最近自分はとても幸せな部類に入る人間なんじゃないか・・・と、思うようになってきた。
勉強もまぁまぁ上位に入るぐらい成績が良いし、生徒会の方もとても満足の良く仕事が出来ている。
唯一杉並くんの悪戯めいた騒ぎに悩まされるも、それさえ最近はナリを潜めている。充実した私生活といっても過言ではない。
「おーい、音姫ー」
「あ、まゆき」
「今帰り? 仕事の方は終わった感じかい」
「うん、ちょうどさっき終わった所だよ。まゆきも陸上お疲れ様」
「いやいや、大した事ないよ私の方は。調整みたいなもんだしねー今の時期は」
「そうなんだ」
肩をポンと叩かれ気さくな挨拶を交わす。まゆきとはずっと相棒的な付き合い方をしてきたので、とても気が安らぐ友達だ。
他のにも友人と呼べる人は数人居るが・・・少し距離を感じていた。仲は悪く無いと思うのだがまゆきと同等の位置に置けるかは疑問を持つ。
「書類整理終わったんだ。陸上部の事もあるのに毎度ごめんね・・・」
「なに水臭い事を。かえって副会長としてちゃんと仕事をこなせてるか不安でしょうがないわよ。こっちこそ音姫に最後の方を毎回全部放り投げる
形になって申し訳ないわ」
「ちょ、ちょっとまゆき。そんな事私は思って――――」
「あーたんまたんま、この流れは止しましょう。いつもこういう感じになった時、収集が着かなくなるでしょ? だからお互い様って事で」
「・・・でも」
「おーとーめぇ?」
「わ、分かったわよ。もう」
少し眼光を鋭くして睨んできたので後ずさりしながら手をわたわたと振って了承する。
長年付き合ってても怖いものは怖い。スッと目を細めた姿なんかもう野生の狼みたいな眼だ。
しかしこれもいつものやり取り。慣れたものだ。最初はお互い会話のペースを手探り状態だったし・・・。
「――――そういえばもうまゆきとは約三年間の付き合いかぁ、あっという間だったね」
「歳くった老人じゃあるまいし、なにを藪から棒に。昔話するほど枯れてないよ、私達は」
「歳は取ったよ。この間付属を卒業したと思ったらもう三年生だし。最初生徒会に入った時はまさか生徒会長なんて役目こなすとは思わなかったなぁ」
「・・・・まぁ、確かに。私も陸上部に入るだろうなとは思ってたけど、副会長までやるとはね。おかげで青春らしい青春は無かったかにゃ~」
「え、そうなの? その割には毎日ものすごくハッスルしてたじゃない。特に杉並くんを追いかける時とか、もう誰にも止められないって感じ
だったしさ」
「あー・・・杉並かぁ。杉並との追いかけっこもなんだかんだ言って楽しめてたけどねー。アイツも結構ガッツがあるしさ」
「お、追いかけっこ・・・。でも、じゃあ、なんでそんな寂しい言い方するの?」
「うーん。私はホラ、これが結局出来て無いじゃない? だからさー」
「え、これって・・・・」
まゆきが小指を立てて私の顔の前で揺らす。瞬時にその意味する所が分かり、私は「はぁ」とため息をついた。
こうやって私をからかおうとするのもいつもの事だ。別にまゆきは本当に彼氏が欲しい訳でも無いだろう・・・いや、絶対とは言えないが。
それでも今の生活がとても充実している事はその笑みから分かるし、ただ単に私をイジろうとしているだけに違いない。困ったものだ。
だが、今の私は今までの私ではない。本人には言ってないが・・・今の私にはちゃんとした・・・・。
「いいよね、音姫は。弟くんが彼氏になったんだって?」
「ぶっ―――――」
「羨ましい限りですわーいや、本当に」
どうやら『その笑み』は私生活が充実しているからではなく、ただ単に折り紙つきのネタを持っていたに他ならなかった様だ。
吹き出した私が慌ててまゆみの顔を見詰めるとまるで獲物を見つけた様なネコみたいな目をしている。この目をしたまゆきはロクな事を言わない。
ダラダラと汗を流す私、そんな私に構わずまゆきは歌うように楽しそうな声で話を続けた。
「昔から可愛がってた弟分を自分の彼氏にとは、音姫もやるもんだねー。弟くんは料理も出来るし誰にでも優しいし、スポーツも出来る。おまけに
ギターも弾けるとあっちゃぁ何も問題は無いわよねー。少し朴念仁だけど」
「ちょ、ちょっとまゆき! 私は別に―――――」
「見てりゃ分かるよ。ラブ空間をそこら中に撒き散らしてるからね。少しは自重して欲しいものだわ」
完璧にばれてる。私は頬に手をついて、深く、ため息をした。もう変に言い訳などする必要が無い。
まゆきの顔を覗くとさっきまでの笑みはナリを潜め、優しい笑みを浮かべていた。その表情に私は佇まいを直す。
「おめでとさん、音姫。ちょっと遅いぐらいだけどね」
「――――うん、ありがとう」
素直にお礼の言葉を言う。
私をイジるのはまゆきぐらいなのと同様に、親友で心から祝福してくれるのはまゆきぐらいだった。
「しかしまぁ、あの恋愛に疎い弟くんをよく射止めた事が出来たもんだ。普通に感心できるよ」
「私から・・・うん、告白したからね。さすがの弟くんも面と向かえば私の気持ちに気づいてくれたよ」
「面と向かって告白して玉砕した女の子もいるけどねぇ。まぁーでも本当に良い彼氏が出来たよ。これで杉並とはっちゃけるのを止めてくれれ
ば最高なんだけどね。相変わらずブラックリストに載ってるし」
「――――大丈夫だよ、まゆき」
「え」
「私が生徒会長になってからはそういう事はしなくなってるし、させないよそんな危ない事。元々弟くんは優しくて他人様に迷惑を掛けない
人なんだから。今はちょっと思春期だから元気が有り余ってるだけ。ブラックリストに載ってる事自体そもそもおかしいんだから」
「お、音姫?」
「あ、そういえば最近気づいたんだ。弟くん、私の見えない所でホック外してるんだよね。偶々見ちゃった。帰ったら注意しないと。あと
勉強も最近頑張ってないみたいだし、本校生になるんだから少し本気を――――」
また始まった。まゆきは呆れたように息を吐き、頭に手をやる。音姫のこういう所は相変わらずなんだからと心の中で呟いた。
元々音姫は若干義之を神聖視しているような節があった。子供の頃のままの優しい弟、人の為に頑張れる素晴らしい人間なんだなと。
だから少しハメを外してもそれが目に留まるし、困惑を覚える。『昔』はこうじゃなかったのに、と。本人は気づいてないが周囲の人間は
とっくに気づいていた。ただの弟とはとても言えないほどの溺愛っぷりだし、なにより元々正義感は強い方だから尚更だった。
話をして理解を深めれば多少は緩和されるだろうが、今は付き合って間もなく、また姉弟の名残が多々ある故に難しい話でもあった。
「いい加減に少しぐらい目を瞑りなさいってば。もう子供じゃないんだよ、弟くんは」
「私からみればまだまだ子供だよ。少しだらしない所があるし・・・・最近はまた良くなってきたみたいだけどね」
「・・・・・・そりゃ隣に口煩い彼女がいりゃ、少しは猫を被るでしょーに」
「ん? 今何か言った、まゆき?」
「ううん。別に」
「はぁ。でも弟くんは本当はやれば出来る子なんだよ? 見た目はすっごくかっこいいんだから、もうちょっとしっかりすれば――――ー」
これも本当に毎日の様に言う。最初は落とすのだが、嫌な桜内義之のイメージを他人に植え付けたくないので必死にフォローを始める。
まゆきはもう慣れたものであって、適当に手を振りながら「はいはい、弟くんはかっこよくて立派です」と受け流す。お決まりのパターンだった。
そんな風に会話しながら歩く二人――――――だったが、急に二人は足を止めた。視線がある人物を見つけた事で留まり、両者は異なる反応を見せた。
「あ、弟くーん!」
「なんてついてない男の子なんだか・・・」
その弟くん――――義之を見つけた事で音姫は駆け寄って行き、まゆきはやれやれといった感じで後ろを着いて行った。
今の流れからいくとかなりの高い確率でお説教が始まるに違いない。まゆきは今までの経験からそれを悟り、見つけてしまった音姫の弟を多少憐れむ。
音姫の説教はとにかく長い。だからこそ義之は音姫の前ではホックも締めるし多少聞き分けも良い。義之も音姫の事は好きなのだが、それとは別問題だった。
(そして運悪くホックも開けて、中は指定のシャツじゃないのフルコンボ・・・・・・こりゃ、長引きそ――――ん?)
