第3話「魔法少女パラレルさより」その2
「……わたしがいつ誰に造られたのかは記憶にないのだけれど、少なくてもアルハザードの時代にはもう存在していたわ。あの時分のどこかの国がわたしを使おうとして自滅したことがあったから」
イリヤの説明はそんな台詞から始まった。「自滅」という単語に夕呼達が眉をひそめるが、黙って話の続きを促す。
「わたしを使うことは魔導師なら大して難しくはないわ。契約を結んでわたしは契約者から魔力の提供を受ける。契約者はわたしに過去の英雄・軍団などの召喚を依頼する。契約者の魔力を使ってわたしはそれを実行する。召喚された英雄や軍団は魔力によって作り出された実体のある幻。魔力がなくなれば幻は霧散し召喚は終了する」
「戦いの時だけ呼び出して、用がなくなれば『はい、さようなら』か。実に都合が良いわね」
夕呼がそう皮肉り、
「ええ。そういう意図で造られているのだから」
とイリヤが真顔で返した。
「だが、過去の英雄・軍団を召喚するなんて……一体どうやって」
クロノがそう疑問を呈し、イリヤが解説する。
「召喚できるのは過去だけじゃないわよ。充分な魔力さえあればどんな過去でも、あるいは未来でも、異世界や平行世界であってもそこから英雄・軍団を召喚できる。わたしの異名の一つに『星々の記憶』というのがあるけれど、わたしはその『星々の記憶』から英雄・軍団の情報を取り出し、それに魔力で仮の実体を与えるの。
……宇宙や星々は人類の認識とともに変遷する、宇宙の変遷は人類の歴史でもある、その人類の歴史と宇宙の変遷が刻まれているのが『星々の記憶』。別の言い方をすれば人類の集合無意識とか、アカシックレコードとかになるわ。そしてこれは各々の宇宙の外側にある。外側にあるから各々の宇宙の時間の流れには影響されず、自分の宇宙だけでなく他の宇宙の英雄・軍団を選ぶことも出来る。
ついでに言っておくとわたしのこの姿や人格も、ある宇宙の『星々の記憶』から取り出してきた情報を元に構成されたものよ」
「……ああ、やっぱり実際の話なんだ、あれも……」
さよりが疲れたようにそう呟き、イリヤはにやりと笑った。
「ええ、その通り。『星々の記憶』に刻まれた英雄譚の情報は他の世界に流れやすいの。他の世界に流れたそれらの情報はフィクションとして再構成され、それを人々が認識し、その認識が元の世界を安定させる。その相互認識が平行世界全体を安定させる力となっているわ。
あなたの世界は特にその情報が流れ込みやすい、特異点となっているみたい。だからあなたの知っているフィクションとされる物語のうち、全部じゃないけど何パーセントかは他の世界で実際にあった出来事なの。人々に認識されやすい、つまり人気のある物語ほど実際の話だった可能性が高いと言えるわね」
「だからこそ、さよりちゃんに来てもらったんです」
といきなり口を挟んできたのはユリカである。
「さよりちゃんのその特異な能力は勿論わたし達にとって必要だけど、それだけじゃないの。さよりちゃんの知識、さよりちゃんの世界の数多のフィクションに関する知識、実際にはフィクションじゃなく別の宇宙の現実のお話であるそれらの知識。それこそ重要なんです。
さよりちゃんにはイリヤちゃんと契約を結んでもらい、それらの知識を元に異世界の英雄・軍団を召喚してもらおうと思っています」
「ええっ?! でも」
素っ頓狂な声を上げるさよりをユリカが宥める。
「勿論わたしと純夏ちゃんが全力でサポートします。
さよりちゃんが召喚対象を指定、わたしが平行世界を検索してそれが実在かどうかを確認、実在ならイリヤちゃんが召喚を準備し、わたしと純夏ちゃんで召喚対象の確固たるイメージをさよりちゃんに渡し、さよりちゃんが召喚実行、純夏ちゃんが召喚対象をこの世界にナビゲートする。……これがわたし達の作戦の概要です」
ユリカの言葉が一同の脳裏に浸透した。だがさよりが控えめに異議を唱える。
「……あの、わたし魔導師じゃないんだけど。それでもイリヤちゃんと契約できるの?」
