第6話「遙かなる地球の歌」その1
「アースラ」艦橋のエイミィは己が目を疑った。
「な……一体何が」
地球から数百万kmまで接近した敵、宇宙怪獣の大軍団。敵総数は「アースラ」の計器の計測限界値を遥かに突破しているため判然としないが、概算で数億。レーダーでは敵の姿を最早「領域」としてしか捕らえられない。その「領域」がゆっくりと前進し、地球を飲み込もうとしたまさにその時、敵の「領域」に巨大な穴が空いたのだ。
そこには最低でも百万に達する敵個体が存在していたはずである。だがそれだけの敵が一瞬にして消滅し、代わりのように巨大な何かが存在している。
「な、何これ、戦艦……? でも月と同じくらいの大きさがある」
一方「アースラ」艦橋の上、そこに佇むニアが天空を振り仰ぐ。ニアは彼等がようやくここに到着したことを悟っていた。
「カテドラル・テラ――いえ、超銀河ダイグレン」
ニアの瞳には、宇宙怪獣軍団のど真ん中に乗り込んで敵を次々と蹴散らしていく超銀河ダイグレンの姿が映っていた。
一方「アースラ」甲板のさより達。
「待たせたな、じゃなぁーーいいっっ!!」
「ぷろふぁっ?!」
ハルヒの鉄拳がラガンから現れた男――シモンの顔面に叩き込まれる。シモンはたまらずもんどり打って倒れた。
「なな何すんだよ」
それでも起き上がって文句を言うシモンに対し、ハルヒが槍のように鋭く人差し指を突きつけた。
「何格好つけて勿体ぶっていたのよ! 来れるんならさっさと来なさいよ! あんた達が来るまでにどれだけ被害が出たと思ってるのよ?!」
シモンはちょっと傷ついたような顔をした。
「俺達だって来れるんならもっと早く来たかったんだぜ? 声は早くから聞こえていたんだ。でもなかなか道が開かなくて、いつになったら行けるんだって、ずっと苛々していたんだ」
「でも、どうして今まで道が開かなかくて、どうして急に」
我知らずのうちにそう疑問を呈するユリカに、シモンが当たり前のように答えた。
「そんなの簡単だろ。お前等は助けてもらうことしか考えてなくて、自分達で戦うつもりがなかった。俺達は俺達で『助けてやらなきゃ』って上から目線だった。気合いが一つになってなかったから道が開けなかったんだよ」
「……ああ、そうか」
ユリカはシモンの言葉に完全に納得していた。そもそも召喚という行為自体が「英雄に助けてもらう」ことを前提としている以上、さよりがどう頑張ろうとこの作戦は最初から失敗が約束されていたのだ。召喚が成功したのは奇跡と言っていい。
「おい、お前」とシモンがハルヒの瞳を見つめる。
「へ?」
とハルヒは自分を指差した。
「グレンに乗れよ。自分達で戦うんだろ?」
シモンは不敵な笑みを見せる。シモンの言葉を理解したハルヒは、笑顔を輝かせた。
「え、ええ! やるわ! あたしの力を見せてあげる!」
シモンに導かれ、ハルヒはグレンの操縦席に乗り込む。シモンもまたラガンの操縦席に座り直した。
「さより!」
「は、はいっ!」
シモンに名前を呼ばれ、さよりは直立不動の姿勢になって返答する。
「早く他のみんなも呼んでやれ。みんなこっちに来たくてうずうずしているから」
「判りました!」
将軍に会った新米兵士みたいに、硬直しつつ大声で返答するさより。シモンは笑顔を一つ残し、ラガンのハッチを閉めた。
「行くぜラガン!」
ラガンはグレンと再度合体、グレンラガンとなって天へと昇っていく。
光の矢となって空を翔るグレンラガンを、ニアは笑顔とも泣き顔ともつかない表情で「アースラ」の上から見送っていた。
「アースラ」艦橋ではエイミィが一人で謎の戦艦――超銀河ダイグレンの戦いを見守っている。超銀河ダイグレンはただの一隻で敵本隊の侵攻を押し止めていた。だが、どれだけ巨大だろうと、強力だろうと、ダイグレンはたった一隻だった。
「だめ……! 敵が回り込んでくる……!」
敵本隊がダイグレンを引きつけている間に、敵の分隊が左右から地球へと向かっている。分隊と言っても、それぞれ億に届く宇宙怪獣を擁する大軍団だ。ダイグレンのない地球など一捻りだろう。だが、
「――敵の侵攻が止まってる?」
いや、止まっているのではない。何かが敵を止めているのだ。ダイグレンに比べれば吹けば飛ぶくらいに小さい。宇宙怪獣一個体に比べてもまだ小さい。その小さな何かが、億の宇宙怪獣を押し止めている。敵の数を一方的に減らしている。
「アースラ」から見て獅子座方向の天空に陣取り、腕を組んで仁王立ちになっているのは灰色の鋼の巨人である。巨人の中では、一人の少女がやはり腕を組み、威風に鉢巻きをなびかせていた。
宇宙怪獣の砲撃が巨人を襲う。だが巨人は煩わしげに振った右腕だけで、その砲撃を打ち払った。
「このガンバスターを、ただのマシンと思わないでよ」
その威容こそ人類の夢、人類の叡智。百億の宇宙怪獣にも屈しなかった、人々の希望。それこそオオタ・コウイチロウの心と、アマノ・カズミの努力と、タカヤ・ノリコの根性の結晶――その名はガンバスター!