あれ、アクセなんか付けてる・・・・? まゆきは訝しげに眉を寄せて歩く速度を遅めた。
彼女の記憶の中では彼はそんなものを持ってない筈だった。オシャレにあんまり興味は無かったし、なによりソレを買うお金があるとは思えない。
音姫もそれに気付いたのか段々眉を寄せて怪訝な顔つきになっていく。今までに見た事無い呈をなしている自分の弟兼彼氏。段々歩く足音が大きくなっていった。
ドスドスという足音が似合いそうなその歩く姿。その姿に気づいた義之は多少目を見開いた・・・・が、動じずポケットに手を入れ眺めている。
いつもならもっと動揺する筈なのになんで―――――そしてそんな彼の前で音姫が歩みを止め、彼女は人差し指をピンと立て怒り顔で腰に手を置いた。
「こら、弟くん!」
「・・・・?」
「なにそのだらしない恰好はっ? 学校指定のシャツじゃないし、飾り物なんかつけてる。それに髪もちょっと弄ってるでしょ? 今すぐ元に戻しなさぁーいっ!」
怒髪天な様子の音姫。余りにもいつもの恰好と違う義之にかなりご立腹の様だった。声が廊下に響き渡る程の大声を出し叱るその姿は、久しぶりにまゆきが見る
音姫の怒った姿だった。
対しての義之――――ふと考え込むように顔を手で覆い、ジッと音姫の視線を見返している。そのまさかの反応にさすがの音姫も違和感を感じたのか、その勢いが
段々と衰えていくのがまゆきに見て取れた。
「き、聞いてるの弟くんっ? 校則違反だよ、なんでいつもみたいにちゃんとした服装じゃないの?」
「・・・・いつも」
「いくら付き合ってても特別扱いはお姉ちゃんしないんだからね。そういう恰好がしたいんなら、休みの日にするべきなんじゃないかな?」
「・・・・・・・」
「ほら、早く戻してきて。今なら周りに誰も居ないんだから。直しに行くなら今だよ」
「え、ナチュラルに私のこと無視?」
地味にショックを受けるまゆきを余所に音姫は急かす様に義之の手を引っ張る。
あぁ、なんてことだろう。弟くんがこんな不良みたいな恰好をするなんて―――――。
もしかして何かストレスを感じる事があったのかもしれない。よく聞く話ではあった、抑圧された我慢が一気に吹き出て非行に走る男の子。
帰ったら相談に乗って上げなくちゃいけいない。それはお姉ちゃんの責任でもあり、また彼女の私の責任でもある。私がしっかりしないと駄目なのだ
そして、ふと、弟くんと目があった。いつもは優しい目をしている弟くんの目。
だが、今の弟くんはどこか疲れているような目をしており、いかにも『かったるい』と言いたげだった。
「んーーーー・・・・大体、今のこの訳の分からない状況に自分なりに納得のいく説明が出来た様な気がする。まぁ、当たってるかどうかは分からないけど」
「え?」
「とりあえずさ、音姉」
「な、なに? 指定のシャツなら生徒会にあるし持ってこようか?」
「少しうるせぇから黙っててくれないかな? 『オレ』、あんまり女の怒る時のカン高い声って好きじゃないんだよね」
「――――――――――」
「あ、音姫が気絶しそうになってる」
余りにも自分の知ってる弟くんと違う言葉遣いとその態度。ショックを通り越して最早頭が真っ白になってしまっていた。
その様子を見ながら「かったりぃな、オイ」とつぶやく義之。とりあえず手を離して懐を弄り、煙草を取り出し廊下の窓を開けて吸い始めた。
「あ―――――こ、こらぁ!? なにやってるか弟くん!!」
「一服している。少し考え事をして気分転換がしたくなったんだよ」
「な、何言ってるのっ! 服装とかはともかくとして、タバコなんてホームランでアウトだっつーの!」
「最近値上がりして参ってるんだよなぁ、政治家の偉い人はこういう所から税を絞り上げようと必死で参るよ。福祉関係の割り当て金を少し弄れば
それだけの金は普通に入ってくるっていうのに。あとあんな無駄にデカい宿舎とかいらねぇよな。どうせ転用扱いで売却とかしてないのにな」
「意味の分からない事を言ってないで人の話を聞きなさい! ほら、音姫もこんな時だからこそガツンと言ってやらないとっ」
「・・・・うるせぇ・・・・弟くんが、お姉ちゃんに・・・うるせぇって・・・」
「な、あ、も・・・もぅ! しっかり気を持ちなさい、音姫っ!」
「けど殆どの公務員はワリを喰ってるし、中々美味い汁を啜るのも大変だよな」
ペタリと腰を降ろしている音姫の手をグイグイ引っ張るまゆき。
その様子を義之は煙草を吹かしながら見詰め、一つ大きな煙を吐いて空に吹きかけた。
「さて、去年も同じような事があったが今はアイシアが居ない。オレ一人。どうしたもんかね、マジで」
後ろを向いてショックを受けてもしょうがない。なら――――いつも通りのオレらしく行けばなんとかなるかな。
義之は自分の母親であるさくらの「もし何らかの解決策が見つからない場合は、男は黙って毅然と構えた方がいいね。侍っぽいし」の言葉を思い出し
煙草の吸殻を携帯灰皿に入れ、首をぐるりと回し頬を一つ張った。
息を深く吸い込んで、肺の中の空気を全部口から出す勢いで両手に力を込めて臍に活を入れた。
だがそれでもまだ足りないのか目の前の物は中々収まってくれない。再びまた息を吸い込み、吐く。
まるで勝てない押しっこをしてるみたいだと頭の片隅で思い浮かべるが、それを振り切る様に五指に集中した。
「ま・・・まだ・・・・です、かね・・・・っ!」
「あと、もうちょっと・・・かな」
「それ、さっきも・・・・、聞きましたけど・・・・ごほっ」
普段使わない筋肉が悲鳴を上げたのか、音姫が咽り苦しそうな息を漏らした。
アイシアも額に皺を寄せながら更に力を籠め、接触している枯れない桜の木を押し倒さんばかりに腰を入れ直す。
この中でさくらはまだ少し余裕が残ってるのか目前の木を一睨みして、空気を口の中に閉じ込めて声を出さすに気合を入れた。
「くっ・・・本当に、誤算ですよこれは」
この異常事態に気付いたのは早かった。いつも通り帰路に着こうとした時、全身を鳥肌の様な物が包み込み短い悲鳴を上げた。
慌てて商売道具を鞄に詰めその鳥肌を起こした発信源、枯れない桜の木の大本に向かう。着いた時にはもう暴走状態に入っており急いで両手を
桜の木に押し付け自分の力の限りを注入した。
それでもまだ足りなく桜の木の制御に失敗し、少し経ってようやくさくらと音姫が駆けつけて来てアイシアに加勢する形となった。初音島に居る
魔法使い三人が全員集まっての総力戦。だが、分が少し悪いなとアイシアは冷や汗を掻きながら心の中で呟く。
(っていうか、なんでまた急に・・・・。去年のあの時確かに封じ込めた筈なのにっ)
「多分、春が来て枯れない桜の木本来の力が復活したんじゃないかな。桜は春の象徴だしね」
「そにしたってですよ、さくら。三人の全力を掛けての魔法を施しておいてあっさり解かれるなんて・・・普通じゃないですっ」
「ここはウチのお婆ちゃんが元々管理していた島だし、土地自体が普通じゃないのかもしれない。きっと地中から水を吸い取る様に力も一緒に・・・」
「な、なんでもいいですからどうにか出来ないんですかこれ!? 私、もうダメかも・・・」
「ちょ、諦めるの早いよ音姫ちゃんっ。もう少し踏ん張って!」
「ぐっ・・・・・・・・分かり、ました」
もう限界だ。音姫ちゃんが一番初めに根を上げているが、遅かれ早かれ私も力が入らなくなるだろう。
