第4話「岡島さよりの憂鬱」その2
2003年10月31日。夕呼や霞は午前中から「アースラ」に移動。サーチャーをマックホルツ遊星に接触させデータ収集させる、その現場に立ち会う予定である。
一方の純夏は朝早くから衛士訓練学校である。何故?と彼女が問われれば「夕呼先生の気まぐれです」と答えるだろう。ハルヒが戦術機操縦の訓練を受けたいと強硬に主張、夕呼が気まぐれでOKを出し、純夏はその教官役となったのだ。
ハルヒとともに戦術機操縦訓練を受けるのは、有希・さより。なのはとフェイトは当初単なる護衛だったはずなのだが、いつの間にか訓練に加わっていた。
さすがに強化装備に着替えたりはせず、全員普段着のままである。さより達は軍服、ハルヒと有希は北高のセーラー服だ。まずシミュレーターによる適性試験があり、さよりはふらふらになったが一応かろうじて合格。さより以外は全員高い適性を示して合格した。続いては動作教習基本課程だが、彼女達を本当に戦術機に乗せるわけではないので非常に駆け足で教習を進める。
座学をすっ飛ばしてコックピットに座っているため、動作の一つ一つについて説明を受ける必要がある。説明があまりに多すぎてとても覚え切れず、例え覚えたとしてもそれで出来ることは前進や後退・右折左折といったごく基本的な動作だけ。正直さよりは教習を投げ出したくて仕方なかった。
なのはやフェイトはさよりと同程度におぼつかない操縦だが、それでも真面目に教習を受けているし、特に辛そうには見えない。教習や訓練の類は管理局で慣れているからだろうか。ハルヒは退屈な教習を一番最初に投げ出してもおかしくないと思っていたが、誰よりも真摯に、熱心に受け続けていた。有希にはそもそも教習の必要などなく、付き合いで一緒に受けているだけである。彼女がその気になればすぐに白銀武並みの機動が出来るだろう。
数時間ぶっ続けで教習を受け、休憩に入ったのは昼食の時間になってからである。ぐったりしたさよりは未だ元気なハルヒに引きずられるようにしてPXに移動した。
「――ねえ、どうして操縦訓練を?」
さよりは合成鯨の竜田揚げ定食を突きながらハルヒに訊ねる。一方ハルヒが口いっぱいに頬張っているのは合成中華丼である。
「ん? そんなのあのロボットを動かせるようになるために決まってるじゃない。あのロボットでなきゃBETAってやつと戦えないんでしょ?」
当たり前のことを言うようにハルヒは返答した。だがその答えにさよりは当惑する。
「わたし達の作戦が成功すれば、わたし達が戦う必要なんてないんだけど……」
それに、今回の主戦場は宇宙空間だ。衛士でもない彼女達が戦術機を駆って戦う羽目になるとしたら、それは作戦が失敗してBETAが降下しているという最悪の事態だけである。
「自分の役目はちゃんと果たすわよ。作戦が失敗していいなんて思ってない。でも、正直言ってこの作戦は気に入らないわ」
食べ終わったハルヒは立ち上がりながらさよりに告げる。
「召喚するだけ、戦ってもらうだけ、何もしなくていいなんて、あたしの趣味じゃないのよ」
ハルヒはそのまま食器を片付けに行く。そしてまた教習を受けに行くのだろう。さよりは急いで竜田揚げ定食を完食し、ハルヒの後を追った。
純夏は教習を適当なところで切り上げ、午後になったら『アースラ』に戻るつもりでいた。だがハルヒとさよりが競うように懸命に教習を受けているため、なかなか切り上げることが出来ない。そうこうしているうちにタイミングを失してしまっていた。
同時刻、『アースラ』。同艦が放ったサーチャーは間もなくマックホルツ遊星と接触するところである。エイミィやカイエンは艦橋でサーチャーからのデータ受信を待ち構えている。夕呼と霞も艦橋での同席を許可されてそこにいた。
