暗澹
翌日、劉備軍から船が一艘やってきた。
攻撃の意思はないと白旗も揚げている。
「孫策と話をしたい!!」
単身やってきたのは周瑜である。
その声に、孫策と彼女が連れてきた兵数十名が乗ってきた船に乗って周瑜の傍に漕ぎ出していく。
「何よ、冥琳!」
「孫家の家長ともあろうお前が投降するとはどういう了見だ!」
「私はね、蓮華のような軟弱な者に従う孫家軍に嫌気がさしたのよ」
「だったら、軟弱な孫家軍を再度精強な孫家軍へと変えるのがお前の使命だろう!」
「ええ、そうよ。
だから、袁紹軍に下ったの。
これから私たちが精強とはどういうものか見せてあげるわ。
それで、蓮華の軟弱な考えから改めるものは私に投降なさい。
私は陛下の下で新たに精強な孫家軍を作ることにしたの。
冥琳、今からでも遅くないわ。
あなたもこっちにいらっしゃい!」
「雪蓮、呆れたぞ。
そこまで精神が腐ってしまっていたとは。
お前が見捨てた孫家軍がどれほど精強であるか、お前の目でしかと確認するが良い!!」
周瑜はそういうと自分の乗ってきた船を孫策の乗っていた船に突進させる。
この時代、海戦、というか水上戦は船を相手の船にぶつけ、沈ませると言う戦い方が主だった。
それで周瑜の船は孫策の船に体当たりをしようとしたのだが、勝手知ったる間柄である、お互いに船を巧みに操作し、決定打を与えさせない。
だが、次第に孫策の船が周瑜の船を追い詰めていった。
そして、遂に……
ドガッ
孫策の船が周瑜の船を破壊する。
「チッ……」
周瑜と、そこに乗っていた兵たちは木片に掴まって自軍に泳いで戻るのであった。
「冥琳、あなたも早くこちらにいらっしゃい!」
周瑜の後から孫策が声をかける。
水上戦の様子を見ていた逢紀と程昱(の頭上の太陽の搭型オブジェ。所謂宝慧)、
「偽りの投降と知られないための演技、痛々しくて見ていて思わず涙が溢れてしまうでありんす」
「花魁、それを言っちゃあおしめえよ」
二人(+1ヶ)揃って泣いている。
ばれていると教えてあげればいいものを、袁紹軍の人々はみんな意地悪だ。
さて、出陣前に一刀はいくつか注意事項を袁紹軍というか顔良軍に言っていた。
1)疫病が流行ったらすぐ帰ってくるように
2)敵に投降をうながすように。
投降してきた将は九分九厘偽りの投降だから気をつけるように。
黄蓋が来る可能性が高いが、違うかもしれない。
3)船を鎖か何かで繋げといわれたら、それは罠だから、軍師と相談して対応を決めるように。
4)風向きが変わったときに連結している船に火を放つ可能性が高いから気をつけるように。
このうち、2の投降は既に現実のものとなった。
投降したのが孫策と言う驚くべき人物だったが、投降したという事実には変わりない。
きっと船を繋げというのも時間の問題なのだろう。
そして、この対応は既に沮授が決めている。
1の疫病だが、史実では曹操軍に疫病が発生していたようだが、すくなくともこの戦には疫病が発生していない。
その一翼を担うのが逢紀。
逢紀はどういうわけか、ほとんど江戸人なので、妙に衛生観念が強い。
だから、一刀が逢紀を推薦したということもあった。
時々、医療の向上で寿命が延びたような話があることがあるが、寿命が伸びるのに与える医療の影響は案外少なくて、それよりは、食料が十分にある、暖かい住環境や衣類が準備できる、衛生に気をつける、という事柄のほうが人類の寿命には大きく影響している。
平均寿命70歳だったものを80歳に上げようと思ったら、医療の効果も大きいのだろうが、平均寿命30歳だったところを50歳に上げるのには医療以前にやることが多いということだ。
十分な食料をとり、体を温かくして、体の抵抗力・免疫を高めなければだめなのだ。
戦争を減らすというのも、結構寿命を上げるのには有効だったりする。
史実の烏林での疫病が衛生に気をつけることで回避されたかどうかは不明であるが、ここでは疫病がない。
その逢紀、元々持っている衛生観念に加えて、一刀に聞いた殺菌方法を聞いて、それを実践している。
「食べ物は熱を通してから食するでありんす!
生水は飲んではいけないでありんす!
手はウィスキーで消毒するでありんす!
