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No.13098の一覧
[0] D.C.Ⅱ from road to road (ダ・カーポⅡSS、ブラック風味)  完結[「」](2012/07/13 21:01)
[1] 1話[「」](2009/11/16 18:38)
[2] 2話[「」](2009/12/09 15:32)
[4] 3話[「」](2010/02/11 02:32)
[5] 4話[「」](2011/01/23 01:32)
[6] 5話[「」](2011/01/06 22:41)
[7] 6話[「」](2009/11/16 18:39)
[8] 7話[「」](2009/11/16 18:40)
[9] 8話(前編)[「」](2009/12/15 23:25)
[10] 8話(後編)[「」](2009/11/16 18:40)
[11] 9話(前編)[「」](2010/10/25 19:21)
[12] 9話(後編)[「」](2010/02/06 04:03)
[13] 10話[「」](2010/09/26 02:08)
[14] 11話(前編)[「」](2010/02/06 04:06)
[16] 11話(後編)[「」](2009/11/16 18:41)
[17] 12話(前編) 暴力描写注意[「」](2009/12/06 03:17)
[18] 12話(後編)[「」](2009/11/19 00:23)
[19] 13話(前編)[「」](2009/11/18 02:03)
[20] 13話(中編)[「」](2009/11/18 21:09)
[21] 13話(後編)[「」](2009/11/20 15:36)
[22] 14話(前編)[「」](2009/11/22 03:43)
[23] 14話(後編)[「」](2010/10/26 02:40)
[24] 15話(前編)[「」](2009/11/26 02:48)
[25] 15話(後編)[「」](2009/11/28 17:12)
[26] 16話(前編)[「」](2012/03/30 23:48)
[27] 16話(後編)[「」](2009/12/01 17:13)
[28] 17話(前編)[「」](2009/12/02 16:41)
[31] 17話(後編)[「」](2009/12/04 00:38)
[32] 18話(前編) 暴力描写注意[「」](2009/12/06 03:16)
[33] 18話(後編)[「」](2011/01/06 23:00)
[34] 19話[「」](2009/12/11 03:06)
[35] 20話(前編)[「」](2009/12/16 15:06)
[37] 20話(中編)[「」](2009/12/17 13:13)
[38] 20話(後編)[「」](2010/10/24 00:17)
[39] 21話(前編)[「」](2009/12/22 16:44)
[40] 21話(中編) [「」](2010/10/24 02:12)
[41] 21話(後編) 暴力描写注意[「」](2010/10/26 23:38)
[42] 22話(前編)[「」](2010/01/01 03:13)
[43] 22話(中編)[「」](2010/02/11 17:16)
[44] 22話(後編)[「」](2010/01/09 09:45)
[45] 23話(前編)[「」](2010/01/13 03:19)
[46] 23話(中編)[「」](2010/01/20 01:53)
[47] 23話(後編)[「」](2010/02/03 17:12)
[48] 最終話(前編)[「」](2010/02/07 08:24)
[49] 最終話(後編) end[「」](2010/02/15 22:54)
[50] 外伝 ー桜ー 1話[「」](2010/09/14 18:16)
[51] 外伝 -桜― 2話[「」](2010/02/18 07:43)
[52] 外伝 -桜― 3話[「」](2010/02/19 03:44)
[53] 外伝 -桜― 4話[「」](2010/02/21 12:13)
[54] 外伝 -桜― 5話[「」](2010/10/26 23:42)
[55] 外伝 -桜― 6話[「」](2010/09/18 00:21)
[56] 外伝 -桜― 7話[「」](2010/10/05 01:46)
[57] 外伝 -桜― 8話[「」](2010/09/25 23:16)
[58] 外伝 -桜― 9話 暴力描写注意[「」](2010/09/29 02:54)
[59] 外伝 -桜― 最終話 end[「」](2010/10/07 16:40)
[60] そんな日々(前編)[「」](2010/10/08 03:02)
[61] そんな日々(中編)[「」](2011/01/08 17:03)
[62] そんな日々(後編) end[「」](2011/01/10 18:37)
[63] クリスマスDays 1話[「」](2011/01/25 23:56)
[64] クリスマスDays 2話[「」](2011/01/26 01:09)
[65] クリスマスDays 3話[「」](2011/01/29 20:48)
[66] クリスマスDays 4話[「」](2011/02/05 12:12)
[67] クリスマスDays 5話 暴力描写注意[「」](2011/02/12 19:49)
[68] クリスマスDays 6話[「」](2011/02/27 17:51)
[69] クリスマスDays 7話[「」](2011/03/07 00:08)
[70] クリスマスDays 8話[「」](2011/04/24 00:12)
[71] クリスマスDays 9話[「」](2011/06/02 02:21)
[72] クリスマスDays 10話[「」](2011/06/28 20:01)
[73] クリスマスDays 11話[「」](2011/06/17 00:39)
[74] クリスマスDays 12話[「」](2011/06/29 01:37)
[75] クリスマスDays 13話[「」](2011/07/18 20:34)
[77] クリスマスDays 14話[「」](2011/07/24 14:22)
[78] クリスマスDays 15話 (前編)[「」](2011/08/23 02:38)
[79] クリスマスDays 15話 (後編)[「」](2011/08/24 01:57)
[80] クリスマスDays 最終話(前編)[「」](2011/09/26 21:26)
[81] クリスマスDays 最終話(後編) 完結[「」](2012/04/14 16:53)
[82] turn around 1話[「」](2012/05/03 16:47)
[83] turn around 2話[「」](2012/05/04 03:50)
[84] turn around 3話[「」](2012/05/12 22:21)
[85] turn around 4話[「」](2012/05/20 21:42)
[86] turn around 5話[「」](2012/05/30 23:30)
[88] turn around 6話[「」](2012/06/16 17:18)
[89] turn around 7話[「」](2012/07/13 21:00)
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[13098] turn around 5話
Name: 「」◆2d188cb2 ID:e0bf0c80 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/30 23:30









 「弟くんっ!!」

 「・・・はは。もう時間切れみたいだ。今まで楽しかったよ、音姉」


  目の前の自分の好きだった弟―――男性が消えていく。なんとかしようにも結局その方法は見つからなかった。
  あのもう一人の弟くんと出会い叱咤され、自分なりに頑張って前を向き直した。まずは弟くんと会い謝罪し、最後まで一緒に居る事を宣言する。
  そしてその誓いを交わし元のベンチに戻ってくると彼の姿は無かった。元の世界に戻ったのか。しかし、もう彼には頼れない。自分で行動を起こした。
  今日という日が来るまで出来るだけ一緒に居て、笑い合い、悲しみ合い、皆の視線が弟くんには向かなくても私はずっと傍に居てあげる事が出来た。
  
  ロウソクの灯が消える直前の様な儚くも幸せな夢―――覚悟はしていたと思う。いや、していた。それだけの期間を与えられたのだから当然だ。
  しかし、今まさに目の前で消えていく弟くんを見て涙が溢れてきてしまう。覚悟と悲しみはまた別のモノなんだと、この時私は初めて知った。


 「お、おとうと・・・く、ん」
   
 「・・・泣かないでくれ、音姉。俺は音姉と一緒に居れて幸せだったよ。皆が俺の事を忘れても音姉だけは俺を忘れなかった」

 「ううん、ち、違うの。本当は弟くんが消えるのが怖くて、逃げ出しそうだったんだ。けどある人がそれを窘めてくれて・・・」

 「そうなんだ。じゃあ、その人に感謝しなくちゃいけない。おかげで俺は消える直前まで音姉と一緒に居れたんだから」


  感謝の念を交えながら、どこか達観したような口調で話すそぶりの弟くん。
  実際にもう覚悟は出来ているのだろう。私が今日というこの日まで心の整理を行えたみたいに、弟くんもまた前を見据える事が出来た。
  
  けど、本当に消えて良いって事は無い。希望があった。まだどうにかなるんじゃないかという。それさえも霧散して私は泣く事しか出来ないでいた。


 「―――――嫌だよ」

 「・・・音姉?」

 「ッ!!」


  後ろにそびえ立っている枯れない桜の木。
  それに縋り付くように飛びついた。額を木に打ち付けて目をギュッと閉じる。
  これは魔法の木、皆が想像する摩訶不思議で願いを叶えるという魔法の木な・・・・、だからっ、


 「弟くんを消さないで下さいっ、お願いします!!」
 
 「音姉・・・、そこま―――――」

 「お願いしますっ、お願いします、お願いします!」

 「・・・・おと、ねぇ」

 「お願いっ、します!!」


  頭を擦り付けながら懇願するように願いを言う音姫に、苦しげな声を漏らす義之。
  ここまで懸命に自分の為に行動してくれる事を素直に喜ぶべきか。それとも心残りを残してしまう事を嘆くべきか。
  自分の体が消えながらも義之はその光景を間近に見て、頓着する様に手を無意味に上げ下げしてしまう、今更手を掛けた所でどうしようもない。


