「っぶないわねーっ! ちょっとアンタ、気をつけなさいよねー!」
「・・・・・」
ぶつかりそうになった女子生徒はそう言い、立ち去った。周囲を見渡せばその女子生徒だけではなく、あちこちで忙しそうに走り回る
生徒で一杯だった。
そう、今日は――――
「クリパ、か・・・めんどくせーなぁ」
そう言って歩き出すオレ。風見学園の恒例行事の一つと言っていい大規模なお祭りが今日開催される。
窓の外を見れば露店がたくさん並び、ホットドッグ屋、お好み焼き屋、たこ焼き屋など定番の店が何店もある。
売り子なのだろうか、エプロンを着用した可愛らしい生徒が客引きをしていた。
クリパの思い出にあまりいい思い出はなかった。なぜならこのお祭りは部外者にも一般公開されているからだ。
そうすると色々な奴が集まる。純粋にお祭りを楽しむ者、お祭り気分に浸りたい者、ナンパ目的で来る者と多種多様な人間が来る。
人が多く集まればもちろんの事だが、喧嘩が起こるなんて当り前の事だった。祭りに喧嘩は付き物とはよく言ったものだ。
オレなんかも例外無くその騒ぎに巻き込まれた人物の一人だが――――
オレから手を出したわけじゃない。誤解されがちだが、別にオレから絡んで喧嘩を仕掛けた事は今まで無い、と思う。
人と絡むのが嫌いなオレはそういった喧争からは離れたいわけだが、どうも体質らしく絡まれる事が多い。
主には気に食わないだのとか言って突っかかってくるヤツ、カツアゲの類のものだ。もちろん応じる訳もなく、そういう時
はいつもどうでもいい対応をしてその場を離れようとしていた。
大体カツアゲする連中は手が出るのが早い人種だ、そういった態度が癇に障るらしく、そこから喧嘩に発展して騒ぎにもなった。
でも悪いと決めつけられるのはほとんどオレだった。まぁ仕方ないかとも思う。大体最後に立っているのはオレだった。
別に喧嘩が強い訳ではないと・・・・思う。絡んでくる相手にはロクな奴がいないからだ。
空手とかボクシングをかじってる様な連中もいたが所詮かじってるだけだ。練習のハードさに耐えきれなく、辞めてる連中が
ほとんどだ。そんな奴らは、階段の下とか二階の窓から服をつかんで放り投げていたが――――。
でも余程の事じゃないと停学にはあまりならなかった。生徒会長の音姉、さくらさんがいつも庇ってくれていたからだ。
感謝してもしきれないと思う。しかし、残念ながらオレはクズの部類に入る人間だった。問題のこの性格があった。
音姉には特にひどい事をしていると一応自覚はある。いつもオレに親身になって携わってくれる人間だからだ。
しかしオレは近づいてくる人間に対しては容赦がない人間だった。いつも泣かせていたように思う。
さくらさん――――はそこまでの事はしなかった。頭がいいのだと思う。オレが人に対する距離感を理解しているのかあまり込み入っては
来なかった。
さりげない優しさはいつも感じていたが、それだけだ。それ以上の事は干渉してこなかった。人心把握に長けているのかはわからなかったが。
だがいつも心から心配してくれているのは分かった。そして一定の距離、さくらさんに随分甘ったれていたと思う。
オレはさくらさんの前ではタダの餓鬼になり下がっていた。
「しかし今回はアレだからなー・・・あまり騒ぎを起こしたくなぇな~」
別世界から来たオレ、こっちでは少し真面目になろうと思った。しかし思いだすこの数日間の記憶――――ロクなもんじゃない。
せめてこういう日は平和に過ごしたいもんだ。だれも絡んでこなければの話だが――――
「ねぇ、義之」
と声を掛けられる、振り返るといつもの無表情顔の雪村がいた。
「そろそろお化け屋敷が始まるわよ、準備お願いね」
「分かったよ」
そう、オレは珍しい事にクラスの催し物に参加していた。たまには真面目に参加しようと思ったからだ。でも大した仕事ではなく
客の整理だけの仕事ではあったが。
そこに関しては雪村に感謝したい。お化け役だったオレを急遽こっちに回してくれたのだ。みんなその意見に賛成だった。
教室で起きた一件以来、オレは浮いていた。怖がるやつまで出てきた。そんなオレが出来る仕事といえばこれくらいしかなかった。
みんなと仲良くお化けの格好をして楽しむ――――ありえなかった。
オレがそう言って歩き出す。雪村は何か言おうとして口を開きかけるが――――閉じる。
アレ以来そういう事が多い。まぁ、あまりうっとおしくなくていいわけだが・・・。
「ん? 行かないのか?」
「――――え? ああ、行くわよ」