汚物は江の下流のほうに流すでありんす!」
これが奏効しているのかどうかわからないが、全員元気だ。
熱源は石炭を利用している。
ここにきて徐々に石炭の需要が延びてきている。
掘ればいいだけなので需要に応え易いから。
そして、元気な兵が先の周瑜の来訪をきっかけに攻撃に転ずることとなる。
まず有効なのが、試射も済ませた破茂弩、はるか遠方から蜀の船を狙い撃つ。
だが、周瑜とてただやられるわけではない。
曹操が城壁の上に並べた分厚い楯を船にも装備し、何とか弩の攻撃から船を守ることには成功した。成功はしたが、それほど大きくない船にそんな巨大な楯を乗っけたら船の運動性が落ちて仕方ない。
蜀の船団は、まだ重くなってしまった船の操作に四苦八苦と言う状態だ。
それから霹靂車、というか霹靂船。
重い船なので運動性能は極めて悪いが、じわりじわりと蜀の船団に近づいては岩をボガッと打ち出す。
蜀の船の傍に岩が落ちてできる水柱が立つ。
もう、蜀の船は防戦、というより逃げ回る一方である。
近づくことさえ、ままならない。
「ねえ、周瑜ちゃん!逃げ回っているだけじゃない!
これで勝てるの?」
劉備が周瑜に文句を言っている。
相変わらず、諸葛亮と趙雲以外には無能を通す劉備であるが、誰の目にも逃げ回っているのは明らかだからその程度の文句は言ってもいいだろう。
全権を委ねたと言うのに逃げる一方では軍の最高司令官として文句の一つもいいたくなってくるものだ。
さすがに周瑜も返す言葉の歯切れが悪い。
「うーむ、今のところは防戦一方だが……諸葛亮殿の考えた策がうまくいけば……」
「え?朱里ちゃんが何か考えたの?
教えて、教えて!!」
って、実は劉備が諸葛亮に指示した策だが、そんなことは周瑜は知らない。
「いえ、これは身内にも明かせない策ですから、陛下も申し訳ありませんが……」
「そうなの?つまんないの。
まあ、いいや。
ところで周瑜ちゃん、あの対岸にも袁紹軍がいるじゃない。
あれ、何でかなあ?」
劉備軍が対岸から避難してしまったあとに、破茂弩を載せた楼船と、輸送船数十艘が今まで劉備軍がいたところに陣取ってしまっている。
兵員もかなり移動しているようだが、どうもその意図が分からないというのが劉備の質問の背景だ。
「陛下も気づいていらっしゃったのですか。
恐らく我々が残さざるを得なかった兵糧を再度奪われないようにするための守備兵ではないでしょうか?」
「うーん、そうかなぁ?桃香ちゃん、何かとっても気になるんだけど」
「弩を積んだ船がありますが、船の数も少なく、攻撃力もそれほどあるとは思えません。
杞憂だと思うのですが」
「そうかなあ。本当にそうかなあ……」
周瑜が問題ないと言っても、心配そうな劉備であった。
さて、袁紹軍の船団は、楼船の威力は以上のように圧倒的なのだが、普通の船団は荊州の民を雇用して俄仕立てに作った船団で、これはさすがに練度が低い。
孫家の兵と違って普通の軽い船を扱っているというのに、ようやくやたら重い蜀の船といい勝負の運動性能しか発揮していない。
だから、楼船の威力は圧倒的なのに、戦局は膠着状態である。
そんな様子を見た孫策が顔良にクレームをつけている。
「どうみても楼船で優位に立っている状況を生かしきれていないじゃない!」
「それはわかるんですけど、水上での戦いは経験がなくて、どうしたらよいか分からないのです。
何か案はあるんですか?」
これでは話し方だけ見たら、どちらの立場が上だかわからない。
「だったら、孫家の秘策を教えるわ」
ということで、孫策の提示した策は……
1)楼船を全部くっつけて、多少やられても沈まないようにする
2)楼船の後ろに普通の船を全部くっつけて、楼船の速度を高める
3)その楼船の集団で劉備軍を追い、楼船で劉備軍の船をつぶす
というものだ。
まあ、船に酔うのだったら船をくっつけろ!というよりは合理的な説明かもしれない。
それにこの時代、船同士の戦いは船で相手の船をつぶすということが多いので、これも確かに合理的ではある。
が、普通に聞いたら「本当か?」と思うような説明だ。
だが、劉備軍から投降してきた将がそういう提案をするに違いないと聞いている袁紹軍の人々は、
「なるほど!それはいい考えですね!」
と、その作戦を高く評価する。
そして、早速孫策の指示に従い、船が全てつながれることになる。
これが連環の計……なのだろう。
あとがき
白旗がそのころあったかどうか分かりませんが、とりあえずそういうことにしておいてください。
その時代はこうであったというのがありましたら、修正しますので教えてください。
それにしても、蜀、かわいそうです。
こんなにがんばっているのに。
逢紀や程昱ではありませんが、涙が溢れてしまいます。