少し喉が渇いた。喋り過ぎたかもしれない。初めてかもしれないな、初対面でこんなにも喋ったのは。
反射的に時計を見ようとし、含み笑い一つ。ここには時間の概念なんてものはない。ただ景色という『映像』が動いてるだけだ。
氷の中に閉じ込められ反射した光を見詰めるのと同じ。内張りと外張りが断絶している世界・・・だからこんなにも綺麗なんだと思う。
「さくらさんやり過ぎてねぇかなー。一応保険は掛けたけど・・・ちゃんと通用してるのかな」
「確か結構怖い人だって言ってたな。どんな人なんだ?」
「ぶっちゃけ見た目は外国の可憐な女っつー感じだが―――ヤクザみてぇな性格だ。その上頭の回転なんかF1カーみたいなもんだし
何より容赦が無い。お前の知っているさくらさんとは大違いだ」
「う、うーん・・・」
だから掛けていた保険が通用するかどうか本当に分からない。オレの見立てだとさくらさんは純一さんには弱い筈だ。いくらもう振っ切っている
とは言っても自身に対して大影響を与えた男で、初恋の男。その人物の前で果たして人を殺める事が出来るだろうか。
そこまで外道では無い・・・とは思う。思うのだがあの人はオレの考え付かない行動や発想をする事が多々あるから読み切れない。何十年も一緒
に生活を共にしてきたから純一さんに対してある一種の特別な感情は持っていると思ってんだけど・・・・。
「――――オレの予想が外れたら純一さんも一緒になって殺されちまうな」
「マジか」
「基本的に我道を貫く戦国時代に生きた武将みたいな人間だからな・・・。段々自信が無くなってきたよ。帰ったら全員死んでたなんて
洒落にもなりゃしねぇ」
「・・・一つ気になってたんだが」
「あ?」
「なんであのさくらさんを庇うんだ? アンタの性格だとそのまま見殺しにする筈だし、実際に殺してしまう勢いで憎んでたじゃないか」
「まぁな」
思いのほかボコボコにされ、挙句自分の存在を消されるという『殺される』以上の屈辱を味わった。
自分を完全に否定され昨日まで友人以上の付き合いだと思っていたヤツからは他人の目を向けられる。うすら寒い感覚がした。
今でも憤った気持ちはくすぶっている。多分目の前に現れたら殴り飛ばすだろう。ここまで良い様にされたのは本当に久しぶりだ。
「でもよ、純一さんと・・・若い頃のな? 話をする機会があったからちょっと喋ったんだよ。自己紹介する前に」
「ん、そうなのか。それで何の話をしたんだ」
「さくらさんの事だよ。アンタは最近さくらさんを見ていない筈だが、心配じゃないのかって聞いた」
「それで?」
「そしたらこう言った・・・『何故心配するんだ?』ってな」
「・・・・」
「確かに周りで何が起こってるか純一さんの知ったこっちゃないし、真摯に心配する間柄でも無いとは分かってはいるんだ。
けど、それを聞いてオレはこれまた不覚にも―――可哀想だな・・・って思っちゃった訳なんだよ」
「・・・まぁ、アンタにしては珍しい事だとオレは思う」
「だよな」
そしてその想いを引き摺ったまま音夢さんを助け、その代償に年齢を取る事は許されなかった。
確かウチの母ちゃんが人に恋をすると魔女じゃなくなるとか云々言ってた気がする。とうとう頭がイッたのかとその時は思ったものだ。
この場合人に恋をするというのは結ばれたという意味とイコールと考えても良い。誰とも添い遂げようとはせず、何十年も生きてきたさくらさん。
正論を言えば『自業自得。誰の責任でもなく自分の責任なので、他人を巻き込むのは悪だ』と言える。
しかし感情面から言うなら・・・・・隣に居る自分と似ているもう一人の顔を見詰める。
「もしそこで本当に命まで奪われたら、物凄く寂しくて、虚しい人生だとは思わないか」
「アンタの口からそんな言葉が出てくるなんてな。相手がさくらさんだからそんなに優しいのかな?」
「・・・かもしれないなぁ。他の人間だったらそんな事構わずヤラれた恨み辛みを何倍にして返すし・・・お前の甘い性格が移ったのかもしれない」
「一年間ずっと同じ身体に居たからな。全く性格が逆の二人が合わさればそんな風にもなるのかも」
「さくらさん・・・ああ、オレの母ちゃんも似た様な事を言ってたっけ」
そうしてふと前を見詰めると、空間から光が漏れている。
隙間から溢れだす様にそれは徐々に大きくなり、最終的には人一人が入れる程の大きさとなった。
直感的にさくらさんが上手くやってくれた事に気付く。そうか、大体終わったのか。やっぱり仕事が早いなウチの母ちゃんは。
「どうやらお迎えが来たみたいだ」
「そうみたいだな。帰ってあんまりエリカとか茜を苛めるなよ、魔法の力で忘れてたんだから仕方が無い」
「・・・美夏の名前を出さないのはわざとか?」
「アンタは美夏に関しては甘い。外から見てるとよく分かる。保護者以上に構ってるからな」
「そうかよ」
よっと腰を浮かし光の前まで歩みを進めた。この中に入れば元の世界に戻れる。そう思うと素直に嬉しい。
ここは幻想的で情緒ある素晴らしい場所だが、同時に儚くもある。いつ自分が完全に消えるか分からないという不安を煽られるからな、此処は。
「じゃあな」
「うん。また会えるかな?」
「オレが死ぬ時にまた会えると思う。だから数十年後だな、また会えるとしたら」
「そうか」
「恨み事を言うのなら言っておいた方が良い。自分の体を返せこのクズ野郎・・・とかな」
「その事については最初の方で言った通りだ。結構気にしてるのな、アンタ」
「当り前だ。オレは常識人で良識がある人間―――心が痛んでるよ、今にも涙が出てきそうだ」
「でも出ない。そうだろ?」
「よく分かってるじゃないか」
手を軽く挙げて背中を向ける。
言いたい事はもう言ったし、話もした。そしてこの会話は誰にも話さず、オレの心だけに留まるだろう。
後はこの中に飛び込むだけ。そう一息付き、身体半身を入れた。希薄だった存在感が強みを増した様な気がした。
「あとアンタは俺の事を鈍感だとか八方美人だとか言ったけど、女癖はそこまで酷くない。ちゃんと特定の女の子選べよ」
「てめ――――」
もう戻れない所まで来た時に被せられる皮肉に、言い返そうと首を回すが遅かった。
この夢みたいな感覚が薄れていきリアルな五感が戻りつつある。現実の世界に自分が帰っていく証拠だった。
もう手の出し様が無い所まで来たオレに喧嘩を売るなんてやはり性格がひん曲がっていると思う。桜内義之なんて碌な奴がいないのが確定した瞬間だった。
でもまぁ―――これはこれで楽しいとか言ってたから、大物だったのかもしれない。あのオレは。
自分の存在を掻き消されたみたいなもんなのにあんな台詞を言うなんて・・・。帰ったら仏壇に和菓子でも備えておいてやろう。
「だけど、くそっ、あの優男が。あんな皮肉を言うくらいだからやっぱ根に持ってんじゃねーかよっ」
吐き捨てる様に言い光の中を彷徨いながら顔を歪め目を瞑る。
大体そういう女を周りにはべらしてたのは元はと言えばてめぇが下地を作ってたからじゃねぇか。
前の世界では何の付き合いも無かった男と女友達。今思えば既に用意されていた上等な女に惹かれるのは普通じゃないのか。
「女といえばアレか。帰ったらまた悩まなきゃいけないんだよな・・・ふぅ」
事態が事態だけにそんな甘い雰囲気にはならなかったが全てが終わったらまたあの忙しい日々に戻る事になる。
それはそれで日常に戻れるから嬉しい筈なんだが、肩が重くなるのを感じる。これじゃ他人の事を優柔不断なんて言えないな。
「さて・・・どうなる事やら、か」
最近は銀髪の女も周りをうろちょろしてる事だし更に賑やかになるのは間違いが無い。
そういえばアイツってどこに住んでるんだろうか。まさか裏路地とかで暮らしてるんじゃないだろうな。
意外と野性的な暮らしとかしてそうだし十分に有り得る。ヤモリって美味しいですよねとかあの外見で言うなよ・・・。
「なんにしてもとりあえずは・・・」
さくらさん、久しぶりに会うな。少し期待感と胸が躍る様な気持ちに駆られる。
度々夢の中で会ったりはしていたが実際に面と会うのはオレが死ぬ前だ。子供染みた感情かもしれないが素直に会えるのは嬉しい。
結局今回の騒動を納めてくれたりもしたしお礼を言わなくちゃな。つーか魔法絡みなんて一般人のオレが処理できる範囲じゃねーし。
そう心の中で言い訳していると段々外の世界の風景が見えてきて――――朝焼けに包まれた空にオレは放り出された。
「ありゃ」
「どうしたんです、さくら?」
「出す場所間違えた。義之くんはココには現れない」
「え?」
でもまぁ、なんとか大丈夫だろう。あの子は悪運は強いから身体の骨が砕けるだけで事は済む。
とりあえず一つ問題は解決したと言っていいだろう。後は・・・さくらは一頷きしてもう一人の自分に向き直った。
純一に介抱され頭に包帯を巻き、鼻っ柱にガーゼを巻いている。随分痛々しい様子を醸し出しているが大した怪我じゃないのは分かっていた。
「さて、これからキミはどうするのかな?」
「どうするって・・・」
「もう企てていた計画は全部崩壊しちゃったし大した力も持ち合わせていない。やる事が無くなっちゃったね」
「・・・・」
「そこで一つ提案なんだけどさ、そこに寝ている芳乃さくらから貰った情報を全部消して・・・普通に生きてみたら?」
「え?」
「どういう事ですかさくら。この世界は作られた世界なんですよね? とても言い辛いですが・・・生きてくと言ってもそこのさくらが目覚めたら
皆消えてしまうのが道理、だと思うのですが」
「アイシアもまだまだ魔法使いとして甘いね。そこんとこの機敏さがまだ足りない。少しウチの息子にかまけてて魔法の修行してないでしょ?」
「なっ」
言葉を詰まらせるように顔を赤くするアイシア。見ていないとでも思ったのかこの子は。義之くんとアイシアの組み合わせなんて面白おかしい
コンビを無視する訳がないというのに。
この子も随分保護欲を駆り立てる女の子になっちゃったからあの変わった義之くんが構わない筈が無いし、アイシアも結構少女っぽい所がある
から義之くんみたいな不良だけど行動力ある男が好みなのは知っている。
デコボコな組み合わせの二人だがデコボコ故に騒々しいので見ていて飽きがこない。美夏ちゃんやらエリカちゃん、茜ちゃんといった子と同じ
くらいにくっつく可能性があるとボクは思っている。
出来れば一番お金持ちのエリカちゃんとくっつけば良いんだろうけど、ボク個人としては、アイシアとくっついて欲しいかなー。
「アイシアもそろそろ疲れてきたでしょ? いい加減に義之くんとくっついてそんな下らない呪いなんか吹き飛ばしちゃいなよ」
「よ、義之が誰を選ぶかは義之が決める事なので・・・私はなんとも言えない、です」
「アイシアの場合責めに責めた方が丁度良いと思うんだけど。キミとくっつけば義之くんも少しは落ち着いた子になるだろうし。
母親としては賛成だからドンドン絡んでいった方が良いと思うよ」
「はぁ・・・」
困った様に頷くアイシア、昔と違って少し引っ込み思案というか大分落ち着いた印象が見られる。
まぁ何十年も生きてればそうなるか。そろそろこの子も報われないといけない。ボクがそう思うって事は神様も同じことを思っているだろう
「その辺は追々アイシアが頑張るとして・・・だ。さっきの話の続きだけど、この世界はもう作られたものでは無くなっている」
「え――――けど、確かにこの世界は芳乃さくらによって作られて・・・」
「最初はそうだった。けど度重なるループ現象によってこの世界はより盤石なるものとなり、結果一つの世界として完成してしまっているんだよ。
ゲームでいえば違うセーブデータだけど過去が同じなだけでそこから先の未来はまだ未確定、決まっていない世界」
「そ、そんな事が・・・」
「有り得てるんだよねぇこれが。だからもしかしたらボク達が知っている世界とはまた違う足跡を踏む可能性が高い。好きな人と結ばれる可能性
だってあるし悲劇を回避する事も出来る」
「・・・・」
「・・・・」
ボクの言葉に何か考えるように顔を俯かせるアイシアともう一人のボク。
色々思い当たる所があるのだろう。音姫ちゃんはぼーっとした感じで驚いている・・・少し天然化が進んできているみたいだ。