そうなると後はさくらだけになる。いくら彼女ともいえど一人では絶対にこの桜の木を制御できない。
だからこそ、今まで苦慮していたのだ。純一という些細な力を持った人間でさえ喉から手が出る程に欲しくなるまでに巨大な力を持った桜の木。
「あともう少し、もう少しだけ待って駄目なら、私ももう・・・・」
口からポツリと弱音が漏れる。先程から思っている諦めの言葉。もう何回も同じことを心中で思っていた。
「私も諦めの悪い性格ですよね・・・本当に。けど、ここで挫けたら何もかもが終わる。それだけは・・・・」
と、険しい顔になりながら決意を新たにした瞬間、
「―――――――きた」
「え?」
「――――ッ! 段々と桜の木の力が弱まってきてるよ! あともう少し、頑張って二人とも!」
「や、やった!」
さくらの言葉に弾かれたように喜びの声を上げる音姫ちゃん。確認するように私は桜の木に集中すると、確かに中の力が弱まっているのを感じた。
時間にして30分余り。その間ずっと力を込めっ放しでもう力が殆ど無いと思っていたのに、底から湧きあがるようなエネルギーが出てくるのが分かった。
我ながら現金だと思う――――けど、その現金のお蔭でラストパートに掛ける気力を取り戻せたのは僥倖。このまま押し切ってやる。
「たぁああああああーーーーーーーーッ!!」
「お願いだからこのまま大人しくしてぇーーーーー!!」
「後もうちょっとっ、このままの力を維持して!」
蝋燭の炎が尽きる様に段々と光を失っていく桜の木。
三人が三人持てる力を出し切る。勿体付けない。自分たち魔法使いのプライドをも総動員して声を大きく上げた。
喉が痙攣して、呼吸も浅く深くを繰り返しながら全力を出し切る・・・・。
そして、三人が一声更に気合を入れて叫んだ時―――――桜の木は電池が切れたかのように、とうとう光を失い沈黙した。
「・・・・・はぁ、はぁ、い、息がもう・・・・っ」
「歳は取りたく、ないね・・・・。体中が、筋肉痛だよ・・・・」
「やった、やったんだ・・・。私達が、桜の木の暴走をまた抑えて・・・」
ドテっと、その場に三人はネジが切れた人形の様に地に倒れ伏せる。
もう疲労困憊でフルマラソンを完走したランナーみたいに息を荒くしていた。多分今夜は意識を失う感じで眠りに着くだろう。
体中が汗で濡れ、疲労困憊で頭痛がする三人。しかし表情はとても安堵感に満ちており、僅かばかりながら口元に笑みを作っていた。
自分達で暴走した桜の木を抑えることが出来た。つまりは大切な人たちを守れたという事。何かを遂げた様な気持ちになり拳をグッと握るアイシア。
「まさかあの枯れない桜の木を鎮める事が出来るなんて――――世界中旅して地力を鍛えた甲斐がありましたよ。まぁ、お二人のおかげというのも
ありますが・・・・ふぅ」
「いやいや、ボクはそれほどだよ。アイシア昔よりずっと魔法の力があってびっくりしちゃった。力の制御なんかボクを追い越す勢いだったし。
成長なんて言葉を使うのがおこがましい程アイシアは魔法使いとして成熟してるよ」
「――――ありがとうございます、さくら」
キミに魔法は教えない。余りにも未熟な私にさくらはそう言い、絶対に魔法は教えようとはしてくれなかった。
それほど私は魔法に対しての認識が甘く、『力』というものを理解していなかった事に他ならない。自分の事ながら恥ずかしい思い出だ。
けど、今の私は認められている。魔法使いとしてその在り方を尊重されている。その言葉とさくらの優しい笑顔に不覚にも涙が出そうだった。
「にゃはは、別にそんなに感激しなくてもいいのに。アイシアは可愛いなぁ」
「・・・貴方は、私の目指すべき人だったんです。そんな人の認めて貰える程光栄な事はないと思いますよ、さくら」
「そんな、ボクなんてまだまだだって。自分の撒いた種も刈り取れないぐらいだし・・・・音姫ちゃんもご苦労様ね? こんなキツイ事に巻き込んじゃって」
「そ、そんな事ないですよ。私だって魔法使いの一員ですし、初音島を守ろうって決めて自分から進んで来たんですから。お礼なんてさくらさんが言う必要
ないですよ・・・・返って、気を遣っちゃいます」
「――――そっか、そうだよね。うん」
小さい頃から正しい魔法使いを目指し研鑽してきた音姫の姿をさくらは長年見守って来ていた。
亡くなった由姫の理念を継いで懸命に励んできた魔法の修練。勉学共に両立してきたのは素直に称賛出来る事だろう。
そして今ではこうして自分たちと肩を並べているぐらいに成長はしている。実力的にも意識的にも今のところ申し分が無い。
そんな感慨を抱きながらしばらく談笑する三人。緊張の糸が途切れたのか、アイシアも笑いながら会話に参加して枯れない桜の木に背を預ける。
「いやー音姫さんは立派ですよ。私が音姫さんの歳なんか本当にロクでも無かったですし・・・・、素養ありますよね」
「そ、そんな事は無いかと。今だって一番泣き言を言ってたのは私ですし、本当にがむしゃらになった勢いだけで魔法を使ってましたから。
むしろ自分にガッカリです、あれだけ制御の練習をしてきたのにいざ緊急事態になるとまるで活かせないなんて・・・ハア」
「それが普通だよ。というかその勢いを出せるポテンシャルがあるのはすごいなぁってボクは思うけどな。そんなに自分を責めないで誇って
いいんだよ。音姫ちゃん」
「ですかねぇ・・・」
「そうですよ。今の年齢でそこまでの腕が立つ魔法使いなら・・・・・・・・え?」
木の幹の所に座っていたアイシアが妙に愕然とした呟き声を漏らす。
怪訝な表情するさくらと音姫。まるで予想だにしない不意打ちの攻撃を喰らったみたいな声だった。
目を見開き口を半開きにしているアイシア。二人が声を掛けようと思った時、急に後ろの桜の木を振り返り両手を枯れない桜の木に重ね合わせた。
「ど、どうしたんですかアイシアさん?」
「何かあったの、アイシア」
「・・・・・・・・・・」
「あ、アイシアさんが気絶しそうになってるっ!?」
「ちょ、アイシア!」
慌てて音姫がアイシアの身体を抑えるように背中を抑え、さくらがアイシアの正面に回った。
「何があったのアイシア!? まさか、まだ桜の木の暴走が始まって―――――」
「よしゆき」
「え」
「・・・・・・義之が、中に居ます・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
バッ―――と、二人とも先程のアイシアと同様に弾け飛ぶような様子で桜の木に両手を当て、眉間に皺を寄せながら目を閉じた。
アイシアは余りにも言い難い頭痛を抱えながらフラフラと地面に再び腰を降ろし、両手で頭を抱えた。
「なんでいつもいつも貴方はこういう間の悪いタイミングに居合わせるんですか・・・・」
いつもそうだ。普段は要領が良い振る舞いを装ってるが、ここ一番での騒ぎに巻き込まれる率はとにかく高い。
多少傾奇者みたいな所があるから仕方ないと言えば仕方ない様に思えるが、ここまで来るとただ単に運が悪い気がする。
一回車に跳ねられて死んでるのが良い証拠だ。あの男の子はとにかく厄病神に好かれている傾向があった。あと可愛い女の子にも。非常に腹が立つ。
「・・・・でも、なんだかんだいって悪運はあるから無事でしょうけど。あの義之だし」
落ち着いて来ると段々先程の心配する気持ちが薄れていった。証拠等ないが今までの付き合いから察するにいつもと変わらない様子でのほほんとして
