第2話「機動戦艦さよりな」その2
「さよりちゃんの力で取り寄せてほしいものがあるの。この世界を救うためにそれが必要だわ」
和やかな休憩時間が終了し、その場は真面目な空気に包まれた。
「……桜花作戦以降、BETAとの戦いは順調に推移しています。にもかかわらず、さよりさんの力が必要なのですか?」
霞の問いにユリカが頷く。
「それは、一月前から太陽系が『何か』に閉じ込められたことや、地球にマックホルツ遊星が接近していることと関係がありますか?」
「後者はイエス、前者はノー、かな。わたしも詳しい話は聞かされていないんだけど、これまでにないBETAの大群が太陽系に接近しているらしいの。『彼女』はBETAの目から太陽系そのものを隠す防壁を展開しているらしいわ。地球に接近している遊星の正体はBETAの一種で、宇宙戦闘用らしいわ」
「らしい、らしい、ばかりね。ちゃんと確認された情報はないの?」
夕呼がそう皮肉り、ユリカが恐縮した。
「ごめんなさい、『彼女』が防壁の展開に全力を使っていて、ちゃんと話が出来ないんです……名前も聞いていなくって」
「とにかく、どれだけの大群なのかは判らないけどBETAを迎え撃つために戦力を揃える必要があるんです。それも、必要なのは宇宙戦の戦力です」
純夏の言葉に、夕呼は肩をすくめた。
「今の地球の宇宙戦力なんて、たかが知れてるわよ。オルタネイティブ5が建造した移民船団を戦艦に改修する作業が進められているけど、改修が終わってるのはまだ10隻もないはずよ」
マックホルツ遊星がBETAである可能性は、当然ながら米軍や国連航空宇宙軍でも検討されている。このため現在は地上のハイブ攻略を後回しにして宇宙戦力の整備が急ピッチで進められているところである。また、何機かの無人偵察機がマックホルツ遊星へ向けて射出されていた。偵察機は火星と木星の間の小惑星軌道上でマックホルツ遊星と接触する予定である。
「今の地球の戦力は当てにはしてないです。当てにしているのは平行世界の宇宙戦艦です」
一同の視線がさよりへと集まった。さよりは思わずユリカに問う。
「もしかしてわたしにナデシコやユーチャリスを取り寄せろ、と……?」
「Yユニット装備のをお願いね」
(はぁと)付きで無邪気に可愛くおねだりするユリカ。さよりは思わず、
「できるわけあるかーー!!」
とわめいた。
「やっぱり駄目?」
「駄目とかじゃなくて無理なんだってば。戦艦大和やエンプラ級空母と同スケールの宇宙戦艦の取り寄せなんて、人間業じゃありません」
「そっか、それじゃ仕方ないので第二案です」
冗談に付き合わされたことを悟ったさよりは、ユリカに対し軽く殺意を覚えた。
「正直、これは未確認情報や希望的観測が沢山入った話なんだけど……さよりちゃんには『星々の記憶』と呼ばれる、ある秘宝を取り寄せてもらおうと思うの」
「『星々の記憶』?」
「ええ、古代火星人の残したデータにはそう記されているわ。古代火星人にとっても正体不明原理不明の、超古代の遺産……伝説の神器。
人間原理って知っているかな。宇宙は人間みたいな知的生命体に認識されることによって初めて存在し得る。人間の認識が変わればそれにつれて宇宙のあり方も変化する。違う歴史、違う科学史を持った平行世界間では物理法則すら同一ではなくなってしまうの。
人類の歴史と宇宙の変遷は軌を一としている。宇宙には、星々には人類の歴史が刻まれている。『星々の記憶』と呼ばれる神器は、星々に刻まれた記憶を読み取るためのもの。そして読み取るだけじゃなく、それを再現することも出来るの。つまり、歴史上、伝説上の英雄や軍団を召喚するための神器、それが『星々の記憶』」
「……まるで聖杯ね」
半ば冗談でさよりはそう呟く。が、
「あ、そう言う呼ばれ方もしたみたい。『一書に曰く、その名を銀河聖杯』」
ユリカの言葉を聞いてずっこけそうになっていた。
「そ、それはともかく。ユリカさんはその『銀河聖杯』を使ってナデシコを召喚しようと?」
「うん。わたしがどれだけナビゲートしたとしても、戦艦一つを直接取り寄せるのはいくらさよりちゃんでも出来ないと思う。でも『銀河聖杯』は軍団一つ、艦隊一つを丸ごと召喚できるらしいから」
「その『銀河聖杯』の所在は判っているんですか?」
霞の問いに、ユリカは自信なげに答えた。
「うん、一応。古代火星人の残したデータに該当する反応は掴んでる。かなり遠くて大変だけど、わたしがナビゲートすれば多分取り寄せられると思う」