ユリカが意表を突かれたように大きく目を見開いた。さよりが「もしかして考えてなかったの?」と言わんばかりの疑いの目を向け、ユリカが焦ったようにでっかい汗を流した。
「――出来るわよ。さよりの力も広い意味では魔法の一つだから」
イリヤの助け船に「本当?!」と飛びつくユリカ。さよりはユリカに呆れながらもイリヤに「そうなの?」確認。イリヤの解説を聞く。
「魔法や魔術は、突き詰めれば意志の力で現実を自分の都合の良いものに変えること。猫が生きている世界と死んでいる世界、二つの世界のうちの一つを自分の意志で選ぶこと。10個のダイスを一度に振って10個とも1が出る確率は6千万回に1回だけだけど、その6千万回に1回の可能性を最初の1回目の現実にしてしまう。無数に存在する未来の可能性の中から、自分の意志で特定の可能性を認識し、それを現実とする。それこそが魔法の根幹であり、それはどんな世界であっても大して変わらないわ。
そういう意味ではさよりの力は最もプリミティブであり、だからこそ強力な魔法よ。確かにリンカーコアも魔術回路もないけど、さよりは魔法が使える。なら、わたしと契約できないわけはないわ」
「そっか、良かった。それなら何とかなるかも」
と明るい表情をするさよりと一同。だがイリヤがそれに冷や水を浴びせた
「残念だけど、一番大事なものが欠けているわ。あなた達の作戦は失敗するわよ」
「な――」
さよりはそのまま絶句する。言葉を失った一同を、イリヤは仮面のような笑みを見せつつ見渡した。その中で一人、クロノだけが何かに気付いた様子を見せる。
「……君は『充分な魔力があれば』と言っていた。それは一体どれくらいの量を言うんだ? そもそも、人間一人で賄えるようなものなのか?」
さよりが「あ」と漏らし、一同にも理解の色が広がる。イリヤは肩をすくめた。
「魔力が無制限にあるのならわたしは何だってやってみせるわ。銀河中の大艦隊を集めて宇宙を埋め尽くすことだってしてみせる。でも、人間の保有する魔力量なんてたかが知れてるのよ。
以前アルハザードでわたしを使おうとした連中は、自国民の大半を生け贄に捧げて膨大な魔力を捻出した。確かに望みの軍団は召喚できたけど、半日も持たずに時間切れ。当然ながらその国は跡形もなく滅んだわ」
会議室は重苦しい沈黙に包まれた。さより達はそれに押し潰されそうになる。
「――それで、生け贄の儀式ってどういう風にやるの?」
夕呼が軽い口調でそう問い、室内の空気は別方向のマイナスに転じた。
「夕呼先生!」
「正気ですかあなたは?!」
「博士、それは止めてください」
さよりとクロノとユリカが夕呼を止めようとするが、夕呼の暴走は止まらない。
「嫌ねぇ、本当にやるかどうかは判らないわよ? でも準備は必要じゃない?」
「彼女が言っていたでしょう、『その国は滅んだ』と。あなたは自分の手でこの国を、この世界を滅ぼすつもりですか?」
「全滅を免れるなら、十数億人をすり潰して百万人を助けられるなら、あたしはそれを選ぶわよ。それがこの世界の現実なの」
クロノの発する怒気と殺気を夕呼は悠然と受け流す。最早夕呼は魔女を通り越して魔王の域に達していた。
「そんなの、オルタネイティブ5と何も変わらない……夕呼先生ならもっと良い手段を選ぶことが出来るんじゃないですか?」
さよりは夕呼を見つめ、挑発するようにそう告げた。夕呼は肩をすくめる。
「正直、あまりにも専門外であたしには手札を選べるほど手持ちがないの。むしろ岡島、あんたの方が良い手札を持ってるんじゃない?」
「わたしが?」
ええ、と頷く夕呼。
「この場の誰にも出来ないのなら、出来る人間を連れてくればいいのよ。人間に出来ないのなら、神様でも悪魔でも引っ張ってくればいいのよ。あんたがね」
夕呼の言葉を受け、さよりは自分の考えに沈み込んだ。一同の期待の視線を集めながら、さよりは懸命に記憶を検索する。
(魔力、魔力、魔力、膨大な魔力を持ったキャラ……高町なのは、八神はやて、遠坂凛、間桐桜、シエル……駄目、到底足りない。わたしが魔力を持っているくらいなら、別に魔法関係に限らなくていい。人間には不可能、じゃあ神様か悪魔なら――神?)
