れたのか、ずいっと眞子さんがこちら側に歩み寄ってくる。
「ねぇ、なんなのアンタ達。場合によっては警察を呼ぶわよ」
警察――――は、勘弁して欲しいなぁ・・・うぅ。
「ふぅ・・・」
「もういいんですか? まだ、少ししか食べていないみたいですけど」
「小食なのよ。それに―――あまりご厚意にあやかっては心苦しいし」
「私は気にしないっすけど・・・」
「気にするのよ。私がね」
「いやいや、本当にありがとうな。白河ことりとやら」
「私達の与太話を信じる所か、かえってお食事まで用意させてしまって・・・・感謝しています」
あと残りの分は茜達の為に残しておこう。扉の前に居座っていた私達と違って、茜達は扉を探すためにあちこちを奔走している。お腹の減り具合は比で
は無いだろう。髪を留めているスカーフをぎゅっと締め直す。弛んだ気持ちが引き締まる気がした。
美夏とムラサキさんは食事を取れたことで少し気持ちに余裕が出来たのか、多少緩んだ雰囲気を醸し出している。別に今ぐらいはいいだろう。この状況下
で全員が気を抜いていたら話にならないが、せめてこの時間はこの二人に気を抜かさせてやろう。
そして茜達が帰ってきたら休憩を取らせて今度は私達が島中を走る番だ。もう夕方だし、今居る中庭も段々肌寒くなってきた。今の気温は10度。この時期
にしては暖かいがその分夜が寒くなる。
「それにしても――――未来人さんってもっと違うのを想像してましたよ。何かぴっちりの服を着てたり、髪型が凄かったりとか」
「カジュアル系を勘違いした人、サイバー系の服装をしている人達ならそんな格好をしているわね。けどお生憎様。私達はとりあえずは一般の
感性を持ち合わせているわよ」
「そうですわね。地球―――じゃなくて日本の方々の服装は見た感じそんなに変わってないと思いますわ。ことりさんの帽子なんか私から見ても
とてもお似合いだと思いますし」
「あはっ、ありがとっすっ。エリカさんも小指に着けている指輪なんかとても似合ってると思いますよ」
「当然ですわね。義之が買ってくれたものですし」
「あ、あはは・・・・」
「彼もよくやるわ。どこにそんなお金があるんだか」
というか、社交辞令のキャッチボールを始めた方がそんな態度でどうするのよ・・・まったく。ことりさんは乾いた笑みを浮かべながら頬を掻く。
ムラサキさんは愛おしそうに小指に着けている指輪を撫で上げ、喜悦に満ちた表情をしている。それをぼーっとした顔で見詰めることりさん。
普通の人なら嫌味に映るその感情表現でさえムラサキさんがやれば『様』になる。本当、お姫様って職業に私も就いてみたいものだ。
「あと重ね重ねになってしまうけれど、本当に感謝しているわ。ことりさん」
「え?」
「普通の人なら信じない様な話を貴方は信じた。余程のお人好しか、嫌々付き合っているか分からないけど」
「そ、そんなっ。嫌々付き合ってるなんて私は・・・・!」
「それらの感情を含み入れたとしても、私達は本当に感謝しているわ。ありがとう。あと、口が悪いのは癖なのよ。許してね」
「あ・・・・」
そう言いながら頭を垂れる。窮地を助けてもらった人に対する言葉使いでは無かった。少しばかり反省するが、口が悪いのは生まれつき。仕方が無い。
しかし感謝しているというのは本当だった。現代に帰れず、この時代に残された私達は孤独そのものだった。身寄りも居なければお金も無い。乞食と同等だ。
そんな風に考えていながら中庭を調査している時に、私達は白河ことりさんと出会った。長い髪におしとやかそうに整った顔。初印象は美人な女の子だった。
どことなく白河ななかに似ている。そう思いながらすっとベンチに座っていることりさんの前を通り―――呼びとめられた。
『あ、あのっ・・・!』
『え?』
『もしかして、何かお困りですか?』
『・・・どうしてそう思ったのかしら?』
こんな状況になってから私は常に気を張っていた。頼れる人物が居ない為だ。面子の中に男が居ないというのもある。女性だけの面々だと何があっても
おかしくはない。過去に来てもそれは変わらない事実だと考えていた。
海外ではよく女だけの集団を狙っての強盗、強姦が多数あるとよく知られているし、日本でも声掛けから発展する似た様な事件が多い。だから私は常に
気を張って毅然としていた態度でここを歩いていた。誰が見てるか分かったものじゃないし。
そんな私に『何か困り事があるでしょう?』と声を掛けてきた白河さんに、思わず不審そうな視線を投げ掛けてしまう。たじろぐ白河さん。構わず私は
目を見据えたまま肩を竦めた。
『私がどうしようもない風に見えたのかしらね。ただ歩いているだけでそんな風に声を掛けられるなんて――――ショックだわ』
『そ、そういうつもりじゃなかったんですっ! ただ、貴方の事は学園で見掛けた事が無くて、もしかして転入生とかそんな感じの人かと・・・』
『ああ、そういう事。転入――――もしかしたらするかもしれない。だから下見をするために中庭を歩いていた・・・と、そんな理由じゃダメかしら?』
『いや、私に聞かれましても・・・』
正直あまり関わりたくは無かった。いや、ことりさんだけじゃなくこの時代の人達と接点を持ちたく無かった。過去に来てそんな事をしたら何があるか
分かったモノでは無い。美夏の前では格好を付けたが、私はその事を危篤していた。
私だけが危険に合うならまだしも、他のメンバーの人達も居る。あまり身勝手な行動をするのは憚れた。本来ならお気楽に行動する私だが、他の人を考
えるとそう構えてしまう。
だから――――未来から来た人ですよねと言われた時には、一瞬思考が停止してしまい、口を馬鹿みたいに空けてしまった私を誰が責められようか。混乱
している私に矢継ぎに言葉を重ねてくることりさん。
『いや、あのですね。さっきあなた携帯みたいなの出してたじゃないですか。凄く薄くて、アンテナが無いモノです』
『え、ええ・・・』
『それも画面を指で押して操作して・・・電話してましたよね? 繋がらなかったみたいですけど』
そう、さっき歩きながら私は携帯を操作していた。繋がらないのは分かっていたが、念の為ととりあえず義之の携帯に電話を掛けていた。
流れるお決まりの遮断音。ため息をついたのはさっきの事だ。まさか一部始終を見られていたとは思いもしなかった。
『だからもしかしたら未来人かなぁと思って、声を掛けたんですよ。あ、わたし白河ことりと言います』
『・・・・・ことりさん、一ついいかしら』
『はい?』
『あなた・・・よく頭が吹っ飛んでいるとか、変わってるとか言われない?』
『あ、あはは・・・・時々変わってるとは、言われますね。はい』
引き攣った笑みで肯定することりさん。さっきのはもしかしてカマを掛けられたのか。怪訝な顔付きをするのではなく、驚いた顔をしたがまずかった。
そんなもの肯定しているようなものだ。はぁ、とため息をつき――――意識を切り替える。バレたのなら仕方が無い。次の対応を考えなくては。
そう考え―――くーっとお腹から腹の虫が辺りに響いた。思わず頭を伏せてしまう私に、ことりさんは人懐っこそうな笑顔を浮かべた。
『あの・・・もしよかったら、何か食べます?』
『―――――頼まれてくれるかしら?』
『はいっ!』
何が嬉しいのか満面の笑顔を浮かべる。どことなく白河ななかに似てる様な笑顔。性が同じだし、もしかしたら御先祖様かもしれない。