 「お願いですから、弟くんを・・・・っ」  

 「く、音姉っ!」


  しかし泣き崩れるようにズルズルと木に這うように腰を落としていく音姫を見て、我慢出来なくなったのか駆け寄る。
  手はもう無くなっているがそこで呆然としているよりはいい―――近くに居ても何も出来ないが、近くに居る意味が無い訳じゃ無い。


 「もういいよ、音姉」

 「弟くん・・・」

 「やれる事はやったさ。さくらさんの本を数棚漁ったりもしたし、試しの魔法も何回もやった。それにさっきも言ったけどずっと居てくれたし
  悔いはないよ。もう感謝してもし切れないぐらい」

 「本当に?」

 「・・・いや、まぁ、全部が全部悔いはないっていうのはさすがに嘘だけど――――うん、満足はしてるよ」


  音姫に微笑みかける義之。それを呆然と見ながら表情を落とし俯く彼女。
  確かに嘘は言っていないだろう。それを自負出来るぐらいには本当にずっと一緒に居た。生徒会をサボるなんて前代未聞だろう。
  帰ったらまゆきにどやされるが・・・・何て事は無い。弟くんが消えるのに比べるのならそんな事。音姫は顔を上げもう一回桜の木に向き直る。

  叫び過ぎて喉が若干引き攣っている。ガラガラ声をもう一度吐き出すため息を吸う。最後の最後まで意地を張った。そして大声でもう一度だけソレを願う。


 「お願いですっ! どうか、どうか弟くんを・・・・誰でもいいから、助けて下さい!」


  この願いは届くはずも無く、そういう希望を叶える桜の木も力なんて殆ど無い。
  だからこそ義之は音姫の前から消えざるを得ないのだ。音姫も義之も余りの現実の辛さに押し黙る。

  音姫の張り上げた声も虚しく響き渡る。そう、もう奇跡なんか・・・・、
  

 「・・・何が魔法よ。弟くんさえ救えないなら、魔法なんて―――――」

 「うわっとっとっ!?」

 「きゃっ!」

 「ふぅ、やっと着きましたわね。まるでそれにしても移動時間を体感出来るとは思いませんでしたわ。一瞬で行けると思いましたのに」

 「――――え」


  慌てるような声と凛とした女性の声、それも聞き覚えのある声が反対の桜の木から聞こえてきた。
  いきなりの事で泡を喰う形になる音姫と義之。まさかこの場所に自分たち以外が居るとは思わなかったのだろう。
  そうして桜の木の影からぬっと出てきたのは銀髪の少女とエリカちゃん・・・・そして、『私』だった。


 「え、エリカさんが押さなきゃもっと早く着いたんですよ!? 途中制御しながら来たんですからね!」

 「いや、なんだかつっかえてたみたいなんて肩を押しただけじゃありませんか」

 「いきなり入って何かあったらどうするんですっ? だからこそ、安全の為に確実に侵入したというのに・・・!」

 「まぁまぁ、いいじゃありませんか。折角着いたという・・・・の・・・に」


  同じ姿形をした二人の目が合った。お互い驚き目を見開いて固まってしまう。そんな二人の硬直する雰囲気を感じ取りそこにエリカとアイシアも目を向けた。
  急な事態、虚を衝かれる出来事だった。大声を出してしまって震えてる喉で何と言って良いか分からない。頭の中が真っ白になってしまった。

  唾を飲みこみ、涙を流しながら何と言うか迷う音姫。だから咄嗟に彼女は思っていた事をそのまま吐き出した。


 「た――――助けて下さいっ、弟くんをっ!!」

 「え・・・って、うわぁ!? 弟くんが消えようとしてる!」

 「ま、ま、マジですか音姫さんっ!? あっ本当だ・・・けど、どういう状況なのか全然把握が・・・・っ」

 「お願いします! 弟くんをっ」

 「な、何がなんだか分かりませんが、見た感じ枯れない桜の木が原因っぽいですね。弟くんの存在が消えかかってるし・・・ど、どうしましょ?」

 「ちょ、ちょっと待って下さい。その程度ならある一定のバイパスを繋げれば、あるいは・・・」

 「全く状況が分かりませんけど。早くした方がいいかもしれないですわね。あの義之に似てる義之、もう下半身がありませんわよ」

 「あ、焦らせないでください~~~~!?」


  あたふたと桜の木を膨大な魔法の力で制御し始める銀髪の彼女を見て、音姫はペタンと腰を降ろしてしまった。
  こっちも全く状況が分からない。ただ、確かなのはあの北欧少女が弟くんを助けようとしてくれている事。あの力ならそれも可能だろう。
  さくらさんと同等の力が感じ取られ、また桜の木の扱いに圧倒的に長けていた。段々と力の流れが正しい元筋に戻るのが見ていて分かる。


 「音姉、なんだか体が元に戻っていく感じがするんだけど・・・この人達って、いったい」

 「・・・・分からない。でも―――――」


  汗を掻きながら頑張るアイシアと音姫。エリカも試しに手を掛けたが、何の力にもなれないと悟り近くの四葉のクローバーを探し始める。
  そんな三人の姿を見て奇跡の賜物かと思う音姫・・・・だが、何をもって奇跡というのだろうか。考え込む様に一旦言葉を区切り言葉を選ぶ。

  そして、今まで自分たちのしてきた事の結果が今の状況だと結論付け義之にその『彼』が言っていた言葉を告げた。


 「私達が涙流しながら頑張った積み重ねが、今の不思議な光景なんじゃないかな。経験値――――ついに溜まったんだねきっと」






























  カタカタとパソコンのキーを叩き画面をスクロールさせる。目的の項目を見つけ、カチッとクリックする。
  一覧にゲストが求める詳細が書かれた機器の名称や個数が書かれたファイルをダウンロードし展開、中身を吟味する。
  それをプリンアウトしパソコンをシャットダウン。念の為にLANケーブルを引っこ抜いてひとまずの安心を得た。


 「さて・・・今日はどんなのが高値なんだろうかねー」


  最近協会の監視の目が厳しい所為か中々にこういった情報が掴めないが、まぁ、不可能な訳じゃない。
  求める側の人間が居なくならないから差し出す側の人間も必然的に出てくる。市場というのはそうして回って来ていた。
  問題なのは自分が求める側なのか、差し出す側なのか――――オレはパラッと机の上にそのデータを置きソファに寝っ転がった。


 「余りにも美味い条件が揃い過ぎだな。警察の囮り捜査かもしんねぇ。しばらくはアクセスしない方がいいな」

  
  価格相場を乱す程の高値を設けている人物が三人。あり得ない話だ。こういう場所にはそんな高い値を払える奴なんて居やしない。
  だからこそこういう違法スレスレのサイトに触り儲けを出そうとしている。金持ちはもっと融通が利く顔の所に払うし態々危険を冒したりはしない。
  まぁ、しばらくは何もしなくても生活出来る金が入ったし別にいいか――――ドアが開く音がしたので、首をかったる気にそちらの方向に向ける。

  
 「よぉ、おつかれさーん」 

 「・・・呆れた。貴方って意外とすぐグータラする人種なのね。全く」


  ブツブツと愚痴を垂れ流す様にドサッと買い物袋をテーブルの上に置く。
  お姫様なのにエコバックとは中々にミスマッチだ。


 「別に怠けちゃいねぇよ。結構稼いでたんだぜ。ほら」

 「ん―――――ブッ」


  オレが見せた通帳の明細書を見せる。エリカは驚きの余り吹き出してしまった。きたねぇな、おい。
  ズカズカとこちらに歩み寄り引っ手繰る様に明細書を奪いマジマジと見詰める。ちなみに通帳はエリカのだ。
  信用を置かれたのか余程のお人良しなのかは判断に困るが、しばらくここで生活するならある程度工面するとの事で預かっていた。

 
 「な、何をしてこんなにお金を手に入れたの!? 絶対に普通の方法じゃないでしょ」

 「ちゃんと合法のだよ。こんなロボット最先端時代でもパーツ部品はやっぱり高級品だ。メンテ出来る奴も数が少ないし金属品だからどうしても
  値が張ってしまう。オレはそんな恵まれない人の為に少し物の値段を安くして売ってるだけだよ。手作り饅頭売る感覚で」

