第6話エピローグ
荒野の中にぽつんと存在する寒村。そこを一人の男が訪れていた。
「おおっ! 水が出た!」
「やったー!」
集まった村人が歓声を上げている。村の中央に掘られた井戸、そこから水が勢い良く吹き出ていた。
「ありがとうごぜぇます、なんとお礼を言ったらいいものやら……」
村長がフードをかぶったその壮年の男に頭を下げている。水脈の上に固い岩盤があったため井戸の採掘作業が滞っていたのだが、その男が手持ちのドリルで岩盤を砕いてしまったのである。
ドリルを担いだ男は、
「花を植えてくれ。この村を花いっぱいにしてくれればそれでいい」
それだけ告げて村長に背を向けた。小さなブタモグラを連れたその男は、次の村へと向かって歩いていった。
西に沈む太陽が荒野を赤く染めている。赤い荒野の中を一人と一匹で前へと進むその男の前に、突然一隻の戦艦が出現した。
「むっ……」
男はドリルを手に警戒する。だが、戦艦から現れた女性の姿に、男の手からドリルが滑り落ちた。
「に、ニア……」
ニアと呼ばれた女性が今にも泣きそうな微笑みを男へと向ける。数十mの二人の距離がゼロになるまで少し時間が掛かった。その戦艦のブリッジでは、そんな二人の様子をユリカが温かく見守っていた。
「見守っていた……まる、と」
さよりはその文章に一区切りつけて、一休みする。コーヒーを飲みながら、さよりは大きく伸びをした。疲れた目を休めるために窓の外を眺めるさより。その肩の上にはすなすなが乗っている。
さよりが元の世界に戻ってきてから1ヶ月が経過していた。
さよりがあの世界で過ごしたのは2週間ほどだが、元の世界では半日も経過していなかった。このためさよりは精神面以外には何の支障もなく元の生活に戻っている。
さより以外はどうだったか。
まずあの決戦直後。イリヤは本人が事前に告げていた通りに休眠に入ることとなった。
「これほどの大軍団を召喚したことは過去になかったし、これからもないでしょうね。召喚した軍団の量と戦力を考えると、休眠期間が何万年になっても不思議はないわ」
イリヤはそう言い残して元の指輪型ロストロギアの姿となり、それは事前の協定通りにクロノ達の手に委ねられた。最終的には管理局の保管庫で永い永い眠りに就くのだろう。
魔力を使い果たして目を回していたハルヒは、意識を失ったままの状態で有希に連れられ元の世界に戻っていった。別れを惜しむ間もなかったのは残念だが、彼女がその力を自覚しないよう封印を施すためにはそれが最善だったのだから仕方ない。
そしてあの世界の情勢である。BETA・艦載機級との戦いで人類側の戦力は7割減に近い消耗を強いられた。だがBETAはそれ以上に消耗しており、地球上のハイブもH6・エキバストゥズとH7・スルグートを残して全て破壊されている。人類の優位はまず揺るがないだろう。
宇宙怪獣の大軍団と艦載機級の襲来、そしてそれを撃退した謎の軍団。世界を混乱の坩堝に陥れた一連の出来事に対し、明快な説明を提示したのが香月夕呼である。夕呼曰く、
「我々と同じ螺旋構造の遺伝子を持つ種族と、それを目の敵にしている存在。両者が宇宙の彼方で互いの存亡を懸けて戦っている。仮に、一方を螺旋族、もう一方をアンチスパイラルと呼ぶことにしよう」
「アンチスパイラルは螺旋族の一種である人類を滅ぼすために太陽系に乗り込んできた。一方、螺旋の同胞を守るため、アンチスパイラルを倒すため、螺旋族の戦士も太陽系を訪れた。螺旋族の斥候艦と最初に接触したのが横浜基地である。我々は彼等と情報交換を行っていた」
多大な被害を受けた各国政府は夕呼を非難せずにはいられなかった。
「その事実をすぐに公表していたら、BETAや艦載機級に備えることが出来たら、被害はここまで大きくならなかったのではないか?」
夕呼はそれに対し、
「すぐに事実を公表したとして、皆さんはそれを信じられたとお思いですか?」
その反論に沈黙するしかない各国政府代表。さらに、夕呼の切り札が非難を完全に消し飛ばした。ナデシコのディストーションフィールドやグラビティブラストにつながる重力・空間制御技術、その基礎理論を全世界に公表したのである。
それが、純夏がユリカを経由して遺跡の演算ユニットに侵入して盗み取ってきたデータであり理論であることは言うまでもない。ユリカは事態に頭を抱えた。だが、これにより夕呼の立場が大幅に強化されたこと。そして、公表されたのが基礎理論でしかなく、そこから実物のディストーションフィールドやグラビティブラストを作成するにはまだ何十年もの試行錯誤が必要であろうことから、結局は夕呼のやったことを追認するしかなかった。
それに、月面や火星のBETAはまだ健在なのだ。この世界の戦力増強は不可欠であり、それには夕呼の頭脳や今の地位が必要なのである。
ちなみに、純夏が盗み取ってきたデータの中にはオモイカネシリーズの実現につながる人工知能関係理論が含まれていたのだが、それは夕呼の最後の切り札として徹底的に秘匿された。
「アースラ」は横浜基地沖で修理を続け、数日後には何とか次元航行が可能なまでに復旧、ミッドチルダへの帰路に就いた。さよりも「アースラ」に同乗し、元の世界に戻ることとなる。さよりの元の世界、およびミッドチルダへの航路を示したのはユリカであり、「アースラ」をして六次元の壁を飛び越えさせたのはニアである。
「ネメシスを倒してもわたしの役目が全て終わったわけではありません」
「アースラ」に同乗したニアはさより達にそう言っていた。
「ネメシスが撒いた種子はそれぞれの宇宙で独自の進化を遂げ、勢力を拡大し、その宇宙の螺旋族を今も脅かし続けています。BETAや宇宙怪獣に類似したそれらの種の根絶。それがこれからのわたしの役目です」
「わたしもニアさんの手伝いをすることにしたわ。木星の中心核に引きこもっているよりずっと良いしね」
やはり「アースラ」に同乗したユリカはさより達にそう言っていた。また、
「やっぱり螺旋族の戦艦が必要ですよね。何より、螺旋の戦士の協力が必要だと思いませんか?」
さよりの元の世界に到着するまで、ユリカはずっとそう言い続けてニアを辟易させていた。さよりが「アースラ」を降りて以降のことは判らないが、あの分なら説得されてしまっていても不思議はない。
つまり、さよりが執筆していたニアとシモンの再会は、実は単なるさよりの想像なのである。
いや、願望であり、希望であると言っていい。この文章を発表し、さよりだけでなく多くの人々が二人の再会を観測すれば、平行世界の彼方であるいはそれが実現するかも知れない。
「二人はいつまでも一緒でした……BETAは全て倒され、世界に平和が戻りました……やっぱり物語はハッピーエンドでなくちゃ」
そしてさよりは物語を紡ぐ。遠い宇宙の、幸せな結末を夢見て。
それはとてもちいさな、
とてもおおきな、
とてもたいせつな、
愛と勇気と――気合いと努力と根性のおとぎばなし
(完)
○あとがき
「GONG! 超銀河英雄大戦」はこれにて完結です。
皆様お付き合いいただきましてありがとうございます。
最後に、発表の場をご提供いただいた舞様に感謝いたします。