仲裁
こうなると、流石の袁紹も黙ってはいられない。
「一刀!!」
「は、はい……」
「なんなんですか!この状況は。
袁家軍全体がぎすぎすしているではありませんか!!
せ~っかく私がおおらかで華麗な軍を作ったというのに、これでは外敵に当たる前に内部分裂してしまうではありませんか!!
一刀の提案で始めた演習です。なんとかなさい!」
「も、申し訳ありません。何とか対処します。
少し時間をください」
「あまり時間をかけるようでしたら一刀の首をはねますわ!」
おおらかで華麗な軍、というのはどうかとおもうが、袁紹の言い分ももっともだ。
袁紹もただの馬鹿でもないらしい。
でも、おおらかって結局今まで内部対立をうやむやにして袁紹自身が決断をしなかったってことだから……。
微妙に、というかかなりリアルが入っている。
対立する部下、優柔不断な袁紹。
優柔不断。よく言えば和を重んじる。
袁紹は案外太平の世では名君になったかもしれないけど、残念ながら今は乱世だ。
というわけで、袁紹の性格は優柔不断として後世に伝わることとなる。
で、その対立する部下を何とか解決するのが俺の仕事なのか?
いや、それは本来袁紹の仕事だろう?
まあ、それができなかったからああなってしまったんだろうけど。
やっぱり、俺がやるしかないのか?
少し……いや、かなり荷が重い気がするのだけど。
ここにきて初めての大きな試練が訪れた気がする。
これを無事クリアできれば華国に近づくに違いない。
これがうまくいかなかったら、曹操に破れ、放浪の生活に身を落とし、二度と日本には戻れないに違いない。
だから何とかしないと。
何とかといってもねえ。
菊香や清泉に聞くわけにもいかないし。
当事者だから。
う~~ん。
そもそも、練習しすぎだから空気が悪いんだよ。
だから、練習を間引けばいいんだけど、そうすると元の木阿弥になってしまうから……
歴史を紐解いてみると……少なくとも袁紹の史実は全く役立たない。
だから、他の武将を参考にすれば。
例えば曹操。
曹操が何をやっていたかというと………………
「袁紹様」
「何ですか?よい案が思いついたのですか?」
「はい。今、軍がぎすぎすしているのは恐らく戦のことしかやっていないので、戦いに勝利することしか頭にないためだと思います。
だから、もう少し戦以外のこともやると元の穏やかな軍に戻ると思います」
「休みを取らせては華麗でないといったのは一刀ではありませんか!」
「そうです。ですから、休むわけではありません。屯田をしたらいいと思うのですが」
「屯田?」
そう、屯田。
曹操が力をつけていったのは天下を取ろうとする気概がまず第一ではあるが、実際の行動で大きくものを言ったのは次の3点だろう。
政治的には献帝を奉戴したこと
軍事的には黄巾の反乱軍を青州軍としてとりこんだこと
そして、経済的には屯田制を取り入れて収量を大幅に向上させたこと
曹操の代わりにこれを袁紹が行っていれば、袁紹が天下を取れる可能性が高くなるだろう。
まあ、農業収穫量はすでに袁紹のほうが桁違いに大きいし、青州軍と屯田制は曹操も実現可能だが、常に差をつけるつもりでいないと、いつ史実のように足を掬われるか分からない。
だから、常に曹操の一歩先をすすむように袁紹を誘導しなくては。
…………献帝劉協いるのだろうか?
「そうです。屯田です。
あの武帝も行ったといわれる屯田です」
「既に収量は充分ではありませんか!」
「確かに冀州の民が食うには充分です。
ですが、多量の食料があれば、他州や他国に売って政治的に利用することもできますし、ビールをたくさん造ることも出来ますし。
それよりなによりこの冀州の広大な大地が荒れ果てた原野で覆われているという状況が許せません!」
「……どういうことですの?」
「華麗な麗羽様の国は、軍も国土も華麗でなくてはなりません」
「オーホッホッホ。その通りですわ」
「でも、今は見てのとおり荒涼とした原野がまだまだ広く広がっています。
そんな土地は麗羽様の領土にはふさわしくありません。
そんな土地があるということは、もう完全に華麗な麗羽様のお肌に染みがあるようなものです。
ですか「大至急屯田を行うのです!!!」ら、兵士を用いても……」
お肌に染みがよっぽど気に触ったのだろうか?
