子龍
ある日のこと、袁紹が新たに登用された人物の紹介をする。
丁度、一刀が拾われてきたときのように。
「は~い、みなさ~ん。ちゅうも~~く!」
袁紹の傍にいるのは胸の上半分が隠れていない、妙に短い丈の白い着物様の服を着ている少女。
背はそれほど高くない。
目は大きくくりっとしていてなかなか可愛い。
案外童顔。
髪は水色っぽい銀白色。
この雰囲気は……
「新しく客将に迎えた将を紹介しますわ。
趙雲さんですわ」
やっぱり。
袁紹軍にも来たんだ。
「今日から暫く厄介になる趙雲と申す。
今は定まった主を持たず、諸国を巡って客将として雇われている者。
先日までは公孫讃殿の所で世話になっており申した。
本日よりは華麗な袁紹殿のところにて微力を尽くす所存。
まだまだ至らぬ身なれどよろしくお願いいたす」
こうして、趙雲も袁紹軍に身を置くこととなった。
とはいうものの、この時期あまり戦がない。
趙雲のやることといったら、一緒に訓練に参加することくらい。
毎日訓練では流石に飽きてくる。
他の兵士は屯田で気晴らしをいるのだろうが、趙雲は毎日訓練ばかり。
しかも、袁紹軍の練習といったら、今は小規模で、グループでの活動を高める目的で為されている。
個人技が命の趙雲には居場所がない。
個人技に優れ、兵を率いることにも秀でる将も数多いが、残念ながら趙雲は個人技オンリーの武将である。
なんでそんな状態で客将を雇ったのだろうか、と疑問に思うが、華麗な袁紹殿の所で働きたい、とか言われて雇ってしまったというところだろう。
なので、2週間もすると訓練以外のことにも興味を示し始める。
「その方が天の御使い殿と呼ばれている一刀殿であるか?」
いつものように一刀が仕事に向かおうとすると、趙雲がやってきた。
「まあ、そんなふうに呼ばれています、趙雲さん」
「活躍は幽州にも聞き及んでおり申した。
その活動、私にも見せてはいただけぬであろうか?」
「ええ、別にいいですけど、特に変わったことはしていませんよ」
「それでも構わぬ。
訓練ばかりというのも味気ないゆえ」
「まあ、そうですね。
それならどうぞ」
ということで、その日は日頃の一行に加え、趙雲も畑の見回りについてくることになった。
「どうですか?訓練は」
馬上で一刀は取りとめもない話題を趙雲に振る。
「ふむ。袁紹軍は予想していたより遥かに強い」
「そうなんですか?」
「うむ。個人の力量は飛びぬけたものはないが、組織だった行動や、個々人の平均的な能力、武器の扱いが秀逸だ」
「へー、知りませんでした」
「一刀、一体我々がどれだけ訓練していると思っているのだ!」
傍で聞いていた麹義が話しに加わってくる。
今の麹義は、毎日一刀の農業指導の付き合いしかしていないので、またまた太った、やる気無いバージョンの体になっている。
「それはそうなんですけど、袁紹軍しか知らないからあれが普通と思ってました」
「他の州では常備軍を備える余裕がないから、これほど訓練をしているところはないぞ」
「そうだったんですか」
「そのとおりだ。他の州はこれほど動きに精彩がなかった。
やはり袁紹軍、華麗であるな。
しかし、噂では袁紹殿の配下は、その……仲がそれほどよろしくないという噂も聞いたのだが」
「俺がここに来たときはそうでしたねぇ」
「ということは、一刀殿が皆を取りまとめたと?」
「いや、別に何もしていないんですけど……」
「ガハハハ、よくもまあそんな嘘をしゃあしゃあとつけるものだ!」
「嘘じゃないと思うんですけど……」
「あれだけ女関係を見せ付けておいて、知らぬはないものだ」
「「女関係?」」
趙雲と一刀の声が揃う。
「何だ、知らんかったのか。
あれは、確か関羽殿であったか……」
「ど、どうしてそれを知っているんですか!!」
「どうして、とは心外な。
一刀が夜部屋を出るのを清泉が見つけて、それで全員であとをつけていったのだ。
すると一刀は関羽殿の部屋に入って行き、そして暫くすると中からそれはそれは激しく悩ましい喘ぎ声が聞こえてきたのだ。
よいかな?趙雲殿。初対面のおなごの部屋に入っていきなりその体を奪うのであるぞ。
信じられようか」
「うむ、それはちょっと男として酷すぎますな」
一刀、もう声も出ずわなわなと震えている。
「それ以来だ。我等は過去のつまらぬわだかまりを捨て、女の敵に一致団結して対抗しようとしたのは」
今、明かされる衝撃の事実!!
