憐憫
その夜のこと、荀諶のいる部屋に荀彧が尋ねてくる。
久しぶりの姉妹の再会である。
だが、二人とも相手が昔の相手とは違うということを理解している。
「柳花」
「なによ、桂花」
「どうして、そんなに胸が大きく、胴回りが細く、そして何か妖艶になったのよ?」
「そ、それを言うなら桂花こそ、どうして胸がそんなに巨大になっているのよ!」
何が昔の相手とは違うって、二人して昔は扁平な胸にわずかばかりの女らしさを備えたスタイルだったと言うのが、今や荀彧の胸は劉備のおかげで巨乳の範疇にいれてもよいくらいに成長しており、一方の荀諶は一刀のおかげで胸のサイズこそ荀彧に負けるものの、体つきや雰囲気が魅惑の女と言うにふさわしくなってしまっている。
なんでそんな風に変わったかと思うのは当然だ。
「せ、成長する時期だったのよ」
「そ、そう。それは、よかったわね。
私も成長する時期だったのよ」
「ふ、ふ~ん。奇遇ね」
「え、ええ、姉妹だから同じように成長したのじゃないの?」
「それもそうね」
それから、二人して何か相手の真意を探るように黙って相手の様子を伺っている。
荀彧は、これ以上に荀諶を追求した場合の展開をシミュレーションする。
「ねえ、柳花」
「なによ?」
「何があったのよ?」
「ど、どういう意味よ?」
「……別に。
袁紹様に仕えてどんなことがあったのかと思っただけよ」
「いいことばかりよ」
「そう。いいことって、男でも出来たの?」
「ど、どうしてよ?」
「恋でもして女らしくなったのかと思って」
「そ、それを言うなら桂花こそどうなのよ?
女同士でも愛を感じるの?
そんなに曹操様はいいの?」
「む、胸が大きくなったのと華琳様とは関係ないわ!」
「ふーん……」
「な、何よ?」
「浮気したんだ。
相手は男?それはないでしょうね、桂花なら」
「うるさいわよ!
そういうあんたの相手だって、どんな男か分かったものではないわ!」
「女が出来るより正常だと思うけど。
変態桂花」
…………これはまずい。
荀諶から探りを入れられても同じ経過を辿ってしまいそうだ。
「そ、それじゃ、私は戻るわ。
柳花、女らしくなってよかったわね」
とりあえず、追求は諦めて、早々に退散することとする荀彧である。
「ありがとう、桂花。
あなたも昔よりずっと魅力的な体よ」
「そう、ありがとう」
荀彧は荀諶の部屋を後にした。
二人とも、姉妹に何があったのだろう?と心の底で思っているのであった。
さて、曹操、程昱が言ったとおり、以前の覇気はすっかりなりを鎮めてしまった。
よっぽど蝗が効いたのだろう。
荀彧や程昱はああは言っているが、そうはいっても荀諶が言うとおり民のことを考えたら独立は諦めるのが一番だ。
此度の申し出を断ったら、金を出しても食料は売ってくれないだろう。
袁紹のところから食料がこないとなると、呉に攻め入るか、草木を食べて飢えを凌ぐか、それとも餓死者がいくらでても諦めるか。
そうでもなければ、全滅覚悟で袁紹のところに攻め込むか。
劉焉のところは比較的豊潤だと言う話が伝わってきているが、残念ながら益州に行くには必ず呉を通らなくてはならないので、いきなりそこに攻め込むわけにはいかない。
だいたい、益州は山々に囲まれていて、自然の要塞の体を為しているから、そう簡単に攻め込めるとも思えない。
何か最近妙に弱気になってしまった。
程昱の言うことも尤もだ。
申し出を断ったとしても、その先が続くのだろうか?
やはり、袁紹の臣下になるしかないのだろうか?
そんなことを考えている曹操の部屋に来訪者がある。
「あの、曹操様……」
「関羽じゃないの。どうしたの?
もう、為す術のない私を嗤いにきたのかしら?
そうよね、関羽の心が私に向いていないのを知っていながら、あなたの体だけは何度も頂いたのですからね。
憎んで当然よね」
だが、関羽はそれに対して信じられない答えを返す。
「あの、曹操様は最近昔日の闘志を感じられませんから、その……」
関羽は一旦ここで言葉を切る。
「心は許しませんが、私で役に立つことがあるのでしたら、曹操様の好きにしてくださって構いません」
なんと、関羽自ら体を曹操に差し出そうと言うのだ。
関羽は、必要以上に優しい人間なので、今の主君の曹操が力なく過ごしている様を見て、心を痛めていたのだった。
散々弄られたのだから、曹操なんか放っておけばいいものを。
まあ、そうしないところが関羽のいいところなのだろうけど。
でも、今回同情することは本当にいいことなのだろうか?
「そう。好きにしていいのね?」
曹操が関羽に念を押す。
「はい、多少のことは耐えます」
もう、関羽、不憫な曹操のためなら、という献身的な覚悟でいるようだ。
「服を脱ぎなさい」
関羽は言われたとおり、いつもと同様服を脱ぐ。
相変わらず慣れてはいないが、今日は覚悟があるので涙は出ない。
いつもはそのまま閨に向かうのだが、今日は違った。
「そこに跪きなさい」
「はい」
関羽は怪訝に思いながらも、その場に跪く。
曹操は関羽の目の前に立ち、
パシーーン
と関羽の頬を平手で叩く。
驚きのあまり、声の無い関羽。
「関羽、あなたには感謝するわ。
私は今の自分の状態が見えなくなっていた。
関羽にまで哀れみを受ける状態だったのね。
もう迷わないわ。
私は私の覇道を突き進む。
袁紹なんかに頼らない。
呉を潰してでも生き残る術を考える。
私を哀れむなんて100年早いと知りなさい!」
折角、関羽が好意で慰めてあげようとしたと言うのに、恩を仇で返す酷い曹操である。
まあ、それでも以前の覇気は取り戻せたようだから、関羽の思惑も当たったのかもしれないが、それにしても可哀想なのは関羽である。
また、泣きながら自分の服を持って曹操の部屋を後にしたのだった。
翌日、荀諶は曹操に提案を拒絶する旨、連絡を受けた。
「そうですか、それは残念です。
次は官渡になるでしょうか?
防衛を強化しておいたほうがいいかもしれませんね」
荀諶はそう言って業都に戻っていった。
あとがき
前の話も含めて、曹操と関羽がちょっと違うなぁと思うんですが、他にいい方法がなかったのでとりあえずこんな感じで。
アイデア、苦言など歓迎いたします。
それを見て、後の話との整合がつく範囲で書き直せそうでしたら変えるかもしれません。