「データ受信開始。映像届きます」
サーチャーが捉えたマックホルツ遊星の映像が艦橋のメインスクリーンに表示され、畏怖とも感嘆とも付かない声が上がった。夕呼もまた声を上げそうになるが、それを何とか押しとどめる。
スクリーンに表示されているのは、前方が尖っていて後方が膨らんでいる、巨大で毒々しい色の、生物らしき何かだった。その異様な形状は人間の発想のものではなく、他星系の生物と見なす他ない。
「……これがBETAなのですか? 提供してもらったデータのBETAのどれにも似ていないのですが」
クロノが疑問を呈する横で、エイミィが隣のオペレーターと「うわー、気持ち悪」「色だけはきれいかも」等と小声でしゃべっている。
「おそらく、今地球にいるBETAとは別系統の進化を遂げた群れに属しているのでしょうね」
夕呼は艦橋の全員に解説してあげた。
「そもそも今地球にいるBETAにしても、共生するにも何らかの目的で造られたにしても、不自然に種類が多いし形状もバラバラで、まとまりがなさ過ぎる。多分、宇宙で最初に造られたBETAは一種類だけで、機能も単純なものだったのでしょうね。資源採掘のために他惑星に送り込まれ、そこで現地の生物と衝突し、その中で戦力を増強させ形状を多様化させていったのよ。
BETAは接触した生物の形質を取り入れて自己進化する機能を持っていると見られている。兵士級や戦車級が人間の形質を取り入れて作り出されたBETAであることは明らか。なら、突撃級や要塞級や他の種類も、過去に接触した種族の形質を取り入れて生み出されたものと見なすべきよ」
「そしてこの遊星も、ということですか」
クロノの言葉に、夕呼は「ええ」と頷いた。
「新確認・新種のBETA――戦艦級とでも呼称すべきかしらね」
そうこうしているうちに、サーチャーはマックホルツ遊星――戦艦級BETAに触れんばかりに接近する。
「スキャナー起動、魔力スキャン開始します」
魔力スキャンはどんなものの内部にも走査線を送り込むことが出来る。魔法結界でも使わない限りこれを防ぐことは不可能である。
サーチャーが戦艦級に対し魔力を使った走査を開始した、その瞬間。
「?!」
クロノ達が息を呑んだ。戦艦級の表面の半球状の物体が紅く輝き、メインスクリーンが沈黙した。
「さ、サーチャー破壊されました」
オペレーターの一人がそう報告する。その報告が終わらないうちに、エイミィが悲鳴に近い声を上げた。
「戦艦級の反応をロスト! 所在把握できません!」
「カイエン、広域魔力走査の準備。範囲は第五惑星軌道圏内で」
「了解」
だが、カイエンが何をする前にエイミィが戦艦級の所在を掴む。
「戦艦級の出現を確認! 場所は――月軌道!!」
驚愕が颶風となって艦橋を突き抜けた。
「BETAが空間跳躍を?! そんな馬鹿な!」
常識を覆された夕呼がたまらず怒鳴り声に近い声を出す。クロノ達にはそんな夕呼に構っている暇がない。
「戦艦級、地球に向けて急速接近! 速度は光速の9パーセント! 推定目標、本艦!」
「全艦緊急発進! 全員衝撃に備えろ!」
「戦艦級に高エネルギー反応!」
「アースラ」が4番ドックの屋根を突き破って緊急浮上。その直後、4番ドックに光の砲弾が降り注いだ。巨大ドックが跡形もなく吹き飛び、「アースラ」も爆風に煽られて流される。
「きゃあぁっ!!」
艦内はミキサーにかき回されているような状態となった。夕呼や霞は手近な椅子やモニターに必死でしがみつく。
戦艦級からの攻撃はさらに続いた。強力な光弾が陸地に突き刺さり、海面に水柱を生み出す。「アースラ」操舵士は体勢を立て直すべく必死になって操縦する。戦闘機並みの機動により「アースラ」は何とか戦艦級からの砲撃を避け切った。