一体誰に似たのかこの子は。これって結構凄い事なんだけどなぁ、音姫ちゃんはいつもお姉ちゃんぶっているが妹ポジの方が合っている気がする。
昔はクールビューティーだったのに人は変わるもんだ。あの冷たい音姫ちゃんとか結構好きだったんだけどな。壊れやすそうで。
「儚い子っていいよねぇ・・・なんだかぞくぞくしちゃう」
「な、なんで私を見るんですか。さくらさん」
「べっつにー。それでキミはどうするのかな、芳乃さくらちゃん」
「・・・・」
何を悩む必要があるのかまだ俯いている。もしかしてボクに言われているから素直に頷けないとかあるのかもしれない。
だとしてもこれが現時点では最良の提案だ。前の何も知らない自分に戻り未来を作っていく。同じ悲劇を繰り返すかもしれないがそうでないかもしれない。
「というかこういう状況を作ったそこのお姫様とかまだ寝てるし。むかつくなぁ」
「あ、ちょ、ちょっとさくらさんっ」
寝ている自分にゲシゲシと蹴りを入れるボクに音姫ちゃんが慌てながら制止の言葉を掛けるが、構わず数発蹴りを入れた。
勿論本気では無いので大したダメージは無い。単なる腹いせだ。逃げ切ろうともせず立ち向かおうとせず、ただ他人任せな芳乃さくら。
今どんな事をやってもおそらくは起きない。元の世界に戻らないと意識は回復しないだろうし文句を言おうにも言えないのがまた更に腹が立つなぁ、もう。
「キミも災難といえば災難だね。こんなけったいな騒動に巻き込まれるなんて。ボクだったら思わず殴り飛ばして――――」
「分かったよ。この件の事については全部忘れて生きていく。これでいいんでしょ」
「んん?」
どこか吐き捨てる様な声に顔を見詰めると、諦観したような投げ捨てるような表情をしている。
先程までの敵意は消え何か吹っ切れた様な感じがした。少し疑問に思ったのが顔に出たのか、ボクに答えを返す様に息を吐く。
「幸せを掴み取ろうと色々頑張って来たけど、肝心のそこのボクが全く協力しないから嫌気は差してたんだ。全く、確かにボクも幸せには
なりたいけどさ・・・」
「あらま、諦めちゃうのかぁ」
「キミがよくそんな事を言えるね。散々ぼてくり回した挙句殺そうとした癖に」
「当り前の話だよ。息子があそこまで苛められたら誰だってキレるしボクだってキレる。それ以外の事についてはどうとも思わないけど」
「・・・どうとも思わないか、はは」
いや、それはそうだろう。普通の人はそんなに正義感なんて持ち合わせて無いし自分の関係しない所にわざわざ頭を突っ込む物好きは珍しい。
中南米の報われない子供達の為に財産の半分を投げ売る人がいるか? 国内でも色々困っている人の為に実際にボランティアをする人が居るか? という話。
もれなく自分もそういう人間なので特にこの子が何をしようしても関係は無かった・・・・・自分の息子が絡まなければ、の話だけど。首を回し話を続けた。
「そんな風に寂しがり屋なら尚更今回の件についてはさっさと忘れた方が良い。余計に辛くなるだけだよ」
「そう・・・かもしれない」
「この夜が明けたら全ては元通り。正確に時を刻み始めついに迎えられなかった明日を迎える事が出来る。それでボクはいいと思うんだけど
音姫ちゃんとアイシアはそれでどうかな?」
「まぁ、それがベストといえばベストな落とし所と言えますけど・・・」
「私達の目的といえば明日という日を迎え元の世界に戻る事ですから、それがいいんではないでしょうかね」
「・・・それで、俺はまた蚊帳の外な訳なんだけど」
「純一はたまには蚊帳の外ぐらいが丁度いいんですよ。いつもいつも騒動の真ん中にいるんですから」
「いや、そんな事は・・・・って、誰なんだアンタは。俺の事知ってるみたいだけど」
「え、いや・・・知ってるというか色々巻き込まれたというか巻き込んだというか・・・」
「意味が分からん」
この二人の絡みも久しぶりに見る。なんだか当時に戻った様な気分だ。もう戻る事は出来ないけど色々懐かしい気分にさせられる。
ボクもあれから何十年も生きてきたけど悔いはない人生だった。義之くんという自分が居たという形見を残せるのだから満足はしている。
この子も自分とは違った幸せを見つけて欲しいものだ。何も恋愛で結ばれるだけが幸せじゃない。今は視野が狭いだろうがその内大きくなる。
「キミも幸せになりなよ。ボクはもう見つけたからいいけどさ。幸せの形なんて世の中腐るほどあるんだしねぇ」
「その台詞、そこで寝ているボクにも言ってあげて」
「冗談。その事に気付いている上に今回の騒動を引き起こした『ボク』に掛ける言葉は無いよ。帰って義之くんに説教して貰わないと」
「そう。そろそろ夜が明けるね。ボクの意識もここまで、か」
「言い残したい事とかある? 特別に受け取ってあげるけど」
「・・・・にゃはは、無いかな。もう疲れちゃったから早く記憶を消して貰って何も知らないボクに戻りたいよ」
「オッケー、了解。じゃあ目を瞑って」
「・・・・」
スッと目を瞑り覚悟を決めた様に真剣なたたずまいを作る芳乃さくら。嘆きもしなければ喚きもしない。静かに手をギュっと結んでいた。
それに一つ頷いて近づきボクは手を掲げる。さっきまで騒いでいたアイシア達も固唾を飲み、その様子を見守る。それを脇目に視線を前に移した。
あとは魔法を行使して記憶を消すだけ良い。それぐらい魔法使いにとっては簡単で当り前な作業、朝飯前だ。後の事は自然の流れに任せればいいし。
そして手に力を込め―――最後に助言ではないが、ボク自身が指針としている言葉を投げ掛けた。
「生きてるとね、色々な事がある」
「ん?」
「世界で一番自分が不幸だと思う様な事があったり悔しくて涙が出る時もある。ふとした瞬間に自分が生きる意味が分からなくなったり
虚しくなったりする事もある。特にボク―――ボク達みたいな魔女はそういう事をある意味運命付けられた存在だ」
「・・・・・」
簡潔的に言えば自分達は他の人間より不幸になりやすい。親しい人達が自分より先に老いて、家族を作り、人生を謳歌して・・・そして死んでいく。
その時の孤独は言葉で言い表せない程に身を覆い包むぐらいだ。人は自分一人で生きていけるというがそれが嘘だと、本の中だけだと痛いぐらいに
思い知らされた。例え生きていけたとしてとしてもそれは単に『生きてるだけ』。時計だけが動き続けているのと何ら変わりは無い。
この目の前の自分も恐らくは同じ人生を歩むかもしれないし歩まないかもしれない。可能性は高いだろう。その節を伝えてやると表情が曇り俯いて
しまった。何かに耐えるようにジッと地面を見詰め握り拳を形作るその姿は痛々しいものがあった。
「だからさ、それを原動力にして生きていくしかない。寂しさや悔しさ・・・悲しい事とか辛い事を全部バネにして前に突き進む。これは大変な事
だけど、そうしないと道を踏み間違えるよ。そしてあっという間に光の届かない暗闇に一人きり・・・・嫌でしょ?」
「・・・・うん」
「それでも耐えきれない時があったのなら、そうだね、周りの人に助けを求めなさい。人っていうのは自分が思ってるよりも冷たいもので、ちょこっと
だけ暖かいから」
「それ、矛盾してるよ」
「そんなもんだよ世の中なんてものは。まぁ、悩む暇があったらまずは考えてみる事だね。ボク達は稀代の天才っていう設定だしなんとかなるんじゃない?」
「励ましてるんだか適当なんだか・・・分かりゃしない」
「どっちもだよ。それじゃあ、じゃあね」
「あ・・・」
「君は義之くんを苛めた胸糞悪い女の子だったけど――――幸せを、祈ってる」
そしてボクは手に溜めた魔法の力を、そっと撫でる様に頭の上に置き解き放った。
屋上に出ると肌を突き刺す様な冷たい風が身を包み込む、ぶるっと身体を振るわせて柵の方に歩み寄っていく。
初音島の名物である枯れない桜の木がある方向に目を向けると、何やら不思議な力が展開されている様な気がした。
自分は魔法使いでも何でも無いので気がするだけであるが・・・恐らく間違って無いだろう。事態が急速に動いてるのは間違いない。
「雪村先輩達はきっとあそこら辺にいるんだろうなぁ。一体何が起きてるんだろ・・・さくらさんが二人も居たし・・・」
そして気になる事と言えば・・・あの写真の男性だ。
見覚えは無いのにどこか親しみを感じさせる男の人。それがずっと心の中でつっかえていた。
もしかしてたら自分は大変な事を忘れてるのかもしれないと思う。だが、いくら考えてもその正体は分からずじまいだった。
「うーん・・・もやもやするなぁ。大体今の状況だって何一つ分からないのに。一体何が起きてるんだろ・・・」
「さてね。ここに来てからは理解出来ない事ばかりで参っちゃうわ。折角のクリスマスだったのにね」
「沢井先輩」
「隣、いいかしら?」
「あ、はい。どうぞ」
「ありがとう」
スッと由夢の横に着くように柵の上に腕を乗せ、麻耶もまた桜の木の方に目を向けた。
お互いの間に沈黙が流れるが気まずいモノは無い。ただ何も考えず、夜空の下で冷たい風に吹かれるのは実に落ち着くものがあった。
「これからどうなるんでしょうね、沢井先輩」
「私に聞かれても・・・って答える所だけど、案外なんとかなるんじゃないかしらね。この状況も」
「それってあの良い人側っぽいさくらさんが悪いさくらさんを攻撃してたからですか?」
「良い側かどうかは分からないけどね。漂々とした様子でどんな人間が判別つかなかったし、まぁ、ただなんとなくそう思っただけよ」
「なんとなく、ですか?」
「そう、なんとなく。でも悪い方に考えがいくよりは幾分か気がマシになるわよ? 最近悪いニュースばかりだったし」
「うーん・・・」
根拠が無く要領を得ないが・・・そうかもしれない、と由夢は冷たくなった頬を擦りながらそう思う。これまた根拠は無いが、直感だった。
まぁ、なんとかなったらいいな。そろそろ体が芯から冷たくなり風邪を引きそうだと思い、この場を後にして教室に戻ろうと由夢は踵を返し・・・止まった。
「あれ?」
「ん、どうしたの由夢さん?」
「なんか人の声が上から・・・」
「声?」
二人は釣られる様に冬の寒空を見上げ――――悲鳴にならない声を上げた。
そこには人が居た。いや、正確には人が『落下している最中』だった。男子の制服に身を包んだ人間が空から落ちてきている。
あっという間に空と地の距離を縮めドンと学校の屋上にそれは落ちた。その際に何かが折れる様な音が聞こえ思わず二人は顔を歪める。
「がっ―――くっ、うぅ」
「な、ちょ、なんですか貴方は!? というか死んで・・・」
「・・・・・ぐぅっ、あぁ、クソっ! マジで本当にいてぇなクソッタレがっ!」
「あ・・・」
「つーかどんな場所に出しやがるんだあのババアは!? 危うく死んじまう所だったじゃねぇかっ、肩が外れちまってるし! 漫画とか
小説みてぇに自分で自分の肩なんかハメられるかっつーんだよ!!」
よかった、生きてる。そんな場違いな感想を由夢は抱きながらおそるおそる怒声を上げている人物に近づいて行く。
肩を押さえながら痛みで顔を歪め、歯をギリギリと鳴らしている。見たところ右肩が左肩より若干下がっており肩が外れているのが如実に分かった。
・・・ていうか、あれ? どこかで見た覚えのある顔だ。由夢は怪訝に思いながら思わず麻耶の顔を見詰めると彼女もまた怪訝な顔で彼の事を見ている。
そうしてまじまじと顔を見詰めていると、ふと目が合い――――全てを思い出した。
「・・・・にい、さん?」
「あぁっ!? んだよ由夢っ、見世物じゃねぇんだぞこの野郎!」
「ど、怒鳴らないでください! びっくりするじゃないですかっ」
「っせぇよ! こちとら物凄く最低最悪で今にもゲロを吐きそうなムカつく痛みで頭がイカれそうなんだっ。ああ、こんな気分は付属の頃
数人に囲まれてリンチされた時以来だ・・・っ!」
苛々気に柵を音を立てながら蹴り上げる自分の兄に由夢は湧き出た感傷の気持ちが吹き飛んでしまった。
普通なら感動の再会でお互いに涙を堪えながら微笑み合う場面―――由夢はそういうシーンを連想していたが、生憎それは映像の中だけだったようだ。
「おい、委員長!」
「え・・・・あ、な、なによっ」
麻耶もまた義之の存在を思い出した様で、呆けた様子で義之と由夢のやり取りを見ていたが声を掛けられた事によりハッとした顔付きで義之を
