糞土
一刀は袁紹に説明に行く。
「あの、麗羽様。お願いがあるのですが」
女性たちは全員一刀-袁紹の会話の様子を見ている。
「なにかしら?」
「麦畑に肥料を撒く実験をしたいのですが」
「よろしいですわ。十頃ほどの畑を実験に使うとよろしいですわ」
「ありがとうございます!」
一刀を農業のプロと認め、実験の内容も聞かずに、許可を出してしまう袁紹。
「それで、どんな実験をするのですか?」
「あの、屎尿を醗酵させたものを撒くのです」
「………」
固まる袁紹。
「斗詩」
「はい、なんでしょうか?麗羽様」
「ちょっとこちらへ……」
袁紹は一刀に答える代わりに顔良に小声で尋ねる。
「今、一刀は何といいました?」
「え~っと~~、屎尿を醗酵させたものを撒くと言ったようです」
「しにょうとはなんですの?」
「その~~、麗羽様の考えているとおりのものだと思います」
「私が何を考えているというのですか?」
「あの~~その~~………
………
……
……
……
……
……
許してください!麗羽様!!」
袁紹に叩きのめされてしまった顔良であった。
「お、オーーーッホッホッホ。じじじ実験はわわわわ私の口に入らない畑で行うことですわ!」
「ありがとうございます!」
一度許可を出してしまった手前、それを覆すことはしない袁紹である。
そういう節度はしっかりともっているようだ。
こうして、肥料の実験が始まることになった。
さて、実験をするにもどこの畑を使うといいのだろうか?色々田豊に相談して決めよう、と思う一刀である。
「あ、菊香!」
田豊の姿を確認した一刀が声をかけるのだが……
「ち、近づかないで!
それ以上近づかないで!!」
と10mは離れたところで拒否反応がでてしまう。
「それじゃあ、ここで。
あの、どの畑を使えばいいの?
十頃ってどのくらい?」
「文官に説明しておきますからあとで聞いてください!!」
と答えてぴゅーっと逃げていってしまった。
十頃とは大体35万平方m、600m四方くらいらしい。
宛がわれた畑を呆然と眺める一刀。
で、でかい……
中国は何でもでかい。
もう、実験の規模ではない。
だから、ここに撒く人肥の量も半端でない。
醗酵させる場所、集める手段、必要な人数。
そんな実験計画を考える一刀である。
特に、醗酵させる場所は重要だ。
臭いがするから、街に影響が無いところに配置しないとならない。
人肥というと、昔の日本のような肥溜めを思い描くとだろうが、この辺は日本に比べれば乾燥しているので、液体でなく土と混ぜて固体状態で醗酵させる方法をとる。
今でも黄土高原の農村では行われている方法だ。
黄土高原で行われている方法は、春、耕転の前にばらまいて、すきこむ方法をとるそうだけど、それには時期を逸してしまったので追肥という形をとる。
そして、方針を決めて実験を開始する。
が、人夫・農民達を説得するのも容易ではない。
「糞集めて、それを畑にまくんすかぁ?」
やはり拒否反応が強い。
「とりあえず、実験ですから。
かなり汚いから嫌だと思うけど、今回だけは我慢してやってください。
そして、その結果を見てください。
うまくいかなかったら畑を全部燃やしてもいいですから」
「まあ、天の御使い様がそう仰るならやりますけんどねぇ」
いやいやながらも作業に取り掛かる人々。
人糞を集めて土と混ぜて、攪拌を繰り返して……暫くして醗酵が進むと、ほとんど土と見分けがつかなくなってくる。
それを畑に撒いていく。
そして、待つこと1ヶ月。
生育に有意な差が出てきたので、それを賢人会議の面々に見せようと一刀は考えた。
「本当に生育がよくなったのですか?」
疑い交じりの、というより認めたくない田豊。
「まあ、論より証拠。まずは見てみてください」
一行は畑に出向く。
一刀の30m後方を歩いていく。
確かに一刀の指し示した畑は、"残念ながら"他の畑より生育がいい。
これなら"如何ながら"収量増も期待できるだろう。
それにしても……
「ついでに肥料も見てみますか?」
一刀はそういって肥置き場からシャベルで糞土を掬い上げる。
それを見た女性たちは一斉に逃げてしまう。
……いや、一人だけ残っている。
残っているのは逢紀。
歩きづらい下駄で、逃げたくても逃げられなかったのだ。
そして、恐怖で声を発することもできない。
一刀は、それを見たいために残っていると判断してしまい、糞土を持ったまま逢紀に近づいていく。
逢紀の表情は顔面蒼白になっていく。
脚はがくがくと震えている。
逢紀の運命や如何に!!
と、逢紀と一刀の間に割って入るものがいる。
「一刀、それ以上近づかないでーーっ!!!」
田豊であった。
田豊は我が身を呈して逢紀を守ったのだった。
「そうなの?見たくなければそう言ってくれればよかったのに」
と、肥置き場のほうに戻っていく一刀である。
見た目ただの土なのに、とぶつぶついいながら。
逢紀は、というと、
「菊香はん……」
そこまで言ってぽろぽろ涙を流し始める。
「えーーーん、こわかったのでありんす。
こわかったのでありんす」
と田豊に抱きかかえながらわんわんと泣くのであった。
城壁に二人の女性の影が見える。
田豊と逢紀だ。
あたりは夕陽に照らされ真っ赤に染まっている。
「今日はありがとうござんした」
「いいわ。あのくらい……」
そして田豊は遠いものを見つめるようにこう続けるのだ。
「私達って、つまらないことで張り合っていたのね。
派手でも地味でも、どうでもよかったのね」
「まったくでありんす。
世の中にはまだまだ真の敵がいるということを骨身に染みて感じたのでありんす」
沈黙のなか、夕陽がゆっくりと沈んでいく。
「そうそう、前から思っていたのだけど、太夫の服、豪華で綺麗だと思うわ」
「あ、ありがとうござんす。
誉めていただくとうれしいでありんす。
菊香はんもおしとやかでお似合いでありんす」
「……ふふ」
「おほほ……」
「ふふふふふ」
「おほほほほほ」
ふたりの超然とした笑い声がいつまでも城壁に聞こえていた。
こうして、図らずも今まで仲たがいをしていた参謀たちの心を一つにすることができた一刀。
これも一刀の努力といっていいのだろうか?
その代わり、一刀は全ての女性から距離をとられるようになってしまった。
加えて、風呂も同じ風呂の使用を禁じられ、一人外に設置した五右衛門風呂に入れられるという待遇の悪化があった。
本人は綺麗なのに。
田豊、沮授も自分の部屋で寝るようになってしまった。
再び一刀が女性の心を取り戻すことはできるだろうか?
肥料がどうなったか、というと、民の食する麦の畑には一刀考案の肥料が撒かれるようになった。
糞土の状態にすれば、見た目も全く違和感なく扱えて、臭いもしないので、収量増のため一刀に従ったのだ。
これで収量の更なる増加が図られたと同時に、江戸同様の清潔な街を実現することに成功した。
ただし、城で食する麦は一刀肥料が使用されていないものが要求された。
このため、城の食材にはすべてこのようなラベルが貼られるようになった。
原材料名 麦(一刀肥料使用でない)
あとがき
ようやく袁紹の地固めがおわりました。
生産性の向上、賢人会議の内容を袁紹に伝える仕組み、軍の能力向上、軍師たちの融和。
これだけやれば勝てるでしょう!
次回、初めて袁紹、顔良、文醜以外の恋姫キャラが登場します。