「横浜基地が……」
砲撃の流れ弾を受けた横浜基地は甚大な被害を受けたようだった。今の霞はモニターから基地の様子を伺うことしかできない。
「香月副司令。本来なら戦闘開始前に退艦してもらうところですが、そんな余裕はなさそうです」
「余裕があっても降りるつもりはないわよ」
クロノの気遣いに対し、夕呼は笑い飛ばすようにそう告げた。
「戦艦級から小型種分離! 数は100以上、急速接近!」
「全艦最大戦速! 振り切れ!」
戦艦級から分離したのは戦術機と同スケールの、昆虫みたいな形状のBETAである。100以上出現したそれらは大気圏を突入し、マッハで空中を飛行し「アースラ」に殺到する。「アースラ」は急速上昇で大気圏外に脱出、小型種の半数を振り切った。振り切られた数十体の小型種がそのまま横浜基地へと流れていく。
「副司令、小型種が横浜基地に」
「今は他人の心配をしている場合じゃないわよ、社。とにかくこの戦闘を乗り切らないと基地の救援にも行けないわ」
夕呼は霞を落ち着かせる。そして「とりあえずあの小型種は『艦載機級』とでも呼びましょうか」とクロノに告げた。
一方横浜基地。突然の砲撃により基地が受けた損害は小さくない。それでも何とか総員が戦闘配置に付いた頃、艦載機級の群れが基地に殺到した。高射砲が砲撃し、戦術機が突撃法を撃ち放つ。
衛士訓練学校の校舎から飛び出したさより達が目にしたのは、我が物顔で空を飛ぶ艦載機級と、地上からの砲撃だった。砲撃を受けた艦載機級が爆散・墜落していくのが見える。だが慣れない対空戦を強いられている横浜基地側は苦戦しているようだった。
「BETA? 一体どこから?!」
「空戦タイプ? あんなのがいたの?!」
さよりとハルヒは呆然としたまま激しい空戦を見上げている。艦載機級の姿は昆虫か甲殻類に良く似ていて、兵士級や戦車級よりは真っ当な生物に近いように思えた。純夏は厳しい表情でデータリンクで得た情報の分析を進めている。一方なのはとフェイトは、
「レイジングハート」「バルディッシュ」「「セーット・アップ!!」」
二人は変身してバリアジャケットを身にまとった。それは戦闘を眼前にした空戦魔導師としての本能みたいなものだったが、この場合はそれが裏目に出た。
「動きが変わった? ――こっちに向かってる!」
横浜基地をかき回すように攻撃していた艦載機級が、突然動きを変えた。全個体が一斉にさより達の方へと殺到してきている。慌てて物陰に隠れるさより達。なのはとフェイトはその場から飛び上がり、砲撃魔法を放つ。それで仕留められたのは2体だけだ。残り数十の艦載機級となのは・フェイトによる命がけの鬼ごっこが始まった。
一方衛星軌道上の「アースラ」。一見「アースラ」と戦艦級は熾烈なドッグファイトを演じているように見えるだろう。だがその実、「アースラ」は戦艦級の追撃から必死に逃げているだけだった。「アースラ」の通常武装は艦載機級には効果的でそのほとんどを撃破したが、肝心の戦艦級には全く通用しなかったのだ。
「アルカンシェルを搭載していなければ手も足も出ないところだったが」
「使えなきゃ意味がないわね」
クロノ達はアルカンシェルの破壊力には絶対の自信を持っている。だが魔力チャージのために一定時間が必要であり、その間「アースラ」は無防備になってしまう。
「何とか時間を稼げる場所まで移動できれば……」
「それならここに移動すると良いわ」
