説得
荀諶は無事鉅鹿に受け入れられた。
だが、それには関係なく顔良、文醜、一刀等は説得工作を続ける。
荀諶の作戦があるというようなことを気取られないように、外の様子は今まで通りとする必要があるから。
顔良も文醜も毎日怒り狂っているが、荀諶が中で工作しているということで、どうにか怒りを抑えている。
でも、毎日の顔良・文醜と黄巾党のやりとりは、次第に説得を外れ、子供の喧嘩化してきている。
このまま、黄巾党が軟化して投降してくれればいいのだが。
ある日の文醜と黄巾党のやり取りの様子。
「おい、てめーら!とっとと投降しやがれーー!」
「やなこったー!てめーみてーな、ぶっさいくな将軍に投降したら、天和様に申し訳ねえ!」
「へっ!天和様だかなんだかしれねーけど、あたいのほうがよっぽど美人だぜ!」
「つるぺたの癖によくゆーぜー!」
「なんだとーー!!」
「へっへっへーー」
「猪々子さん!そんなに怒り狂ってどうするんですか!」
「だってー、一刀。あいつらがぁ……」
「子供の喧嘩じゃないんだから、もっと理性的にやってくださいよ!」
「つい、かーっとなっちまうんだよなぁ」
と、日々の説得(?)も今のところ効を奏さない。
そうこうしているうちに、荀諶の活躍で内部の様子が分かってきたので、作戦通り食料の焼き討ちを行う。
「てめーら、きたねーぞー。食料を焼き討ちするなんて!!」
「へっへっへー。悔しかったらとっとと投降するこったー!」
「誰がてめーなんかに!!」
その後も食料の焼き討ちは続いた。
「荀諶さん、大丈夫でしょうか?」
一刀が田豊や沮授に尋ねる。
「まあ、今のところ連絡があるから、大丈夫だとは思うけど……」
「本当に行かせてよかったんでしょうか?」
「今更それは言ってはだめよ。
柳花も覚悟して行ったのだから」
「そうですよね、感謝しなくてはならないですよね」
黄巾党が顔良・文醜と口げんかする様子も、次第に元気がなくなってきた。
明らかに食糧不足が効いている。
「このままじゃ荀諶さん餓死しちゃいますよ!
もう突撃しましょう!!」
一刀が必死に軍師達を説得しようとするが、
「もう少し待ちましょう。
突撃してもほとんど反撃はないでしょうから、あっさり鎮圧できるとは思うけど…」
「だったら、すぐにでも!」
「今、突撃してしまったら柳花の意思が道半ばで挫折してしまう。
本当に駄目になったら突撃するけど、敵が自ら投降する意思を示せるうちは待つべきね」
という田豊や、その他軍師達の意見で突撃は見合わされてしまう。
でも、もう一刀はいてもたってもいられない。
翌日、一人、別の作戦を考える。
鉅鹿のそばの街に出向き、その趣味のある人々を集める。
彼等は、一刀に率いられてぞろぞろと鉅鹿向かって歩いていく。
「天の御使い様のお願いだ。訳ねえや!」
「んだんだ。暮らしも少しづつ楽になってるけぇ」
その数、およそ1万人。
一日のアルバイトを、無償でお願いしている。
そして、鉅鹿の街の外に彼等を並べ、一斉に大声を出してもらう。
「「「ほわぁぁぁっ!!ほわぁぁぁっ!!ほわぁぁぁっ!!ほわぁぁぁっ!!」」」
「「「てんほーちゃーーーーん!!」」」
「「「ちーほーちゃーーーーん!!」」」
「「「れんほーちゃーーーーん!!」」」
「「「一緒に公演に行こうーー!!」」」
「「「てんほーちゃんが待っているーーー!!」」」
「「「ちーほーちゃんも待っているーーー!!」」」
「「「れんほーちゃんのかわいい笑顔ーーー!!」」」
「「「他の街の公演に一緒に行こうーー!!」」」
「「「ほわぁぁぁっ!!ほわぁぁぁっ!!ほわぁぁぁっ!!ほわぁぁぁっ!!」」」
そう、一刀が連れてきたのは数え役萬☆姉妹のファン達。
鉅鹿の中にいるのは熱狂的なファンだろうから、ファン心理を突いて投降を促そうとしたのだ。
街は静かだ。
物音一つしない。
だが、そのうち、ギーッと音がしたかとおもうと、城門がゆっくり開く。
そして、空腹で力ない人々がよろよろと城門から出てきた。
数え役萬☆姉妹ファン同士、心が通い合ったようだ。
今まで袁紹を拒否していた人々も、とうとう投降を決意したのだった。