それにしても―――ここ最近の私は、何故こんなにも恥を掻くのだろうか。まったく・・・キャラじゃない。空を見て少しだけ憂鬱な気分に浸る。
まぁ、いい。この際だ。このことりさんには巻き込まれてもらおう。この世界の人と接点を持たないつもりだったが持ってしまったからには仕方が無い。
食事と寝床。この二つをなんとかことりさんに手伝ってもらって確保するか。これからの算段を考え、私はことりさんの後を着いて歩いた。
『ふぅ・・・心読めるなんて言ったら、それこそ信じられないよね』
『何か言ったかしら?』
『いえ、別になんでも!』
『・・・・? そう』
「でも―――まさか9人の方が未来の世界から来てるなんて考えてなかったです。寝床は音楽室が空いているので大丈夫だと思いますが・・・」
「全員女の子よ。だから野宿は少し勘弁して欲しいと思ってたのが正直な気持ち。本当にありがとう、ことりさん」
「だ、だからそんなに畏まる事ないですよっ。私が好きでやっているんだし、うん」
「人が良いわね」
本当に人が良い。もし『彼』が会えば甘いといって切り捨てるぐらいの甘さ。しかし、その甘さに私達が救われたのも確かだった。
小さい頃にお婆ちゃんが死んで汚い大人たちの思惑を幾度となく見てきた。一時期は人嫌いになる程だ。まぁ、今では気の良い人達に会えてそんな事はないが。
捨てる神あれば拾う神あり・・・か。私の人生そんなのばっかりね。中々飽きさせてくれないから悪くはないけれど。
「・・・あのー」
「うん? 何かしら」
「さっきから彼とか義之くんとか聞きますが、もしかして同じ人ですか?」
「え、ああ、そうね。同じ人よ。私と同級生の男の子で――――私が恋してる男の子の名前ね」
「わっ、雪村さんに好きな人が居たんですかっ!?」
「・・・どう言う意味かしら」
「え、あ、あはは・・・。だって雪村さん、すごいクールな人だと思っていたので。少し意外だと思ったんすよ」
失礼な。いくらクールだといっても人間の女の子なんだから恋ぐらいはする。どうやら初対面のイメージは悪かったみたいだ。いつもは可愛い女の子で
通っているのに。少しばかり本性を見せすぎたか。
それにしても義之の姿が一向に見えない。もしかしたらこの世界に来てるものだと思っていたが、外れか。義之が居ればみんなのテンションが下がる事
は無くなるから、居て欲しいものだったが。
「その義之くんってどんな人なんですか?」
「あら。もしかして結構恋愛とかに興味津津なタイプ?」
「はいっ! そういう話は大好きです! それに折角女の子ばかり集まったんですから、そういう話はしたいっすね」
「まぁ、別にいいけれど。そうね―――――ハッキリ言ってしまえばロクでもない男よ」
「・・・・え?」
「ちょっと、雪村先輩っ。義之はそんな男性じゃなくってよ。聡明で優しくて、とても魅力に溢れた男性。悪く言って貰っては困りますわね」
「え? え?」
「あー義之は男女関係無く殴るし、雪村先輩の言いたい事も分からんでもないな。優しいといっても本当に時たまだし、うむ」
「それをあなたが言う? 一番可愛がられてる癖に。この間なんかずっと一日中義之の部屋でお喋りしていたらしいじゃない、小憎たらしい話ですわ」
「べ、別にいいだろっ! ここ最近ロクに話す事が無かったから、ちょっと話ぐらいしたって構わない筈だっ」
「・・・・え~と・・・」
ことりさんが困った様に人差し指同士を重ね合わせている。その気持ちも分かる。話だけ聞いてると皆言っている事が違うし、それも好意を滲ませている
発言をしているのだから困惑もするか。
しかし―――実際、本当の話なのだから仕方が無い。私はろくでもない男だと思っているし、ムラサキさんにはまるで王子の様に見えている。すごいフィル
タ―の掛かり具合だ。美夏はそんな事無い様に思えるが・・・・実際はムラサキさんに近い感想を抱いている。
さっきの美夏の発言は照れ隠しによるものだ。きっとそう思っている事が恥ずかしいのだろう。ムラサキさんみたいに開き直ってしまえばそんな事も無く
なると思うのだが・・・無理か。美夏の性格じゃ。
「聞いての通り、よ。みんな好きな人が被ってるのよ。残りの六人も。まぁ似た様なものね」
「・・・うわぁ」
「まったく、困ったものですわ。あの性格の義之に近付く女の子は居ないと思ってたから安心してましたのに」
「聞いてるだけだと、あんまり良い印象は持たない男の子っぽいっすけど・・・」
「そうね。実際の話、彼を好きな人は男女関係無く好きだし―――嫌いな人は多分殺したい程嫌いな筈よ」
「板橋なんかはもうかなり入れ込んでるな、あれは。元々仲良かったみたいだが前にも増して一緒に居る所を見掛ける」
「おかげで最近はあまり構って貰えないのよね。義之も懐かれると結構気を許すんだから、まったく」
義之のイメージ像を考えているのか、眉を寄せて腕を組んでしまっていることりさん。恐らく頭の中はかなりの悪漢を想像しているのだろう。聞いた
通りの事を想像するならそれが自然だ。
だが、その想像は外れだ。悪漢どころの話ではない。暴力性もさることながら、頭の方もキレる。ケンカをしている所を一度だけ見たが思わず吐きそうに
なったほど酷い光景だった。そしてその中心で唇の端を歪ませている彼―――時々何でこの人の事を好きになったのかと疑問に思う。
ただ唯―――女性関係に関してはヘタレだった。特にムラサキさんの前ではとても情けなくなる。お尻を蹴り飛ばしたくなるほどまでにウジウジして
いるのは誰もがため息をつきたくなる程までに、呆れる光景だ。
そして開き直って女遊びもするでもなし、真剣に考えているからこっちも期待して――――結局この状況になっている有様。それも全員に期待させる
様な行動をするからタチが悪い。死ねばいいのに。
まぁ―――――私も見事騙されてるんだけどね。本当にままならない。少し優しくされただけで参ってしまうのだから・・・。
「じゃあ次はことりさんの番ね」
「え・・・」
「コイバナ、しようと言ったのはことりさんよ。言い出しっぺがまさか何も言わないなんて・・・ないわよね?」
「私も興味ありますわね。他の人の恋愛話なんてあまり聞く機会はありませんですし。是非、聞きたいですわ」
「美夏も聞いてみたいぞ。ことりは美人だしそういう経験が豊富そうだ。で、どういう男を好きなのだ?」
「え――――えぇ~~~っ!?」
何を驚くのだろうか。まさか、聞くだけ聞いて自分は喋らないつもりだったのか。きっとそのつもりだったのだろう。そのあたふたした顔を見れば分かる。
さて、どういった面白い話が聞けるのか・・・楽しみだわ。
「なにそれ、すっごい酷い話じゃないっ!」
「でしょう? この間なんかデートした翌日に違う女の子と歩いてたし・・・ショックだったよ」
「うわぁー・・・。なんて男なのよっ、ななかみたいな可愛い女の子を――――」
「デートと言ってもただ出掛けた先で偶然会って、ちょっとお茶したぐらいだけって聞いたけどねぇ。なんて都合良く解釈する脳なのかしら~」
「・・・・」
「んんっ!」
沢井が場を取り繕う様に咳をした。ななかと花咲は横目で睨み合いながら薄く笑い合っている。なにこれ怖い。少しジュースを飲んで落ち着く事にした。