夕呼が指し示したのは地球に一番近いラグランジュ点である。そこは移民船団建造の廃材が放置されたため、人工的な岩礁となっている。クロノは夕呼の提案を受け入れ、「アースラ」を一路ラグランジュ点へと向かわせた。最大戦速で加速をし続けた「アースラ」はものの十数分でその地点に到着する。
「よし、光学迷彩結界展開。あの岩礁で身を隠す」
「艦長! 現地世界の宇宙軍の戦艦を捕捉! 数は10!」
そこにあったのは、国連航空宇宙軍(実質的には米軍)の宇宙艦隊である。クロノは思わず夕呼の顔を凝視した。夕呼は悠然とした笑みを湛えてクロノを見返す。
「……あなたは、味方を囮に」
「元々BETAは彼等の敵なのよ? 遠慮する必要なんかないじゃない。それに、あれだけの戦力があれば戦艦級だって目じゃないかも知れないわよ?」
夕呼は自分でも全く信じていない言葉でクロノの追求を逸らした。移民船団を改修した宇宙戦艦はオルタネイティブ5の手駒であり巣窟であると言っても過言ではない。夕呼にとっては味方とは言い難い連中なのだ。
光学迷彩結界を展開した「アースラ」は地球側の艦隊に見つかることなく岩礁に潜り込んだ。「アースラ」はアルカンシェルの砲撃準備を全力で進める。
その間に、戦艦級は地球側艦隊と接触しようとしていた。地球側艦隊が先制攻撃でミサイルを撃ち放つ。
「ミサイル、戦艦級に着弾! ――重力崩壊現象を確認! 衝撃波来ます!」
「G弾を?!」
霞は目を見張った。いくら戦艦級が強力でもG弾の直撃に耐えられるとは思えない。勝負はこれで着いた、霞はそう考えた。衝撃波を受けて激しく揺れる「アースラ」の中で、夕呼もそう思っていた。だが、
「映像回復します。――戦艦級を確認! 健在です!」
メインスクリーンに映し出された戦艦級は確かに血を流し、かなりのダメージを受けていた。だがG弾の直撃を食らって生きていること、原形を留めていること自体がおかしいのだ。夕呼が思わず毒づく。
「馬鹿な! あいつ、本当にBETAなの?!」
戦艦級が光弾を放ち、地球側の戦艦を次々と貫く。地球側艦隊はあっという間に1隻残らず全滅した。だがその数分は「アースラ」にとって値千金だった。
「アルカンシェル、魔力チャージ完了! バレル展開!」
「戦艦級急速接近! 安全距離を確保できません!」
「発射後にシールドを全力で展開しろ! アルカンシェル発射!!」
アルカンシェルから放たれた凶悪な魔力フィールドが戦艦級を包み込み、そのまま空間ごと戦艦級を切り刻み、ひねり潰し、押し潰そうとする。だが、それですら戦艦級を殺し尽くせなかった。
「そんな……」
エイミィ達は呆然とする他ない。戦艦級はアルカンシェルの魔力フィールドを、部分的ながら突き破っていた。頭部と思しき部分が魔力フィールドの外に出てきて、本体から頭部が切り離される。全身の9割は根こそぎ破壊されながらも、残りの1割は余命を保った。その1割、頭部と見られる部位が「アースラ」へと最後の突撃を敢行する。
「左舷回頭、避けろ!」
戦艦級頭部が「アースラ」に高速接近、何とか避けようとする「アースラ」の左舷後方エンジンブロックに突っ込んだ。「アースラ」はエンジン一つを失いながらも、戦艦級に対しゼロ距離砲撃、戦艦級の身体を突き放す。さらに極近距離連続砲撃を慣行、戦艦級は爆散した。
戦艦級爆沈の衝撃波を直撃される「アースラ」。戦闘が終わった時、「アースラ」は沈没していないのが不思議なくらいの満身創痍となっていた。
一方横浜基地。時刻は若干前後する。
なのはとフェイトは自分に光学迷彩結界を展開して空中戦を行っていた。光学迷彩と言っても光の球をまとっただけの簡単な代物だが、横浜基地の兵士達に顔や姿を見られないためだけならこの程度で充分だ。
ピンクや金色に輝く光の球が艦載機級と展開する空中戦は、さよりの目には幻想的なもののように見えた。だが当事者のなのはとフェイトは生き延びるために必死である。