 「お饅頭がこんなに高く売れる筈ないでしょっ? やだ、本当に高額じゃないのこれ・・・」

 「中に普通じゃ作れない規格のパターンが入ってるしそりゃ高いだろうさ。その上ロボットはブラックボックスに近い代物・・・高いのも道理だ」

 「だから、どうやってそんな代物を手に入れて売ってますのよっ。此処は貴方が居た世界じゃないのよ? 前みたいに上手く事が運べるとは思え 
  ないんですけどね。私の知ってる義之と貴方では全く違う人物ですし」

 「別にいいじゃねぇか、なんだって。その金は半分はやる。家賃代みたいなもんだ、気にしなくていい」


  言い捨ててまた寝っ転がった。エリカが汚いお金はどうのこうの後ろで言ってるが、結局は受け取ってしまうだろう。
  人から貰ったお金をエリカみたいな善人は無暗にしたり捨てたりはしない筈だ。かといって使うかどうかはまた別問題だけど・・・。


 「ふぁ~~~~・・・っと。腹減ったな。なんか飯でも食うべ」

 「ちょっと、まだ話が終わってないわよっ」

 「うっせーなー。オラ」

 「キャッ!?」


  立ちあがり際にスカートを捲る。エリカは顔を真っ赤にして慌てて抑えるがもう中身は見えてしまっていた。
  なんだ、緑か。緑が好きな奴の性格としては礼儀正しく協調性を持つ人間だという。さすが王族って所なのか。
  そういえば杏は黒中心だと自分で言ってたな。ちぃーせー癖に見えっ張りなんだからよ。いや、小さいからこそなのか、あれって。


 「さて、今夜はオレが作るよ。パンツ見せて貰った礼だ。下が元気になる前に食欲で性欲を掻き消すとするか」

 「げ、下品よ貴方っ! 大体私は彼氏が居ますのよ、そこの所ちゃんと記憶にありまして?」

 「分かってるっつーの。だから半同棲みたいな生活してても襲わないでいるんじゃねーか」


  もう四日もこんな生活を送っているオレ達。彼氏のオレが知ったらどうなるのか・・・・修羅場とか面倒だなぁ。
  この世界のオレがエリカの家に来た時にはさすがに隣の部屋で寝てるけどな。喘ぎ声とか聞こえて来なかったから寂しい生活なのかもしれない。  
  オレだったら毎日の様にヤルと思うが・・・まぁ、人それぞれなのだろう。貯めに貯めて一気に爆発させるのも悪くは無い。すげぇ疲れるけど。
 
  後ろでまだガミガミ文句を垂れているエリカ。そんな姿に眉を寄せつつも、早速オレは買い物袋の中を漁った。















 「あぁ? 暫く逃げ回るから留守にするだと?」

 「そうよ。私は・・・・いえ、私たちはね、徹底抗戦を始めるの。お兄様とね」

 「またいきなり訳の分からん事を・・・」  


  唐揚げを口の中に放り込みながらエリカの話を適当に聞く。テレビから今流行っているだろう芸人のカン高い声が聞こえてきた。
  ダンッ、とエリカは憤りも限界だとばかりに拳の底をテーブルに打ち付ける。その振動で味噌汁が零れそうになったので注意するように視線を送った。

  しかしエリカはそんなオレの様子に気付かないのか、ご飯を掻き入れながら言葉を続けた。つかゆっくり食えよ。


 「本当は今日、船に乗って初音島を出ていく筈だったのよ。どうやら貴方が私を助けてくれた所を見ていたみたい。お兄様はあんな野蛮人達が住む
  この環境に妹を預けられないと言ったのよ。簡単に言えば強制帰国ね」

 「やっぱり見られてたか。あの服はやっぱり目立つな、好きで着てるオレと同じ馬鹿だし別にいいけど」

 「え、分かってたの!?」

 「だって視界に入ってしょうがねぇよあんな白ジャケット。つうか一応日本は治安率が世界トップレベルなんだがな。ああいう連中ぐらいだったらどの国
  行ったってゴロゴロいるのに。あとナチュラルにオレを黙って置いてくなよ。一言ぐらい言え」」

 「だって貴方どこにも居ないんだもの。だから書置きを郵便入れに入れて置いたわ。無駄になったけど」

 「少し遊びに行っててな。いやぁ、久しぶりに麻雀打ったけどやっぱり面白いわ。そのポテトサラダ頂き」

 「・・・はぁ。全く、遊んではお金儲けの繰り返しで自堕落的ですこと。あとそのポテトサラダは結構自慢の出来なんだけど、どうかしら?」

 「おう、普通に美味いよ。んで、なんだっけ。確かお前が船に乗り込もうとした所までは聞いたんだが」

 「うん・・・・この素敵な島に別れを告げて、悲しみを覚えつつ去ろうとしたその時に―――――」


  エリカの話を聞くと要は彼氏とその友達が必死に止めに来てくれたから、考えを改めて徹底抗戦をする羽目になった。そういう事らしい。
  なんとも青春っぽい事をしてるもんだなと、軽く甘酸っぱい感触が背中を駆け抜ける。オレには縁の無い世界だ。ある意味羨ましくもある。
  しかし、兄貴に諦めて貰う為に逃げ回り続けるとか誰が言い出したんだよ・・・・。一番最悪な方法じゃねーか。


 「逃避ってのは精神的にも肉体的にも大変なアクションだ。常に逃げる原因となった対象を意識しなきゃいけないし、それに伴う体の疲れも
  相当なものだ。だから逃亡犯とかはその自分を見てる目を無くす為に外国に行ったり遠い土地に行く。ちなみにエリカ達は?」
  
 「わ、私たちは・・・・多分だけど、初音島からは出ないと・・・思う」

 「――――はぁ? 兄貴の目から離れるどころか籠から出さえしねぇのか。食糧はどうするんだ? 風呂は? 寝床は? 考えるだけでも頭痛がするぞ」

 「だってそう啖呵切っちゃったんだものっ、そんな事言われても困るわよ」

 「ほら、もう既に困ってるんじゃねーかよ。あの兄貴の事だし多少無理矢理な事でもしてくるぞ? 大体なんで逃げるなんて選択肢を・・・」

 「杉並がそう提案してきたのよ。まずは逃げて私たちの意思が固いって所を見せつけるって・・・・良い提案だと思ったのだけれど」

 「――――ふぅん。アイツが、ね」


  ふと、義之は箸を止め考えるように視線を下に向ける。エリカはその様子を見て喋るのを止め義之の言葉を待った。

  彼と半同棲生活を送って数日色々分かった事がある。彼は何事もまず考えてから物事を話す人間だという事だ。最初感じていた野蛮なイメージが
 あっただけに意外だと感じた事を思い出す。口は悪く傍若無人な人間だが・・・自分で言う程までに馬鹿とは思えなかった。

  横行闊歩の気があるがそれ以上に慎重で大胆、無慈悲に見えて微かに感じる優しさを持つ理知的な人物でもある、というのがエリカの義之に対する
 評価だった。簡単に言えばよく分からない男性。だが嫌いではなかった。

  自分にはちゃんと彼氏が居るし気がそちらに流れる事は断じて無い―――と、思う反面、中々に悪く無い生活だと思うあたり私は罪深い女だろうか
 とエリカも少し考える仕草をして食事をポツポツと摂る。 


  彼の顔を盗み見ると、割と端麗な顔立ちが見えた。なるほど。別世界の私が惚れるというのも分かる話だ。
  姿顔とか好みではあるし何より同世代には無い胆力と思考を持ち合わせている。こんな人間、そこら辺には居ないだろう。


 「とりあえずさ」

 「え、なっ、なんでしょうか?」

 「・・・なんでドモるんだよ。とりあえず食糧とか身の回りの生活用品はちゃんと忘れないで持って行けよ。この時期まだ寒いからな」

 「わ、分かってますわ。その間の留守は貴方に任せますし、そちらこそちゃんとしてよね!」

 「指を差すな、指を」


  またこうやって考えが纏まっても口に出さない事が多い。最初は気になってしょうがなかったが、もう慣れた行為だ。
  気になって聞いた事もあったが「大した事じゃない」と言われればそれ以上聞けなくなってしまう。大抵そんな時は私が驚く事をしでかすのが常だ。
 
  今日だってあんな大金を普通に差し出してきたし・・・・もう考えるだけ無駄だと思ってしまう。私はじっと見ていた事がばれない様に、敢えて高圧
 的な態度で指を差し、食器を持って立ちあがった。あんまり見てると視線で気付かれてしまう。この男の子はそういうのに勘が鋭い。


 「早速私は準備に取り掛かりますっ。貴方はさっさとお風呂にでも入っちゃいなさいよ」
  
 「えー嫌だなぁ、それ。さっき舐められるぐらいに見られてたから覗かれるか心配だよ」

 「なっ―――――」

 「ちょっとベランダで煙草吸ってくるわ。足りない物があったら買い出しに付き合うから、そん時は呼べや」


  気づかれてた――――顔がカーッと紅潮していくのが分かった。まさか気付かれてたなんて・・・!
  頭を掻きながら懐から煙草を取り出し口に咥えるその姿が憎たらしく思う。本当に油断ならないというか目敏いというか――――。