「バァスター・ビィーームッッ!!」
ガンバスターのバスタービームが万の宇宙怪獣を消し飛ばし、蒸発させた。
もう一方の魚座方向に存在しているのは、ガンバスターよりさらに小さい、人間サイズの何かである。エーテルの風にたなびくマフラー、白く輝く少女のボディ。やはり堂々と腕を組んで敵と相対しているのは言うまでもない。
「立ち上がるのに必要なのは、武器でもバスターマシンでもありません!」
彼女の頭部の、アンテナのような髪の一房が意志を持つかのように左右に動いた。それに合わせて、宇宙怪獣と似たような姿を持った一団が整然と動いている。
「心の奥底からわき上がるひとかけらの勇気。それこそが人間の本当の、最強の武器!」
バスターマシン7号ことノノは脚部からバスターミサイルを放った。さらに彼女に率いられた無敵のバスター軍団が宇宙怪獣と文字通りに激突する。両者の激突とそれによって生まれた爆発は、まるで巨大な壁のようだ。ノノとバスター軍団は結界を展開しているかのように、宇宙怪獣をある一線から一歩も先に進めさせなかった。
一方牡牛座方向。そこに位置しているのは敵本隊と、超銀河ダイグレンである。地球を飛び立ったグレンラガンは瞬く間にそこに到着した。
「行くぜ、ダイグレン!」
グレンラガンがダイグレンに搭乗――いや、合体する。ダイグレンが戦艦から人型に変形、そこに誕生したのは天体サイズの巨神だった。
「おいお前、あれをやるぞ」
シモンからのその言葉に、ハルヒが戸惑ったのは一瞬である。
「ふふん、面白いじゃない」
ハルヒはそう言って同意した。シモンが銀河に響けと雄々しく口上を切る。
「敵は幾万、幾億、無限大! だが!」
シモンの口上にハルヒが続く。
「助けを求める声あらば、世界を超えて現れる!」
「螺旋の友が呼ぶならば、時代を超えて甦る!」
そして二人が唱和する。
「英霊合体、超銀河グレンラガン!!」
「俺を!」「あたしを!」
「誰だと思ってやがるっっ!!!」
超銀河グレンラガンが鎧袖一触とばかりに周囲の宇宙怪獣を蹴散らす。メガトン級水爆を遥かに超える爆発が、まるで線香花火のように無数に花開いた。
グレンラガン、ガンバスター、バスターマシン7号の勇姿を見守っていたニアはある決断を下した。ニアは目を瞑り、精神を集中させる。
「――え? 何これ?」
旧横浜市街上空を必死に逃げ回っていたなのはは、空中で目を見開いた。
「空間の質が変わった? 結界が展開されたのか?」
一方「アースラ」のクロノもそれを察知する。そこに、前触れも音もなくニアが出現した。
「さよりさん。今わたしが残していた最後の手を発動させました」
「ニアさん……」
ニアはさよりの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「今、太陽系全体が超螺旋宇宙へと一時的に遷移しています。ここでは認識が実体化し、意志の強さがどんな奇跡をも可能とする。銀河聖杯による連続召喚を。総力を挙げてネメシスを倒します」
「うん、判った」
さよりが力強く頷く。さよりは目を瞑り、意識を数多の宇宙、無数の平行世界へと延ばした。まるでさよりの意識があらゆる宇宙、全ての平行世界を把握しているかのようだ。英雄達に声を届かせることが出来る。彼等の声を聞くことが出来る。早く呼べ、道を開けと、揃ってさよりにそう言ってくれている。
出来ないことは何もない、そう思えた。
「――来て! 力を貸して、一緒に戦って!」