寒い風に身が震え、オレは固いコンクリートの上から起きだした。時間を見ると4時30分の時間を指していた。
「寝過ぎちまったか・・・」
そう呟いてオレは身体を起こした。日はもう大分傾いており、もう綺麗な空は曇っていた。
クラスにでも戻ろうかと思って――――朝の光景を思い出した。苦痛に歪む板橋の顔。小恋は泣きだし、花咲に睨まれるオレ。
そして雪村はオレを見ていた、何処か注意深く観察するように・・・。オレはかったるくなるのを感じた。
クラスには雪村達がまだ残っている可能性がある――――オレはどこか暖かい場所がないか考えた。
「保健室・・・は駄目だな。水越先生がいるし、話すのもかったるい。となると学園長室か・・・」
そうオレは結論を出した。あの部屋はさくらさんの趣味で和室になっており、炬燵もある。暖を取るには絶好の場所だ。
――しかし、朝に音姉が言っていたことを思い出した。どうやら最近のこっちさくらさんは忙しいらしい。迷惑をかけたくはなかった。
すると残っている可能性は・・・だめだ、思いつかない。
「とりあえずここにいてもしゃーないな・・・廊下に出るか」
身体には容赦なく冬の風が叩きつけられる。もう身体が冷え切っており、オレは逃げるように屋上を後にした。
部活に行く者、帰宅部の者、そのまま教室に残って談笑をする者、様々だった。オレはそれらを目の脇に留めながら歩いた。
オレは部活をやっている者のことを少し尊敬していた。毎日毎日ある事に没頭する、オレにはそういった物が無なかった。
特に運動部のやつらはすごい。自分の身体をイジメ倒す作業を毎日している、真似は出来ないと思った。そして何より絶対に
報われるという可能性は無いのに日々努力しているのは尊敬出来る。
一回柔道部のヤツと乱取りをした事がある。体育の授業での事でオレはそいつに好きに投げてみろよと言った。運動には自信があったからだ。
結果を言うとボロクソに投げられた。素早い動き、足の細かな技、受け身をとっても伝わる衝撃。オレは面喰らってしまった。
話を聞くとだ、まだ俺は駆け出しでもっと強いのは上にゴロゴロといると言ってそいつは他の奴の相手をしに移動した。
オレは鼻っ柱を折られた気分だったが、いい経験だと思った。自分の狭い世界観が少し広がった気分で、嫌な思いはしなかった。
「おい、義之」
「んあ?」
それらの様子を見て、回想をしていると声を掛けられた。振り返ると後ろに気付いたら板橋達が立っていた。
板橋の後ろでなぜか慌てた様子で目をせわしく動かしている小恋、そして長い髪の女――――確か名前は白河だったか、そいつらが立っていた。
軽音部だかに入っているのだろう、ギターケースのような物を背負っている。板橋を見ると怒りの目をしていた。
当然だ、腹に蹴りを入れて膝屈ませたんだ、心情穏やかではないのだろう。
「どこ行ってたんだよ」
「屋上で寝てた。今日は日差しが良くてな、熟睡してた」
「月島がメールを送ったんだけど・・・見たか」
「ああ・・・そんなのも来てたな。めんどくせーから最初の2通だけ読んであとは無視ったがな」
そういうと板橋は目を吊り上げてオレの近づこうとした。またやり合うのか・・・めんどいと思ったが、そうはならなかった。
小恋が板橋の腕を掴んでいた。もうやめてとでも言うかのような目をしていた。板橋はそれを見て若干怯んで、上がりかけた足を降ろした。
「くそ・・・なぁ義之、何があったんだ? 今日はすげー暴力的じゃねーか。何か悪いモノでも喰ったか?」
「特に腹を下すような物を食った覚えはないな。朝喰ったコンビニ弁当も賞味期限は切れていなかったし・・・最近は風邪もひいてないな」
「とぼけるのも大概にしろよな・・・ッ」
「聞かれたから答えたまでだ。―――第一に、何かがあったとしてもそれをお前に話す義務が生じるとは思えない」