お姉ちゃんは脇でのほほんとお茶を飲んでいるし、朝倉姉妹と月島はそれに慣れているのか、少し苦笑いしているだけだった。慣れたく無い空気だった。
今居る和風喫茶の空気が段々沈んでいくのを感じ、私は誤魔化す様に少し声を張り上げながら話題を変える事にした。
「そ、それにしてもさっ! まさかアンタ達が未来から来たなんて信じられなかったわよ、うんっ」
「え、ああ・・・。それもそうだよね。普通は信じないだろうし、嘘みたいな話だろうからなぁ。私が逆の立場だったら信じないだろうし」
「でも、本当の事だし・・・。月島的にはあんまり嘘は言いたく無かったから、眞子さんが信じてくれてよかったよ」
「信じるも信じないも―――そんな薄っぺらい携帯を見せられたら信じるしかないでしょ。それにアンテナとか無いし」
テーブルの上に置いてあるななかの携帯電話を指差す。元々コイバナになったのだって携帯の写メが原因だ。一人の男子生徒が写っている写真。未来から
来たという証拠でその携帯を見せられ、中を弄っているとその写真を見つけてしまった。
とても高性能でハッキリとした画質で写っている煙草を吸っている男。こちらが撮っている事に気付いてないのか視線が明後日の方向に向いていた。誰
なのこの男と聞くと、少し恥ずかしそうに『好きな男の子』との返事が帰ってくる。
そうなると後はお決まりのコイバナコースだ。女子だけの面子が集まると、そういう話になるのは未来も過去も変わらないらしい。ちなみに最初は彼女
達の事を敬称付けて呼んでいたが、私の知っている人達と姓が被っていた事と、別に敬称は付けなくていいと言われ呼び捨てになっていた。
「それで、どうするの? 未来に帰れないんじゃ住む所とかどうするのよ」
「う、うーん。それが一番困っている事なんだよねぇ。さすがに野宿とかは出来ないし」
「とりあえず帰ったら雪村さんにその事を聞いてみましょう。彼女なら何か良い案とかありそうだし」
「その方がいいかもね、それにしても――――うぅ・・・私、生徒会長さんなのになぁ。なんだか活躍出来ていない気がする・・・」
「し、仕方ないですよ音姫先輩。こんな状況になって冷静に動ける人なんて居ないですし・・・雪村さんとかが特別なだけですってっ」
ななかがフォローを入れるも、しょんぼりとした雰囲気を身に纏いココアに口を付ける。そんな音姫に周りの彼女らも苦笑い気味だ。
私もジュースに口をつけ、その脇にいる妹の由夢に視線を送った。何故か彼女は男子用の学生服を着ており、それを抱きしめるかのように着ている。
目線が合うと、にっこりと笑みを浮かべ私に向かい軽く会釈をしてきた。その様子を観察して、ふむ、と頷く。
「なんだか音夢に似てるなぁ」
「えっ、おばあちゃんの事知ってるんですかっ!?」
「あー・・・・やっぱり音夢の親族だったんだ。性が同じだし、由夢なんか雰囲気とか顔付きとかそっくりだものね。確証は持て無かったんだけど・・・。
なるほどねぇ、やっぱりアンタ達が未来人って更に確信したわ」
「・・・あの、もしかして眞子さんて・・・・・」
「同級生よ。音夢と同じクラスで、友達なんかやってるわ」
「はぁ、おばあちゃんのお友達だったんですか・・・・偶然ですね」
「そうね。アンタ達に会ったのも偶然だけど、まさか音夢の子孫の子と会えるとは思わなかったわ」
音夢が聞いたらどう思うだろうか。あんた、お婆ちゃんって言われてるよって。多分引き攣った笑みを浮かべながら怒るだろうなぁ、うっ、想像したら怖い。
そして、私はさっきから気になっている事を聞いてみた。大体の事情は話を聞いて飲み込めたし、コイバナをしているぐらい私達の間には余裕が出来ていた。
「由夢が着ているその男子物の上着ってさ、一体どういう理由で着てるの? ちょっと気になっちゃって」
「これは・・・その、兄さんから借りたもので・・・」
「兄さん?」
「血は繋がっていないんですけれどね。けど、小さい頃からずっと一緒に育ってきたから私は兄さんと呼んでいます。姉さんは弟くんて呼んでますけど。
それでこの上着はこっちに来る前、外に用事があって出ようとしていた時に兄さんが気を使ってくれて貸してくれたモノなんです」
「―――ふぅん」
はにかんだ笑顔を見せながら、愛おしそうに上着を撫で上げるその仕草。家族に対する親愛以上のモノを感じた。お姉ちゃんはその様子を見ながら
『あらあら』と言って頬に手を置く仕草をする。私達の考えはどうやら同じ様だ。
多分、いやきっとその『兄さん』とやらに由夢は恋をしている。私たち同性代の女の子がよく見せる顔だ。恋に恋して、内から溢れてくるものに笑みが
止まらないといったその様子。見覚えがあるものだ。
まぁ、血は繋がっていないようだし健全か。聞いた感じ幼馴染と家族の間みたいな関係っぽいし。しかし、その『兄さん』とやらはどんな男なんだろうか。
由夢も漏れなくかなり可愛い部類に入る女の子。少しばかり好奇心が擡げる。
「いいわよねぇ、由夢ちゃんは。よっしーなんか私に対しては何か妙にSだし。困ったモノだわ」
「あ、茜は少し義之のことからかい過ぎなんだよっ。この間なんか結構本気で困ってたじゃない」
「あれぐらい別にどうってことないわぁ、小恋ちゃん。いい加減誰に絞るか決めて欲しい所ね。もしかして女の子を侍らせるのに気持ちよさを感じてたりして」
「―――――ッ! は、花咲先輩っ。あんまり兄さんの事をそうやって――――」
「冗談よ」
「え・・・」
「もしそうだったら殴ってるわ。とっくにリンチね。けれど、誰一人にマトモに手を出していないというのも困った話だわ。この面子の中じゃ私が一番早く
義之くんとキスしたのに。まったく」
「・・・・・・は?」
なんだか、いま、すごい話を聞いた気がした。思わず茫然と間抜けな呟き声を漏らしてしまう。さっきから同じ男の名前しか出て来ない。それはおかしい。
ななかが好きと言った男の名前、由夢が愛しげに着ている上着を貸した男の名前、花咲がキスをしたと言った男の名前。それらがイコールになっている。
思わず言い様の無い感情が身を震わせるのが分かった。そんな私の様子を怪訝そうに見詰める皆の視線。お姉ちゃんだけは、いそいそと私から距離を離した。
いや、耐えろ。他の人の恋愛事情に首を突っ込むのは些かどうかと思う。それがいくらなんでも『ロクでもない男』だとしても・・・・、だ。
そんな風に自分を一生懸命抑えて――――花咲のその発言で、呆気なく私の心のダムは崩壊した。
「あ、学校に居る残りの三人も義之くんの事が好きなのよぉ。それもどの子ともキスしてるし。やってられないわよねぇ~」
コップが音を立ててひび割れた。短い悲鳴を上げて一斉に私から距離を離す彼女達。幸いにしてコップの中身は空でジュースをぶち撒ける事は無かった。
今の私。かなり頭に来ていた。彼女達の話を聞く限り、なんてその『義之』という男は本当に、最低な男なのだろうか。余りの怒りに笑いが起きそうだ。
女の子をなんだと思っているんだという怒りに、頭がはち切れそうになる。きっとこの子達は良い様に騙されているに違いない。間違いない。
話してみて分かったがこの子達はとても気の良い人達だ。花咲なんかは初対面こそ印象が悪かったが、打ち解けてみると中々さっぱりとした性格をしていた。
ああ――――きっといい子だからそんな男に騙されるのだろう。義之という名前の男。女の敵。張り倒してやらないと気が済まない・・・・!
