雲長 (R15)
私はその宴会で供せられた料理を見て、目を丸くした。
袁紹様が、
「ちょっと時間が足りなかったから、今日の料理はあまり華麗ではありませんわ」
とか言っていたが、それにしても一目見ただけで豪華だと分かる料理。
食材にも調理にも金がかかっているのがわかる。
桃香様に仕えていると、金も兵士も領土もなく、こういう裕福な人物を見ると、我が身が恨めしくなってしまう。
それに、この見たこともない強い酒。
強い酒なのだが、果実のような芳香と、口の中ではじけるような感触が呑み心地をさわやかにしてくれる。
一度呑んだら病み付きになって、もう以前の白い水のような酒には戻れなくなってしまいそうだ。
裕福だとこうも環境が違うものかと情けなくなってしまう。
鈴々は子供のように「おいしいのだあー」と大喜びで山のようにある料理を平らげている。
それでも食べきれないほどの大量の料理。
袁紹様の底力を見せ付けられた気がする。
桃香様も公孫讃様も、そして朱里までもが素直に料理を楽しんでいる。
そうなのだろう。
目の前に美味な料理があれば、素直に喜んで食すればいいのだろう。
それを見て色々考え込んでしまうほうがおかしいのだろう。
だが、これは私の性格だから。
生真面目で、どうもそんなことしか考えられなくなってしまう。
そんなことしか考えていないのに、料理や酒のおいしさが私を幸せにしてしまう。
その葛藤で思わず涙がでてしまいそうになる。
このまま袁紹様に下ってしまおうか?
いや、それはできない。
桃香様と天下を目指すと誓ったのだから。
「愛紗ちゃん、今日は愛紗ちゃんの活躍で宝剣靖王伝家が戻ってきたんだから、いっぱい楽しんでね!」
「はい、楽しんでます」
私は心の内を隠して、にっこりと微笑む。
桃香様に惹かれたのは、
その途方も無いおおらかさ、つきることのない寛容さ、
何となく人をひきつける魅力、笑顔、
そして無限の彼方をみているような壮大な夢、
そういった常人には捕らえられないものを持っている気がしたからだった。
この人なら何かやってくれそうだと。
私には桃香様に見えているものが分からない。
夢を見るだけで終わってしまう可能性もあるけれども、それでもこの人についていこうと思ったのだから。
とはいうものの、桃香様ももうちょっと、と思うこともある。
苦言の一つを言いたくなることもある。
将来の夢も大事ですが、とりあえず今の現実をどうにかしてください、とお願いしたいこともある。
でも、それを言うのはよそう。
この桃香様が桃香様なのだから。
その桃香様と天下を目指すのだから。
袁紹様の歓待が終わると、私たちは宿坊に案内される。
泊まるのは各自別の部屋だ。
今までは宿泊費の節約のため全員一緒の部屋だったから、個室で寝るというのはいったいいつ以来のことだったろうか?
立派な部屋だ。
寝台には彫刻が施されている。
そして鏡まで置いてある。
鏡で自分の顔を見たのもあまり記憶にないことだ。
鏡で見た自分の顔は……少し疲れているかもしれない。
閨には立派な寝具が備えられている。
今日は久しぶりに幸せな気持ちで眠ることができそうだ。
と、部屋の外から私を呼ぶ声がする。
「はい」
「関羽さん、あのできればお話をしたいのですがよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんが……」
部屋の外にいたのは男。
年は私と同じくらいだろうか?
名前は聞いていない。
宴会の隅の方にはいたような気がするから、ここ袁家の家臣のものだろう。
私を襲いにきたというようなことはないだろう。
私に勝てるような人間は天下広しといえどもそれほど多くないだろうから。
それにこの男、それほど武術の心得があるとも思えない。
用心には越したことはないが。
「始めまして。俺は北郷一刀と申します。
一刀と呼んでください」
「一刀さん……それがなにか?」
「関羽さんに尋ねたいことがあるのですが」
「はい?」
「あの、唐突ですがどうして劉備さんに仕えているのですか?
関羽さんのような実力の方でしたら、いくらでももっといい条件の仕官先があるでしょうに」
「私は、劉備様と天下をとると誓いましたから」
「そう……なのですか。
でも、今日始めて劉備さんを拝見しましたけど、失礼ながら天下を纏め上げるという気概のある方には見えなかったのですが」
本当に失礼な男だ。
普段の私なら、こんなことを言われれば激情して青龍刀を向けていたことだろう。
だが、袁家の力を見せ付けられてしまった今、どうもそんな気が起きない。
それに、この男、失礼で言っているというより、何か私のことを心配しているような気さえする。
そう思うと、私も劉備様に仕える理由を考えてみたくなってしまう。
「劉備様は………」
そこまで言って答える言葉を考える。
その途方も無い魅力と、現実の苦労を天秤にかける。
そして、私の発した答えは、
「何か放っておけなくて」
男は、私のその返事を聞くと、目をうるうるし始める。
何だ?この男は。
どうして人のことだというのに涙したりするのだ?