「―――てめぇ!」
そう言い今度こそオレの襟を掴んだ。小恋は涙目になって動けないでいた。白河が慌てて俺達の間に割って入った。
「ちょーっとちょっと!ストップ、はいストップ!板橋くん落ち着いて!」
「白河っ!離せよっ・・・! こいつの事一発殴るまで―――」
「いいからっ!!」
そういって無理矢理板橋の手を引き離した。板橋の顔はまだ怒りに染まっている。まだ気は済んでいない、そんな顔だった。
「はいそのまま動かないで直立不動!そこから一歩でも動いたらもう部活来ないよ、私」
そう言って板橋を落ち着かせた。板橋は不承不承ながらの様子も、気をなんとか落ち着かせた。
「義之君」
こちらに振り返る白河。目は真剣味を帯びていた。オレはなんかかったるくなりそうだと思い始めた瞬間、白河は声をだした。
「なにがあったのか、ちゃんと聞かせてくれる? 朝に教室で起きた事は板橋くんとか小恋から聞いてる・・・。ねぇ、教えて」
「なんもねーって」
「うそ、だって義之くんはそんな事するような人じゃないもの、何か理由がある」
そう言いきった。オレは吹き出しそうになった。オレがそんな人じゃないって?お前はエスパーかよ。人がどんな人かはその人自身しか知らない。
大抵こういう風に言う奴は、その人を分かった気でいる奴が吐く台詞だ。
「言い切るね、アンタ」
「だってそうだもの、この間一緒にバンドやった時は普通だった。何かあったと思うのが正常でしょ?」
「バンド?」
こっちのオレはバンドやっていたのか・・・軽く驚いた。生まれてついてのこの性格、みんなで音楽をやるような性格ではない。
バンドというのは、一人が何かの拍子でずれたらバランスを失う集団音楽だ。人との触れ合いに嫌悪感を持つオレがやるようなものじゃなかった。
音楽だけに限らず集団行動が出来ないオレは小さい頃から浮いていた。当り前の事だった、社会と言うのは集団行動で成り立っている。
ある動物のようにひとつの個体で生きていける生物ではない。だからみんなからは奇異の目で見られていた。
寂しいと思った事もある。だが人と触れ合って感じるのは嫌悪感だけだった。生まれ持ったこの呪いとも言うべき心。
嘆いた事もあったがその心は次第に大きくなっていき、気が付いたらもう何も感じなくなっていた。マヒしていた。
「忘れたの?この間一緒に演奏したでしょ? その時は普通に優しかったのに・・・」
「・・・ああ、そういえばやったな。だが安心してくれていい―――もうニ度とやらないだろうから」
「―――! な、なんで・・・?」
「もう興味がなくなっちまった、ただそれだけだ。じゃあな」
「ま、待って!」
そう言いオレの腕を掴もうとする―――オレは躱した。今日は腕を掴まれるとロクな事がない。かったるいのは無しだ。疲れる。
「触るなよ」
そう言い、歩こうとした瞬間―――今度はオレの手を握ってきた。そういえばと思いだす。
前の世界でも白河はこうやってボディタッチが多い女性だった。男女構わず手を握ったりしていて、それでその容姿からも男子には人気者
だった。そして反対に女子からは嫌われていた。
手を握られた男子は勘違いする、しょうがないと思う。男というのは勘違いしやすい生き物だ、ましてや18にも満たない歳、無理はない。
そしていざ近づこうとすると逃げる白河。男子からすればなんで?という気持ちでいっぱいだ。
そして男は怒る、思わせぶりな事するなよと。数回そんなことあったら普通はそういった行動は辞めるが、白河は止めなかった。
そうしていくうちにだんだん白河は孤立していった様に思えた。男子からは煙たがられ、女子からも益々嫌われる。
どうしようもないと思った。
一回オレの手を握った事もあったが何か驚いた顔をして―――手を離した。それ以来顔を合わせても背むけるし、避けるようになっていった。
