両手を離し、一息付けるように背伸びをする。新鮮な空気が肺の中に入り心地良い感触が身を満たしていく。
かれこれ二時間も集中していたから肩が凝ってしょうがない。解す様に肩をコキっと鳴らし息を吐いた。重労働ではないが決して軽くも無い疲れ。
そういえば音姫ちゃんが一回顔を見せに来たっけ。心配性だとは思わないが、もう少し信用して貰ってもいいのだけれど・・・・。
ま、そういう信頼関係は徐々に築き上げていくものかもしれない。そう考え枯れない桜の木から踵を返した。
「結局義之はこの世界に居ませんでしたか・・・・。居たら儲けモノだと考えてはいたけど・・・ふぅ」
この空振りはアイシアに若干の徒労感を味わせる。無限に魔法を行使出来る訳でも無いので、なるべくならこの世界に居てほしかった。
けれどエリカさんを責める気も起きない。わざとあの場に居た訳では無いし、魔法を使うにあたって周囲の確認を怠った自分にも責はあると思う。
アイシアはやや虚脱感を抱き頭に手をやった。昔に比べて技術は上がったものの、こういう所でドジを踏んでは元の木阿弥だ。情けない。
「義之の実の母親のさくらに顔向け出来ない迂闊さですよ、全く私ったら」
けれど、分かった事もある。
義之の居場所――――その軌跡を辿れたのは不幸中の幸い。
それが分かればこの世界に長く留まる必要は無しだ。早く二人を呼ぼう。
「んしょっ・・・と。さて、音姫ちゃんはともかくとしてエリカさんが何事も起こさなければいいんだけれど」
元の遊歩道に出ながら学校を目指す。危惧するのはエリカ・ムラサキという女の子。結構な問題がある子だと認識していた。
根は悪い子じゃない。礼儀正しいし、誇りもある見習う場所が多い女性なのは確かだ。あの歳であそこまで出来る子は中々に居ないだろう。
だが――――読めない行動をする事もあった。義之と一番一緒に居る為か、かなり影響を受けている所がある。元々好意を抱いていた所為か
彼を神聖視してるような節が見受けられた。
義之を持ってしても手に余る事が多いらしいし不安だ・・・。いや、一応隠れ蓑を提供してくれたのは有難いけど。運良く義之の行く先を一発
で見つけられたから良いものの、一週間掛かってもおかしくない作業だったし。
彼女の事を考え歩けば、もうすぐ校門前まで歩いてきていた。此処に二人とも居るとの話だが・・・・何事も無ければいいなぁ・・・。
「うーーーーん・・・エリカさんは本当は良い子なんですけど、良くも悪くも義之中心なのが怖いん―――――」
硝子が割れたような高い音が鼓膜を突き抜ける。
余りにも急な事だったので「ひゃ!?」と短い悲鳴を上げ、思わず伏せてしまう。大きい音を聞いた時の本能的な反射だった。
「な、なにっ?」
きょろきょろと視線を随所に走らせ様子を見やる。人間が瞬時に嫌悪感を抱く硝子が割れるような音は確かに聞こえてきた。
人の悲鳴やざわめく男女達の声――――見つけた。二階のとあるクラスの窓が破壊され、その階下のクラスの生徒たちが何事かと上を見上げていた。
瞬く間に学校中が喧騒に包まれるのは想像に難く無く、あっという間に空気が変化した。物々しい事が起きた時に起こる雰囲気の流れ。それを感じる。
何が起こったのだろうか――――嫌な予感を察したアイシアは、思い切って構内に飛び込んでいく。
昼の休憩時間なので人が大勢固まっていたが、先程の大きな軽高音のおかげかアイシアに注目する人は少なかった。
元々外国の生徒が多いのもその理由だろうが・・・・・そして、丁度曲がり角を曲がった時、アイシアは目当ての内の一人の人物と出会えた。
その人物、音姫もアイシアの姿を目に留め慌てて駆け寄ってくる。
「ど、どうしたんですかアイシアさんっ? こんな所に」
「あ、いえ、あの後しばらく作業してようやく義之が何処に居るか判明したので、その御報告をと・・・・」
「弟くんの居場所が分かったんですか!? ああっ、それは良かったぁ~。最悪ここで何週間か居なくちゃ駄目なんだと覚悟してましたもん、わたし」
「えぇ、だからそれを伝えにと思ったんですけど・・・・何が起こったんですか、一体」
「私も色々歩いて調べたりしてて、いきなりガラスが割れる音が聞こえてきたんで・・・・何とも」
「――――嫌な予感がします。行ってみましょう」
「あ、アイシアさんっ?」
そう、嫌な予感がした。第六感というべきか虫の知らせというべきか。
この感覚は去年にも感じた事がある。あのクリスマスの事件の時に新しい世界を作ったさくらが現れた時と、義之が騒ぎを起こした時だ。
魔法による大事件と少年の喧嘩を同列に扱うのはどうかと思うだろうが、それは義之の喧嘩を見た事が無い人間だけが言える台詞だ。
義之がキレた時は本当にヤバい。普通に人を殺しても何とも思わないぐらいに相手を痛めつける。実際に殺しても何とも思わないだろう。
普段は理知的な台詞を吐く癖に人が変わったみたいに暴力を行う彼―――――その彼が、暴れた時みたいに殺気立つ空気が流れてきた。
「何だか本当にやばいですよこれっ。まるで本当に義之が―――――」
と、階段を駆け上りその空気が流される場所に辿りつき・・・・・・・・・唖然とした。
「・・・・・・・・嫌な予感って、当たるからイヤなんですよ」
「どうしたんですかっ、アイシ――――きゃぁ!?」
「あら、丁度いい所に来て下さいましたわね。ちょっと騒ぎを起こしてしまったので謝罪をしたかった所です。重ね重ね申し訳ありません、つい我慢
出来なくてやっちゃいました」
「・・・・ウ、グ・・・」
そこには例のお姫様―――エリカ・ムラサキが、頬を血で染め上げた女子生徒の髪を持ち、丁寧な物腰でアイシア達に頭を下げた。
周りに居る美夏達もまたそんなエリカを見て呆然としてしまっている。まさかあのエリカがこんな惨い暴力を働くなど考えもしなかった。余りの意外
な光景に驚きを通り越して固まるしかない。
あのエリカの宣誓を皮切りに、まず彼女は女子生徒の髪を乱暴に捕まえて窓ガラスに頭から突っ込ませた。飛び散る硝子に周囲の生徒の悲鳴、エリカ
はそれをモノともせずそのままガラス片に引っ掛かるように頭を引き抜いた。
裂傷は発狂するぐらいに苦しい―――義之がポツリと漏らした言葉を覚えていた彼女。まるで容赦が無かった。義之もまた容赦が無い人物ではあるが
ここまでの騒ぎを起こすのは余程の事、エリカは簡単にその領域まで熱を上げながら達してしまう。
義之が褒めてくれた美しい金色の髪――――茶色く変色して泥を連想させる色合いになっている。
義之がくれた指輪、本当に大事にしてまるで宝物みたい――――汚された。子供の玩具と言わんばかりに汚され貶められた。
義之、義之、義之――――義之を馬鹿にしたこの女は余程死にたいらしい。元より姫である自分にこんな下種な行いをしたのだ。
覚悟はしているんだろう。普通だったらしかるべき段取りをして、処罰を与えるのだがそれさえも億劫に感じる。頭が熱くて仕方が無い。
「ほら、貴方も謝りなさいな。聞こえてます?」
「・・・・・ぅ」
「人って案外丈夫だと聞きます。死んだフリをしてこの場を切り抜け、なんとか助かろうなんて私を馬鹿にし過ぎだと思いませんか?」
ゴッ、とその女子生徒の頭を廊下に叩きつけ擦り付ける。
もうとっくに意識はなかったのにその衝撃で目を覚まし、女子生徒はエリカの方を見詰め―――顔をくしゃくしゃにした。
まるで壊れた水道管の様に涙を流し、謝罪の言葉を吐き許しを乞うその姿は罪人を連想させる。普通だったらもう許している所だろう。
だが・・・、その罪人を処罰させるお姫様は許す気が無いらしい。何回もその頭を廊下に叩きつけた。