いるだろう。というか彼は焦る事自体あんまり無い、恋愛以外には。
車に跳ねられても再び人生を謳歌出来る権利を得られ、先の騒ぎでは一回消滅したにも関わらず彼の計算通り再び世に戻る事も出来た。それらの事を
吟味すれば今回も無事だろう。最低限生きてればなんとでもしそうだし。
「また今回も大騒ぎの事件になりそうだなぁ。今度は義之を探す羽目になるなんて、本当にここ一年は忙しいですよ」
さくらと音姫ちゃんが大声を上げて驚く声が聞こえた。義之の存在を確認したのだろう。
どっこいしょと言って私は立ち上がる。肉体的には十台なのだが最近腰が重い気がしてきた。
多分精神に肉体が多少引っ張られているのかもしれない。義之には言うと馬鹿にしてくるので絶対言わないが。
とりあえず二人の肩に手をポンと私は手を置き、ため息をつきながら散歩をするみたいな口調でその言葉を告げた。
「ものすごく面倒かもしれませんけど、少し休憩したら助けにいきましょうか。ちゃっちゃと片づけて早く鴨鍋を頂きましょう」
オレの考え通りだとすると、ここはオレと音姉が付き合ってる世界。去年にも平行世界には言ったし似たようなものだろう。
枯れない桜の木に可能性を願って叶った世界――――それが、此処だ。証拠は何も無いがあの時の状況と今の状況を考えれば遠くは無いだろう。
また厄介な事に巻き込まれたなと思わないでもないが、今回は自分が引き起こした様な物だし文句は言えない。言ったらとんでもなく自分が情けなくなる。
そう考察して、目の前でブツブツ何か呟いている音姉を見る。
「弟くんはこんな不良になんかならないもん・・・・。どの世界の弟くんだって、穏やかで爽やかな男の子だもん・・・・」
「はぁ・・・、頭が吹っ飛んでるなこりゃ。もうちょっと出来る女だと思ってたけど見込み違いみたいだな」
「もっと弟くんは私に優しいもん・・・・うぅ・・・」
あの後むりやり音姉を引っ張り上げ「悪い、音姉を連れて行くぞ。彼氏彼女のデリケートな問題だ。邪魔すんなよ」とまゆきに告げて
空き部屋まで連れてきた。まゆきが何か文句を言ってたが多分僻みだろう。彼氏いないだろうし。
そうして今の自分の現状を混乱している音姉に懇切丁寧に教えた。なんにせよ、ここから出る方法を知ってるのは魔法使いに聞くのが
一番手っ取り早いと思ったからだ。オレ一人だと何も出来ないのが癪に障るが、事実だからそれを踏まえて行動しなくてはいけない。
無理矢理音姉を椅子に座らせて説明するオレ。詳細を話すと長くなってかったるいので簡単に教えた。自分の周りの女と付き合ったら
どうなると桜の木に言ったら叶った、と。説明というのは簡略化した方が伝わりやすく、質問しやすいしな。
だが、説明し終わった途端これだ。どうやら自分の知ってる弟とオレじゃ物凄くギャップがあったらしい。
恐らくだが桜の木に『桜内義之』の未来図を願った事で、本来のこの身体の持ち主の桜内義之の可能性を叶えたんだとオレは考えていた。
元々オレが後乗りした身体だしそれがスジみたいな気がしないでもないが・・・・余りにもお粗末様な願望器だな、枯れない桜の木さんよ。
だが、アイシア達によって弱まされ挙句暴走したあの木だ。そんなアホみたいな事をしでかしてもおかしくはない。まぁ、全部オレの憶測だけどな。
「・・・・うぅ。弟くんは不良になんかならないんだもん」
「オレは不良じゃねぇんだけどなぁ。似たようなもんだけど」
けど・・・そんなにアレなのだろうか、ここまで衝撃を覚えるなんて。桜の木の力で他世界に行くなんてとんでも話だと思うのだけど少し驚いた程度
でむしろオレが碌でもない人種という事実の方がショックを受けてるみたいだ。相変わらずよく分からねぇ女だ。天然だしな。
「―――しかしまぁ、オレも嫌われたもんだな。泣かれるほどに嫌がられるなんて久しぶりだ。過去ボコボコにした奴にすれ違ったら涙目で
避けられた事はあるけど」
「あ、当たり前だよぉ! 弟くんがこんな不良さんになった姿なんて見たら普通ショック死するよ!」
「そんなんで死ぬのは兎ぐらいだ。人間がショック死を起こす時っての大抵が事故で血圧が急激に下がって血が回りきらなくなる事を言う。
医学語でショックっつーのは単に驚いた状態は指さねーよ。確か末梢循環障害とも言うんだっけか? よく覚えてねぇけど」
「いや、私に聞かれても・・・・」
「成績抜群でもこういう時に答えられないとなんだかな、って思うな。別にいいけど・・・・・・フゥ」
「た、煙草吸ってる・・・・弟くんが、煙草を・・・・」
「ちゃんとビタミンは取ってるから安心していい。運動も筋トレぐらいはしてるから、まぁ、イーブンだろ」
懐から出した煙草に火を灯し窓を開け煙を外に逃がす。もくもく流れていく紫煙を音姉は呆然と見ていた。
オレの世界の音姉は最初こそ同じ反応をしていたが、最近は諦めた様でオレが煙草を吸いだすと消臭スプレーを準備して万全を期している。
地味に嫌がらせっぽい行動だが、副流煙を出してるオレもオレなので黙ってその場を離れるのがここ最近の流れだった。
「で、だ。話の続きなんだが音姉なら元の世界に戻せないのか? さくらさんでも別にいいんだけど、今のこの時期きっと忙しいだろうから
あんまり頼りにしてらんねぇし。そろそろだもんな、一回目の暴走」
「え、なんなのそれって・・・」
「知りたきゃ手を貸してほしい。等価交換だ。オレを元の世界に戻してくれたらその『暴走』の件を教える。言っとくがもしこの情報を知らない
と大変な事が起きるぞ。もしかしたら誰かが死ぬかもしれない」
「え、えぇえええええ~~~~!?」
「死ぬのは何人なんだろうな。上手く抑えて一人、下手こいたら数百人の被害が出る。勿論魔法が関係している事柄だから、魔法使いである音姉
がなんとか出来る可能性はあるぞ。ま、見て見ぬ振りしてもいいけどよ」
「嘘でしょっ? そんな、何百人も死ぬような事件がこの初音島で起きるなんて・・・。にわかには信じられないよ、弟くん」
「事実を話している。信用するかしないかは音姉次第。けど、実際にその件の所為でオレは何回も死ぬような目に会ってきた。結構いい条件だと
思うけどな、ちょっと手を貸してくれたら正義の魔法使いとして立派に責務を果たす事になるんだから」
「な、なんでその事を・・・・というか、今更だけどなんで私とさくらさんが魔法使いだって知ってるの!? 自然に話してたから全然スルーして
たけどっ」
「話すのもかったるいんだが、まぁ、それも含めて全部教える。だから協力して欲しい。ちなみに断ると・・・・・」
「―――――――な、なに?」
「・・・・いや、別に。で、どうするんだ?」
余り追い詰めない方が良いと途中思ったので言葉尻を切った。相手は魔法使いなので、追い詰め過ぎると何をしでかすか分からないからだ。
だが、それが返って効いたのか音姉は顔色をサッと青くして視線を忙しなく動かしている。一見すると悪どいやり方だ。その通りなんだけどさ。
音姉はしばらく熟慮するように頭を抱え込んでいた。難しい話だろう、オレみたいな不良の話を信じる事は。だろうからオレもしばらく待った。
数分は経っただろう―――オレが三本目の煙草に火を点けた瞬間、音姉は諦めた様に頭を上げた。
「分かった、分かったよっ。協力するよ」
「本当だな?」
