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No.13098の一覧
[0] D.C.Ⅱ from road to road (ダ・カーポⅡSS、ブラック風味)  完結[「」](2012/07/13 21:01)
[1] 1話[「」](2009/11/16 18:38)
[2] 2話[「」](2009/12/09 15:32)
[4] 3話[「」](2010/02/11 02:32)
[5] 4話[「」](2011/01/23 01:32)
[6] 5話[「」](2011/01/06 22:41)
[7] 6話[「」](2009/11/16 18:39)
[8] 7話[「」](2009/11/16 18:40)
[9] 8話(前編)[「」](2009/12/15 23:25)
[10] 8話(後編)[「」](2009/11/16 18:40)
[11] 9話(前編)[「」](2010/10/25 19:21)
[12] 9話(後編)[「」](2010/02/06 04:03)
[13] 10話[「」](2010/09/26 02:08)
[14] 11話(前編)[「」](2010/02/06 04:06)
[16] 11話(後編)[「」](2009/11/16 18:41)
[17] 12話(前編) 暴力描写注意[「」](2009/12/06 03:17)
[18] 12話(後編)[「」](2009/11/19 00:23)
[19] 13話(前編)[「」](2009/11/18 02:03)
[20] 13話(中編)[「」](2009/11/18 21:09)
[21] 13話(後編)[「」](2009/11/20 15:36)
[22] 14話(前編)[「」](2009/11/22 03:43)
[23] 14話(後編)[「」](2010/10/26 02:40)
[24] 15話(前編)[「」](2009/11/26 02:48)
[25] 15話(後編)[「」](2009/11/28 17:12)
[26] 16話(前編)[「」](2012/03/30 23:48)
[27] 16話(後編)[「」](2009/12/01 17:13)
[28] 17話(前編)[「」](2009/12/02 16:41)
[31] 17話(後編)[「」](2009/12/04 00:38)
[32] 18話(前編) 暴力描写注意[「」](2009/12/06 03:16)
[33] 18話(後編)[「」](2011/01/06 23:00)
[34] 19話[「」](2009/12/11 03:06)
[35] 20話(前編)[「」](2009/12/16 15:06)
[37] 20話(中編)[「」](2009/12/17 13:13)
[38] 20話(後編)[「」](2010/10/24 00:17)
[39] 21話(前編)[「」](2009/12/22 16:44)
[40] 21話(中編) [「」](2010/10/24 02:12)
[41] 21話(後編) 暴力描写注意[「」](2010/10/26 23:38)
[42] 22話(前編)[「」](2010/01/01 03:13)
[43] 22話(中編)[「」](2010/02/11 17:16)
[44] 22話(後編)[「」](2010/01/09 09:45)
[45] 23話(前編)[「」](2010/01/13 03:19)
[46] 23話(中編)[「」](2010/01/20 01:53)
[47] 23話(後編)[「」](2010/02/03 17:12)
[48] 最終話(前編)[「」](2010/02/07 08:24)
[49] 最終話(後編) end[「」](2010/02/15 22:54)
[50] 外伝 ー桜ー 1話[「」](2010/09/14 18:16)
[51] 外伝 -桜― 2話[「」](2010/02/18 07:43)
[52] 外伝 -桜― 3話[「」](2010/02/19 03:44)
[53] 外伝 -桜― 4話[「」](2010/02/21 12:13)
[54] 外伝 -桜― 5話[「」](2010/10/26 23:42)
[55] 外伝 -桜― 6話[「」](2010/09/18 00:21)
[56] 外伝 -桜― 7話[「」](2010/10/05 01:46)
[57] 外伝 -桜― 8話[「」](2010/09/25 23:16)
[58] 外伝 -桜― 9話 暴力描写注意[「」](2010/09/29 02:54)
[59] 外伝 -桜― 最終話 end[「」](2010/10/07 16:40)
[60] そんな日々(前編)[「」](2010/10/08 03:02)
[61] そんな日々(中編)[「」](2011/01/08 17:03)
[62] そんな日々(後編) end[「」](2011/01/10 18:37)
[63] クリスマスDays 1話[「」](2011/01/25 23:56)
[64] クリスマスDays 2話[「」](2011/01/26 01:09)
[65] クリスマスDays 3話[「」](2011/01/29 20:48)
[66] クリスマスDays 4話[「」](2011/02/05 12:12)
[67] クリスマスDays 5話 暴力描写注意[「」](2011/02/12 19:49)
[68] クリスマスDays 6話[「」](2011/02/27 17:51)
[69] クリスマスDays 7話[「」](2011/03/07 00:08)
[70] クリスマスDays 8話[「」](2011/04/24 00:12)
[71] クリスマスDays 9話[「」](2011/06/02 02:21)
[72] クリスマスDays 10話[「」](2011/06/28 20:01)
[73] クリスマスDays 11話[「」](2011/06/17 00:39)
[74] クリスマスDays 12話[「」](2011/06/29 01:37)
[75] クリスマスDays 13話[「」](2011/07/18 20:34)
[77] クリスマスDays 14話[「」](2011/07/24 14:22)
[78] クリスマスDays 15話 (前編)[「」](2011/08/23 02:38)
[79] クリスマスDays 15話 (後編)[「」](2011/08/24 01:57)
[80] クリスマスDays 最終話(前編)[「」](2011/09/26 21:26)
[81] クリスマスDays 最終話(後編) 完結[「」](2012/04/14 16:53)
[82] turn around 1話[「」](2012/05/03 16:47)
[83] turn around 2話[「」](2012/05/04 03:50)
[84] turn around 3話[「」](2012/05/12 22:21)
[85] turn around 4話[「」](2012/05/20 21:42)
[86] turn around 5話[「」](2012/05/30 23:30)
[88] turn around 6話[「」](2012/06/16 17:18)
[89] turn around 7話[「」](2012/07/13 21:00)
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[13098] クリスマスDays 12話
Name: 「」◆2d188cb2 ID:e640d34a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/06/29 01:37









  今日も学園は明日のクリスマスパーティに向けて生徒達は忙しそうに走り回っている。ギリギリの予算で目一杯工夫して意匠を凝らす。

  学園祭や体育祭など色々な行事が目白押しの風見学園ではあるが、この時期が一番賑わいを見せる。早速今も脇を男子が走り過ぎて行った。

  なんといったってクリスマスは特別な日。その日を境に男子と女子が仲睦まじさそうに歩く姿が頻繁に見られるのはもう常識だった。


  そんな中音楽室へと続く廊下を歩いている二人の姉妹。水越眞子と萌。

  喧騒感が包んでいる学園の空気に、やや辟易とした顔で眞子は眉を寄せた。


 「全く。自分達が今どういう状況に置かれているかも分からないで・・・呑気なものね」

 「しょうがないですよ~眞子ちゃん。私達も雪村さん達に会わなければ今もクリパの準備を手伝ってた訳ですしぃ」

 「わ、私はちゃんと時々様子見て手伝ってるわよっ!」

 「偉いですねぇ」


  そう言って微笑む萌に眞子はため息をついた。

  長年一緒に育ってきた仲ではあるが未だにその独特の間を掴めかねている。

  その和やかな性格に救われる場面も何回かあったが、やはりドッと疲れる時の方が多い様に眞子は感じていた。


 「はぁ・・・。お姉ちゃんはこんな時でも相変わらずね」

 「まぁ、焦っても仕方が無いですしねー」

 「それはそうなんだけどさ。いきなり魔法がどうのこうの言われたら仰天するわよ。それも、私達が・・・作られた世界の住人だってさ」

 「・・・・・う~ん」


  眞子の言葉にさすがに萌も困り顔で口に人差し指を当てた。普段物事を楽観的に考える彼女も思う所があったようだ。

  それは焦りの感情とは違いなんとも言えないごった返した感情。現実感が沸かなく、しかし事実なのは確かだ。

  眞子も頭を掻いて目を伏せ、沈んだ声を出す。芳乃さくらというクラスメイトがとんでもない存在なのもその混乱に拍車を掛けた。


 「眞子ちゃんはそれが気になって今日は気分が優れないんですかねぇ~?」

 「眠る前に色々考えちゃってね。最初が奇想天外の事ばかりで面喰らっちゃったけど、よくよく考えたらこの先どうなるのかな私達はって」
  
 「どうなるっ・・・ていうのは?」

 「つまりおとぎ話の登場人物みたいなものでしょ、私達って。全部この件が解決したら消えたりする可能性もある訳じゃない?」

 「確かにそういう可能性もありそうですけどぉ・・・」

 「まぁ、事の発端を起こした本人に聞かなくちゃ分からないんだけどね結局。カリカリしてても仕方がない事ぐらい分かってるわ」

 「さすがの頭脳明晰な雪村さんに聞いても分からないでしょうし・・・音姫さんに聞いてみるのが一番でしょうねぇ」


  不安があった。この異常事態を解決するのはいい。その為に頑張ってるのだし、雪村達も自分達が帰る為とはいえ私達の為にも行動
 しているのは行動を共にしていて分かった。 

  それとなくこちらに気を遣って休みをくれたのだってそう。大丈夫なのかと聞いたら、想定上では特に影響はないので体を休めた方
 がいいと良いと言われた。眞子はその時の事を思い出し、素直では無い性格だと改めて感じる。

  自分達だって疲れているのに他人を案じる所に好感を持てる。ただ、この件が解決した時の自分達の行く末が気になる気持ちはあった。
 杉並を捕まえるのにニの足を踏む事は無いと思うが心にしこりが無いと言えば嘘にになる。


  眞子は窓の外を眺め、それらの事に眞子は思いを馳せ――――――盛大に息を吐いた。


 「はぁぁ~~~~~~」

 「どうしました~?」

 「べっつにぃ。ただどっちみち行動するしかないのにクヨクヨ考えても仕方がないって思っただけよ。ずっとその事引き摺ってウジウジする
  のは性に合わないしね。だったら体を動かした方がマシだわ」

