麦畑
「え?あの袁紹の国が急に今まで以上に豊かになったですって?」
ここは許の街、曹操の本拠地。
曹操。字を孟徳、真名を華琳。
「そうなんです、華琳様。
今まで荒地だったところが畑に変わり、一面麦畑になっているとの報告です」
答えるのは荀彧。字を文若、真名を桂花。
あの、荀諶の姉。
何故、姉妹が分かれて仕官しているか、というと……
「柳花、私は曹操様に一目ぼれしてしまったの。
だから、あなたは袁紹のところにでも行きなさい!」
という姉の一言で決まってしまったようだ。
何が"だから"なのかは、今一つ不明だが。
「そう。それで、その理由は何なの?」
「どうも屯田制を導入して兵士に開墾をさせているようです」
「何で急にそんなことを思いついたのかしら?
あの、過去の栄光だけで生きているような無能な袁紹が」
「男がいるようです」
「男?あのド派手年増ババアにもついに春が来たのね。
傑作だわ、ウフフ」
いやー、曹操さん。口が悪い。
「いえ、そういう"男"ではありません。
農業に詳しい男で、袁紹の臣下の一人のようです」
「なんだ、そうなの。面白くないわね。
でも、どうして農業なんて地味な分野にあの華麗好きな袁紹が力を入れるようになったのかしら?」
「それなんですが、その男に変な噂が」
「変な噂?」
「そうなんです。何でも天の御使いだとか」
「天の御使い?あの管輅が予言したという?」
「そうだと思います」
「それで、袁紹は天の御使いの言うことなので農業に力を入れるようになったのかしら?」
「その辺の経緯はよくわかりません」
「で、その天の御使いとやらは何をやっているの?」
「農業指導のようです」
「農業指導?それだけ?」
「ええ。農の幟をたてて、畑を見回っては改善するというようなことをしているようです。
ほとんど終日そんなことをしているとの報告です」
「そう…………ほかに変わったことは?」
「一時期兵士の訓練を行っていたようですが、屯田が始まってからはあまりやっていないようです」
曹操は何か思案しているように部屋をうろうろする。
「それだけを聞くと何でもないわね…………
でも、何か気になるわ……気になるわ……嫌な予感がする。
桂花!」
「はっ」
「今まで以上にその天の御使いとやらと袁紹領を監視するように」
「御意!」
所変わって、ここは業。
今は賢人会議が開かれている。
肥料事件以降、賢人同士は過去のわだかまりが嘘のように、普通に会議している。
「最近、間諜が増えたでありんす」
逢紀が訓練時の様子を報告すると、田豊もそれに答える。
「そう思うわ。どこの間諜かしら?
曹操のところかしら?最近急に力をつけてきているから、隣の国の動向が気になるのかも」
「そう思うでありんす。
敵にあまりこちらの状況を知らせたくないでありんす」
「見つけ次第殺す?」
「それは既にやっているでありんす。
それでも、全員殺れるとは思えないでありんす。
あちきは、訓練を小規模にして敵の目を誤魔化すといいと思うでありんす」
「そうね。その方がいいと思うわ。
兵士の大部分は屯田に勤しんでいるものね。
訓練の場所は徹底的に間諜を排除するようにしましょう。
他のみんなもそれでいい?」
「いいわ」
「当然ね」
「いーんじゃなーい?」
「それじゃあ、一刀。この決定を麗羽様に伝えて」
田豊は部屋の隅のほうで離れて聞いている一刀に伝える。
田豊、沮授は肥料事件を許してくれたようだが、他の面子には受け入れられていないので、以前のように同じ席にはいられない。
「うーん……わかった……」
「何か歯切れが悪いわね」
「大規模の方が華麗だと思っていると思うから、どういうふうに説明したものかと考えているんだ」
「その辺は麗羽様担当の一刀が考えてね♪」
「うーーー」
そして、袁紹の元に決定事項の決済をお願いに行く一刀。
「麗羽様」
「何かしら?一刀」
「軍の訓練のことで相談が」
「ええ」
「訓練の規模を小さくしようと思うのです」
「それでは、大規模な演習に比べて華麗さが少なくなってしまうではありませんか」
「ええ、確かにその側面もあると思います。
ですが、工芸品を思い浮かべてください。
大きくて華麗な工芸品は確かに見た目華やかで、華麗な麗羽様に相応しいと思います」
「オーッホッホッホ。その通りですわ」
「それでは、小さい工芸品は華麗ではないか、というと」
「華麗ではありませんわ」
「確かに、一見そう見えます。
ですが、近くによってよく見ると小さな工芸品には匠の技が詰まっていて、それはそれは見事な細工が施されています」
「それは言えますわね」
「そのような細やかな華麗さは大味の作品には見られません。
麗羽様の軍は大きく華やかな華麗さと、見事な細工のような細やかな華麗さ、その両方を備える必要があると思います」
「なるほど、そうですわね」
「もう、麗羽様の軍は大きく華やかな華麗さは備えております。
今度は細やかな華麗さを追及する段階だと思います。
その両方を兼ね備えて、真に華麗な袁紹軍ができるのです!」
「オーッホッホッホ。一刀、いい事をいいますわね。
早速そのとおり訓練を執り行いなさい」
「はい!」
幇間の本領が次第に発揮されてきた一刀であった。
曹操も荀彧も一刀がこんな仕事をしているとは夢にも思わないであろう。
あとがき
鳴海さんの感想で思いつきました。
ありがとうございました。
たまには国外の様子も入れたほうが面白くなりそうですものね。