「どっちみち弟く――――んん、キミが居る事によってこの世界がどうなるか分かったものじゃないし、困ってる人を見捨てるのは私の性分じゃ
ないからね・・・・協力するよ。別にキミが話してる事が嘘だったとしても、特に何があるって訳じゃないだろうし」
・・・キミ、ねぇ。どうやら実際に居る自分の弟とオレを区別する為に呼び方を考えたみたいだ。
その方がいいだろう。紛らわしくて仕方無いしな。余計な混乱を招かない為にもその方が良い。
なんであれ協力は取り付けた。半ば脅しになったが構わない。それを気にするほど余裕がある訳ではないからだ。
「よく分かってるじゃないか―――でもまぁ、協力ありがとう。それじゃあ、まずはどうしようかな。この世界に居るもう一人のオレと会ったら
ややこしいし、この空き部屋で寝泊まりするか」
「え・・・」
「そんな長い間居ないし大丈夫だろ。飯は勝手にこっちで調達するから気にしないでほしい。迷惑もこれ以上掛けない。だから音姉はいつも通り
に行動して、オレが元の世界に戻れる方法を――――」
「そ、そんなの駄目だよ弟くん!」
「あ?」
「こんな不衛生な部屋で寝泊まりなんて、お姉ちゃんが許さないんだからねっ!」
「・・・はぁ、じゃあラブホ辺りにでも寝泊まりしとくよ。ここら辺田舎だから安いだろうし、ずっと前に行ってた行きつけがあるからそこでいいだろ?」
「ら、ラブホ・・・行きつけ・・・・・そ、そうじゃなくてっ、私の家に来なさい!! ちゃんとご飯が出てお風呂入れる所じゃないとお姉ちゃん許可しないよっ」
「めんどっ」
この人はこういう所本当にうるせぇな。常識的とした観念を持っていると言えば聞こえはいいが、単純に頭が固いとも言い換えられる。
呼び方も弟くんに戻ってるし、中々に融通が利かなそうな呈をなしている自分の姉。別にオレは男だし構わねぇと思うんだけどなぁ・・・。
ちなみに行きつけの相手はミキさん。料金もリーズナブルだったしベッドもまぁまぁの大きさで場所も悪くない。最近行ってないからまだあるか知らんけど。
「部屋はどうするんだ。確か朝倉家に空いてる部屋は無かった筈だが・・・・もしかして物置かよ、おい。余程嫌われてるんだな」
「違うってばっ。大体学生が、その、ラ、ラブホテルなんて使うなんて非常識だよ! 学生は学生らしくちゃんとした所で寝ないとっ」
「じゃあ高校生とかエッチする時は家でのみという話になるんだけど・・・・分かったよ、音姉の部屋で寝泊まりする事にする」
「そうだよ、最初からそういう風にして――――――え?」
「違うのか? 最初に言ったが空き部屋なんて無ぇだろ。まさか事情も知らない純一さんの部屋で寝泊まりしろってか?」
「そ、それは・・・・いや、でも・・・・・・」
「あー久しぶりだな音姉の部屋なんて。小さい頃行ったきりだな。その時は小さな人形とか沢山あったけど、今じゃきっとエロ下着だらけだろうから楽しみだ」
「そんな勝手に――――って、別にそんな下着なんてありません! こら、ちょっと待ちなさい!」
入り口に向かってスタスタ歩いていくオレに慌てて追いすがる音姉。話しても埒が明かないし、早く行動を起こさないとあっという間に日が暮れちまう。
平行世界というが大体やる事は決まっていた。前回の経験から考えるに寝床の確保さえすれば後はなんとでもなるだろう。面倒な事は音姉がやってくれる
だろうし、オレは適当に観光気分でブラブラしてればいい。余計な行動をして厄介事を増やしたくはない。
「そういえば由夢の事はどうしようか。きっとある事無い事勘ぐるぞアイツ。一応彼氏彼女の関係だから寝泊まりしても違和感は無いと思うが」
「うーん・・・出来るだけ接触しない方が良いと思うんだけど、仕方ないのかな。でもあんまり余計な事をしゃべっちゃダメだからね?」
「いつも通りに接しておく事にするよ。音姉」
「・・・・それが心配なんだけどなぁ」
不安な声を上げているが、何もしねぇって。ポーカーフェイスは得意だし何聞いてきても知らんぷりしとけば問題無いだろう。
由夢は感情的だから躱し易い。そういう女には正論吐いて置けばキレて部屋を出ていくのが定番だ。態々怒らせる必要は無いが確実ともいえる。
それにしても――――妙な世界に来ちまったな。音姉と付き合うなんて考えた事無いな。結構万能な女だけど性格がちと面倒な奴だし。可愛い顔してるけど。
ふと横を見る。ドッと疲れた顔をしているのが哀愁さを加速させていた。少し思い通り言い過ぎたかもしれない――――頭に手をポンと置き、誤魔化しに掛かる。
「わっ」
「悪いな、我儘言いたい放題で。この世界のオレはとても素直な良い男なんだろう。話を聞いてるとそれがよく分かる。勝手にこっちの都合で巻き込んで
ごめんな、音姉」
「あ、い、いや、別にいいんだけどね。弟くんは、その、弟くんだし」
「優しい性格をしてるよ本当に。その上可愛くて愛嬌もあり、料理も出来るとあっちゃその弟くんも幸せもんだろう。最近の女は料理なんて出来やしないし
教養も無い。そんな中、音姉みたいな女の子はとても魅力的だ。羨ましいよ、弟くんが」
「・・・そんな褒めても何も出ないってばぁ、もう」
ふにゃっと笑みを浮かべる音姉。基本褒められたら嬉しいからな、人って。どんな高嶺の花な奴でもそれは絶対だ。
よし、このまま出来るだけオレを信用させて置くか。その方が動きやすいし。そう考えてオレは手を音姉の手に移し、軽く握った。
「なぁ、オレと一緒に一回だけでいいからデートでもしないか? 楽しく遊べる場所を知ってるし、音姉の好きなファンシーショップもある場所も
知ってる。オレは買い物に付き合うのは苦と思わない性格だから、気を遣わないで済むぞ。基本物を見るのは楽しめるしな」
「えぇ!? で、でもいくら弟くんといっても別な人だし、それって浮気でしょ・・・・無理だよ」
「大丈夫だよ。デートと言っても遊ぶ程度だし、下心は何も無い。まさか彼氏の弟くんはそんな行為さえ許さないほど嫉妬深いのか? 男友達と遊ぶ
ぐらいで怒る様な男じゃないだろ? その弟くんだって女友達と遊ぶくらいはしてるだろうしな」
「・・・まぁ、そうなんだけどさ。この間だって雪村さん達三人とデパートに行ったっていうし。ちょっと面白く無かったなぁ、あの時は」
「だったら音姉も少しぐらい遊んだって構わないよ。オレはただ単純に音姉と遊びたいだけ、そこに変な男心は無い。まぁ音姉はとても男を惹きつける
女の子だから連れて歩きたいって気持ちも、無い訳では無いけどね」
「う、うーん・・・・そうかな? えへへ」
「そうだよ。それじゃあ、時間が空いた時にでも一緒に一緒に行こうか、エリカ・・・・あ」
「うん――――って、え?」
「・・・・・・・・・・やべ」
しまった。間違って他の女を呼ぶなんてどんな愚図でもしない間違いだ。思わず頭に手を置いて目を瞑ってしまう。
その楽しい場所というのはアクセ屋とかセレクトショップ、バーとかなんだが大体エリカと行くから思わず名前が出てしまった。
誘った訳ではないのにオレの後をいつも着いてくる彼女。元々外国人なのでドコに行っても馴染むからいいんだけど、お姫様が下々の飲み屋のバーに着い
てくるなよと思わないでもない。本人は楽しんでるみたいだから別にいいけど・・・・マスターが完全に彼女だと思ってるのは問題だ。多分外堀から段々埋め