 「そうですかぁ、ふふっ」

 「え、なによ。何かおかしいかな、お姉ちゃん」

 「いいえー。ただ、眞子ちゃんらしいと思っただけですよぉ」 

 「何ソレ」



  口に手を添えて微笑む萌にしかめっ面を作る。萌はただ単純に子供の頃から変わらないその性格を愛しく思っただけだが、眞子からしてみれ
 ばなんとなく子供扱いされた気がして面白くなかった。

  そうして二人は音楽室前に着く。悪気が無いのは分かっているのでそれ以上眞子は何も言わなかった。ほんの数秒経てば元の気分に戻るのは
 経験上分かっている事。昔からこういうテンポで眞子と萌は共にしてきたのでいつもの事であった。


 「おっはよーみんなー」

 「おはようございますー皆さん」

 「あ、眞子さんに萌さんだ」

 「おはようございます」


  いつもの集合場所兼寝所の音楽室に入って来た眞子と萌に声を掛けたのはななか。由夢も挨拶の言葉を掛けながら律儀に頭を下げた。

  そういう所は音夢に似てるなぁと眞子は思いつつも挨拶を返し、残りのメンバーも口々に挨拶の言葉を投げ掛けていく。

  そうした所で見慣れない顔付きの女の子を見つけた。その女の子は眞子と萌の顔を見て呆けた様な表情をしている。


 「あれ? 新顔の子? 確か昨日は居なかった筈よね」

 「ああ、彼女はアイシアさんといって私達の協力者なんですよ」

 「ふーん。そうなんだ。初めまして、アイシアさん?」

 「――――あ、え、と・・・・その・・・・!」  

 「うん?」


  女の子――――アイシアは、口籠りながら何と言っていいか分からない風で慌てふためき、眞子はそんな様子の彼女に首を掲げる。

  アイシアからしてみれば初対面どころではなく過去の青春を共にした友達。あの濃い日々を一緒にした仲だった。ここは過去の世界
 を模倣しているから存在しているだろうとは思っていたが、急な登場に当惑するアイシア。

  どう反応を返していいか分からず、手をはたはたと振ってしまうのは仕方が無い事。こんな時義之が居てくれれば上手くフォローし
 てくれるだろうが生憎出掛けてしまっている。


  どうしようか――――そんな考えでアイシアの頭が一杯になり、とりあえずアイシアは精一杯お辞儀をした。


 「よ、よろしくお願いします!」

 「え・・・えぇ、よろしく」  

 「実はこのアイシアさんは凄い魔法使いなのよ。だからあんまり苛めてやらないでね、眞子さん?」

 「い、苛めてなんか―――――って、魔法使い!? 本当なの、雪村っ?」

 「嘘言ってどうするのよ。見た目可愛らしいけどとんでもない使い手みたいね」

 「あらぁ~。可愛いらしい女の子ですねぇ、ふふ」

 「あ、ちょ―――うぷっ」


  そのガチガチと緊張した姿はまるで小動物を思わせ、萌は思わずその豊満な体に彼女の体を埋めてしまう。

  アイシアは苦しそうに呻き、詳しい話を聞こうと詰め寄ろうとした眞子に待ったを掛ける形になってしまった。


 「あ、ちょっとお姉ちゃん! いきなりそんな失礼じゃない、抱きつくなんてっ」

 「まぁまぁ。ちょっしたスキンシップじゃないですか。アイシアさんは嫌なんですかぁ?」

 「い、いや、そういう訳では・・・」

 「アイシアさんもこう言ってる訳ですし、大丈夫ですよー眞子ちゃん」

 「それ明らかに気を遣ってるだけだからっ!」

 「今日は何だか騒がしいわね。本当、毎日が退屈しないわ」

 「確かにそうですわね雪村先輩。まぁ、少し上品に騒いで貰えるといいのですが」

 「・・・・なんですって」

 「まだお昼にもなっていない時間。私、午前中というのは低血圧気味で気だるいんですのよ。少し落ち着きを持って話をしてくれないかしら」

 「こ、このお姫様は・・・・!」

 「あらやだ。眞子さんは反対に高血圧気味ね。脳卒中と腎不全は歳に関係なく発病するみたいなので気を付けた方がよろしくてよ?」

 「――――ッ! くぅ~~~~~っ!」

 「こらっ、ムラサキ! なんでお前はそうやって敵を無闇に作るのだっ。さすがの義之もそこまでしないぞ」

 「自分に正直になっているだけですわ。義之もそういう性格の女性が好ましいと言ってましたし」

 「だからといって喧嘩腰にならないでくれるっ? 私だってそっちが普通に話してくれれば―――――」


  わぁわぁと騒がしくなる音楽室。アイシアもさっきまでのネガティブな感情が吹き飛ぶほどの賑やかさだった。

  それが楽しくもあり、懐かしくもある。アイシアは自然に自分の口元が綻びてくるのが分かった。くすくすと笑ってしまう。

  それに気付いた眞子と萌達。さっきまでの騒乱さはなりを潜め、みんなバツが悪かったように苦笑いの表情を浮かべる。


 「あはは、みんな楽しそうで本当に良いですね。私もワクワクしてきます」

 「あー・・・。ごめんね、変な所見られちゃって」

 「そんな事ありませんよ。あと・・・」

 「うん?」  

 「はい?」


  アイシアは眞子と萌の顔を見詰める。

  後ろの扉の方では帰って来たことり達が、何事かと部屋の中を驚きの表情で見回していた。

  それらの光景を見詰め、アイシアはまたペコリとお辞儀をする。

  
  幻でも再び会えた事への歓喜か、悲愁か、涙を滲ませながら言葉を吐き出した。


 「貴方達に会えた事をとても嬉しく思います。眞子、萌。そしてことり」



















 「さて、一段落着いた所で今日も勤労に励みましょう」

 「勤労って・・・・もう少し他に言い方は無い訳? 雪村さん」

 「勤労っていうのは何もお金を得るだけの事を指す訳じゃないわ委員長。心身を働かせて人の為、自分の為に仕事に励むことをいうの。
  これから私達はこれまでのように汗水を流して働くわ。みんなの働き、期待してるわよ」

 「今日は小恋とことりさん達で周りたいなぁーわたし。ね、いいでしょ? 小恋にことりさん」

 「月島は別に大丈夫だよ。これとっいってやる事は無いし・・・」

 「私もオッケーっすよ」

 「美夏は杏先輩とそこら辺プラプラして忙しそうな所を手伝うとするよ。その方が動きやすいしな。いいか、杏先輩?」

 「ええ、別に大丈夫よ」

 「偶には違う面子と動いてみたいわねぇ。私は音姫先輩と由夢ちゃんの組に入りたいなぁ」

 「ええ、別に大丈夫ですよ花咲先輩」

 「花咲さんは一回芳乃さくらさんに目を付けられてるからね。私と一緒に居た方がいいかも」


  今日も杏達はクリパの準備を手伝う為、誰と組むかなどのメンバー決めをしていた、

  杉並を確保する事は勿論のことだが、クリスマスの日を迎える為に準備を進めるのは大事な事だった。

  準備が進むからこそ杉並は邪魔をするのだし、もし彼を捕まえる事が出来ればそのまま『明日』を迎える事が出来る。


 「じゃあ、私はアイシアさんと行こうかな。ねぇ、アイシ――――」

 「おい、アイシア。ちっと手貸せ。あとは委員長も来てくれ」
 
 「なっ・・・・」

 「何よ。桜内はする事があるから一人で行動するってさっき言ってたじゃない」

 「私は別にいいですけど・・・何をするんですか?」

 「ここじゃちょっと言えないな。何処に目が耳があるか分かったもんじゃねぇ。で、行くのか行かないのか?」

 「しょうがないわねぇ。付き合ってあげるわよ。桜内を一人にさせたままだと何をするか分かったもんじゃないしね」

 「何時だってオレはストレートに行動してるつもりんだけどな。まぁ、いい。じゃあ早速行くか」

 「・・・・・」

 「あらあら」


  眞子がアイシアに声を掛けようとした時、丁度義之がそれに気付かず二人に声を掛けた。

  上げ掛けた手が所在無さ気に空中に留まる眞子。それをみて萌が困ったように顎に手を添えた。

  
 「私も行きますわ、義之」

 「あ?」

 「何か問題でもお有り? 少しでも私は義之と一緒に居たいんですけれどね。ダメかしら?」

 「・・・あんまり大人数で行きたくねぇんだけどな。どうせ言う事聞かないんだろ、お前さんは」

 「失敬な。聞き分けはとてもいいと自認していますのよ、私」

 「自認なんて言葉使う奴はアテになんねぇよ。大概が自分でも思って無い事を言う時に使ってる。お前にはそういう政治家に
  なって欲しくないな」

 「私が政治の面舵を取る時には義之が横でサポートしてくれるんでしょう? なら大丈夫ですわ。勿論出来る範囲は自分でする
  つもりですけどね」

 「まだ諦めて無かったのかよ。もしお前と一緒になったとしてもやりたくねぇよ、かったりー」


  げんなりした顔で義之は手を振る。自分にはまるで向いてないと思ったからだ。

  つーかオレが民衆の支持得る事なんて出来る訳が無いだろう。王政なら尚更だ。そういう政治で生活を営んできた人達がいきなり
 現れたどこの馬の骨とも知らない男を迎えられる訳が無い。

  エリカはなんとかすると言っているが、恋に夢中で現実が見えて無いと思う。熱に浮かされて周りがぼやけているだけ。頭の良い人間
 だからすぐ分かると思うのだが・・・・。


 「大体何処の国出身なのかいい加減に教えろよ。自慢じゃないが英語ぐらいしかまとも話せないぞ。読めてドイツ語だけだ。さくら
  さんの付き添いで行ったからな」

 「わ、私の国ですか?」

 「そうだよ。あんまり聞かれたく無さそうだったから今まで突っ込まなかったが、オレを誘うならそれぐらい喋ってもいい筈だぜ?」

 「う、うーん」

 「まさかオレが読み書きが出来ない国じゃないだろうな? 英語圏ならいけるがそれ以外なら――――」

 「ねぇ、ちょっと! 桜内義之っ!」

 「あ?」


  言い淀んでいるエリカに痺れを切らした義之が問い詰めようとした時、眞子が間に入って義之を怒鳴りつけるように声を出した。

  目を合わせ疑問の声を上げる彼に眞子は「うっ」とうめき声を上げる。義之本人としては別に威圧しているつもりはないのだが、急に
 割って入られる形となったのでややドスが入った声になってしまう。

