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「ところで、この群集をとりあえずどうにかしなくては。
積極的に攻めては来ないけど、居座るんでしょ、きっと」
「私が袁紹軍を蹴散らしてきます」
問いかける曹操に答えたのは関羽であった。
「関羽が?一人で?どうやって?」
尋ねる曹操に、関羽は
「袁紹軍の中にも兵はいるとのことですから、一番の将と一騎打ちをして、完膚なきまでに叩きのめせば、茶番の兵との事ですから全員引き上げるでしょう」
と、答える。
「まあそうね。順当な考えね。
行きなさい」
ということで、関羽が袁紹軍、というか袁紹領観光集団に一人立ち向かっていく。
観光集団に立ち向かうと言うのも表現が変だが。
あまり曹操のところにいたくないという気持ちは、とりあえず秘匿しておく。
「我こそは関雲長、曹操が臣下なり。
袁紹軍に気骨のある武将がもしいるならば、我と勝負いたせ!
そうでないならば、早々にここより退散せい!」
関羽が袁紹観光集団の前で口上を述べると、袁紹軍の中に動きがある。
誰かがやってくるようだ。
「愛紗さん!」
「えっ?」
いきなり真名を呼ばれてびっくりの関羽。
走ってくる人間を見てみれば、(性的に)苦しいときに思いを募らせていた一刀。
「愛紗さん!どうしてここに?」
関羽も、思わず涙腺が緩み、一刀の方に走り寄っていく。
だが、そのとたん、関羽は背中に焼けるような痛みを感じた。
後ろを見れば曹操が般若の形相で関羽を睨みつけて夏侯淵の弓を持っているのがわかったろうが、関羽はもう後ろを振り返りたくない。
「一刀さん……」
関羽は曹操の執念を振り掃うように、痛む背中で着実に歩みを一刀の方に進めていく。
だが、曹操は無情だった。
二射目が関羽の背中を捕らえる。
「愛紗さーーーん!!」
一刀が大急ぎで走ってきて、もう歩くこともできない関羽を抱きしめる。
「すぐ治療すれば大丈夫です!」
「一刀さん、一つだけお願いが……」
「何ですか?」
「その前に口付けをしてください」
一刀は一瞬躊躇したが、関羽をしっかりと抱きしめて、濃厚な口付けをする。
ようやく、曹操の苦難の日々から解放された。
関羽の目に、うれし涙が溢れる。
そして、その直後、関羽はどさっと落ちた。
「愛紗ーーーー!!!」
最期に、一刀の声が聞こえた気がした。
嬉しかった。
「………痛」
関羽は自分の状況を確認する。
背中にやや鋭い痛みがある。
何故か、自分の部屋の床に転がっている。
すぐ隣に、自分の閨がある。
天国とか地獄とか言うところではないらしい。
どさっというのは、自分が閨から落ちた音のようだ。
余程寝相が悪かったのだろう。
全く、この年になって閨から落ちるとは。
背中が痛むのは、落ちたときに打ったからか?
いや、違う。
何かごつごつしたものが背中に当たっている。
これは……靴か。
それにしても、ちょっといい夢だった。
久しぶりに一刀に口付けされて気持ちよかった。
曹操がいなければ最高だったのに。
あの先の夢も見ることができたろうから。
兎も角、まだ夜中なのでもう一度寝ることにしようと閨に戻る関羽であった。
そして、頬をぬらしている涙を拭いて、にっこりとするのだった。
新しい朝が来た。
希望の朝だ。
喜びに……いや、一刀になら胸を開いてもいいかも。
と思っているかどうか不明だが、関羽はいつものように着替えて城内を歩いている。
夢を思い出し、指で唇に触れて、ちょっとご機嫌である。
と、曹操が歩いてくるのが見える。
今はあまり会いたくない人物だ。
「あら、関羽。何か嬉しそうね?」
折角、いい夢だったのに、一気に幸福感が失われてしまった気がする。
「少しいい夢を見ました」
「あらそう、よかったわね。
今から軍議を執り行うから、一緒にいらっしゃい」
「はい、曹操様」
軍議で、曹操は荀彧に出陣の指示を出している。
「桂花」
「はい」
「兵を千名ほど用意なさい」
何か、夢で見たシーンそのままだと思う関羽である。
そして、夢と同じシーンがその後も続く。
許攸が烏巣から離れていく。
曹操はそれを憎らしそうに睨んでいる。
そこで、関羽はどうすべきか?