見返した。今の今まで義之の事を忘れていた事に罪悪感は感じているが、それを見せない様に思わず腕を組み上げてしまう。
「腕を持っててくれ、肩を入れ直す。本当ならしかるべき場所で整体師とかに入れて貰った方がいいんだろうが待ってられねぇ」
「わ、私が?」
「由夢は肝っ玉小さいからな。まだ委員長の方が役に立つ」
「な、なんですって!?」
「この通り気性も荒いしな。少しは落ち着きってものを備えて欲しいぜ。オレの事を忘れてた件はチャラにしてやるから手伝ってくれよ」
「別にチャラにして貰わなくても・・・」
「委員長の性格は分かってるつもりだ。どうせ心に棘が刺さったみたいにオレに申し訳なく思ってる筈。一生オレの為にお金を稼いでやろうとか
夜はベットの上で疲れを癒してやろうとか思ってるぐらいに罪悪感で潰されそうなんだろ? 分かってるよ、オレは」
「そ、そこまでは思ってないわよ! ていうか、だ、誰が桜内と一緒にベットなんか・・・」
「いいから早くしてくれ・・・あまりに気持ち悪くて吐きそうだ」
本当にキツイのか、最後の方は義之にしては珍しく懇願に近い形でお願いをしてきたので渋々麻耶は義之の腕を顔を引き攣らせながら腕を持った。
ハンカチを口に咥えて呻き声を漏らす。知識としては漠然とどこかで聞いた程度のものしかない。もしかしたら神経や筋を痛める可能性があった。
だが一刻も我慢出来る痛みじゃ無い。肩の辺りをまさぐり外れているであろう場所を持ち、歯を噛み締める。そして徐々に手を動かし・・・一気にいった。
「~~~~~ッ!!」
「さ、桜内・・・?」
「だ、大丈夫ですか兄さんっ」
「・・・・・・もう、ニ度とやらねぇ」
ペッと口に咥えていたハンカチを膝の上に吐きゴロンとアスファルトの上に寝っ転がる。
どうやら奇跡的に綺麗に戻ったみたいで痛みは少ししか感じない。多少違和感は勿論あったが激痛はかなり収まった。
「あーあ。由夢や委員長にはシカトされるし、ずっと好きだー好きだー言ってたエリカ達にも忘れられるし、散々だぜこのやろう」
「しょうがいないですって・・・。魔法の力でそうなったんですからどうしようも出来ないじゃないですか」
「そこは、お前、ホラ、愛の力とか信じる力でなんとかするもんだろーが。オレに対する真摯な気持ちが足りねぇんだよ、切ねー」
肩を撫でながら憮然とした様子で柵の向こう側に視線を送る。桜の木々が揺れてざわめている光景が目に入り息を吐いて空を見上げた。
「んで、杏とかその辺の連中は枯れない桜の木の所に居るのか?」
「多分ですけど・・・何で分かるんですか?」
「アイツ等は祭り事が大好きな連中だ。今、枯れない桜の木の所じゃ面白い事が起きてる。首を突っ込まない訳ねぇだろって話だ」
「面白い事というか、全く訳が分からない事ばかり起きてて困惑するわ。なんだか学園長に似た人が出てきたり校舎の壁を壊したり
ジロジロと品定めをされたり・・・一体何が起きてるのか・・・」
「壁をブッ壊したのか。さすがさくらさん、て所だけど一体どうするつもりなのかねぇ。魔法で誤魔化すんだろうなーきっと」
「桜内は知ってるの? その学園長に似ている人の事を」
「さぁな」
話をはぐらかす様に手を振って屋上の扉に手を掛ける義之に、麻耶はむっとした顔を作り後に付いた。
短い付き合いだがこの様子だと恐らく大体の事は把握しているに違いないと勘繰るが、喋らないと言う事も分かっていたので口をつむんでしまう。
由夢も慌てて義之達の後を追い屋上から校舎の中に入る。外とは違って暖かい空気が身体を包み込んでいきホッと一息を付けて手を擦った。
「さて、じゃあ待つとするか」
「待つって誰を?」
「杏達他一名の帰りをな。あと30分したら帰ってくるだろ、多分」
「・・・桜内、アンタやっぱり何が起きてるか分かってるでしょう」
「校舎前でずっと待ってるってのも寒いしどこかで暖まりてぇ。適当にこの部屋で時間を潰すとするか」
「あ、こら、無視しないでよ!」
「お邪魔しまーすっ、と」
「え・・・って、貴方は桜内義之! どうしてこの風紀委員の本拠地に!?」
「あぁ? なんだ、ここはお前らの部屋だったのか」
「そうですっ! 音夢先輩は外回りで居ませんが、この天枷美春が居るからにはこの部屋は私が守――――」
「飲み物コーヒーしか置いてねぇのかよ。酒も煙草も無いみたいだし、女はといえばてめぇ一人か・・・」
「か、勝手に冷蔵庫を漁らないでください! それになんですかっ、その残念そうな顔は」
「まぁ、なんだっていい。少し邪魔させて貰う。お前は勝手に油でも売っててくれ」
「~~~~~っ!」
椅子に腰掛け脇に置いてあった適当な雑誌に目を通し始める義之に、美春は顔を赤くさせて歯をギリギリと鳴らした。
その明らかに挑発行為とも受け取れる態度に由夢と麻耶は頭を痛くさせながら部屋に入り美春に挨拶の言葉を投げ掛けた。
そして若干落ち着いたのか、息を少し荒くさせながら椅子に座り直す美春。ちらっと義之を横眼で窺うが変わらず尊大な態度だった。
「すみません美春さん、急に押し掛けてしまって・・・」
「あ、いえ、それは別にいいんです。ちょっとびっくりしちゃっただけで」
「桜内って本当我儘だから適当にあしらっても構わないのよ? そうすれば気にならないから」
「・・・善処します」
「おい天枷美春。この時代のAVって随分規制が緩いんだな。こんなのオレ達の時代で発売したらメーカー潰れるぞ」
「え――――な、な、な、なっ!? 何を見てるんですかっ」
「エロ雑誌。生徒から没収したものらしいが、それにしても随分過激な内容だ。オレ達ぐらいの歳が普通に出てるし」
「いいから早くそれを元に戻して下さい! こんな所音夢先輩とかに見つかったら美春殺されちゃいますよ」
「ちょ、これ以上恥を掻かせないでください兄さん! 同じ身内として恥ずかしいですよっ」
「きゃーきゃーうっせーな、ホラよ」
「わーーーーーっ!?」
「きゃーーーーっ!?」
丁度開いていたページを表にして由夢と美春に投げ付ける。二人は悲鳴を上げながらそれを躱す様に身体を狭い部屋で左右に走らせた。
まるで汚物を投げられたみたいな反応だな、と義之は腕を組みながら思った。この歳だとそういうのに潔癖症みたいな所があるし仕方が無いのか。
騒がしく遊んでいる義之達の様子を見ながら麻耶は『ふぅ』とため息を付いて椅子に座る。こんな時でも騒々しいのは良い事なのか悪い事なのか・・・。
でもまぁ、なんだかいつも通りの日常が返りつつある事は確かね。麻耶はくすりと笑いつつ、足元に落ちている先程の雑誌をゲシッと蹴り飛ばした。
「終わった・・・んですか?」
「うん。日が明けたら全部元通り。楽しい楽しいクリパの始まりだね」
「あぁ・・・なんかホッとしたら疲れが一気に来ましたよ、全くもう」
ドサッとその場に尻餅を付いてアイシアは一息付く様に上を向いてため息を吐いた。
二つもの世界を渡り歩き魔法を行使し、この世界に来てからは息の休まる暇がないといった感じで動き続けてきた。
途中義之が暴れるといったアクシデント等もありその小さな身体には途方も無い疲労感が詰まっている。ある一種の解放感が身を包んでいた。
「御苦労さま。アイシアも色々大変だったみたいだね。昔と比べると雲泥の差だよ今のキミは」
「そりゃ長生きしてますもん。それに世界中を旅してきましたし・・・あ、視野が広がったのは確かだと思います」
「良い事だ。視野が広がるという事は考える範囲が広がり物事を多角的に見られる。成長ってのはそういう事だと、ボクは思うな」
気を失っているもう一人の自分の肩を抱き上げながらそう言い視線を自分の兄ともいえる純一に移した。
困り顔で頭の後ろを掻いている彼からすれば、何が起こったのか微塵とも分からず手持無沙汰にその場に立っているしかなかった。
「ほら、ぼーっとしてないでこの子を連れて帰ってあげて。少しでも大事な女の子だと思うならね」
「・・・もうなんだかある意味爽快感さえあるよ。この取り残され様はな」
「お兄ちゃんは知らなくても良い事だし、もし知ったとしてもどうしようもないって。大体魔法が絡んでるって事ぐらいは分かるでしょ?」
「そりゃ、なんとなくは分かるけどな。さくらが二人・・・三人居る時点でそもそもおかしいし、多分だけど枯れない桜の木が関係してる
事件が起きたんだろ」
「遠からず近からずな答えだね。枯れない桜の木は関係してるけどそもそもの原因は一人の人間の感情・・・切ないよね。でもお兄ちゃんに
はこのままこのボクを持って帰って日常に戻って欲しいんだよ。今回の事は夢だと思って」
「か、簡単に言うな・・・」
「ほらほら、行った行った。今日はクリパなんでしょ? 早く帰らないと眠りこけて一日中ぐーたらする事になるよ。いつも通りっちゃいつも
通りな風景だけどこういうイベントがある日ぐらいは、ね?」
「放っておけ。じゃあ、俺はとりあえず行くからな」
「はいはい」
まぁ、朝を迎えたらお兄ちゃんの記憶もリセットされちゃんだけどね。そういう風に枯れない桜の木を弄ったし、今回の件はこの世界にとって
邪魔な出来事だと思う。もう歩み始めているこの世界は自分達にとって無関係で無くてはいけない。眞子ちゃん達もアイシア達と別れたら記憶が
消えるようにセットしていた。
背に芳乃さくらを背負って来た道を戻っていくお兄ちゃんに別れを告げ、とりあえずうーんと背伸びをした。義之くんに頼まれた件はあらかた
片付けたし問題は残っていない。桜の木の外に出て早々にもうやる事がなくなっちゃったなぁ。
「あ、そういえばさくらさんはどうしましょうか?」
「うにゃ? ボクがどうかしたかな、音姫ちゃん」
「あーさくらさんじゃなくて、そこに寝ている私達の世界のさくらさんの事です。このまま寝かせて置いたままでいいのかなぁ、と」
「ん、どこにいるの? そんな人」
「え? だってそこに―――――」
桜の木の根の下を指差そうとして、体が固まった。そこには誰も居ずただ綺麗な草土があるだけだった。
思わず言葉に詰まる音姫。草が綺麗に折れ曲がり明らかに人が居た形跡がある。それなのにどこに消えたというのか・・・。
「ああ、キミの知ってる学園長ならついさっき消えたよ。ボクがあの子の記憶を消した事でね」
「え、えええぇーーーーっ!?」
「何もそんなに驚かなくても」
「こ、これが驚かずにいられますかっ! じゃあ、さくらさんは一体どこへ消えて・・・」
「さぁね。自分の家にでも帰ったんじゃないかな」
「自分の家って・・・」
「それかキミ達が通って来た扉があった学園長室か。自分の分身が消えた事で計画が滑ったから自分の元居た世界に戻る、合理的な考え
だと思うけど? ていうか前もって魔法でそういう風に設定したんだろうね」
「そ、そんなぁ~・・・・」
がっくり来たように音姫もまた膝を地に落とした。今まで躍起になって連れ戻そうとしていただけに、体から力が抜けてヘナヘナとなる。
まるで全てさくらさんの手の平の上で踊らされた気分だった。本当は寂しくてこの世界を作ったのにその裏では助けを求めていた自分の師。
そして皆が一生懸命になって助けようとした・・・・のに、なんだか、こう・・・スカされたというか思いの行く先がどっちに向かっていいのか・・・。
さくらは苦笑いしながら音姫に近づきポンポンと励ます様に背中を叩いた。いくら別人とはいえ自分が、芳乃さくらが引き起こしたこの事件。少し
ばかり胸が痛むのは当然と言えば当然と言える。
「悪かったね、本当に。根は悪くは無いんだけど少しばかり今回のさくらさんは馬鹿な行動を取ったと思うよ。こんなに必要とされているのにね」
「本当ですよぉー・・・」
「帰ったら何でもいいから物をねだってみなさい。出来れば高いモノ。それぐらいキミの師匠のさくらさんは買ってくれると思うよ?」
「うぅ、か、考えて置きます」
「アイシアもね。キミも巻き添えを喰らった内の一人なんだからさ」
「うーん。私は別にそれほど頑張っていないからいいですよ。なんだかんだで義之とさくらの親子タッグに全部持って行かれましたし」
「いいからいいから。アイシアが一人孤独で何十年も頑張っていたというのにあの子は耐えきれなくてこんな世界を作っちゃったんだよ?