  いつもの面子なら左程気にしない事なのだが、眞子は義之と初対面だった。勝気な性格の眞子だがいわゆる『不良』とレッテルを貼ら
 れている男と話す事はあまり無いので、少々気後れしてしまう。


 「いきなり大声張り上げてどうしたんだ、水越眞子」

 「わ、私達も行くわよっ! アンタ達と一緒に」

 「・・・・そうするとエリカも来ると仮定して六人と大所帯になっちまうな。なんで一緒に来たいんだ?」

 「なんでって――――理由が必要なの? ただ皆班分けが決まっちゃったからアンタ達と一緒に行こうと思ったんだけど」

 「無いな」

 「無いって・・・なにがよ!」

 「だってお前、オレの事嫌いだろ?」

 「な――――」
  

  オレの言葉に息を詰まらせ驚いたように見詰めてくる水越眞子。というか普通に誰だって気付くだろう。あからさま過ぎる。

  皆でクレープ食ってる時だって喧嘩売る勢いでガンつけてたしな。昔のオレだったら即泣かしているかもしれない。大人になったもんだ。

  場がシーンとした静寂な空気に包まれ、皆バツが悪い顔をしている。どこか緊張感が漂い、固唾を呑んでいるのが伝わって来た。


 「ちょ、ちょっとヤバくない杏ちゃん?」

 「途中で止めればしこりが残るわ。こういうのは徹底的にやらせた方がいいわよ」

 「つ、月島は暴力事はちょっと勘弁かも・・・」

 「お姉ちゃん、止めた方が・・・」

 「け、喧嘩は駄目なんだからね弟くん!」


  みんなオレが喧嘩をすると思ってるのだろう。

  だがさっき何をしたらいいか考えろといった手前そんな事をする訳が無い。

  何よりかったるいしな。


 「普通は嫌いな奴と行動を共にしたりなんかしない。例えこういう状況であってもだ。余程のギリギリな場面になったら話は別だろうが
  ただの祭りの準備如きで一緒に着いて行きたいってどう考えてもおかしいだろ。何かの罰ゲームを自分で強いてるのか?」

 「べ、別に気分よ。着いて来て欲しくないなら着いて欲しくないってそう言えばいいじゃないっ」

 「気分なら尚更話はおかしい。気分は心の伝送器だ。自分で知覚した事や、それによってどう思うかで感情を決定してそれを発信する。
  心変わりとはまた別な意味合いを持ってる。嘘をつかなくていい」

 「ああ言えばこう言う・・・・! なら正直に言うとね、アンタが――――」

 「オレがどんな奴か推し量る為に一緒に来たいって言ったんだろ、どうせ」

 「―――――ッ!」

 「もしくはあれこれ粗探しをして難癖をつけるか。そりゃそうだよな、オレの事嫌いなわけだし。例え良い事しても悪い方ばっかりに目が
  いって気付かない。前提としてこいつは悪いヤツだと決めつけてるんだから当然だよな」


  歯をギリギリ噛み締めて悔しがる相手。委員長が止めときなさいと言わんばかりにオレの腕を引っ張ってくる。

  アイシアも何処か心配そうな目でオレ達に視線を送っていた。別にこれぐらいいいだろう、話す前にこれだけ毛嫌いされちゃこっちも
 良い気分じゃ無い。オレに限らず誰だってそうだろう。意趣返ししたっていい筈だ。

  ちなみにエリカはそんな事知った事かと言わんばかりにオレの手を絡みつける様に握っていた。体全体を弾ませて本当に嬉しそう
 にしている。こいつもオレに似て空気を読まなくなったな。良い事だ。


 「アンタもどうせなら楽しく見回りたいだろう? 態々相容れない奴と一緒に行く事なんて無い。お互い嫌な思いをするだけだ」

 「・・・・・」

 「眞子ちゃん・・・」

 「別にオレが間違ってたらそう言って貰って構わない。そっちにはそっちの意見があるだろうしな。尊重するぜ、オレは」


  鋭い視線で睨みつけてくるが、それを涼しい態度で受け流した。水越萌という姉が心配そうに妹の様子を憂虞するように見詰めている。

  とういうか、この姉ちゃん体付きすげぇな。天然でポヤポヤしているみたいだが実に極上な体系をしている。茜とどっこいどっこいか・・・・。


 「義之、目付きが餓えた子豚になってましてよ?」

 「そこは狼と言って欲しいな、エリカ」

 「男性の方はそうやって体制を繕うのが常ですわよね。格好つけた言い方をして誤魔化す。何が狼ですか、全く」

 「桜内・・・アンタって奴は」

 「義之はとてもエッチです」

 「不能じゃねぇからな。オレだって人並みの性欲ぐらいあるっつーの。皆オレを聖人様みたいなヤツだと思い過ぎだ」

 「は、恥ずかしいですねぇー・・・・はは」


  顔を赤くして身を寄せる萌。彼女もそういった視線を度々向けられているのは知っていたが、面と向かって言われた事は無かった。

  腕を思わず掻き抱いた所為で更に豊満な体が寄せられる形となり、義之も「おっ」という声をうっかり漏らしてしまう。

  それに目を細めたエリカが、ギュっと義之の人差し指を折り曲げて低い声で呟いた。


 「いい加減怒るわよ、義之」

 「い、いってーよ馬鹿! 折れるだろうがっ!」

 「義之に教えてもらった護身術、いいですわね。本当に指というのは折れやすいのが良く分かりますわ」

 「あくまで護身だ、こういう時に使うもんじゃねぇーよ。本当にお前はおっかねぇよな・・・」

 「・・・・ふん」

 「はぁ、疲れたな・・・。行くならさっさと行こうぜ。時間が無い」


  ふてくされたエリカに手を握られながら音楽室の扉を開ける。

  それに並ぶように後ろから麻耶とアイシアも足並みを揃えて着いてきた。

  さて、まずは理科室か。目的地の場所を思い出しながら義之は足をその方向に向けた。


 「だ、だから待ちなさいよ! 私達も行くって言ってるでしょーっ!」

 「うおっと」


  その先手を阻むかのように眞子は義之達の前に出て、眞子は手を広げた。

  急な行動にやや面喰らう義之だったが、次には面倒臭そうな顔を浮かべ半目で見据えた。


 「だから別に強制じゃねぇよ。オレはアンタと喧嘩をしたくない。みんなアンタ等ここの住民にお世話になってたみたいだし
  多少なりとも恩義は感じている。そんな人間と争い事をオレは起こしたくないと考えている」

 「・・・別に喧嘩をしようって私も思ってる訳じゃないわよ」

 「どうだかな。一発ブン殴ろうとか窘めてやろうぐらいは考えてたろ?」  

 「そ、それは否定しないけどさっ。でも、行くって言ったら行くのよ!」

 「・・・・はぁ」

 「くぅ・・・・」


  引っ込みがつかなくなった訳か。水越の姓を冠しているから口が上手いとか理知的な性格だと思ったが、そうではないらしい。

  随分感情的な女だと感慨を受ける。姉の方は何だか眠っているし訳の分からん姉妹だ。あの水越先生と似ても似つかねぇな・・・・。

  けど、どうっすかな。あんまり連れて行きたくは無いがこの先一緒に行動する事を考えると溝を広げるのは頂けない。

  何かあった時コミュニケーションが上手く行かないと最悪だ。失敗するという事はオレ達からしてみれば死に等しい。


 「時間も残り少ないから言い争っている暇はないんだが――――まぁ、いい。好きにしてどうぞ」

 「何よ、偉そうに」

 「お互いさまだ。じゃじゃ馬女」

 「なんですってっ!?」

 「さっきも行ったが時間が無ぇ。着いてくるなら着いて来い」 

 「あ、待ちなさいよ! てかお姉ちゃんも起きてっ」

 「ふぁ~」


  ・・・・もしかして失敗したかもしれねーな。

  頭を掻いて後ろで騒いでいる水越姉妹にため息をつきたい気持ちに駆られながら、今度こそ目的地に向かい足を歩きださせた。















 「ふんふふ~ん、ふんーふーん」  


  鼻歌を歌いながら洗面台の鏡の中の自分の姿を見やる。

  久しぶりに着る学生服だが問題無く着こなせた。くるっと回りニコッと笑う。

  うん、大丈夫。皺も汚れも無い。いつも通りの可愛いらしい自分に満足気に息を付いた。

  
 「・・・・よし、大丈夫」  


  顔をパンパンと叩き気合いを一つ入魂。

  これから自分の息子に会いに行くのだから身だしなみはキチッとしないといけない。何時だって親は子供にとっての見本であるのだから
 当り前の行為だ。最近はそれらの事を忘れつつある親ばかりで困る。

  子供が子供を産む時代になったとはよく言ったもの。ママゴト結婚をする今日の日本、どこかおかしいと感じていた。自分だけはそんな
 最低の人種にはなたりたくはなかった。