そう言ってオレの脇に並んだ。特に何を思ったわけでもない。ただこれからお化け屋敷が始まるというのに突っ立っていたから
声を掛けた。
隣の雪村は話しかけてこない。元々無口だがあの一件以来あまり話しかけてはこなかった。時々観察されるかのように見られては
いるのは気付いていたが、特にオレは何も言わなかった。かったるかったからだ。
今思えばオレの様子をみて距離感を図っていたんだと思う。猫にそぉっと近づく人みたいに。正直むず痒い気持ちで一杯だったが
特に絡んで来ようとしてこなかったのでオレは放っておいた。
「めんどくせーなぁ、お化け屋敷」
「客の整理だけで、後は自由時間。理想的なスケジュールよね。祭りを楽しむのには」
「だったら強制的にでもお化け役をオレにやらせればよかったんじゃないか? 素直に従う訳ないけどな」
「みんな貴方を怖がっているのよ、とてもじゃないけどみんなで協力しあうお化け屋敷で、お化け役はさせられないわ。
なんならお化け役にしてもいいのよ、急遽、強制的に」
そう棘がある言い方をした。みんなお祭りを楽しみたいのにオレだけ特別処置。クラスからは少なからず恨まれていた。
雪村も例外ではないようで少し、睨みながらそう言った。
「オレがお化けをやると怖がるヤツがたくさん出るんだよ」
「そう、いい事じゃない」
「いつだったか小学校の時にお化け役をやったんだ。その時オレはホラー映画にハマっていた。リアルな造形とCGに憧れを抱いた。
本島の養豚所まで行って豚の舌や肉を貯金はたいて買ったよ。これで憧れのお化けを演出出来るって」
オレはそこで一回言葉を切った。雪村は黙って聞いている。すこしお礼の意味で話をしようと思ったオレは話を続けた。
「そしてオレはみんなを驚かそうと、特殊メイク本を参考にしてオレは本物のお化けを装って驚かしたら、だ――――
坊さんを教室に呼ばれちまった。オレのお化け役を見た教師が呼んだんだ。とんだビビりな教師がいたもんだと思ったよ。
そして教室に響く禅宗のお経を聞きながらオレは笑いを堪えたな・・・」
大変だったあの時は。みんな本当に怖がってたからなぁ・・・・まさか本島から本職を呼ぶとは思わなかった。
この教室には何かがいるとかそいつが言いだして、みんなオレ以外涙目になっていたなと思いだす。その事を話した。
「―――クスッ、何やってるのよ貴方は」
そう言って静かに笑う雪村。
「ちなみにその後お祓い用のお守りを買わされた。一個一万もするものだ。みんなお年玉を下ろして買ってたなぁ・・・。
もちろんオレは買わなかった。みんなはとても心配していたが無視した。なんでいもしない霊の為にお守りを買わなくちゃ
いけないんだと思ったからな、それも一万もするやつをな」
「・・・・クスクスッ、そ、それで?」
「そしてその坊さんがオレに言うんだ――――あなたからは死肉の匂いがする、おそらく豚の動物の生き霊でしょう・・・てな。
オレはそれ以来豚の揚げ物を食う時はお祈りをするようになったよ、豚さん、成仏してくださいって。ちなみに給食に豚肉
出た時はもう死ぬかと思ったね。特にその坊さんもなぜか給食に参加して、うまい言って食ってた時なんかもうな――――」
そう言って話を締めくくった。実際にあった話だ。雪村の反応はというと――――――
「――――プッ、クク・・・・や、やだ、やめてよね」
そう言ってオレをこづいてきた。ちょっとツボに入ったのか珍しく手で口を押さえていた。
もうまともにオレの顔を見られないのか顔を逸らしていた。オレにしては珍しい光景だ。
オレとしてみれば少し感謝の気持ちを表してみたかった。お化け屋敷というめんどい催し物で楽な役割を与えられたからだ。
たまにはちょっとしたお返しって意味で話をしたんだが・・・楽しんでくれたようでなによりだ。
「さぁ、さっさと行くべ」
「え、ええ・・・・ぷっ」
―――――まぁ、・・・気に入ってくれてなによりだ。オレはまだ笑っている雪村を引き連れて教室に戻った。
お化け屋敷の客整理がひと段落して、オレは自由時間に入った。というかこれで終わりだった。
HRでオレがあんまり時間取られたくないと言ったら見事その意見が通ったからだ。みんなからしたら願ったり叶ったりだろう。
教室での事や、まゆきとの一件を耳にした奴が多く、オレはかなり怖がられていた。
そこで雪村がそれを後押しした。そればかりかシフトを極短にしてくれた。みんなの様子をみてあまりオレを居させない方が
