城郭
見渡す限りの荒野を、4人は馬に乗って城に戻っている。
空気は乾ききっていて土の臭いが強い。
空は昼間にもかかわらず青黒くも見える。
空気が綺麗な証拠だろう。
馬は3頭しかいないので、一刀は猪々子の後ろに乗せてもらっている。
めちゃくちゃだよ、この世界は。
袁家を率いる者が将軍二人だけをつれてどこに盗賊がいるかもしれない場所を出歩くなんてありえない。
他の部下は何をしているんだ?
田豊とか沮授とか優秀な部下がいくらでもいるだろうに。
そもそも、軍隊って本当にあるのかなぁ。
大軍を率いて、という描写が時々あるけど、今の状態から袁紹がそんな国の親分だとはとても思えない。
本当に袁紹が国を統一することなんてできるんだろうか?
そんなことを考えながら馬に揺られている一刀に袁紹が話しかける。
「一刀」
「は、はい、なんでしょう?麗羽様」
「これから、この私がどのようにこの国を統一していくのか教えてくださいな」
「えーっとですね………」
いや、それは……
そもそも恋姫無双の設定、事件の結果や出現順、人物の年齢・行動などが実際とかなり違うし、恋姫無双の中でもルートによって色々変化があるし、袁紹あんまり出てこないから何やっているか会話の端々から予想するしかないし、それ以前に"華"のルートで何がおこるか全然知らないし……
きっと三国志正史よりは恋姫三国志に準じた世界で、それに加えて第5のルートだからさっぱり何が起こるかわからない。
「それは未来のことなのでわかりません。
ですが、私も麗羽様がこの戦国の時代をまとめられるよう、できる限りのご協力を惜しみません」
「あら、そうなの?それは残念ね。この私の華麗な将来を聞けると思って楽しみでしたのに」
「でも、麗羽様でしたら絶対華麗な国を作ることができますよ」
「オーホッホッホ、当然ですわ。この私が作るのですから華麗に決まっておりますわ」
「そうですよねえ、麗羽様」
能天気な文醜が嬉しそうに同意している一方で、常識的な顔良がたら~っと冷や汗を垂らしている。
まあ、何は兎も角、華麗な"華"国と作ってもらわないと。
「ところで、これから行くところは業(正字は鄴)ですか?」
「もちろんですわ。業が私の本拠地ですから。あれがそうですわ」
遠くに大きな城壁が見える。
正史ではこの時代、袁紹はまだ冀州にいないはずだから、恋姫三国志の設定なのだろう。
恋姫三国志で袁紹が左遷されたなんていう話はなかったから。
韓馥は存在しないに違いない。
劉虞もいないんだろうなぁ。いい人なのに。……いるのかなぁ?
「政や軍事はどうなさっているのですか?」
「政は優秀な部下が行っておりますから、問題ありませんわ。戦争は、この華麗な袁紹が負けるわけありませんわ」
顔良が「うぅー」と小さく呻いたのは、気の所為だろう。
「そ、そうですよね。ハハ……」
多難な前途を感じる一刀である。
さて、遠くに見えた大きな城壁だが、30分たっても到着しない。
そして、1時間も馬に揺られたろうか?
ようやく目の前に城壁が現れる。
デカイ!
この一言に尽きる。
基本的に城というよりは街そのものが城壁に囲まれたものだから、巨大なのは必定だが、それにしてもでかい。
よくもまあこんな大きなものを作ったものだ。
確か洛陽に次いで大きな城ではなかっただろうか?
それにしても端から端まで数百メートルのオーダーではない。優に数キロメートルはある壁が見る者を圧倒する。
作る方も作る方だが、これを攻めようとする方も根性がある。
中国人のド根性が垣間見られる気がする。
街、というか城のなかは、思ったより活気がある。表記上、城壁の内側を街、王宮を城としよう。
袁紹の部下が余程優秀なのだろうか?それとも人々が無能な州牧に関係なく、勝手に生活をしているのだろうか?
少なくとも街に活気があるのは中国を平定するうえで重要なことだ。
足許が揺らいでいては全土の制覇など夢のまた夢であるから。
だが、城に入るとそんな希望的観測が一気に失われる。
なんなんだ、この淀んだ雰囲気は?
もう定年間近の教授が一人ぽつねんと研究しているような研究室に仕方なく所属することになった学生達の、何ともやる気の感じられない雰囲気に似た空気。
そんな中、袁紹一人が妙にテンションが高い。
まずい、まずすぎる。これでは袁紹が敗北してしまうのも当然だ。
と思う一刀に一筋の光明が見える。
か、かわいい……
窓辺に佇む二人の少女。
フェルメールの描く少女のような、どこかアンニュイな雰囲気の少女達。
美少女という範疇は広いが、彼女たちは一刀の理想とする顔かたち。
一人は黒髪、一人は栗毛色の髪。透けるような白い肌。小さくかわいい唇。
座っているので正確ではないが、背は一刀より少し低めに見える。袁紹と同じくらいだろうか。
劉備ほどヌケてなく、関羽ほどきつくもない。もちろん張飛ほどガキではない。
恋姫無双の登場人物でどれに近いかというと……夏侯淵を明るくした、関羽を優しくした、そんな感じだろうか?