自分の為に魔法は使うなとか偉そうに説教しておきながらさ」
「・・・そうですね、私も少し考えて置きますか」
ふっと笑い、意地悪そうな笑みを浮かべるアイシアに軽くさくらは軽く感嘆の息を漏らした。
結構強くなったじゃないかこの子は。今の言葉で怒り狂ってもおかしくないのに。余程精神的に成長してるのが見て取れる。
もしくは余裕か。いいねぇ、こういう人間はボクは結構好きだ。本当に強い人間はそれだけで価値がある。ダイヤよりも大事にされなければいけない。
だから・・・そろそろツマラナイ罰はこれで終わりにしなければ。アイシアはボクと違って大事な時を刻まなければいけない。
「アイシア」
「ん、なんです―――」
トンッ、と人差し指で軽く額を押してやる。アイシアは目をパチクリとさせて首を掲げた。
うん、コレでオッケーだ。バッと身を翻し枯れない桜の木を見詰める。やっぱりこんなものはいらないよね。
「よしっ、この世から消滅させるか。お祖母ちゃんもロクな物託してくれないよね、全く」
「さ、さくら? 今一体何を・・・」
「っと、その前に」
「え?」
ぐるりと首を回し暗闇に満ちている木々に向かって指をパチンと鳴らした。
その瞬間、爆撃を受けたと錯覚するほどに凄まじい風が吹き荒れその一帯の木と草を吹き飛ばして行く。まるで大地にあるものを根こそぎ奪っていく
暴風みたいだと、アイシアと音姫は茫然としながらその光景を見やっていた。
しかし当のさくら本人は至って普通の顔。まるで気負った様子が無く、改めて二人は圧倒的な魔法の力の差と言うモノをまざまざと見せつけられる形
となった。あれだけの魔法を何の溜めも無く行使する義之の母―――やはり普通では無い。
だが、なんの為にいきなりそんな魔法を――――そんな二人の視線を知ってか知らずか、さくらは頭を掻きながら『そこ』に居た人間・・・・杏達に
呆れたように言葉を投げ掛けた。
「鼠がうろちょろしてると思ったら、なんだ、キミ達かぁ。危うく吹き飛ばす所だったじゃないか」
「え・・・って、雪村さん達じゃない!? 先に着いている筈なのに居ないと思ったらそんな所に!」
「あ、あわわ。ちょ、ちょっと杏ちゃん見つかっちゃったわよ!?」
「なんてデタラメなのっ、魔法って」
「だから美夏は止めた方が良いと言ったのだ・・・どうせバレてしまうと思ってたし」
「よく居るわよね、こういう風に責任を全部他人に押し付ける薄情な人って。いつの間にか孤立して皆から煙たがられるタイプだわ」
「それはお前だろうにっ」
「あ、杏どうするのっ?」
「んー、何を焦ってるのかにゃー?」
ひょこひょこ近づいてくさくらに、一同はビクッと体を振るわせて足を一歩二歩と後ずさりをした。
その様子にニヤっと笑みの形を作りながらそれぞれを見据える様にみつめていき―――杏が背に何か隠したのを見逃さなかった。
「今、何を隠したのかなぁ?」
「・・・別に学園長に関係無い事よ」
「あっそ。でも気になっちゃなー、ねぇ、ちょっとでもいいから駄目かな?」
「ダメです。どうせ見ても詰まらないものですよ? せっかく見せるなら面白いモノを私は提供したいわね」
「それを判断するのはボク。サーカスじゃ観客の要望で出す種目がコロコロ変わる時があるんだよ? 団員が面白いと思ってる事でも見る側が
面白く感じ無ければ意味が無い。他のショービジネスにもいえる事だけどね。演劇も同じっしょ?」
「いちいち要望で演技を変えてたら演劇にはなりません。それに時間というもは限られてるし要望で演目を決める事はありますが、それ以上は
変更したりしない。だから様々な特色がある劇団があるんですよ?」
「ふーん意外と幅が狭いんだねぇ。それならプロレスの方が面白いと思うなぁ」
「――――なんですって?」
「ボク好きなんだ、実際に観に行ってビデオカメラで撮影した事もあるし。まぁ、怒られたけどね」
「あ」
手持無沙汰にブラブラとその手に『ビデオカメラ』を弄ぶさくらに、杏はきょとんとした顔になり・・・その次の瞬間に目を剥く勢いで見開いた。
慌てて背に隠した手の中にある筈の物を確認するが空を切るばかり。杏にしては珍しく頼り無さ気な様子であたふたと体をまさぐるがそこには何も無かった。
さくらはビデオにセットされた映像を飛ばし飛ばし見る様に早送りをし、最後まで見終わると中に入っていた映像の消去ボタンを押して美夏の方に投げ返す。
「うわっ、と」
「どうやら頑張ってボク達の一連の様子を撮影してたみたいだけど、そういうのは感心しないなぁ。著作権違法って奴だよー」
「あ、あはは・・・バレちゃったわねぇ、杏ちゃん」
「それにまだまだ感情を卸しきれない所なんかが甘い。一見クールを装ってるみたいだけど自分が大事にしてるモノを馬鹿にされたり傷付けられたら
すぐに尻尾を踏まれたライオンみたいに感情を露呈する。子供だよねぇ」
「くっ・・・」
「怒りってのはさ、すぐに出すんじゃなくて自分の足を支える柱にしなくちゃいけない。足から腰、腰から胸、胸から両手に、そして両手から頭に浸透
させて爆発させる。最後が頭なのは冷静さを保つ為、ここぞという時に体中に溜まった怒りを解放すれば凄い事になるよ、いやマジでさ」
「説教ですか」
「年寄りの戯言だと思って良いけどね。あとそんな事してる場合じゃ無いんじゃない? 義之くんを迎えに行かなくて良いの?」
「よし・・・ゆき?」
「むっ・・・」
その単語に反応し始める面々。眉を寄せ頭に手を置き、何やら唸りながら考えこむように視線を下に向け始める。
そして静寂が場を包み込み―――始めにハッとした顔付きを作ったのはエリカ。信じられない様な趣きで体を振るわせ始める。
「そ・・・そんな、私が義之の事を・・・忘れ・・・」
「彼、学校の屋上にいるよ」
「――――ッ!」
「あっ、ちょっと待ってエリカちゃん!」
一目散に駆けていくエリカの後を追う様に茜も走り出した。他の面子もさくらの言葉を聞き、一瞬呆けた顔を作るが慌てた様子でエリカと茜の後ろに
くっ付くように足を走らせて行く。
義之が枯れない桜の木の力とさくらの力で再びこの世界に帰って来た。それによって一同の記憶に再び桜内義之という存在が植え付けられ、いつもの
日常に戻れた事によりアイシアと音姫に自然に笑みが戻る。
これで心配する事は何も無くなった。後はおウチに戻るだけ、気を張る要素は何一つ無い。さくらは両者の肩をポンと叩きながら労う様にまた笑みを
浮かべて風見学園の方を見やった。
「さぁ、行こうか。学校に着く頃にはすっかり朝でクリパが始まる、休む暇が無いねボク達は」
脇を楽しそうに笑いながらカップルが歩いて行く。それを端目に息を付いて周囲に異常が無いか視線を巡らせた。
こういうイベント事には決まって騒ぎを起こす人達が居て困る。こうやって見回りをしている間だって何が起きるか分かったモノでは無い。
特に杉並先輩――――あの人だけは要注意人物だ。今回もまたよからぬ事を企てているに違いない。そうして歩き続けていると見知った顔が歩いてきた。
「あ、お疲れ様っす。美春ちゃん」
「どうも白河先輩。クリパどうです、楽しんでますか?」
「そりゃーもう! これからまた屋台巡りをするですよー、ねぇ?」
「ことりは本当にこういうの好きだよねぇ。もう三軒ぐらい回ったっていうのに」
「次はお化け屋敷とかそういうのにしようよー」
知子と加奈子はもう疲れてしまったのか、呆れる様に腰に手を回し息を吐いた。
確かにイベント事は好きだがことりのテンションに付いて行けず疲労感が身を包む。美春は苦笑いしながら相槌を打った。
「今回は色々なイベントが目白押しなんで楽しんでください。それに今回は沢山の『お客様』が来てるんで」
「ああ、確か雪村さん達なら・・・」
「ちょ、杏~! 置いてかないでよぉー!」
「ふふっ、小恋ったら案の定腰が抜けてるわね。あんな学校の催し物のお化けの仮想程度で怖がるなんて」
「これじゃぁ、遊園地のお化け屋敷なんて行けないわねー。この間計画してたお出掛けじゃお化け屋敷もルートに入ってたけど」
「勿論NGよ。返って他のお客さんに迷惑が掛かるわ。それは確かにスタッフは喜色満面で喜ぶでしょうけどね」
「あ、杏~っ、茜ぇ~~~!」
「・・・はぁ、少しやり過ぎたわね。迎えに行きましょう」
「うんー」
一つ頷いて出口を再び戻っていく杏達に美春達は乾いた笑みを浮かべる。
小恋という人物が弄られキャラだとは思っていたが、まさかここまでとは・・・といった風だ。
まぁ、迎えに行くのだからまだ良心的なのかもしれない。ことりは場を取り繕う様に手打ちし、前方を指差した。
「そ、そういえばさっきお手洗いに行く前にソコでななかに会ったよ。どうやら美夏さんと沢井さんと一緒にクレープ屋に行くみたい」
「うん? そうなんだ。じゃあ、折角だし合流しようかことり」
「そうっすね! じゃあ、美春ちゃん。私達はこれで失礼しますね」
「見回り頑張ってねー!」
「はい、どうもありがとうございます」
お互いにお辞儀をして別れる両者。ふとお化け屋敷の方に美春は目を向けてみると、荒く息をついている小恋の姿を捉えた。
どうやらなんとかお化け屋敷を脱出したみたいだと美春はホッと胸を撫で下ろし見回りの続きを開始する。一人だと少し心細いが仕方が無い。
音夢先輩は例のお孫さん二人と色々積もる話をしているらしいし。ここは美春一人で頑張ろう。そう威勢良く拳を握りながら思い廊下をズカズカと歩く。
今日はクリスマスパーティ―――12月23日だ。
なんだか妙な達成感に駆られながら、美春は早速廊下を走っている生徒に声を張り上げた。
「ごめんなさい義之」
「あー何か聞こえるなぁ。オレを忘れた薄情者の声がよぉ。オマケにぼこられてるオレを見捨てた罪科もあったよーな気がするし」
「本当にごめんなさい、義之。ごめんなさい」
「寂しいなー」
オレの袖口を掴みながら頭を垂れ謝罪の言葉を繰り返すエリカ。ぶっちゃけ怒ってはないんだが急にエリカが謝って来たのでそれに乗っかる
形を取ってしまった。意地が悪いと思われるかもしれないが、最近のエリカの暴走癖を直すには丁度いいな。
ごった返しになっている廊下の中でもエリカの存在は妙に浮いており、様々な視線を向けられるが手を振って追い返す。まるでキャバのキャッチに
来た連中を追い返してるみたいだなと感じた。アイツ等はもっとしつこいけどな、マジで。
しかし、こうやって皆が生きてクリパを迎えられるなんて本当に良かった。色々協力してくれた奴等には脱帽する思いだ。オレは途中で棄権
しちまったし最後のハイライトシーンには居なかった。スタッフロールだと5番目ぐらいに紹介される微妙さだ。
「ほ、ほら義之。ここのクレープ屋に寄ってみましょうよ。蜂蜜とチョコの組み合わせなんて本当に美味しそうよ?」
「オレ、最近甘いのダメなんだ。悪いな」
「そ、そう。じゃーあっちの焼きそば屋さんとかどう? 甘く無いわよ?」
「いや、さっき朝飯食ったばっかじゃん。腹は特に減ってねぇーなー」
「あ、うん。そうよね。あんな不味そうなの義之の口に合わないわよね。ごめんなさい義之」
「い、言ってくれるわね・・・エリカ・ムラサキ」
「やぁ、桜内義之ではないか。変わらずのモテ男具合だな」
「うるせぇ」
偶々焼きそば屋の店番をしていた水越眞子と杉並の祖先に会う。頬がヒクヒクしてて中々に怖い顔をしてる水越だがエリカはガン無視だ。