「また頼りない話ね」
夕呼の皮肉っぽい口調に、さよりはちょっと反感を覚えた。
「できるかどうかは実際やってみれば判ることだわ。ユリカさん頑張ろ!」
「うん、ファイト!」
さよりとユリカは拳を握って気合いを入れた。
さより・純夏・ユリカが正三角形を描くように立ち、夕呼と霞がそれを少し離れた場所から見守っている。
「わたしが純夏ちゃんに座標データとか送るから、純夏ちゃんがそれをさよりちゃんにプロジェクションで伝えて。わたしが直接ナビゲートするより、多少なりとも精度を上げられると思うから」
「うん、了解」「判った」
ユリカの指示に頷く純夏とさより。ユリカと純夏の間で無言のままデータの転送が行われ、純夏がそれをさよりへとプロジェクションをする。データを受け取ったさよりは眩暈を起こして倒れそうになった。
「さよりさん、大丈夫ですか?」
「う、うん何とか。慣れない感覚を頭に直接入れられたから、目が回っただけ」
不安げな霞の問いに強がってそう答えるさより。純夏もまた心配そうにさよりに確認する。
「さよりさん、イメージは掴めましたか? 取り寄せられそうですか?」
聖杯との距離は物理的には銀河の反対側よりも遠い場所で、その距離感を人間が感覚的に理解できるものに変換すれば、そのイメージを受け取れば、気絶しそうになるのも当然である。聖杯の視覚的イメージは存在しなかったので、純夏が送ってきたのは聖杯のエネルギー値関係のデータだった。それを無理矢理人間の五感に変換したものだから、さよりに理解できたのは、それが熱くて冷たくてつるつるしていて風が吹いている何かということくらいである。
正直さよりは「こんなの出来るかぁ!」とわめいて全てを投げ出したくなっていた。が、崖っぷちでどうにかそれを思い止まる。脳に電流を流されているかのような激しい頭痛を堪えながら、全身全霊を込めて銀河の果てに意識を飛ばし、その熱いんだか冷たいんだか良く判らない何かと似た感じがしないでもない何かの存在を捉える。そして、その存在を平行世界の彼方から強引に引き抜こうとするさより。気分は地引き網漁の漁師である。
「……くっ……あ、あんたはこっちに……来なさいよおーーっっ!!」
さよりが雄叫びを上げ、そのままぶっ倒れた。精根を使い果たしたさよりは半ば気を失っている。ついでに言えばすなすなもエネルギー異常のあおりを食らって目を回している。霞が急いで駆け寄ってさよりを抱き起こした。
霞はさよりを介抱しながら周囲を見回すが、そこに目新しい何かは存在していない。
「純夏さん、聖杯は……? 失敗ですか?」
一方純夏はユリカと不思議そうな顔を見合わせている。
「どうして何も? 何かがこちらに移動してきたのに」
「うん、時空震は観測してる。出現座標がずれたのかも」
その時、その地下室にサイレンが鳴り響いた。純夏は即座に基地のデータ通信網に侵入して情報を得ようとする。
「――BETAじゃない? 未確認機……ただのスクランブル?」
一方夕呼は携帯通信機を使って部下から情報を得ようとしていた。
「ピアティフ? 何が起こっているの?」
『レーダーが未確認機の反応を旧横浜市街地上空で捉えました。その、機体が何もないところからいきなり現れたみたいに、レーダーに突然反応が現れたんです』
夕呼が無言のまま視線でユリカに問い、ユリカもまた無言のまま頷いた。
「未確認機の映像がほしいわ、直ちに偵察機を出しなさい。帝国軍には見つからないようにして」
『了解』
夕呼の命令に従って3機の戦術機が出撃した。未確認機が旧市街地に不時着しているのではないかと推定されたためである。戦術機は匍匐飛行を使って最大戦速で移動、数分を経ずして目標との予想邂逅地点に到着した。
さより達のいる仮想空間の中は、今は横浜基地の中央司令室っぽく構成されていた。戦術機が捉えた映像は、データリンクに侵入した純夏によりリアルタイムで夕呼達の前に表示され続けている。具体的には中央司令室正面の特大モニターに、廃墟となった横浜の住宅街の姿が映し出されていた。その廃墟の町並みの中に、巨大な何かが存在していた。
「わ、わたしの家がー?!」
「……戦艦?」
純夏の実家を押し潰して鎮座していたのは、巨大な戦艦だった。ただし、それが戦艦だと理解できたのはユリカくらいである。双胴の艦首が艦体から伸びるその先鋭的なシルエットと未来的なデザインは、この世界の戦艦のイメージとはあまりにかけ離れている。夕呼も霞も、ユリカに言われなければそれが戦艦だとはとても判らなかっただろう。そしてさよりは、