  だからこうして髪型も整えたしお風呂にも入って身を綺麗にするのは当り前。見た目はとても肝心なのだ。 


 「言葉使いはどうするかな・・・敬語は変だろうし、元の『自分』も普通に話してたし別に気にすること無いか」


  横に流したツインテールを撫でながら色々考える。自分の息子に会うというのは酷く緊張するものだ。

  それと同時に心が波立つようなワクワク感も抱擁していた。遠足前の日を思い出す。短い期間しか日本には居なかったが想い出深い出来事だ。


 「にゃー」

 「あ、うたまる。どうしたの? ほら、おいでおいでー」


  手招きをすると素直にこちらに歩み寄ってくる。しゃがんで手を広げるとその上に乗っかり、自分の頭の上に座りを良くした。

  何故か知らないがうたまるは自分の頭の上が定位置だった。別段気にはしないし、それが落ち着くのも確かなので好きにさせて置いた。

  そうして玄関に行き、ローファーを履く。誰も居ない我が家に「行ってきます」と声を掛け外に躍り出た。  


 「おー今日も良い天気だ。うんうん、息子との会合の日にはぴったりの日だ。うたまるもそう思うでしょ?」

 「なぁ~」

 「よしよし、うたまるもそう思うよね」


  学校にも行くのも久しぶりな様な気がする。最初は律儀に通っていた気がするが、いつしか飽きてしまい桜の木の所か自宅で過ごす様に
 なってしまった。煎餅を食べながら過ごす一日は最高のモノだったと記憶している。

  時々お兄ちゃんの様子を見に行ったぐらいか。相変わらずのおとぼけ具合は見ていて癒されるが、桜の木の制御が本格的に始まってから
 は行っていない。別に時間的に余裕があるから行ってもいいし、別に問題があるという訳ではないが・・・・。


  (会いに行くと、なんか、モヤモヤするんだよね・・・・。良心なんて捨てた筈なのに。そんな気持ちなんて要らないのに)


  歩みをピタッと止め、目を瞑る。

  良心なんて捨てた。この世界の住人は仮初の存在。昔の級友に似た姿形を勝手に借りて自分だけの為に存在させている。

  そこを気に病む気持ちなんて捨て去った。ただ、自分の恋い焦がれた人の前に行くとそうもいかなかった。

  普通に話しているだけなのに、まるで責められている様に感じる。


  なにやってるんだよ―――――と。


 「・・・あーもうっ! 変な事考えちゃった所為でまた気分が沈んで来ちゃったよ」

 「にゃっ!?」

 「あ――――」


  いきなり大声を出した所為か、うたまるが驚き慌てふためいで頭の上からジャンプして遠くに走り去ってしまう。

  手を上げ掛け制止の言葉を吐き出そうとするが――――遅かった。猫は音に敏感な生き物。多分しばらくは来ないだろう。


 「・・・・別にいいもんねーだ」


  小さく呟いて歩みを再開。これから自分の息子に出会うのだ。飼い猫に逃げられただけでしょぼくれた顔は見せたくない。

  そうしてボクは一人きりで学校に向かう。元々自分は一人で行動してきたのだからその方が気が楽だ。無駄に気を遣う必要は無い。

  だが、しかし・・・・・気の所為だろうか、一瞬の間、無性に何かも投げ出して皆と一緒に居たくなった様な気がした――――。

















 「おい、アイシア。そっちのマグネシウムの瓶取ってくれや」

 「ど、どれですかね」

 「・・・英語表記なのに何故読めない。その右から三番目の瓶だよ」

 「桜内ー、このアルミ缶は何処に置くの?」

 「そいつはオレの足元に置いてくれ。くれぐれも中身こぼすなよ」

 「で、私達はどうすればいいのよ」

 「別にする事は無いな。その辺で油でも売っててくれ」

 「なっ――――」

 「じゃあ私は義之が楽しめる面白い話をするわね。結構そういうの持ってるんですのよ、私」

 「期待してるよ。まぁ、その変に適当に座ってろよ」

 「うん」


  義之達は理科室の隅の方に座り作業をしていた。普通なら何事かと騒がれる様な薬品やらを出しているが、クリパ前の準備で賑やかな
 雰囲気に包まれている学園では気にする物は居なかった。

  椅子に座りテーブルの上で準備室から持ちだしてきた薬品・材料を並べて作業する義之。ロックは針金を用いて開けた。簡素なてこを
 応用した物だったので持ち前の知識でカンタンに解除する事が出来た。
 

 「大体アンタは何でああいう泥棒みたいな真似が出来るのよ。物騒だわ」

 「泥棒がどういう手口でああいう鍵穴を開けるか気になって調べたからな。それにそういう知識は無駄にならない。相手のやり口を知って
  初めて防犯といえる――――と、オレは思うけどな」

 「物は言い様ね。そういう知識を持つ人が増えると、泥棒が後を絶たない気がするんだけど。違う?」

 「そうだな」

 「む・・・」


  皮肉を言ったつもりなのに素っ気なく返事を返された眞子。思わず仏頂面になり腕を組んだ。

  手早く何かの段取りを行っていく義之。ただ単に集中していたに過ぎなかった。萌も不思議そうにその様子を見やる。

  ここに来る前に工作部屋から借りてきた黒の液体が入った缶、白い液体の缶を混ぜ出す彼に麻耶以外の面子は首を傾げた。


 「何をしてらっしゃるんですかね~?」

 「さぁ・・・何かの液体みたいだけど」 

 「レジンを配合してる」

 「レジン?」   


  両方の缶を混ぜ合わせパテで時計回りに規則的に手を動かす。

  時折時間を気にするように時計を見て、また手を動かしていった。

  答えを返す気がないのか黙って作業を続ける義之に眞子は焦れたそうに腰に手を当て睨む。その様子に慌てて麻耶が代りに
 その液体が何であるかを答えた。


 「じゅ、樹脂の事よ。種類は色々あるけど、これは電気を通すタイプの合成のヤツね。何に使うのかしらないけど」

 「シリコンとかプラスチックとか樹脂は呼び名は色々あるけどな。確か狭義的な意味じゃ合成樹脂がプラなんだっけか」

 「そうね。天然は絵画とかの修復に使われる事があるって聞いた事があるわ。見たこと無いけど」

 「あーそういえば専門家が油絵の修復をしているシーンをテレビでこの間観たな。よくもまぁ、手作業で扱えると思うよ。空気に
  触れるとすぐ固まっちまうのにな」

 「だから実際に扱える人はあんまりいないみたいね。そもそも絵画の修復屋なんて結構ニッチだと思うし」

 「昔は絵描きは出来て当り前だったってな。大体が貧乏人ばっかりだしそういう事もせざるを得なかったみたいだぜ」

 「へぇ」



  義之と麻耶は視線を机の上に注ぎながら会話をしている。義之が次にしたい事を先読みしてその物を準備するという助手っぷりを
 発揮する彼女。慣れた手つきであった。

  義之は化学機械技術に興味を持っていたので天枷研究所の一部屋を厚意で貸して貰っている。ならば同じ道を進むであろう麻耶を
 誘うのは自然の流れだった。

  そして気が付けばいつも研究所で二人もくもくと色々試験をしているのは日常的な事であった。ここには居ないが、美夏がいれば
 いつもの三人組という図式が浮かび上がる。


 「それにしても・・・」

 「なに?」

 「初音島って本当に外人が多いよな。オレの保護者が外人だから慣れてるけどよ」

 「うーん、まぁ、確かにね」

 
  義之が横を見るとアイシアとエリカがぽかんとした顔付きをしている。

  ずいぶん国際色豊かな学校だよな、本当に。それも一人は魔法使いでもう一人はお姫様。

  改めて考えると凄い組み合わせだ。オレの育った境遇もそうだが、『普通』という言葉は身の回りにあまり無い気がする。


 「お前らは日本という国をどう思う?」

 「え・・・」

 「分かってると思うけれど、頭の良い言い回しとか出来ませんわよ。率直な事しか言えませんわ」

 「これから政治に携わる人間の台詞とは言い難いがまぁいい。別にただの世間話だ。これ、捏ね繰り回すのも飽きるんだよな」

 「私はとても良い国だと思いますよ。自然が豊かで優しい人ばかりだと思います、はい」 

 「そうか。結構人に恵まれてきたんだなアイシアは。エリカはどうだ?」


  アイシアは本当にそう思ってるんだろうな。別に悪い事じゃ無い。良い事だと思う。

  良い出会いなんていうのは運だと思うし、博打に近い。世の中クソッタレな連中が多いから素直に羨ましいと思う。

  次にエリカの顔を窺うと・・・・あれま、なんだか気難しい顔をしているな。



 「そうですわね・・・・。暗い人種だと思いますわ」

 「――――なるほどね」

 「ちょっと、随分な言い方じゃ無い。エリカ」

 「アイシアさんみたいに確かに優しい人は多いと思いますわ。でも、嫌な事があったら正面から言わないで影から悪意のある言葉を吐く。
  同じ民族しかいないのに差別化を図ろうとする。そういえばインターネットでしたっけ? 何回か操作した事がありますが皆さん悪口 
  が大好きですのね。平気で他人の個人情報を晒してあれこれ言ってましたわ。法律とかどうなってるのかしら?」

 「法律なんて無い様なもんだよ。あまりにも不特定多数過ぎるからな。いちいち特定の人物を捕まえてたらキリが無い」

 「他の国ではしっかりとした基盤を作っていましたが?」

 「金とヤル気がねぇんだよ。今の日本どれくらいの借金があると思う? 福祉制度廃止にするかガンガン金作ってインフレさせなきゃ返せ
  ないぞ。ヤル気に関しては知らねぇけどさ」

 「福祉制度廃止って・・・。なんでそんな事すると借金が返せるのよ?」

 「それぐらい自分で考えろ。普通に授業受けてたら分かる事だ」

 「へぇ、実はアンタも知らないのね。もしかして知ったかするクチ?」

 「・・・・はぁ」


  こうもあからさまに喧嘩を売られると萎えてくる。ふふんと笑みを向けてくる水越妹に若干息が重たくなった。

  大体オレは知ったかなんて一番嫌いな行為だ。情けないったらありはしない。  


 「国家予算の大半が医療費と年金だからだよ。保険がしっかりとしてるって言えば聞こえはいいが、おかげで火の車。
  年々爺さん婆さんが長生きしてるからその二つの金がどんどん水増ししていく」