そういう所はオレに似なくてもいいのにな・・・友達無くすぞ。そう思いつつ目の前にあった椅子に座りこみ杉並と対面する形を取った。
「なんだ、結局ここで食べていくのか桜内は。ここは怖い顔をしている女子しか居ないから他の所に行った方が気分がいいぞ」
「後で覚えてないさいよ杉並・・・。その口縫い付けて鼻から焼きそばを流し込んであげる」
「おー、それはまたえぐい真似をするのだな水越。似たようなので水を何十リットルも飲ませる拷問があるがまるで魔女狩りみたいだ」
「うっさい!」
じゃれついている二人から目を逸らし教室の中を見回す。中々雰囲気が良く、小洒落た感じがして中々に人は多い。
その割にメニューは焼きそば関係しかないのはどうかと思うが・・・どうせこんなイカれた真似をするのは目の前の男の仕業だろう。
エリカはオレが真面目に話し出すのを悟って適当に店内を見回っている。前だったら関係無く横にひっ付いてたもんだが少しは気が使える様になったか。
椅子を少し引いて話し易い体制を取る。真面目な話っていえば真面目な話だが、そんな込みいった話ではない。
少し喉を鳴らして杉並をそのじゃれあいからこっちに引き戻す。水越が少し面白くない顔をしたが、すぐに返すので無視して話を切りだした。
「お前と少し喋って置こうかなと思ってな。今日中にオレ達は帰っちまうし記念にいいだろう」
「俺と、か。大した話は出来ないと思うがな。面白い話は期待しない方がいいな、はっはっは」
「さくらさんを手伝ってくれた事に礼を言いたい。ありがとう」
「・・・・まさか礼を言われとはな。オレはお前たちを間接的に殺そうとしたんだぞ? 分かってるのか」
「分かってる。確かに危険はあったし実際にオレはその被害を真っ正面から浴びた。ぶっちゃけ殺してやると思ったな、本当に」
「では何故?」
「――――さくらさんに何かあった時、それが良い事でも悪い事でも絶対的に味方になってくれそうな奴が居ると分かった。だから礼を
言ってお前に感謝の気持ちを抱いている。それだけだよ」
「・・・まぁ、俺は面白そうだから付いただけなのだがな」
「よく言う。面白そうってだけならとっくに降りてる筈だ。もう半ば暴走してた芳乃さくらに従う理由なんて・・・理屈じゃねぇだろ?」
「ふむ。そういう見方も出来るか。人の考えは本当に様々だな」
「別に正直に言っても構わないと思うけどな。それで通したいなら別に構わない・・・が、感謝してるのは本当だぜ?」
あの芳乃さくらの行動は決して褒められたものじゃない。それは確かだし誰が見てもそう思える今回の件、みんなが無事だったから良いモノの
誰かが大怪我してもおかしくはない事をしていた。
しかし・・・・オレ個人で言わせて貰うと、ここじゃさくらさんが一人で孤独になり得る可能性が低いという事は正直な気持ちありがたかった。
ある者は杉並を共犯だと言って糾弾するかもしれないが、あんな状況でも味方であり続けたという事は大抵の事では見捨てないという事だ。
『この世界』の芳乃さくらは弱い。一人で生きていくには程遠い力の持ち主。なのでこの杉並という存在は芳乃さくらにとって希望ともいえる。
ハッキリいえば純一さんよりもある意味頼もしいかもしれないな。変に恋愛沙汰が絡んでいないからかもしれない。
「味付けがまだまだね。なんちゃって屋台の意気を出ていない。精進しなさいな」
「は、はい」
「こ、こら! 何ななこの事苛めてるのよっ! 相手ならこの私がしてあげるから、ほら、掛かって来なさい!」
「ねぇ、義之。ここは騒々しいわ。もっと静かな所に行きましょう」
「無視するなっての!!」
後ろじゃ相変わらず二人がやり合っている。よく飽きないな、嫌なら喋らなければいいのにと思ってしまう。
もしかしてアレか、視界に映るだけで胸がざわめくとかそんな類なのか。確かに性格が合わなそうだもんなぁ、この二人は。
「・・・ゆっくり話がしたかったが、どうやらそうもいかないらしい。悪いな」
「構わんさ。お前さんと少しでも話が出来るとは思わなかったし、このまま喋らないで別れるものだと思ってた。案外義理堅いのだな」
「当り前だ。オレ程礼儀正しくてハートフルな奴なんざ中々居ない。皆の危機に身体を張るなんて――――物語の主人公っぽいだろ?」
「女癖の悪い所もな。英雄色を好むというがまさにお前さんはソレを実行している。大奥でも作る勢いだな、羨ましいよ」
「そんな気は無いんだがな。気がついたらあんな忙しい環境が出来ていた。魅力的な女ばかりで目の置き場に困るよ」
「節操がないという言葉がまさに当て嵌まる言い分だな。しかし少し扱いを間違えると爆発しそうな面子で平然としていられるのはある意味
強みなのか―――真似は出来ないな、後を考えると怖くてたまらんよ」
「オレだって同じ事を思ってるよこのスカタン。まぁ、なんとかなるだろう。本校卒業までには」
「杉並ィー! ちょっとこの金髪追い払うの手伝いなさいよ! これ営業妨害よ、営業妨害!」
「・・・やれやれ。行くなら早々に行くが良い。このままだとこっちの爆弾が爆発してしまいそうだ」
「悪かったな。おい、エリカ。行くぞ」
「あ、うん。それでは水越眞子さん、御機嫌よう」
「もう二度と来んなし!」
しっしと手を返す水越にエリカはフッと憎たらしく笑みを投げ掛けて悠然とオレと並んで教室を出た。
最後の最後くらい仲良くしろと思わないでもないが、オレが言えた義理でもないし・・・別に放っておくか。
杉並達に別れを告げ人がごった返している廊下を歩いて行く。人通りが多い所は未だに苦手だな、思わず一人で帰りたくなってしまう。
「義之、屋上にでも行く? ここ人が多いから嫌でしょ?」
「嫌かと聞かれれば嫌だが、別にそんな気使う必要ねぇよ。我慢出来ない程じゃないしこういうイベント事はあんまり出た事無いから新鮮でまぁまぁ
楽しんでるよ、今は」
「そうなの?」
「大体は家で眠ってたな。だからこういう日ってのは大抵祝日かなんかだと思ってたよ。誰も誘いなんて掛けて来なかったし」
「でも今は皆が声を掛けてくれますものね。義之義之と黄色い声を挙げられ競って一緒に居たがる、充実した生活でとても羨ましいわね――――本当に」
「あぁ、全くだな」
「・・・・」
皮肉を肯定すると面白くない顔をするように眉間に皺を寄せ口を真一文字に結ぶエリカ。美人の澄まし顔とよく言われるが、目の前の顔を見ると
とてもじゃないがそんな軽口は開けそうにない。
怒ると昔は感情を露わにしたものだが今は殆ど顔に出さないもんな。美夏とか茜ぐらいだ、ブレないのは。茜もそういえば怒ると黙るタイプだっけ。
アイツが怒るのが一番プレッシャーがある。普段がのほほんとしてるだけに怒った時のギャップがかなり激しい。
けどあの茜を怒らせるぐらいだからオレが悪いのか―――そう思いながらエリカとプラプラ歩いている・・・・・と、ある顔を見つけた。
「・・・・おっと、これはこれは」
「ん、なに義之? 誰か見知った人でも居た?」
「ああ、居たな。よく覚えてる。あまりにも明確に脳に刻まれてるから・・・・思わず切り刻んでやりたいぐらいだ。ミンチにしても飽きたらねー」
「え――――もしかして、芳乃さくら!?」
「違うよ。大体奴さんはもうマトモになってる。今頃このパーティを楽しんでる筈だ」
更に困惑するように腕を組み上げ、エリカは人の波を見詰めオレの言った人物を探し出そうとするが・・・覚えてないだろう、きっと。
だがオレは覚えている。どうでもいい事はすぐ忘れ去る都合の良い脳みそだが、あまりにも舐められた事は報復するまで絶対に忘れない。
人波を無理矢理掻き分けて行くオレに周囲は嫌な顔をしたが気に留まらない。もう『その人物』しか目に入らないしエリカの制止の言葉も聞こえない。
この底から沸き上がる暴力性、別に押さえようとも思わなかった。この身勝手さがオレだし矯正するのももう手遅れ、爽やかな笑みを浮かべ声を掛けた。
「よぉ、パーティは楽しんでるかアンタ」
「・・・は? 誰だよテメェ」
「覚えてないか、そりゃそうだよな。アンタからしたらオレなんて塵屑みたいな弱さだったし唾を吐き掛けるぐらいだもんな。気に留めないのも
無理は無い、いくらアンタが見掛け馬鹿そうな格好だとしても忘れてもしょうがない」
「あぁ!? 喧嘩売ってるのかテメ―」
「格好いいと思って付けてるピアスも安物だし下に着てるシャツもセンスが無い。いかにも田舎のヤンキーって感じがして実に香ばしいな。少し
都会にでも行ってファッションの勉強をして来いよ。そんな格好で腰パンなんてみっともねぇだけだぜ?」
「舐めやがってこの野―――――」
「今のオレは一味違う。だから、な? 満足させられると思うぜ」
トイレの前でオレをボコったクソッタレな男、ずっと頭から離れなかったからウザかったが・・・これでようやくスッキリする。
その時の爽やかな気持ちを想像しつつ、オレは握った拳を振り上げ、腰に力を限界まで入れた。
こうして昔の頃のままの音夢を見るのは何だか感慨深いものがある。音姫と由夢、両者が音夢と話してるのを横目にアイシアは一つ首を鳴らした。
音夢と純一に関連する事件は一杯あった。その度に皆を振り回したり振り回されたりするのは最早様式美で、自分も色々首を突っ込んだ経験がある。
特にことりの件は酷い。あれだけイチャイチャしてたのにも関わらずコロッと音夢に転がるのはどうかと思ったり・・・。本人に悪気が無いから尚更酷い。
まぁ、女性をキープするだらしない男性はもう一人知っている。意外とそういう所は手が回らないのだから・・・全く。
「そういえばアイシアさんはこういうイベントは初めてですか? それとも自国の学校ではもっと派手にやるんですかね、こういうのって」
「私は学校には行ってませんよー。各地をお祖母ちゃんと一緒に旅してましたからね。大した学業は持ち合わせていませんです、はい」
「そ、そうだったんですか・・・。ごめんなさい、失礼な事をお聞きしてしまって」
「いえ、そんな事は。でもこの風見学園のクリスマスパーティは華やかで良いと思います。転入するならまた風見学園がいいですね」
「また、ですか?」
「あ・・・その、こっちの話です、はい」
「そ、そういえばあっちに美味しいやきそば屋があるって聞きましたよ! ね、由夢ちゃん?」
「え・・・あ、ああ、そういえばそんな事をチラッと聞いた様な聞かなかったような・・・」
「あっちというと私達のクラスが焼きそばのお店を開いてますね。ちょっと行ってみましょうか、せっかくですし」
「・・・ほっ」
なんとか誤魔化せた事に音姫は胸を撫で下ろす。魔法の存在はもう知られているが敢えてアイシアが何十年も生きている魔法使いだとは言わなくても
いいことだ。アイシアはそんな音姫の配慮に頭を下げ目礼をする。
過去に風見学園に在籍した事があり音夢達と青春を共にした時代、音姫はアイシアからこの事を聞きとても驚愕していた。とても他人に話せる内容で
はないと思いなるべく他のメンバーに打ち明けない事を心に決めている。
例外としてどうやら弟くんは知っているみたいなので今朝ちょろっと話をしたぐらいかな? 弟くんは大して気にしていない事実だったみたいで気に
留めて居なかった。恐らく自分も魔法の力で生き永らえた経験があるからかもしれないが・・・もうちょっと驚いてもいいのに・・・。
だってなんだか私だけが驚いててちょっとお間抜けさんに見えるじゃない。