「くっ、牽制用の小技程度じゃ傷一つ付けられない。全力に近いディバインバスターじゃなきゃ撃破不可能。スターライトブレイカーなら一掃できるかも知れないのに」
なのはの戦況分析は段々愚痴っぽくなった。最大砲撃で敵を一掃するための時間がほしいのだが、敵はそれを作らせてくれない。多数の敵が間断なく前後左右上下から突撃してくるため、避け続けるので精一杯である。
「……まずい、このままじゃ」
フェイトの方はまだ余裕があるようだが、なのはは避けるのも苦しくなってきつつあった。多少無茶をしてでも勝負に出るべきか、と考えていた時。
(なのはさん、フェイトさん、敵を4番ドック上空に誘い出してください)
純夏はプロジェクションを使って二人にそう要請した。純夏に何らかの作戦があることを悟った二人は要請に従って4番ドック方向へと向かう。それを艦載機級が追撃する。
4番ドックは戦艦級の砲撃により跡形もなくなり、円形の湾となっていた。なのはとフェイトが艦載機級を引き連れるようにしてその上空にやってくる。陸地からそれを待ち構えていたのは純夏と1機の戦術機、不知火。それにさよりとハルヒである。
なのはとフェイトが敵を引きつけるため若干速度を落とし、4番ドック跡地の海面すれすれを疾走する。それを艦載機級が一団となって追尾。不知火が榴弾砲を発射。なのはとフェイトが速度を上げて艦載機級の一団を一気に引き離し、艦載機級が速度を上げてなのは等を追おうとしたその時。不知火が放った榴弾が艦載機級の鼻先で炸裂した。
「きゃっ……!」
さより達は咄嗟に目を庇った。S-11榴弾が光と熱となって艦載機級の一団を飲み込んだ。小型のキノコ雲が4番ドック跡地に立ち昇る。
「凄い……これなら」
「いえ、全部は仕留められなかったみたいです」
爆風を逃れた5体の艦載機級がなのはとフェイトへと向かっている。だが二人は動じなかった。
「フェイトちゃん時間を稼いで! スターライトブレイカーで決りを着ける!」
「了解!」
フェイトが5体の艦載機級の中に飛び込み、艦載機級を攻撃、そして逃げる。艦載機級が5体ともフェイトを追い、なのはは少し離れた場所で魔力をチャージし続ける。なのはに向かおうとする艦載機級はフェイトが、純夏の横の不知火が牽制し近づけさせない。
「フェイトちゃん!」
フェイトは無言で頷き、なのはのために射線を開けた。
「いくよ……! スターライトブレイカーーぁっ!!」
放たれた桃色の奔流が艦載機級を押し流し、押し潰す。艦載機級は次々と打ち抜かれ、打ち砕かれていく。物理破壊属性を最大にしたスターライトブレイカーの破壊力は戦艦の砲撃と大して変わらない。この世界の軍艦を撃沈することも可能である。
「……何、あの子。本当に人間?」
と唖然とするハルヒ。なのはの力を知識としては知っているさよりはハルヒほどは驚いておらず、ハルヒの言葉に苦笑を漏らした。
敵を撃破し、安堵の吐息をつくなのは。だが、
「――だめ! まだ敵が」
1体だけだが艦載機級が生き残っている。全身ボロボロのその個体は最後の力を振り絞ってなのはへと突撃を敢行する。魔力を使い果たしたなのははそれに反応できない。艦載機級がなのはに特攻し、なのはの身体を打つ砕かんとするその瞬間。
「――フェイトちゃん!!」
フェイトがなのはに体当たりするようになのはを抱いて、艦載機級の突撃を逸らす。だが完全には躱し切れなかった。艦載機級の身体の一部がフェイトの背中に当たる。フェイトは背中を殴られ、斬られ、血飛沫を散らした。
なのはを抱いたまま墜落するフェイト。さらにそれを追おうとする艦載機級だが、不知火の突撃砲一斉射によりようやく撃破された。