「あ、あの~・・・・眞子さん?」
「ななか」
「え、あ、はいっ」
「その男ってこっちに来ていないの? 一言文句言いたいんだけど」
いや、一言じゃ済まないだろう。自分で分かる。その男と会えばきっと大ゲンカになる事は間違い無し。
むしろそれを望んでいる。もしかしたら怪我をするだろうが――――構わない。その分やり返してやるんだからっ。
「あ、生憎だけど来てないのよねぇ~。とっくにこっちの世界に来てる可能性は否定出来なくもないけど・・・」
「そう。なら会ったら是非私の事を呼んでちょうだい。お願いね、花咲。その男といっぺん話してみたいから」
「・・・・止めた方がいいと思うんだけどなぁ」
確かケンカがかなり強いとななかからは聞いている。だが、私だってそれなりに度胸のある女のつもりだ。
それに、私が女だから多少手加減してくれるという打算もある。男はいつだって女に甘い。悪いけど、そこを突かせてもらう事にする。
「そ、そろそろ学校の方に戻ろうか、みんなっ!」
「あ、お姉ちゃんっ、待ってよ!」
「・・・私、しーらないっと」
「ちょ、ちょっと茜、無責任過ぎるよっ。さすが月島でもあの空気であんな発言はしないのに・・・」
「まぁ、花咲さんだからね。でも、彼女の事だからある程度は後でフォローしておくからいいんじゃない? 小恋」
「桜内、女にも手を出すしね。もし桜内を見つけたらある程度私からも話はしておく事にするわ。まったく、面倒臭い」
「あらあら、皆さん一斉に大移動ですね。眞子ちゃん、私達も行きましょう? これも何かのご縁だと思いますし」
「―――――まぁ・・・関わったからには中途半端に投げ出さないつもりだけどね。しょうがない。私達も学校に行くとするか」
立ち上がり会計の所まで歩いて行く。ななか達は奢ってもらう事に抵抗を感じていたみたいだが、私は構わないと言った。彼女達が持っていたお金は
未来の物で、もし万が一偽造だ何だと言われて一悶着が起きては困るから私が奢る事にした。
月島なんかは物凄く恐縮な態度で頭を何回も下げるから、返ってこちらが困る程だった。本当、良い子達ばかりね。そんな良い子達を騙す義之という
男は一体何様のつもりなんだろうか、まったく。
それにまだまだ彼女達には聞きたい事がある。未来の情報などを知ったらつまらないとある人は言うが、私は興味津津だった。携帯もそうだがリップ
やら口紅も見た事の無いブランドのものばかり。私も女なんだし興味を持つなという方が無理がある。
「・・・・・・あ」
「んー? どうしたんですか、眞子ちゃん?」
「クリパの準備・・・・、サボっちゃった」
「・・・・・・あら~?」
「き、来たわよっ、小恋ちゃん! 女の敵がっ!」
「あ、茜っ、あんまり大声出しちゃダメだよっ」
「よくもまぁ、来れたものだわ。厚顔無恥とはこの事ね」
教室に行くと雪月なんたらの三人娘がここぞとばかりに言い寄ってくる。かったりぃ。その声を無視してオレは自分の席を目指し歩く。
場所は――――なんだ、変わって無いのか。クラスも同じみたいだし。こういう所は変わって無くてよかった。細かい部分があまりにも違うとやり辛くなる。
桜内義之と書かれた答案が置いてある机。それを手に取り、書かれた内容と点数を確認した。オレの場合まぁまぁの点数を最低限確保していたが・・・さて。
「40点・・・ね。まぁ、古典なんか過去の遺物勉強しても仕方が無いし、別にいいか」
「あら、負け惜しみかしら。男の癖に言い訳がましいわよ」
「事実だ。こんな事を勉強しても、何も金儲けのクソの役にも立ちやしない。そうえいば厚顔無恥で思い出したが、四書五経を読んだ事がある。
中々素晴らしい内容が書かれていたな。今の世の中の大人達に読ませてやりたいよ。屑が多すぎるからな」
ああ、そうなると満更古典も馬鹿にするもんじゃないな。過去の教えを活かし、それを更に応用して国は栄えてきたんだっけか。日本なんかまさにそれだしな。
確かに金儲けの役には立たないが、礼節は覚えられる。徳を重んじ、和を尊び、凛々しく生きる。現代日本では無くなって来ている風習だった。
「・・・あなたの口から、まさか孔子に関する言葉が出てくるなんてね。明日は大雪かしら」
「孔子よりもオレは孟子が好みだな。共感出来る話がいくつかあった。孟母三遷、好奇心旺盛な性格には好感が持てるよ」
「――――――ふぅん、そう」
人は生まれながらにして善である。しかし、教養も礼も学も何も植え付けないと人は悪の色に染まる。その通りだとオレは読んでしきりに同感した。
そして、その書の中にはこうも書いてある。人は生まれながらにして悪である。だが教養をちゃんと施せば和を守り、公共にて善を尽くすと。
じゃあオレは何なんだろう。まともに教養も礼も学も受けてきた筈なのに善人では無い。子供の頃それを疑問に思い、資料を読み漁った記憶がある。
懐かしい記憶だ。さくらさんにその事を聞いたら、『何言ってるの。義之くんなんてまだまだ勉強し足りてないんだから。そんな事言うなんて百億年も
早いよ。それよりお饅頭とおせんべい買ってきて』とまるで相手にされなかった。ムカついたのではりまおに眉毛を書いてやった。ざまぁみやがれ。
「ちょ、ちょっとぉ~! そんな小難しい話して誤魔化さないでってば!」
「あ?」
「小恋ちゃんもハッキリ言った方がいいよぉ、義之くんは鈍感なんだから! 色々言い聞かせておかないと、すぐ他の女のコと仲良くしちゃうかもしれないし」
「そ、そんな事は・・・無いと、思うけど・・・・なぁ」
随分歯切れの悪い返事だ。もしかして、こっちのオレにはそんな事を思わせるような兆候があったのかもしれない。なんだ、やっぱりロクデナシだったか。
席に座りとりあえず机の中身を漁ってみる。教科書は置きっ放しだ。ノートを開き、筆跡を見てみる。あまり変わりは無い。特徴の無い文字の羅列が並んでいる。
指の骨を鳴らしながら、次は金目のモノがないか探す。財布はある事にはあるのだが・・・・・、別世界のココじゃ使う気は起きなかった。
「な、なにしてるの。義之?」
「金が無いかなって探してたんだよ。そうだ、小恋。この間デートで食事した時、金オレが多く出したろ? ソレ、今返してくれ」
「えっ、えぇーーーーーっ!」
「ちょ、ちょっと義之っ。いくらあなた小恋と付き合ってるからってそれは――――」
「別に強請ってる訳じゃない。明日中にはすぐ返す予定だ。なんなら借用書でも書くか? 紙切れ一枚に鉛筆で書くだけでも、確か有効だった筈だが」
恋人だからデートはしている。それを前提でオレは小恋に金をせがんだ。男が女とデートをする時なんて、決まって男が見栄を張って多く出すのが普通だ。
この世界のオレはどうやら漏れなく普通の男みたいなので、きっと小恋とお出掛けした時なんざ多く出しているに決まっている。
明日になれば風邪とやらも治ってるだろう。ここのオレには悪いが借りた分はそいつに払ってもらう事にする。返すアテなんて無いし、そもそも無一文
の現状で金に余裕が出来たらまず返さないで、取って置く。何があるか分かったもんじゃないしな。
そう考え、金を貸せと言ったが・・・何やら小恋が眉を寄せて何やら考え事をしている。さすがに彼氏といえどもお金を貸す行為に躊躇いを感じている