 「ああ、そういえばお父さんもそんな事を言ってた様な気が・・・」

 「父さんって・・・・ああ、水越って水越病院の事か。なんだ、ボンボンだったのかお前」

 「わ、悪いっ!? 私だって好きでね、ボンボンになった訳じゃないんだから」

 「素直に言えば羨ましい――――が、身内に医療で飯を食ってる人間が居るんだから知っててしかるべき事だと思うな。
  あんまり親父に恥を掻かすなよ」

 
  その言葉に瞬時に顔を赤くして拳を振るわせる水越眞子。

  やだねぇ短気な女は。面が良くても短気は勘弁だ。付き合っていてゲンナリする。

  付き合ってみたら案外――――なパターンでもちょっとキツイな。そう思いながら手を止め、缶を持ち上げた。


 「さてと、これを芯を抜いたボールの中に入れて・・・っと」

 「なんで野球部に立ち寄ったんだろってと思ったら、そんな物を持ってきたんですか?」

 「そんな物言うなよ。一生懸命甲子園目指して汗水流した結晶だぞ、これは」

 「あららー・・・・。ボールが真っ黒ですねー」

 「言っている事とやってる事が正反対ね、桜内」

 「いつもの事だろ」


  あとする事は沢山あるけど、とりあえず後は真空を掛けて待ちの時間だな。

  ボールの中を満たした液の中に準備室からくすねてきたある粉を混ぜる。

  あとは針金を垂らして・・・と、出来た。テスト段階だから一個だけ作って置く事にする。


 「よし、出来たからもう解散していいぞ」

 「え、もうっ!?」

 「私達は何のために来たんですか・・・」

 「あぁ? こういう作業で一番大変なのは段取りなんだよ。お前らがいなけりゃオレは一人でえっちらおっちら物を運ばなきゃ
  いけなかった。何処に何があるか分からねぇしな」

 「そういうものなんですか、麻耶?」

 「まぁね。こと物作りに関しては結局一人の人が作業する訳だから、大事なのはその前段階なのよ。違う物が紛れこんでたり適量
  に満たしていなかったらどんなに作業者の腕が良くても成功する筈無いし。まぁ、勿論腕前も大事なんだけどね」

 「・・・・オレの言う事信じてねぇのかよ、オイ」

 「だって義之、平気で嘘をつくし・・・」


  ジト目で睨んでくる。アイシアの癖に生意気な。

  とりあえずチョップを頭にかまして立ち上がる。


 「い、いった~~~~~っ!?」

 「さて、オレはこれを入れてくるよ。その後は何もすることがないから適当に皆の所に手伝いに行っててくれ」

 「義之はどうするの? 私も義之と一緒に行きますわ」

 「お前も皆の所に行ってこい。こういう時だからこそ、協力する気構えが大切だって言ったろ? 茜の所に行けばいい」

 「・・・・・」

 「おかしい、オレの耳は悪くなっちまったのかな、返事が聞こえない」

 「――――分かりましたわ」


  あからさまに面白くない顔をして入口の所に歩き出すエリカ。

  別に一緒に行動してもいいんだが、茜の所には音姉がいる。何かあった時守ってくれる筈だ。

  しかし段々あいつのストレスが溜まって来ているのが分かる。音楽室でも叱ったし、ここに来てからあんまり構って無い。


  今夜辺り怖そうだな――――そう考え、オレの脛に蹴りをいれてきたアイシアの足を躱し、また頭にチョップを叩きこんだ。





























  とりあえず例のブツを叩きこんで、学園の中を散歩してみる。興味本位というのもあるが此処の地理を覚えておかなければいけない。

  そうして校舎裏に来て壁に寄り掛かる。上を見上げると澄み渡っている空が目に入った。こうして空を見上げるなんて久しぶりだ・・・。

  現代人は上を見ないで生活をしているとはよく言ったものだ。空気も心無しか澄んでるし、気分が癒されるのを実感出来る。


 「本当に心地良いな。そう思わないか?」
 
 「あ・・・ぐっ」

 「こ、この野郎」

 「この野郎なんて汚い言葉を吐くもんじゃない。そんな調子じゃ折角の美味しい空気を楽しめないぞ」  


  地面に転がっている茶髪とロン毛の男の二人を見る。こういう奴等は地面に這いつくばってるのがとても似合う。

  しかし―――どうでもいい話だが、なんでこういうカス共って汚い茶髪をするのだろうか。

  美容室に行ってちゃんと金を払えば綺麗に染めてくれるのに。まぁ、金が無いのか。


 「ちゃんと相手を見て喧嘩売れよ。強そうだと思ったら逃げればいい。そういうのが出来ないとその内間違ってヤクザに喧嘩
  を売る事になるぜ?」

 「・・・ちっ」

 「おい、もう行こうぜっ」

 「仕方無ぇか・・・・・。てめぇ、覚えてやが―――――」

 「何勝手に行こうとしてるんだ。この野郎」

 「え・・・」


  立ち上がろうとした体制のまま固まった男の腹を蹴り上げる。息を詰まらせたかのようにヒュっと息を吐いた。

  続けて横でぼさっとしたいた男の顎に肘鉄を振り抜く。ゴッと鈍い音がして引っくり返る男。痛快だ。


 「人を苛めた上に何も置かずに行くなよ。殺すぞ」

 「ひっ・・・あ、すいませ・・・ん」

 「頭が悪いな。別にてめぇらみたいな人間の謝罪の言葉なんて欲しく無ぇんだよ。分かるか、あぁ?」

 「え、あ、で、でもオレ達そんなに金なんてもってないし・・・」

 「いいから煙草とか財布出してけよ。全部な。さっきの説教の授業料だ」

 「そ、そんな滅茶苦茶な・・・・」


  目を細めて相手の目を見据えた。

  五指に力を入れて拳の形を作る。ギリギリと骨が鳴る音がした。

  身体を緊張させ見て分かる程に暴力的な雰囲気を作った。


  そして首を掲げてまるでおはようの挨拶みたいに、その言葉を吐き出す。


 「殺すぞ」


  瞬間、その二人は弾かれた様に財布やら煙草、ナイフを目の前に投げだして逃げ出した。

  途中コケながらも段々遠ざかり曲がり角を曲がって――――消えた。そして取り残されるオレ達『二人』。

  見事な逃げっぷりだ。そんなに怖かったのか、オレ。つーかナイフがあるならそれ使えよ、ビビりが。

  嘆息しながらさっそくそれらを拾って懐に入れた。そういえば由夢に上着貸したままだな。後で返して貰うか。
  

 「まぁ、逃げ足の速いヤツは長生き出来るか。結局肉食動物の獲物捕確率なんて2、3割ぐらいだし」

 「・・・・・」

 「さて、早速一服するか。あんたも吸うか?」

 「・・・・・」

 「吸わない、と」


  壁際に立っているピエロの人形を持った外人の女が、まだ強張った顔で見詰めてきている。暴力に免疫なんて無さそうだし仕方無いか。

  学園を散歩中、調べたい事があって校舎裏を覗いたら絡まれている女を発見した。話を聞いているとどうやら花を潰そうとしたとかしないとか
 そんな会話が聞こえてきた。

  争い事は無視しようと踵を学園内に向けたが、相手がロクデナシっぽかったので潰した。金と煙草の為だった。しかし良い事をして見返りがある
 のは気持ちいいな。

  こりゃ、運が向いてきたかもしれない。善人な行動をしても今の世の中見返りなんて無いし。
  
  そうして煙草に火を付け肺に煙を入れる。うん、美味い。良い事をした後は格別だ。 


 「しかし、そんな花を守ろうとして怖い目みるなんて馬鹿げてるな。あのままじゃ好き放題にされて結局潰されるだろうに」

 「やい、お前っ!」

 「――――あ?」


  どこか間の抜けた声が聞こえてきたので辺りを見回す。

  しかし人影なんて無い。居るのはピエロを持った女ぐらいだ。

  こいつがそんな愉快な声を出せる訳が無いし・・・一体なんだ?  


 「こらっ、無視するな! こっちを見ろ!」

 「あぁ? どこだよ」

 「アリスの腕の中だっ」

 「アリス? アリスって誰―――――」


  ピエロと目が合った気がした。あっちもこっちを見ている気がする。視線が突き刺さる感覚がした。

  
 「・・・・・」

 「何引いてるんだ」
 
 「―――マジかよ、てめぇ」

 「・・・・?」


  アリス―――恐らくこの女の名前だろう。最初はこいつが腹話術か何かで喋ってるのかと思ったが息を吐いている様子が無い。

  どんなに腹話術が上手い奴でも口を真一文字に結んで出来る奴は居やしない。腹も目立って動いていないって事はこいつが喋っている訳じゃない。

  録音テープという訳でもないし、機械が作動している訳でもない。無線でも一瞬会話の中にラグがある筈だ。


  状況的に考えるとこのピエロが本当に喋っているのか・・・・初音島の摩訶不思議な出来事には慣れた筈だったが・・・・。

   

 「驚いたな。人と話すのは苦手だが人形に喋らせるのは得意ときたか」

 「またそんな事言ってっ! とりあえずお前に言いたい事があるんだ、この暴力男!」

 「―――――あぁ?」

 「こ、怖くないぞっ、そんなに凄んでも無意味だ」

 「ちょっとしかめっ面をしただけじゃねーか。ビビるなよ、物の怪」

 「誰が物の怪だ! さっきからお前はボクを怒らせて何が楽しいんだっ」

 「何に怒ってるんだ」

 「さっきお前はアリスの花を侮辱したろ、こんな花って。この花はだな、アリスが毎日世話をして頑張って育ててる。それこそ学校が休みの
  日でも雨の日でもだ。それをお前は馬鹿にした、それが許せない」

 「ただのラベンダーだろ。大事にしている物を馬鹿にした事は素直に謝るが・・・・そこまでの物なのか?」

 「当り前だ。この花はただのラベンダーじゃなくて、ロスキルラベンダーという凄い花なんだぞ」

 「ロスキル? 言葉の響きだと北欧のどっかっぽいな。その辺の花なのか?」

 「それだけじゃない。この花は育てるのが超難しい。ちょっとした事ですぐ枯れてしまう繊細な花だ。そして何よりっ! この花が咲けば
  願い事が叶うんだ、すごいだろっ!?」