「何故自分が謝るか分からない、そんな風に思っている人に涙を流されても困りますわ。本当に心の底から謝りたいと思ってますの?」
「・・・・ひっ、ぐぅ・・・お、思ってます、本当にすいませんでし、た・・・・」
「む、ムラサキ、さん?」
「はい、なんでしょう花咲先輩?」
「も、もう許してあげたらどうかなぁ・・・? それ以上やったらただじゃすまなくなる、わ」
「・・・・・」
相変わらずこの人は凄いな、と改めて感嘆の意を示す様に軽く目を見開くエリカ。
この状況下で話しかけてくるのは余程度胸以上に何か無いと無理。茜はエリカが思っている以上にタフな人間だった。
身体を震わせて多少情けなくはあるが、周囲でぼぅっと立っている人達と比べると雲泥の差だ。エリカは髪を掻き上げながら、茜と視線を交わす。
「許す必要が無いのに許すとは納得いきませんわね、花咲先輩。大体こんな醜悪な人間どうなろうと別に誰も気にしませんわ」
「しゅ、醜悪って・・・」
「醜悪でしょう。先程の様子をご覧になっていないんですか? この醜い俗悪な人は何の罪も無い、ただそこに居る『人間』を貶めた。勿論理由なん
てない・・・・ただの愉悦満たしさに寄って掛かり集団で攻撃をした・・・・。私はね、こんな風にされる覚悟を持ってそんな事をしたのだと認識
しています。どうなの、貴方?」
「・・・・あ、違っ―――――」
「成程。まさか自分がこんな目に合うのだとは夢にも思っていなかったと。あまつさえ私と義之の情愛・恋慕を汚してまでそんな事をしたいとは思って
いなかったと。ふざけてるのかしら、貴方」
「む、ムラサキさん・・・・」
「舐めるのも大概になさい、塵」
おもむろにエリカは女子生徒の手を持ち――――乾いた音が大きく響いた。
絶叫する女子生徒。その声に当てられたのか、何人かの生徒がふらっとその場で倒れた。
人差し指から薬指までを逆に捻じ曲げ、軽く力を入れて骨折させたエリカ。彼女は得心がいったように頷いた。
ああ、義之の言った通りだ。指というものは簡単に折れる。元々小さな骨の密集体で多関節故に折れやすい。さすが義之は物知りだ。
「ヒ・・・ぎゃ、う・・・・」
「あらあら、今度は死んだ振りじゃなくて獣の真似事ですか。随分芸達者なのね、貴方という人は」
「え、エリカさんっ! もう止めて下さい」
「・・・・アイシアさん」
「確かにその子は美夏ちゃんを苛めたのでしょう。自分より下と他人を見下し、多人数で囲むというのは確かに卑劣だと私も思います」
「そうでしょう。昔から卑劣な行いをする者には大きな罰が待っています。因果応報、身から出た錆・・・・まぁ、仕方ないですわよね」
「――――もしかして、美夏ちゃんを庇ってたりこんな事を」
「ハッ、まさか・・・・。ただ、このどうしようもない、何で生きてるのか疑問に思う人間が私を侮辱した事が許せないだけですわ」
「エリカさんっ!!」
また思い出したように女子生徒の顔面を廊下に打ち付けるエリカ。
参った、エリカさんは完全に熱が収まらない状況だ。さっきからこの状況で常に同じテンションを保ち続けているのは異常だった。
普通ならこんな惨劇を起こせば直ぐに冷静になってしまう。自分の起こした事の大きさ、人を傷付けたという行為、罪を咎められるだろう自分。
冷静だったらそういう事を直ぐに考え冒涜行為を止める筈だ。なのに、尚攻撃を止めない彼女――――その様は彼を思い出させるのに十分だった。
(こんな所ばかり似て・・・全くっ・・・・! ここは音姫さんと協力して強引に魔法で――――)
と、音姫の方に視線を向け、
「・・・・・・えぇ」
「うぅ、ひっぐ」
顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくる彼女を見て、少し引いてしまった。
「お、音姫先輩?」
「エリカちゃ~ん・・・・、どうしてそんなに怒るのよぉ」
「どうして、と言われましても先程申し上げた通り・・・」
「駄目だよぉ、そんな酷い事をしちゃ」
これこそまさかの事態――――目の前の余りのショックな出来事に、とうとう音姫の許容範囲がオーバーして泣き始めてしまった。
顔面を裂傷で血だらけになっている生徒を容赦なく責めたてるエリカに対して、もうどうしていいか分からずに子供みたいに泣く彼女。
分かっている。泣いて解決する事柄なんて本当に少ない事ぐらいは・・・・・けど、どうしても目から溢れ出るこの涙だけは止まらなかった。
思わず呆然としてしまうエリカ。掴んでいた髪をバサッと離し、慌てて音姫の方に駆け寄る。
「な、泣かないで下さいな。音姫先輩に泣かれても、私困ります・・・・」
「ご、ごめんね泣いちゃって・・・。でもね、あんな良い子なエリカちゃんがこんなに怒る所なんて初めて見たから・・・」
「・・・怒るのは当たり前です。何せ今そこで倒れてるお人は、よりにもよって私の――――」
「うん、分かってるよ。天枷さんの為なんだよね」
「そうです、指輪と髪を・・・・・・んん?」
「エリカちゃんは本当に優しい子だって、わたしは知ってる。こんなにも怒るなんて正義感が強いんだね。少し強すぎるけど・・・」
「・・・・・」
何か、大きな勘違いをされていた、間違いなく。音姫先輩は何故か目頭を押さえうんうん頷いて自分を納得させている。
唖然として思わず棒立ちになってしまう私。いや、確かに天枷さんの件について思う所はある。嘘は言ってないのは確かだ。
しかしここまでの暴力行為を行ったのはあくまで自分の為、九分九厘の理由が私というものを穢された事によるものだ。
だから無性に腰の座りが悪くなる・・・・と同時に、どうやってこの聖母様みたいな人に事の次第を説明しようかとコメカミを指で揉みあげる。
「はぁ、あのですね音姫先輩。私は自分の為にここまでして鬱憤を晴らしているのです。お二方に迷惑を掛けるのを承知してまで私は―――」
「迷惑、という自覚があるのならここまでですよ。エリカさん」
右手を強引に捕まれた。その急なアイシアの行動に即座に反応出来なかったエリカ。
アイシアの眼――――自分の眼とは反対の真紅のルビー色が、見刺す勢いで睨んでくる。
「あ・・・」
「少し暴れすぎです。確かエリカさんには魔法が効きにくいんですよね。だから少し強引に行きますよ」
固まるエリカを余所にアイシアは手の平に『力』を集中させていく。
それはアイシアの体全体から溢れ出し、どんどん拡散されていくように広がっていく。
その余りの力の強大さに音姫はビクッと体を震わせ、呆然と立ち尽くしていた周囲の人達をも巻き込んでいく。
「さぁ、深々と眠って貰いますよ―――――全員」
微かに香る桜の花びらの臭い。
この場に居る全員がその匂いを感じた。
そしてその感覚を最後に、この場は一時的にアイシアの支配の元に置かれた――――。
「ぁ?」
気の抜けた声を出しながら、義之は携帯を片手に頭の後ろを所在無さ気に掻いた。
視線を四方に走らせ周囲の確認。最後に自分の体が無事かどうか軽く跳躍してみた。
「よっ・・・と、何も問題は無ぇな。しかし――――」
なんでオレはこんな通学路にボサッと立ってるんだ? 確かオレは中庭に居た筈だ。音姉を叱咤し、その帰りを待っていた。
そして適当に写真撮影をしてウロウロしてたら・・・・これだよ。不思議現象を嫌という程味わってきたから別にパ二くりはしないが多少困惑はする。
一瞬周りが光ったと思ったら瞬間移動にみたいに此処に立っていた自分。夢遊病という線も考えられるが、恐らくは魔法の効果で此処に居るのだろう。