そうやって音姫が頬を膨らませ歩いて行くと例のやきそば屋の外観が姿を現し、今度は表情をコロッと変え驚いた顔付きで思わず感想を漏らした。
「わぁ、ここが音夢さん達が開いているお店ですか? 結構大きいんですねー、飾り付けも結構派手ですし」
「これは目立ちますね。看板も丁度階段から昇ると目に入りやすくなってるし、教室の中も見えやすくなっている。無駄に客引きの人も居ないから
ちょっと寄ってみようかなって気にさせられる構造ですね」
「いわゆるオープンカフェってものに類似してる感じで少しお洒落ですね、これを考えたのは眞子ですか?」
「ええ、眞子ってこういう飾り付けとか好きなんですよ。本当は喫茶店にしようかと思ってたらしんですが・・・杉並君に・・・」
「あー・・・。まともな事をするのが一番面白くなさそうですもんねぇ、彼」
「提案した手前手伝ってくれたりするので余計な騒ぎを起こさないのは有り難いのですが・・・うーん」
困り顔で腰に手を当てる音夢。教室の中では意外に真面目に働く杉並の姿があった。顔は皮肉気に笑ってはいるが機敏に料理を卒なくこなしている。
最初は音夢も参加する筈だったこの焼きそば屋だが、純一を始めとする生徒達の猛反対により今回のクリパは風紀委員をこなすだけとなってしまった。
少し面白くない音夢だったが、渋々仕事を黙って消化する他無いので今も話をしながら視線を注意深く周りに放っている。息が詰まりそうだが仕方無い。
音姫達三人は興味深そうに教室の中に入って行き、音夢もとりあえず周囲の警戒を止め一緒に教室に足を踏み入れ・・・・。
「ん?」
「どうかしました、音夢?」
「なんだかいま人の悲鳴が聞こえてきた様な気がしたのですが・・・」
「悲鳴、ですか?」
「・・・いえ、もしかしたらただ騒いでいるだけかもしれません。少しナーバスになりすぎてたかな」
今日はお祭り、一年の中でも大分特別な日だ。賑やかで快然たる気持ちになり少々騒いだって仕方が無い。
自分だってどこかフワフワした気持ちに駆られ足元が定まっていない様な気持ちになっている。それ程までに心地よい雰囲気が学校を包んでいた。
いつもなら厳重に注意する所だけど・・・・まぁ、いいかな? 音夢は頭に手を置いて息を吐き、アイシア達の方に振り返りながら苦笑いをする、
「すいません、私の勘違いでした。こんな日だから騒ぎを起こす人が居てもおかしくなかったので・・・はい」
「私達の時代でもそれは同じですよ。一応生徒会長なんて役職に付いていると色々な事が耳に入ってくるんで大変です。今日みたいな日は特に」
「お姉ちゃんいつも頭抱えてたもんね。まゆき先輩もいつも駆け回ってるのをよく見ますし」
「しょうがないんだけどね・・・。これだけ大きい学校なんだからぽつぽつと衝突が起こってもまぁ・・・うん。結構頑張ってるんだけどなぁ」
「義之に手伝いさせたらどうですか? どうせいつも碌でも無い事に手を出して小金を稼いでるんですから暇でしょうに」
「それはちょっと考えてるんですけどね。最近は段々おとなしくなってきたし、それに周囲とも仲を深める様になってきてから協調性も生まれて
きた感じがするから少しずつ話を切り出していこうと思ってるんです。いきなり話し出したら逃げられちゃいますもんね」
「や、それは見掛けだけですよ。根本的には怠け症でかったるい事は大嫌いな性格です。協調性といっても単に周りに流されてるだけで・・・」
「そうかなー? 私には少しずつ周りと合わせる様になって来たように感じるけど・・・この間だって助けてくれたし・・・うーん」
「それは騙されてるだけだって、お姉ちゃん・・・」
人差し指を顎に添えて悩ましく眉を寄せる自分の姉にため息を付き、由夢は頭が痛くなったように両目を伏せた。
段々おとなしくなってきたように思うのもきっとお姉ちゃんの前だけでは猫を被ってるに違いない。騙され易いお姉ちゃんなら可能性は高いと思う。
基本的に面倒な事には関わりたくないあの性格、お姉ちゃんと全面きって言い合うより同調しておいた方が楽だから目立った行動はしないだけだあの人は。
「まぁ、義之を捕まえるのは一筋縄じゃいきませんから、結構疲れると思いますよ音姫さ――――」
「きゃぁあああーーーーーっ!」
「お、おいっ! 喧嘩だ喧嘩っ!」
「え!?」
アイシアの言葉を切る様に悲鳴が上がり音夢が驚きの声を上げそちらの方向に勢いよく首を回した。
見ると既に数人によって人だがりが出来ており、曲がり角の向こうを見る様に視線を一点にして注目している。
バッと勢いよく駆け出す音夢に遅れを取る様に、一同も足をその騒ぎが起こった方向に向かわせて走り出した。
そうして彼女達も騒ぎの根本に目を向けて・・・・・言葉を失ったかのように絶句した。
「うわっ・・・」
「よ、義之は本当に・・・」
「・・・・ふぅ」
「あ、音姫さん!?」
その光景を見て音姫は卒倒してフラッと倒れかける。
慌てて音夢が肩を貸し何とか事無き事を得たが、目の前の光景が終わる事はない。
光景―――やられている相手側の顔はもう見れたモノではくなっていた。周りの生徒達も余りの凄絶さに足を引かせている。
その中で唯一楽しそうに笑っているのは義之だけ。本当に喜悦感を感じているのか目元がずっと弛んでおり口元は笑みの形をとっていた。
「なんだなんだ、もう終わりなのかよ。あのオレに唾を吐き掛けた勢いはどうしたんだ、ええ?」
「くっ・・・の、やろう」
「口動かす暇があったら手を動かせよ・・・このカスがっ!」
「ぁぐっ!?」
「ちょ、ちょっとなにこれ―――って、桜内義之っ!?」
「これまたかなり切れてるな。俺とやりあった時よりもキテるんじゃないか、これ?」
騒ぎを聞き付けた眞子と杉並も駆けつけ、驚いたようにその場を見る。いや、杉並だけは楽しそうに口元を緩ませてはいるが・・・。
「あ、また義之が喧嘩してるぞっ、沢井!」
「あぁ、何やってんのあの男は・・・」
「何か騒ぎが起こってると思ったら、ま、また義之くんかぁ」
「白河さんも来たのね。どうにか出来ないかしら、あれ・・・白河さん止めてきてよ」
「無理だよ無理! 私にはとてもじゃないけど手に負えないって!」
「あらぁ~? 何の騒ぎでしょうかー?」
「あ、お姉ちゃん」
「杏、茜ー! こっちだよこっちっ」
「はぁ、はぁ、ま、また義之くんが暴れてるって聞いてみれば・・・その通りじゃないのぉ、これ!」
「茜、貴方なら止められるんじゃないの? 大分義之とは通じ合ってるみたいだし」
「無理よ・・・。というかあれって自分の為に切れてる感じだから誰の言葉にも耳を傾けないわ・・・」
「ね、音夢せんぱーいっ! こ、これってどうしたら・・・・」
この騒動を聞きつけて集まるメンバー。今回の件に関わる殆どの人物達が集まってしまった。
義之が暴れているの止められずただ見守るしかない今の状況、風紀委員も集まって来てはいるがその惨状に手出しする事が出来なかった。
唇は裂け、目も開けられないくらいに腫れており服もグチャグチャで最早マトモに見れない体になっている相手。義之はといえば頬にかすり傷があるだけだ。
「女の前で恥を掻かされるってのは結構恥ずかしい事だと思わないか? オレは恥ずかしかった、まさかエリカにあんな落ちぶれた姿を見られるなんて
全く考慮してなかったからな」
「こ、この糞野郎ッ!」
「糞野郎――――それは、てめぇだよ」
「グッ!?」
「散々舐めた真似してくれたよなぁ、あぁ!? 何でオレがテメェみたいな便所に吐き出されたカスに唾吐きか掛けられなきゃいけねぇんだよ!!」
「ひっ!?」
無理矢理襟元を掴み上げて壁に叩きつけ、その上頭から窓ガラスに叩きこみ義之に周囲は悲鳴を上げながら段々と距離を取っていく。
粉々になったガラスが散らばり廊下に細かく反射する様は義之の怒りの程を物語っている。余程トイレ前の出来事が癪に触ったのかまだ止まらない。
「良い顔になったな、さっきよりよっぽど見れる顔になっている。もっとオレがイケメンな顔にしてやろうか、おい」
「ぐっ・・・す、すいませんでした」
「ん、何を謝るんだ? 何か悪い事でもしたのかお前は?」
「あ・・・、その・・・」
「思う所が無いのに謝ったのか。という事は心にも思ってない事をオレに吐いたって事だよな。誠意を込めず口先だけで謝罪の言葉を吐いてオレを
欺こうとしてる。あんまり舐めるとお前の首筋にコレを突き刺したくなってくるな」
足元に落ちていたガラス片を拾い上げ目の前でちらつかせる。もう対抗する意識は残ってないのか、ただ怯えた目を相手はしていた。
それが余計に義之の心をささくれさせる。こんな奴にオレはやられたのか、エリカの前で良い様にされたのか、ゴミみたいな扱いをされ見下されたのか。
そんな思いが段々とドス黒く染め上げていく・・・。義之の思っていた以上の憤激をいち早くアイシアは察知したのか、手を義之に伸ばし自己の内に潜った。
「アイシアさん、まさか魔法をっ?」
「もうああなった義之を普通の方法では止められません。これが一番手っ取り早く確実です」
「でもこんな所で・・・、それによく考えれば他にまだ方法が」
「あると思います。けど、『ソレ』を私は知りませんし知り様が無いのでコレしかありません」
音夢の肩から離れ音姫はアイシアに耳打ちするが、アイシアは首横に振る。実際問題早く止めなければ相手は大怪我をしてしまうのは間違いない。
ここに来る前の世界での義之の暴れぶりを考えると魔法で止めるというのは正解だと思う。いくら義之でも魔法に対する抵抗なんて持ち合わせていない。
「それではいきますっ!」
「あ、ちょ、アイシアさ――――」
義之はこちらの様子なんて目に入っていない。やるなら今だ。
音姫の制止の声を振り切りる様にアイシアは掛け声を一つ上げる。
そうしてまばゆい光が辺りを照らしだそうとして――――金色の髪をした少女が目の前を歩いて行った。
「え?」
「あ」
「もう遠足は終わりなのにこの子ははしゃいじゃって――――全くもう、しょうがないにゃあ」
「あぁ?」
義之がその声に振り返る前に、その手に持っていた鉄パイプをその首に叩きこみ金髪の少女。
吐く言葉も無く義之は冷たい廊下の上に這いつくばる形となりくぐもった声を上げる。立ち上がろうとし、首の始点を足で抑えられた。
踏みつけてる相手をなんとか目を動かし視認した義之、驚きで目を見開く。相手は自分の母―――さくらだった。
「こ、この野郎・・・! いきなり何しやがるんだっ!?」
「ボクに向かってそんな口聞いていいのかなぁ、んー? 義之くん」
「んな事関係ねぇよボケっ! よくもそんな危ねぇモンをオレに振りかざしやがったな糞婆っ!」
「・・・・」
「オレが前より甘くなったと思って油断してやがるだろ、冗談じゃねぇ。オレはずっと変わらな――――」
首がへし折れるかと思うぐらいに体重を掛けられ息が詰まった。立ち上がろうにも上手く力が入らず手と足は地に張り付いたまま。
周囲に残ってるのはもう意識を無くしている男と関係者しか残っていない。殆どの生徒達は義之がガラス片を持った所で逃げだしてしまっていた。
「なにボクに生意気言ってるのさ。こんな見境無く暴れてる子供がそんな事言うなんて100年ぐらい早いよ」
「・・・くっ、か・・・ッ」
「足を放してあげるから皆に謝りなさい。頭を垂れ、誠心誠意心の底から反省して詫びる事・・・出来る?」
「――――――100年も生きてたらさ」
「んん?」