 「ちょっとっ、違うんだからね! そういう意味で見てたんじゃなくて・・・」

 「こういう女を彼女に持つと大変そうだ。男に免疫が無いからすぐにフラフラしそうだし。最近の女は本当に緩いわ」

 「ゆ、緩い!? 言う事欠いて、この私の事を緩い女扱いするなんて・・・!」


  そしてその背中に文句を投げても意味が無いと思いながらも、義之がタバコを吸い終わるまで私はその背中に文句を吐き続けたのだった。

























 「な、なんとかなりました・・・・。最近厄介事に巻き込まれて魔法ばっかり使ってた所為か、キャパが増えたおかげですね」

 「お、弟くーーーんっ!!」

 「わっ」


  静かに眠る様に静まる桜の木。だが、彼は消えることは無かった。飛びつくように義之を抱きしめる彼女を見て、アイシアはふぅっと息を付く。
  
  ここ数年桜の木に関わったおかげで魔法の地力も上がり扱いに長けていたおかげでなんとか制御する事に成功した。最も、二度はやりたくないが。
  暴走とはまた違い流れる方向と出力を少し弄っただけだが、それさえも難しいのは魔法使いなら知っている。今回上手く出来たのは経験値のおかげ。
  上手く出来てよかったとアイシアは心底ホッとした思いに駆られながら、二人が抱き合うシーンを見て涙している音姫に声を掛けた。


 「音姫さん、手伝ってくれてありがとうございますね。おかげでなんとかなりました」

 「・・・グスッ、いえいえ。私なんて本当に微力でアイシアさんのおかげですよ、全部」

 「―――気付いてないんですか?」

 「な、なにがです?」

 「あ、いえ、なんでも・・・・。ところでエリカさんはどこへ?」


  桜の木の制御中、力強い波を音姫さんから感じた。とても粘りがあって底から湧きあがる様な力だった。
  前に一緒に居た時よりも確実に底力が上がっている。私と同様音姫さんもまた魔法使いとして成長している証拠だった。
  後は技術的な面を鍛えればいっぱしの魔法使い――――ていうか、音姫さんの歳の時の私ってこの半分以下だったんですよねー・・・。

  少しショックを受ける自分。さくらの教えのおかげもあるだろうが、やはり凄いポテンシャルの持ち主だ。
  

 「エリカちゃんですか? それならさっき草むらの所で・・・・」

 「お呼びですか、アイシアさんに音姫先輩」

 「あ、エリカさん。一体どこに行ってたんです? 姿が見えなかったので少し心配しましたよ」

 「別に大した用事じゃありません。義之と結ばれたらいいなと思い、幸せの四つ葉のクローバーを探してました。女の子らしくて可愛い
  と思いません? まぁ、こんな事で結ばれるならお金に糸目を付けず全部買い取りますが」

 「・・・・・・」

 「落ち着いてください、アイシアさんっ」


  あせあせと音姫は体を僅かに呆れと怒りで震えさせるアイシア。エリカはそんなアイシアを気にせず周りを見回す。
  此処に居るのはアイシア達以外だとこの世界の音姫と義之。本来自分たちが探している義之の姿は見受けられなかった。


 「ところでアイシアさん」

 「全くこの子と来たら本当に義之の嫌な所ばかり・・・・・」

 「私への罵詈雑言には目を瞑るとして、義之は何処に居ますの?」

 「・・・・・・あ」


  ハタ、と気付いたようにアイシアは言葉を失い固まる。怪訝な視線を送るエリカを無視して慌てて後ろの桜の木にタッチして目を瞑った。
  そんな様子のアイシアに、この世界の音姫は目を軽く瞬かせた後、近くに居たエリカに声を掛けた。オドオドといった感じで近づく。
  何はともあれ北欧少女にお礼を言いたいが今の様子だと彼女には話は聞いてもらえそうにない。だとすれば、エリカにでも何か一言言いたかった。  


 「え、エリカちゃん・・・だよね?」

 「ええ、エリカ・ムラサキとは私の事ですけど――――何か?」

 「あ、えっと、ね? なんだか全く状況が分からないんだけど、とりあえず弟くんを助けて貰ったお礼を言いたいなぁーっと思って・・・・」

 「私に言われても困りますわ。助けたのはアイシアさんとあそこに居るもう一人の貴方。陳謝ならその二人に」

 「と言われても――――なんだか二人忙しそうだしさ、ひとまずエリカちゃんに伝えようかなと思ったんだけど・・・」

 「む」


  エリカが後ろを向くと今度は音姫も一緒になり何か探る様に目を瞑っている。つまりはエリカがこの場の対応をしなければいけない。
  余り面倒事は嫌だな――――そう思わなくもないエリカだったが、ただ突っ立てるだけの足手まといというのは余りにも気分が悪い。
  
  視線を前に戻すと音姫は興味津々といった感じでエリカ達の一挙手一投足を観察している。いきなりもう一人の自分が現れ、その謎の
 人物たちがあっという間に状況を収めたのだ。興味を示すなという方が無理がある。


 「・・・えっと、うーん」

 「なんでいきなり枯れない桜の木から現れたの? あのもう一人の私は誰? ちなみにあの銀髪の女の子、かなりの手練れだよね?」

 「音姉、エリカが困ってる。一気に質問し過ぎだよ」

 「でも・・・」

 「ド素人の俺から見ても魔法が関係してるのは分かるんだ、エリカ。ここには魔法で来たんだよな?」

 「――――まぁ、そうですわね。詳しく話せば長くなるので割愛しますが、人探しの為にここに来ました」

 「人探し?」

 
  エリカは面倒臭そうに髪をくるくると指に巻きながら事の経緯を説明した。
  自分たちが別の世界から来た事、その世界の桜内義之を探しに来たという事・・・・この二点だ。
  少し簡略化し過ぎた説明かもしれないと思ったが、要はその二点に集約された。必要以上の説明は返って必要無いだろう。

  エリカの言葉にさすがに驚く音姫と義之。だが、自分達が魔法と深く関わりを持っているため否定は出来なかった。


 「・・・すごいな。魔法の事は前から知ってるし、ここ最近その力の凄さを知っていたつもりではあったけど」

 「私もあまり偉そうな事言えるほど知ってる訳じゃ無いけれど――――って、音姫先輩どうしました? 何か考え込んでる様ですけど」

 「―――――私、その弟くんの事知ってるかもしれない」

 「え?」
  
 「この前急に消えちゃったけど・・・うん、間違いないと思う。確かシルバーアクセ好きだったよね? 髪は黒だけど少し長めで皮肉屋。
  すごい口悪いけど頭も良い雰囲気がするチグハグな男の子で・・・・あ、あとエリカちゃんと時々バーで飲んでるって言って様な気が
  した様な・・・・もしかして・・・」

 「・・・・」

 
  間違いない、義之だ。特徴もさる事ながらそんな義之なんて一人しか居ない。目の前の義之を含め二人ぐらい桜内義之という人間を見たが
 みんな真面目そうでそういう場所に行かなそうな人物達だ。あんまりお洒落にも興味無さそうだし。
    

 「え、エリカちゃんっ、お酒なんてエリカちゃんの歳で飲んじゃ駄目なんだからね!?」

 「そう、義之は此処に居たのね。そして急に消えた、と・・・・」

 「あれ? もしかして私、無視されてる?」

 「――――もしかして、また別な所へ?」


  その事実に気付いたと同時に、アイシア達も枯れない桜の木からその事に気付き当て驚いた様な疲れたような声を上げた。
  どうやら自分達の世界を跨ぐ冒険は終わらないらしい―――――最も、冒険と言えるほど長い時間を掛けるつもりはなかったが。
  気が合わない筈のアイシアとエリカ。不覚にも、二人は同時に『かったるい』と言いたげな表情で視線を交じ合わせた。





















  暖かい風が肩をすり抜けていく。心地良い風だ。思わず鼻歌でも歌いたくなる程までに心までその風が染込んでいく様だ。
  手に持っている黒いバックの重さが更に心を愉快な気分にさせてくれる。最高だ。やはり比重というのは心境によってまるで違うもの。
  物理学なんかまるで役に立たない。重いから負荷が掛かり辛いという前提がそもそも間違っている。重さの『種類』によっては紙以下の重量に様変わりだ。
  