のかもしれねぇな。ま、それが普通なんだけどよ。
「・・・義之」
「ん?」
「デートって・・・確か最後にしたの一ヵ月前だよね?」
「――――は?」
「確か映画見て、その後食事したから・・・・その時の分でいいのかな?」
「ちょっと、待て。小恋」
「うん? なに?」
「最後にデートしたのは一ヵ月前・・・・。そう言ったか、今」
「い、言ったけど。あれ、もしかして一ヵ月前じゃなくて三週間前だっけ?」
「・・・は、はは」
額に指を当てうんうん唸っている小恋。オレはといえば―――思わず引いてしまう様に乾いた笑みを浮かべてしまった。いや、それは仕方無いだろう。
付き合ってるカップルなんて毎日デートをしていてもおかしくない。間違っても月単位でするものじゃないと思っている。オレ基準じゃなくて一般常識で、だ。
おいおいおい・・・・。どんだけ彼女のこと放って置いてんだよ、ここのオレは。前のオレは鈍感だとは聞いていたが―――そんな問題じゃねぇだろ、これ。
「小恋、やっぱり金の話は無しだ」
「え?」
「そうだよな、うん。やっぱりああいう場所は男が多く金を出すもんだし、今更返せってのも気持ち悪い話だよな。忘れてくれ」
「う、うん・・・。義之がそう言うなら別に構わないけど・・・」
「まぁ、当り前の話よ。普段彼女の事放って置いてるのにお金を返せだなんて。厚かましいたっら無いわ」
「そうだよねぇ。なんだか都合のいい女の扱いしてるって感じで、嫌な気分だわ~」
「うるせーよ」
さすがのオレでも不憫に思ってしまった。普段構ってやらない彼氏が、彼女に金をせびる構図。滅茶苦茶カッコ悪いったらありゃしない。というかみっともない。
茜達の言葉を聞く限りじゃ、かなり普段からそんな感じみたいだ。小恋の性格からしても思った事を言えない性格。無理もねぇ話か。恋人なのにな。
さて、じゃあ金はどうするか。金が無ければ物は食えない。いつだってあって困るものじゃない。それが無いとなると、こうして困る事になる。
「・・・義之」
「ん? なんだよ」
「なんだか今日のあなたの様子、変よ」
「そうかな」
「そ、そうだよぉ~! 彼女が居るって言うのにあんな口説き文句を言うなんてさっ、もう、信じられないわぁ!」
「ああ、あれか。あれはからかっただけだ。本気にしなくていい」
「なっ―――――」
そうしてまたピーチク騒ぎ始める茜。それを聞き流しながら、ポケットに手を入れ周りの様子を観察してみる。見た事のある顔ばっかだ。
中には一緒のクラスじゃなかったヤツ数人は居るが、それ以外は殆ど同じ。欠伸をして知り合いの顔を探すがこの女共ぐらいしかは見当たらねぇな。
ため息をつき、首を鳴らしてる―――と、一人の男子生徒が入ってきた。見知った顔。渉だった。オレは軽く手を上げながら挨拶の言葉を投げかける。
「よぉ、おつかれさん」
「ん? あれっ、義之じゃねぇか。どうしたんだよ。今日は休みだって聞いたぜ?」
「家で寝てたら無事復帰出来たよ。やっぱり不摂生な生活なんてするもんじゃないな」
「はは、言えてるかもな。昼夜逆転しちまうと朝起きるのだるくて仕方ねぇし。オレも最近やっと元のリズムに戻れたよ」
「そうか――――ああ、そういえばさ、渉」
「ん?」
「金、貸してくれ。返すからよ」
「・・・・は?」
茫然とした顔付きの渉。こいつから金を借りるなんて、思ってもいなかったが腹に背は変えられない。オレだけじゃ無くアイシアもいるからな。
腕を組んで渋い顔をする。真面目な顔付きを作ったオレに何を思ったのか、首を捻りながらうんうん唸っていた。それもそうか。こいつ、いつも金欠だし。
義に厚い男だから助けてやりたいのは山々だが、元手が無いから困ってる。そんな感じの雰囲気が伝わってきた。
「なら担保をいれるよ。ほら」
「担保って――――うぉっとっと・・・・って、これっ!?」
「確かガボールのリング欲しがってたな、お前。それを担保にいれるから金貸してくれ。つーか、あげるよ。だから金を貸してくれないか」
「お、おいおい・・・。こんなものどうしたんだよ。数万ぐらいするヤツじゃん、これ。それに俺、そんなに金持ってねぇって」
「知ってるよ。だから数千円でいいや。今欲しいのはそんぐらいだし」
「す、数千円っ!?」
「要らないなら他をあたる。悪かったな、いきなり金の話なんてしちまって」
「ちょ、ちょっと待てよ! 買う、買うってばよ!」
席を立ち去ろうとするオレの肩を掴んで、無理矢理引き戻す。そして、いそいそと財布を漁り――――五千円を出してきた。なけなしの金らしい。
オレ的には八千円ぐらい欲しかったが・・・・まぁ、いい。二人分の食事なら明日まで持つだろう。あんまり強請っては渉の野郎が可哀想だしな。
親指を跳ねてリングを飛ばしてやると、慌ててそれをキャッチし、顔を綻ばせる渉。喜んで何よりだぜ、くそったれ。オレのお気に入りだってのに。
「義之、あざーすっ!」
「おう。はぁ・・・帰ったらまたバイトの日数増やさなくちゃな」
研究所のバイト、もっと行く必要が出来ちまった。美夏には会えるしそれはそれでハッピーなんだが、周りの女共はきっとあれこれ言うだろうなぁ。
特にエリカなんかは絶対言ってくる。小言のようにネチネチと。けど、しょうがねぇ。残飯なんか漁りたくないし、煙草も買わなくちゃいけない。
小恋達はそんなオレの様子を見て、何やら怪訝そうに顔を寄せ合いながらコソコソ言い合っている。気付かれねぇとでも思ってんのかよ、おい。
「・・・やっぱり、今日の義之くんは変よぉ」
「な、なんだか私もそう思ってきた。前はあんなの持ってなかったのに・・・」
「さっきの会話だって不自然だわ。あの義之が四書五経を読むなんて。そんな物、絶対に読まない性格な筈――――」
「さっきからコソコソやかましいぞ。特に、杏。てめぇだ」
「え――――きゃっ!?」
「きゃぁぁぁ~っ!? あ、杏ちゃんっ!?」
「杏っ!」
「おいおいっ」
杏の頭の上に手を置いて、回す様にこねくり回してやった。こいつはイチイチ細かい事に突っ込み過ぎなんだよ、まったく。少しは大きくなれよ。胸も。
周りが騒然とした様子で口を開けて、それを見詰めている。杏はこういった事されるキャラじゃねぇもんな。いつもクールに振舞って毒舌を吐く。そんな女だ。
だが、オレはそんな奴を見てると無性に弄りたくなってくる。普段澄ましてる奴ほど、こういう事をされる事に抵抗を持っていない。いつもは弄る側だしな。
適当に掻き回して気が済んだオレは、手を離しまたポケットに手を入れる。杏の顔を見ると、戸惑いと羞恥心をごちゃ混ぜにした顔を作っていた。
「あ、あ、貴方ね・・・・!」
「なんだ、怒ったのかよ。そんな肝っ玉小さいとこの先やってられないぞ。我慢するって事は生きていく上でとても大事なことだ」
「ちょ、ちょっと義之っ! 少し、やり過ぎなんじゃないのかなっ」
「ん? そうかな。彼女以外には冷たくする。オレは世間一般的に常識通りの行動を取ったまでだが」
「ど、どこがなのっ。普段の義之ならこんな事――――」
「風邪が治ったばかり少しナーバスになっているからな。普段通りいかねぇんだよ。だけど、だ」
「え・・・あっ・・・」
「普段通りじゃ無いから、こんな事までやっちゃうな、今日のオレは」
