思惑
曹操軍、荀諶が帰ったときから呉の侵攻準備を進めていたので、それからすぐに呉への侵攻準備が整った。
だが、だからすぐに出発!というほど事態は単純ではない。
「私たちが呉に攻め込んでいったら、袁紹軍がこれ幸いと兌州に攻め込んでくるのでしょうね」
そう、袁紹対策である。
劉協のおかげで今のところ小康状態を保っているが、いつまでもそれが続くとは考えられない。
食料の支援も終わったことだし、もう劉協も進軍を止める口実は持っていないに違いない。
だから、曹操軍が手薄になったら攻め込んでくることは十分に考えられることだ。
「はい、濮陽ですら半日で落とされましたから、守備兵も相当に準備して、尚且つ最新型の弩への対応もする必要があります。
これについては諸葛亮の楯と城壁に見張り窓を設けるなど、いくつも対策を施していますから、問題ないと思いますが……」
「他の方法で攻め込んでこられないとも限らないわよね」
「はい。濮陽も経験したことの無い攻撃でやられましたから、まだ我々が知らない攻撃方法がないとも限りません」
「野戦しても十分な兵を残さないと駄目ね。
それも一箇所に。
桂花ならどこを攻める?」
「私でしたら、官渡は放っておいて許都を落としに向かいます。
柳花が『次は官渡』と言っていたのも、許都を手薄にする作戦の一環と考えます」
「風は?」
「同じく、許都を狙います」
「そうでしょね。私もそう思うわ。
では、官渡は見張りの兵を数百残すのみ、15万の兵を許都に集結、将は秋蘭、軍師は風、残りは呉の討伐に向かうこと」
「「「御意!」」」
そう、それこそ沮授の考えていた作戦そのものである。
曹操軍を倒すときは、官渡は放っておいていきなり許都を落としにいく。
許都を落とせば曹操軍は敗れたのと同義だから。
曹操が呉を倒した後、まだ戻ってくる前に許都を落とせば、楽に魏と呉を滅ぼすことができる。
荀彧や程昱の考えた作戦そのままである。
どうやら、軍師と言うのは大体いやらしい作戦を考えさせたら同じようなことを思いつくようだ。
だが、沮授の考えは曹操軍に予見されてしまっている。
沮授の作戦、うまくいくだろうか?
さて、曹操が攻め込んでくることになってしまった呉。
ただ黙って敵が来るのを待っているだけでもない。
「全く、曹操は袁紹討伐にでも向かってくれれば私たちも国の建て直しに時間を割けたのに、全く袁紹は食料支援なんて余計なことをしてくれたわよね」
孫策がぷりぷり周瑜に文句を言っている。
「きっと、曹操を我々に向けるための袁紹の作戦なのだろう」
「山のように食料があるからって、めちゃくちゃな作戦を考えるものね」
「まあ、そのおかげで実際に民も助かっているようだから、必ずしも悪いこととはいえないが、我々にとってみればとんだ災難だな」
「でも、だからって私たちだって、はいそうですかって負けるわけにはいかないのよ。
曹操も私たちのところに攻め込んだことを後悔させてあげるわよ」
「そうだな、その意気だ。
それで、どこで曹操軍を迎えることにする?」
「合肥あたりでどうかしら?」
合肥といえば、確かに曹操と孫権が戦った場所である。
が、そのとき合肥は曹操の城だったので、状況がまるで逆だ。
史実では孫策は既に死んでいる。
そのときの曹操軍の守備は張遼・楽進・李典だったが、楽進は既に袁紹に捕らえられているので、これも史実のトレースは無理らしい。
呉が戦うなら、呉の人間はなんと言っても江の民、江での戦いの方が有利だろうとは思うのだが、如何せん袁術が国をがたがたにしてしまったので、まともな船が禄にない。
民間船はあるが、大きさ、装甲を考えると軍事には不向きだ。
軍船も作ろうとはしているが、他にやることが多すぎてそこまで手が回らない。
ほんの数年前は袁術のところに山のように船があったものを!