 「結構儲かったなぁ。まさかあんな適当に置いてある部品がこんな高値で売れるなんて」

  
  素知らぬ顔で堂々と天枷研究所に入りいつもの廃棄区画のスペースを覗いた所、見たことが無いパーツがあった。
  基盤が何枚か並べられ組み合い周りをパイプが走っている腕のパーツらしきもの。多分μの基本軸となる腕のコア部分に属するものだろう。
  どうやらパターンが少しイカれたみたいで廃棄すると添付された書類に書いてありこれ幸いと鞄に入れ持ち出してきた。

  廃棄するという事は所有権を放棄しゴミ捨て場に鉄屑と一緒になる事――――エコの精神を持っているオレは、それはいけないと思っている。


 「なんでもかんでも捨てちまうんだもんなぁ、皆。見切りが良いんだろうけど早計過ぎる。売っちまえばいいのに」


  どうせ情報漏えいになんかならない。特別な技術というのは真似出来ないから特別なのだ。
  このパーツを買う人間はその技術を応用しようとするだろうが無駄な行為。これはもう二度とは動かない代物だ。
  パターンがイカれている部分を直せば大丈夫というのも馬鹿な話で、そうした場合この部品の大部分を変えなくてはいけない。
  それに掛かる値段が普通にμを二体変える程だ。そしてその大金を払ったとしても技術者が居なければ話にならない。国お抱えのまた特別な人間だ。


 「けど・・・・それを分かってでも手を出すっつーことは、よほど魅力的なんだろうなー。最先端技術の結晶だし」


  そう考えながら目的の店を見つけ中に入る。中は普通の家電屋と見分けが付かないぐらい普通の電化製品で埋まっていた。
  奥には厳ついおっちゃんが黙って新聞を見ていてとても暇そうだ。そこに歩いていき、ドンッとテーブルの上に鞄を置いた。

 
 「どうも。今日はお客さんが少ないね」

 「――――誰だ、お前」

 「オレの名前を聞いてどうするんだ、ここは社交場じゃないんだぜ? そんな余計な事よりコイツを見てくれ。これを間で取り扱って欲しい」

 「これは・・・」


  軽く目を見開き忙しくそれを手に取って周りを観察する。その間は暇なので椅子に座り煙草に火を着けた。文句は言われない。
  一対一の取引は何かと問題が多い。なのでこういった感じで間に人が入りブローカー的な存在として商売をしている人間がいる。
  男はその品物が本物か見極めるように拡大鏡に照らす。そして鑑定が終わったのかライトを消し、こちらに居直り話をする体勢を取った。


 「本物だ。だがこいつは良すぎる。俺としてはあまりこういう商品を間で取り扱いたくないんだがな」
  
 「グレーゾーンな仕事なのにそんな事を気にするんだな。偽物じゃなきゃ別にいいだろう。どうせあっちに渡る代物なんだし」

 「灰色の中でもこれは殆ど黒に近くなる代物だ。危険度が他より段違いに上でアシが着く可能性がある。だから余所で仲介してくれ」

 「他の部品と混ぜて偽装すればいい。それと一回海外に送り所有者を適当な架空の人物のにしちまえ。海外が関わるってだけで日本
の警察は途端にやる気をなくすからな」


  苦虫を噛むような表情をする男。考えさせる時間を与えたくない。オレは片眉を上げながら言葉を続けた。


 「仲介料を三倍払おう。別に他の所に持って行ってもいいんだが、一応ご近所の市って事で懇意にしてやってるんだぜ?」

 「・・・四倍だ。それなら扱おう」

 「とんだ金の亡者だ――――だけどそういう人間は好きだ。オッケー、払おうじゃないか」


  札束を放り投げて商談成立。前金で半分貰ってる内の殆どが消えたがまぁこんなもんだろう。危ないってのは知ってたし。
  男はサッとそれを机の中に仕舞い奥の方に消えていった。特に提出する契約書も無いのでオレは踵を返し店を出る。


 「さて、愛しの初音島に帰るか。今日は美味いモンでも食おう」  


  エリカ達の逃避行(島内限定)が始まって早数日。特に音沙汰が無いが元気でやっているだろう。
  彼氏との仲を認めてもらうための徹底抗戦という甘酸っぱい行為は見ていて背中がムズムズするが、応援したい気持ちもある。
  なんであれ見知った人間が頑張ってる姿は中々に良い刺激だ。オレも帰ったら頑張らないといけない。何をどう頑張るか分からんけど。


 「・・・・ん?」


  頭上をヘリが飛んでいく。珍しい事だ。この市は確かに大きいが観光名所には程遠い。町同士が合併して出来た集合市だからそんなに栄える
 筈も無い所だ。イベントも特に企画するような気概を見せる市でもないのでここをレポートする記者のモノでは無い筈・・・・。


 「なんだありゃー。それも初音島に向かってるっぽいし、桜の木の特集でもまた組まれたか」


  枯れない桜の木があるという事で一時期は賑わいを見せた事があるが、所詮一度見たら飽きるもので最近は記者連中も大人しかったんだけどな。
  そんな事を思いながら帰路を歩く。とりあえず帰りがけにカレーでも食おう。最近外食なんてしてないしなぁ、エリカと毎日飯作っててそんな暇は無かった。

  思い出すのはその時の様子。すぐ怒る癖に褒めると途端に表情を崩す彼女。
  それが自分の世界に居たエリカを思い出させ、今何をしているのだろうとぼんやりオレは考えた。

























 「・・・・・んだよ、この静けさ」 

  カレーを食べ終わり、いつもの気まぐれな行動で学校に向かう義之。制服を着込み入金を確認した彼は軽やかな足取りで学校に向かった。
  しかし学校へ来てみると不気味なまでの静けさが学校中を包んでいる。気配という気配がまるで感じられず、明らかに人が居ないのが外からでも分かった。
  今日は平日で特に行事も無く祝日でもない。義之は裏口から学園に入ったので校門前に張り紙等があると思い、玄関前を目指した。


 「ったく、折角学校に来たって言うのにつまんねぇな。休講なら裏口にも張り紙の一つぐらい張って―――――」

 「あ」

 「・・・おっとぉ」


  廊下の曲がり角に差し掛かり美麗な金髪とブルーの瞳を持ち合わせた女―――エリカと出会った。
  人が誰も居ないと思っていたので少し心臓がバクつく。それを誤魔化す様にオレは両手をズボンのポケットに差し込んだ。
  エリカは何故か慌てた様にこちらに走り寄ってくる。見たところ一人の様だ。何故無人な筈の学校にこいつがいるんだ、しかも逃げてる最中に。


 「な、なんで貴方が此処に居るのっ?」

 「オレは風見学園の学生だぜ? 勉学をしに決まってるじゃねぇか。基本的に学校は人生に役に立たない勉強ばかり教えるけど留年する様な事が
  あったら途端にお先が真っ暗になる。面倒臭いよな、本当」

 「・・・・どこから入ったの?」
 
 「普通にそこの入り口だけど」


  余りオレに構う暇がないのか軽口を躱されエリカはオレが指差した方向に小走りで向かっていく。
  妙に忙しい様子で「確かここは板橋の担当だった筈・・・まったくもう!」とブツブツ呟いていた。
  知ってる友人の名前が出て更に怪訝に思う。確か渉もエリカの愛の逃避行に一枚噛んでいた筈だ。

  そしてガチャリと裏口を施錠して、ふぅと安諸の息を漏らす彼女。一体何がこの学園で起きてるか把握出来ない。

 「おい、エリカ。一体何が起きてるんだ。どうして学園に人が居ない? 今日は特別何も無かった筈だが」

 「・・・・その何かが出来たのよ。私もまさかこんな事態になるとは思わなかったわ」

 「――――というと?」

 「最終決戦、みたいなものかしらね。お兄様も余りの私たちの粘りに提案してきたのよ」


  話を聞くとここ数日エリカ達は杉並の地下アジトに隠れながら逃げリオ達の手に捕まらない様にしていたという。
  しかし次々と隠れ蓑を突き止められ段々追い詰められていくエリカ達。食糧も僅かで衣食住がままならない様になった。
  そこで思い切って説得しようとリオ達に会ったところ、勝負というゲームをしてみないかと誘われ現在に至ると言う話だ。


  (ああ・・・だから学校に人が居ないのか。権力でゴリ押ししたっぽいけど、無茶するよなぁ。少し間違ったら国際問題だぞコレ)

  しかし・・・ゲームの内容が籠城戦か。いよいよもって青春っぽい感じだ。
  恋人を守る為に城に立て籠もり敵を撃退する。お姫様だからそういうのがまた似合いそうだな、おい。


