肥料
稲は土でつくれ
麦は肥料でつくれ
麦を育てる鉄則として日本古来より言われている言葉である。
河北は麦の大産地。
で、畑を見ると、これが情けない。
明らかに肥料不足。
緑が薄く、成長も芳しくない。
この時期ならまだ追肥をすれば間に合うだろう。
問題は肥料に何を使うか。
化成肥料があるわけがなく、かといって有機肥料も潤沢にはない。
…
…
…
…
…
…
………ないことはないけど。
さて、袁紹の参謀や将軍は、以前は袁紹に何か提言をするまえに会議を開いてどのような施策を提言するか協議していたそうだ。
一刀はその話を聞いて驚いてしまった。
さしずめ賢人会議といったところだろうか。
それで、袁紹が「や~っておしまい!」しか言わなくてもなんとかなっていたのか。
でも、昨今は袁紹がえり好みをするようになって、会議の結果が反映されないようになり、いつしか賢人会議も行われなくなってしまった。
ところが、一刀がきて、口八丁のところもあるが意見が通るようになると分かったので、再び賢人会議が開かれるようになってきた。
もちろん、仲の悪い参謀たちの行う会議である。
一筋縄ではいかないが、正史のように相手の足をひっぱることしか考えていないほどには酷くない人々なので、それなりの提言をまとめることができる。
一例を挙げよう。
賢人会議の決定
民を呼び込むため、そして街を活性化させるため税率を下げたい
一刀の報告内容
「麗羽様、民の税率を下げたいとおもうのですが、どうでしょうか?」
「そんなことしたら収入が減ってしまうではありませんか!」
「確かに、一時的には減るかもしれません。
でも、考えてみてください。
諸国を旅する商人が業の街に来て何をみるか。
もちろん、街を見ます」
「そんなこと、あたりまえですわ」
「民に財がないと、街の華麗さがどうしても失われていってしまいます。
そこで、税を下げて街を華麗にさせるのです。
そうしたら、商人たちが他の街に行って宣伝するに違いありません。
『業はとても華麗な街だった。きっとそこを治める袁紹様も華麗に違いない』と。
そうすれば、あとは人がどんどん入ってきますから税を下げた以上に収入が増えるということになります」
「早速執り行いなさい!」
こんな様子である。
今日も賢人会議が催されている。
で、当然伝令役の一刀もその場にいるのだが、今日の一刀は全員に大きく引かれている。
一刀が農業施策について自分の意見を説明し始めたのだ。
途中まではよかったのだ。
途中まではよかったのだが、具体的に何をするかを説明して大きく引かれてしまったのだ。
「冗談……よね、一刀」
田豊にまで蔑むような目で見られてしまっている。
「いえ、大真面目です」
「だって……だって、その、あれでしょ?
ほら……その………汚いじゃないですか。
そんなものを畑に撒くなんて考えただけでも……」
そう、一刀は麦畑に肥料を撒くことを提案した。
そこまではよかったのだ。
全員ふむふむと聞いていた。
だが、撒くものが屎尿だと言ったとたんに、全員の視線が変わってしまった。
それが最初の田豊の発言につながっている。
屎尿を撒くという行為は、昔の日本以外ではほとんど行われていないことだ。
人間の体から排泄されたものは不浄で忌避すべき対象だから、それを自分たちが食べる畑に撒くなどありえない、というのが漢人の考えであるから。
だから、今、一刀vs.他全員という構図が出来上がっている。
どのくらい一刀が引かれているかというと、あの逢紀と田豊が
「ありえないでありんす」
「ねえ?」
とお互いに相槌を打っているくらいに一刀は全員を敵に回している。
「いえ、俺の世界では屎尿を発酵させて、それを畑に撒いて収量の増加を得てました。
ただ、寄生虫がいるので、生で食べる野菜などにはやらないほうがいいでしょうけど、麦なら平気です」
「あんた、馬鹿なの?死ぬの?」
「一刀、信じたいのは山々なのですが、さすがにちょっと……」
「いやあ、あたいもちょっと……かな」
「正気とは思えないわね」
荀諶、沮授、文醜、審配の言葉である。
一刀が一生懸命説明すればするほど、女性達の結束は強くなっていく。
華麗-地味など、食糞するかどうかに比べれば決定的に些細なことだから。
「本当ですってば。絶対収量があがりますから。
お願いです。実験でいいからやらせてください」
沈黙が場を支配する。
一刀の提案、特に農産に関するものは今までは間違いがなかった。
今日も随分熱心だ。
恐らく真実なのだろう。
だから、彼に実験をやらせたい。
だが、それにしても実験内容が余りに……
という葛藤で、誰も答えることができなかったのだ。
沈黙を破ったのは、やはり田豊だった。
「わわわ私は太夫が考えるとおりでいいわよ」
だが、それは自分の意見を言うのでなく、決断を逢紀に押し付けてしまうという逃げでしかなかった。
「なななな何を言うでありんす。
あちきは清泉はんのお考えに従うでありんす」
と、こちらも逃げる逢紀。
「ななななに言っているのですか、太夫は。
わわわ私は柳花がいい考えを持っていると思います」
そして、巡り巡って、最後に答えを押し付けられたのが顔良。
全員の視線を一身に受けている。
顔良、泣きそうだ。
「えーーーーっと
………
………
(えーーん)
………
………
そ、そうだ。麗羽様に聞いてみましょう!
一刀さん、麗羽様が良いって言ったらいいわ」
全員、それはいい考えだと大きく頷く。