に掛かってるに違いない。他の女と来たら絶対にエリカの名前が出るだろうし――――誰に似てあんな狡猾な手を使うようになったのか問題だ。あ、オレか。
そんな風にエリカの事を思い出してると、音姉は夢から覚めた様にハッとして握られた手を振った。もうオレもかったるくなったので言い訳せずに毅然とする。
「も、もしかしていつもそんな風に女の子を騙してるの!? あぁ、早めに気づいてよかったよっ。そういえばこの世界に来たのだって女の子が原因で
来たって言ってたしね! 全く弟くんたらっ」
「そういう所はちゃんと聞いてるのな。まぁ、器量が良いというのは本当だ。色気があんまり無いけどそこは清楚で通るし朗らかな性格もしてる。魅力的
なのはマジだよ。オレと相性は悪いけど」
「ま、またそんな事言って・・・・・大体、女の子にはもっと優しくして誠実な態度で―――――」
音姉の得意の説教が始まったのでため息を着きながら先を急ぐ。
多分組んだ女の中で一番の凸凹コンビだなーこりゃあ。アイシアと組んだ時はかなりバランスが良かったけど今回はそれも望めそうにもない。
さて・・・・・そのアイシアは何時になったら来るのかな。音姉の説教をとりあえず右から左へと聞き流しながら、オレ達は学校を出た。
夜桜というものはとても良いモノだ。この島に来てまず思った事は、この桜の木の美しさを見れただけでも価値がある、といったものだった。
枯れない桜の木の話は知っていたし、それが此処の名物だとは知識としては知り得ていた――――が、実物を見た時にそんな知った気で居た自分が
凄く恥ずかしくなってしまった。一見した時の心が揺り動かされる程の感動は昨日の事の様に覚えている。
そして、桜内義之との出会いもまた特筆すべき事柄だろう。彼との出会いは私自身を大きく変える事となった。もう彼以上の逸材を見つけるのは難しい
だろうと思う。絶対に私の国に来れば大成する事は想像に難くない。
「・・・・私が惚れてるのも大きな割合を占めてるわよね。なんにせよ、早く私と付き合って貰わないと」
髪を掻き上げながらいつもの道、散歩コースを歩いていく。星明りのみでこの夜桜の下を歩くのは中々風情があって好きだ。
前に義之を誘ってみたが、かったるいの一言で一蹴されたのを思い出しため息をつく。彼も気分で動く事が多々あるので次に誘えばもしかしたら来て
くれるかもしれないが・・・・普通女性をあんな風に無下に断るだろうか。義之らしいと言えば義之らしいが。
「今夜は義之は皆と一緒にお鍋を囲んでるのね・・・。花咲先輩達に付き合って貰って言うのもなんだけど、私も参加したかったかなぁ」
学園長達は本当の家族ではないが、それ以上に温かさが満ちていてとても好きだ。由夢さんというお団子頭が居るのは少し空気を壊しているがそれでも
惹かれるものがあった。お茶碗をよそい合い、仲つづましく団欒を築いているあのお家、義之が優しいのはああいう環境があったからか。
みんな義之の悪口を言うが私はそう思わない。義之は本当は優しい男の子だと気付いているから。大体みんなああだこうだ言うくせに、全く離れようと
しないのだから性質が悪い。私みたくもっと素直に行動すればいいのに・・・・訳が分からないわ。
そんな事を考えながら、いつものベンチを通り過ぎようとした―――――瞬間、
「あら?」
人の話し声が聞こえてきた。聞き逃しても仕方ないくらいな小さな声、気づいたのは本当に偶々だった。
その声がした方向に目を向け息を鎮める。さっきまでの緩んだ空間が突如として得体の知れない不気味さを醸し出してきた。
時刻は八時過ぎ・・・この時間帯に薄暗い公園に人が居る理由――――懐に忍ばせている対人用の小型スプレーを手の中に小さく収めた。
どんなに女性進出を謡おうが基本的に女は非力なもの。義之に貰った催涙スプレーを持ち、その声がした場所まで歩みを進める。
「―――――普通だったら家に黙って帰るのがベストなんでしょうけど、このまま帰るのは気持ち悪いわ」
正体を掴まないままというのは気持ち悪い。その正体が殺人鬼や幽霊だとしても、『分からない』というのは余計に怖さを倍増させたまま心に居座らせてしまう。
賢い行動だとは思わないが馬鹿な行動だとも思わない。馬鹿はここで枝を踏んだり物音を立てる者の事を指す。ホラー映画などでの定番でよくあることだ。
そんな風に考えながら腰を落とし、林の中を進んでいく。夜目にはもう慣れているのでスムーズに先に進むことが出来、開けた空間の場所に出た。
「・・・・ここは、確か枯れない―――――」
「よし、準備万端です」
「っ!」
意外と近くから声がしたので、慌てて草むらに顔を引っ込めて腰を更に落とす。
危なかった。今のタイミングだと見つかってもおかしくない。心臓の鼓動が耳をつく。去年以来だ、冷や汗を掻くなんて。
しかし今の声には聞き覚えがある。基本的に義之の周りに居る女性の特徴とか声は徹底的に覚えているので、今の声も誰のものか瞬時に分かった。
安堵した息が出て少しベタついた髪を掻き上げる。あれだけ緊張していた体から力が抜けていくのが少し心地良い気分だ。
けど、ここで何をしてるんだろうか・・・・・・アイシアさんは。
「それじゃ予定通りに、アイシアと音姫ちゃんが中に入りボクがここで桜の木の調整をしておく。これでいいよね?」
「ええ。さくらの方がこの木に慣れているのでそれがベストでしょう。何かあった時即座に対応できる魔法使いはやはり貴方が適任ですし、私と音姫
さんとは去年も組んでいるのでお互いの要領も分かっていてとてもやりやすい。ね、音姫さん?」
「あはは、そういわれるとなんだかプレッシャーを感じますね。頑張りたいと思います」
「あーあ、音姫ちゃんアイシアに取られちゃったなぁ。所詮ボクなんて未来ある魔法使いの踏み台に過ぎないのか・・・・」
「そ、そんな事無いですってばっ。私の師匠はやっぱりさくらさんですし、今後とも教えて貰いたい事がいっぱいです」
「まぁまぁ、そんなに拗ねないで」
朗らかに談笑をしている三人。私が気付かなかっただけで音姫先輩と学園長も居た様だ。確か三人とも魔法使いだった筈。
去年の騒動で中心に居たのは彼女たちだった。魔法使いの存在は又聞きしている程度で実際に居るかどうかは疑問に思っていたが、実物を見た時は
感動を覚えたものである。まさか本当に実在すると思わなく、恥ずかしながら心の中で興奮していたのは誰にも言わない秘密だ。
しかし、去年の事を覚えているのは義之と私ぐらいなものだ。義之はともかくとして私に魔法を掛けようとして効かなかった事に対して驚いていた
アイシアさんと音姫先輩。学園長は私の出自を知っているので大して驚かなかったが、記憶が残っている私の事をあまり快く思ってはいない。
魔法は基本として隠蔽されているという事もあるんだろう。アイシアさんと音姫さんは私を普通の人間として魔法を掛けてたみたいだし、効かない
のは仕方が無い。まさか自分が宇宙から来たとか言ったら頭の中を疑われるに決まっている。というか一応極秘扱いという事もあるが・・・。
「じゃあ、お話も済んだ所でそろそろ始めるね。多分あっという間だからそんなに緊張しなくていいから」
「はい。では、行ってきます」
「音姫さんの事は私に任せて下さい。義之を連れ戻して、きっと無事に戻ってきますよ」
「オッケー。武運を祈ってるよ」
・・・・え? 義之?