 「ふぅん。中々に頑張ってるじゃねぇか。日没まで耐えるならなんとかなるな、杏と杉並が居るし。そういうお遊びも得意そうだ」

 「今回の勝負はお遊びではなく、真剣勝負なのです! そんな風に揶揄するような発言は控えて下さらないっ?」

 「はいはい。分かりましたよ。じゃあ、頑張れや。オレは帰って寝ることにするよ」


  眉を吊り上げて怒るエリカに適当に返事しながら踵を返す。なんにせよ遊びでも真剣にやってるんだから馬鹿にしちゃいけねぇな。
  端から見れば微笑ましい思春期の一ページに残りそうな出来事にしか見えないが、本人達は真面目なのだ。捻くれたオレが関わっちゃいけない。

  そんな風に考えさっき潜った扉を開けようと鍵に手を掛け――――エリカに待ったを掛けられた。

 
 「ね、ねぇ」

 「あ? なんだよ」

 「――――よかったら、手伝ってくれない? 私たちが勝つ為に」

 「嫌だね、かったりぃ」
 
 「ちょっ、少しぐらい話を聞きなさい!」


  腕に抱き着かれるように身体を引っ張られた。なんだこのイチャイチャ感。ため息を付きたい衝動に駆られる。
  なんでオレが人の恋路を応援するのにそこまでしないといけないんだか・・・。


 「貴方、頭も良いし腕っぷしも強いのでしょう? 相手はお兄様が連れてきた部下達はどの人も一筋縄じゃいかない人ばかり・・・。正直ここを
  守り切れるか不安なのよ。貴方が居ればこの勝負の勝率が上がると思うわ」

 「てめぇと彼氏の行く先を守る為の戦いで他人を巻き込むなっつーの。もしここで負けたらそれまでの力しか無かったって事だ。力不足な自分
  を嘆くんだな。みんな挫折しながら強くなっていくんだから、その為の糧として受け止めればいい」

 「けど・・・!」


  お遊びだろうと何だろうと自分の未来を守る為に戦う事を決心したんだ。その時にエリカは多少の事は覚悟していた筈。
  なのにまだ始まる前から弱気になっている彼女。余程ここ数日の事が堪えているらしい。この間見た勢いが萎んでいるのが分かる。
  なまじオレが何回か支えになってやった事が逆に良く無い影響を与えていた。この人が居れば助けて貰える。そうエリカは心のどこかで思っている筈だ。
  元々精神的に脆い所がある女だ。いざ決戦の前になって臆病風が吹いてしまったのだろう。少し窘めるように目を覗き込んだ。


 「これから先もっと大変な事があるかもしれない。なんたってお前はお姫様だ。家族の反対如きで泣き言を言ってる様じゃ先が見えるな、えぇ?」

 「で、でも・・・ここで負けちゃったら何も残らないのよ? 義之との日常も、皆との学園生活も全部終わっちゃう・・・・」

 「キツイ言い方だが、そう努力してこなかったお前が悪い。こんな騒ぎになる前に何かしたか? この間兄貴と会った時にハッキリ彼氏とも言い切れ
  なかったお前の事だ。暫く静かにして嵐が来ない様に祈ろうとかそんな事を一瞬たりとも考えなかったか?」
 
 「・・・・・・」

 「なんにせよ、まだ『ゲーム』は始まっても無い。それに全力を尽くせ。それでもしどうにもならなかったら、それが結果だ。受け入れた方が良い」


  掴んでいた腕が震えていた。泣いているのだろうか。視線を明後日の方に動かし少し言い方がまずかったなと思った。
 
  けれど言葉を撤回するつもりは無かった。聞けばずっと杉並の指示の元動いてただけだ。自分で何かアクションを起こし続けていたのなら少しは
 手伝っても良いという気持ちも生まれるが、エリカはただ状況に四苦八苦して溜息を漏らしていただけ。

  ななかの時もそうだがなされるがままの奴を手伝う程オレは人間が出来ていない。とてもじゃないがそこまでしてやれない。どっちみち今回の事
 はエリカにとって良い教訓になっただろう。それで成長するなら結果がどうあれオレは良いと思っていた。


 「家で待っている。出来れば朗報を聞きたいところだが・・・どうなるかな。まぁ、しっかり頑張れ」

 「――――『義之』」

 「・・・・ッ」


  目が合った。エリカの目は涙で潤み弱々しい光を見せている。たったそれだけでオレの身体は固まってしまった。


 「全部その通りだと思う。義之の言う通りだわ。私はなんだかんだ言いつつも周りの状況に流されてただけ・・・。皆の言葉に甘えていたと思う」


  見覚えのある目だった。オレの知ってるエリカがよく使う手であり、オレの弱点だった。
  その目に見詰められるだけでオレは簡単に参ってしまう。口が回らず頭の思考の車輪も止まってしまう。魅惑的でありながらオレを脆弱にしてしまう。
  腕を振り払うにも力が入らない。視線を思わず逸らしてしまうがエリカはそれを許さない様に尚も視線を合わせてくる。


 「・・・お前、それ、わざとやってんのか?」

 「え、何が?」

 「いや・・・・。なんでもない」

 「・・・? とにかく、全部私の責任だと思う所もあるのよ。散々逃げ回った挙句何も出来ていないものね。自分が嫌になるわ」

 「まぁ、そう自分で自分を見詰めなおせるのは良い事だと思うけど・・・」

 「けどそう思ったなら行動を起こさないと駄目よね。義之の言う通り私は何もしてこなかった。凄く反省するべき事だと思う」


  こいつ、天然でやってんのかよっ。性質わりぃーなオイ! こんな目をされちゃ否定の言葉も吐けなくなっちまう。
  目の前のエリカはがぶりを振って自責するように顔を歪めるがオレはそれ所ではない。ある意味戦慄さえ覚えてしまうエリカのさっきの行動。
  もしかしたらエリカという女はどの世界に行ってもオレを弱くする魔性の女なのかもしれない。つーか男持ちの奴にやられたくねー・・・・。

  溜息を喉の所で止め腰に腕を置く。なんだか都合の良い男に扱われているみたいで癪に触るといえば癪に触るが・・・・・。


 「・・・・今回だけだぞ」

 「え――――」

 「色々反省してるみたいだし、今回は手伝ってやる。オレなんかがどこまで手伝えるか分からねぇけど。それに杉並達とかお前の彼氏の件もあるし
  あまり大っぴらには動けねぇから・・・・まぁ、あんまり期待しないで貰えると助かる」

 「あ、ありがとう義之っ!」

 
  両手を持ってブンブン振り回す彼女。結局オレは情けない言葉を吐いて賛同してしまった。本当にオレはエリカには甘いな・・・・。
  それにしてもいつの間にかオレを名前で呼んでいるエリカ。彼氏との区別化の為に『貴方』と呼んでいた筈だが一体どういう心境の変化か。
  心の距離が近づいたというなら普通は喜ぶべき事だろう。だが、今の状況でそれはあまり喜ばしくない。いざって時に他人に頼る癖がついてしまうからだ。
  だから今回っきりと言った。どこまで有効な言葉かは分からないが。それにそういうのは自分の彼氏にやってほしいものだとつくづく思う。


 「にしてもお前は浮気性なんだな。他の男――――オレにそこまでくっつくなんて。色が好き過ぎるな」

 「なっ・・・! わ、私がいつ浮気をしたって言うのよっ。出鱈目を言わないでくださいな!」

 「今のオレ達の距離は友人と呼べるもんじゃないし、そう親しげに名前で呼ばれちゃそう思っても仕方ない。言っとくけど特定の異性が居るのに他の
  男に手を出す女はオレは嫌いだからな。慎みが無さ過ぎる。今時の女は大半そんな奴等ばかりだけど・・・エリカは違うよな?」

 「当たり前じゃない! 私がそんな軽薄な女性だと思う? かえって失礼ですわよっ、まったく」

 「だったらオレの手を離せ。お前の綺麗な手で包み込まれるように触れられちゃいくらオレでも勘違いしてしまいそうだ」

 「あ・・・」


  今更気付いたかのように目を軽く見開き、バッと慌てて離れるエリカ。そんな様子にため息を吐いて両手をポケットに入れる。

  なんだか面倒臭い事になりそうだ。エリカはそんな気は無いというが、実際の所本当はどうなのかが分からない。一人の異性が自分に居るからと言って
 他の異性に興味が湧かないというとまた別な話だ。だからこそ恋愛のもつれで裁判沙汰になったりする事も多い。人間関係で一番トラブルが多いのは異性
 間の問題だいう話だ。エリカの顔を見れば羞恥で赤くなってるし・・・・オレがとんだ勘違い野郎でなければ、少しこの空気は怖いな。