元々喋る間柄ではなかったので気にも留めなかったしそしてオレはこんな奴だ、うっとおしくなくて済む。清々した気分だった。
「おい手を離―――」
そう言い掛けて白川の顔を見た瞬間―――ゾッとした。理屈では言い表せない。多分他のヤツが今の白河の顔を見ても何も思わないだろう。
別に普通だともいいきれる表情だ。少し悲しげに揺れる目、頼りなく握る手。さっきまでの状況を見ていたなら何もおかしくない。
至って自然な流れだ。だが―――目だけは何か違っていた。お前のすべてを見てやるという目だった。不可能な話だ。
人の心がそのまま読める奴なんていやしない。漫画やアニメならそういう奴がいるのを見たことは分かるがここは現実だ。
だが白河の目はそんなことは不可能じゃないという目をしていた。朝、新聞に目を通すような感覚で当り前の事だという目の
色のような気がした。
本当に言葉では言えない。目だってオレが単に気の迷いでそう見えただけ、本当はただ悲しみに揺れてるだけなのかもしれない。
だが―――
「――――――ッ!!」
「あっ」
オレは手を振り切った。白河は残念そうな顔をした。嫌な汗がドッと出た。気分が悪かった。
まるで自分が覗かれてるような感覚、すべて知られるような感覚。
だれだって拒否反応を起こす。人は知られたくない事や隠しておきたいことなどはたくさんある。それを隠し生きていくのが人間だ。
人間の特徴ともいうべき心のすべてが知られる―――本能はそれを拒否するのは当たり前だった。
「・・・・・」
例えるなら苦虫を口に入れられ、炭酸飲料を一気飲みさせられた気持ち―――要は最悪という気分だ。冷たい汗が気持ち悪かった。
「今度触ったら―――殺すぞ」
「ひッ・・・」
どうかしていた。気のせいに決まっている。きっとかったるい事が今日1日でいっぱいあったせいだ。休めば気は安らいでいつものオレになる。
白河にありったけの殺気をぶちまけてやった。これでまた来るようなら多分マフィアのボスの頭だって笑いながら叩けるような性格だ。
それだけの顔と空気を出した。実際に本当に殺そう思っていたのかもしれない。だが殺人して刑務所なんて入るのはバカのする事だ。
すぐ気を落ち着かせて踵を返した。白河は気が抜けたのかオレの背中の後ろで座り込んだのを感じた。
「そういえば・・・言うの忘れてたな」
オレは振り返った。白河が恐怖に歪んだ顔をした、効果はあったらしい。
その後ろでオレの怒った顔を見ていたのか―――板橋達も白河に駆け寄ろうとして凍った。
「もうニ度とオレに話しかけるなよ。雪村達にもそう言っておけ」
「え―――」
「その言い付け守らなかったら本気で全員ブン殴る」
「そんな事――――!」
「・・・・・・」
板橋は納得いかないのか言い返そうとした時、オレは睨んだ。そうして開きかけた口を閉じる板橋。
数秒そうしていたが小さい声で、分かったよ、と言った。オレはそれを聞いて一安心し、歩き出した。
「おーい!マイ同士、桜内!」
「ん?」
玄関に向かう途中の廊下で杉並に会った。奴にしては珍しく息をきらしている、後ろをチラチラ見ながら走ってきた。
「断るぞ」
「はーっはっは! まだ何も言ってないだろうが、んん?」
「いかにも誰かに追いかけられてます、みたいな奴に構ってる余裕なんかねーよ。かったるい」
「まぁそんなこと言わないでオレの話を聞くのも一興だぞ? 人を助ける事で、その優しさが生き甲斐となるという言葉がある」
「生憎オレはヘレン・ケラーみたいな聖母じゃないな、力になれそうにない」
「そう言うな同士よ、実は・・・・」
そういって声を潜め話しかけてくる杉並。ヤツはオレとの間の距離を縮めようとして――――一止まった。
その距離感は昼間オレが取った距離感だった。
「爆発ブツを仕掛けてる所を生徒会に見られらた」