フェイト達は陸地に墜ちようとしていた。さより達は反射的に墜落予測地点へと走り出している。
「ええいいっっ!!」
さよりが全身全霊を懸けてその力を行使、墜落予測地点にクッションを用意する。クッションはアクション映画のスタント等に使われるような、10m四方もある大きなものである。フェイト達はその中に飛び込んだ。
ようやく墜落地点に到着したさより達は壁を乗り越えるようにしてクッションの上に登る。そこには、うつぶせで倒れるフェイトを抱いているなのはの姿があった。
「フェイトちゃん、フェイトちゃん……!」
なのはは嗚咽を漏らしながら片手でフェイトを抱き、もう片手で治癒魔法を行使し続けている。
「……うぐ」
傷口を覗き込んださよりは目を逸らした。フェイトの背中はざっくりと傷口が開き、白い骨が見えている。流れる血は止まろうとしなかった。
そこに不知火を連れた純夏も到着、不知火からは有希が降り立った。フェイトの元にやってきた有希は、治癒魔法を行使するなのはの手に自分の手を添える。なのはは思わず有希の目を見た。
「落ち着いて」
それまで大して効果のなかった治癒魔法が突然めざましい効果を上げた。血が止まり、折れた骨が元に戻り、切れた神経や血管がつながっていく。さよりは、有希が情報操作によりフェイトの治療を行っていることを理解した。
「あなたは一体……」
「あなたの治癒魔法の力。わたしは何もしていない」
ハルヒ達の事情をある程度聞いているなのはは、有希の言葉を受け入れた。
「どう? 直りそう?」
包帯やら傷薬やら、治療に使えそうなものを片っ端から取り寄せながらさよりが訊ねる。なのは涙をぬぐいながら答えた。
「応急処置は何とかできたから、今すぐは生命に別状はないわ。でも早く本格的な治療を受けさせないと」
「もうすぐ『アースラ』が戻って来るみたい。そこで見てもらおう?」
純夏の言葉になのはは頷いた。やがて、戦闘でボロボロになった「アースラ」が降りてきて東京湾に着水。迎えの連絡艇がやってくる。さより達は連絡艇で「アースラ」へと向かった。
ハルヒは連絡艇の窓から、甚大な被害が出た基地内を見下ろした。あちこちから煙が立ち昇り、兵士や重機が忙しく動き回っている。
「……何も出来なかった。何のためにあたしはここにいるのよ」
ハルヒは悔しげな顔を俯かせた。
「アースラ」は満身創痍、沈没寸前といった有様だった。
フェイトは医務室に運ばれ、最優先で治療を受けている。多くの怪我人の中で最も重傷なのがフェイトだった。奇跡的に死者はいない。
会議室、BETA対策本部。そこにはクロノの他、夕呼・霞・ユリカ・イリヤが集まっている。クロノは艦橋のエイミィから艦の状況について報告を受けていた。
「左舷エンジンは完全に潰れてて、修理の当ても見込みもなし。右舷エンジンも同じく不調」
「仕方がない。左右のエンジンは諦めて、中央エンジンを共食い修理で直してくれ。最低限、次元航行が出来ればいい。どのくらい掛かる?」
「丸1日はほしいって」
「手の空いた人間は全員機関部の応援に回ってくれ。それで何とか、2~3時間で直してほしい」
「言ってはみるけど……。ブリッジも、わたし以外は応援に行ってもらうから」
「頼む」
エイミィとの通信を終えたクロノは、深々とため息をついた。
「状況は芳しくないわね」
夕呼の揶揄するような言葉に、クロノは真面目に返した。
「全くです。死者が出なかったのは不幸中の幸いでしたが……」
「横浜基地の方は何人か死んだみたいだけど」
クロノは自分の不用意な言葉に、内心舌打ちした。
「失礼しました。お悔やみします」