小恋の腰を抱いて、オレの傍に無理矢理引き寄せた。周りがそれを見てまた騒ぎだすが、気にならない。彼氏彼女同士ならこれくらいはするだろう。
どうやらこの世界のオレは、小恋に冷たくしているようだ。小恋の様子を見れば一目で分かる。恋人同士にしてはその空気があまりにも『らしく』無さ過ぎた。
付き合っているというのにどこか踏み込むのを躊躇っている、その様。余計な手助けかもしれないが―――少し空いている距離を縮めさせてやろうと思った。
自己満足にも似た身勝手な考え。もしかしたら、オレが誰とも付き合えていない事に少し罪の意識を感じていたのかもしれない。ふと、そういう考えが過った。
「う、っ、よ、義之なんでこんな――――」
「悪いな、小恋。いつもなんつーか・・・窮屈な思いをさせちまって。ちょっとオレ、最近冷たかったろ。どうかしてたんだよ。本当にすまない」
「・・・しょうがない、よ。最近は天枷さんのロボット騒ぎでそれどころじゃ無かった気がする・・・・し」
気持ちが楽な方に逃げているのかもしれない。本当は小恋の為では無くオレの為の行為。重くなっていた気を紛らわせる為にこんな事をしている。
だが、小恋の顔を見れば少しはそんな行動も間違ってない様に思える。さっきとは違って肩の力を抜き、目の力が和らいでいる。心に灯がともっている証拠だ。
いつかオレも、こんな風にちゃんと自分の女を安心させなくちゃいけねぇな。今現在の周りの人間関係を省みて、改めてそう感じた。
それにしても――――美夏、か。まだそんなつまらねぇ事で騒いでるのかここは。どこもかしこも教養が足りねぇ人間ばっかだ、まったく。
「・・・・・ぐすっ」
「ん――――って、おいおい」
「・・・あ、ご、ごめんっ。な、なんで泣いちゃうんだろうね・・・。本当に、ごめっ・・・ん、ひっぐ」
「小恋ちゃん」
「あ・・・」
「ちょっと安心しちゃったんだよね。うん。大丈夫だから」
「あ、茜・・・」
「ハンカチよ。礼は後で10倍にして返してよね」
「・・・・が、頑張るよぉ、杏。ぐすっ」
一粒の涙が零れ、それを皮切りにポロポロ涙を零す小恋。思わず腰に回していた手を離し、距離を取ろうとすると今度はあちらからぎゅっと密着させられる。
茜と杏がそんな小恋を慰めるかのように、ぽんぽん頭を撫でている。悲しくて泣いている訳じゃない。嬉しくて泣いているのがその笑顔で分かった。
その様子を見ながら、軽く目を閉じて、開けた。脇を見ると渉がなんともいえない顔付きをして頬をぽりぽり掻いていた。声を掛ける。
「なぁ、渉」
「ん、なんだよ」
「オレってもしかして――――滅茶苦茶に冷たい奴だったのか」
「そんな事・・・・あるかもしれねぇな。いや、天枷さんの件で一杯一杯なのは分かってるんだけどさ。少し、ばかり放置し過ぎなんじゃねぇのと思ったり」
「・・・そうか」
どもりながら言う渉。コイツが言う少し―――って事は全く少しどころじゃねぇって事か。気を遣われたのが分かった。渉はいつも細かい所で気を遣っている。
ここの世界のオレ。恐らく此処に来る前の世界の『俺』とそんなに変わらない。聞いた限りじゃすごく優しい性格で、爽やかなイケメンだったっつー話だ。
その割には服とかには無頓着だったみたいだが。皆が揃いもそろって優しいとか抜かしてたから、とても気の良いヤツなんだろうな。オレとは違って。
そう、優しい人物だ――――自分の女を放っぽりだしてまで、困っている人を助ける程までのクソッタレの聖人様だ。オレとは気が合いそうに無い。
「おい、小恋」
「・・・・ん、なにかな」
少しは落ち着いたのか、卒なく返事を返してきた。周りの連中もその様子を悟ってとりあえずホッと一息をつく。
てか、ここは教室だったな。何やらチラチラと視線が送られてきている。全く。目立ちたくは無いっていうのに・・・。
軽く眉を顰めてしまう。まぁ、いい。オレなんてどこ行っても目立つしな。別にかぶいてる訳じゃない。素直に行動しているだけだ。
「放課後、時間あるか」
「え・・・」
「少し話がしたい。いいか?」
「――――ッ! う、うんっ! 勿論だよ!」
「よかったわねぇ、小恋ちゃん。久しぶりにデートかなぁ?」
「いやいや、羨ましい限りっすなぁ、月島」
「私達の事は別に気にしなくていいわよ。ゆっくり楽しんでいらっしゃい」
「えへへ」
茜達の言葉に顔を綻ばせる。もう楽しみでしょうがないといった風だ。仕方無いか、あんまり構ってやってねぇみたいだし。そりゃそれだけ喜ぶよな。
さて、どこで話そうか。このクソ寒い冬に屋上なんかに行きたく無いし、そうすると中庭の隅っこか。あそこは意外と風が来ないからいいかもしれない。
話、少しばかりの助言をしてやろうと思う。オレは最低でも明日には帰る事になる。だからこういう事は今日中に終わらせた方が実にスマートだ。
あと――――これは浮気でもなんでもねぇからな。オレの名誉の為、小恋の名誉の為に確認しておく。『他人』の女寝取っても楽しくねぇからな。
「まさか、ことりがこの人達と知り合いだったとはね」
「あはは。まぁ、色々縁の巡り合わせで知り合う事になりまして・・・」
「あらぁ、可愛い女の子ですねぇ。お人形さんみたいです」
「・・・ふっ。ありがとう。萌さん」
どこか溜飲が下がるような顔付きで礼を返す雪村さん。眞子ちゃんはそれをどこか胡散臭そうに見詰めている。周りには居ないタイプだから警戒して
いるのかもしれない。それに比べて萌先輩はいつも通りのフランクな態度だ。
さすがに音楽室に9人の女の子を泊らせるのは中々に窮屈だが、我慢してもらうしかない。生憎と他の教室はクリスマスパーティで埋まってしまって
いるのだから。この音楽室は私とみっくん、ともちゃんが使用しているから誰も入ってこない。
その内その二人にも、彼女達の事を紹介しようと考えている。みっくん達なら馬鹿なと言って一笑するような性格では無いし、何より信用に値する
人物達だ。きっと雪村さん達に、快く助力してくれるだろう。
「今日は驚く事ばっかりね。まさか未来人、それも9人と会えるなんて。人生何が起こるか分かったものじゃないわ」
「そうですねぇ。私もびっくりしてますよ。それもこーんな可愛い娘たちばかりで・・・ふふ」
「・・・だから尚更面白くないんだけどね。その桜内義之って男に騙されてるのが」
「ケンカはダメですよぉ、眞子ちゃん」
「さてね。一言文句ぐらい言わないと気が済まないわ」
「あらぁ・・・・」
困り顔をして頬に手をつく萌先輩。彼女みたいな温和な性格の持ち主からしたら、実の妹がケンカをするのはよろしくないのだろう。
私もケンカとか争い事をするのは苦手だし、見るのも苦手だ。だから、その義之くんと会う事を考えると少し怖いかもしれない。聞く限りじゃ不良みたいだし。
苦手な人種。会えると決まった訳ではないだが、私は既に苦手意識をもう持ってしまっている。朝倉くんみたいに少しフランクだと助かるんだけど・・・。
「考え事かな。ことりさん?」
「・・・ななかさん」
人懐っこそうな顔で話し掛けてくる同じ姓の女性。何処となく私と似ている気がした。聞けば遠い親戚らしい。お互い会った時から、何かシンパシーみたい
なものを感じていた。言葉では言い表せない、不思議な気持ち。