一瞬で決済が降りた。
次に説得すべきは将軍、参謀たち。
「え~っと、みなさんにお願いがあります」
会議場はぴりぴりとした雰囲気に包まれている。
誰も一刀の発言に反応しない。
「最近の軍隊の能力向上は素晴らしいものがあります。
もう、漢では最強でしょう。
でも、その代わり軍隊内部に軋轢が生じてしまっています。
これはいくらなんでもまずい状況です。
それは皆様も感じていることと思います。
ですから、訓練を減らして、代わりに屯田を行いたいと思います」
「屯田?」
田豊が尋ねる。
「ええ。兵士を原野開拓にあたらせるのです。
それで、軍の錬度が下がらない程度に訓練をするのです。
この方法の長所は、一つにはもちろん収穫量があがること、
二つ目は大地が相手の仕事なので、今問題となっているぎすぎすとした雰囲気を和らげることができること、
そして自分達で開墾した土地なので、そこを守ろうとする気運が高まることです。
麗羽様の了解も得ています。
どうでしょうか?同意していただけますでしょうか?」
暫く誰も口を開かず、他の人の様子を伺っている。
最初に口を開いたのは田豊だ。
一刀と共に袁紹を助けると約束しているし、今の発言も理解できる。
「わかったわ。私は賛成よ。
太夫もいいでしょ?敵は公孫讃、曹操、呂布といった周辺の諸侯で、身内ではないのだから」
「仕方ないでありんす。
袁家軍の統一が一義でありんす。
一刀はんの意見に従うでありんす」
逢紀もそこそこ節度のある人間だったようで、一刀の意見に同意する。
田豊の意見ではない、というところが仲が悪い証だろう。
この二人が同意すれば、あとは問題なしだ。
「斗詩さんも猪々子さんもそれでいいですね?」
一刀が2将軍にも確認する。
「うん、いいわ。
文ちゃん、ごめんね。今まで冷たくしちゃって」
「ううん、あたいこそごめん。
斗詩の体が欲しくって、ついむきになっちまった」
もともと仲のよい二人のことである。
きっかけさえあればすぐに元の仲に戻る。
こうして、袁家軍は元のおおらかで華麗な軍に戻っていった。
雰囲気は元通りであるが、その精錬度は遥かに向上したのである。
そして、時折軍のレベルを維持するように訓練を行う。
ただ、軍師は今も昔も仲が悪いままであった。
華麗組と地味組の溝を埋めることは出来るんだろうか?
やはりこれをなんとかしないと根本対策にならないだろう。
とはいうものの田豊と逢紀が仲良くする?
………難しい。
ありえない気がする。
やっぱり、華国は無理なんだろうか?
軍が和解してもまだまだ頭がいたい一刀であった。
さて、屯田制とは、早い話が開墾である。
兵士達も最初はそんな農民のやることを……と、ぶつぶつ文句を言っていたが、確かに最近は訓練も不自然に相手に殺意を抱くものだったし、開墾していると文醜、顔良の両将軍もにこにこしているし、やってみると気晴らしになってそれほど悪いものではない(但し、個人差あり)ので、全員開墾に精をだすようになってきた。
「みなさーん、ご苦労様ー」
「おーい、みんなー。休憩にしようぜ」
顔良、文醜が自ら兵士達におやつを持ってきている。
さすがは恋姫の将軍である。
今日は肉まん。
そして毎日振舞われるのが英美皇素錠。
「顔良将軍、この英美皇素錠っていいっすよ。
味は悪いんだけんど、体の調子がよくなるんす」
「でしょ?一刀さんが皆さんのためにって配っているんですよ」
「ああ、あの天の御使い様という……」
「そうそう。あの人、何か私たちとやることがちがうんですよ」
「やっぱり、天の御使い様だけあるっすね。
袁紹様が天下を取るのももうすぐっすね」
「ええ、そのとおりよ!」
そして、兵士が屯田を全く嫌がらずにするための魔法の液体が振舞われる。
その名はビール。
「てめーら、ビールだぞお!!」
「おおお!文醜将軍、これっすよ、これ」
「こんなうめえ酒、呑んだことねえもんなあ」
「ビールが呑めるなら、毎日屯田だっていいぜえ!」
「おい、訓練も必要だろう!」
「あはは、そうっすね、文醜将軍」
おやつに呑むのが適当かどうかはおいておいて、ビール効果抜群だ。
この頃にはビールの大量生産も軌道にのってきていて、毎日20万人余の兵士に配れるほどになってきていた。
残念ながら、まだ日に1杯しか呑めないのだけど。
それでも500cc x 20万人だから日産10万リットル級の生産設備を持っていることになる。
この時代としてはダントツで世界一の規模である(多分)。
「皆さんの開拓した畑で採れた麦がビールの原料になりますからね。
いっぱいのみたかったらいっぱい開墾してくださいね~」
「「「おおおーーっ!!!」」」
こうして、袁紹は強力な軍隊、豊富な収穫を得ることに成功したのだった。