「ありがとうございます。じゃあ、行きますよ」
「はい、準備はオッケーです」
了承の合図と共に展開される魔法。淡い光がアイシア達を包んでいく。
目を瞑り、まるで旋律を奏でるような流暢さをみせるアイシア。その様子をさくらは感心したような様子で頷いていた。
もう昔の彼女ではない。立派な魔法使いだ。淡い光がどんどんその強さを増していき、その一帯を染め上げるような勢いを見せた。
(・・・・そろそろか。ボクの方で少し調整してっと)
少し力を加えて完了。後はアイシアの魔法次第だが、まぁ、問題無いだろう。
目の前でこれだけ立派に誘導してるのだから失敗は無い。不安要素が無いのに心配等かえってアイシアに失礼だ。
音姫ちゃんを見ると、安心しきった表情をしてアイシアを見詰めている。少し嫉妬心が湧くが・・・・まぁ、しょうがない。
去年は命を共にした二人。その間にある絆はきっとボクが思うより――――――って、あれ!?
「え、エリカちゃん!?」
「あ」
「え?」
「はい?」
何の気なしに横を向いたさくらの目に留まったのはエリカの姿。
呆然と魔法が発動している様子をぼーっと見ていたのを発見し、さくらは思わず名前を呼んでしまった。
注意が削がれるアイシア。そして、さっきまで綺麗な輝きを見せていた魔法が、水彩具をぶち撒けたみたいに歪に歪んだ。
「わ、わぁーわぁー!? ちょ、やばいですよコレ」
「あ――――と、ぐっ、アイシア!! その魔法を維持っ、集中を途切れさせないで!」
「無理です! もうここまで来たら―――――」
閃光が乱れ飛ぶ。その荒々しい光はその場全員を包み込み、吹き飛ばす勢いで拡散していった。
目を瞑るさくら。一瞬の不注意が全てを無に帰してしまう光景に焦燥感を抱く。このままじゃどうなるか分からない。
そう考えたさくらは一瞬の後ダッと駆け、桜の木に勢いよく両手を当てた。間に合わないだろうが何もしないよりはいい。
せめて良い方向にでも力を流れを変えてやらないと・・・・!
「アイシアーっ! 音姫ちゃんっ! 頼んだからねーーーーーー!!」
一瞬、異物感を感じたがそのまま無理矢理に押し込む。
全部の力を使い果たす様に息を大きく飲んで両足を地に植え付けた。
あとはなるようにしかならない。二人とも無事でさえあれば、もう何も言う気にはなれなかった。
枯れない桜の木に吸い込まれていく『三人』の姿。
夜の星だけがその一連の劇場を映し出し、さくらは暫くの間気を失うのだった。
鴨肉の余計な脂身を取り、丁度よくそぎ切りながら軽く叩いて柔らかくしていく。
隣で音姉は長ネギと水菜の処理を手際よくこなしていた。淡々と過程が進んでいくその様はその腕前を表していた。
基本的に料理が出来ない奴は材料のさばき方が分かっていない。分からないから自分で解釈してバラバラに材料をぶっ込んでいく。
良い例が由夢だ。なまじ自分は出来ると思っているから玄人の意見を取り入れない。アイツもアイツで我儘な所があるからしょうもないと思う。
「桜の木の暴走・・・か。ここ最近確かにその兆候はあるよ、でもさくらさんが居るし、大丈夫だと思うんだけど・・・・」
「そうやって油断してたから暴走は起こった。機械にでも何でも言える事だが、大概の『ミス』ってのは人為的に起こされている。人間は完璧じゃ
無いからな。だろうきっとで自分を安心させちまってるんだよ。オレも人の事を言えねーけどな」
「・・・・もしかして、弟くんって結構物知り? それに料理も結構出来るみたいだし・・・・・なんだか意外だな」
「どれも自分では人並だと思ってる。その程度の事で粋がってたらさくらさんに指差されて爆笑されちまうよ。ほら、白菜も切ったから鍋に入れちまおうぜ」
もう煮たてたダシは作ってあるのでしいたけや野菜関係を敷き詰めていく。
しかし、あれだな。まさかこっちの世界で鴨鍋を作る事になるとは思っても無かった。
もしかしてオレが鴨だっつーオチじゃねぇーだろうな、オイ。だとしたら笑え無さ過ぎて逆に腹が立つな・・・。
「桜の木の話が出たからついでに聞きたいんだが、オレという存在がココに居る事自体に大して驚いてないんだな? 普通別な世界からの訪問者
って腰が抜かすほど衝撃的な事だと思うんだけどよ」
「いや、結構驚いてたけどね・・・・。でも強いて言えばあれかな? 小さい頃から枯れない桜の木に携わってきたから『アレ』がどういうものか
は知ってるつもり。その力の強大さものね。だから弟くんが別な世界から来たって言っても『ああ、そうなんだ』ぐらいしか思わなかったなぁ」
「―――――つくづく魔法使いってのは常識外れな存在だな。SFを真面目に考察してる連中が不憫でしょうがねぇよ。あいつら量子力学や宇宙論
の事を頭から血が出る程勉強してるってのに。魔法の前に科学なんて無力なのかねぇ」
「そ、そんな事言われても仕方ないよ~っ。本当にそう思ったんだからさ」
「なるほどね。まぁ、いいや。明日辺りにでも桜の木の様子を見に行ってこいよ。前もって知ることが出来たなら対策が出来る筈だよな・・・・っと」
鍋をリビングに持っていきコンロの上に置く。多風味な匂いが広がり食欲をとてもそそった。
とりあえず聞きたい事とあっちが知りたい事は全部話したし、ひとまず落ち着いて飯でも食って英気でも養うか。
音姫と義之は人数分の茶碗をテーブルに置きながら時計を見る。そろそろ由夢がいつものジャージ姿で下りてくる時間だった。
ちなみに純一は町内会の温泉旅行で不在になっている。色々勘ぐられたら面倒だなと思っていた義之は、それを知り少し安堵した気持ちになった。
この世界の義之もまたさくらと晩食と共にする事になったのでここには来ない。唯一の気掛かりは由夢だけだったが・・・・。
(由夢は感情が出やすいし、まぁ、適当に撒けばいいか。あいつも少しは大人になればいいのに。身体だけは女らしいけどな)
指にはめているリングを手持無沙汰に抜き差ししていると、ドアを開けて由夢がのっそりやって来た。
体全体からかったるいオーラを出し、いかにもといった倦怠感を表現している。まるで冬眠明けの熊の様だった。
