麹菌
一刀は涙していた。
とうとうやった!と。
一刀が手にしているものは味噌。
たかが味噌というなかれ。
麹菌の採取から始め、大豆を醗酵させる実験を繰り返すこと数限りなし。
もったいない神様に怒られるくらい何度も大豆を捨てた。
授業でほんの数分聞いただけの知識で味噌を作ろうと思ったのが誤りだったのかもしれないが、やはり開拓者魂があるのか、作りたいと思う一刀は、失敗にもめげず、どうにかここに至ったのだった。
他の人が見れば、新しい調味料が出来た、で終わりだろう。
ビールのときのようなインパクトもないにちがいない。
だから、正に手前味噌なのだが、何もない状態からここまで作ったというプロセスに感動している一刀である。
大豆の生産量も半端でない。
豆には根粒菌がついて、空中の窒素を固定するから、窒素分を補給するのに畑にはある程度の間隔で大豆も植えるよう指導している。
このため、意図せず大量の大豆が収穫できるのだ。
だから、少しの実験の失敗くらいもったいない神様も許してくれるだろう。
……大豆はいいけど、塩も一緒に捨てたので、やっぱりもったいない神様が怒るかもしれない。
さて、味噌を手にした一刀。
早速味噌汁を作ろう!
出汁は……乾燥椎茸があった。
あれを使おう。
具は……茄子がある。
とりあえずは、茄子だけで。
味噌汁くらいなら、自分でも出来る。
大した料理ではないから。
そして、久し振りに食した味噌汁は……あぁー、日本人だったんだ!
おいしいおいしい。
「お?一刀、また何か作ったか?」
麹義がやってきた。
「はい、俺のいた世界の汁物を作ってみたんです。
この調味料を作るのが難しくて、なかなかできなかったんです。
食べてみますか?」
「うむ、お願いしよう」
早速、椀によそって味噌汁を渡す。
麹義の感想は……
「うむ、あっさりしてておいしいな」
……まあ、その程度だろう。
その後、色々な人にも食べてもらったんだけど、大体その程度の感想。
ただ、逢紀さんは、味噌汁をかなり気に入っていたみたいだった。
あの人、江戸時代の日本人の遺伝子と共通部分が多いのだろうか?
田豊、沮授は口もつけてくれなかった。
まあ、仕方ない。
本当は彼女たちと喜びを分かち合いたかったのだけど、そもそもそんなに喜ばないようだからまあいいや。
あ~あ、どうしたら機嫌がなおるかなぁ?
料理人からは料理の広がりができるとそこそこ評判だったので、味噌も城で作ってもらうことにした。
味噌を作ると味噌たまり醤油もできる。
ほんの少ししかとれないけど、これで醤油もゲット!
純粋に醤油を作ることもそのうち試してみよう。
醤油が手に入ったんで作ってみたいものがあったんだ。
メンマ。
ここのメンマは何とも不可思議な味で、一体何で味付けをしているのだろうかという代物。
俺が知っているメンマとは大分ことなる。
メンマというより、筍塩茹で+謎の調味料といった感じだ。
なので、よく知るメンマを作ってみようと思った次第。
個人的には取り立てて好きなものでもないけど、メンマ教信者がいたので、うまくいったら食べさせてあげたいと思っただけ。
もし、ここに来たならおいしいメンマを食べさせてあげたいから。
趙雲さんは謎の味付けのメンマをおいしいと食べているのだろうか?
何は兎も角試作。
ただの料理だから作るのは簡単。
味付けも、好みで適当。
あっというまに試作品完成。
食べてみると……おいしいおいしい。
やっぱりメンマはこうでなくちゃ。
趙雲対策といえば、蒸留酒もできている。
材料、製法から考えると、ウィスキーになるのだろうか。
今は樽で眠っている。
最初にウィスキーが出来たとき、清泉がちょっと呑んでみたんだけど、一瞬で酔っ払って眠ってしまった。
清泉は本当に酒に弱い。
部屋に連れ帰って、寝巻きに着替えさせようとしていたら、菊香がやってきて、
「あああああなた、いくら相手が妻だからと言って、眠らせて異常変態行為をするのはどうかと思うわ!」
と、大いなる誤解をして、それを解くのが少し大変だったこともあった。
……またあんな風な生活が送れるようによりを戻したい。とほほ。
ウィスキーはビールほど好評ではなかった。
度数が強すぎるし、味わいもそれほどではないので、当然だろう。
ただ、寒い地方に住む人々の冬用の酒としては重宝しそうなので、今後北方の民との交渉用にある程度は作っておくことにした。
何かの時には消毒にも使えるし。
今度は何を作ろうかなぁ。
といっても、専攻は食品でなく農学なので、それほど何でもできるわけではない。
醸造は農学に近い分野なのである程度は詳しいが。
農学も、知っていることは大体試してみたし。
試したいのは温室栽培だけど、ビニールもガラスもないのでどうにもしようがない。
水稲も、ここでは作っていないので対象外。
比較的うまくいっていないのが果樹栽培関係。
これは虫媒花なので、虫の確保が問題。
養蜂かあ。
ちょっとあれは気合をいれないと。
確か中国種は日本種より気が荒かった気がする。
虫といえば養蚕もあるけど、これは河南が主のようで、河北ではやっていない。
他にノータッチなのが林業系。
これは時間がかかるから。
恐らくここにいる間には成果がでない。
日本に戻れても、戻れなくても。
それに、森林はもっと黄河の上流に位置するから、現在の領土ではあまり意味がない。
だいたい、林業という概念がない。
木は山にいって切ってくればいいのだから。
でも、知識の伝達はやっておきたい。
こんなことがあったのだから。
「黄河?」
「ええ、麹義さん。
業の西から南を経て渤海に注ぐ水が黄色っぽく濁っている大きな河がありますよね」
「河水のことを言っているのだと思うが、濁っていないぞ」
「へ?」
そういえば、黄土高原は昔はもっと森林で覆われていて、水は今ほど濁っていなかったという研究結果があるらしいという話を思い出した。
でも、黄土高原の土を運んでいるはずだから、氾濫のときだけ濁るのだろうか?
漢の時代あたりから伐採が急に進んでいったような記憶があるけど、曖昧だ。
水が濁っていないということは、まだ植林すれば、永続的に黄土が緑で覆われるかも。
数千年後の環境破壊を防いだ先人、北郷一刀!
誉めて誉めて!
……少し虚しい。
それでも、黄土高原を支配下に置いたら、植林も考えよう。
それ以前に、木を切らなくても燃料を確保できるように、石炭でも掘ってもらおうかなぁ。
あんまり詳しくないけど、確か露天掘りの石炭鉱床があったような。
知っている人がいたら聞いてみよう。
今くらいの人口だったら、石炭燃やしてもそれほど環境汚染には繋がらないだろうから。
林業系でも、しいたけくらいはできそうだから、そのうち作ろうかな。
あとは食品の貯蔵だなぁ。
冷蔵庫はないし、冬の雪で氷室でもつくってみようかなぁ。
品種改良も面白そうだけど……。
そんなことを考えながら夫婦関係の辛さを忘れようとしている一刀であった。