みんなのやる気が起きると判断したのだろう。オレとしてみればラッキーという感情しか湧かないわけだが。
まぁ、だからたまにはいいかと思い雪村にあの話をした。クリパでの忙しさは分かっているつもりだからな。
「あー腹減ったなぁ・・・何食うかなぁ」
そう呟いていると向こうから杉並が走ってきた。楽しそうに笑いながら駆けている。後ろからは生徒会のメンバー。
確実に厄介事だと思ったのでオレは身を隠そうとして―――
「マ~イ~ど~う~し~さーーーくらいっ!」
声を掛けられた。無視しようと思って歩き出したが、肩を掴まれる。振り払った。
「っとぉ、最近冷たいな、我が同士は」
「あまりお前と一緒に居過ぎると、ゲイに思われそうだからな」
「はーはっは!お前とオレはイケメンだからな、周囲がそういう妄想をするのは致し方ない」
「自分でいうなよ。オレは行くな」
「まーてまて、このままオレが捕まればどうなると思う?」
「学園が少し平和になるんじゃねーか? たまにはオレもさくらさんの役に立たないとな」
「心にもない事を言いおって。相手はお前のお得意さん相手だからお前に任せるぞ、じゃ!」
ざけんな、少しはそう思ってるんだよ、てめぇ。しかしそう言う間もなく杉並は駈け出して行った。それをどうでもよさそうな目で
見送るオレ。
後ろからは物音を立てながら走ってくる振動。オレはため息をついて振り返った。走ってきたのはまゆきとエリカ―――
杉並が言っていたお得意のお相手とはエリカの事だろうが―――まゆきは専門外だぞテメェ。だいたいまゆきはお前の専門だろ。
ここ数日で杉並がまゆきに追いかけられているシーンは見掛けた。笑って逃げる杉並、必死に追いかけるまゆき。
意外にも二人は楽しそうだとオレは思っていた。そのまま付き合っちまえよとオレが思ったほどだ。
オレの姿を目に留めると、オレの前で停止する二人。まゆきは二ヤリと笑い、エリカはこの間の件があったから気まずそうだった。
「やぁ、弟くん?」
「どうも」
「・・・・・・」
途端に流れ出す重い空気。祭りの喧騒が少し遠ざかった気がした。
「杉並と話してたよね? なに話してたのかな?」
「まゆき『先輩』の相手をしろと言われました」
「・・・・ふ~ん?」
先輩の部分を強調して言った。先輩なんてオレは思っていないし、嫌味のつもりで言ってやった。どうやら意味は伝わったようだ。
ピクリと動く眉毛。少し頭にきたようだったがすぐ冷静な顔に落ち着いた。エリカは場の空気に当てられたのか、きょろきょろしていた。
「相手、ねぇ・・・? 相手出来るかな?」
「できませんね、タイプじゃないんで」
「そっかぁ~残念だなぁ~エスコートしてもらおうと思ったんだけどなぁ」
「エスコート・・・ですか、貴方をエスコートでもしたら調子に乗りそうで嫌ですよ。紳士と淑女の関係の意味を履き違えてそうで」
淑女――――上品で慎ましい女性、そうは見えなかった。勝気な顔でじゃじゃ馬的な雰囲気。とても無理だと思う。
お互い理解し、自分達の関係を高め合える関係―――まぁオレも紳士などという人間とは程遠い。そこまで地位が高いとは思わないしな。
まゆきは今度はあからさまに頭にきたようだ、雰囲気で分かる。細くなる目、閉じた口。腕を組む動作、分かり過ぎた。
「まぁ私もアンタみたいなのは勘弁だね。暴力的な男性は嫌いだしね」
「そうですか、僕もです。とても気が合いそうなのに・・・残念だ。年上と年下の関係―――憧れてたんで」
「そう? 私もよ。可愛げがあって照れ屋な年下なんか好みだしね」
「あまりがっつかない方がいいですよ、引きますから。ああ―――もう遅いですか? 年下食いなんてしてそうですもんね」
「―――誰が?」
「言ってほしいんですか? 罪の自覚があるなら教会にでも行ったほうがいい。キリストはどんな罪にも慈悲を与えるそうですから。
でもそうだ、カトリックとプロテスタントでは救いの方法が両方違うので、どちらも行かれたらいいと思います」
「・・・・・・エリカ、あんたがコイツの相手して」
「―――え?」
「このまま居るとアタシ、問題起こしそうだから。生徒役員が生徒殴ったなんて洒落にもならない」
「えっ―――と、」
「私は杉並を追いかけるわ、頼んだわね」
「えっ、は、はい! 分かりました!」
そう言ってオレを一睨みすると、杉並を追いかけて行った。場に残されたのはオレとエリカのみ。
エリカは少し上目使いでオレに話しかけた。すこし珍しい風だと思った。
「さ、さ、桜内?」