 「ああ、そうだな」

 「適当に返事をするな!」


  ああ、うるせーなこいつ! 人形の癖にお喋り過ぎる、女が喋らない分こいつが喋ってるのか・・・・うぜぇ。

  話を纏めると大事にしていた花がさっきのヤツらに悪戯されそうだったから絡まれた訳か。気弱そうなのにご苦労な事だ。

  女の顔をみやると無表情でこっちの様子を窺っている。そういえばこういうタイプの不思議ちゃんは初めてだな。


 「で、こっちの女は一言もさっきから喋らないが喉に障害を抱えてるのか? どうなんだお前」

 「またそんな言って! アリスは人見知りする性格なんだっ、だからお前みたいな奴とは余計に喋りたがらない。あとボクの名前はピロスだ、分かったか?」

 「ああ、よく分かった―――――人に礼の言葉も吐けない程人見知りなんだな。切なぇーな、おい」

 「・・・・!」

 「な、なんだとっ!」
 
 「別に恩を着せる訳じゃない。誰かに頼まれてお前を助けた訳じゃないし、オレが自分本位に行動しただけだ。けどまぁ、普通なら
  礼の言葉の一つぐらい言っていい気がするけどな。オレはそう思う」


  別にそれが拒絶の言葉であっても良い。お前なんかに助けてもらう必要は無かったって言われても、それはそれで会話が出来る。

  しかしさっきからこうも人形に喋らせてばっかりで自分は関係の無い第三者を貫かれるとハッキリ言って腹が立つ。実際に危ない目に
 合ったのは他ならない自分自身、なのにさっきから喋っているのはピロスという人形だけだ。

  普通の奴なら不快に思うしオレも思う。こういう状況でも人形任せの他人任せなのが腹が立つ原因なのかもしれない。まぁ、人形が喋る
 時点で普通の人は走って逃げるだろうがな。  


 「さて、オレはそろそろ行くかな。壁の位置とか入口までの距離とか分かったし。あとはここから近い空き部屋か」

 「・・・そういえばお前、ボクが喋っているのに全然驚かないんだな。普通の人間は腰を抜かすぞ」

 「ここは初音島だ。何が起きても不思議じゃ無い。例え人形が喋ってもな」
       

  ピロス―――アイシアから教わった言葉の中で確かそんな言葉があった気がする。確か『友達』とかそんな意味だっけか。

  色々幸が薄そうな女だから桜の木に願ったとかそんなんだろう。あの木は願い事を叶える木らしいし。さくらさんの言葉を思い出しながら
 吸っていた煙草を携帯灰皿に仕舞う。

  自分もあの木のおかげで命が助かったから文句は言えねぇけど・・・やっぱり駄目だな、あれは。願い事がなんでも叶うなんて普通じゃない。
 みんな必死になって努力して願い事、夢を叶えるのだからそれは不自然な事だ。どこかに歪みが生じてもおかしくはない。

  真摯な願い事だけを叶えてくれるという話だが、もし誰かが真摯にこの人を殺したいって言えば叶うのだろう。しょうもない。この女も人形が
 喋らなかったら普通に自分で喋るのにな。人間なんて必要に迫られれば結局自分でやるもんだし。


 「じゃあな」

 「・・・アリスの代りに一応礼は言って置く。ありがとう」

 「おう、どういたしまして。願い事叶うといいな」

 「あ・・・・」


  女の呟き声を無視してまた足を学園内に向ける。女―――アリスからしてみればオレみたいな人間はさっさと何処かに行って欲しいだろう。

  それにしても願い事が叶う花か・・・・。この島だと本当に叶いそうだな。ロマンチックでいいがどこかにしわ寄せが来なきゃいいけど。

  そう考えチラッと後ろを窺う。アリスがこちらに向かってお辞儀をしていたので、適当に手を振ってオレはその場を離れた。















  ほこり臭い部屋の中を見回す。照明を付けようとしたが電源が配給されていないらしい。ため息をつきながら目を細めて机をどかす。

  あの位置からだと大体この辺にあるかもと思ったんだが・・・・・。


 「・・・・ここだけ埃が無いな」


  机をどけてみると埃の無いフローリングの床が見える。

  ダンッと足を振り落とすと、音が響いて返って来た。それに手応えも無い。まるで薄い木の板を踏んだ感触だ。まぁ、そのまんまだけど。

  入口のドアノブも触って見るとそこにも埃は無い。完全に使われていない空き部屋の筈なんだがな。誰かがここから出て行った証拠だ。


 「もう行くか。いつまでもここにいちゃ服が埃まみれになるしな」


  折角の高いシャツが埃まみれになったら泣いちまう。こういう時どうでもいい服を着て来ればよかったなと少し後悔した。

  格好つけて指定のシャツを着て来ないのは良いんだが、汚れ作業をするのにはまるで向いていない。普通に作業着で動き回ったらさぞや快適だろう。

  研究所に置いてあるツナギがあればいいんだが・・・・無いモノをねだっても仕方ないか。一日がリセットされれば元に戻るらしいし我慢しよう。


 「次は隣の教室か。50年以上前の学校で結構地理が違うから面倒臭ぇな、全く」

 「あ・・・」

 「あ?」


  空き部屋から出ると一人の女子生徒と目が合う。向こうはいきなり誰も使っていない筈の部屋から出てきたオレに対して驚いた表情を
 していた。カチューシャをつけいる女で、どこか犬っぽい。

  エリカがゴールデンレトリバーだとするとコイツは小型のマルチーズっぽい。つまり美夏と同類の生き物という事だ。小さい癖に周囲を
 うろちょろするからな、マルチーズは。


 「あ、貴方ここで何をしてるんですか? ここは誰も使用していない筈の空き部屋です。学園祭の準備でもここも使用許可は降りていない筈
  なんですが・・・」

 「たまたま覗いてみただけだよ」

 「たまたま・・・?」

 「時々無性に学校を探検してみたくならないのか、アンタは。オレ達の年齢だとそういう冒険心に溢れて行動せずにはいられなくなる。この
  場所は何だろう、ここはどうなっているんだろうってな。女も恋愛に関してはそうだろ? 学校という狭いコミュニティでも色々な奴等が
  魅力的に見えて心が弾んでしまう。お近づきになって話をしてみたくなる。噂をされると優越感が増して誇らしくなる。まぁ、アンタの場
  合はどうだか分からねぇけどな」

 「――――私は風紀委員の者です。何か問題が起きた時の対処、事前の予防に努めなければいけない役職についてます。さぁ、本当は貴方は
  ここで何をしていたか白状した方が身の為ですよ!」

 「うっせ」

 「わ、わぁ~~~っ!?」


  頭をこねくり回してやる。それはもうぐしゃぐしゃと。折角髪を整えてきたのに無残にも、しっちゃめっちゃかになった。

  そしてある程度気が済んだら手を離し、笑ってやった。対して相手は最初は茫然としていたが、見る見るうちに顔を赤くして身をプルプル震わせる。

  犬っぽいから喜ぶと思ったんだがアテが外れたらしい。もしくはやり方が間違ったのかもしれない。オレが飼っていたあの馬鹿犬は喜んでたけどなぁ。


 「い、いきなり何をするんですかぁ~~~!?」

 「お前の癖に生意気な事を言うからだ」

 「い、意味が分かりません!」

 「大体そんな偉そうな口上垂れるならしっかり仕事やれよ。さっきも一人の女子生徒が二人の男に絡まれてたぞ。まぁ、助けたけどよ」

 「うっ・・・」

 「この学園の風紀委員はいつも偉そうにしてるけど全く役に立たねぇよな。服の乱れとか持ち物検査とかやってる割には平気で屑を野放し
  にしておく。関わるのが怖いから目を閉じて口を塞ぐ。やっぱりこういうのは金とか貰わないと本気になれないよな」


  風紀委員といっても所詮はただのクラブ活動みたいなものだ。生徒の有志で結成されているから金なんて入らない。

  自分に益にならないのにどうしていわゆる不良と言われる人物に関わらければいけないのか。大体はそういう考えを持ち合わせている。

  誰だって普通に学園生活を過ごしたいよな。変に目を付けられたらたまったものではない。懐から煙草を取り出し口に咥えた。


 「じゃあ、オレは行くわ」

 「え――――って、な、なんで平気で煙草を吸ってるんですかっ!? 消して下さい!」

 「吸いたかったからだ。止めて欲しけりゃ力づくで止めな」

 「言いましたねっ!」


  腕まくりをして腕に力を込めヤル気をアピールする彼女。つーか腕細過ぎるだろ。

  そしてズンズンと近付き―――オレの腕を力一杯に引っ張った。


 「ふんぐ~~~!!」
 
 「・・・冗談でやってるのか?」

 「び、びくともしない・・・なんて力の持ち主なんでしょうか・・・・」

 「オレは平均男子生徒ぐらいの力しかねぇよ・・・」


  よくそんな事でオレを捕まえようなんて思ったな、本当に・・・。自分で自覚しているがオレの見掛けはいわゆる不良みたいな姿をしている。

  そういえばさっきも普通にオレの事を注意してたっけか。なるほど、根は本当に真面目なのかもしれない。別の言い方をすれば馬鹿正直。

  こんな奴一人に見回りさせるなんてどういう考えをしてるんだか風紀委員は。そう考えていると、その女の後ろからまた別な女が顔を覗かせた。


 「ん、美春何してるの――――って」

 「あ、音夢先輩っ! 助けて下さいよ~、この人煙草を吸うの止めてくれなくて・・・」

 「なんですって」

 
  威圧するような低さで呟き、目を吊り上げてキツ目でオレを見据える。対してオレは変わらずに煙草を気持ちよさそうに吸った。

  前の世界でもよくオレの喫煙癖を窘めてたっけ、この人。そしてあまりにもオレが言う事を聞かないからさくらさんに頻繁に会いに来ていた。
  
  しかしさくらさんもあまり真面目に話し合おうとせず、『この泥棒猫ー!』と言ってはりまおに襲わせてたな。今考えたら笑えねぇ・・・・。


 「あなた、どこの学年の方ですか。名前は? 何年何組で、担任の先生は誰ですか?」

 「相手の名前を聞く前は自分の名前から―――だろ? 礼儀作法が全然なってないな。育ちが知れる」

 「―――――ッ! あ、貴方はっ!」

 「朝倉音夢」

 「え・・・?」


  ふぅっと紫煙を吐いて首を鳴らした。最近鳴らし過ぎだがよく凝るからしょうがない。
  
  顔を横にずらして首に鈴のチョーカーを付けた女の茫然とした顔を見やる。由夢と音姉にそっくりだ。当り前か。

  彼女達の祖母にして純一さんの奥さん。性格は規律に厳しい所があるが基本的にはふわふわしている所がある。

  
 「朝倉純一の妹だが血は繋がっていない。確か両親が死んで父親の親友である純一さんの父親に引き取られ姓が変わった」

 「なっ――――」

 「そして純一さんの事が好きになって、さくらさんが純一さんアテに送っていた手紙をこっそり捨てていた。案外腹黒いんだよなぁ、音夢さんは。
  まぁ女は基本的にそうだから別にいいけど」 
 
