遠謀
「私ね、星ちゃんとどうやったら漢を倒して自分が皇帝になれるか考えたの。
今や、漢の皇帝なんてなんの力も持っていないでしょ?
皇帝は力があるものがなるべきなのよ。
劉協のような甘い人間が皇帝なんか務まるはずが無いの。
劉邦のように人をまとめる力がある人が皇帝になってこその皇帝なの。
力が無いのに皇帝なんかやっているから宦官に牛耳られたり袁紹に寄生したりしなくてはいかなくなったのでしょ?
だから、私が皇帝を、真の皇帝に戻そうと思ったわけ。
そして、考え付いたのがさっきの作戦。
筵を売っているような少女が頭角を現してなんて悠長なことを言っていたら、一生皇帝にはなれないわ。
だから、敵は敵同士で戦ってもらって、私はそれを傍から見たり、時には煽ったりする。
その間、私は無能な振りをして、倒されることから逃げ続ける。
そして自分は安全な場所に避難するの。
この作戦で重要なのは、ずっと無能な振りをして他の諸侯が攻撃しようとする気持ちを起こさないようにすることと、それでも周りの人を思ったように動かさなくてはならないこと。
無能な振りをしながら、周りの人を思い通りに動かすって、案外大変なのよ」
今まで我侭を貫き通していたのは、周りの人を思い通りに動かすためだったようだ。
「それで、私が最後に逃げ込む場所として目を付けたのはここ益州。
盆地地形で、周りは山々に囲まれていて天然の要塞だし、大地は豊饒で収穫も多い。
人口も州の中では一番多い。
ここで他の諸侯がつぶしあうのを待つことにしたの。
でも、益州は私のいた幽州から一番遠い場所。
だから、道中味方になってくれる人を引き入れる工作をしてきたの。
一番最初に目を付けたのは白蓮。
ずっと前から知っているけど、地道に何でもこなす有能な将だから、絶対に役に立つと思った。
そして今ここでその力を発揮してくれている。
愛紗ちゃんや鈴々ちゃんは武人としては有能だけど、将校としてはだめだから、将校として白蓮が欲しかったの。
でも、私が白蓮のところに行って、部下になってといっても、なってくれるはずがないから、誰かに負けて私のところに逃げ込んでくる状況を作る必要があった。
そこで、白蓮は袁紹に倒してもらうことにしたの」
黙って劉備の話を聞いている諸葛亮は、がたがた震えている。
確かに恐ろしく、幽霊とかの類ではない話である。
「でも、立場上白蓮は袁紹の臣下だから、袁紹に白蓮を倒してと言うわけにもいかないから、敵対しているように見せかける必要があった。
だから、州牧になれば、対等な立場だから袁紹にやられる可能性が高いと思って、白蓮のところでその機会を伺うことにしたの。
最初、星ちゃんに宝剣を持っていってもらって、盗賊を退治したときに宝剣が見つかったと言うことにして―――」
「えっ?!宝剣は盗まれたんじゃないんですか?」
「あたりまえじゃない。あんな大事なものを盗まれるはずがないでしょ?
星ちゃんが宝剣を隠し持っていって、こんなものが見つかりました!と白蓮に言えば、盗賊の巣から見つかったことになるでしょ?
あ!朱里ちゃん、桃香ちゃんが大事なものを盗まれるくらい抜けているって思っていたんだ!
桃香ちゃん、悲しいなぁ」
ちょっと抜け劉備の雰囲気を見せるが、明らかに演技だと言うことがわかっている。
諸葛亮は、もう何も答えない。
「そして、機会を伺っていたら黄巾の乱が勃発したから、これはいいと思って白蓮が功績をあげるようにしたわけ。
それで白蓮が州牧になれば、州牧同士敵対関係になることもあると思ったんだけど、残念ながらできなかったでしょ?
だから、代わりに顔良を焚き付けることにしたの。
これはうまくいって白蓮は無事私の部下になったというわけ」
諸葛亮の震えは未だ収まらない。
「そして、次に向かったのは徐州。
ここは別に州牧になるつもりはなかったの。
欲しかったのは麋竺の資金、州牧はおまけね。
でも、折角なったのだったら人気は高いほうがいいから、愛紗ちゃんを曹操に渡して徐州を守ることにしたの。
これで麋竺の資金もある程度あてにできるようになった。
曹操のところでは、本当はもう少し長居をして、予想外に強くなっていた袁紹を叩き潰そうと思ったんだけど、程昱が余計なことをしてくれたからうまくいかなかったの」
「袁紹軍に勝つことはできたのですか?」
軍事的にかなり厳しいと思っていたので、そんなことができるのか諸葛亮にはアイデアがない。
あるなら、聞いてみたいと思うものだ。
「ねえ、朱里ちゃん。
曹操の一番の武器って何?」
劉備はそれに直接は答えず、質問で返す。
「それは………人を生かす才覚と、人を集める能力、夏侯惇さんとか、武将が充実していることでしょうか?」
諸葛亮は少し考えて、そう答える。
「んーーー、まあ全然違うと言うわけでもないけど、この場合は違うわ。
曹操の武器はね、張三姉妹よ」
「張三姉妹?」
「ええ。あの三人が黄巾党の総帥だったのだから、それを使わない手はないわ。
冀州には、元黄巾党だった人間が数十万いるから、張三姉妹を連れて行けば、全員とは言わないまでも半数は彼女らに従うことでしょう。
そうすると、冀州、幽州、并州合わせれば100万を越す元黄巾党員がいるから、半数でも50万、三割でも30万、それに青州軍の30万を加えたら60から80万の兵員、しかも武器も食料も現地で調達できる。
場合によっては業都の内側から反乱を起こすことができるかもしれない。
そうすれば袁紹なんかあっという間だったのよ。
それなのに、私を追って徐州になんかくるから負けるのよ。
本当は、朱里ちゃんにそういう作戦があるということを仄めかして、曹操に進言させたかったのだけど、時間が足りなかった」
「でも……その間豫州や兌州の防衛が手薄になってしまいますが」
「豫州?そんなもの、孫策でも袁術でも攻めてきたらくれてやればいいのよ。
どうせ、冀州には山のように食料も兵器も兵士もあるのだから、すぐにとりかえせるわ。
とにかくあの時は袁紹を叩かなくてはならなかったの。
でも、追い出されたからしかたなしに揚州に逃げ込んだの」
「もしかしたら、揚州に星さんがいたのも……」
「もちろん私を受け入れてくれる準備をしていたの。
幽州でも徐州でもそうだったでしょ?