そして、私の両肩を彼の両手でしっかりと掴み、
「頑張ってください!」
という。
私も
「はい」
と、にっこりと微笑み返す。
……あれ?おかしい。
笑っているのに目から涙が溢れるのが止まらない。
私は泣いているのか?
何なのだ?
涙を止めることが出来ない。
男はそんな私を見てぎゅっと抱きしめる。
そのとたん、何か桃香様に仕えてから今までにあった苦労が一気に吐き出されてきた気がする。
桃香様とお会いしてはや数年。
その間ひとかけらの領地を治めることもなく流浪の日々。
兵もなく金もない。
どうして我等が食堂で給仕までして路銀を稼がなくてはならないのか?
そんな辛い思い出が一度に思い出されてきた。
この男には私の胸の内を洗い浚い吐き出してしまっていい。
そうすればこの男は私を理解してくれる、癒してくれる。
いや、何も言わなくても全てを理解してくれている。
そんな気がした。
私は泣いた。
私は男の、いえ一刀さんの胸の中でわんわんと子供のように泣いた。
どれだけ泣き続けたろうか?
私の心もようやく落ち着きを取り戻してきた。
一刀さんは抱きしめていた私を体から離す。
私達は見詰め合う。
一刀さんの顔が近づいてくる。
私は自然に目を瞑る。
そして、唇がふさがれた感触がある。
それから……私の体はゆっくりと閨に押し倒される。
月の光が私たちの裸体を妖しく照らしている。
私は今一刀さんに抱かれている。
「ごめんなさい、関羽さん。
会ったばかりなのにこんなことになってしまって……」
一刀さんは本当に申し訳なさそうに謝る。
一刀さんらしいという気がする。
「愛紗」
「……え?」
「愛紗と呼んでください」
「それって関羽さんの真名なのでは?」
「ええ。体を許したのに真名を許さないというのも変でしょう?」
そう、私は一刀さんに体を許した。
私の始めてを一刀さんに奉げた。
出会ったばかりの一刀さんに。
でも全然後悔していない。
それどころか喜びに満ちている。
今までの苦労を、一刀さんと交わることで全て忘れることができそうだったから。
私は、顔良さんとの戦いよりも燃えた。
私がこんなに激しく悶えることができるとは、自分でも知らなかった。
私があれほど激しい喘ぎ声を出すとは夢にも思わなかった。
それほどに一刀さんと交わることは疲弊した感情を吐き出すのに効果的だった。
このまま一刀さんに抱かれ続けられたらどんなにか幸せだろうか?
「それじゃあ、愛紗さん」
何か一刀さんにそう呼ばれると心地よい。
「このまま袁紹様のところに来ませんか?」
一刀さんならそう言うだろう。
「いえ、もう少し劉備様のところで頑張ってみようと思います」
一刀さんは目をうるうるさせながら、
「わかりました。
でも、無理はしないでくださいね。
辛くなったらいつでも俺を訪ねてくださいね」
という。
私もついもらい泣きしてしまう。
「はい。その代わり、朝まで私に頑張る力を与えてください」
私はそれから朝まで激しく悶え続け、夜が白む頃には一刀さんと二人で動けなくなっていた。
そして、ようやく一刀さんに抱きしめられながら眠りについた。
幸せだった。
私はその日、公孫讃様の城に戻った。
睡眠不足だったが、心は充実していた。
「愛紗ちゃん、何か疲れているんじゃないの?」
寝不足が桃香様には疲労と見えたようだ。
「ちょっと、顔良さんとの試合に疲れて」
「愛紗は体力がないのだあ。
もっと力をつけなくてはならないのだあ」
「ふふ、そうだな、鈴々」
うん、桃香様、鈴々、一緒に天下を取りましょう。
「朱里ちゃんも疲れたの?」
「いえ、昨日のお料理のことを考えていたら眠れなくなってしまって」
「お顔も赤いわよ」
「きっとお酒の所為でしゅ」
隣の部屋で寝ていた朱里の顔が何故か真っ赤で、何故か私と目を合わせないが、気にしないことにしよう。
今、私は充実している。
あとがき
会話以外、全て愛紗の独白で構成してみました。
どうでしょうか?
はい、ご都合主義100%なのは重々承知です。
全ての感想、ご批判はしっかりと拝聴いたします。
まあそういう話で、その程度しかかけない作者だとご容赦ください。
今後は、少しは恋姫キャラが顔をだすかもしれませんが、基本的に袁紹陣営のオリキャラの世界に戻ります。
次に恋姫キャラが多く登場するのは黄巾党で少し、董卓攻撃のシーンで多くになると思います。
それでは。