「BETAと戦ってるんだから死者くらい出るわ。この程度で済んだのだから被害は少ない方よ」
夕呼はクロノの言葉を軽く受け流した。
「ところでこの艦、この世界の人間には見つからないでしょうね」
「光学迷彩結界を展開しています。レーダーにも写りません」
ならいいけど、と夕呼は呟いた。
「この艦が横浜基地に停泊していたこと、マックホルツ遊星と戦ってこれを撃破したことは世界中に知られたわ。基地司令のところには問い合わせが殺到しているそうよ」
夕呼は他人事のようにクロノに報告する。クロノは頭痛を堪えているような様子である。
「この世界の政争や紛争に関わるつもりはありません。可能な限り速やかに横浜基地を退去しますので」
「心がけは結構ね。もう手遅れのような気もするけど」
クロノが胃痛を併発しそうになっているところに、さよりやハルヒ、純夏・有希・なのはが戻ってきた。医務室のフェイト・機関部の応援に行っているカイエンを除き、対策本部のフルメンバーが揃ったことになる。一同が着席し、会議が始められる。
「夕呼先生、一体何が。マックホルツ遊星は」
待ちかねたように夕呼を問い詰めようとするさよりを、クロノが抑えた。
「マックホルツ遊星は宇宙戦艦サイズの強力なBETAだった。『アースラ』はこれと戦い、多大な被害を出しながらも撃破した。これがそのBETAだ。戦艦級と呼称している」
クロノは端末を操作し、戦艦級の映像をモニターに表示させる。それを目にしたさよりは、思わず椅子を倒しながら立ち上がっていた。
「――BETAじゃない?! まさか……」
蒼白になり、声を震わせるさよりに、クロノが、夕呼が、問う。
「さより、これを知っているのか?」
「BETAじゃないというのはどういう意味?」
さよりはそれを聞いていなかった。記憶の中のその姿と、モニターの戦艦級の映像を重ね合わせる。――どう考えても両者は同一であり、それを否定する要素はどこにもなかった。
「まさか、まさか……宇宙怪獣?」
艦橋のエイミィから緊急通信が入った。
「クロノ君、敵が、敵が……」
エイミィは蒼白となっていた。声と手を震わせながら、エイミィは索敵情報を会議室のモニターへと転送した。土星軌道までを範囲とした広域魔力走査が敵の接近を知らせている。
「BETAの大群が空間跳躍で太陽系に、第五惑星軌道圏内に出現してる……出現し続けてる」
敵総数は――100万。さらに敵は増え続けている。
「……」
対策本部は冷たい沈黙で満たされた。敵はなお増え続ける。
「……ここに表示された数字は、艦載機級も含めてか?」
クロノはかすれた声でそれを問う。エイミィは頭を振った。
「ううん、戦艦級より小さい反応は全部無視してる」
そんな話をしている間に、敵総数は300万を突破した。それでもなお増え続ける。
なお増え続ける。誰一人、声を出すことも出来ない。カウンターが数字を刻む音だけが虚ろに響いている。なお増え続ける。
「はは……」
夕呼は虚ろな嗤いを漏らすことしかできなかった。敵はなお増え続ける。
敵総数は、1億を超えたところで計測不能となった。
「到着したのですね。やつらの本隊が」
さより達の誰のものでもない声が聞こえた。一斉に振り返るさより達。それまで誰もいなかったはずのそこに立っているのは、彼女達が初めて見る女性である。
「あなたは……」
ユリカだけは彼女と面識があった。そしてさよりも彼女のことを、知識としては知っている。
年齢はおそらく20歳前後。全身を覆う、黒いボディースーツのような姿。長く美しい髪と、不思議な形の光彩。
「……ニア?」
彼女の名はニア・テッペリン。または、アンチスパイラルのメッセンジャーと名乗っていた女性である。