「みなさん、ありがとう。ありがとう!!」
一刀は投降した人々、投降を促した人々に心からの謝意を伝え、そして街に入っていく。
投降した人々は空腹で動けないので、袁紹軍の兵士が準備してあった食事を与える。
そして、満腹になると、その場でグーグーと眠ってしまう。
さて、街に入った一刀、顔良、文醜、他数名の兵士達は必死に荀諶を探す。
「荀諶さ~ん、荀諶さ~ん!!」
端の家から一軒づつ家の中を覗いては、荀諶らしい人がいるかどうかを確認する。
小さくない街である。
もう、街の治安はあってないようなものだから、誰の家とかいう概念も希薄で、そもそも後から入っていった荀諶がどこにいるかは全く分からない。
それでも、片っ端から調べていって、1時間も探し、ようやく荀諶を見つけることができた一刀。
「荀諶さん、荀諶さん!!」
荀諶は力なく床に寝転がっていた。
一刀は荀諶を抱き上げ、声をかける。
荀諶は、目を虚ろにあけ、一刀をみる。
そして、
「おそいわよ、くそやろう」
と言って、気を失ってしまう。
気を失う前に、少し微笑んだような気もする。
「うん、うん、ごめん、荀諶さん!」
一刀は荀諶を抱き上げる。
荀諶は食料不足で羽のように軽くなっている。
「ごめん、本当にごめん。
俺の作戦のためにこんなになるまで頑張ってくれて……」
一刀は、荀諶を抱いて走りながら、恐らくは聞こえていないだろう荀諶に必死で謝罪する。
そして、野営地に荀諶を運び入れる。
あとは、医者が面倒を見てくれるだろう。
「荀諶さん、大丈夫かなぁ」
「脈はしっかりしているから大丈夫らしいわ。
そのうち元気になるでしょう」
状況を聞いてきた田豊が報告してくれる。
「ところで、何であんな作戦を思いついたの?
てんほーとか、ちーほーとかって何?」
「ああ、あれ?
まず、ごめん。勝手に一人で作戦を実行してしまって」
「それは、いいわ。一刀も説得する役だったのだから、その一環だと思えばいいでしょう。
特に軍議に違反しているとも思えないわ」
「ありがとう。それで、天和、地和、人和なんだけど、張三姉妹っていう歌い手なんだ」
「歌い手?」
「そう、数え役萬☆姉妹っていう名前で全国を公演して回っている」
「ふーん」
「張角、張宝、張梁っていうのが彼女たちの本名」
「え?!それって……」
「そう、黄巾党の首謀者とされている人々。
だけど、実際は乱をおこしてしまった人々に首謀者に祭り上げられてしまったという感じだと思う。
で、鉅鹿にいたのは彼女たちの熱狂的な愛好者達。
だから、同じ愛好者たちの言葉に耳を貸すだろうと思ったんだ」
「そう。
……どうしてそんなことを知っているの?」
「うーん……隠しても仕方ないか。
俺は、天の御使いらしいんだ」
「そういうことになっているわね」
「で、実際天の御使いとしての知識があって、それが時々役にたつんだ。
今回の知識もその一つ」
「そう……なの。
それじゃあ、張三姉妹は今後どうなるの?」
「結局捕まらないと思う。
曹操さんのところにでも転がり込むんじゃないかな。
それに、元々政治的な意図はないから放っておいて平気だと思う」
「他のことも知っているの?」
「うーーーん……その時になってみないと、俺の知識が役に立つかどうかわからないから、今はいえない。
俺の知っている知識も、実は一通りじゃなくて一つの場面に対していくつかの可能性があるし、それにその全てが実際に起きていることと異なることも多い。
大体、麗羽様のところの知識って少ないんだ。
唯一確からしい知識は、曹操軍に敗れて斗詩さん、猪々子さんを連れて放浪するってことなんだけど、そうなるとこまるから……」
「そうならないように協力して麗羽様を盛りたてましょう、ということね?」
「そういうこと。これからもよろしく」
「こちらこそ!」
こうして、冀州・并州の黄巾党は全て鎮圧することに成功したと同時に、予備役兵数十万人の確保に成功したのだった。
ただ、予備役兵は張三姉妹が敵にいるときは役立たないだろうけど。
それから数ヶ月の後、黄巾の乱は全て鎮められたとの報告があった。
張角、張宝、張梁は曹操が討ち取ったとの報告も併せて為されていた。