その疑問は、ななかさんと握手した時に氷解した。心の中をくすぐる様な感覚。同じ極の磁石を合わせた様な反発力。お互いに無意識に相手の心を読もうと
した感覚だった。彼女も私と同じ、心を読める能力を持った女の子だった。
「いえ、少し・・・その義之くんという人の事を考えていて」
「義之くん? 義之くんがどうしたの?」
「皆さんの話を聞く限りじゃ、少し怖い人物らしいので。もし、会う機会があったらどうしようかな、と・・・」
「・・・あー・・・・・」
私の言っている言葉の意味を理解したのか、腕を組んで少し考える仕草をするななかさん。その仕草もまた可愛らしく、彼女にとても似合っていた。
そういえばななかさんもまた、その義之くんという男を好きらしい。何故だろうか。それはななかさんに限った話ではなく皆に言えると思う。
「ケンカをよくすると聞きました。それも女の子、子供も殴ってしまうと」
「子供は分からないけど――――女の子は平気で殴るなぁ、そういえば。私は見たこと無いけどムラサキさんとかはその現場見た事があるって言ってたし」
「あとは煙草も吸うって聞いたし、お酒もよく飲んでるって」
「ヘビースモーカーだね、あれは。由夢ちゃんがよく止めてって言ってるけど聞かないし。お酒は昨日も飲んでたと思うよ。1週間に2、3回はお気に
入りのバーに行ってるって本人から聞いたから。穴場なんだって言ってた」
「・・・・でも」
「うん?」
「ななかさんは、義之くんの事、好きなんでしょ?」
「――――――はは。まぁ、ね。中々実る気配は無いけど」
照れくさそうに頬を掻く。分からない。そんな人の事を好きになるなんて。私が朝倉くんを好きになった理由は、彼が優しいからだ。
私が学園のアイドルだと知ってても態度は普段と変わらないし、そこに打算的なものは無かった。ごくごく自然な態度。そこに惹かれた。
みんな私を特別な目で見てくる。羨望や嫉妬といった感情をよく向けてくる。その中で彼だけは、何も変わらない態度で接してくれた。
だから―――――。
「なんで、その人の事を好きなのかな?」
「ん、優しいからかな」
そんな風に呆気なく言える彼女に、私はどこか信じられない目を向けてしまった。
「・・・・失礼っすけど、とてもじゃないですがそんな人には思えません」
「あ、あはは・・・。話だけ聞くとそう思うよね。すごい不良でろくでもない男性って。実際、雪村さんも常日頃そう文句言ってるし」
「だったら――――」
「私が心を読めるって、彼、知ってるんだ」
「・・・・・・・・え?」
私の言葉を遮る様に彼女はそう言った。心が読める事を知っている。私達が一番知られたくない事を、その義之くんは知っていると言った。
他人の心を読める。これは絶対に他人に知られてはいけない事でもある。知られたら最後、周りの人達は自分から距離を取り、離れていく。
孤独―――私が絶対なまでに嫌うものだ。小さい頃みたいに、また不安になりたくない。そんな気持ちを常に持っていた。ななかさんも似た様な感じだろう。
「最初はすごい距離を取られたよ。それにはっきり言われたね、近付くな、触るなって。結構ショックだったなぁ・・・」
思い返す様に天井を見上げる彼女。言葉には陰りが見えない。意味が分からなかった。そんなあっけらかんに言えるのは、おかしい。絶対に。
そんな私の気持ちを知らずにななかさんは言葉を紡いでいく。サイドに垂れている髪を弄びながら、視線を私に戻した。
「でも、それがきっかけで話す機会があったんだ。たまたま屋上で会って、気まずい分気になって、話題が無いからその能力の話になって―――そして言われた」
「・・・・なんて、ですか」
「お前さぁ、いつまでそうやって人の顔色窺ってんのって。その内そうやって皆に良い顔をしてたらいいように使われるぞって」
「あ・・・」
「ことりさんも薄々勘付いてるんじゃないかな。私達の能力って凄く便利だけど・・・やっぱり卑怯なんじゃないかなって。こんな事してたら、みんな自分
から離れていくって」
「・・・・・」
「私は心を読むの止めたよ。まぁ、時々意識していないのに読んじゃう事もあるけどさ。人に不自然なまでにくっ付くのも止めたし、愛想笑いも止めた」
それは―――とても辛い事だったんじゃないだろうか。人の心を読めるという事は安心出来ると言う事。絶対に攻撃をされないという事なのだから。
人が望んでいる通りの事を喋り、行動する。とても気が楽になる行為。お互いを傷付けず、また傷付けられる事も無い。幸せになれる能力だと思う。
だが、やはり心の何処かではななかさんが言った通りの事を思っていたのかもしれない。共感したという事はそういう事だ。私も卑怯だとは思っていた。
しかしもう止められる領域ではなかった。気付いた時には、もう安心感に身を全部任せてしまっていたから。今更その行為を止める勇気は、私には無かった。
「そしたらさ、義之くんがよく喋ってくれるようになったんだ。困った時にはすぐ助けてくれるし、相談事もちゃんと聞いてくれる。優しいよね」
「それは・・・・」
「普通だったらもう近付かないよ。私が心を読むの止めたって言っても、普通の人はそんな言葉信じないもん。今まで人の心を読んできたんだから」
「・・・・うん。そうですよね。私も、そう思います」
「彼ってさ、人の事を良く見てるんだ。ああ、こいつは今こんな事を考えている。こう思っている。次はこうするだろうって。まるで人の心を読める
みたいにさ・・・・はは、よく考えたら本当に性質が悪いね。そんな能力なんてもってないのにそんな事出来るなんてさ」
「は、はは・・・。すごい人っすね」
やばい・・・益々会い辛くなった。ただでさえ怖いイメージを持っていたのに、そんな事を知ったら更に身が強張ってしまう。
思わずぶるっと震えてしまった。見ると、ななかさんもその時の事を思い出したのかぶるっと震えていた。自分から言い出したのに・・・。
私の視線に気付いて、こほんと咳を鳴らし体制を取り繕うななかさん。腕を組んでうんうん唸っている。どこか政治家の偉い人みたいだ。
「ま、まぁ、要は私の頑張りが認められたって事だよね。義之くんが近付いてきたって事は」
「頑張り?」
「結構頑張ったんだよ? 私の場合触れないと心を読めないから、必死に『普通の人』になる為にちゃんとした会話を覚えたりさ」
「・・・会話かぁ」
「うん、会話。簡単な所から始めたよ。相手の言葉に基本的には相槌を打つとか、質問にはオウム返しをして話を途切れさせないとか」
ななかはその時の事を思い返す。まるで赤子の様に何も知らない私に色々教えてくれた時の事を。かったるいと言いながらも、一生懸命な顔付きで
頼み込むななかに、義之は煙草を吸いながら『会話』を教えた。
基本的な事―――5W1H。イエスかノーといった『閉じる』答えをしない。その話題の関連するものを引っ張ってくる。無理に自分が話す必要はない。
相手の言う事に相槌は打つだけでもそれは会話として成り立っている。
その甲斐あってか、今ではななかは普通に会話をする事が出来ている。ただ、少しばかり恥ずかしい思いもした。よく義之はななかの事をからかう。
お前の笑顔の可愛さがあれば言葉なんていらないだろう、とか美人はいいよな、黙ってるだけでも会話になるんだとか。