「つーかこれで夢遊病とかだったらヤバいな。眠った記憶が無いからナルコレプシーの症状も併発した事になるし、クスリでもキメない限りそんな事に
なる筈ないんだが・・・・うーん」
思わず考えてしまう。可能性はゼロではないのだから、そういう事があっても不思議ではない。
今まで十分過ぎるくらいに摩訶不思議な出来事に触れてはきたが、魔法というモノの知識が不十分な為断言が出来なかった。
知識というものはいくらあっても十分にはならないが、最低限判断出来るラインの情報は欲しかった。その点、義之はそのラインに達していない。
何時だったか―――アイシアが義之に魔法を教えようとしたが、すぐに彼は飽きてしまいアイシアのスカーフを弄繰り回した事があった。
「あの時は大変だったなぁ。アイシアの野郎魔法で人形を一斉にオレに掛からせやがって・・・・ホラーよりも怖ぇぞ」
無表情な人形たちがワラワラと追いかけてくるその様は、さすがの義之も背筋がぞわっとした事を思い出した。
その記憶を振り払うように、とりあえず周囲の状況を確認しながら道なりに歩いていく。空は晴天で春風が義之の頬を撫でていった。
風がさっきより冷たい気がするな――――感じる違和感、しかし慣れた違和感だ。もしかしたらと義之は今のこの状況の推察を始めていき時計を見た。
「時刻は朝の八時前。あり得なくはないが、多分また違う世界にオレは―――――」
「義之ぃーっ!」
「あ?」
聞き覚えのある声が聞き覚えの無い声音で聞こえてきた。まるで知り合いの声を変声機に掛けられた様な腑に落ちない声。
また更に違和感を感じながらも、義之は声の出所に視線を向ける。見ると公園の向こうの方から走ってくる女が居た。
はぁはぁと息切れを起こす勢いで駆けてくる金髪の女。ロングの髪を四方に広げながらこっちに向かってきている。
あぁ、なるほど――――そういえばそうだったな。最初アイツに会った時はこんな感じだったっけ。
義之は納得したように息を漏らし、その女・・・・エリカの方に体を向けた。
「はぁ・・・はぁ・・・や、やっと追いつけましたわ」
「朝から短距離ダッシュとは恐れ入るな。朝は内臓が活発に動いてないから痛めるぞ、腸とか」
「う、うるさいわよっ。今日は風邪を引いてお休みだという話なのに、なんで普通に歩いているか・・・・説明して下さないかしら?」
「あぁ? 風邪・・・って言われてもよ」
「電話で確かに聞きましたわよ、今日は具合が悪いから休むと。体の具合が良くなったの?」
「――――――まぁな。日頃の行いの所為か漢方と薬剤ガブ飲みしたらお蔭様で完全に治った。最高に気分が良いよ」
「なんてかえって体に悪そうな組み合わせなのかしら・・・・・まぁ、いいわ。こんな所で立ち話も何ですしさっさと行きましょう」
納得いってるのかいってないのか、エリカは半目で軽くジトっと見詰めて先を即すように歩き出していく。
物凄い懐かしい気分になりながらもオレもその横に付いて歩く。チラッと横目で窺うと偶々目が合い、サッと避けられてしまった。
なんというか・・・・ある意味感動を覚えるな、オイ。最初会った時はツンツンしててやかましい女だった事をおぼろげに思い出した。
そして改めて確信する―――ここはまた違う世界なんだと。自分の願いは各女性との未来図、もしかしたら次々に世界に移動していくのかもしれない。
(適当過ぎだろうが・・・あの世界の音姉もいきなりオレが消えちまって驚いてるだろうし、なんだかなぁー・・・・まぁ、オレがそもそも悪いんだけどさ)
「・・・・しかし、なんで妙に強気なんだかお前さんは。もう少し愛想良くしたらどうだよ、お姫様?」
「だ、黙りなさいなっ。私はね、元々こういう性格なのよ。失礼ですわ全く」
「政治に携わるヤツは大概二面性を持ち合わせてる。仕事用とプライベート用にな。お前もゆくゆくは国引っ張るんだからそういうの覚えとけよ」
「――――お生憎様。私は私ですし、そんな風に顔をコロコロと変えてたら誰の信用も置かれないですわ。そんな顔色を窺う貴族なんて笑いモノ
になるがオチ・・・・と、思うけれどね」
「切り替えをしっかりやれって意味なんだけど、まぁいいや。人の顔色を窺って仕事したくないってのはオレも同感だし。難しいけどな」
「ふんっ。何故だか知らないけど今日の義之は中々面白い事を言うのね。いつもはのんびりした感じでそこまで考えている様には見えないのに」
だからなんでそんなに尊大なんだか・・・。思えばいつもオレの脇に居るあのエリカも強気な女だった。
みんなオレの影響の所為だなんだ言うがフザけてるよなぁ、元々エリカは我が強く引く事を知らない女だった。
オレも我が強い方だと思うけどエリカには頭が下がる思いだ。あれだけ畏れないでオレに詰め寄ってくる人間なんざ他に居ない。
茜はまだ引き際は分かっている方だがエリカには際限が無かった。オレがあれだけ言っても言う事聞かない女なんて初めてだよ・・・。
そんな元の世界に居るエリカと、この脇に居るエリカを比較しながら通学路を歩き―――手に温かい感触。エリカが手を繋いできた。
「・・・どうした? オレと仲良く手を繋いで甘酸っぱい青春を謳歌したいのかよ、お姫様」
「別にいいでしょっ。私と義之は『付き合って』いるんだから」
「・・・・・・・」
さっき何で視線を逸らしたかようやく分かった。単なる照れ、エリカの顔は朱色に染まり口を尖らせみなまで言わせるなといった具合だった。
大体予想していたがどうやらここの世界の桜内義之はエリカと男女の仲にあるようだ。お互いの匂いが分かるまでの接近した距離、友人の距離ではない。
残った片方の手で頭を掻き何とも甘酸っぱい雰囲気に居心地の悪さを感じる。良くも悪くも、自分には縁の無いものだったからだ。
みんな肉食系っぽい女ばっかだからなぁ・・・。美夏ぐらいか、初々しい反応をよく見せてくるのは。
「お手を繋いで登校かぁ。周囲の目を気にするカップルじゃ成立しないハンドシェイクなんだが、気にならないの? お前」
「わ、わ、私は気にしませんわっ! えぇ、気にしません。全く」
「ふぅん」
「そういう義之こそ恥ずかしがって手を離さない様にねっ! 貴方は変な所でウブというか照れ屋というか・・・」
「別に気にしねぇよこんぐらい。好きな奴と手を繋いで歩くってのはどの国や地域に行ってもポピュラーな行為だ。別段気に留めねぇって」
「そうなの? わたし、あんまり此処と自分の国以外の事には疎くて・・・」
「世界事情を知ってる奴なんてそうはいない。ネットで得た偏った知識を披露しないだけマシだが・・・・そうだな、恋人なら恋人繋ぎを
するのもアリだと思うぜ。アメリカさんじゃよくやってるし」
「恋人繋ぎ? どういうのかしら、それ」
「お互いの手首が自分の方に向かい合う感じに繋ぐ方法だ。そうすると体がより密着してラブくなる。こんな感じにな」
「あ・・・・あわわっ」
ギュッと手の握りを返し体を近づける。エリカの顔が更に真っ赤になり目を見開いた。
しかし手を離そうとはせず、目をギュッと閉じ握り直してくる。羞恥心を我慢しているみたいだ。
相変わらず融通が利かない性格みたいで微笑ましくもある。こんな顔なんてもう見れないと思ったからなぁ。
「じゃあ、ちゃっちゃと行くか。こんなところでイチャイチャしてても仕方無ぇ。こういうのは部屋で二人っきりの時に限るしな」
「あ、ちょっと待ちなさいなっ。なんでか知らないけど今日の義之、ちょっと色々変よ」
「彼女が出来ると男は強引にもなるんだよ。勉強になったろ?」
手をグイグイ引っ張って先を目指す。他人の彼女を良い様にしている様でちょっとアレだが、ギリギリセーフだろう。同一人物的に。