 「・・・・! な、なんでその事を知ってる―――」
 
 「だからオレはあんまり懐かなかったな。それでもさくらさんとは仲が良かったみたいだけど」

 「ちょ、ちょっと私の話を――――」

 「いや、待て。仲が良いなら何故いつも朝倉家の郵便ポストにピンクチラシを入れてたんだ・・・・。他にも賞味期限の切れた饅頭を喰わせたり
  純一さんが音夢さんに内緒で白河ことりに会いに行っている事をバラしたのか・・・・謎だ」

 「ことりと!? ど、どういう事ですか!」

 「安心してくれ。一時期は別居状態になったが今ではまた仲良くしている。その時にはもう娘の由姫さんが居たおかげだな」

 「・・・さっきから訳の分からない事を。一体貴方は・・・」


  訝しげにオレを観察するように舐めまわす様に見る音夢さん。若い時の姿は初めて見るが、由夢に似ているな。

  音姉はどっちかっていうと由姫さんに近い容姿と性格をしている。すぐ死んじまったからあんまり話す機会は無かったな、そういえば。

 
 「オレの名前は桜内義之。50年以上未来から来た普通の男だ。口は悪いが音姉達がよく世話になってるみたいで内心は感謝の気持ちで溢れている。
  だからさっきまでの無礼は許してくれ」

 「あ、貴方がよく由夢さんとかが話してた・・・・!?」

 「こ、この人が・・・・桜内、義之」

 「そうだ、天枷美春。初めてお前と会うが随分精密な作りなんだな。研究所で話には聞いていたが、普通に見てたらロボットだって気付かない」

 「え・・・」

 「わぁー! わぁー! 何でもないですよっ、音夢先輩!」

 「さて、自己紹介は済んだしもう行くぞオレは。今日の夜も杉並の馬鹿を捕まえに行くんだろ? 期待してるぜ。じゃぁな」

 「あ――――ちょ、ちょっと待ちなさい! それと煙草を吸うのは全く関係無いですよ!」

 「身内の不祥事ぐらい見逃してくれ。そういう事が出来るから風紀委員なんていう面倒な組織に入ったんだろ?」

 「ぜ、全然違いますっ!」


  身体をわなめかせて否定する音夢さんに背を向けて歩き出す。追ってはこないようだ。あまりにも傍若無人な振る舞い過ぎて呆気に取られている
 様子が見て取れる。自分でもそう思うのだからあっちからしたら余程だろう。

  視線を外に向けると空が青く輝いていた。ここは本当に空気が淀んでいない。さすが昔だ。この世界を作ったさくらさんの趣味でもあるのかもし
 れない。あの人も自然が好きな人間だからな。


 「ん? なんだ、また外国人がいるな。本当に昔からこの学校はよそ者が多いな」


  微かに綺麗な金髪が視界の隅で横切ったのが分かった。外国人が多いとその地域は荒れる傾向にあるからどうなのかと思わないでもないが、運が
 良いのか初音島の治安は良い方だ。田舎の島だしそのおかげもあるだろう。

  
  都会はオレも好きだが済むならやっぱり田舎だよなぁ。

  そう考えながら一階に下りて辺りを見回した。 

  さて、次はどこに行こうかな―――――。




















 「この大空にー翼を広げー」


  久しぶりに学園に来てみると相変わらずの人が忙しなく走り回っている。クリパ前だから仕方ないけど人混みって何か疲れるなぁ。

  また壊されて同じ毎日を過ごすのに――――そう思うと少し同情心が湧きあがってくる。いや、まぁ、それでも壊すんだけどさ。

  下駄箱から自分の上履きを取り出し辺りを注意深く見回す。例の外部から来た人間に見つかったら色々面倒臭いからだ。


 「飛んでー行きたいーよー」


  今はあんまり争う気分じゃ無い。確かにいずれ相見えるだろうが今じゃ無い、先の事だ。

  その時なったらちゃんと相手をする。まずアイシアをどうにかして、音姫ちゃん、由夢ちゃんを苛めぬく。

  後の人達は放置しておけばいい。どうせ勝手に存在ごと消えてなくなるのだから。

  
 「悲しみの無いー自由な空へー」


  さてさて、我が息子はどこに居るのか。

  自分とお兄ちゃんの息子なのだから早く会いたい。

  もしかしたらこれが親心なのかも・・・・。


 「翼ーはためーかせー、行きた――――」


  曲がり角を曲がり、とりあえずどこから回ろうかと視線を彷徨わせている・・・・と、早速目的の人物に会ってしまった。

  あちらはこちらに背を向けているので気付いていない。辺りをきょろきょろと見回して頭を掻きながら移動している。

   
 「い、いきなり見つかるとは思わなかったなぁ。心の準備は出来ていた筈なのに・・・」


  やはり緊張してしまう。家を出る前に腹は括った筈なのだが、こうして間近で姿を確認してしまうとどうも尾を引いてしまう。

  細い体付き、やや切れ長な目、髪は全体的に長いがロングという程でもない。ストレートを掛けているのか綺麗に流れている。

  あと意外な事にアクセサリーを何着か身に着けていた。記憶ではお洒落に無頓着だった気がするが・・・・。


 「あれがボクの息子の・・・桜内、義之か」


  とりあえず思索は止めてどう行動するかを考える。

  最初はやはり礼儀正しくいくべきか。フランクにいくべきか。普通の親子みたいに接するべきか――――。

  どれが正解か分からないし、どれでも正解な様な気がする。どの対応でも真っ当な反応を返してくれそうだ。


  そうして色々考えた末に・・・・やはりここは仁義を切った方がいいと結論付けた。


 「やぁやぁやー!」

 「な、なんだっ?」


  ボクの声にまず驚き、振り返ってその声の発信源であるボクの姿を見て彼は軽く目を見開いた。

  さすがに驚いたろう。自分の知っている保護者的存在がこうして学生服姿で現れたのだから。付け加えていうならばこの事件の
 首謀者のボクがこうしてノコノコ現れたのもそうだ。

  彼らから見たらボクは敵。皆の学園長を惑わす魔女みたいなものだと認識されている。そんな人間が笑顔で見得を切って来る等
 誰が予想出来るだろうか。


 「お控えなすって!」

 「あ・・・・あぁ?」

 「手前、遠くアメリカからやって参りました、芳乃さくらという不束なものでやんす。この度はあなたさんにお目通りかなって
  恐縮の極み・・・・どうぞよろしくお願いしまする」

 「・・・・・」



  あれ、無反応。予想では驚愕したり慌てふためいたりする筈だったのに。中腰のまま手のひらを突き出した体制を戻し、嘆息する。

  でも仕方無いかな? 人って急な出来事には呆気に取られたりするし。猫と同じで予想外の事が起きると体が硬直して思考が止まってしまう。

  義之くんの顔を見ると驚きの表情は窺えなかったが、口を手で覆って何か考えていた。何を考えてるんだろう?


 「・・・っと、有難う御座います」

 「え?」  


  そう呟いてさっきのボクの体制を真似る様に中腰になり、手のひらをこちらに突き出してきた。

  
 「ご丁寧なるお言葉。申し遅れて失礼致しました。手前、芳乃さくらに従いますは姓は桜内、名は義之。まだ学生の未熟者の駈け出し者で
  ございますが、万事万端、宜しくお頼申します」

 「・・・・・・」

 「よく時代劇とかヤクザ映画を見せられた事がある。正しいやり方かは知らないが真似事ならこんなもんだな。しかしまさかこんな所で仁義
  を切るとは思わなかったよ。備えあれば憂いなし、だな。思い出すのに少し時間が掛かったが」

 「―――――う」

 「ん?」

 「うわぁ~~~! すっごい、すっごいよっ!」

 「おっと」


  思わず抱きついてしまう自分。しかしそれは仕方が無い事だろう。ボク達の年齢でそういう事が出来る人は少ない。

  みんなボクが仁義を切っても苦笑いか訳が分からないといった顔をする。日本人なのになんて侘しいんだと思っていた。

  お兄ちゃんでさえ困った顔を浮かべるだけ。それなのにこの子はちゃんと返答してくれた。急に親近感が沸いてくる。


 「まさかそんな返し方されるなんて思って無かったよ! ボクの周りなんかだーれも時代劇とか任侠物の映画とか見ないんだっ、それなのに
  君はそういうのちゃんと出来るんだね!」

 「オレ達の歳だとほとんどの奴等は恋愛映画かアクション映画しか見ないからな。それもデートの一環で、純粋に映画を観に行く奴は中々に
  居ない。それに任侠の時代なんてずっと昔の事だ。現代の組員なんて頭が悪くて金の事しか考えてねぇ。ロマンが無いよな」