「………………」
その艦のデザインにどこか見覚えがあったため、必死になって自分の記憶を検索していた。
画像の中の戦艦に急接近する戦術機。その時、その戦艦が気球のように優雅に浮き上がり、消えた。夕呼や霞は目を見張る。
「鑑、あれはどこに?!」
「見失ってません、大丈夫です。今あの艦に侵入を……何これプロコトルが違いすぎ……くっ」
純夏が苦しげに顔を歪め、霞達はそれを見守ることしかできない。だが純夏は「あ、こっちなら」と何かに気付いた。そのまま順調そうに作業を進め、やがて一仕事終えた顔を夕呼達に向ける。
「あの艦の人と連絡が取れました。横浜基地の4番ドックに入港するよう依頼、向こうもそれを承諾しました」
「そう」
と夕呼は純夏の行動を追認した。
「それじゃ4番ドックに行きましょう」
夕呼の言葉に従い、ユリカを残して4人はその部屋を出る。ふと、夕呼はさよりに、意地悪そうな笑顔を向けた。
「巨大戦艦一隻、取り寄せちゃったわね。あんた本当に人間?」
「ほっといてください」
さよりはふて腐れたようにそう返すしかなかった。
横浜基地、海軍施設の4番ドック。横浜基地は国連軍にとって極東最大の拠点であり、軍港としても充実した設備を誇っている。4番ドックは大和級の戦艦も余裕で収容できる、全天候型巨大乾ドックである。純夏は異世界の戦艦を入港させるにあたり、人目に付かないことを最優先とした。
ドックの中は野球場が二つくらいは入りそうな巨大な空間で、人目を避けるためにライト等は灯されておらず、昼間でも非常に暗い。乾ドックとは言え使っていない時は海水に満たされていて、暗がりの中で水面が静かに揺れている。
ドックは先ほどまでは全くの無人だったが、今はそこに4人の女性が集まっていた。そして、そこに巨大戦艦が入港する。
「うわぁ……」
さよりはそのまま絶句した。途方もなく巨大と思えたドックが、船艦が入った途端手狭な印象になってしまった。つまり、この戦艦がそれだけ大きいということだ。
「本当、あんた良くこんなもの取り寄せられたわね」
夕呼もそう言って感嘆した。そして意識を切り替えてさより達に警告する。
「相手は軍隊で、あたし達より遥かに進んだ技術力を有している。決して気を抜くんじゃないわよ」
戦艦の上部甲板が開き、連絡艇と思しき飛行艇が出てきた。飛行艇は数十mを飛翔、夕呼達の前に着陸する。そして飛行艇の中から、軍服風の外套をまとった一人の少年が姿を現した。
「真上君!」
さよりは思わず彼の名を呼んでいた。少年に駆け寄ったさよりは当惑する彼の手を掴み、皆から少し離れた場所に引っ張っていく。一同の注目を集めていることにも気付かないまま、さよりは少年と密談しようとする。
「あの、どこかで会いましたか?」
「あなたには会ってないけどね。早く中央管理局に問い合わせてよ」
「中央管理局?」
少年はますます当惑するばかりである。さよりは小首を傾げて確認した。
「平行警察じゃないの?」
「いえ、我々は――」
だが、さよりは少年の答えを聞く前に悟ってしまっていた。少年に続いて飛行艇から出てきたのは、黒いマントをまとった金のロングヘアの少女と、白い制服姿のツインテールの茶髪の少女。二人の少女は杖のようなものを手に持っている。
「――時空管理局です」
さよりはその場に崩れ落ち、失意体前屈の見本みたいな姿勢になった。
解説
○ミスマル・ユリカ
出典は「機動戦艦ナデシコ」。
「遺跡の演算ユニットが平行世界の自分とつながっている」という設定は公式にはなかったと思います。ただ、公式では「遺跡の演算ユニットには時間と空間の区別がなく、過去・未来の自分とつながっている」→それなら「現時点から見て無数に存在する未来の可能性全てとつながっている」→「過去のある一点から見て、無数に存在する現在の可能性全てとつながっている」→なら「現時点の平行世界と直接つながっている」としてもそんなにおかしくはないだろう、と拡大解釈しています。
○真上カイエン
出典は「さよりなパラレル」。
いわゆる「真上シリーズ」の一人だが、平行警察の現地監視員ではなく何故か時空管理局に勤めている。
「アースラ」副艦長でクロノの補佐。StSで言えばグリフィス君の立ち位置。一応魔導師だがランクは高くない。