慌てて同じ足並みを揃えるエリカの小言を聞きながら学校の方に目を向けた。また何か面倒臭い事起きなきゃいいけど・・・・どうなるやら。
「ん?」
「どうしたのだ、桜内よ」
「何故人は争うのか疑問に感じたんだよ。もしかしたら急に宣戦布告されて日本が戦争の渦中に巻き込まれるかもしれないだろ?」
「全く脈絡が無く唐突に話を切り出すのは脳の老化が原因だと言われているが・・・さて、どうしたものか」
「確か日本人はアルツハイマーより脳の血管が詰まる脳梗塞寄りの病気が原因でボケるんだっけか。煙草止めた方がいいのかもしれねぇな」
「ほう――――桜内は煙草を嗜むのか。実は俺も最近少し吸いだしてな。銘柄を良かったら教えて――――」
そう杉並が切り出した所で、お手洗いから帰ってきた小恋がすっと教室に帰ってきた。
偶々オレ達と目が合い、とことこ興味が惹かれたのかこちらに歩いて来る。どうでもいいけどコイツは良いおっぱいしてるな、どの世界に行っても。
「何の話してるのぉ、二人とも?」
「世界の為替相場の話」
「株式発行の手続き、またはそれに関わる法律の改善提案についてだな。月島よ」
「え、んーと・・・・お金の話なの、かな?」
「はぁ、小恋。この二人のいう事は真面目に受け止めちゃ駄目よ。なんでか今日は義之も結構ふざけてるみたいだし」
「ええっ、そ、そうなの義之?」
「杏の話を真面目に受け止めるなよ。そうやって言い包められて今まで酷い思いをしてきたのを忘れたのか?」
「そ、そうだよね。よかったぁ、義之に嘘を付かれたのかと思ったよ」
「オレがそんな事をする訳無いじゃないか。誰かさんと違って」
「・・・・」
ぴくぴく体を怒りで震わせる杏。日頃の行いの所為だな。いつも毒吐いて他人を弄ってるからこんな事になる。
やっぱりオレみたいに誠実でないと――――杏のその様子をチラッと横目で見て、オレはさっき聞こえてきた喧騒のした所に耳を傾けた。
場所は階上、そんなに遠くない距離だった。上級生のクラスの様だが喧嘩の雰囲気はしない。というか女の黄色い声が大きかった気がするが・・・。
「失礼します」
「ん――――エリカか。なんだ、こんな中途半端な休憩時間に」
「べ、別に私がどの時間に来たっていいでしょう」
「そりゃ、そうだが・・・」
「駄目だよぉ、義之くん。折角恋人のムラサキさんが彼氏に会いに来てくれたのにそんな冷たい態度じゃ~」
「からわないでくださいなっ、花咲先輩!」
「・・・ふふっ、そんなに照れる事もないでしょうに」
「こんにちわぁ、ムラサキさん」
さっきの崩された体制を取り繕うように杏が早速エリカに絡み始める。
そこに小恋も混ざり、あっという間に会話の流れが出来上がる。男のオレが中々に入り辛い流れだ。
女四人がくっちゃべてるんだから仕方無ぇが、時折エリカがチラチラとオレの方に視線を寄越してくる。
この教室に来たのはオレと喋りたいってのが理由だと思うが――――女同士の交流を邪魔すると後々面倒臭い事になるしなぁ。
「混ざらなくていいのか桜内よ? エリカ嬢はお前に会いにきたのだと思うが」
「今入ったら会話の流れが止まって話題がオレの話になるだろうが。面倒なんだよな、話のネタにされるのって」
「ほう、今日の桜内は中々に目敏い。その調子で噂の転校生の事も知っているのではないのか?」
「あぁ、転校生?」
「うむ。男一人に女二人、ヨーロッパの方から留学しに来ているらしい」
「どんだけこの学園は国際色豊かなんだか・・・。受け入れ体勢整えるのだって金が掛かって仕方ないのに。さくらさんも物好きだな」
「自身がこの学校に来た時に割かし良い待遇をさせて貰ったのだろう。学園長の温情、ここに極められたりだな」
「だな。まぁ、良い事だと思うぜ」
自分が受けた恩を他の人にも共有したい。善人の行動。オレはとてもそこまで出来ないだけに尊敬する部分があった。
オレの元の世界のさくらさんも何だかんだ言いつつそういうのには懐広かったっけ。金が金がーって騒いでたりもしてたけど。
あの人は金は使う時にはとことん使うから見ていて気持ちのいいものがある。金ってのは使わないと自分に回ってこないから正しい行動だ。
「ちょっと、義之。貴方もそこに居ないでこっちに混ざりなさいな」
「早速お呼びが掛かったな、桜内よ。それじゃ俺はこれで――――」
「何言ってんだ、お前も来るんだよ。お前の場合みんなと少し距離を一定に保つ癖があるよな? そういう一歩空いた所で冷静になれる人間は
必要だとオレも思うが偶にはくだらねぇ話でもいいから付き合えよ。案外楽しいぜ? 最近オレも気付いたけどな」
「むぅ・・・少し非公式新聞部の情報を集めたかったのだが、致し方あるまい。桜内の言い分も一理あるし少し混ぜて貰うとするか」
「そうしとけ。後は渉でも呼んで――――」
と、渉の姿を探そうと目を周囲に配らせ―――――、
「失礼する」
「失礼します」
「・・・・」
一人のイカれた男と、その従者らしき女子二人が入ってきた。
「ぶっ」
「わぁ~お、なになにあの人!? すっごいカッコいいんだけど!」
「あら、例の留学生かしら。本当に王子様っぽい恰好ね。浮いてるけど」
「うわぁー・・・・すごい男の人だなぁ」
エリカが吹き、周囲の女性陣も黄色い声を上げている。なるほど、こいつがさっきの騒ぎの原因か。
金髪にブルーの瞳、上下は白のジャケットにスラックス。見た感じからして『王子様』っぽいな。金髪コンプレックスの日本人からしたらさぞ
美麗に映るだろう。雰囲気もキリッと引き締まってるし女にモテそうな男だ。
洗練された挙動で二人の従者を引き連れて歩く姿はタダ者じゃない――――んだが・・・・、なんだコイツ。杉並も物珍しそうにその転校生の
事を見やっている。ここはパリのコレクション会場でも何でも無ぇんだぞ。なんでそんなに気合が入ってんだか・・・・。
「に、兄様・・・?」
「やぁ、エリカ。久しぶりだね」
「何故ここに・・・。そんな連絡等、入ってませんわ」
「兄がここに来てはいけないのかい? これでもエリカに会えるのを楽しみにしていたのだが・・・」
「い、いえ・・・そう訳では無くてっ」
って兄貴かよっ。なんとなくエリカの反応からして分かっていたけど、随分変わった兄貴だな・・・。
公式に留学って事はお忍びじゃないんだろうが、普通は目立たない恰好をするのが普通だ。目立って仕方ないぞこれ。
エリカは戸惑いながらも、兄貴と会話を進ませていく。別段嫌っているわけではなさそうだが混乱の方が大きいみたいだ。
そしてチラチラと周囲の人間の眼を気にし、どう説明していいものかと困っているエリカ――――しょうがねぇ、間に入ってやるか。
オレも興味があるし何より彼氏である『桜内義之』と彼女のエリカの家族との初対面だ。良い印象でも残してやるか。気まぐれで、だけど。
「どうもこんにちわ、エリカさんのお兄さん」
「よ、義之?」
「ん、君は誰だね? エリカと仲良さ気な間柄らしく見受けられるが」
「はい。自分は桜内義之と言います。エリカさんとは・・・・まぁ、恋人という間柄ですね。お付き合いさせて頂いてます」
「なっ―――――」
「・・・・ほう、エリカの恋人・・・か」
「はい」
さて――――どうでるかな。いきなり傲慢に扱き下ろしてくるか罵声を浴びせて貶めてくるか、またその両方か。
エリカは更に混乱したように固まり、兄貴の野郎は品定めするようにオレに視線を浴びせてくる。嫌な視線だ、好きじゃない。
だからオレも首を横に掲げてポケットに手を入れ、適当な体たらくに居直った。その横の従者は厳しい視線を送ってくる。おっかねぇー。
