泥酔
その晩、約束どおり趙雲はメンマと酒をもらいに一刀の部屋を訪れている。
「して、メンマと酒はどれでありますかな?」
部屋にくるなりメンマと酒を要求する趙雲。
雰囲気もへったくれもない。
「はいはい、ここにありますよ」
一刀は苦笑しながらも壷と徳利を渡す。
「これが天の御使いのメンマと酒でありますか……」
趙雲は嬉しそうに箸でメンマを取り出す。
「ん?少し色が茶色味がかっておりますな」
「うん、俺の世界の調味料の色なんだ」
「ほう、天の調味料ですか。
それは期待が持てますな。
それでは早速」
趙雲はメンマを口に運ぶ。
「ん?こ、これは………」
趙雲は口に含んだ一辺のメンマを味わい尽くすように咀嚼している。
そのうちに趙雲の目から涙が溢れ出す。
「ちょ、趙雲さん、どうしたんですか!」
「…………これほど美味なメンマがあったとは」
そして、二口目のメンマを口に運ぶ。
何度も何度も咀嚼してメンマを味わっている。
涙を流しながらメンマを味わっている。
ここまで感動されるとは、一刀も予想外。
趙雲は感動の内に二口目のメンマを食すると、一刀に土下座をして、
「一刀殿、これからは主殿と呼ばせてくだされ。
これからは私を星と呼んでくだされ。
一生主殿に付き従う所存」
と、決意を表明する。
「……いや、そのメンマだけで一生を決めるというのも」
諌める一刀に、
「なるほど、酒も味わえと仰るのですな?」
と頓珍漢な答えをして、徳利を開け、酒(ウイスキー)をがぼがぼと飲み始める。
「あーーー!!!そんなに一度に飲んじゃだめー!!」
だが、一刀のアドバイスは遅すぎた。
趙雲の足許はふらふらしてきて、ひっくり返りそうになる。
一刀は慌てて趙雲を抱きしめてひっくり返らないように支える。
ウィスキー。
通常、蒸留後加水などして度数を調整するものだが、そんなことを知らない一刀は蒸留後のウィスキーをそのまま樽詰めしている。
度数70以上の超強力酒である。
酒というよりアルコール。
流石の趙雲もいちころであった。
「申し訳ない。主殿に支えてもらうとは臣下としてあるまじき行為。
ですが、どうにも脚に力が入らないゆえ、閨に横たえてはいただけないでしょうか?」
「うん、わかった」
一刀は趙雲を抱きかかえて、閨まで運ぶ。
案外華奢で軽い体なんだと驚いてしまう。
「水、持ってきてあげようか?」
「かたじけない。よろしくおねがいいたす」
酔っ払って顔が真っ赤になった趙雲は、どうにかそう返事をする。
一刀は慌てて水をとりにいく。
「水、持って来たよ」
と、戻ってきた一刀の見たものは……
「せ、星さん!どうして裸なんですか!!」
裸で閨で一刀を待っている趙雲であった。
「主と決めた方が男であれば、この身を差し出して主従の関係を契る予定であり申した。
そして、今日がその日。
何分始めてゆえ、主殿を喜ばすこと叶わぬかも知れぬがご容赦願いたい。
そのうち主殿を喜ばせるよう努力いたすから、快感はそれまでお待ち願えれば幸いに存ずる」
「べ、別に俺、星さんを部下にするなんて一言も言っていないですから」
「この趙雲の頼みとあってもお聞き届け叶わぬと、そう仰るのか?」
「そう。俺は別に武芸や軍略に秀でているわけじゃないから、俺の許にいても全然いいことないから。
もっと自分を生かすところに行ったほうがいいから」
「……どうあってもこの趙雲を臣下にはして頂けないと」
「そう」
「それでは仕方ない。
主殿に見捨てられた趙雲に生きる意味などない」
趙雲は傍に置いてあった龍牙を手に取り、首に刃先を押し付けようとする。
だが、酔っ払っていてどうにも手の動きが怪しく、龍牙は首をそれ、布団に突き刺さってしまう。
本心ではないとは思うが、あの手付きではいつ本当に首に刃が当たってしまうか分からない。
「うわーーー!!」
「おっと、酔っていて手の動きもままならぬ。
主殿、明朝主殿の閨に私の死骸が転がっていたら、事の顛末をご正室に説明しておいてくだされ」
といいながら、再度龍牙を首にあてようとする。
「分かった、分かった!
星さんを部下にするから!
主従の関係を結んであげるから!
だから、死ぬのは止めて!!」
趙雲は、ちらっと一刀を見るが、
「主殿は私に脅されてそう言っているだけであろう。
そんな主従関係ならなくて結構」
と言って、刀を止めようとしない。
「本当に星さんを大事に思っているから!!」
一刀はそう言って趙雲に襲い掛かり、刀を取り上げる。
「あん……主殿、優しくしてくだされ」
翌日、趙雲は………
「うーん……頭が割れるように痛い……」
と言って一刀の閨に寝ていた。
二日酔いだろう。
あんなにウィスキーをがぶ飲みするから。
「二日酔いですね。
大丈夫ですか?」
「すまぬ、暫くこのままにしてくだされ」
「それじゃあ、部屋まで運んであげましょう」
「いや、今は動かさないでくだされ。
頭が痛くてそれどころではござらぬ」
「そうですか。それだったらそこに寝ていてもいいですけど……
頭痛が治まったら戻ってくださいね!