 「そうそう! 日本男児の大和魂はどこにいったんだー!って感じだよ。わぁ、本当に君は面白いね」

 「ノリが悪い方だとは思ってないけどな」


  いやいや、十分過ぎる。自分でも結構コアだと思っていたから及第点だ、うんうん。

  これがボクの息子かぁ・・・・最高だ。ますますこの時代に留めたくなってくる。さっきから嫌な顔せず頭を撫でてくれてるし・・・にゃあ。


 「ね、もっともっとお話ししたいんだけど、いいかな?」

 「話・・・か。この世界の事とか未来から来たオレ達に対しての処遇の話とかかな?」

 「もう、そんな固っ苦しい話じゃなくて、もっと面白い話だよ。ほら、中庭に移動しようっ」

 「おいおい」 
  

  手をぐいぐい引っ張り踵を返す。義之くんは少し面喰らった様子ながらも足並みを揃えてくれた。

  顔を見るとしょうがないといった顔。どうやらボクに付き合ってくれるらしい。ああ、本当に良い息子だ。

  それに格好良いし、うん、文句を付けようがない。少しイメージが違うけどまぁ、気にする事はないか。


  なんだか今日は退屈せずに済みそうだ。スキップをしながら義之くんの手を引き、顔を綻ばせた。



















  無性に煙草が吸いたくなってきた。ちらっと横を窺うと楽しそうに顔を綻ばせているさくらさんに似た誰か。確か分身だっけか。

  ベンチに背を掛けながら相手の話に合わせて返事を返す。つーかいきなり現れた心臓が止まるかと思った。それもいきなり仁義を切られるし。

  一応敵意は隠して置いた方がいいだろうと考えて話には乗ったが、その先の事はまだ考えていなかった。  


 「それでね、やっぱり最近の時代劇はダメだと思うんだ。完璧なデジタルになってから情緒が全部抜け落ちてパーだよ」

 「インフラ方面がかなり進歩したからな。爺さん婆さんは戸惑ったろう。いきなりテレビが映らなくなるんだから」

 「全く優しくないよねー。勝手に初めて勝手に終わらすんだから。テレビ代は全部自分持ちって馬鹿みたいだよぉ」

 「全世帯にテレビを買ってあげたらますます借金地獄だな、日本国家は」


  しかし、どうしたものか。御大将が自ら突撃してきたって雰囲気でも無い。

  話を聞いていると純粋にオレと話をしたかったみたいだ。会話を交わしている内にそれが確信に変わった。

  ここで身動き縛ってとっ捕まえる事も考えたが相手は魔法使い―――ひいてはあのさくらさん。成功する確率は考えたくも無い。


 「・・・・ふぅ」

 「んー? どうしたの、ちょっと話し疲れた?」

 
  しかし――――ここで捕まえないでいつ捕まえる? 

  若い頃のさくらさんと話すのは確かに面白い。歳相応に落ち着きが無く、お喋り屋だ。中々新鮮味溢れて刺激的なのは確か。

  話すテンポも、間も、考え方だって微妙に違う。さっきの金と銀の話だってそうだ。


 『金のコインと銀のコイン。さくら――――アンタならどっちを取る?』

 『えータメ口~? さっきから思ってたけど、一応ボク君の保護者なんだけどなぁ』    

 『オレの保護者は今桜の木の下で眠り姫ごっこをしてる。そしてアンタとオレは同世代。何か問題があるか?』

 『うーん、まぁ、いいけどさ。金と銀のコインをどっちを取るかだっけ? そんなの両方に決まってるじゃん』

 
  欲深いのは良い事だが、欲張り過ぎると帰り道でその重さに潰れて酷い目に合う。外国にある一種の戒めみたいな話。

  今のさくらさんなら程々に欲張って金だけを取って帰るだろう。それが分かる程の人生を送って来たのだから当然だ。

  分身といっても本当に若い頃の自分に記憶を移しただけらしい。ほぼオレと同い年でまだ普通の女の子だ。


 「少し話し疲れたかな。あまりにもテンポがいいからオレもついお喋りになっちまう」

 「楽しい時はそれぐらいの方がいいよ! いっぱい喋ると気持ちいいからねぇ」

 「御尤もな話だ」


  なら――――勝てる。

  出し抜いて間抜け面をさせて皆を助けられる。

  確かに手強そうだがこちらの方が頭の回転も修羅場も上回っているのは確実だ。

  
 「オレの傍にもお喋りな女がいるなぁ、噂好きの」

 「んー誰かな?」

 「茜っていう女だよ。スタイルがエロいのほほんとした女だ」

 「・・・・・ああ」

 「知ってるのか?」

 「―――――知ってるも、何も」
 

  さっきまでの上機嫌な顔を潜ませ、あからさまに眉を寄せる彼女。眉間に皺ができる程に。

  そうして顎を上げ、喋るのもダルそうに息を吐きながら足をぶらんとさせた。


 「一回興味本位で悪戯しようと思ったらさぁ、生意気にも反抗してきたんだ。だから痛い目みて貰っちゃった」

 「・・・・なに?」

 「だってこっちが親切心で妹さんの事を生き返らせようとしたのにスタンガンでバチチッってやってきたんだよ? 酷い話だと思わない?」

 「・・・・どうかな」

 「だから壁に何回か叩きつけたんだ。まぁ、色々あってそこで終わっちゃったけどさ・・・。思い出したら何だか腹が立ってきたかも」

 「・・・・・」


  あの馬鹿――――オレと同じで普通で一般人の癖に負けず嫌いなんだからよ。余程癪に触ったのか。

  汚れた制服、かすかにあった裂傷、火傷したような手。何があったんだと聞いても何でもないの一点張りだから理由は分からなかった。

  だが、まさかさくらさんを相手にしたとは思わなかった。茜は物分かりの悪い人間じゃないが時々酷く強情になる。

  
  まぁ、そこが気に入っている部分でもあるんだけどよ。拳を握りしめて怒りを露わにしている芳乃さくらに手を掲げて向き直った。


 「まぁ、オレもぶっちゃけあんまり好きじゃないんだよね」

 「え、そうなの?」

 「こっちの意図しない行動はするわ物をハッキリ言うわでオレも参ってる。クソッタレ女だな、いや、マジで」

 「へぇ、何か意外だなぁ。君の場合とても優しいから『皆大事な友達だ!』とか、言いそうなのに」

 「冗談」


  手をヒラヒラさせてにこやかに笑う。

  彼女はそんなオレに仲間意識を持ったのか、含み笑いをしながらオレに寄り添ってきた。


 「ねぇ、ボクと一緒に行動しようよ。そっちの方が絶対楽しいって」

 「どうするかな。オレは元の世界に帰りたいんだよ。布団敷きっ放しだし」

 「にゃはは、君は本当に面白いね。でもそれは駄目だよぉ~、ボクは君にここに居て欲しいなぁ」

 
  その言葉を無視して懐を探る。そろそろ我慢の限界だ。ストレスが溜まってしょうがない。

  きょとんとした顔で首を掲げる彼女。それを無視して懐からお目当ての煙草を取り出し火を点けた。

  いきなり煙草を吸いだしたオレを茫然と見詰める相手。それに構わず煙を一気に肺に吸いこんだ。
 


 「はぁ~~~~~~・・・・禁煙は無理そうだな。やっぱり美味いわ」

 「た、煙草? 確か君はそんなの物を吸わない筈・・・・」

 「オレは煙草も吸うし酒も飲む。ギャンブルは麻雀ぐらいか。風俗は一回行ったっきり行ってねぇ、モンスターが出てきてからトラウマだからな」

 「え? え?」


  こいつの記憶だとオレは『心優しく仲間思いで鈍感な義之くん』。さくらさんの記憶がコピーされているならそれは確かだ。

  さくらさんの前だと猫被ってたからなぁ。煙草も見つからない様に吸ってたし、匂いにも気を遣ってた。結構大変だった記憶がある。

  相手はあまりにも自分の記憶と違う行動、言動をするオレにかなり戸惑っているのが見て取れた。ああ、最初に違う世界に来た事を思い出すな。
  

 「茜が世話になったみたいだな」

 「え、あ―――――」

 「いや、茜だけじゃない。杏達も大分お世話になってたみたいだ。だからお礼をしなくちゃいけない」


  腹に抱えた決心がより強固に固まる。少しばかり手加減しようと思っていた慈悲の気持ちが吹っ飛んだ。もうただの塵屑にしか思えない。

  いつもの精神状態。頭は酷く冷静だが、心は暴力的な感情で支配されている。段々体に緊張が澄み渡ってくる。いい感じだ、最高だ。

  相手は完璧に油断している。心を完璧に開け放って信用している。だが知った事ではない。このまま捻り潰してやる。


 「そうだ、煙草をプレゼントしよう」

 「え、い、いらないなよそんなものっ」

 「遠慮するな。湯の辞儀は水になるともいうだろ?」


  遠慮をし過ぎると返って相手に迷惑を掛けるということわざ。実に日本人らしい。さくらさんも日本に居過ぎて慎み深い性格になってしまった様だ。

  そして隣に座っている彼女に向かって煙を吐く。咽る彼女。苦しそうに紫煙がかった煙を手をはためかせ追い払おうとする。


 「う、ゲホ、ゴホッ!? な、何を・・・・」

 「プレゼントだ、気に入ったか? あと誰かとオレを勘違いしてるみたいだが、まぁ、アテが外れたな」

 「え」


  訳の分からないといった顔で目を涙目にしながらこちらをみやる彼女。

  容赦なんてしてやらない。相手は魔法というある意味銃を持っている危険人物。容赦なんてしたら今度はこっちが危ない。

  それに―――――そんな心の余裕は、もう持ち合わせていなかった。


  全ての元凶。

  茜の傷や杏達を襲った事。

  さくらさんの解放。


  背中を後押しするには十分過ぎた。


 「もっと良いモノをプレゼントしてやる。ちょっと痛いかもな。ははっ」


  オレはそう微笑み返し――――ポケットに入れておいたナイフをその目に向かって斬り付けた。
  


           







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