そんなオレの態度を見て、本性に気付いたと言わんばかりに目が少し険しくなる王子様。顔が良いだけに中々の迫力を醸し出している。
「随分不作法な感じの男だな。年上を敬う気持ちが全く無い様だね」
「わりぃが驕慢な態度には無徳で返す事にしている。ファーストコンタクトで名前の交換も出来無ぇ男には、まぁ、礼節正しく振る舞う事無いだろ」
「なるほど、その通りかもしれない。けれど私は警戒心が強くてね。まずは相手の素性を知らなければ名前の交換もしたくないのだよ。悪いのだが」
「その気持ちも分からなくは無いな。確かにお互い自己紹介しちまったら会話を進めなきゃいけなくなる。要らない言葉や必要じゃない言葉も交わ
らせて相手に余計な情報を与えちまう。オレもよくお袋に言われるよ」
「ほう、君の母君はそんな事を?」
「知らない人と喋っちゃダメだよボクぅとか頭を撫でられながらめっ、されるんだ。ウケるだろ?」
「・・・・・」
脇に居る従者――――キレ長の目をした女が詰めるようにこちらに向き直ってくる。
オレはそれに対して、夜中キャッチで声を掛けてくるホスト崩れにやるみたいに手を振ってうざったそうにした。
「人と話してる時にシャリシャリ間に入ってくるなよ。このボケ、張っ倒すぞ」
「―――――ッ!!」
「ジェイミー。下がりなさい」
「・・・・・はい」
殺気立つ切れ長い目をした姉ちゃんを引っ込める王子さん。つかマジおっかねー。貴族の従者をやるって事は本場の人間、喧嘩したら普通に負けるな。
そんな事を考え態度は変えずに相対する。周囲はいつの間にか静まり、事の成り行きを黙ってみている。というか口を挟めない空気だし仕方ない。
エリカもさっきから泡喰ってるように挙動不審気味だ。どうやらこの世界のエリカはあまり度胸は無いらしい。もっと鍛えておけよな。
「大体分かった――――桜内くん、だったか。エリカの恋人が君みたいな人とは・・・・些か驚いたよ」
「オレも驚いた。まさかこんな学校にそんな上等なジャケットを着て登校とはな。目立ち過ぎだぞこの野郎」
「・・・・そうかな?」
「一目見て素材が違ぇし下のシャツも軽くラメが入ってる。安っぽい適当なラメじゃなくてな。だがTPO弁えなきゃそんな服も途端に場違いになる。
そういうのは洒落たバーか女と歩く時だけにした方がいいぜ。じゃなきゃ馬鹿に見える」
「ふむ・・・そういうものか。しかし君も結構良いシャツを着てるな、それは良いのか」
「オレは馬鹿だからいいんだよ。着たい物着て満足してるんだ。放って置け」
「――――難しいな、日本という国は」
考え込む様にふと視線を下げる金髪の男。何故だか知らないが杉並と話してる時みたいな会話のテンポだ。
「まぁいい。そろそろ授業が始まるしそろそろ立ち去るとしよう。日本の授業というものは初めてなもので、頑張らないとな」
「日本の授業は変な閉塞感があるっていうのが外国人からよく聞く評判だ。適当に授業受けてた方が身に入るぞ、王子様?」
「・・・・御忠告ありがとう。ちなみに私の名前はリオ・フォーカスライトという。以後、お見知りおきを」
「では」
颯爽と毅然とした様子で立ち去っていく王子様――――リオ達。それでやっと皆の気が抜けたのか緊張が解れていく。
(フォーカスライト・・・・ムラサキじゃねぇのか。腹違いの兄妹か何かなのか。貴族はそういう所が面倒くさいよなぁ)
にしても――――結局、名乗ったな。オレという人間を認められたのか、あるいは取るに足らない人間だと思われたか。
オレ個人としては中々面白かったけどな。貴族の王子様と話す機会なんて無いしこういう風にやり合うのは嫌いではない。
自分の度胸試しという点もあって話し掛けたがその点も満足している。高圧的だけど威圧的じゃないから随分話し易かったな、そういえば。
「・・・・さて、と」
「よ、よ、義之っ!!」
「なんだよ。エリカお嬢様」
「今のどういう事か説明してくれないかしらっ? なんでお兄様と口喧嘩し出したのか、そもそもなんで恋人なんていきなり切り出して――――」
脇に居るお姫様の方があのリオとかいう男より面倒だな―――そんな事を思いつつ、そういえば良い印象は残せたかなとオレは頭をぽりっと掻いた。
頭痛がする。吐き気もした。この症状は風邪を引いた時に掛かる時とよく酷似しているとぼんやりとした頭で考える。
寝返りを打つようにごろんと転がり、ここがどこだか把握するのに一瞬考える。見覚えのある家具にベッド、自分の部屋だった。
顔に掛かる金髪がややうっとおしいが、義之に褒められた自慢の髪――――切るのは以ての外だ。ベットから下りて台所に向かう。
ゴクゴクと水を飲み干し居間に向かうと、音姫先輩とアイシアさんがドラマに夢中になっていた。私に気付く様子は無い。
「これ、最後刺されますよねぇ。二股掛けた挙句、正論っぽい事言って誤魔化そうとしてますし」
「うーん・・・優しいから迷ったみたいな描写ですけど、どうなんでしょう。しょうがない様な気もしますが」
「甘いです、音姫さんは甘いですよっ。こんな男性は本当に碌でも無いに決まってるんですから!」
「そ、そうですか。確かに約束の日に片方の女の子を放り出したのは良いと言えませんけど・・・」
「出来ない約束なら最初からするなって話ですよ、それこそ。優柔不断だからこんな面倒な事になるんです」
「なるほど。その点、弟くんはどうなのかなぁ。弟くんなら色々細工してどっちにも会えるように都合する様な気がするけど」
「いや、それはそれでどうかなと思いますけど・・・・・・・・あ、エリカさん。おはようございます。今お目覚めですか?」
「あ、刺された――――じゃなくて、だ、大丈夫なのエリカちゃん、起き上がったりしてっ?」
「・・・・ええ、少しフラフラしますけれどね」
「強引に魔法を掛けましたからね。ま、暫くしたら治りますよ」
「ごめんね、エリカちゃん・・・」
「いえ」
確か最後に覚えてるのはアイシアさんの小さく力強い手と、射抜くようなルビー色の宝石のような眼だ。
ソファーに座る直前チラッと横目で彼女を見やるが、素知らぬ顔でテレビにまた目を向けている。怒ってはいないみたいだが・・・・。
「―――――ご迷惑をお掛けしました、アイシアさんに音姫先輩」
「ま、全くだよぉーっ、いきなりの事で本当に驚いたんだから」
「すいません、猛省しています。確かに軽はずみな行動だったと自認しています」
「エリカさん」
「・・・・・はい、なんでしょうか」
「次やったら置いていきますよ」
テレビから視線を逸らすことなく宣告するアイシア。それを受け、若干頭を垂れるエリカ。
音姫はその空気を受けて所在無さ気に手を上げ下げし、結局膝の上に戻す。言いたい事はあるがここは黙っていた方が良いと判断した。
庇う場面ではない――――また、もう一回同じ様な事が起きるのは避けたい所である。次も今回みたいに無事で済む可能性は無いのだ。
殊勝にしているエリカを横目で見てアイシアはふっと息を漏らす。くるっと回り佇まいを正す。
「まぁ、エリカさんの事ですし。次に今回の騒ぎの元となった事がもう一回起きたら同じ事を起こすんでしょうけど。少しは自重して下さい」
「――――善処します」
見切られてるな、私が考えている事。アイシアさんはどこか疲れたような表情でまたテレビに見向いた。
義之と最近家でも外でも一緒の彼女、きっと義之も同じような事をしたに違いない、アイシアさんの今までの対応はどこか慣れたものがある。
まぁ・・・好きな男の子と言う事を聞かない生意気な女じゃ、圧倒的に私の方が厄介者でしょうけどね。次は迷惑を掛けない範囲で事を済ませるとしよう。