それから、できるだけ早く服を着てくださいね!!」
「わかり申した」
一刀は裸の趙雲を自分の閨に残して仕事に向かう。
かなり不安を覚えながら。
そして仕事から一刀が部屋に戻ってくると、案の定、田豊が怖い顔、沮授が穏やかな顔をして待っていた。
趙雲は服は着ているが、相変わらず閨に佇んでいる。
「一刀!あなたって人は、どこまで駄目なの?」
「な、なにが?」
「趙雲さん、すみませんが先ほどの話をもう一度お願いできますか?」
「はい、昨日の晩のことでありました。
私は好物のメンマと酒を下さるということで一刀殿の部屋を訪れました。
メンマはそれは美味だったのですが、その後嫌がる私に一刀殿は強い酒を無理強いするのでありました。
そして、酔って動けなくなった私を無理やり……」
「話が全然違うだろ!!」
「黙って聞いて」
「だって……」
「一刀……」
「はぁ……」
田豊、沮授の二人にはどうにも弱い一刀である。
「そして私は純潔を奪われたのであります。
でも、一刀殿はそれで終わることを知らず、一晩中私を陵辱しつくして……」
「話が全然違うだろ!!」
「おや、そうですかな?
酔っていてよく覚えていないのですが」
「趙雲がメンマがおいしいから主となれといって、主従関係は体で結ぶからといって、むりやり迫ったんじゃないか!」
「はて、まだ私は決まった主を決めようと思ったことはござらんが……」
「星、てめえ……」
「趙雲さん、ありがとうございます。
これからは私達夫婦の話し合いをしますので、席を外してもらえますか?」
「そうですな」
趙雲は夫婦喧嘩を焚き付けてさっさと退室してしまった。
「さて、一刀……」
「やっぱり、私たちが監視していないといけませんね」
こうして、再び形の上では3人一緒に寝るようになった三人ではあるのだが、一刀の冬はまだまだ続きそうだ。
さらに翌日。
「昨日は寝ているところにご正室達がいらっしゃいましてな」
「………」
「私が裸なのをみて、雰囲気が険悪になりまして、悪いと思いながらもつい襲われたと口をついてしまいましてな」
「………」
「主殿もお分かりでございましょう。
あのご正室二人が険悪な表情で迫ってきたとき、主従の契りを結ぶために交わりましたとは言いがたいということを」
「………」
「おや、主殿、ご機嫌斜めですな」
「………」
「今日、私は何をすればよろしいかな?」
「……何もない」
「………」
「……俺の仕事は農業指導しかないし、星さんのできることは戦うことしかないし、俺の仕事で星さんができる仕事はない」
「確かにそれは道理でありますな。
この私に農業指導をしろと言われても厳しいものがありますからな。
ふむ、それでは昨日はメンマに目が眩んで主従の契りを結んでしまいもうしたが、やはり当初考えていたとおり別の国に赴くことといたしますかな」
「うん、その方がいい。
星さんもその方が活躍の場があるだろうから。
もしかしたら敵味方で再会することもあるかもしれないけど」
「それでも、主殿はこの私の主殿。
例え敵方におりましても、主殿のお命はこの趙子龍必ずやお守りいたしますぞ」
「ありがとう。俺も、星さんを守れる状況になったら、しっかりと守るから。
で、どこに向かうの?」
「陶謙殿のところでも伺いますかな」
「陶謙さん?」
「そうですが、何か?」
「意外だったから」
「ほう、それではどこへ行くとお思いだったので?」
「うーん、曹操さんあたりかと思ったんだけど」
「なるほど、曹操殿も最近急に力をつけてきておりますからな。
しかし、堅実な政というのにも接してみたいと思いましてな」
「………もしかしたら、あそこは遠からず攻め込まれるかもしれないから、気をつけてね」
「………それは、天の御使い殿としてのお考えですかな?」
「……そう…………だね」
「それは肝に命じねばなりませんな。
それでは、短い間でしたがこれにて」
「うん」
「時々メンマを頂きに参りますゆえ」
「まあ、時々なら」
「お代が足りなくなりましたら、いつでもこの体でお支払いいたしますぞ」
「二度と来んな!」
こうして趙雲は一刀夫婦(のような関係の男女)の間をかき乱して去っていった。
でも、また一緒に寝られるようになって、実は少しうれしかったりする一刀であった。
麹義の言葉もあったことだし、やっぱりこの二人が一番と思うのだった。
あとがき
最後の一刀の対応は、書いているときも何か違和感あったのですが、疲れていてそのままになってしまっていたところです。
みなさまのご指摘、ごもっともですので改良しておきました。
これでもちょっと、という気もするのですが、趙雲はここをでないとならない展開なので、とりあえずこの程度でご勘弁ください。
まだ、非難が多いようでしたら、もう一度考えますが……
もう、あまり改良できないかも。