「ほう、それは一刀殿は隅にはおけぬ御仁でありますな。
しかし、女の敵であれば放り出せばよいものを」
「うむ、それも確かに道理ではあるのだが、一応こんな男でも愛している正室を名乗っている女性が二人もいるし、女垂らしと言っても本人は精一杯努力しているのに、結果として女垂らしになってしまっているのでそれほど憎めない男であるし、それ故時々魅かれる女子もおることだし。
それに麗羽様を説得するのにこの男がいないと何かと不便であるし。
まあ、今となっては一刀なしの袁紹軍は考えられんな。
一刀が我々を結束させているようなものだからな。
みんな一刀にひどいことを言っているが、実はみんな頼りにしているのだ。
一刀なら、何でも受け止めてくれるような気がしてな。
ついきつい言葉で日ごろの鬱憤をぶつけてしまうのだ。
本当は感謝しているのだぞ。ガハハハハ」
「素直に表現してくださいよ。
結構、きついこと言われると心が痛むんですよ!」
「まあ、そういうな。
みな、一刀をみると甘えたくなってしまうのだ。
菊香、清泉に至っては、一刀を愛しすぎていて、他の女といちゃいちゃすると目の色変えて怒りだす始末。
だから、夜這いに行くのを我慢しているのだぞ」
「そ、そうだったんですか?」
「ああ。だからあの二人の嫉妬は話半分で受け止めておけ。
だからといって他の女にちょっかいをだしてよいと言うわけではないからな。
趙雲殿もお気を付け召されよ。
いつ一刀に襲われるかわからぬから」
「そうですな、と言いたいところではあるのだが、その心配はござらぬ」
「ほう、それは何故?」
「短い間であり申したが、別の将に仕えようと思いましてな」
「それは?」
「うむ、先ほども申したとおり、袁紹軍は個人技より集団での強さを誇る軍。
残念ながら私には居場所が無いゆえ」
「なるほど、それはあるかもな……」
それを聞いていた一刀、ちょっと嫌味を込めて趙雲に反撃を始める。
「そうですか。それは残念ですね。
折角趙雲さんが来たら味見してもらおうと思って作っておいたメンマと酒をあげる機会がなくなっちゃいましたね。
ああ、残念だ」
と、趙雲を挑発する。
「何?!メンマに酒ですと?」
趙雲の目の色が変わる。
「ええ」
「それは是非頂かなくてはなりませぬな。
それを頂けるまでは一刀殿の傍を片時も離れる訳にはいきませぬな」
といいながら、馬を一刀に寄せていき、腕で一刀をしっかりと抱きしめ、顔をずいっと寄せてくる。
「わーー!あげますから、あげますから。
ちょっと離れていてください!!」
最近、女性問題があったばかりなので、田豊、沮授以外の女性との関わりを極端に恐れる一刀である。
「ふむ、それでは今宵はメンマを肴に酒を酌み交わしましょうぞ」
「趙雲殿、一刀に襲われぬように気をつけることですな、ガハハハ」
「うーむ、メンマと酒を囮にされると、ちと厳しいかもしれぬ……」
真剣に悩んでいるように見える趙雲であった。
「襲いませんから!!」
と、反論する一刀の声も、麹義や趙雲には届いていないことだろう。