「あーまた何か悪い顔してるなぁ、エリカちゃん。そういう所ばかり弟くんに似るんだからー。本当に反省してる?」
「ええ、してます。私に汚辱を着せた輩を痛めつけた件は全く気に留めてませんが、こうしてアイシアさんと音姫先輩にご迷惑を掛けた事については
詫びる言葉が見つかりません。本当に申し訳ありませんでした」
「そ、それはそれでどうかと思うけど・・・。あの後アイシアさんが魔法を使って、皆を収めたんだからね。全員の記憶を上手い事消去してあの女の子
の傷も治した。かなりすごい魔法の使い方と力で私も驚いちゃったけど」
「・・・・・」
「駄目だからね。傷が治ったからって、もう一回やり返しにいくのは」
「・・・ふぅ、分かってます。大丈夫ですよ、音姫先輩」
「本当かなぁ~・・・・・」
外見の傷と記憶は消せても心はそのショックを覚えている。義之に聞いた話だと、心の傷は絶対に短期間では治らないとの事だ。
そう考えれば多少の溜飲は下がるが・・・・やっぱりまだ心の靄が取れない。あれだけ盛大に髪を汚され、指輪もベトベトのままで・・・・、
「って、あら? そういえば別に髪とか汚れてないし、指輪も・・・・」
「私がついで綺麗にして置きましたよ。魔法でですけど。さすがに汚れたまま連れ戻せないでしょう、道中音姫さんがエリカさんを担ぎましたし」
「・・・・重ね重ね、何から何まですいません。アイシアさんの暖か味に感服致します。音姫先輩も私なんかを背負わせてしまって・・・ありが
とうございます。無事帰りましたらちゃんとしたお礼を差し上げたいと思いますわ」
「あ、いや、別に大丈夫だよ? エリカちゃん軽いし、こういう時の為の先輩だもんね! あはは」
「まぁ、また暴れられたらたまりませんからね。それを考えればこれくらいの事別に大した事じゃないですよ。子供のお守りも楽じゃありません」
「・・・・・・・・」
「ん――――ひぁわ!?」
「え、エリカちゃん!?」
アイシアのスカーフをむんずと掴み、無言で引き揚げるエリカ。アイシアがパタパタと暴れるがエリカは離す様子は見せない。
どうやら最後の台詞が少しカチンと来たらしい。手加減しながらもグイグイ引っ張るその様は、いつもの彼を思い出す。
音姫が止めに入り、ようやくアイシアから手を離すエリカ。涙目になりながら睨んでくる彼女に対し涼しい顔で相対する。
「すいません、埃が着いてました。余りこの部屋は掃除してませんものね。どうやらこの世界の私は少しだらしが無い様で」
「こ、この似非義之みたいな性格して・・・! 本当に連れて行きませんからねっ、次の世界に!」
「―――ん? 音姫先輩、次に行く場所が分かったんですか?」
「え、ええ。アイシアさんが根気よく調べてくれたので弟くんの居場所が分かったよ。まだ、其処に居るといいんだけど」
「そうですか。なら早く行きましょう。私の体調は問題無いですしやり残した事も特に無いです。早く義之を見つけないと」
「こ、このっ―――――」
「場所は枯れない桜の木の所で良いんですわよね? 音姫先輩」
「確かにそこだけど・・・・後でちゃんと謝った方がいいよ、アイシアさんに」
「帰ったらそうしますわ。それじゃ、お先に失礼します」
本当に体調が元に戻ったのか颯爽と出ていくエリカに音姫はため息を漏らす。
悪い子じゃない、悪い子じゃないのだが少し前より我儘というか唯我独尊な気が見られる。
元々気が強い所があったけれど殆ど弟くんの影響だろう。帰って少し弟くんに窘めて貰わなといけない気がする。
まぁ・・・、とりあえずは弟くんを見つけないとそれもままならないんだけど。
これから先の事に思いを馳せつつ憤慨して頬を膨らませているアイシアさんをどうしようかと、私は思案気に頭に手をやった。
春になったと言っても当然夜になれば冷たい夜風が身体を凍えさせる。だから花見会なんてやる時はダウン等を来てやり過ごす
のが当然だ。そうしなければ風邪どころかそれ以上に具合を悪くする事がある。
体が弱い奴なんざ酒飲んだままぶっ倒れて救急車に運ばれる光景もまた珍しくも無い。新社会人が無理矢理飲まされ、潰されて
酷い目に合い、また同じことを後輩にやらかす。負のスパイラルだ。
まぁーなんにせよ、そういう寒い時は体を動かすに限る。体力を消耗するが身体は暖かくなり内臓器官の動きも鈍くならない。
普段から運動をやっておけばその効果は増し、より健康な体に近づく。持続しなきゃ意味は無いが。
「良い運動になったな。身体が興奮して血液が全身を駆け巡ってるのが分かるよ。今夜はよく眠れそうだ」
「・・・ぐっ・・・・、この、野郎っ」
「きたねぇ息吐きながら喚くなよ。猿野郎」
地に伏せ、血を流しながら怨嗟が籠った言葉と視線をぶつけてきたので下から掬い上げるように蹴りを入れる。
犬のような悲鳴を上げて転がるその様は見ていてとても愉快だ。いつか見たスイッチを入れると勝手に動き出す人形にそれは近い。
他にも男二人は居たが同じように呻きながら這いずりまわっている。さすがに鉄パイプでしつこいぐらいに叩き回したから効いてるな。
「て、てめぇっ・・・! 死んだらどうしてくれんだよっ」
「アホか。死んだら何もしてあげらねぇっつーの。もしかして葬儀の話か? だったら適当にそこいらに埋めといてやるよ。親も余計な
金を掛けなくて安心するだろうし」
「い、イカレてるのかお前っ? いきなり背後から鉄パイプで襲い掛かってきやがって・・・・ぐっ」
「ああ、オレはイカレてる。実は次買う薬の金が足りなくてよ。お前たちの内臓でも掻っ捌いたら売れるかなと思ってさ」
地面に落ちていた相手のナイフを拾いチラつかせる。それで多少たじろいだのか、男達は口を閉じ目を忙しなく動かす。
まるで負け犬みたいな行動――――間違っちゃいない。卑怯な方法でも何でも地面に倒れているのだから負けは負けだ。
「なぁ、これでお前たちの体バラしていいか。実はそのバラす感触もオレは実に好きなんだ。あの柔らかい肉をぶった切る感触がとても
堪らなく心地が良い。お前らみたいなゴミカスでもそれは変わらない―――――生きてるんだからな」
「く、くそっ。おい、早く行くぞ。こいつマジでイカレてやがる」
「あ、ああっ」
「おい待てよっ、置いてくなって!」
負け犬らしく遠吠えを吐き、よろけながら去っていく男達。いつもなら報復を危険視して追いかけて徹底的にやるのだが、別に自分はここの
住人ではないので気にしない。ここのオレには迷惑を掛けるかもしれないが・・・・、あの様子なら大丈夫かな。
手に持っていたナイフを懐に仕舞い鉄パイプを足で路肩に寄せる。しかしアイツら本当にオレがイカレてると思ったのかよ。話が出来てる時点
でマトモだって分かりそうなものなのに。まぁ、最近は会話が成立しても発狂したみたいに暴れる奴も居るけどな。
首を後ろに回し、電柱に寄り掛かりプルプル震えている金髪のお姫様を見て嘆息する。両手を掲げて危険は無いとジェスチャーをした。
「そんなにビビらなくても何もしねぇっつーの」
「よ、よ、よし、ゆき・・・」
「一応これでもお姫様を守る為にナイトを気取ったんだ。そんな態度を取られたら傷つくよ。剣は無かったから鉄パイプを使ったけどな」
最初は軽いナンパだった。軽い感じの男数人がエリカに声を掛けていた。それなら何も問題は無い、興味無い振りをして過ぎればいい。
実際にエリカは丁寧に相手の申し出を断り撒こうとしていた。だが男達は面白くない。それが高慢な態度に映ったのだろう、ナイフを取り出し笑みを浮かべた。
サッと表情を青白くさせるエリカ。ただの脅しだったのだろうがエリカにはそれが分からない。それで気を良くしたのか男達ははしゃぎながらエリカの手を引っ張った。