でも、そういうのとは何かが違う。
そう、少し利発で活発なお嬢様って感じ。
一瞬で一刀は彼女達の虜になってしまう。いわゆる一目ぼれ。
袁紹のためというのが理由にならなくても、彼女達のためなら全身全霊を傾けても惜しくないと思うほどにほれ込んでしまった一刀である。
「は~い、みなさ~ん。ちゅうも~~く!」
袁紹の言葉に家来たちが集まってくる。
「野で天の御使いを拾ってまいりましたわ」
一刀は落し物ですか?
「私の時代が来るという天啓ですわ。
これからは彼とも協力して華麗な時代を作るのですわ。オーッホッホッホ。
斗詩、あとは任せますわ」
袁紹は顔良に後を託して、部屋に戻っていく。
「え~っと、彼が天の御使いの一刀さん。姓が北、名が郷、字が一刀だそうです。
天の国から来たので、出身地は誰も知らないところです」
「始めまして、北郷一刀です。真名はないので、一刀と呼んでください」
「一刀さん、ここにいる人々を紹介しますね
田豊さん、沮授さん、許攸さん、荀諶さん、郭図さん、麹義さん―――」
すごい。錚々たる顔ぶれが揃っている。
彼、彼女(恋姫だからか女性が多い)たちがその能力を発揮すればあっという間に全土を統一できるだろうに。
あの黒髪美女が田豊、栗毛美女が沮授なんだ。まずは彼女達と話をしたい……ってもちろん政治的な意味で。
「―――です。人数が多いのでいきなりは覚えられないと思いますけど、おいおい覚えていってくださいね」
「は、はい」
「はい、かいさ~ん。
一刀さんは、こちらへ。住むところや生活の説明をしますから」
「はい」
一刀は顔良に連れられて、部屋に向かう。
将軍自らそんなことをしていていいのだろうかという疑問もあるが、まあ恋姫三国志なのであまり気にしないことにする。
宛がわれた部屋は、画面で見たことがあるような部屋。
20畳はあるだろうか。ゲームで見た部屋の感覚より広い。やはり中国、何でも規模がでかい。
ゲームには鏡台のような絵があったが、その代わりに銅鏡がおいてある。
この時代、板ガラスがあるわけないから鏡といえば銅鏡なんだろうけど。
なんとなく微妙にリアルが入っている。
9割恋姫、1割史実というかんじだろうか?
それにしても各部屋銅鏡がおかれているということは、銅鏡も安いものではないはずだから袁家やっぱり金持ちだ。
ガラスが無いということは、窓は……穴か。
寒そう。
トイレは共同、風呂は共同なのだが、一つしかないそうなので城内に住んでいるただ一人の男の一刀がどう入ればいいかはおいおい決めるとの事。
男や既婚の女は自分の家に住んでいるので城にはいないそうだ。
確かに恋姫、独身女性の割合が多い。
麗羽のみ専用のトイレ、風呂完備らしい。
冷房なし、集中暖房、上下水道なし、電気電話なし。
駅から徒歩1800年!は、まあ冗談として。
……設備だけを聞くと、安アパートもびっくりの情けない装備だが、まあ2世紀ではそんなもんだろう。
食事は厨房の隣の食堂で各自とるらしい。
城というより、これでは寮だ。
三国志の時代もこんな生活スタイルだったのだろうか?いくらなんでも違うと思うのだが。
服はあとで支給されるらしい。
人民服だったらびっくり仰天。
三国志のイメージからどんどん離れていく。
「それと、今日は一刀さんの歓迎会を行いますから。あとで迎えにきます」
「そうですか。それはありがとうございます」
「以上で説明は終わりですが、何か分からないことはありますか?」
「え~っと、俺の仕事は?」
「仕事?天の御使いなのですから、ここにいてくだされば充分です。
何か天の御使いとしての仕事をしたいのでしたら、ご自由にどうぞ。
城内の移動も自由ですよ。あ、麗羽様のお部屋に入るときは合図してくださいね。
それから、城外に出るときは誰かに相談してください。案内をつけますから。
でも、麗羽様の許から逃げようとはしないでくださいね」
原則自由だそうだが、最後に釘を刺すことは忘れない。
「わかりました。それでは早速なんですが田豊さんや沮授さんと話をしたいのですが」
「……ふーーん」
顔良はにやっとした表情を一刀に向ける。
「な、なんですか?」
「一刀さんってああいう雰囲気の女性が好みなんですね?」
「ち、違います(違わないけど)。この国の政治や軍事について色々尋ねたいだけです」
「そうですか。そういうことにしておきましょうね。
で、彼女達ですけど、最初入った部屋にいると思いますよ。行けば会えます」
「わかりました。どうもありがとうございました」
早速一刀は田豊、沮授に会いに行く。華国を作る協力を得るために。