  目の前を見る。エリカはまだ顔を赤くしながらも、これからの行動予定を喋っていた。どうやらインカムで連携を行い相手を退ける作戦の様だ。


  (ま、妥当か。けど今はそれより片付ける事があるな。こういった事は早めに終わらせないと後まで引っ張っちまう。いい加減学習したぜ、マジで)  

  そう思ったオレは一応予防線を張る様に手の平を掲げながらエリカに告げる。
  少し調子こいてる男だと思われてもいい。面倒事よりは遥かにマシだ。特に相手が女の場合早めにしないと大変な事になる。


 「いいか、エリカ。オレはこの世界からどのみち居なくなるだろう。元の世界に帰らなければいけないし、オレもここに長居するつもりはない」

 「・・・知ってますわよ。義之はこの世界から居なくなる事ぐらい。何を今更」

 「だから余りオレに感情を寄せない方が良い。名前も呼ばないで今まで通りに『貴方』で接して、出来るだけオレの事を詮索しないで必要以上に考える
  必要は無い。ソイツという人間を知ると人はどんどん知りたくなるのが常だしエリカには恋人が居るんだろう?」

 「なによそれ。まさか自分が女の子なら誰にでも好かれるとか自意識過剰な事を思ってるの? 確かに今回の事で助力を頼んだけれどそこまで言われる
  のは心外ですわね。さすがの私も怒りますわよ?」

 「そうか、だったらいい。じゃあこれからはオレの事はまず名前で呼ぶな。彼氏と同じ名前だし一応同一人物だ。余計な気を持つ可能性が無いとは言い
  切れない。分かったな?」

 「・・・・・・」

 「返事は?」

 「・・・・・よ」

 「あぁ?」

 「・・・・ッ! う、うるさわいのよっ、義之はさっきからペラペラペラってっ!! 何でもかんでも決めつけないでちょうだい!」


  耳がキーンとした。至近距離から大声を出されて耳鳴りがした。片目を瞑り思わず顔を歪めてしまう。
  エリカは興奮したように荒く息を付きオレの方に向かい尊大に指を差した。オレといえば耳鳴りが収まらずそこに立ってるしかない。


 「お、おいテメェ! いきなり声を張り上げるなよっ、鼓膜がおかしくなるだろうが!」

 「義之はね、義之じゃないのよ! 違う名前がある訳じゃないんだし私がどう呼ぼうと勝手じゃないっ」

 「この間まで名前で呼ばなかった癖によく言うよ。しっかり区別してたのに情が移っちまったのかよ。本当にそういう所緩いよな、最近の女みてぇだ」

 「また緩いって言ったわね! 大体義之だって私の事エリカって呼ぶじゃないの。確かあっちの世界の私と良い感じなのよね? 名前で呼んでいいの?」

 「オレは切り替えがちゃんと出来る、けどお前は出来ない。だから窘めたつもりなんだが・・・・」

 「あ、呆れた様に見ないでよっ。もう知らないんだから」

 「おい」


  さっき説明にあったインカムを顔に投げてくるエリカ。慌てて当たる寸前でキャッチする。エリカはその場から憤慨した様に立ち去ってしまった。
  そしてポツンと取り残される自分。本当に話を聞かない女だ。美人じゃなかったら頭を叩いてる所だぜ。まぁ、オレは美人でも普通にブン殴れるけどさ。
  しかし今の様子から察するに、オレの提案は受け入れて貰えないらしい。まず手始めに軽い所からと思ったが・・・・あの様子だと、幸先が不安だ。


 「・・・ちゃんとした彼氏が居るみたいだし、大丈夫だとは思うんだけどな。本当に好きみたいだし。エリカの性格からして他の男に目移りとかは
  無いと思うんだけど・・・・」


  そういえばもし同一人物をまた好きになったとして、それは浮気になるんだろうか。
  そんな事をふと考えながらインカムを耳に着けてチャンネルを合わせる。一応エリカにしか伝わらない周波数だから他の奴にバレない筈だ。


 「――――なんにせよ」


  あの王子様相手にエリカを守りきらないとまずは話にならない。一応やると言った手前それは守る。でないとマジで恰好つかねぇ。
  高揚感が段々と体の底から湧きあがる。最近刺激的な事無かったし、たまにはこういうゲームも悪く無い。お遊び程真剣にやらないと人生はつまらないし。
  学校を一つ貸し切ってのゲーム。こんなゲームは人生に一度あるかないかだ。とりえあずはこの状況を楽しむとするか。エリカの件についてはこの際忘れる。


 「じゃあ、いきますかね」

 
  軽く跳躍して体を解し、手を握っては開く。調子は悪くは無い。腕を軽く回した後、他のメンバーと顔を合わせない様にオレは移動を開始した。



























  そろそろゲーム開始の時刻か。リオは腕時計で時間を確認し、周りにそろそろ準備を完了させろと合図を出す。

  その声にリオが本国から連れてきた兵士達が機敏に動き出した。誰も不満を言う者は居ない。本来ならこんなゲームをする為に兵士になったのではない
 と苛立ちを表す者が居てもおかしくない筈だ。従者のジェイミーとフローラも兵士に指示を飛ばし最後の準備に取り掛かる。

  ただ王族相手だからここは黙って従っておこうと思っているのか、または本当に忠義心があって何でもやる気に溢れているのか・・・・。おそらくその
 両方を気持ちを抱き合わせつつ此処に居るのだろう。兵士同士で目配せしている様子がお互いを労ってる様に見えた。

  子供達が考え付いた暇つぶしなゲームとしか認識されていない。まぁ、仕方ないのか。誰がどう見たって王子様の気まぐれな行動としてしか見られない。
 何の正義も無ければ徳も無い様な行動だとはリオ自信も思っている事だった。


 「リオ様、準備が完了しました」

 「うん、ご苦労。フローラの方も大丈夫かな?」

 「ええ、こっちも準備が完了しました。いつでも出撃出来ます」


  準備といってもお互いのベストを確認したり行動ルートを把握するだけ。武器は持たない。
  終盤で出す予定はあるが、出来れば最後まで使いたくない手段だ。リオが考えている予定としては誰も傷つかないでゲームが終了するものだと思っている。
  そもそも本当の目的はエリカを無理矢理本国に戻すことではない。それはあくまで手段であり、狙いはまた別だ。その事を知っているのは本当に一部だけ。

  リオはジェイミーに意味ありげな視線を送った後、兵士たちの先頭に立ちゲーム開始の声を上げる。


 「わざわざ地球まで来てくれてありがとう、諸君。おそらく君達にはただのゲームにしか見えないだろうがこれはエリカを本国に連れ戻し保護するための
  大事な任務だと思って頂きたい。了解してくれるね?」

 「ハッ!」


  統率がなされた返応。思う事を態度に出さないのは当たり前なのだが任務に従順なのは見ていて分かる。彼らはプロなのだから当然と言えば当然か。
  チャイムの音が辺りに鳴り響きゲーム開始の合図がなされる。これより日没までにエリカ達を捕えればリオ達の勝利。顎を引いて校舎を見詰めた。
  
 
  (作戦通りに行けばいいが・・・さて、良い方向に転べばいいが) 

 
  散々嫌な奴を演じてきた。上から見下ろす様な口調や仕草、独裁者気取りの王子様で通してきたのだからせめて良い結果が出てほしい。
  内部に紛れ込んでいるレジスタンスを炙り出す為の今までの行動――――フローラの様子をチラッと横目で窺うが、まだ怪しい行動はしていない。
  リオには内緒でエリカに度々会っていたのをリオは知っていた。だが会っていただけだ。何も政治的な話をしていないのはジェイミーからは聞いている。


 「では皆の者、突撃だ!」  

 「了解! オイお前ら、行くぞー!」

 「応ッ!」


  だから、今回のこの事でハッキリと明確とした決着を着けたい。
  リオはそう思いながら一人の男子を思い出す。堂々とエリカの恋人だと言い、威風堂々とした振る舞いをしたあの男子生徒の事を。


  (面白い男を捕まえたものだと思っていたが、二回目会った時は普通の気の良い男だったな・・・・。どういう事だったのか、あれは)


  こちらを逆に観察するような眼光。一見してはただの不良崩れだと思ったが、話してみて一本筋の通った男だと見受けられた。
  油断だらけで隙が無く、口の悪さの割には話の組み立てに理知さを感じさせられた。恐らく頭が良いのだろう。背筋も張っていたし端然としていた。
  だから次に会うのを少し楽しみにしていたのだが、この間校門前で会った時はただの爽やかで優しい男だった。服装もノーマルで前の面影が無い。


 「・・・まるで別人だな」

 「誰の事ですか、リオ様?」

 「ほら、あのエリカのボーイフレンドの桜内君の事だよ。最初会った時は中々面白い男を捕まえたものだと思ったんだが、次に会った時はなんだか
  普通な感じの男の子だったから疑問に思ったんだ」