「じゃあな」
オレは玄関に向かった。ガシッと肩を掴まれた。かったるそうに振り返るオレ。
「―――っておいっ!そこは格好よく助けるんじゃないのか!」
「うっせー。オレはかったるいのは嫌いなんだ。処刑されるんならお前一人で死ね」
「うぬぬ・・・キリストの時はみんな喜んで命を差し出したんだぞ」
「お前を助けても奇跡は貰えそうにないからな」
「だが名誉がもらえるぞ」
「どんな?」
「二階級特進という素晴らしい称号だ」
「ふざけろ」
オレは肩の手を振り払って歩き出した。後ろからはふむ、使えない男めという声が聞こえてきたが無視した。早く帰って布団に入り
たいと思い鞄を肩にかけ直した。
「じゃあな、杉並」
「うむ、仕方がないか・・・・。オレが生きていたらまた明日―――――」
「ああーーーー!見つけましたわよ、貴方!!」
「チッ、生徒会め!厄介な新人を連れてきおって・・・」
「ん?」
振り返ると端正な顔立ち、綺麗な金髪、不思議と制服が似合ってる――――エリカが走ってきた。
「なんだお前、エリカに追われてたのか」
「それこそなんだ、だな。桜内、知ってるのか彼女のことを」
「多少縁が会ってな。オレの―――飼い犬みたいなもんだ」
「なんとアブノーマルな・・・そんな趣味があったとは・・・。しかし、あの手に負えなさそうな女を
手懐けるとは、さすが桜内といったところか」
「そう言いつつオレの背中に隠れるお前は正直うざい、とオレは思ってる」
素早い動きでオレの背中に回る杉並。ため息をついた。昼寝して戻った気力、板橋達との件でもうなくなっていた。
「つれない事をいうな、桜内。なぜだが知らんが今日のお前はワイルドだ。少し怒った顔して追い返してくれ」
「もうそんな気力なんかねーよ、お前と別れた後、色々あったんだ」
「追い返したらそうだな――――エッチな本でもくれてやろう」
「オレは小学生か、てめぇ・・・」
そう言い、正面をみるといつの間にかそこにはエリカが立っていた。真面目な顔つきで腕を組んでムス―っとした顔、オレは笑った。
ピクッと眉毛を動かし、少し不機嫌な声で口を開けた。
「そこ、どいてくれるかしら?」
「いきなりとんだ御挨拶だな、エリカ」
「名前を忘れていたくせに、いきなりファーストネーム呼ばわり?」
「うるせー、いちいち文句言うな、うっとおしい」
「――――ッ! コ、コホン」
わざとらしく咳払いをしてオレを見据えた。おれはどうでもいい態度。なるようになるかと思った。
「その男を庇い立てしてもいい事なんてありませんわよ」
「それは重々承知している、むしろ厄災を運んで来る疫病神だな」
「知ってるならそこをどきなさい、生徒会で身柄を預からせもらいます」
「嫌だね」
「な――――」
最初は道を譲る予定だったが気が変わった。こいつみてるとからかいたくなる。エリカは顔を怒りに変えた。
「100万くれたら通してもいいけどな」
「ふ、ふざけてないでどきなさい! その男は毎回騒ぎを起こす不心得者なのよ! さっきだって私の顔見るなり逃げて
あろう事か・・・コ、コショウを私の顔に投げつけてきたのよ!」
なにやってるんだか・・・背後の杉並の顔を見た。杉並はくっくっくと笑っていた。その顔を見て更に怒りだすエリカ。
「べ、別に無理に道を空けて貰わなくて結構ですわ」
そう言い、オレの脇を通る瞬間――――
「ひっ!」
「おおっとぉ」
ドンッとオレは大きい音を立てて壁に手をかけて通せんぼした。驚いて変な悲鳴をあげるエリカ。わざとらしく驚く杉並。オレは口を開いた。
「邪倹にしないでくれ、頭にきちまう」
「――ッ!」
「オレは寂しがりやでな。だから、お前に、構ってほしいんだが」
「こ、今度にして下さらない?」
「いーや駄目だね、今がいい」
「ふ、ふざけてるの、貴方!」
「割と本気だったりして」
