演戯
曹操は一刀に連れられて、劉協、袁紹の許に向かっている。
「あの、曹操さん」
「何よ!」
「お二人の名前は、陛下と袁紹様と呼ぶようにしてくださいね。
俺も、程昱さんを傷つけたくないですから」
曹操は、一刀を睨みつけることで、答えとする。
「陛下、麗羽様。
曹操さんが臣下になってくださると言うことですのでお連れしました」
「そ、そうなのですか。
よく説得できましたね」
袁紹が驚いたように答えている。
「陛下、袁紹様、この曹操、陛下と袁紹様にお仕えすることを誓います。
ですが、きっと私を臣下にしたことを後悔する日がくるでしょうよ」
曹操は跪きながらも、泣いて真っ赤になった目で、二人を睨みつけている。
劉協も袁紹も引き気味である。
というより、劉協は怯えている。
「曹操さん、もう少し臣下らしいことを言ってくださいよ」
「突然寝首をかかれるよりはいいでしょ!
陛下も袁紹様もそれを覚悟して私を臣下にするのでしょうから!」
嗜める一刀に、曹操は全く悪びれる様子もなく答える。
「あの……一刀?」
「はい、何でしょうか、陛下」
「この者を臣下として大丈夫なのでしょうか?」
「…………大丈夫だと思うのですが……」
と、怯える劉協に代わって袁紹が一刀に勅命を発する。
「一刀!華琳は一刀の部下とすることにいたしますわ。
何事も起こらないように、しっかりと見張ることですわ。
いいですわね!」
「は?曹操さんが俺の部下ですか?」
呂布と言い、曹操と言い、どうやら、面倒な部下は一刀に押し付けてしまう困った袁紹であるようだ。
「そうですわ。
あなたが華琳の助命を強く懇願したのですから、あなたが責任を取るのは当然ですわ」
「はあ、わかりました」
もう、多少のことでは動じなくなった一刀だ。
「袁紹様、私をこの男の部下にしてくださった深慮に深く感謝いたします。
私は、この男の最期をみとどけて、それから心安らかに過ごすことができるようになるでしょう」
曹操も一刀の部下になったことを喜んでいるようだ。
……ちょっと違う。
一刀が死ぬのを目撃できる立場になったのを喜んでいるようだ。
そして、相変わらず真っ赤な目で冷たく一刀を睨むのである。
流石の一刀もちょっと引いてしまう。
「それで私は何をすればいいのかしら?」
劉協、袁紹への謁見も終わり、曹操が一刀に仕事の内容を聞いている。
「今のところ特にありませんから、元の臣下の人たちと再会を喜んではどうですか?
もう、囚われの身ではなく、同じ臣下同士なのですから、全員曹操さんの部屋に向かわせるようにします」
「そう。それは素直に感謝することにするわ」
曹操は走って自室に戻っていった。
「ごめんなさい、ごめんなさい。
私の所為でこんな体になってしまって」
部屋には縛られたままの夏侯淵、荀彧、程昱が残っていた。
兵はもういない。
曹操は泣いて彼女等に謝っている。
「いえ、私達こそ華琳様を騙してしまい、申し訳ありませんでした」
だが、夏侯淵は自分達の体が不具にされたことを恨みもせず、逆に曹操に謝罪している。
「え?とにかく縄を解くわ」
曹操は夏侯淵の縄を解こうとすると、外からドドドドドと爆音がして、扉がドカッと開けられる。
「華琳様ーーーー!!!」
部屋に飛び込んできたのは夏侯惇。
やけどで動けなかったのでは?
夏侯惇に続いて、他の部下も続々と入ってくる。
「ようやく華琳様とお会いする許可が出ましたーー!!」
「……春蘭、あなた舌を焼かれたのでは?」
「舌ですか?
ああ、確かにあのウ、ウィスキーとかいう酒を飲んだときは舌が焼けるかと思いましたが、そのことですか?」
「秋蘭、桂花。騙すって……」
「はい、誰も傷など負っておりません」
荀彧の片足も、膝から下を箱につっこんでいるだけだった。
「でも、その血は?」
「すみません、それは私の鼻血です」
と、申し訳なさそうに答えたのは郭嘉。
一刀の鼻血回収シーン。
「郭嘉さん、これなんだか分かりますか?」
と郭嘉に一杯の水を渡しているのは一刀。
「また、何か悪巧みを考えているのでしょ?
そんな手には乗りません」
「いや、単にこの水が何かって聞いただけなんですけど」
端から拒否されてちょっと傷つく一刀である。
「知りません」
「見るだけでもみてくださいよ。
結構、郭嘉さんにもいい水だと思うのですけど……」
「いい水?
いえ、いつもそうやって騙されているから、もう駄目です」
「だいたい、なんですか、そのいつも騙しているとか、また何か悪巧みっていうのは。
郭嘉さんを騙したことなんか一度もないじゃないですか!」
「私、知っているんです。
一刀さんが何人もの女性を騙してはその体を奪っていると言うことを」
「なんですか、それは?
誤解ですけど、まあいいです。
それで、この水なんですけどね、これは、曹操さんが湯浴みをした残り湯なんです」
「えっ……」
「お湯にはどっちの足から入ったんでしょうね?
入る前に、あそこは洗ったんでしょうね。
どんな風にあらったんだと思います?」
「…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
ぷはーーーーーーーーーーーー!!」
一刀の作戦勝ちだった。
「そう、それじゃあみんな何事もないのね?」
「はい、華琳様が殺されることを望んでいるので、どうにか助けたいと一刀様に言われ、この3人で演戯をすることにしました。
本当に申し訳ありませんでした。
一刀様は、華琳様をそれは高く買っていらっしゃって、袁紹軍の参謀達がほとんど華琳様を殺すと言っていたのに、どうにか助命をお願いしてくださいました。
私たちも華琳様には生きていて頂きたかったので、彼に協力することにしました。
あの、姉者が入るとばれそうでしたので……」
と答えたのは夏侯淵。
誰がやったのか、いつの間にか縄は解かれ、包帯も取られている。
荀彧の足も箱から抜けている。
「ん?なんの話だ?」
夏侯惇の頭には?マークがいくつも点っている。
「お願いです、死ぬなどということは考えないで下さい。
華琳様あっての我々です。
華琳様のいない世界など考えられません。
此度華琳様をだましたのも、華琳様に生きていていただきたいがため。
もしお許しいただけないのでしたら、この夏侯淵、命に代えて謝罪いたします」
「私からもお願いいたします。
華琳様、華琳様が殺されるのでしたらこの荀彧めを殺してからお命を落とすようにしてください」
「お願いです、華琳様。生きていてください」
「お願いします、華琳様」
口々に華琳が死ぬことを阻止しようとする曹操の部下たち。
(ふっ、負けたわよ、一刀。
受けた恩は返すわ、ちゃんと)
曹操はそう思ってから夏侯惇らにこう答える。
「私の方こそ皆に心配をかけていたのね。
悪かったわ。
もう、ずっとあなたたちと一緒に生き続けるわ」
それから、元曹操軍の将や軍師達と夜遅くまで曹操の部屋で再会とお互いの無事を喜び、一晩中語らい続けるのであった。
もちろん、許緒、典韋ら子供がいるから、荀彧や夏侯惇が好むような行為はなしである。
あとがき
さすがに一刀が本当に恋姫キャラを傷つけるようなことはないのでした。
問題は、曹操が受けた恩を返すと言っている件ですが……