そうやってからかわれて―――本気にしてしまったななか。最後まで彼女に付き合った義之。そんな彼に、ななかはもっと深い関係を望んでしまった。
「頭はいいんだよ。まったくそれを活用しないけどね」
「・・・はぁ、そうなんすか」
「今の私があるのも義之くんのおかげだよ。本当に感謝してる。まぁ、私の場合もっと深い関係を望んじゃったけどね」
そう言って笑うななかさん。さばさばした顔だった。そんな顔を私はいつか出来るだろうかと、ふと思ってしまった。
心を読めると知っても近付いてきてくれる人。いや、知られても自分が近付いていきたいと思う人。朝倉くん。彼はどうなんだろうか。
「まぁ、実際会えばどういう男の子か分かるよ。ああ、彼の心とか読もうとしない方がいいよ。義之くん、何故かそういうのに敏感で気付くから」
「うっ。気を付けます、はい・・・」
「うん。さて、そろそろお布団に入ろうっかなぁ~、うりゃぁあーーっ!」
「きゃぁあっ!? な、なんなのぉ~!?」
「そこの布団は私のモノだよ。花咲さんはあっちのお布団ね」
「はぁ~っ!? このお布団は私が最初に気に入って手に入れたものなのよ! 白河さんこそ、そこのせんべい布団にしなさぁい!」
「えー。私、このお布団がいいなぁ」
「そうやってまたぶりっ子ぶってっ・・・・!」
「・・・・まぁ、私はそのせんべい布団を使ってる訳だけどね・・・」
ななかさんは花咲さんが寝ようとしていたお布団にダイブした。喧嘩になる両者。沢井さんは渇いた笑いをして布団の中に潜り込んでいった。
そろそろお開きの時間か。時間はまだまだ早い時間帯だが、彼女達はかなり疲れている。早く寝た方がいいだろう。眞子ちゃん達も帰る呈をなしていた。
明日の朝には差し入れを持ってきてくれるらしい。正直助かった。金銭面では私だけで賄えそうになかったから。さすがに9人ともなると食費は馬鹿に出来ない。
それにしても―――桜内義之くん、か。話を聞けば聞く程理解できなくなってくる。かなり怖い人物な筈なのに、彼女達は気を許している。
まぁ、会う機会があったら少しだけ、ほんの少しだけ『会話』を試みて様と思う。私は、来るかもしれないその時の事に心を馳せた。
「じゃあ、そろそろ行きますか」
「そうだね。あーあ、クリパの準備サボっちゃったわよ。皆怒ってるだろうなぁ」
「私も似た様なものっすから。けど、彼女達に出会えたんだから、かえってサボってよかったかもしれないっすね」
「うーん――――まぁ、ね」
「すぅー・・・・・・・あら?」
一つ頷き、私達は歩き出そうとし――――けたたましい爆発音が学園の外から響いてきた。騒然となる音楽室。ななかさん達が何事かと跳ね起きる。
ああ、『また』この音か。不思議と私はソレに既視感を覚えた。なんだろう。こんな音を聞いたのは初めてな筈なのに・・・初めてじゃ無い気がした。
外を見ると、実行委員会と風紀委員の人達が駆けだして行くのが見えた。それを酷く落ち着いた表情で見る私と眞子ちゃん達。
そう、私達はこれを何回も体験していた。何回、何十回と同じ経験を。そして、思う。また同じ事が明日も起きるのだろうと―――――。
「・・・・・・・ハッ」
勢いよく頭を上げる。ゴンッという音。ひゃうと悲鳴を上げて頭を押さえて体をぴくぴくさせた。のたうち回りたいが、ここは狭い襖の中だ。
ロクに身動きできず頭を抑えながら痛みを堪える。一瞬、ここはどこかと頭が真っ白にになったがすぐに思い出す。こぶが出来た頭を擦りながらため息をついた。
身に余る魔法の力を行使した所為で、かなり体力を消費してしまった。そんな私を気遣ってか、義之はこの場所の存在を教えて散策に出かけたんだっけ。
「イタタ・・・うぅー・・・たんこぶが出来ちゃいましたよ。なんてついてないんでしょうか全く。取りあえず外に、っと」
義之――――彼が出かけて行った時の事を、つい思い返した。時に気負った様子は見受けられず、まるで子供みたいにはしゃぎながら学園長室を出て行った。
あの子が騒ぎを起こさず帰ってくる確率―――かなり低いと今更になって思う。かなりフラフラしている状態だったから、冷静な判断が下せなかった
と少しばかり私は後悔してしまう。
義之はある一種のトラブルメーカーだ。まず、あの性格がやばい。引く事を知らないし逆に押し返そうとしてしまう様な性格の男の子。なんでもっと
良い子に育たなかったんだろうと、はたと疑問に思う。
あのさくらの息子だ。きっと教育は厳しかったに違いない。さくら本人は結構な悪戯好きだったが、同時に礼節を重んじていた。それなのに義之という
規格外の男のが育った―――世の中は分からない事ばかりだ。本当に。
「あ、これって・・・・」
襖の扉をこそっと開け、辺りをきょろきょろしている――――と、見知った服が目についた。風見学園の女子制服。私もこれに身を包んだ経験があった。
やはり年月が経っているので、服のデザインは多少なりとも変わったが見ていると懐かしい気分になれる。あの頃は本当に色々あったなぁ。
脇には男子生徒用の学生服も置かれている。来年入学してくる生徒のものだろう。数着が折り重なるように置かれていた。
「・・・・うーん」
義之は大丈夫だろうか。いくらここが自分達が居た世界と似ていると言っても、所詮は別世界。何があってもおかしくはない。元々望んで来た世界では
ないので色々と不安要素はあった。
もし、なんらかのひずみで別世界の住人の私達に危険が起こるかもしれない。そう考えると、段々不安な気持ちに駆られてしまう。義之は楽観的に構えて
いたがどうしても私はそんな気持ちにはなれなかった。
また周りを見回し、誰も居ない事を確認する。手に持った制服のサイズはちょうど私にぴったりのサイズだった。来年入学してくる生徒の子、ごめん。少し
だけお借りします・・・・。
「不審人物と思われるかな・・・。でもまぁ、うん。知らんぷりしとけばいいですよね」
あの子もそう言ってたし、そうする事にしよう。意外と堂々としてればバレないかもしれない。風見学園は当時でも大きい建物だった。
今ではマンモス校と言われるまでにその規模を大きくしている。外人さんも割かし多いし――――イケるか。
「待ってて下さいね、義之。もし何かあってもお姉さんの私が助けてやりますから」
ぎゅっと拳を握り、そう宣言する。彼に会った時から、どうしても私の調子は彼に狂わされっぱなしだ。私の方が大人だというのにまるで子供扱い。
由々しき事だ。一度はっきりと私が年上である事を認識させなければいけない。上下関係を強いる事は好きじゃないが、最低限の線引きは必要だろう。
だけど――――まぁ、あれだ。たまに頭を撫でさせるぐらいは許しても良いと考えてはいる。彼はどうやらその行為が好きらしいし、それは許可してあげよう。
「よし、と。行きますか」
服をパンパンと伸ばし捻じりを無くす。準備は万端だ。義之に貸してもらったコートは丁寧に畳んでおく。うっ、今更気付いたが高そうなコートだなぁ、コレ。
あの男の子は、どこからそういうお金を調達してくるのだろうか。今度後学の為に教えて貰う事にしよう。私も新しい服買いたいしね。どんなのがいいだろうな。
学園長室を再び見渡し、忘れ物が無いかを確認。よし、忘れ物は無しっと。若干のドキドキ感とワクワク感を兼ね揃え、私は外の廊下に躍り出た。