学校の奴らがみたらどう思うんだろうか―――由夢はちらっと義之に視線を送った後、盛大な欠伸をして目を擦り上げる。
「ふぁ~~~~~~っと、ちょっと落ちてたよ。もうご飯出来たのぉ~?」
「・・・おい、音姉。てめぇ妹の教育どうなってんだよ。まるでニートじゃねぇか」
「あ、あははは・・・・。最近ちょっと私も忙しくて、ね。中々こういう所注意できなかったんだ」
「ふぇー? なーにぃ?」
「―――――はぁ、なんでもねぇよ。ちゃっちゃと席に着け」
「む」
呆れたような顔で席を指差す義之に、若干面白くなさそうな顔をする由夢。
義之はそれを気づかない振りをして茶碗に鍋の中身をよそっていく。ココでの自分はある意味居候みたいな身分だからだと思ったからだ。
それに音姫への借りの件もある――――生徒会長という身分の多忙さや自分を元の世界に戻してくれるという事を考慮すれば、これくらいは当然だった。
途中音姫が手伝おうとするがそれをやんわり断り、全員に配分していただきますの挨拶をした。
「それじゃあ、頂くとするか。腹が減ってしょうがなかったよ」
「えー? 兄さん部活とかやってないじゃん。今日体育でもあったの?」
「体育は無かったが、気疲れする事が多くあったな。自分が引き起こした部分もあるからグダグダ言えないが――――正直参ってる、結構」
「・・・ふーん。なんかよく分からないけど、大変だね」
「そうだな。お前みたいにグータラして何も考えない風になりたいよ。きっと人生楽しいだろうな」
「は、はぁ!? ちょっと兄さんっ、それってどういう意味なのよ!?」
「ちょ、弟くんっ」
「そんなに怒るなよ、別にけなしてる訳じゃない。ストレスを感じないという事はある一定の生活基準以上の暮らしをしてる事になる。大人になっても
まだその状態が続いてたら、ラットレースから抜け出してる事になるしオレが目指す所でもあるな。まぁ、ニートにはなりたくないけど」
目を剥いて怒る由夢を無視しながらおかわりを盛る義之。音姫は慌てながら由夢のフォローに入った。
全く由夢を刺激しない事は難しいと思っていた彼女だが、ここまで真正面から怒りを買う事になるとは思わなかった。
対しての義之は知らぬ存ぜぬ顔。彼の中では少し構ってやってる程度の認識しかなく、気にしないで目の前の鍋を消費していった。
「まぁまぁ、由夢ちゃん落ち着いて。弟くんも悪気があって言ってる訳じゃ無いんだし・・・」
「どう贔屓目に見ても悪気しか無かった様な気がするんですけどねっ。変に喧嘩腰だし、ネズミとか意味分かんない事言ってるし」
「ラットレースな。輪っか中ののネズミみてぇにいくら走って苦労しても金が溜まらない事を言うんだよ。世の中で成功してる奴はお前みたいにダラダラ
しても黙って金が入ってくる。オレの最終目標はそこだな」
「だ、だからっ、そんな事知りたいんじゃなくて―――――」
「仕事、趣味で時間を浪費して次の給料日まで待つの繰り返し。医者になったとしても自分の時間なんか殆ど無ねぇ。そして年齢を重ねて給料を多く貰った
としても税金が多くなる一方――――胃が痛くなるよな? 生活の為に働いてるのに、そのうち金の為に働いてる事になっちまう」
「う、うーん・・・・それが悪い事だとは思わないけどなぁ。お金が一番大切って訳でも無いんだし」
「そうですよ。楽してお金を稼ごうなんて、いつからそんなにお金に汚くなったんですか」
「勿論金が一番大切って訳じゃない。けど、無いと困る事が多々あるから皆必死に働いてる。今の由夢の言葉みたいに楽して金を稼ぐのは悪だってのが大体の
奴の考えだから甘んじて余計な汗を掻いて働いてるよな。早くオレもさくらさんみたくなりたいよ」
学園長なんてほとんど趣味みたいなものだしな、あの人。働かなくて黙ってても芳乃さくら名義で金は入ってくる。
研究内容に少し口を添えるだけで有難がられ大量の金が入り込んでくる様は見ていて爽快だ。能力がある人は本当に羨ましい。
そういえばエリカが『私と一緒になれば楽になれるわよ。最終的な指示さえ出せば後は下が動くし』とか言ってたな。
今思えばオレの楽したいって考えを読んでの発言だったんだろう。自分の事を分かってくれる女は確かに良いが――――読まれ過ぎるのもなんだかなぁ・・・。
「ま、お前の場合は早く金持ちの結婚相手でも見つける事だな。その方が手っ取り早い――――顔とかスタイルは良いんだからよ、お前は」
「・・・・! ふっ、ふん! そんな事言われても私は別に――――」
「言っとくが褒めてる訳じゃねぇぞ。言い返せばそれ以外は厳しいって事だからな。音姉みたいに胸とか小さいけど器量が良い女はそれ以上に価値がある。
お前も料理が少しは出来る様になれば、誰にも負けないぐらい更に良い女になれる素質がある。精進しろよ」
「・・・・うぅー。今日の兄さんは私を褒めてるんだか本当はけなしてるんだか分からないよ、全くもう」
「――――――あっ、もしかして今わたし結構酷い事言われてたりしてた!?」
「今日も綺麗だな、音姉」
「え、えぇ~~~そうかなぁ? いつも通りなんだけど参ったなぁ、もう!」
箸をカチカチさせながら表情を崩す音姉。可愛らしくもあり、間抜けそうに見える。まぁ女なんて少し抜けてた方が愛らしいし別にいいか。
由夢はそんなオレ達を見て面白くないのか、ムスっとした様子で肉をパクついてる。機嫌が安定しないのはいつもの事だから特に気にしない。
少し場が落ち着いたので改めて時計を見てみると時刻は七時過ぎ、後は早めに寝て明日に備える事にするか。いつ帰れるか分からないから体力は温存すべきだろう。
(・・・明日はどうっすかなオレ。学校にはこの世界のオレが行くだろうし、商店街を歩いてて補導されんのも癪だな)
そう思いながらも、どうせオレの事だ――――気分で動き回る事になるに違いない。いつだってオレは自由人だからな。
鍋から大量の野菜をおたまに掬いつつ前向きにこれからの事を考え、今後の由夢の為にもと、ドサッと目の前の皿に今取った野菜を乗っけてやった。