「さくらさんみたいに説教臭い老人になるんだろ? だったらそんなに長生きしたくねぇな、オレは『普通』の人間だしよ」
「・・・はぁ、無駄な意地張っちゃって。もう少し頭を冷やす事を覚えて働かせて、素直になりなさい」
踏みつけてる足に一段と力を加えると義之は意識を失ったのか、呻き声を一つ上げて大人しくなる。さくらは満足した様に息を吐いた。
その様子に周りは茫然として瞬きするのを忘れる程の衝撃を受けてたじろぐ。あの義之を野良犬を抑えるが如く簡単に制した芳乃さくら―――普通ではない。
「皆も遊んでないでちゃっちゃと帰りなさい。あんまり居過ぎるとこの世界に悪影響を及ぼすかもしれないんだから」
「・・・えっとぉ」
「それに、アイシア」
「は、はい」
「簡単に魔法を使うのは止めなさい。前に比べて状況判断は格段に良くなったけど、やっぱり魔法ってのは最後の手段なんだ。やるだけやって
本当にダメだった時に魔法は使いな。まぁ、商売の人形作りに関してはとやかく言わないけど」
「肝に銘じて置きます・・・」
「んじゃま、潜ってきた扉にみんなしゅーごー」
義之の首根っこを掴んで引き摺りながら歩いて行くさくら。一同は引き攣った笑みを浮かべながらその後をおそるおそる付いて行く。
エリカだけがさくらに物申そうとして近づくが、一睨みされ悔しそうにすごすごと下がり歯を噛み締めた。睨まれただけで背筋が凍り恐怖を感じる
程のプレッシャーを受けたエリカ。いくら義之の事が好きな彼女でも、その威圧感を振り払えるほどの強さは持ち合わせていない。
「くっ・・・このおチビさんが・・・」
「弱虫な子猫ちゃんが何か言ってるのが聞こえるー怖いなー、にゃはは」
「―――――ッ!」
「お、おいムラサキ、その辺にしとけ」
「どうどう、エリカちゃん。とりあえず我慢、ね?」
「いくら違う世界の義之の母親だからってあんまりなのに・・・・あぁ、もう!」
「ふふーん」
腕を組んで睨みつけるエリカの視線を涼しげに流すさくら。
一応この事件の関係者全員に正体を聞かれたので、別世界から駆けつけてきた正義の魔法使いという設定で通している。
嘘は言っていない。ただし・・・本当の事も言っていないが。本当の事を話したら泡噴いちゃうもんね、きっと。
その時そこにいた眞子ちゃんが疑わし気な目で見てきたのでとりあえずスカートを捲って置いた。相変わらず怒りっぽかった。
「・・・・」
「・・・ふむ」
さくらは意識を失った義之の顔を見て一つ考える。このまま持って帰っちゃおうかなぁ、桜の木に。
このままだと修羅場に突入しそうだしねー。自分の息子はやっぱり可愛い。引き摺ってはいるが可愛いもんは可愛いのだ。
けど――――うん。何もこの老いぼれと無理矢理付き合わせる事は無いだろう。この子にはこの子の人生があるし、巻き込むのは駄目だ。
何よりそんな事をしたら今回の事件の二の舞だ、笑えやしない。今まで一緒に過ごしてきた時間で十分の幸せだ本当に。
「ま、輝かしい未来が待っているこの子にそんな残酷な事は出来ないかな。もっと強くなりなさいね、ボクの息子くん?」
一瞬だけ愛おしげに義之の顔を見詰め、ずるずると引き擦るのを再開させるさくら。そんな義之を皆は不憫そうに見詰めていた。
「さて、そろそろお別れですけど・・・」
「じゃあね、ななか。あっちにいっても達者で暮らして下さいっす」
「うん! ちょっと寂しくなるけど、ことりもね」
「アンタ達が来てから色々あり過ぎて結局分からない内に解決しちゃったけど、まぁ、一生忘れる事の無い出来事になったわ。
未来に帰ったら少し落ち着いて学校生活過ごしなさいよ? アンタ達ちょっと活動的過ぎるから」
「生憎だけれど、黙ってボケっと過ごす生活なんて性に合わないわ。今まで通り刺激を求めて学園生活をエンジョイしていく
つもりよ。ねぇ、茜に小恋?」
「そうねぇ、暇なのが最も私は耐えられないしぃ。眞子さんも今の内にもっとはしゃいでおいたら~? どうせ大人になって
あれこれ後悔しちゃうんだからぁ」
「つ、月島はもうちょっと落ち着いて生活がしたいなぁ~・・・と」
「くぅ・・・」
「あ、お姉ちゃん、こんな時に眠っちゃダメでしょっ。みんなが帰っちゃうって時に」
「短くて長いような期間でしたけど美夏さんも元気でいてくださいね。色々大変だとは思いますけど」
「なーに、なんて事は無い美春。もう慣れたし心強い味方も居る。なぁ、沢井?」
「確かに偏見とか差別に似た様な視線を受ける時もあるわ。でもね、そんな事で躓いてたら前に進めないし何より気分が悪い。
私達が精一杯フォローしていくから大変な思いなんてさせないわよ」
「ま、そういう事だ美春。こっちには口が達者で悪知恵も回る男も居るし何も心配する事はないさ。最近だと少しずつ理解が得
られるようになってきたし、優しい環境になってきて――――」
「死ねばいいのに、ロボットとか。そんなモノがこの世の中にはこびってるなんて間違ってますわ、本当に。日本政府とかで全部
スクラップにする法案とか通らないかしらねぇ」
「・・・・おい、ムラサキ。それはお前が国に帰れば済む話なのではないのか。いつまでも家に帰らず放蕩娘を気取ってるつもり
なのだお前はっ!」
「義之が私の国に来ればすぐにでも荷物全部をひっくるめて帰るつもりですわよ。最近部屋がやっぱり小さいと思っていた所なので。
住むならやっぱり自分の家が一番ですわね、お金も沸いて出るほど入ってくるし義之も喜びますわ」
「あ、あはは・・・」
がやがやと例の扉の前で騒ぐ面々に、どこか和やかな気分に駆られながら壁に背をもたれさせる。
こうして出会いを喜び、別れを惜しむ光景を見ていると何だか気分がくつろぐのは何故か。考えたくは無いが恐らくは歳の所為かもしれない。
旧友は大体天国に行ってしまっているので別れも永遠の別れも既に済ませた。本当に若いという事は良い事である。
「なぁに遠い目してるのさ、アイシア」
「みんなが遠くに見える程長い時間を生きてきましたから仕方ないですよ、さくら」
「まだ100歳もいってないんだしそんな弱気は受け付けないよ。ボク達はまだ人生の折り返し地点にしか到達していない、よね?」
「そこまで長生きしたら色々悟りを開けそうですが・・・・そういえば、義之はどこへ?」
「ん? なんだか会いに行く人が居るとか何とか言ってさっき駆けてったよ」
「んー・・・一体誰でしょうか・・・」
「女だね、女。あの様子だと絶対に女だよ。きっとあの様子だと一発は決めてくるね、にゃはは」
「ちょ、ちょっとさくらっ、親父臭いですよ!」
「気にしない気にしない――――とぉー!」
「きゃっ!?」
「さ、さくらさんっ?」
へらへらと笑いながらお喋りをしている音夢と音姫さん、由夢ちゃん達に向かい突撃していくさくら。
よくもまぁ、物怖じせず突っ込んで行けるもんだなぁ。音夢とさくらの間には色々確執がある筈なのに、まるで気にした様子が無い。
その他にも一挙一動に溢れる自信が見え隠れしており生きてきた人生の厚さが窺い知れる。一体どんな人生を送って来たのか。
そう考えている、と。
「よぉ、待たせな」
「あ、どこに行ってたんですか、そろそろ出発だっていうのに全くもう」
「だから待たせたなって詫びたじゃねぇか。あんまり細かい事気にしてると目尻に皺が寄ってくるぜ、婆さん」
「・・・! こ、このっ!」
「おっと」
そっと、目元に手を伸ばしてきたので振り払おうとブンッと音を立てて叩こうとするが呆気なく躱されてしまった。
睨んでもどこ吹く風でニヤニヤと口元を歪めさせる様はさっきの誰かさんを連想させる。
似なくても良い所まで似てるんだからこの人達は・・・・。
「・・・はぁ、疲れましたよ。帰る間際までこんな無駄な体力を使うなんて」
「運動不足だ。さっきお前と同じ北欧系の女に会ってきたがソイツは案外動けるぞ。お前と姿形は似てるのにな」
「私と同じ? それって・・・この時代に居る女の子って考えると・・・もしかして」
「全部終わって時間に余裕も出来たしクリパ始まる前に花を買いに行ってたんだよ。ユリの花とか白薔薇、ダリアとかその辺を含んだ
高級な花束だ。オレの見立てだと白が似合いそうだと思ったんだが、中々絵になってた」
「――――どこでどう接点を持っのたかは知りませんけど、おイタはしないで下さいよ。私の友人なんですから」
「オレはその女・・・・アリスに一回助けられた事がある。そんな真似をするほど見境無しって訳じゃない。喜んだ顔を見て満足して
帰って来ちまったよ。これで心残りはねぇな、この世界に」
「お金が無いのによく律儀にやりますよ」
「エリカが無駄金を持ってたからな。使わないって言うからありがたくオレの為に使わせて貰った」
あまりにも傍若無人な台詞。だが、エリカちゃんなら喜んでお金ぐらい差し出しそうだ。お金の使い道を言ったらピタ一文出してくれ
なさそうだが、そこは上手くやったのだろう。
義之はきょろきょろと視線を巡らせ、音夢をからかって遊んでいるさくらに目を留め近づいて行く。その気配を察したのかさくらもお喋り
を止めふてぶてしい態度で義之の姿を見やった。
「おやおや、色男のご帰還だ。ワインでも用意するべきかな?」
「ワインよりも今は湿布が欲しいですね。誰かさんが鉄パイプを人に振るうなんてイカれた真似をしたお陰で首が悲鳴を上げている」
「鍛えて無い証拠だよ。キミはただでさえ線が細いんだから常日頃からもっと鍛えて置くようにと、言って置いた筈なんだけどね」
「生憎筋トレだけするほど暇じゃないんで。やる事が一杯あって忙しいんですよ、これでも」
「どうせ女の尻を追いかけるのに忙しいだけでしょ。後はボクが教えた小金を稼ぐ方法・・・は使えないか。そっちの世界じゃボクの
名前は使えないしツテも無くなった。チビチビとお小遣いでも貰ってるのかな?」
「研究所に自由に出入りがきく身なんて色々と稼ぎは出来てますよ――――本当に色々と、ね」
「ふぅん、そうなんだ。バレなきゃいいんだけどね」
「バレはしません。そこにいるμが色々手伝ってくれてますので」
「おい、今なんだか不穏な台詞を聞いた気がするぞ。義之」
「気のせいさ、美夏」
手の平をヒラヒラさせて軽く流した義之をジト目で睨む美夏。
最近二人でコソコソしているのを何回が見掛けたことがある美夏は気が気ではなかった。
「まぁ、あっちにいっても元気でやりなさい。多分もう会う事はなくなるだろうけど幸せを祈ったり祈らなかったりするよ」
「・・・ねぇ、さくらさん」
「ボクはボクの人生に満足しているし納得もしている。義之くんが寂しいっていう気持ちは分かるけど、教えられることは大体教えた。
自身を継ぐ人が居るってのは本当に安心出来るもんだね。早くキミも家族を作りなさい。暖かい家族を」
「―――そうですか。まぁ、今は人間関係がゴチャゴチャしてるんで考えられませんが、その言葉は覚えておきますよ」
「そうしなさい。こっちのボクも幸せになれたらいいんだけど・・・どうなるかなぁ」
視線を中庭に移すとそこには楽しそうに笑ってお喋りをしているこの世界のさくらと純一。
それを懐かしそうに目を細めて見るさくらだったが、未練なんてものはない。ふっと笑い目を瞑る。
幸せは既に得た。あとは自分の息子が元気に育つのを願うだけ。強く育てたから別に見届けなくていいだろう。
だが、不安の種はある事にはあった。早く特定の女の子に決めないとどんどん女の子が増えていっちゃうよ、義之くん?