つまらない戦や整備不良でどんどん失ってしまった。
呉を興してからまだ1年もたっていない。
国としてまだ未熟なところに攻め込まれると、流石に厳しい。
赤壁のように、少数の船が特攻して、というのは背後に十分な船があるからできるので、少数の船しかないとやっぱり量に負けてしまう。
こんなことなら、呉も蝗にやられて、漢から食料を恵んでもらえたほうがよかったかも、とすら思ってしまう。
今からでも漢に下ってしまおうか?という悪魔の誘いをどうにか断ち切る孫策である。
ゲームの意思が働かなかったら漢に下っていたかもしれないが、三国志ベースのゲームの意思はちょっと意地が悪い。
それに、孫策とて陸戦が不得手な訳ではない。
だったら、孫家軍全軍が戦える陸戦がよいだろうというので選んだのが合肥である。
「また勘と言うやつか?」
「そうね。それもあるけど、地理的にいい場所だと思うのだけど」
「まあ、そうだな。
建業も空にしてもどこからも攻め込まれる心配はないから、全軍あげて合肥で曹操を迎え撃つとするか」
「そうしてちょうだい。
ところで、曹操軍っていやらしい武器をいろいろ持っているらしいけど、それに対する備えはどうなっているの?」
「何れも実物を目で見ていないので細かいことは分からないが、話によれば曹操軍の新兵器は弓、霹靂車、元戎の3つだそうだ。
弓は袁紹軍が用いていたものと同等なものが出来たらしい」
「あの袁紹軍の弓ね。
氾水関で袁紹軍の弓を見たときは、背筋がぞっとしたわよ。
今、こんなの相手にしては勝てないって。
でも、それを再現するなんて曹操軍もすごいわね」
どうやら、見るべき人は袁紹軍の様子を逐一見ているようだった。
「これは、もう各兵の防御を高めるしかあるまい。
体の前面を覆う楯と、上からの攻撃を防ぐ甲冑、その装甲を厚くして矢を防ぐしかないだろう」
「でも、そうすると機動性が悪くなるじゃない?」
「だから、敵と接触するまではそれを使って、敵と接した後はそれを外してしまう。
あとは、兵の練度が雌雄を決するであろう」
「なるほどね。
それで、他の兵器は?」
「霹靂車、元戎何れも機動性には劣るようだ。
だから、煙幕で視界を防いでおき、その間に我々が敵に近づけば、霹靂車、元戎何れも役には立たないだろう。
近づく間に矢が射られると困るので、先ほどの楯が必要になる」
煙で相手を攻め立てると言うのは孫策対黄祖の沙羨の戦いで見せた作戦だ。
たしかに、個々の事例は史実に類するものが多いが、出現順序も出現場所も全くでたらめだ。
まあ、恋姫世界に史実を持ってきても全く意味はないのだが。
「煙?そんなにうまくいくの?」
「風向きはこの時期基本的に北西だが、時々東南の風が吹く。
風を待てるだけ我々が耐えれば、あとはうまくいくだろう。
煙を多く出すためには枯れ草に事前に水をかけておけばよい」
赤壁の戦いと同じ戦法のフロアプランは、このとき既に周瑜の中に出来上がっていた。
この戦い方を河で行ったのが、まさに赤壁の戦いといっていいようなものだから。
だが、演戯ではどういうわけか作戦立案は諸葛亮になっている。
周瑜が聞いたら怒り狂うところだろう。
「ふーん、そうなんだ。
耐えればってところがちょっと問題だけどね。
曹操、それまで待ってくれるかしら?
それに、そんな煙の中を歩いていけるものなの?」
「袋で口許を覆っておけばその程度の距離なら何とかなるだろう。
曹操が待ってくれなかったら、火のつける位置を変えるか何かして臨機応変に対応するしかあるまい」
「わかったわ。それじゃあ合肥に全軍を進めましょう」
「そうだな」
このとき、孫策軍はまだ曹操軍が袁紹軍の真似をして作った対城攻撃兵器の衝車と霹靂車の存在を知らない。
その破壊力は、周瑜も想像できないものだった。
同じ呉の中でも考えが統一されていると言うわけでもない。
「思春、明命、聞いておいて欲しいことがあるの」
「は!蓮華様」
「はい、蓮華様」
孫権が腹心の甘寧、周泰を呼んで極秘の話をしている。
「以前、天の御遣いといわれている男と話したときに言われたことがあるの。
孫家は滅ぼされるとしたら、袁紹ではなくて、曹操だろうと。
この話はお姉様にも冥琳にもしていない。
その男は、これはあくまでも例えの話で、そのとおりになるかどうかわからないと言ってはいたけど、何かその男の台詞からは実際の未来を感じられる。
私達が袁術を倒すだろうと言うことも知っていた。
戦う前から負けることを気にしたらお姉様は怒るでしょうけど、滅ぼされるのと、逃げ延びて再び機会が巡ってくるのを待つのであれば、私は後者を選びたい。
お姉様が聞いたら、何て弱気な!と、これも怒るでしょうけど、それが私の信念。
お姉様も冥琳も失いたくない。
間もなく曹操軍と正面からぶつかることになるけど、これで最後まで戦を続ければ曹操か孫家かどちらか一方が滅亡する。
だから、孫家が負けそうになったら逃げるのに協力してもらいたいの」
甘寧も周泰も事の重大性に返事が出来ないでいる。
孫権も、それ以降言葉を紡ぐことなく、沈黙を保っている。
重い空気が場を支配している。
「わかりました」
暫く経って、甘寧はそれだけ答えて去っていった。
「了解です」
周泰もそれに続いて去っていった。
それぞれの思惑が絡み合い、合肥の戦いが始まることになる。