袁紹軍に向かえば殺されるかもしれないが、それでも関羽の下した結論は……
「私が袁紹軍を蹴散らしてきます」
さて、関羽の運命や如何に?
「でも、関羽が出てきて相手をする武将なんか来ているのかしら?
茶番の軍だと美杏は言っていたし」
関羽の背中を見ながら、素直な疑問を呈する曹操である。
「さあ。まあ、誰も相手をしなければ、それはそれで全員去っていくと思うのですが」
と、答えるのは荀彧である。
「少しは兵も来ているということだけど、誰が将なのかしら?」
「さあ、たかが観光集団の引率ですから、名も知らないような将だと思います」
「そうね」
曹操たちが関羽を見ていると、袁紹軍から男が一人走ってくる。
関羽もその男に向かって走り寄っていく。
「あれは?………あれは!
秋蘭!弓を貸しなさい!
あの男を射殺すわ!!」
「え?……いえ、その……」
「弓を貸せないと言うの?」
「死者が出たら攻め込んでくると言っていましたし……」
「だったら関羽を殺すわ!
奪われるくらいなら、この私が誰にも奪われないようにするまでよ!」
夏侯淵、曹操の命令だと言うのに弓を貸すのを躊躇している。
曹操が一刀や関羽を殺すと言うのは嫉妬心から来ているものに間違いないから。
「まあまあ、華琳様、しばらく様子を見ていてはどうでしょう」
「そうです、華琳様、関羽もあれでうまく袁紹軍を引かせることに成功するかもしれません」
夏侯惇や荀彧にまで窘められてしまう曹操である。
だって、許攸がいなくなった今、次に曹操の寵愛を受けそうなのは関羽だから、関羽を取る男がいたら、夏侯惇や荀彧が応援するのは当然だ。
もう既に関羽は一刀と抱き合い、貪るようにキスを始めている。
「私の関羽があんなに愛し合っているじゃないの!
一刀になんか渡すものですか!
二人とも殺すわ!!」
「いえ、華琳様、今大事なのは袁紹軍を退散させること、関羽とあの男の関係は重要ではありません!」
「くっ!!」
荀彧の余りの正論に、曹操も反論できない。
というより、華琳様、もう少し冷静になってくださいよ、というのが臣下たちの偽りのない気持ちだろう。
曹操、許攸と言い、関羽と言い、案外惚れた女に弱い。
って、これではまるで本物の曹操(男)に対するコメントのようだ。
そのうちに二人の下半身の服が少し乱れてきて、関羽の生脚が一刀を絡め取り、直後、あたりに関羽の悩ましい絶叫が響き渡る。
「あああああああああああああああっっっっ!!!」
着衣ではあるが、下半身で何が起こっているか誰にでも分かることである。
関羽が日々曹操から受けていた恥辱で溜まりに溜まったフラストレーションが、一刀の矛によって爆発的に解放された絶叫だった。
袁紹観光部隊は、二人の邪魔をしては悪いと思ったのか、ぞろぞろと引き返していった。
ちょっと腰を引き気味だった。
一応、目的は果たした関羽だった。
曹操は、もう関羽たちが愛し合っている様子を見るのに耐えられず、泣きながら烏巣の城内に走っていった。
あとがき
烏巣の回にたくさん感想が着ていました。
どうもありがとうございます。
あの感想に対する回答は次回更新後行う予定です。
ある程度は本文中に記載しておきましたが、結構沮授の作戦に近い感想を書いていた方もいらっしゃいました。
まあ、親切心で曹操に加担したわけではありません、ということだけは記載しておきます。