「あ」
さよりの知識の中の、ある人物がヒットした。さよりは鋭い視線をユリカへと向ける。
「ユリカさんすぐ調べて彼女が実在するかどうか。イリヤちゃん、ユリカさんを手伝える? 純夏ちゃんはわたしのイメージをユリカさんに」
さよりの指示に従い3人が小気味良く動き出す。小一時間ほどの検索作業の後、ユリカ達は結論を告げた。
「……確かにいたわ。さよりちゃんの言う通りの人が」
「『神』とまで称されるのも頷けるわね。何この魔力。本当に人間?」
呆れ果てたようなユリカとイリヤに、純夏が訊ねる。
「それで、『彼女』なら大丈夫なんですか?」
「ええ、『彼女』なら申し分ないわ。たかだか十数億程度の一般人を生け贄にするより、『彼女』一人と契約した方がよほど魔力を得ることが出来る。これなら大艦隊で太陽系を埋め尽くすことも不可能じゃないわ」
イリヤの承認を得て、方針は固まった。『彼女』の召喚に向けてさよりやユリカ達が動き出す。
「召喚と言っても……これはされる側からすれば拉致以外の何物でもないだろう」
クロノ達はそう言って渋い顔をしたが、ユリカ達は取り合わない。
「他に方法はないんです」
「『彼女』なら、むしろ喜ぶと思うけど」
限りなく次元犯罪に近い行為を見過ごすことに、クロノ達は強い抵抗感を持った。が、代案があるわけではないクロノ達にはさより達を止めることが出来なかった。そして、全ての準備が整ったのは翌日である。
翌10月30日、旧横浜市街地の一角。一面の瓦礫の荒野の中に、ぽつんと一軒のプレハブの仮設住宅が建てられていた。その一帯は「アースラ」が最初に不時着した場所であり、かつては鑑純夏や白銀武の自宅があった場所である。
「でも、どうしてわざわざこんな場所で召喚を?」
と疑問を呈したのは高町なのは。鑑純夏がそれに答える。
「この場所はある時期召喚が繰り返されて、一種の特異点となっているの。他の世界とのつながりを持ちやすいから、さよりちゃんの負担も少なくなると思って」
純夏の笑顔にわずかながら翳りを見い出すことが出来るのは、この場ではさよりだけだろう。
『彼女』の召喚に立ち会っているのは全部で6人。召喚者のさよりとサポートのイリヤは当然として、横浜基地代表と道案内を兼ねて、鑑純夏と社霞。高町なのはとフェイト・ハラオウンは「アースラ」代表兼護衛である。
「アースラ」に潰された白銀武宅は仮設ながら一晩で再建されている。仮設住宅の窓や壁は全て特殊装甲で覆われ、中を伺うことは出来なかった。夕呼はさよりに、召喚についてこのように助言していた。
「この家は一種のシュレディンガーの箱。中が観測できない以上、中で何が起こっていても不思議はない。隣の銀河だろうと余所の世界だろうと、どこにつながっていても何の不思議もないのよ。
岡島、あんたはその箱の中に召喚対象がいることをイメージしなさい。これがあたしの考え得る最も確実な召喚方法よ」
また、夕呼はその後にこう付け加えている。
「……と言っても、今は太陽系全体が既に全長120天文単位の巨大なシュレディンガーの箱の中にある。外からの観測が不可能な以上、中でどんな奇跡が起きていようと、どんな魔法が使われていようと、何の不思議もない。あたし達はとっくにその『魔法』の影響下にあるのかも知れないわね」
「要するに、うみねこの六軒島状態ってことか」
というさよりの理解は誰にも共有されることはなかった。
「――それじゃ始めましょうか、さより」
イリヤの指示に従い、さよりと純夏が配置に付く。なのはとフェイトは護衛として周囲の警戒に当たる。なのははさよりからすなすなを預かる。イリヤと純夏から受け取った情報を元に『彼女』のイメージを明確化、それがこの家の中の居るものと思い込む。
(いる、いる、いる……この世界に、ここにいる……!)
意識が二つの世界をまたぐような、いつもの感覚。さよりは確かに何かを取り寄せた手応えを感じた。
「さよりさん?」
「うん、召喚できたと思う」
なのはの問いにさよりが答えた。
……そのまま、妙に間の抜けた沈黙が一同を包み込む。外からは家の中を伺うことは出来ず、家の中からは誰も出てこない。
「……開けてみようか」
一同を代表してさよりがそう言い、家のドアに手を掛ける。が、それと同時にドアが内側から開かれた。さよりはびっくりして一歩飛び退く。
そこから現れたのは一人の少女。体格はさよりと同程度だが、スタイルの良さは段違いだ。着ているのは長袖のセーラー服。おかっぱより少し長い髪を黄色いリボンでまとめた、勝ち気そうな美少女――紛れもなく涼宮ハルヒその人だった。
解説
○高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、クロノ・ハラオウン
出典は「魔法少女リリカルなのは」。
時空管理局が魔法至上主義で質量兵器アレルギーで、管理外世界に武力で干渉介入しまくり、というSSをたまに見かけますが、わざわざそんな悪意に満ちた解釈をしなくても、と思わずにいられません。
てことで、時空管理局のあり方についてはクロノの台詞の通りの解釈です。
○イリヤスフィール・アインツベルン
出典は「Fate stay/night」。
イリヤスフィールの姿と性格をしているというだけで、「Fate」のイリヤ本人ではありません。
銀河聖杯の設定は「Fate」の聖杯の設定を元にしたパチもんであり、出典は特になしです。