寂しいというのはさすがに嘘だが、構いたくなったのは本当だ。こいつがキャンキャン吠える姿は面白い。
他の奴が吠えたところでただの野良犬だが――――――
「お前もオレに構ってほしいんだろう?」
「な、なにをバカな事を――――」
「素直になれよ、お前」
「あ――――」
そう言いい昼の時みたいに腕を引っ張った。胸に治まるエリカ。最初はジタバタと抵抗したがオレが腕に力を入れると
痛がるような顔をして静かになった。
「こ、このっ!な、な、何を考えてますの、貴方と言う人は・・・!」
「あ?何を考えてるか教えてあげるか?」
「え?」
「え?じゃねーよ」
そういい顎に手を掛けて目を見つめた。綺麗なブルーの目、にやにやしたオレが映っていた。エリカは驚いた顔をして固まっていた。
そして――――
「ドキドキ」
「いや、うるせーよ、テメェ」
後ろから聞こえる杉並の声。オレは急に気が落ちて行くのを感じた。本気ではなかったんだがなんだが冷めちまった。
杉並の声が聞こえたのかエリカはハッとした顔をしてオレから離れて行った。流れる髪、別に名残惜しくはなかった。
「こ、この――――」
「おーいエリカー、杉並はいたかー?」
「エリカちゃーん!」
「あっ」
そう呟いてエリカが後ろを向く。聞いた事ある声、振り向かなくても分かった。杉並は逃げようとしていた。
「待てよテメェ」
「な、なにをする桜内!」
「昼間オレに何があったか知ってるんだろう、逃げるな、かったるくなる。お前がいるとそれが分散されるかもしれない」
そう言って杉並の腕を掴んだ。思いっきり力をいれた。杉並は抵抗しても無駄だと分かったのかおとなしくなった。
「あ、弟くん―――」
「・・・・・」
音姉とまゆきは俺達の前まで来た。微妙にバツが悪そうな音姉の顔にどこか怒ってるまゆきの顔。
「音姉先輩にまゆき先輩、とうとう杉並という男を追い詰めましたわ! でも桜内が邪魔して・・・」
「え、あ、そうなんだ・・・・はは」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ふむ?」
エリカは音姉とまゆきの反応が意外だったのか、えっ?えっ?という顔をしていた。杉並は黙ってその様子を観察していた。
オレはさっきまでおちゃらけてた空気を変えた。途端に流れ出す少しの緊張感。場の空気は重くなった。
「・・・ねぇ、弟くん」
まゆきが喋りだした。
「音姫に謝って」
「あ?」
「いいから謝りなさい」
「断りますよ、面倒です」
言った瞬間にビンタが飛んできた。喰らうオレ。驚く音姉とエリカ。口に暖かいモノが垂れてる感覚―――血が流れていた。
「朝何が起きたか音姫から聞いたよ。そして昼間の様子。なに調子に乗ってるのか知らないけど・・・あんたは音姉にひどい事したんだよ?謝りな!!」
この野郎――――そして今度はお返しとばかりにオレがビンタを叩きこむ。まゆきは弾け飛んだ。勢いで壁にぶつかるまゆき。
「ちょ――――」
「――――!!」
エリカと音姉は驚きで目を見開いた。それを端目にツカツカと倒れたまゆきに歩み、襟を掴んで立たせた。
「昼間言ったでしょう、暴力はどうかと思うって」
「あ、あんた――――」
「女性だから殴られないと思いました?ふざけないでください。やられたらやりかえしますよ、オレは」
そう言い腕を振りかぶった。殴られた事で頭にきていたらしい。拳に力が入っていた。まゆきは驚いた顔をしていた。
そして―――オレは拳を―――振りおろした―――――――
「手を離してくれないか、杉並」
「ふむ、そうするとだ、お前は彼女を殴ってしまう」
「ああそうだ、殴りたいんだ」
「男が無抵抗な婦女子を殴るのは見るに堪え無くてな」
「たまには男らしい事言うじゃねぇか杉並くん――――もう一度言う、離せ」