それを後ろから観察していたオレ。何もなければそれで良いと思っていたがそうもいかなくなった。近くにあった鉄パイプを男の肩に思いっきりフルスイングする。
後は簡単だ。急な登場人物にぼけーっとしていた男共を適当に蹴散らした。もう二度とエリカにはちょっかいを掛けないだろう。
「な、なにがナイトですかっ。あんな風に暴力を――――」
「じゃあ口で説得するか? 止めて下さい私は着いていきませんハイさようならって感じでよ。それで納得してくれるならそれに越した事は無いけどな」
「それは・・・・、でも」
「お前には分からないかもしれねぇけど、ああいう奴等ってのは言葉ってのが通じねぇんだよ。馬鹿だからな。その上面子は大事にしたいと考えている。
ナイフを出した手前引っ込めたら恰好が付かないとか考えてるんだよ。アホ臭いだろ? けど馬鹿だからそれさえも分からない。お前も少し突き放す
様な感じだったから更に始末に負えなくなった――――次からはよ、普通に彼氏が居るとか適当に言え。真面目に返すとお高く留まってるように見え
ちまう。難儀かもしれねぇけどそれが一番だ」
「ちょ、ちょっと・・・」
捲し立てるように言った。何か言いたそうだったので口上を封じる。どうせ正しい論理がどうのこうのという話だろう、面倒臭い。
そんなオレの態度を見通したのか、エリカは黙り文句あり気な顔で見詰めてきた。美人は良いよな。こういう顔も有りなんだからよ。
とりあえずエリカの手を引いて立たせる。オレが暴れた時に地に伏せていた所為か、服が埃だらけだった。パパッと軽く落としてやる。
「ちょっと動くなよ。今払ってやるから」
「あ、ありがとう・・・。さっきの件も色々言いたい事はあるけど・・・・感謝してるわ、少しだけ」
「少しだけかよ」
「あそこまでやる必要は無かった筈だわ。あの男の人達の中に、骨にヒビが入っている人が居る。適当に追い払えば良かったと私は思うわ」
「またその話か。いいか、まず第一にオレは喧嘩は物凄い強いって訳じゃ無い。手加減すればオレが返り討ちに合うだろう。それにああいう連中
は中途半端にやったら絶対に報復に討って出る。ホラ話じゃない、今までの経験上それは絶対だ。神に誓ってもいい」
「・・・・・分かったわ、一応納得しとく」
いや、絶対納得してないだろ。唇を尖らせ不満気なアピールをするエリカ。こいつにはこいつの考えがあるし、強要はしないけどオレも言い分を
変えるつもりは無かった。アイツ等の気性からして絶対に名誉挽回とか言って人数を連れてくる。
だからオレはある程度徹底的にやったし、イカレた振りもやった。エリカもよく考えれば分かる筈なんだが・・・・仕方無いか。まだこのエリカ
はそういう事を知らない。それにやり過ぎだという意見も最もなので特に何も言わなかった。
「よし、大体埃が落ちたな。後はクリーニングでも掛けとけよ」
「分かったわ――――ねぇ、義之?」
「なんだよ」
「貴方って、本当に義之かしら。全く雰囲気も違うし服の趣味嗜好も違う。別人じゃないの」
疑問形じゃない、断定するような口ぶり。
エリカの眼を見ると真剣な眼差しでこちらを見やっている。まるで誤魔化すのは許さないと言わんばかりだ。
さすがに疑問を持たれたかと思うオレ。そうだよな、彼氏の変化にいの一番に気付くよなそりゃあ。
しかし、どうしたもんか・・・・。オレはしばらく考えるように顎に手を添える。
そんな事してる時点でイエスと言ってるようなもんだが・・・・さて。
「そうだけど――――それがどうかしたか?」
「・・・・・・・・そう」
否定したら話がややこしくなると思い肯定した。エリカも先程のオレみたいに少し考え込む様に目を伏せる。
もうほとんど隠しても意味が無いと判断して言ったわけだけど・・・・、どうするのか。もしかして警察を呼ばれたりするのかな。
だとしたら普通に逃げるしかねぇな。今までお世話になった事は奇跡的に無いけど初めて捕まるかもしれない。とうとう前科者かなぁ、オレ。
その時の事を想像していると、エリカは顔を上げオレの目を見詰める。やや眉を下げてショックは受けているが思った程ではなかった。
「じゃあ、貴方は本当は誰なの?」
「桜内義之。それ以上でもそれ以下でも無い。オレはオレとしてここに居るがここの住人じゃない。何を言ってるか分からねぇと思うけど」
「どういう根拠で此処に居るのかしら。世の中にはドッペルゲンガ―なるオカルト的な物が存在していると聞いた事があるけど、そういう
モノなのかしらね」
「違うな。簡単に説明すると、オレはすごいすごい魔法の力でこの世界にやってきた別の世界の桜内義之だ。だから似て非なるものじゃ無い
というか完全に別人だと理解して貰えれば助かる。オレは別の世界の人間、ただそれだけの話だ」
「もしかして、私を馬鹿にしてるのかしら?」
「オレにしては珍しく正直に言ったつもりなんだけどなぁ。それに、だ。さっき助けてやったろ? だから信じろよ。オレが正義に熱く人
が困っていると助けずにはいられない人間なんだって事をよ」
「そ、それは確かに先程助けて貰いましたけど・・・」
「ならそれでいいじゃねぇか。別に害を及ぼすでも無し、ただ不思議な存在が其処に居る。それで説明が着く。もう少し頭を柔らかくしろよ」
「・・・・魔法、ね」
外国人のエリカだったらまだ日本人の奴より信じると思ったけど、まだ疑心暗鬼っぽいな。仕方ないか。いくら頭を柔らかくした所で目の前
の不思議な現象を受け入れるのは難しい。言っておいてなんだけどよ。
確かヨーロッパの方じゃ魔法の歴史はあるようなんだけどな。魔女狩りとか魔女宗といった宗教的な関わりがあるし根が深い。実際に魔法を
使えたかどうかは分からないが実際に20世紀半ばまでそういう問題が問い質され、学説なんかまで出来上がってる。
だからまた何か考え込んでいるエリカを見て、もしかしてヨーロッパ圏の奴じゃないのかとオレはふと思った。今まであれだけオレに迫りな
がらも自分の国の出自を明かさないエリカ。さくらさんは知ってるみたいだけど話してくれないし・・・・。
「確かそういう存在が居るとは又聞きしてましたわ、故郷で。だから一応信じて置く事にします」
「――――自分で言っておいて言うのもなんだけど、マジで言ってるのか? 今時魔法っつー言葉を信じるなんて子供か奇跡を信じてる宗教
団体だけだぜ。それともエリカの国にはそういった観念が基づいてんのかよ」
「別に私の国に目立った宗教はありませんわね。貴方の言う通り害を及ぼす訳でも無いし、実際に方法はどうあれ助けて貰いましたからね。
この場は納得する事にしましたわ」
「あー・・・・そうか。実際本当なんだけど納得いかねぇ、なんか。余りにも聞き分けが良すぎる―――と、思うのはオレが捻くれてるだけ
なのかな。大体どこの国出身なんだか」
「ど、どこの国かは今関係ないでしょうっ? ほら、家に帰りますから送っていきなさいな」
「かったりぃ。自分の男に送ってもらえ。こういう時の為の彼氏だろうが」
「いいからっ、さっさと行きますわよ」
腕をぐいぐい引っ張ってくるので面倒ながらもそれに逆らわず歩く。さっきの今で疲れているから無駄な力は使いたくなかった。
握られた腕は僅かに震えている――――なんだ、虚勢を張ってただけか。元々こいつはビビりの人間。よくオレの正体を突き止める気に
なったもんだよ。もしオレが危ない奴だったらどうするつもりだったんだか。
まぁ、正体が分からないという不安感は分かるけど・・・・しかし、その正体が魔法に寄るものだと言われたら普通は更に不気味だと思うんじゃねぇか?