今は涼州に行ってもらっている。
馬超というのが精強だったら袁紹軍にぶつけろと、そこまででもないけどそこそこ強かったら出来るだけ無傷で益州に連れてきてと、弱かったら放っておけとお願いしてあるの。
多分そのうち来るんじゃないかなぁ。
きっと馬を酔わせて戦闘にならない状況にして、蜀に逃げ込んでくると思うよ」
それで趙雲は一刀にウィスキーをたくさんもらっていったのか。
「それで、その揚州なんだけど、本当は張勲は欲しかった。
彼女は陰湿で有能よ。
曹操なんか比べ物にならないわね。
でも、彼女は袁術のいうことしか聞かないから、仕方が無いから諦めることにしたの。
袁術はいるだけで国力を落とす疫病神のようなものだから、袁術はいらなかった。
だから、袁術は袁紹のところに押し付けたんだけど………これがどういうわけか結構うまくつかいこなしているらしいの」
「それでは、袁術にウィスキーを飲ませたのは?」
「あれ?あれは将来私の臣下になってくれる孫策へのささやかな贈り物。
私も孫策の兵が多いほうがありがたいから。
孫策も被害なしで仲を滅ぼすことができたでしょ?
あとは、曹操か誰かが孫策を倒してくれるのを待てば、向こうから頭を下げて臣下にしてくれと言いに来るわ。
そして、益州を除く大陸が誰か一人に制圧されたら、それを倒せば目出度く私が大陸全部の皇帝になれるというわけ。
ね?いい作戦でしょ?
それで、大体ここまでは私の考えた作戦通りに事が運んだの」
諸葛亮は震えながら劉備の壮大な作戦を聞いている。
「でも……でも、どうして今更そんなことを私に話そうとしたのですか?」
そう、今まで黙っていたなら、今後も黙り続けてもいいようなものだが。
「そう、そうなの、朱里ちゃん。
本当はね、私は曹操が益州以外を制圧すると思っていたのよ。
私が皇帝になろうと決めた頃、圧倒的に勢力が強かったのは袁紹なんだけど、袁紹は無能で決断力もなく、将や参謀をまとめる力もないということだったから、そのときに一番強くても負けるだろうと思っていたの。
曹操ならね、倒すのは簡単なの。
曹操軍は、曹操の人間でもっているようなところがあるから、曹操一人を倒せば話は終わりだったの。
それだったら私も朱里ちゃんにこんな話をすることはなかったんだけど、残念ながら制圧したのは袁紹でしょ?
あれはまずいのよ」
「まずいとは、どういうことですか?」
「袁紹はね、相変わらず無能なの。
それなのに、何でこんなに力があるかというと参謀達の力が優秀だからなのよ。
だから、仮に袁紹が死んでも、他の誰か、世継はまだいないから例えば顔良が後を継いでも力はあまり減ることがないの。
それで、顔良を倒したら、文醜や張合や麹義が引き継ぐとか。
とにかく、何人倒しても終わりがないのよ、あそこは。
あそこが倒れる前に私達が討伐されてしまうわ。
それにね、袁紹軍は戦らしい戦をしたのは洛陽を攻めたときと、黒山賊を攻めたとき、それから今回の曹操を攻めたときの3回だけなんだけど、何れもほとんど被害を出していないの。
兵器の差や、訓練度合い、それに兵士の数が違っていて、驚異的に強かったの。
だから、戦に勝っても、そのうち兵が減っていくと言う私の目論見は崩れたの。
袁紹軍は強いときの状態がそのまま引き継がれているのよ。
まずすぎるのよ。
だから、私も袁紹相手では本気で対抗しなくてはならなくなってしまったの。
それもこれもたった一人の男が悪いのよ!
北郷一刀という男が!」
劉備は初めて憎らしそうな表情を浮かべる。
こんな表情の劉備を、諸葛亮は初めて見たのである。
あとがき
比較的感想が穏やかだったので安心しました。
無理、といえば無理ですが、まあ軍事作戦規範でも、歴史書でもないので、多少の無理は目を瞑ってください。
あと、劉備の行動の説明はできるだけ整合が取れるようにしているつもりですが、何分余りに長く書いてきたので辻褄が合わない、おかしい、という点があるかもしれません。
変な箇所があったらご指摘お願いします。
直せる範囲で直します。
[1217]誤字らさん
ご指摘ありがとうございました。
その通りだと思います。
直しておきました。
2010.05.07
[1250]ito faさん
どうでしょう、こんな感じにしてみましたが。