キミは人を寄せ付けるのは得意だけど対処がまるでなってないからね。だからよく喧嘩もするし人間関係のトラブルに巻き込まれたりもする。
「人と人との付き合い方をもう少し教えておくべきだったかなと、ちょびっとさくらさんは後悔してるかも」
「いや、これでも良くなった方ですよ? 最近は男友達も出来たし喧嘩の回数も減って来ている。この勢いだと友達百人は出来っかも」
「そして女は一千人ぐらいになると」
「どんな目でオレを見てるか分かりますね、さくらさん」
「だったら少しは誠実になりなさい。女遊びもロクに出来ない男が女を増やすもんじゃないよ」
「・・・その言葉も覚えておきます」
「うむ、甲斐性は鍛えれば伸びるもんなんだから精進するようにしなさい。あと――――」
「義之ーっ、そろそろ行きますよー」
「弟くーん、行くよー」
「・・・もうちょっと空気を読んでくれたらいいのに、あの子達は」
「しょうがないですよ。オレと似て空気が読めない所がありますから」
「そうかもね」
お互いに薄く笑い合い扉の前に集合する。廊下が少し狭くなるほどにそこには多くの人達が居た。
これだけの人達と出会い、そしてすぐに別れるなんて本当にえらい体験をしたと義之はその場を見渡す。
本来なら自分達の世界で既にクリパを行い年明けを楽しむ時間を過ごしている。それなのにウチの保護者の所為で多大な迷惑を掛けてしまった。
帰ったらどんな補償をして貰おうか――――それぞれが最後の別れの挨拶を交わす中、そんな事を考えながら義之はその光景をぼーっと見ていた。
「義之くんは挨拶しなくていいの?」
「ななかと違ってオレは別に名残惜しいとかはねぇな。早く帰って炬燵で横になりたいと、切実にそう思う」
「帰ったらすぐクリパの準備だからそんな暇は無いわよ。飾り付けとかまだなんだから」
「気が向いたら手伝うよ。さすがに疲れがたまってしんどいし、一息付けたい」
「義之くんはぁ、今回頑張ってたもんねー珍しく。帰ったら大雪が降ってなきゃいいけどねぇ、ふっふっふ」
「玄関前の雪掃除が大変だな」
軽口を交わしながらこの時代のヤツらに手を振るうオレ達メンバー。
中には涙ぐんでいるやつもいた。なんだ、明るく振舞おうと無理矢理はしゃいでたのか。お子様共め。
そうして扉を潜っていく寸前、さくらさんと目が合った。初めて見る愛おしそうな視線。片手を上げ、別れの言葉を投げ掛ける。
「じゃあな、さくらさん。この首の痛みを糧に頑張って生きてくよ」
「これからの人生それよりも大変な事がいっぱいある。達者でね、馬鹿息子」
しんみりするなんて似合わない。いつも通りの会話をした方がまだしっくりくる。
アイシアもさくらさんに向かい手を振って扉を潜っていた。いつまでも後ろ髪を引かれてちゃ格好がつかない。
だから、勢いよく走りだして扉を抜ける。一生の別れ、もう会う事はない。それは確かに寂しいものがある。
しかしさくらさんは達者でいろと言った。ならその言葉を本当にする為に下を向かないで前を見なくちゃいけない。
涙を見せる―――生憎とオレはそんな柄じゃなかった。代わりに最後、オレは感謝の言葉を吐き出した。
「オレは、あんたの息子で本当によかった」
顔は見えなかったが、優しく微笑えんだ様な気がする。
こうして今回の事件は無事に終結の形を見せた。なんとか取り戻した自分達の日常。改めて大切なものだと実感させられる。
今まで知り得る事が無かった事、道から道へと少し逸れてしまったが良い道草だったと今になって思う。そんなもんだよな、人生なんざ。
いつの間にか増えていたオレを慕ってくれている女性達。昔のオレと今のオレ、どう変わったのかは自分では分からないが今ではこんな自分
もいいものだと思っている。根本は変わらないし変えるつもりはないが人との付き合いもいいもんだなと実感していた。
「ん?」
学園長室に着き脇を見ると、すまなさそうに頭を垂れているさくらさんが居た。言う言葉が見つからない、そんな雰囲気を醸し出している。
オレは足取りを軽く、出来るだけ気軽な雰囲気を作りながら肩に手を掛けた。色々言いたい事はあるが・・・・まぁ、
「そんな顔しないで下さい。何も気にする事はないですよ、はは」
「・・・・本当に?」
「だって寂しかったんですから仕方が無い、みんなを巻き込んで危険な目に合わせたとしてもそれは咎められる事じゃないっていう
のは全員が分かってる事ですからって、そんな訳あるかこのアホ保護者がっ! 」
「んにゃ~~~~っ!! 時間差っ!?」
とりあえず、一発ゲンコツを頭に喰らわせて置いた。
オレは約束をちゃんと守る男だからな。そうだろ、さくらさん?
エピローグ
「ちくしょうアイツ等・・・。根掘り葉掘り聞きやがって・・・・」
クリパは無事成功した。オレは何もしていないが、無事にこの世界に帰って来てからのアイツ等の頑張りは目を張るものがあった。
どうやらあの世界での盛り上がりを見てやる気が出て来たらしい。それは別に良い、祭りは成功したんだから。問題はその後だ。
さくらさんがせめてのお詫びと称してクラスの一部屋を貸し出してくれた。クリパ後で疲れ果てていた皆は最初遠慮していたが、目の前に
並ぶ高級な料理にコロッと態度を変えてがっつくのにそう時間は掛からなかった。
勿論経費はさくらさん持ち。そして食べ放題『飲み』放題のドンチャン騒ぎになったのだが・・・。
ふぅ、と息を吐いて真っ暗闇の廊下を見渡し階段に腰を落ち着かせる。程度ってもんを知らないのかアイツ等は。
「初体験の相手を聞くなんて、まんま酔っぱらったセクハラ親父じゃねぇか・・・」
酒癖の良いヤツなんて誰も居なかった。いや、小恋はすぐ寝ちまうから人畜無害だがその他が問題だ。
音姉が酒に酔った勢いでオレが経験アリだという事をぽろっと漏らし、周囲に居た女性陣から問い詰められた時は何の拷問かと思った。
渉は拗ねて助けてくれやしないし杉並も笑みを浮かべるだけで楽しんでいた。それでやっとこさ逃げてきたはいいが・・・戻りたくねぇー。
あまりにもしつこかったので、正直に「社会人で看護婦やってる素敵な女性だったよ」と言ったら包丁を投げられた。次に顔を見せたら殺されるな。
「そういえばこっちの世界に来てから会ってねぇな。別に会ってもいいんだけど・・・・・・さて」
出会いはよく聞く話で意外性も何もない。酒場で会って、話が合い、そのままホテルへ―――色恋なんてモノはなくて割りきった関係だった。
オレにしては珍しく人嫌いが発生しなかったというのもある。ミキさんもドライな性格でそれ以上は求めようとしなかった。だから長続きして
結構な割合で会ってはいた。最後に会ったのはいつだったか・・・・。
「もうそういう事はしないだろうけど一度顔を見に行ってみるか。一応それなりに情はあったような気がするし、暇つぶしに―――」
ふと、肩を見てみるとアイシアが着けていたトレードマークの緑色のスカーフが掛かっていた。
恐らくあまりにも頭に来たので投げてきたものだと思われる・・・・子供か、アイツは。さっきまでピーピー鳴いて癖にすぐ怒る所とかまさにそうだ。
オレの母の力で呪いが解けたアイシア、涙をポロポロと流し大声で泣いていたのをずっと傍であやしていた。周りの皆は空気を察してそそくさと離れて
くれたのでアイシアも思いっきり今まで積み重ねてきた感情を吐露し、最後には笑って「ありがとう」と元気よく立ち上がったのが二時間前の出来事。
確か来週からはさくらさんに誘われてウチに居候する事になったんだよなぁ。色々面倒事が起きそうだな、全く。
「エリカとか物凄く睨んでたし、あの茜も面白く無さそうな顔してたもんなー・・・・。どうしたもんだろうか、考えると頭が痛くて仕方が無ぇ」
「・・・・・・・・うぅ」
「あ?」
どこからか女の呻く声が聞こえてくる。よく耳を澄ましてみる――――上の階段の方からだ。
頭の中でオレの知り合いと照合してみるが、どれとも一致しない。少し警戒に身を固めてその場所まで立ち上がって足を忍ばせていく。
今は夜中といっても差し支えない時間帯だ。残っているのはオレ達か見周りの先生ぐらい・・・聞いた声は明らかに女子生徒のものだった。
「誰だよこんな時間に。ヤリ合ってる声でも無いし、気配を隠そうともしてないから盗みに入ったヤツでも無いだろうし・・・」
というかどこか悲しみを帯びてる様な声だった。
オレは息を殺してそっと階段を覗き見るように半身を少し出し、その場所を見やる。
すると、そこには天井を見上げて疲れた様に息を吐く症状の姿。チラッと見えた頭の小さいカチューシャみたいなものが特徴的だった。
「誰かわたしの姿を見つけてくれないかなぁー・・・。いくら幽霊で見えないからって目の前で昼間あんなにイチャつかれてたらさすがのわたしも
怒れるやら悲しいやらで切ないよぉ・・・・ハァ。クリパでまさかこんな思いをするなんて」
「・・・・・」
「あのカップル達に不幸が訪れますように、あのカップル達に不幸が訪れますように・・・・例えていうなら山から下りてきた猪が――――」
いきなり独り言で例え話をし始め、「ふふっ・・・段々とわたしの性格も黒くなってきたなぁ、ふふ」と暗い笑みを漏らす女。
どこか幸薄そうな雰囲気を醸し出している。制服から見るに付属生っぽいが・・・・やべぇ、絶対に関わったら面倒臭い事になるぞ、これ。
本能が警笛を鳴らしている。オレがそう思うって事は確実にそうなるという事、更に言えばニ重三重になってこんがらがる可能性が大だった。
冗談じゃない。今でさえギリギリアウトで容量オ―バ―だっていうのに。
オレはそこからそっと離れるように足を少し後ろに動かし立ち去ろうと・・・
「はぁ・・・。どこかにはいると思うんだけどなぁ、わたしの姿が見える人なんて。欲を言えば年上の頼れる先輩とか―――――あ」
「あ」
目が合った。退こうとした足が思わず止まってしまう。
即座に頭を動かし対処法を考える。無理だった。先の事件で疲れ果ててしまったのか頭の計算式がピクリとも働かない。
固まってしまう身体。ここで退いたらもっと面倒な事になると思い、何を思ったのかオレは身体を乗り出して白々しく言葉を吐いてしまう。
「あー・・・・確かここら辺で落としたんだっけかなぁ、生徒手帳。どこにやったんだっけかなぁー」
「・・・・・・」
バカ野郎・・・、そんな言い訳が通じると思ってるのかオレは――――。
だが一度行動してしまったからには中断は出来ない。続けてワザとらしく手を頭に置いた。
「あれがないと困るんだよなぁ。一応身分を証明出来るもんだしゲイとかに拾われて使われでもしたら最悪だし」
「・・・・・」
「つーか最近渉とか杉並とかとよく一緒に居る所為かソッチ方面だと思われてる節があるし。早く見つけてこんな幽霊が出そうな
薄暗い場所から離れなくちゃいけないな」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・チラッ」
「・・・・ジト―ッ」
やべぇ、ガン見されてる。気のせいか目を潤わせて両手の拳をぎゅっと握っていた。
まるで『年上の頼れる先輩』に出会ったかのような反応だ。冗談がキツイ、オレがそんなタマかよ・・・。
そして敢えて視線を合わせず周りをきょろきょろと巡らせ、一つ頷く。ここにこれ以上は居られない。早く退散しなければ。
「ここには無いみたいだな。よしっ、他の所を探すとする―――――」
「あ、あわわっ!? ちょっと、お待ちをーーーーーーっ!!」
ガシッと腕を掴まれ動きを制される。そうだよな、コントじゃねぇんだしこうなるよな。
こうしてオレ、桜内義之はまたも碌でも無い出会いを果たす事になった。別に望みはしなかった出会い。だが、出会ってしまった。
まさかこの後さくらさんが起こした事件以上に面倒な事になるとは思いもしなかった自分。そして、それは一生忘れる事のない出来事になった。
しかし、今現時点で思う事といえばたった一つだけ―――――かったるい、ソレに尽きた。
天を見上げて自分の迂闊さを呪い、やけに軽くて細っこい腕を見る。
「見えてますよねわたしの事見えてますよねっ!? あー、よかったぁ、やっと見つけられたよぉーわたしの姿を見える人が~~~~~っ」
「あー・・・・」
「この喜びは誰に伝えたら、もうっ、例えて言うなら出会わない筈の運命の二人が実は敵対している機関に所属していて――――」
さて・・・・・・・、どう対処っすかな。コレ。
終劇