「なんだよ」
「さ、さ、さ、最近あれ・・・ですわね? 寒いですわね?」
「・・・・・・まぁ西高東低の気圧配置だからな。もうとっくに冬になってるわけだが」
「そ、そうですわね~。おほほ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そしてまたきょろきょろしだしたエリカ。この間の件が胸に埋もれていたらしく、話す取っかかりを探しているように思えた。
「まゆきとはあの後、話をしたな」
「えっ?」
「あの件についてはもう気にしてないと言っていた。さっきのはただの言い合いだ。もうどちらもあの件に付いてはしこりは残っちゃいない」
「そ、そうなんですの?」
「ああ」
「―――にしても気が重かったですわ~・・・・」
そういって我慢をしていたのだろう、ため息をついた。別にお前が気にする事ではないだろうと思ったがそれがエリカの性分なんだろう。
今度はいつもの調子で話しかけてきた。いつもの勝気な瞳。上品な空気。目はまゆきと同質のものだが違く感じた。
まぁ―――所詮犬だからな。犬がどんな事をしようが所詮犬だ。ずいぶんな高飛車な犬だが、個性だと思えば気にならない。
「さて、桜内? なにか企んでるわね?」
「ああ? 何の事だ?」
「とぼけても無駄よ、風見学園では貴方と杉並が結構な問題児だと常々聞いてますわ」
「それは初耳だ。将来福祉関係の仕事に就こうかなと思っていたんだが・・・そう思われちまうとは・・・絶望的だな」
「はぁ~嘘ばっかり。だんだん桜内という人間が分かってきましたわ」
「―――分かったよ、今度からはエリカに嘘はつかない、安心してくれ」
「わ、わ、わ、私に嘘をつかなくても意味がないのよっ! わ、分かってるのっ!?」
「ああ―――そうだな、オレ達の間に子供が出来たらそうだよな。子供に嘘をつくような父親じゃ最低だもんな。悪かった。
お前と子供には嘘は付かないよ。神様なんていないと思うが―――誓うよ」
「~~~~~~~~ッ!」
からかわれているのには気づいてはいるんだろうが、顔を真っ赤にしてしまったエリカ。それを見て笑うオレ。
ずいぶん面白い見世物だが、そろそろ行こうかな。
「あ、あ、貴方って言う人は、女性にいつもそうやって接してらっしゃるのっ!?」
「ん? いやそんな事はないな・・・・。まゆきとの件を見てただろ。大体あれの半分ぐらいの嫌われ度だな」
「えっ―――、どうして?」
「オレが人と話すのがウザいと思っているからだ。男、女関係なくな・・・・。人と喋る事が苦痛でしかないんだよ。
生まれつきこういう性格なんだ・・・直そうと思った事もあった。社会で生きていけないと当時思ったからな。
だが直るばかりかどんどん大きくなって・・・人嫌いになった。今じゃ嫌悪感しか感じないし、クラスでも無視
られてるよ。清々して気持ちいい、と思っている」
「・・・・・・」
少し思いつめ、悲しそうな顔をしている。本来ならウザい所なんだが―――感じなかった。
別に嫌悪感もないし嬉しいという感情も抱かない。とくに恋愛感情も―――――感じてはいなかった。ただただ平坦だった。
「まぁ、お前の場合は例外なんだが・・・」
「――――――え?」
「絡むと面白いと感じるし、美人で上品だ。なにより気高さを感じる。今時の女では珍しい、そんなお前をオレは気にいっている」
そう言うと顔を赤らめて顔を伏せてしまった。てかこいつ褒められ慣れていないのか。ずっとそう思っていた。
客観的にみてもかなりの上物だ。口説いてみようとする男子はいないのか―――居ないんだろうな。
あまりも高嶺の花すぎて近づけない、口も聞けない、ただ見てるだけ。そんなところだろう。悪い男に騙されそうだ。
主に口の軽い男には―――そう思った。
「あと杉並ぐらいか。あいつはオレの人との付き合い方を理解している。ウザいが頭はいい。無闇にこっちに踏み込んでこない。
貴重な友人だよ、マジで」
「・・・・・・・た、大切にしないといけませんわね」
「まぁな。本人にはとてもじゃないが言えないが―――言っても笑われて皮肉られるのが関の山か。んじゃそろそろオレは行くわ」
そういって頭をポンポンやる。小声で子供扱いしないで下さると言っていたが無視した。そうしてオレは歩きだす。
後ろをみるとまだ顔を赤らめ伏せていた。やれやれ―――そう思いつつ、オレは移動した。
1※長くなってしまったので二分割しました
2※作者は特にエリカ贔屓ではない・・・つもり・・・で・・す