腕を掴まれたままその話を振ると「魔法はあってもおかしくない」という素敵な返答が得られた。どうやらお姫様はロマンチストだったらしい。
「というか、貴方。よくあのお兄様にあんな口調で喧嘩腰で対応しましたわね。普通だったら気圧されるし、何かあったら脇に居る従者が動いてたわよ」
「別に。どうとでもなると思った」
「別にって・・・・はぁ、貴方は何も知らないのね。あのジェイミーって女性はかなり腕が立つ人間なのよ? 貴方なんかじゃ歯が立たないんだから」
「あの王子様は高圧的だが馬鹿じゃない。たかが『子供』の喧嘩に従者を使うって事はかなり浅はかであり、自分の品位を貶める事だと知っている筈だ。
だから何もしないとオレは踏んだし、実際にそのジェイミーって女の動きも止めた。あと気圧されるだっけか? しょうもない。ただ目を合わせて喋
るだけなのにたじろぐって事は、つまり、その人間の肩書に恐怖心を抱いてるって事だ。オレは変わり者の金髪の外国人と話しただけ。それだけだ」
「あ、あっそう。意外と考えてるのね・・・、感心したわ。度胸もあるみたいだし」
「普通に観察して頭を働かせれば分かる事だ。度胸も大した事じゃない。いくら王子様だからって日本じゃ権力なんか無いからな」
大体いくら外国のお偉いさんだろうが日本でそんなに横柄に振る舞う事なんて出来やしない。
此処には此処の法律があるし統治がある。そりゃご当地に行ったらさぞ喋る事も出来ないぐらい身分が違うのだろう。
だがここは外国の日本――――初音島だ。こんな田舎で偉そうにしてたら格式が知れる。ガキ大将と何も変わりはしない。
そんな言い合いはエリカの家の前まで続いた。エリカはオレの話をしきりに促してきたけど、そんなに聞きたいもんかね。
殆ど誰もが思いつく考えだし自分が特別だなんて思ってない。杉並とか杏というオレより頭の良い奴にそういう話を聞けばいいのにな。
「ふぅ、貴方って案外しっかりしてるのねそういう所。最初はただの不良かと思ったけど」
「ただの不良だよ。さくらさんに学費を払わせて学校行かせて貰ってる糞ガキだ。無理して上げなくていい。座りが悪くなる」
「それに謙遜して鼻に掛けないし・・・・彼女とかいないの? それとも好きって言ってくる女の子とか。モテそうだけれどね」
「女ねぇ・・・・。彼女は居ないけど、好きだって言ってくれる女は大勢居るな。ここ数年でいきなりモテだしたし」
「―――――うわぁ」
「聞いといて引くな。それに、その中にお前だっているんだぞ」
「え・・・えぇ!?」
「つーかお前が一番好きだ好きだ言ってくる。オレは真剣に誰と付き合うか考えてるんだが、エリカが一番アピールが激しいな。時々持て余す事がある。
他の女は敵だと思ってるし、誘惑をあの手この手でしてくるし、猟奇的とまではいかないがオレに心酔してるし、そりゃー嬉しいんだけどよ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいなっ!? 私が、貴方をっ、そこまで?」
「違う世界のだけどな。数年前は今のお前みたいな性格だが今は全然違う。オレを王族に入れようと躍起になってるよ、奴さん」
「詳しく! その話をもっと詳しく話しなさいっ!」
「えー」
かったりぃ。こいつもこいつでそういえば恋話とかにも口が煩かった様な気がする。
茜達とオレの居ない所でコソコソとティーン向けの雑誌見て話してたからなぁ。むっつりそうだから仕方無いといえば仕方無ぇか。
それに別の世界の自分の恋慕というものも気になるのだろう。オレも話すんじゃなかったなぁ、今からちょい稼ぎに出かけようと思ってたのに。
「オレこれから少し金手にいれようとしてたんだけどな。住む場所も違う世界だから無いし衣食も無い。さすがにこの状況じゃ何日か生活出来ない
からよ。今度暇がある時でいいか?」
「お金って・・・。どうやって稼ぐというのよ、バイトなんて出来ないでしょ?」
「蛇の道は蛇ってな。色々身分証明書なんてなくても金だけを稼ぐ方法ならある。聞きたいか?」
「ま、またそんな危ない事を―――――なら、ウチの隣が空いてるからそこに来なさいな」
「隣って・・・確か物置部屋みたいな所だったよな? 確かにあそこなら寝る分にはいいけど――――いいのか?」
「このまま放り出す訳にはいかないでしょ。何かの縁があってこうして出会った訳だし・・・・それに、私の前でそんな犯罪的な行為に手を染める
なんて度し難いですから」
「そこは確実にロンダリングしてくれる所で安全なんだけどな。汚い金も綺麗な金にしてくれる素敵な場所だといのに」
「い、いいから来なさいっ。まったく、どんな生活を送ってきたんだが」
ブツブツ文句を垂れ流しオレの腕をまたも引っ張ってくるエリカ。女っつーのはなんでこうも気が強いんだかな。
けれどとりあえず住処は提供して貰える。お姫様の気まぐれだろうけど。面倒臭い事にならないといいなぁ、と思いながらオレはエリカになされる
がままに着いていく。そういえば煙草切れそうなんだよな。ベットで気持ちよくしたら資金提供とかしてくれんのかなぁ、このエリカは。
そんなくだらない事を考えつつ、オレ達の後を着けていた気配が消えた事に気付き、エリカの腕を逆に絡めとってからかいに掛かった。