振りかぶった腕はすんでの所で杉並によって掴まれていた。ギリギリと骨が軋む音がする。思った以上に力が強く、思わずオレは顔を歪めた。
だがそんなことではオレは止まらない。ドスを効かした声で杉並に離せと言った。
「窓の外を見てみろ」
「あ?」
そう言われて窓の外を見た。雪が降っていた。驚いた事にまだ日は完全に沈んだ訳ではなく、雲の隙間から茜色の光が見えていた。
「・・・・・・」
綺麗だった。雪がチラチラ降ってる向こうで、雪が日の光に反射してフラッシュのように輝いていた。まるで幻想的といっていい―――
生まれてこの方、こんな現象は初めて見た。昼間の様子を思い出してみた。今は12月上旬にも変わらず暖かった。
異常気象、おそらくその影響のせいだろう、その時は普通なら太陽を覆い隠すはずの雲がまばらになっていた。
素直に美しいと思った――――――
「いや~きれいだなぁ。実に興味深い現象だ、だが異常気象はもう科学で証明されている。残念だ」
そう言って腕を離し、残念そうな顔をした。オレはと言うと―――落ち着きを取り戻していた。
「帰る」
「ん? そうか、気をつけて帰れよ。こういった時には必ず何かでる・・・UMAが活動している可能性がある」
「喰われないように周りを注意深く見るとするよ」
「うむ、まぁ我々人間にはそれしかあるまいな。しかしこういう現象が起きると知ってたならばあのUMA捕獲用の――」
「あばよ」
杉並の言葉を絶って、そう言い玄関に向かう。まゆきはこちらをずっと睨んだままで、音姉はあたふたとした様子だった。
こちらを見てエリカは心配してそうな顔をしていたが、フッと顔を背けてまゆきに駆けより介護をした。それらを後ろ手に見て
ある事を考えながら出口に向かい歩く。
「――――――――初音島にUMAなんていねーだろ」
思い返してもそんな話は聞いたことがない。いや、しかし、はりまおみたいな珍妙な生き物もいる。
そして枯れない桜に魔法の存在――頭ごなしに否定はできないなと思いながら、下駄箱から自分の靴を取りだした。
「ここは相変わらず・・・・か」
オレは枯れない桜の木の下に来ていた。雪は変わらず振りつづけている。明日には積もっているだろう、そう思った。
「・・・・・・」
ここに来たのは偶然だ。たまたま帰り道に桜の木を見ていたら懐かしくなってしまって、ここにきてしまった。
オレの記憶の原初の場所。桜の木を見上げた。キラキラ光る雪と桜のコラボレーション。他の桜の木とは段違いだった。
「なぁ・・・さくらさん」
オレは枯れない桜の木に問いかけていた。バカらしい行為だと思う。だがオレは話を続けた。
「こっちはまじでだりーわ・・・どんだけイイ人だったんだ、オレ。びっくりするわ」
周りの人間を見てれば分かる。友情、愛情、信頼・・・その全てが俺と言う人物にかけられていた。信じられなかった。
「まぁだからって、どうもしないけどな」
そう、どうもしない。オレから見たら知らない奴だし別人だと思う。そんな人間もいるんだなぐらいの感覚。
「まぁ適当にがんばってみるよ。何をがんばるんだか知らないが・・・学校へはとりあえず毎日いくつもりだわ」
オレからしてみたら上等な目標。前はほとんど半日で帰ってきたりサボったりしていた。勉強なんてするわけなかった。
本当に知りたい知識は自分で調べて手に入れたし、さくらさんという天才がいた。学校で教わる事より実のある勉強だった。
「そろそろ寒くなってきたな・・・それじゃあオレは帰るよ。元気でな」
この枯れない桜の木は不思議な感じがすると前々から思っていた。オレが特別な場所として意識しているだけかもしれないが
それでも構わなかった。少し気持ちを吐きだしてすっきりした、それで十分だ。
花びらと雪が舞う中を、今日は鍋でも作ってやろうかと思いながら歩く。雪は止みそうにもなかった。