 「ああ・・・、あの男の子ですか。私の事を張っ倒すとか言ってましたよね。無謀というか何も知らないと言うか―――不良未満の男ですね。この
  間会った時はそんな様子など微塵に感じられませんでしたが」

 「いやいや、桜内君は私が止める事を知っていて挑発したんだよ。ずっと私と私の周りを観察していたからね。話している途中で腕を組んだり手振りで
  言葉を続けて悟られない様にしていたよ。面白い男だと思わないか?」

 「・・・・少し買いすぎだと思います。そこまで考えているような男だとは私は思えませんでした」

 「そう思わせる事が目的だと思うけどね。ああ、もっと話をするべきだったかな、あの時」

 「・・・・」


  リオの興味に触れたのか、義之との会話を悔やむ様に話すリオを見てジェイミーは密かに息を吐く。
  良い君主なのは間違い無いのだが時々自分が興味を引いたものを思い出し耽る癖があるのは少々困り者。
  そういう時はこちらの話が余り耳に入らないのだから。今目の前の事を集中して欲しいジェイミーだったが、口を閉じ校舎を見詰める。

  なんにせよ――――目の前の事が終わったら話す機械等いくらでもあるのだから。
  ジェイミーは後ろに立つフローラの視線を感じながら、気付かない振りをして目を細めた。























  妙に生活感がある。エリカは室内を見回しながら備え付けてある冷蔵庫の中を見て見た。
  中には生ハムやチーズ、カルパッチョを作る為の牛肉の切り身とかがある。ぶっちゃけていえば酒のつまみになりそうなものばかりだ。
  一瞬ここは自分の部屋ではないのかと思ったが、ここの借用書の名前には父上の名前が書かれている。つまりこれらの事を考えると一つの事実に突き当たる。


 「・・・・義之がここに出入りしている可能性がありますわね。全部義之の好みのつまみ類ですし」

 「可能性、というか多分してるでしょうね。この世界の義之とエリカさんって付き合ってる様だし。それ繋がりでここを出入りしてるのでしょう」

 「―――――え?」

 「それって本当ですかっ? 弟くんがエリカちゃんと付き合ってるって」

 「ここに来る前にあの世界の音姫さんに助力して貰ったお蔭でこの世界の情報は大体つかめています。今どうやら学校に居る様ですけどね」


  頭を掻きながら片目を瞑るアイシア。やっと彼に追いつけた事に安諸したのか、ソファに座り深く息を吐く彼女。
  音姫は音姫で「そうかー・・・弟くんとエリカちゃんかぁ」と呟いて窓の外を見やる。エリカ恋事情を知ってるだけに感慨深い様だ。


 「ちょ、ちょっとアイシアさん、それって本当なんですか? 私と義之が・・・」

 「らしいですけどね。とは言ってもここ、平行世界での話。別人だと割り切った方がいいですよ。お分かりだと思いますけど」


  感情を連ねるなという意味も含めて多少挑発的に発言する。前の世界での暴走の件もあるので用心に越した事は無い。
  そのアイシアの心情を悟ったのかそれとも気付いてないのか、何か考えるように顔を伏せ隣に座る。少し窮屈に感じるが好きな様にさせた。
  音姫はきょろきょろと周りを観察するように目を走らせ、ふと、机の上に放り出された書類らしきものを見つける。手に取り何気無しに内容を確認。

  すっと上から流す様に見て・・・・、最後に示された金額に吹き出してしまった。


 「ど、どうしたんですか音姫さん? いきなりむせて・・・」

 「ゴホっ、い、いえ・・・・。多分これ弟くんがこの世界で稼いだ金額だと思うんですけど、ちょっとその金額に驚いてしまって」

 「どれどれ、ちょっと拝見―――――ぶっ」


  筆跡が自分の知っている弟くんに似ており、またこんな紙を彼の部屋で見た事がある音姫。その時は金額までは確認しなかったが・・・。
  アイシアもまたその金額見て面喰らったように吹き出す。自身が露店を開いている事もありお金の大きさは知っていた。尚更その多さに驚いてしまう。
  優に数ヵ月分の稼ぎぐらいある。そういえば数ヵ月分の金額と言えば結婚指輪が連想される。早くして欲しいものだ。こちらは何時だって覚悟はしてるのだから。


 「ああ・・・。早く義之はっきりしてくれないかなぁ。この歳で結婚指輪なんて貰ったら余りの嬉しさに桜の木植えちゃいそうですよ」

 「アイシアさんっ、お気を確かに。いきなり話が飛躍し過ぎですよ。というかまだアイシアさんは若いじゃないですか。下手すれば自分よりも」
   
 「・・・・まぁ、これでも段々歳を取る事は出来たんで成長はしてるんですけどね。それにしてもなんて金額を稼いでるんですかねあの子は・・・・」

 「そういえば弟くん、天枷研究所で働いてからお金の羽振りが良くなったって言ってた・・・。何でも活動の幅が増えたとかなんとか・・・」

 「相変わらずそういう所には目が行くんですから」


  呆れた様に顔を手で覆う。お金に執着してる訳では無いのだろう。本当の母親であるさくらの教育で目端が利く様になったのは知っている。
  あれだけ自慢気に自分の母親を自慢出来るとあってはさくらも母親名利に尽きると思う。だが、もう少し可愛気があってもいいのではないかとも思ったり。
  あの歳でこういう事ばかりしてるのは歳相応ではない。普通の子供らしさがあるべきだ。いや、その他にも色々言いたい事は山ほどあるけど・・・。

  嘆息するように息を吐き――――隣に座っていたエリカが急にすくっと立ちあがった。アイシアは驚いた拍子にソファーから落ちそうになる。


 「あわわ!? きゅ、急に何ですか、エリカさんっ?」

 「行きますわ、学校に」

 「え? でも、少し休憩してから探しに行くってさっき皆で・・・」

 「音姫先輩。そんな悠長な事をしてる場合では無いのでは? アイシアさんの話を聞く限りじゃ義之は違う世界に坦々と移動してる御様子。こんな所で
  ゆっくりしてると、また義之の姿を見失う事になりかねません」

 「・・・まぁ、そうなんだけどさ」


  確かに弟くんを探し出して安心したい気持ちはある。しかしアイシアに休憩を与えたい気持ちも音姫にはあった。
  連続での魔法行使は体にも負担が掛かる。それに付け加え世界間を移動するなんて想像にもならないくらいの大魔法だ。
  いくら枯れない桜の木の力を借りてるとはいえアイシアには大変な苦労を掛けているという意識があった。

  しかしエリカの言ってる事も最もなので、音姫は眉を八の字にしながらウンウン唸ってしまう。
  その思慮に気付いたのかアイシアは手をひらひらさせながら気にしない様に言った。


 「あ、私の事はお構いなく。お二人で行って来たらどうですかね。音姫さんには義之に掛かった魔法の解除の仕方も教えましたし大丈夫でしょう」

 「わ、私一人でですか?」

 「大丈夫です。音姫さんなら上手くやれますよ。自信を持って良いです」

 「自信、ですか」

 「もう一人立ち出来るぐらいに技術も精神も立派になってます。学校を卒業したら時計塔に行くんですよね? ここらで拍を付けても良いんじゃないですか」

 「―――――分かりました。やってみます」

 
  覚悟を決めた様に頷く音姫。アイシアは笑顔を返し同じく頷く。
  ずっと自分の補助という訳にも行かないだろう。正義の魔法使いを目指しているのなら尚更だった。


 「話はまとまりましたか? では行きましょう、音姫先輩」

 「あ、待ってよー、エリカちゃんっ」


  慌ただしく出ていく二人。相変わらずマイペースなエリカだったが、その強引さも音姫には必要なのかもしれない。  
  魔法を使う時には多少強引の方が上手く行く。精神的な面も関与するので強気な人間の方が魔法使いには向いてるとアイシアは祖母から教わった。
  その点さくらは本当に向いてるのかもしれない。特に義之の本当の母親。なんだあの自信の塊のような人間。本当に義之の上位互換じゃないですか。


 「それに比べて音姫さんは優しいんですよねぇ。けど最近はメンタル面も逞しくなってきたし、このまま成長して欲しい所です」

 
  今回の件は音姫にとって良い魔法の訓練になったかもしれない。こんな経験普通の魔法使いならきっと無いでしょう。
  義之に感謝するべきでしょうかね、まぁ、見つけたら文句を沢山言ってやりますが・・・・。まさか助けに来た私言い返したりしない筈ですし。

  アイシアは義之と会った時の様子を想像しつつ、さすがに疲れがピークに来たのかそっと閉じるように瞼を降ろすのだった。 

 









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